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最近本当に忙しくなってきたのだが、つい先日友達と別れることになった。男友達だったのだが、韓国へ帰っていった本当に成功していく人間を絵に描いたような人だったのだが、ご飯を2時に食べる前の話をブログに書きたいと思う高校の時の語学学校から一緒だったのだが、この男友達はひたすら自分がついていると信じて生きてきた妄信といっても言い過ぎではないくらい、「僕はついてる」、「成功する人間だ」、「人生遊びながら楽しく生きなくちゃ」などと言っていた席も近かった事から、他の日本人の女の子たちとおしゃべりしながら授業を受けていたチャラ男だと思っていたでも、熱心に日本語を勉強したいと言っていて、高校に進んだ後、日本語を選択して猛勉強していたこの友達、大学へ進学してからの頑張りは賞賛に値するほどの苦学生をたどり、しかし、人生を謳歌しながら、まさに映画に出てくるような成功をものにしていったそして、大学を後1年半残して、日本に仕事をしに留学がてら来た私はその男友達と前ご飯を食べていて、こんな社員がいたら絶対会社が成長するだろうと思う人材にまでになっていた友達が自分のことを言い続けてきたように、彼はついているのだ!でもそれを言葉では言い表せないので、私とその人がゲームセンターに行ったときのことを書きたい(お昼の前にね)男友達の希望でなぜかゲームセンターへ直行、アイスを獲得の流れでメダルを買い、何とモンスターハンターのゲーム台によりましたこの台は二人で出来ることからの選択、ちょっぴりオタクからも来ている最初の5分で座っている台が確率変動突入へしかし、20分ごろに隣の台がスーパージャックポッドを大当てしてメダル3600枚持っていきましたでもまだ、ジャックポッドの赤3000枚と青400枚が残っているスーパージャックポッドへのルーレット硬貨3枚中ゼロ枚だったのだが、6分の1ルーレットで立て続けにスーパージャックポッドへ。40分遊んでついにスーパージャックポッドチャレンジにその確率30分の1くらい普通入りますか?この短時間にここまでとんとん拍子に来たことが奇跡そして何とボールがスーパージャックポッドに入りメダル600枚獲得これは本当に凄い事ですよ凄い運を持ってるの?使い果たしたんじゃ??!!実は運を使い果たすと言うことにジンクスを持ってしまっている人も多いんじゃないのだろうか・・・運はそもそも使い果たすものじゃなく、常に掴み取っていく物だと認識したほうがいいと言う事から、使い果たすという概念は当てはめないほうがいい大きな運を掴み取ったらその反動と、次につなげなかっただけだと思ったほうがいいんじゃないだろうかそれなら、より多くの運を掴み取ろうとするなら、2番か3番が一番いいらしいこれは1番でもいいのだが、自分の気落ちにストップやブレーキがかからないのなら、1番を狙って撮り続けたらいいと思うこのストップやブレーキが自分が思っている以上にかかるものであると言う事はスーパージャックポッドを勝ち取った友達は1番か?嫌その前に隣の台の人が当てちゃってるから、実質私たちが2番なのだだから、凄い~っていうテンションに気をされずに、どんどん行こうという流れになるこんなので、ついている人間かを測るのはどうなのだろうかと疑問に思うかもしれないが、実際こういう実績もなしに結果が現れるということは、本当についているかどうかが顕著に現れるのではないだろうか素晴らしいですね~と傍観視してましたこの日は感覚から学ぶという体験が、かなりあったように思えて、大変勉強になった一緒にご飯を食べて、色々話せたし、今度は私が会いに行こうと思う後、嬉しかったのは、日本語を勉強した理由は、その当時の「日本人の同級生や私とおしゃべりがしたい」だったみたいだそういえばそんな事言ってたな~って思い出しながら聞いていたが、あらためて言われると照れるなー^^
2014年07月15日
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サリンジャーにはまっていた私なのだが、最近サリンジャーが自分の作品に思っていたよりも宗教的思想を盛り込んでいることが判明したというよりも、サリンジャーの作品のうち、「対エスキモーの前夜」という短編小説があるのだが、これが物凄いキリスト教叩きであったなぜそんなに、アメリカ合衆国の、国民的宗教叩きを始めたかにさかのぼると、サリンジャーは第二次世界大戦に祖国アメリカのために従軍して、ノルマンディーで戦った帰還兵であった第二次世界大戦というものは、彼の人生にとってとてつもなく大きなものであったし、戦争文学をこよなく愛した若者たち(10代の男女が文豪サリンジャーに会いに行くという映画までできた)にとってはサリンジャーが従軍したことにより、色々な短編を読むことが出来たのだから、結果オーライなのではないのか!!??しかし、本人サリンジャーは第二次世界大戦で大きな代償を払っている彼の精神はPTSDという戦争が原因で病んでしまうという悲しい事が待っていたその見返りとして、短編は精神病や戦争といった、サリンジャーの作品には欠かせないキーになるテーマをたっぷりと盛り込む事に成功する「戦争反対!!」という何物も動じない意思が出来上がった反面、サリンジャーは精神を病んだ怒りの矛先を政府に向け、政府から精神的なキリスト教の宗教に向いていった精神を病んだものは、精神世界を極めて精密に分析する傾向にあるが、サリンジャーはその王道をいったのである日本で完成されたと言われる仏教の「禅」にのめり込んだ対エスキモーの前夜では、フランクリン=キリストであり、フランクリンがジニーに強要するチキンサンドイッチ=死んだイースターチキンと分析されるそうだそして、作品の随所に見られる聖書の引用「良きサマリア人」はキリストが言った、超有名な例え(””クオテーションマークが付いている)で、それをフランクリンが言うってことはやっぱり、キリストを引用している?押し付けがましいキリスト教で戦争の火種という思想が、サリンジャーの中で出来上がっていることが見えるwwwそういうところが、実に面白いと思う多分、キリスト教は布教に力を出しすぎた歴史があり、宗教戦争=第二次世界大戦が起こるんだとでもいいたいような確かに、この短編は第二次世界大戦の一夜であるが・・・サリンジャーの愛でる、禅のように自ら悟りをひらいていく者が世界に溢れたら世界平和が来ると信じていることが、他の短編「エズミのために愛と惨めさをこめて」で露出しているこんなに痛烈批判をしてもなお売れて、メッセージはきっと読者が精読しないかぎりあんまり伝わらないが、潜在意識でははっきりと伝わっているのではないか!!??というところが、面白いですサリンジャーは精神世界や文学上で自分なりの課題と戦っているんだと思うと、アメリカ文学にはふさわしい素晴らしい作家であるといえる
2014年07月03日
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