全55件 (55件中 1-50件目)
『条件とはなんだ?』『サラエボから、オーストリア軍を撤退させること―それが、わたくしどもが貴方に出す条件です。』『嫌だと言ったら?』『貴方は本当に、オーストリアの事を思っていらっしゃるのですね。流石、世界を冠する帝国の皇太子様です。』男の皮肉めいた言葉をルドルフは無視して彼を睨んだ。『わたしを睨んでも、貴方の恋人は自由になれませんよ?』『お前達は何が狙いだ? わたしに何をさせたいんだ?』『ルドルフ様、貴方はお父君と仲違いされているようですね? 実の親子でも、価値観は違うものです。』『話をすり替えるな。』『あなたは、国と恋人、どちらかひとつを選ぶとしたら、どちらを選びますか?』『お前の下らない話に付き合っている暇はない。』ルドルフは男に銃口を向けると、引き金に手を掛けた。『おい、ルドルフ達は何処へ行った?』『それはわたしには解りかねます。』『お前、仮にもルドルフの従僕だろう? あいつが取った部屋の番号くらい思い出せ!』『確か、2620号室です。』よし、ルドルフがあいつを殺さない内に部屋へ行くぞ!』 ヨハンとゲオルグが2620号室の前に立つと、部屋の中から何の物音も聞こえてこなかった。『もしかして、ルドルフはもうあいつを殺しちまったのか?』『殿下、お部屋にいらっしゃいますか? いらっしゃったのならドアを開けてください!』ゲオルグがそう叫んでドアをノックすると、数秒も経たぬうちに中からルドルフが顔を覗かせた。『大声で騒ぐな、煩い。』『申し訳ございません、殿下がおかしな真似をするのではないのかと、大公様がおっしゃったので・・』『ルドルフ、そのキスマークはどうした?』ヨハンは仏頂面を浮かべているルドルフの首筋に赤い痣が散っていることに気づいた。『それは、部屋で伸びている男に聞くんだな。』 ヨハンとゲオルグが部屋に入ると、そこにはソファの上で伸びている男の姿があった。彼の頬には、ルドルフから殴られたであろう拳で出来た赤紫色の痣と、引っ掻き傷があった。男の近くには、粉々に砕け散った花瓶と、薔薇の花弁が散っていた。『一体ここで何があったんだ?』『こいつに迫られた。今までタマキの居場所を吐かせようとしていたのだが、こいつが突然わたしをベッドに押し倒そうとしたから、拳で顔を殴って爪で引っ掻いた上に、近くに置いてあった花瓶で頭を殴った。まったく、酷い目に遭ったものだ。』『ご無事で何よりでした、殿下。傷の手当てを致しましょう。』ゲオルグは血に濡れたルドルフの拳を見ると、あたふたとした様子で浴室へと向かった。『こいつをどうする?』『縛り上げろ。大公、わたしはこいつに触れたくないから、後は任せたぞ。』『人使いが荒い奴だぜ、まったく。』ヨハンは溜息を吐くと、拳をポキポキと鳴らした。 黒衣の男が目を開けると、自分は椅子に縛り付けられていた。『よぉ、お目覚めかい?』『あなたは・・ヨハン=サルヴァトール大公!』『俺の顔を覚えてくれているとは有り難いねぇ。さてと色男さんよ、これからじっくりと俺に付き合って貰うぜ?』『あなたには用はない、ルドルフ様は何処だ!』『あぁ、あいつなら別のホテルに移ったよ。』ヨハンはそう言うと、男に裸絞めを喰らわせた。『こんなのは序の口だ。お前が知っている事を全て吐け。そうしないと、俺がお前をベッドに押し倒してやろうか?』男はヨハンの脅迫に屈し、自分が知っている事を全て彼に話した。にほんブログ村
2015年10月31日
コメント(2)
―ルドルフ様が、サラエボへお発ちになられたそうよ。―まあ、サラエボへ? 今あそこは危険ではないの?―そういえば、あの子の姿が最近見えないわね。―あの子って? 優駿が王宮の廊下を歩いていると、女官達が廊下の隅に固まって噂話をしていた。「優駿さん、環ちゃんまだ見つからないのかい?」「ああ、そうみたいだ。」優駿はそう言うと、小春と共に王宮図書館へと向かった。 環がサーカスで行方不明となって数日が経った。彼の消息は依然として判らず、わかっているのはルドルフの元に一通の手紙が届いたことと、その手紙を受け取った直後に彼がサラエボへと発ったことだけだ。「もしかして、環はサラエボに居るんじゃないか?」「サラエボに?」「さっき女官達の話を聞いていたら、ルドルフ様がサラエボへ発ったのがあの手紙が届いた直後のことだ。きっとその手紙には、何か環のことが書いてあったに違いない。」「優駿さん、冴えているじゃないか。環ちゃんがもしサラエボに居るとしたら、あたし達もサラエボに行かないとね。」「ああ、そうしよう。」 優駿と小春は、その日の内にサラエボへと向かった。 一方、彼らより一足先にサラエボへと到着したルドルフ達は、滞在先のホテルのロビーで手紙の差出人が来るのを待っていた。『本当に来るのでしょうか?』きっと来る。』ヨハンとゲオルグが観葉植物の後ろにあるソファから様子を見ていると、黒衣を纏った一人の男がホテルに入って来た。男はフロントの前に通過し、ルドルフが座っているソファの方へと向かった。『お手紙は受け取ってくださったようですね。』『お前の目的は何だ?』『それはお部屋でお話しいたします。』『解った。』 ルドルフは男とともに昇降機に乗るのを見たヨハンとゲオルグも、二人の後を追った。『タマキは無事なのか?』『ええ、今のところは。』男の言葉を聞いたルドルフの眦(まなじり)が上がった。『それは、どういう意味だ?』『言葉通りです。貴方方がおかしな真似をしたら、人質の命はないと思ってください。』『貴様・・』ルドルフが男に銃口を向けると、彼はルドルフに向かって薄笑いを浮かべた。『その物騒なものを早くしまってください、皇太子様。』男の言葉に舌打ちしたルドルフは、拳銃をコートの内側にしまった。その時昇降機の扉が開き、華やかに着飾った貴婦人達が姦(かしま)しくお喋りをしながら昇降機の中へと入って来た。『ねぇ、聞きまして? ルドルフ様が急に王宮から姿を消したのですって。』『以前から皇帝陛下との仲が余り宜しくないというお噂は聞いておりましたけれど、もしかして完全に仲違いされたのかしら?』『まさか、そんな事ありませんわ。』『ルドルフ様は一体何処へ消えてしまわれたのかしら?』 その“ルドルフ様”が自分達の前に居ることなど気づかずに、貴婦人達は好き勝手にお喋りをしながら、昇降機から降りていった。『やっと静かになりましたね。』男はそう言ってルドルフに微笑むと、彼の手を握った。『気色悪いことをするな。』『これは失礼。』男はルドルフに謝ったが、彼の手を握ったまま昇降機から降り、部屋に入った。『そちらへお掛け下さい。』『タマキは何処に居る?』『貴方の恋人は、わたしの友人に預かって貰っています。あなたがわたくしどもの条件を呑んでくださるのなら、貴方の恋人を解放致しましょう。』男の琥珀色の双眸が、冷たい光を放ちながらルドルフを見た。 にほんブログ村
2015年10月31日
コメント(0)
※BGMとともにお楽しみください。『どうして、あなたが・・』『おや、一度しか会ったことが無いのに、わたしの事を憶えていてくれていたんだね?』環の顔を覗き込んだリーヒデルトは、そう言った後口端を上げて笑った。『あの人達は、一体何者だったのです?』『彼らは金で雇われた、ただそれだけだ。』リーヒデルトは環の黒髪を一房梳くと、環の帯に挟まれている懐剣を抜き取った。『綺麗な顔をしているね・・その顔に傷がついたら、あの方はどう思うのかなぁ?』『やめて、殺さないで!』環がそう言ってリーヒデルトに命乞いをしたが、彼は懐剣を鞘から抜き、白銀の刃を環に向かって振り翳(かざ)した。【旦那、この娘っ子はどうします?】【馬車に乗せろ。それと、この雑魚共の遺体を早く片付けろ。】【へぇ。】リーヒデルトの使用人は、椅子に座ったまま気絶している環を馬車まで運んだ。【悪く思うなよ、お嬢ちゃん。】リーヒデルトと環を乗せた馬車は、静かに廃屋から去っていった。 翌朝、環が目を開けると、そこは何処かの貴族の寝室のようだった。カーテンから射し込む朝日の眩しさに目を細めた環は、寝台から半身を起こした時、肩先まで切り揃えられた髪を見て泣きそうになった。 環はルドルフに情事の後、長い髪を梳いて貰うのが好きだった。その髪が、今はリーヒデルトによって無残に散切りにされてしまった。この髪を見たら、ルドルフは自分に失望するだろうか―そんなことを思いながら環が寝台から降りると、ドアが開きメイドが部屋に入って来た。『タマキ様、お召し替えを。』『ここは何処ですか?』『ここは、サラエボにあるローゼンバイツ様のお屋敷です。』メイドは環の問いに事務的な口調で答えると、クローゼットから薄紫色のドレスを取り出した。『今からコルセットを締めますので、寝台の柱に掴まってください。』 着替えを終えた環が寝室を出てダイニングルームへと入ると、そこにはリーヒデルトとフロイデナウ競馬場で会ったハインツ=フェリードの姿があった。『ハインツ様、どうしてあなたが・・』『ハインツは、英国の寄宿学校時代からの親友でね。今回の計画を持ち出してきたのは、彼だった。わたしはそれに乗った、それだけさ。』『計画?』『そうさ。君をルドルフ皇太子様から二度と愛されないようにするための計画さ。』『どうして、そんな事をなさるのですか?』『どうしてって?』ハインツは椅子から立ち上がると、環の両肩を掴んで彼の華奢な身体を揺さ振った。『君が憎いからに決まっているじゃないか!君は、いつもあの方の心を独占してばかりいる! わたしがあの方を―ルドルフ皇太子様をどれだけ想っているのか、知らない癖に!』ハインツは環の首を絞めると、リーヒデルトが慌てて二人の間に割って入った。『ハインツ、殺しては駄目だ。殺したら計画が台無しだ、冷静になれ。』ハインツは環を突き飛ばすと、ダイニングルームから出て行った。『済まないね、タマキさん。ハインツは昔からルドルフ皇太子様に憧れていたから、ルドルフ皇太子様の寵愛を受けている君の事が気に入らないのさ。』 リーヒデルトはそう言うと、環の肩を優しく叩いた。同じ頃、ホーフブルク宮に一通の手紙が届いた。『親愛なる我らが皇太子様へ、あなたの大切な舞姫はわたし達の元で預かっている。返して欲しくば、サラエボに来られたし。 ―H―』 簡潔な文章で纏められた手紙を読み終わったルドルフは、それを丸めて屑籠に放り込もうとした。その時、封筒から一房の黒髪が滑り落ちた。『大公、サラエボへ向かうぞ。』『どうした、ルドルフ?』『タマキはサラエボに居る。タマキは生きている!』(タマキ、必ずお前を見つけてやる・・それまで無事でいてくれ!) にほんブログ村
2015年10月31日
コメント(2)
ホーフブルク宮を飛び出したルドルフは、その足で警察署へと向かった。『失礼ですが、何かご用でしょうか?』『ここの責任者は誰だ?』『申し訳ありません、生憎署長は外出中でして・・』ルドルフが警察署の窓口に居た制服警官にそう尋ねると、彼は渋面を浮かべてルドルフに詫びた。『ならば、署長が戻るまでここで待たせて貰おう。』ルドルフはそう言うと、廊下に置いてあるソファに腰を下ろした。だが幾ら彼が待っても、署長が警察署に戻ることはなかった。(無駄足だったな。警察は役に立たん。) 舌打ちをしながらルドルフが懐中時計を取り出すと、既に時刻は十時半を回っていた。環がサーカスで拉致されてから、四時間以上も経っている。自分が警察署で待ちぼうけを喰らっている間、環が一体どんな酷い目に遭っているのか―それを想像するだけでも、ルドルフは怒りで血が沸騰しそうだった。『ルドルフ!』あてもなくルドルフがウィーンの街を歩いていると、黒馬に跨ったヨハンとゲオルグが彼の前に現れた。『大公、ゲオルグ、どうしたこんな夜中に?』『それはこっちの台詞だ。タマキの居場所は判ったのか?』ヨハンの問いに、ルドルフは静かに首を横に振った。『タマキが今何処に監禁されているのかも判らないし、タマキを拉致した奴らの正体も目的も判らない。八方塞がりとはこの事だな。』『警察に何か情報が入っているかもしれません。警察署に・・』『さっき行ったが、署長は外出中だそうだ。こんな時に警察は全く役に立たんな。』ルドルフがそう呟いた時、空から静かに雪が降って来た。『俺の後ろに乗れ、ルドルフ。』『わかった。』(タマキ、どうか無事でいてくれ・・) スラブ語で何かを話す男達の声で、環は眠りから覚めた。【なぁ、これからどうする?】【あいつはこの娘っ子さえ攫(さら)ってくれれば金をくれるとか言っていたけどよ、信用できるのか?】【貴族の旦那を疑ってどうすんだ。】【けどよぉ・・】【お前達、一体そこで何を騒いでいる?】男達の会話は、闇の中から突如聞こえた玲瓏な声によって中断された。【旦那、例の娘っ子を連れてきましたぜ。】【それはご苦労。】【金はくれるんですよね?】【ああ。だがその前に、お前達には消えて貰おう。】コツコツと上質な革靴の音を響かせながら、声の主はそう言うと男達に銃口を向け、躊躇(ためら)いなく引き金を引いた。『馬鹿な連中だ、金に目が眩んで命を失うとは・・これだから貧乏人は嫌いだ。』 月光に照らされた声の主の姿が明らかになると、環は絶句した。『やぁ、怖い思いをさせて申し訳なかったね。』 ブロンドの髪を夜風に靡かせながら、リーヒデルト=ローゼンバイツはそう言って環に向かって優雅に微笑んだ。にほんブログ村
2015年10月31日
コメント(2)
「あ、こんな所にあった。」 公演が終わり、人気のない天幕の中へと入った環は、自分達が座っていた座席に家宝の懐剣が置かれていることに気づいた。ヴァレリー達の元へと戻ろうとした環は、自分の背後に数人の男達が忍び寄っていることに全く気づかなかった。『いたぞ、こっちだ!』『逃がすな!』男達の声に気づき、慌てて逃げ出そうとした環だったが、その前に誰かに鳩尾を殴られて気絶した。『お兄様、大変ですの!』『マリア=ヴァレリー、淑女ならばノックを・・』『タマキが、居なくなってしまいましたの!』 執務室に突然ノックなしに入って来た妹をいつものように咎めようとしたルドルフだったが、彼女の言葉を聞いた瞬間、驚きで羽根ペンを折ってしまった。『それはいつのことだ?』『サーカスが終わった後、タマキ様が忘れ物をしたと天幕の中へと戻って行ってしまわれて・・余りにも遅いので天幕の中を見ましたら、誰もいらっしゃらなかったのです。』『そうか。』『お兄様ごめんなさい、わたしがタマキをサーカスに誘ったりしなければ、こんな事には・・』そう言って泣きながら自分に許しを乞う妹の頭を、ルドルフは優しく撫でた。『そう自分を責めるな、マリア=ヴァレリー。過ぎてしまった事を悔いても仕方がない。タマキを無事に見つけることが大事だ。』『ヴァレリー様、お部屋へ参りましょう。』世話係がマリア=ヴァレリーを連れて執務室から出て行くと、ルドルフは蒼褪めた顔をゲオルグに向けた。『殿下、落ち着いてください。』『ゲオルグ、わたしが取り乱しているように見えるか?』『いいえ。ですが・・』『父上には・・陛下にはわたしは外出中で暫く王宮に戻らないと伝えろ。』『お待ちください殿下!』自分を制止しようとするゲオルグの声を無視し、ルドルフはコートを羽織りホーフブルク宮から飛び出した。『ゲオルグ、ルドルフは何処に居る?』『先ほどタマキさんが何者かに拉致され、その知らせを聞いた殿下が何処かへ外出されました。』『あいつの行きそうな所に心当たりは?』『ございません。』『畜生、面倒な事になりそうだな。ゲオルグ、俺と一緒に来い。ルドルフがおかしな事をする前に、あいつを止めるぞ!』『はい!』 一方、サーカス団の天幕の中で何者かに殴られ、拉致された環は、自分が何処かの廃屋に監禁されていることに気づいた。【お目覚めかい、お嬢ちゃん?】【こいつが、皇太子が今ぞっこんになっているっていう東洋の娘っ子か。可愛い顔をしていやがる。】【まだまだ時間があるから、俺達も楽しむことにしようか。】 椅子に縛られ、恐怖に怯えた目で自分達を見つめる環を、男達はせせら笑った。男達の一人が環の前に進み出て、上着のポケットから銀色に光るナイフを取り出した。時折ナイフの刃を環にちらつかせながら、男は彼の首筋を舐めた。環は恐怖のあまり叫びそうになったが、唇を噛み締めてそれを堪えた。【いい匂いをさせていやがる。こりゃ香水か?】【フランス製の香水に違いねぇ。それにこの服も高そうだぜ。】前歯が欠けた男はスラブ語でそう言うと、環の振袖を掴んだ。【さぁて、俺達とじっくりと遊ぼうぜ、お嬢ちゃん?】(助けて、ルドルフ様・・)環は死の恐怖に怯え、涙を流した。※【】内での会話はスラブ語です。 にほんブログ村
2015年10月30日
コメント(0)
『ルドルフ様、バルカンの方で一週間前に暴動が起きたことはご存知で?』『ええ、存じ上げておりますよ。』国内情勢―特に常に民族問題で火種を抱えているバルカン半島情勢について、ルドルフはいつも目を光らせている。 彼の地には、幾つもの言語や文化、宗教や民族などが入り乱れ、混沌の坩堝(るつぼ)と化している。それが環とどう関係があるのか―そう思いながらルドルフがリーヒデルトの方を見ると、彼は上着のポケットから一枚の新聞記事を取り出した。 そこには、フロイデナウ競馬場内のレストランで仲睦まじく昼食を取るルドルフと環の写真が映っていた。『いつの間にこんな物が・・』『新聞記者は、皇室関係の醜聞に対して嗅覚が鋭いのです。特にルドルフ様、あなたとタマキとのロマンスを面白おかしく書く連中がこれから後も絶たないでしょう。』リーヒデルトは嬉しそうな口調でそう言うと、新聞記事の四隅をきちんと折り畳んで上着の内ポケットにしまった。『その新聞記事と、バルカンで起きた暴動と一体どんな関係が?』『実は、バルカンで暴動を起こした、正しく言えばそれを扇動した者が、タマキを狙っているという噂を聞きました。』 リーヒデルトの話によれば、バルカンで暴動が起きた日の夜、ウィーン市内の大衆酒場で数人の男達が環の事を話していたという。『彼らは、周囲を気にしているようで、時折“拉致”や“監禁”といった物騒な言葉がわたしの耳に入ってきました。暫くタマキに護衛をつけたらいかがでしょうか?』『それはご親切にどうも。』『いいえ。』 リーヒデルトが少し腰を浮かせてソファから立ち上がろうとした時、執務室にコーヒーカップを載せた盆を持った環が入って来た。 『もう、お客様はお帰りですか?』『あなたが、タマキ?』『はい、そうですが・・』『噂には聞いていましたが、美しい方ですね。』リーヒデルトの執拗な視線を感じ、環は一歩彼から後ずさった。『ではルドルフ様、わたしはこれで失礼致します。』執務室のドアが閉まり、環は近くのテーブルにコーヒーを載せた盆を置いた。『ルドルフ様、これからヴァレリー様と出かけてきます。』『そうか。タマキ、今日からお前に護衛をつけることにした。』『大丈夫です、武道の心得がありますし・・』『念の為だ。いいか、必ず単独行動はとるなよ、わかったな?』『はい・・』ルドルフに半ば気圧(けお)されるように、環は彼の言葉に頷いた。(さっきのルドルフ様、何処か様子が変だった・・さっきあの人と一体何を話していたのだろう?)『タマキ、どうしたの?』『申し訳ありません、ヴァレリー様。少し考え事をしておりました。』 ホーフブルク宮を出た環は、マリア=ヴァレリー達とともにウィーン郊外で開催されているサーカスへと向かった。 サーカスの天幕(テント)の中で演技をする虎や象、縞馬達を見た環は、ヴァレリーとともにはしゃいだ。『すごく楽しかったわぁ~、今度はお兄様も連れて行きたいですわ。』『それはいいですね。今度、ルドルフ様もお誘い致しましょう。』 サーカスの公演が終わり、馬車へと戻ろうとした環は、家宝の懐剣を天幕の中に置き忘れてしまったことに気づいた。『タマキ、何処へ行くの?』『忘れ物を取りに行って参ります。すぐに戻りますから心配しないでください。』 ヴァレリー達に背を向け、天幕へと向かう環の姿を、近くの茂みから数人の男達が見ていた。 にほんブログ村
2015年10月30日
コメント(2)
今までこのブログで何度か濡れ場を書いたことがありましたが、ここでは余り生々しい描写は控え、淡白な描写で書いています。でも、それだけでは気持ちが収まらないので、近いうちに「なろう」サイト様のR18サイトの方で官能小説みたいなものに挑戦しようと思います。今連載中の「蒼―lovers―玉」と設定がかぶりますが、時代設定は現代で、主人公・環がピチピチ現役女子高生の予定です。ルドルフ様はイケメンリア充セレブ大学生(←何だそりゃ)で、環の兄・涼介とは大学のサークル仲間。タイトル・話数ともに未定です。まぁ、いつUP出来るかどうかわかりませんがね。※追記↑の設定どおりに書いてみたものの、見事に挫折しました。
2015年10月30日
コメント(2)
『まったく、煩い奴だな。』ヨハン=サルヴァトールの不機嫌そうな声を聞いた途端、ルドルフはそう言って舌打ちすると、ガウン姿のまま寝室のドアを開けた。『何だ大公、こんな朝早くからわたしを起こしに来るなんて、随分と暇なのだな?』『ルドルフ、お前が恋人と愛し合いたいのは解るが、その前に溜まった仕事を処理してからしろ! お前が仕事をサボっているせいで、俺がお前の尻拭いをしなきゃならねぇんだ!』『それは気の毒だな、大公。』『お前なぁ~!』憤怒の表情を浮かべているヨハンとは対照的に、ルドルフは涼しい顔をしながら窓の外を見ていた。『おい、聞いているのか、ルドルフ!』『聞いているさ。』ルドルフは窓から視線を外すと、寝台の端に腰掛けている環の頬に軽く口づけた。『暫くお別れだ、タマキ。』『お仕事、頑張ってくださいませ。』ルドルフは環の黒髪を優しく梳くと、そのままヨハンと共に寝室から出て行った。『ルドルフ、そんな格好で何処へ行く気だ?』『自分の部屋に決まっているだろう。』ルドルフはそう言うと、隠し扉を抜けて自室へと戻った。『こんな時にこういう物が役に立つとは。先祖に感謝しないといけないな。』『お前ってやつは・・俺が居ない隙を狙って、またタマキに会いに行く気だな?』ヨハンの言葉を聞いたルドルフは、微かに肩を震わせて笑った。『何が可笑しい?』『別に。大公がタマキに嫉妬するとは思わなかった。』『俺はあんな奴に嫉妬なんかしてねぇ! 俺が言いたいのは、タマキに夢中になって仕事を蔑ろにするなってことだ!』『煩い奴だな、朝から小言を聞かされて少し仕事をするのが嫌になってきた。』『ルドルフ!』『はは、冗談だ。』ルドルフに掌の上でいいように転がされている事に気づいたヨハンは、年下の従兄弟を睨みつけると、そのまま彼の執務室から出て行った。『殿下、失礼いたします。』『入れ。』ゲオルグが執務室に入ると、ルドルフはガウン姿で机の前に座って書類仕事をしていた。『何て格好をなさっているのですか、早くお召 し替えを。』『着替えならこの書類を片付けた後にする。着替えに時間を掛けるのがもったいないからな。』『解りました。ご朝食はまだでしたよね?コーヒーをお持ちいたします。』ゲオルグは溜息を吐きながら主に背を向けて執務室から出ようとした時、ドアが誰かにノックされた。『ルドルフ様、起きていらっしゃいますか?』『ああ。』『ルドルフ様にお会いしたいという方が廊下にいらっしゃっておりますが、どういたしましょうか?』『暫く待たせておけ。』 ルドルフは溜息を吐いて椅子から立ち上がり、寝室で着替えを済ませた後執務室に戻った。『もういいぞ。』『ではリーヒデルト様、こちらへどうぞ。』『朝早くにお伺いして申し訳ありません、ルドルフ様。わたくしは、リーヒデルト=ローゼンバイツと申します。』 執務室に入って来たのは、華やかなブロンドの髪を靡かせた美青年だった。仕立ての良いスーツに身を包み、華やかでありながら威厳がある雰囲気を纏っている青年は、一目で貴族だと解る。リーヒデルトと自ら名乗った青年は、優雅な仕草でルドルフに右手を差し出した。『初めまして、リーヒデルト殿。このような朝早くに、わたしに何かご用ですか?』『ええ。実は、あなた様が最近寵愛しているという噂の黒髪の舞姫・・タマキについて耳寄りな情報を得ましてね。いち早くあなた様にお教えせねばと思い、こうしてあなた様の元へ馳せ参じたという訳です。』『その話、詳しく聞きましょうか?』ルドルフの言葉を聞いたリーヒデルトは、嬉しそうに緑の目を光らせた。にほんブログ村
2015年10月30日
コメント(2)
『タマキ、何処へ行く?』『お風呂に入ろうかと・・』『そうか。』 ルドルフはそう言って溜息を吐きながら、浴室へと入っていく環の背中を見た。 環がルドルフと恋人同士として付き合うようになってから、環は欧州と日本の文化―とりわけ入浴に関する文化の違いに戸惑っていた。 日本に居た頃、実家には小さいながらも内風呂があり、環達家族は毎日湯浴みを欠かさなかった。だが、日本のように水が潤沢にない欧州では、湯船に“浸かる”のではなく、シャワーという如雨露(じょうろ)のようなものから水を“浴びる”ことが入浴だとルドルフからそう教えられた時、環は驚いた。 湯船に浸かろうとしても、その湯船の底が浅く、肩まで浸かることが出来ない。それに、最初は温かった湯は、時間が経つにつれて温くなってしまう。だから身体を洗い終える頃、環はいつも寒さに震えながら夜着に着替えるのだった。これでは、風呂に入った意味がない。(西洋の方は、これが普通なのかな?)「このお風呂には、本当に慣れないなぁ。」 湯が温かい内に身体を洗い終えた環が、そう呟きながら濡れた身体を拭いていると、そこへルドルフが入って来た。 彼は素肌にガウン姿だったが、環の前に立つなり、ルドルフはおもむろにガウンを脱ぎ捨てて全裸となった。『何をなさっているのですか?』『見ればわかるだろう、これから風呂に入ろうと思ってな。』『そうですか。わたしはもう上がりますから・・』『つれないな。何故わたしがお前の前で裸にったと思っているのだ?』ルドルフは悪戯っぽい笑みを口元に浮かべると、湯船から上がろうとしていた環の腰を掴み、自分の方へと抱き寄せた。『もう、お戯れを・・』『いいだろう、減るものでもないし。』環が少し呆れたような顔でルドルフを見ると、彼はそう言って環の唇を塞いだ。 湯船という狭い空間で、睦み合う恋人達が起こす水音だけが静かに響いた。『これで風邪をひいてしまったらどうするのです?』『その時はわたしが責任を持って看病しよう。』『もぅ・・』『今夜は少し冷えるから一緒に寝よう。』『一人で眠れますから、ルドルフ様はご自分の部屋にお戻りください。』『嫌だ。』ルドルフはそう言うと、唇を尖らせた。その顔は、まるで拗ねる子供のようだった。『仕方がないですね、今晩だけですよ?』『有難う、タマキ。』環が溜息を吐きながらルドルフの方を見ると、彼は破顔して環に抱きついた。(何だかルドルフ様のことが良く解らない・・普段は怖い顔をしていらっしゃるのに、わたしの前では子供っぽい事をなさって・・どちらが本当のルドルフ様なのかしら?) 翌朝、環が起きて身支度をしようとすると、ルドルフが環の華奢な腰を掴んで離そうとしない。『ルドルフ様、起きてください。』環は出来る限り優しくルドルフにそう話しかけながら彼の身体を揺さぶったが、ルドルフは低く呻くだけで一向に起きようとしない。どうしようかと環が悩んでいる内に、ドアが誰かにノックされた。『ルドルフ、そこに居るんだろう?』 ドア越しに聞こえたのは、明らかに不機嫌そうなヨハン=サルヴァトールの声だった。にほんブログ村
2015年10月29日
コメント(0)
「失敗したとはどういうことだ!?」 ワイングラスが壁に当たり砕け散る音が、部屋に反響した。「申し訳ございません・・」「もういい、さがれ。」 怒りをぶつけられた女性は、そそくさと部屋から出て行った。「全く、使えない女だったな。」ハインツはそう言うと、メイドを呼んで砕け散ったワイングラスを片付けるよう命じた。「ハインツ、そんなにカッカッするなよ。」ハインツの右隣に座っていた青年が、そう言ってへらへらと笑いながら彼を見た。「お前は呑気でいいな、アルフレッド。」「それよりも、あの女はどうするつもりだ?もし始末するつもりなら、後で俺の部屋に来るよう伝えておけよ。」「ああ、わかった。」ハインツは新しいワイングラスをメイドから受け取ると、その中にワインを注ぎ、それを一気に呷った。「ハインツ、何であの東洋人の舞姫の事がそんなに気に入らないんだ?あいつがルドルフ様と親しくしているからか?」「“親しく”なんて気軽に言えるものじゃないさ。遠目から見ても、あの二人の関係は恋人同士そのものだった。」ハインツは仲睦まじくフロイデナウ競馬場内のレストランに入って来るルドルフと環の姿を脳裏に浮かべながら、唇を噛み締めた。 ルドルフの事を、ハインツは幼少の頃から憧れていた。自分と同年代でありながら、聡明で美しいハプスブルク家の皇太子に、いつしかハインツは心惹かれていった。 だからその憧れのルドルフ皇太子とワルツを踊った時、ハインツは天にも昇るような気持だった。 しかし自分はルドルフにとっては、外国のその他大勢の貴族にしか過ぎず、ワルツも気紛れで踊っただけだ。彼―ルドルフが心から愛しているのは、あの黒髪の舞姫だけなのだとハインツが知った時、彼は激しい嫉妬と憎悪の炎に胸を焦がし、彼女を亡き者にしようと企んだ。 ウィーン宮廷に出入りしている女官に金を握らせ、ルドルフとその舞姫の行動を逐一自分に報告させ、毒入りのケーキを舞姫に贈るよう彼女に指示した。そしてそのケーキを食べ、舞姫が死んだらハインツの計画は成功に終わる筈だった。しかし、あの憎たらしい舞姫は死ななかった。「ハインツ、怖い顔をしてお前一体今何を考えているんだ?」「次の手を考えているのさ。アルフレッド、例の研究は完成しそうか?」「まだまだ改良する点はありそうだけれど、これから試験を重ねれば、成功するかもしれないな。」「そうか。実験体の男の様子はどうだ?」「ピンピンしているさ。脈拍と呼吸に異常はない。ただ、度重なる投薬実験の所為でここが少しおかしくなっているけどな。」アルフレッドはハインツにそう言った後、自分のこめかみを人差し指で突いた。「アルフレッド、実験体が使い物にならなかったら、いつものように始末しろ、いいな?」「ああ、わかったよ。お前はいつも人使いが荒いなぁ。」アルフレッドは椅子からゆっくりと立ち上がり、コート掛けに掛けてあったコートとマフラーを手に取った。「じゃぁな。親父さんに宜しく伝えておいてくれ。」「あぁ、わかった。」 友人が出て行き、一人となったハインツは、ワイングラスの中にある真紅の液体を見つめた。(あの忌々しい舞姫を殺し、その心臓を刳り抜いてしまおう。今はまだ焦る時ではない・・慎重に動かねば。) ハインツが再び自分の命を狙っていることなど知らずに、環はルドルフの腕の中で蕩(とろ)けていた。『お前が女だったら、わたしの子を孕ませられるのに。』『ルドルフ様、ご冗談でもそのような事をおっしゃるのはおやめください!』『別にいいだろう、ただお前を抱いていてそう思っただけだ。』 自分の言葉を聞いて赤面する環を見たルドルフは、そう言ってクスクスと笑った。 にほんブログ村
2015年10月28日
コメント(2)
『ルドルフ様が、今朝不動産屋に出入りするのを見たんですって。』『まぁ、ルドルフ様が不動産屋に何のご用なのかしら?』『それはあなた、愛の巣を探しているからに決まっているじゃないの!』『愛の巣って、どの女との?』『鈍いわね、あなた。ルドルフ様が今入れ込んでいるのは、あの東洋の舞姫に決まっているじゃないの!』 廊下で口さがない女官達がそんな噂をしているのを、閣議へと向かっていたフランツが聞いてしまった。『ルドルフを呼べ。』『陛下、皇太子様は只今外出中です。』『外出中でも構わん、すぐにわたしの元に来るようあいつに伝えろ!』『は、はい・・』ゲオルグはフランツからそう言われ、慌てて王宮から出てルドルフを探した。 その頃、ルドルフは不動産屋である一軒の屋敷の契約を店主と取り交わそうとしていた。『本当に宜しいのですか?』『宜しいも何もないだろう、早く契約を済まそう。』『は、はい・・ではこちらの書類にサインを・・』店主は強引なルドルフに対して少し怖気づきながらも、彼にそう言って愛想笑いを浮かべた。『これでいいか?』『有難うございます。』『殿下、探しましたよ!』 ルドルフが上機嫌な様子で不動産屋から出て来ると、彼の前には苦しそうに肩で呼吸しているゲオルグの姿があった。『どうした、ゲオルグ?』『あの屋敷は、まだ契約されていませんよね?』『もう契約した。それがどうかしたのか?』『陛下に、この屋敷の事を知られてしまいました。陛下がお呼びです。』ゲオルグの言葉を聞いたルドルフの顔から、笑みが消えた。『わかった、すぐ行く。』 ルドルフがゲオルグとともに王宮に戻ると、二人を皇帝付きの侍従が出迎えた。『皇太子様、こちらです。』『陛下、失礼いたします。』ルドルフが皇帝の私室に入ると、皇帝は無言でルドルフの顔を拳で殴った。『陛下、落ち着いてくださいませ!』『ルドルフ、お前は一国の皇太子でありながら、男に現を抜かすとは何事だ!』憤怒の表情を浮かべ、自分に怒りをぶつける皇帝を、ルドルフは無言で見つめた。『父上、わたしはタマキの事を本気で愛しております。』『お前と身分が釣り合うような相手ではない、しかも同性だ。このような事を、教会が許す訳が・・』『父上、わたしはタマキを諦めるつもりはありません。』口端を流れる血を乱暴でルドルフは手の甲で拭うと、皇帝に背を向けて部屋から出て行った。『まったく、あいつは何て事を・・気が狂ってしまったのか!?』『陛下、皇太子様は一時の気の迷いであのような事をおっしゃっているだけです。どうか気を鎮めてください。』 皇帝の私室から出たルドルフは、環の部屋へと向かった。『暫く誰もこの部屋に入れるな。』『はい・・』環の世話係の女官は、ルドルフのただならぬ様子を察してそそくさと部屋から出て行った。内側から鍵を掛け、ルドルフは寝台の端に腰を下ろした。『タマキ、何故起きてくれないんだ?』ルドルフは環にそう優しく話しかけながら、そっと彼の艶やかな黒髪を梳いた。『う・・』その時、環が低く呻き、ゆっくりと黒真珠のような美しい瞳を開いた。『ルドルフ様、どうして・・』『タマキ、やっと目を覚ましてくれたんだな。』ルドルフは環を優しく抱き締めると、彼の唇を塞いだ。にほんブログ村
2015年10月28日
コメント(2)
ルドルフとマリア=ヴァレリーとプラターを楽しんだ日の夜、環が自室で寛いでいると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。『どなたですか?』『わたくし、アンネリーゼと申します。皇太子様からあなた様への贈り物を預かっております。』『そうですか、今開けますのでお待ちください。』環がドアを開けると、そこには正方形の箱を抱えた見知らぬ女官が立っていた。『有難う。』『では、これで失礼いたします。』環が箱を受け取ると、女官はそそくさとその場から去っていった。(何だか変な人だったな。)女官から受け取った箱を開けると、中にはデメルのザッハトルテが入っていた。夜眠る前に甘い物を口にしてはいけないと小春や優駿からは厳しく言われていたが、一口だけならいいかと思い、彼はザハットルテを一切れ頬張った。 環の口の中に甘みが広がったが、その後すぐに強烈な苦味が広がった。(何これ?)慌てて助けを呼ぼうと、環は声を出そうとしたが、息が出来ずに床に崩れ落ちた。『タマキさん、どうなさったのですか?』『どうした、ゲオルグ?』『殿下、タマキさんのお部屋をノックしたのですが、中から返事がないのです。』『退け。』ルドルフはそう言ってゲオルグをドアの前から下がらせると、それを蹴破り部屋の中へと入った。するとそこには、床に崩れ落ちて意識を失っている環の姿があった。『ゲオルグ、ヴィーダーホーファー博士を呼べ!』『は、はい!』『タマキ、しっかりしろ!』ルドルフがそう言って環の頬を叩いたが、環は時折苦しそうに呼吸を繰り返していた。(一体タマキに何が・・) ルドルフが部屋の周りを観察すると、ソファの上にザッハトルが入った箱が置かれていた。『タマキ、あの箱はどうした?』ルドルフが再度環の頬を叩くと、彼はゆっくりと目を開けてルドルフを見た。『ルドルフ様・・わたし・・』『今侍医を呼んだ。あの箱はどうしたんだ?』『ルドルフ様が贈ってくださったのではないのですか?』『わたしは贈った覚えなどないぞ。』ルドルフが自分にザッハトルテを贈っていないことを知った環は、突然激しく咳込んだ。『どうした、タマキ?』『息が出来ない・・』環は薄れゆく意識の中で、ルドルフの手をそっと握った。 環が何者かに毒殺され未遂に終わった事件は、瞬く間に宮廷中に知れ渡った。彼にデメルのザッハトルテを渡した女官の素性やその消息は明らかにならず、彼女にザッハトルテを環に贈るよう指示した者も判らなかった。『タマキの様子はどうだ?』『ヴィーダーホーファー博士が素早く処置してくださったお蔭で大事には至りませんでしたが、未だにタマキの意識は戻りません。皇太子様は、タマキが倒れてからタマキの部屋で寝泊まりをしています。』『そうか・・』『皇太子様にも困ったものです。帝国の継承者たるお方が、執務を蔑ろにするとは・・』『放っておけ。今はあいつの好きなようにさせたらいい。』 ルドルフは東洋の国から来た舞姫に夢中になっているという噂を聞いていたが、いずれはその舞姫とやらに飽きて、結婚を考えてくれるようになるだろう―フランツ=カール=ヨーゼフは、そんな風に楽観視していた。 重臣から、またルドルフに関する新たな噂話を聞く迄は。にほんブログ村
2015年10月27日
コメント(2)
翌日、ルドルフは環とマリア=ヴァレリーを連れてプラターへと向かった。『大きな観覧車ですね。』『凄いでしょう!ねぇお兄様、一緒に観覧車に乗りましょう!』『いちいち煩い奴だ、行かないとは誰も言っていないだろう?』ルドルフは少しうんざりとした顔をしながら、マリア=ヴァレリーを見た。『煩い妹で済まないな。』『いいえ。お兄様と久しぶりにお出掛け出来て、ヴァレリー様は嬉しいのでしょうね。』『そのドレス、良く似合っているぞ。』『有難うございます。』 ルドルフから贈られた深緑色のドレスを着た環は、彼からそう褒められて頬を赤く染めた。『この日の為にわざわざドレスをご用意してくださるなんて、勿体ないです。』『何を言う。お前の為なら、どんな物でも贈ってやろう。そうだな、例えば家とかはどうだ?』『御冗談を。』環はクスクスと笑いながら、ルドルフと手を繋いで観覧車へと向かった。 観覧車から眺めるウィーンの街並みは、まるで模型のように小さく見えた。『何だか楽しいです。』『そうか、気に入ってくれてよかった。』『お兄様、次は木馬に乗りましょう!』『やれやれ、妹のお守りは大変だな。』ルドルフはそう言って溜息を吐くと、マリア=ヴァレリーの後を追いかけた。 プラターを楽しんだ三人は、王宮の近くにある『デメル』へと向かった。『いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。』三人が店に入って来るのを見た店員は、そう言うと一階の席ではなく、二階の席へと彼らを案内した。『こちらのお店は、何がお勧めなのですか?』『ザッハトルテだな。それとシュヴァイツァーを二つ貰おう。』『かしこまりました。』ルドルフから注文を聞いた店員は、余計な詮索をせずにそのまま一階へと降りていった。『この店は、父上のお気に入りでな。よくお忍びで来られるんだ。』『そうですか。店の前に、紋章がありましたけれど、あれは・・』『このお店は、ハプスブルク家御用達なんでの。お母様も、ウィーンに戻られた際は必ずこのお店でザッハトルテをわたくしと頂くのよ。』『まぁ、そうなのですか。』『タマキ、今度わたくしと一緒にブタペストに行きましょう、約束よ!』 三人がそんな話をしていると、店員がザッハトルテとシュヴァイツァーを彼らのテーブルに持って来た。『いただきます。』環はフォークでザッハトルテを一口大に切り、それを頬張ると、甘い味が口の中に広がった。『美味しいですね。』『そうだろう? 一度お前を連れて行きたかったんだ。』 三人が『デメル』から出た時、外は夕闇に包まれていた。『ここからだと、馬車よりも歩いて王宮に戻った方が近いな。』『ええ。』 環とルドルフが並んで歩く姿を見ていたマリア=ヴァレリーは、二人が恋人同士であることに気づいた。(お兄様、タマキと居る時はお優しい顔をしていらっしゃるわ。)『ヴァレリー様、どうかなさいましたか?』『何でもないわ。』『そうですか。』『ねぇ、タマキはお兄様の事をどう思っていらっしゃるの?』ヴァレリーの質問に、環は笑顔を浮かべながらこう答えた。『わたしにとってルドルフ様は、この世で一番大切な方だと思っておりますよ。』 にほんブログ村
2015年10月27日
コメント(2)
『わたしは貴族でも、家督を継げない次男坊でしてね。父の家業を手伝っているのですよ。』『家業?』『うちは貿易商で、主にインドや中国から絹織物や紅茶などを取り扱っていますが、最近では宝石を取り扱うことが増えてきましてね。』ハインツは紅茶を一口飲んでそう言うと、鞄の中からビロードの箱を取り出した。『それは、何ですか?』『これは、最近我が社が発売したダイヤと真珠のブローチです。』ハインツが箱を開けると、その中から鈴蘭をあしらったダイヤと真珠のブローチが現れた。『素敵な物ですね。かなり値段が張る物なのでしょう?』『いいえ、そんなにはしませんよ。ルドルフ様、これをお近づきのしるしとして受け取ってください。』『そうですか、では有難くいただきます。』『ではわたしはこれで失礼致します。』 ハインツは去り際にもう一度環を見ると、フロイデナウ競馬場を後にした。 『坊ちゃま、ルドルフ皇太子様とどのようなお話をされたのですか?』『別に。ただの世間話をしたさ。アレックス、少し調べて欲しいことがあるんだ。』ハインツは馬車に乗り込むと、自分の隣に座っている若い執事を見た。『何をお調べ致しましょうか、ハインツ様?』『さっきレストランで、ルドルフ様が恋人を連れて来たよ。黒髪が美しい東洋人の少女だ。彼女の素性を調べてくれ。』『かしこまりました。』 ハインツは、蒼い瞳に剣呑な光を宿らせながら、ウィーンへと戻った。『ルドルフ様、先ほどの方、わたしを歓迎していないようでした。』『そうか?わたしにはそうは見えなかったが。』『ルドルフ様とお話しされている間も、あの方はわたしの方をずっと睨んでいました。まるでわたしが邪魔者のように・・』『考え過ぎだろう。』環の言葉をルドルフは一蹴した。『タマキ、何かあったらわたしを呼べ、いいな?』『はい。』 環とルドルフが馬で馬車が停まっている場所へと戻った時、そこでは御者が一人の男と揉めていた。『どうした、何があった?』『ルドルフ様、お帰りなさいませ。この男が、娘を医者に診せたいのでウィーンまで連れて行って欲しいと頼まれまして・・断ったらしつこく絡まれてしまって、困っているのです。』『お願いしますだ、旦那様!』男は粗末な身なりから察するに、近所の村に住む農民らしかった。彼は蒼褪めた幼い娘を抱き、涙や鼻水で汚れた顔をルドルフに向けた。空を見ると、今にも雨が降りそうな曇天が広がっている。雨に降られる前に、ウィーンに戻った方がいいーそう判断したルドルフは、親子を馬車に乗せることにした。『有難うごぜぇますだ、旦那様! このご恩は一生忘れません!』『よろしいのですか、ルドルフ様?もしお命を狙われでもしたら・・』『病気の娘を抱えて、わたしを殺そうとする馬鹿が何処に居る?くだらないことを言っていないで、早く馬車を出せ。』『はい。』ルドルフ達を乗せた馬車がウィーンに到着したのは、その日の夕方だった。王宮へ戻る際、途中で病院の前で親子を降ろしたルドルフは、環が何か物思いに耽りながら窓の外を見ていることに気づいた。『何を考えている?』『兄の事を考えておりました。兄は今もウィーンの何処かに居るのではないかと思ったら、つい目で兄の事を探しておりました。』『そうか。それよりも今日は疲れたな。』『ええ。』 二人が王宮へと戻ると、彼らを出迎えたのは二人に置いてけぼりをくらったマリア=ヴァレリーだった。『お兄様、明日こそはプラターに連れて行ってくださいな!』『わかった。煩い奴だな。』そう言ってマリア=ヴァレリーを見るルドルフの横顔は、何処か優しそうに見えた。 にほんブログ村
2015年10月25日
コメント(0)
『どちらへ向かっているのですか?』『フロイデナウ競馬場だ。』ルドルフは環と馬車に揺られながら、昨夜の舞踏会で会ったハインツの謎めいた言動が気になって仕方がなかった。 彼がウィーンへやって来た日の夜、連続殺人事件が発生した。(ハインツと今回の事件・・何か繋がりがあるのかもしれないな。)『ルドルフ様、何かお考え事ですか?』『タマキ、昨夜連続殺人事件が発生した事は知っているか?』『ええ。王宮図書館で女官達が事件の噂をしていました。何でも被害者の遺体の心臓が刳(く)り抜かれていたとか・・』『ああ。最近英国の方では、悪魔崇拝をしている集団が騒ぎを起こしているらしい。彼らは秘密の儀式とかいうものを行い、その際生贄の心臓を刳り抜くという。』『刳り抜かれた心臓は、どうなるのですか?』『さぁな。家畜の餌にでもやるのだろうな。まぁ、彼らが好んで人の心臓を食べるとは思わないが。』ルドルフがそう言った時、馬車が急停車し、大きく揺れた。『どうした、何があった?』『申し訳ありません、泥濘(ぬかるみ)に車輪が嵌ったようです。』御者台から顔を覗かせた青年は、ルドルフと環にそう詫びた。『お前はここに居ろ。わたしは外の様子を見て来る。』ルドルフは環にそう言い聞かせると、馬車の扉を開けて外へと出た。『どうだ?』『このままだと、泥濘から抜け出すには小一時間位かかりそうです。』『そうか・・』ルドルフは上着から懐中時計を取り出すと、ハインツとの約束の時間まであと20分しかなかった。『近くに馬を借りられる場所は?』『あります。』『ではそこで馬を二頭借りろ。フロイデナウへは歩くよりも馬で行く方が早いからな。』『かしこまりました。』御者はルドルフから預かった金貨が詰まった袋を握り締めると、馬車から離れた。『ルドルフ様、これからどうされるのですか?』『馬でフロイデナウ競馬場へと向かう。お前、馬は乗れるか?』『はい。』程なくして、御者が二頭の馬を連れて馬車へと戻って来た。 『お待たせいたしました、ルドルフ様。』『ご苦労。それじゃぁ行くぞ、タマキ。』『はい。』 ルドルフと環が馬に乗ってフロイデナウ競馬場へと向かうと、そこは大勢の貴族や市民達でごった返していた。『タマキ、わたしの傍を離れるなよ。』『はい。』ルドルフは環とともに、一般客用の観客席よりも一段高い貴族専用の観客席へと向かった。『ルドルフ様、余りにも遅いので事故に遭われたのかと思って心配しておりましたよ。』『それは申し訳ない。競馬場に向かう途中で、馬車が泥濘で立ち往生してしまいましてね。』ルドルフが環と競馬場内にあるレストランに入ると、その中でルドルフの事を待っていたハインツが椅子から立ち上がり、ルドルフと握手を交わした。『ルドルフ様、そちらの方は?』『ハインツ殿、こちらはタマキといって、わたしの恋人です。タマキ、こちらはハインツ=フェリード殿だ。』『お初にお目に掛かります、ハインツ様。タマキと申します。』そう言ってハインツに挨拶した環だったが、ハインツは悪意を含んだ執拗な視線を環に送った。(何だか、嫌な感じ。)『ハインツ殿、どうされました?』『いいえ、何でもありません。それよりもルドルフ様、食事をしながらドイツの話などを致しましょう。』にほんブログ村
2015年10月25日
コメント(2)
夜が更けたウィーンの街は、時折野良犬か野良猫が通るだけで、全く人気がなかった。そんな道を、酒瓶を抱えて泥酔した男が管を巻きながら歩いていた。「畜生、あいつら馬鹿にしやがって・・」男は、自分を解雇した雇用主や同僚の悪口を喚きながら、千鳥足で通りを歩いていた。その時、彼の視界に白いドレスを着た黒髪の女が入った。「よぉねえちゃん、俺と遊ばねぇか?」男の言葉に、女は嫣然とした笑みを浮かべながら彼の方へゆっくりと近づいて来た。一番ついていない日に、こんな美女と会えるなんて、案外自分はついているのかもしれない―そんな事を男が思った時、女は背中に隠していた短剣を男の心臓に突き立てた。「な・・」「もっと、血を・・」女はそう呟くと、短剣を男の心臓から引き抜いた。「よくやった、グリンヒルデ。後は俺に任せろ。」路地裏から長身の男が姿を現し、彼は腰に提げていた長剣を鞘から抜いて息絶えている男の身体から心臓を取り出した。「この心臓は新鮮なものではないな。若い心臓を手に入れろ。」「申し訳ございません・・」「謝るな、グリンヒルデ。誰かに見られなかったか?」「はい。」「では、行くぞ。」 白いドレスの女と、長身の男は闇の中へと消えていった。 翌朝、店を開こうとしていたパン屋の主人が、心臓を刳(く)り抜かれ絶命した男の遺体を発見した。そして同じように心臓を刳り抜かれた男女の遺体が、ウィーン郊外にある修道院内で発見された。『ウィーンで連続殺人事件が発生するなんて、恐ろしいわね。』『早く犯人が捕まって欲しいものだわ。』『ええ、本当に。』 王宮図書館で環が本を探そうとしていると、隅に固まった女官達が連続殺人事件の事を話していた。『お前達、そこで何を話しているの?』『マリア=ヴァレリー様!』『わたくし達はこれで失礼いたします。』黒髪の少女が王宮図書館に入って来ると、女官達はそそくさと図書館から出て行ってしまった。『お前が、お兄様のお友達ね?』黒髪の少女は、そう言って環を見た。『失礼ですが、あなた様は?』『わたしはマリア=ヴァレリーよ。あなた、お名前は?』『わたくしは環と申します、マリア=ヴァレリー様。』『ねぇタマキ、わたしと遊びましょう!』黒髪の少女―ルドルフの妹・マリア=ヴァレリーは、そう言うなり環の手を掴んで王宮図書館から出て行った。『ヴァレリー様、どちらにおられますか?』『ヴァレリー様~!』環は背後からヴァレリーの名を呼ぶ女官達の声を聞いたが、彼女はそれを無視して環とともに王宮内の廊下を駆けていった。 『ヴァレリー様、どちらへ向かっておられるのですか?』 『それは行けば解りますわ!』かくして環がマリア=ヴァレリーに連れて来られた場所は、ルドルフの執務室だった。 『お兄様、いらっしゃるのでしょう、開けてくださいな!』『マリア=ヴァレリー、昼間から騒々しい・・』ルドルフが呆れた顔で幼い妹を見ると、彼女の背後に困惑の表情を浮かべている環が立っていることに気づいた。『タマキを連れて参りましたわ、お兄様。一緒にプラターへ行きましょう!』『残念だが、先約が入っている。プラター行きはまた今度にしよう。』『何処かお出掛けになるのですか?』『ああ。お前も来い。』『じゃぁわたしも行く!』『お前は留守番だ、マリア=ヴァレリー。』『お兄様の意地悪!』 王宮中に、マリア=ヴァレリーの怒声が響き渡った。 にほんブログ村
2015年10月24日
コメント(0)
その日の夜、ルドルフはとある貴族の舞踏会に招かれていた。『皇太子様、まさかいらしてくださるなんて思いもしませんでした。』『いえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます。』 ルドルフはそう言うと、舞踏会の主催者である貴族と握手を交わした。すると向こうから、貴婦人達の黄色い悲鳴が上がった。『おや、何か面白い催しでもやっているのですか?』『今宵は英国からわたしの友人を招待したのですが、彼はどうやら、彼女達の心を一瞬で掴んだようですね。』貴族―アーゲンス伯爵はそう言って笑うと、貴婦人達の中から現れた銀髪の青年に向かって手を振った。『ユーゲント、君が主役の舞踏会なのに、わたしが主役を奪ってしまって、済まないね。』『何を言うんだい、ハインツ。皇太子様、こちらがわたしの親友の、ハインツ=フェリードです。ハインツ、こちらは・・』『お初にお目に掛かります、ルドルフ皇太子様。お会いできて光栄です。』『こちらこそ、あなたとお会いできてよかった。』 ルドルフは長い銀髪をロイヤルブルーのリボンで結んだ英国の青年貴族・ハインツ=フェリードと握手を交わした。『貴方は、わたしと同じ色の瞳をしていらっしゃるのですね。』『そうですね。』ルドルフはハインツが自分と同じ蒼い瞳をしていることに気づいた。『ドイツ語がお上手ですね。』『有難うございます。良く父と仕事柄ドイツと英国と行き来するので、自然と身につきました。』『ほぉ、ドイツへ行かれるのですか? 詳しくお話を聞きたいですね。』『はい、喜んで。』ルドルフがそう言ってハインツに微笑んだ時、ワルツの調べが大広間に響いた。『ルドルフ様、僭越(せんえつ)ながらわたしと踊っていただけませんか?』『はい、喜んで。』 男性から初めてダンスを申し込まれ、ルドルフはそう言うとハインツの手を取った。 男同士のワルツに、周りに居た客達が一斉にどよめいた。シャンデリアの輝きの下、ルドルフのブロンドの髪と、ハインツの銀髪が美しい光を放ち、二人が踊る姿はまるで一幅の絵画のようであった。『有難うございました。』『こちらこそ。ウィンナワルツがお上手ですね。』『いいえ、一度ウィーンに滞在していた時に習っただけです。それでは、失礼致します。』ハインツはルドルフに頭を下げると、長い銀髪を靡(なび)かせながら大広間から去っていった。『皇太子様、先ほどは美しいダンスを拝見致しました。』『暫くウィーンの社交界ではこのダンスが噂となることでしょうね。』『伯爵、今回は舞踏会にお招きいただき、有難うございました。それでは、これで失礼致します。』 アーゲンス伯爵邸から出たルドルフは、王宮へと向かう馬車の中で、ワルツを踊る前ハインツから渡されたメモを開いた。“明日、フロイデナウ競馬場にてお待ちしております。―H―”(ハインツ=フェリードか・・一度、彼の事を調べてみる必要があるな。) 同じ頃、謎に満ちた英国貴族・ハインツ=フェリードは、ウィーン郊外にある修道院に居た。修道院の祭壇には、十字架ではなく、五芒星が飾られていた。『皆様、本日はお忙しい中、この魔宴にお越しいただき有難うございました。』『ルシフェル様、どうかわたくし達に血を!』『血を下さいませ、ルシフェル様!』自分の黒いフードの裾を掴んでくる白いドレスを纏った女達は、口々に半狂乱になってそんなことを叫びながらハインツを見つめた。ハインツはそんな女達を冷たく見下ろすと、フードの下に隠していた長剣を取り出し、近くに居た一人の女の心臓を刺し貫いた。『哀れなる子羊たちよ、わたしの為にもっと多くの血を捧げるのです!』そう叫んだハインツの蒼い瞳は、禍々しい光に満ちていた。にほんブログ村
2015年10月24日
コメント(2)
オリジナル小説を書いていて、時折「あれ? いつの間にか某作品の影響を受けているわ」と思うことがありました。下手したら二次創作になってしまうのではないかと思ったこともありました。前にブログでこんな事を書きましたが、ある作品の影響を受けすぎて、それが自分の中で消化できずにいるってことがあります。オリジナルと二次創作の境目で、ありそうでなさそうな、曖昧なものなのかな・・と思いつつこの記事を書いています。
2015年10月22日
コメント(2)
「はい。でもわたしが呼びかけたら、逃げるように去っていってしまったんです。」「そうか・・それにしても、ロンドンに居る筈の涼介が何故ウィーンに居るんだ?」「それはわたしも解りません。でも、遠目から見た限り兄上はお元気そうでした。」環はそう言うと、懐剣を握り締めた。「その懐剣は?」「先ほど、アンナ先生が兄から預かった物だそうです。わたしに渡してくれと・・師匠、一体兄は何を考えているのでしょうか?」「落ち着きなさい、環。」「ですが・・」環がそう言って尚も優駿に言い募ろうとしていた時、突然息が苦しくなった。「どうした、環?」「息が、突然苦しくなって・・」「ソファに横になりなさい。きっと興奮して身体に負担がかかってしまったんだろう。」「申し訳、ありません・・」「謝るな。お前は昔から興奮すると喘息の発作を起こしていたからな。涼介とわたしは、お前が熱を出すと、一晩中看病をしたこともあった。」「そんなことがあったのですね。わたしは何も憶えていません・・故郷の事も、故郷の言葉も、あの戦の記憶も全て忘れてしまいました。」「辛いことは思い出さないほうがいいものだ。思い出せば出すほど、悲しみに胸を焦がしてしまう。」優駿は環に向かってそう言うと、そっと彼の額を撫でた。「少し眠りなさい。」「はい・・」 自分の膝の上で安らかな寝息を立てている環の髪を優駿が撫でていると、ルドルフが部屋に入って来た。『貴様、どういうつもりだ?』『静かにしてください、環が起きてしまいます。』 そう言った優駿の顔からは、笑みが消えていた。『一体何があった?』『先ほど環が、涼介に会ったそうです。』『リョースケというのは、タマキの兄だな?』『ええ。環が声を掛けた時、涼介と思しき男はそのまま逃げて行ってしまったそうです。その話を環から聞いて、わたしは解せないのです。ロンドンに居る筈の涼介が、何故ウィーンに居るのか。それに、弟との再会を嬉しがる筈の涼介が、何故環に声を掛けられただけで逃げてしまったのか。もしかしたら、環が会った男は涼介に成り済ました偽者なのかもしれません。』『偽者、か・・考えられるな。だが、東洋人の学生にそう簡単に成り済ませる者が居るのか?』『英国にはわたし達の同胞が星の数ほど留学しているという噂を聞きます。しかし、その中から涼介と極親しい人間となるとその数は限られますね。』『そうだな・・ロンドンの日本大使館に一度手紙でリョースケの事を問い合わせてみるか。』『ルドルフ様、わたしはあなたと環の関係に口出しするつもりはありません。ですが、環はわたしにとって実の弟同然の存在です。環は今まで、涼介を見つけ出して共に日本へ帰国する日が来ることを願って旅をしてきました。しかし、その希望が打ち砕かれた時、環がどんな思いをするのか・・』『ユーシュン、あなたの言いたいことは解った。タマキには何も心配するなと伝えておいてくれ。』『解りました。』ルドルフが優駿の方を見ると、彼は膝の上で眠っている環を慈愛に満ちた目で見つめていた。それは、母親が我が子を見つめる目に似ていた。『ユーシュン、あなたにとってタマキは特別な存在なのだな?』『ええ。』『リョースケの情報が入り次第、あなたに伝えよう。』 ルドルフが優駿の部屋から出て行った後、彼の膝の上で眠っていた環が低く呻いて目を開けた。「少しは落ち着いたか、環?」「はい。」「そうか、良かった。」にほんブログ村
2015年10月22日
コメント(0)
『大公、わたしに何か用か?』『別に。』『ルドルフ様、こちらの方は・・』『俺はヨハン=サルヴァトール。まぁ血筋上はそうじゃないが、こいつの従兄弟(いとこ)だ。』『わたくしはタマキと申します。以後お見知りおきを。』環がそう言って男―ヨハン=サルヴァトールに頭を下げると、彼は鼻を鳴らして笑った。『ルドルフ、成人前だからといって、あまり羽目を外すなよ。女官達がそいつの事を色々と噂しているのを知っているのか?』『あぁ、知っているさ。わたしはそんな噂話を気にするほど、暇ではないのでね。それよりも大公、オペラ座の舞姫のところには行かないのか?』『お前に言われなくとも行くな、じゃぁな。』ヨハンは溜息を吐き、ルドルフの肩を軽く叩くと彼の元から去っていった。『不思議な方ですね。』『そうか?わたしにとってはからかい甲斐のある奴だ。』『そうですか・・ルドルフ様、そろそろ失礼いたします。これからワルツの時間ですので。』『お前、ワルツを習い始めたのか?』『はい。この前の舞踏会で余り上手く踊れなかったので、本格的に習っておこうと思いまして。』『そうか。』少し不満げな顔をしながら、ルドルフはそう言うと環の手を離した。 ルドルフと別れた環は、ワルツのレッスンを受けた。『そう、そこでターンして・・上手いですよ。』『有難うございます。』『あなたはダンスをしていらっしゃるから、筋が良いわね。』 日本舞踊とワルツは全く種類が違うものだが、舞を小春や優駿から習って基礎が身についていた環にとって、ワルツのレッスンは楽しいものだった。環はワルツの他に、テーブルマナーやピアノ、ヴァイオリンなどのレッスンを受けていた。西洋の楽器に今まで一度も触れたことがなかった環は、ピアノの教師による厳しいレッスンについていけなかったが、慣れれば楽しいものだった。『タマキさんの家は、侍の家だったと噂に聞いたわ。』『侍と言っても、今はもう侍でも何でもありません。徳川様の御世が終わって、侍はみんな生きるのに必死です。』『そう・・確か貴方の国では昔、内戦があったのよね?』『ええ。でもわたしは小さかったから、余り憶えていないのです。』『そうなの。ああそうだ、さっき貴方に渡して欲しいって男の人がここに訪ねて来たのよ。』『男の方? どんな方ですか?』『後姿しか見ていなかったけれど、黒いフロックコートにシルクハットを被っていたわ。背は少し高かったわ。』(もしかして、兄上がわたしに会いに来た?)『その方は、どちらへ行かれたのですか?』『王宮庭園を抜けて、ミヒャエル門から外へ出て行かれたわ。』ワルツの教師・アンナは、そう言うと環にある物を手渡した。 それは、涼介が英国留学前に両親から譲り受けた家宝の懐剣だった。『先生、教えてくださって有難うございます。これで失礼いたします。』環はあんなに礼を言い、王宮から外へと出た。息を切らしながら彼がミヒャエル門の近くまで向かうと、そこには誰も居なかった。(遅かったか・・) 環が落胆しながら王宮の中へと戻ろうとした時、黒いシルクハットを被った東洋人の男が自分の方を見ていることに気づいた。「兄上?」環がそう男に呼びかけると、彼はシルクハットを目深に被り、そのまま雑踏の中へと消えていった。(間違いない、あれは兄上だ! でも、ロンドンに居る筈の兄上が、どうしてウィーンに?)「環、どうした? 顔色が悪いぞ?」「師匠、さっきミヒャエル門の近くで兄上に会いました。」 にほんブログ村
2015年10月22日
コメント(2)
「大丈夫か、環?」「はい。少し火傷しただけです。」優駿は環の右手が火傷をして赤くなっていることに気づき、慌てて外へ水を汲みに行った。「環ちゃん、その手、どうしたんだい?」「ハンカチの皺を火熨斗(ひのし)で伸ばしていたら、火傷してしまって・・さっき、師匠が水を汲みに行きました。」「大丈夫かい?」「ええ。」環は右手の痛みに顔を顰(しか)め乍(なが)ら、優駿が戻って来るのを待っていた。その時、誰かがドアをノックした。『どうぞ。』『タマキ、わたしのハンカチを知らないか?』『ハンカチなら、そちらにございます。』ルドルフは、環の右手が妙に赤くなっていることに気づいた。『火傷したのか?』『はい、でも大したことはありません。』『見せてみろ。』ルドルフは有無を言わさず環の右手を掴んだ。そこには火傷によって赤く腫れ、手の甲に水疱(すいほう)ができている。『一体誰が、お前に火傷を負わせた?』『わたしの不注意が招いた怪我です。どうかお気になさらず。』『環、水を持って来たぞ。これで冷やせ。』 部屋に水が入った桶を抱えた優駿が戻ってくると、ルドルフが蒼い瞳に剣呑な光を宿しながら自分を睨みつけていた。『お前が、環に火傷を負わせたのか?』『おやめください、ルドルフ様。師匠は何も関係ありません。』 今にも優駿に殴りかかろうとするルドルフを、環は必死で止めた。だが間に合わず、ルドルフの拳を受けた優駿は床に崩れ落ちた。「師匠、大丈夫ですか?」「ああ。」『貴様、タマキを傷つけるような事をしてみろ。今度は殺してやる!』ルドルフはそう言って優駿を再度睨みつけると、部屋から出て行った。「環、何をしている? ルドルフ様を追いかけなさい。」「でも・・」「わたしは大丈夫だから、早く行ってやりなさい。」 環は優駿に背を向け部屋から出て、ルドルフを追いかけた。『ルドルフ様、お待ちください!』『タマキ、わたしに何か用か?』『火傷の事は、わたしの不注意で起きたものなのです。ですから・・』『あの男を、許せというのか?』そう言って自分を睨みつけたルドルフの蒼い瞳は、冷たい光を放っていた。『はい、そうです。』『今回の事はお前に免じて許してやろう。』ルドルフは環の火傷した右手を掴むと、そっとそこを撫でた。『医者をわたしの部屋に待たせているから来い。』『はい。』 環の右手の火傷は軽度のもので済んだ。『さっきは取り乱して済まなかった。』ルドルフはそう言うと、環を抱き締めた。『わたしはお前が少しでも傷つくのが恐ろしくて堪らない。』『ルドルフ様・・』環はルドルフの顔を見ると、彼は何かに怯えるような目をしていた。『わたしを一人にしないでくれ、タマキ。』『一人になど致しません。』環がそう言ってルドルフの背を優しく叩くと、彼は己を落ち着かせるかのように環の髪を梳いた。『ルドルフ、こんな所に居たのか、探したぞ。』背後から野太い男の声が聞こえ、環が振り向くと、そこには黒髪の軍服を纏った男が立っていた。『そいつが、極東の島国から来た舞姫か?』男はそう言うと、無遠慮な視線を環に送った。 にほんブログ村
2015年10月21日
コメント(0)
『殿下、失礼いたします。』 ドアをノックしたゲオルグがルドルフの寝室に入ると、彼は素肌にガウン姿だった。そんな主の姿を見たゲオルグは、彼がまた馴染みの女を呼んで肌を合わせたのだろうと思った。『殿下、今度はどんな女を抱いたのですか?』『ゲオルグ、面白いことを言うな。わたしが抱いたのは女ではなく、男だ。』ゲオルグは、ルドルフの言葉を聞き、持っていた書類の束を落としそうになった。『男!? まさか、ルドルフ様に男色の気がおありとは・・』『馬鹿を言え。』『お相手はどなたなのですか?』『お前が知っている相手だよ。艶やかな黒髪を持った日(ひ)出(いづ)る国の舞姫だ。』『タマキさんを、殿下がお抱きになられるとは・・どうして、そのような事を?』『恋愛ごとにどうもこうもないだろう。わたしはタマキを抱きたいから抱いた、それだけだ。』 俯いていたルドルフはそう言うと、蒼い双眸でゲオルグを見つめた。『ゲオルグ、この事を知っているのはわたしとお前だけ・・言っている意味は解るな?』『この事は、口外致しません。』『そうか。ならばいい。その書類は執務室に置いていけ。』『はい・・』ルドルフの寝室を後にしたゲオルグは、執務室の机の上に書類の束を置き、そのまま外へと出た。(もう少しで殺されるところだった・・)「環ちゃん、その首筋のやつ、どうしたんだい?」「あ、これは・・」「いいんだよ、隠さなくたって。ルドルフ様に抱かれたんだろう?」小春からそう尋ねられ、環は頬を赤く染めた。「やっぱりねぇ。あの方はいつかあんたに手を出すんだろうと思ってはいたが、こんなに早く手を出すとはねぇ。まぁ、所詮あの方も男ってことだね。」「姐さん・・」「優駿さんには内緒にしておいてやるよ。じゃぁね。」小春はそう言って環に微笑むと、部屋から出て行った。 環は、懐からルドルフのハンカチを取り出した。寝室から下がるとき、床に無造作に放り投げられ、皺だらけになったハンカチを環は放っておけず、思わず持って帰ってしまったのだ。上質なリネンで作られたハンカチの端に刺繍された「R」のイニシャルを見た環は、初めて彼と結ばれた時の事を思い出し、顔を赤くした。『ゲオルグ、わたしのハンカチを知らないか?』『存じ上げませんが、失くされたのですか?』『ああ。』 執務室でルドルフは書類に目を通しながら、自分のハンカチが紛失したことに気づいた。寝室での出来事を思い出した彼は、フッと口端を歪めて笑った。『どうかされたのですか?』『いや、何でもない。ハンカチはそのうち返ってくるだろう。』『はぁ・・』『ルドルフ様、皇帝陛下がお呼びです。』『わかった、すぐ行く。』 ルドルフが執務室を出て皇帝の元へと向かっている頃、環はアイロンでルドルフのハンカチの皺を伸ばしていた。そこへ、優駿が部屋に入って来た。「何をしているんだ、環?」「師匠・・」「そのハンカチは、誰のものだ?」「それは、教えられません。」「そうか。」 優駿はそう言うと、力ずくで環の手からアイロンを奪おうとした。その時、環の右手に焼けつくような痛みが走った。にほんブログ村
2015年10月20日
コメント(4)
最近パソコンを使ってばかりいるので、両手首が痛いです。少し腱鞘炎気味かな?それよりも、windows10にはアップグレードしたくないのですが、強制的にアップグレードされるとかされないとか…windows8.1に1ヶ月間だけ元に戻せるようです。暫くは無視してアップグレードしないでおこう。今晩の夕食はステーキです。
2015年10月20日
コメント(4)
性描写有り。苦手な方は閲覧にご注意ください。『今度は、お前がわたしを気持ちよくさせろ。』ルドルフはそう言うと、ズボンの前を寛がせ、己のものを環に見せた。自分のものとは比べ物にはならないルドルフのそれを見た環は、思わず溜息を漏らした。『あの、これをどうすれば?』『さっきわたしがしたようにしてみせろ。』『は、はい・・』環がルドルフのものを恐る恐る口に含むと、口の中でそれが徐々に容量を増してゆくのがわかった。『どうした、辛いか?』環は苦しそうな顔をしながらも、ルドルフの言葉には首を横に振った。『ん、ふぅん・・』慣れぬ手つきで、環はルドルフのものを舌と手で愛撫した。『いいぞ、その調子だ。』荒い息を吐きながら、ルドルフは自分のものを必死に愛撫している環の髪を優しく梳いた。環はそっと口をルドルフのものから離すと、ルドルフは環を自分の方へと抱き寄せた。『もう限界だ。タマキ、わたしの服を脱がせろ。』震える手でルドルフが着ている軍服の金釦を一つずつ外してゆく環の姿を見て、ルドルフは股間のものが熱く脈打っているのを感じた。『もういい、後は自分でする。』ルドルフは環の手を振り払い、そのまま自分で軍服とシャツを脱いだ。 均整の取れた筋肉に包まれたルドルフの上半身を、羨望(せんぼう)の眼差しで彼を見た。(同じ男なのに、全然違う・・) 『どうした?』『いいえ、別に・・』『面白い奴だ。』ルドルフはクスクスと笑うと、環の唇を塞いだ。首筋や胸にルドルフが口づけする度、彼のブロンドの髪が環の肌を擽(くすぐ)る。環がそっとルドルフの髪に触ると、それは綿菓子のように柔らかかった。『もうすっかり濡れているな。』ルドルフはそう言うと、環の蕾から滴る蜜を吸った。『お願いです、ルドルフ様・・』『解った。』ルドルフがゆっくりと環の中に入ると、彼は甘い嬌声を上げた。『辛くはないか?』『いいえ・・』環は苦しそうに喘ぎながら、ルドルフに微笑んだ。『ルドルフ様・・』『タマキ、そんな顔をするな。お前を滅茶苦茶にしてやりたくなる。』ルドルフはそう言うと、環の中で動いた。 環がゆっくりと目を開けると、天蓋の外から漏れ出る夕日が部屋を赤く染めていた。『まだ寝ていろ、疲れただろう?』『ルドルフ様・・』自分の隣で寝ていたルドルフは、そう言って環を抱き締めた。『どうした?』『何だか、恥ずかしくて・・』『何を今更。』ルドルフはクスクスと笑うと、環の黒髪を指先で弄んだ。『あの、ルドルフ様・・先ほどから何故わたしの髪を触っているのですか?』『別に。お前の髪を触っていると落ち着くんだ。』『まぁ、可愛い方・・』 翌朝、環がルドルフの部屋で夜を過ごし、自分の部屋へと戻ると、そこにはソファで眠っている優駿の姿があった。「おや環ちゃん、朝帰りかい?」「姐さん、どうして師匠はこんな所で寝ているのですか?」「あんたの帰りが遅いから、一晩中そこで待っていたんだよ。暫く寝かせておいておあげ。」小春はそう言って環の肩を叩いた時、環の首筋に紅い花が散っていることに気づいた。にほんブログ村
2015年10月20日
コメント(0)
性描写有り。苦手な方は閲覧にご注意ください。『何ですか、人の顔をジロジロと見て?』『いや・・お前のような可愛い奴を見たのは初めてだと思ってな。』ルドルフはそう言ってクスクスと笑いながら、環を背後から抱き締めた。『ちょっと、何処を触って・・』『別にいいだろう、折角二人きりになれたのだから少しくらい触っても。』『もしかして、はじめからそれが目的でわたしに箏を・・』環がそう言ってルドルフを見ると、彼は口端を歪めて笑った。『来い。』ルドルフは環の腕を掴み、彼を寝室へと連れて行き、寝台の上に彼の華奢な身体を放り投げた。 環は短い悲鳴を上げ、寝台の上に倒れた拍子に振袖の裾が乱れていることに気づき、頬を羞恥で赤く染めた。環が裾の乱れを直そうとした時、ルドルフが裾を大きく捲り上げ、彼の股間に顔を埋めた。『何をなさいます!』『下は何も履いていないのだな。』ルドルフの頭を環は己の股間から退かそうとしたが、彼の頭はビクともしなかった。ルドルフは何の躊躇いもなく環のものを口に含むと、音を立てながらそれを舌で愛撫した。 環は全身を襲う快楽の波に狂いそうになりながら、必死に声を出すまいと固く唇を引き結んだ。そんな強情な彼の様子を見たルドルフは、わざとらしく大きな音を立て、敏感な箇所を何度も舌で愛撫した。『いやぁ!』 環は悲鳴を上げ、ルドルフの口の中で達した。『大丈夫か?』頬をルドルフに軽く叩かれ、環は今まで自分が気絶していたことに気づいた。『お子様には刺激が強すぎたようだ。』『どうして、あのような事をなさったのです?』『お前を抱きたいと前から思っていたが、お前のお目付け役の目が届く範囲内だと事に及べないだろう?』だから、環が自らルドルフの執務室に来るような口実を彼が用意したというのだ。 自分と少ししか年が離れていないというのに、何という策士なのだろう―環がそんなことを思いながらルドルフを見ると、彼の口端に白い欲望の残滓(ざんし)がついていた。『もしかして・・』『ああ、これか? 余り苦くはなかったぞ。』飄々(ひょうひょう)とした口調でルドルフはそう言うと、口端についていたものを軽くハンカチで拭き取った。 環は寝台から起き上がろうとしたが、完全に腰が抜けてしまった。『まだ終わった訳ではないぞ?』『え?』ルドルフは環の華奢な腰を掴むと、彼の固くなった蕾を指先で解し始めた。そこからは淫靡(いんび)な水音がした。『いやぁ、やめ・・』『嫌がっている割には、お前の下の口はわたしの指を二本も咥えこんでいるぞ?』口元に嗜虐的な笑みを浮かべながら、ルドルフが環の耳元でそんな言葉を囁くと、彼の目から涙が一筋流れ落ちた。『身体が熱い・・』『我慢するな。』二度目に達した時、環は再び気絶した。『もしかしてお前、こんなことをするのは初めてか?』ルドルフからそんなことを尋ねられた環は、静かに頷いた。『今までこのような事をするのは、一度もありませんでした。』環の言葉を聞き、ルドルフは苦笑した。『あの、ルドルフ様?』『面白い。ますますお前を虐めたくなった。』ルドルフはそう言うと、環の帯を解き始めた。『もうこれ以上はおやめくださいませ!』『うるさい。』必死に自分から逃げようとする環の口を左手で軽く封じ、ルドルフは環を生まれたままの姿にした。 象牙のような滑らかな肌の上に、蒼玉(サファイア)の指輪が美しい光を放っていた。にほんブログ村
2015年10月20日
コメント(0)
―ほら、あの方よ・・―ルドルフ様がブタペストから連れて来たっていう・・―一体どんな手を使ってルドルフ様を誑(たぶら)かしたのかしら? 翌朝、環がホーフブルク宮の廊下を歩いていると、彼と擦れ違った女官達がそんな噂話を交わしながら環を見ていた。環は彼女達の視線を避けるかのように、俯きながら自分の部屋へと入った。「環ちゃん、暗い顔をしてどうしたんだい?」「何でもないです。」「嘘を吐くんじゃないよ。また誰かに嫌な事を言われたんだね?」小春は部屋に入って来た環が暗い顔をしていることに気づき、そう言って彼の頭を優しく撫でた。「言わせたい奴には言わせればいいんだよ。そんなに気を落としなさんな。」「はい・・」小春に励まされ、環は少し気が楽になった。「環、ここに居たのか。」「師匠。今までどちらにいらしていたのですか?」「王宮図書館に行っていたんだ。あそこには、色々な本があるぞ。」「そうですか。ちょっと行ってみたいなぁ。」「何だったら一緒に行こうか?」「いいのですか?」環の言葉に、優駿は笑顔で頷いた。「いいに決まっているだろう。さあ、行こうか。」「はい!」『失礼いたします。』 環と優駿が王宮図書館へと向かおうとした時、ドアが誰かにノックされたかと思うと、ゲオルグが何やら大きな包みを抱えて部屋に入ってきた。『皇太子様から、タマキ様へ贈り物です。』『皇太子様からわたしに贈り物ですか?』『開けてみてください。』ゲオルグから包みを受け取り、環がそれを外すと、その中から会津桐(あいづきり)の美しい箏(こと)が現れた。 「ほう、これは見事な会津桐の箏だね。」優駿はそう言うと、環が抱えている箏を見た。「そんなに高価な物なのですか、これ?」「ああ。」「師匠、わたしちょっとルドルフ様に会ってきます。」「どうして?」「こんな高価な物、貰えません。返しに行って参ります。」 環は優駿に頭を下げると、箏を抱えて部屋から出て行った。 振り袖姿で箏を抱えている環の姿はホーフブルク宮では大変目立っていたが、当の本人はそんな事を気にしている余裕などなかった。『ルドルフ様、いらっしゃいますか?』『タマキか、入れ。』環がルドルフの執務室に入ると、ルドルフは机の前に座り、書類仕事をしていた。『あの、これをお返しに参りました。』『何故?』『こんな高価な物は頂けません。ですから・・』『もしかして、弾けないのか?』『いいえ。ですが・・』『別に嘘を吐かなくてもいいだろう。自信がないのならそう言えばいい。』ルドルフの言葉にカチンと来た環は、箏を床に置いて箏柱(ことじ)を立てた。『何をする気だ?』『わたしが嘘を吐いていないということを、ここで証明して見せます!』環は素早く箏の爪を付け、静かに箏を弾き始めた。『ほう、なかなかやるじゃないか。お前にそれを贈って正解だったな。』『ルドルフ様、もしかしてわたしの事を試したんですか?』『済まない。』『もう、酷い方!』そう言って膨れっ面をする環を見て、ルドルフは彼が可愛いと思った。 にほんブログ村
2015年10月19日
コメント(0)
『あの、何処に行くのですか?』ルドルフに目隠しされたまま、環は彼と共に何処かの部屋に入った。『もう目を開けてもいいぞ。』『はい・・』 環が目を開けると、そこは豪華な調度品に囲まれた誰かの部屋だった。『あの、こちらはどなたのお部屋なのですか?』『ここはわたしの部屋だ。タマキ、早速だがこれに着替えて貰おうか?』ルドルフがそう言って環の胸の前に翳(かざ)したのは、若草色のドレスだった。『これに、着替えるのですか?』『お前、もしかしてその格好でワルツを踊るつもりか?』『ワルツとは、西洋の踊りでしょうか? わたし、一度も踊った事がありません。』『大丈夫だ、今からわたしが教える。わかったのなら、早く着替えろ。』『はい。』環が振袖と帯を脱ぐと、ルドルフは環が着ていた長襦袢も脱がせた。『壁に掴まれ。』環が壁に掴まると、ルドルフは環のウェストをコルセットで締め付けた。内臓を締め付けられるような苦しみに、環は気絶してしまいそうだった。『ゆっくり呼吸しろ。』環はルドルフの言われた通りに呼吸すると、少し楽になった。『ルドルフ様、失礼いたします。』ルドルフが環にドレスを着せた後、数人の女官達が部屋に入って来た。『あの、この人達は?』『わたしはお前にドレスを着せられても、化粧は出来ないからな。お前達、頼んだぞ。』『はい、ルドルフ様。』 ルドルフに向かって頭を下げた女官達は、環の方へと向き直った。『綺麗な肌ね。これなら薄化粧で済みそうだわ。』『そうね。』環は彼女達に髪や顔を弄られた。『どう?』(これがわたし?) 鏡の中に映るのは、若草色のドレスを着た麗しい少女だった。『ルドルフ様、如何です?』悪くはないな。行くぞ、タマキ。』『え・・』 環は訳が解らぬまま、ルドルフに腕を取られ、彼の部屋から出て行った。 皇帝主催の舞踏会は、華やかに着飾った貴婦人達や令嬢達で賑わっていた。彼女達のお目当ては、ルドルフ皇太子その人である。一度でもいいから憧れの王子様とワルツを踊りたい―それが彼女達の切なる願いだった。だから、その憧れの皇太子様が麗しい少女を連れて大広間に入って来た時、彼女達は扇の陰で溜息を吐いた。『ルドルフ様、何だか見られているような気がするのですが・・』『気にするな。』ルドルフはそう言うと、環と共に踊りの輪の中へと入っていった。『初めてにしては上手いな。』『あなたの教え方が上手いからですよ。』ルドルフとワルツを踊る環に、令嬢達が羨望の眼差しを送った。『ルドルフ、久しぶりね。』『母上、お元気そうで何よりです。』ワルツを踊り終えたルドルフと環の元に、欧州随一の美女と謳われたルドルフの母・エリザベートがやって来た。『そちらのお嬢さんが、例の舞姫さんね?』『お初にお目に掛かります、皇妃様。タマキと申します。』『日本から来たのでしょう? わたくしに日本の事を教えて頂戴。』『はい、喜んで。』 舞踏会の翌日、ルドルフがブタペストから連れて来た環の存在は、あっという間に宮廷中に知れ渡った。にほんブログ村
2015年10月19日
コメント(2)
環達を乗せた汽車は、ウィーン西駅に到着した。『ルドルフ様、どうぞこちらへ。』汽車から降りたルドルフを、駅で待機していた皇帝の侍従が出迎えた。『ルドルフ様・・』『タマキ、お前もわたしと同じ馬車に乗れ。』『ルドルフ様、それは・・』『構わないだろう、タマキはわたしの客人だ。』『では、そちらの方もどうぞこちらへ。』皇帝の侍従は、チラリと環を見ると、そのまま駅の出口へと向かっていった。『出て来たぞ!』『ルドルフ様だ!』『じゃぁルドルフ様の隣に居るのが、例の舞姫か?』ルドルフが環と共に駅から出ると、二人を待ち伏せていた記者達が一斉にカメラのフラッシュを焚(た)いた。 環は、人波に押され、ルドルフから離れそうになった。『大丈夫か?』『はい・・』 紋章つきの馬車にルドルフと環が乗り込むと、それは静かにウィーン西駅から出て行った。 窓から見えるウィーンの美しい街並みを、環は飽きることなく見ていた。『ルドルフ様、あれは何ですか?』『あれはシュテファン寺院だ。』『綺麗な教会ですね。異国のものは凄いなぁ。』環の嬉しそうな横顔が、一瞬ルドルフには天使に見えた。どうされました?』『いや、何でもない。』 馬車はシュテファン寺院を通過し、ホーフブルク宮へと向かって走った。白亜の美しい宮殿を見た環は、その美しさに絶句した。『ここが、あなたの住むお家なのですか?』『ああ、そうだ。』 馬車は美しい彫刻が施されたミヒャエル門を抜け、ホーフブルク宮の中庭に停まった。『ルドルフ様、お帰りなさいませ。皇帝陛下がお待ちです。』『わかった。』ルドルフはそう言うと、環の手を離し、馬車から降りた。『ルドルフ様・・』『心配するな、また会える。』自分と離れる事に気づいた環が、何処か怯えたような目でルドルフを見つめた。ルドルフは環に笑顔を浮かべながらそう言うと、彼に背を向けて皇帝の私室へと向かった。『失礼いたします、父上。』『入れ。』『失礼いたします。』 ルドルフが皇帝の私室に入ると、部屋の主は、流浪の旅に出ている美しい妻の肖像画を見ていた。『ルドルフ、あの少女の処遇についてだが・・』『父上、タマキはわたしが責任を持って面倒を見ます。ですから・・』『お前がそう言うのなら、あの者はお前に任せることにしよう。但し、間違いは犯すなよ。』『はい。』『今夜舞踏会が開かれる、必ず出席するように。』皇帝はそう言うと、再び妻の肖像画へと視線を戻した。 同じ頃、環は優駿達と共にホーフブルク内にある部屋でルドルフが来るのを待っていた。「環、ひとつ聞きたいことがある。」「何でしょうか、師匠?」「お前は、ルドルフ皇太子様とどのような関係なんだ?」「それは・・」「彼には、抱かれていないのだな?」優駿の問いに、環は静かに頷いた。「嫌な事を聞いてしまったな。」優駿がそう言って環の頭を撫でると、ルドルフが部屋に入って来た。『タマキ、迎えに来たぞ。』「師匠、失礼いたします。」環は優駿に頭を下げると、ソファから立ち上がってルドルフの元へと駆け寄った。 その姿を見た優駿は、環が自分の元から遠く離れてゆくような気がした。『タマキ、少し目を閉じていろ。』『はい・・』にほんブログ村
2015年10月18日
コメント(2)
※BGMとともにお楽しみください。『・・こんな時に誰だ?』『お出になった方がいいのでは?』『少し待っていろ。』 外した軍服の金釦(きんぼたん)を再び付け直したルドルフは、乱れた髪を手櫛で整えると、ドアノブを掴んだ。『ゲオルグか、どうした?』『殿下にお会いしたいという方が・・』『お初にお目にかかります、ルドルフ皇太子殿下。』ゲオルグの隣に立った男は、そう言うと流暢なドイツ語でルドルフに挨拶した。男は、亜麻色の髪を背中まで垂らし、環とは違う着物を着ていた。『あなたは?』『失礼、自己紹介が遅れました。わたしは柏木優駿と申します。環とは彼が幼い頃から家族同然の付き合いをしていました。』そう言った男の口調は穏やかであるものの、その目には鷹のように鋭かった。『わたしに何か用ですか?』『先ほどこちらの方に、環があなたと居ると知りました。環に会わせていただきたい。』『解りました、ではどうぞこちらへ。』ルドルフはそう言うと、男を客室へと案内した。『ルドルフ様、誰かお客様が・・』 ルドルフが客室の中に入ると、振袖姿の環がルドルフの隣に立っている優駿の姿に気づき、彼に抱きついた。「師匠、無事だったのですね!」「やぁ、心配をかけて済まなかったね、環。元気そうで何よりだ。」優駿はそう言うと、環の華奢な身体を抱き上げた。「やめてください、もう子供じゃないんですから。」「ああ、済まん。」優駿はそっと環を下ろすと、ルドルフに向かって口端を上げて笑った。「師匠、どうしてわたしがルドルフ様のところに居るとわかったのですか?」「お前の事が、新聞で取り上げられていたんだよ。」優駿は懐から一枚の新聞記事を取り出すと、それを環とルドルフに見せた。 そこには、あの晩餐会で艶やかな舞姿を見せた環の写真が載っていた。「お前の無事を確認した後、お前に会いにルドルフ皇太子様の所に来たのだよ。会えてよかった。」「わたしもです。師匠、これからはずっと一緒ですね。」「ああ。」 ルドルフは何やら楽しそうに話している様子の環と優駿の姿を見ながら、嫉妬で胸が焦げそうだった。 すると、ルドルフの視線に気づいた優駿が、彼の方を見た。「環、少しルドルフ様とお話ししてくるよ。」「わかりました。」ソファから立ち上がった優駿は、ゆっくりとルドルフの方へとやって来た。『少し、お話ししませんか?』『・・わかった。』 優駿とルドルフは、人気のないデッキへと向かった。『話したいこととは、何でしょうか?』『ルドルフ様、あなたと環がどのような関係なのかは知りませんが、あの子には手を出さないで貰いたい。』『嫌だと言ったら?』ルドルフが優駿に挑発すると、彼はそれに乗ることなく乾いた声で笑った。『あの子は・・環は親友の弟で、わたしにとっては実の弟も同然だ。涼介が失踪した今、あの子を守れるのはわたししかいない。』そう言った優駿の目には、強い意志の光が宿っていた。『解りました、タマキには手を出さないことにしましょう。但し、タマキとわたしに抱いて欲しいと頼んだ時は、タマキの言う通りにしますので。』 背後に刺すような視線を感じながら、ルドルフは環が居る客室へと戻った。『ルドルフ様、お帰りなさい。』自分に向かって笑顔を浮かべた環を、ルドルフは無言で抱き締めた。『ルドルフ様?』『暫くこうしておいてくれ。』にほんブログ村
2015年10月18日
コメント(0)
近所の神社で獅子舞がありました。獅子舞は朝10時の部に行きましたが、結構人だかりがありました。スマホのカバーで、殆どの写真がモザイク加工されたような失敗作に…orzいい天気だったのでいい写真が撮れましたが、逆光で撮り辛かったかな。
2015年10月18日
コメント(0)
これ、どんな作品を書いてもヒロインと相手との年齢差が問題になります。離れ過ぎたら駄目ですね。20歳と5歳とかだと、相手がただのロリコン。やはり2,3歳〜5歳差がいいですね。
2015年10月18日
コメント(0)
最近、暇さえあれば一日中パソコンの前に座っては小説を書いています。「蒼―lovers―玉」、16話後半に環とルドルフ様の濡れ場を書こうと思ったものの、途中で邪魔が入るシーンに変更しました。これまで何度か小説で濡れ場を書いても、禁止ワードで何度も弾かれ、加筆・修正する羽目になったことがあります。なので、どう濡れ場を書くのかが悩みの種なのですよ・・生々しく書くのはどうかと思うし、妙にぼかし過ぎるのもなぁ・・どうしようか。
2015年10月18日
コメント(4)
『お待たせいたしました。』『遅かったな、待ちくたびれたぞ。』 環達が邸の前に停まっている馬車へと向かうと、先に荷物を纏めたルドルフが馬車の前で仏頂面を浮かべながら彼らを待っていた。『これから、何処へ向かうのです?』『ウィーンだ。少し疲れただろう、ウィーンに着くまで寝ていろ。』『はい。』 環達を乗せた馬車は、やがてブタペスト西駅に着いた。『ここから汽車でウィーンへと向かう。』『素敵な駅舎ですね。』『足元に気をつけろ。』 ルドルフは馬車から降りる環を優雅にエスコートすると、彼と共に駅舎の中へと入った。『ルドルフ様、お待ちしておりました。』 二人が駅舎の中に入ると、駅長と思しき男がルドルフの方へと駆け寄り、恭しい仕草で彼が持っていたトランクを受け取った。『発車まで時間がありますので、待合室でお待ちください。』『わかった。』 環達は、皇室専用の待合室へと向かった。そこは、美しい内装が施された部屋だった。『あの、つかぬ事をお聞きしても宜しいでしょうか?』『何だ?』『ルドルフ様は、どうような御身分のお方なのですか? 高貴な方だとお見受けしましたが・・』『タマキさん、今まで殿下がどのような御身分なのかをご存知なかったのですか!?』 環の言葉を聞いたゲオルグが素っ頓狂な声を上げながら驚愕の表情を浮かべながら彼を見た。『すいません、お尋ねする暇がなかったものでして・・』『いいですか、殿下は・・ルドルフ様は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子様であらせられるのですよ! 本来ならば、タマキさんのような方が・・』『ゲオルグ、止せ。今までわたしが何者なのか知らなかったのだから許してやれ。』ルドルフは尚も環に言い募ろうとする従僕を手で制すると、彼は渋々と口を閉じた。『皇太子様とは・・わたし、今までとんだ失礼な事を・・』『気にするな。それよりもタマキ、今後のお前の処遇についてだが・・』『皇太子様、間もなく発車いたしますので、お急ぎください。』『解った、行くぞ。』『はい。』(ルドルフ様は、さっき一体何を言おうとしていたのだろう) 待合室から出た環は、初めて蒸気機関車を見た。深紅の車体の中に入ると、そこは待合室と同じような美しい内装が施されていた。「うわぁ、綺麗。」「こりゃぁたまげたね。」 環達を乗せた汽車は、ブタペスト西駅を発車し、一路ウィーンへと向かった。ウィーンへの車中、環は初めて乗る汽車に興奮し、まるで幼い子供のようにはしゃいだ。『そんなに汽車が珍しいのか?』『はい。日本に居た頃は乗る機会が滅多になかったものですから、嬉しくて・・』『そうか。これからはずっと一緒に居られるな。』ルドルフはそう言うと、環の唇を塞いだ。『何をなさいます?』『ウィーンに着くまでまだ時間がある。』ルドルフは涼しい顔をしながら、環の帯紐を器用に解き始めた。『お戯れを・・誰か来たらどうなさるおつもりですか?』『ドアの鍵は掛けてある。お前、もしかして初めてなのか?』ルドルフの問いに、環は顔を赤く染めながら静かに頷いた。『優しくしてやるから、心配するな。』『ルドルフ様・・』ルドルフの美しい指先が環の帯を解き、真紅の振袖が乾いた音を立ててペルシャ絨毯の上に落ちた。 環が潤んだ瞳でルドルフを見つめると、彼は再び環の唇を塞ぎ、その上に覆い被さった。 その時、静寂を破るかのように、ドアを誰かが激しく叩く音が外から聞こえた。にほんブログ村
2015年10月17日
コメント(2)
「環ちゃん、起きて。」「どうしたんですか姐さん、そんなに慌てて?」 環が寝台で寝返りを打っていると、小春が彼を起こしに来た。「すぐに支度して自分の部屋に来て欲しいって、ルドルフさんが。」「わかりました。」 夜着から振袖へと着替えた環は、髪を結わずにそのまま部屋から出てルドルフの部屋へと向かった。『ルドルフ様、環です。』『入れ。』『失礼いたします。』環がルドルフの部屋に入ると、そこにはルドルフと、軍服姿の立派な顎鬚(あごひげ)をたくわえた男が座っていた。『あの、そちらの方は・・』『ルドルフ、彼女が例の舞姫か?』顎鬚の男は、そう言うと環を見た。『タマキ、この人はわたしの父だ。』『お初にお目に掛かります、環と申します。』環がそう言って男―フランツ=カール=ヨーゼフ帝に挨拶すると、彼は指先で顎鬚を少し弄り、座っていた椅子から立ち上がった。『タマキというのか。年は幾つだ?』『今年で14になります。家族は両親と兄の四人家族です。』『話はルドルフから一通り聞いた。お前は、消息不明となった兄を捜す為、渡欧したのだな?』『はい、そうです。』『ルドルフとはどんな関係なのだ?』『それは、どういう意味ですか?』『ルドルフが一週間の視察予定が過ぎてもウィーンに戻らないのは、お前がルドルフを引き留めているからではないのか?』 フランツの言葉を聞いた環は、その意味を理解して顔を赤く染めた。『わたしは、ルドルフ様とはそのような関係ではありません!』『何故、そうだと言い切れる?』フランツは、鋭い光を宿した蒼い瞳で環を睨んだ。獲物を仕留めようとしている鷹のような彼の目を見た環は、恐怖で何も言えなくなってしまった。『父上、タマキが怖がっております。それに、タマキはわたしとは疚(やま)しい関係ではありません。』ルドルフはそう言うと、恐怖で震えている環の背を優しく撫でた。『ルドルフ、何故ウィーンに戻って来ない? その娘と疚しい関係ではないのなら、戻ってこい。』『父上、わたしはまだブタペストでやらねばならぬ事が残っております。それに、タマキの処遇についても考えねばなりません。』『それはウィーンで決めればよかろう。ルドルフ、これ以上わたしに逆らうと、わたしにも考えがあるぞ。』父の言葉に、ルドルフは唇を噛んだ。『わかりました、父上。タマキとともにウィーンに戻ります。』『わかればいい。タマキ、お前の処遇はウィーンに戻ってから決める。それまではおかしなことをしないように、わかったな?』 フランツは一方的にそう言うと、息子の部屋から出て行った。『ルドルフ様・・』『心配するなタマキ、わたしがお前を守ってやる。』『はい・・』 ルドルフの部屋から出て自室へと戻った環は、小春に事情を説明し、彼女と共に荷物を纏めた。「急にウィーンに行くことになるなんて、何がどうなっているのかわからないねぇ。」「わたしも、状況が解りません。ルドルフ様のお言葉を信じるしかありません。」 環達が着替えなどの身の回りの物を柳行李に詰めていると、ゲオルグが部屋に入って来た。『その籠では持ち運ぶのが大変でしょう、これをお使いください。』『有難うございます、大切に使わせていただきます。』環がゲオルグからトランクを受け取り、彼に礼を言うと、彼は環に向かって頭を下げた。『この間の事は、誠に申し訳ありませんでした。』『いいえ、もう済んだことです。それよりも、荷物を纏めるのを手伝って頂けませんか?』『はい、喜んで。』 この時、環とゲオルグとの間に友情が生まれた。にほんブログ村
2015年10月17日
コメント(0)
志方あきこさんの「誰ガ為ノ世界」。これを聴くと様々なシーンが頭の中に浮かんできます。「朧」も、聴いていると小説の構想が浮かんできます。音楽を聴きながら小説を書くと集中できます。
2015年10月17日
コメント(2)
只今連載中の小説「蒼―lovers―玉」の主人公・環について。環の生年月日は、1860(安政元)年6月生まれ。出身地は会津です。ですが、8歳の時に会津戦争で会津を離れ、東京暮らしが長いので会津の言葉が喋れませんし、故郷の記憶がありません。環の兄・涼介は1850(嘉永3)年夏生まれ。環とは10歳違いの兄弟で、18歳の時に会津戦争で白虎隊士中二番隊士として戦いました。涼介の親友・優駿は1850(嘉永3)年春生まれ。生まれつき病弱で、箏(琴)や三味線、踊りが得意。戊辰戦争後、一家離散し、東京で箏や三味線の教室を開き、生活費を稼いでいます。
2015年10月17日
コメント(0)
大学の時、何冊かハーレクインロマンスを読んだことがあるのですが、結構ベタな設定が多いですね。例えば、強引なヒーローに惹かれてゆくヒロインとか。肉食系男子なヒーローに、「おいおい、こんな男と良く付き合っていられるな・・」とドン引きしながら読んだ思い出があります。今連載中の「蒼―lovers―玉」のルドルフ様は、かなり強引な肉食系男子です。強引なヒーローに翻弄されるヒロイン(男でも)の姿を書くのは、少し楽しいです。度が過ぎるとちょっと危ないかもしれませんが(笑)
2015年10月16日
コメント(2)
『晩餐会は深夜まで続くから、お前達は先に部屋に戻って休んでいろ。』『解りました。それでは、お休みなさい。』『おやすみ。』ルドルフはそう言うと、環の頬に軽くキスした。『これで、失礼します!』顔を羞恥で赤く染めた環は、小春と共に大広間から出て行った。「全く、油断も隙もありゃしないね、あの女たらし!」「姐さん、抑えてください。」「まあ、あの貴族達の鼻を明かせてよかったよ。人を珍獣のようにジロジロと無遠慮に見やがって。」小春の言葉に、環は静かに頷いた。 欧州に来てから、道行く人々が自分達を見る目が蔑みを含んでいることに気づいたのは、船から降りた時だった。 かつて黒船に乗って開国を要求したペリーという米国人の提督を天狗のように描き、西洋人達を鬼のように恐れていた自分達と同じように、彼らは日本髪を結い、着物姿の自分達を外国からやって来た珍獣を見るような、好奇と蔑みの視線を送って来た。 彼らにとって、自分達は“異質な存在”でしかないのだろう。 だが、ルドルフは違う。 環の話を静かに耳に傾け、身寄りのない自分達を保護してくれた。 そして、自分達に対して敬意を払ってくれる。「まぁ、あの人は街で見かけた奴らとは別格だね。人間が出来ているね。」「ええ。あの方は、晩餐会に居た貴族達よりも偉い御身分の方なのでしょうね。」「そうだろうね。若い割には落ち着いているし。あたしが丸山のお座敷で会ったお客さんよりも、落ち着いてしっかりとしているよ。まぁ、昼にはきっちりとスーツを着込んでしている殿方が、夜には泥酔して暴れるってのは珍しくないからね。」「そうですか。」 環は小春とそんな話をしながら廊下を歩いていると、不意に彼は背後から視線を感じた。「どうしたんだい?」「いいえ、何でもありません。」 退屈だった晩餐会が漸く終わり、ルドルフは寝室に入るとタイを緩め、ジャケットを脱いで寝台の上に倒れ込んだ。 皇太子の務めとはいえ、自分に媚を売って来る連中や、自分の足元を掬(すく)おうと粗探しをしようとする連中相手に愛想笑いを長時間浮かべるのは正直疲れるものである。だが、この国の皇太子として生を享けた以上、皇族としての義務は果たさなければならない。『殿下、起きていらっしゃいますか?』『入れ。』 寝室に入ったゲオルグは、寝台の上で寛いでいる主に向かって頭を下げた。『厨房の件では、勝手な事をしてしまい申し訳ありませんでした。』『済んだことはもういい。何か用か? また父上から見合いを催促する手紙でも届いたのか?』『ええ。』『捨てておけ。』『わかりました。』 ゲオルグは皇帝の手紙を持つと、そのままルドルフの部屋から辞した。 彼に仕えて一月にもならないが、常に冷静沈着で気難しい性格のルドルフが一体何を考えているのかが解らない。時折自分にはこの仕事が向いていないのではないかと思う。 ゲオルグは溜息を吐きながら、廊下を歩いた。皇帝の手紙は、捨てずに保存することにした。 翌朝、ルドルフが寝台の中で寝返りを打っていると、ゲオルグが何やら慌てた様子でノックもせずに寝室へ入って来た。『ノックもせずに入るとは何事だ?』『殿下、すぐにお召し替えを。皇帝陛下がおいでになりました。』にほんブログ村
2015年10月16日
コメント(0)
環と小春は、ピアノの前に立った。これから何が起こるのかと、晩餐会に出席していた貴族達は興味津々な様子で二人を見ていた。「準備はいいかい?」「はい。」小春が三味線を調弦し終わったのを確認した環は、深呼吸をした後ドイツ語でこう挨拶した。『皆様、これから舞いますのは、京鹿子娘道明寺(きょうがのこむすめどうみょうじ)でございます。どうぞ夢のひと時をお楽しみくださいませ。』小春に環が目で合図をすると、小春は撥を持ち、朗々とした声で唄(うた)い始めた。その唄に乗せ、環は静かに舞い始めた。環が舞う前、私語をしていた貴族達は私語を止め、環が舞う姿を一心に見つめた。彼が舞うたびに、真紅の鮮やかな振袖がひらり、ひらりと翻った。ルドルフは少し離れた所で環の舞姿を見ていた。先ほどまで自分の背中にしがみつき、怯えていた環の顔には、今は凛といた気品が満ち溢れていた。(不思議だな・・)『ルドルフ様、わたくし・・』『申し訳ないが、暫く黙ってくれませんか?』『あ、はい・・』自分に近づこうとしてきた貴族の令嬢を冷たくあしらったルドルフは、再び視線を環の方へと移した。舞は佳境に入り、恋の切なさを踊っている環の横顔には、何処か憂いを感じられた。夢のような時間が過ぎ、舞い終わった環はドイツ語で再び挨拶をした。『皆様、わたくしの拙い舞を楽しんでいただけたでしょうか?』何処からともなく拍手が起こり、やがてそれは喝采(かっさい)へと変わった。「良かったね、環ちゃん。稽古で優駿さんがあんたを鍛えた甲斐があったよ。」「姐さんの唄も素晴らしかったですよ。わたしはまだまだ姐さんには敵(かな)いません。」「有難うよ、そう言われると照れちまうねぇ。」小春がそう言って頬を染めていると、ルドルフが二人の方へとやって来た。『ルドルフ様、わたしの舞はどうでしたか?』『素晴らしかったぞ。それに、コハルさんの唄も良かった。』『有難うございます。』『その楽器は何だ?』ルドルフは小春が持っていた三味線に興味を持ち始めた。『これは三味線といって、三本の絃で様々な音を出すのですよ。』『もっと詳しく話を聞きたいな。』『わかりました。ではあちらでお話しいたしましょう。』会場の隅へと移動した環達は、ルドルフから和楽器や舞のことを聞かれた。『タマキ、突然お前を晩餐会に引っ張り出してしまって悪かったな。』『いいえ。ルドルフ様のお蔭で日本の文化を紹介できました。有難うございます。』環はルドルフに礼を言うと、小春の方を向いた。『姐さん、その三味線は何処で手に入れたんですか?』『厨房の手伝いをしていた時、ヴェネツィアから船便が届いたんだよ。中を開けてみたら、飛鳳丸(ひおうまる)に預けていた楽器が入っていたのさ。』小春の言葉を聞き、環の脳裏に海へと沈んでいった豪華客船の姿が浮かんだ。『でも姐さん、あの船は沈んだ筈じゃありませんか?それなのに、どうして楽器を入れた荷物が無事だったんです?』『荷物と一緒に、こんな文が入っていたのさ。』小春は懐から取り出した手紙を小春に見せた。そこには、流麗な字でこう書かれていた。“あなた方の宝物を、あなた方にお返し致します。”小春は封筒の裏側を見たが、そこには何も書かれていなかった。(一体誰が、こんな文を?)にほんブログ村
2015年10月16日
コメント(2)
『お前、そこで何をしている?』『厨房の手伝いをしています。』『お前がそんなことをする必要はない。』襷掛けにほっかむり姿の環を睨んだルドルフは、彼の手を掴んで厨房から出て行った。『わたしを何処へ連れて行く気ですか?』『お前はわたしの連れだと言ったが、使用人だと言った覚えはない。』そう言ったルドルフは、環を睨んだ。『わたしが厨房の手伝いを買って出たんです。ですからゲオルグさんを責めないでやってください。』『ゲオルグが、お前にそんなことを命じたのか?』環の言葉を聞いたルドルフは、眦(まなじり)をつり上げた。『殿下、大きな声を出されてどうなさったのですか?』『ゲオルグ、お前はタマキに厨房の手伝いを命じたそうだな?』『はい、そうですが・・』『わたしはタマキを使用人だと言った覚えはない。タマキはわたしの大切な客人だ、その事を肝に銘じておくように。』口調こそは穏やかなものの、ゲオルグを見つめるルドルフの目は冷たかった。『申し訳ございません・・』『解ればいい。タマキ、行くぞ。』ゲオルグを廊下に残し、大広間へと向かうルドルフを、環は慌てて追いかけた。 大広間にルドルフが現れると、華やかなドレスや宝石で着飾った貴族の令嬢や婦人達が彼に熱い視線を送った。―ルドルフ様だわ・・―今夜もいつになく素敵ね・・ ドレスの波間から聞こえる囁きに耳を澄ませた環は、この時初めてルドルフが高貴な身分の人間であることを知った。それと同時に、自分がこのような場所に於いてとても場違いな人間であることに気づいた。 皇太子と手を繋いでいる珍妙な服と髪型をした見知らぬ少女に、貴族達は好奇の視線を向けた。(怖い・・) 英国へと向かう船の中で数え切れぬ程客の前で踊ったが、観客達はいつも歓声と喝采を送ってくれた。こんな、冷たく敵意に満ちた視線は知らないし、知りたくもない。『ルドルフ様、そちらの素敵なお嬢さんはどなた?』衣擦れの音と共に、一人の貴婦人が二人の元へとやって来た。環は思わず恐怖でルドルフの背に隠れてしまった。『こちらはわたしの連れでね、こういった場所には不慣れなのです。』『まぁ、そうですの。お嬢さん、あなたお仕事は何をなさっているの?』『舞を舞っています。』『まぁ、舞? どんな物なのか、見てみたいわ。そうでしょう、皆さん?』貴婦人の言葉に、その場に居た者が同意の拍手を送った。(そんな・・急に言われても・・) どう答えればいいのか解らず、環は俯いた。『どうなさったの?』『いえ、わたしはこれで失礼いたします。』『それじゃぁ、わたしが伴奏を致します。』 環がその場から立ち去ろうとした時、三味線を抱えた小春が大広間に入って来た。「小春姐さん、その三味線どうしたんですか?」「詳しい話は後でするよ。環ちゃん、あたしに任せな。」にほんブログ村
2015年10月16日
コメント(2)
ウィーン・ホーフブルク宮。 オーストリア=ハンガリー帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフは、ブタペストに視察中の息子から届いた手紙を読み、深い溜息を吐いた。「どうなさいましたか、陛下?」「どうしようもこうしようもない。これを見ろ!」フランツはそう言うと、侍従に息子の手紙を見せた。「ルドルフ様は、陛下が見合いを勧めていることをご存知なのですね。」「あれもいい年だ、そろそろ身を固めてもらわねば困る。ルドルフはれっきとしたハプスブルク家の皇太子、勝手気ままに振舞って貰っては・・」「ルドルフ様にはルドルフ様なりのお考えがあるのでしょう。」「あいつなりの考え、か・・シシィ(※1)が居てくれれば、心強いんだが。」フランツは再び溜息を吐きながら、遠い地へ旅をしている妻の事を想った。 一方、ブタペストでは環と小春がゲオルグから呼び出され、城の厨房へと向かっていた。「一体なんだろうね、急に呼び出しなんて。」「さぁ・・でも、急いだ方がいいですね。」 環達が厨房のドアを開けて中に入ると、そこは熱気と喧騒に包まれていた。『遅かったですね、お二人とも。』『ゲオルグさん、わたし達に用とは何でしょうか?』『実は今晩、晩餐会(ばんさんかい)が開かれるのですが、人手が足りないのです。お二人に手伝って頂ければ有難いのですが・・』『解りました。』『では、宜しくお願いしますね。お二人は、あそこのジャガイモの皮を剥いてください。』ゲオルグはそう言うと、さっさと厨房から出て行ってしまった。「愛想のない坊やだね。それに、あたし達にタダ働きさせようってのかい?」「姐さん、落ち着いてください。わたし達はあの人のご親切でここに置いて貰っているのですから、その恩返しだと思って働けばいいんです。」「そうだね。さっさと終わらせようじゃないか。」 環は襷(たすき)を掛けると、包丁で器用にジャガイモの皮を剥き始めた。「環ちゃん、あんた上手だねぇ。」「小さい時から家の手伝いをしていたので、これくらいは朝飯前です。」「あんたの家は、お武家様だろう?」「侍と言っても、色々な方が居るんです。我が家は、余り裕福ではありませんでした。使用人は数人居ましたが、戦の時に暇を与えました。」「そうかい。あたしも丸山に居た時、最初は置屋の下働きをしたものさ。炊事や洗濯、針仕事や掃除をしながら、稽古をしていたよ。」小春はそう言うと、額に浮かんでいた汗を手の甲で拭った。「姐さんはどうして、丸山から追い出されたのですか?」「話せば長くなるけどね、あたしが丸山から追い出された原因は、花街じゃよくある事さ。」「よくある事?」「色恋沙汰さ。あたしの姉芸妓に当たる人の旦那を、あたしが寝取ったって噂が広まってね。その噂は嘘だったけれど、悪いことはすぐに広まるもんで、あたしは置屋の女将から勘当されちまったのさ。」「酷いですね。誰も姐さんの話を聞いてくれなかったんですか?」「まぁね。いつ追い出されてもいいように、髪結い屋から髪結いの事を学んで、色々と西洋の言葉も勉強したよ。辛いときは何かに打ち込めば、その辛さを忘れるもんさ。」「そうですか。」『もう終わりましたか?』『はい。』『じゃぁ今度は玉葱(たまねぎ)の方をお願いしますね。』「人使いが荒いね。」「文句を言っても終わりませんよ。」 環がそう言いながら包丁で玉葱の皮を剥いていると、厨房にルドルフが入ってくるのが見えた。 (※1) フランツ=カール=ヨーゼフの妻・エリザベートの愛称。にほんブログ村
2015年10月14日
コメント(0)
千代乃に似たメイド・アデリアは、歳三を見つめた後、彼に優しく微笑んだ。『あなた様は、わたくしに誰かを重ねていらっしゃるのですね?』『どうして解ったんだ?』『何となくです。』(変な女だな・・)歳三がそんなことを思いながらアデリアを見ると、彼女は不敵な笑みを口元に浮かべ、バルコニーから去っていった。「兄さん、はいお水。」「有難う。」「お酒ばっかりじゃ、辛いでしょう?」 彬文の言葉に、歳三は思わず笑った。「どうしたの、何か僕おかしな事言った?」「いや・・お前ぇみてぇなのが結婚したら、相手は苦労するだろうなと思って。」「それ、どういう意味?」「お前は少し神経質だから、相手は似たような性格の女がいいな。」「失礼だな、兄さんは。まぁ、僕は当分結婚するつもりはないからね。今は学業と仕事が楽しいから、それが一段落したら考えてみようかな。」そう言う弟の横顔が、歳三には少し眩しく見えた。 自分もかつて、彼のように何かに情熱を燃やしていた頃があった。だが今は、淡々と仕事をこなすだけの生活を送っている。「そろそろ戻ろうか。いくら仕事の場でも、美しいお嬢さんと踊らないと彼女達に恨まれちゃうからね。」「ああ。」 歳三は月に背を向け、弟と共に喧騒に満ちた大広間へと戻っていった。『トシゾウ様、わたくしと踊ってくださいな。』『狡いわ、わたくしがトシゾウ様と最初に踊るのよ。』 大広間に戻った歳三を、色とりどりのドレスで着飾った令嬢達が群がった。『皆さん、そんなに慌てないでください。わたしは居なくなったりしませんから。』 歳三が笑顔を浮かべて令嬢達にそう言うと、彼女達は益々色めき立った。 喧騒に包まれた大広間から離れた邸の二階の奥―アバーモフ伯爵の寝室では、主であるアバーモフと、メイドのアデリアが寝台の上で睦み合っていた。『アデリア、さっきあの日本人と何を話していた?』『ただの世間話です。もしかして旦那様、あの方に嫉妬していらっしゃったのですか?』『馬鹿を言え。あんな若造、わたしの相手ではないわ。』アバーモフはそう言うと、アデリアの華奢な腰を掴んだ。『奥様がわたくし達の事を知ったら、どうなさるのでしょうね?』『あいつはお前がわたしの愛人だということを既に知っている。貴族が愛妾を抱えることは嗜(たしな)みのひとつだからな。』『まぁ・・』アデリアは主の上で腰を振りながら、クスクスと笑った。『それよりもアデリア、あの日本人の男が妙な真似をせぬように見張るのだぞ、わかったな?』『ええ。』 アバーモフはアデリアを抱いた後、そのままシーツの中で眠ってしまった。アデリアは素早く身支度をし、彼の寝室から出た。『アデリア、また父上とお楽しみだったのかい?』『ええ。ドミトリィ様、舞踏会に戻らなくても宜しいのですか?』『ああ。どうもああいう場所は苦手でね。そうだ、お前の事をトシゾウ様が探していたぞ。』『そうですか。では、わたくしはこれで失礼致します。』 アデリアはドミトリィに頭を下げると、大広間へと降りていった。『トシゾウ様、お呼びでしょうか?』 アデリアがシガレット・ルームに入ると、歳三が紫煙を燻(くゆ)らせながら彼女を見た。『本当に、来たんだな。』にほんブログ村
2015年10月14日
コメント(2)
千代乃が自分の前から姿を消して、もう半年になろうとしている。探偵を使って彼女の消息を捜しているが、一向に手掛かりが掴めずにいた。(千代乃、何処にいるんだ?) ふと歳三が空を見上げれば、そこには蒼い光を放つ満月が浮かんでいた。その月を眺めながら、彼は千代乃と出逢ったときのことを思い出していた。 歳三が初めて千代乃と会ったのは、知人に招待され、ある男爵の夜会に出席した時のことだった。アバーモフ伯爵家の舞踏会のような贅を尽くしたものではなかったが、結婚適齢期の男女が笑いさざめき合う姿は何処も似たようなものだった。『君が土方伯爵家の・・噂には聞いていたが、父親と全く似ていないな。』 歳三の出生に関する醜聞を知っていた男爵は、そう歳三に向かって軽口を叩くとそのまま何処かへ行ってしまった。 挨拶を済ませたので夜会から抜け出そうと、歳三が大広間から出ようとした時、この場には似つかわしくない和装姿の女が入って来た。歳三は彼女を見ただけで、彼女が花柳界に籍を置いている人間だとわかった。『男爵様・・』『また来たのか、しつこい女は嫌いだと言った筈だ。』『男爵様がうちの置屋に踏み倒した借金を全額お支払いするまで何度でも男爵様の元へ参ります。』そう言った女の蒼い瞳に射るように見つめられた男爵は、近くにいる執事に何かを命じた。 数分後、執事は男爵の元に戻り、札束が入った封筒を恭しい仕草で主に差し出した。『これで足りるか?』『有難うございます、またご贔屓に。』男爵から金を受け取った女は、彼に背を向けて大広間から去っていった。その時、女の髪から簪が一本、滑り落ちた。『忘れ物だぜ。』『有難うございます。わたくしは千代乃と申します。』『俺は土方歳三だ。縁があったらまた会おう。』 あの夜会の出逢いを経て、歳三は千代乃と恋仲になった。千代乃が男であることを知りながら、歳三は千代乃を愛することを止めなかった。 千代乃も、歳三の愛に応えた。この幸せはいつまでも続くと思っていた。しかし歳三の父が亡くなり、歳三は父の跡を継ぐ為、蕗子を娶(めと)った。結婚など形だけで、歳三の心はいつも千代乃にあった。 千代乃の事を知った蕗子は腹に宿していた小さな命を道連れに自ら命を絶った。“あなたは死神(しにがみ)よ!” もし千代乃が女であったのなら、自分の妻にして、末永く共に白髪が生えるまで二人で仲睦まじく暮らしていたのだろうか。(俺の所為で、千代乃は誰かに攫(さら)われた。) 自分は愛する者を不幸へと導く死神なのかもしれないと歳三がそう思いながら空に浮かぶ月から視線を外して大広間に戻ろうとした時、彼の前には千代乃と瓜二つの顔をしたメイドが立っていた。『俺に何か用か?』『いいえ。ただ、あなたが寂しそうだったので、声をお掛けしてしまいました。』そう言って歳三を見つめるメイドの瞳の色は、千代乃と同じ色をしていた。にほんブログ村
2015年10月14日
コメント(2)
※BGMとともにお楽しみください。一部残酷描写有。苦手な方はご注意ください。『さてと、邪魔者が消えたことだし、さっきの続きをしようか?』ルドルフはそう言って環を抱き締めると、彼の唇を塞ごうとした。その時、化粧道具と髪結いの道具を抱えた小春がドアを開けて部屋に入って来た。「あんた、環ちゃんに何やっているんだい、さっさとその汚い手を放しな!」小春は部屋に入ると、環に迫ろうとしているルドルフの頭を持っていた扇で打った。 痛みに呻くルドルフを無視して、小春は環の長い髪を梳き始めた。『今から何をするんだ?』『今から髪を結って貰うんです。長いと邪魔で仕方がないので。』『そうか。』ルドルフは急に興味を失ったかのように、部屋から出て行ってしまった。「あの人、いい人だと思っていたけれど、油断も隙もないね。」小春は環の髪を結いながらそう漏らすと、それを聞いていた環は思わず吹き出してしまった。「姐さん、さっきは助かりました。」「困った時はお互い様だよ。」 部屋から出て書斎へと入ったルドルフは、皇帝からの手紙を読み終わると、それを丸めて近くの屑籠(くずかご)に放り込んだ。その手紙には、至急ウィーンに戻るようにとだけ書かれていた。皇帝―ルドルフの父であるフランツ=カール=ヨーゼフは、視察と称してウィーンへ戻らぬ息子に業を煮やして見合いをさせようという魂胆なのだろう。皇太子である自分は、やがて妻を娶り、帝国を継ぐ男児を儲けなければならないことは頭ではわかっていたが、結婚する気はまだなかった。それに、あの少女―もとい少年の処遇についても考えねばならない。 ルドルフは椅子に腰を下ろすと、羽根ペンを手に取り、便箋に父への手紙を認(したた)め始めた。“親愛なる父上、申し訳ありませんが当分ウィーンへは戻れそうにもありません・・”「殿下、お呼びでしょうか?」「これを、皇帝陛下に。」「かしこまりました。」 英国・デヴォン。 大西洋を臨む紅い煉瓦造りの瀟洒な館の地下には、揃いの黒いフードを被った男達が今日も彼らが信奉する“神”を呼び出す儀式をしていた。祭壇には、イエス=キリストの象徴である十字架はなく、代わりに額に五芒星の焼印が捺された黒山羊の剥製がかかっていた。 五芒星の刻印が施された大理石の供物台には、恐怖で目を見開き、激しくもがく少年の姿があった。 彼は、ロンドンのイーストエンドで花売りをしていたが、数日前に男達に拉致され、この館の地下に監禁されていた。 供物台の前に、長身の青年がすっと歩み出ると、彼は優雅な手つきで黒いフードを脱いだ。 湿った風が青年の銀髪を揺らした。 青年はフードの中から長剣を取り出すと、躊躇いなくそれを生贄(いけにえ)の少年の胸に突き刺した。 そしてそのまま少年の腹を胸まで裂き、心臓を取り出した。「遺体はいつもの場所に捨てろ。」青年は近くに居る男にそう命じると、男は少年の遺体を麻袋に包み、地下室から出て行った。(まだだ、まだ血が足りない・・) 青年は少年の心臓を丁寧に麻袋に入れると、地下室から出て厨房へと向かった。「これを兄上の昼食にお出しするように。」「かしこまりました。」 寡黙な料理長は主から麻袋を受け取ると、慣れた手つきでその中に入っていたものを調理し始めた。 にほんブログ村
2015年10月14日
コメント(0)
イオンで購入しました。甘酸っぱくて美味しかったです。
2015年10月13日
コメント(2)
一瞬環は何が起こったのかがわからなかった。だが、ルドルフに唇を塞がれていることに気づき、羞恥で顔を赤く染めながら、彼の頬を平手で打った。『何をなさるんですか!』『ただキスをしただけだろう?』怒り狂う環を前にして、ルドルフはそう言うと環に打たれた頬を擦った。『少しくらい手加減したらどうだ? 命の恩人に対して乱暴な振舞いは控えた方がいいぞ。』『あなたに助けられたことは感謝しております。ですが、それとこれとは別です!』『わたしはお前の命を助けた。その代わりにお前は何をわたしに差し出せるのだ?』『それは・・』『わたしに差し出せるのは、お前の身体だけだと思うが?』悔しさに唇を噛み締めながら環が俯いていると、ルドルフがそっと彼の顎を持ち上げた。彼の蒼い瞳には、優しい光が宿っていた。『済まない、怯えさせてしまったな。』ルドルフはそう言うと、環を優しく抱き締めた。『お前の気持ちが確かなものとなるまで、わたしはお前に手を出さない事を誓おう。』 環は、ルドルフの腕の中で静かに彼の言葉を聞いて頷いていた。(この人は怖いけれど、悪い人じゃない・・)『殿下、今宜しいでしょうか?』 突然静寂を破るかのように、部屋のドアが何者かによって叩かれた。何かあったのか?』『殿下、そちらの方は?』 ルドルフの部屋に入って来た従僕は、部屋の主の背後に隠れている少女を目敏く見つけた。『ゲオルグ、彼女はわたしの連れだ。』『はぁ・・』自分と余り年が変わらぬ皇太子に、女性との噂が絶えない事を従僕は知っていた。『タマキ、何か欲しい物があればこいつに頼むといい。』『いいえ、それには及びません。それよりもルドルフ様、わたし少し着替えたいのですが・・』『わかった。』数分後、従僕が謎の少女が着ていた珍妙な民族衣装を彼女に渡すと、彼女は花が綻(ほころ)ぶかのような笑みを浮かべ、自分に礼を言った。『有難う。』『どういたしまして・・』『申し訳ありませんが、少し向こうを向いてくれませんか?』『別に減るものではないし、いいだろう?』そう言うなりルドルフは、環の西洋浴衣の腰紐を解いて環を全裸にした。『お前、男だったのか・・』驚愕と落胆が混ざる表情を浮かべたルドルフは、少年の痩せた胸元に光る蒼玉(サファイア)の指輪に気づいた。『お前、その指輪はどうした?』『これは、渡英する前に兄から渡されたものです。』環は襦袢を纏い、素早く振袖を着た。白いシルクの西洋浴衣から華やかな花模様の振袖と、煌びやかな黒い帯を締めた環は、何処からどう見ても麗しい少女の姿だった。『男なのに何故女のなりをしている?』『それは、申し上げられません・・』環はそう言うと、ルドルフから視線を外した。『殿下、ウィーンの皇帝陛下からお手紙が届いております。』『わかった、そこに置いておけ。』 若い従僕は、環に訝(いぶか)し気な視線を投げつけると、ルドルフの部屋から出て行った。にほんブログ村
2015年10月11日
コメント(2)
環が寝ているのは、寝台(ベッド)と呼ばれる西洋のものだった。そして彼が纏っているのは加賀友禅の振袖と西陣帯ではなく、上質な絹で作られた西洋浴衣(ガウン)だった。 環はここが何処で、何故自分がこのような場所に居るのかが解らなかった。「環ちゃん、目を覚ましたんだね!」ドアが開き、部屋に入って来たのは、自分と共に旅をしていた小春だった。「小春姐さん、一体どうしたんですか? それにここは一体何処なんですか?」『それはわたしの方から説明しよう。』再びドアが開き、一人の男が部屋に入って来た。その男は酷く背が高く、環の目から見ると彼は巨人のようだった。癖のある淡いブロンドの髪、整った美貌、そして何より印象的なのは、美しい光を放つ蒼い瞳だった。『あなたは?』『わたしはルドルフ。昨夜、ブタペストの街でお前が暴漢に襲われているところを助けた。』『助けて頂いて、有難うございます。』『お前、名は?』『環と申します。日本から来ました。』『ドイツ語を話せる日本人は珍しいな。』『船の中で習いました。』 ルドルフはじっと、環の顔を見た。『あの、わたしの顔に何かついていますか?』『いや、別に。それよりもタマキ、お前は暫くここで過ごして貰う。お前には色々と聞きたいことがあるからな。』『聞きたいこと、ですか?』『ああ。』 ルドルフの射るような視線に、環は思わず俯いた。『わたしが渡欧したのは、兄を捜す為です。』『兄の名は?』『涼介と申します。兄は、二年前に英国へ留学しましたが、消息不明となりました。』環はルドルフに、兄が失踪し、渡欧するまの経緯を説明した。『そうか、兄を捜す為に海を越えて旅をしてきたのか。お前とブタペストで会ったのは何かの縁だ、お前の兄を捜してやろう。』『有難うございます。』『但し、条件がある。』『条件ですか?』『わたしがお前の兄を捜す代わりに、お前はわたしの事を満足させてみろ。』『それは一体、どういう意味ですか?』『それは自分で考えろ。それと、わたしの元から逃げることは許さない。』ルドルフは環の艶やかな黒髪を一房自分の指先に巻き付けると、彼の耳元でそう囁いた。『では、また様子を見に来る。』ルドルフは環に微笑むと、部屋から出て行った。「何だいあの人は? 変なお人だねぇ。」「そうですね。ただ、悪い人ではないと思います。」「そうかい? 環ちゃん、何か困ったことがあったらあたしに言いなよ。」「解りました、有難うございます。」「それじゃぁ、あたしはちょいと買い物に行ってくるよ。」小春が部屋から出て行き、一人になった環は、再び寝台に横たわった。(師匠・・優駿さん、大丈夫かな?) 警察に追われ、自分を守ってくれた優駿がその後どうなったのかを、環は知らない。彼が無事でいればいいのだがーそんなことを思いながら環が窓の外を見ていると、再びルドルフが部屋に入って来た。『何かご用ですか?』『昼食を持って来た。』『有難うございます。』ルドルフに礼を言った環が、彼から昼食を載せたトレイを受け取ろうとした時、彼はトレイを近くにあったテーブルに置くと、環を自分の方へと抱き寄せ、彼の唇を塞いだ。にほんブログ村
2015年10月11日
コメント(0)
※BGMとともにお楽しみください。 オーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフはその日、ブタペストへ視察に来ていた。数分刻みの過酷なスケジュールの合間を縫って、彼は侍従達の目を盗んで夜の街へと繰り出した。 もちろん、自分の正体が簡単に見破られぬよう、軍服からスーツへと着替え、その上に黒貂のコートを羽織った。 夜の帳が下りたブタペストの街の酒場からは、酔客達の笑い声や賑やかな音楽が聞こえて来た。ルドルフが街の喧騒に耳を傾けていると、突然夜道に耳を劈(つんざ)くような女の悲鳴が響いた。「誰か、来ておくれ!」 闇の中から現れたのは、東洋人の女だった。『どうした?』彼女の切迫した表情を見たルドルフは、彼女にそう尋ねたが、彼女は早口で異国の言葉を捲し立てると、彼の腕を掴んで路地裏へと走っていった。『おい、待て!』そう言って女の手を振りほどこうとしたルドルフだったが、女の手はビクともしなかった。『こいつからさっさとヤッちまおうぜ。』『こんな上玉、見たことねぇや。』 路地裏へとルドルフが入ると、そこには下卑た笑い声を上げながら数人の男達が気絶した少女を取り囲んでいた。その様子を見たルドルフは、護身用の拳銃を取り出し、躊躇いなく男達の傍にあった壁に向かって発砲した。『なんだ、てめぇ!』銃声を聞いた男達の顔から笑みが消え、代わりに浮かんだのは怯えの表情だった。『それ以上その娘に触れたら撃つ。脅しではないぞ。』ルドルフは男達に向けて拳銃を構え直すと、男達は蜘蛛の子散らすように闇の中へと逃げていった。『おい、大丈夫か?』ルドルフが少女を揺さぶると、彼女は黒真珠のような瞳を微かに開け、自分を見た。『あなたは誰?』『何処も怪我はないか?』『頭が・・痛い・・』少女はそう言って低く呻くと、気絶した。彼女をこんな寒い路地裏に放置するわけにはいかず、ルドルフは少女の華奢な身体を抱き上げ、少女の連れと思しき女と共に夜の街を後にした。『ルドルフ様、その者達は?』『わたしの連れだ、気にするな。それよりもすぐに医者を呼べ。』 数分後、侍医のヴィーダーホーファー博士がルドルフの部屋に到着し、彼が連れて来た少女を診察した。『彼女は軽い脳震盪(のうしんとう)を起こしているようですね。数日安静にしていたら、大丈夫ですよ。』『そうか。夜遅くに呼び出してしまって済まなかったな、博士。』『いいえ。ではわたしはこれで失礼いたします。』 ルドルフが寝室から出てゆくヴィーダーホーファー博士を見送る姿を、小春は首を傾げながら見ていた。『何を見ている?』「別に。」『安心しろ、お前の連れに乱暴はしない。』小春は目の前の男が何と言っているのかわからなかったが、環と自分の身の安全が保障されたことを理解し、安堵の表情を浮かべた。 翌朝、朝日の眩い光に照らされ、環がゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ豪華絢爛な部屋だった。(ここは、一体・・)にほんブログ村
2015年10月10日
コメント(2)
地中海で遭難し、英国船籍の客船に救助された環達は、ロンドンへと向かうことになった。(兄上、もうすぐ兄上にお会いできますね。) 環は首に提げた蒼玉の指輪を取り出してそれを握り締めると、紺碧の彼方にあるまだ見ぬ英国を想った。「環、何処へ行っていたんだ?」「デッキで海を見ておりました。」「そうか。涼介に早く会えるといいな。」「はい。」この時、環はこの長い旅はすぐに終るものだと信じて疑わなかった。 環達を乗せた船は、定刻通りにロンドンへと向かう予定だった。しかし、出航間際になって突然船に警察がやって来た。『はこの船に日本人の乗客が数人乗っているらしいな?』『この者達は強盗団の一味だ。失礼だが乗客名簿を見せて貰おう。』デッキから降りた優駿は、警察官達と船員達の話を聞き、急いで船室へと戻った。「師匠、どうされたのですか?」「今すぐこの船を降りるぞ。」「一体どうしたんだい?」「さっき船に警察が来た。どうやら彼らは、わたし達を探しに来たらしい。」「どうして警察がわたし達を探しに来たのですか?」「詳しい話はあとだ!」『居たぞ、あそこだ!』『追え!』 環達の姿に気づいた警官達が狭い廊下を彼らの方へと向かって走って来た。「小春さん、環を頼む!」「あいよ!」「師匠、師匠はどうするんですか?」「安心しろ、わたしはこんな所で簡単に捕まらないさ。」優駿はそう言うと、環に微笑んだ。「環、また会おう。」「師匠・・」「環ちゃん、行くよ!」 環は優駿に背を向け、小春とともに異国の街を走り出した。時間は瞬く間に過ぎ、街には夜の帳が下りようとしていた。「師匠は無事でしょうか?」「大丈夫さ、優駿さんはあんなやつらに負ける訳ないじゃないか。」 小春と環が人気のない夜の街を歩いていると、向こうからいかにも柄の悪そうな男達がやって来た。『よぉ姉ちゃん達、俺らと遊ばないか?』『こんな美人、見逃すのは惜しいぜ。』「汚い手でわたしに触れるな、この下郎ども!」異国の言葉は解らなかったが、自分達を見つめる好色な視線の意味を、環は理解した。『痛い目に遭わされたいのか、このアマ!』男達の視線が鋭くなったかと思うと、そのうちの一人が環の髪を掴み、人気のない路地裏へと突き飛ばした。全身に激痛が走り、環は呻いた。「誰か来ておくれ!」『なんだてめぇ!』『それ以上その娘に触れたら撃つ。脅しではないぞ。』路地に谺する小春の悲鳴と男達の怒号、そしてよく通る何者かの声。環は必死に目を開けてその者の顔を見ようとしたが、視界が揺らぎ、漆黒の闇に包まれた。 そして彼の意識も静かに闇に沈んでいった。 にほんブログ村
2015年10月09日
コメント(0)
「おい、そんな所に隠れていないで出てきやがれ!」 非常用の斧で輝政の部屋のドアを壊し始めた小春がそう怒鳴ると、部屋の中から夜着姿の太った男が出て来た。「輝義、一体これは何の騒ぎだ?」「父上、申し訳ありません。」「あんた、あたし達乗客を犯人扱いしておいて、謝罪も何もないのかい! 客商売で、そんなことが許されると思っているのかい!」「輝義、何だこの女は! 早く摘まみだせ!」輝義は怒りで顔を赤く染めながら、小春を睨みつけた。「うちの者が大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした。どうかわたくしに免じてこの者をお許しくださいませ。」「貴様、何者だ? 身なりからすると士族のようだが・・」「いいえ、昔は侍でしたが、今は三味線や箏を娘達に教えております。この船に乗りましたのは、欧州へ向かう為です。」「そうか。」「父上、今回の騒動は父上の勘違いが原因です。明日改めて乗客の皆様に謝罪なさってくれませんか?」「わかった、そうする。」輝義の言葉に渋々頷いた輝政は、小春と優駿の方を睨むと、再び部屋の中へと戻っていった。「お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした。どうかお部屋にお戻りになってください。」「でも・・」「小春さん、彼の言う通りにした方がいい。」「わかったよ。」 盗難事件が発生した次の日、輝政は大広間に乗客達を集め、自分の勘違いが原因で騒動を起こしてしまったことを乗客達に謝罪した。「本当に申し訳ございませんでした!」輝政は乗客達に向かってそう叫ぶと、彼らの前で土下座した。「騒ぎが収まってよかったですね。」「まぁな。」 セヴァストポリの港を出港した『飛鳳丸』は、次の目的地であるヴェネツィアへと向かった。「ヴェネツィアは、良い街だねぇ。セヴァストポリも良い街だったけれど、海の上に浮かぶ街ってのは初めてだねぇ。」「そうですね。」 ヴェネツィアの街を散策していた環達は、近くのカフェで昼食を取り、『飛鳳丸』へと戻った。ヴェネツィアまでの航海は、順調そのものであった。しかし、ヴェネツィアを出港した後、『飛鳳丸』は激しい嵐に遭った。「あたし達は、ここで死んじまうのかい?」「大丈夫だ、わたし達は助かる。」優駿は懐の中からロザリオを取り出すと、一心に祈り始めた。「皆さん、早く避難してください!」 船員達に誘導され、乗客達はデッキに集められた。「見ろ、船が沈んでいくぞ!」 ボードに乗った環達が乗客の声に気づいて振り向くと、暗い海の中へと沈みゆく『飛鳳丸』が稲光に照らされて見えた。(もし避難するのが遅かったら、わたし達は船と共に沈んでいたかもしれない。) 命からがら嵐の海から逃げ出した『飛鳳丸』の乗員や乗客達は、近くを通りかかった英国船籍の客船に救助された。「師匠、わたし達はこれからどうなるのでしょう?」「わからない。だが進むしかない。」にほんブログ村
2015年10月08日
コメント(2)
全55件 (55件中 1-50件目)