炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2005.07.20
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カテゴリ: 調べもの
 電話で指定された駅で、山東は既に待っていた。改札で高村を見つけると、大きく手を振り、こっちだ、と合図を送る。
「電話ではらちがあかないことなのか?」
 そのまま早足で歩き出す山東に、高村は問いかける。ええ、と相手はうなづいた。
「この駅、オレは降りたことは無かったけど、もしかして」
「ええ、遠野の家の最寄りです」
 だろうな、と高村は思った。
 横を歩こうとしても、すぐにやや斜め前になってしまう男は、一分一秒が惜しいに違いない。
 寝不足の身体には、この男の早足はややきついが、仕方ないだろう。高村は観念した。
 山東は歩みを速めながらも、話をすることは忘れない。いや、それが目的の様でもあった。はっきりとした彼の言葉はしっかりと高村の耳には届けられた。
「金曜日、あの時別れてから、俺は友達に急に呼び出されて、一度学校方面に戻ったんです」
「学校?」
「大学の方です。メールで、ノートを渡すから急いで来て欲しい、って来たんです。ほら、この件で数コマさぼっているから、覚えはあったんですよ」
 うんうん、と高村はうなづく。道はやがて、住宅街に入って行く。同じ様な家が、同じ様な間を空けて建てられている街。
「…少し気をつけないと、すぐに迷ってしまうんですよ」
 山東はつぶやく。やっぱりな、と高村も思う。
「それで?」
「そう、それで一応出かけてみたんです。だけどそれは嘘でした。もっとも、発信源が携帯ナンバー以外だったから、多少怪しいとは思ったんです。ただ、学内のPCから、という可能性もあったので、一応出向いたんです。実際、俺の頼んだ相手の携帯は通じなかったし」
 偶然かもしれませんがね、と山東は付け足した。
「一時間ばかり、指定された、学校近くの本屋で時間を潰していたんですが、やって来る気配がまるで無いし、本屋も閉店だ、ということで引き返しました。そうしたら、いい加減時間も遅くなっていたので、俺もそのまま帰って」
 こっちです、と山東は看板をチェックしてから角を曲がる。
「そうしたら、気付かなかったんですが、留守電が入っていて。あいつからでした」
「遠野さん?」
「ええ。あいつも自宅からでした。後で電話が欲しい、ということで。さすがに夜も遅くなっていたので、携帯の方に電話したんです。だけど出なくて。仕方なく、留守電にメッセージだけ入れておいて」
「で、その日はそれだけで」
「ええ」
 山東はうなづいた。
「…で、翌日、もう一度、今度は家の方に電話したんですよ。…そう、ここです」
 彼は一軒の家の前で立ち止まった。
「ここが遠野の家です」
 はあ、と高村は二階建てのその家を見上げた。こぢんまりとした、綺麗な家だった。ただ、決して隣の家と見分けがつくというものでもなかった。
 正直、その付近一帯の家は、ほとんど全部が、同じ様な形、同じ様な色、同じ様なサイズのものだったのだ。違いがあると言えば、広くも無い庭に止められた車、門構えや柵の形、その周囲の植物、そういったものくらいである。
「…確かに、これじゃあ迷うな」
「でしょう?」
 そして今、その目の前の家は、同じ顔をした周囲のそれとは違い、灯りが一つも点っていなかった。窓によっては、雨戸のシャッターが降りているところもあった。
「…今朝からです」
「今朝」
「土曜日、俺は朝、電話したんです。そうしたら、あいつのお袋さんに、不思議そうに逆に問われました。俺のところに行ったんじゃなかったのか、って」
 怪訝そうな顔で見る高村に、山東は付け足す。
「ああ、一応、三人で公認の仲、でしたから。しょっちゅうお互いの家を行き来して、泊まったりもしてましたし」
「それはまあ、いいけど…」
 高村は苦笑する。
「でも俺のところには、無論来ていません」
「と言うと」
「何でも、俺に呼び出されて、あの後、出ていったそうなんです。日名のこともあったんで、お袋さんも仕方ない、と思ったそうで…」
「金曜日」
「ええ」
「でも、それから彼女は帰っていない、と」
「そういうことです」
 ぞく、と高村の背に、一瞬悪寒が走った。
「俺は一応、あいつの携帯に何度も何度も掛けてみました。だけど駄目です。まるで通じない」
 くっ、と山東は唇を噛む。
「日曜日、もう一度ここへ来ました。だけどやっぱり帰っていない、と言います。おばさんはもう大変でした。あいつによく似た綺麗なひとなんですが、そのひとが、俺の前で、化粧も直さず、髪も整えず、赤い目で飛び出して来るんですよ。娘が帰ってきたんじゃないか、って。…で、やってきたのが俺で、力が抜けてしまって」
 何となく、想像ができた。
「で、その日は親父さんも居たので、三人で、少し話したんです。警察や学校に言うべきか、それとも、って」
「それとも?」
「日名の件と―――少々、高村さんの話も気になりましたから」
「オレの?」
「ええ」
 山東はそしてそのまま、門を開けた。
「…い、いいのか?」
「大丈夫です。ほら」
 山東の大きな手には、鍵が握られていた。そのまま彼は、入り口へと向かった。周囲を見渡し、そうっと扉を開け、高村を手招きする。
「親父さんから、合い鍵を預かっていたんです」
「また、何で…」
「日名が『転校』した時のことを、親父さんに話したんです。家族ぐるみの付き合いだから、ここの二人も、日名のご両親がどういうひとであるとか、ある程度のことは知ってるんです。そしてお互い出した結論は、『転校/引っ越しなどする訳がない』」
「わけが、ない」
 高村はその部分を繰り返す。ええ、と山東は周囲を見渡してから、ぱち、と中の灯りを点けた。
「ほらまだ、電気も生きてる。『引っ越し』だったら、電気は止められてもおかしくはないのに」
「引っ越しって…」
「…でしょう?」
 目前に広がったのは、「引っ越し」などまるでしていない部屋だった。家具はもちろん、今朝広げていた新聞も、みそ汁をひっくり返したままの朝食も、テーブルにそのまま残っていた。





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最終更新日  2005.07.20 06:36:13
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