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選挙情勢に急変をもたらす新党が27日に生まれた。その名は日本未来の党。嘉田由紀子・滋賀県知事を代表とする新党だ。代表代行となったのは飯田哲也氏(今年7月の山口県知事選挙に出馬し、惜敗)。当初は橋下徹・大阪市長が率いる日本維新の会と同様の首長新党かと思ったが、維新の会とは似て非なる首長新党だ。 基本方針は次の3つ。 ・卒原発(脱原発と同義語) ・消費税増税に反対 ・TPPへの交渉参加に反対 これに、小沢新党こと新党・国民の生活が第一と減税日本がそれぞれ解散・嘉田新党への合流を決めた。また、新党・みどりの風に移籍した前衆院議員が総選挙時に限って日本未来の党に所属するとのこと。 かつての55年体制崩壊~新進党結成の頃を思い出させるこの政界再編劇。私は「いつから韓国のように政党の離合集散が活発になったんだろう」と思った(韓国では日本以上に活発である)。この日本未来の党には結果として、以下の中小政党が合流することとなった。 ・国民の生活が第一(生活) ・新党きづな(15日づけで解散、生活へ合流) ・減税日本 ・反TPP・脱原発・消費増税凍結を実現する党(後に減税日本と合併) ・みどりの風 今、上に挙げた5党は「脱原発」「反増税」「反TPP」で共通している。石原新党を吸収した結果、原発や消費税などの問題でチグハグになった日本維新の会とは違い、政策の基本方針が一致しての合流である。 まさに、5つのミニ政党による連合体が導く未来!である。美辞麗句かもしれないが。 5党が合流する日本維新の会、果たして30日現在、次の日曜日(12月2日)までに細かい政策のすり合わせや候補者調整は間に合うのだろうか!
Nov 30, 2012
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これまで私は3年連続して埼玉県の教員採用試験を受験してきました。 「教員になりたい」という目標ができたのが3年前のことでした。しかし当時の私は高校の教員免許しか持っていなかったので、中学・高校共通という採用枠の東京都を受験することができませんでした。 しかしこの2年間、中学社会、高校公民の免許取得に向けて勉強をしてきました(その傍らアルバイト等をしていました)。そして来年3月にその免許を取得できる目途が立ちました。また、大学でもキャリアセンターに相談に行ったところ「(埼玉県を)惰性で受験し続けてきたのではないか」「ずっと東京で生活しているのならば東京を受けるのが自然だ」と指摘されました。私は決意しました。 東京都を受験しない理由がなくなりました。 来年7月の東京都教員採用試験に向けて頑張ります。私個人としても、世田谷区の自宅から熊谷まで毎日往復するのは疲れますし(10月末に実際にやって疲れました)・・・。 まずは、東京都を受ける上での関門、論文対策に力を入れます。
Nov 29, 2012
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先日、ヤフーのニュースを見ていたら面白い記事を見つけた。 英国人男性、航空機を使わず世界の全ての国と地域への訪問を達成(27日、AFP通信) 30代の英国人男性が26日、昨年独立したばかりの世界で最も新しい国、南スーダンを訪れ、世界で初めて航空機を使わずに「主権国家」を主張する世界のすべての国と地域への訪問を達成した。 英リバプール(Liverpool)出身のグレアム・ヒューズ(Graham Hughes)さん(33)は、約4年間かけて193の国連(UN)全加盟国の他、コソボ共和国、パレスチナ自治区、台湾、バチカン市国、西サハラを含む201の国・地域への訪問を制覇した。 カウボーイハットをかぶった旅行家ヒューズさんは26日、ウガンダから国境を越えて南スーダンに入り、熱帯の暑さの中ぬるくなったスパークリングワインで祝杯をあげた。「今日まで1426日間、つまり203週間、ほぼ4年間にわたって旅をしてきたよ。2009年1月1日にウルグアイから旅をスタートしてからほとんど止まらずに、飛行機を使わずに世界の全ての国を訪れた最初の人間になることを目指してきた。そしてたった今、それを達成したところさ」 ヒューズさんの旅には4つのルールがある。飛行機を使わないこと、自分が運転する乗り物は使わないこと、陸上交通機関は定期運行されているものだけを使うこと、「陸地」に足をつけて初めてその国を訪問したとみなすことだ。 ■「みんなとても親切だった」 「一番心に残っているのは、人間性に対する僕の信念を再確認できたということ、旅をしながら会った人たちがみんなとても親切だったということだね」とヒューズさんは語る。 アフガニスタンやイラク、ソマリアなど戦闘で荒廃している国を訪れることを多くの人が心配してくれたが、そうした国々は出入国管理が緩く、むしろ「行きやすい国」だったという。それよりも物資を運ぶ船がおそらく月に1隻しか訪れないような、「選手2人と国旗だけでオリンピックに出場するような世界から孤立した小さな島国」のほうがたどり着くのに苦労した。 アフリカ大陸の西の大西洋上に浮かぶカボベルデ共和国を目指しながら「水漏れする木製ボートで4日かけて外洋を横切った」ことや、コンゴで1週間刑務所に入れられたこと、ロシアに密入国を試みて逮捕されたことなどもあった。また北朝鮮には「ほんのつま先だけ」入国したと報告している。 2009年には133か国を訪問し、定期運航の陸上交通機関だけで最も多くの国を訪れた年間記録としてギネス世界記録(Guinness World Record)に認定された。 ヒューズさんのウェブサイトには各国を訪問した際の写真と、さまざまな国の査証でいっぱいになった4冊のパスポートの写真が掲載されている。(c)AFP/Hannah McNeish (引用終わり) 世界には北朝鮮やシリアのように国民の人権が非常に抑圧されている国もあれば、コソボ、パレスチナなど殺戮が絶えない国・地域もある。それを通じて彼が知ったことは「旅をしながら会った人たちはみんな親切だった」ということ。・・・人間とは本来そんな姿なんだろうなあ。私自身、仕事をしていてつくづく思うのが「人は支え合っているんだ」ということ。分からないことを教えあい、自分のやるべきことをこなしていく。親切だと人間関係が非常にスムーズに行くんだなあ、と改めて感じた。 そして、何よりも、飛行機を使わないで訪問したというポイントに、脱帽である。私は北海道や福岡に行く時、そして海外に行く時はもちろん飛行機を使う。特に海外旅行なんて飛行機なしの移動はあり得ないと思っているので、彼のそのたゆまぬ情熱に脱帽である。
Nov 28, 2012
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開幕から7戦連続で異なる優勝者が出るなど、目まぐるしかった今年のF1シーズン。大混戦の前半戦だったが、後半戦は一転して優勝するドライバーがだんだん絞られていき、最終的にはベッテルVSアロンソという構図になった。 思えば、オーストラリアで開幕戦・決勝レースがあったのが3月18日のことだった。そして11月25日、ついに最終戦ブラジルGPの決勝レースである。実に8カ月に及ぶ長丁場だった。あり得ない!年間17~18戦で十分ではなかろうか。見ているこっちも疲れた。 このブラジルGPは今季を象徴するかのようなレースだったと思う。ベッテルはまさかの下位スタートでもめげない。好不調の波が激しかったハミルトンはトップを走っている最中にヒュルケンベルグに追突されてリタイア。これで今年何度目だ? 結局、優勝バトン、2位アロンソ、3位マッサという顔ぶれの表彰台だったが、ベッテルが6位に入って3連覇確定。アロンソはわずか3点差でチャンピオンを逃すという結果となった。 一方、残念だったのは小林可夢偉。ザウバー残留ならず!ザウバーは来季、ヒュルケンベルグ(フォースインディアから移籍)と、エステバン・グティエレス(新人)のコンビとなる。 可夢偉は鈴鹿で表彰台に上がってからはリタイア、14位2回、6位、9位と、キラリと光るような走りが見られなかったのが残念。しかし!ザウバーという決して戦闘力が高いとはいえないマシンでレベルの高いレースをしたのは事実で、来季は必ずどこかのチームでレギュラーとして活躍していると信じている! そして、今年からフジテレビ地上波ではなくBSフジによる放送となったが、不満である! 最低でも日本GPは生放送でやってほしかった(できればオーストラリア、マレーシア、シンガポール、中国、韓国の各GPでもやってほしいのだが)。これじゃ地上波での放送をなくした意味ないのではなかろうか。さらに地上波では北米、南米でのレースでは中継が原則だったのに、BSフジでは日本時間・月曜日の夜に放送された。今回のブラジルGPも新聞で先に結果を知ることとなった。これはいただけない! 可夢偉の将来における活躍を祈って、そしてBSフジの改善点を書いて、2012年のF1に関する日記を書き終える。
Nov 27, 2012
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10月から関東の様々な私学の教員採用試験を受験しています。まあ、履歴書を送ったのを含めると相当な数になると思いますが、運良く書類選考を通過して筆記試験に呼ばれることもあります。 今日は横浜市内某所にある中高一貫の私学の採用試験に参加しました。 しかし! 受験会場に着いてから驚きました。「専門教科(社会科)に関する筆記試験」と案内されていました。社会科に関する基礎問題の他に、論文5題、学習指導案の作成と聞かされました。 論文試験のおおまかな出題内容としては、 1:あなたが日本国憲法第9条を改定するとしたらどうするか。 2:アメリカと大阪の教育改革に共通する価値観は何か。そしてあなたはどう考えるか。 3:高校1年の生徒から「不良債権って何ですか」と質問された時、どう分かりやすく説明するか。 4:労働市場以外の規制緩和・自由化について評価せよ。 5:東アジアにとっての2012年を歴史的にどう評価するか。 論文はとりあえず与えられた解答スペースの半分以上を埋めるよう努力しました。 そして最大の難関、学習指導案の作成。公立学校の採用試験でも1次試験で出す県or政令市ってあるのだろうか?しかも今回は2問用意されました。 1:高校1年の現代社会の授業において「グローバル化」をテーマに4コマ分。 2:中学3年の現代社会の授業において「十五年戦争」をテーマに15コマ分。 この2問を70分(最大100分まで延長可)の間に書けとのことでした。開始から70分経過して途中退出が可能になった時、受験生は一気に二極化しました。最後まで粘り強く書く人たちと、諦めて未完成の状態で提出する人たち。 とにかく今日の採用試験はやりにくかったです。 改めて私は勉強不足だと実感しました。
Nov 25, 2012
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石原前都知事は自身が応援団長を務める政党、たちあがれ日本の党名を変更する形で新党を結成した(石原新党の具現化である)。名前は太陽の党で、結成されたのが今月13日だった。 しかし! 俗に第三極と呼ばれる政党勢力を結集するために大同団結が必要だと訴えた石原氏。当初は減税日本との合流が発表されたのだが、その翌日(今月17日)、橋下徹大阪市長率いる日本維新の会への吸収合併を決めた。これにより太陽の党は結党5日目にして解散したのだった。 大阪維新の会、そして全国政党としての日本維新の会は従来、企業・団体献金の禁止、原発再稼働に反対など、どちらかと言えば主張は分かりやすく、「それまでの政党とは違う!」との期待を持たせることもできたであろう。みんなの党との選挙協力も前向きに考えられてきた。 だが、太陽の党を吸収合併した日本維新の会は、石原氏が新代表となり、橋下氏は代表代行に格下げとなったのみならず、基本方針から脱原発が消えたり、企業・団体献金を解禁したりと、それまでの方針を180度変えたような印象が拭えない。みんなの党の渡辺喜美代表は「太陽の党との合併の撤回が、維新の会とみんなの党との選挙協力を進める条件だ」という趣旨の発言をしたが、それは正しい。 石原氏は都知事辞任会見で「原発をどうするとか、消費税をどうするとかは、小さな話」と語った。しかし!原発推進or撤廃、増税賛成or反対といったテーマは、無視できる小異ではない!政権交代だとか政権獲得という大目標のために小異に目をつぶった先輩格の政党が、言うまでもなく民主党だ。今回の消費税増税における民主党内の造反劇、離党劇を見せられて私は学んだ。やはり、政党の基本方針がガタガタだと全く信用できない、と。むしろ、今の民主党より新党・国民の生活が第一の方に私は好感を持っている(目指している政策が分かりやすいから)。 よって、日本維新の会が太陽の党を吸収合併したのは大きな間違いだったと言わざるを得ない!
Nov 24, 2012
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せっかくの祝日なのだが、私の家族にとっては普通の金曜日だった。両親は自宅で仕事、私も西船橋のアパレル倉庫で仕事だった。弟も仕事で夜遅くまで帰って来なかった。 8月末から西船橋のアパレル倉庫に派遣で行かされている。それまで通っていた仕事場とは最寄駅は西船橋駅で変わらないのだが、倉庫の中の業種が違うのだ。以前主に働いていた仕事場が某コーヒーショップの倉庫だったのに対し、現在主に働いている倉庫はアパレル倉庫である。 私は主に出荷を担当されるようになった。倉庫の棚から注文指示書に従って商品をピックしていき、数を確認して梱包まで行う。出荷の中で最も重要な仕事だ。金曜日には恒例の「配分ピッキング」と呼ばれる大量の出荷の仕事もある。その中で私は責任者から「おっ、数がちゃんと合ってる!Nishiken君、すごいね」と褒められた。 これからも精進します(教員に向けての努力はどうした)。
Nov 23, 2012
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「絶対に明かさない」と野田首相の口から衆議院解散の時期が明かされたのは14日、党首討論の時だった。今、私が思うに、自民党の安倍総裁の挑発にまんまと乗せられた印象だった。そしてまた、2日後となる16日の衆議院解散にみんなが大慌てしたという印象を持たざるを得なかった。 思えば先月下旬に石原都知事が辞任を表明してから政界の動きが急に慌ただしくなった。急に決まった都知事選挙、急に決まった総選挙、そして急に離党届を出す議員達・・・。もう「民主党はこんなにも寄り合い所帯だったのか!」と思わざるを得ないほど離党者が続出した。以下のようにまとめたい。 先月までに、小沢新党(国民の生活が第一)以外の政党に移籍するために民主党を離党した(赤文字の議員は消費税増税法に反対した議員、黄文字の議員は棄権)。 減税日本へ 小泉俊明(茨城3区) 小林興起(東京比例区) 水野智彦(南関東比例区) 熊田篤嗣(大阪1区) みんなの党へ 杉本和己(愛知10区) 平 智之(京都1区) 日本維新の会へ 石関貴史(群馬2区) 今井雅人(岐阜4区) 松野頼久(熊本1区) 水戸将史(参院・神奈川) 無所属 中津川博郷(東京比例区) また、解散が明言された14日からの3日間で民主党からは少なくとも9人の衆議院議員が離党(またはその意向を表明)した。 富岡芳忠(栃木5区) 初鹿明博(東京16区) 山崎 誠(神奈川8区) 小沢鋭仁(山梨1区) 橋本 勉(岐阜2区) 長尾 敬(大阪14区) 中川 治(大阪18区) 福田衣里子(長崎2区) 山田正彦(長崎3区) また、「第三極」と呼ばれる政党でも、消費税や原発の問題などで対立する政党が「連携する」と言い出す党が出てくるのもあり、何を信じたらいいのか分からなくなってきている!そういう意味だと、公明党や共産党は全くぶれていない。 来るべき12月16日の第46回総選挙の投票日までに投票先をゆっくり考えておきたい。
Nov 16, 2012
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日本において外国車としてイメージするのは大体ドイツ車だと私は思う。ベンツ、フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ・・・メジャーなブランドが多数ある。私の両親もドイツ車びいきだ(そして私自身もドイツびいきだ)。その次にはボルボ(スウェーデン、現在は中国資本)、ついでプジョー、ルノーといったフランス車が続くだろう。 しかし!韓国車は日本においてはマイナーな存在である。2002年にサッカーワールドカップ・日韓大会と同じ頃に、ヒュンダイが大々的にCMを放送した。「ヒュンダイを知らないのは日本だけかもしれない」という挑発的なメッセージが印象的だった。確かに、先進国の中でヒュンダイを知らないのは日本だけかもしれない。2007年に私たち家族がベルギーに旅行に行った時、街中では韓国車(ヒュンダイ、起亜)をよく見かけた。 理由は簡単。日本では国産車に絶大な信頼が置かれているので、わざわざ韓国車を買うメリットが少ないからと、私は考えている。だが、それでも韓国車はレアな存在であることに変わりはない(だがもっと珍しいものがある。スペイン車やチェコ車だ。ヨーロッパではよく見かけるが、日本では絶対に見られない)。 2011年10月14日、東北自動車道のサービスエリアにて。 ヒュンダイ・ユニバース。現在、ヒュンダイが日本で販売している唯一の車種である。この写真はツアーバス・キラキラ号のユニバース。他のユーザーとしては、西鉄バス、いわさきバスネットワーク(鹿児島県)などがある。どうやら、韓国に近い九州のバス会社にユーザーが多いようだ。 下のソナタなど乗用車が大不振だった。その結果、乗用車部門は日本から撤退してしまったのだ。 5月23日、東京スカイツリータウン(押上駅)にて。 黒塗りのヒュンダイ・ソナタ。タクシーとして使用されている。 10月15日、世田谷区内某所にて。 見かけた瞬間、何も考えずにスマホで撮影した。実にレアな存在だからだ。 ちなみにツアーバス最大手のウィラーは、大宇のバスを使用していたが、現在はどうしているのだろうか・・・。
Nov 10, 2012
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8日は埼玉県庁に出かける用事があった。その帰り道、新大久保に寄り道することにした。浦和駅から新宿駅まで380円のところ、新大久保駅までだと290円だったという理由もあるが、気軽に散歩したくなったのである。 新宿区大久保といえばコリアンタウンである。新大久保駅の改札を出ると、真向かいのビルに「PCバン」とアルファベットとハングルで組み合わされた広告が見受けられる。「インターネットカフェ」を意味する韓国語だ。要するに、「新大久保駅、大久保駅の改札を出たら、そこはもう韓国!」という気分である。気軽に海外旅行を楽しんでいるようで私としては面白い。 昨年来、コリアンエンターテイメントに対して「押しつけがましい」という風の批判が噴出するようになった。また、(その仕掛け人たる?)広告代理店・電通やマスコミ各社(特にフジテレビ)への風当たりも強いのは事実である。それに加え、8月10日には李明博大統領が竹島に上陸した。現職大統領初の竹島訪問について私は「とうとうここまで来たか」と非常に残念に思ったと同時に、「支持率低迷が続いてる大統領はかなり焦ってるな」と感じたのだった。 しかし!その政治上の問題を全く感じさせないほど新大久保のコリアンタウンは活気づいていた。山手線の線路より東側には多数の韓国料理屋、韓流百貨店、ソウル市場といった多種多様な店がある。また、コリアンタウンという土地柄からか、日本の入国管理局からのポスターが韓国語で書かれていたり、留学生向けの不動産斡旋をPRする広告を見かけたりした。ちなみに私は韓国語を独学で学んでいた時期があるので、こんな時にハングルをスイスイ読めてうれしいと感じていたのだった。 ソウル市場には屋台があった。おばちゃんが「いらっしゃいませ、オソオセヨ~」と言ってくる。雰囲気としては完璧だ。私は海鮮チヂミ(200円)を注文。韓国風お好み焼きといった感じのおやつだが、モチモチとした食感が印象的だった。 そこで私は思った。 韓国に関連する商売は新大久保(大阪だったら鶴橋)でやるから面白いのだ。在日コリアンである重光武雄氏(千葉ロッテマリーンズ・オーナー)がロッテを創業して本社と工場を新宿区に置いた。そして朝鮮戦争が始まってからは多くの人々が朝鮮半島から逃げてきたという歴史的経緯があって現在の大久保のコリアンタウンが成立した。この経緯を無視して、仮にこれを新宿、渋谷(大阪だったら梅田)でやっても全く意味がないし、面白くもないと思った(かえって韓国に対する好感度を下げるだけかもしれない)。 私の弟(歴史学科出身)が韓国に対して不快感・嫌悪感をあらわにする中、私は「弟みたいな男にはならん!」と改めて誓うと同時に、新大久保が平和を保っていたことにホッとしたのだった。
Nov 9, 2012
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岡谷駅で降りてみた。 東洋のスイスとも言われる長野県岡谷市。時計やカメラなどの精密機械工業が盛んな町だ。 ご当地・岡谷市出身の漫画家、武井武郎によって生み出されたキャラクター、あるき太郎(1927年生まれ)。 特急あずさ24号(15:35発)で帰京することとした。ちなみに1本後には臨時特急はまかいじ号が運転されていた。 115系による長野行き(1543M列車)。 あずさ24号が入線。 茅野駅で展示されている黒曜石。 長野県内の風景を撮りたかったのだが、残念ながらぶれているのと電線のせいで台無しになってしまった。 富士見駅で回送列車として停車中の215系。ホリデー快速・ビューやまなし号の複路に向けての準備だった。 9月17日、3連休の最終日ということもあり、自由席車両は立ち客が多数出るほど混んでいた。 暑い日が続いていた9月中旬、目的とは違うところにたどり着いてしまったが、涼しさでリフレッシュすることができた。良い小さな旅だった。 -完-
Nov 7, 2012
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諏訪湖への散策を終えた後、駅に戻ることにする。ガード下を再びくぐり、線路に目をやると電車を見かけた。 211系だろうか?いや、違う。 再び、上諏訪駅。ここからしばらく時間の許す限り、さらに西を目指すことにする。 ノリホ。高崎駅でも見かけた。意外と残っているものなのだろうか。 先ほどの電車はJR東海の213系だった。飯田線用の車両である。 私には小学生時代から飯田線=119系のイメージがあったが、313系の増備もあり、119系は今年3月のダイヤ改正で引退した。それにしても、昔は旧型国電の宝庫とも呼ばれた飯田線だが、今や最新型電車が走る路線となったとは驚きであり、想像できない(まあ、119系もデビュー当初は最新型だったのだが)。 クハ212-5011。211系と異なり、オールクロスシートの車両だ。 トイレの部分。 そうこうしている内に、岡谷方面への電車が来た。 115系による普通・長野行き(15:14発、1543M列車)。 車内では諏訪湖周辺の土産物店で買ったお菓子を、おやつとして食べた。 (上)みそレーヌ(味噌味のマドレーヌ)。味噌の名産地である長野県らしいマドレーヌだ。 (下)しもすわの地酒・万治の酒ケーキ。でもお酒の味はあまりしなかった。アルコールが蒸発してしまったのだろうか? 列車は諏訪湖を左手に見ながら進む。下諏訪を過ぎ、岡谷に到着した。 15:24、岡谷に到着。この駅は中央本線(塩嶺トンネル経由の新線)と、辰野方面(中央本線・旧線、飯田線)との乗り換え駅。規模としては上諏訪駅より寂しいが、往年のにぎわいを感じさせるような雰囲気だ。 川岸は中央本線(旧線)の駅だが、実態は飯田線の駅である。有名無実化した路線名、ここにも。 飯田線の313系。天竜峡行き(15:37発、228M列車)となっているが、JR東海の在来線に疎い私は思わず「天竜峡ってどこだよ!?」と言いそうになった。 駅前ビル、ララ岡谷が見える。 続く。
Nov 6, 2012
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9月17日に行った諏訪湖への小さな旅の続き(その2参照)。 小淵沢から先は、特急スーパーあずさ15号(13:53発)に乗車。 松本行き。 私は小淵沢に13:38に着いたのだが、次の普通列車は30分後。それまで待っていられないので、自由席特急券を購入して上諏訪まで行くことにした。 E351系の車内は快適で、速いスピードも実感できた。 14:12、上諏訪着。 諏訪湖周辺には4つの中央本線の駅がある。茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷の4駅だが、いずれも特急が停車する駅だ。その中でも諏訪湖観光の玄関口となる駅が、上諏訪駅(諏訪市)だ。 その上諏訪駅の名物が、足湯だ。以前は本格的な露天風呂だったそうだが、施設の維持に手間と費用がかかるのか、利用客から「使い勝手が悪い」と思われたのか、足湯に変わった。 私の右足が見えてしまっているが、足湯は気持ち良かった。岩が置かれており、それが温泉街の雰囲気を醸し出している。 ちなみに上諏訪温泉での効能はこんな感じ。 駅舎。 ここから駅前散策をして、諏訪湖へ向かう。 中央本線のガード下をくぐり、しばらく道なりに歩くと・・・。 ついに諏訪湖が見えた。 以前、河口湖に何度か出かけたことがあった。そこから西の方に行ってみたいと思ったので、今回の諏訪湖訪問となった。河口湖ではできなくなったかもしれない、「う~ん、はるばる来た!」という実感が湧いてきた。中央本線を西に進み続けてここまで来れて良かった。そして、首都圏では残暑が厳しかったために、吹いてくる風に当たって「気持ちいい!」と感じた。 おまけ。諏訪湖観光のマスコット、諏訪姫。思わず一目惚れしてしまったかもしれない。 諏訪地方にある高島城に住んでいた、武田信玄の側室として記録に残っている諏訪御料人がモデルとなっている(公式サイト)。 (その4に続く)
Nov 5, 2012
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