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某倒産英会話塾の社長室の話に笑う。 広さ約100坪。一面に靴が沈み込むようなワインレッドのカーペットが続く。商談に使用していた部屋には、ドンペリなど高級酒が並ぶバーカウンターや市内を一望する木組みのテラス。バーカウンターの奥には“隠し部屋”とみられる8畳の和室、さらにその奥には、居住スペースもあり、ダブルベッドや大型テレビ、サウナなども完備していた。社長室は6000万~7000万円で作られ、会社が月額270万円の家賃を負担。東京にも同じような社長室があるという。側近中の側近しか入室を許されず すげえ。こういう工事を発注するときに恥ずかしくないんだろうか。 「代打オレ」とコールするしょうもなさに似ている。「なんでサウナ要るんですか?」といわれたりしたらなんと答えていたんだろう。その周囲へのプレゼンを聞いてみたい。それとも不機嫌なフリをして「やれといったらやればいいんだ!」とか押し通したんだろうか。 そういう恥も外聞もない、人の目を気にしない才能があるからこそ社長になれたのかしらん。 この際コンプライアンスというのは無視する。よく考えるのだが、経営者が私欲に走ったほうが経営へのモチベーションがあがるのではないかしらん。 オレもガマンするからおまえらも給料はこれで勘弁してくれ、と低空飛行する会社(ウチだ)と、社長室をコアファイターに改造したいからお前らもっと営業して来い!という会社。後者の方がポテンシャルがあると思わないか? ・・・・思わないか。ま、裁判になったときサウナで失笑されるぐらいならコアファイターで大笑いされたいよオレなら。夢があるぢやないか。 夢は寝てみるもんだけどね。(♂)
2007年10月31日
口にするといかにも自分が歳をとった気になる日本語ってある。 たとえば。 タイタニック公開から10年だって。 たとえば「スターウォーズ」ならもはや古典として存在しているわけで。冷静になれるのだが。 10年という半端だが長い年月と、ネコもシャクシも映画館に通った時代の風俗というか、そのヘンの空気、世俗感が私の精神の白髪を増やすのだ。まだ新しいと感じている未練がましさ。時間感覚の狂いが自分の年齢を教えてくれる。 同様に、歳をとらせる日本語をもう1つ。 アカサカ逮捕・・・か。 どうでもいいのだが、なんかオレ遠くまできちゃったな、というかんじだ。ファンでもなんでもないし。もはや能天気に明星の表紙にはでられないのね彼は。いや、まあ当時の明星はないんだろうが。だいいちそんな表紙もうやってる雑誌ないだろう。 言ったあとにコートの襟をたてたくなる風が吹くような寂寥感。一種の自由俳句かもしれない。(♂)
2007年10月30日
同僚が派手なシャツを着てきた。 これ以上ないというどぎついピンク。とはいってもアレンジで着こなし、自分のモノにしているのが偉い。いつも紫などの難度の高い色を選択してもそれほどwater businessっぽくなったり下品にならないセンスにも感心している。 と、別の同僚がきてひとこと。 なんですかそのエロピンクは。 エロピンク?・・・エロって。 あんまりだ。おしゃれだいなし。 でもうまい。つかってみよう。 エロレッド。エロブルー。エロイエロー。エログリーン。 ・・・戦隊モノですか。(♂)
2007年10月29日
午前中かみさんがおにぎりを握って動物園へ。電話があった義母も誘ってドライブ。 休日モードでゆるく出たのであっという間に10時。時間の遅さと天気のよさが道を混ませる。朝のラジオであちこちで事故といっていたので注意しつつ走る。無事到着するも、駐車場がない。まずいっ。とテキトーに走ると1000円のを発見。駐車して、ベビーカーを降ろして出発。 唯一の横断歩道がベビーカーの洪水だったのが微笑ましかった。「車体」の先頭からそれぞれ顔がみえて、なんとなくF1のスタート風景を連想させる。スピードがおたがいあんまり変わらないかんじもまた。 入場してから早くも困難が。 入り口に親子ライオンの像があるのだが、親にまたがらせるのは無事出来たのだが仔ライオンの後ろに立たせたら妙に怯えたのだ。どうもリアルでイヤらしい。彫刻を作ったひとはさぞかし冥利に尽きるだろう。 坂道をえんやこらベビーカーを押して歩く。急な角度がオトナを消耗させるのだが、子供がいるとなおさらだ。やたら後ろに戻りたがるムスメをディフェンスしつつすすむ。 ようやくキリンを観る。間近にみられるコーナーがあったのでそこにいくとじっとみているのがおかしい。動物園の写真は見守っている後ろ姿ばっかりになってしまうのだが、動物はオトナがみても楽しい。 象をみたところで昼食。陽射しもつよくなったので撤収。帰り道、ムスメがたべっこどうぶつに夢中な間に大人3人でピザを買ってまわし食い。 人間には大きな動物をみたい欲望があるとみた。とりあえず本年度の欲望は充足。去年も今頃見に行っている。キリンと象だけみてかえる贅沢。 義母にオランウータンのぬいぐるみを買っていただく。感謝。われわれはユキヒョウのおそろいTシャツを購入。来年の夏はおそろいで着て肩車だ。 家に戻って昼寝。オトナだけ寝ていたらムスメに部屋中悪の限りをつくされてしまった。 来週の結婚式に備えて床屋へ。とくに何の話をするわけではないのだがやはり1000円カットとは違う。世間のアカを落とす場所のような気がする。 餃子と牛乳を買って帰宅。メニューを決めかねたのでふたたび3人で買い物へ。そんな日曜日。(♂)
2007年10月28日
保育園にムスメを迎えにいく。 先生に名前を呼ばれるとムスメは手に南瓜と子供の絵が入った塗り絵をもって走ってきた。 塗ったとはいってもつかったのはペンだし、年齢によるテクもあるので、塗るというレベルでなく細い線がちまちまと叩くように入っているレベルである。 連れてきたセンセイが、「今日は塗り絵をしたんですよ。上手ですよね」 といっていただいた。「ああ、上手ですね」 と無難に答えながら頭の中によぎったものは褒められたうれしさよりも ああ、こういうふうにいつなんどきだれでも褒めなきゃいけないんだなこの職業。お疲れ様です という妙な同情と。 ああ、親になったら無条件で子供の作品をなんでもかんでも天才!と思うのかと思ったら意外と冷静じゃん。 という自分ツッコミと。 その冷静さは親としてどうなの?もっとモー目になろうよ自分 という妙なダメだしである。 そんな葛藤をしつつ「ああ上手ですね」と答えたっていうことはお釈迦様でも気がつくめえ。(♂)
2007年10月27日
朝だけ出勤。政治的配慮のために出社。 仕事ヒマすぎ。でも休みをとると無言の圧力があるのってなに?日本だから?自分は違うのだがわざわざ社長に会議を設定されている人も←おつかれさん。事務系で土曜に出社しても上下水道をつかうだけなんだけどなー。 サンドイッチをつまみながら後輩とドライブ。戸田から四谷まで納品。 道は空いていたが帰り道は事故おきまくりの首都高速を避けて下から行く。無事四谷へ。どう考えてもありえねーよ、という狭い道。仕込みはできるのか?こんなところにホールをつくるセンスがわからない。ライトつるしてスピーカーあればOKってかんじなんだろうか。 スタッフからよろしかったら皆様に、とチラシを渡される。おいおい誘うならこういうときは招待券だろう!と軽く脳内でダメだし。言わないけど←というより行かないのにずうずうしいだろ。 10時30分mission完了。 やった。帰ろう!やっほー(意味不明)と喜び勇んで電車に乗ったら社用車のカギがポケットにあることを発見。ボスに連絡。スペアキーで対応してもらうことにする。こういうときにカギをもったまま休みにはいるとやりのこした宿題があるようなプチストレスが。こういう小心さのある自分はたぶん出世できない。 カレースタンドに惹かれたが予算を考え、スーパーでインスタントカレーと唐揚げを買って家へ。せこっ。 家のポストにお歳暮のカタログをみつけて年末を実感。春は化粧品のCMから、夏は水着のグラビアから、秋は秋もののセールから、そして冬はそんなもん。なんかね。資本主義だな。そんなことを考える10月。(♂)
2007年10月27日
後輩とクルマに乗り、プロフィールなどを聞く。 クルマはラクだ。相手をみなくてもテキトーに喋れる。黙っていても「何かが進行している=目的地にむかっている」ことが間として成立する空間である。まあなんとかなごやかに車中はゆるんでいたわけだが。 不満だ。 昔、大学の英語講座で先生(ガイジン)が言っていたことを思い出す。 日本人は一般的にやたら会話となると質問をしたがる。刑事の取調べですか? そうではなくて、5W1Hの疑問文ではなくても相手の情報を聞くことはできるのです。 あなたは~ですか?といういいかたではなくて最近私は~なんですよといえば、聞いている側はあなたはそうでしたか。私はこうですよと答えることができるのです。そのほうがソフトでしょ? まったくそのとおりだ。自分もやっちゃうんだけど、その「疑問文でない疑問文」を拾いきれないもどかしさと、こちらもつい5W1Hで返してしまうんだよなあ。 こっちも拾うから、そっちもそれを拾え。打ち返せ! と悩んでいるとますます言葉がでるのが遅くなるわけで。 故中島らもが自分のことを牛か象なみに喋りが遅い、と書いていたが自分も「素」になればそれはそれに近い。それじゃいけないと思うからとんちんかんなことをいってしまうのだが。 閑話休題。 酒をすすめると私の義姉は「注ぎたいときが注がれたいとき」といって自分は受けずにこちらに注いでくれる。あまり強くない人がゆえの知恵ではあるけれど。 これって、会話でもいっしょなのではないか。 喋らせたいときが喋りたいとき たぶん、問題は喋りたいこととは?という根本的なことにある。私はあなたをよく知りたいですよ、そして私のことはあなたは知らないでしょうから教えますよ、と考えられるサービス精神のある人はいい会話ができる。 ・・・そしてなによりいいのは、そういう細かい分析をしないひとだ。たぶん。 だから後輩よ、聞かれたら同じことをかえせ。って、そんなに喋りたかったのか自分。(♂)
2007年10月26日
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会社で女性社員が履いているのをみて決意したことがある。 人としてこれだけは履かないでおこう。 ちなみにこれ↓ いや、でてきた当初はよかったのだ。機能性。わりきり。大胆なデザイン。 しかし大衆化したとたん、薄汚れた感じがしてしまったのだ。 DJHONDAのキャップ、またはイチローのキャップに似ているかもしれない。ではじめはいいのに、おっさんが被りはじめたとたんなんだかバッチくなった気がする。偏見だが。 初期につかいはじめたひとは勝ち組・・・とまではいわないが。まあそんな印象。 たかだかサンダルに通気性とかもとめてんじゃねえよ生意気に。とか、まあ履いているひとそのものよりはモノへの懐疑である。 よくみれば健康サンダルっぽい質感と、風呂掃除につかいそうなシルエットもまたこうむらむらと怒りをかきたてるのだ。 そういったものを履くときに必要な心構えはなにか。そう、恥じらいである。 人前でこんなもん履いてすみません、みたいな謙虚さ・異物感がほしいのだ。 ほら、色だってあえてそういう浮くようなカラーだけのはずである。 PCだらけの、埃ひとつないオフィスで首からIDタグさげているような会社で履くのはOKだが、うちみたいにどこか昭和フレイバーの、汗と浪花節の会社で履くのはダメだ。卑屈上等。 頼むからがんばって履くな。 だから(今日みかけたのだが)これで電車乗るヤツなんざ論外。●刑。以上判決。 ところで、そういう話に似ていなくもない話だが。 今日、帰途「麦酒購入されたし」という電子手紙を家人より受信したのでバスを途中で降りて、でかいマンションの正面にある酒屋の自販機に接近したら発見。 酒類じゃねえだろ。とか、300円って値頃感どうよ?とか。ツッコミどころは満載なのだが。 それよりは。 こういう商品って、たぶん秋葉原であるらしいよ、とキワモノとして噂しているうちが花なわけで、住宅街で売るのって絶対勘違いだと思う。ベンダーはなにを考えているのだろう。ギャンブラーなのか?(♂)
2007年10月25日
最近の教育でやたら序列を排除する傾向ってなんだろうね、と思う。 序列をいくら学校社会で排除したって、社会には厳然たるそれがあるわけで。はやめに社会の縮図を教えてやったほうが親切というものだろうに。 というより、子供だってアホじゃないから、オトナたちが建前でそういうことをうたっても現実としてそれは体験しているわけで。うたい文句と現実のギャップの激しさは不幸のもとだ。 序列=人間の序列としてしまうから排除しろという話になる。もっと客体化できる方法はないだろうか。 というわけで、ペンネームではないが、馬名をテストのとき使えばいいのではないか。と提案してみる。テストというか、「競争」の場のときにつかうようにすれば「競争」の面白さを知るのではないか。 口ばっかりでなにもしないひとには「ゲンタイセイゲンジョウイジ」 計画の下方修正ばっかりしているひとには「サンネンメノショウジキ」 現場から離れたがるひとには「テキゼントーボー」 とか。そんな会社の経営陣の悪口をさりげなくいれてみたり。どこがさりげないんだ。 スポーツ紙の見出しで「チョーサンメイクドラマ」というトホホな名前を見つけてふと、考えてみた。 ・・・小さいころからギャンブルに親しむようになったりして←だめじゃん。 しかし、馬名を考えるのは面白い。そのひとの特徴(悪口)と語呂のよさ。俳句をひねるのに似ている。会議の眠気覚ましに採用決定。(♂)
2007年10月24日
90年に入学した全寮制の予備校出身者が、「同級生」が死んだという噂をきっかけに再会する同窓会モノ。タイトルからもわかるように王道。ベタである。 とキレイにまとめてしまうのも何だが、10年という年月が変える彼らと日本。再会したときの微妙な立場と空気がリアル。やはり同窓会モノと楽屋モノにハズレなし。主人公の世代がちょうど私に近いせいもあっておもしろく読めた。 バカっぽさと情熱。迷い。将来への不安。そして現在。 浪人していたわけではないし、決して「今そこにある私」ではないはずなのだが、親近感がある。 雑談中、勉強は体力派気力派知力派でわけられる、という友人たちに自分はどれに入るのか聞こうとしておまえはまだ真剣になってないからどのタイプにも入らない、保留だといわれる場面にははっとする。 ああ、オレがいる。どこにもまだ属していないもどかしさと溢れる想い。 こういう小説を読むと一瞬自分にも書けるかも、という考えが浮かぶ。私にもたしかにこういう「群れた時代」があるからだ。だがいざ書こうとすると周りの人間への絆の不確かさを実感し、筆が止まるのだ。 あのころだれになにをみてなにを思って付き合っていたのだろう。 きっとそういう心細さを埋めたい欲求がこういう小説にひかれる理由かもしれない。 ヘンな青さを売るでなく、ヘンに力むわけでもない、決してモラトリアムに溺れない文体に好感。(♂)
2007年10月23日
●●あんたを愛してる だから側にいてくれ と、駅の肺癌製造機のラベルの端に勢いよく小汚ねえ字でかいてあるのを発見。妙にsoulは感じたが。 しかし。できれば。できればですが。 いちかばちかの読めないメッセージより、言いたいことは直接伝えたほうがよろしいかと。 つい、メッセージをオンナが読んだときを想像してみる。 自販機の前にに立つ女。メンソールを買おうとして目に入った見慣れた字に急ぎ携帯をとりだす。「・・・タカシ!メッセージみたわ!落書きなんかして馬鹿ね!・・・でも最高!いまから~駅にきて!お願い!待ってるから!」 タイアップの主題歌(オダカズマサあたり)C.I. とか。ベタだ。だが、実際には読まないで通り過ぎるのを想像するほうがたやすい。たぶんそちらに賭けるだろうふつうのひとは。 ・・・「!」だらけの台詞を考える私は落書き野郎と同レベルのイメージの貧困さかしらん。 そもそもわざわざボールペンを取り出す時点で衝動というよりは冷静さがあるはずだし、このせまいところに描くセンスってなに? ま、とにかく落書きすんなよ青年。 愛してる、ってそういえば落書きでしかみたことないなー。(♂)
2007年10月23日
神保町の画廊の隣の電柱にて発見。 個展でライスシャワーをする習慣があるのか?←結婚式だけだろう。 あるいは客寄せの縁起担ぎでコメを盛るのか?←それは塩だろう。 それとも鳥を集めたいひとがこのへんに出没するのか?←ロー●製薬のCMか。 いや、妄想ではなくて、単純な好奇心である。 「米」「撒く」で検索。ぽちっとな。お賽銭の起源は呪術的な意味をこめて米を撒く「散米」からきていることはわかった。ひとつ賢くなったけど。これが関係あるのかないのか。 あるとしてそれがこの場所でなぜ行われるのか? 疑問はまったく解決していないのだが。 そういえば昔読んだ埼玉の伝説で、兵糧攻めにあった城の兵が水がふんだんにあることを敵に対して装うために桶に米をいれてざぶざぶ馬を洗うマネをしてハッタリをかます、という話があった。 コメもったいねえだろうそれ!と今ツッコミをいれてみたり。 だんだん話がずれる前に情報募集。(♂)
2007年10月22日
早出のかみさんにつきあって早起き。 洗濯物を干し、布団をほし、掃除まで終わらせても9時。3文以上得してるわー。 朝食も終わらせて、ムスメを連れて散歩。 阿蘭陀兎の某キャラのリュックをしょわせると大喜び。歩かせて抱っこ。歩かせて抱っこをくりかえす。とくに目的地はないのでパンやを終点にし、昼食購入。 お姉さんに「お母さんどうしたの?」と話しかけられぼーっと対応。しかたなくいっこく堂になる私←声色はつかってないが。「オカアサンシゴト」 帰り道で練習させる。「オカアサンシゴト」駅前で大声でいわせたら花とか買ってくれるかしらん。 「オカアサンハアルゼンチン」とかいわせたほうがオタクとしては正解か。 だんだん歩かなくなったのでパンを1コあけて半分食わせる。充電。 と、通り道に南瓜をかぶった男を発見。上半身は黒いコートだが、下半身は紺のスーツに革靴だ。ガンバレサラリーマン。どうやら建設予定のマンションの営業らしい。客寄せのためならなんでもやるのだね。 よくみるとそこにはホットドッグを売る大●堂の営業車が。 昼食の時間も近いので1コ買おうとサイフを出したところ、おじさんが「今日はここのマンションのイベントなのでメニューはレギュラーだけになってまして。お代はいりません」 ラッキー。マスタードを抜いてもらい、テーブルを借りていただくことにする。 まずムスメにかじらせる。焼きたてほやほやなのでよろこぶことよろこぶこと。半分近く食わせて残りは私の胃袋にしまう。 南瓜氏には「すみません地元民なんで」というとがっかりするでなし、「そうでしたかよろしくおねがいします」と爽やかな返事。イベントの意図としてはとにかく周知度UPなのだろう。ディスポーザーがあったり犬の脚を洗う場所があったり気にいらない設計ではあるのだが、営業の態度は気に入る。 しかし本当の恐怖は帰宅後だった。 布団をとりこもうと家をうろうろしているとおとなしい。 名前をよぶとキッチンでもそもそとパンをあけて勝手に食う幼女がひとり。 さっき食ったばっかりなのに(怒)。こういうときにおとなしいとロクなことをやっていない。 急いで味噌汁をあたため、昼食。それでももしゃもしゃとパンを食い続ける君はギャルなんとかというタレントの弟子ぐらいにはなれるよムスメよ。 病あけなのでパンを小さくきり、「おやつに食べようね」といって没収。 なんでこんなにイースト菌が好きなんだ。わからん。(♂)
2007年10月21日

土曜日なので、本棚を組み立てることにする。 いいかげん家の子供本が供給過多で限界なのだ。ということで先日財務大臣がシンプルなデザインをWEBで見つけて購入。ところでやすっぽくなくてシンプルな、という条件がこうも探すのが難しいのは日本だからか?ちょっと無愛想で機能的なほうがインテリアを選ばないと思うのだが。 注意書きには1週間以内に組み立てて、材料に問題があればいうべし。と書いてあるのだが。 子供がいて、ひとりっきり。この状況がどれだけ無茶か。 ねじなどの誤飲の危険。ドライバーなどをいじってケガする危険。退屈して室内でテロ行為におよぶ危険。材料にむかっていって本人のケガ、または材料が破損する危険。 子供がいないときはあんなにラクラクつくれた組み立て家具が、これほど難しいとは。 強行突破することにする。 気分としては猛攻撃に耐え陣地を築こうとする守備小隊の隊長というかんじ(おおげさ)。 まずネジと道具は最小限しかもたないで、ムスメが侵入できないエリアに置いてひとつひとつもってくることにする。面倒くさいが安全のためしかたがない。 はたしてこの時点でティッシュケースの中身をぶちまけられる。大人げなく大声をだす。これもしつけだ。冷蔵庫をあけようとするのも大声、雑誌の表紙を破るのも大声。世間様に怒鳴られる前に私が替わりに叱るのだ。 そんなんでいいのかどうか親としてわからないが、いつのまにかいわゆるママゴンになっているような気がするのだが。 まあいい。いざとなればうちの虐待アイテムはある。出動をうずうずと待っているはずだ。 次なる難関は組み立てマニュアルだった。 平面に書かれていて、何が書いてあるかさっぱりわからない。せめて斜めからみた図にするとか、部品本体に部品名を小さくいれるとか、なんかないのか。とにかくどれがどの部品なのかまったくわからないのだ。 写真いれるとかさー、もっとさー、家電のココロのかけらを持てよ!といらいらしながら材料とむきあう。 ふと。 えーいままよ(死語的文語)と材料だけでならべてくみたてる。たぶんこれがこうなってこうなるのだろう・・・と適当にならべてみる。 そちらのほうが判断が早い不思議。 そうこうしている間にもムスメは私にまつわりつく。「パパダイスキー」とかいっているのだがそんなベタなことばは教えた覚えはないのだが。テレビか? でも鼻の下は勝手にのびる。 たかだかネジでくみたてる簡単なモノなのに2時間かかって完成。以下↓ やれやれ。昼ごはんをあわてて準備。とりあえずmission完了。(♂)
2007年10月20日
喜国雅彦「本棚探偵の回想」(双葉文庫)を本屋で発見。即GET. 著者の古書狂としてのエピソードが載っている本である。自選の作品集を編集して特製カバーを自分でつくったり1軒で1冊自分の好きなジャンルを買うというゲームをやったり。読むより買うという情熱にとりつかれたマイブーマーの暴走っぷりがおかしいのだが、これを読んでつくづく思うこと。 愛するというのは罪である。 誰もついていけない領域へとすすむこと。それは趣味の宿命だ←ある年齢をこえれば。おそらく経済力と情熱とのバランスにリミッターがふりきれる瞬間があるようだ。 好きとかどうどうと人前でいっているうちはまだ甘い。趣味を聞かれてちょっと顔を赤らめて「・・・無趣味」というぐらいの恥じらいがいずれは必要になるのだ。 一部の人には。 そういえば2ちゃん●るで2ちゃん●るって知ってる?と聞かれたときのリアクションでヘビーユーザーか初心者かわかる、などというネタがあった。 「知ってる知ってる!」と言っているうちは素人。「いろいろ載っているみたいだね」ととぼけるのがヘビーユーザーだと。 ジャンルは違うが似ているような気がする。 父は定年前に「趣味の碁だけやる生活ってのもねえなんか抵抗があるね」とぼやいていて、そんなの贅沢だよ、とかえしたものだが、いまとなってわかる。 私だって1日中ブログの更新なんかしてられないもの。 ・・・・・たぶん。(♂)
2007年10月19日
帰りのルートで通過する駅に、たまにキーボードを弾いているひとがいる。 すこし前に「駅名」のピアノマンという噂を聞いた(新聞で読んだ)ことがあるので、同一人物と思われる。 哀愁のメロディを奏でる男の前に、女子高生が数人たむろしている。 癒されるというひともいるが、私は好きではない。 音が濡れている、というか、泣いている感じが素人臭くていやなのだ。 演奏するなら、酔うな。酔わせろ。 とぶつぶつ脳の中だけでつぶやいて立ち去ることにしている。ほっときゃいいんだが。 演奏、というより表現全体にいえることだが、必要なのは「距離」だ。もちろん、完全に醒めていたらいい演奏はできない。ある種の計算を熱く徹底するのがいい演奏だ。 と、そこまでの質を無料の音に要求していいのかわからないが。 閑話休題。 笑点の前座である漫才をみたときに、この考えは間違っていないことが確信に変わった。ベテランのなせる技ではあるが「間」の安定感。変わらないスピード。テンポ。おそらく彼らはどんな会場であれ、どんな天気であれ、同じように笑いをとるのだろう、と思わせる絶対的なリズムに笑いながら感動した。 マンネリをマンネリでなくみせるのがプロなのだろう。 それにしても不思議なのは、ああいう場を得たとたん普通の技術の演奏も非日常化することだ。街のマジックとでもいおうか。 かといっていまから自分がピアノを習ってあれをやるかというと今の年齢の勢いで普通の感覚ならできないだろう。だから街にでようと思った時点で彼の勝ちだ。 ・・・なんてことをつらつら考える帰り道。これも癒し効果かしらん。(♂)
2007年10月18日
会社の同僚の台詞。 「わたしこれまでの人生でお姫様しかやったことないんですよお遊戯会とかで」 すげえ。 と思ったのはその華麗なる(?)キャリアそのものより、そういう台詞をいってもまったく汚れない彼女のキャラである。 ホンモノ。 一歩間違えれば嫌味に聞こえる台詞をはっきりと滑舌よくいってもあっけらかんとしかきこえないキャラ。なかなかいない。 「パンがなければケーキ・・・」という台詞はでっちあげのプロパガンダらしいが。彼女ならいっても暴動にならないかもしれない。 育ちのよさと言い方の思い切りのよさ。 自分に自慢できるモノがあるなら、かくありたし。 「お金ってさ、つかってもつかってもあまるよね」 「外見がいいのも人生では考えものだよ」 「多少頭がよくてもいいことなんかないって」 「育ちがいいからってそれでくえるわけじゃないからね」 とか。どれかを大声でいってもスルーされるキャラになりたい。っていうか、そんなヤツいるのか。いたとしたらUMAだ。 ただのホラふきと扱いに大差ないかもしれないが。 まずは口にだして言うことからはじめよう。仏作ったあとに魂いれてもいいじゃないか。 ・・・・・・・って、よくないだろ。(♂)
2007年10月17日
朝、たっていると背中に違和感。 どん。どん。なにかあたっている。 身長150代の女子高生が、カバンを足元に置いてたったまま寝ながらヘッドバンギングしている。 正確には頭突きである。小柄な子だがイタい。背中。肩甲骨。勢いからいって相撲で言う立会いの変化をとったらダイビングヘッドになるだろう。 我慢することにする。 これがおっさんであれば。ぎゃくにカラダをスウェイしてからだの動きをおさえこみ、自分がやっていることを気づかせるであろう。あるいは半身になって肘でカウンターを・・・やらないって。 高校生。私が大学生のときにまだ地球上に存在しない生き物。ようするに子供だ。 部活の疲れか、勉強の疲れか、はたまた通学の疲れか。理由はともあれ、私は静かで小さな子供には寛容である。 男子なら少し躊躇する←ごついし重いしな。男として当然の措置であろう。 ほんとはふりかえって「背中を自由につかってもたれていいからゆっくり寝なさいな」といえばたぶんこの子の目はあほらしさとはずかしさで醒めるはずなのだ。 あるいは場所を交替して手すりを貸してやれば。 この選択は「わざわざやってる」感があまりに不自然で、結局現状維持ではあったが。 ジャブ。ストレート。一の字にアタマで習字。あるいは逆に一の字。Zの動き。攻撃は多彩になる一方だが。 我慢である。 と、書いたが、実際は痛みをともなう親切心よりは車内でぐらんぐらんに動く人、というヘンな状況をアシストするほうが面白い、という気持ちが先にたったといったほうが正直かもしれない。 背中越しの死に掛け人形。フラワーロック。パンチング人形か?どれも古いけど。 ごーんごーん。ぷしゅー(ドアの音)。 降りる駅になったので女子高生の表情をみることなくその場を去ったが。あたっていた背中が30代のおっさんのモノだとわかっての感想はいかに? どんな表情をしていたかみたい。「ありがとうやさしいひと・・・ステキな背中ね」(きらきら)・・・なんて絶対思わないのだろうな。 万が一、少しでも思ってくれるなら。 アホかといおう。(♂)
2007年10月16日
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通勤の満員電車。 目の前でPSPをやる男の手元に袈裟斬りチョップをくらわそうと何度思ったことか。 男、許せなさ度(そんな言葉あるのか)をあげたのはそのファッションだ。 上下黒のスーツ。 それだけならまだ通勤電車では珍しくない。私だって着ている。 許せないのはグラサンだ。組み合わせどうなの。カタギじゃない。 お前はゴス●ラーズの村上か! というか、電車でグラサンかけているひとに聞きたいのだが、あれってなんでやってるんすか?見にくくないっすか? という余計なところにまで火花が散っていったりして。いや、ほんと余計だけど気になるのよ。 ああせっかく上下キメてんのにPSPかよ。けっ。っていうより、しまえよ邪魔だからテツヤ! というわけでPSP男はムラカミに決定(暫定的)。 この(偽)村上にケンカ売ったらあちこちからフィンガースナッピングしながらハモりつつ他のメンバーがでてくるのではないか?という妄想で怒りを納める。 ・・・ケンカ売ればよかったかな?(♂)
2007年10月15日
昨日の酒というより気圧の関係かカゼかわからないがとにかく頭が痛い。 洗濯物を干し、朝食を食わせたあと、暴れまわるムスメをほっておいてぷちねぐれくと。「よつばと!」をダラダラ読みながら眠る。 人間、最高の薬は睡眠だと認識。気づけば12時をすぎていた。 実家から電話。保育園の運動会のすばらしさを布教。ムスメが電話の妨害をするのに負けて電話を切る。やはり電話台は要るか?受話器は好きなくせにでればロクに喋らない。電話に嫉妬する癖をいいかげんやめたまへ。 昼食を食わせる。食べていればとにかく笑顔。タコさんウィンナーをあげて「そーせーじ」を覚えさせる。発音は「ちょーせーじ」になってしまうのだが。 ところでガイジンにタコさんウィンナーって、なんと説明するのだろう。タコが嫌いな民族って多いはずなのだが。こんなところに日本の弁当文化の面白さを感じたり。 車に乗せ、いつものドライブ。BGMは昨日買ったTMRのBEST←いまどきかよ。正しくスッカスカなアレンジで結局歌謡曲なのが気持ちいい。きづけばこれも10年前か?歳をとるわけだ。 布団にほおりこんで寝室の掃除開始。終わったのでPCでブログのあちこちにボクシングの記事をみつけて読む。そこで世間に聞きたい。 あの一家のファンの人数は「 」とほぼいっしょだ。「」に入る適当な言葉はなにか? 「TBSの社員数」とか、「ブートキャンプをやりきったひとの数」とか、「松田聖子主演のハリウッド映画を観たひとの数」とか、「現代美術が好きな人の数」とか。 どこにいるのかさっぱりわからん。周囲にアンチしかいないのだが。原のように、引退まぎわになって意外とそこらへんに好きなひとがいることが発覚するのかしらん。アンチだけで視聴率を稼ぐというのはなかなかの高等テクだ。これからの流行りか。 夕方、ジャガイモと人参と玉ねぎで味噌汁。空心菜と舞茸と椎茸と豚で炒め物。秋のキノコはなんでこうもうまいのだろう。(♂)
2007年10月14日
会社の歓迎会で門前仲町へ。 同僚がプライベートで場所をとったものの飲み会がキャンセルになり、苦肉の策で社内にもちこみ企画したのだ・・・という「オトナの事情」の正直な告白でもみんな喜んで乗るのが可笑しい。 HPに載っていた「マダムに人気の中華」というナイスすぎるコピーがしばらく課で流行る。どうでもいいところで「あ、それマダムに人気かなあ」とか←門仲のマダムって誰よ。 そういうわけで運動会のあと、ムスメを寝かせてのこのこ外出。 それにしても。 野郎10人で囲む中華(しかもマダムに人気の)はどうも殺風景でいかん。いわゆるちょっと泥臭い中華っぽいごたごたした内装というより、白で統一された店内。品のある置物。円ではなくて対面の机はどちらかというとフレンチ風。場違いさを強調してしまったか。 ビールで乾杯していざチャレンジ。 スモークサーモンなどのオードブルからはじまって、肉。松茸とイカと銀杏の炒め物。エビチリ。ネギそば。杏仁豆腐など。 大味のもあったが概ね味よし。 紹興酒と焼酎もいただき、なんとなくにぎやかに。 ゲストで呼ばれた営業のボスが営業の方法論を語っていた。 ボクはね、部下にも言ってるんですけどそのひとと仲良くなることしか考えてないんです。ボクはあなたと仲良くなりたいんですよ。仲良くなっていっしょに悩みましょうよ。ってね。だから最初はなれなれしいと思われるみたいね わたしが昔いた会社ではふつうの発想なのだが、この会社においては異質だというところに社風というモノの面白さがあると思う。 入社したころの話もよかった。 暗くてねえ。とにかく現場が強くて、営業は余計なことをいわずにとにかく得意先にいって黙ってさっさと帰って来い。というかんじだったのかなあ。いまでもそういう流れを引き継いでいるひと多いけどさ。大嫌いでさあそういうの もしかしたらこのひとがいまの別の流れをつくったのかもしれない。 そんなわけで、歓迎会というよりふつうの飲み会になってしまったのだが。ほろ酔いで電車へ。 しかし。 会社の飲み会はやっぱり平日の仕事モードでやったほうが気楽だなあある意味。はんぱにプライベートなにおいのする土曜日はつらい。上の話はともかく、仕事で絡まれてもね。 まあ美味しかったからすべてよし、ということで。(♂)
2007年10月13日

ムスメの運動会のため3人+義父母で近くの小学校へ。 保育園が自分のところだけでは場所がせまいのでわざわざ場所を借りたようだ。 かみさんはおにぎりを握り、卵を焼いて昼食の準備してから出発。午前中でイベントが終わるので終わったらみんなで家でご飯という計画である。 おそろいのポロシャツを着た先生たちが挨拶をしてくれる。どの先生もムスメの名前を知っているのはいくら商売といっても感心する。 SOTTE BOSSE「ハナミズキ」がでかい音で流れている場内。いやがおうでもたかまる非日常間にしびれながらスタートを待つ。 先生がもつ旗に導かれての選手?入場もよかったが、そのあと。 ジャクソン5の“I want you back”にあわせてアフロキャップをかぶって上下白の服に手袋(芸が細かい!モータウンみてえ)をした先生6人が前に飛び出し踊り、場を暖める暖める。 かっけー。いまとなってはマイケルどうなの、という雑念はこの際無視。 園児の代表3人がかわるがわる挨拶をして開会。 時代だなあと思うのはBGMである。だっさい「運動会音響全集」みたいなヤツではなく、ハリポタなどの映画音楽からJ-POPまで、場にあった音がテンポよくセレクトされている。 音もさることながら衣装のこり方も凄い。インディジョーンズ風の服をきた先生が「大冒険」という競技のルール説明をしたり、ゲームがえさがみつからないリスにエサを届けるというテーマならリスの格好をした先生が芝居をしたり。 第1回とはいっても先生の情熱がビンビン伝わってくる。 ムスメもかみさんといっしょにリスに無事エサを届け、わたしは「激走」をビデオ撮影成功。 ・・・とはいってもそれ以外では会場でくりひろげられるイベントよりも目の前のトミカと砂遊びに夢中ではあったが。とほほ。 かつて保育園で働いた経験がある義母がいっていた。「ああいう競技の最後に座らせて終わるのはねえ、子供がしっちゃかめっちゃかに動いて進行を妨げない工夫なんだよね」そういえば運動会ってすべて競技の最後はそういう終わり方をしている。だてに日本が誇るローカル行事じゃないね運動会って。 4・5歳のマーチングドリルに感動。バチを落としたりはご愛嬌にしても、堂々たる演奏には「2年後あれできるのかムスメよ?」というハードルがみえたり。タイコに学園長先生が参加していたのにはほのぼの。 子供イベントって、子供もがんばるけど設営側の苦労工夫がダイレクトに伝わってものすごくしびれることを発見。 会場の人のほとんど(撮影している人以外)が参加したフォークダンス。子供のためとはいえみんな参加するノリもいいなあ。 「We are the world」をみんなで踊って終わるのはベタだけど、お腹いっぱいで帰路へ。 競技と競技の間にスキマをまったく感じさせない、次から次へと見せる構成演出。教育機関の行事でここまで客の目を意識したモノはいまだ観た事がない。がんばりって大事だ、イベントは。(♂) 追記:ちなみにこれがムスメがもって走ったどんぐり。記念に後日もらった。ちぎるのは手伝ったらしい。デザインに先生方の情熱がわかろうというもの↓
2007年10月13日
文春に載っていた勝新が映画「影武者」で降板したときのエピソードに笑う。 自分の役作りの参考にとお付の者にビデオを撮らせたことをきっかけに監督と衝突したのだが、弟子にはこういったそうだ。 「あのとき私服だったら謝っていた。でもあのときのオレは武田信玄だった」 ・・・かっこいい。役者という名の狂気、または病だ。 これまたスターの話。 ホテルでインタビューするにあたってスイートルームが条件だったのだが、手違いで部屋がとれなかった。編集者がすみません、とれませんでしたとあやまるとこういったそうだ。 「オレ個人はいいよべつに。でもYAZAWAはなんていうかな?」 勝新はともかくYAZAWA伝説のほとんどはウソだ、と本人が笑って否定していたので信じるわけにはいかないが、キャラ説明としてはリアルだと思う。 自分がスターでないにしろ、役割を演じる場はいくらでもある。怒ったり、悲しんだり、感情的になるとき自己嫌悪になりそうだったらいちど問えばいいのだ。 オレ個人はいいよべつに。でもオレという名の父はなんていうかな? オレ個人はいいよべつに。でもオレという名のリーマンはなんていうかな? オレ個人はいいよべつに。でもオレという名の夫はなんていうかな? オレ個人はいいよべつに。でもオレという名の友はなんていうかな? もちろん、演じすぎるのもやがては自分を見失って傷つく可能性はある。みうらじゅんがいうように親孝行をプレイまたはごっことするなら。 「ごっこ」のネタはどこにでもあふれている。名優でなくていい。大根でいいのだ。大切なのはオレと客である。 演じきれ。(♂)
2007年10月12日
朝、洗濯物を干すときの小さなこだわりがある。それは、 ちゃんと着替えない ということだ←ほんとに小さいが。 本来ならさっさとワイシャツを着て髪をばっちりきめてネクタイしめて干せばそれだけで時間短縮になるはずなのだ。なにかと時間感覚が狂い、雑念が湧き、朝食も食べなきゃいけない朝。優雅なことをしている余裕はないはずのだが。 妙に抵抗感がある。さすがに子供じゃないので片袖だけとおしてとかそういう器用なことはしないが。 ジャージ姿で干すのを「正装」にするのは「神聖」な気がする。 おそらくMODEの切り替えの問題なのだ。ネクタイを締めた瞬間、会社MODEになるのだろう。自分のくたびれた下着を干しながらネクタイを締めていたくない。ネクタイが穢れる。洗濯で生計をたてていれば別だろうが。 逆もある。ネクタイをはずしたらこういう話題はしたくないとか。あるいは飲み会でリミッターが効かなかったとか。120cm前後の布切れが、私のなにかに線をひく。 ・・・そうか、だから酔っ払いは頭に巻くのか(違) じゃあクールビズのときはどうするんだ?いつスイッチをいれるのか? 結論:スイッチが入らない、が正解!・・・って威張っていいんだろうか?(♂)
2007年10月11日
同級生と話していたらイベントの話になった。会社がある企画に参加して無事終了したという。 彼はそれに直接関与したわけではない。グチるタイプではないのだがさらりといった言葉がひっかかった。 イベントの中心になったひとには打ち上げがあるけど、まわりでフォローにまわったひとにはないんだよね。いないひとの部分の仕事って結構負担かかるんだよ。まあでたいとも思わないし彼らにはいわないけどさ。 はっとした。 話のスケールは違うが思い出した。 ホンダがはじめてF1に参加するにあたって、社内的にはスタッフにやっかみがあった、という話を勤めていたひとから聞いたことがある。 杉山隆男「兵士に聞け」(小学館文庫)には自衛隊がカンボジアPKOに参加して帰還したときに出迎えた隊員の愚痴が描かれている。 ほんとは出迎えたくなかったんだ。おまえらはマスコミでとりあげられるけど、おれたちにはなにもないんだぞ。仕事はあってもな。 参加した隊員はそれ以来カンボジアの強烈な体験を語るのを自粛したという。 ふと、「おかげさま」という言葉の意味が違う響きをおびてくる。 おかげさま・・・って、人の呼び方だとしたら? 黙ってかげでやってくれるひとたち。そのひとたちをそう呼ぶべきではないのか?しかし人の性として、いつでもいいひとではいられない。なにかをやるなら報いがほしい。当然だろう。そしてすこし文句をいいたくなる。でも黙っている。そして奇跡的にも、報いも求めずにやるひともいる。 あらゆる喜びを享受する瞬間、その「場」をつくってくれたひとがいる。支えてくれたひとがいる。そういうことを思い出せる自分でいたい。 難しいけど。(♂)
2007年10月10日
クレアでママ特集をやっていたので立ち読み。 A.ジョリーとかって、ひとりで子育てやってねえだろうっ。 とかツッコミつつ気になったのはやはりハリウッドスターたちの父親ぶりだ。 今、育児を楽しむイケメンが世界規模で増殖中!「いい男は母性が強い!!」 というコピーも素敵。母性強くないからとりあえずいい男じゃないかも自分。 T.クルーズやM.フリーマンが語っているのが子供が生まれた感動についてだ。こうもみんな詩人になるものか・・・というかいっぽ間違えるとアホくさい。 T.クルーズが「子供はあと10人ほしいね」とか無茶いってたが。かみさんにいったらひとこと「てめえで産め!」おいおい。 笑えるのがいいパパになる男の見極め方&育て方だ。「ボタンが落ちている男は裁縫能力がないからダメだ」とかって。ふざけんな! あたってるじゃねえか。それはオレだ。 東京タワーのヒットでマザコン男の能力が見直されている、とか←ウソつけ。 お約束の投稿コーナーでは家事を手伝わない旦那の悪口がでるはでるわ。 「完璧にやってくれるのはいいけど、やらないときはやらない。どうせならまんべんなくやってほしい」 そんな投稿が載ってたよ、といったらかみさんが、「そういう文句をいうひとはまんべんなくやったらやったで今度は完璧にやってほしいというものよ」ほほう、納得。 さらに追撃。「旦那の悪口に終わりはないのよ」そうなんだ。へえ。 それにしてもこの手の特集で高齢出産とシングルマザーをいとも簡単にとりあげるのってどうかと思う。ジャガーなんとかぐらい鍛えているならともかくさー。 ・・・と男がいうと総すかんなんだろう。でもだれか言え、もっと。 この手の特集でとりあげられる一般の社会人って一般人じゃないんだよなー。かといってシリアスな状況をとりあげると女性誌としては失格なんだろう。 まさかこれを読んで出産を夢見るひともいないだろうとは思うが。軽く夢と欲望でデコレートしなきゃいけない女性誌の難しさだろう。 ああ、まだまだ突っ込みどころが。買いてー。とツッコミを報告していたら購入禁止令発令。理由が「どう考えてもくだらないから」だそうです。ぎゃふん。(♂)
2007年10月09日
ひとの趣味をどうこういうつもりはないが、 ・・・・というときはだいたいどうこういいたいときだったりするが。 会社で社内の人間と業者さんを絡めたゴルフ大会の案内がまわってきた。その瞬間自信が確信に変わった(@松阪)。 私はゴルフが嫌いだ。 やったことないのにいうのもアレだが。自分がやんないのに業者に案内をまわすのがほんとにおっくうで、案内が入った封筒をまわすときに幹事にいうことにしている。 IT技術の時代なんだからメールなりなんなり連絡手段があるでしょう。同好の士同士で連絡とりあえばいいじゃないすか。なんで案内が封筒なんですかいまどき。 ヘラヘラ笑ってかえされるのだが。本気なんだけどなあ。この公的なんだか私的なんだかわからない行事の曖昧な位置づけそのものもまた腹がたつ理由の一つである。 日本人どもめっ。 私は知っている。封筒の中には賭けの表が入っているのだ。そういうギャンブルをやっているのもどうでもいい。飲む打つ買うはどうでもいい。親戚にもゴルフ業界の人がいる。 それでもここまで腹がたつのって。 環境問題?それともファッションセンス? どちらも違う。 おそらく「分」の問題である。 うちの給料でこんなもんやるなボケ! ・・・社会生活ほおりだして芝居やっていたヤツに言われたくないだろうけれど。 それでもはっきり言う。偉くなるまでやるなゴルフ。うちの会社にいるなら。 給料にみあった、というときにどこまで許されるのか?というのは永遠のテーマではあるが。とりあえずゴルフについてはみあわない。絶対。やめとけ。 こういう台詞をむちゃくちゃうなるほどカネをもって、むちゃくちゃうまいゴルフの腕でいいたいものだ。あいつにいわれたら反論できない、というぐらいの。 でも絶対やりません。(♂)
2007年10月09日
朝、洗濯物を干す。市指定のごみ袋が切れたことを思い出しコンビニに走る。車があってラッキー。とこういうときに思う。急いで帰宅。かみさんを見送る。 ムスメに朝食を食わせる。昨日の残りのハンペンを食わせようとしたが失敗。なぜいやがる? いまいち天気がぱっとしない。洗濯物をあきらめ室内に収容。 3連休なので3連休らしいことでしめようと、ダム近くの公園に行ってみることにする。カーナビで調べたところ40分かかるらしい。それくらいなら負担にもならないだろう。かみさんのママ友がやたら行きまくっているスポットなのでどんなものか?という興味はあった。いい機会である。 スーパーで納豆まきとお茶とカレーパンを購入。出発。 行くまでのコースが橋あり・ヘアピンあり・合流ありと走り屋が喜びそうな設定。後ろから煽るやつもいないのでのんびりと走る。BGMは「Born to be wild」気持ちいい。ベタだけど。 風景を楽しみながら走る。看板で「脳卒中にきく神様」ってなんじゃそりゃ!とツッコミをしてみる。ムスメは見事に爆睡。その間にカレーパンをかじって昼食をすませる。 ナビどおりの時間で到着。左肩に抱えて入園。 泳げないまでも、水遊びができるスペース。バックに雄大な自然。カメラ心をくすぐる場所である。さすがに秋なので水遊びはやらせないが、マイナスイオン(って言葉いまだにつかっていいのかどうか)がでまくっている。爽快。 昼の時間なのでお茶を飲ませ、海苔巻きをかじらせる。みあげれば雲行きがあやしくなる。雨対策をなにもしていないので軽く歩かせてすぐ脱出。駐車場300円で弁当を食べにきたようなものだ。 家へ直行。 半端に昼寝をしたのでエンヤをかけても寝ないムスメをほっといて軽く昼寝。ムスメはらいせなのか私のまわりにちぎった紙をばらまいていた。なにかの儀式ですか? タイミングよくかみさんのママ友・いちじくさん夫婦(お子さんは双子)から電話有。近所の公園で遊んでいるからこないかとの話。喜んでお茶だけもってかけつける。 しかしムスメ、リアクション薄! 昼で体力ゲージつかいはたしたのか営業のえの字もなし。うーむ、私はともかくキミはしょっちゅう彼らと会ってるんだからもうすこし慣れたまへ。私がもう少しあけっぴろげにならないといけないのだろうか。その癖パンやさんのお姉さんとかにはニコニコするのだが。規準がわからん。慣れ↑愛想↓なんだろうか。 お砂遊びの道具を借りて地味に口をへのじにして遊ぶムスメ。おもしろがっていればいいのだが、とてもそうみえない不思議。まあへの字口なのは家と変わらない風景ではあるが。たぶんおもしろいのだろう。ということにしておく。 このマイブーマーっぷりは親がいかんのか。裏表がなくていいといういいかたもできるけど。今風のいいかたなら「自然体のオンナ」ってやつか。自然体すぎるわっ 陰ってきたので解散。ヨーグルトを買って家へ。 キャベツと人参と玉ねぎを刻んでベーコンとペンネといっしょにゆでる。卵黄とチーズとヨーグルトをからめてベジカルボナーラ。同時に油揚げとキャベツと玉ねぎで味噌汁。 ・・・という作業をムスメの尻へのセク●ラと戦いつつ進行。長いね1日。ふうー。(♂)
2007年10月08日
快晴。洗濯物を干す。ついでに布団も干す。乱れきった寝室を整え夏物スーツをいっきにかきあつめる。 ムスメに朝食を食わせていると義母よりTEL.昼食に来ないかとの誘い。クリーニングやに行くのにたしかに楽なのでありがたく話にのる。 そのクリーニングやはなぜか男性店員がホストorヤンキーテイストに溢れている。店長の趣味か人脈かわからない。今日はどんなヤンキーだよ、と期待(?)していったら女性二人(しかもぱきぱきした)だった。安心。好感。店長変わったのかしらん。 それにしても人間、仕事中の発声の基本は腹式だ。あめんぼあかいなあいうえお。 つみれ汁をいただく。ムスメ、さんざん畳の上にぬいぐるみをばらまいたものの見向きもしない。子供としてどうよ。 だんだんソファに寝そべったりねむねむモードに入ってきたので退散。車に積み、布団をとりこみに帰宅。 水周りをすこしかたづける。すると侵入者あり。ムスメだ。 さらにガスのスイッチを押したがる。びしっといって頭をつかまえ目をみてダメだといいきかせる。目をそらす。イヌか?無理やり目をあわせ、ふたたび言い聞かせる。 繰り返したら侵入はするものの近づかなくなった。たいへんよろし。 教育はアウトボクシングだ。強烈なストレートやアッパーはいらない。こつこつとあてて最終ラウンドまでもっていくのだ←と、4回戦ボーイが偉そうにいうことではないのだけれど。 ふたたび外出。いつものようにエンヤを聴かせると寝る。いいかげん新しい音源がほしい。 さて、ひとりだ♪と喜んだのもつかの間快適な空気に眠気が。布団にくるまって昼寝。なんという肌のぴちぴち具合か。高級化粧品<たっぷりの睡眠 だな効果は。むさい男がほっぺたをひとりですりすり触っている風景もどうかと思うが。 夕食は生協のおでん。かみさんの指示通り下茹でしたダイコンをこれでもかとほおりこむ。美味。ビールもすすもうというものだ。ひさびさにロング缶を空ける。そんな秋の日。(♂)
2007年10月07日

京都の祖母から栗が届いた。去年もいただいて一部ダメにしてしまったのでいよいよ買うことにする。 なにを? そう、栗剥き器だ。 きっかけは伊藤理佐「おいピータン!」である。自分を卑下して「栗剥き器ってつぶしがきかない私みたい」とぼやいていたイラストレーターが、実際につかってみて便利さに自分を取り戻す、というほのぼのな話。 そうか、アレつかえるのかー。と感心しつつ脳内購入希望リストに記録していたのだ。 というわけでムスメを抱えてホームセンターへ。1480円也。1年に1回しかつかわないのにこの値段って高いのか安いのか。 名前がふざけているので半信半疑であったが←なぜアイデアグッズの多くは「クン」とか「先生」とかつけるのだ。 WEBで剥きかたを調べる。「3分茹でるとむきやすい」らしい。キッチンタイマーで測り、作業開始。 ところが驚いた。夜中の通販のリアクションそのままをやりたくなる。 これは驚きですよ(バックの女性陣からため息「おーぅ」)! だれが考えたのかわからないが、設計がすばらしい。花バサミのようなつくりで刃が斜めになっていて左の刃が栗を固定、右の刃が切るようになっている。深く切ることも浅く切ることも可能である。イメージとしてはリンゴを剥く動作に近い。ヒトサシ指が固定刃、親指が切り刃である。 去年まで手を切る恐怖におびえながらやっていた作業がこれでチョー簡単。ギャル口調にもなろうというものだ。調子にのって「お母さんといっしょ」を観ながらむきまくる。たちまち新聞紙いっぱいの殻が。「YOUはSHOCK!」と鼻歌もでようというものだ。どんな選曲だ。 アイデアグッズの9割はゴミだと思っているが、これは残り1割らしい。 WEBで調べた味付け「酒大匙2ミリン小匙1塩小匙1.3」とダシパックで完成。 ムスメが大根人参の味噌汁をおかずにものすごい勢いで食べていた。美味しかったらしい。剥いた残りはジップにいれて冷凍庫保存。さて、残りは実家にもっていくか?勤労奉仕つきで。 というわけで、業務連絡:道具を借りたい近所の方は連絡されたし。↓商品があったのでいちおうご紹介。(♂)
2007年10月06日
女性の同僚に軽く「いいねーその服」といったとたん。 リアクションが私の予想を超えていた。おそらく本人の予想も超えていたに違いない。 みるみるうちに首から額にかけて赤いものが拡がっていく。宮崎アニメであれば激しいオーケストラとともに5分はかける映像であろう。わからんけど。 ようするに彼女の口から小声で語られたのは制服が洗濯中で、しかたなく着ている、ということであった。赤面したのはそういう事情を話さざるをえない(なぜこんな男に?)といったところか。 本人には言わなかったが、非常に面白かった。赤くなる顔=「素」である。赤面は本人のコントロールができない部分だ。スキがさらされている一瞬であった。 以前、囲碁か将棋かの対局の記録で間違った手をうったほうが顔は無表情を装ったものの失策への動揺を隠し切れず「耳赤」と記録されたと聞いたことがある。 ベタな場面で少年を翻弄するオトナ♀が「ふふ顔赤くしちゃってかわいいっ」なんてのがあるが(何を観てるんだオレ)、間近で観たオレもいうべきであったか。世間的にはセクハラコードにひっかかるだろう。だから言わなかったオレはオトナだ←っていうかふつうだ。 電車のいかがわしい吊広告で「赤面症なおします」なんてのもある。そんなもん治さなくていいじゃん、と思うが、こうやってやたら素顔をさらさざるをえない苦痛と言うのもあるらしい。 そんなところにツッコミをいれる人はオレぐらいしかいないから気にすんな、といいたい。 世間のおぢさん(オレも年齢的には入ってますが)の一部にはしょうもないことをいって「恥じらい顔」をみたがる人種がいる。限りある資源である「赤面」を磨耗させる行為だ。なぜなら「赤面」させる要素そのものは慣れによって死んでいくものだからだ。 セクハラそのものは「恥じらい」という文化を絶滅させる行為といえる。日本女性に恥じらいがどうの、という輩がいるがそれは男にも原因がある。 この国でもっと赤面の保護を!日本人に恥じらいを! ・・・ってなにを偉そうに書いているんだオレ(赤面)。(♂)
2007年10月05日
沢●●●●(21)、ガンたれブーたれヘタレな素顔 女性セ●ンである。なかなか口に出すと気持ちいい。 驚き桃の木山椒の木 ブリキにタヌキに洗濯機 そんなかんじである。どんなかんじだ。 こんな言葉にツボを押されたあなた。脳の何割かはタツノコプロに冒されている。 というより、日本人のほとんどのモラルはタツノコプロとカルピス劇場で形成されているのではないかしらん。根拠はないが。 それにしても、女性誌の見出し。いちいち芸能人のフルネームのあとに年齢いれるのってなにかね? ちっ!小娘が。とか思わせるデータなんだろうか。 ふと、フルネームのあとに()して年齢をいれてみる。 もんたま(3●)、当て逃げされる! なんかたいしたことでなくても大事件に聴こえる不思議。 社長(6●)が給料カットへ! そして、ふつうのことなのに腹がたつ不思議。 結論:煽りたければ年齢を明記。(♂)前回のネタ
2007年10月04日
車の修理が治る日だったので、あらゆる仕事を蹴飛ばして帰宅。 とおりがかりのスーパーで買い物を済ませ、ディーラーにむかう。 営業時間ギリギリだったので入り口に自分の車が。見慣れたそれがぽつんと置いてあるのはいかにも待っていてくれたようで、不思議な気分。 挨拶するほどアニミズムに興味はない。 カウンターで車検証とカギを受け取り、説明を聞く。 「最近の車は言葉悪いんですけど、値段との絡みで手を抜いているので、バンパーとか外の部品は結構チャチいんですよね。中はしっかりしてるんですけど」とはサービスマンの弁。 いちおう中も確認してくれたそうだ。異常はなかったとのこと。不幸中の幸い。 技術料13000円+部品代。チーン←出費は痛いのは変わりないのだが。 サービスマンにお見送りをされているのでさっさと出発。こういうところに日本人の商売のきめのこまかさというか、誇るべき点がある・・・と冷静に分析してみたりしているが実はけっこう恥ずかしい。この程度で照れている私は結構小市民だ。 一族経営の企業体のボスとかもうどういう神経しているんだか。心臓に毛がはえているとかそういうレベルじゃなくて、針金でも刺さっているとしか思えん。 窓をあけて軽く会釈してアクセルを踏む。 ふだんならまだ電車に乗る時間に車に乗っていると妙な解放感がある。ネクタイをおもいきりゆるめ、BGMはくるり「ワンダーフォーゲル」にチェンジ。 秋の交通安全運動とやらに気をつけつつ家路へ。さあ、熱い風呂に入ろう。もう秋だなすっかり。(♂)
2007年10月03日
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喋ることが得意だ。 と一度いってみたい。生徒会の役員や軟弱労組の役員までやってなにを言うかと言われそうだが。そういう経験がスキルをあげているかというとたぶんまったく役になっていない。そういう機会を活かしていない自分にも責任があるが。 喋るのがヘタだと思うなら聞くのが上手になればいいじゃん、とはよくいわれるが、違う話だ。話し方教室に行くつもりは毛頭ないが、すくなくとも言いたいことの整理はもっと出来ていい。 要は、本当に言いたいことがなんなのか、という情報整理のスピードと精度の問題なのだろう。スピードをあげれば、精度がおちる。精度をあげればスピードがおちる。 むーん。 それよりはつまんないコメントをしたときのリカバリーが苦手でどうにかならないものか。腕組みして「べつにイ」とかいえばいいんだろうか。 本書は、駆け出しの落語家がドモリのおさななじみと無愛想な女と解説のヘタな野球選手と関西弁の小学生相手に落語を教えようとする話。 喋れないプレッシャーがとてもリアルだ。「うまく」やろうとする時点ですでに間違いなのである。「つまんない」と思うことを逆にいえばいいのだ。どう思われようと。「つまんない」と思われていいじゃないか。 ・・・って、自分の悩みに自分で結論をだしているのだが。さてやってみろオレ。 という個人的な話はともかく。 この作家の「体力」に感心する。一人称で語らせても文章としての青さをまったく感じさせない。微妙な心の移り変わりがたくみに表現されているせいだろう。そして息をつがせず読ませる。文章にパワーと体重がある。 一人称で語りながら三人称のセンスがあるのだろう。逆に三人称で語らせるなら一人称のセンスがいるのかもしれない。 「一瞬の風になれ」もそうだったが、この著者の作品は「可能性」への姿勢がとてもユニークだ。凡人が超人的な努力で超人になる「少●ジャンプ」ワールドがあるわけではない。あらかじめ約束された能力を、十二分に発揮できるかどうか?そのもどかしさと葛藤。挫折を描いている。 前に踏み出す少しの勇気と少しの(しかし忍耐強さがいる)努力。そして自信。それこそが我々が日常を送る中で必要なものだ。そういう前向きさを描きながらけっしておしつけがましくない。そこに好感がもてる。 また、主人公を「古典落語」をやる噺家として設定しているのもいい。「もう~なんて出てこない」と伝説の噺家を例にだしながらもくじけない姿勢。 つくづくいいタイトルだと思う。(♂)
2007年10月02日
得意先の前担当者が、地域リーグの選手であることを知る。正確には「であった」だ。つまりは過去形である。 J1→J2→JFL→地域リーグ。アマとはいえ日本の4番目のリーグである。凄い。 優男の外見なのでMFかと思っていたが、同じ会社の同僚氏がいう。 まえはね、せりあって唇切ったりアオタンつくったり。ケガが絶えなかったですよははは 名刺からフルネームを検索。ぽちっとな。あ、DFなんだ。出場停止の名簿に名前がでている。さらに強豪の大学相手に点もきめている。CBかな? で、いまは? 今は結婚したのでやめたらしいですよ。ケガするわけにはいかないからって。それでもつづけたいので下のリーグに移ったみたいですけど、忙しくて練習できないからなかなか試合にでられないんですって。 ふーむ。凄いひとって意外と近くにいるものだ。そう考えれば、他人の話に耳をかたむければまだまだネタはあるかもしれない。 でも凄い人って、なかなか自分でそう思わないんだよな。 で、オレは?(♂)
2007年10月01日
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