炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.06.21
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カテゴリ: 本日のスイーツ!
「…こりゃひでえ…」
 建物の壁ぎわに、がれきと一緒にオレは埋もれている様な状態だった。
 さっきまで居た場所がずいぶん遠い。爆弾? それとも何か、ちょっとした砲撃でもあったのか?
 耳がぼぉっとしている。しばらく上手く聞こえないだろう。
 ばさばさ、とがれきの山から這い出そうとする。
 と。
「…痛ぇ…」
 ざっくりと、金属片が左肩に突き刺さっていた。くそ。
 オレはとりあえず、刺さった破片をぐっ、と抜いた。
「うっ」
 喉から、思わず声が出る。血が吹き出る。とろ、と頬にも流れているものの存在が判る。頭…額? 何処か切ったのかもしれない。
 がらん、と破片を取ると、大きくオレは深呼吸をした。
 ああ、これ、さっきの車の色だ。
 どうやらあの車も爆発に巻き込まれたらしい。こんな風にボディの一部がやられたんだとしたら…まあ中の野郎も、可哀想におねーちゃん達も、たまったもんじゃないだろうなあ。
 この傷なら治るとは、思う。
 だけど今は、血が足りない。色々、あったのだ。
 それに加えて、今切った所があまり良くない所らしい。どくどく、と血は流れ出ている。
 ぼぉっとした耳に、サイレンの音が聞こえる。あ、やばい…
 立ち上がり、とにかくここから立ち去ろうとする。
 人目の無いところで、じっとしていたい。そうすれば、オレは何とかなる。
 オレは「バケモノ」だから。
 だけどさすがに、頭がくらくらして、足がもつれる。貧血も起こしているのかもしれない。
 あ。
 目の前に星が散る。足から力が抜ける。
 だが尻餅をつく感覚は無い。代わりに、何か暖かいものが、自分の身体に触れている。
 右の腕をぐい、と掴まれていた。
「おい」
 低い声が、聞こえる。オレに向けたものか?
「おいお前、大丈夫か? 意識あるか? 生きてるよな?」
 はあ? とオレはのろのろと顔を上げた。
「ずいぶんとろんとした目だな…おい、クスリなんかやってねえよな」
「んなもの…やるわけねーよ…」
 そう。ホントに効かないんだから…
「ならいい」
 ふっ、と暖かい感情が伝わってくる。
「すぐ救急車が来る。どうする? そこまで連れてってやるぜ」
 そう言いながら、男はオレのケガしていない方の肩に腕を回した。
「…だ、駄目だ」
「あん?」
 怪訝そうな声が、聞こえる。オレは思わず、ケガした方の手で、男のシャツを掴んでいた。
「…医者は…駄目…」
「駄目?」
「駄目なんだ…」
 男の眉間に深いシワが刻まれる。
「…な、判るだろ? 判ってよ。…ワケありなんだ」
「…」
 目線が合う。
「…頼む」
 自分がすげえ情けない顔になっているのは判る。
 普段だったら、こんな顔、見せたくない。だけど、困るんだ。
 その間にも、左肩からの出血はどくどくと続いている。
 やばいよこれはマジで。動脈をかすっているんだろう。
 そりゃあ無論、いまに止まることは判ってる。だけどその前に貧血起こしすぎたら、いくらオレでも。
 必死な様子が伝わったのだろうか、男は何か考えていたが、意外とあっさり、こう言った。
「…判った。俺のフラットが2ブロック先にある。…そこまでなら、お前、我慢できるか?」
「…ああ。こんな傷、大したことはないんだ。血が足りないだけで…」
「嘘つけ」
 そう言いながら、男は俺をほとんど横抱きにする様にして歩き出した。
 裏側の路地を抜けて、角を曲がる。
 歩きながら、ふと俺は、触れているこの男の雰囲気に、何か奇妙なものを感じていた。
 何だろう? 何か覚えのある「感じ」が。
 ひどくそれは曖昧で、うっすらとしたものだったので、さすがに貧血でくらくらしている俺には判らなかったのだけど。
 それに何となく、覚えのある―――

「…本当に、大丈夫だってば」
 ―――足の踏み場も無い―――
 素晴らしくそれは今のこの部屋の状態を言い表している言葉だ、と思った。
 こんな頭がぼぉっとしている状態なのに、だ。
 奴はそれでも、唯一空いているソファに俺を下ろし、傷の手当をする、と救急箱を取り出した。
 使い込んでいるセットをぱか、と開けると、手慣れた調子で消毒薬をコットンに染み込ませだした。
「ケガを甘く見るな! だいたいお前その出血…」
 俺は黙って首を振りながら、ばっさりと上着を脱いだ。
「…おい」
 中のシャツが、確かにひどい出血で、胸の辺りまで真っ赤になっている。濡れて身体に貼り付いて、気持ち悪いことこの上ない。
 だけどそのシャツを、ほとんど無理矢理取ってみれば。
「ほら」
 オレは左の肩を指した。
 傷が既に、血の塊で縫い止められた状態になっていた。さすがに深い傷だったから、やっと今で、この状態だ。もっと小さいものだったら、もうとっくに治ってる。
「…」
 ぽとん、と消毒薬がコットンから一滴落ちた。
 ああでも、この血は拭いては欲しいかな…
 男の視線が険しい。さてどうするだろう。俺はやや上目づかいで相手を見た。
「…だからいいんだよ。だけどちょっと、血が出すぎちゃったから、疲れて…眠らせて欲しいんだ…」
 一度座ってしまったら、もうその欲求が止まらないのだ。もうこの後何が起こってもいい。とにかく俺は、ひたすら今は。





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最終更新日  2005.06.21 07:03:50
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