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法隆寺を出発したバスは法起寺 三重塔を横に見ながら一路法隆寺へ向かう。以前奈良を訪ねて時も法隆寺の帰りにタクシー車窓から見ただけで今回こそと思っていたが、願いは果たせず。団体のため止むなし。ここは聖徳太子が法華経を講説した岡本宮を寺に改めたものと伝えられている。ここの三重塔は現存する日本最古のものであり、法隆寺とともに世界遺産の指定を受けている。なおブロ友・kopandaさんによるとこの法起寺にも「下馬」があるとのことである。見たかった。 バスはこの日最後の訪問場所の「元興寺」に着く。 この門は、鎌倉時代の建物として雄大な気風と、すぐれた意匠を持つ四脚門である。もと東大寺西南院にあった門を元興寺の極楽坊正門として応永18年(1411)この場所に移設されたものである。東門の設置により極楽坊本堂を中心とする一画が元興寺旧伽藍から独立した中世寺院として再生したことを示している。(東門案内板) 本堂 佛足石と阿弥陀仏地蔵尊と五輪塔 二千五百余基あるといわれる石塔などの案内板・浮図田 石仏群は見事である 中には梵字入りのものもある ここにも五輪塔板碑があった。ただ鹿児島で多く見られる「双式五輪塔板碑」を見つけることは出来なかった。これほど多くの石仏などを目にしたのは初めてでしばし去りがたく写真を写しまくった。 このあと、この日の宿の興福寺近くの飛鳥荘に向かった。
2015.02.27
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法隆寺の南大門近くで「下馬」という石標を目にした。法隆寺を訪れたのは2回目だが、前回は見落としていた。と言うのも、その頃はまだ石造物についても、大きな興味は感じていなかったので、当然といえば当然である。今回目についたのには、ワケがある。以前、歴史ボランティアのIさんに鹿児島城(鶴丸城)周辺の史跡を案内してもらったときに、城の堀の近くで「ここは武士が下馬する場所だったのですよ」と案内され「武士登城の際にはここで下馬して、ここから歩いて行ったようです。あとに残された家来たちは主人が帰ってくるまで、ここで噂話などで時間をつぶしたのです。そのようなことから『下馬評』という言葉が生まれたそうです」ということを聞いたことがあった。するとこの法隆寺の「下馬」の石標もここに来る当時の上層階級が馬から降りる場所だったのかと思い、思わずシャッターを切っていた。 法隆寺は聖徳太子が建立した寺院として、1400年を超えて受け継がれてきた我が国現存最古の寺院建築であり、日本最初の世界文化遺産である。(奈良で会った観光ボランティアさんによると聖徳太子そのものの存在を否定する説もあるとのことで、ここでいつものように史実と伝承について考えさせられた) さて懐かしい「南大門」である。案内板には「国宝 法隆寺総門 室町時代」とある。 ここで全員での記念撮影をして、「中門」に進む。写真では分かりにくいが、中門の屋根の下、左右に金剛力士像(仁王像)がある。 左が口を閉じた吽形(うんぎょう) 右に口を開いた阿形(あぎょう) 二体とも350cm超の仏像で、塑像(土を固めてつくる)という。仁王像が塑像というのは珍しいが他にもあるとのことである。有名寺社のものは木彫りが多いが、私が今まで鹿児島で見た仁王像はほとんどが、石造である。もっとも廃仏毀釈により破壊されほとんどが完全な形では残っていないが・・・。 この法隆寺の仁王像は塑像のため、傷みがはやく、吽形は体部を木彫りに置き換えたとのことである。 中門を入ると左に五重塔 右に金堂 中門の真正面には大講堂 大講堂の前から中門を振り返ると 左に五重塔 真中に中門 右に金堂を見ることができる。 回廊も素晴らしい 正岡子規の句碑 「柿くへば 鐘が鳴るなり法隆寺」 歴史に彩られた建物や景色を眺めながら「夢殿」へ。秘仏中の秘仏と言われ、聖徳太子と等身大という「救世観音」がちょうど公開されており、拝観することができた。写真撮影が禁止されているので、2001年発刊された「週刊 古寺をゆく」創刊号 法隆寺の写真を見て楽しんでいる。 最後に「中宮寺」へここは前回訪れたとき、建物の前までは行ったものの、「菩薩半跏像」を見過ごしたので、今回はしっかり拝観した。
2015.02.26
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二日目を迎えた「古都奈良ツアー」は山の辺の道を天理市トレイルセンターから桧原神社(大神神社の摂社)まで散策のあと、のんびりとした道を箸墓古墳に向かった。 箸墓古墳は、こんもりとした森が鎮座するような、存在感がある。全長280m、後円部径155m、前方部長125m、前方部全面幅147mの全国11番目の前方後円墳だという。これまで見てきた他の古墳を含めて大きすぎるために、前方後円墳という形状についても目視では分かりにくい。空から見てみたいものだ。 話題閑休。余談を一つ!箸墓古墳の見学にバスで向かう途中、古墳の近くで「日本一たい焼」の看板が目についた。この日の昼食は「三輪そうめん山本 麺ゆう館」の予定である。ここも古墳から歩いてすぐの場所だ。そこに行く途中再びたい焼きの看板を目にする。甘党の私は、この看板を目にして猛烈にたい焼きを食べたくなった。そこでおいしいそ〜めんと柿の葉寿司の昼食もそこそこに、皆の「たい焼きも食べたい」と言う言葉にも応えるために、S嬢と二人で買いに走った。だが、次の予定のため、時間は余裕があるわけではない。店に着いて人数分を買おうとするが、たくさんの人が待っており、時間までには買えそうにない。交渉の末、人数分の半分の個数をやっと買えて急ぎバスに間に合わせた。仲良く半分づつ分けて食べた感想を言えば、看板に偽りはなく、とてもおいしかった。鹿児島に帰って「日本一たい焼」のことをネットで調べてみると(物好きなおじさんと笑わないで!)なんと九州の福岡が発祥で佐賀に一号店のあるフランチャイズ店であることが判明。現在九州、大阪、四国に44店舗を展開しているとのこと。ただ鹿児島には大隅半島の志布志市にあるのみとのことで残念。 肝心な昼食場所の三輪茶屋の写真も食事もアップするような写真がない。そのあと、バスは法隆寺に向かう。
2015.02.24
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パソコン復活で永らく休載した拙ブログ再開します。 昨秋の高校同期会による「古都奈良ツアー」二日目は談山神社前の多武峰観光ホテルで目覚めた。朝風呂のあと5階の朝食会場へ。そこで目にした光景は昨日にも増した紅葉の圧倒的な美しさだった。 この日の最初の訪問地は「山の辺の道」。そのためバスで天理トレイルセンターに向かう。ここから5,4km先の大神神社(おおみわじんじゃ)まで歩く予定である。先ず崇神天皇陵に参拝する。 そこから歩き始めたが、途中史跡が多く、また景色も素晴らしく、思ったように歩が進まない。おまけに、途中いたるところにみかんなど季節のものが売られており、これらにも気をとられる。 まさに日本の原風景ともいえる山の辺の道をのんびり歩いた。 天理市トレイルセンターを出発して2時間、予定では大神神社に到着していなくてはならないのに、そこまであと1,5kmを残した桧原神社でタイムオーバーしてしまった。これから後のこの日のスケジュールも考慮し箸墓古墳に向けて歩くことにする。途中までバスが迎えにきてくれることになった。 その前に有名な山の辺の道の石柱で記念写真をパチリ。 箸墓古墳を見学のあと、昼食場所の三輪そうめん山本・麺ゆう館に向かう。
2015.02.23
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皮肉にもパソコン不調のため、休載中の今日10万突破しました。もうしばらく? お待ちください。
2015.02.15
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