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昨日までの日記で、1982年インドヒマラヤ・ザンスカールの写真を掲載しました。各種報道によると、2019年2月時点では、その一部の地域で、インドとパキスタンの対立が続いており、パキスタンは領空を閉鎖しているとか。早く平和が戻ってほしいところです。さて、本日からはガラッとかわって、一昨日に帰国したばかりのオーストラリアの写真です。1回目は、岡山から羽田に向かう途中で見えていた伊豆大島・三原山と、ブリスベンからケアンズに向かう途中に見えていたグレートバリアリーフの珊瑚礁のアルバムです。伊豆大島は、岡山から羽田に向かう際に必ず通過しますが、三原山の山頂付近はたいがい雲がかかっていたり、あるいは、三原山の真上を通過するために飛行機の窓からは見えにくかったりしていましたが、今回初めて、雲のかかっていない状態を南側から眺めることができました。現在の三原山は煙さえ上がっておらず、静かすぎて不気味に見えました。羽田到着後は成田に移動し、夜行便でまずブリスベンへ。そこから国内線乗り継ぎでケアンズに向かいました。幸い、左側のA席であったため、ケアンズに近づいたあたりでグレートバリアリーフの上を通過し、珊瑚礁を眺めることができました。【伊豆大島と三原山の火口】【グレートバリアリーフの珊瑚礁】
2019.02.28
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ザンスカールトレッキング旅行記もいよいよ最終回です。最終日は、キャンプ地を8時半に出発、その後、荷物の運搬(さらに一部の参加者は乗馬)でお世話になった馬主さんの家を訪ね、11時50分頃にダルチャに到着しました。ここからは再びバスでくねくねの山道を登り、ロータンパスを経てマナリへ。といってもマナリに着いたのは現地時刻の22時頃で真っ暗になっていました。翌日はマナリからデリーまでまたまた過酷なバス移動となりますが、トレッキングの旅行記としては今回をもって最終回とさせていただきます。長いことお付き合いありがとうございました。【途中、馬主さんの家に招かれる】【トレッキングの終点ダルチャへ。ここからはバスによる移動】【再びバスに乗り山道を走るが、途中で暗くなり22時頃にやっとマナリに到着】
2019.02.27
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ザンスカールトレッキングの旅行記もあと2日分だけとなりました。シンゴ・ラの峠を越えたあとは標高4300mのあたりで1泊し、さらに3600前後でもう1泊して、迎えのバスが待つダルチャに向かいました。【一人ずつ籠に乗って川を渡る】【馬に乗って川を渡る場所もあった】【空が開けていて明るく気持ちがいい景色】【ジャガイモ畑】【今回の最終キャンプ地】【最終キャンプ地からさらに下る】
2019.02.26
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昨日の続きです。5097mのシンゴ・ラ(峠)付近はあいにく雲がかかっていましたが、山道を南側に下るにつれて青空の明るい世界が広がってきました。本来、南側のほうがモンスーンの影響で雲が多いはずなのですが、今回は逆になっていました。峠越えの日は早めにテントを張り、さらに山を下りていきます。【氷河を水源とする川】【モレーンの下に潜る川】【峠越えの日は暗くなる前にキャンプ地へ】【キャンプ地で1泊したあと、さらに山を下ると青空が広がってきた】
2019.02.25
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ザンスカールトレッキングの旅行記のほうはいよいよ、最高地点のシンゴ・ラに到着です。ちなみに、シンゴ・ラの「ラ」は「峠、山」というような意味ですので、「シンゴラ峠」と呼ぶと冗長になります。峠の標高は旅行時には5097mとされていましたが、5095mとしているコンテンツもあります。峠の近くは残雪がありましたが、アイゼンなどは不要でした。あいにく峠を通過する前後は雲がかかっていて眺望はイマイチ。また、もともとチベットの山奥から南側のインド方面に進むコースであったため、峠を越えた先はむしろ開けた土地につながっており、神秘的な世界に達したというわけでもありませんでした。【残雪の上を進む】【峠に到着。せっかくなので、峠より少し小高い斜面を登って5100m突破を達成した。】【酸素が少ないため馬たちも相当にくたびれている様子。】
2019.02.24
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1982年ザンスカールトレッキング旅行記の続きです。トレッキングはいよいよ5097mのシンゴ・ラ(5095mという記載もあり)に近づいてきました。昨日の最後の写真にもありますように、コースの正面には、大黒天を意味するゴンポ・ランジョン峰という岩峰がそびえており、神秘的な雰囲気に包まれていました。この岩峰の右側の谷を通るとその先に6000m前後の雪山が見えてきます。正面には、ネパール側から眺めるエベレストとローツェによく似た形の山がそびえており、手前の尾根を右方向に登ったところで、峠の手前の最後のキャンプ地、Pankhiaに到着です。なおガイドさんから聴き取った地名はPankhiaでしたが、地図ではLakong(ラカン)という場所のようにも見えました(未確認)。【エベレストとローツェ(写真下)に似た山容】【キャンプ地がようやく見えてきた。すでにテントが張られていた。】【キャンプ地の風景】
2019.02.23
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1982年ザンスカールトレッキング旅行記の続きです。トレッキング3泊目のKurgiakhから、シンゴ・ラの峠越えまでの間は、放牧が行われていないこともあって様々な高山植物の花が咲いていました。なかでも生まれて初めて目にしたのがブルーポピーでした。ここに咲いているのは、茎のしっかりした高性種で、咲き始めとしばらく日にちが経った時で花の色が青紫から水色に変化するタイプでした。なお、目撃したブルーポピーはわずかでしたが、別の年に同じコースを歩かれた方の旅行記などを拝見しますと、7月頃には別の種類のもっと見事なブルポピーが咲いていたようです。【ブルーポピー】
2019.02.22
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1982年ザンスカールトレッキング旅行記の続きです。トレッキング3泊目のKurgiakhを過ぎると集落は無くなり、夏場だけの放牧地や畑、さらには高山植物が見られるようになりました。キャンプ地出発時点から、行く手には標高5800m前後の尖った岩峰が見えるようになりました。この岩峰はゴンポ・ランジョン峰(大黒天という意味らしい)と呼ばれています。今回のコースはこの岩峰の右側を通り、5097mのシンゴ・ラ峠越えとなります。【キャンプ地周辺はいちめん黄色い花が咲く。】【人が住む地域もこのあたりで最後】【ゴンポ・ランジョン峰が近づく】
2019.02.21
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ザンスカールトレッキング旅行記の続きです。このツアーは、パダム(パドゥム)を出発してから、テントで4泊5日かけて5097mの最高地点、シンゴ・ラ(峠)を越えるという日程になっていました。標高は3500m以上、1日あたり20kmというかなりハードな行程となっており、最初のうちは楽々歩いていたのですが、3日目頃からは軽い高山病の症状が出た人もいて、予定地まで着かずにテントを張った日もありました。私自身も、歩くのが精一杯となり、写真を殆ど撮らない日もありました。もっとも、峠に近づくにつれて、ブルーポピーや高山植物の花が見られるようになり、高所順応も進んで元気を取り戻すことができました。【Tetha付近】【連れている羊は、峠の手前で食用となった】【峠の手前の最後の集落】【次第に雪山に近づく】【ハードな行程が続くため、徒歩での峠越えは困難と判断し、2名が自費で馬を雇った。】【高山植物に囲まれたキャンプ地Kurgiakhへ】
2019.02.20
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きょうの岡山は朝4時台からまとまった雨が降り続いています。私のほうは、明日から1週間ほど留守にしますが、楽天の「予約日記」機能により、ザンスカールトレッキングの旅行記を連載する予定です。さて、トレッキング1日目は、川沿いの道を歩き、ムネのキャンプ地に向かいました。途中、大きな岩の上に建つバルダン僧院がありましたが、とにかく歩け、歩けで精一杯で充分な見学はできませんでした。この付近の谷は両岸が崖になっているところが多く、濁流にかかる橋を何度か渡りました。中には、祖谷のかずら橋よりも怖い所もありました。【馬たちもこわごわ渡る】【バルダン(Burdum)僧院】【氷河から流れ出る濁流】【濁流の上にかかる橋】【1日目のキャンプ地、ムネ】【濁流の上にかかる橋を渡る羊たち】【これらの橋はさすがに馬は渡れない(別の迂回ルートで次のキャンプ地に向かっていた)】
2019.02.19
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シュリーナガルを出発してから専用車で2泊3日をかけて山道を移動し、ようやく、トレッキングの出発点パダム(パドゥム)に到着しました。ここでテント泊ののち、いよいよトレッキングに出発です。このコースは平均標高が3500m、最高地点5097m、一日の歩行距離20kmというかなりハードなコースでしたが何とか若さで乗り切りました。【トレッキングマップ。青線は徒歩。赤線は専用車で移動。南東方向に歩いた。最高地点はシンゴ・ラ(Shingo.La)】【パダムの高原】【ラダック・レー方面】【右手奥の雪山がシンゴ・ラ方面(トレッキングコース)】【出発前。荷物運搬のスタッフを手配したため、11時頃の出発となる。】【川沿いの道を進む】
2019.02.18
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きょうの岡山は、記録上は降水量ゼロですが小雨が降りました。さて、ザンスカールトレッキング旅行記のほうですが、車による移動3日目の午後は、標高4401mのペンシ・ラ(←「ラ」は峠の意味。Pensi La。ペンジ・ラとの表記もあり)を越えてパダム(パドゥム)に向かいました。峠を越えると小さな村がありました。このあたりは完全なチベット仏教圏で、村の入口にはチョルテンが立てられていました。【ペンシ・ラに近づく】【峠を少し下ったところにある氷河。奥にはZ3という山があるそうだ。】【峠を越えると小さな村があった】【馬に乗った人たち。隣村の結婚式の帰りとか】【村の人たちと交流。当時は写真が珍しく、撮影をせがまれる。とはいえポラロイドでないとプレゼントできない。】
2019.02.17
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きょうの岡山は、朝の最低気温が4.0℃、日中の最高気温が12.5℃で、冷たい北風が吹いていたもの、まずまずの暖かさとなりました。写真はきのうときょう、半田山植物園で撮影したアルバムです。ちなみに今年になってからは20回目、2月中に限っては8回の入場です。園内では枝垂梅がほぼ咲きそろったほか、クリスマスローズの開花が進んでいました。【枝垂梅とマンサク2種の共演】【シナマンサク。枝が高く、接写は困難】【アテツマンサク(阿哲万作)。ここ数年樹勢が衰えていて、一部の枝しか花をつけていない。】【半田山植物園の頂上付近の梅園。ここまで一気に登ることで心肺機能を鍛えています。】【雪割草は、白、ピンク、濃いピンクなどに続いて、薄紫色の花がやっと開花。】【節分草は、立ち入り禁止ロープのすぐ近くでも開花し、接写ができるようになった。】【クリスマスローズも各色開花】【おまけ。妻の雛人形コレクションより】
2019.02.16
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1982年ザンスカールトレッキング旅行記の続きです。車による移動の3日目は、キャンプ地を朝8時に出発してトレッキング出発点のパダムに向かいました。途中、氷河を水源とする幅広い川のそばを通り、丘の上の僧院を見学しました。その後、車で移動する区間としては最も標高の高いペンシ・ラ(峠、4401m)を通過しました。ちなみにこのあたりを流れる川は最終的にインダス川に流れ込んでいるようです。国境問題はありますが、川の流れは1筋となります。【キャンプ地に咲くフウロソウの仲間】【傾いた地層と断層】【丘の上の僧院を見学。たぶんランドゥム僧院】【ペンシ・ラ(峠)に近づく】
2019.02.15
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1982年ザンスカールトレッキングのアルバムの続きです。シュリーナガルからの専用車による移動2日目は、浅瀬を渡る際にタイヤがはまってしまったりして6時間も停滞し、当初の目的地に着くことはできませんでした。途中の山道は対向車が来たらお手上げと思われるような細い道で、しかも深い谷になっていたりしてヒヤヒヤでした。いっぽう途中の集落では山の斜面にモザイク模様の棚田(←小麦畑かもしれません)が点在し、なかなかの絶景となっていました。結局、目的地よりかなり手前の空地でキャンプをする羽目になりました。【モザイク模様の棚田(小麦畑?)】【崖の上の細い道を進む】【氷河の末端を通過】【この日のキャンプ地。標高は推定3850m】
2019.02.14
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昨日に続いて、2月11日の積雪のアルバムです。岡山県は北部山間部では根雪となるいっぽう、南部のほうは瀬戸内海式気候のため滅多に雪が降りません。そのため、雪が積もるとみな喜んで雪だるまを作ります。完成直後の雪だるまの芸術性を鑑賞する楽しみもありますが、私はむしろ、その翌日以降に崩れて原形をとどめなくなり、最後には小さな氷のかたまりとなって消えていくさまに、自分自身を重ね合わせてしみじみとした気分に浸っています。※こちらに2014年2月、大雪になった時の雪だるまコレクションがあります。【時計台前の雪だるま 2月11日撮影】【同じ雪だるまの3日間の変化】【津島東キャンパス、陸上競技場近く。2月12日撮影】【同じ雪だるまを西側から撮影。2月12日と13日の比較】【陸上競技場トラックにあった残骸。周りに砂がついて「砂だるま」になっていた.2月12日撮影。】【陸上競技場西側にあった雪だるま。2月12日と13日の比較】【一般教育棟中庭の雪だるま。2月12日撮影。制作意図不明だが、こんなに傾いていてもよく崩壊しないものだと驚く。】【工学部前の雪だるま。3日間の比較】【教育学部中庭の雪だるま。かなり大きい。2月12日と13日の比較】
2019.02.13
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昨日に続いて、岡大構内の雪景色の写真です(2月11日撮影)。今回は、樹木の枝に着雪したアルバムです。これは今回のような湿っぽい雪の時にごく短時間見られます。いずれも滅多に見られない光景ではありますが、樹種によっては着雪の重みに絶えきれず枝が折れる場合もあります。【座主川両岸の着雪】【半田山の着雪】【半田山の植林帯は特に着雪しやすく白いタスキのように見える】【プラタナスの着雪】【カイヅカイブキの着雪】【山茶花の着雪】【ツバキの着雪】【ラベンダーの着雪】【梅の花と着雪】
2019.02.12
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きょうの岡山は朝の4時台から8時台にかけて雪が降り、最大で3cmほど積もりました。さっそく、ウォーキングを兼ねて岡大構内を散策しました。岡山南部での雪は、西高東低の気圧配置により雪雲が南部まで流れてきた時と、低気圧が通過した時の2つのタイプがあります。前者は非常に寒い時の降雪ですので、アスファルトの道路も白くなりますが、今回は後者のタイプであり、この場合はアスファルト上の雪はすぐに融けてしまいます。また後者のタイプでは木々の枝への着雪を楽しむこともできます。今回は、岡大構内の建造物、胸像、記念物、裸体像などとのコラボです。【時計台前のクロガネモチへの着雪】【黒正巌先生像】【仁科芳雄先生像】【帽子とマフラーのように見える】【南極の蜂の巣岩】【岡大観音と陸上競技場】【岡大石庭】【教育学部南の裸体像群】
2019.02.11
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シュリーナガルからの専用車による移動2日目は、カルギルのロッジを出発し、ペンジラ峠方面に向かいました。しかし途中で、川の浅瀬を渡るところがあり、タイヤがハマったりして6時間の停滞となりました。その後、ヌン(7135m)クン(7077m)が展望できる谷間に到達しましたが、まことに残念ながら頂上付近は雲に覆われており、山麓の氷河がやっと見える程度でした。【橋が壊れていて浅瀬を通ろうとしたが、タイヤがはまって停滞】【造山運動でゆがめられた地層】【ヌン・クンを展望】
2019.02.10
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きょうの岡山は曇りがちで小雨が降ったりしましたが、関東地方ほどの寒さはなく、朝の最低気温2.4℃、午後の最高気温7.9℃となっています。さて、ザンスカールの旅行記のほうですが、シュリーナガルのダル湖で1泊したあとはいよいよ、ザンスカール地方に向けての移動が始まりました。途中の道はずっと未舗装で、ハンドルを切り損ねれば崖下に転落しそうな険しい山道もありました。とはいえ、悪路になればなるほど絶景が広がり飽きることはありませんでした。【もう少し保険をかけておけばよかったと思った山道】【Zojila峠付近。標高は3530m】【カルギルに近づく。ここのロッジで1泊】
2019.02.09
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きょうの岡山は、朝の最低気温3.1℃、昼の最高気温は10.1℃まで上がり、比較的暖かい1日となりました。もっとも北日本では寒波が到来しており、こちらで全国の気温ランキングを見ますと、16時の時点で、一番高い南鳥島は24.0℃、一番寒い北海道白滝はマイナス17.6℃となっていて、40℃以上の気温差になっていました。さて、旅行記のほうは、2月6日に続いて、インド・シュリーナガルのダル湖のアルバムです。ダル湖はインド有数の景勝地として知られています。私たちはここのハウスボートで1泊し、翌日からのハードな移動に備えました。湖の水は澄んでいて、ハゼのようなサカナが泳ぎ、カワセミがボートに止まったりしていました。もっとも、外務省の安全情報によると、現在は、残念ながら、レベル2~3の危険情報が発出されており、昔のようにのんびりとできるかどうかは分かりません。少なくとも、ここから山岳道路を通ってレーまで向かうのは難しそうです。【宿泊したハウスボート】【再び、湖上遊覧へ】【何かの映画で似たようなシーンがあったような】
2019.02.08
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岡山では、2月に入ってからの7日間で、最高気温10℃以上の日が5回と、比較的暖かい日が続いています(平年値では、最高気温が10℃以上になるのは2月中旬以降となっています。)写真は、2月6日に撮影した半田山植物園の花です。立春の日に開花を確認したマンサクは、赤花系に続いて、枯れ葉をつけたまま開花するパリダや、シナマンサクが咲き始めていました。また、白花のみ開花していた地植えのクリスマスローズもいろいろな色が咲き始めています。【マンサク「パリダ」】【シナマンサク】【世界三大黄金像の1つ岡山の大黒天と、梅の花のコラボ】【ジンチョウゲの蕾】【クリスマスローズ各色】
2019.02.07
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きょうの岡山は、明け方から午前中にかけて雨が降り、合計雨量は4.0ミリとなりました。午後は天気が回復したので、ウォーキングには支障ありませんでした。さて、2月2日の日記をもって、秋のチベット陸路3500kmの旅~西寧、青海湖、チャカ塩湖、青蔵公路、拉薩、チョモランマBC、シシャパンマBC、カトマンズ~の旅行記執筆をひとまず終えたところですが、これを機会に、1982年に訪れたインドヒマラヤ・ザンスカールトレッキングのアルバムの連載を始めようと思い立ちました。当時はデジカメはまだ流通しておらず、プリント写真しか残っていませんが、定年退職後にそれらのプリント写真や元のネガをスキャナーでjpeg画像化しており、ネット上での公開ができるようになりました。なお、プリント写真のほうは多少退色しているものもありましたが、画像処理ソフトの「退色写真の復元」フィルターを使うとセピア色が元に戻ることもありました。いっぽうネガのほうは、キズやホコリ、カビなどのために、うまく復元できないことがありました。このトレッキングですが、インドのデリーからシュリーナガル(当時は「スリナガール」と呼んでいました)まで飛行機で飛んでそこからトラックでザンスカールのパダムへ。そして5097mのシンゴ・ラ(峠)を越えて有名なロータンパスに近いダルチャまで歩きました。今では街並みは大きく変わっているかと思いますが、山や自然は殆ど同じではないかと推察されます。【トレッキングコース概略。旅行会社提供。青線は専用車、赤線は徒歩】【シュリーナガルの町に近づく。今では大きく変わっているはず。】【シュリーナガルのダル湖】
2019.02.06
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きょうの岡山は元の寒さに戻りましたが日中はよく晴れて10℃以上まで上がっています。もっとも、半田山植物園は火曜日が休園日となっています。ということで前日、立春の日の半田山植物園の花のアルバムの続きです。園内で一番目をひくのは各種の梅ですが、中でも枝垂梅が見頃になってきました。白、ピンク、濃いピンクなどがあります。2月4日はポカポカ陽気になったこともあり、本来は3月頃から咲くはずの花も一輪ずつ開花していました。【枝垂梅各種】【ボタン。「香玉」という品種で、寒咲きではないようだ。】【参考:岡大構内のバラ。↑のボタンと似ている】【キンシバイ。これが一番花か。】【ハナニラの一番花】
2019.02.05
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立春の日の岡山は、最低気温7.1℃、最高気温は14.8℃というポカポカ陽気になりました。午後は、昨日に続いて半田山植物園へ。この日は、立ち入り禁止のロープの近くでもセツブンソウが開花しており、接写することができました。また、昨日は気づきませんでしたが、マンサク各種がすでに花を開き始めておりビックリしました。特に赤花系の「ディアン」という品種が見頃を迎えていました。【ハマメリス インテルメディア ディアン。マンサクとシナマンサクの交雑品種。花は赤色、花弁は細長いリボン状】【シナマンサクはまだ咲き始め】【ハマメリス インテルメディア エレナ。マンサクとシナマンサクの交雑品種。花は銅赤色。花弁は細長いリボン状。】【セツブンソウ接写】
2019.02.04
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節分の日の2月3日、岡山では午後から弱い雨が降っていますが、記録上の降水量は今のところ0.0ミリとなっています。前日の土曜日午後に半田山植物園を訪れたところ、早くもセツブンソウが花を開いていました。もっとも、厳重にロープで囲まれていて接写はできません。もう少し経つと、ロープ近くの株も開花してくるとは思いますが。ということで、昨年の写真も再掲しておきます。このほか、園内では梅や水仙、雪割草などが見頃となっていました。【2月2日のセツブンソウ。ロープで囲まれていて近づけず】【参考:昨年2月17日掲載のセツブンソウ】【雪割草】【セイヨウハシバミ(ヘーゼルナッツ)】【氷点下にもめげず咲き続けるレオノティス】【ケサランパサラン(フウセントウワタの綿毛)の出陣続く。よく見ると茎についているアブラムシも出陣準備か。】【温室のシャウエリア・カリコトリカ(キツネノマゴ科)】【日本水仙の階段】【寒紅梅は満開】
2019.02.03
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チベットの旅行記もいよいよ最終回です。観光最終日の夕刻、ダルバール広場からマカン・トーレ、インドラ・チョークのあたりを歩きました。その後、深夜便で広州、成田へと戻りましたのでこれが最後の観光ということになります。街並みは人が多く、しかもその中をバイクがくぐり抜けて通ったりして、凄い。地元ガイドさんはいくつか案内しておられましたが、とにかく、人やバイクにぶつからずに通行するのが精一杯でした。ま、何はともあれ、これで今回の旅行記は終わりです。チベット方面への旅行は、もともとは、カイラス山方面に向かって、チャンタン高原北ルートから拉薩に戻るツアーを申し込んでいたのですが残念ながら催行されませんでした。死ぬまでに一度は行きたいと思っています(本年もいちおう申し込んでいるのですが、人が集まるかどうかは不確実です)。いっぽう、ネパール・カトマンズのほうは今後再び訪れる予定はありませんので、私の人生としてはこれで見納めとなります。【ルートマップ再掲】【マカン・トーレからインドラ・チョーク方面】【首つり風マネキン】【いまにも崩れそうな屋根】【狭い路地が交差する】【ひときわ輝く黄金の塔。最近リフォーム?】
2019.02.02
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チベットの旅行記のほうも本日を含めてあと2回となりました。ダルバール広場の最後の観光は、地震の爪痕が痛々しいハヌマンドカ(旧王宮)でした。現在、建物内は立ち入り禁止。日本の支援による復旧工事が行われています。ちなみに隣接する建物は中国の支援によって工事が行われており、中国の支援であることが分かる大きな看板が掲げられていました。日本のほうは地味で、近寄らないとどこの国の援助なのか分からないように見えました。旧王宮の中庭、歴代国王の写真を展示している場所の前に、ソファとウ○チが展示?されていましたが、何のための展示なのか分かりませんでした。情報がありましたらコメントをよろしくお願いします。【日本と中国の支援による復旧工事。日本はアピールの仕方が地味?】【入口】【中庭】【よく分からないソファとウ○チ】【タレジュ寺院(たぶん)。こちらも復旧工事中】【巨木と根元の祠。名前は調査中】
2019.02.01
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