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かつて自由を求め自分達の手で選挙制を確立した人たちにとっては、それはどんなにか民主的で、希望と活気に満ちていた事だろう。それがいつの頃からこんな馬鹿げたお祭り騒ぎに成り下がったのだろうか。 コンカイハ、非常ニクルシイ闘イデハゴザイマシタガ、 コンニチマデ、無事タタカイヌイテコラレマシタノモ、 ヒトエニ、皆々サマノオカゲデアルト、○山△男、心ヨリノ 感謝ノ気持チヲノベナガラ、本日、最後ノオ願イニ 参リマシタ・・暖カイゴ声援、有難ウゴザイマス、 ○山△男、○山△男、ナニトゾ○山△男ヲ、ドウゾ、ドウゾ、 最後マデ、ヨロシクオ願イイタシマス・・・エンドレスに続く、泣き出さんばかりの絶叫のどこかに、かけら程でも意味はあるのだろうか。あんたたちの苦しい闘いなんて知ったこっちゃない。許可された期間中目一杯騒音を撒き散らしておいて有難うとは厚顔無恥も甚だしい。最後って・・この人たちにとっては“選挙戦”こそが命の賭けどころで、“最後”はつまり投票の日で、それ以降のことはもうどうでもいいんだろうか。“当選しちゃえばあとはこっちのもの”って臆面もなく言ってるようなものじゃないの?選挙カーに名前を連呼させているおバカには絶対投票しない、と思うけど、あまりにその数が多くてもう誰がどうなのかわからない。どうしてこんな事がまかり通っているんだろう。毎回懲りもせずバカ騒ぎを繰り返しているところを見ると、私みたいなのはよっぽど少数派で、“おっ、頑張ってるな、一票入れてあげようかな”と思う人が多勢で、凱旋カーが選挙の結果に効果的に響いているという事なんだろうか。政治家がバカなのは、つまりは選ぶ市民がバカだと言う事なんだろう。どうして名前を平仮名書きにするの?人の事バカにしてるの?それとも自分が馬鹿でアサハカなの?何十着買ったのか知らないけど、みんなで揃いのショッキングピンクのスタジャン着て、恥ずかしくないの?28才・若者代表、というポスターがあったのでその人にしようかな、と思っていたら、今日、 本日ハ××本人ガ、自転車ニ乗リマシテ街頭ヲ 回ラセテ頂イテオリマス・・と、傍を通りしな、選挙カーが叫んでいた。・・頑張りどころをはき違えてるんじゃないの?私は投票にはほぼ100パーセント出向いている。それが国民の義務である以上当然だと思うし、決まりを守れないなら決まりのないところに引っ越すか自分で決まりを変えるよう努力すべきだと思う。何もしない人には文句を言う資格はない。・・でも、行く事は行くけど選び方は非常にデタラメだ。我ながら。先週の選挙では、ポスターの背景に綺麗な菜の花畑が広がっている人にしようかなぁと思っていたんだけど、しーちゃんが何回も大声で“ママの決めた人、□□やよねえ!”と繰り返したので、嫌になって別の人にした。(なるべく選挙カーで名前を聞いた記憶のない人にした)誰が上手く美辞麗句を扱えるかなんて比較してもさして意味はないと思うし、仮に一人ひとりと一晩ずつを共にしたところで、誰を選べばいいかなんてわからないだろう。だいたい、今の政治を変えなくちゃ、なんて特に思ってない。私は母子家庭だけど、十分悠々と暮らさせてもらっている。正直、選挙には行くけど誰が当選したのかあまり確かめていない。むしろ、やれ消費税が上がったのやれ失業率が上がったの誰それがホームランを打てなかったのと、文句ばっかり言ってる人こそ選挙に行くべきだと思うのに、そういう人に限って行かない。自分では何もしない。私にはバカに見える人たちには私がバカに見え。みなそれぞれに与えられた小さなタームを、それぞれなりに生きている。一生懸命だったり、手抜きだったり。楽しかったり、つまらなかったり。いつだって誰かの大騒ぎは、別の人にはばかばかしく見えるもの。強風と最後のお願いの嵐の中、見に行ったチューリップはさすがに綺麗だった。夜ご飯の後、お誕生日のケーキはどんなのにしようか、しーちゃんと相談した。人それぞれ。それで、いいんじゃない?
2003年04月26日
今年の桜もそろそろ終盤。花びらは風に流れて花吹雪。もう風がなくても、枝に灯る力尽きたものからはらはらとこぼれ続ける。平日の昼下がり、香具師も無人の所が増え、お気に入りの大判焼屋さんは今日はもう店をたたんで消えていた。先週は土曜が雨だったため、日曜は気違いじみた人だかりだった公園。華やかな宴は終わり、またひっそりとした佇まいに戻るのだろう。褪せはじめた色の波長はそっと心に同調し、優しく哀しく私を抱きしめてくれる・・ ~・ ~・ ~・ ~・軽井沢へ。GW,2泊3日でアートトリック美術館、メルシャン美術館、おもちゃ王国、マウンテン牧場を回る予定。“今のうちに”・・自分自身に対する大義名分。親ならきっと“今のうちにしっかり貯めておきなさい”と言うところだろう。私はきりぎりす女だ。生きることを、楽しもう。
2003年04月16日
今日は販売の仕事。いつものデスクワークとは違って、慌しくも楽しかった。・・大好きなおじちゃんと一緒だったから、はその理由の何割くらいだろう。会社への帰り道、少しだけ遠回りをして海沿いの道を走ってもらった。ワイパーの拭う雨滴越しに滲む春の海。5分咲きの桜並木。それら全てに、鉛色の空から静かに雨が降りそそぐ。晴れてたらよかったのにね、とおじちゃんは言うけれど私は雨が好き。綺麗なものを見るたび、敬虔な気持ちになる。私の目が見えなくなる前に、たくさんの素敵な風景を心に焼きつけておくの・・職場に戻るといつもの仕事が待っている。今日もとろとろと残業をしている私より、おじちゃんは先に帰っていく。お疲れ様でした・・と思ったら、戻ってきた。そして寒いから帰りに着ていきなさい、と、車の中にあったウィンドブレーカー(と、いうんだろうか)を貸して下さった。私もおじちゃんもここの職場では少し浮いているので、こういう時私は周囲の視線を痛く感じ、少し戸惑ってしまう。だけどそういう事を気にしない(のか、もしくは気になってもなおかつわざわざ引き返して下さったのか)おじちゃんがやっぱり好きだなあと思う。今日は晴れの予報だったから雨具の用意がなかったのだけど、おかげで1本しかない傘をしーちゃんに使わせる事ができました。おじちゃんありがとう。おやすみなさい。
2003年04月09日
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