炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.05.27
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カテゴリ: 本日のスイーツ!
 噂は前々からあったのだ。
 それは学内のあちこちで見られる、この星域外の放送における各地の戦局であったり、現在最も勢力を持つ、アンジェラス星域の軍隊の動きであったり。
 他星域出身の学生となると、画面を食い入る様に見ていることが多い。
 自分の故郷がいつ出てくるか判らない。いつ攻撃されるか、その時に自分はどうしたらいいのか。いつも彼らは選択を迫られている。
 なまじ頭もいい彼らだけに、現実と、その場に何もできない自分とギャップに苦しむことも多い。
 一方、ウェネイク星系に元々住む学生にとって、それは現実感の無いことだった。
 彼らにとって、戦争は日常とは関係の無い出来事だった。自分が参加する必要は無く、進んで参加することなど考えもつかない、遠い世界の出来事だった。
 学生レベルでは、そうだった。
 だが教授レベルではそうではなかった。
 すでに、各学部学群の幾人かの教授・助教授・講師、と言った教える側の面々が、軍から要請を受けて、この地を離れている。
 休職扱いになっているし、その間の身分と給与の保証もされるが、この惑星に居る時ほどの生命の保証はされない。
 参加は自由である、らしい。
 少なくとも、彼らを使おうとする軍はそんな姿勢を見せた。
 彼ら教授群の使い方を軍は良く知っていた、とも言える。この学究の徒達の活動の源泉は、つまりは、自身の好奇心だったりするからだ。功名心や利益は所詮オプションに過ぎない。
「…伝達デザインのホソノ教授も、心理学のトバエ教授も行ったらしいよ」
 そんなことを級友が噂するのを、エラは半ば聞き流していたものだ。
 ちなみに、彼女の師事するエフウッド教授ときたら、戦争も軍隊も嫌いだった。
 積極的に反対の意志を見せる訳ではないが、どれだけ要請を受けても、絶対にそのまま従うとは思えない。
「もっとも僕の専門を、彼らが必要とするとは思えないけどね」
 それもそうだ、と研究室でお茶をごちそうになりながら彼女は思った。
 この研究室は「建築」というくくりの中に居ながらも、どちらかというと、歴史を扱う側面の方が大きい。
 無論、歴史とて軍隊に全く不要という訳ではないが、直接、お手軽に利用するには向いていない。
 しかし同じ建築でも、他部門は違っていた。
 エフウッド教授は、普段彼女に滅多に見せない程の難しい表情をすると、ややうつむき加減に話し出した。
「建築学部にも、軍のオファーがあった。まあそれは、前々から言われているんが、問題は、今回指名されたのは、ディフィールド教授だ、ということなんだ」
「ディフィールド教授が?」
 彼女は思わず声を上げた。
 だがすぐに気を取り直して、その言葉の持つ意味を考えてみる。
「…ということは、教授傘下の研究者も、丸ごと、ということでしょうか」
「かも、しれない。それに、ディフィールド教授が―――彼の体質として、一人で動くとは考えられない」
 でしょうね、と彼女はうなづく。
「彼が軍の要請を受けるとしたら、確実に何名か連れていくだろうね」
 そして彼女ははっとする。
「もしかして…その中に、学生も含まれたりするのでしょうか」
「や、それは当の学生次第だと思うね」
「そうですか?」
「ディフィールド教授にずっとついて行こうと思ったり、卒業後に彼から、何らかの恩恵を受けようと思うなら、まず進んでいくだろうな。彼はそういう学生を好むからね」
 彼女は唇をぎゅっと噛むと、首を横に振る。それを見て、教授は目を細めた。
「…キュアのことが心配かい?」
「当然です。あの馬鹿は…」
「いや、彼は行かないとは思うよ」
 彼女ははっとして顔を上げた。
「君の知るキュア・ファミは、軍隊というものが好きかい?」
「いいえ、大嫌いです」
 彼女は大嫌い、の部分に思い切り力を込めた。
「あのひとは、とにかく集団行動というのが嫌いですから」
 だろう? と教授は笑った。だがエラの表情は硬いままだった。
「…だから教授、あたし、いつも不思議なんです」
「不思議?」
「彼があの研究室に居るのも、居られるのもすごく不思議で仕方ないんです」
「確かにね。キュアははっきり言って、あの研究室には全く向いてない」
 教授は断言する。今までにも彼女が聞いてきた言葉だ。
「だがそんな彼が、もっと締め付けのきつい集団に進んで加わろうかと思うかね」
「…とあたしも思うのですが」
 だけど、彼の目的が、ただ単に「良い建築物を作る」だけではないことを彼女は知ってといる。だから余計に、言いよどんでしまう。
「それと、あと、ディフィールド教授が、彼を連れて行こうとするか」
「あ」
 エラは思わず口に手を当てた。
「僕の予想では、彼はキュアは連れて行かないだろうね」
「そんなに、好かれていないですか?」
「彼が好かない程度には、ディフィールド教授も彼を好かないだろうね」
 そうだろう、とエラも思い、大きくうなづいた。
 ディフィールド教授はそもそも、キュアを自分の研究室には入れたくなかったのだ、という噂も彼女は聞いていた。
 それでも入れざるを得なかったのは、彼の「入室試験」である図面があまりに素晴らしかったからだ、とも聞く。
 現物には勝てないよ、と決まった時のキュアの得意そうな顔、立てた親指を、エラはよく覚えている。
 そして彼女は、それに手放しで喜べない自分に気付いていた。





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最終更新日  2005.05.27 06:38:51
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