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8月30日から夏休み恒例の半田山植物園のナイトガーデンが始まりました。今年の8月は雨の日が多く心配されましたが、初日は雨も止み、夕焼けも見られるまずまずの天気でした。目玉は、パラグアイオニバス、夜型の熱帯スイレン、ヨルガオ、カラスウリ、ヤコウボク、マツヨイグサ、オシロイバナなどなどでした。パラグアイオニバスは1晩目に白い花が咲き、朝にいったん閉じてコガネムシ類を閉じ込めたあと、2番目にピンク色に変化して再び開花するという変わった花です。この日は2晩目の花が3輪咲いており、1晩目の花はこれから咲くところでした。1晩目の花が咲くまで待とうかと思ったのですが、真っ暗になってしまい撮影困難となったので咲く前に帰ることにしました。なお、ナイトガーデンはほぼ毎年訪れており、過去3年の記録は以下の通りとなっています。2018年9月3日2017年9月4日2016年9月3日|2016年9月4日【植物園入り口のキャンドル】【18時40分、ドクターイエロー下り検測が通過】【夕焼けの中、パラグアイオニバスの1晩目の花の開花を待つ人たち】【パラグアイオニバスの説明板】【1晩目の花の蕾。真っ暗で撮影困難となったので、けっきょく開花前に帰宅】【2晩目の花はすでに開花】【ヨルガオ。じつは夕方から開花している】【カラスウリの開花】
2019.08.31
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ベースキャンプ(テント場)は夜のうちにすっかり晴れ上がり、翌朝は、朝日にほんのり赤く染まるタバンボグド連山を眺めることができました。テント場には連泊し、希望者のみ氷河上の歩行体験、もしくはロシアとの国境の山まで往復する日程となっていました(私は後者を選択)。テント場を出発して40~50分ほどで、まずタバンボグド山群の登山基地となる本来のベースキャンプに到着します。ここからは最高峰のフィティンの全体が見える反面、手前のモレーンに遮られてアレキサンドル氷河(アレクサンダー氷河)やボターニン氷河はあまりよく見えませんでした。また、少し登った所からは、イーグル峰も見えていました。【この日のルートマップ】【テント場からの風景】【本来のベースキャンプ】【本来のベースキャンプ付近から眺めるイーグル峰4068m(但し、ロシア国境の山からはこの尖峰の左手にもう1つ高い山が見えており、そちらのほうがイーグル峰の可能性もある)】【本来のベースキャンプ付近から眺める最高峰フィティン4374m】
2019.08.30
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8月下旬に撮影した花のアルバムです。岡大構内ではサルスベリが見頃。ハナセンナ(アンデスの乙女)も咲き始めました。半田山植物園では通常の順路沿いのほか、湿性園の花も見頃となっています。雨の日が多く、入場者は殆ど見かけません。8月30日(金)から3日間、夏休み恒例のナイトガーデンが予定されており、園内では準備が進んでいます。雨に降られないといいのですが。【岡大構内】(サルスベリ)(アンデスの乙女、ハナセンナ、カッシア)【半田山植物園】(ヘメロカリス)(センニンソウ)(キハギ)(オミナエシ)(ダルマヒオウギ)【半田山植物園の湿性園】(ツリフネソウ)(オオバギボウシ)
2019.08.29
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トレッキング1日目はベースキャンプ到着前に雨に降られて苦労しましたが、まことに幸いなことに1時間ほど経つと雨が上がり、マルティン峰に沈む夕日や、アレキサンドル(アレクサンダー)氷河、ボターニン氷河の上空の美しい夕焼けを眺めることができました。また、この日の月齢は18で、夜明け前には西の空に丸い月が輝いていました。なお、この旅行記で「ベースキャンプ」と書いているのは私たちのテント場のあたりのことで、タバン・ボグド山群の登山基地となるベースキャンプは1kmほど奥に位置しています。本来のベースキャンプのほうが、最高峰フィティンがよく見えるいっぽう、私たちのテント場のほうはアレクサンドル氷河やナラン峰の南側がよく見えるという違いがありました。【ベースキャンプに到着】【雨上がりに映える高山植物】【マルティン峰に沈む太陽】【この日の夕焼け】【月齢18の月】
2019.08.28
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「天空の湖」から緩やかな坂道を登っていったところで、トレッキング1日目の最高地点の峠に到着しました。手持ちの高度計では標高3085mとなっており、この日の出発点ホーエレグ(2600m)から500mほど登ったことになります。峠にはオボーがありましたが、チベットのチョルテンとはかなり違っており、タルチョやマニ車はありません。時計回りに廻るところだけは同じでした。このオボーのある丘からは、今回初めてタバンボグド連山の全容を見渡すことができました。もっとも、目的地のベースキャンプ方面は雨模様で煙っており、実際、到着前には横殴りの雨とぬかるみに悩まされました。【丘の上のオボー。テント場からずっとついてきた犬「アルタイ」はオボーの脇で寝そべってしまいお別れとなった。】【丘の上からのパノラマ写真 A:アレキサンドル氷河、B:フィティン峰(雲に隠れている)、C:ボターニン氷河、この奥にモンゴル、中国、ロシアの国境あり、D:マルティン峰】【ベースキャンプに近づくに連れて悪天候となり、横殴りの雨】【ベースキャンプ近くのぬかるみ。さすがにこの先は四駆では進めない】
2019.08.27
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トレッキング1日目は、標高3000m前後にあった湖のほとりで昼食(ランチボックス)をとりました。今回のツアーで見た湖の中では最も標高が高く、タバン・ボグド連山の一部も見えていて、「天空の湖」と呼ぶのにふさわしい景観でした。この湖からは小川が流れ出しており、前日のテント場近くの川の源流の1つになっているように見えました。【湖とタバン・ボグド連山の一部】【湖から流れ出る小川】【湖周辺の高山植物。ポピー、スミレなど】
2019.08.26
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トレッキング初日は、標高約2600mのホー・エレグから標高3085mの峠まで緩やかな坂道を登り、その後、タバン・ボグド連山ベースキャンプに向かうという日程でした。標高が上がるにつれて、黄色いポピーなどの高山植物の花がたくさん見られるようになりました。このあたりの植生は、気候的に適しているという条件に加えて、放牧されている家畜類から食べられないという条件が大きく左右しているように思われました。要するに、有毒か、刺激性の強い味、棘などで身を守れることなどが必要かと思います。峠に近づくと、いよいよ、タバンボグド連山の一部が間近に見られるようになってきました。【道沿いの高山植物】【放牧風景】【荷物を積んであとから出発したラクダ隊に追い越される】【タバン・ボグド連山の一部が間近に見えてきた】
2019.08.25
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ホー・エレグのテント場からは、いよいよ徒歩による移動の始まりとなりました。テント場近くでは現地の人たちの放牧が行われており、早朝にテントを出たら目の前にヤクがいてビックリ。また、出発する頃には、荷物運搬のラクダ隊も到着しました。ラクダというと、雨の降らない平坦な砂漠に適した動物のように思いますが、雨が降る山道でもしっかり歩けることが分かりました。トレッキング出発の直後、犬が一匹が出現し、この日の行程の2/3までずっと着いてきました。現地ガイドさんによると、トレッキングのグループと一緒に歩くことの好きな野良犬で「アルタイ」という名前がついているとのこと。もっともこの日は左の前足を負傷しており、ずっと3本足で歩いていました(足の先が動いたので骨折ではないようです)。餌が目当てかと思って、昼食時にパン切れとチーズを与えましたが、少しだけ食べて残してしまいました。【この日のルート(青ライン)。赤い▲2は出発点のホー・エレグ。▲3は目的地のベースキャンプ。緑ラインは、翌日に歩いたロシア国境トレッキングのルート。】【テントのすぐ近くにヤクが出現】【水たまりには水草の花がいっぱい。】【ラクダ隊も到着】【湿地帯を歩く。先頭の女性は現地ガイドさん】【放牧されている馬たちが寄ってきた】【ついてきた犬。左前足を負傷していたが3本足で渡渉】
2019.08.24
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カザフ人のゲルを訪問したあと、専用車でトレッキング出発点のホー・エレグ(標高2600m)に向かいました。ここにはゲートがあり、四輪駆動車であればその先もまだ進むことができそうですが、一般的にはここまでが車、ここから先は徒歩またはホース・トレッキングとなるようです。車に積んでいたテント、食料などもここでラクダに積み替えました。テント場を標高差100mほど登った丘の上からは、目ざすタバンバグド連山の一部が見えてきました。【雪をかぶった山々が見えてきた】【ホー・エレグのテント場に到着。専用車による移動はここまで】【テント場遠望(水色の円内が私たちのテント)。近くではヤクの放牧】【テント場から標高差100mほど登った丘からはタバン・ボグド連山の一部が見えた】
2019.08.23
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2泊目のテント場に向かう途中、カザフ人のゲルを訪問しました。ちなみに、このツアーではゲルを合計3回訪問しましたが、うち2回はカザフ人、1回はトゥバ人のゲルでした。モンゴル西部は、モンゴル人よりもこれらの民族の人たちのほうが遙かに多いようです。カザフ人の場合はゲルではなくてユルトと呼ぶのではないかと質問したところ、実際のカザフ語では、ゲルともユルトとも呼ばず、キィーズ・ウィというような呼称になるとのこと【正確な発音は未確認】。これは"felt house"という意味だそうです。ゲルの中には生後8カ月の赤ちゃんが遊んでいましたが、そのうち昼寝の時間に。ベビーベッドは運搬しやすいように幅が狭くなっていて寝ている間に落っこちないかと心配しましたが、ちゃんと帯で固定して寝かしつけるようになっていました。縛り付けられているようにも見えますが、こういう寝かしつけ方のほうが成長が早いと言っておられました。【ゲルが見えてきた】【チーズを干しているところ】【子どもたちと乗り物。四駆やトラックもあったが、馬にも乗れる】【ゲルの内部と天井】【生後8カ月の赤ちゃん。寝る時は帯で固定】【近くには一族のゲルが点在】
2019.08.22
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テントで1泊したあと、専用車で2泊目のテント場に向かいました。この日の移動距離は110km前後で比較的短かったのですが、国立公園入域手続のために向かった管理事務所のスタッフが留守だったこともあり、別の事務所に向かったりして結構時間がかかりました。見どころとしては、なだらかな高原地帯の草花、目的地に近づくに連れて見えてきたアルタイ山脈の雪山などがありました。【2泊目のテント場までのルート】【ロシア製の四輪駆動車で未舗装道路を進む】【黄色い花のお花畑】【川の中州の赤紫色の花。たぶん、ヤナギラン】【峠の向こうにアルタイ山脈の雪山が見えてきた】【ヤクの放牧】
2019.08.21
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8月19日の岡山は、記録上の降水量は14時台の0.5ミリだけでしたが、朝から小雨模様の一日でした。岡大構内ではタカサゴユリが見頃となっていました。各種の百合の中でも花期が長く、ユリクビナガハムシの駆除さえちゃんとしておけばどんどん殖えます。【タカサゴユリ】【西門西側花壇のハクチョウソウ。6月中旬に草刈りが行われたが、予想通り、復活、開花した。】【文学部中庭花壇のナツズイセン】【津山線沿いのマルバルコウソウ】【半田山植物園のヨルガオ】【玄関先のパイナップルリリー。花期が長く重宝している】
2019.08.20
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モンゴル西部のウルギーからは専用車で郊外のテント場に向かうことになっていました。飛行機の到着が夕刻になったことなどから、当初予定のテント場よりウルギーにもっと近いところで1泊すると聞いていたのですが、スタッフの間で行き違いがあり、当初予定通りの、180kmも離れたところにテントが設営されていました。ということで、空港出発が18時半(日本時間20時半)、悪路を四輪駆動に揺られながらテント場に着いたのは23時半(日本時間25時半)というハードな移動になりました。あたりは真っ暗で、近くの川の音が聞こえている以外は全く様子が分かりませんでしたが、翌朝テントの外に出てみてビックリ。テントの周りは一面のお花畑になっていました。ま、こういう場所に泊まるためであれば悪路5時間の移動に耐えた甲斐があったというものです。【ルートマップ再掲。赤色が専用車のルート。テント場は▲1】【テント周辺の風景】【大型の蚊がいたが結局一度も刺されなかった。写真下はナキウサギ】【モンゴルの乾燥地でよく見かける多肉植物】【日が昇るにつれてゲンチアナも開花】【深夜に着いたため気づかなかったが、テント場は清流のすぐそばであった。】
2019.08.19
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ウランバートルからは国内線に乗って、ウランゴム経由でウルギーに向かいました。飛行機は座席が4列のプロペラ機で、私は通路側でしたが、ウランゴルで降りた人が多かったためそれ以降は左右どちらの窓際にも座ることができました。特に目を惹いたのはウランゴムからウルギーまでの区間で見えてきた標高4000m級の雪山でした。写真ではうまく撮れませんでしたが、中国やロシアとの国境の山々もかすかに見えていました。【ルートマップ】緑ライン:ウランバートルからの飛行機赤ライン:専用車による移動青ライン:トレッキング▲印:テント泊の大まかな位置。4箇所に合計6泊。【ウランバートルを出発。プロペラ機に搭乗】【ウブス湖の湖岸が見える】【ウランゴムの南西側にある4000mの山群。右側の窓から】【南側に連なる雪山。左側の窓から】【ウルギー空港へ着陸直前】【プロペラ機を降りる。現地時刻18時10分】
2019.08.18
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7月下旬に訪れたアルタイ山脈トレッキングのアルバムです。このツアーは、ウランバートルから国内線乗り継ぎでバヤンー・ウルギーに向かい、そこから専用車で、アルタイ山脈・タバンボグド山群の氷河付近、モンゴル・ロシア国境の山までトレッキングをする日程となっていました。テント6泊、1日の歩行距離10~15kmで、最近参加したツアーの中ではかなりハードな内容となっていました。年齢的にもそろそろ限界があり、テント泊主体のツアーへの参加は、私の人生ではこれが最後になるかもしれません。さて、まずはウランバートルに到着です。ホテルに1泊したあと、国内線出発の夕刻まで、スフバートル広場付近をぶらぶらと歩きました。ちなみにウランバートルは2007年8以来、12年ぶりとなります。2007年のウランバートルは、高原の避暑地のような雰囲気がまだ残っていましたが、その後の町の発展はめざましく、今回訪れた時には、高層ビルが林立し、道路は車で溢れて渋滞気味、夜はイルミネーションが輝く大都会に姿を変えていました。【バヤンゴルホテルの客室から眺める朝のウランバートル】【参考:2007年8月、パレスホテルの客室かが眺める朝のウランバートル。緑の山の中腹にあるチンギス・ハーンのお顔や国章の石組みがよく見えた。】【ウランバートルの中心部、スフバートル広場の風景】【ウランバートル郊外のゲル。「マンホール・チルドレン」の番組でも紹介されたあたりか】【町の発展を支えつつ、大気汚染が気がかりな火力発電所】
2019.08.17
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8月上旬、家族旅行で高知方面に行ってきました。一昨年は蒜山高原、昨年は大山と、山が中心だったため、今年は趣向を変えて高知県の海を選びました。当初はアンパンマンミュージアムや龍河洞の観光も予定していたのですが、孫たちの体調を考えて、滞在型の休養となりました。【途中の与島PA。いっときは寂れていたが、讃岐うどんの店や土産物店などが充実】【宿泊先のコテージにある展望露天風呂】【プールで遊ぶ】【近くのレストランから太平洋を見下ろす】【コテージ近くの海岸から太平洋の荒波を眺める】【可動橋。橋の開閉の様子はこちら参照】【坂本龍馬像。過去記録はこちらにあり】【桂浜。過去記録はこちらにあり】【はりまや橋と高知城】
2019.08.16
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8月14日の岡山は、最高気温が35.9℃という猛暑日となりました。また記録上の最低気温は26.6℃でしたがこれは20時49分の記録であり、朝は、午前5時に29.9℃、午前4時と6時が30.0℃となっていて、エアコン無しでは寝られない暑さとなりました(朝の最低気温はテレビでは27.2℃と言っていましたが未確認)。午後になってからは台風10号接近で風が強くなり、また16時台から雨が降り出しました。写真は、雨が降り出す前に訪れた半田山植物園の写真です。園内では誰にも会わず、この時間帯の入園者は私だけだったようです。なお、8月15日は台風接近に備えてすでに臨時休園が決まっているとのこと。山陽新幹線も在来線もすべて計画運休となっています。【強風でソメイヨシノの落ち葉や熟していないギンナンが路上に散らばる】【ヤブランの花】【ノウゼンカズラ】【フウセントウワタ】【パラグアイオニバス。蕾は多いが夜間のみ開花?】【キイロサナエだと思いましたが、昆虫写真掲示板でお尋ねしたところダビドサナエやヒメクロサナエの可能性もあるとのこと。情報ありがとうございました。】
2019.08.15
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エレヴァンを真夜中3時に出発し、帰途につきました。途中ドーハで乗り継ぎ(現地時刻7時45分頃離陸)、羽田到着は23時45分頃に到着となりました。予定より1時間遅れとなり、荷物受け取って税関を通過した時には24時25分頃となり、京急の終電に間に合わずタクシーで近くのホテルに向かいました。それにしても、羽田の終電が24時20分というのはちょっと早すぎ。ま、それはそれとして、帰路は左側窓際席が割り当てられたため、ドーハから北京上空あたりまではずっと明るく、機上からの眺めを楽しむことができました。特に目を惹いたのは、イラン上空からの風変わりな地形、塩湖など、それとウルムチ手前の天山山脈越えでした。【ルートマップ。デジカメのGPSによる推定と、飛行機のフライトマップより】【ドーハを離陸】【イラン上空。何かの遺跡?】【イラン上空。巨大な塩湖】【巨大な湖(貯水池?)】【ウルムチ手前の天山山脈越え】
2019.08.14
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このツアーの日程では、エレヴァンのホテルに連泊することになっていました。と言っても、エレヴァンの飛行場の出発が真夜中の3時、そのためホテルのロビー集合が23時45分になっていて、殆ど眠ることはできませんでした(しかも、目が覚めたら23時50分になっていて大慌て)。ちなみにこの日は、夕食後、すぐにホテルに戻るグループと、噴水広場で噴水ショーを見物しながら徒歩でホテルに戻るグループに分かれて解散となりました。私は前者を選んだため、噴水ショーはバス車窓からの見物のみとなりました。ところが、ホテルに着いてしばらくすると、稲妻が走り猛烈な雨が降ってきました。後者のグループの人たちはずぶ濡れとなり、まことに気の毒な結果となりました。【エレヴァン中心部】【噴水ショーとイルミネーション】
2019.08.13
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エレヴァンのホテルには2泊しましたが、中1日はゲガマ山麓フラワーハイキング(ゲガルド修道院、ガルニ神殿への観光含む)となっており、2泊目は深夜に空港に向けて出発したため、エレヴァン市内の観光は含まれていませんでした。あくまで専用バスの車窓から眺めた限りですが、近代的な建物がある一方、旧ソ連時代に建てられたと思われる古めかしいアパートも残っており、貧しそうな印象は否めませんでした。それでも町の中は車が多く、渋滞で待たされることもしばしば。また、横断歩道の青信号の時間が短く、道路を渡るのに苦労しました。【横断歩道の青信号。広い道なのに5秒で点滅、10秒で赤に変わる】【郊外では、ロシアから供給されているという天然ガスのパイプが目立つ。周辺諸国との軋轢もあり、自立的な経済発展は大変そう。】【車の数は多い】【アルメニア正教の信者が多い国だが、モスクもちゃんとあった】【古めかしいアパート。大地震が心配】
2019.08.12
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アルメニア観光の最後は、ガルニ神殿の見学でした。ガルニ神殿はアルメニアに残る唯一のヘレニズム様式で、紀元前3世紀から紀元1世紀頃の建築。「太陽の神殿」と呼ばれ、キリスト教とは異なる太陽神「ミトラ(ミトラス)」に捧げられたものだそうです。17世紀の地震で倒壊しましたが、1970年代に再建、但し、再建の際に新しく使われた石材の比率が多すぎたために世界遺産には登録されていないとのこと。なお、この近くには「ストンシンフォニー」という玄武洞のような柱状節理の世界自然遺産があるそうですが、時間の関係で行かれませんでした。【神殿内で結婚式をやっていた。剣をかざした男性あり。アルメニア正教とは異なる宗教らしい】【天井や壁面の彫刻】【36.5℃の暑さ】【神殿周辺の珍しい地形】【周辺の村ではサクランボがいっぱいなっていた】
2019.08.11
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ゲガマ山麓のフラワーハイキングを終えた後、近隣のゲガルド修道院を見学しました。2000年にユネスコ世界遺産に登録された施設であり見どころ満載のはずでしたが、今回のツアーはフラワーハイキング目的の人たちが殆どでしたので、遺跡観光にはそれほど興味を示しておられなかったようです(私もその一人)。石灰岩の洞窟を利用して作られた僧院で、聖槍の一部が保管されているとか。観光客ばかりでなく、信徒と見られる地元の人たちも大勢訪れており、参道では、関連グッズが売られていました。【僧院に登る道。ハチカルはアルゼバイジャン領内にあるものの複製】【信者むけのハトと花飾り。ハトは、願い事を祈って飛ばすらしい。】【門をくぐり僧院へ】【ろうそくをともす信者たち】【僧院内部。光が射し込む】【水が湧き出しているところ。たぶん「聖なる水」】【2階の穴ごしに1階を見下ろす。宗教的意味は不明】
2019.08.10
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昨日に続いて、アルメニア・ゲガマ山麓のアルバムです。山を下っていくにつれて、違った花も見られるようになりました。(村が見えてくる。黄色い花はウイキョウの仲間?)(これは花ではなくて種)(紅花?)(イヌバラ)(白い花。種名未確認)(バーバスカムの仲間。道を下るにつれて数が増えてきた)
2019.08.09
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昨日の続きです。このフラワーハイキングでは、四輪駆動車で標高2000m前後の大草原のあたりまで登り、そこから道沿いの花を観賞しながら下るというコースになっていました。標高によって若干の植生の違いが見られました。【大草原の花】【花と昆虫】(シロチョウの仲間)
2019.08.08
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コーカサス花旅のアルバムの続きです。アルメニア・エレヴァン滞在中、ゲガマ山麓のフラワーハイキングに行きました。このツアーではジョージアで2コース、アルメニアで3コースのフラワーハイキングが計画されており、今回が5番目のフィナーレということになります。↓のルートマップが示すように、ゲガマ山脈はエレヴァンの東、アルメニアの中央部にあり、訪れたあたりの標高は標高1800~2000m前後となっていました。前日に歩いたセミヨノフカ峠やセリム峠に比べると、バーバスカムなどの黄色い花が目立っていました。ガルニ村というところから4WDのミニバスに乗り換えて山麓に向かいましたが、この車が50年前に旧ソ連時代に作られたもので、すでにナンバープレートは外されており、地元の山道のみ通行が認められているという、クラシックな車体でした。こんなに古い車に乗ることはたぶん2度とないでしょう。【この日のルートマップ。エレヴァンを出てゲガマ山麓でハイキング、その後2つの僧院を見学】【1970年代、旧ソ連で作られたというクラシックカーに乗車】【岩がゴロゴロしている急な坂もしっかりと走行】
2019.08.07
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8月5日の岡山は13時台から16時台まで35℃以上の猛暑が続き、最高気温は36.6℃まで上がりました。午後は、心肺機能の鍛錬と暑熱馴化のため半田山植物園へ。1月1日から106回目の入場となりました。園内ではシダレエンジュが見頃に。また、睡蓮池の近くではチョウトンボ1匹が羽根を休めており、接写に応じてくれました。台風8号接近の影響で時折強い風が吹いていたため、止まり木に必死に掴まっていてカメラには注意が向かなかったようです。【モネのヒマワリ】【クサギ】【アマランサス・タワー】【シダレエンジュの花と木陰】【ヤブミョウガ】【チョウトンボ、撮り放題】
2019.08.06
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今回のツアーの1つの目的は、エレヴァンからアララット山を眺めることにありました。アララット山は、2010年の東トルコ旅行の時に、ドゥバヤズィットのホテルから眺めたことがありますが、アルメニアからも一度は眺めたいと思っていたところです。しかし、天気はほぼ快晴であったものの、山腹に雲がかかっていたり、空気全体が霞んでいたため、実際にその雄姿を目にすることができたのは、エレヴァン到着の翌朝だけでした。ちなみに、東トルコ旅行の際には、トルコ領内から、アルメニアとの国境に隣接したアニ遺跡(下のほうに再掲)を見学したこともありました。深い谷の向こう側がアルメニアです。なお、ウィキペディアには、このあたりの国境について以下のような記述がありました。第三者の私としてはあくまで中立的立場を貫くしかありませんが、とにかく平和を願うばかりです。...1920年のセーヴル条約に基づき、旧ロシア帝国領側に住むアルメニア人がアララト山の麓まで領土に含めたアルメニア国家を独立させる運動に乗り出したが、旧オスマン帝国領側に獲得した領土はトルコ革命軍によって奪還されてしまい、ロシア側も赤軍の侵攻によってソビエト連邦に組み入れられた。これ以降、アララト山はトルコ領となるが、1991年のソ連解体によって独立したアルメニア共和国はこのトルコとソ連によって引かれた国境を承認していない。アルメニア・ソビエト社会主義共和国時代においてもアルメニア人のシンボルであることは変わらず、国章にアララト山が用いられていた。現在の、独立後のアルメニアの国章についても盾の中央にアララト山をあしらっており、アルメニア人虐殺とあいまって、領土要求を警戒するトルコとの間で水面下の対立が続いている。【エレヴァンの近く、「勝利の橋」から眺めるアララット山】【エレヴァン近郊のアララット山展望台。霞んでいて殆ど見えず】【トルコ側のドゥバヤズィットから眺めるアララット山。】【トルコ領内にあるアニ遺跡。谷の向こう側はアルメニア】
2019.08.05
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ノラヴァンク修道院を見学したあと、アルメニア南西部を通って首都エレヴァンに向かいました。デジカメのGPS機能で帰国後に確認したところ、アゼルバイジャン飛地やトルコとの国境のすぐ近くを通っていたことが確認できました。驚いたのは、Googleなどの地図で表示されている「カルキ」というアゼルバイジャン飛地を知らぬ間に通過していたことです。ウィキペディアによると、現在はアルメニアに実効支配されており、アルメニアで配布された地図には飛地の表示はありませんでした。その後訪れたホルヴィラップ修道院は、トルコとの国境スレスレにありました。但し、トルコ領のアララット山は雲がかかっておりしかも霞んでいて、稜線の一部がかすかに見えるだけでした。現在の国境がどのような経緯で確定したのかは勉強不足で分かりませんが、いずれにせよ、この地域には「我が国固有の領土」なる概念は存在せず、それぞれの時代の力のバランスの中で変化していったものと思われます。ま、とにもかくにも、平和が保たれることを願うばかりです。【ルートマップ再掲】【ルートマップの一部。この地図ではカルキはアゼルバイジャン飛地として表示されている。】【アルメニアで配布された地図。「Republic of Artsakh (Nagorno-Karabakh)」の表示がある一方、カルキは飛地としては表示されていない。】【カルキ付近の風景】【トルコとの国境近くの町。コウノトリの巣がいくつか。コウノトリは自由に国境を越えることができる。】【ホルヴィラップ修道院に到着。トルコ領のアララット山は霞んでいて、稜線の一部がかすかに見える程度】【地下牢が2つ。1つは聖グレゴリウスが閉じ込められていたという。】
2019.08.04
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ノラヴァンク修道院は、アマグー渓谷から急斜面を登りつめたところにあります。ネットで調べたところ、未完の階段が残る「聖アストヴァツァツィン教会」、十字架の形をした「聖カラペト教会」、獅子と人間が融合したレリーフがある「聖グリゴール教会」の3つの教会から構成されているようです。このうち、「未完の階段」は教会の外壁に取り付けられており、手すり無しの階段(但し、壁側にロープあり)を登ることで2階の礼拝堂に上がることができます。事故の危険があるため、現地ガイドは推奨していませんでしたが、チャレンジ精神旺盛な人たちがみな登っていました。このほか、敷地内の井戸?にも階段がついていて下に降りられるようになっていました。【修道院入り口】【見学の前に、すぐ近くのレストランで昼食】【敷地内の風景】【「未完の階段」を登る人たち】【私も登ってみた。礼拝堂の天井や鐘が見えた】【「聖カラペト教会」のレリーフ。キリストを抱いている聖母マリア。上のレリーフは、アダムの頭を持っているキリスト。】【井戸に下る階段もあり。上から見る限り何もなさそうなので、降りなかった】
2019.08.03
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セリム峠を下ったあとは、イランやアゼルバイジャン飛地との国境に近いアマグー渓谷を通って、ノラヴァンク修道院に向かいました。アマグー渓谷は全体的に赤っぽい石灰岩から形成されており、一部は回廊のようになっていました。今回のツアーでは最も南の地点であり、35℃以上の暑さでした。【ルートマップ再掲】【アマグー渓谷(往路)】【アマグー渓谷(帰路)】
2019.08.02
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7月29日続いて、コーカサス山麓のアルバムです。標高2410mのセリム峠を少し下ったところには、隊商宿(キャラバンサライ)がありました。1332年建築。アルメニア国内では最も保存状態が良いとのことで、実際、内部をリフォームすれば今でも充分に使えそうな状態でした。山麓にあり眺望も抜群。また、オリエンタルポピーや、種名未確認の花がいくつか咲いていました。【ルートマップ再掲】【キャラバンサライへの道】【周辺で咲く花】【入口】【内部】
2019.08.01
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