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「思考と直覚」思考とは何か(一) 思考とは漢字が意味する通り、頭脳の活動の場の頭蓋を象徴した「田」と、精神活動を表す「心」である「思」いと、老いても終わりなき進歩するとした知恵を表現する「考」から構成されています。即ち精神の拠り所であるといわれる頭や心を働かせて知恵を縦横無尽に働かせることを意味します。此のことは他の生命形態には見られない思考には不可欠である言葉(ロゴス)と関連させ、思考と言語を相関せしめるのは哲学史では最初の哲学者として扱われるタレスに始まる哲学的な見解であり人類特有の特徴と言えます。言い換えると思考とは内精神化した言葉の経過であると定義付けすることができます。言語のないところには思考は生じないと言えることになります。然し乍ら、言語は人それぞれに意味するところが曖昧で其のことが判断の相違となっています。それ故に単なる「思考」ではなく「思考法」が重大性を帯びるのです。
2014年11月29日
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「思考と直覚」序章五 史上に名を残す叡智の極まりともいえる「思考」は今日に置け人類にとって精神的遺産となっています。然し乍ら、此の遺産を活かすも殺すも其れは闇雲に読解するということでは、論語読みの論語知らずとなりまっす。重要なのは先達の結論ではなく其の「思考法」に学ぶことです。其れ等達人は人間の精神生活の中に真髄を掘り当てて、絶え間ない泉となっている思想家ですが、我々今日の人間は其れ等の先達の個性を通して、其の前後と其の時代背景を考慮することも「思考」の正しい解釈には重要です。とはいえ、総ての先達の思想を学ぶということにも無理がありそれなりに自分が関心をそそられ、自分の内部に「思考方法」を反映させ「理法の直解的な覚り」に導くに有用なものを取捨選択すべきなのは言うまでもありません。何れにしろ宗教であれ哲学であれ更には芸術も含めて、今日の人間の内精神をゆすぶって霊的影響をあたえるような先達の教えとその思考は見逃せないのは目覚めである「直覚」には必要です。
2014年11月28日
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「思考と直覚」序章四 古代よりの歴史を通して、内精神から込み上がる「理法の直解的な覚り」言い換えれば思考を超えた目覚めである「サトリ」とも呼称されるべき「直覚」は他人から教わることが出来ないものであり、自ら求め掴み取るものであると言われます。しかし、どの様な人間或いは何の様な問題であっても、「思考」することなしには自ら求め掴み取ることが不可能事であることを認識しています。例え間違ったあ結論であるにしても先人の思考及び其の方法には学ぶべきものがある筈です。過去の事柄を無視して新しい創造には立ち向かえない。求道者もしくは哲学者であるといわれる人間であれば、殊更、過去の先人の思考と其の経過を踏まえることをしないで、自己の中に「理法の直解的な覚り」言い換えれば思考を超えた目覚めである「悟り」とも呼称されるべき「直覚」は、通電していないコンピューターに回答を求めようと努力するほどにむなしい営みになると断言出来ます。
2014年11月28日
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「思考と直覚」序章三 人間が人間たるに値いするかは内面生活即ち精神、なかでも取り分け内心面の生活での思考が重要です。其のことが重要視されるのは、人類を他生物とは別ものと区別するのが其の「思考」に想念及び観念が伴うことに所以するからです。また、全ての人間は思考によって思索する思想家である、全ての人間が思想家であるというのは、人間が持つ言葉の中に既に思考が含有され、此れなしには人間生活自体が成り立たないからです。人間は人類の一員として自らの歴史を高め前進するためには、自己の精神生活を細微に渡り綿密に構成する思考法を確立しなければならない。このときに、人間は自らの観念を直覚的に取得して更なる史的達人の思考法を通しての理解に努め解釈して、自らの観念を通じた「直覚」を得、其の多くがあらゆる学問の基底ともいわれる哲学に興味を抱き、先人の結論だけを見て疎かにはせず、其の「思考」方法を学ぶことが必要とされるのです。
2014年11月26日
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「思考と直覚」序章二 現代の知性を持っていると言われ尊敬される筈の人間が、今時の世界では、昔日に敬意を持って尊敬された哲学者や医学者及び科学者更には社会から最も尊敬されたと見られる統率者である治世者が、専門化したといえば耳に聞こえはいいが、専ら社会生活における成功者として尊敬を得んがため、或いは収入及び地位更には権力の欲求から哲学屋・医業屋・科学屋に向かう傾向がなきにしもあらずです。とりわけ国民の安全と平和及び幸福を追求する政治家には此の暖簾的屋号はフィットする気がします。本来的な政治家は実業界の影響からはかけ離れて、人民の中にあって人民のために考え、且つ其れを実現するために働くことこそがソクラテスに始まるフィロン(Philon Alexandrinus)的な精神の真髄であるべきでしょう。政治運動に金銭が必要だからといって財閥におもねるのは思考の至らさなとしか言えません。其れだからといっても自らが実業家たらんとするにも限界があります。誇張すれば金満家や実業家以外は政治家にはなれないことになります。人間が世界理法の根本である「直覚」を忘れた時には欲望だけが前面に常駐します。其の因は古史の達人の結論だけに目を向けて其れを現代思想に照らし疎んじて思考の経過を見ないからです。偉大な哲学者は並外れた思考方法を独自に持っています。其の底辺に基礎づけられているのが理法の根本を知る「直覚」です。此の霊意識的な「直覚」を得るための思考こそが現代に求められているのです。
2014年11月25日
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「思考と直覚」序章一 二十一世紀を生きる人間、特に哲学や神学及び現代思想に堪能していると自負している若手に尋ねると、確かに現代風の思想家の著述はよく読んでいますが、会話をしてみると一抹の不安を感じることがあります。例えれば九九が怪しいのに四則演算をするように基本となる思索段階での基本に欠けるきらいがあります。其処にはプラトンが、客観的真理を否定するソフィストの雄弁術(レトリケ)を批判し、理性で認識可能な真理を扱う「哲学」の優位性を主張した其のレトリック感覚で難解な言辞を述べるのには長けていますが、経文知らずの声明読経に達者な僧侶の風情のごとくに、思いつきを修辞させているだけで、古史の達人の思考の過程を不要だと捉え、基礎訓練を疎かにしていることを顕しています。其れはその基礎にあるのが、他者を幸福にすること、更には社会から不幸の文字が消え去ることで自分の自我を満たす、分断された個人が闘争し、勝者が全てを独占するのではなく、人間の生き方には世界理法の存在、即ち絶対意識の様態の延長として、他者の幸福を願う事を基本として何ごとによらず当たることを自己の内精神の深層に転化することが必要な概念だという認識に欠けているからです。
2014年11月23日
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「直覚霊知」304最終章(秘学論理) 隠された存在の意思に感応することこそ、人間精神が世界存在との接点であり表現であることを顕しています。人間の内精神の深層には絶対意思の延長としての様態が縮図として示されています。人間こそが世界理法の縮図であり宇宙を超えた存在の表現です。其のことは壮大な大宇宙更には果てのない世界にしろ、逆に人間の本質から理解することが可能だといえるものです。「直覚霊知」とは自己の内精神に世界理法の根本である「絶対創造・絶対意思・絶対意識」として顕われる存在の様態を享受する手段だとも言えます。此処に「言葉」を持ち「理性」を獲得してきた人類のの終局の目的があります。人間の生命に限りがあることも霊魂の転生も全ては世界理法の根本である進化の法則です。「絶対創造・絶対意思・絶対意識」の背後にある究極の「絶対愛」を人間が受け止め、其のことにより人間精神が人間の生命に生まれたことを感謝し、其の至福を認識する時に始めて人間は高次の段階に足を運んだといえるのです。
2014年11月23日
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「直覚霊知」303直覚と霊知二(秘学論理) 霊魂が同じ太陽から流れ出る熱を其の背後にある存在の温みとして知覚するのと同様に、霊魂の自然必然的な色彩にも妥当します。「直覚霊知」を志す人間は外なる対象に見られる色彩と、内精神の深層で捉える色彩を区別します。例えば夜空に光る月光をみて、もはや眼がその対象を見ていなくとも、内精神の深層で捉える内なる色彩体験として現れます。此の内なる色彩体験は通常の感覚的知覚よりもはるかに霊的魂的な喜怒哀楽を伴っています。其の色彩は受け取る人間の「直覚知」の深度の大いさに影響されるために、ある者にとっては月光が「白光」として現れ、別の人間には「紫光」として前頭葉の内面に霊的魂的な喜び悲しみを伴う色彩として実感されます。取り分け「直覚霊知」を志す人間には其の色彩を通して背景の隠された存在の意思に感応することこそが重要でありまた必須のものであることを認識し心して頂きたい。
2014年11月21日
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「直覚霊知」302直覚と霊知一(秘学論理) 人間が物理的には隠された高次の存在の様態の延長として、自己の存在部分を直覚的に知覚した其の内容は、所謂外的な環境から受ける知覚とは全く異質である。外敵対象が発する熱と自己の内精神の深層に熱として転化する熱とは区別される。霊知によって自分の内部に熱を感じるときの体験内容は、同じ太陽から流れ出る熱であったとしても受けとるものは別物です。其れは外なる物質対象其のものに由来するのではなく、霊魂だけが同じ太陽から流れ出る熱を感覚的な熱対象として捉えるのではなく、其の背後にして、ある温みとして知覚します。「直覚霊知」を志す人間は、物質によって、取り分け身体によって触発されたのではない、内的な知覚を体験する事になりますが、其れは想像の産物ではなく、人間が物理的には隠された高次の存在の様態の延長としてのみ自己の内的精神の深層の存在が受けて感じ取れるものです。丁度、通常の熱体験が外なる物質的感覚的な対象に触発されて生み出されているようにです。「直覚霊知」を志す人間は、一定の段階に達すると自己の体験を通して其のことを知ります。
2014年11月20日
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「直覚霊知」301宇宙進化の過程と人類十七(秘学論理) 人間は霊性の認識を通して、世界を「直覚霊知」して「何のために」未来への発端が生じたのか、外なる叡智を自己の内精神の深層に内なる叡智として捉えることが可能です。外なる叡智を内なる叡智に転化することが出来得た時にはじめて外なる叡智が「絶対愛」であることを認識します。「絶対愛」とは自己の深層に再び燃え上がった叡智の変貌の姿です。然し乍ら、全ての人間が進化がこの法則に従うとしたら其れは誤りです。自らを悪しき人間性に貶める人間も少なからずいます。自らを悪しき人間性の形姿を纏うならば、人間の霊魂の自然必然的に生じるべき未来の状態を推理することは不可能でしょう。「滅び」こそが其の人間には平安を与えてくれることになります。
2014年11月19日
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「直覚霊知」300宇宙進化の過程と人類十六(秘学論理) 人間は世界内存在として其れに先行する、自分の環境を取り巻く中に絶対意志の様態の延長としての見事な「叡智」の働きを「直覚霊知」をして見出すことが出来ますが、其の叡智は人間をして此れまでに活動してきた一切の成果といえるものです。其のこと故に理法に則った地球上の人間は其の叡智に新しい働きを組み込むという課題を背負っています。「直覚霊知」を手中に収めめた人間は、自己を高次の世界の一員であると認識できる。人間は生誕から生涯を通じて獲得した内精神の高まりを更なる高みへと昇る可能性に恵まれています。其れは人間の更なる努力を通しての世界存在との調和、其の背後の叡智を慮ることにあります。其の叡智は自己からの能動的な愛を求めるのみではなく、たとえ、受動的には反応のないものであっても至極の喜びに満たされます。其処に現れるのが叡智の宇宙を超えた遥か彼方の背景である人間にとっての「愛の宇宙」の未来を認識するからです。
2014年11月19日
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「直覚霊知」298宇宙進化の過程と人類十四(秘学論理) 人類が育まれる地球のみならず、其れを取り巻く世界は共に時事変化していますが、其れが進化なのか退化なのか、エントロピーをも進化と捉えるのかは難しい問題です。然し乍ら、少なくとも人間の知性と合理性が極まり形而上の哲学の進歩と合致し世界理法を究めたときには生態系的には退化していても人類の進化と捉えてもいい筈です。其処には「善」なる真相も見込めることが期待できます。人間の精神は世界内存在から圧倒的な印象を受けるとき、其の印象の背後に働く高次の存在をはじめは予感するだけですが、後(のち)になると其の働きを自己の内精神の認識の対象に転化することが出来ます。人間は世界内存在として背後に働く高次の存在の限りない崇高さを感じ取りますが、それだけではなく自己の内なる存在自分の知的及び感情的な諸体験をしても世界内存在からの様態の延長を認識することさえも可能となります。
2014年11月17日
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「直覚霊知」297宇宙進化の過程と人類十三(秘学論理) 中央アジアにギリシャ・ラテン文明の合理的判断を覆させる程の秀でた人間と史的に見れば同時期と言っても過言ではない時代、インド大陸にあって「世界理法」の顕現という形姿を纏わない、自らを「世界理法」に適応同期させようとする、其れまでの秘教的で信仰を伴う在り方に反逆した達人が現れます。其れは欧的な神話系体系、其れに続くラテン型合理主義、将又「世界理法」の顕現を自らの形姿とした超感覚的な霊知即ち「直覚霊知」を身につける人間とは異なった方法、自己を「無我」にして「世界理法」を形而上の考察によって、論理的に物質的及び感覚的には隠された世界理法を追求する人物が少なからず現出します。其れは此れまでのインド大陸の「世界理法」の捉え方が秘教的で神秘主義に過ぎたからであって、此の偉大な達人は哲学的に真相を究めようとして、世に言う「覚り」を得て人々に教唆します。ところが、豈図らんや、元来が伝統的に神秘主義である此の地域では形而上的な哲学を一部を除いて「偽経」と化させて信仰を伴う形姿に変状させて後世に伝承します。
2014年11月16日
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「直覚霊知」296宇宙進化の過程と人類十二(秘学論理) ギリシャ其れに続くラテン文明の合理的判断をも覆させる程の最大無限ともいえる力を持つ人間の「高次の霊性」も、出現段階初期にはギリシャ其れに続くラテン当時の人間は、知性の力と感情の制御を確かなものにしていかなければならない環境にあったので、文明の合理的判断をも覆させる程の人間の高次の霊でおでさえも、容易には人々の心のなかに流れ込みませんでした。其のことは今日に至るまで知性的で合理的あるとする学究肌の人間には此のような全体像をを認識するのを拒否する傾向をみても解ります。但し、哲学の分野から其の在り方を追求するものが出現して、信仰という形姿を纏わないことからによって迫害を受けながらも現代の知性を持って論理的に物質的及び感覚的には隠された世界理法を追求する数多くの人間が輩出していることも事実ですし、それが人類の将来に望みを与えることにもなる筈です。即ち、其のことが要求される人間の知性と合理性が或る段階にまで高められると物質的及び感覚的には隠された世界理法を求める「直覚霊知」とに何ら矛盾はないことを意味しています。
2014年11月15日
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「直覚霊知」295宇宙進化の過程と人類十一(秘学論理) ギリシャ(Greek)其れに続くラテン(Latiumからの発祥語)文明の成熟の本質は、古世紀からの人類の霊的で魂的な世界との直接の交流が断たれたことです。其のことにより人間は精神の知性の能力及び感情の力を高めさせます。然し乍ら、其の代償として太古の叡智ともいえる部分は貧小化せざるを得ないことになりました。とはいえ、一部の文明では人類の霊的で魂的な世界との直接の交流を維持し発達させた人々、人類の大部分が超感覚的な霊知即ち「直覚霊知」を身につけることが出来ない時代に、最大無限ともいえる力を持つ人間を出現させます。以後は此の大いなる人間が自らの霊的能力を持って古代の認識能力を再認識するという課題を哲学的というよりは宗教的な色彩を帯びて影響を人間にもたらし、ギリシャ(Greek)其れに続くラテン文明の合理的判断をも覆させる程の力を持つことになり現在にいたります。
2014年11月14日
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「直覚霊知」294宇宙進化の過程と人類十(秘学論理) ギリシャ(Greek)其れに続くラテン文明と比して同時期の中央アジアやインド文明や中国文明も開花してはいますが、西域とは違い非感覚的な事象や本性を捉える霊的感性を直接夢のように知覚する残照があります。しかしやがて先行するギリシャ其れに続くラテン文明が普遍化していき、世界傾向として事物についての合理的な思索を手に入れ適応していきます。其の傾向は一部を除いてもはや霊的感性を直接夢のようには知覚する古えの能力では済ますことの出来ない段階に至ります。けれども一部とはいえ、新たに獲得された合理的な知性や感情の齎す要素から更に非感覚的な霊的で魂的な世界に意識的に参入する力を持ち発達させ始める人間も登場します。彼らは直覚的な霊的合一の能力を開発し、隠された世界の高次の段階に至り参入する能力を手に入れますが、其の一方の合理的な思索を手に入れ適応している人間は、知性と感情の能力を発達させることに満足しており、感覚的な霊的で魂的な世界を古から残された口伝及び書物に頼るしか知るべき方法がなくなります。
2014年11月13日
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「直覚霊知」293宇宙進化の過程と人類九(秘学論理) 壮大な宇宙の進化のみならず、地上の人間も進化史を刻んでいきます。人類史が始まった時期にはその時代に見合った事物を知覚するのに内的な或る意味では直感的な意識によって、内精神に必要な概念及び形象を捉えて或る意味では直感的な意識によって非感覚的な事象や本性を捉える霊的感性には秀でた人類が、ギリシャの万物の原理は水だと考えた「哲学の祖」タレス 、物質の自己運動及び万物流転と生成と発展、消滅を繰り返す物質世界、唯物論の世界観を持った二等辺三角形の底角は等しいという定理を発見した人物が登場するることにより、人類は感覚的で物質的な世界の形象を自己の内精神の深層から非感覚的な事象や本性を捉える霊的感性ではなく事物についての合理的な思索を手に入れます。其の結果ギリシャ其れに続くラテン文明期には非感覚的な事象や本性を捉える霊的感性を直接夢のようには知覚することが困難になったことは後世の達人の出現によるまで待たされることとなり、其れ等は宗教の形姿を纏って現出します。
2014年11月12日
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「直覚霊知」292宇宙進化の過程と人類八(秘学論理) 壮大な宇宙の進化が科学史によって記述されるように、比して僅かな歴史の地球の進化についても科学史のみならず考古学や人類学上からも考察されています。其のことは宇宙内精神とも呼べる精神史にも同様のことが言えます。とりわけ人間が何らかの記録、文字にかぎらずアルタミラの洞窟壁画のような人間精神のやむにやまれない衝動で記すことで人類史が始まると、人間の能力の魂の在り方が浮上してきます。当然に其の当時の人間は現代における合理的で論理的な思考は持たず、その世界理解は現在の人間が知性によって認識する内容を当時には見合った仕方で、事物を知覚すると内的な或る意味では直感的な意識によって、内精神に必要な概念及び形象を捉えています。それ故に感覚的で物質的な世界の形象を自己の内精神の深層から非感覚的な事象や本性を捉える霊的感性で「直覚霊知」を志す人間にとっては参考になる資料となりえます。
2014年11月11日
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「直覚霊知」291宇宙進化の過程と人類七(秘学論理) 進化史とは別に、人間は「直覚知」的には未来についての考察も重要であるとはいいますが、「直覚霊知」を志す人間には未来についての考察は通常の意識にあるある人間とは異なった立場に立っています。人間は通常には未来の出来事に対して、過去に対して取ることの出来るようなとらわれぬ態度で臨むことは出来ません。未来の出来事に対して生じることは、現実生活の人間の感情と意識を激しく刺激はしますが、過去時の体験とは全く別の仕方で受け止めています。人が其の人生を振り返ってみれば、日常生活において実感できるでしょう。しかし、物質的で感覚的な世界から隠された「未来」がどのような形姿を纏うのかは「直覚霊知」に通じている人間のみが洞察可能です。此のことは未来のことに関する人間一般認識の限界を表し、其の認識が一定の範囲に限られる理由となっています。
2014年11月10日
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「直覚霊知」290宇宙進化の過程と人類六(秘学論理) 次第に物質化現象としての固体化する地球の進化史とは別に、「直覚霊知」的には未来についての考察も重要であるに加え且つ可能となります。直覚的な意識にとっては、過去のどんな形象にも未来の形象が対応しているのみならず、逆に遠い未来の結果が過去に影響を及ぼすことが時間軸の法則を超えたかたちで認識されます。注意すべきことは此のような全体像を知り俯瞰するのには、物質界に結びついた現実だけに関わろうとする哲学的思索では解明は不可能だということです。人間の内精神の深層が捉える霊的要素のみが、此のような全体像を俯瞰することが出来、且つそれ故に予言が可能となるなのです。其のことは史上の偉大な「正覚者」や偉大な「達人」の探求の成果が公表された後に、はじめて通常の意識にある人間にも、直覚的な意識なしに「信仰」という衣を纏うこともありますが認識されることは歴史が証明しています。
2014年11月07日
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「直覚霊知」289宇宙進化の過程と人類五(秘学論理) 直覚な意識分野で観察される或いは「観相」される世界には、通常時の人間が意識する感覚的乃至物質的な形象は全く見られない。其処に現れるのは、「直覚霊知」のみが捉える霊的性格を帯びた音の「印象」及び光の「印象」更には光の「印象」として観想されるもので、何らかの物質的な形象をとって現出することはありません。此等の「印象」は通常の現実世界における、濃縮された思い出のような在り方をしています。此等の存在は其の人間の内精神が今現在体験している部分、人間が過去に体験したより遥かに遡る過去の部分、此れから人間の進化の過程で体験するであろう未来より更なる未来が「体」としてあるように意識します。其れはあたかも地上の人間が自分の身体を「一体」として掌握しているような状態で体験されます。
2014年11月07日
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「直覚霊知」288宇宙進化の過程と人類四(秘学論理) 地球存在の諸結果は知覚することが叶わずとも「直覚知」では過去・現在・未来の時系列を超えた世界の中で生じるそれぞれの世界と一つに結び合っています。そして其処から、新しい宇宙内存在が生じます。地球存在は其の変化に時系列を超えて同化します。地球存在の事物は、物質的なもの感覚的なものを問わず地球内外に諸々の事情変化が起きるとそれぞれの段階に応じた特定の形象を纏って現出します。既に予め定められている「何か」が干渉していることを顕しています。其れは地球の諸経過を通して干渉して、進化全体に影響を与えます。だからこそ、「直覚霊知」は世界理法にしたっがった未来をも展望することが可能になるのです。此の意識分野で観察される事象には、所謂、感覚的で形象的な性格はありません。
2014年11月06日
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「直覚霊知」287宇宙進化の過程と人類三(秘学論理) 地球が濃縮する以前の過去にまで遡って「直覚知」を働かせ、其の当時の状態の形象を内精神が受け取り没入するとき、現在の青い生命の水の惑星「地球」が現実に存在しているのと同様の意味で未来になって初めて生じるであろう萌芽が観想されます。此の観想を形象までに高めていくと、現在の「生命惑星」で生じる事柄が既に地球が濃縮する以前の過去にも素因が見られ、更には未来の地球へも現在の「生命惑星」で生じる事柄が働き流入していることが解ります。更に高次の段階から俯瞰することが出来得るならば、未来の地球上の結果が時系列を超えて現在の地球に、更には地球が濃縮する以前の過去の地球にも、とある約束事に相応して相互に流入し影響し合っていることが示されています。其の背景には物質世界の限界である時系列を超えた存在が「覚智」までとは言えない迄も朧気ながらも認識されます。
2014年11月05日
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「直覚霊知」286宇宙進化の過程と人類二(秘学論理) 今現在の時に先行する大宇宙、更には人間の進化の過程で理性を獲得した其の進化段階の諸事実を観察するのは、地球世界で人間の前に現出するものには、物質的で感覚的な世界からは隠されていたものの過去の諸事実が反映されていることを認識することは非常に重要です。過去から人類の進化の過程で関わっていたものは、その後更に進化を遂げて現在の地球世界の全てが生じたからです。けれども、物質的で感覚的な意識は進化した全てを認識し知覚することは出来ません。その内のある部分は直覚的な意識がとある段階に至った時に初めて其の事実を観相させてくれます。其れが認識可能となった時に初めて人間は我々人類の母体である地球世界が何ゆえに現在に相応しい生命を育んできたのかを地球が濃縮する以前の過去にまで遡って知ることが直覚出来るようになります。
2014年11月04日
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「直覚霊知」285宇宙進化の過程と人類一(秘学論理) 人類取り分け理性を獲得した後の人間と其れを取り巻く絶対創造手(arkhitekton)の表現である大宇宙には、現在と未来の相関について、直角霊知において「何か」を認識するには時系的な進化の過去の相関について理解することが重要視され理解に努めなければなりません。何故なら、「直覚霊知」を志す者にとっては過去の物質的で感覚的な世界からは隠されていた諸事実を観察するときには、其処に現れ覚智される内容には、現在と未来についても時限を超えた内容を含有しているからです。今現在の時に先行する大宇宙更には人間の進化の過程で理性を獲得した其の進化段階の諸事実を観察するのでなければ、世界理法を認識する上では人間との相関を解釈することが不可能となるからです。
2014年11月03日
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「直覚霊知」284瞑想実践の百三十八(秘学論理)最終章 人類が理性を手に入れてから地球進化における全てのどの時代にあっても、物質的及び社会的環境は人間の進化の過程で生活形態に影響を与え変化させる要因としてはたらき、一方では人間の内的精神が求める真相即ち内的精神生活における霊性を求める形態も常に歴史的に変化を強要されます。然し乍ら、其の底辺に基礎づけられる基本は、物質的及び社会的環境と人間の内的精神が求める真相即ち内的精神生活における霊性を求める形態との間には完全なる一致が支配していなければならないとするのは、「カントの理性主義」ならずとも「直覚霊知」を志す者にとっては不可欠です。
2014年11月02日
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「直覚霊知」283瞑想実践の百三十七(秘学論理) 人類が理性を手に入れてから地球進化における全てのどの時代にあっても、世界自然に「理法」或いは「真相」を求める目標自体は不変ですが、其の出発点はそれぞれの時代の進化の段階に応じて異なっています。例えば、古代インドの六派哲学のヨーガ学派から始まった、すなわち個体魂の神への結合を実現するための実践体系を指す修行道は、現代人の生活に入り込んでおり、最近ではヨーガを取り入れるスポーツクラブもあるにはあるが本格的なヨーガとは似て非なるもので、まず正統の実践ヨーガを解脱のためにしている方はげんだいでは稀だと言えます。それ故に時間と生活に追われる現代人は、古代インドの行者と同じ出発点から始めることには難があります。人類の歴史における生活条件の変遷のみならず、人間の進化の過程で意見も感情も能力もそれぞれに異なっています。同様に人間の霊性への取り組み方も科学技術の発達や地球環境の変化に伴い変容していますが、其の目的の霊魂観は現代にも引き継がれています。著者の「直覚霊知」への経緯は現代人にも可能なものと覚えます。
2014年11月01日
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