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今週はナウシカを借りている。毎年テレビでやってるから(今はどうか知らないけど)お里からもらう柿をわざわざスーパーで買う気がしないみたいに、わざわざレンタルするのも、という気分があったけど、なぜかしーちゃんがとても見たがったので借りた。ら、やっぱり良かった。いつもはしーちゃんが一人で見てるんだけど、私も引き込まれて一緒に見てしまった。こんな風にすっきり、まっすぐあたたかく生きられたらいいのに。世の中に、いじわるも嘘つきも欲張りも出てこないお話はあまりない。取りも直さず、そういう人たちがいつの世にも、どこにでもいるという事だろう。例えばおむすびころりんの隣りのばあさんみたいな人を知人の中に探すのはそう難しくはないだろう。でも、私って隣りのばあさんそっくり、と思う人ってあんまりいないんじゃないだろうか。もしくはあの物語を隣りのばあさんの立場で読む人とか。“あなたって隣りのばあさんみたい”と言われてやっぱり?私も前からそう思ってたの、と言う人とか。(統計は取ってないのでよくわからないけど)どこにでもいる筈だけど、誰もが悪人は自分ではないと思っている、だからいさかいが起きるのだろうか。会社のおばちゃんXはとてもわがまま勝手で、いつも嫌いな人間をぶつぶつ罵っている。彼女がいる間事務所の空気は悪く、彼女が休憩に入ると彼女の悪口大会になる。これまで彼女のせいでトイレで泣いていた人、辞めていった人数知れず、よくもまあ自分の事は棚に上げてあんなに人の悪口ばっかり言えるわねえ。一体全体何の関係があってあの人にあんな事言われんなんが。でも彼女と彼女のトリマキ達にしたら、きっと悪いのは私たちなのだろう。彼女に嫌味を言われたら(かなり)むかっとするけれど、悪口大会をしたってすっきりはしない。私達は、所詮同じ穴の狢。自分がそんな渦中にいることが悲しい。それでも、孤独よりはマシなのだろうか。お昼休み、窓に広がる青空が眩しくて、久しぶりに公園に散歩に出た。むき出しの細い枝〃、咲き始めた白い梅、おじちゃんにもらったお菓子を食べながら花を眺める私。ベビーカーの赤ちゃん。お尻を振って歩く小犬。それらがみな早春の光を浴びて、その風景の名は“幸福”・・去年の春、よくこの公園を彷徨ったのは桜の季節。そして交通事故に遭った。あの頃よりは、今のほうがずっとマシ・・・人を争わせるのは、人の弱さなのかもしれない。もっとまっすぐに生きられたらいいのに・・。しーちゃんが眠る時、春までぐっすり寝てていいよ、と言った。え?それって動物やんか。うん。でも明日起きたらもう春やよ。ふーん。2人で春を探しに行こっか!
2003年02月28日
寝静まったアパートに、階段を上る足音が響く。息を詰めて待ち構える一瞬。ノックの音・・・の代わりに、がちゃりと鍵を回す音、そして足音は、隣りの部屋に消えていく。夜更けにこの部屋を訪れる人はいない。それはわかっているけど、階段を上る足音に心が反応する。そんな古い習慣が、まだ心ににこびりついていた。幾夜も、幾夜も、足音を待った あの頃。彼は連日訪れる事もあれば、2週間も音信不通になることもあった。足音が聞こえると、私は扉の内側で待つ。階段を上がってすぐの私の部屋の前で足音が止まり、ドアをノックする瞬間、私は扉を開けて彼に抱きついた。足音が、部屋を通り過ぎて行ってしまうと、私はがっかりしてしきっぱなしの布団に戻った。その不規則さは、私を不安定にするのに十分だった。6畳一間の学生アパートを片付ける能力を、その頃の私は失っていた。学校にも、ほとんど行っていなかった。昼間は眠り続け、夕方起きだして家庭教師のアルバイトに出かけたり、バイトのない日は夕暮れの学生街を散歩したり食べるものを買いに行ったりした。そして夜になったら彼を待った。自分がなにをしているのかわからなかった。何もしたくなかった。いきているのが、つらかった。商店街の薬屋さんで、睡眠薬をください、と言った。お店のおばちゃんは、7錠入りの精神安定剤を2ビン、くれた。14錠で死ねる薬を、町の薬局で、しかも一介の客に売るはずがない。一気に死ねるのならいいけど、後遺症が残ったり、ひどく気持ちが悪くなったりするのはいやだな・・そう思いながらぼんやり薬のビンを眺める。一度に飲む勇気はなかったけど、飲まずにはいられなくて一粒、一粒と口に含む。半日ほどで全部なくなった。なにも、かわらなかった。眠くなる事も、精神が安定する事も、もちろん死ぬ事も。少し体調が悪くなることさえなかった。私はいつも通り家庭教師に出かけた。後日くすりの空ビンを見つけた彼は、僕の分も残しておいてくれればよかったのに、とつぶやいた。誰にでもある、心の傷。遠い昔話。今の私は、もうあの頃の不安定さに戻る事はない。なぜなら育てるべき子供がいるから。それでも憂鬱な夜、ゆっくりとアパートの階段を上る足音に痛みが蘇って少し、泣いた。
2003年02月17日
知らなかったのだけど、しーちゃんはゴロゴロうがいができなかった。咳が出るからうがいをする、と言い、口をぶくぶくすすいでいる。「それじゃあ意味ないやろう。ゴロゴロせんと」「だってしーちゃんできんもん」「えっ?そんなん、上向いて口あけてゴロゴロすれば いいだけやん」・・でもそれができないらしい。見ていると、口に水を含み、上を向いて、口を開けた瞬間水が喉に流れて飲み込んでしまうか、吹き出してしまう。普段何気なくやっている一々が、生まれながら身についていたわけではなく誰かに教えてもらって覚えていくものなんだなあと、改めて感じた。そして。めでたくゴロゴロうがいができるようになったしーちゃん、今日は日がな一日うがいばかりしていた。(どうやら保育園でもしなくちゃいけないのにできなかったらしい)一回咳が出る度にうがいをする。しかも水をおかわりして、声の調子を上げ下げしたり、どのくらい長く続けられるか試したりしている。まったくうっとおしくてしょうがない。うがいをしすぎると良くないという話も聞かないので、私は必死で「うるさい、やめて!」と言いたいのを喉の奥でこらえた。これが功を奏して明日は咳が治まっているといいけど・・。
2003年02月16日
ねぇしーちゃん、しーちゃんは生まれたとき赤ちゃんやったけど、もう子供になったねえ。赤ちゃんのしーちゃんはどこに行ったんやろうねえ。どっかに行ってしまったんかなあ。ん?おるよ。えー?どこに?しーちゃんの中に。そしてしーちゃんが大人になってから生まれるよ。なるほど・・他愛ない会話のしーちゃんの答えに、私は真理を感じた。私も生まれたときは赤ちゃんだった。そして子供時代を過ぎて、大人に。そのなくしてきたと思っていた時代は、実はずっと私の内側に存在していたのだ。そしてこの子が生まれた。この子は私。でももう私ではない。しーちゃんを見ているといろんなことを思い出す。この子は懐かしい、未来・・・
2003年02月06日
・・が、入っている。これはちゃんと入れた記憶がある。スピリッツ。ポーランド産ウォッカの雄です、と書いてある。これって英雄とかいう意味なんだろうか。それともウォッカには雌雄があるんだろうか。アルコール度96度。世界最強の酒。まずいんだろうなあ、これ。と思いつつ買ってしまった。(きっとどう考えても消毒用アルコールの味だ)で、火気に注意、と書いてあるので冷蔵庫に入れた。これは私の精神安定剤。飲むと落ち着く、というわけではない。冷蔵庫に入れておくだけでOK。かわいいアル中さんだ。多分“逃げ場”があると思うと逃げずに何とかやっていけそうな、気がする。
2003年02月04日
一面の雪が陽光を受けてキラキラと眩しいこんな日に、私が家でじっとしていられるわけがない。寒いのをぐっとがまんしておとぎの森にソリに出かけた。・・外には積もりたての真新しい雪がどっさり、よく晴れてソリ日和ではあるかもしれないけど、サイクリング日和とは言い難い。公園に着く前に滑ってしまわないように気をつけて。大通りの歩道はとても通れたものじゃないので、裏通りの車道を通っていく。でもあんまり裏過ぎると、誰も雪かきをしていなくて、これまた通れない。ルート選びもトライアスロンも、まあ楽しいといえば楽しいけれど、道にぶつぶつと悪態をついている母親を、後ろでしーちゃんは何と思っているだろう。ともあれ公園に着いた。前回来た時は雪がもう融けかけて地面が見えていたけれど、今日はどこまで行っても雪、雪。さっそく滑り始めた。1回ずつ交代ね、と言っても文句を言わないしーちゃんっていい子だなあと思うけど、ママが先でもいい?って聞くとさすがにそれはダメだった。・・あれ?あんまりうまく滑れない。そういえば新雪ってそうだったかも。途中で身体は後ろを向き、ソリからずれてお尻で滑っている。しーちゃんはカッパズボンだからいいけど、私はジーパンがぐっしょり濡れてしまった。小一時間ほど滑った所で私はすっかりバテバテになって、後はしーちゃんの滑り放題タイムとなった。私は自分が疲れているのでしーちゃんにも何度かもう疲れたんじゃない?と声をかけたけど、しーちゃんは元気に滑ったり登ったりを繰り返していた。いや若いっていいなあ。家に帰って遅めの昼食を食べた後、私はくたびれて昼寝をしてしまった。しーちゃんが退屈がって何度か話し掛けてくるのがぼんやり聞こえていた。明日から、晴れたら保育園でも雪遊びをするそうだ。私はきっと明日もトライアスロン通勤だろう。・・・もう寝よ。
2003年02月02日
アパートに引っ越してからしばらく金融引締め政策を施行していたのだけれど、このところ規律が緩んで週末のランチが続いている。よく行く公園近くにわりと最近できたお好み焼屋さんは、いまいちだった。(私見)奇を衒うのはいいけれど基本がなっていない、という感じ。私は何だか変わったものを注文してしまい(ちぢみだったかな)焼き方がよく分からなかったんだけど、聞こうにもお店の人は近くにはいず、バタバタしていて呼ぶのもはばかられた。(ボタンを押して呼んだ時だけ、ポンポコポ~ン、と妙に浮いた掛け声とともにやってきた)お好み焼は火加減が強くて焦げ焦げ、たれはしょっぱくてお子様ランチのアイスクリームはいつになってもこなかった。焦げたのは私のせいだけど、もう行かない。公園からもう少し先、大通り沿いの、こじんまりしたお店。靴を脱いで中に入ると、ダイニングにテーブルが3つほど。暖炉には火が燃えている。知り合いの家でお昼を食べるような、くつろいだ雰囲気。私達は大きな犬の縫いぐるみと同席して、一番大きなテーブルについた。お子様向けメニューのないところではメニュー選びに苦労する(どうしても私が1.5人前ほど食べる事になってしまう)山菜そば(コーヒー付)、ホットケーキセット、チーズケーキを頼んだ。おそばもケーキもとてもおいしかった。落ち着いた茶系のインテリアが日差しを浴びて優雅なひと時・・ではあったのだけど、いかんせん客が少ない。私たちとすれ違いに一組帰っていって、あとはずっと私としーちゃんだけ。日曜日のお昼だというのに。お店の主も特にもてなし好きというわけではないらしく、その狭い空間にしーちゃんと2人では、あまりにひっそりしていてちょっぴり居心地が悪かった。そして今日、しんしんと雪の降る中ビデオを返しに行った帰り道。“カフェテラス”なんて名前の割に地味でぱっとしない外観でいつもちょっと気にしながらも素通りしていたお店。入ってみると、・・やっぱりちょっと違ったかな?どっちかというとおばちゃんたちのサロン、といった感じだった。“客”もまた、お店の雰囲気の一要素なんだなあ。お客のおばちゃんたちの中に、一人保育園の先生が交じっていてしーちゃんは喜んでいた。ここにも子供向けのメニューはなく、ホットサンドセットとスパゲティグラタンを頼んだ。このグラタン(ちょっと太目の、アルデンテではないケチャップ味のスパゲティにホワイトソースとチーズがとろけた、なつかしい感じの味)が意外としーちゃんのお気に召して、「これしーちゃんの大好物!ここまた来ようね!」と繰り返していた。寒くて台所仕事ははかどらないけれど、またちょっと引き締めていこうかな。ちなみに我が家の夕食レポート:今日はすき焼きをライス・ペーパーで包んでみました。
2003年02月01日
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