炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2006.08.17
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カテゴリ: 本日のスイーツ!
「捕まる…って?」
「だから、判るだろう?」
 まさか、と彼女はぶる、と肩を震わせた。
「やっぱり、それも」
 現在の正規軍なのか、という言葉は彼女の口からは出なかった。
「まあ、俺も現地のじじいあたりからの股聞きだからな。そのじじいも、そのまたじじいから聞いてるくらいのことだ。本当のことは、結局判らん」
 言いながら、彼は岩場に背をもたれさせた。
「ただそれは、あくまで例だが、そういうことは、俺が行った辺境で結構聞かれたことだ」
「あちこちで、ですか」
「奴等は戦争の頃、難癖をつけて、あちこちを焼き払った。そして辺境になった惑星、という奴が結構あるってことだ」
「所長は…あの方々に対しては、敬語は使われないんですね」
「俺は基本的には、敬語って奴は嫌いだ」
 葉巻を取った手を、高くかざす。
「俺だって、連中が素晴らしい存在だ、と思ったこともあったさ。一応、それなりに文化の整った惑星系で普通の教育を受ければ、そういうことにはなる。だがどうだ?」
 喋りすぎているな、と彼はふと思う。だが止まらない。
 止まらないのだ。
「俺は逆に、シニア・ハイでろくすっぽ勉強しなかった自分に感謝したぜ」
「ベースボールばかりなさってたのでしょう?」
「おお、そうだ」
 覚えたじゃねえか、と彼は言う。
「そういう意味では、私はずっと、その教育の中にどっぶり浸かっていたってことになりますよね」
「まあそうだな」
 彼はあっさりとそれを肯定する。
「ただ帝大は、違うんです」
「違う?」
「はい。その私が好きな…レーゲンボーゲンに居るらしいという地学者の方もそうなんですが、どんな星系のどんな学校出身だったとしても、まず帝大では、がつんと一発、カルチュア・ショックを味わうんです」
「カルチュアショック?」
「はい」
 彼女の目が真剣になる。
「これは私も、学校関係の人には誰にも言ったことは無いんですが」
 おう、とジャスティスはうなづく。やはり彼女の表情にも他言無用、の文字が浮かんでいた。
「帝大ではまず、それまでの『常識』を捨てさせられるんです。皇族や血族の方々をまず、『人間』として認識させられるんです」
「…」
「所長はどう思われます?」
「…意識したことが、無かったぜ」
 そもそも、帝都も皇室も遠い存在すぎた。
「だけどまず、帝立大学に入ることができる教育を受けることができる場所の学生、というのは、皇族、天使種が『人間より素晴らしいもの』『神の領域のもの』というすり込みがされていることが多いんです」
 彼女はそして一息つくと、こう付け加えた。
「私も、そうでした」
「おい…」
「でも私はスキップしていて、まだ周囲より若かったから、すり込みも早く抜けたんです。帝大の平均卒業時期に幅があるのは、結構それと関係があります。そのすり込みが抜けない限り、学問的には、前に進めないんです」
 ううむ、とジャスティスはうめいた。
「そんなに、そのすり込みって奴はきついモノなのか?」
「…学問を追究する上には、かなりの障害になります」
 表情がやや歪む。
「…だが、何かいまいち解せんな…」
 ジャスティスはつぶやく。え、と彼女は顔を上げた。
「ってことは、基本的には帝大卒の奴ってのは、帝都政府にとって、危険思想の人間達ってことだろう? 何だってそれを散らばせておいて平気なんだ?」
「…あ、そう言えば、そうですね…」
「お前は何とも思わなかったのか?」
 呆れた様に、彼は声を張り上げた。
「…私、自分の勉強や研究テーマで精一杯でしたから…」
 なるほどな、と彼は苦笑した。
「確かに、そんな学問バカばかりだったら、危険もへったくれもないかもな…」
 それに、考えてみれば、自分の様に大してロクに勉強もしなかった奴とか、辺境で、勉強もへったくれもなかったような者には、果たしてどの程度、帝都に居る「皇族」だの「血族」だのに対する認識があるのだか。
「あ、でも学科によっては、何か色んなポリシーの人々が居たようですよ。音楽科とか、結構、反帝国組織のひとが入り込んでる、って噂もありましたし…立て看板もありましたし…」
 何となく、彼はそれ以上聞く気を無くした。やっぱり別次元の話だ。
 ジャスティスは基本的にノンポリだった。
 と言うより、自分自身の中にある「正義」の基準に忠実であろうとした。
 モラルも常識も、所変われば物変わる、のだ。あちこちの場所を飛び回っていると、そう思わざるを得ない。だから、それはそれとして客観的に見るために、自分自身の「正義」の基準が必要だったのだ。
 もっとも、その基準そのものは、誰にも口にしたことはない。口にしたところで仕方が無い、と思っている。自分一人が知っていればいいことなのだ。
 大切なことは、自分の中で決めなくてはならない。人に指示されるのでもなく、状況に流されるのでもなく、ただ現在の状況を見て、最善の方法を。もしくは自分が納得行く方法を。
「…まあ当面の問題は、この先どう進むか、だな」
 はい、とバーディはうなづく。
「装備をもっとしてくれば良かった、などと言っても始まらん。どうせして来ていたとしても、あのザマじゃ、持ってきた装備も全部イカレたな」
「そうですね。…せめて、水タンクだけでも生きていれば良かったんですが」
「おまけに磁石も時間もきかん…地図はあっても、戻るにも戻れない、か」
「所長は、どうなさいますか?」
「お前はどうしたいんだ?」
「私は、もちろん進みたいです」
 この女は、そう言うだろう。彼の思った通りだった。
「ここまで来てしまったし、妨害ももう受けてしまってるんです。まだ生きてるだけ上等でしょう? だったら毒食わば皿までです!」
「無謀な奴だな」
「生まれつきです」
「じゃあ、意見は合った様だな」
 彼はにやり、と笑うと立ち上がった。





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最終更新日  2006.08.17 21:19:50
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