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最近は夕焼けを見るのが日課となっているのだが陽が傾き始めてから「今日の夕焼けはいいぞ」と思うと家から車で5分ほどの岡崎中央総合公園に行く。最初は独りでよく見に行っていたのだがヨメが同行するようになり、犬も同行するようになり娘も同行するようになり、幸せな気分で夕焼けを眺めている。夕焼けが池に映る素敵なスポットもある。さて、24歳の娘が来年1月に結婚する運びとなり11月中旬から夫となる男性と隣りの豊田市で2人で暮らすことに相成ったのだった。夫となる男性は非のつけどころのない好青年である。こういう男に娘を貰って欲しいと願っていた理想通りの人で娘が引っ越して行ってしまう頃に相手方の両親もわざわざ山口県から会いに来られるとのことである。あとたった2週間で娘が家を出る。いつかはこうなる日が来ることは頭ではわかっていてもいざ実際にそうなると寂しいもんだ。まぁ、ワシゃ泣きゃあせんけどな。(画像:左がヨメ、右が娘。暗くて見えんが下に犬ども)
2012年10月31日
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朝8時頃に起きたら快晴だったので山に行こうと思った。今まで行ったことのない南木曽岳(なぎそだけ)はどうよ?ナビなんてないので簡単にパソコンで地図を見て9時に出発。ところが高速道路が工事で渋滞、一般道でも道が分からず登山口に到着したのは昼の12時過ぎ。いくら標高1670mそこそこの低い山だといっても夕方5時までに麓に下りて来ないと日が暮れる。登った人のレポート読むと往復7時間と記されている。ということでちょっとペースを上げて出発。急な登りの連続でかなり疲れたが1時間半で山頂に到着。頂上から下りた所には避難小屋。見晴らしの良い岩の上でのんびり休憩。おにぎり食べてお茶を飲んで写真を撮って中央アルプスの展望を独り占めである。御嶽山の上を走る雲。「あ、今日はこの雲を見るために来たんだな」と思った。赤い蝶のように紅葉した葉っぱを逆光で撮影。紅葉はね、寝転んで見ると世界が違う。風が吹く度に命が舞い落ちて来るんです。全てはこの宇宙の輪廻の法則。寝転んで撮るから上下が逆だけど上とか下とか左右とかどうでもいいんじゃない?ただこうして目を閉じて。また目を開けて見えたものが真実。足元も色とりどりの死に行く葉。花のような葉っぱ。命をザクザクと踏みにじって歩く秋の山、無情。麓に戻って来たら4時だった。中津川あたりで運転中にオーロラのような夕焼けを見て6時半に自宅に到着。
2012年10月26日
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昨夜は故郷の碧南市に行って同級生5人で集まった後、キンヤ氏の住むアパートに寄って酒盛りをしたのだが(注:僕だけはアルコールが飲めません)同級生のみんなはサワヤカな僕とは趣味嗜好が違うようである。地元の「女子会」には必ず参加する独身ホモのキンヤ氏が1Kのアパートに住んでいるというので怖いもの見たさというか、どれほどの汚れや悪臭の中で暮らしているのか興味津々だったが想像していた男性ヌードのDVDなどは咄嗟に隠したのか見当たらず以外にもきれいに片付いている部屋で少々ガックリ。(笑)インターネットに接続された42インチ液晶TVがドーンと置いてありトシオ氏が「youtubeで『ももクロ』見ようぜ」と言い出したのだが僕はそのような名称は見たことも聞いたこともなくツカサ氏に「ももクロって知ってる?」と訊くとコクリと頷く。どうやら世間から隔離されておるのはワシだけのようである。このブログの訪問者さんの中で「ももクロ」を知らない人のために【ももいろクローバーZ PV】をリンクしておいたのでご覧戴きたい。20秒程度で「止める」をクリックする人が正常なのか、最後まで見惚れてしまうのが世間一般の通常の中年男性なのか?そもそも僕はAKB48にしても前田敦子と大島ユウコしか知らずしかもその2人の区別すら出来ないのであるがキンヤ氏とトシオ氏は「ももクロ」の誰々ちゃんがいい、と画面に釘付けになって「何度観てもいい」と唸っておる。ツカサ氏はいつものように寡黙に画像を眺めているが彼の拳に力が入っていたのをワシは見逃さなかった。こ、これが今の世の中の中年男性の実態なのか?日頃は作業着なりスーツを着て仕事をし、部下に指示を出し携帯の着メロも黒電話のジリリ~ンなんぞの呼び出し音で設定しどこから見ても一般的なやや白髪まじりの50前のオヤヂがもはやスナックに行くのも最近は面倒臭い、と言いながらyoutubeで彼女らのパフォーマンスは芸術に値する、なんぞと嘯き自分の年齢に反して嗜好がロリータ化するのを自己正当化してチビリチビリと酒を飲むのである。(笑)いやはや、ヒサシくん、シンゴくん、タダシくんらが時々行くというおっぱいお触りタイムありの飲み屋でどんちゃん騒ぐ方が健全な中年男性に思えて来た昨夜の出来事であった。(笑)(編集部注記:登場人物のプライバシー保護のため 本日の記事は全て「本名」で書かせていただきました)
2012年10月25日
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先日の日曜日は故郷の碧南市のお祭りに行って来た。店をやっていた18年間、日曜日は休めなかったため随分と久し振りの懐かしい時間を過ごすことが出来た。いや、バイトの子を雇っていた時に行ったことあったかな?18年振りってことはなく、多分10年振りぐらいだ。母は確実に老いが進み、今や一人では歩けない。父も元気だけれどもさすがに庭の手入れなど出来ず小さな庭園風に作られた4つの池のいずれも濁り松の木も伸び放題、落ち葉も溜り放題で憐れみを誘う。わがままに自分の道を歩いた結果、僕は孤立した。家を捨て、親を捨て、地元の友人を捨て、故郷を捨てた。夏目漱石の「門」の一文を借りれば、「或いは捨てられた」。かといって、20数年前にもう1度戻れるとしてもやはり碧南市に留まらずに自分の道を歩いただろう。碧南市のお祭りは神社の境内にやぐらを作りその上から盛大に紅白の餅を投げるのである。多分、皆様の想像を遥かに超えた規模である。餅には当たり餅というのがあって景品がもらえる。70インチ液晶TV、52インチTV、自転車、掃除機、ゲーム機、あと何があったかな?忘れたけれどとにかく盛り上がる。タオルやトイレットペーパーや醤油の景品引き換えなんて餅投げ終了後に延々と引換所で長蛇の列ができる。24歳の厄年の子が1人当たり150万円を出費し、人数が20人しかいないとしても3000万円、そのお金が20分程度の餅投げで一気にバラ撒かれるのだ。毎年将棋倒しで搬送される被害者が出るようだ。本来は奉納した紅白餅のお裾分けとして渡し始めたのだろうが段々過熱して現在の状況になったと思われる。もはやお裾分けにあやかるどころではなく景品に対する人間の醜くあさましい欲求が白日に晒され祭りの後の神社の散らかり様といったら酷いものだ。祭りの後のあの夕暮れ、僕の心境に似ている。西日の射す林の中、灯篭の傍を砂埃と共にゴミが舞う。僕が故郷に置いてきたもの全て、あの夕暮れの中にあった。
2012年10月24日
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このブログを訪問して下さっている人達の中には夜中にトイレで目覚める、という人もいることだろう。お茶や紅茶は利尿効果が特に高いらしいので寝る前にはあまり飲まない方がよろしい。「利尿効果」で検索すると詳しく調べられます。僕は放っておけば10時間や12時間は平気で寝続ける。寝室のカーテンは遮光カーテンなので昼でも暗い。僕は真っ暗でないと眠れないのだ。そしてトイレの夢を普通に見るというのも危ない綱渡りというかでも1度もしくじったことはないのである。(あ、自慢するほどのことじゃねえか)今日発売の雑誌「リバ!」にはトイレネタを書いた。では皆様の失敗体験談をお待ちしております。(笑) ⇒【夢のトイレ】
2012年10月20日
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実に約20年振りに「日曜日に買い物」をした。行ったのは岡崎市のイオンではないショッピング・モール。セレブご用達の高級店、ユニクロで「ライト・ジャケット」を買ったのだ。それにしてもすんげえ数の買い物客である。6ヶ所ぐらいあるレジはどこも満員で5分のレジ待ち。「世の中の日曜日ってこんなんだったのか!」と驚いた。イオンだったらもっとすごい人の数だっただろう。僕が今まで店舗を構えていたビルは一体何だったんだ?とあんなビルで商売をしていた自分が社会から隔離されていたようで今更ながらに情けなさを感じたのであった。そもそも実店舗をやめる決心をしたのは1年間で10店舗も撤退したことによる危惧に対し「営業活動してもどうせ新規の店なんて入店しないよ」と言うビル側の危機感の無さとやる気の無さにムカッと来てその場で「じゃオレの店もやめるわ」と言ったわけだが実は世の中、行く場所に行けば不景気でも何でもなかったわけだ。僕は買い物は大嫌いで、しかも並んでまで買い物をしたくないので途中でヨメに何度も「帰ろう」と言ったが結局買い物を済ませた。ちなみに僕は「趣味はウインドー・ショッピングです」とすまし顔で言う女が最も嫌いなタイプである。「オメエ、窓買うのが趣味なのか」とも思ったりするのだがよくもまあブラブラとショッピングモール内なんぞ歩けるものだ。喧騒から逃れて屋上駐車場に停めた車に戻り空を見上げた。自分はもう社会にアジャスト出来ない人間になったのか?と感じた。何しろ、ネット販売の対応ばかりやっているせいだと思うが夢の中で会う人が話す言葉は「横文字の文章」になっている。夢の中で僕は人と会話をするのではなく、文を読んでいるのだ。しかも相手が英語で話していれば何だかモニャモニャした英語、早口で話せば速読をしているように文を素早く読み進める。2次元の世界に浸かっているのは非常にヤバい。かといって既にもう、人恋しくもない。それどころか山に行って誰にも会わなければ至福すら感じる。ただぼんやりと鳥のさえずりや雲の流れを見て満足している。落ちる木の葉を目で追って目を閉じて時々両手を広げて薄ら笑いすらしている自分にハッ!とするのである。(笑)
2012年10月18日
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先日行った奥丸山の基点、新穂高登山口までは自宅から往復520キロ、片道4時間弱あるのだが僕の車SUZUKI keiワークスで燃費を計測してみたところ何とリッターあたり22.5キロも走れたのだった。(ちなみに町乗りではリッター17~18キロ程度)しかも今回も国道41号線サーキットにおいて約10kmほど全開走行の公道バトルをやったのでそれをしなかったら燃費はもっと伸びたであろう。(バトルをしたのは先回とほぼ同じ区間)何しろ燃料タンクには30リットルしか入らないのに520キロも走って給油もしなかったのであった。(我が市のガソリン価格は現在レギュラー141円)現在「低燃費CVT」と宣伝している軽自動車、あれは酷い。CVTとターボの燃費の相性は最悪、知人のおばさんが乗っているがごく普通の走り方だがリッターあたり10キロ走らないそうだ。他の人達の意見を聞いてもCVTは登りが非常にズルくいわゆる「クラッチが滑っているような状態」という感覚らしい。(注:CVTとはベルト式無段変速装置なので当然オートマです)まあTVで低燃費と宣伝すればそりゃ鵜呑みにするわな。車の性能のことを知っている人ならCVTが低燃費ということなど「嘘言うな」とすぐに分かることなのだがまあアクセルを踏まずに走れば燃費は従来の車と同等にはなるだろう。ところで我が家にあるカプチーノとラパンSSは僕のkeiワークスと同じインタークーラーターボの5速でいずれも全く同じエンジン(K6A)が使われている。3台ともギア比が違うがカプチーノもラパンSSもリッターあたり14キロから16キロの範囲である。なぜ僕のkeiワークスが同じ走り方をしても燃費がいいのか?答えはマフラーを改造してあるからである。その分パワーが上がりトルクが太くなったので同じ速度に到達させるにもアクセルを軽く踏むだけでいいしカプチーノやラパンで3速か4速で走るところを(具体的には5速だとノッキングしてしまうような坂道)でもkeiワークスだと普通に5速に入れても大丈夫なのだ。軽自動車に乗っている皆さん、マフラー交換は燃費が良くなるよ。といっても車検対応の太いマフラーは音がそれなりにうるさいし値段も新品だと4万円から6万円ぐらいする。ガソリン代をペイ出来るかというと疑問ではある。
2012年10月17日
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紅葉の季節には白山方面に行くことにしている。去年は白山チブリ小屋に泊まり見事な紅葉を見ることができた。今年は行き先を新穂高周辺にしてみた。以前から登ってみたいと思っていた山があったのである。前夜に岡崎の自宅を出発して3時間半で新穂高に到着。わさび平小屋まで薄明の林道を歩く。更に歩くと奥丸山への登山道入り口に到着。侵入禁止のロープをまたいで山に入る。朝6時には雲が取れて快晴になるとの予報だったがまだ雲の中を歩いているのか景色は見えない。それでも紅葉は充分きれいだった。あと1週間から10日後がピークかな。雲の動きが早くなってきた。紅葉の森がサーッと見え隠れする。稜線間近で振り返ると笠ヶ岳が姿を見せた。たかが標高2400メートルちょっとだと甘くみていたが延々と急な登りが続きロープで登る場所も数か所ある。富士山に登る方がよっぽど楽だ。奥丸山恐るべし。麓の駐車場から4時間、奥丸山に到着。雲は晴れて360度の大展望。完璧!文句なし!ここで3時間も昼寝をした。究極の贅沢な昼寝だ。奥丸山は槍ヶ岳から延びる中崎尾根にある山でエスケープ・ルートとして利用されている程度のため完全に中央アルプスの大パノラマを独り占めである。ここはもっとメジャーになってもおかしくない。なにしろ槍・穂高連峰をはじめ西鎌尾根から笠ヶ岳までぐるりと何も遮るものがなく眺められるのである。ここはこれから毎年登りたいわ。熊が怖いがここで野宿すれば満天の星空だろうなあ。街の灯は3000メートル級の山に遮られて届かずかといって視野の邪魔になるものは何もない。(注:一応テントを張ることは禁じられています)とにかく奥丸山は久々の大ヒット!駐車場から往復8時間もみておけば大丈夫の手軽な山、(時間的には手軽だが登山道は手ごわい)良い時間を過ごすことができた。久々にすごい筋肉痛になったけどね。登られる方へ。熊除けの鈴は必要。水場は全くありません。
2012年10月14日
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もう10年近くの歳月が経ってしまった。トイモイ氏の今日のブログにポカラのネタがあったので急にポカラでの楽しかった想い出が頭をよぎった。アンナプルナ周辺を巡るヒマラヤ・トレッキングはネパールのポカラという街が出発点であり終着点である。何もない街。山と湖、それから滝や洞窟があるのみである。カトマンズに比べて車も少なくのんびりした場所だ。トレッキング中に仲良くなった人達と山の上で別れる時、「ポカラで逢いましょうね」が合い言葉だった。みんなはポカラに宿を取っていたが、僕は友人宅に居候していてその合い言葉は空約束になるだろうと思っていた。偶然ひょんなことからみんなとポカラで再会を果たしたのだがトレッキング中は毎日毎晩ブツを吸いまくりで夢だか現実だか分からない村から村への生活を過ごしていたのだがポカラに下りてくるや現実に引き戻された気分で再会パーティーは皆さんシラフでレストランに集まっただけで明日にはカトマンズに戻る者、チトワンに向かう者、僕のようにもうしばらくポカラのネパール人宅で居候してからカトマンズの居候宅にローカルバスで戻る者などまちまちだった。想い出はセピア色になるといわれたりするが10年近く経ったポカラでのお別れの日の記憶は脳の色彩感覚が風化してセピア色になるのではなくセピア色の砂埃が静かに舞っていたポカラなればこそだろう。
2012年10月10日
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昨夜の10時頃、娘が犬の散歩から帰って来ると「家の前で外国人の女の人が道に迷ってる」とのこと。外に出ると細い雨の降る中、アジア系の若い女性が我が家のガレージ前に座り込んでいた。友人を尋ねて来たが電話が通じないらしい。訊けばベトナム人で、日本語も英語も通じない。駅に行きたいようなことを言っていたのでまずは車で5分の東岡崎駅まで送って行ったが自分の住んでる最寄りの駅も分からないらしい。電話をかけたいと言ったので公衆電話に行ったが持っている財布の中は5千円札2枚とベトナム・ドンの札束だけ。日本円の硬貨を持ってないというのが非常に怪しい。一旦我が家に連れて帰る際も「ケイサツ・ダメ」だとか言う。「VISAないんだろ?」と訊くと「ハイ」と言う。当然だろう、こういう不法の子達を今まで何人も見てきた。「大丈夫、心配ない」と言うと例のベトナム・ウォンの札束をお礼だと言って全て僕にくれようとする。「ダメ。お金大事だよ」と受け取り拒否をして我が家に入れてヨメの友人のベトナム人に通訳をしてもらって一件落着。深夜0時頃、車で20分程度の別の女性ベトナム人宅に送り届けた。絶対に裏世界のワケありだが、まあ何も訊かないことにしよう。来たばかりの日本で困っていたベトナム人を助けた、簡単に言えばたったそれだけのことである。僕もアジアで現地の子に拾われて泊めてもらったことがある。何も分かんない異国の夜に現地の人に助けられるのは嬉しいものだ。昨夜の雨は本降りだったが、彼女が雨に濡れずに良かった。別れ際に本当に嬉しそうに笑って手を振る彼女が「日本人に助けられた」と思ってくれれば充分である。
2012年10月07日
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岡崎美術館の横には様々なオブジェが並んでいるがそういうゲージュツ建造物は「・・・?」というものが多い。そして何やら、作った本人しか分からない難解な作品名。素材が凝ったものやタイトルにこだわった作品。近くに寄ってそれらに触れたり角度を変えて眺めたりタイトルを読んで作者の意図を探ろうとする試みも芸術だろうが僕はそれらを一切排除した眺め方が好きである。理由は面倒だからだ。頭で考えるゲージュツを全て捨てた鑑賞方法。それは作品自体を真っ黒に塗り潰すことではなかろうか?さすがにペンキをぶっかけることなんて出来ないから最も原始的かつ簡単な方法でそれらを撮ってみる。つまり逆光に晒すわけである。そうすると俄然、形状だの配置だのが前面に出てくる。撮っているうちにフト考えた。まさかこの作者はシルエットを前提にした作品を作ったのか?それでこの夕陽の当たる場所に設置したのではなかろうか?と。昔見たアユタヤ遺跡の夕暮れを思い出す。しかし、そうやってオブジェを眺めてみたものの夕焼け雲に勝る芸術はないな、と思ったのであった。屹立するものより、無常のものこそ儚さという芸術性がある。
2012年10月05日
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こんな秋晴れの日はハイキングに行って昼寝しようと愛知県の五井山(ごいさん)に独りで出掛けてきた。太宰治の本を持って山頂でのんびり読んで秋風が気持ち良くって眠くなったら眠ればよい。まずは久し振りの宮路山(みやじさん)に行った。(クリックすると娘登場)ここは手軽に登れるハイキングコースなので読書や昼寝をするには適していない。他の登山者との挨拶や会話が面倒なのではない。もし自分が登った時に別の人が読書や昼寝をしてたら邪魔しちゃいかん、と慎んでしまうからである。そう思わせないためには誰も来ないような山に行くのがよい。登山道入り口から森の中をのんびり歩いて1時間半。五井山山頂からは三河湾が見下ろせる。夏の色とは違う柔らかさを含んだ空と海。誰もいないのでセルフタイマーで撮影。後ろ姿からでもイケメンっぷりが感じ取れるだろうか?太宰を20ページほど読んでから寝転んで昼寝。時計も持ってないから時間も分からず。いや、時間なんて観念はどうでもよいのだ。山に時計を持って行くことすら僕は嫌いなのだ。まあ、2時か3時ぐらいだろうな、と下山してきた。
2012年10月04日
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今朝は太極拳教室へカンフーシューズの納入に行った。講師の方が教室の隅に折り畳み机を準備してくれて「皆さ~ん、靴屋さんがいらっしゃいましたよ~」は?オレって靴屋なのか?(笑)まあいいや。皆さん試し履きをしてサイズを合わせ購入して下さった。昼下がり、家から歩いてすぐの堤防に行った。子供から先日教えてもらった彼岸花の群生地である。家の近くにこんな彼岸花が咲いているとは知らなかった。この街に引っ越して来て20年。今までこの時期の昼間にその方角に行ったことがなかったのだ。何しろ牢屋の中のようにずっとビル内で仕事をしていたのだ。 ⇒【去年別の場所で撮った彼岸花】白い彼岸花は新鮮な趣きがある。まさに現在の僕の心境を見抜かれたような感じで草の上に座り込み土手に咲いた花を撮った。気持ちは軽やか、見上げれば空を渡る雲。すぐ近くで川の音。赤い彼岸花はまさしく危険な女性の妖しさ。英語で言えば「クラスター・アマリリス」まるで蓼科の高原地帯を歩いているような錯覚。全ての花は蕾が開いた瞬間から生き急ぐ。
2012年10月03日
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朝6時前に起きて薄暗いキッチンでタバコを吸ってもう1度寝たら茶色のガンジス河で泳ぐ夢を見た。トロリとした温かい泥の中で平泳ぎをしたり潜水してこんな気持良い気分のまま死ねたら、と考えた。2時間ほどでまた目が覚めた。ネットの仕事をしてから、娘と納品する商品の手直しをした。別の太極拳教室からカンフーシューズの大量注文があり飛び出した縫い糸をハサミでカットする簡単な作業。午後からは娘と食材の買い物をした。「お父さん、すぐそこの堤防ね、彼岸花で真っ赤だよ」「なぬ、それは見に行かんと」と答えたものの寝転んでまた眠ってしまって起きたら夕方6時になっていた。ピンク色の夕焼けのクライマックスが終わろうとしていた。しまった、こんな凄い夕焼けを見逃したなんて。夕焼けと彼岸花の写真を撮ろうと思ってたのに。それから娘と1匹ずつ犬のリードを持って夕闇の散歩。こういう小さな出来事もいつか2度とできなくなる日が来る。CARPE DIEM(カルペ・ディエム)この意味を知れば悩み煩うこともない。
2012年10月01日
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