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こういう仕事をしていると距離感が麻痺する。北海道や沖縄への商品発送は日常茶飯事、カナダや香港からも注文が入った事がある。当然つたない英語で取り引き内容のメールをする。香港あたりだったらどうせ行くので「香港ドルでも支払いOKです」となる。海外発送ももう慣れたのでEMSとかSALとか大した問題ではない。昨日買った山の雑誌をネパールで仲良くなったアンドレに送ろうと思い今日はもう1冊買った。彼はドイツのハンブルグに住んでいる。「俺、ハンブルグのSTAR CLUBでやった ビートルズのデビュー当時のレコード持ってるよ」って言ったらアンドレはすっごく嬉しそうに笑ったなあ。ドイツからネパールまで自転車で行ったバカなやつなんだ。
2006年02月28日
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今日は名作写真館という本を買った。白川義員さんの山の写真は素晴しい。この中の1枚の写真だけでも実際に見てみたい。こんなすごい山の本がたった¥500。1ページ見るだけでも葛藤が起こる。ずっとじっくり見ていたい、でも早く他の写真も見てみたいっていう。地球って本当にすごいな。本屋さんに行く用事があったら見てみて下さい。
2006年02月27日
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ファッション業界は2月3月はヒマです。冬服は今更買わないし春物を買うにはまだ早い。服を買いに来るお客さんが減れば当然僕の店に来てくれる客足にも影響があります。まあこのぐらいの売り上げが限界かな?商品値段構成や商品数から冷静に判断してそう思わざるを得ない事があります。ぼんやりオリンピックの女子スケートを見ていました。あ~、コーエンちゃんかわいいなあって。で、優勝した荒川選手のインタヴュー。「自分の限界を定めない事が大切でした」はっ! これだよ、これ!僕は冷静に判断して、と言い訳をして勝手に自分の限界を作っていました。頭の中で赤線を引いていました。限界を定めない。資金や体力には確かに限界はあります。でもそれ以前の問題で僕は僕の限界を自分で潜在意識にインプットしていた。よ~し! 一気に霧が晴れた。新しいチャレンジをします。稼いだお金でやりたい事がある。思い出したんです、忘れかけていた夢の1つを。毎日毎日意識をアップさせてるのは疲れる。そりゃボンヤリ落ち着いてる日もあるよ。眠くて目の下がピクピクしてる日もある。でもね、何日も座り込んでるわけにはいかねえんだよ!
2006年02月26日
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店の設備にはお金をかけない方だ。30万の初期投資で店を始めた。レジはなく、電卓であった。1年後にデパートに移転した時段ボールに布をかぶせてリングの陳列台にした。「あ~、お客さん、台にもたれないで~」と言っていた。それでも正直ムチャクチャ売れていた。今でこそ陳列ガラスケースは4本あるが全て廃業するお店からタダで貰った物だ。その他の陳列アミは¥100ショップで買った。天井からかかっている木の枝は山の中から拾って来たものだ。僕には「洗練されたセンス」というものはない。だったらそれを「売り」にすればいいんだよ。あんな店のように、とかのイメージも大事かもしれないけど僕のイメージは自分を反映したものでしかない。ただ、自分らしく。 自分がより自分らしくなるように演出する事もあるけれど結局基準は自分なんだ。
2006年02月25日
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今日は遠路はるばるmiko_ninちゃんが店に来てくれました。彼女と会ったのはこれで2度目です。今日は何と!素敵なプレゼントを持って来てくれました。僕の店「パサール」のロゴが入ったオリジナルZIPPO。これはさすがに嬉しかったなあ。(^_^)こりゃ~ちょっと凄すぎて使えません。でも使ってナンボだからガンガン使います。(Berryくんがデザインしてくれた店名ロゴ)こんなふうにオリジナルの名前彫りもしてくれるんだよ。こんなのをプレゼントしたら男の人は喜ぶよ~。女の人には香水のプレゼントってのもいいね。ZIPPO、香水を買うならMIKONINで!
2006年02月24日
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自宅で朝からムナクソ悪いメールに腹が立っていた。ネット販売の落札者さんからだったがどうにも向こうの都合で話を進めようとしている。その場で返信しようと思ったが時間がなかったので店のパソコンに転送しておいてあとでゆっくり返事してやろうと思っていた。店に着いてパソコンを開きその人に返事を書こうと思ったがまずは頭を冷やしてからにした。誰もいない喫煙所でタバコを吸った。向こうの都合ばかりでセコいヤツだな、と思ったら実は僕も自分の都合だけで話を進めようとしていた事に気付いた。相手をやり込める事しか考えてなかった。相手よりも優位に立ちたい、誰もがそう思っている。でも商売ってのはそんな優位を振りかざしても何の意味もない。むしろ売る側は優位に立ってはいけない。的確な商品知識は大事だが、今の件は割り引き内容である。それはヘコヘコと媚びを売るとは違う。商売は物を売ると同時に満足感も売らねばならない。「商売」は「勝売」ではない。むしろ「商敗」をしている方がいいのかも知れない。「私は負け好きなんです」ある人の言葉を思い出した。タバコを吸い殻入れに入れた後、僕は笑いながら店に戻った。
2006年02月23日
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毎月雑誌に掲載させてもらっている最新号のエッセイをトップページとフリーページに載せました。タイトルは『ロマン』です。いつも頭ではロマンを思い描いているのですがそれを実践するヒマがなかなかありません。ネット販売の対応にかかりっきりでパソコンにかじり付いている毎日です。(T_T)今週あたり「えいやっ」と店を休んで雪山ハイキングに行きたかったんですよ。でも先週の土、日の売り上げが予想より悪く、このままでは微妙に前年比100%を割ってしまいます。シャクだから休まない、仕事します。2月が終わるまであと1週間しかありません。と、ここまで書いた時に愕然としました。1年の1/6が終わろうとしている!?速過ぎる・・・。
2006年02月22日
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カトマンズから東の方に歩いて1時間、パタンというお気に入りの村がある。素晴しい遺跡が建ち並ぶ街並みで12年前僕は最初の交渉をした。1ヵ月後に雑貨屋の開店を控えた僕は村の広場で露店のおじさんに声を掛けられ少し照れ臭く「ビジネスで来た」と答えた。そうして裏通りの問屋に連れてこられたのだ。値段は良心的でぼったくりではなかった。まくしたてる売り方でなかったのが気に入った。ガーネットやシトリンのシルバーリングをとりあえず100個ほど買った。その時は天然石の名前は何も知らなかった。帰国後すぐに宝石店に石の名前を聞きに行った。2階の美容室の隣りで細々と始めた雑貨屋は生活が苦しくなるどころじゃないほど売れなかった。結局そのリングは1個¥500で同業者に流した。しばらくトラウマになるほどの屈辱的敗退だった。そして流した先の同業者さんはそれを完売させた。モノは悪くなかった。立地条件で売れなかったのか?2年前、2度目の移転をした店で僕はもう1度、あえて天然石で勝負した。同じようなデザイン、同じような品質の石。仕入れは100個どころじゃない、勝負だ。店頭でもネットでもよく売れた、売れている。それは時流ではないと自分に言い聞かせている。リトライには勇気がいる。でもあなたはリトライするべきだと 僕は思う。
2006年02月21日
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朝もやの中、キルティプルという村に行ったことがある。カトマンズから歩いて1時間ほどの丘の上の村だ。15世紀の建物がそのまま残っていて、というより空気そのものがまるで中世のようだ。夜明けの村には何もなかった。市場もなければ明かりもない。もやがかかっていて視界は効かなかった。ただ空気が蒼い。迷路のような石畳の路地をただ歩いた。足音がコツコツ響くので静かに歩いた。村のてっぺんには小さなお寺があってそこに座って北を眺めた。やがてもやは晴れ、夜明けのカトマンズ盆地が見えた。ぼんやりとランタン・リルンの山が見えた。星はもう1つ残らず消えてしまっていて冬のネパールの凛とした寒さがあった。レンガ作りの村は夜明けが似合う。ナガルコットでどっさり貰った「たばこ」を吸う。深呼吸して目を閉じ、ゆっくりと煙を吐き出す。僕は空を飛び、中世に戻った。足元の石畳はアミダくじになった。息をする行為も目をつむる行為も全ては阿弥陀が決めたこと。無神論者の僕にも鐘の音は聴こえた。
2006年02月20日
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もう12~3年も前だろうか、カトマンズ郊外のナガルコットという村に行った事がある。電気も水道もないロッジで 夜は何の音もしない。部屋には小さなベッドとテーブルだけ。テーブルには1本のロウソクが置いてあった。部屋からは遠くにエヴェレストを望むことが出来た。漆黒の夜に満天の星がチカチカと光っていた。星の見えない黒い部分、それがヒマラヤを意味していた。そんな田舎だったくせに同じ夜にもう1人日本人が泊まりに来た。夜遅くまでロッジのネパール人や彼と一緒に話し込んだ。翌日の朝、エヴェレストの横から陽は昇り小さな村も恵みの太陽に照らし出された。1日2本しかないバスの屋根の上に乗り村を後にした。彼とはカトマンズまで一緒だった。「今から一緒にスワヤンブーに行きませんか?」と彼が言った。「いや、独りでブラブラ歩くよ」別に彼と一緒にいるのがイヤだったのではない。異国にいる異邦人感覚を噛み締めるには独りであてもなく歩くのが1番いい。「いつか地球のどこかで会おう」とちょっとばかり格好付けて言ってみたものの彼とは翌日街の路地で擦れ違った。狭いな、カトマンズ、というよりも案外お互い行動半径狭いな、と照れ臭い気がして笑った。
2006年02月18日
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こう見えても案外ロマンチストであったりする。いや、実はそうじゃなく、星の名前とかに詳しいただの天文オタクなのかも知れない。高校時代にBerryくんと急に思い立ち岐阜の山奥まで星を見に出掛けた事がある。どこで星を見るかなんてどうでも良かった。ただ北に向かって 終点まで行ってみた。終着駅の駅前ですら天の川が見えた。なのに2人は更に山奥深くまで歩いた。1晩で流れ星を80個ぐらい数えた。その時のBerryくんの日記はここ。時は流れ、そう、随分流れた。先日次男が理科の宿題で星を調べていた。息子と2人で家の前の公園に行った。オリオン座の3つ星の下のM42星雲は本当は淡いピンク色をしてるんだよな、と思った時、子供時代に星を見ていた時の匂いを思い出した。急に中学生の頃に読んでいた「天文ガイド」を買おうと思った。今なら息子は食い付いてくるはずだ。翌日本屋に行ったら売り切れだった。(売り切れで良かったぜ、今740円もしてやがる)まあいいか、本じゃなくて実物を見せに連れて行ってやるよ。
2006年02月17日
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今日は久し振りの定休日です。どれぐらい久し振りかというと何と!元旦以来なのです。おそらく多分きっと皆さんは僕が毎日適当に仕事して過度に遊んでるとお思いでしょうが(まあ当たってますが)実は1ヵ月半の間 1日も休まずに店で9時間半、自宅で4時間ほど毎日こっそりとしっかり仕事をしているのです。次回の定休日は5月中旬。3月4月は休みがありません。(4月5日のストーンズ来日公演の日は昼から休みます)今日も休みと言ってもネットの仕事は家でします。僕には「負けられない人」がいるからです。売り上げ金額で負けられないとか仕事の時間量で負けられないとかそんなチャチな勝負ではありません。いや、「勝負」ではありません、「自分の中の約束」なのです。彼がやるなら俺もやる。ただそれだけ、簡単な事です。目標や指針はあった方がいい。どうにも越えられない壁は皆さんにもありますか?でも絶対に越えてみせる、あるいはブチ壊してやるという壁は。その壁は実は外的なものではなくあなたの僕の内的な壁なのです。
2006年02月16日
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重量超過のオーバーチャージから逃れるためにこのパーツを機内持ち込みにしたのは少し間違いだった。バンコク出国時のX線検査の時と同じようにここ香港でも騒がれるんだろうなあ。僕は確信犯的な冷静さを保ち、笑いを噛み殺し手荷物をターンテーブルに置いて検査員の表情を伺う。流れ作業にウンザリしていた女性係員がモニターを見つめ次の瞬間、目の色が変わり立ち上がって叫ぶ。あー、バンコクの時と同じだ。ちゃんと働いてるじゃないか、よろしい。応援部隊に一気に取り囲まれる。荷物は許可なく乱暴に開けられる。僕の後ろには鉄の棒を構えた男が数人。「何かあったのかい?」ビジネスライクに一応訊いてみる。「いや、何でもなかった」ぞろぞろと持ち場へ戻って行く彼らは「まあ、こんなもんだよな」という雰囲気を漂わせる。それでもほんの少しの緊張感に彼らは我が身の本来の任務を思い出す。僕は彼らにささやかな非日常を贈ったようで心の中ではちょっと自己満足に浸っている。案外中学生あたりに売れるんだよなあ、コレ。
2006年02月15日
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当時は仕事を辞めてしまってたからすぐに地元に帰る必要もなかった。BALI島での居候先から帰国して、どうやって連絡を取ったか忘れたが大阪にいるBerryくんの家にこれまた数日居候した。帰国直後は日本では当たり前のことが新鮮だった。バスが定刻通りに発車して驚いた。ていうか時刻表があること自体におののいた。大阪では2分おきに電車が来てびっくらこいた。ていうかそれなのに駆け込み乗車してる人に驚いた。時刻表に「2分間隔」と書いてあるのに驚愕した。街を歩けば自販機でジュースを売っているのが衝撃だった。お金を入れてボタンを押すとジュースが出てくるなんて。しかも冷えてて、お釣りも間違えずに出てくる。ジュースの中身をビニール袋に移し替えなくていいなんて。蛇口からお湯が出てくる事も感心した。暖かいお風呂にはしばらく馴染めなかった。30度ぐらいの湯加減でもありがたかった。ああ、そうか、思いだした。日本では知らない人に気軽に話しかけちゃいけないんだった。面白いこと考えてても顔を笑わせちゃいけないんだ。1人で笑ってたらおかしな人に思われるんだった。1日1日経つにつれて自分が戻っていく。感化なのか洗脳なのかわかんないけどあの何もないけど何かがあった海辺の村の感覚がモノに溢れた文明社会によってどんどん薄れて行った。旅はストイックであるべきだ。日常があまりに当たり前だから。旅は儚い夢のようだから人はまた旅に出たいと思うのかも知れない。トイモイさんの日記はいいよ。
2006年02月14日
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苦楽を共にした中国人の親友を探しています。先日大事な用があって数年振りに国際電話をしたら電話先には新しい住人が住んでいました。どうやら引っ越してしまったようなのです。電話番号が変わっていたということは市外に引っ越した可能性もあります。中国で1人の人間を探し出すにはどうしたらいいんでしょう?何か方法を知っている人がいましたら教えて下さい。あるいは上海に知り合いがいる人いらっしゃいませんか?上海に探しに行く覚悟もあります。【探している親友の情報です】名前:呂 慶根年齢:40~41歳(1964~65年生まれ)体格:170cm、60kg程度 体格は普通数年前までの住所:上海市戸湾区太倉路162その他:日本で働いた事あり。妻と14歳ぐらいの子供あり。些細な情報でも教えて下さい。よろしくお願い致します。
2006年02月10日
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今日は別に日記ではない。自分のためのリンクを貼っただけ。まあチケット買ったBerryくんが「どれどれ」と見る程度かな。トイモイさんも見るかな?STONESがフットボールのハーフタイムショーで演奏した14分間。このセットを5分で組み立てたって。で、これだけ動き回って彼ら60歳だって、有り得ねえ!
2006年02月09日
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日曜日はあれだけ忙しかったのに月曜火曜はこてんぱんにヒマでした。う~ん、上手く儲からないように出来てる。(T_T)まあ気分転換ってことで今夜も小学校の体育館で遊んで来ました。バスケ、バレー、ドッジボールとやって締めは近所のガキ共と徒競走。オマケにガキ共をおんぶしてスクワットやらされました。久し振りに筋肉痛です。まあその日のうちに筋肉痛が出るってことはいい事だ。身体が歳食うと翌日や翌々日に痛くなるらしいから。でもこの筋肉痛は朝になれば治ってると思います。私は筋肉痛は翌日出ます、ってコメント待ってますよ~。
2006年02月08日
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バンコクのカオサン通りという場所には世界中のバックパッカーがやって来る。ここには日本食も食べれる竹亭というお店もあるしまあとにかく色んな店や宿がひしめき合っている。7~8年前から仲良くさせて貰っている問屋さんでイスラエル人が経営しているパーツ屋さんがある。以前この店に入って行く時に3人の日本人バイヤーと擦れ違った。「わかったか、オヤジ!ちゃんと作っておけよ!」どうやら商品をオーダーしていたようだ。いくら日本語で言っているといってもニュアンスは確実に相手に伝わっている。日本人というのは1人じゃ吠えれないくせに何人かで集まるとやたら強気になれる人種なのだ。「すまない、彼らは同じ日本人だ」下を向いて怒りを押し潰しているオーナーに声を掛けた。「いいんだ、日本人によくいるタイプさ」彼は僕に対しても遠回りに皮肉をぶつけた。「中国で作らせる」とか「タイ人にやらせる」とかそういう言葉を使う同業者はとても多い。カネで着飾った傲慢な人やこの国はいつか手痛いしっぺ返しが来るだろう。その国と比べて所得が多いという事だけで相手を卑下する人間にはどうにも腹が立つ。あの3人組の日本人バイヤーが儲からずに廃業してる事を密かに期待している僕も案外みみっちいけどね。(^^ゞ
2006年02月07日
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今日はお昼頃まで店がヒマだったのですが昼過ぎから途端に忙しくなりました。正月の売り上げ記録を先日抜いたと思ったら今日はまたそれを上回る売り上げでした。ネット販売も今日は大盛況。しかも今週末からはバレンタイン商戦。プレゼントを買いに来てくれるお客さんが見込まれます。よ~し、このまま突っ走るぞ~。ただ面白いことに、こういうのがずっと続く事はないんです。1ヶ月の前半が良ければ後半はさっぱり売れない。前半が売れなくても後半で何とか盛りかえる。上手く出来てるみたいなのです。商売だけではなく、全ての事に言えるんではないでしょうか?子供の頃いじめられてた子が大人になって偉くなってたりお坊ちゃまで育った子が大人になって貧しくなったり。まあ、どこでピークが来るかの違いだけだったりして。店を始めて11年か12年経ちますが思い返してみるとピンチの後が1番売れてるしその時が1番やりがいがあって面白かったような。つまり追いかけてる時ですよね。ピンチになると「やべ、何とかしなくちゃ」と奮い立ちまるで夏休み最終日の宿題やる時のように仕事がはかどるんです。逆にガンガン売れてる時って新しい分野への挑戦をしてないんですよね。僕は気分で生きてる部分が特に多いのでそれが顕著です。慌てふためく時と驕(おご)る時の差が激しくまるでジェットコースターのような生き方。これは直さなきゃいけないな、と思いつつもそれを直したら自分らしくねえぜ、と思ったりしていつも行ったり来たりで結局本能のまま。そうやってこのままいつかくたばるんでしょうね。
2006年02月06日
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朝からSTONESのプロモとインタヴューが見れて気分がいいです。まあ興味ない人にはどうって事ないんだけどインタヴューでのキースのジャケットが僕と同じでニッコリ。(^_^)この前見たインタヴューは30秒ほどだったけど今日のは6分以上もあった。ミック・ジャガーばっかり喋ってイマイチだったけど。だめだ、接客しながら書いてるんでこれだけ書くのに1時間かかっちゃったよ。日曜日だしな。おしまい。
2006年02月05日
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そうだ、昨日2月3日は何の日だったか思い出した。Berryくんのお父さんの命日だったんだ。同級生の友人の中で最も早く父親を亡くしまた身近な存在であったので衝撃でもあった。Berryくんの家には高校時代よく泊まりに行っていたしお父さんにもお母さんにもお世話になった。彼の実家の間取りまで今でもしっかり覚えている。玄関先にどんな物が置いてあったかも。人が死ぬというのは考えてみると絶妙なタイミングで起こるのかも知れない。Berryくんの日記を読ませてもらって改めて感じた。そしてこんな事を書いたら失礼かも知れないが残された者を最も悲しませなかった死に方だったかも知れない。それは彼の父親が完全燃焼して生きていた証だろうし死に行く者が苦しまなかったという遺族の安堵でもある。いつか死ぬ。その時は周りに迷惑をかけず、納得してもらいなるべく悲しませないようにしたいと思う。長生きばかりが脳じゃないしね。生きざまも大事だが死にざまも大事。不謹慎なようだが「あらよっ」と死にたい。まるでちょいと放浪の旅に出掛けたように。
2006年02月04日
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今日は朝から胸クソ悪い警察の捜査員がやって来た。まあ偽者による脅しだろう。私服だったし。個人経営していると右翼だの暴力団だの何だかんだと脅しが入って来るのである。先日買った「マリファナの匂い」というインド香を舐めてみたら舌がピリピリしたと言うのだ。(あはは、お香舐める捜査官いるか?)今鑑識に回していて もし成分が検出されれば営業停止と言う。ラッキーじゃないか、その間放浪の旅に出れるぞ。僕は「あはは、まあ仕方ないねえ」と笑っておいた。「で、警察手帳見せてよ。 今まで何度か【本物の】ガサ入れあったけど毎回見せてくれたよ」「いや、内偵調査の段階では見せられない」はい、この時点で偽者確定ですね。(^^ゞいちいちあんなザコに付き合ってても仕方がない。じゃあ鑑識結果を待ってますね、と帰ってもらった。多分もう来ないでしょう。また来ていちゃもん付けたら殴ってみようっと。それで本物の警官かどうかわかるだろ。本物のガサ入れってのは捜査令状持って来て店の出入り口を警官で固めるんだよな、ナミちゃん。
2006年02月03日
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確か3本目のコロナビールをラッパ飲みし終わった頃、ジョエル・ワイステンは僕にこう打ち明けた。「俺はカナダ人じゃないんだ、ジュー(ユダヤ人)なんだよ」名古屋の裏通りの地下にある外国人が集まるバーだった。「ああ、知ってたよ。だから?」僕は国籍で人を差別した事はない。差別すべきはその人個人の人格の良し悪しだ。ましてや僕はユダヤ系の人達に別に悪い印象を持ったことはない。「ユダヤ系と知られると嫌われる、 ジューってのはそういう人種なんだよ」僕ら日本人だってアジアに行けば何も知らない金持ち大国のお坊ちゃんと思われる。Japanese price と言って日本人価格もあるぐらいだ。物価の違いでボラれるなんてザラにあることだ。「ところでなぜ俺をジューだって知ってた?」「ワイステンのンのスペルが“N”じゃなくて“NN”だからさ。 で、自分の事をジューって言うのを止めろよ、Joe (ジョエル)」ジョーは笑いながら4本目のコロナビールをオーダーして酒の弱い僕がチビチビ飲んでいる1本目のコロナビールにカチンと乾杯の印のボトルを合わせた。
2006年02月02日
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大富豪とした事が真面目に仕事に追われていました。楽天日記にアクセスする時間がないほどでした。今日はレジの中に1万円札が溢れてレジが閉まらない。うひゃ~、すごいっすねえ!とお思いでしょうが先日両替機で1円玉1本(50枚で1本)が欲しい所をネボけて5本も出してしまい、そのうち4本は処理に困ってレジの中に入れたままでそいつが邪魔で1万円札が入るスペースがなかっただけです。どうも僕の身体と頭は朝11時を過ぎないと起きないらしく一応10時開店と同時にネットで買い物をして下さった人達の商品梱包と宛名書きを始めるのですが後で確認すると「あれ?この住所書いたっけ?」って感じです。「月曜日に作ったアメ車は買うな」という諺と同じで午前中の僕は我ながら信用出来ず危ないものです。夜になると元気なんだけどねえ~。(いやいや、そういうイミじゃなく・・・)
2006年02月01日
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