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今日は起きたら11時半、11時間も爆睡した。ヨロヨロと起きて冷蔵庫からポカリを出して庭のベンチに座りながらタバコを吸った。オレンジ色のナガミヒナゲシの花が揺れていた。ヒナゲシとキーボードで打ってみるとわかるが漢字で雛罌粟と書くようであるが絶対に読めない。(笑)さて、約1ヶ月前のブログにも書いたのだが数日後から秋吉台で野宿して星空を眺めることにした。その後は島に渡ってのんびりする予定である。実際にどこに行こうか考えているのだが山口あたりは秋吉台しか知らない。他に何がどの辺にあるのか見当がつかないのである。ていうか、ナビもないし地図もないので高速道路をどう走って行けば山口に着くのか、まあ岡崎ICに乗ってからのお楽しみといった感じだ。そもそも愛知県などの主要都市の高速道路は分岐がいっぱいあって迷路のようになっており高速上の分岐看板もパッと見ただけでは判断できない。グルッとループ状になっている分岐なんぞは尚更でどっちだ?と考えているうちに分離帯に激突というそんなことにもなりかねないのである。では、一緒に秋吉台で野宿したいと思われる方、ご一報下さい。現地集合・現地解散というかたちでよろしく。
2013年04月28日
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今日は御在所岳フォトコンテストの発表があった。今年の元旦ピクニックの写真を出展したのだが正直いって「入賞だな。落選でもなければ優秀賞でもない」と現実的な予測をしていて見事に的中した。悲観的だとか希望的だとか、そういうことではなくて己の写真がどのぐらいの評価かを己で分かっているのだ。特別上手くもなければ特別下手でもない、中の上ってレベルだと自負している。写真コンテストというものは、いいカメラだから入選とか悪いカメラだから落選というものではない。露出や構図などの感性、それがほとんど全てを占め、偶発的な出来事を写真に撮れればそれが加算され自分のレベルよりちょいと上に行けるのだと思っている。あとは選考者の好き嫌い。そしてこの御在所岳のコンテストの場合はロープウェイに客を呼び寄せるための写真、そういうものが加味されて選ばれるのだと思う。その点で僕はそういう写真は撮れない。夜明けの写真しか撮れない、ウケ狙いの写真を撮れない、自分がいいなと思った写真しか撮らない。そういう意味で「せいぜい入賞だな」と分かっていた。 ⇒【今年の入選写真はこちら】 ⇒【去年の入賞写真】 ⇒【御在所50周年フォトコン入賞写真】ちなみにモデルは僕の高校生の次男とその彼女。賞金は3人で山分けします。
2013年04月24日
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今日のゴールデンタイムのTVでまた飽きもせず例の如く「あなたが選ぶ昭和の歌謡曲」みたいな番組をやっておりPCで仕事をしながらチラリと振り向いて見ていたのだが新沼ケンジ(漢字分からず)が当時20歳だっただとか津軽海峡~の石川さゆりが当時19歳だったとか「もっと年齢が上だと思ってた」という驚きばかりであった。昭和49年なんて僕は当時9歳だったのだから歌手はみんな30歳とか40歳ぐらいに思っていたのである。さて、昭和の曲というのは現在の歌に比べて味がある。切ないというか一筋というか、恋愛の別れも重くて別れたらドヨ~ン、もう恋などしません的なのである。今月20日に発売された雑誌「リバ」に掲載されたエッセイはまあ3月末に原稿を書き上げて編集部に送ったのであるがまさにそんな「昭和の歌謡曲の裏側」みたいな内容で書いた。世の男が真剣に愛してファンになったアイドル達、彼女らの歌詞は中年男性が書いてんだぜ!って内容だ。 ⇒【妄想ビジネス】
2013年04月23日
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昨日はルークさんとルティさんと一緒に岡崎市の総合公園の芝桜を見に行った。写真も撮ったのだが、どうもしっくりこないのだ。濃いピンク一色で芸がないのもさることながら「人工的に植えられている感」が強くて残念ながら心に何も響いてこないのだ。田んぼに植えられたレンゲ草やコスモス、あれもまあ人工的に植えられたものなのだがランダム加減があるから許せるというか、つまり僕は理路整然が苦手のようである。玄関に置いてある琉球ガラスの花瓶に妻が薄紫色の柔らかい花を買ってきて活けてある。名前はよく聞く花だが、忘れた。白いかすみ草と相まって可憐な雰囲気を出している。夕方、庭の隅にひっそりと咲いているピンクの椿を蕾のうちにハサミで枝ごと切り取ってきてそのブルーの琉球花瓶に投げ込んだ。庭の隅、しかも隠れて見えない場所に咲く蕾なので花が開いても誰からも見られることはない。それを不憫に感じて切って来て飾ってやったのだが実はその行為の方が残酷なのかも知れないな、と思った。この世界で、きれいな花を咲かせても見向きもされない花、そしてそこで死んで行く花もあれば人間のエゴのために切られて花瓶で束の間育てられる花もある。やはり、野に咲く花の方が自由で美しい。せめて花瓶の中で生きる花を毎朝毎夕褒めてやろう。
2013年04月18日
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4月10日で結婚25年、銀婚式を迎えた。で、夫婦で記念にナニをしたかというと、ナニをしたわけでもなく土手で遊んだのである。河川敷に延々と続く芝桜を見つけて車を停め土手を駆け上がって行くとなぜかテトラポット。周りの風景とあまりにもかけ離れたオブジェのようでとりあえずよじ登ってみたのであった。 テトラポットの上から眺めた生まれ故郷は別に新鮮に見えたわけでもなく相変わらず灰色のままだ。数々の犠牲とか別れとか援助とか試練とか幸せとか色んなものの積み重ねで25年が過ぎたのだった。入院中の母親を見舞った時に本当はひとこと言いたかったのだ。「ありがとう。それからごめん」と。自分の道を進まずに両親と暮らしていたならば・・・。でもそれは年老いた両親を持った男ならば誰もが背負っている思いでもある。自分だけが親を見捨てたわけではない。世の中の男のほとんどはそう思っているのだろう。そして残された親は、寂しさを隠し通してこう言うだろう。「あなたが良いと思った道を歩きなさい」空高く、ヒバリが飛んでいた。風に向かって一生懸命に羽ばたいているのにちっとも前へ進んでないようだった。それでも羽ばたくのを止めないのだ。空が痛いほど青かった。
2013年04月10日
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暖かな気温なので自宅庭のベンチに座ってぼんやりと景色を見ていたら椿の死骸。もうこんな季節に移り変わったんだ、と思う。自分を育てた木のために、その足元で腐りゆき来年の椿のために土に還る姿は哀愁を誘う。春なのに、春だからこそ、命の移り変わり。【我が家の椿の死骸の海は見事です】それをまるで忠誠の証とでもしているかのようにその場で腐りゆくしか脳の無い椿に対してタンポポの命の受け渡しは戦略的である。なぜこんな球体になるのかは知らないが絶妙な風のタイミングで離陸して子孫を広げる。この球体を見ると僕の悪戯心は少しの愛情を含みながら「そら、飛んでけ」と軽く指で弾いてやる。途端に子供の頃の遊びを想い出す。
2013年04月09日
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今日は朝から豊田市の行福寺の桜を見に行った。黒々とした門をくぐると短い参道があるのだがその両脇に見事な桜が咲き誇っているのだった。好きな写真家に藤原新也という人がいる。彼の随筆の中にこんなニュアンスの文章がある。「インドでは石ころにもそこに存在する意味を感じるが アフリカの大地で石ころを見ればただの石ころである」桜もまた同じように、咲く場所によって受け止め方が変わる。山で見る桜は「また今年も花が咲く」という自然の神秘を感じ、公園で見る桜はほのぼのとした開放感を感じ、街路樹として見る桜はそれが見事な枝っぷりだったとしてもただそこにある街路樹のうちの1本として流し見をするだけで、今日のように寺の境内で見る桜は厳かに感じるのだった。そよ風に吹かれてはらはらと舞う花吹雪の中に立って空を仰ぎながら髪の上や肩に舞い落ちる桜をそのままに境内に立つ木の看板の文字を目で追った。「桜の花ひとつひとつが佛(ほとけ)なのです」
2013年04月02日
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