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仲良しの同業者のお姉ちゃまから秋の紅葉ハイキングのお誘いメールがあった。(そのお姉ちゃまもこの日記を読んでおられるので ここではあくまでもお姉ちゃまと表現させて戴いております)目的地は僕が2年連続で紅葉を見に行ってる山なのでさて、いつ頃が見ごろだったかなと自分の過去の日記を読み返して調べた。ついでに去年の今日を読んでみたら「来週からお茶とタバコを買いにバンコクに行く」とあった。相変わらずの大富豪ぶりである。おととしの今日は何やってたかも読んでみたら面倒くせえのでリンクは貼らねえけど雨の露天風呂に入っていた。ガックリコ・・・。
2006年09月30日
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トイモイさんの日記にコメントを書いていて久し振りにある人の事を思い出した。以前一緒に働いていた人のことである。彼は日本の裏世界のボスであった○○会長の直弟子として1日1善をしてたかどうかは定かではないが完璧に暗黒の世界に生きていた人であった。ある日、高速道路でスピード違反で捕まり路肩に駐車させられる際にパトカーにぶつけてパトカーを廃車にさせたという荒技を使った。しかも28年間無免許運転のオマケ付きである。普通なら確実に交通刑務所行きである。しかし多分、彼は独自のコネクションを使って翌日何事もなかったように僕に会いに来た。「いやあ、ちょっとてこずったよ」それだけである。その言葉の裏には警察すら手を引かざるをえない巨大なヤミの力が働いたと感じさせられた。そんなひでえ奴もいるんですね、と思うだろうが僕と彼はお互いの命を守り合った恩義を感じているし彼の人柄が大好きなので彼を悪く責める気にはなれない。むしろ引き下がった公安の犬が情けないわなあ。どちらが、何が、誰が正義か。誰もが自分が正義と言う。権力って正義よりも強いんだなあ。(^^ゞちょっと古いけどライブドア関係者沖縄「自殺」事件とかもね。
2006年09月29日
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昨日は来客の多い1日でした。午前中は仲良しの美しい女性がみえたし昼過ぎからはプロの占い師の方がリングを選びにみえたり夕方は常連になりつつあるオバさまがブレスレットの特注品をオーダーしにみえました。1日中なぜか女性客が多かったです。今日は美しい女性に囲まれっ放しでした。(お昼に遊びに来た僕の母は除く)まあこんな日は滅多にありません。大抵はガラの悪い男性客ばかりです。ずばり、僕の店の客層は95%が10~20代の男性です。今日はとことん仕事がたまっています。まあBALIに遊びに行ってたツケだからこれはがんばって乗り越えるしかない。天国の後には地獄が待っていた・・・。
2006年09月28日
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ハルジさんとダギリッチさんと一緒にピクニックに行くのをトイモイさんの日記で暴露されてしまったのだが彼の日記やpuffさんからのコメントを読むとそこは案外キツい登りだという事が発覚した。まあ、キツいのは別にどうでもいい。それよりも初めての山に登るというのは楽しみである。考えてみると僕は最近、「安心な旅」ばかりしている。タイでもバリでも既に勝手を知っていて何となく刺激がないのである。だからいつも無理して裏通りを探索している。とんでもない場所で言葉もわからずただ茫然と迷子になってみたいのだが案外そういう旅をするチャンスがないというかその前に自分で自分をセーブしている気がする。いや、セーブしているというより 情報があり過ぎるのだ。行く前にバーチャル体験をしてしまい実際の旅ではそれを確認しに行くというかあ~情報通りだ、と冷静に納得してしまうのである。じゃあ前もって情報を得なければいいではないか、というとそれはそれで当日に道なんかを間違えて路頭に迷いたくないというとても矛盾した考えになってしまうのである。それを臆病と言うのかも知れない。下調べとか情報収集は程々にボーダーラインを引いておいていきなりガツンとした体験に持ち込めるといいね。
2006年09月27日
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楽天で知り合ったハルジさんとオダギリチガさんと10月20日の夜から登山をすることになった。3人の住んでる場所は中部、関東、上越と全くバラバラである。どこに集合するかというのはここでは伏せておくが3人の出発場所のほぼ中心であろうと思われる某県某JR松本駅に23時集合ということだけヒントを与えておくぞ、高岡よ。目的地は燕岳(つばくろだけ)である。これも3人だけの秘密である。当初は徹夜日帰り登山を敢行しようと思ったがまあのんびりと紅葉を楽しみ山小屋で1泊することにする。この3人のうち まともなのは僕だけと思われるがそれは皆さんの心の中にそっと閉まっておいてくれたまえ。このメンバーと1泊2日で行動してもイケそうだ、という人はぜひ立候補して仲間に加わってほしい。3人はまだ本名も顔も知らないほどなので立候補した人も簡単に仲間に入れると思うし(ただしその前にハルジさんをブログで吟味しろ)のんびり行くので体力に自信がなくても大丈夫。ちなみに僕が七輪担当、ハルジさんがガムテープとホース担当、オダギリチガさん(通称ダギリッチ)が睡眠薬担当である。ネット仲間が集まるってことはそういうコトです、だなんて言わねえからさ。
2006年09月26日
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今日で娘が18歳になった。1ヶ月前から僕の店があるビルの地下で学校帰りと土日にアルバイトをしている。僕は閉店時間と共に電気を消して帰るのだが娘の店はラーメン屋なので片付けがあり僕がビルの外に出る方が随分早い。一緒に自転車で帰るので僕はいつも外で待っている。ある日 守衛さんと話している時に「娘が地下でバイトしてるから待ってるんだよね」と言ったら「あ!な~んだ!あれ娘さんでしたか!」とホッとしたようなガッカリしたような感じで言ってきた。「この男、いつも女子高生と仲良く帰りゃ~がって」と思っていた自分の勘違いにやっと気付いたというような、それでいてロリコンスキャンダルではなかったというガッカリ感がその言葉のニュアンスからバッチリ読み取れたのであった。
2006年09月25日
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BALIで仕入れて来たシルバーアクセの売れ行きが好調である。まあそれは僕が特に力を入れて売っているからでもある。ガンガン売れて在庫が少なくなりヨメに「やべ~よ、またBALIに買い付けに行かなきゃ!」と【仕事なので仕方なくもう1度行かねば】とアピールしたいのである。でも実際はBALIへは仕事のために行かないと思う。先日ある人から「どうしてその道にいるのですか?」と言われた。(なぜこちらの世界に来ないのですか?という意味で)好きだからやっている、そう答えた。嘘や飾りのない本心だと思う。それにその道に進む器でもないしね。
2006年09月24日
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店のパソコンが新しくなった。性能とかの詳しい事はわかんないがとにかく反応が速い。速過ぎて画面の文字が読めないほど速い。小中学校を計9年でストレートで卒業したという英才教育を受けたワタクシでも苦手科目はある。科目というか分野というか、電気が苦手なのである。カーステレオを自分で付けてスイッチONにしたらコードが導火線のようにジリジリと燃えマットが燃えたという事も実は2回ほどある。パテーションだとかCPUだとかの単語を聞くとその言葉を発したやつの胸ぐらをつかみたくなるほどとにかくワタクシは電気には弱いのである。というわけでせっかく買ったパソコンをスイッチONと同時に燃やすわけにはいかないので配線、メールの送受信など一切の設定をヨメに任せた。ワタクシは横からホ~へ~状態であった。しばらく色々とやりにくいだろうが要らないものはガンガン捨てて自分で使い易いようにしなくっちゃな。「年老いた犬は芸を覚えない」という諺があるが僕はまさにその犬状態である。説明書と解説CDはビニール袋に入ったままだ。多分 目次読んだだけで寝ちゃうからな。
2006年09月23日
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今日は久し振りの定休日でした。朝11時半に目が覚めて居間でCDを流してそれから庭の草取りなんかをしました。広大な領地なので大変でした。大きな可燃ごみの袋4個分取りました。それからパソコンを買いに行きました。店のパソコンがもうダメみたいだったからです。今度はメモリーが512あるやつを買いました。富豪ですがつつましく本体だけ買いました。モニターはまだ使えるからです。パソコンショップの店員さんっていうのはどうしていつもイメージ通りの人なんでしょうね。メガネかけててちょっと○ってて話し方もちょっと癖があって。(苦笑)専門用語を並べられても僕にはさっぱりわかりません。夜はブックオフに行きました。羽振りが良いので¥105の本を買いました。中学生の頃読んだんですがもう1回夏目漱石の「こころ」を買いました。
2006年09月22日
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本日発売の「リバ」の今月号のエッセイはアグン山登頂時のガイドさんの話です。あの時は足がボロボロに疲れて「今年はもう山はいいや」とさえ思いました。いや、もっと正直に言えば「あれだけの雄大な景色を見ちゃったので もう日本の山では満足出来ないかも」という何とも微妙な感情でした。ステーキ食った後にハンバーガーは食えない、というかハリウッド映画観たあとに日本映画観るみたいな。でもそれは何か正しくない。それぞれの山にはそれぞれの良さがあり行く時行く時によって自分の感情も違う。10月に中央アルプスに行く予定です。その頃は紅葉真っ盛りか終わりごろ。黄金色の葉がはらはらと舞う最高の季節。葉1枚1枚が僕に答えを突きつける。
2006年09月20日
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アグン山の道案内をしてくれたガイドのニョマンはそれはそれは恐ろしく軽装であった。薄めのウインドブレーカーに懐中電灯、ズボンのポケットにペットボトル、それだけだった。その懐中電灯は随分古い物でしかも電池が無くなりかけておりオレンジ色の淡い光がかろうじて光っていた。僕と息子は予備のライトを持っていたので「ニョマン、これをあげるよ」と言ったらすごく喜んでいた。彼は今夜もこのライトを持って登山者の案内をしてるのかなあ。「これはさあ、日本人の登山客から貰ったんだよねえ」なんて。ニョマン、あんたのことを雑誌に書いたエッセイが明日日本で発売されるんだよ。そのエッセイは明日ここに載せる予定だよ。
2006年09月20日
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会社員の頃から強引に大連休を取ってインドやらネパールやらバリやらタイやらどうして行かせてもらえてたんだろう?ってぐらいに放浪の旅に出ていた。ある時、同じ部署の上司が「タイでは女はいくらぐらいなんだ?」と訊いてきた。男がタイに遊びに行くと言うとそういう風にしか考えないのがJAP野郎の特徴である。僕はそういう目的でアジアに行ってたのではないしそんな風に勘ぐられた自分にも腹が立ち「あんたらおっさんとは違うんだよ」と珍しく食ってかかった事を覚えている。僕の生まれた街は典型的なニッポンの精神的田舎町で地元の消防団の慰安旅行とやらもタイに女を買いに行く旅行をする。とても憐れでムシズの走る習慣である。団体でしか行動出来ない大人達。団体だと途端に強くなる大人達。独りじゃ何にも出来ない大人達。毎日愛想笑いで過ごしてるんだよな。そういう僕は独りぼっちでアジアの風に吹かれている。あんたらとは違うぜと無理に独りになったりしてさ。でも鎖につながれてるよりもずっと楽しいよ。ブーブー言うより空に吠えてた方が割に合ってる。
2006年09月19日
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アグン山の地層のようなこんな石も仕入れて来た。でも石って本当に不思議である。大昔の地表温度が少し違うだけで色が違って名前も変わったりする。特にラブラドライトやムーンストーンみたいに見る角度によって色が変わる石ってのはまさに地球からの贈り物という気がする。そんな石が発掘されて磨かれてそれを日本人の僕が買いに行ってはるばる日本に運ばれて店に出されお客さんに対面するのである。悠久の時空の架け橋をしてると言えば大袈裟だが全てはたまたま偶然の連続である。僕がたまたま海外で見つけたまたま店頭に来てくれたお客さんやたまたまネットで見た人の手元に渡る。いくら僕がそのアクセサリーに思い入れがあり愛着を持ったり愛しく思っていても僕にとっては数千個数万個売るアクセサリーのうちの1個。でもお客さんにとっては1個のうちの1個かも知れない。あの店で買った、あの人から買った、ってレベルじゃなく何万年も何十万年もかけて石が育ちその過程は自分に辿り着くためのものであったとそんなふうに解釈すると更に大きな愛になる。人間に対してもそう思えるといいですね。でもこの石、表面の模様がかなり複雑だからなかなかハードな時間を生きて来たんだなあ。無垢なものよりもずっと素敵だと思います。
2006年09月18日
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BALI島クタのテロモニュメントを通り過ぎた後歩いても歩いてもまだ一向にそれらしき店はない。直射日光が真上から照りつける。僕のバイヤーとしての嗅覚はこのあたりに問屋があるはずだと感じている。情報は何もないが意識を集中してその気配を探す。何の変哲もないアクセサリー屋があった。直感が中に進めと指示をして来る。店内に入ったがやはりつまらない普通の店だ。店員に話しかけて情報を得ろ、と直感がまた言う。奥に通されるとそこにはすごい世界が広がっていた。店の外観からはほど遠く、バイヤーだけが入れるスペース。やはりね、オーナーは中国人だったか。そこで変わった石を見つけた。今まで取り扱ったことのない石が付いたリングだ。極上の石が付いたリングやネックレスがいっぱいあった。でも残念ながらデザインがイマイチの物がほとんど。こちらのラインを下げてやや無理矢理かき集めたがそれでも数キロしか買えなかった。仕入れ予算はあるのに肝心のブツが揃わなかった。まあ初めての街での買い付けにしちゃこんなもんだろう。僕は世界のどの街に行ってもきっと嗅ぎつけられる。
2006年09月17日
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BALI島ウブドゥ村から空港近くのクタに帰る時富豪らしく車をチャーターした。家族5人で日本円にして¥2,000という大金をキャッシュでお支払いである。車中のカセットテープからガムラン音楽が流れていた。今まで聴いた中でも最高の演奏だった。もちろん生で聴くのがいいのだけれどその演奏は本当に心が揺さぶられた。このところ毎晩こうしてパソコンに向かっている時BGMはガムラン音楽である。有線にガムランチャンネルがあるのだがあの曲はいつまで経っても流れて来ない。その曲がかかれば有線のHPで検索して曲名も調べられるんだけど。あの車の中で聴いたのは実はたわいもない普通の曲でただガムランマジックにかかっていただけなのかも知れない。旅の途中ってマジックにかかりやすいから。何でこんなもん買って来ちゃったんだろ?とかさ。
2006年09月16日
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ハルジさんが惜しげもなく日記に顔写真をアップしておられたので僕もアップしてみようと思ったのだがさすがにそれでは明日からファンメールの嵐になると怖いのでイケヅラがわからないようにフラッシュなしのシルエットにした。僕は白黒写真だと写りがヒジョーに悪い。頬がこけていて、まさに犯罪者並みの顔になるのである。それから免許証の顔写真、あれは誰でも顔写りが悪いというのが相場である。ついでに録音された自分の声。あれは随分と妙である。え、自分ってこんな声してるの?と誰もが思う。髪の毛を切り過ぎたり、顔におできとかできたりすると自分じゃすごく気になるんだけど他人からしてみると別に大した事じゃなくいつもと大して変わんないんだよねえ。人は誰でも実はナルシストであったりするわけだ。
2006年09月15日
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昨日は日帰り登山のことを書いたが僕は低血圧のせいで朝起きるのがとても苦手なので「ならば寝ずに徹夜で登ってしまおう」と夜明け前から登ることがほとんどなのである。そのため他の人達よりも行動時間が長い。おまけに満天の星空も見れる。急いで登っているかというと案外そうでもなく景色を眺めながらのんびり登っている。だから汗をかくこともない。日本の山はいい。四季折々の美しさがある。雪解けの川、新緑、沸き立つ雲、紅葉、落葉。そのどれもが自然界の命の輪廻を教えてくれて自己探求の旅になったりもする。自然と自分が一体になるというか同等になるというか視界に入って来る全ての物が自分の一部、あるいは自分は自然の一部という感がある。それに対してヒマラヤや、先回のアグン山はどうだったか?実はそういう感情は抱けなかった。確かに圧倒的なスケール、厳しさを突きつけられた。しかしそこに優しさはなかった。威圧的で拒絶的。一言で言えばこうだろう。確かに神々しさは日本の山の比ではない。しかしその神々しさというのはいわば崇拝的な、こちらが仰ぐようなそれだったのだ。違う国の山ということで自分の細胞が戸惑い、先入観とあいまってそう感じたのかも知れない。僕はまだアグン山の威圧的な魅力から離れられずにいる。アグンマジックにでもかかっているようだ。静かな日本の秋の山をもう1人の自分と歩いた時にそのマジックは解けるような気がしている。
2006年09月14日
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オダギリチガさんの日記に「一緒に槍ヶ岳に行こう」という計画がある。オダギリさんがどこの県の人か知らないしもちろんその美顔も知らない。オダギリさんはこの槍ヶ岳計画に「10月の3000mは大丈夫か?」だとか「6時間以上は歩けないかも」と言っておられる。でも実は僕は全く別の事を危惧している。10月のその連休はおそらく紅葉がとても美しく登山客で山小屋がぎゅうぎゅうではないかということだ。あの布団1枚に見ず知らずの人と一緒に寝るほどの混雑。だから僕は徹夜日帰りで槍ヶ岳を往復しようと思っている。深夜0時に仕事を済ませて家を出て、車を飛ばして4時に麓に到着し11時に槍ヶ岳着、13時頃下山、17時に麓に戻るのは可能である。そのまま温泉に入って車を飛ばせばその日のうちに自宅に戻る事が出来る。時々こんなスケジュールで山に登っている。自称鬼畜と言いながらキリマンジャロ登山で人生を悟ったかのように今はまだ毒が抜けたようになっているハルジさんもオダギリさんと一緒に上高地側から登るみたいである。いっそのことトイモイさんやBerryくん、槍ヶ岳山頂でオフ会というのはどうだろう?僕を除いてキャラの濃い人ばかり、キツいなあ。(^^ゞ子羊のような僕はいじめられないか、それが1番の危惧である。
2006年09月13日
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まあこのあたりが標準的なアヅアにおける二ホソ語である。しかしこれでもお手本を書いたニホソヅソがいると思うのだがそのお手本を書いたやつはきっと頭悪かったのかも知れない。美用品、重力物、どらぞ。他にアヅアでよく見かける看板の代表作には「よらこそいらっレゃいまレた」「またおこレください」がある。以前オートバックスでガしーヅヅャシキを買ったのだがその説明書には「しバーを上にあげろ」だとか「ハソドルを左にお回ししろ」だとか全てが命令調で書かれていたので恐縮しながら使ったことがあるぞ。楽天日記開設1000日目なのにつまらんことを書いてしまった。
2006年09月12日
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BALI島クタで撮影。説明不要。
2006年09月11日
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インド音楽に朝のラーガ、夜のラーガがあるようにインドネシアのガムラン音楽にも宇宙観があります。旋律やテンポで宇宙の時間を奏でるインド音楽に対し、ガムラン音楽は演奏場所でそれを表します。何のこっちゃ?と思われるので具体的に。お寺の境内でお祈りをする時は広場の中心に人々が集まり、境内の左右の隅っこにガムラン演奏隊が陣取ります。片方では激しく主旋律を、もう片方では副旋律を静かに演奏します。これで中央にいる人達はステレオで音楽を聴けます。そして鈴がチリリ~ンと鳴ってしばしの静寂。左右のガムランは音を小さくして演奏します。その時を見計らって第3のガムラン演奏隊が境内の外を演奏しながら歩くのです。目を閉じていると音が3Dとなって平衡感覚がなくなるような錯覚になります。これは観光用の演奏場所や、家で聴くCDなんかじゃ絶対に再現出来ない「音が渦を巻く」ライヴ。儀式の只中でないと体験出来ません。ガムランが境内の外周りを移動する間、人々はプルメリアやブーゲンビリアの花びらを頭の上で合掌させた手の先にはさみ祈りを捧げます。無宗教の僕でさえ宇宙の時の流れを感じ、人間の誕生した過去まで、いや、地球が生まれた遠い過去まで頭の中にイメージが湧きタイムスリップします。こういう儀式ではトリップしたり失神者が出たりするんですがあれは音にやられてるのかもしれません。音の波動だか波長によって麻薬成分が脳内で分泌されるのかも。不思議です。
2006年09月10日
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お祈りが済んでお供えをみんなで分けて家に帰る。市場の横を通り過ぎて あひるの泳ぐドブ川を過ぎてみんな西へと歩いている。明日の明け方までお祭りは続き、明け方、村の誰かの遺灰は海に流される。流されるのではない、正確には還される。寄せては返す波に乗せて還される。僕達のようなよそ者には非日常的な出来事も村のみんなにとっては日常的なこと。当たり前の ありきたりの生活。人が生まれ 人が死んでの繰り返し。みんな家に帰って行く。でも住んでいる家というのは仮の住まいで本当の住まいというものは海の向こうの空の向こうの現世の向こう。居候先の家に向かいながら歩いていると夕焼け空は紺色になりかけていて宇宙に放り出されたような気になった。「かりそめ」だなんていう言葉が浮かんだ。かりそめを忘れたところに日常というものはあるのかも知れない。
2006年09月09日
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今回のクサンバ村訪問は事前に知らせず突然行ったのだが車から降りたらすでに歓迎の輪が出来ていた。着いた当日からBALIの正装に着替えさせられ当たり前のように村の儀式に参加である。ズボンを脱いで腰に布を巻く。スカートみたいなので歩きにくい。お寺に着くと村のみんなが寄って来た。Kapan datang di sini?(いつ着いたんだ?)こればっかりである。居候先の友人は自分の娘に僕の娘の名前を付けていた。それほど思っていてくれたんだ、とこれはかなり感激した。昔小さな子供だった奴らもすっかり大きくなって先月結婚しただの、今はどこどこで働いてるだの嬉しい話題ばかりがあった。歩いて海まで行っても自転車を借りて市場まで行ってもみんなが僕の名前を覚えてて話しかけて来る。ああ、本当にここは僕の第2の故郷。 この中に僕の家族も写ってるけどわかんないでしょ?
2006年09月08日
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大富豪なのでヒルトンやシェラトンに泊まればいいのだが残念ながらBALI島クサンバ村にはホテルがないのであった。いたしかたないので現地の友人の実家に居候である。かれこれ18年の付き合いになる。デンパサールで野宿しようとしていた僕を当時高校生だった彼が拾ってくれたのが発端だ。僕が日本語を彼にみっちりと教え込み今ではリゾート地でガイドをやっているので彼の家に泊まる時は全てがタダである。泊めてくれたお礼に1万ドルの小切手を渡そうと思ったがあえて温情をありがたく受けることにした。芸術の村ウブドゥにも僕の欲求を満たす5つ星ホテルはないのでやむをえず朝食付き1泊¥300の庭付きコテージに泊まった。7年前にも泊まったことがあるのだが宿のおじさんは僕の事を覚えていてくれた。当時は3つしか部屋がなく、1泊朝食付き¥250だったのだが7年で¥50も値上がったことに文句を言ってはいけない。何しろワタクシは富豪なのである。富豪であるにしろ一応宿代は値切ってみた。値切った額は¥65。¥65といってもバカにしてはいけない。3泊したので¥195も浮いたのである。そのくせ「コーヒーの素を買って来たのでお湯をくれ」とか「隣村までバイクで乗せて行ってくれ」とかお世話をしてくれた従業員に色々頼んだのでチェックアウトの時にワタクシは彼にチップを渡した。本来バリにはチップ制度はないのだが富豪の証として渡さずにはいられなかったのである。「少ないが取っておき給え」と渡した額はなんと日本円で¥130もの大金であった。さすがの従業員もこれには腰を抜かして驚いたかというと案外というか全くというか全然感情を顔に出さずにボソリと「トゥリマ・カシ」と言った。 コテージの椅子から撮った夕焼け
2006年09月07日
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ヤツは僕らよりも早くそこにいた。そして雄大な雲海を眺めていた。しかし、なぜお前がこんな所にいるのだ?僕らが這うように登って辿り着いた山頂に。彼の名はドギー。僕は朝陽を見つめる彼に声を掛けた。ドギー、お前を1枚撮らせてくれ。孤高な精神の主だと思っていたのに彼はまるで犬がしっぽを振るように僕のカメラの方を振り向いて姿勢を正した。ロバは英語でドンキー、マヌケ者という意味も持つ。チキンは臆病野郎の意味。猫はキャットだが愛称としてキャティとかキャシーとか言い、キティというのはKids cat(子供の猫)の愛称の略と思われる。ハロー・キティは「こんにちは、子猫」という意味だと思う。ついでに言えばハンフリー・ボガートの愛称はボギーである。映画「カサブランカ」でイングリッド・バーグマンに向かってキザなセリフ50連発をかました男と言えばわかるだろうか。たとえば「君の瞳に乾杯!」とかさ。僕が人間に3回生まれ変わっても吐けない言葉である。おっと、博学ぶりを露呈してしまい申し訳ない。というわけで犬はDogなので愛称はDoggyである。日本語に訳すと「わんちゃん」といったところであろう。さあ、見てやってくれ、彼の勇姿を!
2006年09月06日
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遥か東にロンボク島のリンジャニ山がそびえそこまでに圧倒的な雲海が広がっていた。ガイドのニョマンにインドネシアのタバコ「グダン・ガラム」を勧める。強風でライターの火がなかなか点かない。2人の身体で風をさえぎって火を点ける。2人とも無言であった。山の上では地上よりも無言の意味がよくわかる。少なくとも今この場所に立っている。それが全てを物語り、タバコに火が点いた時にお互い笑う。それだけのために みんな生きているとさえ思う。各国の首脳さん達も通訳をつけずにこうやって同じ山に登ればいいのに。ほんの少しの含み笑いで それだけでいい。
2006年09月05日
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アグン山は活火山なので山頂にクレーターがある。今は噴火していないが硫黄の匂いがする場所もあった。溶岩質なので登る時のスタンスは良い。ただしクレーター側に足を踏み外せば10秒程かけてクレーターの底にたどり着くだろう。落ちたら足首のねんざは覚悟せねばならない。頭から落ちたらコブができるだろう。 カメラを構えてクレーターを覗き込んだがあまりにスケールがデカ過ぎて高度感が上手く出せず広角にしても入り切らなかった。仕方がないのでズームで中腹を撮影した。次回この山に登る機会があればパラグライダーでもやってみたいものである。
2006年09月04日
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全てが二元論である。善の中にも悪が棲み 悪の中にも善が棲む。バリでは道端にひょいと現れるランダという魔物を鎮めるために道端のあちこちに供え物をする。ついでに線香も供えるのである。バリで散歩をするといたる所からお香の匂いがする。人々の祈りが漂っている。供え物の食べ物やお菓子を犬が喰おうが人が踏んづけようがそれは神によってなされた行為。全てを受け入れて許す。鎮める、祈る、許す。バリ・ヒンドゥーの教えを僕ら文明社会の住人は忘れてないか?
2006年09月03日
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コテージの中庭の向こうに陽が沈む。ヤシの木やプルメリアの花を通して太陽光線が幾筋も射し込む。ねっとりと濃い空気の南の島の夕焼け。出来すぎた逆光、濃密な木々。まるでスタジオで使われているセットのようだ。考えてみればこの地球はいわゆる巨大なスタジオだ。OKテイクやNGテイクなんて存在しない。カメラは全てを写しながら常に回り続けている。あなたが死ぬまで。あなたは脇役の俳優ではない。そして主役の俳優でもない。あなたはあなた自身のドラマの監督でありプロデューサーです。
2006年09月02日
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