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台風と台風の間の、やっとこさの秋晴れ。このところの異常気象で秋らしさを楽しむ暇もなく、このまま冬になりそう・・・。寒いのが苦手な私には、テンション下がる時季がやって来る。街を歩けば、かぼちゃとワインとXmasケーキとおせちの告知が、ごちゃ混ぜにあふれる。いったい今はいつなんだか・・・油断してると忘れそう。半月先のことさえわからないというのに、早割になると言う謳い文句に負けておせちを注文。とてもイヤな話だが、正直なところこの数年、前もって年賀状を買うこと、おせちを注文することに毎年かなりの迷いと抵抗がある。実父が2008年末に急逝したのが、そうなった原因。ある程度歳をとり命に関わる持病を抱えている親のいる私たち夫婦には、毎日が勝負みたいなもので。誰がいつどうなってもおかしくないと覚悟してはいるけど、父が亡くなった師走が近づく度に、新しい年のことを考え始めたくても、どんどん気が重くなっていく。だから何事も慎重になる。もう何年と、“先のこと”が思い浮かばない。明日どうなるかもわからない、私はそういう考え方をしてしまうようになったせいで、毎日毎日が精一杯。半年一年いや一か月先の計画さえも、立てるのをためらう。病んではないと思うけど、父の件がトラウマになっているというのか・・・とにかくこれからの時季は、特に好きじゃない。気分転換に・・・ってわけじゃないけど、最近モノを手放す日が続いてる。ダンナにも呆れられる程、未練たらたらな私は、思い入れの強いモノをあれこれ保管し続けている。これでもこの家に越して来る時に、引っ越し当日まで要る要らないモノの選別をし続け、それなりに処分してきたつもり。でもまだ、不要なモノが多い。特に衣類は「まだ着られる」「いつか着るかも」とお気に入りだった服たちをタンスの肥やしにし続け、もう発酵して違うモノが生まれそうな勢い。だからこれでも気合を入れて、この前やっと今年使えそうなデザインのを中古買取業者に持って行った。期待はしなかったが、案の定、安く引き取られた。でも誰かのためになり、大事に着てもらえるなら、それはそれで私もうれしい。たった10着だし、受け取ったお金はわずかだけど、それ以上の満足度はあった。そして今日も天気がいいので、部屋の片づけをするその勢いのまま、要らなくなった服を集める。ダンナが着ないと言ったスーツを中心に、私の懐かしいパンツやマフラー。何だかんだ詰め込んだら、ゴミ袋大のサイズいっぱいに。洗濯は済ませてるので、濡れないようにしっかりガードして、これはリサイクル衣類として町のために。買った店に返却しに行ったりも時々するが、歩くのも大変なので、そんなに多くは持って行けないし・・・だから、こうして役所のサービスを利用して、誰かのためになると信じて潔く処分。まだまだ沢山不用品(私にとってはどれも想い出の品)はあるので、時間を見つけてまとめよう。“断捨離”って程、本格的な取り組みではないものの、こんなにすっきりした気分が得られるのなら、もう少し前向きにやってみよう。モノについては、こんな風に部屋も気分もさっぱりするし、人のためになるからいいけど・・・歳をとるにつれだんだんと、人間関係も切り捨てられていく。こっちの方がダメージが大きい。ま、最近は「あー、ついにそうきたか」と随分慣れてはきたけど。それでも人間同士の場合、理由がわからないまま気づけば音信不通・・・みたいに向こうがフェードアウトってパターンばかりだ。モノと同じく人についてもできるだけ、縁は大事にしたいから、私から切ることは滅多にしない。捨てられる原因は私にあるんだろうが、何故縁を切られたのか、たまに知りたい時もある。仕事上の付き合いならば、私に能力がもうないか利用価値がないと判断されたんだと、諦めがつく。ただしプライベートの場合、心当たりもなく縁を切られたらしばらくの間、「何故なんだろう?」「何が悪かったんだろう?」と自分を責める。だからできれば理由が欲しい。聞いたら聞いたで、凹みもするんだろうけど。でも・・・そんなことを考えるようになる季節もこれから。(年々減っていく)年賀状を何枚買うとか誰に書くとか細々考えるのは、こっちの“断捨離”は、できるだけ後回しにしたい。★ ★ ★ ★ ★今日の少し長めのひとこと。「編集者時代、レコード会社の誘いでリハーサルを見学。客席に私ひとり。VOJAの生歌に鳥肌が立った。神聖なゴスペルを親しみある存在にした亀渕友香さん。太陽のような笑顔と歌声、忘れません(合掌)。」
2017.10.26
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やはり彼女は私たちふたりに、穏やかな暮らしをそう簡単に与えてはくれない。ついこの前の休日、ダンナが施設へ面会に行った時には、痰の切れは悪いけどふつうに話していて、大して問題はないようだった。それが数日もしないうち、状況は暗転。施設の話によると、レビー小体型の悪化に加えパーキンソンに似た症状もあり機能低下が進んでいる。相変わらず痰の切れが悪く食事もまともに摂れない。(入所後何度も繰り返しては高熱を出す)誤嚥性肺炎などの恐れがあるので、入院させた方がいい、と。そして近い将来的に“胃瘻”を考えてはどうかと。まさかこんなにもはやく、胃瘻を提案されるとは思わなかった。姑事に関する嫁業から距離を置いてからというもの、この9か月姑に会ってない。施設のイベントで撮ってもらった写真で本人の姿を見たり、ダンナからの話で今の彼女がどのような感じなのか、ある程度わかっているつもりだった。でも介護の専門の人たちから見ると、姑の症状はそんなに厄介なとこまで進んでいるというのか? ダンナはこの前の転倒 → 頭部打撲による急性硬膜下血腫の件があったから、施設も扱いに慎重になりすぎているんじゃないのか?と やや疑問を持っているよう。私は第三者として、どちらの言い分もわかるので、それだけで判断はしがたいが。ただひとつ言えるのは、もう胃瘻が必要な段階なのか?というのだけが素人ながらにひっかかる。命に関わる選択は、義理の嫁には重すぎるので、今年に入って介護の担当から手を引いた一番の理由ではある。だからこういう余命を左右するような大事な選択は、私は関わりたくないし、血の繋がった兄弟ふたりで話し合えばいい。できれば義母自身の希望も聞いておけばもっと納得できるだろうが、そこはあの姑のこと。ダンナが胃瘻について、幼稚園児にもわかるレベルで話したら、目を真ん丸にして驚き、挙げ句自分では何も決められない面倒な問題は、「おまかせします。いいように・・・(してくれ)」と、こっちに丸投げだ。(難しい・怖い話を聞いた時のお約束のリアクション)だから結局はダンナと義弟(医療に詳しい)とで今後を決めればいいんだが・・・男ってやつは(世の男性、ごめんなさい)、実は出産や生理で痛みや血に慣れている女よりこのテのことになると、動揺が激しい気がする。ダンナも義弟も一見落ち着いて冷静に考えてはいるものの、傍から見てると正常な判断がきちんとできていないというか・・・長年の闘病生活で病院とは付き合いの長い私は、気になることがある度、なんでもかんでもネットで調べちゃうから、お節介ながら今回も胃瘻についていろいろ調べてその情報をダンナに伝えた。それを聞いて考え直す男たち。無責任なことは言えないから、これ以上は深みにハマりたくないけどこのふたりが間違った選択をしないよう、一歩引いたとこから静かに見守らねば。別にダンナに頼まれてはないけど、でも全くノータッチというわけにもいかない。なぜって、緊急呼び出しで真っ先に動けるのは私しかいないから。だからまた、気の抜けない日々が始まった。施設が今の症状にお手上げな感じなので、入院させていくつかの検査をしつつ、症状を緩和させる方向でしばらく時間をやり過ごすしかない。でもここにずっと居られるわけではないので、次の手を考え早急に動かなければならない。姑の最愛はダンナじゃなくて次男(義弟)の方だから、最愛同士で決断してふたりがいいと思うことをすればいいんじゃないか?とダンナに言ったものの、私から見たら今の義弟は納得の答えを出せてない。それだからダンナが余計に考え、悩み、休みを施設や病院を行き来して潰し、ストレスが溜まりつつある。それをこれ以上溜めこませないようサポートするしかないので、結果私も一緒に考え、悩み、そしてストレスが積もりつつある。これじゃ姑を施設に預ける前と変わらない。いや、彼女の場合、施設に入ってからも何度も心臓バクバクさせることをやらかして、私たち本当はまだ落ち着いた暮らしがやっと手に入った、とは実感できていないんだけども。もともとが掴みどころがない宇宙人みたいな人だったから、病気になっても老人になっても何もかもが複雑で、一度もすっきりした答えが得られない。この調子で一生、私たちを振り回し続けるんだろう・・・本人にそういう自覚がなくても彼女は私たち夫婦にとって、いつだって突然やってくる台風の目のような存在。昨夜の台風は過ぎ、久々の秋晴れが目の前に広がる。こんな風にどれだけ激しい嵐でも、パッと晴れてくれたら、どんなに楽か・・・我が家に巻き起こった再びの嵐は、この先いつまで続くか全くわからない。どの道を選ぶのかは、男たちに任せるとして、それでも何かしら再び私がやらねばならない(やりたくない)嫁としてのツトメが、目の前に控えてる。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「鸚鵡返しの一言で失速する人と、“丁寧に”と繰り返すのに毎回答えをはぐらかす人。」
2017.10.23
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数年愛用していた仕事用のバッグ。気に入ってたけどそろそろ限界。丈夫だけど合皮だし、私の荷物が信じられない重さだから、手提げの部分が弱ってきた。これ以上仕事に持ってくと、重さに耐えられず取っ手が途中で切れてしまうだろう。本体はまだ無傷だから、もっと使いたかったけど、今まで充分頑張ってくれたからもう終わりにしてあげよう。さあて、困った。次の仕事の時までに、新しいのを用意しなくては。と、思いつつ、実はそんなに困っていない。なぜって、こんな時は、アレを出せばいいから。アレは、今使ってる丸ころいのとは真逆の角ばったシンプルな黒いバッグ。私が30代になったくらいに買ったから、もう??年のつき合いだ。雑誌編集者だった頃の私を、ずっと誰よりもそばで見守ってくれたと言っても過言ではない。取材に持ってく七つ道具、そして取材相手から貰う新譜やそれに関わる諸々の物を入れるには、それなりに収容力あるバッグが要る。それに私は心配性だ。行った先で急に使いたくなった物がないと、テンションが下がる。当時は今みたく何軒も並びあう程コンビニや100均もなかったから、とりあえず「万一」に備えたいろんな物をドラえもんのポケット並みに入れていた。黒いの(以下、黒さんと呼ぶ)は、最愛のバーニーズNYのバーゲンで半額だった。高級ブランドの似たようなバッグが、目が飛び出そうな値段で飛ぶように売れてた頃、こっそり似たような素材で売り出されたんだと思う。でもバーニーズにしては地味すぎるため、コアなファンは買わないだろう。それでさみしく半額に・・・私の勝手な解釈だが、おそらくそんな理由の半値。当時は私もそこまで気に入って買った記憶がない。多分、今と同じように必要に迫られちょうどいっぱい入りそうなのがあったから、深く考えずに買ったんだろう。それがまさか、いまだに現役で使える優れモノだったなんて・・・あれから何度か経営陣が変わってしまい、今はブランドとしての面白みが減ってしまった。あの頃のようなドキドキワクワクした個性派のイメージは、残念ながら薄れ気味。少し迷走してしまったというか・・・モチロン変わらず好きではあるが、前程の新鮮味や衝撃は感じられず、なんだか落ち着いてしまった。当時のバーニーズNY Japanは、私にとって憧れの場所だった。フロアによっては、一体誰が買うんだ?的なゴージャスな物やとっても手の出ない価格の物が置いてある。庶民な私には夢のような店だったが、少し頑張ってお金を貯めてお目当ての物をバーゲンで買う!と言うのが、働く上での目標で。当時に限って言えば、あの店で買った物で後悔した物はひとつもない。定価はそこそこだが、それが大事に使えば何年、何十年ともつ。だから当時ハマりにハマって買いまくった服や小物は、ほとんど今も使おうと思えば使える。ってか、普通に使ってる。ファッションは何年か周期で回るから、今なんてあの頃買った服がまたブームになってたおかげで、また着れる♪なんて思ったり。黒さんは、安定のデザインで色だから、流行り廃りなくずっと現役でいた。それが今の丸ころバッグを買ってから、出番なく静かに眠る時が続き・・・そして再び、ピンチヒッターとして日の光を浴びる場に。今のところ、黒さんを上回るスペックを有したバッグに出合えない。どんなにいいブランドの、いいデザインでも、これ以上に私の想いを満たしてくれるモノがない。それに何より、私とともに歩んだ歴史が刻まれている。このバッグを持てば、仕事モードにすぐに切り替われるし、なんとなくだが仕事がうまくいくような気もする。だから、やっぱり代役じゃなくてこれが主役。これじゃなきゃ、私じゃない、くらいの気持ちで。長年の相棒が、また私を静かに支えてくれると思ったら、なんだか新しいバッグを手に入れるより気分が高まってくる。あと何年、ともに進めるかわからないけど、ずっと私を、私の脇に収まってバツグンの安定感で支え続けてほしい。そうすれば、どんな仕事も踏ん張れる。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「最近電車の中が騒々しい。いつから人は簡単にイラつくようになったのか。」
2017.10.19
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爽やかボスから「今週は依頼無し」の知らせを受け、小躍りしかけたら追加メールが1分もしないうちに。新しい案件について説明したいとかなんとかかんとか・・・冷静に聞いてるふりだけはした。でもよくよく考えると、これってさらっと伝えてるけどもしや、私にまた“新しい山”(=別の案件)に登れとソフトな口調で導いてない???そんなわけで、大きな山を越えたその日のうちに、打ち合わせ。マニュアルやら参考資料やら、どんどん机に広げられ話もどんどんディープな方へ進められ・・・で。最後には“お約束”の宿題が出た。前二回の仕事の時と同じく、私の力が新しい仕事に通用するのかを試される課題が二つも。校正の仕事がこれから増える時期だから・・・と、また後ろ向きな発言をしてやんわり「期待されてもそんなにできませんよー」光線を送ってみたが、向こうも一度掴んだ魚(雑魚)をすんなりとリリースしてくれるはずもなく。今回の宿題がクリアされたら、頼む気は満々。ふたつ目の山がやっとピークを過ぎたから、少し暇になると気を緩めたとたんこれだもの。でもこんなポンコツまっしぐらな私に、まだ、仕事を任せようと思ってくれる人が居てくれることには、素直に感謝したい。目の前に居るこの人のため、プロの端くれとしてもっと上手に仕事したい。だからやらねば。まーなかなか面倒くさそうな案件ではあるが、内容は実に興味深い。前のふたつとは、違う刺激を受けそうだってのは、間違いない。この歳で新しいことを、教科書みたいな冊子分、イチから覚えてすぐに使いこなすレベルにまでもってくのは、かなり難しいことだ。編集者やライターをしてた頃は、事務所やレコード会社からインタビュー相手の活動分の資料全部を直前に(当日ってこともザラ)渡され、それを高速回転で頭に叩き込み、全部知り尽くしたような顔して取材に臨んだ。あの経験が今、別の形でこうして役立つなんて。責任持って挑んだ過去には自信を持っていい。いつか必ずまた自分を助けてくれる。「何事も無駄なことはない。私のやることには意味がある。」自信を無くし自分を見失いそうな時、私が心で言い聞かせること。この言葉をお守りに、新たな山に挑戦だ。こういうのを、レベルアップとか経験値が上がるとか言うのか? ゲームとか全くしないし柄じゃないから、わからないけど。でもそんな感じに近いような・・・ここ4か月の“成長”ぶり。新しい案件に取り掛かる度、常に頭を空にして、次々情報を詰め込んで行かなきゃいけないから、お蔭でボケる暇がない。「80過ぎても脳は育つ」とDr.日野原は言っていた。それを支えに私も自分を奮い立たせている。彼が死の直前に遺した言葉「キープ・オン・ゴーイング」を繰り返し、明日からまた次の一歩を踏み出す準備を始めよう。覚えて、まとめて、提出をして・・・○と出るか×と出るか・・・×なら×で自由時間が増えて嬉しいけど、認められたいからやっぱり、○をもらいたい。今の自分がなんぼのモンか、この際だから、徹底的にその道のヒトに審査され、成長の見込みがあるのかないのか、私の今の力を知りたい。★ ★ ★ ★ ★今日のちょっぴり長めのひとこと。「新しいはおりものをひと目惚れ買い。サイズ表記がなんか変だなと思ったら・・・男の子用だった。海外物は子供サイズで安上がり。」
2017.10.15
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開演を5分くらい過ぎた頃、センターのピアノに向かい静かに現われた彼は写真で観た印象と少し違って、長身の穏やかで繊細な青年に見えた。「ショパンコンクールで異例の出来事!審査員席のアルゲリッチが思わずスタンディングオベーション!!」招待券に添えられたチラシには、彼がタダモノではない注目のピアニストであることを強調したコメントが並ぶ。アルゲリッチと言えば、かなり気難しいタイプの芸術家肌。私生活も演奏もかなり奔放で情熱的であるという、以前観たドキュメンタリー映画での印象が強い。その彼女が絶賛するのだからアグレッシブな演奏で相当な曲者だろうと、勝手な期待を抱いていた。けれど実際目にした舞台上のピアニストは、期待をまるきりひっくり返すような静寂の似合う人だった。それがエフゲニ・ボジャノフの、5年ぶりとなる来日ピアノ・リサイタルでの私の第一印象。一曲目を弾きだす前の、宙をぐるりと見回し、見えないモノを捉えるかのような動き、陰陽師か聖職者かのように素早く十字のようなものを切るような仕草・・・そのひとつひとつが何か意味ありげで、やけに興味深い。しかもなんかおかしいと思ってずっと演奏中気になっていた違和感は、私の気のせいではなかったことを、音楽マニアのレビューで後で知る。低~い狭~いオットマンみたいなベルベット地のスツールが、私を初めから惑わしたのだ。長くスラリと伸びる脚、その膝を山型に立て、大人が子ども椅子に座ってるような不自然な姿勢。それがなんか変、ともやもやする謎の答えだった。あの姿勢で鍵盤が器用に操れるのだから、素人目に観てもスゴイんだってのはわかる。この人のスゴサって、私は手首の柔らかさなんじゃないかと思う。どちらかと言えば、見た目からして背が高く“直角”のイメージなんだが、ピアノを弾きだすと急に手首の可動域がみるみる広がり、鍵盤の隅々まで巧みに操り美しい音を奏でる。しかもその音はどれも優しく丸みを帯びている。かと思えば曲の途中で音色も弾き方も、内面の強さを弾(はじ)き出すようにガラリと変わる。1曲の中で前半と後半の雰囲気が、これ程違って聴こえるなんて・・・今まで何人かのピアニストを観てきた中で、経験したことのない衝撃、でもある。楽しみにしていたベートーヴェンの『月光』は、失礼ながら好みではなかったが、ラヴェルの『ラ・ヴァルス』が、家に帰っても翌日もそして今日も曲が頭で回る程、その演奏に魅せられた。この日の演奏だけで彼の魅力や特色はわかるわけではない。印象としては、決してすごく感動的で挑戦的な弾き方をするタイプではなさそう。私の好きな情熱溢れる系のピアニストではないものの、所謂ステレオタイプじゃない彼流の生き方は、なかなか好きだったりする。椅子の選び方のこだわりひとつとっても、彼なりの、他に屈しない内に秘められた熱を感じるようで。そんな部分をきっとあの情熱のカタマリのアルゲリッチは、見抜いたのだろう。魅力的なピアニストであることは、間違いない。個人的には穏やかに見える彼の、激しさの見える演奏がもっと聴いてみたいのでいつか『展覧会の絵』とか、ピアノだけではなかなかハードルが高い曲目を聴いてみたい。ラヴェルの華やかなワルツを、ひとりで表現できるあの巧みさにもう一度触れて驚かされたい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「ブルゾンのさらさら髪が、ちょっとうらやましい。」 」
2017.10.07
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山側が飽きたと言うので、二ヶ月ぶりに海側へ。自然に浸りたいというダンナの思いつくままに、とりあえず由比ガ浜に辿り着く。ついこの前まで、海の家がここに在り、海水浴客で賑わっていたはず。夏の時季、海に服着て来るとかえって変な人扱いされそうなくらいこの周辺の水着率は異常。シーズンオフでもウエットスーツ上だけめくれた人が、自転車でフツーに通り過ぎたりするのが日常ではある。それが更に6月の末から8月の期間、マリンポーツが全く似合わない私達夫婦には、足を踏み入れ難い別世界となる。今夏は花火大会に行けたから、夏の夜の海を楽しめたけど、秋の訪れとともにようやく海に平穏が戻って来た。夏前に入れ替えた砂が、サラサラと滑らかで濁りなくまだ新しい。結婚式帰りの正装のお兄さん達が、革靴でも海に寄りたい気持ちもわかる。ただ、歩を進める度、するすると足に絡みつく。注意して歩かないと、靴や靴下の中が大変なことになる。でも結局、広がる空や心地好い海風、癒される波音・・・に気を取られてる間に砂まみれで、家まで持ち帰ることになる。日曜の夕方だから、いつもより人は少ないなーと思っても。聞き取れない言葉を発する人達が多めの観光客が、どこからともなく現われて店が閉まり始めてもまだ、何かを目当てに歩き回ってるという・・・少し前は国内外の観光客が落ち込んでたような気がするが、日頃から近所でもカートを転がす人達を沢山見かけるようになったから、だいぶ回復した模様。ご飯を食べに入った和食やさんでも、隣にフランス語を話す男の人達が。とりあえずビールを頼むとこが、日本に馴染んでるっぽくて、なんかいい。なんだかんだで、2時間ぐらいは歩いたんじゃないかな?そのうち3分の1くらい砂の上。おかげで、最近の運動不足を解消できたような心身の爽快感。波音をBGMにして海に向かって深呼吸するだけでも、癒されるから安上がり。どこからか煮魚の甘辛いのや米の炊けるのやらが、漂って。人気のない暗闇に近い路地裏や商店街を、独り占めするみたく歩く時間もなかなかオツ。お腹も心もすっかり満たされ、家に帰り着く。やっと一息・・・と思い立ち上がろうとしたら・・・激しい激痛に顔がゆがむ。初めてのぎっくり腰(たぶん)。さっきまでの楽園気分がーーーーーーーー!!(嘆)★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「声が素敵でも吹き替えに合わないのが判った。内容も・・・残念。」
2017.10.02
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