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みっちり2時間観てしまった、『関口宏の東京フレンドパーク』。今日は『世界ふしぎ発見!』チームが出演していて、黒柳徹子はやっぱり和服だった。あのセットに和服って、とんでもなく場違いな雰囲気。黒柳徹子が「ウォールクラッシュ」をやってカツラが外れるところを見たかった。神田正輝もびっくりだろう。この番組って別に観たくて観てるわけでもないのに、気がついたら食事の手を止めて見入ってしまう。ゲームの名前は知らないけど、シーソーみたいなセットにボールを転がして、籠に入れるゲームはかなり力が入ってしまう。「あ~バカ、まだ早い!」とか叫んでいたり。あと今日もやっていた、光をジャンプで止めるゲーム。あれも気がついたら「まだまだ!早い早い!」とか言ってる。東京フレンドパークの魔力。しかし時々「こいつらホントに友達?」と思ってしまう人が出演する。この間は西川峰子と陣内貴美子。どこで繋がってんだよ峰子と貴美子。ゲーム内容よりも2人の馴れ初めのほうが気になる。関係ないけど、以前クイズ番組に陣内貴美子が出ていた。そこで早押しクイズがあって、一緒に出ていた小柳ルミ子が「わかった~!」と言いながらボタンをガスガス押していた。しかしはずみで陣内貴美子のランプが点いてしまった。そこでしまったと思ったのか陣内貴美子、「あ、すいません。どうぞ」と小柳ルミ子に解答権を譲っていた。早押しクイズの意味ねぇじゃん。ま、確かに後が怖そうだからねえ。『東京フレンドパーク』に話を戻すが、この番組の最期の視聴者プレゼントもダーツで決まる。当然ながらハズしてしまう芸能人もいるわけだ。以前は「じゃあ申し訳ないんで私が取った商品を視聴者の方に」というパターンが多かったのだが、最近は関口宏が「じゃあお二人のサインでも」と片付けてしまっている。微妙なゲストなら「いらねーよ」と思うだろう。『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングでも「じゃあこれを会場のみなさんに」というのが無くなった。こんなところに不景気を感じてみたり。しかし川原亜矢子だけは不景気じゃなかったわけで。しかし普通に考えてみたら、芸能人がゲームやって商品貰うの見て何が楽しいんだろう。観ている人には何の得もないのに。『オールスター感謝祭』だって芸能人がギャラ貰った上で賞金稼ぎする番組だから、視聴者はないがしろ状態である。マラソンとか別に見たくないし。こういう番組を見ると「芸能人は一般人を見下してるな」と思う。そもそも「芸能人」「一般人」という区分の段階でカーストが出来上がってしまっている。だからなのか、「俺らがカラオケしたりゲームしたりする姿ですら面白いんだろお前ら」と言われているような気がする。でもやっぱり見ちゃうんだよな。あああ。 フレンドパークで毎週気になるのが、この人の存在(大川興業所属)
2003.09.30
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もう夏も終わりである。街を行く人々がどんどん厚着になっていく時期である。今年の夏は男性のファッションでタンクトップやノースリーブが流行ったようだ。タンクトップというと照英のようなマッチョマンが着るものという認識があったが、今年は割と線の細い人も着ていた。だいたいがカーキかベージュ系の色合いで。どこから発信された流行なのだろう。ファッションに関してはどうこう言えた立場ではないので、タンクトップを着ている人を非難する気はさらさら無い。しかし私自身はタンクトップを着て外は歩けない。痩せていて恥ずかしいということもあるが、どうもスキが多い服装が苦手なのだ。シャツもきっちりボタンを留めるし、Tシャツ1枚で歩くことも無くなった。「身体の露出が多い=スキが多い」と思っている私はダラッとしてたり身体の露出が多い服装に抵抗がある。なんだろう、立ち入るスキを与えたくないんだろうか。至ってフレンドリーな人間なんだが。なんてな。ジャニーズの人々も時々やる「素肌にベスト」によるワキ毛丸出し状態って女性から見たら萌え~なんだろうか。タンクトップ・ノースリーブ族に関しても1つ言いたいのが、ワキ毛丸出しなんだよワキ毛。どうなのよ。電車でつり革持つとき大丈夫か?ちゃんとエイトフォーしてんのか?しかしなんで男性のワキ毛は容認されて女性のワキ毛は非難されるんだろうか。同じ毛なのに。人類の祖先は毛だらけなのに。不思議である。
2003.09.29
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ふと発言した一言が、とっても卑猥に聞こえてしまう時がある。ちょっと前になるが、友人の女子(さわでさん、アンタのことだよ)と一緒に電車に乗っていたところ、吊り広告で倉木麻衣の写真があった。その写真の片隅にはヴァージンレコードのマークが。それを見て友人がひとこと。「へぇ~倉木麻衣って、ヴァージンなんだ」 「バカッ!何をこんなところで」と思ったが広告を見て納得。確かに間違っちゃいない。でも違う意味では間違っているかもしれない。グフッ。かくいう私も経験がある。男友達と3人でファミレスでグダグダしていたとき。細かい会話の内容は忘れたが、別に猥談をしていたわけではない。しかしふとした拍子に「いっちゃう」 と言ってしまった。その瞬間だけ周囲がシーンとしてしまったので、ちょっと響いてしまった。なんだかなぁ。まだある。バイト先の知り合いに「スースー」なるカプセル状の口臭防止の商品をわけてあげたときのこと。「これ、どうすればいいの?」と聞かれたので「口の中で舐めて、液体が出てきたら飲み込むんです」 と言ったら、なんだかとっても卑猥に聞こえてしまった。ああいやだ。またそんな想像している自分がいやだ。欲求不満なんだきっと。しかし意図せずに下ネタになってしまった瞬間って、意図せずにダジャレになってしまったのと同じくらい恥ずかしい。凝りもせず下のネタに。こういうネタが嫌いな人、申し訳ありませんでした。ぷぷぷのぷ~。
2003.09.28
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まず最初に、この日記は物語の核心に触れそうな気がするのでストーリーを知りたくない方は読まないほうがいいかと。『カルネ』『カノン』などの監督、ギャスパー・ノエの最新作。主演がモニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセルの2人という、実際のカップルだったことも話題になった。『カルネ』が「静かな狂気」という雰囲気だったのに対し、こちらは観る者に目眩と吐き気をもよおさせるぐらいのショックを与えてくる。これはかなりの問題作だ。カンヌが賛否真っ二つに割れたのも頷ける。この映画は簡単に言ってしまうと、レイプされた恋人の無念を晴らす男の復讐劇である。とにかく観終わった後に暗澹たる気持ちにさせられる。この映画の特徴の1つとして、時間が逆行していることが挙げられる。つまり冒頭で悲惨な復讐シーンが繰り広げられ、ラストに向かうにつれ幸せだった2人の姿がスクリーンに映し出されるのである。原題である『Irreversible(元には戻れない)』という言葉が指し示すように、レイプされてしまった事実は決して消すことができず、本人が忘れようとしてもレイプされる前の幸せな2人には決して戻れないということがとても哀れに感じられる。冒頭の復讐シーンはかなりショッキングである。なにせレイプ犯(実際は犯人ではない)の頭を消火器でカチ割ってしまうシーンを真っ向から撮っている。恥ずかしながら、私はあまりのグロテスクさに正視することができなかった。そんじょそこらのスプラッタ映画より数倍痛い。そしてこの映画の目玉といってもいいのが、9分間にわたるレイプシーンである。この映画は基本的に1つのシークエンスは1カットで撮られているので、もちろんこの9分間のレイプシーンも1カットである。モニカ・ベルッチとレイプ犯役のジョー・プレスティアの芝居があまりにリアルなため、ただただ痛々しい。そこに官能はまったく無いのである。レイプ後のモニカ・ベルッチが小刻みに震えながら這って行くところに鳥肌が立った。レイプという犯罪が被害者にどんな心のダメージを与えるか、感じることができた。先にも書いたが、この映画は1シークエンス1カットで撮られている。そして役者たちの芝居は即興に近いらしい。しかし昨今の即興映画とは役者のテンションが違う。役者たちは、即興とは言いながらも計算されている芝居を見せてくれる。そしてカメラワークもかなり凝っている。冒頭のシーンでは、主人公は正気を失っている。それを象徴するかのように、カメラはあらゆる角度からグルグル回る。大画面で見てしまったらかなり酔うであろうほどにグルグル回る。そしてラスト近くの穏やかなシーンでは、なめらかにモニカ・ベルッチの周りを回転する。こういう実験的なところも実にギャスパー・ノエらしい。冒頭で殺される男は実はレイプ犯ではない。取り違えて殺してしまうのである。そんな救いの無い結末であるが、現実は皮肉に満ちていて残酷なものである。現実世界に必ずしも「因果応報」という言葉は通用しない。これは映画という虚構の世界ではあるが、限りなく現実に近い世界である。現実は映画が描くよりも地獄に近いかもしれない。この映画はセックスとサディズムに満ちている。この映画を観ると、セックスという行為がとても不条理なものであるように感じられる。快楽であったり苦痛であったり、相手のことを思いやったり独りよがりだったり。それでもそんな行為を止められない人間って不思議だなと思ってしまった。とにかく、映画にまつわる秩序を打ち砕き、タブーに挑戦したギャスパー・ノエの野心作である。もう2度と観たくないと思うが、脳裏に焼きついてしまった。生ぬるい生活から「暴力」という手段で覚醒させられてしまったのか。考えるところは多い作品である。決してオススメはしない。
2003.09.27
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タランティーノの新作『キル・ビル』が早く観たい。別にタランティーノファンではないのだが、妙に心躍らされる内容である。ユマ・サーマンって変な顔だなあと思う。美人なんだけど爬虫類ぽいというか。日本人だと松雪泰子と近い雰囲気の顔立ちだと思う。『ガタカ』けっこう好き。イーサン・ホークとはおしどり夫婦のようで。ちなみにイーサン・ホークは西村和彦に似てる気がする。『キル・ビル』には日本人もたくさん出演するようだ。タランティーノが敬愛してやまないサニー千葉とか、『バトル・ロワイアル』で見出された栗山千明とか。栗山千明の役名は“GOGO夕張”だって。なんでもタランティーノが「ゆうばり映画祭」が好きなんだとか。て、適当…。中でも注目なのが、和服で登場のルーシー・リューだろう。どっからどう見ても日本人だなこりゃ。最近「ルーシー・リューけっこう好きかも」と思い始めてしまった。先日観た『カンパニー・マン』にも出演しており、宙吊りで主人公を助けに来るシーンでキュンとしてしまった。なんか彫りの深いハリウッド俳優の中であの顔を見るとホッとしてしまう。東洋人にとってのサンクチュアリってとこか。『チャーリーズ・エンジェル』の3人の中で誰が好きかと聞かれたら、私は迷わずルーシーを選ぶだろう。ある意味、ルーシーのトリコである。この映画の予告編を見て、ルーシーの「ヤッチマイナ!」というセリフにときめき指数がギュンギュン上がってしまった。たまりませんなー。色んな意味で楽しみな映画である。迷わず劇場に観に行く気がする。
2003.09.26
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美容院に行ってきた。私は髪が伸びるのが早い上に量が多く、一ヶ月サイクルで行かないとワサワサしてきてしまうのだ。私が初めて美容院に行ったのは中3の時。それまでは家の風呂場で父親に切ってもらっていた。ウチの父親は「人の散髪が趣味」みたいなところがあり、なかなかの腕前だったようだ。人が見ても「家で切ったとは思えない」とよく言われたものだ。しかし思春期の年頃になると、いつまでも家で切るわけにもいかないので美容院に行くことにした。ということで初めて行ったのがなぜか「美容室マキシム」であった。母親が「ポイントカード持ってるから行って来い」と言ったので、素直に行ってしまったのだ。制服のままで行った「美容室マキシム」はいかにもマダム御用達の雰囲気ムンムンで面食らってしまった。カットしてはもらったがかなり恥ずかしかった。さすがに年頃の男子が「マキシム」に通い続けることには抵抗があったので、その後は自分で美容院を選んで行くことにした。しかし美容院という空間に慣れていない私は、口で注文することにも美容師とのソツがない会話にもなかなか慣れることができなかった。私の姉は以前、美容院に行って「中山美穂みたいにしてください」と言ったら、美容師に「中山美穂?いまどんな髪型だったっけ?おーい中山美穂の写真持ってきて!」と店内中に響き渡る声で叫ばれたらしい。それを聞いて、美容院で有名人の名前を出すのはやめようと心に誓ったものである。いまの美容院には2年くらい通っている。最初は美容師を指名するのも恥ずかしかった。なんかキャバクラ行って女の子を指名するような気分になってしまうからだ。しかしやっぱり好みをわかってくれている人のほうがいちいち説明する手間が省けて助かる。ということで今は決まった美容師の人に切ってもらっている。ある時、美容師が『smart』やら『BOON』などのオシャレ雑誌を持ってきたので、そういう雑誌にあまり興味がない私は「『FLASH』か『フライデー』お願いします」と言った。ついでに「『女性セブン』とかにもちょっと興味あるんですよね~」と冗談半分に言ったら本当に『女性セブン』を持ってきた。それ以来、私は美容院に行くたびに『FLASH』か『女性セブン』を読むハメになってしまった。最近は『オレンジページ』や『レタスクラブ』まで持ってくる。「俺は主婦じゃねーっつの」と思いながらもけっこう読みこんでしまう自分がちょっと哀しい。仲良しになった同い年のシャンプー担当新米美容師さんは毎回話題を用意してくれる。こないだは『稲川淳二のこわい話』を貸してくれた。ありがたく読ませていただいたが、全然怖くないの。「どうでした?」と聞かれコメントに困ってしまった。美容院というのは必要に迫られて行くものだが、なんか未だに気恥ずかしさを感じてしまう。鏡が苦手な私は目のやり場に困ってしまうのだ。そのため1ヶ月に1回、たかだか1時間ほどの短い時間ではあるが気合を入れて向かっている。
2003.09.25
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気づいたら夏が終わってしまった。今年は冷夏ってこともあり、夏を意識する前に夏が終わってしまった感がある。そんな気分を代弁するかのように発売されているのが森山直太朗の『夏の終わり』という曲。ちゃんと聴いていないくせにどうこう言うのはルール違反であるだろうが、CMでサビの部分を聴いたときはびっくりした。森山直太朗がどんどん加速してネオ森山直太朗になっていた。『さくら(独唱)』で森山直太朗も自分の立ち位置を意識しだしたのかいつにも増して気合が入っているような気がした。サビは「な~つのお~わ~り~」という歌詞なのだが、文字にすると「なは~つのお~は~りひ~」と聴こえる。全てハ行で歌えてしまうそうな勢い。和田アキ子か坂本九以来のハ行っぷりである。私はこれを聴いて「森山直太朗は何かを悟ったな」と思った。何かというのが何であるかはわからないが、森山直太朗は自己を相対化して新しい何かを確立したような気がする。「森山良子の息子」というレッテルを力ずくで剥がそうとしているようにも見えるが。ところで夏と言えばプール、プールと言えば大磯ロングビーチ、大磯ロングビーチと言えば「ドキッ!女だらけの水泳大会」である。強引ですな。「女だらけの水泳大会」といえばドッキンプルルンポロリもあることでおなじみであった。いま思い返して見ても、チビッコもお父さんもお母さんも一緒に食卓を囲む時間帯におっぱいポロリしてしまう番組が放送されていたというのは凄いことかもしれない。ちなみに我が家も見ていた。私はまだ幼かったが、気まずい雰囲気になりながらも目が離せなかった。父親は新聞を読むふりをしながらチラチラ画面を気にしていた。甘酸っぱい思い出である。この番組には合間合間に水着のファッションショーのようなものが挟まれていた。そこには水着ギャルたちがワラワラ出てくるのだが、ある時オチとしてダンプ松本が出てきた。それを見て私の母が、「出てる!出てる!」と叫んでいた。いったいどこの部分が出ていたのか。母は年々物忘れが激しくなっているので今となっては知る由もない。知りたくもない。でもなぜかこのことは強烈に覚えている。また下ネタになってしまった。自制せねば。
2003.09.24
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万田邦敏監督の長編デビュー作。出演は森口瑤子・仲村トオル・松岡俊介。「自分らしく生きたい」という確固たる信念を持っている主人公・光子は市役所に勤め、30歳を過ぎた今でも木造のアパートで暮らしている。彼女は仕事で実業家の勝野という男性と知り合い、付き合うようになる。しかし勝野と付き合っていくことで自分の生活が崩されると察した光子は、勝野から離れることを決意する。そして彼女は徐々に、アパートの階下に住む運送会社の契約社員・下川に惹かれていく。どうにもこうにも退屈な映画だった。というのも主な登場人物が3人で、物語が進む場所もアパートやマンションというように変化が乏しいので、観ていて飽きてきてしまうのだ。3人の役者も極力感情を表に出さない芝居を要求されているのか、口調が淡々としていて抑揚が無い。そのため、男女の丁々発止が繰り広げられているはずなのに緊迫感があまり伝わって来ず、冗長である。この調子で117分は辛い。眠い。そしてこの主人公の光子という女がどうにも理解できない。「自分らしい生活がしたい」という信念があるがために、恋人の要求をことごとく拒否するのである。この女の中には「臨機応変」とか「柔軟に対応」といった言葉は存在しないのだろうか。そりゃもちろん相手から一方的に押し付けられるばかりというのも考えものではあるが、お互いに譲歩し合っていかないと恋愛なんて無理じゃないだろうか。「自分らしい生活」のために相手の要求をことごとく拒否するのもそれはそれでエゴってもんだろう。この映画が言いたいことはよくわかるが、その描き方がどうにも面白くない。この映画は「繊細なタッチがどうのこうの」と評されているが、私にはどうも大味な映画にしか見えなかった。私はこのテの恋愛映画はどうも苦手なようだ。
2003.09.23
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フジテレビの『トリビアの泉』、絶好調のようだ。私もこの番組は深夜のころから好きで見ていて、ゴールデンに進出してからはお茶の間にも広く浸透しているようだ。この番組では、ネタの評価を「へぇ~ボタン」なるもので行う。ボタンを押せば「へぇ~」という声が聞こえるわけだ。そのせいか、日常生活で「へぇ~」と言うとちょっと気恥ずかしくなってしまう。先日もバイト先で、普通に「へぇ~」と言ったら「今のは何へぇ?」と聞き返されてしまった。別に意識してねぇっつの。今までの流行語を振り返ってみても、「同情するなら金をくれ」(古っ)「だっちゅーの」(寒っ)などネタとしてしか使えないものばかりであったが、「へぇ~」という言葉はあくまで日常用語である。迂闊に言えなくて困る。私が意識しすぎなのかもしれないが。『トリビアの泉』の採点システムを見ていると、『ボキャブラ天国』や『欽ちゃんの仮装大賞』を思い出す。ボタンをポチッと押して評価する、ってのが私の中でリンクしてしまうのである。先週のトリビアは正直つまらなかった。早くもネタ切れか?頑張れ『トリビアの泉』。
2003.09.22
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今日は朝から雨がシトシト降っており、眠い目をこすりながらもバイトに行かなければならなかった。「あー、だりー」とボヤッキーな状態で家を出たその時、家の前でツルッと滑り、おケツをしたたか打ってしまった。我が家の駐車場のスローブの部分はタイル貼りになっており、しかも靴の裏に葉っぱがくっついており、雨で滑ってしまったのだ。しかもその瞬間をお向かいの家のご主人に見られてしまった。ご主人がくわえていた煙草の灰がポロッと落ちた、気がした。恥ずかしいったらありゃしない。皆さんはこういう状況に置かれたらどうするのだろうか。私の対処法は「ひたすら笑う」である。「アハハ転んじゃいましたよアハハびっくりしたでしょすいませんアハハハハ」と相手に言葉を挟む隙を与えず、その場を速やかに立ち去るのである。自分で自分を嘲笑することで、恥ずかしさを軽減するというなかなかの荒業である。私はなんだか、よくつまずいたり転んだりする。注意力が散漫なのか鈍くさいんだか。特に段差に弱い。齢23でバリアフリーが必要なのか。嗚呼。そのせいで今日は一日中おケツが痛い。まるで4つに割れてしまったかのように。家に帰ってペロンとめくってみたら、青くなっていた。いま23歳の私の尻には蒙古斑があるわけで。
2003.09.21
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今さらだが、名古屋の立てこもり犯がビルを爆破した映像をニュースで見た。ものすごく怖かった。私は気づくことができなかったが、友人曰く爆破した直後に、人質だった人が耳を押さえている姿を窓から確認できたそうだ。その数秒後にその方が亡くなってしまったのだと考えるととても怖い。人が亡くなる瞬間なんて滅多に目にしないから。飛行機の墜落事故などが起こると、操縦席の様子が録音されているブラックボックスが公表される。あれも聞いていてとても怖くなる。死に直面してしまった人の声を聞いてしまうと何ともいえない恐怖を感じてしまうのだ。また有名人の人が急逝してしまうと、ワイドショーなどで数週間前に放送された生前の映像が流れたりする。それを見ると「ああ、この人はこの時まさか自分が数週間後に死んでしまうなんて考えもしなかっただろうな」と思ってしまう。このあいだの爆破事件だってそうだ。人質になって亡くなってしまった人も、その日の朝はまさか自分が今日死んでしまうなんて思っていなかっただろう。人の命の幕切れは唐突に、そして理不尽な形で現れてしまうことがある。人間に「寿命」なんてものは本当にあるんだろうか。あるのだとしたらそれはとても不公平なものである気がしてならない。もしかしたらこれは宗教的な話になってしまうかもしれないが、私は地球上に存在する魂の数は常に同じなのではないかと思う。そしてその魂の数が増えてきてしまうと、天変地異や戦争などで多くの命が消えていってしまうのではないかと。常に人間の生活には死の影がつきまとっていると思う。駅のホームを歩いていても、その歩いている場所から数十センチずれただけで轢かれて死んでしまうかもしれないのだ。死は思ったよりも身近にある。内田春菊のマンガに「明日死んじゃうかもしれないのに好きな人に『好きよ』くらい言わなくてどうすんのよ」というセリフがある。名古屋のニュースを見て、この言葉が妙に真に迫って感じられた。
2003.09.20
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久しぶりに試写会に当たった。そして舞台挨拶つきだということでかなりワクワクしていた。結果は、期待を裏切らない出来栄えだった。面白い!ストーリーは大雑把に言うと、少年VSオバさんの復讐合戦である。要は若者とオバさんが殺しあうわけだ。少年サイドの役者が松田龍平・安藤政信・池内博之・斎藤陽一郎・近藤公園・村田充。オバさんサイドの役者が樋口可南子・岸本加世子・森尾由美・細川ふみえ・鈴木砂羽・内田春菊。その他にもミッキーカーチスや寺田農、鰐淵晴子、千石規子といった重鎮たちがチョイ役で出演している。この少年たちとオバさんたちに共通するのは「昭和歌謡が大好き」ということである。そのため劇中には様々な昭和歌謡が登場する。映像と昭和歌謡のミスマッチがとても面白い。特に『チャンチキおけさ』はインパクト大であった。まさかこんなシーンで『チャンチキおけさ』とは!岸本加世子が歌う松田聖子にもかなり笑わせられた。出演者の個性がバラバラであることも由来してか、映画から感じるイメージは「バラバラ」である。コメディのようなシリアスのような、はたまたスプラッタのような不思議な印象である。でもそこがこの映画の魅力であると思う。「殺し合い」という題材からは陰惨なものしか想像できないが、この「殺し合い」を経験して登場人物たちは様々なことを学んでいく。そんな妙にしんみりさせられるシーンも用意されている。役者がたくさん出演しているためか、1人1人の印象が薄くなっているのがちょっと残念。その中でもインパクトが強いのは岸本加世子と内田春菊、そして登場シーンは少ないが安藤政信も印象に残る。安藤政信が殺されるシーンはグロいのに笑える。ラストのオチにも笑わせられた。キーワードは「調布」である。東京郊外の町をピンポイントに取り上げるとはなかなかセンスが良い。京王線ユーザーなら思わずニヤリとしてしまうだろう。篠原哲雄監督というと『月とキャベツ』『はつ恋』といった叙情的な映画が得意というイメージがつきまとうが、彼はこの映画でそんなイメージを脱却したと思う。こんな過激な題材に真っ向から取り組んだ勇気に敬意を表したい。難しいことは考えずに、不謹慎ではあるがひたすら殺し合いを楽しむべき映画である。舞台挨拶を見て思ったが、オバさん扱いされている女優たちも実際見たらやっぱり綺麗だった。特に森尾由美と細川ふみえが細くて驚く。細川ふみえなんて画面で見るとまん丸なんだが。観客のほとんどは女性で、松田龍平や安藤政信にキャーキャー言っていた。まあ確かにカッコいい。だが舞台挨拶でも終始不機嫌な雰囲気を漂わせているのはどうなんでしょう。思ってもないことを言えとは言わないが、「せっかくのお披露目なんだからもうちょっと楽しそうにしてよ」と思ってしまったのも事実。何はともあれ、不思議な味わいの娯楽作が生まれたことは素直に喜びたいと思う。DVDが出たら買っちゃうかもな。
2003.09.19
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一泊で群馬の万座温泉へ行ってきた。天気にも恵まれ、ドライブ日和だった。宿を手配してくれたのは友人だったのだが、予約したホテルが「ホテルじゅらく」という名前。「『じゅらく』だなんてもしかして色っぽいホテルでは?」と心配していたのだが、いたってノーマルな宿だったので安心。部屋から見える景色は「きれい」というより「すごい」だった。部屋から硫黄の煙が噴出しているのが見えるのだ。そのせいか館内も硫黄の匂いが充満している。でもそれがかえって「温泉に来た」という気分を高揚させてくれる。温泉は乳白色の露天風呂。ホントに2時間ドラマで古谷一行が入ってそうな、絵に描いたような温泉だった。でもちゃんとした天然温泉なので、20分ほど入っていたらガサガサだった肘の部分がツルツルになった。すげぇ。温泉に来たからには何度も入らなきゃ損だ、ということで夜中の2時に友人と温泉に浸かりに行く。他の客は年寄りが多かったので、この時間になると誰もいない。そこでなぜか我々は怖い話をし始めてしまった。さんざん怖い話をして「いや~、怖いね」などと言っていたら、友人がいきなり「ヒエッ」と短い叫び声をあげた。びっくりして「どうしたの?」と聞いたら、「いまそこを裸の男が通った」と言う。しかしあたりを見渡しても誰もいない。温泉に浸かっているにも関わらず鳥肌がブワーッと立った。思わず男2人でヒーヒー叫んでしまった。それから部屋に帰って寝たのだが、みんな「部屋が暑い暑い」と言っているなか、その友人だけが「寒い寒い」と言いながら布団をすっぽり被っていた。もしかしたら疲れて、いや憑かれていたのだろうか。ああ怖い。やっぱり日本人は温泉が好きである。でも旅館での心霊現象だけは御免である。
2003.09.18
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昨日の深夜、TBSの『pooh』とかいう締まりのない番組に三船美佳が出演していた。友人と一緒に見ていたのだが、その友人が突然「俺、三船美佳って嫌いじゃないよ」と言ってきた。私は思わず「えええっ!?」と驚いてしまった。「MEGUMIが好き」とか言われるよりパンチが効いていた。私だって別に三船美佳のことを嫌っているわけじゃないが、彼女に関しては「好きか嫌いか」ということすら考えたことがない。確かに顔は柴咲コウに似ていて美人だし、まだ若い。だが「世界の三船の娘」ということと「虎舞竜の嫁」ということで、私の中での若手女性タレントヒエラルキーの頂点に近いところに属している気がする。「父が大俳優」「16歳でオッサンと結婚」「映画出演で丸刈り」という情報だけで、三船美佳はすでに貫禄充分というイメージがある。若くして色々な経験をした女性からは、どこか達観に近いオーラのようなものを感じる。宇多田ヒカルとか安室奈美恵とか。そんな彼女たちを見ていると、テレビの前で正座してしまいそうになる。これからもっと歳をとったらどういう女性になっていくのか、気になる存在である。三船美佳を見たので、夫の高橋ジョージの顔を思い浮かべようとしたが、どうしてもドリアン助川と古田新太しか出てこない。「ロード」が大ヒットしたのも今は昔。高橋ジョージは今どこで何をしているのだろうか。しかし『pooh』という番組は、徐々に『トゥナイト2』みたいになってきた。女性をターゲットにしているらしいが、内容がだんだん下世話になってきている気がする。いっそのこと司会は石川次郎にしたらどうだろうか。無理か。
2003.09.17
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以前、ジャネット・ジャクソンについての日記に「日本人はまだまだセックスに関してタブーであるという意識を持っている」みたいなことを書いたが、それでも昔よりは変わったよなあと思う。特に女性。というのも、今日電車に乗っている時に雑誌『anan』の中吊り広告を見たら、夏恒例の「きれいになれるセックス特集」みたいな見出しだった。その写真がV6の岡田准一の上半身裸の写真だったのである。しかも恥骨スレスレまでジーンズをずらしている。おやおやおやおや。コレを買うとき、女の人はやっぱり恥ずかしいのだろうか。コレを買うイコール今のセックスに満足していないってことだからなぁ。そりゃあ天下の『anan』だからエロ本とは意味合いが違うが、堂々と「セックス特集」と銘打ってあるのだからちょっと度胸がいる気がする。女性向けのエロマーケットはどんどん拡大しているらしい。コンビニ行きゃあレディースコミックはたくさんあるし、女性向けのAVも発売されているらしい。女性の地位が徐々に向上していると同時に、性も解放されてきたんだなと感じる。しかし、電車に乗ってて「恥骨」なんて言葉が頭に浮かぶとは思わなかった。夏場の『anan』にご用心!『anan』ホームページ
2003.09.16
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サッカーや野球と違って、柔道はどんなにリードされてても一本取られたらハイそれまでよ、というところが見ていて面白い。試合自体も5分しかないので、見ているこちら側も集中力が求められる。やっぱり井上康生は凄かった。なんというか、見ていて安心感があった。彼の試合を見ていても、負ける気がしないのである。井上康生にはそんな自信がみなぎっていた。井上康生は顔がちょっと中田英寿に似ていて、喋ると貴乃花に似ている。田村亮子の試合は見ることが出来なかったが、結婚準備で練習不足ということで「優勝できるかな?」と少々不安だったが、見事優勝した。さすがである。私は以前多摩センターのツタヤで田村亮子を見たことがあるが、ホントにちっちゃかった。あんな小さな身体で相手をホイホイ投げてしまうんだから凄い。今回の世界柔道で一番印象に残ったのが、秋山成勲選手の母親である。残念ながら秋山選手は4位であったが、準決勝での観客席にいる秋山選手の母親の姿が面白かった。オリンピックなどでも観客席の親族の姿がよく映し出されるが、そこでの親たちの姿は祈るようなポーズで「なんとかわが子を勝たせてください」「早く試合が終わってください」とでも言っているかのように見えるものだが、秋山選手の母親はタンバリンとペットボトル(?)を両手に携えすごい形相で叫んでいた。「オラオラ、ちゃっちゃと決めんかーい!」とでも言っていたのだろうか。さすが浪速の母、勇ましい。それにしても、世界柔道のキャスターの藤原紀香と加藤晴彦はひどかった。加藤晴彦、泣きすぎ。藤原紀香の表情が凄くムカつく。いいかげんスポーツ大会のキャスターにタレントを据えるのやめませんか。といっても世界陸上の織田裕二のハイブリッドな司会よりはマシだったが。
2003.09.15
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最近ふと気づいたが、食事をする際に「いただきマンモス」「ごちそうサマンサ」とよく言っている。別にウケを狙おうとかそういうのではなくて、ごくごく自然に。自分の中に「のりP語」が侵食していることにちょっと驚く。他の人の言葉によく耳を傾けてみると、「こんばんみ」(ビビる大木のつかみネタ)とか「すんまそーん」(おさるのネタ)など、普通に使っている。それらもウケを狙っているわけではなくて、むしろ流されることを望んでいるかのように。これらの挨拶というかギャグは、耳馴染みがいいから一般にも定着したのだろう。なかなかやるもんだ、大木におさる、そして酒井法子。ちなみに最近、私はよく「んなわきゃない」と言っている気がする。なんとなく、タモリ。
2003.09.14
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久しぶりに新宿から終電で帰った。新宿発の急行列車に乗ったのだが、近くになぜかスクーターを持ち込んでいる人がいた。スクーターと言っても、今流行の小さいものだが、それでも邪魔で邪魔で仕方ない。何故電車にスクーターを持ち込むのかしかも混んでいる最終電車に。そしてスクーターは電車に持ち込んでオッケーなものなのか。疑問である。余談だが、鉄道時刻表には「JR線内に持ち込んではいけないもの」という注意書きがある。そこに刃物、ガソリンなどと並んで「死体」とある。それって電車に持ち込む持ち込まない以前の問題では…と思ってしまうのは私だけではないだろう。次に乗り換えた電車でつり革につかまって立つ私の前には、2人の男女が座っていた。その2人はスターバックスの先輩後輩らしい。スターバックスの紙袋を持ち、スターバックスのコップを持ち、そして男の胸にはスターバックスの名札がついていた。一目瞭然である。上田くんと言うらしい。なぜ名札を付けっぱなしで電車に乗ってるんだろう。自己紹介しながら歩いているようなものだ。しかも隣の先輩もなぜ「名札付けっぱなしよ」と教えてあげないんだろう。相当に自己顕示欲が強い男性なのかもしれない。その上田くん、まだ新米らしい。「俺まだ豆の名前覚えてないんすよ」とボヤいていた。先輩もちょっと呆れたらしく「えっ、覚えてないの…」と微妙なリアクションだった。しかも彼は、スターバックスの店員でもない私ですら知ってることも知らなかったりして、先輩は優しい口調でありながらも呆れているのが見え見えだった。人の話をこっそり聞くのはあまり趣味がいいことではないが、思わず2人の会話に耳をそばだててしまった。頑張れ上田くん、めげんなよ。またまた余談だが、私はスターバックスのコーヒーを飲みながら街中を歩いたり電車に乗ったりする人がどうも気に入らない。本人はシアトル気分でデキる人気取りなんだろうが、ここは日本である。しかも京王線である。「飲み物を飲みながら歩くなんて」というモラルの問題を嘆いているのではない。これがタカナシの牛乳とかだったら別に癪に障ることもない。「スターバックスのコーヒーを飲みながら歩く」という行為にどことなく嫌なものを感じてしまうのである。なんだかなあ。
2003.09.13
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いつのだったか忘れたが、最近の朝日新聞の夕刊のコミックコーナーに山川恵里佳のインタビューが載っていた。細かい内容は忘れたが「このコミック面白いっすよ!」「恵里佳もこんな恋愛してみたいっすね!」みたいなことを言っていた。喋ってるまんまの、ものすごく口語体。いくらコミックコーナーとはいえ、天下の朝日新聞である。こんなくだけた口調のインタビューをそのまま掲載していいものなのか。言葉にうるさい老読者から苦情が来そうである。先日『トリビアの泉』を観ていたら、はしのえみも「マジっすか?」と言っていた。最近は女性もテレビで「~っす」と語尾につける。体育会系の部活で「ちぃーっす」「うぃーっす」と使われる、いわゆる「TH語」である。別にこういう言葉遣いをする女性は嫌いではない。むしろ好きなくらいであるが、それが公共の電波に乗ってしまうとは、世の中変わったものである。一昔のアイドルだったら絶対こんな言葉は使わない。「私の名前は菊池桃子っす」なんて言っているところは見たことない。なんで咄嗟に菊池桃子が出てきたのかわからないが。当たり前と言えば当たり前であるが、女の子も時代とともに変わってきてるな、と思う。私の母親は「女の子が友人のことを苗字で呼び捨てにするなんて考えられない」と言う。今の娘たちはお互いのことを苗字で呼び合ったりする。それは昭和前半生まれの人々には考えられないことなのだそうだ。地べたにあぐらをかいて座り込み、「ガハハ」と笑う女子高生たちはもはやオヤジに近い。威嚇しているかのような化粧や服装はどことなく猛禽類を感じさせる。うっかり紛れ込んでしまったら骨までしゃぶられそうな猛々しさを醸し出しているのである。「男性は男性らしく」「女性は女性らしく」という認識は、ジェンダーがどうのこうのと声高に叫ばれているこの世の中ではナンセンスである。そして外見だけで人を判断してしまうことも良くないことである。だが彼女たちを見ていると「男である意味」や「女である意味」を考えてしまう。私はそういう難しいことを論じることができるほど知識を持ち合わせてはいないが、「なぜ人は性を分けられて生まれてくるのか」という素朴な疑問に直面してしまう今日この頃である。 キスを数えたら噛みつかれそう
2003.09.12
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私は酒の席において、酔ってもあまり顔色が変わらない。しかも理性を保っているので、頭がグラグラ身体はヘロへロになっても「あ、俺いま酔ってるな」という自覚はあるのである。そのためかハメを外すことが滅多になく、あまり宴会を楽しめないのである。そんな宴会の席で、一発芸としてモノマネを強要されることがたまーにある。モノマネだなんて高度な芸当を持ち合わせていない私には冷や汗ものの展開である。女の子は深田恭子なんかを可愛く真似し、男は田中邦衛などをそつなくこなす。その場から逃げ出すことができなかった私は咄嗟に、今いくよ・くるよのくるよちゃんをやってしまった。見事に潮が引いてしまった。「しまった!いくよくるよは関東圏じゃまだまだマイナーだったか」と後悔したが時すでに遅し。みんなガンダーラの如くはるか彼方へいってしまった。「寒い」状況を逆に「面白い」方向に器用に転換できる人がいる。しかし私は逆境に弱い。凍てついてしまったみんなの心を溶かすことなどできなかった。その場にスコップがあったら掘っていたことだろう。その後、私は反省した。「大人なら1つや2つ、モノマネのネタを持ち合わせていなければならない」。それをTPOに合わせて使い分けるぐらいの心意気があればもっといい。テーペーオー。友人のさわでさんはモノマネがとても上手い。カラオケに行けば森高千里や小柳ゆき、BoAなどを歌いこなすし、会話の中でもこずえ鈴がちらほら登場する。彼女の偉いところは「やり切る」ところである。照れずに堂々と歌いきる姿勢は見習うべき部分が多い。私の姉も新田恵里や立松和平のモノマネをよくやる。みんなすごいな。私が似てると言われたことがあるモノマネは、「熱さまシート」の村田雄浩と「ぶらり途中下車の旅」の滝口順平、フランソワーズ・モレシャンだけである。しかしこの方々もまだまだマイナーなため、いかんせんパンチが弱い。窪塚洋介や堂本剛にチャレンジしてみたが、「微妙」と言われた。果敢にも井川遥や仲間由紀恵などにもトライしてみたが、やぱり微妙だった。男が女の真似をするのもちょっと無理がある。キム・ユンジンのモノマネはややウケだったが。いま「これはできそうじゃない?」と睨んでいるのが福山雅治である。『桜坂』では福山らしさが出ないので『Gang☆』で練習している。孤独な部屋でモノマネを練習している自分の姿はかなり惨めである。人は私のことを「バカ」と呼ぶかもしれない。しかしこれは、社会に出て人の心を掴むための切実な問題なのである。生まれ変わったらコロッケか清水ミチコになりたいと本気で思う今日この頃。
2003.09.11
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9日の夜からバスに乗って、大阪・神戸に旅行に行ってきた。往復のバスと宿一泊(食事なし)がセットで17000円ほど。ほぼ新幹線の東京~新大阪の片道料金である。深夜バスといっても高速バスとは違い、観光バス用の車両なので、眠るのには適していない。前の人がリクライニングをしてしまったら後ろの人間はキュウキュウである。そんなわけで往路のバスでは2時間くらいしか眠れなかった。大阪に着いたのは朝6時すぎ。そんなに早く着いたってどうしていいかわからないので、とりあえずファーストフード店で2時間以上時間潰し。その後、道頓堀に行ってみる。タイガース優勝間近ってことで、町中トラだらけ。道頓堀といえば、おなじみのグリコの看板もタイガースのユニフォームに衣替えしていた。さすがでございます。意外と大阪って見るところがなくて、早々に大阪を後にする。その後、阪神電車に乗って芦屋付近で下車。実はこの辺りは、私が幼少の頃に5年間ほど過ごした土地である。今回13年ぶりに訪れたことになる。ちなみに私が住んでいたのは海側なので、決して金持ちなわけではない。阪神大震災の影響が大きかったこともあり、街並みはだいぶ変わっていた。それでも要所要所に思い出深い場所は残っていた。しかしそれらも子供の時の印象と今では全然違う。「このスーパーってこんなに小さかったっけ?」「駅から家までこんなに近かったっけ?」みたいに。よくたこ焼きを食ったスーパーや犬のウンコを踏んでしまった公園など、懐かしい思い出が蘇るが、同時にこの土地が震災という悲惨な事態を乗り越えてきたんだなと思うと感慨深いものがあった。小学校のときの同級生だった女友達に13年ぶりに再会した。声を聞くと緊張してしまいそうだったので、メールで連絡。関西人はメールでも関西弁なのにちょっと感激。彼女はほとんど変わっていなかった。なんとなく安心してしまう。しかし13年ぶりということで、お互いになんて呼んだらいいのかわからなくて、結局最後まで名前で呼べなかった。彼女に写真を見せてもらった。そこで昔仲が良かった友達の今の姿を見ることができた。おかっぱ少年だった友人はチョビ髭にサングラスでヴィトンのバッグを持っていた。三つ編み少女だった娘は、派手な服に身を纏い水商売みたいな風貌になっていた。ほかにも結婚してパパになったりママになった友人もいるらしい。13年は人を変えるのに充分な長さである。自分だけ取り残されてしまったような、自分だけ成長していないような錯覚に陥り、懐かしいと同時になんとなく寂しくもなった。東京の友人と一緒に行ったのだが、旅行と言うよりは「帰郷」に近い感覚だった。久しぶりに逢った娘にも「お帰り」と言われ、何となくむず痒い気分になった。たかだか5年しか住んでいなかったが、やっぱりここは「故郷」だなと再認識した。かなり独りよがりな行程だったので、一緒に行った友人には悪いことをしたかもしれない。だが私にとっては思い出深い旅となった。今度は他の友人にも逢いたい。
2003.09.10
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ジャネット・ジャクソンを知ったのはいつの頃だったか。おそらく中学生くらいだったと思う。今でこそテクノやハウスといったダンスミュージック大好き人間であるが、その当時は広く音楽を知らなかったので、かなり鮮烈だった。初めて聴いたのは『rhythm nation』。その歌とダンスのカッコよさにノックアウトさせられた。それからしばらくジャネット姐さんからは離れていたのだが、久しぶりに聴きたくなって買ったのが、この『ALL FOR YOU』というアルバム。それをまた今日久しぶりに聴いてみた。ざっと聴いた感じは、アッパーでノリノリ(死語)だが、歌詞の内容は相当にセクシャルでイケイケ(死語)である。その和訳がなかなか凄い。「素敵なものを持っている男 今夜あれに跨りたい」「ふたりで○○○○している時の あなたって もう最高」「これから貴方をお風呂に入れて 戯れて身体をほぐして愛撫してあげたい」どひゃー。全編にわたってこんな感じである。18禁である。これはそっくりそのまま歌の中で歌われている歌詞の訳である。これが歌詞カードには記されている。決して私が訳したわけではない。日本人は奥ゆかしい人民だからまだまだセックスに関してはタブーな意識を持っている。だからここまでセックスにかんしてあからさまな歌を歌える人は、そうそういないであろう。ここまでオープンにできるのも、アメリカというお土地柄なのだろうか。歳を取っても現役バリバリ、女のフェロモンを捨てていないジャネット姐さんに敬意を表したくなる。ジャケット写真もほぼ全裸だし、歌詞カードに載っている写真はドレスの肩ヒモが不必要にはだけている。ごちそうさまです。しかしただ過激なだけでなく、ちゃんと歌が上手い。過激なパフォーマンスを支えている実力が確かなものだから、カリスマ的な地位を保っているのだろう。兄マイケル・ジャクソンの特番はもう再放送されないのだろうか。見逃してしまったのが非常に悔やまれる。「鼻を2回やっただけだよー」んなわけないだろ。 「わたし綺麗?」と聞かれたら、「ポマード」と唱えながら逃げましょう。
2003.09.09
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私はほとんど料理はしないが、なぜか料理番組が好きなのである。料理に限らないことだが、1から物を作り上げていくプロセスを見るのが好きなのだ。「キューピー3分クッキング」に関しては「3分じゃねぇだろが」という突っ込みは今さら野暮なのでしないが、どうも先生とアシスタントの掛け合いがギクシャクしていることが多い。先生はひたすら料理を進行し、その補足としてアシスタントが「いまボウルにみりんが大さじ3杯入りました」などというコメントを挟むのだが、どうもタイミングが悪い。あと先生の汚れた手を拭くための布巾を出すタイミングとかも悪かったりする。そして何よりも先生がアシスタントに冷たい。まるで「嫁VS姑の3分クッキング」みたいである。しかし、料理はいたってノーマルな惣菜なので、とても旨そうである。その後は『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』である。ホントに上沼恵美子はおしゃべりである。「しゃべりすぎて料理に唾入ってんじゃないか」と思うくらい。おそらく関西の放送局が製作しているせいか、料理の先生もおしゃべりである。この番組は上沼恵美子と先生のおしゃべりで成り立っているので、ゲストなんか刺身のツマ以下の存在である。しかし料理は妙にこじゃれている。その週によってテーマがあるのだが、割と凝った料理が多い気がする。「鮭のムニエルキウイソース」なんてどんな家庭の食卓に上がるんだか。これで米は食えないね、確実に。郁恵&井森のデリデリキッチンは観ないようにしている。この番組、なんか嫌いなのである。以前、「料理番組なのにエプロンをしていない」という苦情があったらしいが、この番組には「エプロン、し忘れちゃってました~☆」とでも言ってしまいそうな、ゆる~い空気が流れている。その最大の原因が、榊原郁恵の口調である。「じゃあエビちゃんの殻をむきま~す☆」みたいに、食材に「ちゃん」を付けることが多い。どうせ喰うんだから愛着湧かせてどうすんだよ。あと、「麺を茹でている鍋の見張り」とか「すりこぎでひたすら磨り潰す」などといった面倒臭くて見栄えの悪い仕事はすべて井森美幸の仕事である。こんなところにホリプロの上下関係を見てしまうことがままある。料理のタイトルも人を小馬鹿にしているものが多くて腹が立つ。だから最近はこの番組を見ないようにしているのである。先日、NHKの『きょうの料理』に平野レミが出ていた。そこでの暴走っぷりは凄かった。『ベストヒットTV』にも出演しているが、こちらはバラエティなのでそのキャラを有難がっている部分もある。しかし『きょうの料理』は国営放送である。「そんなにマイペースでいいの?」ってくらいマイペースであった。NHKのアナウンサーは律儀だから、レミが言うことにいちいち反応しているのだが、次の瞬間レミは人の話を聞いていない。平野レミを中心に番組は回っている。もしかしたら平野レミを中心に地球は回っているのかもしれない。料理番組は、ある意味エンターテイメントでスペクタクルである。こんなことをセコセコ書いている自分が、いかにヒマ人であるかが露呈してしまった今日の日記でありました。撤収!
2003.09.08
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「笑っていいとも!」はご存知の通り、生放送である。舞台と観客席が近く、素人も参加するこの番組で今までに放送できないような事件が起きなかったのが不思議なくらいである。せいぜいテレフォンショッキングのゲストが遅刻したくらい(記憶しているのは小倉智昭と片桐はいり)。しかし私は、以前にこの「笑っていいとも!」の笑うに笑えない状況を目撃してしまったことがある。それは番組冒頭のミニコーナーで起こった。その日の内容は「赤ら顔選手権」といったようなものだった。要はダチョウ倶楽部の竜ちゃんがよくやる、一瞬にして顔を赤くする、アレである。プロデューサーたちはどうしてこの企画をオッケーしたんだろうか。だって一瞬にして血を頭に送るだなんて普通に考えれば危険である。そこに登場した素人さん、頭に血管ボコボコ浮かせて顔を赤くしていた。私はそれを見て「あ、ヤバイ」と思った。そしたら案の定その素人さん 白目剥いて倒れこんでしまったのである。約1秒後には我に返ったのだが、その0コンマ数秒の間アルタは凍りついた。その後のタモリの進行もオタオタしていた。「このままこのコーナー進めちゃっていいの?」と思ったのだろう。そりゃ思うわな普通。あの一瞬、全国のお茶の間も凍りついたことであろう。生放送って怖い。生放送と言えば、私は地震があると真っ先にテレビをつけ、生放送をやっている局がないか探してしまう。表情が一瞬凍りつくキャスターを見るのが好きなのである。悪趣味。もう1つ余談だが、録画したビデオに入っていたニュース速報。あれはビデオだとわかっていても一瞬ドキッとする。いつだったか、古いビデオで『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』を観ていたら、「天皇陛下のご容態」というニュース速報が流れた。昭和じゃん。名古屋章が逝去し久米宏が降板してしまう今、リーダー肥後大ピンチ
2003.09.07
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私は何故か小泉孝太郎を見ると沖田浩之を思い出し眞鍋かをりを見ると可愛かずみを思い出す。どちらも自殺してしまった人であるというのが悲しい偶然である。こういう「大して似てないのに、自分の中でリンクしてしまう人」ってのは他の人もあるのだろうか。ちなみに持田香織を見ると飯島愛を思い出し鷲尾いさ子を見るとジュディ・オングを思い出す。逆はないんだよねぇ。なんでだろ。 そして思い出すのがみすず学苑
2003.09.06
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最近の格闘家ってオシャレになってきたなぁと思う。とは言ってもあんまり格闘技に詳しくない私が考える昔の格闘家はジャンボ鶴田とかジャイアント馬場とか力道山あたりだが。魔裟斗や宇野薫あたりはファッション雑誌にもよく出てくるし、顔もなかなか整っている。ボクサーからモデルに転向したという例も時々聞く。広末涼子が付き合っている人も確かボクサー上がりのモデルだったような…。リングの上では真剣勝負だが、リングの下ではスマートな男性。イメージ重視のこの世の中じゃ、格闘家も闘ってるだけじゃダメなんですね。余談だが、世界水泳で金メダルを取った北島選手の靴がプラダだったのにびっくりした。まだ二十歳そこそこなのに…。やっぱりそれだけの価値がある人なのかもね。↑山田魔裟斗
2003.09.05
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私はAB型の乙女座である。相性占いではB型おひつじ座と相性がいいらしい。へぇ~。B型おひつじ座の女性有名人をリストアップしてみましょう。松居直美・森山良子・柴田理恵・岸本加世子・丘みつ子・一路真輝・千葉麗子・田村英里子・庄野真代・マリーン・・・どうしましょう。あえて選ぶなら千葉麗子か。金持ってそうだし。松居直美だけは死んでも嫌だ。ちなみに男性だとグッチ裕三・渡哲也・ダンカン・グレート義太夫・チャゲ・堂本光一・坂本龍一あたりらしい。グレート義太夫と相性バッチリって言われてもな。
2003.09.04
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本日発売の元ちとせのセカンドアルバム。さっそく買ってみた。結果から言うと、前作のほうが良かった。何というか、あまり楽曲にインパクトがない。心に引っかかってくるフックのようなものがないのである。BGMとしてはいいかもしれない。まったりまったりできるから。初回版には『この街』『千の夜と千の昼』のプロモーションDVDが封入されている。『この街』のプロモに思わず涙してしまった。たかだか5分足らずの映像なのに…。歌の内容とリンクした、大都会の空虚さを描いた映像である。お互いが当たり前のように無関心な大都会で、何かを忘れてしまった人々の声にならない叫びが聞こえてきそうである。プロモであるから、もちろんセリフはないが、人物の心情が伝わってくる味わい深い作品である。
2003.09.03
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前々から人に言っていることだが、「マッチョな男の人が好き」という女性は、男性でいう「俺、巨乳が好き」というのと同じではないかと。私の中で、身体的な女性らしさの象徴は乳房であり、男性らしさは筋肉である。だから「ケイン・コスギがタイプ☆」という人は、「やっぱMEGUMIだよな~」と言う人とそんなに違いはないのではないだろうか。別に貧相な自分を嘆いてるわけではない、念のため。ちなみに「ジャニーズの○○君が好き」というのは「やっぱ小倉優子ちゃんだよな萌え~」というのと私の中では大差がない。別にこういう人たちを軽蔑してるわけじゃありませんよ。あくまで私的見解を述べただけなので、これに関する苦情は受け付けておりません。あしからず。
2003.09.02
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1994年、高橋伴明監督作品。現在は様々なドラマや映画に脇役で出演している鈴木砂羽のデビュー作品。昼は劇団員で夜はSMの女王様をやっているレイコと、結婚資金を貯めるためにホテトル嬢をしているアユミの物語。荒木経惟のエッセイ&写真集を映画化した作品であり、劇中にもアラーキーの写真が多数登場する。そのため「日本発のヘアヌード映画」として、ちょっとした話題になった映画である。そう言われると敬遠してしまう人も多いだろうが、意外と爽快な大人の青春映画である。実はこの映画は以前に観たことがあったが、その時はあまり面白いとは思わなかった。しかし、改めて観直してみたらなかなか面白かった。うまくは言えないが『愛の新世界』というタイトルの意味もなんとなく理解できたような気がする。この主人公に関して言えば、風俗がどうこうじゃなくて、その生き方が羨ましいと思った。「毎日が祭りの準備」と言う彼女の生活は生き生きしている。自分のやりたいことをやっているその姿は、実際にはなかなか真似できない。そんな主人公を鈴木砂羽が実に巧みに演じている。「ホントにこれがデビュー作?」と思ってしまうくらい貫禄充分である。SMの世界はよくわからないが、女王様には女王様なりの苦労があるらしい。Mは相手の言うことに従えばいいのだが、Sは自分でストーリーを組み立て、相手を開放してあげなければならない。なるほどねぇ。ただムチでぴしぴし叩いたり、ロウソクを垂らして「もっと欲しいって言って御覧」とか言ってるだけじゃダメなのね。出演者も色々な人が出ていて面白い。袴田吉彦や武田真治、大杉漣がワンシーンだけ出ていたりするし、杉本彩がSMクラブのママという、そのまんまの役柄で出演していたりとなかなか楽しめる。極道でありながら足繁くSMクラブに通う萩原流行が「もっと苛めてくだちゃーい」と叫ぶところは気色悪くて大好きだ。そのほかにも今を時めく「大人計画」の松尾スズキ・阿部サダヲ・宮藤官九郎も劇団員役で出演している(濡れ場含)。みんな若いね。劇中劇は松尾スズキが作っていて、これがかなり気になった。なんかワケわからないけど面白そう。主演の鈴木砂羽と片岡礼子はそこかしこで潔く脱いでいて頑張っている。しかしそれは決してイヤラシイだけじゃなく、爽やかさすら感じてしまう体当たりの演技である。「毎日がつまらない」と思っている人は、この映画から何かしらパワーを与えられるのではないだろうか。
2003.09.01
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