炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

2017.12.26
XML
カテゴリ: スワップド列島
「……おい」

 何ですか、と彼女は夫に問い返した。

「何回時計見てるんだよ」
「え?」

 気付いていなかったのか、と夫は呆れた顔でノートパソコンを一度セーブさせた。
 理由はわかっている。今日の夜帰ってくるはずの娘のことだ。

「……だって、天気が悪いからって便が遅れるって連絡があったきりですよ…… いつになるか、全然言ってこないじゃないですか」

 だからあの先生は嫌なんだ、とばかりに彼女はスマホを手にとる。まるで反応が無い。

「仕方ないだろ、天気なんだから」

 高校二年の彼等の娘は、北海道へ修学旅行中だった。

「昔と違って期間も長いし…… 心配にしちゃ悪い?」
「いや、心配は心配だけど」

 天気に当たっても仕方ない、と思うばかりだった。

「けど」

 彼は再びパソコンに向き直る。気象庁のサイトを開く。雲がさほどにかかっている訳でも低気圧の様子も無い。天候にしては。

「だいたい今日帰ってくるからって、あなたも早く帰ってきてるんじゃないの」

 そうやって、と仕事の書類を指す。実際そうだった。一人娘が一週間居なかったのだ。普段なら会社でそのまま長々と続けてしまう作業も、わざわざ家に持ち帰っている。そんなことは滅多にないというのに。

 と。

「何」

 嫌な音、だ。

 彼らの持つ端末という端末が、音を立てていた。 
 いや、外からも、次第に音が響いてくる。この音は。

「あなた」

 アラートだ。

「……落ち着け」

 この音の時は。回数は。
 夜だ。カーテンは閉まっている。だったらまずは。

「こっちだ」

 彼等は手早く端末とパソコンを持ち、マンションの、寝室の方へと移動した。内扉を閉じる。これでとりあえず窓の無い状態だ。
 ベッドに座ると、彼女は早速何やら自分の端末を操作しだす。娘宛なのか。

「今は電波が混雑しないか?」
「そんなこと言ったって」

 案の定、かからないみたいだった。彼はその間に、ネットで情報を拾おうとし―――
 ずん、と。

「……揺れた」
「揺れたわね!」

 やだ、と彼女は夫の肩を掴む。

「落ちた…… か何か?」
「……」

 彼はSNSを開く。タイムラインにあったのは、同じような思いだった。

〈や〉
〈今ゆれたよな〉
〈響いた〉
〈何あったの〉

 時刻はほぼ同じ。数秒の差。
 別窓で気象庁のサイト。数分。何度か更新を繰り返す。その間にもタイムラインは刻々と不安そうな言葉を流していく。

〈サイレン鳴ったよな〉
〈テレビ点くよ〉
〈偏向報道してるんじゃねえよな〉
〈嫌だな〉

 そっと彼は扉を開ける。格別光も何も無い。そのままゆっくりと先ほどまで居た部屋へと向い、テレビをつける。何処の局だろうか、何やら報道局らしい。さざわついているのだが、何やらそこからアナウンスする模様もない。
 NHKに変える。

「出ない!」

 妻の声が響く。

「どうしたんだよ」
「……おかしい」

 手には端末が握られている。

「何がおかしいって」

 示されているナンバーは、娘のもの。だが。

『おかけになった番号は、現在使われて……』

 再び掛ける。

『おかけに……』

 再び。

『おかけに……』
「駄目。さっきから私も十回やったのよ」
「回線がパンクしてるんじゃないか?」
「うちにもかけたのよ」

 同じ県内に住む親の元へと。だがそれはかかったのだという。

「学校のほうには」
「掛かったけれど、そっちも何か焦っているようで」

 何が起こっているんだ。
 彼は思った。

 秋のことだった。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.12.26 22:49:39
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: