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いよいよ選挙だ。 とりあえず投票はいく予定だ。受からせるためでなく落とすために。行かないやつが威張っているのがわからない。高等教育うけているだろうに。権利をむざむざ捨てるのがわからない。捨てるならくれそれを。かわりに投票してやるから。 熱く政治活動をしているわけではないが。ムダにするのが気にいらないだけだ。 無所属ばやりのせいか知事選についてはうざったい勧誘が来ない。たいへんいいことだ。そもそも無所属ってなによ?コンビニのPB商品のようだ。実際はどこかのメーカー品なのにロゴでごまかしているところがうさんくさい。 うざったいと思うのはたぶん特定政党がおお張り切りだからだろう。いっそのこと全員が支持政党を表明して喋り捲ったほうが健康かもしれない。「あらーおたくは~党?」「ええお恥ずかしい」みたいな。しばらく会わない「自称友達」から電話勧誘がきたら逆に勧誘するのだ。白熱する勧誘合戦。声がでかいほうが勝つだろう。声質がよければなおいい。 もっともでたらめな私の会社は昔社内で活動するバカがいて勧誘合戦をくりひろげて問題になったらしい。わきまえろよ就業時間。 みんなが選挙に行かないからはりきるのだ特定政党が。行こうよ選挙。字が書けるなら。 黒川何某のおもしろさ加減と外山何某のぶっとびかげんについ笑ってしまうが、ほんとはもっと頭きていいような気もする。「政治は遊びじゃねえんだ!」とかね。数百万円払って言いたい放題って安いのか高いのか。ジイサンの自費出版みたいだ。古希すぎた乱心か黒川? 同じお金つかうならもっといいつかいかたがあるだろうに。勝利をめざさない立候補をみるたびにそう思う。 そのカネでなにができたか。あるいはその情熱でなにができたか。もちろん、泡沫候補をみたときのイライラについてもそう思う。ああこのイライラというエネルギー溜めて他につかえないかなあ。とか。 ・・・イライラ←無駄遣い中。(♂)
2007年03月31日
大学ラグビーには複雑な思いがある。 トップリーグを超えたメディアの過剰な露出。たまたま冬のネタがなくてマスコミが六大学出身者ばかりのせいだろう。かつて高校選手権ばかりもちあげて日本リーグが無視されていた往年のサッカーのようだ。 ボクシング一家の話みたいな「物語づくり」ばかりでプレイへの視点が貧弱なスポーツマスコミの歪みの象徴だ。とはいえ、放送していればつい観てしまう。ぱんぴーとしては無責任に面白い面白くないで判断すればいいのだけれど。実際面白いし(おい)。 本書はスポーツノンフィクションをうたっているが、ビジネス書だ←褒め言葉。 とりあげられているのは早大ラグビー部監督(当時)清宮克幸。サントリーの主力として活躍しつつ営業マンとしてもTOPを誇っていただけあってとる方法はビッグビジネスと同じである。 チームのゴールの設定。ゴールから逆算したスケジュール。持ち駒の長所と短所の分析。必要な武器のリストアップ。選手を説得するプレゼン。だれにでもわかる数値化。OBまたは大学側へのプレゼン。とる戦術と、それにいたる戦略。メディア対策。イベントの企画。 方法論もさることながら視点が独特である。ほんとうに必要かを問いつづけ、たとえ伝統であっても実情にあわなければ切り捨てる。よく考えれば現状とのすりあわせはあたりまえなはずなのだが、出来るひとはなかなかいない。ましてや歴史を背負う組織ならなおさらだろう。 たとえば選手コンバートの件で清宮はいう。誰がみても同じ印象をもつだろうが、要はそれを実行にうつすかどうかだと。シンプルではあるが強い。 本人はもちろんのこと、まわりをかためるマネージャー陣も凄い。勇将に弱卒なしだ。ふだん見えづらいチームマネジメントの実際が描かれている。 アディダスとのビジネスの交渉経緯。アディダスが進出することで打ち切らざるを得ない数々の業者との軋轢。部員のホモビデオ出演が発覚したときのリスクマネジメント。本来うやむやにされてきたグレーゾーンの部分も著者は描く。金額もかなり赤裸々に記されている。 それが許されるのはラグビーへの愛ゆえか。著者は関東学院の春口監督を追ったノンフィクションもだしているが、やはり愛情いっぱいで閉口する部分もある。 皮肉なことにその愛情こそがそこまでふみこめる「ライセンス」の基ではあるらしい。 ビジネス、とはいったが、かれらマネージャーは報酬をうけているわけではない。あくまで根底にあるのは清宮への友情と早稲田ラグビーへの愛である。 ビジネス書というより、「ある宗教団体の成功譚」とでも言うべきか。プレゼンとは何か、考えるうえで無視できない1冊。(♂)
2007年03月30日
車好きの知人に言わせれば、性格は車のセレクトにでるという。 居住性・・・というか乗ったときのでかさに惚れて買った私はさしずめでかいモノ好きなのかもしれないし、乗り換えるたびにヤンチャな車を選ぶ私のボスなどは本質はヤンチャなのやもしれぬ。そういえばYAZAWA好きだし。 根拠はある。 大金を払うというめったにない機会ではだれもがじっくり考え抜く。するとある種の性格・パターンがでてしまう。家相といっしょだ。ドクターコパが家の風水について同じようなことを言っていた。「家に人がでる」と。 高校時代に剣道をやっていた義姉は得意技を出篭手といったあとにつけくわえていた。「私の会話のパターンといっしょだよね」さらりとniceなツッコミをする彼女はたしかにカウンター攻撃は得意そうだ。 前者2つがカネがかかっているのにたいして、こちらは勝負を賭けている。行動パターン、思考形態が現れるモノは意外と日常にたくさんあるのではないか。 時計や鞄をどう考えるかに異性観がでるように(なぜかあたる)、行動パターンがでるものを探すのは面白い。もしかしたらだれも考えつかない占いが開発できるかもしれない。 ブログ占い・・・って、それはただのイチャモンだろう。(♂)
2007年03月29日
帰り際、女子高の柔道部と遭遇(ジャージのバックプリントで判断)。 おそらく抜群のパワーとボディバランスをもつであろう集団の「ビッ」としてる加減に軽く感動。部活はちゃんとやるもんだ←私はやってなかったが。 妙にアンバランスで目に入ったのはおのおのが手にもっている袋だ。道着をいれているであろう巾着がCUTEなデザインばっかりだったところに女の子の意地をみた。 だって女の子だもんってか←バカにしているわけではなくて。resistanceのようなお洒落心って面白いなあと思っただけだ。抑えきれない、本能?おおげさだけど。 そういえばうちのムスメだって教えたわけではないのにオモチャの鞄をもつと得意げにポーズをとる。 時代とはいえかつて「東洋の魔女」は派手な化粧が禁止されていたそうだ。選手たちは怒られない程度のマニキュアをして心を満たしていたらしい。 もっとも監督はお見通しで、「爪が割れないからいい」と黙認していたとか。 アテネ五輪で日本女子ホッケー代表は韓国と対戦。試合直前に日焼け止めを塗りたくる相手チームをみて勝利を確信した、という。「体育会」だよな目のつけどころが。 スポーツとお洒落。本能のコントロールこそがベストパフォーマンスをうむのだとしたら、ちゃらちゃらな髪型をしている日本代表が世界でふるわないのも当然か。全員坊主だ。もしくはジダンヘアでよろしく(田中マルクス君を除く)。 ・・・って、そんな結論をだすやつが教師になったりするとスカートの丈を測って生徒を殴ったりするのだろう。よかった教師にならなくて。って、そんな結論かよ。(♂)
2007年03月28日
社員食堂のおばさんはマメだ。とくにそれがでるのが麺類の日だ。 社員数が多くないので、メニューは定食とカレーだけである。ひとりでやりくりしているにも関わらず、ソバかうどんか好みを聞いてくる。さらにほとんどの社員の選ぶパターンが頭に入っている。ひとりひとりのセレクトを聞いてからいちいち茹で、ツユにつけるのだ。手間を考えるとほんとうに頭がさがる。ほとんど心意気というやつだろう。 でも提案。 カレー南蛮の日は、用意するメニューはうどんだけでいいよおばさん。 ・・・ふだんの習慣でつい「ソバ」と答えて非常に後悔した日。麺が死ぬ。 いや、カレーなんでなにいれようがカレー味なんだけど。ごはん入れようが、パン入れようが、ナンいれようが、彼女とキスをしようが すべてはカレー味。 油断していた私が悪いのだが。だって、最初に目に入ったのはオニギリの皿で、さらにサラダの小鉢。まさかオニギリにカレー南蛮がつくとは思うまい。 まあドライカレーにカレーをかけるというアバンギャルドなメニューを提供する人ではあるのだが。 もんたまさんはお蕎麦ですね?と聞かれて反射的にはいと答えたのだが、気づいた瞬間遅かった。 目に入ったのは茶色いドンブリ。 母さん、生まれてはじめて蕎麦にカレーをかけたよ。不味くはないけど飛び散りそうで食べ辛かったよ。あちあち。はふっ。(♂)
2007年03月27日
結婚前、いろいろあったといわれる同僚と雑談。 昔もてたんでしょ?と話をふると否定。直後の台詞がよかった。 女のひとはね、話をよく聞いて、うんうんうなづいていればいいんですよ。もててないけど、僕がやってたのはそういうことですよ。 「もてていた」からこその言葉だ。 だいいち、オトコとオンナで脳のつくり違うんだから。いろいろいったって通じるわけないでしょ。だからうなづくんですよ。話を聞いてもらいたいんですよ女のひとは。 深い。性差別というなかれ。男だってそうだろう。話を聞いてほしいのは(たぶん)。 まあ、あんまり男女の違いをいうと奥さんに怒られるんだけどね、ハハハ。 名言ですね(←皮肉でもよいしょでもない)。社内の独身男に教えてやってくださいよいっぱい余ってるんだから同じ課でもいるでしょ?(←おいおい余計なお世話だ)というと急につけくわえた。 でも難しいのは、うなづくことよりもうなづく場にまでもちこむことなんだよねー。いくら技術を知っても実戦がないと。そう、実戦までいけばねー。 まったくだ。というより、その「実戦」にもちこむ技術がほんとは肝心な気がするんだが。 ・・・しまったそこを突っ込むんだった、ちっ。(♂)
2007年03月26日
大槻ケンヂ「神菜、頭をよくしてあげよう」(角川文庫)を読む。年をとったのか病気が一段落したのか落ち着いた印象。正直パワーダウンだ。 故中島らももそうだったが、少し狂っているほうがおもしろい。モノを書く(つくる)ひとはぶっ壊れていたほうがいい。壊れているひとが必ず面白いわけではないが、その確率は高い。 だれかオーケンから連れて歩いているというブースカ(という行為そのものはキているけれど)を取り上げてくれ。作品が面白くなるだろうから。無責任な読者としての要望。 土曜日出勤したのに6時に目が覚めて、キッチンまわりをかたづける。ある程度まとまったのでまたベッドへ。J-WAVEをつけ子守唄代わりにダラダラ眠る。バンドネオン奏者の小松亮太さんがゲスト。健康法を聞かれて「どんなに夜遅く働いても朝起きること」と答えていた。結局はバイオリズムを無理やり太陽にあわせるということだろう。 健康な毎日だぜ(ため息)。 朝食が終わり、買い物のため外出。ムスメは野放しにするとテナントの中に突っ込んでいくので商品に触る直前にとっ捕まえるのを繰り返す。疲労。 昼食はマクロビオティックをうたうカフェで珈琲とツナサンド。自然食好きという人に会うと「けっ。ふだんロクな生活していない癖に」と思う。不健康な生活を高級化粧品でごまかして美肌をつくろうとする人と同じ扱いをしてやる(心の中で)。谷口ジロー「孤独のグルメ」でも「ヒッピー崩れの自然食の店は机が汚いし物足りない」と主張していたがうなずくところがある。だが珍しく美味い。珈琲も美味しくて満足して店をでる。 かみさんを駅におくり、眠ったムスメを連れて家へ。ムスメにあわせて昼寝。 起きてきたので適当に相手しつつ新聞を読む。例の納豆騒ぎの報告書がネタになっていた。制作サイドは「われわれはバラエティをつくっていた。科学番組や教育番組でない」と証言、あれほどの影響力がある事実に困惑ぎみだったらしい。 たぶんメディアに携わる人たちはこういう割り切りというか達観をもって日常をすごしているのだろう。高村薫が「視聴者の幼児性」と切って捨てていた(みもふたもねえ)が、どっちもどっちだ。 テレビは信用できない、じゃなくていっそのことテレビは本当もあるよなかにはと子どもに教えたほうがいいかもしれない。プロレスのヤオガチ論争みたいだが。 それよりは、マスコミとして伝えようとするときに演出してしまう心理、というのを疑似体験させればいいのだ。なんともないニュースではみんな聞かないでしょ?というのがわかっていれば情報への受け取りに「翻訳」をするようになる。 ムスメを風呂にいれ、食事をさせる。実家に電話。母が「ばあばという言い方って半端で好きじゃないんだよねー。孫にはばあちゃんといわせたい」と漢らしいコメント。ああわたしもこういう年寄りになりたい。(♂)
2007年03月25日
あまりに家事をやっていないので言い訳程度に皿を洗う。 現代俳句みたいな書き出しだが。うちに食洗機があるので、ある程度たまっているとつかう。心がチクチクする。 まああるものはこれ幸いとふつうに使えばいいのだが。この後ろめたさはなんだ? 合理性への憎悪か。仕事ではそんなことないのに。 昔みた昭和を舞台にしたドラマ(『イキのいいヤツ』か?)で、洗濯機をうれしそうに買ってきた奥さんを旦那が怒鳴りとばし、奥さんはなくなく返品する、という場面があった。家事をラクするんじゃない!みたいなセリフがあったと思う。 そんな話を母にしたら、祖父の話をしてくれた。母の母は体が弱かったので、洗濯機がでたらすぐに買いにいったらしい。 それでこそ男だ。家事にたいして「ラク」をしたからといって楽なモンなんてないのだ。もはや絶滅種に近い職業である「専業主婦」だが、本気の家事をやっている主婦の仕事をやりやすくしてこそ男だろう。 家事をしていない男ほどいわゆる家事の省力化をどこかバカにする。 たとえば、夕食にカレーがでてくると「またカレーかよ」みたいなコメントをするやつは料理をしたことのない人に決まっている。 だから、皿洗いの方法になにかヘンなこだわり(というよりはひっかかり)をもつ私というのはたぶんどこかガキというかなんというか。 そんな煩雑な仕事の数々をらくらくこなしていた昔のヒトへのrespectというか、嫉妬のようなモノがある・・・かもしれない。 それよりは、水じゃばじゃばつかうことに恐れおののいているだけかもしれないが←キレイにはなるんだけどねー。(♂)
2007年03月24日
外国人顔になるアイメイク デカ目力150%UP(Vivi) ・・・あーあ、まっすぐ言っちゃったね、というかんじ。Viviは期待を裏切らないわ。 外国人とはいっても中近東のハッサンさんや東アジアのパクさんじゃないんだろうね。西洋人なんだろうねやっぱり。 日本人の美人基準といわゆる西洋系のアジアンビューティの基準が違う、という。ようするに日本人はおめめパッチリリカちゃん人形を理想とするのに対して、一般にアジアンビューティとはルーシーリューみたいな切れ長細面らしい。 わかんねえ。って、べつに人種的なモノにコンプレックスをもっているわけではないが。 ディズニーが描くアジアっぽい顔にわりゃあどこのもんじゃあとつねづねつっこんでいたのだが、そういう話を聞くとようやく納得するものがある。 日本人が好きなタイプならそれでいいじゃん。ほっとけよ。とは思うが。 しかし外国人顔というみもふたもない言い方はねえだろ。あれか?ダウンタウンの松本がつけ鼻つけてやっていたアレか? 恥も外聞もないこの直球さこそが、日本人がガイジンコンプレックスから解放された証、と読めなくもない。といったら深読みしすぎか? ・・・深読みしすぎだろう。 ところでデカ目力って何?MAXは鬼太郎パパという解釈でいいのだろうか。(♂)前回のネタ
2007年03月23日
「サッカー批評」に代理人のインタビューがでていた。興味深く読む。 消えたJリーガーを追うノンフィクションの延長でやるというのが視点としていい。という企画の批評はともかく。 代理人氏のコメントがよかった。 なぜそのチームでつかわれないのか、選手自身が考えなければ移籍させても意味はないんです。 きわめて日本的な、代理人にしては親切な視点。「オトナ」になるのが遅い日本ならではだろう。そのまま、会社における人事についてもあてはまるような気がする。いや、会社にかぎらないか?いわゆる仕事で評価の場をもつヒトならだれでも聞くべき真理だ。 なぜ、自分がその評価なのか。不満を抱く前に、いい評価をもらっている人はどこがいいのか。 もちろん「客観評価」は追求したらキリがない幻想だったりするわけで。実際には会社の評価にはいろいろな雑念が入る。人間がやっている以上。 でも。 他人がどうであれ、自分で自分をみる冷静な視点の追求なら努力が可能だ。つい謙虚さを忘れそうになる自分ののびしろを探す作業。気の遠くなる作業だが、報われることもたしかだ。 評価だけなら・・・報酬はまたべつ。 もはやはるか昔となった入社のころの記憶。4月を前に、あのころのゴーマンだった自分にそんな言葉をかけたくなる←ま、聞く耳はもたないのだろうが。(♂)
2007年03月22日
はやめに起きて部屋の掃除。 散らかりがカゼの原因と聞いたことがあるが、衛生面(埃)でも精神面でも影響があるのは間違いない。と、カゼをひいたあとで反省してもしょうがない。もうすこしこまめに掃除をせねば。ちょっと数分かたづける、という積み重ねが必要だ(自戒)。 朝食を終え、布団を干す。快晴。 ムスメを連れて公園へ。アンヨを覚えてゴキゲンなのはいいのだが、住宅街を歩くと必ず端に寄っていくのでとっ捕まえる。おそらく排水のための道路設計がそのまま歩く行為に影響がでてしまうのだろう。まだアシモくんのほうがスキルは上だ。ボール遊びを適当にやり、手押し車に乗せる。 昼食に味噌汁をつくる。具はキャベツと大根とネギ。昼ごはんを終えてムスメを昼寝させ、ひさびさに「スラムダンク」を読む。懐古趣味か。かみさんは針仕事。冷静に読むと初期のヤンキーノリがつらい。 夕方起きてきたのでいっしょにNHK教育を観る。噂には聞いていたが予想以上の充実。市川染五郎が踊り、コンドルズの近藤が振り付けをし、金子みすずや中原中也や寿限無がとびかい、田辺陽子が柔道を教え、(今日はなかったがおおたか静流が歌う回もある)下手なバラエティよりよっぽど面白い。地上波に飽きたヒトは教育をみるべきだ(断言)。 かつてはエロ系に新進気鋭のクリエーターが集まったそうだが、いまやクリエイターは教育に人材が集まる。と言い切っていいのかもしれない。なんだろうそれは。時代の枯渇している部分か?(♂)
2007年03月21日
石垣りんの詩集を読みながら帰宅。 プロの詩人にいうのもなんだが、無駄がない。ただ削られているだけでなく、なんというか、ずばっとくる。無理がない。生活感がありながら、カビがはえてない。そこが好きだ。 なぜだか一般に言われる「生活感のある文章、あるいは表現」というのはかび臭さと売っているようなところがある。 文章に無理がない、というのは実は矛盾(奇跡?)だ。文章そのものが、なにかひっかかりがあって衝動をもって綴られるものだとすれば大いなるムダであり、どこか胸にひっかかりがあったからこそ存在する。 若者には力みがあり、年寄りにはあえて枯れようとする無理がある。おもねることもなく、年なりに、立場なりにつくられるコトバ。適正な重さ。適正な時間軸。 書きたいことがあるから書くわけだけれど、私もそのもやもやから言葉への切り替えの能力が少しでも「適正」になればと思う。 そう、衝動から伝達への最短距離をいきたい。(♂)
2007年03月20日
電車の広告をみていたら、賃貸マンションの名前が目に入る。 トミン○○○(○○○にはマンションにありがちなへんな外国語が入る) トミンって、日本語じゃねえか。以前デーモン小暮閣下が自分の出身地を聞かれてこう答えていたことを思い出す。 地獄のビターバレー 渋谷かよ。ついでにいえば昔バイトの面接に行こうと思った会社名は パインヒル であったが、面接担当松岡と書いてあるのに膝の力が抜けてやめたことがある(実話)。 プチ国粋主義者な私には、たとえば家の表札をなんでわざわざアルファベットにするのかなあというのは疑問だったりするわけで。ガイジン来るわけじゃないのにさー。それとも来るのか他所ん家はガイジン? そういうわけで、しばらく自分のまわりの地名を英語に替えて遊んでみる。が、なんでも英語に訳して笑っていた小学生時代とやっていることが変わらないことにきづきやめる。世間の人はそれをやっているのだけどね。 英語がカッコイイと思っているうちは日本に真の国際化はないよ。といったら言い過ぎかしらん。 ちなみに私の先輩は住所を聞かれてこう答えていた。 La Maison de Wakaba わかば荘なのに。 ・・・・これって国際化(違)?(♂)
2007年03月19日
土日連続で寝まくり。カゼのため。 よく病床で書き綴ったという話があるが、よくできるものだ。たかだかカゼの症状ではあるがとまらない咳と偏頭痛でうずくまりながら、この状態で文章を考えるのは至難の業だと思う。かつての文士たちは超人だったのではないか? もっとも、書くという行為そのものがかれらにとっては業病のようなものだったのかもしれないが。 なぜかこんなときはマンガをだらだら読み返す。食べ物がでてくるものはダメだ。食欲がないときにフィットしない。「ガラスの仮面」とか「空手バカ一代」とかツッコミどころ満載の、しかしツッコミを許さずすっとばしていく作品をだらだら読みながら寝る。何度も死にかけながら蘇る月影先生は実は強靭な肉体の持ち主ではないのか?とかバカなことを考える。 こういう古典的名作をつくるにあたり、作家がおこした事件や行動を想う。ふつうの生活でできないというところに業の深さを感じる。モノをつくるがゆえの犠牲とみるのか、あるいは「普通」になるための治療としての創作なのか?とか。読者としては面白ければ魂を売りまくってくれと思うわけで。 以前BSマンガ夜話で土田世紀「編集王」のイントロとラストの筆の違いを夏目房ノ介が解説していた。最初おもいっきり描き込んでいたのが最後解脱するように抜けたペンになっていた。モチベーションの差がでているようでおもしろかった。 だとしたらちっとも失速しない長期連載とはなんなのか?と考えると、よっぽどのトラウマなのか、それともものすごい計算なのか、とかそれとも両方かとか考えていると、いつのまにか夢の中である。そして休日が終わる。カゼも終わればいいのだが。(♂)
2007年03月18日
平均年齢80歳のコーラスグループを追ったドキュメンタリー。JBとかクラッシュとか激しい曲を演奏する集団の日々を笑い、泣き半分で観る。 老人という存在はロックだ。彼らの演奏を聴くとわかる。ジジイがさけぶ「Shoud I stay or Go ?」とか「I Feel Good」とか。ブラックジョークなテイストが溢れていていい。 なにげない歌詞が年寄りが口にすることで違う意味になるのはおもしろかった。 メンバーの死。死の悲しみを乗り越えて演奏会にまでたどりつく練習の日々。 「いつか私が死んでも、いっしょにいるからライブはやってほしい」と語る女性メンバーの姿に感動。 以前、桃井かおりが映画監督をやるにあたり「ふつうの演出をやっていたら子供や動物の演技には勝てないから違うことをやる」といっていた。この映像をみるかぎり、そこらへんのバンドはふつうのことをやっていたら彼らには勝てない。 だって、彼らはリアルに明日がないかもしれないのだから。(♂)
2007年03月17日
芹沢鴨という存在と乱暴の数々の謎に大胆な仮説で迫ったサスペンス。ただの狼藉ではないという設定が面白い。 それぞれの立場で、それぞれの思惑が思い通りにいかない悲劇。男と女。武士と百姓。江戸と京都。 金銭面をかなり前面に押し出しているのは好き嫌いのわかれるところだろう。だがお梅のキャラクターを魅力的にみせているのは金銭あってこそである。 結局はつまらない「男の都合」「男の面子」で血が流されていく、という視点は幕末モノにあって新しい。そこにあるのはロマンでもなく、ただただ悲劇である。 物足りない部分があるとすれば、理に走りすぎている部分、整合性がありすぎるところか。浅田作品らしく情念がうずまくわりにはそれほど泣きは入らない。 ドラマ版では上○彩が糸里をやるらしい。ふっきれかたから考えればそのキャスティングはちょっと違うと思う。(♂)
2007年03月16日
保険屋さんからもらったテレビブロスを眺めていたら、件の有名作曲家の耳毛をつぎのように表現していた。 ふぁさー いや、そんなことばはないのだが、擬態語としてこれほど妄想をかきたてる言葉はあるだろうか。 実は、最近テレビをほとんどみていないので、それがどれだけすごいことなのかはまったくわからないのだが、この日常に存在しない言葉で凄みは十分わかった。 それはあたかも、かのミスターがOKとナイスを連発しながら感覚的なバッティング理論を展開する際、通訳にはわからないのにガイジン選手にはわかるのに似ている。 あれは老化現象らしいのだが、床屋で剃らないのだろうか?それとも床屋ではさみを入れて手入れしているのか? 便利だね擬態語。 うちで日常つかわれているコトバで、たぶん辞書にはない言葉には次のようなものがある。 ブモい それはたとえば、ドライカレーにカレーをかけたりする低カロリー時代へのアンチテーゼのようなメニューを連発するわが社員食堂を表現する際につかわれる。いまさらいうこともないのだが牛の鳴き声を転じさせたものである。 あ、いかんいかん、やたらつかっているとムスメが外でつかって恥をかくかもしれない。 ま、それもおもしろいのだが。(♂)
2007年03月15日
カゼで会社を休む。 前日ぼーっとする時間が多くなったのでこれはヤバいと思い休みを鉛筆書きで書いてだして帰宅。やはり朝調子がよくないので医者へ。 いつもいく病院は休診日なので近所のべつの病院へ。その医者はミエハルみたいなヒトで、外見はどうでもいいのだがバイオばっかり覗き込んでいて(たぶんあれは電子カルテなんだろう)おいおい患者をみろよ!とついダメをだしたくなるようなヒトであった。 私の兄の名セリフ:医者の仕事のほとんどはね、大丈夫っていってあげることなんだよ バイオみてたら不信感もつぜセンセイ? クスリをもらって速攻帰宅。ベッドにもぐりこむとあっという間に夢の中へ。 昼ごはんを食べてまた寝る。携帯の着信があるかと思いきやほとんどなく、同僚たちのフォローに感謝。 クスリの効果もあるのだが、自分のどこにこんなに睡眠できる力があったか、というところに驚き。(♂)
2007年03月14日
首都高速に乗る直前、隣に車がとまった。 真っ赤なBMW.中にはハクい(死語)女性。襟元。手首からのぞくブレスレット。かっちょいい服にかっちょいいメイク。ダッシュボードに無造作に置かれた携帯電話。 絵に描いたような、とは陳腐な表現だが。そういうしかないヒトだ。何の商売だかわからないがとにかくハデなひと。目をひくひと。 ハクいとかマブいとか古語辞典からあらゆる適当なコトバをひっぱりだしつつ前方にふたたび目をやる。アクセルを踏む。ぶっちぎるニッサン←それはわたしの会社のクルマだ。 という運転はともかく。ふと素朴な疑問が頭をよぎる。 こういうヒトって、どうやって現在に至るのだろう? やっぱりこの手のヒトにも普通の高校生時代があって、雑誌なりテレビなりである種のモデルをみて「ぜったいああなっちゃるけん!」みたいなことで型を演じ、今にいたるのだろうか。 たまたま気づかないだけかもしれないが、ガクセー時代から社会人生活の今にいたるまで周囲にそういうヒトがいない。いまさら同じ世界の住人になりたいとかなりたくないとかいうより棲息圏と生態を知りたいのだ。 どこにいるんだああいうヒト。あと何食ってんすか?(♂)
2007年03月13日
ひさしぶりに「ガラスの仮面」を読み返す。冷静に読むと速水さんってロ○コン? ・・・とかいったら世間のファンを敵にまわすのかしらん。 昔、知人の役者がロ○コンであることを誇りに思っている、とのたまった。いまはどうしているやら。たまに芝居のチラシでみかけるが。 べつのある演劇関係者は「いい演出家はロ○コンだ」といった。言った当人は忘れているだろうが。どうしてみんな威張るんだロ○コンであることを。 これまた違う分野?であるが会社の同僚からDTであることを誇りにしている、という発言をきいたことがある。さっさと捨てろそんなもん。 なんでもいばればいいのか。 いいのだ。 その姿勢やよし! これまた昔の話だが。 結婚がきまった友人の家にお祝いを届けに行ったら、友人が不在でお母さんがでてきた。表札に息子(=つまり友人)の名前があったので、「あーまだ載せてるんですね」といったらかえってきた答えがよかった。 「うん。しばらくは載せておくの」(にっこり) 20過ぎたら母は害毒である、といったのは遠藤周作だったとは思うが、すくなくともこういう笑顔をみるかぎりでは害毒でもええやん、という気がしたものだ。 そんなかれらに比べたら会社のロッカーに雑誌のおまけの井○和香のシールを貼っている私なんぞ可愛いものだろう。 業を抱えるなら、どうどうと抱えよ。美しきもの、汝の名は確信犯。(♂)
2007年03月12日
保育園の準備のために赤ちゃん用品の店へ。 キャンペーンだったらしく風船をもらう。並んでわざわざもらってもムスメがつまんなそうなところがガッカリではあるが。しかたなくこの気合のたりない風船をもって歩く30男よ。ヘリウムの気合が足りない。離すとどっかいってしまってあちこちで子供が阿鼻叫喚、ぐらいツメてくれないかしらん。とはいっても何個か天井で発見。やはり離してしまうのは世の常か。 かみさんが買うものを探している間ムスメを連れてうろうろ。まだずっと先ではあるがランドセル売り場でぶらぶらする。ふつうのもの意外にビジネスバッグみたいな素材のものもあったのは驚き。ただあれで6年もつのか?と思ったりして。 買い物を終えてモノを積み、家へむかうとムスメが寝る。寝たのをいいことにふとアイスを食おうという話になり、31へ。 ひとりずつ買いにいく。私はチョコミント。車にもどり、静かになめればそれは80年代の味。正直頭の悪そうなアメリカの味なんだけど。 家に戻り風船をサンドバッグがわりにムスメにしばらく叩かせたあと疲れて昼寝。寝ていると襲撃してくるムスメと戦いつつ日が暮れる。(♂)
2007年03月11日
午前中ムスメを連れて3人で近くの公園へ。 ムスメは歩くのを覚えたのですっかりゴキゲンである。両手を左右にひろげバランスをとりながらガニマタでホテホテと危なっかしくすすむさまは後ろからみるとヘンケルの社章のようだ。ビデオとおもちゃをもって公園まで抱っこ。 軽くすべり台からすべらすとニコニコ。親の立場になってみるとふつうのすべり台が実は結構怖い角度なのだなあと思ったり。もうすこし大きくなれば違うのだろう。他の子供のジャマになるのに気をつけながらゆるゆるとつきあう。 その後床屋へ。 引越やの話をえんえんとする隣の客の話に耳をかたむけながらうたたね。引越の話に季節を感じる。ねみー。床屋の昼ってなんで眠りを誘うんだ。 家に帰り昼食。眠そうだったムスメが寝たくないと騒いでいるのでベビーカーに積んで数百メートル歩くと、前のめりだったムスメが夢の中へ。家に戻り布団にほおりこむ。 夕方からスーパーへ。車線の選択を2度ほど間違える。カラダの疲れが自覚のないところででている。気をつけなくては。 ふたたび帰宅。ムスメの相手をしながら千葉と清水の試合をみる。サイドに選手がガンガン抜けていく展開にこりゃあ千葉の試合だなあ、圧勝だろう、と思っていたら清水が3点がぽこぽこ入れる典型的なJリーグの試合。幼い。でもフェルナンジーニョすげえ。 夕食は鮭のフライ。鮭のフライにレモンってだれが考えたんだ。美味すぎるぜ。(♂)
2007年03月10日
すでに手配の終わった仕事でヒト悶着。先方が高いといいだしているという。 もう何年も続けて受けている仕事だ。珍しくトラブルもなくスムーズにいって安心安心バンザイバンザイだったのに。先方の担当が替わったばっかりでいろいろとケチをつけたいらしい。「オレ流」にしたいのだろう。 担当営業、すっかり弱気でさっさと値引きしてケリをつけたいという。払うのはこちらもケリがつくし事務的にはラクだが、ここで簡単に払ったらボッタクリを認めることになる。ボッタクリではないのに。筋はとおしてるんだから。今後おどせば値引きするひと(会社)と思われるよ。といってみる。 偉そうに。 感謝しない国にまで意味のないカネ黙って文句もいわずにばらまいているどっかの国の外交といっしょですよ。とはあえていわないが←白洲次郎の本を読んですっかり影響されている私。 発注先に相談すると「なんなら先方にいって説明してもいいですよ」とまでいう。ケンカごしではなく穏やかな口調だったがあとあと考えたら間に入っている担当営業なり私の火消しのまずさに怒り心頭だったかもしれない。すみませんふがいなくて。社内の話というか、対外的な交渉術の話だよなこれ。 しかし。 「業者同行しての事情説明」の提案をさらに先方にするとなんであわなきゃいけねえんだ!みたいな話になったらしい。こうなるともはやボタンの掛け違いで肩をおもみしましょうかといってもなんでもまれなきゃいけねえんだ!みたいな話になるのだろう。 そういう面倒なヒトなのだ。友達いないのか(小声)。 というわけで、涙目の担当営業が課の上司に相談。上司と担当営業と発注担当の私で三者会談→問題の整理。 上司の整理の仕方がよかった。キャリアがなせる業だ。 最初にやったのは発注先の仕事の視覚イメージ化。「こういう内容で、この量でこの時間→金額は妥当」という結論に。 この話でカネがどうこうという表面的な解決の話よりは3人のイメージの共有化がはかられた。話の前提ができる。 不服そうな担当営業。でも・・・といいかけると「おまえが納得いかない部分があるなら、この際発注業者さんよんでとことん話そうよ」という。というわけで発注先を呼び出し、4者会談。大説明大会。 ここでさらに事態の明確化がすすむ。 さらに上司氏、先方分析。 「高いといっているのにもいろいろ意図があるんじゃないの?」 たとえば、もうすこしさげろとか。いくらならいいとか。と例をいろいろとあげる。 先方の怒りの内容を整理。 オレがついてってやるからさ、話そうよ。難しい話じゃないよ。もしかしたら金額の話になるかもしれないけど。 部下の不安をとりのぞくひとこと。 あいまいな部分をひとつひとつほぐす手順に感動。そう、なにかあったらまずは単純化して対策を練るべきなのだ。 他のダメ上司との違いは、やっていることへの信念の有無であろう。お客さんから強くいわれてあわててしまうひとが多いのは、おそらく「正しい」仕事への美学と言うか信念がないのだと思う。社員教育のまずさでもあるが。 もちろん意固地になってひとの話を聞かないのは論外だが。 「正しい」と思って、「正しい」手順をふんでいる自信があればだれになにいわれようと揺るがない。間違っていたら謝ればいい。客の怒り=自分たちの悪ではない。これは日本の教育(他国は知らないが)の間違えている部分だが、争いが悪いということになっている。争わなくてはいけないことだっていっぱいあるはずだ。 争いにだって種類がある。相手が悪い場合だってある。八百長として負けなくてはいけない試合だってある。 もちろん自分が営業ではないからいえる台詞ではあるのだが。(♂)
2007年03月09日
同僚とバイト歴の話になる。 彼は卵焼きやでバイトしていたらしい。 甘いんですよね卵焼きやさんのタマゴって。「砂糖をね、たくさんいれるんですよ。これでもかーってぐらいに」テレビで紹介される「卵焼きや」って甘いっていいますよねー。「甘いのはべつにいいんですけど。私がやっていたのは盛り付けで」飲食系は裏を知ると食えなくなるなんていいますよね。「そうなんですよ。落としても、ばっとつかんで消毒液にじゃぼんってつけて。もとに戻すんです」ぎょえー。「なにしろ社長が率先してやってましたからね。私も(ニヤリ)」戻してましたか。「ええ。食べられなくなりましたね。ははは」 C'est la vie... そういえば、私の後輩が居酒屋でバイトしていたのだが、 「踏んづけちゃったけど客に出しちゃいました」 という地球にやさしい台詞をかましていた。 踏むなよ。じゃなかった、だすなよ。 私の母は、幼い私の手をひき祭りの仕込み時間の町を歩き、なにをいいだすかと思いきや、 「ほーらごらん。お好み焼きはあんな埃まみれのところでキャベツを刻むんだよ」と教え、 汚いバケツでやはり材料を洗っているのをみせて 「あんなところで洗ってるよ。それでも食べたい?」 と植えつけるなかなかステキな情操教育をしたものだ。 洗脳か?(タカアンドトシ風に) それでも屋台でなんとも思わずパクパク食べてしまう私ってなんでしょうかね。Toughガイと呼ぶべきか。(♂)
2007年03月08日
高島平で凄いヤツラをみた。 原付バイクである。 2人乗りだ。というのはよくある話だが。 足元が違っていた。 ちょろちょろと見え隠れするなにか。 そう、犬である。 足元に耳垂れ系の犬をのせて、2人乗り。正確には2人と1匹乗りだ。 しかもそこは首都高速への入り口付近で、よく白バイが張っている。一般道なのにのほほんと運転しているとスピードがつい80キロぐらい軽くいってしまうコーナーである。警察に対する挑戦という意味でも、人間の限界と言う意味でもその状況でそのスタイル。いかがなものか。 私は迷った。 勇敢な犬をほめるべきか。そこにいつづけるテクをほめるべきか。しっかり固定しているライダーをほめるべきか。 いずれでもない。 正解は、アブねえよおまえら!と罵ることだと思うのだが。いかがだろう。 グリーン○ースは教条主義的に調査捕鯨にテロをしかけるぐらいならこういうヤツラに天誅をくわえたまへよ。(♂)
2007年03月07日
眠くなる昼間。俊敏な電話の応対は眠気覚ましにもってこいだ。 金融系では3コールでとれと叩き込むらしい。そういう社会人教育の初歩の初歩も甘甘な私の会社では平気で慣らしっぱなしにする輩がいる。ヒマしているならとれ!と言いたくなる(実際いっている)。そういう基本がなってないからいまの業界の地位にいるのだ。 という経営批判は置いておいて。 とりあえずは眠気をさますために。 すごくいい声で、すごく腹式呼吸で、すごく爽やかに応対してみる←相手は男性なのでもったいないのだが。 あーだれかほめてくんないかな。こっちは請求書と見積もりで忙しいのだが。 今日かかってきた会社は名前がかっこよかった。 「国際~社の~ですが」少々お待ち下さい。 といいながら、これまたすごくいい声でとりつぐ。社名の発音が気持ちいい。 国際。国際プロレス。国際●科大学。ととっさに浮かぶのはロクな例がないにしろ。会社名につくのはカッコイイのはよくわかった。腹式呼吸がやりやすいのだ。KOKOSAI. 発語の快感。それはだれにでもある。 母は、リムスキー・コルサコフという名前を覚えたときうれしかったらしい。 父は、ムソルグスキーが気持ちよかったそうだ。代表作の名前は気に入らないらしいが。 東欧系がやはり日本人のツボか。 私は、人名ならミッシェルンデゲオチェロだ。ルート・ファン・ニステルローイもいい線いっている。 先日摘発された引き揚げ船詐欺の会社の名前がリッチランドだと聞いたときは驚いた。 そんな「金満商事」とかコントにでてきそうな会社名をなぜみんな信じる? ・・・と批判する資格が「国際」にドキドキしている私にあるのか。 私が昔バイトしていた会社は「現代」とついた。これまたカッコいい。と思っていたのだが。友人がひとこと。 なんか、アダルトビデオの会社みたいだねー。 あんまりだ。ありそうだけど。 そういうわけで、なにはともあれ国際である。とりあえず断言しておく。なんの根拠もないけど。(♂)
2007年03月06日
今日の、残業時のこと。 ボスの席に某役員がやってきた。ボスは別の話が長引いていた。役員、しばらく黙って待っていたが、終わらないとみるや周辺をうろうろしだす。 腹減ったなあー。ひとりごちる役員。 2.3人残っていたがだれも残業にむきあっていて、そうですねと返す余裕もなく。 居場所のない役員氏、しばらくすると給湯室周辺をあさりはじめた。なにやら見つけた様子で、そのまま空いた席にむかう。 ちょっと借りるよ。 なんだろうと思っているとむしゃむしゃ食い始めた。どうやら役員やお客さんにだすお菓子らしい。いいのかそれは。 静かなフロアに響く、お菓子の音。むしゃむしゃむしゃ。 こちらは端末をたたく。かたかたかた。 むしゃむしゃむしゃ。かたかたかた。絶妙なハーモニー(ウソ)。 ボスとの会話がすんだらしく、役員退場。 流れる妙な空気。 いままで黙っていた先輩Kと私。 「ふつうさー」ふつうねえー。 「みんなに配るとかー」うんうん。 「するよなー」ですよねー。 空腹時。それは人の器を測る試練の場←おおげさ。(♂)
2007年03月05日
残り物には福がある とはよくいったもので。パーティつづきの家で、残り物の整理ではじまる朝食はうまい。いやほんとに。 皮肉ばっかりいう私だが、食べ物に関してのコメントは素直である。 たとえば今朝なら朝から寿司。はまぐりのお吸い物。酒池肉林。満漢全席。 というメニューもさることながら、楽しかった気配みたいなものがソースとしてかかっていて、ときにいなたかったりもするのだが疲労感とマッチして美味いのである。 と分析するのも野暮だ。 ハマグリの吸い物をあたためながらレミオロメンの「粉雪」にあわせてうたってみる。 はまーぐり~yeah♪ まんまだ。そういうわけで、労働意欲がわかないまま朝をだらだらとすごす。近くのスーパーで赤ちゃんの手形が無料でとれるというのででかけることにする。 ところで、赤ん坊って何歳までいうんだ。検索。ぽちっとな。 生まれて間のない子供。また、胎児や乳児期の子供をもいう。あかご。あかちゃん。 だそうだ。なるほど。 無事押してもらい、文房具をあさっているとお隣さんに遭遇。せまい街だ。やたら愛想よくしゃべろうとする自分にげんなりする。いやべつにウソついているわけではなくて、ふつうに喋ればいいじゃんかよ、というダメだしをしたくなる世間づきあいの下手さはどうなの30男よ。 かえってきて散歩をおぼえて歩きまわりたがるムスメに両親でつきあって小道を歩かせる。ついでにカメラをもってきて撮りまくる。後ろ姿はだれが撮ってもドラマチックにみえるものだなあ。と思いながらバシャバシャ。ファインダーごしにはとてもいい空間だ。小道というのは情報量がつまっていて、都会にしろ田舎にしろどこか劇的なものなのかもしれない。 軽くご飯を食べてポカポカした陽気に負けて昼寝。4時間眠る。牛になる。 本日の産経新聞の注目は「ひきこもりの子育てママ」が増えているという内容。 ガスをいれにいく。レビュラー118円。ここ最近ではもっともリーズナブル。 実家に電話。鯛のお頭の扱いを情報入手。 さっそく鯛をかみさんが調理。骨をしゃぶっているとすぎていく日曜の夜。行きたくないなー会社。(♂)
2007年03月04日
あまりの寒さに全員10時起床。土曜日だからいいんだけれど、家事がたまりまくっているのであわてて起きる。 親が寝ているとムスメもそれにつきあう不思議。 そういえば小学生の甥はイベントがあるとはりきって朝6時とか無茶な時間に騒いで兄家族全員をおこすらしい。ゴルフ好きのおっさんが早朝出発にテンションをあげるようなものか。そのうち起こされる日がくるのだろう。 わらわらと鍋に火をつけ、朝食の準備。ご飯と汁物と目玉焼き。 かみさんは買い物に外出し、私は水周りの掃除とムスメの相手。 夕方浦和レッズ開幕戦をみる。久保のシュートに思わず声を出す。引き分けを覚悟してテレビを切ったとたんに決勝点がはいるのってなに?マーフィーの法則か。 早い時間にムスメを風呂にいれる。 夕方から義父母と義妹夫婦をよんでひなまつり。並べた雛を前に、義母がつくった花寿司と、刺身と焼き鳥。ビールとワイン。ムスメはなぜか疲れて目をあけたまま寝ている。だんだん調子に乗ってきて営業しつつ夜もふけて。ひさびさに酔ってテーブルで舟をこぐ。 春だな。(♂)
2007年03月03日
親方日の丸系航空会社が会社よりの組合に社員の個人データを渡していた、というニュースに笑う。 嘲笑う。と書いてわらうと読むべきか。 目的は敵対行動の監視だそうだ。書かれている内容がすごい。「デブ」「右翼」「~会信者」「男好きそう」ってもう、データというよりはただの悪口だ。 だれかがどんなことでもいい、といわれてマメにメモしていたのだろう。頭がさがる。 ・・・アホらしくて。 たしかに個人認識は多くはとらえかたとしては特徴を強くみるため場合によっては悪口になりかねない、とは思う。自分も名刺いれに入れる際少しでも覚えるために裏にはメモを書くことがある。「芸人の~に似ている」とか。本人にはとてもいえない。いう必要もないだろうし。 やはり航空会社だから外見をいろいろと書いていたりするのだろうか。 「エビちゃん系」「自称藤原」・・・書いていて不愉快になるのはこういう仕事をカネをもらって大真面目にやっている人が世の中にいるということだ。合コンの幹事じゃあるまいし。ましてや会社が会社だから結構いいカネに違いない。 カネの話ばっかりしているが。 でも。 自分がなんとかかれるかは興味がある。 「デブ」「おたく」「右翼」「理屈好き」とか。そんなとこか。 ただ、こういうのも使い方だ。時代からいえば微妙な状況ではあるけれど。かみさんから聞いた話。先日保育園に問い合わせの電話をしたら対応の電話でこういわれたそうだ。 「昔に身内の方が同じ系列の~園に入っていた方ですね?お待ちしております」 なんかしっかりつかんでくれているなあ、と安心感が増すではないか。 部署が違うだけで同じことだろう?とツッコミをいれられそうだが。 そうだ。同じ個人情報だとすれば。 「デブ」「おたく」「右翼」「理屈好き」の方のお席はあちらでございます、 とか搭乗時にいわれたら安心感が増すかもしれない←なわけねーだろ。(♂)
2007年03月02日
役者Kと飲む。ふだんWEBで演劇批評を書き散らしているのを面白がってくれて飲むことになったのだが。 縄のれんをくぐればブログ上での言いたい放題のディレクターズカット版。ふだん思っていることを1.5倍にして酒をガソリンにしていう。OFF会?ただの絡み酒か(でなかったことを祈る)。 週末の体力的にぐだぐだに飲みそうだったのであらかじめ批評についてのレジュメを切る私。ってたぶんヘンなヤツだろう。企画について、あるいは組織についてこちらの思うこととK氏の思うことを言い、聞く。 結局3時間近く飲む。ウコンの力のお世話になりつつ帰宅。 帰宅の途で考える。 長く知人友人芝居を観にいって思うこと。 表現者から客に要求するのは筋違いだろうが、私のように客から客に要求するのは(そんなやつはいないだろうが)いいだろう。と勝手に決めてぼやきというか質問と言うか。 なんでみんなアンケート書かないのかねえ?いちばんなにもかも見えているのは客なのに。 自分などは多少齧ったから「見える」のはたぶんステージを降りている強みだと思っている。たとえばそれは部活をやめた生徒が遊びでサッカーをやるとスルーパスをがんがんとおせるようなものだ。ゆとりというか遊びゆえというか。高見の将棋見物をしている分にはだれもが羽生になれる。 チケットだって安くないし、ましてや劇場への移動時間を含めると時給にしたら結構払ってるんだから文句をいうなり要求する権利があるだろう。 ・・・なんでもカネ計算するのってダメですかね?最近みもふたもないことを言いすぎているかもしれない。そのわりには人生におけるカネ計算がヘタではあるのだが。 でも提案。 みなさん、つまんないときはつまんないと理由を添えて書きましょう。かれらは芸術という神に仕える身なので多少のツッコミは修行の一環です。ビッシビシ言われてやめるようならそれまでの才能なのです。ひよっこたちをアウェーのピッチにさらして鍛えてあげましょう。 私は心を鬼にしてツッコミをいれているのです(←ウソ。どうみても加虐趣味だろう)。 もちろん、要求値の適正値はある。たとえば学生芝居に本気のダメをだすのは幼稚園児にカール・ルイスのスピードで走れというものだ。 それともみんな期待も要求もしていないの?客席からガンとばそうよ。ちゃんと「走る」ように。(♂)
2007年03月01日
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