炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.06.16
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カテゴリ: 調べもの
「あれだ」
と高村は車を止めた。
 山の中の、やや道から外れた袋小路にそのくすんだワイン色のワゴンはあった。カーナビの片方は、この車を示していた。
 結局ホテルからここまでたどりつくのに三時間はかかった。
 地図上の直線距離的にはそう遠い訳ではない。だが、それが山だったり、そのまた中の細い道を探すとなると、話は別だ。
 一方通行もある。回り道もある。時には単純に道の見間違いもある。試行錯誤の上、何とか彼らはここまでたどり着くことが出来たのだ。
「けどよし野の方のは…」
 これ以上はカーナビでは探すことはできない、と中里は顔をしかめた。
「携帯は?」
「いや、岩室さんが、さっきもう取られてるんじゃないか、って…」
「取られてるとは思うけど、もしかして、あいつ等、電源切っていないかもしれないよ」
 そうか、と彼は慌てて自分の携帯を取り出す。
 その間に高村は手袋をきゅ、とはめると、どういう方法を使ってか、ワゴンのオートロックを簡単に外し、中の様子を探り始めた。
 倒れたシート、散らばったチョコレート、そしてその更に奥の方には大きな黒い箱の折り畳んだものが。高村は忌々しげにそれを見る。
 だが彼の用事があるのは箱ではない様だった。シートを持ち上げ、茶色のビジネスバッグを取り出すと、中を探り出す。
 一方中里は、掛けた携帯が何とか通じることに安心する。電源を切ってはいない様だった。
 耳を澄ませる。彼には岩室曰くの「地獄耳」もあった。
 聞き覚えのある音が、微かに、聞こえた様な気もする。
 だがぶつ、と携帯の方からは音がする。切られたのだ。
 リダイアルする。すぐに切られる。繰り返す。向こうも繰り返す。少しでも少しでも。彼は目をつぶり、じっと耳を澄ませた。
 こんな時くらい、役立ってくれよ。
 彼は眉をぐっと寄せ、自分自身の身体につぶやく。
 命を削ってまで、身体能力を引き上げているというのなら、一度くらい、俺自身のために、役立ってくれよ。
 やがてぷつ、と切れた向こう側からは、「電源が切られています」という電話会社の音声しか聞こえなくなった。
 しかしおおよその方向の見当は、ついた。
 車に戻り、カーナビの示す方角と示し合わせる。OK、間違いない。
「高村さん、俺行きますから。何かあったら連絡ください」
 そう怒鳴ると、返事も待たずに中里は山道を真っ直ぐ駆け上がりだした。



 一方、よし野は息を切らしながら、山の中を逃げ回っていた。
 何とかスカートの中にスリップを押し込み、コートのボタンを止めて、彼女は走る。
 そしてやがて木々の間へと飛び込み、そのまま奥へ奥へと進んで行く。
 とにかく身を隠すことが先決だ、と彼女は思ったのだ。
 しかし決してそれは最善の方法、という訳ではない。慣れない場所であるのはもちろん、学校で決められた靴は、底に滑り止めがついている訳ではないので、少し坂道になると、上りであれ下りであれ、枯れ葉などでするすると滑りかねない。
 その時、彼女の耳に携帯のコール音が届いた。
 あれは自分のだ、と彼女は気付く。
 音量を最大にしてあったことを彼女は思いだした。そして確か、浜辺で落として―――
 音が近づくこと=相手が迫って来ている。
 鳴らしてくれているのは、中里だ。
 それだけは判る。何度も何度も切られているのに、しつこくしつこくコールを続けている。
 そう、あれは哲ちゃんだ。彼女は確信する。追っ手の位置を教えてくれてるんだ。
 そしてぐっ、と唇を噛む。足がひりひりと痛い。肩が痛い。だけどそれどころではない。とにかく、逃げなくちゃ。
 逃げて逃げて逃げ続ければ、必ず中里はやってくる。
 よし野ははあはあ、と上がる息を、高鳴る心臓を、無理矢理鎮めながら走り続けた。
 ところが。
「ああああっ!」
 ずるり、とその時足が滑った。
 ぬるりとした感触が、足元にあった。
 光が届きにくい林の中では、土が乾きにくい場所もある。そしてそこがたまたま粘土質だった場合。
 ぺたん、と尻餅をついた彼女は、懸命に立ち上がろうとしたが、左足をついた瞬間、鋭い痛みが足首に走った。
 ひねったのだ、と気付くのには時間は掛からなかった。
 だがまだ歩けなくなった訳じゃない。彼女は足を引きずってでも前へ進もうとした。

 しかし。

「…全く手間掛けてくれるよなあ…」
 低い声が、斜め前から降ってくる。ざくざく、と枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。その後ろから、あはははは、と高らかに笑う声も聞こえる。
 よし野は両方から逃げる様に後ずさりする。その足取りを見て、毬絵はにっこりと、心底楽しそうに笑った。
「あらぁ、足をくじいてるのね」
 そしてつかつかと、小気味いい程の足取りで近づくと、よし野の引きずっている方の足をさっ、と払った。
「ああーーーーーっ!」





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最終更新日  2005.06.16 06:44:34
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