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本日は23時過ぎに帰宅し、飯を食いながらなんとなくテレビをつけたら6チャンネルで『恋するハニカミ!』という番組がやっていた。びっくりした。なんじゃこりゃ。パクリまくりじゃないか。内容はというと、初対面の芸能人が番組から用意されたメニューに沿ってデートをし、そのVTRをスタジオでゲストが鑑賞し、あーだこーだ言うわけである。番組のフォーマットは同じ枠で以前放送されていた『ウンナンの気分は上々』で、内容は『堂本剛の正直しんどい』、それに『あいのり』を全体的にまぶした感じである。これほどまでの潔いパクリっぷりは久しぶりに見た。TBSのバラエティはホントにパクリとヤラセの嵐である。テレビ東京の『TVチャンピオン』での大食い選手権を『フードバトル』と称してパクったり、同じくテレビ東京の『なんでも鑑定団』をパクったりとやりたい放題である。立場的にはテレ東よりもTBSの方が強い。そのせいか「俺のものは俺のもの。お前のものは俺のもの」というジャイア二ズムに満ちている。また私の日記にジャイアンが出てきた。何でだ。しかし今回はテレ朝とフジテレビのパクリである。これはある意味、TBSが叩き付けた挑戦状か。『美味しんぼ』で東西新聞の「究極のメニュー」に対抗して帝都新聞が「至高のメニュー」を始めたように。パクリはやっぱりよくないよ。萎える。今回は佐藤隆太と佐藤藍子というダブル佐藤でのデートが放送されていた。それをスタジオで久本雅美やらオセロの中島やらが「ええわ~」とか「こんなこと言われたいわ~」とかお決まりのセリフを言い放つわけである。実にどうでもいい。久本雅美とオセロの中島というのは、芸能界の中で同じベクトル上を進んでいる。要は「モテない」「男がいない」といったような発言を繰り返すことで、低いところからゲストを持ち上げるヨイショ要員的ポジションである。そうした姿勢を貫くことで世の女性、はたまたお茶の間のコンセンサスを得ているわけである。番組制作者側から見ても「この人を司会に据えれば大丈夫だろう」という安全牌的な存在であるように見える。似たような路線で言えば磯野貴理子と島崎和歌子がいるが、この2人は久本・中島とは似て異なる路線を進んでいる。要は「謙虚であるか・ないか」の違いである。久本・中島は相手を立てることで現在の地位を保っているが、磯野・島崎はあまり相手を立てることはしない。久本・中島が「うらやましいわ~」と共感していても、磯野・島崎は「ケッ、人の幸せがなんだってんだよペッペッペッ」と唾を吐いている。そのせいか磯野・島崎はこの類の番組で司会を任されることはない。どちらもしょっぱいことには変わりはないが。話は逸れたが、私自身はこのテの「人の恋愛を覗き見る」といった番組が好きではない。っていうか嫌い。憎んですらいる。映画のラブストーリーも苦手だが、こちらはもっとタチが悪い。だって出てくる人たちもカメラがあることは知っているわけだし、カメラを意識した上であんなわざとらしい恋愛模様を繰り広げているわけである。非常にあざとい。そう考えると、私はそもそも「素人いじり」的なバラエティ番組が嫌いであることに気づく。さっきも言ったように、番組という性質上ここには「カメラ」という絶対的存在があるわけで、収録したものを全国に垂れ流すという前提があるわけだ。普通の人だったら、カメラの前であれば自分の良いところを見せようと思うだろう。しかしこのテの番組に出てくる素人はあざといまでに個性的であろうとする。ここにはどうも局からの作為的なものが存在しているはずだと勘繰らずにはいられない。『学校へ行こう!』とか既に終了した『ガチンコ!』などは愚の骨頂である。このテの番組がお好きな方が読まれたら気を悪くするであろうが、私は本当にこういう番組が嫌いなのである。そこのところご了承くださいませ。こんなこと熱く論じてる前に卒論1ページでも書けよと自分で自分を戒めてみた東京は夜の1時。
2003.10.31
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私の母親は55歳、初老と呼ばれるかもしれない年代に差し掛かっている。でもコーラスだのヨガだの茶飲み話だの、毎日精力的に暮らしている。23歳の私よりもバイタリティに溢れているかもしれない。私はまだ海外には1度も言ったことはないのだが、母親は私が思いだす限りで4回は行っている。しかも50歳過ぎてからの5年間の間で4回である。50歳になる前は「あたしは海外なんか怖いから行かない」と言っていたのだが、友人の誘いでロンドンに行ってから味をしめたらしい。しかも毎回のように「あたしはアンタより先が短いんだから贅沢したっていいでしょ」と言い訳する。「冥土の土産」ってやつか。人生80年の時代に。私の母親は金銭感覚はタイトであるが、賞味期限にはルーズである。たとえば金を立て替えてもらった時、金を返す際にはビタ一文まからない。10円20円でもまけてくれない。しかし冷蔵庫の中には、おそらく5年は経っているであろう生クリームが放置されている。チーズの賞味期限も2000年である。いくら発酵食品とはいえ、3年は無理だろう。牛乳だって賞味期限が3日過ぎていても全く気にしない。「あたしが飲んだんだから大丈夫」って、アンタの腹を基準にされたら困るんだよ。私も私で、とてつもなく賞味期限が過ぎた食品を見つけたら捨てればいいのだが、なんとなく悔しいので放置したままにしてある。冷蔵庫の中の責任は母親にあると思っている。私の母親の口癖は「これ、いくらに見える?」である。バーゲンで安くていいものを探してくることに至福の喜びを感じているらしい。この「これ、いくらに見える?」という言葉はパターン化されているので、聞かれた私も「ああ、また安いモン買ってきたんだな」とわかってはいる。しかしそこでズバリ値段を言い当ててしまうと不機嫌になってしまうので、2000円くらいだろうなと思ったら「う~ん、5000円?」と言ってあげる。小さな親孝行である。今年の正月、ダイエーの初売りに行ってきたと言っていた。そこで「パンツ詰め放題」なる催しをやっていたそうだ。いくら詰めても均一の値段なので、ビロンビロンに伸びきったビニール袋にパンツを20枚詰め込んで帰ってきた。試しに、私がその袋に20枚パンツを入れてみようと思ったが、どうやっても15枚が限界だった。そして再度、母親が入れてみようと試みたのだが、「あら、20枚も入らないわ」だって。火事場の馬鹿力ってやつか。いや、パンツ売り場の馬鹿力か。そんなにパンツ買ってきてどうする。そして母親の特技は、テレビで見た芸能人の「ヅラ・整形」を見破ることである。まあこれには正解がないので特技と言えるかわからないが、「あ、この人顔いじった」とか「この人、モミアゲが怪しいわ」とかしょっちゅう言っている。そういう所の洞察力は凄いのだが、息子や娘の髪型にはとことん無頓着である。もう1つ口癖があった。「あたしもコラーゲン注射しようかしら」である。いつも私は「それだけはやめてくれ」と懇願している。自分の母親には若作りしてほしくない。オバさんはオバさんらしいほうが安心する。今さらコラーゲン注射してそう人生が変わるとも思えないんだからみすみす金をドブに捨てることはない、と説得している。これも親孝行の一環である。そうでもないか。私が母親を見習いたいと思うところは、瞬時に寝れることである。さっきまでテレビを観てアハハと笑っていたのに、次の瞬間、首をグデングデンさせて眠っている。まるでチャネリングしている超能力者のように。そこは本当に羨ましいと思う。最近の彼女のお気に入りのテレビ番組は、御多分に漏れず『トリビアの泉』である。毎回毎回「高橋さんと八嶋さんのコンビがいいわ~」とお約束のように言っている。なにせ、番組が始まる前の「この後は~」という数秒の告知VTRで「アハハハハ」と笑い出す。そうとう気に入っているらしい。23年間同じ屋根の下で過ごしてきたが、観察してみるとまだおかしなところが隠されている、それが家族ってモンかもしれない。今日はちょっと据わりのいいコメントで締めてみた。どんなもんでしょうか。それにしても長いな俺の日記。総括!
2003.10.30
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相変わらずストリート・ミュージシャンなる人たちは多い。特に吉祥寺に行けば、どこかしらに湧いている。私はこのストリート・ミュージシャンなる人たちが基本的に苦手である。確かに音楽というのは聴く人と聴かせる人とで成立しているものであるが、ストリート・ミュージシャンたちからは過剰なまでの「聴いて聴いて」オーラが出ていてちょっと辛い。なるべく私はこの人たちから目を背けて歩いている。でもまだ吉祥寺のストリート・ミュージシャンはいい。自意識過剰である感は拭えないが、そこそこ上手だから。私の地元の駅にも湧いているのだ、ヤツらが。この人たちのクオリティは決して「ミュージシャン」とは呼べない。呼びたくもない。厄介なのは油断していると彼らの歌が耳に入ってきてしまうことだ。だから私は常にウォークマンを欠かせない。先日はつい油断していてウォークマンを耳に当てるのを忘れていた。そして聴こえてきたのはギターをジャカジャカかき鳴らしながらMr.Childrenの『Everything(It’s you)』を歌う声。しかも本屋で売っているようなJ-POPの楽譜を読みながら。サビの高音「すて~い♪」の部分でいきなり素っ頓狂な声を出すから危うく腰が砕けそうになった。フラットしまくったジャイアン並の破壊力を持つ歌声。道行く人々も一瞬、カクッとズッこけたように見えた。以前も地元の駅で、若い男性がギターをかき鳴らしながら何を歌うのかと思ったらMisiaの『つつみ込むように…』だった。何ゆえに街角でギターを鳴らしながらMisia?解せない。でもサックスでチュ-リップの『青春の影』を吹いていた人はカッコよかった。割と年齢がいった人だったのだが、すごく綺麗な音色だったので涙腺緩みかけて思わず拍手してしまった。道行く人も自然と歩みを止めていて、演奏が終わったら拍手していた。なかなかこういう人とは巡りあえない。私がまだ幼い頃、「ストリート・ミュージシャン」という言葉が市民権を得ていない頃、多摩センターの駅前で「骨をくださ~い、骨をくださ~い♪」と歌っている40代とおぼしき男性がいた。今となっては何について歌っていたのか気になる。骨髄バンクのPRか?勝手なことを言ってしまったが、これはあくまで私が「嫌い」と言っているだけのことである。街角で歌おうが踊ろうがストリップしようが、それはその人の自由である。ただあくまで人の目があることは気にしてほしいと思う。今宵もギターを鳴らして奴らが来る。
2003.10.29
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最近、映画を見ていなかったので久々に映画の感想を。○『ラヴァーズ・キス』吉田秋生の同名コミックを『富江』の及川中監督が映画化。鎌倉を舞台に男女6人の高校生の淡い恋心を描く。それは単純に男女の恋心ではなく、同性への恋心だったりする。またそこに血縁への複雑な想いも絡んでくる。登場人物それぞれが心に何か暗い影のようなものを抱えているわけである。以前にこの原作を友人から借りて読んだことがあった。同じ出来事を登場人物それぞれ視点を変えて描く、というのが面白かった。普通の物語であれば、視点は1人に固定されることが多いが、同じ時間を共有していてもそれぞれ心情は異なるのが当たり前。そこを丁寧にすくい取っていたコミックであった。映画化にあたっては、ほぼ原作に忠実である。「視点を変えて描く」という手法も映画に取り入れられている。しかし、この監督はどうも演出が下手クソ。若い役者たちの演技が拙いというところもあるが、ありきたりすぎる描き方がどうも面白くない。もったいつけたような演出が、登場人物の心の闇を描ききるまでに至っていない。どうにも中途半端である。この物語の軸となる主人公に平山綾。そこに成宮寛貴・宮崎あおい・石垣佑磨・市川実日子・阿部進之介といった人々が視点を変えて絡んでくる。しかしそれぞれの芝居が薄っぺらくチグハグしていて違和感を覚える。もちろんいいシーンもあるにはあるのだが、全体的には凡庸な出来であると言わざるを得ない。原作の雰囲気をスクリーンで活かしきることはできなかったようだ。中原俊監督あたりが監督したら良かったのではないかと思う。○『攻殻機動隊』世界が認めたアニメーションで、あの『マトリックス』にも多大な影響を与えたと言われる作品である。あまりアニメは観ない私ではあるが、そんなに評判が高いなら観てみようと思ったわけである。物語の舞台は2029年(だったはず)。情報システムが進化した近未来の警察を描いた作品である。確かにアニメーションとしての出来は凄いと言えるが、どうも私の好みには合わなかった。同じプロダクションが制作した『人狼』という映画も観たことがあるが、こちらもあまり面白くなかった。世間的には「アニメーション=子供向け」という概念が未だに残っていて、こういったリアルな物語がアニメとして描かれるとありがたがってしまう傾向があるのかな、と私は思ってしまった。そこは好みの問題でもあるが。サイバー・アクション的なスタイルを採ってはいるが、どちらかというと主人公の内面を描くのに力を注いでいる。しかし小難しい言葉で語られるため、退屈してしまう。確かに言いたいことはわかるが、私のような頭が単純に出来ている人間にとってはとっつきにくい仕上がりになっている。そう考えると宮崎駿のアニメなどはよく出来ているのかもしれない。宮崎アニメもそんなに好きではないのだが。『マトリックス』に影響を与えた、というかパクられまくっている。凝ったタイトルバックや緻密な絵はかなりクオリティが高い。そのぶん、「もっと物語が充実していればな」と思わせられる作品だった。
2003.10.28
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私は子供の頃から藤子・F・不二雄先生のマンガが大好きである。丸っこい絵柄は愛嬌があるし、毎回何かしら教訓めいたメッセージが込められているのも魅力である。その中でも王道ではあるが、やっぱり『ドラえもん』は面白い。今読んでも面白い。私の部屋には文庫サイズの『ドラえもん』(大長編含む)がけっこうな量で揃っている。その中でもお気に入りの話が文庫版の『ドラえもん むかし話編』に収録されている『パパも甘えんぼ』という話である。泥酔して帰ってきたパパは、心配するのび太とドラえもんに向かって「子供のくせに説教するな」というようなことを言う。あきれたのび太は「子供のくせにと言うならパパのママ、つまりおばあちゃんに叱ってもらおう」と思いつく。のび太とドラえもんは寝込んでしまったパパを連れて、タイムマシンですでに亡くなってしまったおばあちゃんの元に向かう。目が覚めて、そこに母親がいたパパは思わず子供のように泣き出し思う存分甘える。それを見たドラえもんは「大人って可哀想だね。自分より大きいものがいないもの。寄りかかって甘えたり叱ったりしてくれる人がいないんだもの」と言う。そして再び寝込んでしまったパパは次の朝、「ゆうべ久しぶりにおふくろの夢を見たよ。なつかしかったなぁ」と呟く。泣ける。ドラえもんの言葉が心に沁みる。子供のころはよくわからずに読んでいたのが、大人になって読み返すとそれはまたそれで感慨深いものがある。『ドラえもん』の短いストーリーには人生の真実が詰まっているような気がする。『ドラえもん』の話になるとよくしずかちゃんの話になる。小学生の頃から風呂に入りまくって女を磨いているなんて相当なタマである。すでに潔癖症の片鱗が見られる。よくのび太に風呂を覗かれて「キャ~、のび太さんのエッチ!」と叫んでいるが、それでものび太との付き合いをやめないところを見ると、意外と覗かれることが快感になってきているのではないか。倒錯した性癖の持ち主になってしまいそうで心配である。しかもしずかちゃんには女友達の影が見えない。よくいる「男の前だと人が違う女」なのであろうか。確かに女からは嫌われそうなタイプである。普段は「出木杉さんって何でもできるのね」と目をハートにさせているが、困ったときはのび太とドラえもんに頼ってくるあたりもなかなか姑息である。まさに都合のいい女。本当は焼き芋が好きなくせに、自分を過剰に着飾って「パンケーキが好き」とか言ってしまうところもいやらしい。ジャイアンこと剛田武もすごいキャラクターである。道でばったり会っただけでも「気に食わないから殴る」のである。理由無き暴力だ。こんなにバイオレンス性が強い人間を野放しにしておいていいのだろうか。しかし、時には義理堅く涙もろい一面も見せる。極端な二面性を持つキャラクターである。しかも歌声は「ボェ~♪」。尋常じゃない。ちなみに妹のジャイ子は本名である。よって「ジャイアン」という仇名の由来は「ジャイ子のあんちゃん」であるとの説が強いらしい。ドラえもんの歌の歌詞で「アンアンアン とっても大好きドラえもん」というのがあるが、「アンアンアン」って何を意味しているのだろう。響きがちょっとヤバい。しかも「あんなこといいな できたらいいな」である。一体どんなことをしたいのだろうか。もしかしたらとても奥が深い歌なのかもしれない。夢が詰まったマンガをこんな風に想像してしまう私はきっと間違った大人になってしまったのだろう。しかしそんな心が捻じ曲がった人間でも、このマンガを読んでいるときは純粋な気持ちになれる。藤子先生、素晴らしい作品をありがとう。合掌。
2003.10.27
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私がしょっちゅう「行ってみたい行ってみたい」と思っているところ。海外よりもお台場よりも巣鴨のとげぬき地蔵よりも行ってみたいところ。それはラブホテルである。1度だけ、友人たちと3人で「ラブホテルってどんなとこだべさ?」「行ってみっぺー」ということで入ったことはあるが、年季を感じさせるラブホテルでアミューズメント性に欠けるところだったので、世界水泳を見てとっとと寝てしまった。私が行きたいのは、風呂が七色に光ったり変なところから水が湧いていたりベッドが回転したりする、五感を満足させてくれるようなラブホテルである。「行きたきゃ行けよ」と言われたらそれまでだが、いかんせん行く相手がいない。むなちい。気になるラブホテルは、相模原にある「ホテルチャペルクリスマス」というところ。雑誌にも取り上げられ、その筋では高名なところらしい。何しろここは年がら年中クリスマスなのである。クリスマスという男女が発情する時期の雰囲気が1年を通じて楽しめるわけである。ベッドで事に及んでいる男女の姿を天井からサンタさんが見守っているらしい。出歯亀サンタである。ものすごくアホっぽいけど、行ってみたい。友人曰く、「ラブホテルだったら高崎が面白い」らしい。だるま弁当でおなじみの群馬県高崎である。新宿・渋谷あたりは割とノーマルなラブホテルが多いが、高崎あたりまで行くとデコラティブなラブホテルが点在しているらしい。わざわざ高崎まで行く気力はないが。テレビで見た情報によれば、宇都宮もラブホテル激戦区らしい。餃子の消費量日本一の栃木県宇都宮である。そのためどのホテルも生き残りを賭けて様々な戦略に出ているらしい。家族連れもオッケーだし、ちゃんとしたキッチンも完備されていて持込みで料理ができるところもあるらしい。もはやラブホテルというよりはパーティルームである。カラオケもあるしゲームもある、ならば家族連れだとけっこう楽しめるのではないか。宇都宮のホテル業者はなかなか頭が柔らかい。しかしお父さんがうっかりテレビのチャンネルをひねってアハンでイヤンなチャンネルが映ったら子供にどう説明するんだか。興味は尽きない。最近は「ブティックホテル」とか「カップルズホテル」などと呼ばれるようになり、普通の情報誌でも取り上げられたりと、世間の人々が持つラブホテルのイメージは変わってきているようだ。「チョメチョメしにラブホテルに行く」というよりは「ラブホテルという空間を楽しんだ上でチョメチョメする」というイメージか。「ラブホテル」という言葉が持つ淫靡なイメージは徐々に薄れつつある。なんとなく惜しい。あえて挑んでみたいラブホテルは吉祥寺南口の裏通りにある「ホテルエリザベス」か。「エリザベス」というだけあって店名のロゴもロココ調。でも一見したところの印象はまるで魔窟である。生きて帰ってこられるかわからないようなオーラすら漂っている。ま、きっと行くことはないだろうけど。フッ。ちなみに我が家の裏にあるラブホテルの名前は「コナモーレ」という。何語なんだコナモーレ。もしかして「粉漏ーれ」だったりして。だとしたら一体なんの粉なんだ。妄想は膨らむばかりである。相変わらず品性が問われそうな日記だ。粛正!
2003.10.26
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今日はバイトだった。私はとある百貨店でバイトをしている。まあ私はアルバイト的な身分であるために接客はあまりすることはないが、それでも繁忙期となると接客せざるを得ない状況になることもある。百貨店というところは尊敬語・謙譲語といった言葉遣いがなかなかに厳しい。電話でお客様の対応をすることはけっこうあるのだが、そこでは「はあ、左様でございますか」なんて言っちゃったりする。日常生活では絶対に使わない言葉である。「よろしゅうございますか」とか日常生活では絶対言わない。そんな畏まった言葉遣いをしなければならなくても、夕方から夜あたりは疲れてきて舌が回らなくなってくる。今日も「大変お待たせいたしました」という言葉がうまく言えずにロレロレになってしまった。滑舌が悪い私にとってはなかなか難儀である。以前一緒に働いていた先輩は、まだ商品が上がってきていないことをお客様に詫びる際に「5時ギリギリになります」と言いたかったところを「ギジゴリゴリになります」と言ってしまっていた。それを聞いていた我々は裏で大爆笑した。「ゴリゴリだって、ププ~☆」ってなもんで。私も勘違いはたまにある。以前、お客様から唐突に「トミーは何階?」と聞かれた。お客様のお目当ては「トミー・ヒルフィガー」というブランドだったようなのだが、私にとってトミーと言えばおもちゃ会社である。なので思わず「おもちゃのトミーですか?」と聞き返してしまった。お客様も「え?」という顔をした後に「違う違う、服のトミー」と仰った。私もそこでハッと「あっ、トミー・ヒルフィガーのことか!」と思ったのだが、テンパッてしまい「トミー・ヒルフィガー」という単語が出てこない。そして咄嗟に口を突いた言葉が「トミー・フェブラリーは…」であった。かなり恥ずかしく顔から火が出そうだった。これにはお客様も苦笑するしかなかったようである。接客業をするにあたってはまず滑舌を鍛え、冷静に言葉を選ぶ判断力を身につけなければならないと実感した次第である。
2003.10.25
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初めてCDを焼いてみようと意気込んだはいいが、全然うまくいかない。おかげで何枚かムダにしてしまったっぽい。説明不足なんじゃコラ。3度目の正直ってことで、今度こそうまくいきますように…。今日は吉祥寺のユザワヤに行ってみた。ユザワヤというのは主に手芸用品を扱っているデパートであり、ついでに玩具や下着類の品揃えがやけに充実している、お子様もお父さんもお母さんも楽しめるところである。おもちゃフロアは「トイタウン」と名づけられ、3フロアぐらいに渡って展開されている。幼児向けの玩具はもちろん、萌え~なお兄さん向けのフィギュアコーナーや少女の心を残す女性のためのゴージャス着せ替え人形コーナー、はたまた鉄道模型やプラモデルの品揃えはピカイチである。この「トイタウン」だけでも1時間は潰せる。私は仲の良い友人と時間があったらここの「トイタウン」を見に行くことが多い。幼児向けのおもちゃコーナーもなかなか面白いが、明らかに大人向けと思われるおもちゃコーナーがかなり面白い。大人向けおもちゃと言ったって怪しいおもちゃではない。城のプラモデルを物色したり、京本政樹のフィギュアコレクションを堪能したり。子供には買ってやれないようなバービー人形やらジェニーちゃんやらの品揃えもかなり豊富である。たとえばこんなゴスロリ風ジェニーやら大リーガー風バービーが置いてあるわけである。そんな「トイタウン」でちょっとブラックな物を発見。 名づけて「くまの○ーさん殺人事件」。いや「殺熊事件」か。背中がバックリ割れているのが怖い。
2003.10.24
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先々週くらいだったか、『ディスカバ99』という番組を初めて見た。ひな壇に芸能人を集めて、それぞれの私生活に密着した映像を見てあれこれ掘り下げる、という番組である。そこに森下千里とかいうグラビアアイドルが出演していた。彼女は番組の中で「細胞分裂を見るのが好き」と言っていた。「思い出しただけでちょっと…」とまで言っていた。細胞分裂が見たいがために、10万円くらいする教材ビデオを買い込んだらしい。筋金入りの細胞分裂フェチである。スタジオの他の出演者は「え~」と苦笑気味であった。私も細胞分裂に関してはよく理解できないが、そういう映像に妙に興奮してしまうという気持ちはすごく理解できる。私が妙に興奮してしまうのは毛穴の映像である。例えば、ときどきCMでも流れる「毛穴すっきりパック」での脂が詰まった毛穴の映像を見るとゾクゾクしてしまうのだ。何度か実際に毛穴パックを使ったことがあるのだが、その際もパックにびっしり付着した脂を見て「ほぇ~」とうっとりしてしまった。以前、深夜の通販番組で頭皮を洗浄するシャワーを紹介していた。普通のシャワーより細かく強い水圧であるために、頭皮がすっきりキレイになるらしい。今までは業務用として使用されていたものが、家庭用に改良されて発売されたのだ。その商品の紹介VTRとして、銭湯から出てきた男女をつかまえて、シャンプー後の頭皮をCCDカメラでチェックしていた。そしたらシャンプー後とはいえ、みんなけっこう頭皮の毛穴が汚れているのだ。その映像を見てゾクゾク。で、その人たちに実際に商品を試させていた。排水溝に目の細かい布をセットした上で使用したら、その布に白い脂がギッシリ。それを見てまたゾクゾクしてしまった。私はどうも「穴を洗浄する」ということにどうも執着しているようだ。「アイボン」で目を洗って汚れが取れたときもすごく嬉しいし、耳かきも大好きである。「ジャバ」のCMで風呂の排水溝の汚れがかき出される映像を見てもうっとりしてしまう。幼い頃に見た、どこかの国で「耳の中に温泉を注入して洗浄する」という映像も鮮明に記憶に残っている。ものすごく大きい耳垢がデロンと出てくるんだから、もうたまらない。そんな私がいますごく欲しいのは「内視鏡つき耳かき」である。耳の中の映像を見ながら耳かきができるという優れものである。穴に固執する私はもしかしたら変かもしれない。でも誰にだってこのような性癖(というと大げさだが)があると思うと信じている。みんな言わないだけで。
2003.10.23
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なんだか手強いドラマを観てしまった。1話を観ていないくせに、2話を観てしまいハマってしまいそうな予感。『共犯者』は浅野温子と三上博史主演のサスペンスドラマである。浅野温子演じるカード会社のOLは15年前に殺人を犯している。当時、同僚でもあり親友であった女性を殺してしまったのだ。それから15年、時効が成立しようとしているときに「殺人を犯したことを知っている」という男が現れ、彼女の生活は狂い始める…というストーリーらしい。この期に及んで浅野温子主演というのもなかなか冒険である。浅野温子と三上博史の大仰な芝居は、ナチュラルであることが良しとされる最近のテレビドラマの流れに抗うものである。とにかくこの2人の芝居は濃厚である。『ヘルシー』とか『癒し』が重視されるこの世の中に、あえてこれほどまで高カロリーな芝居をぶつけてきた日テレに感服。1話目でさっそく乙葉が殺されたらしい。今日の放送で乙葉は山奥に埋められていた。そしてその現場を目撃してしまったさとう珠緒は重体に陥り、病院に搬入される。予告編を見る限りでは、来週さとう珠緒も…?キャストの使い方が贅沢なような贅沢じゃないような。今日の放送での乙葉の死体は見ごたえがあった。初めて乙葉が魅力的に見えた。乙葉が行方不明であるという事件の事情聴取を受ける浅野温子はあからさまに怪しい。観ているこちら側は浅野温子が事件に絡んでいることは承知しているが、ストーリー上ではまだ事件と浅野温子の接点は浮かんでいない。それなのに浅野温子ったらいかにも「事件に関与してます」とでも言っているかのような表情である。ドラマだからわかりやすくしなきゃいけないのはわかるが、あからさまに怪しいオーラが出ているのが面白い。逆上したり、呆然とする芝居は浅野温子の独壇場である。瞼をピクピクさせたり妙に色っぽい息遣いでセリフを言ったりと、相変わらずの浅野温子ワールドが展開される。文字でうまく表現できないのがもどかしいが。浅野温子という人はかなり極端な芝居をする人である。そのためか割り振られる役もコミカル・シリアスが両極端である。そんな浅野温子の芝居はまるで麻薬のような中毒性がある。とにかくバタ臭いのである。こんなバタ臭い芝居を見せてくれるのは陣内孝則か小田茜か浅野温子くらいではないか。このドラマではやけに浅野温子のアップが多い。彼女のアップは色々な意味で観る者に圧迫感を与えてくる。そして圧迫感とともに複雑な感情が芽生えてくる。「追い詰められてるな浅野温子」とか「老いには抗えないもんだな」とか「眉毛ボーボーしてるのはオッケーなのか」とか。このドラマには佐野史郎も出演していて、『沙粧妙子』を彷彿とさせる。『沙粧妙子』をリアルタイムで観ていた私にとっては懐かしい限り。このドラマの製作者も明らかに意識していると思われる。『沙粧妙子』では佐野史郎が黒幕だったが、今回の『共犯者』でも佐野史郎が本筋に関わってくるのだろうか。期待は膨らむばかりである。今日の放送のラストで、さとう珠緒が入院している病院に忍び込む三上博史がかなり不気味だった。カット割が多い映像は緊迫感を煽ってくる。このドラマの演出家はそこのところが分かってるな、と思わせられた。脇を固めるキャストも微妙なラインを突いてくる。豪華なのか何なのかよくわからない。浅野温子が勤める会社の同僚に池内博之・奥菜恵・有坂来瞳。浅野温子の隣人の漫画家に吹越満。その編集者がはしのえみ。15年前の事件を担当し、また再び事件を担当することになった刑事に石橋蓮司。15年前に殺された女は中山忍。これからこのキャストが事件にどう絡んでくるのか、それは観続けないとわからない。『もう誰も愛さない』みたいにラストで全員死亡、みたいになったら面白いのに。こういう類のドラマはどうしても続きが気になってしまう。いい意味で「観なきゃよかった」と思ってしまった。
2003.10.22
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高校時代のクラスメイトが長野でホストをやっているという話を聞いた。ここ1カ月で最も驚いたニュースだった。小学校のときの同級生で、たまたま同じ大学に通っている知り合いもホストをやっているらしい。あまり仲良くないので詳しいことは知らないが、2人に共通することは決してホストというガラではなかったということ。なんだろう、意外とホストって簡単なのかな?と思ってしまった。そもそも、ホストクラブってどんなところ?キャバクラとか水商売の類の店に足を踏み入れたことのない私には見当がつかない。やっぱり細木数子みたいな女性がチヤホヤされまくっているのだろうか。そこで役に立つのがインターネット。こういう時、ホントに重宝する。知らない世界の情報が瞬時に手に入るなんて世の中便利になったものだ。ホストクラブといえば新宿歌舞伎町の『クラブニュー愛』だろうと思い、検索。ルイ13世、35まんえ~ん!ブック、20まんえ~ん!ドンペリピンク、9まんえ~ん!あり得ない。ソフトドリンクですら1000円~である。またこの「~」がくせもののような気がする。しかしブックって何じゃろけ?酒の一種であろうことはわかるが、いかんせん酒にあまり興味の無い私にはさっぱりわからない。初めてのお客様はテーブルチャージ料・セット料金・指名料・ヘルプ料・サービス料・税金合わせて10000円也。ヘルプ料・セット料金・サービス料といったものがよくわからない。ヘルプというのはつけなきゃいけないものなのだろうか。セット料金には飲み物代は含まれているのだろうか。サービス料のサービスとは何を指すのか。曖昧な表記ばかりで実体がつかめない。実際は10000円じゃ済まないような気がするが。ホストの方々もピンからキリまでいらっしゃる。しかし私から見ると、外見は意外とどうっていうこともない。「ホスト=カッコいい」というイメージは案外まやかしだったのかもしれない。たとえばココとかも。ホストにとって大切なものはルックスよりも、お客様を精一杯おもてなしするサービス精神と、お客様を楽しませる巧みな話術なのだろう。努力しだいではナンバー・ワンになれる実力主義的な社会であるのかもしれない。しかし、ホストの人たちって50メートル離れててもホストとわかる。どうしてみんなあのような決まった風貌なんだろう。ホスト協定でもあるのか。名前もみんないかにもホストっぽいし。「風間竜也」なんてあからさますぎて笑える。たまたま見たホストクラブのサイトに「美保潤」というホストさんがいた。何故?美保純のファンなのか。
2003.10.21
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昨日に引き続きCMネタである。ワンパターンで申し訳ない。小林製薬と同じくらい気になるCMは化粧品各社のCMである。しかし化粧品CMと言っても資生堂やカネボウなどの商品CMではない。注文販売を主に行っている、昼時にCMを流す化粧品企業のCMがとても気になるのだ。その中でも一際目を引くのが、DHCである。藤崎奈々子のやる気のなさったら凄い。「DHCは通販化粧品ナンバー・ワン」「やっぱりDHCだね」というセリフを抑揚無しの仏頂面で言い放つ。常に山川恵里佳と2ショットでのCMではあるが、けっこう長いことDHCのタレントをやっている。しかしあの仏頂面は決して揺るがない。何か藤崎奈々子には確固たる意志でもあるのだろうか。またそんな仏頂面のタレントを使い続けるスポンサーの思惑とは一体。謎が謎を呼ぶ。何か事務所とスポンサーの間に黒い陰謀が渦巻いているとしか考えられないが。最近、共演している山川恵里佳も藤崎につられてトーンダウンしている気がする。「この人(藤崎奈々子)相手にテンション高くやってもバカみたいだわ」とか思い始めたのだろうか。そしてDHCは他にも叶姉妹や細川直美を起用して妙なCMを作ってきたが、極めつけは神保美喜である。なぜに今さら神保美喜。DHCはホントに意図の見えない企業である。「私も使ってます」的なコメントをさせているが、神保美喜は主婦層にそんな多大な影響を与えるような人材であろうか。実は主婦のカリスマだったりして神保美喜。美輪明宏サマの面妖な歌声と共に、妙に禍々しい印象を与えるCMである。通販化粧品と言えば、再春館製薬も有名である。再び春の館と書いて再春館。なんかイヤラシイなと今ふと思った。秘宝館みたい。再春館製薬は一時期我が家にもガンガン電話がかかってきていた。一方的な電話販売は悪質と言ってもいいものであった。しかしある時を境に電話はかかってこなくなり、CMでは「注文を頂いたお客様のみに販売しております」といったスタンスを全面的に押し出してきている。それもそれで、高い目線で「買いたきゃ買えば?」とでも言っているようで、なんとなくお高い存在である。ここのところ頻繁に流しているのが、素人(風)の女性が登場する「ドモホルンリンクル」のCMである。顔を手で覆い名前と年齢を言ってから、すっぴんの顔が御開帳。確かにハリがあって52歳には見えないが、すっぴんのアップはとても見る者に圧迫感を与えてくる。しかもその顔には自信が漲っている。キツい、かなりキツい。女性の化粧の意味がちょっとわかった気がした。しかし「ドモホルンリンクル」って発音してみるとけっこう間抜け。「ドリュー・バリモア」ぐらい間抜け。平仮名で書くと「どもほるんりんくる」。なんかくるくるしている。ステファニーという化粧品会社のCMもちょっと凄い。大地真央がステファニーの化粧品を探して部屋の中をウロウロしている。そして最後には「ステファニ~!」とヒステリーを起こしてしまうのだ。大地真央も意外と安い仕事をしている。別バージョンでは男性ダンサーを従えて、ジャネット・ジャクソンばりのダンスを披露していた。この企業の対象年齢は一体?私はけっこう昼間がヒマなので、主婦向けのテレビを観ていることが多い。するとこんなCMにめぐり逢うわけだ。昼間のブラウン管は、けっこう濃密な空気に覆われているのである。かなり濃いので観すぎるとクセになる。マダむんむん。 「私たち、実は男なんです」と言われても案外驚かないかも。
2003.10.20
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日本に数ある製薬会社の中で、常に私の心を掴んで離さないのが小林製薬である。日本の商品CMやネーミングはイメージ性を重視されていることで有名である。例えばCMにしても、日本のものは最後まで見ないと何のCMかわからない、ということが多い。漠然としたイメージを前面に出し意外性を狙うCMは日本独特のものらしい。そんな中で、小林製薬のCMはわかりやすすぎて泣けてくる。今どき「商品を手にとってニッコリ」なんて古典的なCMはなかなかお目にかかれない。しかし小林製薬はそんな古典的なCMを多く作る、なかなかストイックな企業である。商品の説明に15秒まるまる割いているのも消費者にとってはありがたいばかりである。直球な剛速球を投げてくる姿勢には感嘆させられる。例えば岡本麗というオバさん女優が出演する「お部屋の消臭元」のCM。岡本麗が若い女性に話しかける。「ねえねえ、お部屋の匂いをとるなら絶対この『お部屋の消臭元』よ」「元よ、元。このでっかいろ紙が元の元から消臭してくれるの」とまくしたてる。そしてとどめには「効くわよ~」である。商品の魅力を余すところなく伝えきっているCMである。また岡本麗というのがナイスキャスティングである。相手に口を挟む余地を与えないほどの早口なのに、それがとても自然でしかも説得力まで伴ってしまうのは彼女しかいないかも。キャスティングで言えば、「トイレその後に」の佐藤B作も絶妙である。本当に臭そうだもんなB作の後のトイレは。便器から立ちのぼる茶色い煙が妙にリアル。「あせワキパッド」の戸田恵子も嬉々としてワキに貼ったパッドを見せてくれる。「ワキ汗女優」のレッテルを貼られてしまうことを恐れてはいないのだろうか。そしてまた小林製薬の商品のネーミングセンスもわかりやすくて素敵である。炭のハミガキ「スミガキ」とかかかとに貼るシート「なめらかかと」とかシルバー製品を磨く「シルバーキラッシュ」とか風呂場の排水溝に貼る「髪の毛集めてポイ」とか主婦の発明品か王様のアイディアレベルのネーミングセンスである。気恥ずかしさすら漂うが、わかりやすいことは大変ありがたい。私の中で、ネーミング会議に出席してみたい企業ナンバーワンである。 効くわよ~ タフタフタフデ~ント リカコ姐さんにかぶれそう。
2003.10.19
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昨日、合コンに行った。といっても合コンに参加したのではない。友人たちが参加している合コンを傍らで見ていたのだ。ことの成り行きを説明すると…私は用事があって吉祥寺に行った。友人のKにライブのチケット渡しに行ったのだ。そこにまた女友達のSとHが加わった。彼女たちは7時から新宿で合コンだと言う。「参加する?」と言われたが、私は男性であるし突然飛び入り参加するのも相手の方々に申し訳ない。でもこのまま帰るのもシャクなので、彼女たちが行く店に行って、私とKは傍らで見ていようということになったのだ。新宿東口に着いたとたん、我々は他人のふりをした。そしてSとHは相手の男性陣と合流。そこから私とKは決して勘付かれることの無いように尾行したのである。彼女たちが店に入ってから時間差をつけて店に入る。私とKは20分ほど待たされたが、案内された席は通路を挟んで隣というまさに監視にもってこいの場所。意外とことは上手く進むもので。それからはまるで『ねるとん紅鯨団』の別室でモニターを見つめるタカさんのように実況中継。「おーっとSさん、酒のピッチが早いぞ!」とか「おやおや、席替えタイムですねー」とか「おっ、男性陣がトイレに立ちました!」などなど。思いっきり下世話な実況である。私がトイレに行くたびに男性陣に勘付かれることのないように目配せしたりと存分にスリルを味わった。張り込みの刑事の気持ちがちょっとわかった1日であった。SもHも、危うく気づかれそうになった時にさりげなく芝居したりして、スリルを楽しんでいたようだ。しかし合コンに参加している友人の姿は傍らで見ていると面白い。いつもとは違う表情を見せてくれるのだ。相手の男性陣には申し訳ないが、悪趣味な監視を楽しませてもらったひとときであった。合コンがお好きな方、周囲を見回して怪しい人がいたらきっと貴方たちを監視している合コン探偵団に違いない。ご注意あれ。
2003.10.18
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今日、友人たちと「履歴書を書くとき、趣味・特技の欄を埋めるのに困る」と話した。私には胸を張って書けるほどの特技もないし、意表を突かれるほど面白い趣味も無い。以前、就職活動で面接を受けたとき、隣の人が「趣味・歯磨き」と言っていた。これは上手いな、と思った。履歴書に「趣味・歯磨き」なんてあったら面接官は「んっ?」と思うだろうし、聞こえも良いし清潔感も漂う。話題のタネにもなるし、その人のイメージを決して損ねることの無い、100点満点の趣味である。趣味というのは、端的にその人を表す鏡のようなものでもある。それはコントなどでよくあるお見合いのシチュエーションで、会話のきっかけとして「ご趣味は?」と聞くところにも表れている。えなりかずきのように「趣味はゴルフとハム無線」と言われたら「オヤジ臭い」のレッテルを貼られること間違いなしであるし、キムタクのように「趣味・サーフィン」なんて書けば羨望の眼差しと少々の胡散臭さが残るわけである。芸能人で言えば、イメージと趣味とのギャップはありがたがられる。「八代亜紀や工藤静香は絵が上手い」とか「田中健はケーナの達人である」とか「オセロの中島知子は詩吟ができる」とか。我々が持つその人のイメージと、その人の趣味がかけ離れていればいるほどありがたみが増すのである。グループ分けすると○「かっこいいー」と思われる趣味…サーフィン・ビリヤード・バイク・車・サッカー、などなど○「えっ?」と思われてしまうであろう趣味…アニメ・鉄道・昆虫採集、などなど○書くことないから適当に書いたんだろうなと思われる趣味…読書・映画鑑賞・音楽鑑賞・寝る、などなど例えば「俺、クルマ大好きなんスよ」と堂々と言う人がいても、「俺、電車が大好きなんスよ」と堂々と言える人は少ない。「乗り物」というカテゴリでは同じ扱いにも見えるのだが、「趣味」のカテゴリで言えばタイタニックと万景峰号ぐらい違う。「鉄道好き=おたく」というイメージは根強く残っている。「アニメ鑑賞」が趣味という人も多い。しかしこういう方たちはどうも嫌悪されがちである。どうしても「おたく」とか「マニア」というイメージが付きまとってしまうからだ。同じように何かに打ち込んでいるという点でも、「サーフィン」と「アニメ」じゃ全く扱いが違う。「アニメおたく」という言葉が存在しても「サーフィンおたく」という言葉は存在しない。やっぱりそれは体育会系と文化系の違いなのか。「アニメおたく」の人たちに関して言えば、みんな容貌が似通っているという点も大きく作用していると思われるが。ここで難しいのが3つ目に挙げた「映画鑑賞」などである。私は実際に映画が好きなのであるが、履歴書などに記入するときはちょっと躊躇う。「なんか普通すぎるかな」と思ってしまうのである。そりゃあ映画が嫌いな人なんて滅多にいないし、誰だって何本か映画は観る。なんか「趣味・映画鑑賞」は「他に書くことないんだろうな」と思わせるのに充分である。実際に他にないから仕方ない。そこは非常に難しいところである。結局、私の中で「何が何でもモテたかったらサーフィンしてバイク乗ってビリヤードしろ!」という北方謙三的な結論に至ってしまった。論点がずれてきている気がしないでもないが。でもやっぱり肝心なのは中身っすよ。モテるモテないは別として。自分で自分を慰めているようにしか聞こえない。とほほほほ。
2003.10.17
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最近、テレビで堂本剛を見る度に「正直しんどい」と思わされてしまう。今の堂本剛はかなり迷走しているような印象を受ける。彼の場合、至るところに「○○の影響を受けてるな」と思わせるところがある。歌はミスチルの影響を感じさせる(世を憂う内容とビブラート)。芝居はキムタクっぽい(全く自然に見えないナチュラル)。トークにおけるボケかたは岡村隆史、もしくは松本人志の影響がうかがえる(自分で言って自分で笑う)。そんな彼が自己主張というかオリジナリティを発揮してきたのが、髪型と服装である。最近の彼の髪型や服装は、毎回毎回「ええっ!?」と思わせるのに充分なものである。「メイクさんやスタイリストさんはオッケーを出したのか?」といつも思う。そして「ホントにこれがカッコいいのか?」と逆に自分にセンスがないのかと我が目を疑ってしまう。昔はどちらかというと相棒の堂本光一のほうが、ワンレングスのさらさらヘアという「ポスト高見沢」という言葉を想像させる王子様ルックで、我々を「なんじゃそら」と思わせてくれたものである。現在の堂本光一は割とこざっぱりした風貌で、自然な今風である。しかし堂本剛のオシャレは過剰なまでの自己主張が見られる。以前テレビ番組で、堂本剛は好んで棒タイをしていた。おじいちゃんがよく身につけている棒状のタイである。他の出演者がツッこむなか、彼は「これからは棒タイなんです」と言い切ってはばからなかった。しかし棒タイは世間の男子には全く受け入れられず、剛の胸元からはいつしか消えていた。「おしゃれ」を全面的にアピールしているにも関わらず、私が見る限りではおしゃれ雑誌にあまり登場しないのも、彼のおしゃれが少々とっつきにくいものであることを物語っている。以前、深夜番組をカチャカチャとザッピングしていたら『堂本剛の正直しんどい』がやっていた。そこで風呂に入る彼のぷよぷよした腹はもはやジャニーズのアイドルのものではなかった。歌においても「堂本剛度」はどんどん加速していった。以前からキンキキッズにおいては堂本剛の方が歌が上手いと言われていた。それから徐々に堂本剛の歌にはクセが顕著になり始めた。別にクセが出てくるのは悪いことではないが、どうも2人の歌のバランスが悪い気がする。堂本剛が相棒を置いてけぼりにしているように見えてしまうのだ。剛が「おれ、歌うまいんだ」と過度にアピールすることによって、キンキキッズのチグハグ感が膨張していったように思われる。ある意味で、堂本剛は「ジャニーズのアイドルはこうあるべき」という概念を崩そうとしている反逆児のようにも見える。「俺は組織の言いなりになんかならない、自分らしさで勝負だ」という意気込みはフルスイングで空振りしているように見えなくもない。しかしジャニーズという馴れ合いの組織の中で反骨精神を持つアイドルは希少である。いつかその反骨精神を理想的な形に昇華してほしいと思う。そのときはきっと、誰も「正直しんどい」とは思わないだろう。
2003.10.16
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部屋にあるMDを整理していたら、ひょっこりソニンの『カレーライスの女』が出てきた。聴いてみる。やっぱり普通にいい曲だよな、これ。この曲というとどうしてもソニンの「裸にエプロン」を思い浮かべてしまうが、歌詞になかなかグッとくるものがある。「裸エプロン」のインパクトが強すぎて楽曲について言及する人があまりいなかった気がするが、実はなかなか面白い歌である。『カレーライスの女』はアイドルソングに見せかけて、かなり歌謡曲なテイストを持つ。つまりは「男に捨てられた女」という演歌的な歌詞なのだが、それを端的に表現しているのが「カレーライス」なのである。 台所に立って あなたの大好きな料理 私が初めて覚えた料理 たったそれだけだよ 今の私にはそれが全て 東京に来てからの全てこの歌の中に「カレーライス」という言葉は出てこないが、男のために初めて作った料理がカレーライスで、男がいなくなった今では残ったものはカレーライスだけだ、というかなり切ない歌である。そのカレーライスはきっとしょっぱい、はず。 なんもない なんもない なんもない なんもない だけど少し今も夢を見てる男はいなくなってしまったが、それでもこの女は淡い期待を抱いているのである。「未練」という古びたテーマをうら若き乙女が歌っているのである。昨今の日本の音楽においても、女性はどんどん強くなっている。ここまで男に尽くし耐え忍ぶ女性はなかなかいない。それを数々の試練に打ち勝ってきたソニンが歌うことで説得力は倍増する。私にとっても、この歌あたりから「ソニン=耐える女」というイメージが定着してきた。 私はBoAよりもユンソナ、ユンソナよりもソニン派である。だからどうした。ちなみにソニンはトイズファクトリーからCDをリリースしている。他のつんく♂プロデュースのアイドルたちがゼティマからCDをリリースし「ハロプロ」なる巨大結社を構成しているのに対し、あくまでソニンはストイックで孤高な立場で日々闘っている。女子校で派閥に属さずに教室の片隅で辞書を破って紙ヒコーキにして飛ばしている、そんなイメージ。そんなところもソニンに魅かれてしまう要因の1つである。話は180度変わって申し訳ないが、今日の『トリビアの泉』での荒俣宏を見て、森下裕美のマンガ『ここだけのふたり!』の主人公に似ているな、と思った。ウチの母親は荒俣宏を見るたびに「この人絶対オカマだわ」と言い切ってはばからない。いったい根拠はどこに。 そっくりさん、だと思う。
2003.10.15
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『牛頭』は「ごず」と読む。三池崇史監督のVシネマ作品。タイトルの通り「極道ホラー」であるが、これが爆笑に次ぐ爆笑の大傑作。久しぶりに映画を観て声を上げて笑った。この作品はカンヌ映画祭の監督週間に招待されてもいる。これがカンヌで上映され、どんな印象を与えたんだか…。字廻(あざまわり)組の構成員である南は、兄貴分である尾崎を誤って殺してしまう。その死体をどうしようか考えあぐねているうちに、尾崎の死体は消えてしまう。南は躍起になって死体を捜し始めるが、徐々にアンビバレンスな世界に引きずり込まれる…というストーリー。「もしデビッド・リンチが極道Vシネマを撮ったらどうなるか?」という発想の元に制作されたこの作品。しかも舞台は名古屋で。喫茶店に行けばコーヒーに茶碗蒸しが付いてくる名古屋で。観ているこちら側は「どう展開するの?」という期待でワクワクしてしまう。しかも脈絡のないシーンがいきなり挿入されたりと、そこはかとなくデビッド・リンチ風味の三池崇史節全開である。たとえば尾崎の行方を尋ねに行った酒屋の嫁がロシア人にしか見えないアメリカ人で、バカ丁寧な日本語を明らかにカンペを読みながら喋る。しかも三池監督は開き直ったのか、カンペを丸出しにして、主人公と一緒に読ませる。マジで笑った。主人公の南が宿泊する民宿の老婆は、夜な夜な乳を搾り牛乳瓶に詰めて配達している。ここでの乳房は作り物であるが、『ビジターQ』では内田春菊が自前の母乳で水芸をしていた。三池監督は「母乳」に強いこだわりがあると見受けられる。主演は曽根英樹。Vシネマの世界ではそこそこ有名な人で、この映画の発起人でもある俳優・曽根晴美(男)の息子である。気弱なヤクザを巧みに演じていて感心した。相手役の女に吉野きみ佳。かなりキワどいセリフが目立つ。しかもラストでは日本映画では前代未聞のとんでもないことになる。三池監督は女優には容赦ないことで有名だが、ここまでやらせちゃって、今後の吉野きみ佳の芸能活動が心配である。とまあキワどい役どころではあるが、ファム・ファタール的な女を魅力的に演じていて印象的である。そしてこの映画で観客の頭に焼き付けれられるのが哀川翔である。尾崎というヤクザを演じているのだが、この尾崎という男は車を見れば「あれはヤクザを轢き殺すために開発されたヤクザカーだ」と言い、可愛いチワワを見れば「あれはヤクザを殺すヤクザ犬だ」といってチワワをギッタギタにする、かなりアブないヤクザである。そしてこの尾崎もラストでとんでもない生還劇を見せる。他の出演者もこれまた面妖な悶絶オールキャスト。冨田恵子・曽根晴美・火野正平・間寛平・木村進・加藤雅也・遠藤憲一・長門裕之などなど。そしてヤクザの親分役に石橋蓮司。ここで石橋蓮司はケツの穴におたまを突っ込みまくっている。こうして前立腺を刺激しなきゃ勃たないヤクザなのだ。石橋蓮司の芝居はマジでヤバい。これをカンヌで披露するとは、役者というのは大変な職業である。三池監督とこの作品の脚本家である佐藤佐吉が言っていたのだが、映倫審査というのもけっこう微妙らしい。たとえばこの映画でも濡れ場があるが、「入れて」というセリフはオッケーだが「もっと奥まで」と言ってしまっては成人指定になってしまうらしい。そして「チンポコ」はダメだが「ポコチン」ならオッケーらしい。どっちもおんなじだと思うが。わけわからんちん。とにかく三池監督ブラックホールに引きずり込まれてしまう作品である。作品自体が強力な磁気のようなものを発しているので「何でもオッケー」の牛地獄なのである。かなり濃厚な人間観と世界観が混じりあった、これは生まれるべくして生まれた傑作Vシネマである。エンディング曲が強烈。朗らかな女性の歌声で ♪ごめんねおじちゃん乳牛だけど~ お乳が出ない~お乳が出ない~ だって~おじちゃんオスなんだもん♪と歌われる。頭から離れない。困った。 曽根晴美と牛頭くん
2003.10.14
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TBS系列で日曜9時から放送されているドラマ。1話を観たかぎりでは、新婚夫婦と夫側の家族を描いたホームドラマ。主演は深津絵里と岡田准一。「フカッちゃん主演だし、観てみよっかな」とビデオを録画した。フムフムなかなか面白い。結婚するときには「姉3人は絶対家に帰ってこない」という話だったのが、新婚旅行から帰ってきたら姉3人が出戻ってきてしまっている。それを見て戸惑うフカッちゃんとは裏腹に、シレ~ッともみじまんじゅう食ってる岡田准一が面白かった。3人の姉役には賀来千香子・原田知世・小雪。私の中での注目は原田知世。彼女の芝居を見るのは映画『落下する夕方』以来である。歳取って可愛くなったなと思う。原田知世ってそんなに芝居は上手くないんだけど、雰囲気がある人だから見栄えがする。割と強気な役なのでびっくりしたが。賀来千香子は相変わらず声がゲロゲロしてる。ところどころで声が裏返るカエル声なんだよな、この人。ゲコゲコ。小雪は好きじゃないので別にいなくても良い。一言だけ言わせてもらうと、まったく貧乏に見えないぞ。母親役は岸恵子。ドラマ中の設定は65歳だけど、実際は70歳越えているはず。最近ちょこちょこドラマに出てるけど、70過ぎには見えない。森光子並の若さである。バケモノなんて言ったら失礼だけど、70っつったらもっとバアさんだからな。フカッちゃんはずいぶん痩せた気がする。そういう演出なのかわからないが、顔色も悪く見える。心労か?序盤のほうで、フカッちゃんが仕事場の同僚にあれこれ愚痴ったり相談したりするシーンがある。それを観て「このフカッちゃん、けっこう嫌な女だなあ」と思った。「プロポーズされちゃった、どうしよ~」とか言われても同僚からしたら「知らねーよ」である。それをわかってるのか、同僚役の鈴木砂羽の顔が思いっきり冷めているのが面白い。結局2人は結婚するんだが、フカッちゃんの家族が全く出てこないのは何でなんだろう。それはこれから触れられるのかわからないが、結婚という一大事に新婦側の家族が全く描かれないのは不自然である。1話の段階ではその点に関する伏線も全く無い。今後に注目。しかしまあ、女系家族って怖い。揃いも揃って岡田准一より大柄な女性なのも妙に圧倒的。
2003.10.13
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今日のYahoo Newsより。12日午前6時15分ごろ、兵庫県大河内町渕のJR播但線長谷―生野駅間を走行していた寺前発和田山行き下り普通列車(1両)の運転士から「車輪が空転して列車が進まない」とJR西日本福知山支社に無線連絡があった。同支社の社員が駆けつけたところ、線路上を覆っていた大量の白っぽい幼虫が車輪で踏みつぶされており、砂をまくなどして運転を再開させた。(読売新聞)あああ想像しただけで気持ち悪い。私の友人は以前、修学旅行だか合宿だかで八ヶ岳に行ったらしい。八ヶ岳というところは何年か周期でヤスデが大量発生するそうだ。友人が行った年はまさにその当たり年。道路にはアスファルトが見えないくらいのヤスデで埋めつくされていたそうな。歩くたびにプチプチ音がしたらしい。その修学旅行だか合宿では失神者が出たらしい。あわわわ。私のバイト先の人の体験談。その人は海外旅行が好きで、その年はフィジーに出かけたらしい。フィジーと言えば「天国に一番近い島」とも呼ばれているところである。確かにフィジーはとても素晴らしいところだったらしい。夜は数え切れないほどの流れ星を目撃することができたらしく、「わぁ~、すごい流れ星☆」と見とれていて、気づいたら足元には数え切れないほどのカエルで埋めつくされていたそうだ。ひぇえええええ。ちなみにフィジーはイモリだかヤモリも多いらしい。イモリもヤモリも可愛いものだが、カエルはダメ。カエルだけは…勘弁してください。我が家のおはなし。我が家はちょっと高台に位置するところに建っていて、周りにはまだ雑木林も多い。ある年、羽虫が大量に発生して困っていた。網戸を通ってしまうくらいの小ささなので、家の中にも入ってきてしまうのだ。ある夜、私は羽虫対策と言うことで蚊取線香を焚いて寝た。あくる朝、ベッドの上に数匹の羽虫が。「ああ、やっぱりな」と思い、身を起こしてみると床にはびっくりするくらいの大量の羽虫が。「ぎょえ~」と思いながら窓に向かったら、網戸にびっしり羽虫がへばりついていましたとさ。思わず立ちくらんでしまったことは言うまでもない。
2003.10.12
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私は昔から字を書くことが好きだった。字を書くというのは文を書くということではなくて、ただひたすら漢字を書くのが好きだったのだ。小学校1年のときに、いきなりノートに「岬」と書いて母親を驚かせたことがあった。これはちなみに『キャプテン翼』の岬太郎の名前を書いただけだったのだが。今でも字を書くのは好きである。そのせいか特に書道をやっていたわけではないのに「字が上手い」と褒められる。ありがてぇこってす。私が日本一美しい文字だと思う漢字は 「殺」である。この左右上下全てのバランスがとれている感じが素晴らしい。100点満点。私はどうも野蛮な言葉や卑猥な日本語にソソられてしまうタチであるようだ。別に言葉の意味なんてどうでもいい、その文字が持つ美しさに魅かれてしまうのだ。「殺戮」「残虐」「魑魅魍魎」「地獄」「梶芽衣子」とか「姦淫」「背徳」「遊郭」「淫欲」「川島なお美」とか小学校のとき、1つ漢字を習うとその漢字を用いた熟語を書かされた。そこで私はいつも縁起でもない言葉ばかり書いていた。「息」と習えば「窒息」、「命」と習えば「絶命」といった風に。実にイヤな子供である。言っておきますけど、私はそんなにアブない人ではない。ただこれらの文字の美しさに魅かれているだけである。自分で言っても信憑性が無いが。同じく小学校のとき、隣のクラスの書道の時間で先生が「なんでも好きな字を書きなさい」と言ったそうで、私の友人はそこで「飛鳥涼」と書き、それが廊下に貼り出されていた。たしかに書き応えがあり、実にバランスがとれた美しい字面だったので感心してボーっと見とれてしまった記憶がある。私はというと、書道の時間に隣の女子と「しかばねへんバリエーション」と称して、「しかばねへん」の文字を書き合っていた。向こうが「屁」と書けばこちらは「尿」と返す。向こうが「尻」と書けばこちらは「局」と返す。相手がこれ以上思いつかず、苦し紛れに「尼」と書いたのには笑った。先生に「何書いてんだ」と怒られた。これもまた甘酸っぱい記憶。
2003.10.11
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録画しておいたビデオをやっと観た。フジテレビ系列で火曜9時から放送されているドラマ。フジテレビに実際に届いた手紙を題材に製作されているらしい。このページを御覧頂いてわかるように、私は夏川結衣の大ファンである。夏川結衣という人は映画を中心に活動していて、最近でも『スパイ・ゾルゲ』『座頭市』などに出演している。しかしドラマでの露出は少なく、民放ドラマは『青い鳥』以来となる。ファンにとっては彼女がフジテレビで主演を張るとは少々意外だった。フジテレビのドラマというとスター街道まっしぐらな旬の人々を主演に据えるというイメージがある。夏川結衣は世間的にはまだそんなに知名度が高くない、玄人受けのいい女優であるために、フジテレビしかもホラーで主演を張るとは思いもよらなかったわけで。ドラマの内容は、郊外の新興住宅地に引っ越してきた一家を襲う恐怖の数々を描いている。一応、ホラーということにはなっているのだが、1回目はなんだかブラックコメディの様相が強い気がした。奇妙な住民たちの紹介から始まっているのだが、そこはまるで『世にも奇妙な物語』のようであった。全体的に見ても、心霊現象がどうこうと言うよりは夫婦のスキャンダラスな部分を抉り出すドロドロしたドラマになりそうな予感がする。夫役であるユースケ・サンタマリアにも不倫中の女性がいるし、夏川結衣にも死んだはずの浮気相手の影がちらつき始めている。1回目ということで至るところに伏線が敷いてあってこれから面白くなりそうである。そしてそんなスキャンダラスな物語から「家族の絆」というテーマをどういう風に浮き彫りにするのか。そこも楽しみである。他の出演者は白石美帆・戸田菜穂・佐藤藍子・いかりや長介。豪華なんだか何なんだかよくわからないキャスティングではある。そしてまた火野正平・高知東生・北村一輝といったゴールデンタイムのドラマには似つかわしくない、Vシネマ臭いギラついたメンツが出演しているのも見所である。火野正平が被っていたマスクはちょっと怖かった。ユースケの不倫相手には『特命係長・只野仁』にも出ていた人気AV女優・高樹マリア。この人、ちょっと松浦亜弥に似ている。AVというフィールドからこんな大舞台に上がってこれるとは、相当なラッキーガールである。これからどんな一面を見せていくのか楽しみである。そしてユースケ・サンタマリアの母親役に、現代劇は久しぶりとなる梶芽衣子。1回目の段階では割とコメディリリーフ的な役回りではあるのだが、この人が出てくると何となく不穏な空気に包まれる。さすが「地震・カミナリ・梶芽衣子」と言われるだけのことはある。言われてないか。主題歌のほかに、B’zの稲葉浩志がジュリーの『勝手にしやがれ』を歌っていることでも注目を浴びているらしい。なんだかB’zはカバーに躍起になっているのだろうか。でもまぁB’zの歌声は思ったよりもドラマの世界観にハマっていた。1時間まるまる夏川結衣の顔が拝めるとはファンにとっては嬉しい限り。しかもこれが3ヶ月続くとなると至福の幸せである。1回目を見る限りではなかなか興味をそそられる構成になっていたし、続きが気になるドラマである。ただちょっと「ホラー」という側面から見るとまだまだ甘いので、もっともっと怖くしてもいいんじゃないかと思う。日本人はホラーに関してはシビアな目を持ち始めているからね。
2003.10.10
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熱が出てきたので、誰もいない自宅でボーっとしている。大してすることもないので、ずっとテレビを見ていた。「『笑っていいとも!』のゲストは安室奈美恵か、疲れた顔してんなぁ」とか「安室に紹介できる友達はいるのか?」とか(失礼ですね)テレビの前でうどん喰いながらブツブツ言っていた。その後『ごきげんよう』を見ていたら、今日からのゲストが伊藤かずえだった。テレビのリモコンをカチャカチャとザッピングしていたら、12チャンネルのドラマ再放送にも伊藤かずえが。同時多発的に伊藤かずえ。違うチャンネルで同じコマーシャルをやっていたり、同じ人が出ていると、ついついチャンネルをカチャカチャ変えてしまう。なんか妙に嬉しい気分になってしまうもんで。先日は同時多発的に秋本奈緒美だった。うーん微妙。3時からは『真珠夫人』の再放送を見た。このドラマは本放送では観てはいないが、総集編で観た。というわけで大和田伸也のスケベっぷりも種彦さんのナヨナヨっぷりも、「たわしコロッケ」も、奈美悦子の役名が「むら枝」であることも押さえてはいる。しかしすごいな森下涼子。知らない人のために説明すると、森下涼子演じるトミエさんは葛山信吾演じる直也さんの従順な妻だったが、夫に昔の女の影がちらつくにつれて徐々に正気を失っていくのだ。今日の放送の段階ではまだ新婚ホヤホヤの幸せ全開モードなのだが、その幸せな芝居がすでに怖い。「も~う直也さんったら、そんなことまでお義母さんに話して。恥ずかしいッ!」と両手で顔を覆ったり「直也さんのバカバカ」と言いながら両手でポカポカしたりするのだ。なんて直球でわかりやすい芝居。マンガみたい。きっと演出家の注文に従順な、素直な女優さんなんだと思う。『真珠夫人』での森下涼子は、完全に主演の横山めぐみを喰っていた、と思う。今日の放送では森下涼子のどアップで「つづく」と終わっていた。明日も観てしまいそうで怖い。
2003.10.09
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私は割とつい最近まで、自動ドアは人間の重さで開いているのだと思っていた。だから開かないとその場で飛び跳ねてみたりしていた。センサーで開いてると知って、かなり恥ずかしくなった。ちなみに自動ドアに激突したことも、2度ほどあったりする。「カシミヤのセーター」の「カシミヤ」のことを中学ぐらいまで、「かしみ屋」という店の名前だと思っていた。つまり私の中では「井村屋のあんパン」「増田屋のそば」と同じ並びで「カシミヤのセーター」は存在していたわけである。あー恥ずかしい。
2003.10.08
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風邪をひいたようだ。鼻水が止まらないし体がダルい。バイトから帰る途中の電車が寒くて仕方なかった。しかし私は、「風邪をひいた」と実感してしまうと急に熱が出てくるメンタルな部分が弱い人間なので、あえて体温を測っていない。メシをがっつり喰って、風呂には入らずに、毛布を1枚増やして0時前には寝ようとした。しかし毎日のように朝5時ごろまで起きていて、朝のニュースの「おはようございます」という挨拶を聞いて「おやすみなさい」と寝ている私の身体は0時には寝かせてくれない。そのためこうしてパソコンに向かっているわけで。風邪のCMもそろそろ本格的に始まった。毎年気になるのが竹下景子の『パブロン』のCM。「効いたよね、早めのパブロン」の決め台詞でおなじみの、アレである。あのCMを見ては毎回「こんな親子いねーよ」と思ってしまう。「早くよくなってね、ママ」「ありがとう、パブロン飲むわ」なんて面と向かって語る親娘がこの世に存在するんだろうか。なんて不自然な会話。まーCMだからしょうがないっちゃしょうがないが。『ナロンエース』のCMでは風吹ジュンが毎回色々なシチュエーションで「あたま痛ーい」と言っているが、そんなコト言う前にナロンエース飲めよと思う。毎回ラストで「早く効いて良かった☆」って言ってんだから。それもCMだから仕方ないが。よく薬のCMで「○○を××ミリグラム配合」と言ったりするが、それって一般の消費者には凄いのかどうかわからないと思う。「タウリン1000ミリグラム配合」とか言われても、タウリンが何に効くのか、1000ミリグラムは多いのか少ないのか、全く持ってピンとこない。『バファリン』の半分は優しさでできているらしい。工場で誰かが優しさ込めてんのか。あと半分はいったい何?抗生物質?
2003.10.07
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私はあまり写真集というものを買ったことがない。写真に高い金を払うという勇気が無いのだ。そんな私が高校のときに衝動的に買ってしまった写真集がこの伊島薫の『死体のある20の風景』である。それをまた最近眺め返している。「死体写真集」というとキワモノ的なものを想像されるかもしれないが、この写真集は20人の女優・俳優たちがブランドの洋服を着て、いろんなシチュエーションで死体に扮するというファッション写真である。この写真集は『zyappu』という雑誌に連載されていたものを再編集したものである。この写真集で死体に扮しているのは小泉今日子・坂井真紀・高橋恵子・永瀬正敏・山口智子・本木雅弘・真行寺君枝・富田靖子・松雪泰子・稲森いずみ・佐藤藍子などなど、売れっ子俳優である。彼女たちの死体の姿には妙にゾクゾクさせられる。雑誌連載時には現場検証風の細かいシチュエーションが記されており、そちらも面白かった。死体といっても普通に死んでいるのでは大して面白くない。そのためこの写真集では様々な趣向が凝らされている。小泉今日子はシビィラのワンピースを着て、富士の樹海でトランクに詰められている。山口智子はディオールのドレスを着て、目黒のトラックの荷台にチョコレートに囲まれて絶命している。篠原涼子はビビアン・ウエストウッドの服を着て、高速のサービスエリアの男子トイレで死んでいる。稲森いずみはトッカのワンピースを着て、自宅の冷蔵庫から発見される。美人女優の死体は、どれもこれも滑稽だけど美しい。この美醜の微妙なラインを突いてくる、野心的な写真集である。また高価な服を血糊やドブ川で惜しげもなく汚しているところも潔い。この写真集を出版していた光琳社はデザイン・ビジュアル関係に強い出版社であり、分厚い市川崑のビジュアルブックを出版してファンを狂喜させたのだが倒産してしまった。かなり残念。この写真集のカメラマンである伊島薫はもともと報道写真を撮っていた人である。それからファッション写真に転向し、革新的な写真を撮ってきた。桐島かれんの顔にストッキングを被せて撮った写真集や、顔を隠して陰部を露わにした写真など様々なタブーを破ってきたカメラマンである。いまは活動拠点をアメリカに移し、個展を開いたり、この『死体シリーズ』の続編を撮ったりしているらしい。また日本で活動してほしいものである。 劇場で死んでいる小島聖 雪の中で死んでいる裕木奈江
2003.10.06
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性懲りもなく、カラオケに行ってきた。私はカラオケ大好きのカラオケバカ一代である。しかしまあカラオケというのは自己満足しか存在しない妙な空間である。みんなあんまり人の歌は聴いてないし、自分の歌を聴かせようという意志も見られない。お互いの想いが混じわることがあまり無い、切ない空間とも言える。しかしそれはあくまでカラオケに行きなれている人とのこと。初めてカラオケに行く人とは未だに緊張する。そこで重要になってくるのが「つかみの一曲」である。初めて行く同士だと「先に入れなよ~」「そっちが入れなよ~」と妙に牽制し合ってしまう。そうなってくるとますます入れる曲に迷ってしまう。いきなりケミストリーなどの最新ヒット曲を入れてミーハーだと思われるのも癪だし、尾崎紀世彦なんか歌って面食らわせるのも宜しくない。というわけで私が行き着いた「つかみの一曲」は米米CLUBの『浪漫飛行』である。最初は声があまり出ないのでスピッツやミスチルはちょっと苦しい。その点『浪漫飛行』はキーもちょうど良く、微妙に懐かしさも漂うので「つかみの一曲」にはもってこいである。あくまで私の持論である。先日歌った曲はこんな感じ。○SNAIL RAMP『Mamma Maria』○欧陽菲菲『ラブ・イズ・オーヴァー』○田原俊彦『抱きしめてTONIGHT』○THE YELLOW MONKEY『プライマル。』○太田裕美『木綿のハンカチーフ』 ○米米CLUBメドレー○キテレツ大百科の主題歌『お料理行進曲』などなど。あとは忘れた。最近のカラオケビデオは本人出演のPVが流れたりする。これが萌えた。友人が歌った『ロード 第二章』で久しぶりに高橋ジョージの雄姿を拝めた。しかし『第二章』を歌う友人の微妙さが面白かった。なんで『第一章』じゃねいんだ。 躍動感溢れるSPEEDの皆さん 足は長いが化粧は濃い、バブリー時代の森高千里さん 農協に就職が決まった友人(♀)が歌う『俺ら東京さ行ぐだ』
2003.10.05
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先日新宿の街を歩いていたら、50代くらいの長髪の男性で頭には帽子を被り、なぜか手にはフランス人形をしっかり抱えている人がいた。しかもとてもいとおしそうに人形を撫でていた。なんだかとても不思議なものを見てしまった気になった。私の姉は同じく新宿で、まだ若い角刈りの男性が丈の短いワンピースを身にまとい、内股で俗に言う「ルンルン走り」で全力疾走しているところを目撃したらしい。私が思うに、それは何かの罰ゲームだったのではないかと思ったが、それにしても新宿には妙な人が多い。噂によると、夏場のJR青梅線にはキャミソール1枚という出で立ちの70歳以上と思われる女性が出没するそうだ。みんなびっくりして思わず振り返ってしまうらしい。ある意味、熱い視線を集めているわけで。話は変わるが、今日久々に友人とプリクラを撮った。私が高校生だった頃がプリクラ創世期であったのだが、今のプリクラは当時のそれとは比べ物にならないくらい進歩している。画質もキレイだし、落書きの内容も充実している。変身願望が強い私にとっては恰好の場所というわけである。変身願望が強いと言ってもコスプレをしたいという意味ではない。念のため。 プリクラにおけるカメラ付き携帯の有効活用アホ丸出し
2003.10.04
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最近はあまりしなくなったが、以前私はトンカツにケチャップをかけて食べていた。それを知り合いに話したらクソミソに非難された。「何よそれ、非国民だわ!」とまで言われた。言わなきゃよかった。しかし食生活にも個性が出てきて面白いものである。例えば納豆ひとつとっても何を入れるかで千差万別である。他にも私は、唐揚げに味ポンをつけて食べる。中学生くらいまでこれがスタンダードな食べ方だと思い込んでいたが、他のご家庭では唐揚げ自体に濃い目の味をつけるので、そのまま食べるそうな。でも味ポンつけて食べるの美味いっすよ。関西ではお好み焼きで米を食うらしい。これは私の中でアウトである。お好み焼きはあくまでお好み焼きを単体でいただくものであるという先入観があるので、「お好み焼き=おかず」という概念は私の中には存在しない。中国ではギョーザをおかずに米を食べるという習慣は無いらしい。私にとってはギョーザと米の相性はバッチリなのだが、これは中国人に言わせれば先に挙げた「お好み焼きをおかずに米」ということぐらい妙なことらしい。おかずになるかならないかで言えば、「目玉焼きはおかずになるが、玉子焼きはおかずにならない」というマイセオリーがある。だから私は、朝食でご飯と玉子焼きを出されたら「玉子焼きで米が食えっかー!」と憤慨する。過去、朝食の場で米とサラダしかなかったので、母親に「おかずは?」と聞いたら「サラダ」と言われた。生野菜で米は確実に食えないと思ったのだが、私の姉は「ドレッシングがあれば食える」と言った。ありえないありえない。ドレッシングかけても生野菜はおかずじゃない。ついでに言うと、私の中には「カレーは外で食べるもんじゃない」という概念がある。だから外食をした際にカレーを注文したことがほとんどない。なんだかんだ言っても、家で作ったコッテリしたカレーが一番美味いと思う。
2003.10.03
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「整形するならどこを直したい?」と聞かれたら、私は迷わず「鼻!」と答える。何を隠そう、私の鼻はえらく曲がっているのだ。小さい頃はそうでもなかったのに、成長するにつれて曲がり具合が顕著になってきた。ともさかりえの顎のように。そのせいで、顔全体が歪んで見えるのだ。小さい頃、不慮の事故で父親にコーラのビンを鼻にぶつけられて滝のように鼻血を出したというおぼろげな記憶がある。鼻に関する事故は後にも先にもそれしかない。子供の骨は柔らかいから、一度曲がったらそのままになってしまうことが多いらしい。恨むなら父親を恨め、ってことか。生まれ変わったら「伊勢谷友介のような人生を送りたい」と切実に思っている。別に伊勢谷友介は好きではないんだが、ルックス・才能・恋愛全てを手に入れてきているように思えてならない。まったく憎たらしい。どれか1つくれ。やっぱり男はクールなほうが良い。私はいかんせん喋りすぎだ。一度自分の中で「クールでアンニュイキャンペーン」「下ネタ自粛週間」などを設けたことはあったが長くは続かなかった。男のフェロモンはどうしたら手に入れられるのだろうか。高橋克典の『男の美学』を聴いて研究しようか。もしも女に生まれ変わるんなら杉本彩みたいな人生がいい。ゴージャス! レッツゴー高須クリニック
2003.10.02
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インターネット上に放送禁止用語のサイトがあった。「キチガイ」が超ド1級の放送禁止用語であるのは有名である。前にNHKの『スタジオパーク』でゲストが「キチガイ」と言ってしまって、アナウンサーがオタオタしていたのを思い出した。他にも「え、こんなのもダメ?」というものがあって面白かった。「床屋」「ジャリ(子供のこと)」「ヒモ」などなど。「床屋」って言葉を差別的に使っている人なんてあんまりいないと思うけどねぇ。「ジャリ」がダメなら『じゃりン子チエ』もアウトってこと?基準がよくわからん。このサイトによると「ザギン(銀座)」もダメらしい。ってことは「ザギンでヤー様がパクられた」(銀座で暴力団組員が逮捕された)なんて1発アウトってことか。しかし「差別的だから放送禁止」ってのもバッチリ差別だよなと思う。確かに言われたら気持ちよくない言葉もあるだろうが、実際には大して差別的に使っているわけでもない言葉をあげつらって「差別用語」ってするのもどうかと思う。昔NHKで『連想ゲーム』という番組があった。あくまでもこれは噂なのだが、そこに出演していた女性ゲストが「電動」というヒントに「こけし」と答えてしまってカットされたという話を聞いた。ちなみにこの番組で大地真央は「円形」というヒントに「ハゲ」と答えたらしい。やるじゃん大地真央。「ロンパリ」なんて言葉、ちょっと面白いと思う。斜視の人のことを指す言葉なんだが「ロンドンとパリを見ているよう」というところから由来している。もちろんこの言葉を聞いたら嫌な思いをする人がいるだろうから、使わないように心がけるが。
2003.10.01
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