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【左側の顔面痙攣 エピソード216】12/28(月)また「峠」という不安に着実に襲われつつあることを認めざるを得ない。もう逃げることはできないのか。はて、どうしたものか…。向き合うのが怖い。今週はちょっと食べ過ぎた。食欲が止まらない。蓄える季節が到来した。一歩進んで二歩下がる、だな。12/29(火)陽射しが暖かい。幸せを感じる。木々たちも喜んでいる。買ってからまだ1ヶ月も使っていないボールペンを溝に落としてしまう。そこに見えているのに、これはどう考えても取れない。あゝ。悲しいという言葉しか出て来ず…。12/30(水)年末でみんな忙しいのね。私は別に、そんなことない。みんなスーツケースをゴロゴロ。私は地味に愛用しているつげ櫛を掃除する。12/31(木)のんびりと地元をお散歩してから喫茶店へ行く。ここ地元では数店舗展開している老舗で、断トツおいしいコーヒー店。こういうお店は私にとってありがたい。連日テレビも見ないので世間がどうなっているのかわかりませんが、今年も終わりが訪れるようですね。今年も一年ありがとうございました。また明日お目にかかりましょう(笑)よいお年をお迎えくださいね。
2015/12/31
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自分治療「心」のお話私、心が荒んでいました。俗に言うキレるではなく、底のない沼に引きずり込まれる方です。幼い頃から感情の浮き沈みが激しかったし、うつで2年間引きこもった経験があるのだから、おそらく私はもともとそういう素質を持っていたのだと思いますが、アトピーがひどかったのと過度の自殺願望がそうさせていたようにも感じます。並々ならぬ死への興味関心。私をこの世に産み落とした母親と、生まれてきた自分自身への憎しみ。明らかに心の病を抱えていましたね。自律神経がおかしくなったのが先か、心の病になったのが先か、今となってはもうどうでもいいですが、とにかくいわゆる不定愁訴に身体中ががんじがらめにされて身動きが取れず、またそれが心に悪影響を及ぼして体調が悪いことが当たり前になり、もう根本的な原因など見つけ出すことなんて困難でした。いえ、今でも正直何が根本的原因だったのかわかりません。遺伝や持って生まれた体質も大いに影響しているとは思います。満員電車やエレベーターなどは一種の閉所恐怖症でパニックになるし、極度の不安感に苛まれるし、緊張の度合いも半端ではないし、滝のような汗は心底苦痛で、この汗がますます私を自律神経失調症へと加速させていきました。(この感情の起伏がピアノを弾くにはうってつけでしたが。)MSを発病している訳だし、生まれ持った神経自体にももともとそういう要素があったのでしょうね。今も続く左側の片側(へんそく)顔面痙攣もきっとそうなのです。これはもう体質だから受け入れるしかありません。だけど、そうは言ってもある程度は良くできるはずだと自分に言い聞かせ、自分治療に励み続けてきた結果、今は自律神経失調症の症状は出なくなりました。とにかく、度々このブログに綴っているように生活全般をがらりと変えたのです。服や下着など着るものから、部屋の環境や持ち物、食べ物に至るまでほぼすべて。今までとは真逆にしたと言っても過言ではないと思います。そして何と言っても本との出会いが大きかったです。本が私を変えてくれました。どんな自分でもまずは自分が自分を受け入れて認めてあげること。これはとてもとても難しいことですが、だけど一番の治療なのではないでしょうか。そして、このブログの存在も大きいです。たとえ読んでくださる方がいなくなっても、それでいいと思っています。そりゃあ読んでくださる方がいた方が書きがいがありますけれど。他人へではなく、自分の心に目を向けて、ただ内面と会話をし続けるのです。心が何に不満を感じ怯えていて、今何を欲しているのか、頭で淡々と理解できるようになりました。たった少しの文章でも毎日書いていると結構な文章量になります。とにかく、私は圧倒的に書くことが好きなのですね。この日課が自分治療になっているようです。それと、もう閉店してしまいましたが、おねえさんのカフェはそんな闇を彷徨う私をそっと応援してくれていました。絶妙なタイミングで私の人生における一瞬間に存在してくれたと、心の底からおねえさんに感謝しています。今、心は穏やかです。だから、もうピアノは弾けません。ピアノを辞めたことも必然だったと今は感じています。日々理不尽なこともあるけれど、将来どんな人間になりたいのか、どういう暮らし方がしたいのか、先を見据えてはっきりと思い描けるようになりました。これって、簡単なようですが、明日にでも死にたいと思っていた私には実はすごいことなのです。自分の命も、途中で無理矢理終えることなく、寿命まできちんとまっとうする覚悟でいます。決して長生きがしたいという意味ではありません。延命治療も希望しません。私自身が生まれ持った命そのものを、そのままの状態で自然に終えられるまで生き抜く、という固い意思です。そう思えるようになった自分がここに在ることに、感謝します。
2015/12/30
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第五十回「私、社会復帰できますか?」暑さで急に何もかもがどうでもよくなり、頭がぼーっとする。もう、私、社会復帰できなくていいや。このままでいいや。(2015.7.11. 17:30)
2015/12/29
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第四十九回「私、社会復帰できますか?」電車で隣に座った女性二人が、「一日8時間、一年365日、ううん定年まで企業に縛られてるなんて、絶対いや」と言った。妹は、それがステイタスであり、「安心」。私は、もちろん女性たちと同意見。(2015.7.11. 10:30)
2015/12/28
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【左側の顔面痙攣 エピソード215】12/24(木)ぬるい気温の一日。これが年末の気温とは思えない。もうすぐ図書館が休みに入るから、いろいろと借りておく。それにしても、街ゆくみなさんは大荷物。きっとクリスマスプレゼントなのね。私にはクリスマスなんて縁遠いわ。春物がもう店頭に出ているけど、どういうことかしら…?12/25(金)満月久しぶりに美術館へ。年内美術館納め。今年もたくさん行きました。来年もたくさん行きます。(年始から始まるチケットも既に2枚確保済み♪)12/26(土)母が「行きたくない」と愚痴をこぼしながらもんもん邸へお世話係に行く。おそらく旦那さんが忘年会なのでしょう…。また小説の世界にのめり込み始めたらしい。12/27(日)それにしても、今年は穏やかな一年だった。年始にストレス性胃炎になってしまい、「峠」では若干精神不安定になったけれど、それ以外は極めて落ち着いていて、左側の片側(へんそく)顔面痙攣もほぼ止まった。いろいろなことがゆっくりだけど一段一段階段を昇っていることは実感していて、やっぱり今の私は次のステージに差し掛かりつつある時だと思っている。今月、MSを発病して8年半が過ぎた。10年を見据えての自分治療。見違えるほどに変わった私の身体。ただ、何事も変わる時が大変なのだ。ここさえ乗り越えられれば、また次のステージに歩を進められるはず。もうひと踏ん張り。今年は発病してから心身共に一番凪いだ一年だった。
2015/12/27
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自分治療「五感」のお話私は無音の空間が大好きです。ピアノを弾いていた癖に、音楽を聞くことはあまり好きではありません。どうしても耳が音を追ってしまって、疲れて仕方ないのです。BGMは「自然」に限りますね。鳥さんがチーチー鳴いたり、蛙さんがケロケロ鳴いたり、風がピューっと吹いたり、篠突く雨音も決して嫌いではありません。飛行機が頭上を飛んだとか、車のブレーキの音とか、人の話し声とか、赤ちゃんの鳴き声とか、今この瞬間に生きているんだなと実感できます。だから、テレビもほとんど見ませんよ。もちろん自室は無臭です。アロマなど良いものもたくさんあるかと思いますが、やっぱり気分が悪くなってくるんですよね。我が家で唯一の匂いと言えば、仏壇の御線香の匂いだけです。御線香の匂いは心を鎮めてくれますが、やっぱり長時間嗅ぎ続けることはできないので、母が朝晩2回読経する時だけで十分のようです。是非とも、五感が喜ぶことをしてあげてください。
2015/12/26
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自分治療「五感」のお話言うまでもなく、口から入る食べ物は大事です。服など、肌で感じるものにも気を遣いたいです。では、知らず知らずの内に入ってきてしまうものはどうでしょう。今日は五感のお話です。例えば電気屋さんへ行った場合。私は、あまりに光り輝く照明は目がチカチカして、すぐに頭がクラクラして吐き気を催します。目を開けていることさえしんどくなり、その場にいられない状態になります。その色も青系の寒色系のものが特に辛いので、自室の照明は赤味を帯びた暖色系の灯りにしています。トーンもなるべく落として少々暗めの部屋に。また、インテリアなどはどうでしょう。百円均一のものやプラスチックのオンパレードは避けたいものです。少し話は逸れますが、以前ある写真展を観に行ったのです。そこには、確か東南アジアの国の男の子だったか、とにかく若い男の子がこちらを向いて直立して写っていました。でも、なぜか全身は赤い塗料まみれ。その男の子は、来る日も来る日も、先進国へ送られるクリスマスの赤い塗料を商品にスプレーで吹き付ける仕事をしているというのです。マスクをしていましたが、もちろんマスクまでもが血の色をしていて、髪の毛も赤く染めたようでした。まだ若いこの中学生ぐらいの男の子は、いずれ何かの病気を患うことでしょう。とても印象的な写真だったので、今でも目に焼き付いていて離れません。決して高価なものを揃えたインテリアにするという意味ではないのです。やっぱり、木などの天然の素材のものがいいのではないでしょうか。毎日寝起きする自室です。身体に優しい環境でありたいです。次回へ続きます。
2015/12/25
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自分治療「持ち物」のお話財布。本を一冊。メモとボールペン。スマホ。水筒に入れた熱いお茶。手鏡。鍵。ハンドタオルとリネンのハンカチ。夏は日傘を持つ時と持たない時と。私の外出の持ち物は至って少ないです。これらを大きなリュックに入れて歩いています。中でも必需品は、お茶とメモとペンとスマホでしょうか。まめに水分補給をしたいので、お茶は夏だけでなく年中持ち歩いています。何か書き留めたい時のためにメモとペンは必須。私はカメラを持っていないので、スマホは私にとってカメラです。クレジットカードは一枚にまとめました。ポイントカードなどのカード類も不必要な登録はせずに、よく考えて登録するようにしています。今、ポイントカードって溢れに溢れていますよね。結局使わないし貯まらないし、財布だけがどんどん膨れ上がっていって、これこそ無駄だと思います。また、私の持っている財布は手のひらサイズでさほど入らないので、むしろ良かったようです。買い物はほとんどしなくなりましたが、何かを買った時は袋はいりませんと言ってリュックに直接入れます。リュックに入れるにはちょっとというものは、あらかじめ持参しておいたエコバッグに入れるようにしています。そして、なるべく物は長く愛用したいと思っているので、ブックカバーと財布は革のものを使っていて、お店で修理してもらえることを前提に日々大切に使っていますよ。使えば使うほどだんだんと味が出てきて、ますます大切に使いたいと思わせてくれます。持ち物は、必要最低限のものだけで十分事足りると思います。
2015/12/24
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【左側の顔面痙攣 エピソード214】12/20(日)精神的にピリピリしていたが、落ち着いてくる。やっぱり私には無謀な挑戦だったのだと思う。いや、甘く見過ぎていたのだ。厚かましかったのだ。ほとほと思い知った。身の程知らず。地元のショッピングモールは賑わっている。年末の慌ただしさがどっと押し寄せている感じ、というものをこの年末初めて体験する。福引きのガラガラが私には異様に映る。12/21(月)雨だ、寒し。「峠」はとても落ち着いた。私はうさぎじゃなくて、カメ。これをすっかり忘れていた。12/22(火)冬至かぼちゃを食べる。「峠」を中断して大正解。気持ちがなんて穏やかなのだろう。ということで、久しぶりにカフェへ行ってもりもり食べる。デザートにケーキも注文する。おいしかった。みーんな某メーカーの超軽量ダウンコートを着ている。黄緑色が人気というところか。夫婦ペアルックを何組見たことか。世間に流された方が生きやすいんだろうな。12/23(水)今年は年末年始だから病むという訳ではなかったらしい。ただただ「峠」のタイミングが悪かった。それにしても、中断したとは言え、私は少しぐらい前進したのだろうか?いや、大きく前進したと思う。この私が、あっぱれだと思う。(「峠」日記の下書きを書いていたら、過酷な日々が思い出されて気分が悪くなる。それほど過酷だったということらしい。)年賀状投函完了。これでよし。年が越せる。
2015/12/23
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どんな卵も期が熟してはじめてひなになる「あなたの人生は未来にあるんだから」「あんたはどこにでもいるような男だけどあたしにはあんたがすべてなのよ」「大地は恋をしている娘みたいなものだ。種をまかれるのを待っている」「死に安らぐものは土の一部となる。雲が空の一部であるように」「女たちが食料のびんづめをしているキッチンには近づくな」「人間はだれでもまちがいをおかすことがある」「許す心は、消毒したり糸で縫うよりもずっと傷をいやしてくれる」「血のつながった人たちが近くにいると感じることができれば、どこであれ、そこがふるさとだ。土地や林やきれいな家具とは関係ない。おまえたちは人間だ、木じゃない。いや、カシの木だって土に深く根をおろすが、リスに運ばれたどんぐりが芽を出し、一キロも離れところで大きく育つこともあるじゃないか」「豊かさはお金なんかじゃない」「慣れ親しんだ物は、多かれ少なかれ、体や心のように、自分の一部になってしまう」「今日いちにち生きられたから、明日もなんとか生きてみよう」「劣等感はまったくくだらない感情です。こんなもの捨てるにこしたことはない」「一瞬一瞬は、夢のように過ぎ去りながら、でも、その夢の足跡は確かな道になっていき、ぼくの人生になっている」
2015/12/22
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自分治療「服」のお話ゆったりと締めつけのない服を着ています。素材は綿や毛や麻などの天然素材のものを。冬物の服などは耐久性や保温性や価格の面から見て少し難しいですが、なるべく天然素材100%に近いものを身につけるようになりました。肌が素直に気持ち良い、心地良いと感じるものは結局天然素材だったようです。実は、服を2年間ほど買わなかった時期がありました。それは、お散歩に行くだけだからいつも同じ服でいいし、今持っている服で十分だと思ったからです。そして、前回ご紹介したオーガニックコットンの下着だけを買い足し、その間、今後どこのメーカーの服を着たいか、どんな服を買おうかと探しに出たりして模索期間としました。お散歩も兼ねて、意外と楽しい期間だったように思います。その結果、肌触りが極めて優しい天然素材の服へと行き着いた訳です。デザインは限りなくシンプルなものを。あれこれ色や柄が付いたものは自然といらなくなり、たぶん部屋のシンプルさとも共通するのだと思いますが、とにかくシンプルで無地で無難なものが私には落ち着くのです。もう流行なんて言葉とは久しく無縁になりました。今なんとなく感じることは、内面が良くも悪くもありのままの自分を受け入れ、世間にも流されないような確立された心を持ち合わせるようになってくると、心が自然と満たされてくるため、外面が次々とそぎ落とされていって極めてシンプルになってくるのかもしれないなということです。もともとゴテゴテとした服装は好みではありませんでしたが、おそらくみなさんのご想像通りだと思います。つまり、この「ブログ」のような服装だということですよ。また、服はくたびれてきたら部屋用や寝巻きにしてとことん着ます。寝巻きとしてはわざわざ買いません。衣替えの時には、季節が巡るまで愛情を込めて丁寧にお手入れをしてから仕舞うようにしています。自分が着ていて気持ち良いかどうかが一番です。無条件に肌が喜ぶ服を着てあげてください。
2015/12/21
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自分治療「下着」のお話オーガニックコットン100%の下着を身につけています。オーガニックコットンとは、3年以上農薬や化学肥料を使わないで栽培された綿花のことです。今振り返ると、下着を見直そうと思ったのが自分治療のそもそものきっかけだったかもしれません。発病して間もない頃、毎日家で寝ているだけなのに私はなんて締めつけのきつい下着を着ているんだろうと疑問に思ったからでした。そこから締めつけの少ない下着に変え、いつしか素材が綿となり、さらにオーガニックコットンへと移り変わっていきました。特に女性の下着は化学繊維のオンパレードですが、化学繊維は石油から作られるため、汗などの老廃物が外へ出ていかないそうなのです。蒸れることにも繋がり、肌にとっても良くありません。下着特有の締めつけも血行が悪くなってしまいますしね。それに比べて、オーガニックコットンは本当に気持ちが良いです。ふわふわの綿毛に包み込まれているようで、この気持ち良さを一度体感してしまうと化学繊維の下着など絶対に着られません。ただ、肌に直接触れるものは、本当は絹が一番良いそうです。今はオーガニックコットンですが、いずれは絹の下着にしようかなと考えています。さて、この下着の洗濯ですが、オーガニックコットンは化学繊維のように耐久性が良い訳ではないので、洗濯機で回さずに手洗いが良いそうです。私は、ありがたいことに毎日夜お風呂に入る時にショーツを手洗いする習慣があったので、毎日ささっとアレッポの石鹸で手洗いしています。少し話は逸れますが、洗濯は母の管轄です。洗剤などはそこらのスーパーで売っているようなもの。本当は洗剤にも気を配りたいけれど、そこは母に感謝して頼っています。せめて一番デリケートな部分に触れる下着だけは天然の洗剤を使いたいと思っていたので、ショーツを手洗いし続けていた習慣は私にとって一石二鳥でした。肌に直接触れる下着、自分の体の一部にもなり得る下着、是非、化学繊維ではないものをお勧めします。
2015/12/20
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【左側の顔面痙攣 エピソード213】12/19(土)私の意志が弱かったのか。焦り過ぎたのか。今はまだ時期尚早だったのか。限界に達した。いや、とうに限界を超えていた。もう十分だろう。これだけがんばれたということにしよう。それにしても、疲れた。今日はやっと眠れるだろうか。「峠」があまりにも壮絶過酷すぎて精神的にこれ以上は無理だと判断したため、中断することにしました。心の健康を優先します。パートナーへ、八つ当たりしてごめんなさい。
2015/12/19
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【左側の顔面痙攣 エピソード212】12/15(火)お隣のお父さん。完全なる車生活だから、ビールっ腹が止まることを知らない。ちょっとは運動した方がいいと思う。そう言えば、うっかりしていた。左側の片側(へんそく)顔面痙攣がとうに1年半を越していたらしい。もうほとんど感じないけれども。「峠」を方向転換させる。少しは精神的に楽になるだろうか。12/16(水)「峠」を良い方へ方向転換させたつもりだったのに、一夜にして猛烈に悪化の途を辿ったため、即中止する。これはダメだ!というか、「これ」がもうダメなのだという事実!今まで信じて疑わなかったのに!そうか、この事実が知れてよかった。辛い中にも良いことが隠れているものだ。もんたともんじに絵本を送ったおまけに、アンパンマンの絆創膏をこっそり入れておいたのだけど、もんじがけがもしていないのに貼ってと言うそう(笑)子どもって、シールとか、貼ったり剥がしたりするものが好きですよね。うん、わかるよ、もんじ。絵本も気に入ってくれたようです。2歳なのでそろそろ言葉遊びもいいかと思い、しりとりの絵本を選んだのだけど、これがもんもんのツボにはまったらしく、二人して大爆笑だそう!もんもん、おばさんはね、大きくなった時に、そういやこの絵本読んだなぁと思い出してくれる程度でいいと思っているんだけど、素直にうれしいよ。12/17(木)昨日の夜、縋るように三日月に願い事をする。12/18(金)悪化していた「峠」が落ち着いてきた。ホッと一安心…よかった…。
2015/12/18
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自分治療「女性」のお話(必要のない方はスルーしてくださいね。)真っ先に始めた自分治療。それは、月経期に紙ナプキンから布ナプキンに変えたことでした。これは、声を大にして紹介したいと思います。布ナプキンとは、その名の通り布でできたナプキンです。だから、使い捨てではなく洗濯して何回も使うので、下着と同じ扱い方になります。女性なら誰しも月経期の不快は経験されているのではないでしょうか。蒸れやかゆみ、特に夏は汗もかくので辛いですよね。私が布ナプキンを始めようと思ったのも、あまりに皮膚が荒れ過ぎたからです。アトピーは皮膚の弱いところに出ます。それはそれはひどかったのです。とは言え、布ナプキンは「布」なので、紙とは違って最初は漏れが心配です。おそらくみなさんがまず尻込みしてしまう原因はこれだと思われます。そして、下着のように何回も使うということは、自分で洗濯をしなければならないということ。ここの辺りが、紙から布に変えたくてもなかなか変えられない理由だと想像します。さすがに私も急に月経期全日を布ナプキンに変える勇気はなく、まずは最終日だけ、次は最後の2日間、という風な方法で徐々に切り替えていき、ここ5年ほどは完全に布ナプキンのみです。布ナプキンを自分で洗うことはさほど苦ではありませんでした。私は夜にお風呂に入るのですが、その時にささっとアレッポの石鹸で手洗いします。きれいに落ちますよ。少し余談ですが、日々のショーツもお風呂に入る時にアレッポで手洗いしています。それは、初潮を迎えた時の母からの教えでした。「自分の汚れものは自分で洗いなさい。」だから、初潮を迎えた時から今現在まで、私も妹も、その日のショーツはその日の入浴時に洗い続いています。死ぬまでこの習慣は続くことでしょう。さて、布ナプキンに変えて、良いことづくめでした。マイナス面は何一つ思い浮かびません。まず、何よりも布なので肌荒れが劇的に良くなりました。通気性が良いせいか蒸れも軽減され、もうアトピーの私にとってはこんなにうれしいことはありません。さらに当たり前ですが、布だからとてもとても温かいのです。少し分厚めのショーツを履いている感じでしょうか。市販の紙ナプキンは化学物質です。いわゆる「不定愁訴」と呼ばれる原因ももしかしたらここにあるかもしれません。女性は男性に比べて一番デリケートな部分から化学物質を体内に取り込んでしまう確率がかなり高いことと、何より化学物質は体を冷やしてしまう成分が含まれているからです。女性にとって冷えは大敵です。(冷えを防ぐために日常的に薄い布ナプキンを使っている方もいるそうです。)それから、自分で洗濯するという行為は一見面倒に思われがちですが、自分で自分の状態を把握できるようになり、今回は良い月経だなとか、今回はちょっと体調がいまいちなのかななど、わかるようになりました。自分の体は自分にしかわかりません。自分の体の状態には常に敏感であり、十分に労ってあげることが大切だと思います。以前の私は、自律神経がおかしかったので月経期とその前後もここには書けないほどの体調の悪さでした。寝込んで家から出られないこともあったし、嘔吐したこともあったし、フラフラになって道に座り込んだこともあります。でも、そうやって月経期を過ごしていたら、いつの間にかひどかった月経不順がほぼ整い、生理痛や数え切れないほど抱えていたPMS(月経前症候群)もほぼ感じなくなっていきました。いえ、まだ多少はありますが、それはむしろ月経期には自然に起こるはずの症状だと思っています。今から思えば、よくあんなに体調の悪いまま生活できていたなと感心しますね。また、そもそも布ナプキンというものは、多量のゴミを減らそうという試みから広まったものだと記憶しています。確かに月経期のゴミの量は半端ないですよね。しかも、極めて不潔です。でも、布ナプキンに変えると不潔などという言葉からは無縁になります。だって、下着と同じ扱いになるのですから。月経期は女性にとって不愉快なものですが、決して避けて通ることはできません。だったら、少しでも心地良く過ごしたいものです。紙から布に変えるだけで不快指数が低くなり、むしろ月経期を「体が大掃除されてきれいになる期間」だと考えられるようにもなりました。完璧にはできませんが、月経血コントロールにも取り組んでいますよ。まずは、精神的にゆったりと余裕がある時、そしてさほど難しくない最終日だけからスタートされることをお勧めします。洗うのも洗いやすいですしね。そして徐々に布ナプキンの日数を増やしていくと無理なく布ナプキンにシフトできると思います。一度布ナプキンの気持ち良さを体感したら、もう紙には戻れませんよ。もしどうしても心配なら、紙ナプキンの上に布ナプキンを乗せて二重にしてみるのもいいかもしれません。最近は大きさや形もいろいろあるし、専門店もあったりして、かわいい花柄の汚れが目立ちにくいものも多数売られています。布ナプキンを手作りする本も出ているので、お気に入りの布で手作りしてみるのもいいと思います。因みに私は、メイドインアースやプリスティンのものを愛用しています。オーガニックコットンだから、より快適な月経期を過ごすことができています。女性のみなさん、是非。
2015/12/17
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あゝアキヲ最近アキヲにちょくちょく会う。アキヲは小心者だからいつも隠れるのだけど、もっさり木が繁ったアキヲのお気に入りの隠れ場所が人間によってお手入れされたため、こんな溝に隠れるようになってしまった。でも…、アキヲ、全部見えてるんだけど(笑)
2015/12/16
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道理にいきつく「水の属性といえば、何よりもまず、流れるということがあります」「一粒の砂のうちにも宇宙を見る」「「ひとりで立っている」という姿勢には、それが鳥であれ、人であれ、見る者を撃つ力があるのかもしれない」「空はいつみてもいいもんだ。きっと天に召されていくのもすばらしい気持ちだろうな」「木は人間を三回温めてくれるんだ。一回目は木を切るとき、二回目はそれを引っぱるとき、そして三回目は燃やすときだ」「大人ってのは、いつだって、全く自分たちの言う通りと思うものなんだ」「健康はすべて主にあり、主はまたわれらの中にあり!」「時はゆく。そして、僕らをしぼませる。だが、事実なにも変りはしないのだ。あいかわらずの僕らなのだ。何一つとして変らなかった。しいて言ったら、元気がなくなって、年をとった気持がするだけ」「おそれるところは、生活が、心や感覚を硬化させてしまうことだ」「ひづめがかたい馬は心もかたい」「◯はわしにとってかけがえのない女房だ。まあ、わしがあいつにしてやれることといったら、こんな気持ちを隠しておくことぐらいしかないんだろうなって」「大人になるということは、やらねばならないことをやる、ということなんだ」「人間、すっかり気が滅入ってるときには、考えることさえできない」「感謝の心こそ、主をたたえる最も高らかな歌の調べである」
2015/12/15
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【左側の顔面痙攣 エピソード211】12/12(土)図書館で本を予約する時は、読みたい!と意気込んで予約するけど、いざ3ヶ月ぐらい経ってからようやく順番が回ってくると、あながちそうでもない。今日は消しゴムを掘ってはんこにして年賀状を作成する。って言っても、たった10枚だけだけど。「峠」はおそらく今3度目の頂上を迸っている最中。そろそろ精神的に疲れてきている。私、がんばれるのだろうか。明日は歩きに行こう。12/13(日)ひったくりの被害に遭ったらしい男性の元に6人もの警官がぞろぞろと自転車で駆けつける場面に出くわし、道のど真ん中に寝っ転がって泣きわめいている子どもがいて、そのお母さんを横目でちらりと見、近所の調剤薬局がピンク色のソファーまで外に放り出してここぞとばかりに清掃しているのを見る。少々刺激の多いお散歩になる。そうそう、昨日整理している時に楽譜をパラパラめくっていたら、なんとお月謝が挟まっていた!しかも現金が入ったまま!おそらく、どこに挟んだか探されぬまま15年ぐらいの月日が流れていたらしい。思わぬ臨時収入?だった(笑)一段と物が減りました。自分が納得する量になるまで、一回目、二回目、と段階を踏むのかもしれません。でも、もう少し減らしたいです。楽譜も少しずつ整理し始めています。大学入学が2000年。そろそろ自分の中でケリをつけたいです。12/14(月)そうか、もう後半月で今年が終わるのか。今年はまったく年末へ向かっているという感じがしない。ということは、クリスマスとお正月が近づいている訳だ…。大嫌いな年末年始だけど、今年は「峠」でそれどころではない。ということで、乗り遅れないようにもんたともんじにプレゼントの絵本を郵送する。まずは駅前の郵便局へ。一旦家へ戻り、次は先日整理した本を古本屋さんへ持って行くことにする。リュックに詰めて、手提げ袋にも詰めて、肩に掛ける。お、重い。手提げ袋を右肩に左肩にと何度も掛け変えながらてくてく30分歩く。日差しが結構暑い。年に数回車があったらと思う時があるけど、まさに今日であった。ところで、この古本屋さんは「適正な」古本屋さんだと思う。こちらで3店舗展開していているのだが(内1店舗は繁華街の普通の本屋さん、2店舗が古本屋さん)、老舗でおじさんの散歩コースになっている。HPもちゃんと運営されていてオンラインでも買えるし、家まで出張買取にも来てくれるし、よくある古本屋さんの本が無造作にうずたかく積まれた少しカビっぽい店内風景ではなく、分類と整理整頓が行き届いていてとても清潔、そしていわゆる専門書が豊富だ。おそらく誰が行ってもそれなりに刺激される本が見つかると思う。価格も儲け主義の某チェーン店などとは違い、売る人にも買う人にも本当に適正だと思う。そして、働いている方々がいい。みなさん一様にめがねで、きっと本の虫に違いない。決まって接客は得意そうには見えず、絶対目を合わさないし、いつも恥ずかしげにうつむき加減。でもそこが私は大好き。
2015/12/14
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自分治療「保湿」のお話乾燥する季節です。私の保湿剤は、「水道水」と「白色ワセリン」です。まず、シャワーを浴びた後のように水道水で肌を濡らし、その上からワセリンを塗ります。水道水とワセリンとが一緒くたになって塗るのがポイント。ワセリンは肌に擦り込むように塗るのではなく、さーっと撫でるように塗るのが良いです。(さらにステロイドを塗る時はこの上へ。)また、肩から手首へ、という塗り方ではなくて、手首を一周、お腹を一周、足首を一周、という具合に地面と平行に塗る方が保湿の効果が上がります。ワセリンとは、天然の保湿剤です。皮膚の中まで浸透するものではなく、皮膚を保護するものです。オリーブオイルでもいいのですが、私の場合最上級の乾燥肌なので、オリーブオイルでは追っつかず、ワセリンにしました。高価なものは一切使っていませんよ。
2015/12/13
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自分治療「眠り」のお話ごろんごろんと寝返りを打ち続け、早3時間…。新聞配達も終わったらしい…。さて、そろそろ眠れるだろうか…。発病前からお布団に入ってもなかなか寝付くことができず、もちろん発病後も、延々と寝返りを繰り返してようやく朝方眠りに就くような毎日でした。ですが、最近は本当によーくよーく眠れます。あーよく寝た、と思ってふと目が覚めたら新聞配達の音を聞く、という感じ。とにかく深い眠りに就けているという感覚があって、朝から頭がすっきりしています。頭痛がすることもなくなりました。大体8時間ほどは寝ているでしょうか。やっと今になって睡眠も整ったように思います。ただ、そのための準備は日々怠ることなく。まず、お散歩することです。歩けなかったのでリハビリのつもりで始めたお散歩でしたが、今は私にとってお散歩すること自体が趣味となり、暮らしに欠かせないものとなりました。全身運動だから体がぽかぽかして、血液の流れが良くなるし、ほどよい疲労感ですっと寝入ることができます。コーヒーは神経が高ぶるので、飲む時はお昼頃までに。寝る前にはゆっくり半身浴をして、体の芯を温めます。お風呂から上がったら本は読まずに神経を鎮めるようにして、自ら眠りへと導くようにします。いよいよお布団へ。部屋は真っ暗にし、ご紹介済みのストレッチやツボ押しなどを少ししてから深呼吸をします。すると、すーっと海の底へ沈むような眠りが訪れ、私の一日が終わりを告げます。お昼寝をすることもよくあって、身体が眠りを欲しているらしいから寝ておこうか、という解釈で十分過ぎる睡眠を取るようにしています。お昼寝をしたから夜眠れない、なんてことはほとんどありません。MSは特に眠ることが良いらしいですしね。また、冬は乾燥するので、就寝中マスクをしてのどを保護することもあります。とは言え、これは日々のんびり過ごしている私だからできることだと思います。ほんの僅かな時間でも、体を横たえて目を閉じるだけで7割の疲れが取れるらしいので、意識して身体を休めてあげてください。上質な睡眠なくして自分治療を語ることはできません。
2015/12/12
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【左側の顔面痙攣 エピソード210】12/11(金)新月主治医とは長いお付き合いになるだろう。私の方から歩み寄る努力をしようと思う。今日の気温はおかしい。暖かすぎる。そしてなんとなく頭が重い。母が妹宅へ泊まりに行く。なんでも、お義母さん夫婦がドイツへ旅行中だとか!どうしても本場ドイツでクリスマスマーケットを味わいたかったのですって。お義父さんは定年されたばかりだから、お二人で人生を謳歌されているようですね。いいことだ。さて、昨日病院へ行って疲れたはずなのに、神経は立っていてなかなか眠れず、しかも激しい雨音がそれを助長させ、久しぶりに夜眠れないという状況に陥った。そこでいろいろと考えてみた。先月35歳というキリのいい年齢を迎え…、「峠」も迎え(ごめんない、これについてはいずれ改めて書きます)…、また身体が変化する時が来ている…ように思う。自分治療日記も書いているが、なぜか今自分の中で書こうということになり、これだって一つの区切りだと思う。たぶん、これまでを糧に、リセットし、新たに始まる時が訪れた。それはまた一つ階段を上るということ。そんなことを考えていると、無性に整理整頓がしたくなり、思い立ったら吉日、朝からさっそく取り掛かる。物を処分することは自分の気持ちを大掃除することと同じだと思う。いつしか溜まっていた物たちよ、ありがとうさようなら。すっきり!
2015/12/11
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【左側の顔面痙攣 エピソード209】12/10(木)渋々、嫌々、足を引きずるようにして病院へ。もうため息しか出てこない。前回行ったのは6月だった。私が頑として予防治療はしないと言うものだから、だんだん通院間隔が開くようになっている(苦笑)いえ、それでいいのですけれど。待ち時間なく造影剤を入れた頭部MRIを撮ってもらう。急患などで混み合わない内に早めにさばいておきたいといった様子で、数人がかりでテキパキ至れり尽くせりですぐ終わる。私は人形のように寝ているだけ。毎回思うけど、MRI室で働くみなさんはいつでもすごく優しい。唯一この病院で落ち着く場所かもしれない。ただ、今日の造影剤の注射針は妙にチクリと痛んだ。お茶をごくごく。診察時間まで1時間あったので、院内の某コーヒーチェーン店へと駆け込む。コーヒーと軽い昼食を注文する。この時出たため息は、今まで我慢していた今日の鬱憤をお腹の底から出し切ったため息と、これから主治医に会うからがんばろうという両方の意味のため息だった。決しておいしくはないけど、なんておいしいコーヒーだこと。(私の前にレジに並んでいたおじいちゃん(コーヒー店なのに飲み物は何があるのかと聞く。)は、店員にポイントカードは持っているかと聞かれ、いや、持ってない、診察券に付けてくれ、と言う。なんてユーモアのセンス!若い店員はくそ真面目にできないんですよーと切り返していたけれど、そこは関西人笑い飛ばしてあげるべきだろう。おじいちゃんのおかげでちょっとだけ気持ちが和む。)診察室へ。あゝ、主治医。お久しぶり。「特に変わりはありません」と言う。頭部の画像も明らかな病変は増えていないそう。ホッと胸を撫で下ろす。さて、今日はいつもと違って「ちゃんとした」診察だった。まず、任意だが、ずっとしていなかったので今から血液検査をさせて欲しいと言われる。研究用と、それからあるウィルス検査をしたいらしい。もちろん了承する。血液検査の結果が悪かったらすぐに連絡をするという約束になる。次に、造影剤の話になる。去年あるアメリカ人研究者から論文が発表され、造影剤が体内に残ってしまうとの結果が明かされたらしい。MRI検査そのものが20年そこそこしか歴史がないので、まだ健康被害は報告されていないそうだが、次回からは造影剤を使わない単純画像にすると伝えられる。造影剤を使う時は再発などの緊急時だけ。特に何もないようだから、また半年後の予約になる。そして、今日はびっくりすることがあった。患者はいつも医師の左側から話しかけるように机が配置されているのだが、なんと主治医の左耳に補聴器が付いている!私はこれまで度々え?と聞き返されることや話が通じないことを不審に感じていたので、少し反省する。そうか、主治医は耳が悪かったのか。今日は話が滞ることはなかった。人は見た目ではわからないのだな。血液検査を受ける。6本分(20ml)取られる。今日は左腕に注射針が2本刺さった日だった。会計を済ませ、私の年に数回訪れる大仕事を終える。そそくさと病院を出る。入って出て3時間。1分でも早く後にしたかった。外へ出ると雨が降っていた。それにしても、病院は空気が淀んでいる。ム、という感じ。私はいつも頭部のMRIだから服を着替えなくていいから楽だけど、高齢者は本当に大変だと思う。上着を脱ぐだけでも一苦労なのに、全身着替えなくちゃならないなんて。特に冬は上着やらの手荷物も多くなるし、今日はあいにくの雨予報だから傘も持って、病院からは書類を渡され、てんてこ舞いになって不機嫌にもなるよ、そりゃ。家に帰ったらぐったりだろう、とその身を案じてしまう。いや、寿命が縮まるのじゃないかしら。今日は最大級に行きたくなかったけど、行ってよかったかもしれない。診察も「ちゃんとした」診察だったし、血液検査も受けたし、主治医の耳のことも知れた。胸につっかえていた気持ちがすっきり。しかし、まったく病院という所は英気を吸い取られる場所である。一見豪華ホテルのような外観だけど、ホテルとは似ても似つかない。毎回何しに行っているのだか。この先も行き続ける意味はあるのか?私。いっそ撥ね付けた方が元気になると思う。(でも主治医に診てもらわないと受給者証はもらえない。いっつも葛藤。)我ながら今日もがんばりました。
2015/12/10
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【左側の顔面痙攣 エピソード208】12/6(日)煮魚のほっぺたを食べるのが好き(笑)もんたともんじへのクリスマスとお正月を兼用してのプレゼントが決まる。いつも通り絵本ですよ。今回のテーマは「動物」にしました♪今日はごそごそと家で雑用を。直前で焦るのは嫌だから、年賀状の準備も始めないとね。12/7(月)大雪暖かい大雪ですね。12/8(火)日向ぼっこ日和。川沿いをお散歩していたら、真昼間から社会からあぶれて芝生の上に寝っ転がっている人を何人も見る。私も隣に寝っ転がりたい、と横目で窺いながら通りすぎる。「峠」は、まだ峠へ向かっている最中らしい。どこまで登ればいいのだろうか。12/9(水)明日は久しぶりに病院。いつも通り造影剤の頭部MRIを撮りますよ。今回ほど行きたくないと思うことは今後あるまい。
2015/12/09
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終わりもなければ始まりもない「三十三歳…後世にのこるような仕事をしようと思えば、いよいよ真剣にはじめなければならない時だ!」「人間には、自分の思っている以上のことができるものなんだ!」「憎しみ無用、暴力も無用」「話すということは行動の一部にしかすぎないのだ…だが、行動することができないでいるかぎり、話すだけでもなにかになるのだ…」「全部に筋が通っていないと揚げ足を取られる、そんな風潮の世の中だけれど、矛盾があったら行動しちゃいけないとは思いません」「彼は今、三年このかた、石を一つずつ積み重ね、苦しみや、自負心や、孤独のなかで、われとわが手で築きあげた隠れ家が、一瞬くずれ落ちるのを見せられたような気がした。そうした自分の無力を思うとき、彼は、苦悩と憤激とに息ができなくなってしまった」「だれでもみんなひとりぼっちだ…なんていっても、このことは肯定しなければならないんだ。いつもひとりだ」「ええ、いつでもひとりぼっちなんです」「フリル(なくてもいいもの)ほどよくないものはない。世の中はフリルでいっぱいだ」「農夫の心はウサギの心のようにやさしい。農夫の目は青い。しかし農夫の目はワシのように鋭く人の心を見抜く」「ほほえむのは人間だけじゃない。花だって太陽にほほえみかける」「いや、わしはわしだ。わしらはつましい生き方を選んだ。母さんも伯母さんも、おまえの姉さんたちも、おまえも、わしも。みんな教えのとおりに生活している。俗世間の人間とはちがうから、あれがほしい、これがないと悩むこともない。悲しくなんかないさ。わしは豊かな生き方をしている。貧しいのはむこうのほうだ」「子猫が生まれるのは数えきれないくらいみたけどそのたびに感動するのよね」
2015/12/08
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自分治療「飲み物」のお話私が口にする飲み物といえば、お茶が8割、コーヒーと紅茶が1.5割、白湯と水が0.5割でしょうか。これら以外の飲み物は一切飲みません。お茶は、一年中母が朝茶葉から煮出してお茶を沸かし、それを魔法瓶に入れているので、その魔法瓶からいただきます。外出する時の水筒もこの魔法瓶から熱いお茶を。どこかでカフェへ入ったらコーヒーか紅茶を注文しますが、そこのコーヒーがハンドドリップならコーヒー、ハンドドリップではなかったら紅茶、紅茶専門店なら紅茶、を注文します。ただ、コーヒーがハンドドリップではなかった場合の紅茶は、仕方なく紅茶と言う言い方の方が正しいかもしれません。何かを注文しなければならないのだったら、私にとって一番無難な飲み物は紅茶だからです。ティーパックはやっぱりおいしくないですけれど。だって、甘い飲み物は好きではないし、注文したい飲み物がないんですもの。コーヒーは体を冷やすので一日一杯まで、毎日は飲まないと決めています。また、上質な眠りの準備をするために飲むなら昼頃までに。白湯は朝ごはんに、水は飲食店へ入った時のお冷という意味です。また、一年中なるべく常温以上のものを飲むようにしています。夏でも体を冷やしたくないので、ずっと気を遣っています。と言いながらも、今年の夏は猛暑でついつい冷たいものを摂ってしまったことをとってもとっても反省しているのですが…。まぁ、とにかく、私が飲む飲み物はほとんどが熱いお茶ということですね。
2015/12/07
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自分治療「物」のお話所有物を発病前の7割方処分しました。実は当初は身辺整理のつもりだったのと、妹が家を出ることになったので引っ越しの整理に便乗したというのが正直なところですが、今はもう物に興味がなくなったらしいです。物は少なく、必ず使う物だけを所持し、その物も寿命まできちんと使おうと日々心がけています。例えば、着古した服は小さく切って雑巾として使ってから処分、紙類は裏紙を使うなど、とことん使ってからこそ物の存在価値があると思います。物を大事に使うということは基本中の基本ですね。また、物にも命が宿っていると思うので、扱い方などは丁寧に、お手入れも忘れずに。個人的には、ヨーガン・レールさんの考え方が好きです。それでも物は買い足したり買い換えるものです。何かを買う時は流行に左右されずに自分自身でよーく考え、必要だと思った時に買い足すようにしています。昨今、物の整理がブームで、小分け用の入れ物なんかがあらゆる大きさや形で出回っていますが、そういう物自体が必要ない物だと思うので一切買いません。今家にある物をいかに無駄なく使うかと考えるのが結構好きだったりします。百円均一などの安過ぎる物や雑誌の付録などはゴミへとまっしぐらの極みですね。本当にそれが自分にとって必要なものなのか、冷静に吟味できる思考を持ちたいものです。因みに、気持ちがささくれ立ってどうしても気持ちがむしゃくしゃしてお金が使いたくなった時は、今後必ず使う消耗品を買うことにしています。ストレス発散にもなり、私にとってはそれぐらいがちょうどいいようです。もちろん掃除と整理整頓もしっかりとしています。風通しを良くして、部屋の流れが滞らないように気をつけています。物が多いとそれだけ埃も溜まるし、掃除も大変になるし、良いことはありません。アトピーにも悪いですしね。冬は窓を開けると寒いけど、換気のためと空気を流れさせたいがために敢えて全開にしたりします。また、物に伴って、人間関係も大いに整理整頓されました。余談ですが、今年の流行語大賞候補に「ミニマリスト」という言葉がノミネートされたそうですね。私はこの言葉を初めて聞きましたが、「少ない物で暮らす人」という意味だそうです。トランク一つだけ、のようにあまりに極端に少ない物で暮らすことを望んではいませんが、だけど、私もミニマリストには共感できる気がしました。物にたくさん囲まれていて一体何になるのでしょう。一瞬心は満タンに満たされたとしても、しばらくしたらまた次の物、そしてまた次の物、と果てしなく物欲は繰り返されるのです。結局人は我が身一つなのです。
2015/12/06
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【左側の顔面痙攣 エピソード207】12/2(水)家を出てすぐにアキヲに会う。あら、いい日になる予感だわ。少し山道を登ったところにある大好きな美術館へ。昔の洋館で、とにかく建物が素晴らしい。紅葉もちょうど見頃で、お天気も良く、とても気持ちいいお散歩ができた♪いろいろと充電する。12/3(木)焦りは禁物だとわかってはいるけれど、峠が超えるのはいつなのか、ついつい焦ってしまう。峠を越えて、とは言わないから、せめて兆しだけでも。そろそろ辛い。涙が出てくる。発病後、痙攣に次ぐ人生の峠。否、まだまだ峠に向かっている最中であることを認めるしかなさそうだ。大丈夫、いつかきっとこのブログで試練は乗り越えたとお知らせする。12/4(金)地元の友達から喪中のはがきが届く。「天職」という言葉があるけど、この友達は母親業が天職だとつくづく思う。中学生の頃から母性があって、体も丈夫だし、今3人の子どもを子育て中。喪中のはがきなどという私の日々の役目に引っかかりもしないものが届くと、友達は、ちゃんと一家を担って、やりくりして、しっかり一つの「駒」としてこの社会に存在しているんだなと思う。12/5(土)日が短くなりましたね。急に寒くなりましたね。
2015/12/05
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現在は現在として味わおう。過去は過去さ。「人間の心なんて、変なものだね、君」「長い人生では、一回や二回は地獄を通過したほうが、かえっていいのかもしれません」「疲れたときに甘いものがほしくなるように、心も甘いものを求めるときがある」「「継続は力なり」というが、あきらめないでひとつのことを思いを込めてやり続けていると、ちゃんと席が空いて出番がやってくるものなんだ」「運とは、自分で呼び込み、自分でつかむものだ。自分の力で切り拓き、自分の力で動かすものなのだ。運をつかむには、自分のやりたいことをずっと継続して、やめないことだ。「継続は力なり」という。同時に「継続は運」なのだ」「好きなものであればコツコツ努力することも決してつらくありません。楽しみながら、いつのまにか何かをつかむことができます」「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある」「人間が生きていることを感じるのは、悲しいときのほうが多いですね」「教育があり学識がある人間だけが世の中に価値ある貢献をすることができるなんて、そんなこと言うつもりはない。事実、そうじゃないんだから。しかし、教育や学識のある人間のほうが、単に溌剌たる才智と創造的能力だけの人間よりも、はるかにはかり知れぬほどの価値をもった記録を後に残しやすい、と、こういうことは言えると思うんだな。そういう、教育や学識のある人間のほうが、自分の考えを表現するにも、だいたいにおいて、明確に表現するし、たいていは、自分の考えをとことんまでつきつめてゆく情熱を持っている」「本や音楽は精神の栄養であり、体を流れる血になる」
2015/12/04
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第四十八回「私、社会復帰できますか?」妹は4月に職場が変わり、なにやら充実している様子。距離は近くなったし、土日は完全に休みだし、きっちり有給も取れるし、もんもんが風邪を引いた時などの急な休みも問題なし(むしろ世間にそれを推す立場の職場の為)。お姑さんとは上手くいっているし、休日にはもんもんを連れて旅行にも行くし、自分の友達とも遊ぶし、最近いいことづくめだと喜んでいる。始終せかせかしていて、眉は吊りあがり活気と強気に満ち溢れていて、やや暴走気味の気はあるが、以前のような頬が痩け落ちた疲れは見当たらない。一家を担う「母親」という顔がとっくに刻まれた。一方私は、精神的に未熟なままで、歳だけを着々と重ね、年々無口に自分の世界に沈み込むようになり、自分の方から壁を作っていろいろなことを遮断している。だが、不思議なことに、ずっと羨ましいと思っていた妹のことが、もう羨ましいなどとは思わなくなった。私とは考え方も何もかもが真反対の人種の先頭を切っていると思われる妹。それでよい。あっちの道とこっちの道。それで当たり前。とにかく、もう妹とは並んで歩くことはないだけのこと。ただ、同じ家庭で育った妹と、これだけかけ離れた道を歩むことになろうとは思ってもみなかった。(2015.7.10. 18:30)
2015/12/03
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第四十七回「私、社会復帰できますか?」いつしか今年も折り返しを過ぎ、7月になっていた。どんどんどんどん月日は流れ、なんか、もう、いろんなことがどうでもよくなる。働けなくたっていっかー。このままでいっかー。(2015.7.6. 18:00)
2015/12/02
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【左側の顔面痙攣 エピソード206】11/28(土)今日もお散歩るん♪寒くなったけど日差しがうれしい♪まさか、峠を越えるどころか、さらなる峠に向かっているのではあるまいな…。ちょっと本当にこれ以上はご勘弁願いたい(苦笑)11/29(日)図書館、盗難が多いのかしら。入り口に盗難防止のセンサーが設置される。11/30(月)ちょっとイライラする。こういう日も、ある。「おかあさんといっしょ」というNHKの番組。私も小さい頃はよく観ていた。「にこにこぷん」の、じゃじゃまる、ぴっころ、ぽろり。懐かしい。もんたともんじも今おかあさんといっしょに夢中のようで、妹も相当入れ込んでいるらしい。地方コンサートもあるそうで、そのチケットの倍率がびっくりするほど高く、当選するのが難しいほどの人気ぶり。一つの電話番号につき一回しか応募できないと言うので、じゃあ私も参戦しようかと私の電話番号から何度も協力したが、未だかつて当たった試しはない。最近の妹の全関心は、もっぱらこのコンサートに向いているようである……。12/1(火)峠は、二山も三山もあるらしい…。最近ようやく気付いた、私の神様はお天道様だと。そして師走ですね。
2015/12/01
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