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「奥様、宮廷の方がいらっしゃいました。」「お客様をお通しして。」 ダイニングルームに軍服を着た男が入って来るのを見た凛は、緊張のあまり顔が強張ってしまった。「そちらの方が、リン様ですか?」「はい。本日からお世話になります、リンと申します。」「すぐに荷物をまとめて、玄関ホールに来るように。」 ダイニングルームを出た凛は、自分の部屋に入って荷物を纏めた。この十年間肌身離さず持ち歩いていたトランクの中には、母との思い出の品が詰まっている。(お母さん、僕は必ずお父さんに会います。だから、天国で見守っていてください。)「ルシウス様、アイリス様、行って参ります。」「気を付けてね。」「はい。」 玄関ホールでルシウスとアイリスに別れを告げた凛は、軍服の男が運転する車に乗り、王宮へと向かった。「お母様、どうしても今日王宮に行かなくては駄目?」「アンジュ、あなたまだそんなことを言っているの?」「だって・・」 カイゼル公爵邸では、奇しくも凛と同じ日に宮廷に上がることになっているアンジュがそう言ってエミリーに対して幼子のように駄々をこねていた。「あなたはもう子供じゃないんだから、しっかりなさい。」「わかったわ。」「エミリーも寂しいんだよ、わかっておやり。」「あなたはすぐにアンジュを甘やかすんだから。」エミリーが隣で自分を睨んでいることに気づきながらも、エリオットは娘の頭を優しく撫でた。「何も離れ離れになるわけではないのだから、安心して行っておいで。」「わかったわ。」アンジュはハンカチで涙を拭うと、鏡台の前から立ち上がった。「お祖父様、行って参ります。」「アンジュ、陛下には失礼のないようにしろよ。」「わかりました。」 先に王宮へと上がった凛は、軍服の男とともに広い廊下を歩き、ある部屋に入った。「女官長様、皇太子妃付きの女官を連れて参りました。」「ご苦労様。あなたはもうさがっていいわよ。」 部屋の中には、シャンパンゴールドのドレスを着て、頭に頭巾を被った女が立っていた。「初めまして、わたくしは女官長を務めているエカテリーナです。あなた、お名前は?」「リンと申します。」「あなた、王宮暮らしは初めてでしょう? わたくしが、あなたに王宮暮らしの厳しさを教えて差し上げるわ。」 そう言って凛に微笑んだエカテリーナの目は、笑っていなかった。「そうねぇ、まずは着ている物を全て脱ぎなさい。」「え?」「何をグズグズしているの? 女官長様の命令は絶対ですよ。」エカテリーナの隣に居た若い女官が、そう言って凛を睨んだ。(どうしよう・・)素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月31日
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王宮舞踏会でルシウスから突然皇太子妃付きの女官に推薦されたと聞かされた凛は、未だにその事実が信じられずにいた。「アイリス様、僕に皇太子妃様付きの女官が務まるでしょうか?」「大丈夫よ。わたくしがついているわ。あなたを今まで教育してきたのは、あなたを宮廷に上がらせるためにしたことなのよ。」「そうなのですか?」「ええ。今あなたに成りすましているトムという少年は、結構狡賢い性格の持ち主だし、皇帝陛下に取り入るのが上手いわ。それならばこちらとしては、宮廷内の人間関係を充分把握した方がトムに反撃する機会をつくれるでしょう?」 アイリスの言葉に、凛は目から鱗が落ちる様な気分だった。「だから、ルシウス様は僕を皇太子妃様付きの女官に推薦したのですね?」「あなたは賢いし、機転が利く子よ。宮廷で生きるには美しい立ち居振る舞いやマナーを身につけるのは当たり前だけれど、それ以上に必要なものはいかなる状況に置かれても臨機応変に対応できる能力よ。あなたには、その能力があるから、宮廷でも生きていけるわ。」 アイリスはそう言うと、凛の頬を優しく撫でた。「宮廷ではいつも一緒に居られないけれど、あなたは独りではないということを忘れないで。」「はい。僕、頑張ります!」「もう今夜は遅いからお休みなさい。」 凛が自室へと向かったのを見たアイリスは、ルシウスの部屋のドアをノックした。「ルシウス様、本気であの子を宮廷に上がらせるおつもり?」「ああ。」「まだあの子に宮廷暮らしは早いのではなくて? さっきあの子をああ言って励ましたけれど、何だか不安で堪らないわ。」「アイリス、まるで母親のような事を言うんだね。」 ルシウスはグラスに入れていたブランデーを一口飲んだ後、そう言ってアイリスを見た。「短い間だったけれど、わたくしはあの子と一緒に暮らしてきたんですもの、情が移るのは当たり前でしょう。」「信じられないな、最初君はあの子の命を狙おうとしたのに。随分と心変わりをしたものだ。」ルシウスの言葉を聞いたアイリスの眦(まなじり)が上がった。「あれは、一瞬の気の迷いよ。それよりもルシウス様、宮廷にはあなたのお母様がいらっしゃること、お忘れではないわよね?」「あの人が、少し厄介だな。」 宮廷内では、今や女官長となった自分の母が居ることを、ルシウスはすっかり忘れてしまっていた。「もう後戻りはできない。わたし達はリンが宮廷でどう動くのかを見守ることしかできないんだよ。」 既に賽(さい)は投げられた。凛が宮廷に上がると決まった以上、自分達は彼の事を静かに見守っていくしかない。「リン、昨夜は良く眠れた?」「ええ。」「リン、皇太子妃様にはくれぐれも失礼のないようにしなさい。」「わかりました、ルシウス様。」「そうだ、これを君に。お守りだと思って大切にしなさい。」「有難うございます。」 ルシウスから渡されたのは、ルビーが中央に嵌め込まれた十字架のネックレスだった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月30日
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翌朝、夢の中に居たアンダルスはビュリュリー家の執事に叩き起こされた。「アンダルス様、早く起きてくださいませ。」「今、何時?」「午前5時でございます。」「まだ寝かせてよ・・」「いいえ、いけません。もうアンダルス様の先生がお見えになっておりますので、身支度を済ませてから先生にご挨拶をしなくてはなりませんよ。」「わかったよ・・」 数分後、アンダルスは欠伸を噛み殺しながら、客間へと入った。そこには、長い髪を団子にした濃紺のワンピースを着た女が、ソファに座りながら眼鏡越しにアンダルスを睨んでいた。「ミランダ先生、お待たせいたしました。こちらが、アンダルス様でございます。」「初めまして、今日からわたくしがあなたの家庭教師となるミランダです、以後お見知りおきを。」「初めまして、アンダルスです。」「さてと、お互い挨拶を済ませたところですし、さっそくダンスのレッスンを始めると致しましょうか。」「え、今から?」「あなたを貴族の令嬢として相応しい立ち居振る舞いを身に着ける為には、時間など関係ございません!」 ミランダに睨まれ、アンダルスは有無を言わさずそのままダンスのレッスンへと移った。「あなた、何処でワルツのステップを覚えたのです?」「独学です。」 アンダルスのレッスンを見ていたミランダは、彼が優雅にワルツのステップを踏んでいることに驚きを隠せなかった。「独学で覚えたにしては、素晴らしい出来だわ。」「今まで踊りをお客様の前で披露しながら旅をしてきたので、踊りは僕の身体の一部になっています。」「そう。さてと、ダンスのレッスンはこれまでにして、休憩にしましょう。」 ダイニングルームで朝食を取りながら、ミランダはアンダルスの首に提げているネックレスに気づいた。「そのネックレス、素敵ね。」「このネックレスは、お師匠様の形見なんです。」「そう。さてと、朝食が済んだ後は、ヴァイオリンと刺繍の授業ですよ。」「はい、先生。」 その日からアンダルスは、ミランダから淑女となる為の教育を受けた。「どう、アンダルスの淑女教育の成果は?」「アンダルス様は呑み込みが早く、馬術や弓術、剣術の面に於いては日に日に上達しております。あの様子ならば宮廷に上がれるのも早いかと思われます。」「そう。でも最近、宮廷で妙な噂があるから、あの子を宮廷に上げるのは暫く様子を見てからにしようと思っているの。」「噂、でございますか?」「ええ・・」 ビュリュリー伯爵夫人は、ミランダの耳元で何かを囁いた。「それは、厄介な事ですわね。アンダルス様はどちらに?」「あの子なら、遠乗りに行ったわ。」「何だか、嫌な予感がいたしますわ、奥様。」 先ほどまで晴れていた空が急に曇って来たかと思うと、大粒の雨が遠乗り中のアンダルスを襲った。「クソ、ついてねぇなぁ・・」 アンダルスは舌打ちすると、雨が凌げる場所を探し始めた。その時、空から雷鳴が轟き、茂みの中に隠れていた豹がアンダルスの前に姿を現した。その姿を見た馬は嘶くと、アンダルスを振り落して何処かへ行ってしまった。「痛ってぇ・・」落馬する際腰を打ってしまったアンダルスは痛みに顔を顰めながら、自分を今にも食おうとする豹と対峙した。彼は近くに転がっていた太い木の枝を掴み、鋭い牙を剥き出しにして自分に唸っている豹を睨みつけた。にほんブログ村
2015年03月28日
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「お前は、あの時の・・」「伯父様、ちゃんと二人で話をした方がいいですわ。わたくしは、向こうで待っていますから。」 アンジュはそう言って歳三の腕を離すと、バルコニーから去っていった。「さっき皇太子様と一緒に居たな?」「ええ。あの時盗みの濡れ衣を着せられた僕を、ある方が面倒を見てくださいました。」「ある方?」「はい。あなたもご存知の方です。」歳三は凛の言葉を聞いて少し苛立ったような表情を浮かべた。「勿体ぶらないでもらおうか?」「リン、こんな所に居たんだね、探したよ。」「ルシウス様・・」歳三は凛の背後から姿を現したルシウスを見て眉間に皺を寄せた。「久しぶりだな、ルシウス。」「そんなに怖い顔で睨まないでくれないか? 何もわたしは君と戦いに来たんじゃないんだ。」 ルシウスは自分に対して警戒している歳三を見ながら、飄々(ひょうひょう)とした口調でそう言うと、彼の肩を叩いた。「お前が、こいつの世話をしているのか?」「ああ。わたしの知人に頼んで、この子には淑女として相応しい教育やマナーを受けさせた。今夜の舞踏会にこの子を連れてきたのは、お披露目の為でもある。」「お披露目だと?」歳三の紫紺の双眸が険しい光を放ったことに気づいたルシウスは、溜息を吐いた。「まぁ、後で皇太子様からお知らせがあると思うよ。それよりも君は、どうしてわたしに対してそう警戒してばかりいるんだい?」「お前ぇみてぇな奴は一番信用できねぇんだ。涼しげな顔をして、平気で人を騙して・・」「おやおや、もうあれは過ぎた事だろう? いつまでも過去に囚われてばかりいたらいけないよ。」「うるせぇ!」「リン、皇太子様が君をお呼びだ、行こう。」 ルシウスは今にも自分に殴りかかりそうな歳三から凛を避難させるため、そう言って彼の手を取ってバルコニーをあとにした。「ルシウス様、あの方と何かあったのですか?」「昔、色々とあってね。その話はいつかしてあげる。」「はい・・」 ルシウスと共に凛がクリスチャンの元へと向かうと、彼は見知らぬ女性と何か話をしていた。「皇太子様、リンを連れて参りました。」「リン、紹介するよ。わたしの妻の、シャルロッテだ。」「初めまして、リンと申します。」「まぁ、あなたがリンね? ルシウスからあなたの話は色々と聞いているわ。これから宜しく。」「こちらこそ、宜しくお願いいたします。」 凛は訳がわからぬまま、女性と握手を交わした。「ルシウス様、あの方がおっしゃっていたことは・・」「実は、君を皇太子妃様付きの女官に推薦したんだよ。」ルシウスの言葉は、初耳だった。「僕に、宮仕えをしろとおっしゃるのですか?」「そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。わたしやアイリス様がついているし、皇太子様も君のことを助けるとおっしゃってくださっているから。」ルシウスは凛に優しく微笑むと、彼の肩を叩いた。「僕に、皇太子妃様のお相手など務まるでしょうか?」「だから、そんなに心配することはないよ。わたしに任せておけばいい。」(そんな事、言われてもなぁ・・) 凛はルシウスの真意がわからず、混乱していた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月27日
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アルフレドは、今自分の前に立っている軍服姿の少年が、本当に今は亡き妹の孫なのかどうかを考えていた。自分の姪にあたる千尋は、16年前の戦争で消息不明となり、彼女が子供を産んだことなど知らなかった。だから、彼はこの少年に千尋のことを尋ねることにした。「そなたの母は、そなたが何歳の時に亡くなった?」「僕が6歳の時に、病気で亡くなりました。母は、ホテルで働きながら僕を必死で育ててくれました。」「そなたの母の名は?」「チヒロといいます。」 トムとアルフレドの会話を傍で聞いていた凛は、トムが自分と母・千尋のことをすらすらとアルフレドに話している姿を見て、聖マリア孤児院に居た頃凛が自分の身の上を話しているところを盗み聞きされたことに初めて気づいた。(どうしよう、このまま黙っていたら、僕が偽者にされちゃう!)「皇帝陛下、申し上げます!」「そなたは?」「わたしが、あなたの孫です。わたしは・・」「黙りなさい。」「申し訳、ございません・・」 アルフレドに睨まれ、凛は俯いて引き下がった。 その様子を、トムはほくそ笑みながら見ていた。「父上、事の真偽を確かめるのは後日にいたしましょう。今宵は楽しい舞踏会の為に、国中から貴族が集まってくださるのですから。」クリスチャンが慌ててその場に取り繕うと、楽団に向かって目配せした。楽団は、ワルツの調べを奏でた。「どうして止めるんですか?」「今ここであの者と君が言い争っても、君に勝ち目はない。あの者はなかなかの切れ者だ。」「じゃぁ僕は、どうすればいいんですか?」「わたしに考えがある。今はパーティーを楽しむことだけを考えなさい、いいね?」「はい。」凛はクリスチャンと踊りながら、皇帝と楽しそうに話しているトムの横顔を睨んだ。(時間がかかっても、絶対にトムには負けない!)「リン、久しぶりね。」「アンジュお嬢様、こちらこそご無沙汰しております。お元気でしたか?」 クリスチャンとワルツを踊り終えた後、バルコニーへと移動した凛がシャンパンで喉の渇きを潤していると、そこへアンジュがやって来た。「そのドレス、良く似合っているわ。」「有難うございます。アンジュお嬢様のドレスも、宝石が鏤(ちりば)められていて素敵ですよ。」「ここで待っていて、今伯父様を呼んでくるわ。」 アンジュはそう言うと凛に背を向け、歳三の元へと向かった。「伯父様、あちらに紹介したい方がいらっしゃるの。わたしと一緒に来てくださらない?」「ああ、わかった。」 アンジュに手をひかれた歳三が人気のないバルコニーへと向かうと、そこにはあの黒髪の少年が立っていた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月26日
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「皆様、本日はこの王宮舞踏会にご出席いただき、有難うございます。」 クリスチャンがそう言って貴族達の前で挨拶すると、彼らの後ろに立っていた令嬢達がクリスチャンの隣に居る凛を見た。「あの方、どちらのお嬢さんなのかしら?」「あのドレス、大通りのマダム・Tの新作じゃなくて? それに、あの真珠の髪留め・・」「あんな高価な物をさりげなくつけていらっしゃるなんて、彼女はきっとどこかの国の皇女様に違いないわ。」「そうね。」彼女達の会話を傍で聞きながら、ルシウスは思わず口端を上げて笑った。「どうなさったの、嬉しそうな顔をして?」「いや、何でもない。それにしても、皇太子様はこれからどうなさるのかなぁ?」「それは、わたくし達にも皆目見当つきませんわ。」アイリスはそう言うと、扇子の陰で笑みを浮かべた。 一方、クリスチャンの隣に立っている凛は、自分が貴族達にじっと見られていることに気づいた。 逃げ出したくなったが、もう後には退けない。「さて皆様、わたしの隣に立っているのは、わたしの叔母である今は亡きマリア皇女様の孫君様であるリン様です。」―何ですって?―リン様は、あちらにいらっしゃる方ではなくて? 貴族達の視線が、凛からトムへと移った。 トムは、突然貴族達の視線を浴びて狼狽えたが、すぐに愛想笑いを彼らに浮かべてこう言い放った。「あちらに居る人は僕の名を騙った偽者です! 僕はマリア皇女様の形見のブローチをつけています、僕が本物です!」 この期に及んでもまだ平気で嘘を吐くトムに、凛は憤りを感じて彼に掴みかかろうとした。だが、その様子に気づいたクリスチャンは凛を手で制し、彼に聞こえないような声でこう言った。「今感情のままに動いては駄目だ、冷静になって。」クリスチャンの言葉に、凛は静かに頷いた。「皇太子様、お初にお目にかかります、リンです。」「そのブローチを、見せて貰おうか?」「はい。」 クリスチャンの前に出たトムは、軍服の襟につけていたブローチを外し、彼に見せた。 クリスチャンがブローチの裏を見ると、そこには王家の紋章が彫られていた。「君は、このブローチを何処で見つけたんだ?」「聖マリア孤児院が火事になった時、僕が持っていたブローチはその混乱で行方不明になっていました。けれど、僕の従妹であるアンジュ姉様が、僕のブローチを見つけてくださったんです。」トムは皇太子の前でも臆することなく平気で嘘を吐いた。クリスチャンは、そんなトムの言葉に何も言わなかった。「一体何の騒ぎだ、クリスチャン?」「父上。今マリア皇女様の孫と名乗る者が、わたしにこのブローチを渡してきました。」 クリスチャンはそう言うと、アルフレドにブローチを見せた。「これは、確かにわたしがマリアに贈った物だ。」「皇帝陛下、僕がマリア皇女様の孫だということを、信じてくださるのですね?」「うむ・・」 アルフレドは白くなった顎鬚(あごひげ)を弄りながら、トムを見た。 素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月25日
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最近、不要になったぬいぐるみ類などをハードオフに売りに行きました。ぬいぐるみは一律30円だそうで、安い物だなぁと思いました。昨日はテレホンカードを金券くんで売り、846円で買い取ってくれました。企業名が入ったテレホンカードと、昔漫画雑誌や小説雑誌の懸賞で当てた未使用の物だったので、かなり高値で買い取ってくれて満足でした。物を溜めこむよりも、さっさと見切りをつけて少額でもいいから売りに行くことにした方がいいかもしれません。
2015年03月25日
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「そのドレス、良く似合っているわ。」「有難うございます。アイリス様、何だか緊張してしまって、手の震えが止まりません。」「初めて舞踏会に出るのだもの、緊張して当然よ。わたくしも、初めて舞踏会に出た時は、あなたと同じようにガチガチに緊張していたわ。」「アイリス様が?」「信じられないでしょう? あの頃のわたくしはまだ若くて、世間知らずな女の子だったのよ。でも、あなたは違う。自信を持ちなさい。」「わかりました。」「さてと、お喋りはここまでにして、ルシウスを玄関で待たせてはいけないわ、早く行かないと。」「ええ。」 凛とアイリスが玄関ホールへと向かうと、そこには白い燕尾服姿のルシウスが二人を待っていた。「随分と遅かったじゃないか、待ちくたびれて爺さんになってしまうのかと思ったよ。」「まぁ、冗談は止して下さいな、ルシウス様。」「この子の緊張を少し解していただけよ。さぁ、もう行きましょう。」「そうだね。」 ルシウス達が王宮に到着すると、中から皇太子付の女官が出てきた。「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」 女官に連れられ、彼らは皇太子の部屋の前にやって来た。「キース、今入ってもいいかい?」「ああ、どうぞ。」 ルシウス達が部屋に入ると、そこには白い軍服姿に勲章をつけたキース―アルティス帝国皇太子・クリスチャンが鏡の前に立っていた。「キース様、どうしてこのような所にいらっしゃるのですか?」「どうしてって、ここがわたしの部屋だからさ。」「え、じゃぁキース様は、この国の皇太子様なのですか?」「驚かせてしまってごめんね、リン。ルシウスに唆されて、最後まで身分を明かせなかったんだ。」「おいおい、わたしの所為にしないでくれるかな?」「済まない。リン、今夜の君はとても綺麗だよ。」「有難うございます、皇太子様にそう言っていただけて嬉しいです。」「さぁ、行こうか。みんなが待っている。」「はい・・」 差し出された皇太子の手を、凛はそっと握った。「ねぇ、今夜の舞踏会、皇太子様がご出席されるんですって?」「まぁ、あの社交嫌いな皇太子様が?」「一体どんな風の吹き回しかしら?」「さぁ。でも、皇太子様とお会いできる滅多にない機会ですもの、皇太子様にダンスを申し込みますわ。」「ずるいわ、わたくしも皇太子様にダンスを申し込みますわ。」「わたくしもよ!」 王宮舞踏会が開かれている王宮の大広間では、ドレスや宝石で美しく着飾った貴族の令嬢達が、そんなことを扇子の陰で言い合いながらクリスチャンの登場を待っていた。 その時、クリスチャンが一人の少女とともに大広間に通じる階段から降りてきた。「皇太子様だわ。」「隣にいらっしゃる綺麗な方はどなたなのかしら?」「もしかして、皇太子様の婚約者なのかしら?」 令嬢達の好奇と嫉妬が混じった視線を一身に浴びた凛は、思わず俯いてしまった。「堂々と前を向いて。俯いていては彼女達の思うつぼだ。」「わかりました。」クリスチャンに耳元でそう優しく囁かれ、凛は頬を赤く染めながらゆっくりと俯いていた顔を上げた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月24日
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王宮舞踏会当日の朝、凛は緊張のあまり朝食が食べられなかった。「どうしたの、リン? 朝はしっかりと食べないと駄目よ。」「すいません、緊張してしまって・・」「君は気が早いな。舞踏会は夜にあるのだから、そんなに早く緊張しなくていいんだよ。」ルシウスはそう言うと、凛の肩を優しく叩いた。「はい・・」「リン、わたくし達がついているわ。だから、朝ごはんはしっかりと頂きなさい。」「わかりました。」二人に励まされて、凛は残していた朝食を手につけた。 同じ頃、アンジュはエミリーと共に買い物を楽しんでいた。「お母様、伯父様は今夜の舞踏会に出席されるのかしら?」「さぁ・・招待されているから、きっと来るでしょうね。」エミリーは娘にそう言いながら、数時間前に彼と交わした会話の事を思い出していた。「お兄様、あの子のいう事を本当に信じているのですか?」「何の話だ。」 紫煙をくゆらせながら、歳三はそう言ってエミリーを見た。「あの子が・・娘の恩人であるあの子が、もし本当にお兄様の子だとしたら、どうなさるおつもり?」「どうするもこうするも、その時はその時だ。」歳三は冷たい目で妹を睨んだ。「俺は忙しいんだ、これ以上くだらない話をするなら出ていけ。」エミリーが歳三に彼の息子の話をすると、歳三は不機嫌な表情を浮かべた後彼女を書斎から追い出した。「お母様、どうかなさったの?」「いいえ、何でもないわ。」「もしかして、伯父様とあの子の事で喧嘩になったの?」アンジュに指摘され、エミリーは彼女の勘の鋭さに気づいた。「あの子が、本当にお兄様の息子だとは、わたしは思えないのよ。あの子はチヒロ姉様の形見であるブローチを持っているけれど、あなたを助けたあの子とは雰囲気が違うような気がするの。」「お母様、あの子は嘘を吐いているわ。あのブローチは、寝室でわたくしが見つけた物なの。」「まぁ、そうなの? どうしてそのことを早くわたしに言わなかったの?」「すぐに言いたかったけれど、あの子が事実を捻じ曲げてお母様や伯父様に伝えると思って、黙っていたのよ。今まで黙っていて、ごめんなさい。」「よく話してくれたわね、アンジュ。」エミリーはそう言うと、今にも泣き出しそうになっている娘を抱き締めた。「どうかしら、お母様?」「良く似合っているわ、アンジュ。」 その日の夜、鏡の前でアンジュは宝石を鏤めたドレスを身に纏って微笑んだ。「お綺麗ですよ、アンジュ姉様。」「有難う、リン。」「みんな、支度は済んだか?」 ドアをノックした歳三は、真紅の軍服を纏っていた。「お兄様はてっきり舞踏会を欠席されると思いましたのに、出席されるなんて意外ですわ。」「偶(たま)にはああいう所にも顔を出した方がいいと思ってな。アンジュ、ドレスよく似合っているぞ。」「有難うございます、伯父様。」 歳三達を乗せた車は、白亜の王宮へと向かった。「リン、もう支度は出来た?」「はい。」 紫のドレスを着たアイリスが凛の部屋に入ると、鏡の前で彼は髪を手櫛で整えていた。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月23日
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近所のツルハドラッグで購入しました。あんまりしつこくない味で、ビールに合いそうです。
2015年03月20日
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「わたくしにはね、今生きていればあなたと同じ年になっていた筈の娘が居たのよ。」「娘さんが居たんですか?」「ええ、でも生まれてすぐに病気で死んでしまったわ。あなたを世話することになって、いつの間にかわたくしはあなたを死んだ娘の代わりのように思っていたのね。」「アイリス様・・」「あなたも、ずっと死んでいたと思っていたお父さんが生きていると知って、会いたいと思ったから頑張って来たんでしょう?」「ええ。今はまだ会えないけれど、お父さんと会える日が来るまで必死に頑張ってきました。アイリス様、これからも宜しくお願いします。」「こちらこそ、宜しくね。」 カフェで昼食を済ませた後、二人は宝石店へと向かった。「アイリス様、ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ。」店員はそう言ってアイリスと凛を奥の個室へと案内した。「こちらが、ご注文されたネックレスと髪留めになっております。」「有難う。」「アイリス様、これは?」「あなたが社交界デビューの日の夜につける髪留めよ。綺麗でしょう?」凛はアイリスに真珠の髪留めを見せられ、大粒の真珠がふんだんに使われた髪留めの美しさに絶句した。「これを、僕がつけるんですか?」「あなた、黒髪だから真珠に映えると思うのよ。今ここでつけてみたら?」アイリスに勧められ、凛は真珠の髪留めをつけて鏡の前に立った。「よくお似合いですよ。」「本当にこんな高価な物をつけても宜しいのでしょうか?」「いいに決まっているでしょう? あなたの為に、わたくしが特別に注文したのだから。」 思う存分ショッピングを楽しんだ二人が帰宅すると、客間から賑やかな笑い声が聞こえた。「あら、お客様かしら?」「二人とも、お帰り。紹介するよ、こちらはキース、わたしの古い友人だ。」「初めまして、キース様。リンと申します。」「君がリンだね? 色々と噂は聞いているよ。」 蒼い瞳で自分を見つめるルシウスの旧友・キースは、そう言うと凛に優しく微笑んだ。「今日君をこの家に招いたのは、リンの社交界デビューを飾る王宮舞踏会で、君がリンのエスコートをしてくれないかというお願いをしたかったからだよ。」「勿論さ。親友の頼みは断れないからね。」「有難う。」「リン様、ヴァイオリンの先生がいらっしゃいました。」「はい、今行きます。キース様、本日はお会いできて嬉しかったです。」凛はキースに頭を下げると、そのまま客間から出て行った。「あれが、マリア皇女様の孫君様か。わたしにとっては、従甥(じゅうせい)に当たるんだな。」「ええ。それよりも皇太子様もお人が悪い。わざわざ偽名を名乗って、自らの正体を明かさないなんて・・」「お楽しみは最後にとっておくのがわたしの趣味でね。どうだルシウス、義理の甥と会った感想は?」「礼儀正しくて、根性が据わっている子です。この先何があっても彼はきっと乗り越えることでしょう。」そう言ったルシウスの顔は、何処か嬉しそうだった。素材提供:Little Eden様にほんブログ村
2015年03月20日
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歳三がトーマスとともに客間に入ると、彼の姿に気付いたリチャードがソファから立ち上がった。「すいませんね、お忙し中わたしの為に時間を割いていただいて・・」「警視さん、今回はどのようなご用件で我が家に?」「実は先ほど、あなたのご子息のブローチを盗んだ犯人が、釈放されました。」「それは、本当ですか?」「はい。身元引受人は、ルシウスとかいう方です。ご存知ですか?」「ええ。士官学校時代の知り合いです。」「そうですか。それにしても、何だか屋敷中が賑やかですね。」「もうすぐ姪と息子の社交界デビューを控えていましてね。妹は娘の為に色々とドレスや靴などを選んでははしゃいでいます。」「社交界デビューねぇ。庶民であるわたしには一生縁のない世界なんでしょうねぇ。」リチャードはそう言って笑うと、カイゼル公爵家を後にした。「ただいま戻りました。」「遅かったな、リチャード。またカイゼル公爵家に行って来たのか?」「ああ。」「溜まった書類をそろそろ片付けないと、係長の雷が落ちるぞ。」「わかっているよ。」 自分のデスクに戻ったリチャードは、溜まっていた書類仕事を片付けた。「リチャード、居るか?」リチャードがコーヒーを飲んでいると、彼のデスクに長身の黒髪の男がやって来た。「何だ、ヤン。わたしは忙しいんだ、雑談なら後にしてくれ。」「お前、カイゼル公爵家のブローチ泥棒を追っているんだって?」リチャードの相棒・ヤンは、そう言うと彼を見た。「ああ。だがその犯人と目された少年が、今朝釈放された。」「そうか。カイゼル公爵家といえば、色々とスキャンダルが多い家だったな。確かそこの家の当主が、日本人のピアニストを妾にしたこともあったな。」「お前、やけに社交界のスキャンダルについて詳しいんだな。」「まぁな。従妹が新聞の社交欄の記者をしているから、自然と社交界のことは耳に入って来るのさ。さてと、もう昼だからお前の奢りで何か食いに行こうぜ!」「お断りだ。今度は俺が奢るとかなんとかうまいこと言って、いつもわたしに昼飯代を払わせるだろうが!」リチャードの金色の柳眉がつり上がるのを見たヤンは、両肩を竦めると彼のデスクから離れた。 一方、凛はアイリスとともにリティア市内の高級ブティックで社交界デビューの日に着るドレスを選んでいた。「どれも素敵なものばかりで、迷ってしまうわ。」「こちらのドレスは如何です? 当店人気のドレスですよ。」店員が凛に勧めてきたのは、淡い桜色のドレスだった。「これは少し幼すぎるなぁ。奥にあるドレスを持ってきてくれませんか?」「かしこまりました。」 試着室に入った凛は、緑色に金糸で刺繍されたドレスを着てアイリスの前に立った。「まぁ、良く似合っているわ。」「有難うございます。このドレスでお願いいたします。」「かしこまりました。」 ドレスをブティックで購入した後、凛とアイリスはカフェで昼食を取ることにした。「ここのお店はシーフードドリアが美味しいのよ。」「じゃぁ、それで。アイリス様、買い物に付き合っていただいて有難うございました。」「いいのよ。何だかあなたとこうして買い物をしたり、一緒に食事をしたりしていると、まるで娘と出かけているみたい。」アイリスはそう言うと、寂しそうな笑みを口元に浮かべた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月19日
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「お待たせいたしました。」 ルシウスとアイリスが談笑していると、ダイニングルームに凛が入って来た。「あら、良く似合うじゃないの。」「有難うございます。」「さぁ、そんなところに突っ立ってないで、一緒にいただきましょう。」「はい・・」 ルシウスたちと食事をしながら、凛はオーロラ一座の事を思った。今頃彼らは、何をしているのだろうか。「どうしたの、何か気がかりなことでもあるのかしら?」「はい。今お世話になっているサーカス団の人達に黙って家から出てきてしまったから、みんな心配していると思うんです。」「そう。ではわたくしの携帯を使いなさい。」「有難うございます。」 アイリスから携帯を借りた凛は、フレッドの番号にかけた。『もしもし?』「フレッドさん、凛です。」『リン、お前が警察に連れて行かれたって聞いて心配したぞ!今どこに居るんだ?』「亡くなったお母さんの親戚の家にお世話になっています。フレッドさん、心配をかけてしまって申し訳ありませんでした。」『団長には俺の方から説明しておく。なぁリン、今居る家の住所を教えてくれないか?』「わかりました。」凛は、そう言うとルシウスの家の住所をフレッドに教えた。「携帯、貸してくださって有難うございました。」「どういたしまして。」凛はアイリスとルシウスに、この家の住所を教えたことを伝えた。「明日の朝、フレッドがこちらに来るそうです。フレッドにはお世話になったから、色々と話したいんです。」「わかったわ。」 その日の夜、凛はルシウスの隣の寝室で眠った。「リン様、おはようございます。」「おはようございます、アビゲイルさん。」「ルシウス様と奥様がダイニングルームでお待ちです。」 身支度を済ませた凛がダイニングルームに入ると、そこにはフレッドの姿があった。「フレッドさん、心配かけてしまってごめんなさい。」「いや、いいんだ。団長からお前の事を話しておいた。みんな、リンの事を応援しているってさ。お前の荷物、持って来たぜ。」「有難うございます。フレッドさん、いつか必ずサーカス団に戻ってきます。」「わかった。リン、頑張れよ。」フレッドに激励され、凛は涙を流しながら彼と抱擁を交わして別れた。「良いお友達を持ってよかったわね。」「はい。」「これで涙を拭きなさい。これからは、どんなに辛くても、弱音を吐いたり泣いたりしては駄目。あなたがお父さんと会えるまで、どんなことがあっても負けては駄目よ、わかったわね?」「はい。」 その日から、凛はアイリスの下で淑女としての教育を受けることになった。「あの子の様子はどう?」「リン様は呑み込みが早くて、わたし達も教え甲斐がありますよ。」「そう。」 アイリスが凛の部屋のドアをノックすると、彼は窓際の椅子に座って刺繍をしていた。「アイリス様、刺繍に夢中になっていて・・」「いいのよ。さっき家庭教師の先生方があなたの事を褒めていたわよ。」「そうですか。」 一方、カイゼル公爵邸ではエミリーとトムの社交界デビューの為の準備が慌ただしく進められていた。「トシゾウ様、お客様がいらしております。」「わかった、すぐ行く。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月18日
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「さぁ、乗りなさい。」「あの、これから何処に行くんですか?」「わたしの家だ。」亡き母の縁者と名乗った青年・ルシウスは、車の助手席に座っている凛にそう言うと笑った。「カイゼル公爵邸で何があったんだ?」「実は・・」凛はルシウスに、カイゼル公爵邸で起きたことを話した。「そうか。君は、自分に成りすましている偽物の正体を公衆の面前で暴きたいんだね?」「はい。あの子の・・トムの胸元に輝くブローチが、自分の物だということを証明したいんです、どうか力を貸してください!」「わかった。」 ルシウスの自宅に入った凛は、豪華な部屋の内装に驚いた。「あなたも、貴族なのですか?」「まぁね。君を釈放したのは、君に会わせたい人が居るからさ。」「僕に、会わせたい人?」「そうだよ。さぁ、この部屋にお入り。」 ルシウスと共に客間に入った凛は、真紅のソファに一人の貴婦人が座っていることに気づいた。「ルシウス、その子がそうなのね?」「そうだよ、アイリス。やっと見つけた。」ルシウスはそう言うと、貴婦人の白魚のような手の甲に接吻した。「ご挨拶なさい。こちらの方は、アイリス=バッハシュタイン様だ。」「初めまして。あなたのお噂は知っているわ。」「初めまして、リンと申します。」「この前は、わたくしが雇った探偵があなたの事を怯えさせてしまったようね、ごめんなさい。」アイリスはそう言うと、凛に優しく微笑んだ。「アイリス様は、どうして僕に会いに来たんですか?」「ルシウスさんから、話は聞いたわ。あなたは、実の父親に会いたいのよね?」「はい。今まで、僕は父親が死んだとばかり思い込んでいました。でも、最近になって、父親が生きていると知って、会いたいと思って、孤児院を飛び出してサーカス団に入って、国中を旅しながら父親の消息を探していたんです!」凛はそう言うと、アイリスとルシウスに頭を下げた。「お願いします、僕を助けてください!」「頭を上げなさい。」凛が頭を上げると、アイリスが優しい光を緑の瞳に宿しながら自分の事を見ていた。「あなたのことを、これからわたくしがお世話するわ。あなたには、淑女として相応しい教育を受けさせるわ。ルシウス、それでよろしいわよね?」「構いませんよ、わたしは。あとは、リンの答え次第です。」「宜しくお願いいたします。」「これから、宜しくね。」アイリスに差し出された手を、凛はそっと握った。「さてと、まずは身嗜みを整えて、わたくし達とともに遅めの昼食をいただきましょう。アビゲイル、リンを綺麗にしてあげて頂戴。」「はい、わかりました。リン様、こちらへどうぞ。」 凛がシャワーを浴びた後浴室で髪を乾かしていると、そこへアイリス付きのメイド・アビゲイルがやって来た。「リン様、お召し替えを。」「有難う。」 一方、ダイニングルームではルシウスとアイリスが互いに向かい合ってワインを飲んでいた。「ルシウス、あの子をどうするおつもりなの?」「あの子を近々、宮廷に上がらせます。その為に、あなたがあの子に淑女としての教育を施してください。」「わかったわ。あの子は聡い子のようだし、権謀術数の蜘蛛の巣が蔓延(はびこ)る宮廷でもうまくやっていけることでしょう。」アイリスはそう言って笑うと、真紅の液体を一口飲んだ。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月17日
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「お父様、良く似合っています。」「そうか、有難う。」 歳三がそう言ってトムに微笑むと、彼は急に視線を感じて柵の向こうを見た。 するとそこには、黒髪の少女がじっと自分の事を見ていた。「お父様、どうかなさったのですか?」「あの子は、あの時の・・」トムは凛の存在に気づくと、彼は凛を指さしてこう叫んだ。「あの子は泥棒です、誰か捕まえてください!」「違う、僕は・・」「お前、そこで何をしている?」凛は男が冷たい目をして自分を睨んでいることに気づいた。「僕は何も盗んでなんかいません、信じてください!」「リン様、どうされましたか?」「この子を捕まえて!」「おい、こっちに来るんだ!」「嫌、放して!」二人の警官に羽交い絞めにされ、凛は暴れた。そんな彼の姿を、トムは歳三の肩越しに見て笑っていた。「お願いです、話を聞いてください、お願いです!」「一緒に来るんだ!」 凛が警官に連行される姿を、買い物から帰って来たアンジュとエミリーが目撃した。「お兄様、一体何があったのですか?」「伯母様、あの子は僕のブローチを奪いに来たんです!」「そんなの嘘だわ、あなたが今胸につけているブローチは元からあの子の物だったのよ! それをあなたが奪ったんじゃないの!」「アンジュ姉様、僕が嘘を吐いているとでもおっしゃるのですか?」「あなたは一体誰なの!?」「アンジュ、落ち着きなさい。」エミリーはそう言って娘を宥めると、彼女は歳三達に背を向けて二階へと駆け上がっていった。「お兄様、アンジュは嘘を吐くような子ではありませんわ。それに、あの子は決して盗みなどする子ではないわ。どうか、あの子の話をちゃんと聞いてあげてくださいな。」「伯母様も、あの子の味方をなさるのですか?」「あなたの話だけ聞いても、本当のところはわからないでしょう? あの子の話を聞いたうえで、お兄様に真実を見極めて貰うのよ。」「わかった、そうしよう。」「お父様・・」エミリーの意見に歳三が賛成したことに驚いたトムは、このままだと自分の計画が台無しになると焦り始めた。 一方、警官に連行された凛は、冷たい牢獄に放り込まれた。「そこで大人しくしていろ!」「お願いです、ここから出してください!」 初夏とはいえ、牢獄内は凍えるような寒さだった。(フレッドさん達、今頃心配しているかなぁ・・)凛はゆっくりと目を閉じながら、オーロラ一座のことを想った。「出ろ、釈放だ。」「え?」 翌朝、訳も分からず凛は釈放された。「どうして、僕は釈放されたんですか?」「それはわたしが君の保釈金を払ったからさ。」背後で声がして凛が振り向くと、そこには長い金髪をなびかせた青年が翡翠の双眸で自分を見つめていた。「あなたは、誰ですか?」「わたしは、君の亡くなったお母さんの縁者だ。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月16日
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職場の同僚の方からホワイトデーのお返しの代わりに、好きなお菓子500円分を頂きました。前から気になっていたコイケヤのガーリック味は、ガーリックの香ばしさがきいていて美味しかったです。カルビーの4種のチーズ味は、アンチョビの塩味とチーズとの相性が良くて美味しかったです。
2015年03月16日
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エルムントの葬儀に参列した後、アンダルスは夕食の席でビュリュリー伯爵家の者達と初めて会った。「アンダルス、皆様にご挨拶なさい。」「初めまして、アンダルスです。今日からビュリュリー伯爵家で暮らすことになりました、どうか宜しくお願いいたします。」 アンダルスがそう言って親族達に挨拶をすると、テーブルの隅に座っていた1人の少女が彼を見た。「あなた、今まで旅芸人をしていたのでしょう? そんな子が、伯爵家での生活に慣れるのかしら?」「おやめなさい、レベッカ。」 ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、姪っ子であるレベッカを睨んだ。「アンダルスはあなたにとっては義理の従兄にあたるのですよ。失礼のないようになさい。」「冗談ではありませんわ、伯母様。こんな粗野な方と血が繋がっているなんて、考えるだけでも恐ろしいですわ。」「俺もあんたみたいな高慢な女と血の繋がりがあると思うだけで、吐き気がするね!」アンダルスはそう言うと、レベッカを睨みつけた。「まぁ、誰に向かって口を利いているの?」「はぁ、そっちが先に喧嘩を売って来たんだろうが? 俺はその喧嘩を買っただけのことだ。何か文句でもあるのなら、ここで言ってみろよ!」「おやめなさい、2人とも! 食事の席で喧嘩をするなど、貴族にはあるまじき行為ですよ!」 睨み合う2人をそう厳しく窘(たしな)めたのは、遅れてダイニングルームに入って来た老婦人だった。「あなたが、アンダルスね?」「婆さん、あんた誰?」「わたくしはモーティリア。あなたにとっては義理の祖母にあたります。これからあなたはこのビュリュリー伯爵家の一員として相応しい人間になれるよう、明日から家庭教師の下で素晴らしい教育を受けることになります。まずは、その粗野で乱暴な言葉遣いを改めなさい。」「わかったよ・・」「“わかりました”と仰(おっしゃ)い!」「わ、わかりました・・」「宜しい。」ビュリュリー伯爵家の女主人・モーティリアに叱られているアンダルスを見てほくそ笑んでいたレベッカは、彼女の厳しい視線が自分に向けられていることに気づいていなかった。「レベッカ、あなたはアンダルスの育ちを悪く言う前に、言葉をよく選びなさい!」「申し訳ございません、お祖母様・・」「謝るのはわたくしではなく、アンダルスに謝りなさい。あなたは彼の事を侮辱したのですからね。」 祖母の言葉を聞いたレベッカは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、渋々と彼女はアンダルスを侮辱したことを謝罪した。「話は済んだことですし、食事にいたしましょう。」「はい、お母様。」 夕食の間、アンダルスは黙々とステーキを一口大に切っては口に運ぶ作業を繰り返していた。「アンダルス、あなたは今まで旅芸人として国中を巡っていたそうね?」「はい。僕はお師匠様と歌や踊りをお客様の前で披露しながら、お金を稼いでいました。」「そう。あなたのお師匠様は、数日前に亡くなられたエルムント様ね?」「はい。お師匠様は僕にとって、実の父親のような存在でした。」 アンダルスの話を、モーティリアは笑顔で聞いていた。「アンダルス、今日は疲れたでしょう?」「次から次へと色々な事があって、疲れました。おやすみなさい、伯母様。」「お休みなさい、良い夢を。」 自分の寝室となった美しい部屋を眺めながら、アンダルスはベッドに入って静かに目を閉じた。にほんブログ村
2015年03月14日
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国民的吟遊詩人・エルムントの突然の死は、王国中に衝撃をもたらした。 彼の葬儀を盛大に執り行おうという民衆の意見をルチアは受け入れ、エルムントの葬儀が行われることとなった教会の中には人が入りきれぬほど、参列客が殺到していた。「お師匠様・・」 白い棺に納められ、色とりどりの薔薇に飾られたエルムントの亡骸は、まるで眠っているように見えた。誰かが揺り起こしたら、すぐに目を開けてくれるような。喪服に身を包んだアンダルスは、エルムントの冷たくなった頬をそっと撫でた。彼の脳裏には、彼が自分に向ける眩しい笑顔だけが浮かんでいた。「アンダルス。」背後から声がして振り向くと、そこにはルチアとレオンが立っていた。二人とも、喪服を着ている。「アンダルス、エルムントのことはお悔やみを言うわ。本当に・・」「ルチア様にそうおっしゃっていただけただけでも、ありがたいです。それに、こんなに盛大な葬儀までしていただいて・・感謝しても足りません。」真紅の瞳を潤ませながら、アンダルスはそう言ってルチア達を見た。「ありがとうございます、来ていただいて。」 その後、エルムントの葬儀は滞りなく執り行われ、彼は墓地へと埋葬された。「アンダルス、あなたに渡したいものがあるの。」ルチアはそう言うと、アンダルスにある物を渡した。「それは・・」ルチアがアンダルスに差し出したのは、エルムントが生前、大事に身につけていたネックレスだ。「エルムントにとって、あなたはわが子同然だったわ。あなたには、このネックレスを持つ資格があるわ。」「ありがとうございます。」ルチアからネックレスを受け取ったアンダルスは、それを首に提げた。エルムントの肉体が滅びても、魂はまだ自分に寄り添っているような気がした。「お師匠様、聞こえてますか?」静かになった墓地で、アンダルスはエルムントの墓前に腰を下ろした。「今まで、俺のことを育ててくださってありがとうございました。二度と会えなくなるのは寂しいけれど・・悲しんでばかりじゃいられませんよね?」アンダルスがそう言ってネックレスを握り締めると、一陣の風が吹いた。 それはまるで、エルムントが天国から“頑張れ”と言ってくれているように。「頑張りますから、俺・・師匠の分まで、生きていきますから。」エルムントの魂に守られているのを感じながら、アンダルスは墓地から立ち去った。「エルムントが亡くなったの・・」「はい、奥様。急なことでした。それよりも、今後アンダルス様はこちらに引き取るのですか?」「ええ。ユーリスとあの子の間にある溝が少しだけ埋まってくれればいいけれど、一緒に暮らしてみないとわからないわね・・」「そうですね、奥様。」自分がエルムントを殺害した犯人であることを主に悟られないよう、ダリヤは飄々とした口調でそう言うと紅茶を飲んだ。 エルムントの葬儀から数日後、アンダルスは正式にビュリュリー伯爵家の一員となった。「アンダルス、エルムント様のことは残念だったね。」ユーリスがそう言ってアンダルスの肩に触れようとすると、彼は静かにそれを拒んだ。「少し部屋で休みます、疲れているので。」「わかった・・」アンダルスはユーリスに背を向け、自分の部屋へと向かった。「以前とは余り変わりませんね。」ダリヤはそう言ってユーリスに近づいてきた。「ええ。やっぱりわたしは、あの子にとっては受け入れ難い存在なのでしょうね。」「まだ混乱しているのでしょう。時間が解決してくれますよ。」「そうであればいいのですがねぇ・・」 最愛の人・エルムントを亡くし、実父・ユーリスの元で暮らすこととなったアンダルスだったが、何故かユーリスが父親だと受け入れるのが嫌だった。“あなたが、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子になれますよ。”「俺にはできませんよ、お師匠様。」にほんブログ村
2015年03月14日
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「ダリヤ、居るの?」ルチアがアンダルスとともにダリヤの部屋を訪れ、ドアをノックした。だが中から返事はなかった。「ダリヤ?」ルチアがドアノブを回して部屋に入った途端、噎(む)せ返るような血の臭いがルチアの鼻を刺激した。恐る恐るルチアが部屋の奥まで進んでいくと、ベッドの近くにはエルムントが倒れていた。「お師匠様!」血の気の無い顔をしたエルムントの姿を見たアンダルスは、彼に抱きついた。「一体何があったんです?」「アンダルス・・」エルムントは低く呻いた後、ゆっくりとエメラルドグリーンの瞳を開いてアンダルスとルチアを見た。「どうして・・どうしてこんなことに?」アンダルスは涙で顔を濡らしながら、己の手についているエルムントの血を見て愕然とした。 彼は腹部を無残にも、鋭利な刃物で切り裂かれていた。誰が彼にこんな惨い事をしたのか、アンダルスは想像がついた。「あいつが・・やったんですね?」「彼を許してやりなさい・・彼にも事情があるのだから。」「そんな・・」ダリヤに傷つけられ、瀕死の状態でいてもなお、エルムントはアンダルスにそう優しく諭した。「いつかこんな日が来るのではないかと、思っていましたよ。それが、早すぎただけで・・」「嫌だ、俺を置いて逝かないでください!」自分の身体に取り縋り、泣きじゃくる弟子の髪を、エルムントはそっと撫でた。「わたしは勘違いしていたようですね・・あなたはもう、自立したと思っていたのに・・まだ甘えん坊だったんですね・・」「師匠が居なくなったら、俺はどうすれば・・」「大丈夫、あなたはわたしなしでも生きられます。あなたはもう、ちゃんと自分の考えを持っている。アンダルス、お父様のことですが・・」「あいつなんて、父親じゃない!勝手にわが子を捨てた奴なんか・・」「アンダルス、聞きなさい!」ユーリスを拒絶するアンダルスに、エルムントは鋭い声で彼を制した。「彼はあなたを好きで捨てたんじゃない。ずっとあなたの事を探していたんですよ。死んだと知らされたときも、あなたが生きていると信じてあなたを探し回ったんです。あなたとはまだ本当の父子として分かり合えるのには時間がかかるでしょう・・あなたは、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子となりますよ。」そう言ったエルムントの顔から徐々に血の色が消えてゆき、アンダルスの手を握る力が弱々しくなっていく。「俺にとって、お師匠様が父さんでした!血は繋がっていないけれど、俺にとっては・・」「わかっています・・わたしも、あなたの事を実の子だと思って愛していましたよ。」エルムントはそっとアンダルスの頬を空いた手で撫で、彼の顔を見ようとしたが、目の前に深い霧がかかっているようで彼が今どんな表情を浮かべているのか見えない。「ルチア様・・」おそらくアンダルスの背後に立っているであろう王女の名を呼ぶと、彼女が自分の前に腰を下ろした気配がした。「アンダルスのことを・・宜しくお願いします。」「わかっているわ、エルムント。」「あなた様には感謝しております、ルチア様。無名同然のわたしたちを拾ってくださったことを・・」「あなたがこの世から居なくなったら、世界は終わりだわ。」ルチアの声が涙声になっているのを、エルムントは静かに聴いていた。もう、死期が近い.「アンダルス、強く生きて・・わたしの分まで・・」「嫌だ、死なないでください!」「あなたと会えて・・幸せでした。」エルムントはそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じた。それと同時に、ルチアとアンダルスの手を握っていた彼の両手が、力なく床に落ちた。「お師匠様・・?」アンダルスは一体何が起こったのか解らず、エルムントの手を握り締めた。だが、それは再び力なく床に落ちた。「嫌だ・・目を開けてください!」エルムントの身体を激しく揺さ振ったアンダルスは、もう二度と彼が目覚めないことを知っていた。だが、諦めたくはなかった。「ルチア様、死んでなんかいないですよね?まだ、温かいんだもの・・」「そうよね・・嘘に決まっているわ・・」エルムントの死を目の当たりにしたルチアは、そう言ってアンダルスを慰めたが、彼が死んでいることは明らかだった。「起きてください、お師匠様。お師匠様がいない世界で、俺はどうやって生きればいいんです?」アンダルスはそう言うと、エルムントの身体に覆い被さって泣いた。それはまさに、慟哭といってもよいほどの、激しい魂の叫びだった。「ルチア様、その血は・・」「エルムントが、死んだわ。」エルムントの返り血でドレスを汚したルチアが放った言葉を聞いたレオンは、絶句した。「彼は今何処に・・」「アンダルスと一緒よ。暫く彼をそっとしておいてあげましょう。」「着替えの用意をしてまいります。」エルムントの訃報を聞いても表情を変えずに、レオンはそう言ってルチアの部屋から辞した。(エルムント殿・・)レオンの脳裏に、エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、桜色の唇から美しい詩を紡ぎ出すエルムントの姿が浮かんだ。彼は稀代の吟遊詩人でもあり、この国の宝であった。その死の知らせを受けて、レオンは立っていられないというのに、それを目の当たりにしたアンダルスとルチアはきっと激しく動揺しているに違いない。(エルムント殿・・安らかにお眠りください・・)エルムントの冥福を祈る以外、レオンは出来ることがなかった。にほんブログ村
2015年03月14日
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数日後、父方の叔母であるビュリュリー伯爵夫人の計らいにより、アンダルスと彼の実父・ユーリスは夕食を共に取ることになった。「何から話したらいいんだろうか・・」「叔母から聞きましたが、母はあなたと身分違いの恋に落ち俺を産んだと。その経緯を教えてくださいませんか?」「ああ、構わないさ。少し気分が悪くなると思うが・・」ユーリスはシャルロッテとの出会いから、彼女と駆け落ちするまでの経緯をアンダルスに話した。「彼女とは本気だった。それは間違いじゃない。」「そうでしょうね。遊びだったら俺は生まれなかった。母があなたを愛していたから、本気だったから彼女は俺を産んだ。そのことについて、あなたには感謝しています。けれど、あなたには父親とは思っておりません。」「そうか・・」ユーリスはそっとアンダルスの手を握ろうとしたが、彼はそれをさせなかった。「これで、失礼致します。」アンダルスはさっと椅子から立ち上がると、ダイニングから出て行った。 ビュリュリー伯爵邸から出たアンダルスは、その足でガブリエルが居る兵舎へと向った。だが、そこには彼は居なかった。「あの、すいません・・」「アンダルス様、ガブリエル様でしたらご実家にいらっしゃられますよ。」「彼が実家に?」顔見知りの兵士からガブリエルが実家に居ると聞いたアンダルスは、彼の実家へと向おうとした。「こんな時間に何処へ行くつもりだい?」馬に鞍をつけていると、闇の中からシルバーブロンドを靡かせた司祭がアンダルスの前に現れた。「あんたには関係ないだろう?」「おおありさ。わたしはビュリュリー伯爵家に仕えているからね。」ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの双眸でアンダルスを見た。「ビュリュリー伯爵家に仕えているって、どういうこと?」「そんな事をいちいち君に教えてあげないよ。それよりも今は、ガブリエルの実家には行かない方がいいよ。」「ご忠告どうも。」アンダルスはダリヤの忠告を無視してガブリエルの実家へと向かった。「全く、愚かなガキだ・・」ダリヤは溜息を吐くと、ある場所へと向かった。「ダリヤ、待ちくたびれたぞ。」「お久しぶりです、旦那様。」顎鬚(あごひげ)を撫でながら、男はダリヤに向かって好色な視線を送った。「間諜の仕事はどうだ?」「うまくいっておりますよ。長年生死不明とされていたシャルロッテ様の遺児を発見いたしましたし・・」「そうか・・確か名前は、アンダルスといったな?宮廷お抱えの舞姫が由緒正しき高貴なるビュリュリー伯爵家の人間だとは、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。」「ええ、本当に。」ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの瞳を輝かせた。 数日後、ダリヤはエルムントを自室に呼び出した。「なんでしょう、お話とは?」「あなたはアンダルスがビュリュリー伯爵家の人間であることはとうにご存知ですよね?その事について、あなたに話があるのです。」「話とは、一体・・」「つまり、こういうことですよ。」ダリヤが口端をゆがめて笑ったかと思うと、隠し持っていた短剣をエルムントの腹部に突き立てた。「な・・ぜ・・」「あなたが居ては邪魔なのですよ、エルムント殿。あなたが居る以上、アンダルス様に里心がついてしまう。厄介な問題がさらにややこしくなるのは御免被りたいですからねぇ。」飄々とした口調でそう話しながら、ダリヤはそのまま短剣の刃でエルムントの腹部を深く抉った。「エルムント、何処に行ったのかしら?アンダルス、あなた知らない?」「いいえ。」「そうだ、ダリヤにクッキーを味見させると約束したのよ。一緒に彼の部屋へ行きましょう。」「そうですね。」にほんブログ村
2015年03月14日
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「アンダルス、会いたかった・・」突然部屋に入ってきた男はそう言うなり、アンダルスに抱きついた。「まさかお前が生きていたとはね。あの時、死んだのかと思っ・・」「俺に気安く触んな!」アンダルスは自分の髪を撫でようとする男の手を邪険に振り払った。「今まで俺を散々放っておいて、今更父親面すんな!俺が今まで・・どんな思いで生きてきたか、知らないくせに!」アンダルスの脳裏に、“忌み子”と蔑まれ、村人達に罵られた過去が甦ってきた。 両親の顔も知らぬ、金髪紅眼の呪い子。神父も、村人達も、果ては孤児院の院長までもがアンダルスを厄介者扱いした。アンダルスは村から逃げ出し、路上で芸を売りながら飲まず食わずの生活を送った。犯罪組織に捕らわれて奴隷にされそうになった自分を救ってくれたのは、エルムントだ。自分を弟子とし、絶え間ない愛情を注いでくれたのも彼だ。決してこの男ではない。「あなたがどなたかは存じ上げませんが、少しアンダルスに時間をくださいませんか?たった今この子は真実を知ったばかりで、動揺しているのです。」「構わないわ。今日はもうお帰りなさい。」ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、アンダルスの頬をそっと撫でた。「あなたにとっては残酷な事実よね。今すぐにとは言わないわ、ゆっくり考えてどうしたいかわたくしにおっしゃい。」「はい、奥様。失礼いたします。」アンダルスはエルムントとともに、部屋から出て行った。「アンダルス・・」「お師匠様は、ずっと俺を置いてくださいますよね?」ビュリュリー伯爵邸から出て街を歩いていたアンダルスは、そう言ってエルムントを見た。彼は苦悶の表情を浮かべていた。わが子のように愛情を注いでいた弟子が、貴族の子どもであるという事実を知った今、彼はアンダルスをどうしようか迷っているのだ。 自分の手元に置くべきか、伯爵家に引き渡すのか。その選択を、彼は今迫られているのだ。「お師匠様・・」「・・わたしは一度も結婚せず、家族も居ません。ですが、お前を実の子同様に愛情を注いできたつもりです。お前は、わたしの事をもしも・・」「俺は、お師匠様のことを家族だと・・実の父だと思って今までお師匠様と旅をしてきました!それは宮廷お抱えとなった今でも変わりません!だからどうか・・俺を伯爵家に引き渡すなんて言わないで!」アンダルスの言葉を聞いたエルムントのエメラルドグリーンの瞳が、大きく揺らいだように見えた。「アンダルス・・」ほっそりとしたエルムントの手が、自分の腰に回るのを感じたアンダルスは、堪え切れずに彼の胸に顔を埋めて泣き出した。「あなたと会えて、嬉しかった・・いつか別れなければならないと、袂を分かつ時が来ることを覚悟していたのに・・それが、こんなにも早くなるだなんて・・あなたを、手放したくないのに・・」自分の髪が湿った感触がして、エルムントも泣いていることにアンダルスは気づいた。「あの子は、俺のことを嫌っていたな・・」「当たり前でしょう?あの子はあなたを拒絶するほど辛い思いをしてきたのよ。父子としての対面は果たせたけど、これで終わりだとは思わないで。」 一方ビュリュリー伯爵邸では、夫人とアンダルスの父親・ユーリスが今後の事―アンダルスのことについて話をしていた。「お産の時に、シャルロッテとともに死んだと、あなたから聞きましたが、あれは嘘だったんですね?」「ええ。醜聞を嫌う義父が、家の者に命じてあの子を地方の村へと捨てるように命じたのよ。その者に一生遊べる金と引き換えにアンダルスについて決して口外しないという条件でね。」伯爵夫人はそう言うと、閉じていた扇子を再び開いた。にほんブログ村
2015年03月14日
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父が近所のケーキ屋でショートケーキを買ってきてくれました。甘さ控え目で上品な味でした。
2015年03月14日
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「警察の方が、わたしに何のご用ですかな?」「事前に連絡などせずに突然伺ってしまって申し訳ございません、公爵閣下。」リチャードはそう言うと、カイゼル公爵に頭を下げた。「実は、こちらに今は亡きマリア皇女様の孫君様がいらっしゃるとか・・」「ただのつまらん噂話に踊らされるほど、警察は暇なのかね?」「いいえ。わたしはただ、閣下が何かご存知なのではないのかと思いまして・・」「わたしに聞くよりも、直接孫に聞いた方がいいだろう。トーマス、リンの所にこの方を案内しなさい。」「わかりました。」 トムがカイゼル家の馬場で馬術の稽古を受けていると、トーマスと共にブロンドの青年が馬場にやって来るのが見えた。「リン坊ちゃま、警察の方が坊ちゃまにお話をお聞きになりたいそうです。」「そう。初めまして、リンです。」「わたしはこういう者です。」リチャードがトムに名刺を渡すと、彼は少し怪訝そうな顔をしてそれをポケットにしまった。「警察の方が、どうしてうちに?」「実は、社交界である噂が飛び交っておりましてね。何でも、マリア皇女様の孫君が、あなた様だとか?」「それは、初耳です。」トムはそう言うと、リチャードを見た。「マリア皇女様が生前愛用していたスターサファイアのブローチ、あなたが今身に着けている物と同じ物だそうです。」「そうですか。このブローチは、長い間行方不明になっていた物なんです。」「その話、詳しくお聞かせ願いませんか?」「ええ。」トムの口元に、怪しげな笑みが閃いた。「リン、大変だ!」「どうしたんですかフレッドさん、そんなに慌てて・・」「警察が、お前の事を探している!」「警察が、一体どうして僕の事を探しているんですか?」「お前が持っていたブローチが盗まれた物で、お前がブローチを盗んだ犯人だって話を、誰かが話したって新聞に書いてあるんだ!」「そんな・・あのブローチはもともと僕の物なのに、一体誰がそんな酷い嘘を・・」凛の脳裏に、アンジュの誕生日パーティーで自分を睨みつけていたトムの姿が浮かんだ。「ちょっと出かけて来る。」「何処へ行くんだ?」「すぐに戻るから、大丈夫。」 凛はコートを着て、カイゼル公爵家へと向かった。(トムと会って話さないと!)だが、彼がカイゼル公爵家の前に行くと、門の前には警察官が立っていた。「すいません、アンジュ様とお話がしたいんです!」「ここはお前のような者が来るところじゃない、さっさと帰れ!」「僕はただトムと話がしたいだけなんです、お願いします!」 警察官に邪険に追い払われ、凛は裏口へと向かった。 その時、庭の方から賑やかな笑い声が聞こえてきた。「お父様、どうぞ。」 凛が柵の向こうから庭を見ると、そこではトムが父と呼んでいる男の頭にシロツメクサの冠を載せているところだった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月13日
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「申し訳ございません、アイリス様。次こそは必ずあの少年を・・」「二度目の失敗は許さないわよ。あなた達はもう下がりなさい。」男達は椅子に座っていた女性に一礼すると、そのまま部屋から出て行った。「奥様、お客様がお見えです。」「こちらにお通ししてくれる?」「はい・・」 メイドはこの若い女主人が不機嫌なことに気づいたが、敢えて気づかぬふりをして玄関ホールで客を出迎えた。「奥様がお会いになられるそうです、客間へどうぞ。」「有難う。」アリティス帝国警察庁警視・リチャードはメイドとともにこの館の女主人・アイリスが居る客間へと向かった。「あら、警視様がわたくしに何かご用かしら?」「アイリス様、本日も実に麗しいですね。」「随分とお世辞がうまいのね。あなた、お客様にお茶をお出しして。」「はい、奥様。」 メイドが客間から出ると、アイリスは椅子から立ち上がり、自分の前に立っているリチャードを見た。 彼とアイリスが会ったのは、王立競馬場だった。そこでアイリスはひったくりに遭い、彼女のバッグを取り戻してくれたのがリチャードだった。 いつしか互いに惹かれあっていた二人だったが、まさかリチャードが警察関係者だとは思わなかった。「最近、社交界で妙な噂が広がっているのはご存知ですか?」「妙な噂?」「ええ。何でも今は亡きマリア皇女様がお産みになった娘の孫が、カイゼル公爵家の孫だとか。」「知りませんわ、そのような噂。わたくし、余り社交界には出ておりませんの。」「あなたのようなお美しい方が、このような豪華なお屋敷でパーティーも開かずにいるなんて、不思議ですね。」「このお屋敷は、わたくしの物ではないの。亡くなった父が所有していたもので、父が生前遺した借金の担保にされているから、わたくしが勝手にこのお屋敷で舞踏会なんて開けないのよ。貴族といっても、うちは貧乏なのよ、警視さん。」「これは失礼を、奥様。では、先ほどのお話に戻ることにいたしましょう。」リチャードがそう言ってアイリスを見た時、メイドが紅茶と菓子を載せたワゴンを押しながら客間に入って来た。「わたくしが、マリア皇女様の孫君様のことなどご存じないでしょう。もし知っていたら、真っ先にあなたにお教え致しますわ。」「そうですか、ではわたしはこれで失礼いたします。」「お客様のお帰りよ。」「はい、奥様。」(何だか妖しいな、あの女。) アイリスの館を後にしたリチャードは、カイゼル公爵家へと向かった。「旦那様、警察の方がお見えになっております。」「警察がこの家に何の用だ?」「それが、旦那様にお会いしたいとだけおっしゃっておられて・・どうなさいますか?」「通せ。家の前で派手に騒がられたら迷惑だからな。」「はい・・」「お祖父様、警察の方がうちに何の用なのでしょう?」「リン、お前は何も心配せずに馬術の稽古を受けなさい。」「はい、お祖父様。」 トムはカイゼルの部屋を出た後、廊下で一人の青年と擦れ違った。(もしかして、彼がカイゼル公爵の孫か?) リチャードはそう思いながら、トムの胸元に輝いているブローチをチラリと見た。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月12日
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※BGMとともにお楽しみください。「皆様、本日は我がオーロラ一座の舞台にお越しいただき、誠にありがとうございます。本日は特別に、ショーの前に我が一座のアイドル、凛の美しい舞をご覧にみせましょう!」カイルがそう言って後ろに下がると、今度は鮮やかな緋色のドレスを纏った凛が舞台上に現れた。 フラメンコギターの伴奏に乗せ、凛は軽やかなステップを刻んだ。その姿を見た歳三は、かつて港町の酒場で千尋と見た褐色の肌をした少女の舞を思い出していた。 あの頃はまだ幸せだった―だが、その幸せはいつの間にか自分の手から零れ落ちてしまった。「伯父様、どうかなさったのですか?」「いや、何でもない・・少し、昔の事を思い出していただけだ。」「そうですの。」アンジュはそう言うと、舞台上で踊る凛の姿を見ていた。踊り終えた凛に、観客たちは拍手を送った。 それからは、夢の時間があっという間に過ぎていった。「楽しかったですわね、お兄様。」「ああ。サーカスを観に行ったのは、ガキの頃以来だな。」「まぁ、そうでしたの。」「あの頃も今夜と同じように、誰かに手をひかれてサーカスを観に行ったな。」 歳三は、そうエミリーに言うと幼き頃の日々を思い出していた。 あの日、サーカス団の公演を観に、歳三は母に手をひかれながらテントの中へと入っていった。『トシ、今日のサーカスは楽しかったわね。』そう言って自分に微笑む母の隣には、ブロンドの綺麗な女性が立っていた。それが、千尋の母親であるマリアであることに歳三が気づいたのは、数日後の事だった。『トシ、チヒロお嬢様と仲良くしてさしあげてね。』歳三は、何処か怯えた目で自分を見つめている千尋の手をそっと握った感触を思い出していた。「伯父様?」「済まねぇ、もう帰るか。」我に返った歳三は、そう言うとオーロラ一座のテントをあとにした。「リン、お疲れ様。今夜も大盛況だったわね。」「はい。」「今夜は冷えるから、これを飲んで体を温めなさい。」「お休みなさい。」リンジーが淹れてくれたカモミールティーを飲んだ凛は、寒さに震えながら自分のテントに入ろうとしたとき、誰かがテントの前に立っていることに気づいた。「お前が、マリア皇女様の孫だな?」「あなたは、誰ですか?」「我々と一緒に来てもらおう。」「嫌です、離してください!」テントの裏から数人の黒服の男達が現れ、彼らは凛を拉致しようとしていた。「お前ら、そこで何をしているんだ!」「退くぞ。」凛は苦しそうに息をしながら、自分を助けてくれたフレッドに礼を言った。「助けていただいて、有難うございます。」「大丈夫か? あいつら、知っている奴か?」「いいえ。」「アベルは暫く留守にするから、今夜は俺のテントで一緒に寝な。」「わかりました。」 夜の帳が下りた頃、王宮ではあの黒服の男達がある人物と話をしていた。「それで、例の子は捕まえたの?」「いいえ、失敗いたしました。」「お前達は本当に役立たずね!」チンツ張りの豪華な椅子に座っていた女性は、そう言うと黒服の男達に向かってレースの扇子を投げつけた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月11日
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「お前、そのブローチはどうした?」「今まで失くしていたけれど、アンジュ姉様がブローチを見つけてくれたんです。」「そうか。」トムの嘘を、歳三は何の疑いもなく信じた。「お父様、今日は何か予定がありますか?」「いや、ないが。どうしてそんなことを聞くんだ?」「一緒にお父様とお買い物したいなぁと思って。ご迷惑でしたか?」「迷惑なんて思っちゃいねぇよ。早速出かけるか。」歳三はそう言うと、トムの頭を撫でた。 それから、トムは歳三とともに買い物を楽しんだ。「何だか、こうしてお父様と一緒に買い物できるなんて夢みたい。」「ああ、そうだな。」 大通りに面するカフェでトムが歳三と昼食を取っていると、そこへエミリー達が通りかかった。「あら、お兄様。奇遇ですわね、こんな所でお会いするなんて。」「伯父様、トム、ランチをご一緒にしてもいいかしら?」「ええ、勿論です。」アンジュはトムの胸にブローチが輝いていることに気づいた。「あら、そのブローチ、どうしたの?」「何をおっしゃっているのですか、アンジュ姉様。アンジュ姉様が僕のブローチを探してくださったのでしょう?」「それはそうだけれど、そのブローチはあの子の・・」「あの子って、姉様の命の恩人の? あの子がこんなに高価な物を持っているわけないですよ、姉様の勘違いじゃありませんか?」アンジュはトムにブローチの事で反論しようとしたが、あっさりと彼に丸め込まれてしまった。「それにしても、二人とも沢山買い物をしたんだな?」「ええ。何といっても愛しい娘の社交界デビューを控えているのですもの。ドレスとか靴とか、色々と欲しい物があって、つい買い過ぎてしまったわ。」「娘の為とかなんとか言って、お前ぇも新しいドレスをちゃっかりと買っているじゃねぇか。女ってのは、本当に買い物が好きだな。」歳三は呆れたような顔をしてエミリー達の足元に置かれた紙袋を見た後、そう言って溜息を吐いた。「あら、女は色々と支度がかかるものよ。お兄様もわたくし達の苦労を少しは知って欲しいものだわ、ねぇアンジュ?」「ええ、そうですわ。わたくし一度、伯父様のドレス姿を見てみたいですわ。」「おい二人とも、悪い冗談は止せよ。」歳三はそう言って頭をボリボリと掻いた。 一方、オーロラ一座のテントでは、夜の公演に向けての準備が慌ただしく行われていた。「リン、衣装合わせがしたいからリンジーがテントに来いってさ。」「はい、わかりました。」 凛が一座の衣装係であるリンジーのテントに入ると、そこには鮮やかな緋色のドレスがマネキンに着せられてあった。「リンジーさん、このドレスは?」「ああ、それ? 今夜の公演で、あんたに着て貰いたいと思って作ったのよ。」「綺麗ですね。」「そうでしょう? あんた、踊りは出来るのよね?」「はい。」「それじゃぁ、本番まで時間がないから、それを着てすぐに練習しましょうか。」 その日の夜、歳三はエミリー達とともにオーロラ一座の公演を観に来ていた。「結構人気なのね、このサーカス団。」「ええ。始まったわよ。」 テント内が急に暗くなり、観客達が少しざわめいた後、舞台の中央に立っているカイルにスポットライトが当たった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月10日
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「伯母様、こちらにいらしたのですか?」「戻って来て遅くなって済まなかったな、エミリー。」凛とエミリーが談笑していると、そこへ歳三とトムがやって来た。トムは凛の胸元に輝くブローチを見た瞬間、自分が十年間歳三達を騙してきたことが無駄になることを恐れ、あることを企んでいた。「伯母様、そちらの綺麗なお嬢様は、どなたですか?」 「この子はリン、娘の命の恩人なの。リン、この子はわたしの甥っ子の、凛よ。」「初めまして・・」凛はトムと目が合ったとき、彼が冷たい目で自分を睨んでいることに気づいた。「リン、待たせてごめんなさいね。」「いいえ。アンジュお嬢様、今日は素敵なパーティーにお招きいただいて有難うございました。そろそろ失礼いたします。」「そう。それじゃぁ、わたくしの部屋に行きましょう。」 トムは二階へと上がっていくアンジュと凛の背中を睨んでいた。「あら、もう帰っちゃうの?」「ええ。余り遅いとみんなが心配するので、これで失礼します。」「また来てねぇ、待っているわ。」ドレスからフロックコートに着替えた凛は、アンリとアンジュに手を振り、裏口から外に出た。「ただいま。」「どうだった、貴族のお嬢様は手作りのプレゼントは気に入ってくれたか?」「うん。」「リン、今日はもう遅いから化粧落として早く寝ろよ。」「わかった。」 帰宅した凛は、シャワーを浴びて化粧を落とした後、ベッドに入って眠った。「アンジュ、もう今夜は遅いからお休みなさい。」「はい、お母様。おやすみなさい。」「おやすみ。」 エミリーが寝室から出て行った後、アンジュがベッドに入ろうとすると、ベッドの床に凛がつけていたブローチが転がっていた。(これはあの子の大切な物だから、明日あの子に返そう。) 翌朝、凛は帰る時にバッグに入れていた筈のブローチがないことに気づいて慌てた。「どうした、リン?」「ブローチが、お母さんの形見のブローチが何処にもないんです!」「何だって!? ちゃんとよく探したのかい?」「はい。」「落ち着いて昨夜の事を思い出してごらん。何処かでブローチを落としたのかもしれないよ。」 半狂乱になる凛に、アベルはそう言って彼を落ち着かせた。一方、トムはどうすれば凛からあのブローチを奪おうかと企んでいた。その時、アンジュがエミリーと外出しようとしているのを見て、彼女達に声を掛けた。「アンジュ姉様、どちらへ行かれるのですか?」「これからお茶会に行くのよ。トム、悪いけれど留守番お願いね。」「わかりました。」トムは二人が出かけるのを確認した後、アンジュの寝室に入った。そして彼は、ベッドのサイドテーブルにあのブローチが置かれていることに気づいた。 幸運の女神は、自分に微笑んだのだ―トムは薄笑いを浮かべながら、そのブローチを手に取った。「お父様、入っても宜しいですか?」「ああ。」 歳三は、書斎に入って来たトムが胸にあのブローチをつけていることに気づいた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月09日
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「ガ、ガブリエル様・・」「知らぬとは言わせないぞ。あの女はわたしの妻が自害するまで、精神的に追い詰めた張本人だ!」ガブリエルの漆黒の瞳が、怒りで一瞬滾った。 彼の妻は、ガブリエルの家と釣り合いの取れる貴族の令嬢だった。金髪紅眼の、笑顔が可愛い妻だったが、彼女の鷹揚さが婚家では仇となってしまった。 ガブリエルの母・エウリケは、自分が推す貴族の令嬢と結婚せず、薄気味悪い目をした女を息子が嫁に貰ったことに腹を立て、ガブリエルが軍務で忙しい時を見計らって妻に陰湿な嫌がらせをした。 世間知らずで鷹揚な性格であった彼の妻は、姑の仕打ちに次第に心を病むようになり、ある日ついに彼女は自室で首を吊って自殺した。その妻の遺体を、遠征から帰還したばかりのガブリエルが発見したのであった。妻の死、そしてそれを招いた母親の、妻に対する仕打ちを知ったガブリエルは結婚など二度としないことを決めた。エウリケとは絶縁はしないものの、家庭内では妻の死以降一切口を利いていなかった。「わたしは結婚などしない。再婚でもすれば、またわたしの妻があの魔女に取って喰われてしまうからな。」「ガブリエル様・・奥様をもうお許しになってはいかがでしょう?」「いや、許さない。あの女が死ぬまではな。」 老執事と息子との遣り取りを廊下で聞いていたエウリケは、息子に見限られたことを始めて知り、呆然と廊下に立ち尽くしていた。 一方、師匠エルムントとともに、アンダルスはビュリュリー伯爵家を再び訪れていた。「アンダルス、また来てくださってありがとう。」「またお招きいただいてありがとうございます、奥様。こちらは僕のお師匠様の、エルムントです。」エルムントはアンダルスに紹介され、伯爵夫人に向かって宮廷式の礼をした。赤銅色の彼の髪が、ふわりと風に靡いた。「あなたが宮廷の方々を虜にさせているという、吟遊詩人さんね?」「初めまして、奥様。わたしの弟子がお世話になっております。」「お世話になっているのはこちらの方よ。さぁ、あちらに掛けてくださいな。今日あなた方をお呼びしたのは、話したいことがあるからです。」伯爵夫人は笑みを崩さずに、2人とともに温室へと入った。「こちらなら、誰にも聞かれる事はないわ。」そう言って2人に振り向いた彼女の顔からは、笑みが消えていた。「奥様、お話とはなんでしょうか?」「アンダルス、あなた、両親は居ないと言ったわよね? それは本当なのね?」「は、はい・・」アンダルスの答えに、伯爵夫人は溜息を吐いた。「良くお聞きなさい、アンダルス。あなたのお母様は、このビュリュリー家の令嬢だった方なのです。」「え・・」突然告げられた真実に、アンダルスはただただ呆然とするしかなかった。「わたくしの義妹・・つまりあなたのお母様は、身分違いの恋をしてこの家を勘当された後あなたを産んだの。つまりあなたは、このビュリュリー伯爵家の人間ということなのよ。」「では奥様は、僕の義理の伯母様なのですか?」「そうね。」アンダルスはちらりと隣に立っているエルムントを見ると、彼は少し蒼褪めていた。「奥様、何故僕の母はこの家から勘当されてしまったのですか? 僕の父親は一体誰なのですか?」「あなたの父親は、あなたが生まれる前に、行方不明となりました。彼は音楽の才能に長けていて、音楽家としての将来を振って、あなたのお母様と駆け落ちしましたが、列車事故に遭って以来、行方が知れません。」「そうですか・・」自分が貴族の子息であるという衝撃の真実を知り、アンダルスは呆然としていた。「カモミールティーをお飲みなさい。少しは気分が落ち着くでしょう。」「は、はい・・」テーブルの上に置かれたハーブティーを口にしようとアンダルスはティーカップを持ったが、手が震えてなかなか飲む事が出来なかった。「奥様、お客様が・・」「後になさい。」「ですが・・」「お久しぶりです、奥様。」温室の扉が突然勢いよく開かれ、プラチナブロンドの髪を靡かせた長身の男が入って来た。「あなた・・死んだ筈では・・」伯爵夫人は、男を見るなり驚愕の表情で彼を見つめた。彼の正体は、先ほど彼女がアンダルスに話した、彼の行方不明の父親だった。にほんブログ村
2015年03月07日
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「こんな最果ての地にも、美しい花があるとはね。」 ルチアが自慢の庭園に未来の夫であるアレクサンドリアを連れて行くと、彼の口から出た感想は素っ気ないものだった。 敵国である皇子・アレクサンドリアと、その妹姫・マリアがこの宮殿に滞在してから既に1週間が過ぎていたが、その間ルチアとアレクサンドリアの距離は縮まるどころか、深い溝が生じ始めていた。 才能あるものなら身分を問わず宮廷に召し上げ、出自や家柄に拘らない自由主義のルチアと、皇族であることに誇りを持ち、それに鼻をかけ、貴族や聖職者といった特権階級としか付合わない権力至上主義、保守主義のアレクサンドリアとは全く価値観が合わず、周囲は、“いくら政略結婚といえど、互いが不幸になるのではないか”と囁かれる程、2人の関係は悪化の一途をたどっていった。(わたくし、この方が嫌いだわ・・) やけに自信家で、ナルシストで、何かと言えば己の出自を鼻に掛ける婚約者を、ルチアは心底嫌っていた。「アレク様、今週末狐狩りがありますの。ご一緒にいかがかしら?」「狐狩りですか・・生憎わたしはその日は予定がありますので。」「あら、そうでしたの。残念でしたわね。」ルチアはそう言ったっきり、それから一言もアレクサンドリアと会話を交わさないまま、庭園で別れた。「ルチア様、アレクサンドリア様とはいかがでしたか?」「別に。彼とは余り話すことはないわ。それに、あの人嫌い。」ルチアは紫紺の瞳に憂いを帯びながら、レオンを見た。「そうですか・・狩りにはお誘いしたのですか?」「したけれど、その日は予定が入っているんですって。恐らくどこぞの歌劇場の歌姫としけこむおつもりなのでしょうね。」辛辣な口調でルチアはそう蓮っ葉な事を言いながら、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。「ルチア様、今回の縁談には乗り気ではないのですね?」「勿論よ。まぁ、あの人の妹とは気が合うけれど。」ルチアがこれ以上アレクサンドリアの事を話したくないような顔をした時、ドレスの裾を摘んでアレクサンドリアの妹・マリアがルチア達の元へと駆け寄ってきた。「ルチア様、こちらにいらしてたのですね!」「まぁ、マリア様。ご紹介いたしますわ、こちらはわたくしの騎士のレオナルド、レオンですわ。」「初めまして、レオナルドと申します。」レオンがそう言ってマリアに頭を下げると、マリアは嬉しそうに笑った。「ルチア様、今週末の狩り、ご一緒しても宜しいかしら?」「ええ、喜んで。レオンも参加するわよね?」「はい。」アレクサンドリアとは対照的に、ルチアはマリアと始終笑顔で雑談していた。マリアはルチアと共通の趣味を持っており、ルチアを姉のように慕っているので、ルチアの方も実の妹のように彼女を可愛がっていた。(アレクサンドリア様とルチア様は、相容れないかもしれない・・)ルチアとアレクサンドリアに明るい未来が訪れないことに、レオンは薄々と感じていた。 一方、王宮から離れた高級レストランの一室で、ガブリエルは嫌々ながらも縁談相手と見合いをしていた。相手はヒルデ=シュタイハットといい、ダークブロンドの髪にモスグリーンの瞳をした美しい令嬢だったが、一言話してガブリエルは彼女が傲慢な性格であることが解った。「ガブリエル様、今週末ルチア様が狐狩りを催されるそうですわ。もしよければ、ご一緒に・・」「申し訳ございませんが、先約がありますので。では失礼。」デザートを待たぬ内にガブリエルはそう言って椅子を引いて立ち上がると、憮然とした表情を浮かべているヒルデを残してレストランから出た。「ガブリエル、先方から苦情が来ましたよ。あなた、ヒルデさんのお誘いをお断りしたんですって?」「ええ。わたしは彼女に一目合った時から彼女の事が嫌いになりました。今後一切縁談をわたしに持ち込むのはおやめ下さい、母上。」玄関ホールで呆然と立ち尽くす母親を残し、ガブリエルは自室へと向かうと愛用のソファに寝そべって溜息を吐いた。「若様、また奥様がご縁談を?」幼少のころから自分に仕えている老執事が部屋に入って来てそう尋ねると、ガブリエルは前髪を鬱陶しそうに掻きあげた。「ああ。全く、腹が立つ。」「奥様はこのまま若様が家督を継がぬのだろうかと、ご心配されておいでです。」「ハッ、良く言う! ローゼンフェルトの血を絶やさぬ為の、言い訳に過ぎん! あの女の所為で、どれほど妻が苦しんだか・・お前も知らぬ訳がないだろう?」ガブリエルに鋭い言葉を投げつけられた老執事は、顔を岩石のように強張らせた。にほんブログ村
2015年03月07日
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「その手、どうなさったのですか?」「ああ、この手ですか?」男は、そう言うと手袋を外し、義手を凛に見せた。「これは十六年前の戦争で負傷してしまいましてね。」「すいません、酷いことを聞いてしまって・・」「いや、いいんです。」 凛は男と踊りながら、彼と何処かで会っているような気がした。「あの、僕たち何処かで会ったことがありますか?」「さぁ、覚えていませんね。」 ワルツを踊り終えた男―歳三が凛の手を放そうとしたとき、彼は凛の胸元に燦然(さんぜん)と輝いているスターサファイアのブローチに気づいた。「そのブローチ、素敵ですね。」「有難うございます。これ、亡くなった祖母の形見なんです。」「そうですか。」「トシゾウ伯父様、こちらにいらっしゃったのですね!」 純白のドレスから透き通るような水色のドレスへと着替えたアンジュが、歳三と凛の元へと駆け寄って来た。「アンジュお嬢様、ドレス着替えられたのですね?」「ええ。紹介するわ、リン。こちらはトシゾウ伯父様、わたくしがこの世で一番尊敬する人よ。伯父様、こちらはわたくしの命の恩人の、リンさんよ。」「凛です、初めまして。」凛がそう言って歳三に握手をしようとすると、彼の顔が強張っていることに気づいた。「伯父様、どうかなさったの?」「いや、何でもない。少し気分が悪くなったから、部屋で休んでくる。」歳三は凛に背を向けると、そのまま二階へと上がった。(あれは、千尋が産んだ俺の子だ。胸元のブローチが何よりもの証拠だ。) 部屋に戻った歳三は、首に提げている指輪を握り締めると、溜息を吐いた。 さっき会った少女が自分の子だとしたら、今居る“リン”と名乗る者は誰なのだろうか。「トシゾウ様、お水をお持ちいたしました。」「有難う。トーマス、少し頼みたいことがある。」「はい、何なりとお申し付けくださいませ。」「アンジュの命の恩人の事を、少し調べて欲しい。」「かしこまりました。」 トーマスがそう言って歳三の部屋から出ると、トムが彼の元に駆け寄って来た。「どうなさいましたか、リン坊ちゃま?」「お父様は、まだお部屋に居るの?」「ええ。」「お父様、入っても宜しいですか?」「凛か、どうしたんだ?」「お父様の事が心配で、様子を見に来たんです。」「済まないな、お前に心配させちまって。もう戻ろうか。」「はい。」 自分と手を繋いでいる少年は、本当に自分の子供なのか―そんな疑念が、歳三の中で生まれ始めていた。「パーティー、楽しんでいるかしら?」「はい。」「そのブローチ、チヒロ姉様のお母様のものね。」「僕の母を、知っているのですか?」「ええ。あなたのお母様とは昔、よく遊んだのよ。」エミリーはそう言うと、凛の手を握った。「これから、娘と仲良くしてちょうだいね。」「はい。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月06日
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「アンジュ、遅かったじゃないの!」「ごめんなさい、お母様。お友達の支度を手伝っていたら、遅くなってしまったの。」アンジュはそう言って母に詫びると、彼女に凛を紹介した。「紹介しますわ、わたくしの命の恩人の、リンさんです。」「まぁ、あなたが娘の命を助けてくださった方なのね?」「本日は誕生パーティーに招いて頂き、有難うございます。」「アンジュの母の、エミリーです。今夜のパーティー、楽しんでくださいね。」 凛がアンジュと共に大広間を歩いていると、招待客達が自分に好奇の視線を送っていることに気づいた。「どうかなさったの?」「いいえ。ただ、周りが僕たちの方を見ているような気がして・・」「あなたがとても綺麗だから、何処の家のお嬢様なのか知りたがっているのよ。今、飲み物を持ってくるわね。」アンジュは凛の元を離れ、飲み物を取りに行った。「アンジュ姉様、お誕生日おめでとうございます。」「あらトム、その燕尾服、似合っているじゃない。」「お父様が、社交界デビューの日の為に誂えてくださったものなんです。アンジュ姉様も、そのドレスよく似合っていますよ。」「有難う。お友達を待たせているから、後でお話ししましょうね。」「ええ。」トムはそう言うと、わざとアンジュのドレスにワインを零した。「ごめんなさい姉様、ドレスを台無しにしてしまいました!」「このままだと皆さんの前には出られないから、着替えて来るわね。」「はい。」(アンジュ様、遅いなぁ。) 会場の隅の方でアンジュを待っていた凛は、溜息を吐きながら彼女が戻って来るのを待っていた。 その時、一人の青年が凛の前に現れた。「素敵なお嬢さん、わたしと踊っていただけませんか?」「え、僕?」「そうですよ、美しいお嬢さん。」 生まれて初めて男にナンパされ、凛は戸惑っていた。「申し訳ありませんが、ダンスは・・」「大丈夫です、わたしがリード致します。」 凛は男に手首を無理矢理掴まれそうになり、暴れた弾みで男のタキシードにワインを零してしまった。「何をするんだ!」「も、申し訳ありません・・」「謝って済むと思うのか、弁償しろ!」先ほどまで凛に甘い言葉をかけていた青年は、人が変わったかのように彼を罵倒した。「どうした、何の騒ぎだ?」「土方様、この女がわたしのタキシードを汚してしまって・・」「わざとじゃねぇようだし、許してやれ。」「はい、ではわたしはこれで失礼します。」青年から自分を救ってくれた男の顔を見た凛は、彼が自分と同じ色の瞳をしていることに気づいた。「お前、あの時の・・」「わたしの事を、知っているのですか?」「いや、ただの人違いだった。」男が凛に背を向けようとした時、楽団が音楽を奏で始めた。「あの、もしよろしければわたくしと踊っていただけませんか?」「喜んで。」 男の手を握った凛は、金属の冷たい感触がしたことに気づいた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月06日
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アンジュは長い金髪を結い上げ、純白のドレスを纏っていた。「この方はわたくしの命の恩人よ、お通しして。」「はい・・」門番の男はじろりと凛を見た後、渋々と正門を開けた。「お誕生日おめでとうございます、アンジュ様。あの、これをあなたに渡そうと思いまして・・」凛から綺麗に包装された箱を受け取ったアンジュが箱の蓋を開けると、そこには美しい刺繍が施されたレースのハンカチが入っていた。「これ、あなたが?」「ええ。本当は今あなたがしているようなアクセサリー類を買おうと思ったのですが、お金がなくて・・気に入っていただけましたか?」「ええ、とても気に入ったわ!」「では、僕はこれで失礼します。」凛がそう言ってアンジュに背を向けようとしたとき、アンジュが彼の手を掴んだ。「待って、折角来たのにすぐに帰ることないじゃない。わたくしと一緒に来て!」「え?」 有無を言わさず凛がアンジュに連れてこられたのは、彼女専用の化粧室だった。「お嬢様、そちらの方は?」「アンリ、前にも話したでしょう。この方は、リンさん。わたくしの命の恩人よ。」「あらまぁ、可愛い子じゃないの!」アンジュの専属美容師・アンリは、化粧室に入って来た美少年を見て嬉しそうに笑った。「ねぇアンリ、この子を綺麗にして頂戴!」「僕、もう失礼します・・僕なんかがお嬢様のパーティーに出たら、場違いですし・・」「大丈夫よ坊や、あたしがあなたを美しいレディーに変身させてあげるわ!」「本当に、いいですから!」凛はそう言ってアンリから逃げようとしたが、彼は凛の両肩を掴んで無理矢理鏡台の前に座らせた。「綺麗な髪ね。いつから伸ばしているの?」アンリは腰下まで伸びた凛の髪を櫛で優しく梳いた。「余りよく覚えていません。」「こんなに綺麗な黒髪、今まで一度も見たことがないわ。美容師としての腕が鳴るわねぇ!」 一時間もアンリとアンジュによってヘアメイクを施された凛は、鏡の前に立つ自分の姿が信じられなかった。 そこには、瞳と同じ色のドレスを着た深窓の令嬢が映っていた。「これ、本当に僕ですか?」「ふふ、どう? シンデレラになったような気分でしょう?」「ええ。」「わたくしのアクセサリーを貸してあげるから、好きな物をお選びなさいな。」「アクセサリーなら、持っています。」 凛はそう言うと、バッグの中から宝石箱を取り出した。「それは?」「死んだお母さんの形見が、この中に入っているんです。」 宝石箱の蓋を開けた凛は、スターサファイアのブローチを取り出し、それを胸につけた。「ドレスによく似合っているわ。」「それじゃぁ、わたくしと一緒にパーティーを楽しみましょう!」 主役の不在で、パーティー会場であるカイゼル公爵家の大広間に集まった貴族達は、アンジュに何かあったのではないかと噂話を始めていた。「まったく、アンジュったら一体どこに行ってしまったのかしら?」「エミリー、あいつの気紛れは今日から始まったことじゃないだろう? そんなに神経質になるなよ。」「あなたはいつもアンジュに甘いのねぇ。」 エミリーがそう言って溜息を吐いていると、階段からアンジュが一人の少女と腕を組みながら降りてきた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月05日
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「えぇ、貴族のお嬢様の誕生パーティーに誘われた?」「はい。」「そのお嬢様って、お前が颯爽と車に轢(ひ)かれそうになったのを助けたあの娘か?」そう言って凛の言葉に反応したのは、猛獣使いのディートハルトだった。「ディートハルトさん、あの人の事を知っているのですか?」「あのお嬢様は、カイゼル公爵家の御令嬢のアンジュ様だ。」「カイゼル家って、あのカイゼル家のお嬢様なのですか?」「何だお前、知らなかったのか?」「まぁ、庶民の俺達にとって、お貴族様の顔なんて知らないのは当たり前だよな!」フレッドはそう言うと、フレンチフライを口の中に放り込んだ。「それでリン、お嬢様へのプレゼントはどうするつもりなんだ?」「プレゼント・・考えていなかったなぁ。」凛は溜息を吐くと、コーヒーを一口飲んだ。「貴族のお嬢様へのプレゼントは、アクセサリーかなぁ。でも、俺らの稼ぎじゃぁ一生買えない。」「そうだなぁ。」「お金がなくても、手作りでお嬢様が喜ぶようなものを作ろうかな。綺麗な刺繍を施したハンカチとか。」「それはいいかもしれないな。でもお前、裁縫できるのか?」「前に居た孤児院の先生から、裁縫教えて貰ったから出来ます。」「そうか。」 アンジュの誕生日プレゼントに贈る刺繍入りのハンカチを凛が完成させたのは、誕生パーティーの一日前だった。「どう、おかしくない?」「こんなに綺麗なハンカチ、今まで見たことがねぇや!」「これならきっと貴族のお嬢様も喜んでくれるだろう。」アダムがそう言って凛の方を見ると、彼は針と糸を持ったまま寝ていた。「アンジュお嬢様、お誕生日おめでとうございます。」「お誕生日おめでとうございます。」「有難う。」 この日、十六歳の誕生日を迎えたアンジュは、今夜のパーティーに着るドレスを部屋で選んでいると、誰かがドアをノックした。「はい、どうぞ。」「アンジュ姉様、お誕生日おめでとうございます。これ、僕が選んだ物ですけれど・・」「まぁ、有難う。素敵なピアスだわ。」 トムからダイアモンドのピアスを受け取ったアンジュは、鏡の前でそれをつけた。「どう、似合っているかしら?」「ええ。」「あなたももうすぐ、社交界デビューする日を迎えるわね。」アンジュはそう言うと、トムに優しく微笑んだ。彼は、今夜のパーティーで歳三の息子として貴族達に正式にお披露目されることになっている。「何だか緊張してしまって、朝から食事がのどを通りません。」「大丈夫よ、わたしがついているわ。」「アンジュ姉様・・」トムはアンジュの肩越しで、薄笑いを浮かべた。 その日の夜、凛は緊張しながらカイゼル公爵家の前に立った。彼が着ているのは、カイルが貸してくれたよそ行きのフロックコートだった。「すいません・・」「何だ、お前は? 使用人専用の入り口ならあっちだ!」門番にそう邪険にされた凛が肩を落としながら帰ろうとしたとき、アンジュが邸の中から出てきた。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月04日
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近所のツルハドラッグで買いました。初めて食べますが、ココナッツとシュガーコートとの相性が良くて、サクッとした食感で美味しかったです。
2015年03月03日
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オーロラ一座は、リティア市内の繁華街から少し離れた所にテントを設営した。「公演までまだ時間があるから、リン、お前クロエの散歩に行って来い。」「え~!」「何だその声は。クロエだってずっと檻の中に入れられてストレスが溜まっている筈だ、少しは運動させないと可哀想だろう?」「それもそうだけれど・・」「まぁリン、一座の宣伝になると思って散歩して来いよ!」「わかりました。」 朝食を食べ終わった凛は、口輪とリードを持ってクロエが居る檻へと向かった。 クロエは、檻の隅で毛づくろいをしていたが、凛が近づくとゴロゴロと喉を鳴らしながら凛の前までやって来た。「散歩行こうか。」凛に返事をするかのように、クロエは凛に大きな身体を摺り寄せてきた。「ママ、ライオンさんが散歩してる。」「あら、本当ね。」「うわぁ、本物のライオンだ!」 凛がクロエを散歩しながらリティア市内を歩いていると、ホワイトライオンが普通に道を歩いていることに驚いた通行人たちが、好奇の視線で彼らを見ながら通り過ぎた。(やっぱり、目立つよなぁ・・) 羞恥で顔を赤く染めながらも、凛は一座の宣伝をするのなら今がチャンスだと思い、交差点を渡り切ったところで大声を張り上げた。「皆様、オーロラ一座がリティアにやってきました!皆様に夢の世界をお届けするために、本日は我が一座の気高きプリンセス、ホワイトライオンのクロエとともにリティア市民の皆様にご挨拶しております!」凛がそう言った時、彼の後をつけてきたフレッド達が通行人たちにビラを配り始めた。「ねぇ、止めて頂戴。」「どうなさったのですか、アンジュお嬢様?」「向こうで面白そうなことをしているから、ちょっと見て来るわ!」「お待ちください、お嬢様!」車のドアを開けたアンジュは、オーロラ一座が居る交差点へと向かった。その時、信号を無視したトラックが彼女の方に突っ込んできた。「お嬢様!」「危ない!」 トラックのブレーキ音が空気を切り裂き、アンジュの乳母は両手で悲鳴を上げながら両手で目を覆った。 凛は少女がトラックに轢(ひ)かれそうになっているのを見て、咄嗟にクロエの口輪を外した。「クロエ、行け!」クロエは寸でのところで、少女の首根っこを掴んで彼女を歩道へと連れて行った。「お嬢様、大丈夫ですか?」「ええ・・」「お怪我はありませんか、お嬢さん?」「大丈夫です。助かりました、あなたは命の恩人ね。」「礼なら僕ではなく、クロエに言ってください。」「有難う、クロエ。あなたはわたくしの命の恩人よ。」アンジュはそう言ってクロエの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。「今度、あなた達をわたくしの誕生パーティーに招待したいの。あなた、お名前は?」「僕は、凛と申します。」「またあなたに会えることを楽しみにしているわ、リン。」 これが、凛の運命を大きく変える出会いだった。素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月03日
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トムが“凛”としてカイゼル家に引き取られたのは、今から十年前、聖マリア孤児院が焼失した事件から数ヶ月後の事だった。 トムは、リティア市内にある孤児院に引き取られ、毎日そこで辛い労働に耐えていた。 そんな中、歳三が妹夫婦と共にトムが居る孤児院を訪れたのは、初夏の頃だった。 トムは歳三を一目見た瞬間、彼の子供になりたいと思った。「お父様、お父様なのでしょう?」「凛・・」「凛です、お父様。ずっとお会いしたかった。」無意識にトムはそんな言葉を歳三に放つと、嘘泣きをして彼の胸の中に飛び込んだ。「凛、やっと会えたな。」 トムにとって、カイゼル家での暮らしは天国そのものだった。歳三や彼の妹夫婦は自分に優しくしてくれて、トムの欲しい物を買ってくれたし、やりたいことをさせてくれた。彼らの恩に報いる為に、トムは貴族の子息として相応しい教養や礼儀作法を身につけた。「リン、どうしたんだ? 余り食欲がないのか?」「いいえ、お父様。明後日の舞踏会の事で少し神経質になっているだけです。」トムが余り夕食を食べていないことに気づいた歳三がそう彼に話しかけると、彼はそう言って笑った。「そういえば、トムも明後日の舞踏会に出るのだったわね。」「ええ、伯母様がダンスを教えてくださったから、ダンスが上手になりました。」「そんな、リンは呑み込みが早いから、教え甲斐があるわ。」エミリーは嬉しそうにトムに向かって笑うと、彼女の隣に座っているアンジュが少し拗ねたような顔をした。「お母様、ずるいわ。わたくしの事を少しは褒めてくださってもいいのではなくて?」「あら、アンジュ。あなたこの前お庭の木に登って落ちそうになったのですってね?」「あれは、子猫を助けようとして・・」「あなたはもう16歳のレディなのだから、木登りをしてはいけませんよ、わかったわね?」「はい、わかりました。」「エミリー、自分の事を棚に上げてアンジュを責めるな。お前だって、アンジュの年の頃はお転婆でメイド達を困らせていたことを忘れたのか?」「お兄様の意地悪、今そのような事をおっしゃらなくてもいいじゃありませんか!」 娘の前でそう指摘され、エミリーは顔を真っ赤にして歳三を責めた。「リン、あなたに話があるのだけれど、いいかしら?」「いいですよ、伯母様。」「ねぇリン、あなたはチヒロ姉様から預かったブローチを何処へやってしまったのか、まだ思い出せないのかしら?」「ええ。最初に居た孤児院が火事になって、探そうとしてもすべてが燃えてしまっていて・・」「そうなの。ブローチ、早く見つかるといいわね。」「はい。」 この時初めて、トムは自分の親友であり本物の凛が持っているブローチの存在を知ったのだった。(何とかして、あいつが持っているブローチを手に入れないと、この家から追い出されてしまう!) 夜が明け、オーロラ一座はリティアに到着した。「ここが、リティアかぁ。随分と大きな街だね?」「当たり前だろ、この国の首都なんだから。」素材提供:素材屋 flower&clover様にほんブログ村
2015年03月02日
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シャロン・サラの新作。ヒロインとヒーローが結ばれたのは良かったんですが、肝心の犯人が逃げたのがちょっともやっとしました。ずっと読みたかったレベルリッジシリーズ第一作目。殺人を目撃したヒロインの逃避行と、それを追う殺し屋の目線が同時進行で描かれていて、手に汗握る展開が続きました。殺人集団とウォーカー家の男達の戦いを描いた後半部分は、まさにアクション映画さながらでした。ハッピーエンドで勧善懲悪な結末を迎えて満足です。職場と家庭でのトラブルと戦う主人公・倉田のことをつい応援したくなりました。ストーカーの正体にはびっくりしました。二人のベストセラー作家が描くパラノーマル・ロマンスとあって、ワクワクしながらページを捲りました。とても読み応えがある作品で、満足でした。ガリレオの短編集で、ドラマで放送されていた小説をまとめたものです。全7章で、どれも楽しく読めました。14年前の誘拐殺人事件から繋がる、ある狂言誘拐と誘拐殺人事件の真実。読み応えがあり、ページをめくる手が止まりませんでした。明治の世、元旗本の若様や、薩摩や平民、商人出身の警察官候補たちが繰り広げる騒動を、楽しく読みました。明治維新で一番割を食らったのは武士達で、得をしたのは商人達でしょうか。真次郎のようにパティシエへの道を邁進しているのならともかく、それまであった身分を失い、日々の生活に苦しむ。警察官か職業軍人になれば、生活は安定するだろうけれど、色々と大変だったんでしょうね。ピストル強盗の犯人が意外な人物でびっくりしました。この本を読むのは二度目です。やる気を引き出すのは、家族や教師などの周りのサポートが必須だと思いました。さやかちゃんの冷え切った両親の関係がさやかちゃんの受験に向けて変化していくという所も、彼女がやる気を出したから周りも変化していったのです。本の帯に書いていた「ダメな人間などいない」は真理だと思います。イラン・イラク戦争で取り残された在留邦人達を救った、トルコと日本、両国の絆を描いた物語。「情けは人のためならず」の意味を知り、感動した小説でした。
2015年03月01日
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