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最近、町内会会長の仕事やその他いろいろなことが交錯し、混乱しています。しばらく当ブログを休みます。健康面は大丈夫です。元気だけが取り柄の男ですから。 皆さんがのブログへの訪問もままならないかもしれません。ご了承ください。
2017.05.30
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下関の唐戸市場で海の幸と関門の春風を満喫し、おなかがいっぱいになった一行は他の観光地を巡るでもなく、朝きた道を帰ることになる。クマタツ一家と義妹一家それぞれ2台の車に分乗し高速道を「壇ノ浦PA」で降りて関門橋を眺める。門司側からの上りで「めかりPA」にはこれまで数え切れないほど行って眺望を楽しんだことはあるが、下りのここ「壇ノ浦PA」によることはめったにない。 対岸には北九州市の門司の建物が見える。 その夜も義妹宅にお世話になり、甥っ子一家も一緒に11人の賑やかな夜を過ごした。感謝! 感謝! 感謝! 翌日は熊本地震から一年近くなる熊本城を訪ねてから帰ることにした。
2017.05.14
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長崎をあとに北九州は小倉南区の妻の妹宅に向かう。我が家一行・6人を泊り客としていつも大歓迎してくれる妹一家に感謝!妹家族・5人も含め、一行11人で関門橋を渡り、今回の旅のもう一つの目的地、下関の唐戸市場に向かう。 唐戸市場が右側に見えてきと時、左側に大きな社が見えてきた。「関の氏神 亀山八幡宮」とある。あとで調べると、祭神は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇で平安時代貞観元年(859)宇佐八幡から勧請された由緒ある神社である。 活きいき 唐戸市場 下関市地方卸売市場に到着 ここは、娘一家や我が妻には数回来たことのある勝手知ったる市場であるようだ。まだ孫たちが小さかった頃の夏休みには毎年のように小倉を訪れてこの唐戸市場まで足を延ばしていたらしい。当時、私は現役でいつも一人寂しく鹿児島で留守番をしていたものだった。 市場に入ると大きな「ふぐ」がお出迎え。縁起をかついで「ふく」とも言うらしい。 「さざえ」などの安いことに驚く。 握り寿司のバラ売り。パックに入れて後で勘定してもらう。 市場で買ったものを関門の風に当りながら思い思いに食べるのだ。 我が一族がそれぞれ買い集めてきたもの。ズラ~リ 反対側にもズラリ。 食べる人、人、人・・・・
2017.05.11
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4月5日、9日に引き続き、長崎~北九州~下関~熊本の旅に戻る。長崎グラバー園から長崎港を見ると、外国船とみられるクルーズ客船が見えた。野次馬精神の旺盛な我が一行はすぐ近くの停泊港まで見に行くことに衆議一決。歩くこと15分くらいで到着。船名は SEABOURN SOJOURN(シーボーンソージャン) 私は全長200mくらいはあるなと思い、帰ってネットで調べるとドンピシャリ!全長 198m 全幅 25,6m 総㌧ 32000t 竣工 2010乗員数 335 旅客定員 450 登録国 バハマ 運行会社 米以上のようなことが分かった。ネットによると今日現在、横浜にいるようだ。鹿児島にも最近、外国船の寄港は多いが、長崎にはより外国船が似合う? クルーズ客船を見て電車に乗り、再び中華街へ。夜の帳が降り始めて中華街独特の絵柄のネオンが綺麗だ。 娘一家がお気に入りの中華料理の「会楽園」へこういう時は、ジジ、ババは素直について行くのみ。 ちゃんぽん 炒飯 小海老唐辛子ソース煮 豚肉とえびの挽肉入り揚げパン 皿うどん
2017.05.08
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世の中はゴールデンウイークということで盛り上がっているが、サンデー毎日の我が家には何ら盛り上がる要素もない。町内会長になって、約一ヶ月、諸文書作成、来客、会議などで久しぶりに忙しい日々だったが、ここにきてやっと一段落している。これからの行事の多さを考えると暫しのゆとりだろうとは思うが・・・。 忙中閑ありの「みどりの日」の4日、行きたかった展覧会など見るために久しぶりに街に出かけた。 黎明館のある鶴丸城跡(第七高等学校造士館跡)は現在、御楼門と御角櫓の再建のため遺跡調査が行われている。明治6年(1873)に焼失したものをオリンピックと同じ年に鹿児島国体もあるのだが、その平成32年(2020)の3月の完成を目指している。 現在は鹿児島県歴史資料センター、「黎明館」となっている。 私が数年前から興味を持って調べている島津家の歴史が取り上げられた企画展があるということで、黎明館までやってきた。 島津家は鎌倉時代の1197年、初代当主・島津忠久が薩摩(鹿児島県西部)の守護職となって以来、一度の国替えもなく、明治4年(1871)の廃藩置県を迎える。その間約700年、現在まで約800年の歴史をもつ日本でも稀有な存在である。 しかしそこまで出来たのは、今回の企画展のテーマにもあるように「分家の力・弟たちの役割」がそれぞれいろいろな場面で発揮されたこそということは、これまでの拙い知識の中でも知ってはいた。今回の企画展では、それが体系づけられていたことと、初めて知ることも多く、勉強になった。展示の展示も古文書や絵図、それの現代文の解説など多くの資料があり、後のスケジュールもあって短時間では見ることができなかった。例え時間があったとしても長時間立ちっぱなしなので、この歳になると体力との勝負でもあるとつくづく思うことだった。 黎明館を出て、すぐ隣の鹿児島市立美術館に向かった。ここでも、5月7日まで浮世絵の「歌川広重展」が開催されている。有名な「東海道五十三次」は、よく知っている絵柄が多く、馴染みやすい。ただこのシリーズもいくつもあって、たくさんの展示がなされていた。 さらにその後、同じ美術館の地下ホールで開催されている「第44回 鹿児島自然美画会展」を見に行く。それは、この会の会長を務めるコーラス仲間から案内を受けていたからだ。本人は意欲作3点の8号の日本画を出品していて、ゆっくり鑑賞することだった。それに加えて近所のYさんも会員だったようで油彩画8号の2点を出展されていた。これも大変な意欲作で特に日置市の「せっぺとべ」(一生懸命飛び回りなさい)は題材も面白く楽しく鑑賞することだった。 その後、老健施設に入っている100歳の叔母を訪ねた。
2017.05.05
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4月30日(日)「 第12回シニアコーラスフェスティバルinかごしま」が「宝山ホール」(鹿児島県文化センター)で開催された。九州各県から28団体、地元鹿児島県から22団体の50団体が出演し、ホール中に一日歌声を響かせた。過去11回の開催地をプログラムで見ると、沖縄を含めて各県で開催されているが、鹿児島県では12回目にして始めてということになっている。 私は鹿児島には数少ない男声合唱団の一つで歌っているが、他所の男声合唱を聴く機会が少ない。今回は開催の前に出場団体を知ることが出来た。それによると私の属する「楠声会合唱団」の他に大分の「豊声会」宮崎の「フルトン男声合唱団」「宮崎メンネルコール」「ひむかグリークラブ」地元鹿児島の「男声合唱団ひびき」の5団体、」合計6団体の出場である。その数少ない男声合唱を聴く機会を逃すまいと思い、プロググラム8番の「豊声会」から聞くために10時過ぎにはバスに乗った。街では「ハンヤ祭り」も最終日で賑わっており、バスが延着し宝山ホールに駆け込んでどうにか間に合ってホッとした。数少ない男声合唱団もどこも熱演で、聴き応えがあり、久しぶりに楽しむことができた。 私たちの出番はオオトリで、その前の49番めが妻の属する「めぐみコーラス」であった。いずれも鹿児島ではそれなりに歴史を重ねてきたので、こういう出番になったのだろうか。 一日合唱を聴いて幸せ感の反面、足腰の痛さなどもあり、二回目の休憩時にはホールの外に出て、先輩お二人と近辺の歴史的な町並みを散策して気分転換を図り、リハーサルに備えた。その甲斐もあってか、本番では7分間、2曲を久し振りの暗譜(楽譜を觀ずに)にもかかわらず歌いきることができた。いや、暗譜だったから指揮者に集中しいい演奏ができたのだろう。 今後も当面のスケジュールとして6月4日の鹿児島県合唱祭、7月7日の南さつま市の学校、2校の演奏が計画されている。歌ずきのおじさん合唱団はどこにでも出かけます。
2017.05.01
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