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昭和30年代シリーズの最終回は、羽根木公園から眺めた、小田急ロマンスカーです。羽根木公園のことは、1958年7月24日の日記にも記載があります。羽根木公園は、世田谷城址公園、松陰神社近くの林(現在の若林公園)、豪徳寺などと並んで、いちばんよく遊びにいった公園の1つです。当時は樹木の殆ど無いススキの山で見晴らしがよく、眼下には小田急線を行き来するロマンスカーがよく見えていました。今では騒音問題で苦情が出そうなところでしたが、当時はオルゴール電車とも呼ばれていて、単純なメロディーを繰り返しながら走っていました(ウィキペディアによれば、正式には「ミュージックホーン」と呼ばれ、1972年8月24日、相模大野駅以東での使用が禁止となったとか)。しかし、ロマンスカーに乗って箱根に旅行するということは結局一度もありませんでした。中学生以降では箱根の金時山や神山、丹沢山系に行く時に小田急線を利用していましたが、節約第一で、急行電車のみを利用していました。その後、愛知県犬山に住んでいた頃、新幹線特急料金節約のため、新宿から小田原までロマンスカーを利用し、小田原から、こだま号に乗るというコースをたどったことが何度かありましたが、もはや1959年当時の「あこがれ」はどこかに消えてしまっていました。※誕生月記念企画の「昭和30年代」シリーズはこれで終了です。次回は2010年10月に、1960年の写真や絵日記を掲載の予定です。
2009.10.31
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中央線電車区間の終着駅・浅川駅(現在の高尾駅)には祖父母の家があり、子どもの頃、「田舎に行く」と言えば、ここに遊びに行くことを意味していました。当時は、都心部にはミンミンゼミは生息しておらず、浅川に来て初めてその鳴き声を聞こえてきました。ですので、今でもミンミンゼミの声を聞くと浅川を思い出します。下の絵は、当時の中央線です。オレンジ色の車体は、つい最近までずっと続いていたと思います。浅川駅(高尾駅)は、今でも、単式ホームの東京寄りを切り欠いて1番線が設置されているそうです。東京に帰る時には、祖母がホームまで見送りに来てくれました。TVアニメの最終回「青春の幻影 さらば999 後編」で、鉄郎が1人、銀河鉄道に再び乗って地球に戻ろうとするシーンがあります(メーテルは最初一緒だったが、発車時には隣の列車に移ってしまった)。私にとっては、アニメに出てきたあのホームは、浅川駅の1番ホームそっくりに見えました。
2009.10.30
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この日記でも何度も写真を掲載しておりますように、私の趣味の1つは山登り・トレッキングです。山登りは、中学生の頃に、箱根の金時山に単独登山したのが最初だったと思いますが、今回、絵日記をめくっていると、小1の時のある体験が、きっかけになっていたかもしれないことに気づきました。ちなみに、絵日記本文中の「きたあるぷす」というのは、燕岳(つばくろだけ)のことです。高校教師だった父が、ほぼ毎年、引率で登っていました。私自身は燕岳には一度も登ったことがありませんが、、少し前の「山で元気に! 田部井淳子の登山入門」 で、初めて頂上付近の様子を地デジ高画質で眺めることができました。ところでその山登りのほうですが、先月末に腰を傷めてからはすっかりご無沙汰しています。これから先も、軽いトレッキング程度なら、まだまだ出かけることはあるかもしれませんが、登り下りの激しい山道を歩くことはもう無いかもしれません。備忘録がわりに、これまでに登った山・高所のTop5を記しておきます。たぶん、これらが生涯のTop5になりそうです。キリマンジャロ・ギルマンズポイント 5690mイラン・ダマバンド山 公称5671m(実際は5390~5400m)ボリビア・チャカルタヤ峰 5395mインド・ザンスカールのシンゴ・ラ(峠) 5090mチベットのミ・ラ(峠)近くの丘(標高約5000m)
2009.10.29
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小1の頃は、自分の住む世界がどのように広がっているのかは、かなり漠然としていたようです。世田谷区・若林から下北沢に行く途中には奥多摩湖という大きな湖があるとか、アメリカより蒙古のほうが強いとか、勝手な想像をしていたように記憶しています。下の絵日記は、夏休みに描いた鉄道地図です。京急(当時は「京浜急行」と呼ぶのが一般的だったと思います)の路線図の中に「きたばんば」とか「みなみばんば」という聞き慣れない駅名がありますが、ネットで調べたら、かつては確かにそういう駅が存在していたことがわかりました。中央線の駅名の1つ、「あさかわ」は今の「高尾」です。「かわぐちこすいめいそう」というのは、父親が河口湖に泊まった時のホテルの名前のようです。ネットで検索したら、確かに「水明荘」という名前があったことがわかりました。「ほっかいどう」がなぜ、右下にあるのかは不明。
2009.10.28
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1959年は、アルバムに貼られている写真がなぜか10数枚しか残っておりませんでした。昨日掲載の、秋の遠足風景がこの年の最後の写真でした。そのかわり、小学校1年の夏休みには、絵日記を毎日執筆しており、どんな過ごし方をしたのか、ある程度思い出すことができます。幼稚園や小学生のお子さんのおられる方、ぜひ、お子さんに絵日記の執筆を勧めてあげてください。50年後にその価値がわかりますよ。下の絵は、夏休み2日目に遊びに行った東京タワーの「近代科学館・マジックランド」というところです。一ばんおもしろかったのは、でこぼこかがみでした。...あたまが、あたまでっかちになったり、てがまるたのようになりました。と記されていました。凸面鏡や凹面鏡の鏡に自分の姿を初めて写した時の驚きは相当なものだったようです。
2009.10.27
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小学校1年の秋の遠足は、多摩動物公園でした。この動物園は1958年5月5日に開園したそうですので、まだ、できたての時に遠足に行ったことになります。アフリカ園はまだ造られていませんでした。公園のゲートはずっと後まで同じ景色であったと思いますが、いつのまにか造り変えられたようです。写真下のインドサイは開園当初から飼われており、その後1973年には繁殖に成功したとありますから、かなり長生きしたものと思われます。ちなみに、当時は道路事情が悪く、世田谷区・若林からこの公園まではバスで2時間以上はかかったものと思われます。園内の坂道を歩いたあげくに長時間の乗車ということで、みな相当にくたびれたという記憶が残っています。ま、今でも、中央道や甲州街道は渋滞が多く、それほど改善されていないようですが...。
2009.10.26
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小学校1年の夏休みには、熱海から伊東のあたりに家族旅行をしたという記録があります。今でもそうですが、東京駅からは伊東行きの普通列車がありました。そのこともあって、東海道線の終点は伊東であると思い込んでいた時期がありました。あと、この旅行の帰り、熱海から東京に戻る時、列車の席取りでいざこざがあったことを記憶しています。当時は冷房の無い客車だったので、開けっ放しの窓から荷物を放り込んだり、窓から乗り込んで席をとる人がいました。今はそんなマナーの悪い人はいませんね(というか、窓も開かない)。この旅行では、「やまき旅館」に泊まったという記録があります。この旅館は現在でも繁盛しているようです。写真の海岸は、左端の「海のつり堀」という看板を拡大してみると、「井上海水浴場」という文字が判読できます、海岸の向こうに標高の高そうな山が見えていますが、「井上」というキーワードで検索しても地名は分かりませんでした。
2009.10.25
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小学校入学後の最初の遠足は、新宿御苑でした。新宿御苑には、全部で3回ほど遠足に行った記憶があります。遠足の行き先として、なぜ新宿御苑が好まれたのかは、今となっては不明であります。幼稚園の遠足は、「としまえん」に2回、「京王遊園地」に1回という記録が残っていますが、公立小学校では、遊園地主体の遠足は考えられなかったのだと思います。当時はまだ、駒沢公園や砧緑地はできておらず、広々とした芝地というと、新宿御苑ぐらいしか無かったのかもしれません。私自身は、遠足以外でここを訪れた記憶が殆どありません。東京オリンピック記念の石の彫刻が展示されていたのはここだってでしょうか。であるとすると、オリンピック以降に少なくとも一度ここを訪れていた可能性があります。
2009.10.24
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毎年10月には、50年前の写真を掲載することにしておりましたが、今年は海外旅行の写真などを連載したため、掲載の開始がすっかり遅くなってしまいました。1959年の最初の写真は、4月6日に行われた小学校入学式です。この学校は明治4年に開校された太子堂郷学所を前身としており、世田谷区でいちばん古い公立小学校です。私の学年は91回生でした。校歌の最初にある「まつかげの古き歴史に」の「まつかげ」は、近くの松陰神社に由来していると教わりました。歌詞のなかの「みどりさやけく」とか「いよよ睦みて」というのはどういう意味だか、卒業するまで分からないで歌っていました。なお、入学記念に校門の左手にクスノキを記念植樹したことを覚えています。この樹はずっと残っていたと思いますが、最近は訪れていないので不明。背後の木造2階建て校舎は、私が卒業した年に鉄筋校舎に改築されました。よって、私たちが、木造校舎の最後の卒業生ということになります。
2009.10.23
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農学部農場のサツマイモ畑が、連日、幼稚園の芋掘り遠足で賑わっています。今年は、芋畑のすぐ北側にコスモス畑があり、子どもたちにとっても、お花畑の隣で芋掘りをしたことが永く記憶に残るものと期待されます。ちなみに、私自身の幼稚園時代のアルバムを参照したところ、1957年9月26日に、京王遊園地と梨もぎに遠足に行ったという記録がありますが、芋掘りについては小学校4年の頃までは、体験記録がありません。そのことで思い出しましたが、毎年10月には昭和30年代の写真日記を更新することに決めていました。今年はまだ1枚も更新していないので、この楽天版の執筆習慣に合わせてぼちぼち更新しようかと思っています。明日以降の日記にご期待ください。
2009.10.22
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7月18日の日記でご紹介したコキア(箒木、あるいは箒草)が紅葉を始めました。もっとも、鉢を置く場所によって美しい紅葉になる場合と、紅葉せずに茶色になって枯れてしまう場合があるようです。経験的に言えば、屋外の日当たりのよいところで育て、冷たい秋風に晒すと良い色が出るようです。写真左は、屋外で紅葉した鉢を取り込んだものですが、まだらになってしまいました。写真右の手前は美しく紅葉しています。なお、それよりさらに手前にあるのは、夏越しに成功したプリムラです。
2009.10.21
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じぶんの日記(10/19付)に、金木犀と銀木犀が並んでいる写真を掲載しました。大学構内には金木犀はいたる所に植えられていますが、銀木犀のほうは病害虫に弱いせいか、殆ど見あたりません。白花があっても、近づいてみると殆どが柊木犀(ヒイラギモクセイ)です。写真左は、葉っぱのふちがなめらか(全縁)になっている正真正銘の銀木犀、右側は、すべての葉っぱがギザギザ(鋸歯)になっている柊木犀です。もっとも、じぶんの日記の写真にもありますように、たいがいの木は同じ枝に、全縁とゆるやかな鋸歯の両方の葉っぱをつけています。遺伝的にはもともとこういう木なのかもしれません。
2009.10.20
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岡大構内の講義棟前にあるエンジェルトランペット(エンジェルストランペット、エンゼルトランペット、キダチチョウセンアサガオ)がまたまた花をつけました。今年3度目以上だったと思いますが、はっきり記憶がありません。今回は特に花の数が多く、写真に写っている花だけで60輪~90輪、後ろ側で写っていない花を含めると100~120輪になります。昨年同時期の写真が2008年10月22日の日記にあります。ここ数年、幹が太くなってきたことと、暖冬の影響で、地上部は枯れなくなり、その分、たくさん花をつけるようになってきています。あと、この花は肥料食いで知られています。この株も、根元に緩効性肥料をいっぱい与えてあります。なお、昨年は「エンゼルトランペット」と表記しましたが、今回は原語の発音に近い「エンジェル」に変えてみました。複数形にしたほうがいいのかなあ。
2009.10.19
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今年もまたレオノティス(レオノチス)の花が咲き始めました。2007年11月11日の日記に過去の記録へのリンクがありますが、いずれも11月~12月に撮影したものばかり。今年は開花が早いように思います。なお、毎年「レオノティス」として御紹介していますが、レオノティス自体は熱帯地域や南アフリカに約30種類があるそうです。この写真は、どうやら、レオノティス・レオヌルス Leonotis leonurusであったようです。また、和名は「火焔着せ綿」、英名では「Lion's ear」という呼び方もあるようです。
2009.10.18
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昨年10月25日に掲載したマユハケオモト(ハエマンサスの一種)が今年もまた花を咲かせています。昨年と同じで、6株からそれぞれ1輪ずつです(写真では5輪のみ写っています)。昨年までは、屋外の木の下で殆ど放置しておりましたが、株分けした後はベランダの片隅に置いて、1カ月に1度だけ水をやりました。生育はどちらの育て方でもあまり変わらないようです。1鉢だけ株分けできそうなので、来年は7株に殖えそうですが、あまり増やしても置き場所に困るので、妻の知り合いに、花が終わらないうちに差し上げようかと思っているところです。
2009.10.17
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岡大・農学部農場内のコスモス畑が見頃になってきました。コスモス畑は、ほぼ毎年、農学部構内のどこかに出現しますが、畑作のローテンションにより、場所は異なってきます。昨年のコスモス畑はこちら。花の咲き具合は昨年とほぼ同様みたいです。なお、コスモスの後ろは、収穫間近の田んぼとなっています。
2009.10.16
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ラスベガスのナイトツアーから戻ったあと、ホテルの近くの「フォーラムショップス」というところに行ってみました。中に入った時の第一印象は、だいぶ前に訪れたことのあるヴィーナスフォートそっくりだなあという感じでした。もっともネットで調べてみると、ヴィーナスフォートのほうは1999年8月にオープン、フォーラムショップスのほうは1993年ということですので、後者のほうが元祖みたいのようです。ラスベガスにはこのほかにも、グランドキャナル ショップスというのもあるそうですね。フォーラムショップスは確かに見事な景観ですが、ラスベガス独自の文化ではなくて、ローマの物まねという感じがします。昨日掲載のエッフェル塔もそうなんですが、ラスベガスというのは、世界各地の観光名所のイミテーションみたいな建物が多いですね。独自の文化はカジノだけかなあ。そういえば、東京・お台場のヴィーナスフォートは来年6月に撤去されるとか。次に同じようなショッピングモールを作るのであれば、中世ヨーロッパではなくて、大江戸温泉物語の延長版のような和風の町並みにしてほしいと思います。江戸時代風のお店で西洋のブランド品が売れるかどうかは不明ですが、アジアからの観光客には大人気になるのではないでしょうか。なお、今回をもって、米国グランドサークル・大自然探勝の旅行記は終了とさせていただきます。今後、ヒマができた時に、現地で撮影した花の写真などをこちらに追加していきたいとは思っています。もしご興味をお持ちいただければ、アンテナに当該urlをご登録いただければ幸いです。
2009.10.15
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ラスベガス・ナイトツアーの写真の最終回は、ベラージオホテル前の湖で演じられる噴水ショーです。これはかなり規模が大きく、私が目にしたラスベガスの景観の中では最高であったと言えると思います。なお、ホテルが近い場合は、この噴水ショーは徒歩で見物に行ったほうがお得です。私たちはバスでこの近くまで運んで貰ったのですが、途中が大渋滞で、降りて歩いたほうが早く着いたのではないかと思えるほどでした。ラスベガスというのは、新宿・歌舞伎町のような歓楽街のところかと思っていましたが、それぞれのホテルの敷地は都心の大学のキャンパス1個分に相当するほどに広く、整然としていました。もっとも、裏通りの人通りの少ないところはかなり危険だとか。噴水ショー以外にも、ミラージホテルの火山の噴火なども見物しましたが、やはり、この噴水が最高。なお、ビルの横に見えているのは月齢19.5の月です。
2009.10.14
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ラスベガス・ナイトツアーの連載の2回目は、ストラトスフィアタワーです。ここのタワーにある回転ブランコ 「INSANITY」の写真は、9月27日にも一度掲載したことがありました。ここのタワーの展望台の高さは地上約 230~270mとのことです。東京タワーの特別展望台(223m)よりちょっと高く、横浜のランドマークタワーのスカイガーデン(273m)よりはちょっと低いようです。写真いちばん上は、中心部の方向の夜景、2番目は東方向で、月齢19.5の月と木星が写っています。ここの夜景は、方角によってかなり印象が異なります。写真いちばん下は、8月27日にも掲載した回転ブランコです(色は変化しています)。写真にもありますが、ここの展望台の上階は、ガラス越しではなく、柵越しに夜景を楽しむことができます。安全第一の日本の展望台は、厚いガラスか高い柵に囲まれていることが多くて、風景はなかなか見られませんね。
2009.10.13
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今回からは、ラスベガス・ナイトツアーの写真です。私はもともと大自然志向であり、人混みは嫌いなたちなんですが(←そういえば、東京の六本木ヒルズとかミッドタウンなどには一度も足を運んだことがありません)、残り少ないかもしれない人生のなかで一度くらいは行ってみようか、ということで申し込んでみた次第です。ツアーで最初に訪れたのは「フリーモントストリート」でした。ネットで検索したところ長さ約 420mのハイテクアーケード210万個の電球と数十台の高性能スピーカーが取り付けられていたが2004年6月に約1250万個のLEDに置き換えられた。とのことです。もっとも、率直な感想としては、この程度の規模のアーケードなら日本でもいっぱいあるかなあという感じでした。「光と音のアトラクション」も、アーケードのスケールは大きいものの、比較的単純な図柄であり、野球場や陸上競技場などにある巨大スクリーンのほうが魅力的です。ということで、いまの時代の日本人は、ハイテク技術(といっても5年前完成)には、あまり驚かないかもしれません。
2009.10.12
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ザイオン国立公園から、ラスベガスに向かう途中の風景です。一番上は、サボテン(?)の大群落なぜか、恐竜が出現なぜか、巨大な亀が出現市内に入ると大渋滞ラスベガスはもともと、荒野の中に忽然と出現した大都会といったイメージがあるのですが、今回はこれに加えて、荒野→恐竜→亀→大渋滞という地球の進化?を実感することができました。恐竜や亀がなんのためにあったのかは不明ですが。
2009.10.11
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ザイオン国立公園の連載の最終回は、今回のツアーで最後のハイキングとなった「エメラルドプールトレイル」です。ここの見どころは、ロワー、ミドル、アッパーという3つの池と、そそり立つ断崖、裏側から眺める滝(日本で言えば「裏見の滝」)です。左側の写真は、その「裏見の滝」。右側の写真は、ミドルの池。下のトンボはアッパーの池で撮影したものです。池の水自体はエメラルド色ではありませんが、水面に空の青や木々の緑が映っていて、光の加減によってはエメラルド色に見えました。ロッジに戻った時の気温は26度。乾燥しているので、特に暑くもなく、心地よいハイキングでした。
2009.10.10
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ザイオン国立公園の連載の2回目は、ザイオンロッジ周辺の風景です。ロッジ、橋、遊歩道いずれも周囲の景観に融け込んでおり違和感はありませんでした。ここは樹木や川の流れがあり、今回訪れた国立公園の中では、最も日本的な風景で、上高地に似ているようにも見えました。ロッジの正面にある大きな木はコットンウッドだそうです。ここは施設利用者などを除けば、一般車は入れず、のんびりとすごすことができました。まさに国立公園のお手本といった感じでした。
2009.10.09
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今回のツアーで最後に訪れたザイオン国立公園の写真です。この公園の広さは593平方キロメートルということで、東京23区の総面積621平方キロに近い広さがあります。今回はその中のほんの一部を訪れたにすぎません。今回の写真は、東にあるブライスキャニオン側からトンネルをくぐり、ザイオン・ロッジに至るまでの車窓からの眺めです。一番うえの写真は公園のゲート。いかにもアメリカらしい乗り物が並んでいました。上から4番目は、トンネルの中の窓から外を眺めたところです。ここには、白っぽい岩峰がいくつかあり、アルプスの雪山の雰囲気に似ていました。
2009.10.08
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翌日の日の出前にもういちどブライスキャニオンのサンライズ・ポイントを訪れました。日の出はそれなりに素晴らしかったのですが、太陽の方向には背の高い土柱が無かったため、どこの日の出だか分からないような写真になってしまいました。写真下は、その朝日を浴びて輝いている土柱群です。こちらのほうがはるかに感動的でした。
2009.10.07
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ブライスキャニオンでは、近隣の「Best Western Ruby's Inn」というところに宿泊しました。ここには西部劇風のショッピング街があり、風情を楽しむことができました。この種のアトラクションは、日本国内のテーマパークにもありそうですが、やはり、ご当地に作られたものは、最近建てられたものであっても雰囲気が違いますね。日本で言えば、妻籠宿や馬籠宿を訪れた時のような印象でしょうか。いちばん下の写真は、宿泊施設近くの湖(人工池?)越しに眺めるインディアン風のテントです。ここにも泊まれるそうです。なお、じぶんの日記(9月18日付)にも書きましたが、インディアンの住居がすべてこういうテントの形をしているわけではありません。いろいろと誤解があるようです。
2009.10.06
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ブライス・キャニオンの谷底をめぐるハイキングは、現時時間の16時~17時頃であったため、谷底から戻る途中では夕日が差し込み、崖に近いほうの尖塔から徐々に日が当たらなくなっていきました。いっぽう、谷の向こう側(東側)は、西日をもろに受けて鮮やかに輝いていました。写真は、そんな時間帯に撮った尖塔のシルエットです。これらは太陽を背にして撮っていますので逆光ではありません。背景の東側の崖に当たる西日の反射があまりにも強いので、手前の日の当たらない部分が黒っぽく見えているのです。但し、肉眼では、明るさに応じて瞳孔が自動調整されますので、日の当たらなくなった尖塔を見てもこんなに黒っぽくは見えません。あくまで、写真に撮って初めて楽しめるシルエットということになります。
2009.10.05
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昨日に続いて、ブライスキャニオンの谷底の写真です。なお「canyon キャニオン」というのは「峡谷」という意味ですが、地質学的には高原が浸食されてできた自然の円形劇場のような地形になっており、「谷底」というのは正確な表現ではないかもしれません。写真は「回廊」から真上を見上げたところ。回廊から尖塔(土柱)を眺めたところ同上広場のようなところ夕日と、トンネル型の土柱が重なる位置から撮った皆既日食風のシルエットです。こういう世界だったら恐竜が現れても不思議ではないなあと思いました。
2009.10.04
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ブライスキャニオンで一番スゴイと思ったのは、土柱の縁の断崖を下りて、狭い谷底を散策するトレイルが開かれていたことです。ツアーに参加するまではそういう体験ができるとは思ってもみなかったので、感激ひとしおでした。上の写真の暗い亀裂がその入り口。上の2枚とも、人が小さく写っています。下の2枚は、「谷底」からの眺めです。直立した木々や、天然のブリッジがありました。落石や崩落が起こらないのが不思議でしたが、誰もヘルメットなどかぶっていません。「谷底も、みんなで歩けば怖くない」です。
2009.10.03
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今回からは、6日目と7日目に訪れた「ブライスキャニオン国立公園」の写真です。この公園の名前は、阿波の土柱を訪れた時に、世界三大土柱の1つとして、「アメリカのロッキーの土柱」(←正確には、ブライスキャニオン国立公園)があると記されていて、初めて知りました。下のほうに、その阿波の土柱の写真を再掲しておきます。写真を比較すれば分かるように、確かに、地形的にはよく似ているようにも見えます。「三大土柱」として並び称されるかどうかは議論の分かれるところですが。上ほうのブライスキャニオンの写真では、右上のほうに展望台が見えています。絶壁の上にあって、そこから下のほうに伸びる崖っぷちは手すりさえありません。他所と同じく、自己責任が体験できる場です。いっぽう、阿波の土柱のほうは、土柱の手前のところまでで立ち入り禁止になっていました。日本的な対応ですね。阿波の土柱はスケールは小さいですが、「うだつがあがる脇町」などの観光地とセットで訪れれば、なかなか良いところです。日本的景観はスケールの大きさだけで価値が決まるものではありませんし。
2009.10.02
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今回は、ツアー6日目に訪れたキャピトル・リーフ国立公園の写真です。この公園の存在は、今回のツアーの日程表を見て初めて知りました。「キャピタル(capital)」ではなくて「キャピトル(Capitol、米国連邦議会議事堂)」であるということも、現地に着いてから知ったことです(英語の発音はどちらも同じみたい)。この公園の魅力は、どっしりとした宮殿風の岩と、カラフルな地層にあるようです。しかし、少し前の大雨で落石の危険がありということで、残念ながら、ハイキングコースは閉鎖されていました。断崖絶壁から落っこちるのは自己責任の範疇ですが、ハイキングコースを普通に歩いていて落石があれば公園の管理責任が問われるということでしょうか。さすが、アメリカですね。ここに丸一日以上滞在する日程であれば、たぶん、「Temple of the Sun and Moon」や透明石膏の山が見所であったはずです。 写真上から、開拓時代に植えられたリンゴの木。白っぽい、尖った山が、アルプスの雪山を連想させてくれます。カラフルな地層が魅力エジプト神殿
2009.10.01
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