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2ヶ月半も無休で働いた。毎日刺激的で楽しい時もあればもう店を辞めてしまいたい辛い時もある。こういうものは波のように寄せては引いてやって来る。それでも辞めるわけにはいかない。僕にはこれしか出来ないし人の下で働くのはまっぴらだ。全ては自分が選んでやっている。ちょうどいい時に山仲間がハイキングに誘ってくれた。今日の夜から双六岳へハイキングだ。僕の長男も同行する。徹夜でそのまま登山開始のハードスケジュール。かなりの寝不足と精神的疲れがある。でも自分をガンガンいじめてしまえ。歩きながら眠ってしまうほどに歩き抜いて岩の陰や木陰で眠ってしまいたい。出来れば白々と夜が明けるんではなく強烈な朝焼けを喰らいたい。ああ、だからここに来たんだ、と思えるような、自分の苦悩がちっぽけに思えるような。山って救ってくれるんだよね。でも本当は救ってくれるのは山ではなくもう1人の自分なんだよね。さあ、もう1回立ち上がって歩いてみなよ、ってね。
2006年07月31日
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親バカと書いて「Berryくん」と読むのだが何を隠そう、実は僕も相当な親バカである。特に小5の次男にはメロメロである。僕は赤ちゃんの事をバブちゃんと呼ぶ。寝ている時に手を触ると無意識に握り返してくる、というのが僕の中でのバブちゃんという定義である。握り返して来なくなったらそいつはクソガキに進化したということである。うちのバブちゃんは特別なのでもう手を握り返して来ないけれどもバブちゃんである。寝顔は天使のようにかわいいのでそれはすなわち僕にそっくりという事なのである。こんなかわいいバブちゃんが6年生が引退した後のバスケ部の新キャプテンに就任したのである。おそらく相手チームをメロメロの腑抜けにさせて勝利をいただこうという監督の魂胆が見え見えである。
2006年07月28日
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TV出演といっても僕が出演するワケではない。今月号の雑誌のエッセイのタイトルがTV出演なだけである。夜もそろそろふけて来たので寝る。わけあって早起きしないといけないのだよ。
2006年07月27日
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僕の親友が仕事でピンチに立たされている。世間でいうところの左遷というやつかも知れない。うだつが上がらなくての左遷なら知ったこっちゃない。そいつ本人の責任だし、クビになろうが応援もしない。そいつは頭が切れて能力もある。実質その小さな会社を引っ張っている原動力だ。会社の発展を考えてがむしゃらにがんばっていた男だ。下向きの会社を危惧して新しい仕事をガンガン取ってきた。ただ、僕の友達に共通している通り 彼はワンマンだ。正しい道を率先して開拓して走っていれば部下達もついてくると信じていた。いや、振り向いてペースコントロールをしなかったかもしれない。ある時から部下全員がついて行けなくなり彼はウザい上司になってしまったようだ。社長は彼を頼みにしていたのだが部下が全員根をあげてしまったんなら仕方がない。元のように、ただ何となく現状維持の仲良しクラブの職場をみんなが望んだわけだ。僕の親友は左遷となった。きっと職場にはアットホームな雰囲気が戻ったろうよ。能力のあるやつは妬まれ、陰口を言われる。何てレベルの低いことなんだろう。僕の親友にも家族もあるし家のローンもある。世の中そういうもんだと納得して会社の指示に甘んじて左遷の決定を受け入れたことは大人として仕方ないかもしれない。でも僕だったらそんな会社に未練はない。退職金?クソ食らえ!要らねえよ!と辞める。僕は彼よりももっとワンマンだ。自分の信じたことしかやりたくない。僕が毎日読ませてもらっているメルマガに紹介されていた言葉です。「高いハードルを設けて、そこに到達する方法を考え抜くこと。 これが会社や個人の成長につながる。 目標を作ってそこを目指さない限り到達できないし、 目標がない限り衰退すると思いますね。」 柳井正(ユニクロ創業者)3回読んでみて下さい。「考える」ではない。「考え抜く」なんだよね。
2006年07月26日
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トイモイさんの日記に触発されて書くのであるがバンコクのチャイナタウンの外れにある「7月22日公園」(どんな名前や~)は昔はかなりヤバい地帯であった。放射線状に延びた道の中央にこの公園はあり真ん中に噴水があるのでこれがシャワー代わりにもなるというまあ当時から大富豪のワタクシにもありがたい公園であった。近くにはバックパッカー吹き溜まりの楽宮旅社や今はなきジュライホテルがある。(ホテルと言ってもキミ達の想像してる観光ホテルとは格が違う)ここでのんびりとジュースを飲んでいたら真っ昼間だというのに娼婦に声を掛けられた。僕は彼女を見て腰を抜かさんばかりに驚いた。雨宮くん(あ、実名出しちゃった)のお母さんだったのである。あ、間違えた、彼のお母さんにそっくりだったのである。という事なので彼女は当時40歳をゆうに越えていたと思われる。だから当然、娼婦としては期限切れなのかもしれないがその辺は確かめたワケではないので定かではない。当然僕は驚きを通り越して苦笑してしまったのであるがそれが日本人特有の「Noと言えない愛想笑い」にとられたのか彼女はガンガン攻めて来るのである。攻めて来るというよりも言い値をガンガン下げてくるのである。腕をつかまれて逃げ出せない僕がNoNoの連発をしているとついに提示された金額は日本円で千円を割ってきたのである。結局当然のことながら無事に逃げたのであるがあの事件は笑えたけれども物価に物を言わせている日本人の1人として少し胸が痛くなった一件であった。
2006年07月25日
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今日の昼間にある人物が店に現れた。中近東、あるいは西インド地方の人種か?目がぱっちりで顔の彫りが濃い。なおかつ ややいい男だ。ターバンを巻いたらシーク教のインド人って感じの男だ。その男が流暢な日本語で声を掛けて来た。それがBerryくんだとわかるまでコンマ数秒かかった。随分久し振りだな、赤点野郎。(※注:Berryくんは日本人です)昨日も今日も外国人のお客さんが多かった。うちの店はブラジル人の間で評判が良く口コミで毎日のようにやって来てくれる。(※注:だけどBerryくんは日本人です)カトマンズをブラついていると「アナタ、Noタカイヨ、ミルダケ」とうっとうしく声を掛けて来るのは大抵インド人。おっとりとしているのは大抵ネパール人。(※注:だから~、Berryくんは日本人だっつ~の) おわり。
2006年07月24日
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今日は店から帰ってくる時に人助けをしました。折りたたみ自転車のチェーンが外れている女の人がいてちょっとUターンして戻って行って直しました。僕も今日は自転車で通勤だったので。ドラマならば運命の出会いとなるのでしょうが直した後すぐに自転車に乗ってその場を去りました。だってすごく恥ずかしかったもん。油で指が真っ黒になりました。で、思い出したのが20歳ぐらいの夏の日。僕はよりにもよって男と2人で海に行ったんです。ナンパではなく、友人がサーフィンしてる写真を撮るため。まだ人の少ない朝早い時間だったです。撮影を終えて駐車場まで来るとビキニ姿の女の子がインロックをして困っていました。そうそうお目にかかるシチュエーションではありません。で、何を隠そう、僕の趣味、あ違う、特技は針金ハンガーを使ってのインロック解除なのです。決して悪事を働いた事はありませんが。自動車会社に勤務してた頃だったので車の内側の構造まで熟知していたのです。普通車なら30秒、軽自動車なら20秒で開けれます。軽トラックなら5秒以内でOK。その時は近くに落ちていたゴミの中からバーベキューに使ったであろうアミを使ってこれまたドラマのようにススッとドアを開けれたのです。ビキニ姿の子はこれまたドラマのように「お礼にどこかでジュースでも」と言いましたが僕達2人は下心をひた隠したサワヤカが信条なのでなおかつ目のやり場に困ってしまっていて挨拶も早々にその場を立ち去ったのでした。帰りの車の中で僕と新吾くんは(あ、実名書いちゃった)サワヤカ振るって時に非情だな、と自分の臆病なのを棚にあげてお互い「お前はふがいない」と罵りあったのでした。(^^ゞ
2006年07月23日
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友人がCDを貸してくれ、と言ってきたので今日は息抜きということで友人の家に行って来ました。夜10時半集合と結構遅めにお邪魔しました。2年振りに会った奴もいて楽しかったです。会話の中で「子供に携帯電話持たせてる?」ってのがあってみんな中学生の息子には持たせてるそう。僕の家だけが持たせてませんでした。要らねえよ、中学生でケータイなんて。だって僕はこんなに大人でも持ってないし。今や中学生でもケータイは必需品だそうです。必需品?本当にそうなの?あれば便利、じゃなくて必需品?まあその議論はさておき、それ以前に男親が4人揃って子供の話をする、その光景が案外ほほえましかったなあ。みんな歳食ったってことだなあ。ただどこの家の息子も真面目なんだよね。親父になった僕達の方がよっぽどタチが悪い・・・。「俺会社で若いやつの胸ぐらつかんじゃったよ」とか「俺トラックで堤防から落ちちゃって車つぶしたよ」とか。それでいいのだ。そのままみんな突っ走れ。でもキミ達、その中年腹を何とかせいよ。
2006年07月22日
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高3の娘が夏休みになりました。最近僕の店はネット販売がすごく忙しいので店頭のシルバーを磨く時間がありません。ということで明日は娘にバイトでやってもらうことにしました。時給は¥600。ケケケ、それでも喜んでる。(^_^)そういえば僕が初めてバイトというものをやったのは確か中1の時だったと思います。友人の家が農家をやっていてそこでニンジン洗いをしたのです。時給はいくらだったかって?1日働いてニンジン30本ほどでした・・・。まあその友人は小4の時から軽トラックを運転して仕事を手伝ってたから驚きです。中1の時もそいつと普通にドライブしたもんなあ。(^^ゞ中3の時に友人達と昼間からウロウロしてたら土方のおっちゃんが声をかけて来て「おい、学校休んでそんなとこでシンナー吸ってるなら手伝え!」と家の解体作業のバイトをさせてくれました。まあ友人が水道管をブチ壊して逆に怒られて終わり。高1の時は鉄工所で時給¥500でバイトしました。高3の時は歳をごまかして深夜レストランでバイトしました。まあその後、スナックの用心棒だとか色々なバイトをしました。結局バイト代は全て旅費につぎ込んでたなあ。娘はバイト代を何に使うんだろ?真面目な子だからきっと貯金とかするのかなあ。
2006年07月21日
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1年前まで僕の住んでいた多国籍長屋で2~3日前にちょいとした事件があったそうです。ブラジル人の姉弟が深夜にケンカを始めて止めに入ったブラジル人男性がガラスの破片でひじの辺りを切り大出血したそうです。玄関は血の海で、隣りに住んでるおばさん(日本人)が救急車を呼んでも場所がわからずまあかなりの大騒ぎになったとの事です。今回は姉弟のケンカが大きくなっただけなので(でも弟は逃亡中)それほど大した事ではありませんがあの長屋群で傷害事件があったのはこれで2度目です。以前僕が住んでた時にシャブ中のおじさんが隣りの家にバットを持って乱入し日本人男性をメッタ打ちにした事もありました。夕方になるとネパーリーカレーの匂いがしたり不法投棄の車が何度も置いてあったり入国管理局のガサ入れが年に何度もあったりなかなか刺激的で面白い部落でした。未だにあの長屋群には何軒の家があるのかよくわかんないミステリーゾーンです。1人ぐらい部屋で死んでても何年か見つけられないような所。僕は生まれてなかったけどおそらく昭和30年代の日本の縮図みたいな気がする場所です。大阪の西成地区とか鶴橋ガード下とか香港九龍とか重慶マンション一角とかバンコクの元ジュライホテル周辺とか魑魅魍魎(ちみもうりょう)なカオスは大好きです。
2006年07月20日
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息子は部活用バッグにadidasを使っている。それを見て中学生の時の事を思い出した。友人がスポーツバッグを安く買ったと言って見せてもらったらadidosだった。(ロゴも同じ)アジア産のものにはパクリが多く友人が安く買ったカーステレオのパイオニア(pioneer)はよく見たらパイオネア(pionear)だった。(ロゴも同じ)まだまだある。車好きの同僚がタイヤのアルミホイールを買った。天下のBBSを安く買ったと思ったらよく見たら885だった。(ロゴ微妙)まだまだまだある。神戸の三ノ宮ガード下でシャネル(chanel)のTシャツを¥980で売っていたのだがよく見たらチャンネル(channel)だった。まだまだまだまだあるが詳しくは続くというか、トイモイさん頼む。バンコク楽宮旅社1階の安食堂のカシ丼とかドリアンじゃなくてドリアソとかアジアに飛び出してしまったらネタは無限なので反則。
2006年07月18日
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夜、友人からTELがあって初めて気が付いた。今度の土曜日から世の中は3連休だそうである。GW明けから2ヶ月休みなしで働いている。そして1ヶ月後まで無休なのである。もうここまで来ると何月だとか何曜日だとかそんな事はわかんなくなって来ている。いつの間にか1年の半分が終わっている。ただ毎日、ベストを尽くしている。自分が処理出来るであろうギリギリの仕事を作りそれをこなすことに快感さえ覚えている。ハードルの高さは自由だ。自分で決めれる。逆に言えば他の誰もハードルを設定してくれない。自分との闘いを延々と続ける。もっと高い場所へ、もっと自分の可能性を。それによって何が欲しい?わからない。何にも要らない。黙々と山を登るのに似ている。随分つまらない歩き方なのかも知れない。ただもう1人の自分との会話を楽しんでいる。いや、楽しんでるんじゃないのかも知れない。教えを、答えを求めているのかも知れない。何に対する答えなのか。答えがわかったところで さてどうするのか。何にもわからない。適当に無難に穏便に暮らす事は我慢が出来ない。適当に無難に穏便に暮らしてはいないか?ハードルを高くしてみたらどうだ?そんな低いハードルは老人に任せておけ。
2006年07月14日
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僕の店には外国人のお客さんがたくさん来てくれます。TOYOTAの工場が多いからブラジル人が最も多く飲み屋関係のフィリピン人、タイ人、その他インドネシア人やネパール人も来てくれます。白人はほとんどいません。大抵の外国人さんを見て顔立ちやら服装やらまたまた匂いや言葉でどの国の人かわかりますが先日は全くわかんない国の人が来ました。顔立ちはアジア人でも中近東でも南米でもない。そして言葉も完璧な発音の英語で話す。アクセントや訛り(?)がないのです。アメリカ人ほど流暢でもなくイギリス発音(イングリッシュ)なのですがどう見てもイギリス人じゃない。むろん中国人や韓国人でもない。きれいな日本人って感じなのです。「失礼ですがどこの国の人? あまりにきれいな英語を話してるんで」と訊いたら「ルシアン(ロシア)です。ていうかキルギスです」だそう。そうか、その手があったか。あの辺りはノーマークだったなあ。第一正直に言うとウズベキスタンやカザフスタンあたりは位置関係も全然わかんないからなあ。まあそれどころか相手が黙っていると僕は日本人、中国人、韓国人の区別がわかんない。アジアの物売りの子供ってその区別がつくからすげえよなあ。遠目からでも日本人ってわかるとダッシュで取り囲んで商売始めるからなあ。儲けるため、生きるために感覚で覚えたのかなあ。
2006年07月13日
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今夜も体育館開放の日だったので近所の子供達と館内のステージでかくれんぼをした。今日は仕事が忙しく、パソコンで肩が凝っていて体育館に行くのは止めようかとも思っていた。でもこのまま仕事に追われ続けていたらそれこそつまんない大人になってしまいそうなので意を決して、そう、本当に今日は意を決してって感じで店から帰って来てから晩ご飯も食べずにそのまま行った。どこの学校の体育館にもある地下通路。こういう通路って学芸会の時なんかに通ったよなあ。学芸会かあ、あんまり覚えてないなあ。覚えてるのはハーモニカが吹けずに吹いてるみたいな真似してた事と「あれはきっと海に違いない!」ってだけのセリフ。実は僕も昔は小学生だったのである。みんなと一緒に舞台の上で合唱して自分のセリフが近付くとドキドキして。あ~、やっぱり今もあんまり変わってねえか。大人ってそんなもんだよね。生きるってことは学芸会みたいなもんだよね。息を殺してじっと隠れながら僕はそんなことを思って笑っていた。
2006年07月12日
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これも店内の画像なのですが昼間は売れません。閉店間際になるとゾロゾロとそれなりのお客さんがやって来てフタ付きが便利だの倒れないのがいいだなどと吟味に吟味を重ねて買って行かれるわけです。まあ、何と言うか、ほ、本で読んだのですがたしなむ前には「ボム・シャンカール」とマントラを唱えたしなんだ後はチラムをおでこに当て、時計回りに回すそうです。アメリカやヨーロッパでは緑内障やガンの療法に使われロシア、中近東、オセアニアあたりはリーガルです。世界の製造業としての役割を果たすべきアジア各国は白人様の言いつけ通りイリーガルとなっております。以前、不法就労で日本に来ている某国人のアパートに行ったら布団の下に何かをサッと隠したんです。「何だ?ハッパか?エロビデオか?」と訊いたらあたりを伺うように「酒だよ、酒」と言って来たのには笑えました。ある国では違法と合法が日本とは全く逆でそれはインド人の「Yes」は首を横に振り「No」は首を縦に動かすのに似ています。今日の日記、コメント返してくれる人は誰なのか何となく想像は付くんだけど・・・。いかん、仕事に追われて最近寝る時間がどんどん遅くなっていく・・・。
2006年07月11日
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エスカレータを昇って来ると真正面に僕の店があり店の入り口横にデ~ンと陳列してあるのがうちの店で最も品数が売れてるボディーピアスです。売れない日はありません。僕の店の前を通る年配の人達は明らかに「何に使うんだろ?」って表情をしています。たまに質問されて答えたりするとすごく忌み嫌ったような顔をします。僕はピアスはしていませんが今の若い子(これ言っちゃ~おしまいだ・・・)はほとんどの子がしていますよね。ボディーピアスの特徴は「リピーターが多い」という事。最初は安全ピンの太さ程度の穴を開けるのですが人間のサガなのか、どんどん太いのを入れたくなるらしい。(^^ゞ画像の右から1/3ぐらいに見える透明の丸いやつ。このシリーズが最も売れます。太いのは直径30ミリ。つまり3cmのピアスの穴を耳たぶに開けるのです。当然耳たぶの向こうに景色が見える・・・。どこかの部族のようじゃありませんか。で、どうやってそんな穴を開けるかって?16ミリまでなら拡張ニードルというのも売ってるんですがそれ以上の穴にするには耳たぶの穴の内側をハサミで切って拡げるそうです。唇ピアスとか鼻ピアスとか 女子高生は結構やってます。まあ僕の店に来るお客さんはかなり浮いた子ばかりだから日本中がそうだとは限らないけれども。ついでに書いておくと舌にピアスを開けてその穴を段々拡げていって最後には舌を2分割する、つまりヘビの舌のようにするスプリット・タン、これもコアな人達の間では人気です。はい、それでは皆さんご一緒に、ゾゾ~ッ。
2006年07月10日
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今日は店が大忙しでした。今日1日で 月曜日から金曜日までの5日間の合計売り上げよりも断然良く売れました。HPへの入力がほとんど出来なかったぐらい。あれだけあった¥500Tシャツもほぼ完売。レジ裏は空きハンガーの山となっております。アクセサリーの補充に追われる1日でした。ところで、僕がエッセイを載せている雑誌の編集部が僕が店をやってるビルの6Fに引っ越してくる事になりました。今日は編集長さんが報告に寄ってくれました。その雑誌へのエッセイはもう5年になるのかな。去年その雑誌がリニューアルして僕は今 毎月エッセイを書かせてもらってるのですがそれまでは4ヶ月に1度だけ書いていました。4人で順番に書いていたからです。エッセイが1ページ丸ごとのレギュラーになってから雑誌読みましたよ、と声をかけてくれる人が本当に増えました。高校生からおばちゃんまで幅広い年齢層です。感想をメールで送ってくれる読者さんもいます。知らない人から声をかけられる。不思議な感覚です。自意識過剰かも知れないのですが誰が僕の事を見ているかわかんねえな、って感覚であんまり悪い事は出来ねえなあって感じです。(^^ゞ
2006年07月09日
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大富豪なので本来ならば紳士的にフォークなんぞを使ってディナーを上品に食べなければいけないところなのだがたまには庶民レベルの食事も体験しなければと思い1週間に十数回はあえて庶民的な食事をしている。今日の晩ご飯はミートスパゲティだった。他のおかずはない。おかわりナシである。そしてこれまた時々は庶民文化をあえて味わおうとスパゲティは割りばしを使って食べる事にしている。ついでにいうならば梅茶漬けと日清焼きそば、出前一丁も卵かけご飯も割りばしで食べる。大富豪という事を悟られないようにするのは大変である。生活レベルをあえて庶民に合わせるのである。ネパールのポカラからトレッキングに行った際、名前も覚えてない小さな村のロッジで泊まった。山の上の物価は荷揚げの分だけ高くなっているので僕は¥80ほどの麺類をオーダーした。「おー、ジャパニにはチョップスティックを出しますね」とそこのおカミさんは箸を持って来てくれた。一同が見守る中、僕は悪戦苦闘して箸で麺を食べた。丸まったプラスチックの箸じゃ食えねえって。やはり箸は最もチープな四角い木の物に限る。で、デザートは高級なハシシであった。(わかる人はわかる。 (^^ゞ)
2006年07月08日
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僕が中学生の頃だったか、妹がセキセイインコのつがいを飼いました。やがてその夫婦にヒナが5羽出来ました。僕の家族構成は両親とお姉ちゃん、そして3人の妹です。上から2番目の僕だけが男の子でした。インコの親子はまるでうちの家族みたいだね、とみんな微笑ましく思って、そうして時は過ぎました。これまたある冬の朝、妹が鳥かごの上の毛布をめくってみると5羽の赤ちゃんヒナはみんな死んでいました。残っていたのは親鳥2羽だけでした。もちろん妹達はワンワン泣いたのですが、インコに全然興味がないように見えていた父が「かわいそうに、かわいそうに」と目を潤ませて見守っていた事に驚きました。父は自分と親鳥がダブっていたのでしょう。鳥臭いだとか汚いとか文句を言っていた父はそれからは何も言わなくなりました。子供の頃に飼ったペットとの思い出はいつも胸がキュンとなる思い出です。こんなに早く別れる事になるんならもっともっと大事に可愛がれば良かった、と。トイモイさんの日記にも感動しました。
2006年07月07日
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18歳の時、ウサギを飼ったことがある。ホームセンターみたいな所で「ミニウサギ¥980」。白と黒のかわいい男の子で目も黒い。小学生の時に飼ったカメはストレートに「カメ」という名前だったのでそのウサギには誰が聞いてもウサギとわからないようにひねりにひねりを効かせて「ぴょんちゃん」と名付けた。ウサギとして最も似つかわしくない名前のぴょんちゃんは家に連れて来た時は320gという軽さでまさにミニウサギであった。フロ場でシャンプーしてあげたりコタツの中で寝かせてあげたり家の中では結構自由に放してやって僕はぴょんちゃんの小さなフンを拾って歩いていた。しかしミニウサギというのはウソであって1年も経つともはや凶暴な巨大ウサギとなりその辺の猫よりもデカくなったのであった。段ボールの家から脱走を繰り返し70~80cm程の高さの柵は平気で飛び越えこれはいかんと大工の友人に頼み犬小屋ぐらいのウサギ小屋を作ってもらった。2~3年でぴょんちゃんは死んでしまった。食い過ぎが原因であったと思われる。段ボールに遺体を入れて近所の土手に埋めた。スコップで穴を掘り段ボールを埋めて静かにスコップで土をかぶせた。やはり悲しかった。最後に土をかぶせた場所に足を乗せて地固めをした。いきなりズボリと足がはまり固くなったぴょんちゃんの死体を踏んづけた。あと味の悪いお別れであった。
2006年07月06日
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小学校4年か5年の時、お祭りでミドリガメを買った。僕の心はハイジのユキちゃんの毛の色ぐらい真っ白でアルムのモミの木のように真っすぐストレートなのでミドリガメの名前を「カメ」と決めたのは言うまでもない。さて、来る日も来る日も「カメ」と遊んだ。ミドリガメのエサをお店で買って来て学校からは走って帰って来た。僕でもランドセルというものを背負っていた時期があるのだ。学校の「絵を描く会」でも「カメ」を描いた。笑っている僕の上半身の横顔が左側にあってこれまた笑っている「カメ」を右側に描いた。なぜか「カメ」の横顔にはマユゲがあってしかも人間の僕よりもデカく描いた。言っとくがゾウガメではない、ミドリガメである。愛知のピカソと呼ばれていたかどうかは忘れたがその作品は見事金賞を獲った。遠近法ムチャクチャのマユゲガメであったがカメへの愛が金賞を勝ち取ったのだ。そして冬。毎日毎日「カメ」と遊んだ。ある寒い朝、「カメ」は死んでいた。僕はボタボタと涙をこぼし庭に「カメ」のお墓を作って埋めてまた泣いた。カメは冬眠させなければいけないぞ。
2006年07月05日
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おフランスといえば上品なイメージのする国ではあるが動物愛護を通り越して呆れてしまう制度がある。1.金魚鉢で金魚を飼ってはいけない。 (金魚鉢内から外を見ると人や物が大きく見え、 お金魚様に威圧感を与え怯えさせてしまうため)2.ペットの犬は1日3回散歩に連れて行かなければいけない。 (お犬様にも基本的人権ならぬ基本的犬権(略してケンケン)があり ストレスを感じさせるような生活をさせてはならない。)3.海鮮レストランで生きているロブスターを虐待してはならない。 (鮮度を保つために生きているロブスター様を氷の上に置いていたとして 罰金7万円を払わされたレストランが実際にある。)他にも色々あるかも知れない。全知全能トイモイさん、あとはよろしく。ボンヌ・シャンス。
2006年07月04日
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先週はサッカーワールドカップを観てたので寝不足でした。90分で終わらずに延長戦でも決着がつかずPK戦でやっと決まっていたので見終わるのは3時頃。それからネット販売の応対をし始めてました。それに来週開設する物販HPの仕込みで忙しく1日24時間じゃ足りないぜ、って感じです。さすがに楽天日記は後回しというか更新する時間も気力もありませんでした。まあ別に日記を更新しなくてもみんなが待っててくれてるわけでもないしいちいち僕の事を心配してくれる人はいないだろうからね。と思ったら仲良しの人からこの頃日記更新がないけど、という心配(恫喝?)の連絡を貰いました。まあその人の脅迫(?)は聞かなければいけないので (^^ゞ久し振りに更新した次第でございます。最近仕事漬けになってたんで息抜きをサラリと入れてくれたみたいで感謝してます。いいタイミングだったよ、ありがとう。ついでにその人から漢字の質問があったのですが「童心にかえる」の「かえる」は「返る」なのか「還る」なのかそこんとこを皆さん教えて下さい。「還る」で話はまとまってるんだけど。6/20日発売の雑誌の最新エッセイアップしました。
2006年07月03日
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