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シュナさんから教えてもらった本を読んでいる。「神々の山嶺(いただき)」という長編小説である。フィクションなのだが ある意味ノンフィクションだ。主人公のモデルになっているのは森田勝という実在した山男。僕が森田勝を知ったのは18歳の時。「山男たちの死に方」という本でだ。哀しいほどひたむきでそして山で死んでいった本物の山男。あまりに不器用で古臭いタイプの男なのだが今どきのチャラチャラした男よりはよっぽどマシだ。僕は付き合う男は選んでいるつもりだ。基準は魂があるかないかだ。職業、肩書き、年齢、身なり、学歴、そんなものは何の意味も持たない。何て偉そうな事言ってるけど実は僕は相手から基準外で振り落とされてたりして・・・。
2006年03月30日
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山小屋が閉ざされる10月中旬、僕は直前の平日に泊まりに行くことにしている。山全体が紅葉、そして早ければ峰は新雪が積もっている。それにその時期の平日の山は貸し切り状態である。例のように友人を誘っていつもの山小屋へ行った。麓から歩いて8時間、標高2600mぐらいか。徹夜で登って稜線を歩く。昼過ぎからは厚い雲に覆われた。夕方、雲が割れ青空が少しだけ覗く。外に出て雲の動きを読めば夕焼けが見えそうだ。友人と急いでカメラを持ち近くの山に登る。山小屋からはほんの40分。その山の頂上はなだらかで360度の展望が望める。ただっ広い草原のような山、標高2800mちょっと。双六岳、いい名前だ。どちらへ転がっても行けるわけだ。サイコロを振るのは自分自身。振りたくないやつは振らなければいい。そのままそこにいればいい。真っ暗になるまで景色を眺めた後、凍った岩場を下りるのは刺激的だったな。急いで山小屋を出て来たのでせっかく用意してたアイゼンを忘れて来たなんて。すごろくってそういうもんだろ。
2006年03月28日
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雲のない快晴の朝陽は面白くない。雲があるからこそ光が洩れいや、洩れというよりも溢れ、微妙な色合いを醸し出す。この時はデジカメと一眼レフの2機で撮影したのでもっと黄金色に染まった空は一眼レフで撮った。デジカメで撮ったこの写真は空の色がとばないようにホワイトバランスで暗く写した。空が紺色や藍色に染まるこの時間にこの場所からこの写真を撮るためには1番近い山小屋をかなり早く発たないといけない。逆算して星空の下を歩いた者だけが出会う風景。右側に見えるシルエットは槍ヶ岳。もう何度登っただろう。しかし槍ヶ岳は登る山ではないのかもしれない。こうやって遠目に見た方が美しい。槍ヶ岳はいざ登れば垂直のハシゴとか岩に打ち付けられた取っ手とかクサリとかある程度の人なら登る事が出来る。最初に登った時はもっと技術が必要だった。プロセスが簡単だったら面白くない。楽しいかもしれないが、面白くはない。ある瞬間に出会うためにはそれなりの暗い道を歩かねばならないのかもしれない。
2006年03月27日
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朝焼けや夕焼け、あるいは道に咲く花の色など強烈な色彩に目を奪われる場合、その色合いはその時の心理状態が反映される。例えば同じ赤色だとしても元気が出て来る赤と 儚く感じる赤がある。同じ紺色だとしても心安らぐ紺と キュンと張り詰める紺がある。目に見えるもの全ては目に見えない思いをフィルターに通してそれをこちら側に突き返してくる。音楽や風の音にしても同じ。ある日の清々しい朝陽を浴びて心穏やかに深呼吸をしたことがある。目をつむれば逆に全てが見渡せて独りじゃないんだと思ったことがある。朝陽を浴びながら眠ってみようかそれともまた歩き出そうか。どちらにしろ鮮やかな朝だった。
2006年03月25日
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下界は眠っている。雲の下に沈んでいる。早起きしている人がいたとしても今日は曇りか、と思ってるだろう。夜中の3時からライトを照らして黙々と森の中を歩いて来た僕らだけが今日は晴天って事を体験している。雲海を見るとカトマンズの朝を思い出す。1泊¥40の激安宿を暗いうちに出て明け方のスワヤンブナートの階段を昇った。眼下のカトマンズは雲の下で眠っていた。あの日見た物乞いの目が忘れられない。半目の子供を抱いて僕に手を差し出した母親。もう何か食わせてやっても手遅れだろ。階段に座っていた彼女は立ち上がり10歩ほど僕について来てまた座り込んだ。カネが解決するのかよ、でも所詮カネか、でもカネなんかじゃねえ。あっちが穂高連峰だよな、と言う友人の声に僕の意識はカトマンズから引き戻される。今ここでコンビニのおにぎりなんかを食べながらペットボトルの紅茶を飲んでる自分に悪意を感じた。思い描くべきは悪意や偽善への後悔ではない。ただ今を感謝し、全てを慈しむ気持ち。先程飲んだ仙人の滝からの湧き水による翻弄か。
2006年03月24日
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1年半ほど前の日記になりますがプロカメラマンを目指している人の事を書きました。山で会って以来、年始や暑中見舞いなどの交流があったわけですが今日 九州の彼からハガキが届きました。朝焼けの穂高岳のきれいな写真。写真展の案内状でした。写真展。やったね!それなりの道を歩いてるんだ!何だかすごく嬉しかったです。50歳台後半でも夢を追っている。そしてそれを実現させる。何て素晴しいことでしょう。夢は見るものではありません。夢は実現させるものです。夢を奪い取ろうとするのは誰でもない。自分の夢を奪い取れるのは自分だけなのです。それを境遇のせいにしたり他人のせいにしたりそうやって自分に言い訳してしまうのです。僕も店を始める前や始めた頃、笑われたり忠告されたりしました。社会逃避とも親友に言われました。善意で言ってくれたんだけど僕には悪魔の囁きに思えました。いや、天使の誘惑の言葉だったかもしれない。悪魔や天使よりも僕は自分を信じた。カメラマンの彼も同じだと思います。「やったね!おめでとうございます」と言わせてもらいます。
2006年03月23日
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夜明け前、僕は先行して歩いていた。同行の友人は100mほど後ろを歩いている。朝焼けは「雪の広場」で見ようと話し合っていた。僕はいつも勝手に名前を付ける。ラズベリーフィールドとかデコボコ橋とか雪の広場とか、一緒に行ったやつしかわかんないネーミングだ。雪の広場に荷物を下ろし2人はバラバラに行動する。歩けば霜柱の音がザクザクいう。薄暗い谷間から雪解け水の流れる滝の音がする。東の空はいよいよオレンジ色になりどの位置から太陽が昇るかが正確にわかった。谷間を雲が急激に動いて行く。「お~い!こっち来てみろよ!・・・みろよ・・・みろよ・・・」彼を呼ぶ僕の声がこだまする。光線が走る。振り返れば雪の広場はキラキラ光っていた。砕けた鏡がばら撒かれているように。これだね!ここを朝焼けスポットに選んだのは大正解!
2006年03月22日
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この時期は別れだとか出会いだとかそんな季節だけど僕はこれといった春の別れを体験したことがない。違う学校に行くからとか 新しい職場に行くからといってそれで会えなくなるわけではない。本当にお互いが離れたくないと思っていれば距離的なことは問題ではない。心が距離に負けて諦めてしまうだけだ。別れとはもっと違う問題であると思う。確かに会えないと寂しいとか不安はある。いつも傍にいたい、傍にいて欲しいとか。本当に相手が好きならば 愛しているならば自分の心の中に相手を留めておくだけでそれはそれで別れではなく、幸せであると思う。はぅ!こんな事を書くつもりじゃなかった。放浪の達人としたことがガラでもない。(^^ゞ春の思い出というタイトルで雑誌のエッセイを書いたのでそれを紹介したかっただけであった。本日発売号だよ。
2006年03月20日
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人の気配のない場所で人を想い地平線の向こうの彼の地を想う。子供の頃1番星を見つけた事を想い出す。そろばん塾サボって夕陽を見たよな。この時は地平線の向こうに陽は沈まずなぜか地平線のこちら側に陽が落ちた。急に寒くなって来た。もう鳥も鳴いてない。帰った方がいい。どうして?風が強くなってきたから。そうやって風のせいにした。
2006年03月18日
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山の谷間に建っているその小屋のまわりは風の通り道で夜中はガタンガタンと小屋全体がかすかに震える。それでも大抵夜明け前には風は凪ぎ本当の静寂に包まれる。頭上は紺色、眼下は雲海、足元にライトを当てて岩場を1時間登る。まだまだ起き出してくる人は誰1人いない。地球のどこかではぐれたような感覚が襲う。秘密のお気に入りスポットに座り込む。低い潅木に動物のように身を潜め大の字に寝転がると眩暈がする。日の出1時間前、東の空に異変が起こる。僕がどんなに楽しんでても苦しんでても。2時間の地球のショーが終わると30分かけて山小屋に降りる。夜明けを迎えた人達が小屋の前にいる。天空の夜明けはあの丘の上にあるよ。教えたいけど心に秘める。あの丘の上でなら自分の鼓動が聴けるんだ。
2006年03月17日
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来月ナゴヤドームにやって来るストーンズ。今回は本当にスタンド席でゆったり観ようと思ってた。ゴールデンシートの定価が¥55,000。これにはいくら何でも手が出ない、っていうか「引く」。(といいつつ3年前は3列目を¥52,000で2枚買った)先回は特別だったのだ、今回はおとなしく・・・。ヤフオクで見ると最前ブロックは15万円とか20万円。冗談じゃねえ、ROCKのライヴの値段じゃないよ。ところが今回は、先回業界席だった場所も売りに出てる。定価¥55,000席のすぐ後ろのブロック。知る人は知ってるキース側だ。キース側は抜群に値段が高い。ダメ元で2枚で¥60,000で入札した。僕が狙ってる席はステージほぼ正面のキース側。ここよりも悪い席でも1枚4万円以上してる。絶対に今回はこれ以上払わないと決めてパソコンをオフにした。買えなかったら、まあ買えないだろうけどそうしたらスタンド席を定価以下で安く買おうと思っていた。それが落札出来てしまったのだ。しかもそこまで値段は上がらなかった。落札通知のメールを見てしこたま驚いた。今日チケットが届いた。4/5日が楽しみだ。店はもちろん臨時休業にする。
2006年03月16日
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現状を打破したいのはいつでも誰でも同じで僕も今のままでは満足出来ない。足るを知る、隣りの芝は青い、そんな言葉は知っていても胸はうずく。あるビルの人から2号店を出さないか?という話が来た。実質テナント代は無料の条件だ。昨日の夜は色々と商品構成などの策略を練り刺激に胸を躍らせた。今朝はその物件を見に行ってミーティングをした。しかし出店なんて論外の立地だった。そこに百万単位の金をつぎ込むなら今の状態のままで仕入れに突っ込んだ方がいい。今僕は全力ではなく余力を残して歩いている。その事に気付いただけで意味のあるミーティングだった。更に自分らしくこの仕事で走って行く。歩いて行くんじゃない、走って行く。外的要因のせいにするな。全ての最終的な答えは自分の本能に訊け。
2006年03月14日
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先日 ネパール人の友人からすごい事を聞いた。標高5400mだか5600mの峠に自転車で登ったフランス人がいたというのだ。どんな峠かというと、この日記のトップページの写真。後ろに高い山が2つあるでしょ、その真ん中の谷間がソコ。トロン・パスっていうんだけど、そのことは以前日記にも書いた。外国人ってさ、バカだよね。尊敬に値するバカ。奇をてらってバカやるんじゃなくって普通に行動しちゃうんだよ。僕達の想像の枠を平気で超える行動をする。だって氷と雪のヒマラヤに自転車で登る?有り得ないよ、どうやって登る?どころかどうやって降りて来るの?って思っちゃうよね。多分彼らはそういう事考えないんだろうね。上に行っちゃってから「おいおい、どうやって降りるんだい?」って胸で十字架切ってヒャッホー!って突撃するんだろうね。フォードも自動車を納屋で組み立てて「やったぜ、完成!」って時に、一緒にいた奴が「で納屋からどうやって出すんだい?」って訊いて納屋をブチ壊して出したってエピソードがある。そういう生き方 憧れちゃうなあ。思考より行動が先、って生き方 かっこいい。
2006年03月13日
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今日は今年になって初めて自転車で通勤しました。玄関先で自転車のタイヤに空気をピュコンピュコンと入れていつものように裏通りをのんびり走りました。店ではホワイトデーのプレゼントがよく売れました。みんな天然石ネックレス、予算は大抵¥5000ぐらい。ちなみに僕はホワイトデーとかとは無関係です。女の人にプレゼントって滅多にしません。中学生の時にバレンタインのお返しとして4人に同じ物をお返しした事があるだけかな。その中に好きな子はいなかったのでお~い、お返しだぞ、と大っぴらにあげた程度。ああいう義理の混じったイベントは嫌いです。なんて本心を言っちゃいけないな。店員としてアドバイスをしなきゃね。プレゼントを買いに来る男の子、結構緊張してんだよなあ。
2006年03月12日
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7~8年前だったか、「日本へ入国の許可が下りない」と韓国の大使館から1人のネパール人が助けを求めて来た。名前も知らないヤツだったがなぜ彼は僕の名前や電話番号を知っていたのだろう?おそらく日本にいるネパール人の連中から僕の名前を聞いたんだろうとピンと来た。「そうだ、私が身元引受人です。招待したんです」そんな返事を大使館にした。その見ず知らずのネパール人は空港から直接僕の所にお礼の挨拶にやって来た。それ以来仲良くしている。一昨年は彼のネパールの豪邸に居候もさせてもらった。今夜は彼が久し振りに家に遊びに来た。今では日本語はペラペラだ。ネパールの資産も2億円を越えた、これもあなたのおかげだ、あと1~2年でネパールに帰るつもりだ、と言った。まあちなみに彼の日本のVISAは来日した3ヵ月後に切れたままだというのはここでは公にしないでおいてやろう。
2006年03月11日
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先日2冊の本を買った。悠久の山河と天空の聖山という本。これのハードブックは3万円以上したのだが僕が買ったのは文庫本で1冊¥880。「悠久の山河」は主になだらかな中国の山、「天空の聖山」はヒマラヤも含めた奥地の山。各100点ほどのカラー写真とその説明文、そしてほんの少しの紀行文。「天空の聖山」の方の写真が特に素晴しい。仕事の合間にほんの少し読める時間があるだけなので1日10~20ページずつチビチビ読んでいる。子供の頃から宇宙が好きだった。遠い遠い星や銀河系に思いを馳せ、神秘という言葉は宇宙のことを指すのだな、とすら思っていた。高校を出てすぐにハイキングが好きになり日の出前の約1時間の空の色の変化を知ってから宇宙の中でも特に地球が好きになった。かといって特別エコロジストでもないのだけど。スキャナーがあれば 昔から一眼レフで撮り貯めた想像を絶する朝焼けの写真を載せれるんだけど。
2006年03月09日
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ヤフオクで業者が出品する場合「特定商取引に基づく表示」というのが定められた。住所、氏名、電話番号なんかを明記しなくてはいけない。僕は500品以上出品しているので今日から随時説明文を書き直し始めた。ただでさえ迷惑メールが1日50通以上は確実に来るのだがこのプライバシーを無視した規定で更に面倒臭いことにならないかと思っている。でも逆にそれを書くことによってヤフオクを介さずに直接メールでの取り引き件数が増えてもしかしたら出品者には朗報かも知れない。こんな感じ。緊急時以外のラブコールはしないでね。何じゃ この絵文字は?初めて使っちゃったぞ。
2006年03月08日
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山頂は雪雲の中だから視界はゼロだろう。それでもロープウェイは10台に1台ぐらいは乗客を乗せて雲の中に消えて行った。こんな雪の日によく山に来るなあ、アホだなあ、と僕は乗客のことを思ったしこんな雪の日によく山に登ってるなあ、アホだなあ、と窓越しに僕を見つけた乗客は思っただろうな。きっと歩いた方が楽しいよ、タダだし。雪の下から顔を出している新芽も見つけれるんだよ。それにロープウェイの中から「お~い」って叫ぶと恥ずかしいけど登山道からロープウェイに向かって「お~い」って叫んだって全然恥ずかしくないもんね。飛行機に向かって「バイバ~イ」って叫んでも平気だけど飛行機の中から下界に向かって叫んだらヤバい乗客だよね。そんな感じ。
2006年03月07日
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雪が音を吸収していて何の音もない。夢を見ているように時の観念もない。ゆっくりと はらはらと 雪が積もる。足跡を付ける事が罪のようだ。この山を降りた後 僕の足跡が消えますように。
2006年03月06日
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休息が必要だった。先日の日記に店を休もうか迷っていると書いたが翌日 即実行して休みにした。デパートなので本来ならば「都合によりお休みさせて戴きます」だとか「本日定休日」と貼り紙をするのが普通だが本能がほとばしったような字で休む!と殴り書きの大きな貼り紙をした。で、行って来たのが三重県の御在所岳。鈴鹿スカイラインは冬季閉鎖中だったので途中で車を置いて30分ほど車道を歩いた。それから登山道に入りしばらくすると雪が降って来た。雪を踏みしめる音が心地いい。登って行くほどに積雪は多くなりその後 雪も止み展望もなかなかだった。休みを有意義に過ごせた。不在の時間中、ネット販売の売り上げは0件。帰って来てしばらくしたら11件の連続売り上げ。無駄のない完璧なタイミングだ。明日も休もうか?いやいや、ちゃんと働きます。
2006年03月03日
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3月初日から雨だ、かったるいなあ。雨の日はお客さん少ないから休んじゃおっかなあ、なんて思う。好きな時に休めるように防護アミも買ってある。いつでも休める、俺の自由だぜ。年8回の休みだけなんてたまんねえ。でも休まず店に出て仕事をしている。結局この仕事が好きなんだろうなあ。(仕事って感じじゃないんだけどね)休みを取る時は店よりも楽しい事をやる時。何もしないために休みを取るってのは休日に何もする事がない退屈なヤツと同じになっちまう。そんな事考えててもやっぱり心のどこかで何もせずに休む事もありだよな、って思う。無理に休み取らないと延々と走り続けちゃうからな。いつでも手に入れることが出来ると思った瞬間からそれそのものが急激に輝きを失うものもある。無くなってしまうことが決まった瞬間にそれそのものが急激に愛しくなるように。
2006年03月01日
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