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蓮舫候補の地域宣伝は雨で中止でしたが今日は、東京都知事選挙のラストサンデーです。都下の各所で、蓮舫候補を競り勝たせるために、努力されてますが。私などの住んでいる八王子市鹿島ですが、ここでも、午後4時から共産党のイニシアで、モノレールの隣駅で蓮舫候補の地域宣伝が提案されました。残念ながら、断続的に降る雨と、ひさしのない場所だったんで、その宣伝行動は中止されたんですが。そのかわりに、蓮舫候補の6月21日の一コマを紹介します。6月21日(金)に八王子駅でとった89枚の写真ですから、時々のこころもちについて、あくまで私などの推測ですが、その一コマの紹介が可能なんですね。6月20日に告示された東京都知事選、7月7日七夕が投票ですから、今日、6月30日は、ラストサンデーです。事実上の一騎打ちで、現職の小池氏と、市民と野党の蓮舫氏と、真っ向対決です。この最後の、残された7日間ですが。私なりに、勝手ながら、選挙状況を描いてみました。一つ、この都知事選挙ですが、政策論争の回避がはたらいています都知事の一人に対して56名の多数が立候補する。候補者掲示板・選挙公報に一人が20名分くらいも掲示されて選挙の公平性が否定されている。選挙管理委員会に問い合わせると、供託金300万ははらい書類はだされてるから、おかしいけどやむなしと。さらに都政のあり方についての候補者討論は、告示前の記者クラブ主催と青年会議所主催くらいで、あとは開かれない。ようするに、中心者によって政策討論の回避がされていることです。二つ、東京都というのは、日本の顔なんですが、実際は、そこに暮らす都民にとっては、ブラックボックス状態なんですね。国政のニュース報道に比べて、東京都政のニュースというのは、はなはだ少ない。この都知事選挙によって、その現実の姿と、そのあるべき材料が提供されてい事態なんですね。個々のあれこれの問題については、今この時点で、具体的な紹介と、検討がなされつつあるわけですが。都民にとっては、選挙という今この時点で、自己の置かれた状況が、多くはじめて明らかにされているわけですから、それをキャッチし、吟味し、そのあり方を判断するというのは、たいへんなわけでして。それは、外部から見ているのとは違って、じつに大変なことなんです。三つ、判定を下すべき時が近づいてます朝起きて、仕事をして、その間に事態をキャッチして検討する、これはたいへんな作業なんです。これは私なりの絵図ですが、1、小池氏と萩生田・自民党都連と公明党幹部は、持ちつ持たれつの一体ですね。これまでの都政の中心者たちです。この間に、その姿が、利権集団としての癒着のさまがあきらかにされてます。2、みずからの姿が明らかにされることで、反省ではなく逆襲です。相手陣営に対しては「蓮舫=共産党」宣伝で、自己に指摘された問題を回避しようとしていますね。小池氏は、指摘された問題に対して、政策論戦をひたすら逃げてます。あひるじゃないけど、表は平静をつくろい、水面下では萩生田・自民党と公明党などの組織をかためて、都民国民による問題の指摘にたいし、「結果オーライ」で、ねじ伏せようとしてますね。もっともこうした事態は、都民はこれまでの経験からして、いやというほど見せつけられてますから、ごまかされません。3、都民の審判は、この都知事選挙です。その都民は、甘い雰囲気に三度だまされるのか。全国各地で示されている審判ですが、東京はその天王山です。泥沼関係に、ここできっぱりと審判をくだせるかどうかは、日本全体の姿です。しかしその結果は、いまの時点では、誰にももわかりません。あと一週間の、たたかいに、それはかかっています。今日の八王子市大塚では、雨が強く降り出してきたので、大塚のスーパー前の宣伝は中止になりましたが、しかし、明日・7月1日(月)の宣伝は、ひさしのある多摩センター駅です。私たち鹿島の年寄りの3人としては、明日は「雨が降ろうと、槍が降ろうと」、蓮舫候補と都民の願いに連帯して、これまでの思いをはらすべく、この関ヶ原の戦ですが、その一角を担う次第です。
2024年06月30日
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はじめてワンスピーチ6月29日は、恒例の多摩市の永山団地のみかん朝市でしたが、早々に朝市を終了して、7月7日まで残り一週間の都知事選挙ですが、蓮舫候補推薦のワンスピーチをしました、こんなことするのは初めてだったんですが。午前8時50分、あたりには、ほとんどだれもいなかったんですが。掲示板の横ですが、道路に沿って縁石があって、それが演台です。一人方だけ、高齢の男性がベンチにこしかけて朝食をしていたいたんですが。突然の話に、びっくりしたんじゃないでしょうか。「朝市は終わりました。都知事選挙ですが、あと一週間となりました。ハンドマイクは駄目、名前と写真入りのチラシは駄目、と日本の選挙は規制だらけですが、肉声でなら、何を話しても大丈夫だというので。だいたい、ロンドンのハイドパークでも、アメリカのリンカーンでも、昔は拡声器などなかったんで、ひとこと言わせてもらいます。市民と野党の共同候補として蓮舫さんが立候補しています。この選挙、掲示板にしても、選挙公報にしても、大勢候補者はでていますが、各候補者が、都政は何が問題で、何をしたいのか。その政策や争点がわかるようにはなっていません。都民本位の都政をつくろうと明確な政策をかかげているのは蓮舫さんくらいじゃないですか。前回選挙では、4対1と、自民党とその仲間をこえるのは難しい。だけど、東京都民は、かつて革新都政をつくったじゃないですか。都民が立ち上がれば、都民にはその力はある。しかし黙っていては、何もしなくては、そうはなりませんから、ひと言話させてもらいました。蓮舫さんをよろしくお願いします。みんなで頑張りましょう」といったことだったんです。終ってから、「このくらいならどこであってもできる」というのが感想でした。もしかして、これは一つの壁を破ったかもしれませんね。今後と全体の流れを見てみないとわかりませんが。ただ、昨日、神さんから連絡がありました。「あんたのような、ボサボサ頭の、よれよれの汚い服装では、逆にマイナス効果になるから、そのことを注意したほうが良い」と。まぁ、それもその通りなんですが。朝市の方は甘夏が、のこり8袋ありましたが、20分くらいで、すぐに売り切れちゃいしました。
2024年06月29日
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都知事選挙の重大事態を感じました私などは初めてこの都知事選挙で、駅頭宣伝に参加したんですが。6月28日夕刻、京王線の堀之内駅で、蓮舫候補の法廷ビラ配布に参加しました。この写真は、蓮舫候補の6月21日の八王子駅のものですが。これが、今の事態を、私などが感じている現在をしめす姿です。何を言いたいか。本日・6月28日夕方に、京王線・堀之内駅で地域の人たちが法廷ビラを配ったんです。隣駅の多摩センター駅近くに住む私なども、立憲パートナー(後援会)の人とともに、初めてのことですがこの宣伝に参加したんです。この駅頭宣伝に参加してみての私などの感想です。一つは、法廷ビラの受け取りがよくない私などは45分間に10枚でした。一緒に88歳のご婦人ですが参加されたんですが、彼女は30枚の配布でした。「私は、最近ますます気持ちが若くなった。もっと、若い人たちに、思いを伝えたい。そうしたことが、今、沢山出てきている」とのことです。それと、立憲パートナーの方のアドバイスです。「こうした暗闇の風潮の中で、誰が宣伝しているのかまったくわからない。だから、もっと『蓮舫』候補の政策チラシなんだと、くり返し伝えなければ、つたわらない」と、帰り道で感想を語っていました。何が問題なのか?選挙戦は、実質的に、あと残り一週間ですが。私などの感じたことは、有権者は都知事選挙に対して、しらけている。いや、拒否感すらも持っていると感じました。それはそうです。だれだって、選挙掲示板の個所を見れば当たり前です。また、選挙公報の様子を見れば当たり前と思います。掲示板も、選挙公報も、候補者がみずからの抱負を語るようにはなっていない。まともではない事態が、それが、毎日、公然と押しつけられているんです。この事態に、都民がしらけるのは当たり前です。「こんなことは、やめてくれ」とおもうのは当たり前です。私などは感じたんです、今回の宣伝で、駅頭での法廷ビラの受け取りが良くないこと、その原因の一つに、これがあると。まともに、真剣に、都政のあり方を、政策とポリシーというものを、論じ合うようになっていない。それをさけて、一般的なきれいな言葉でもって、肝腎なことをごまかしている、そうした選挙スタイルがあるのを感じませんか。この事態は、それを問題にせず黙っていたら、有権者の都知事選挙そのものに対する不信となって、都知事選挙そのものの拒否され、選挙の投票率がガク-ンと最低なものになりかねません。さらに、選挙公報をごらんになりましたか。56人の候補者ですが、その公約をみていくと、都民生活に責任ある内容を、そのなかに感じられるものが、見つかりますか。これもまた、真剣にまともに都政のあるべき姿を、選挙公報の本来の役割を、示そうとして努力がみつかりますか。それをはたそうとしている候補者というのは、ほんのわずかなんです。情けないけど、それが今の現実です。蓮舫候補の広報は、私からすればピカ一ですが、まったくの森の中じゃないですか。それとして、見つけようとしないと、埋もれてしまって目にはとまりません。いいですよ、個人が思いを述べるのは、それは勝手です。しかし都知事選挙の公報としてはどうでしょうか。本来なら都政への抱負や政策を公けにする場じゃないですか。そこには相応しくない。ところがしかし、その私念のオンパレードじゃないですか。これもまた、政策・争点が見えにくくされている事態です。わたしなどは、こうした選挙事態の全体的な結果が、今日の駅頭でのビラの受け取りの都民の反応の悪さに、率直にでていると感じたんです。残り1週間、これは容易ならない問題です第二に、これは政策の良し悪しを検討するはずの選挙ですが、それをつくるのは容易でない。政策を競う以前の問題で、政策の違いがどうのといった問題ではなくて、それ以前の選挙そのものに対する不信感すら、感じさせられる事態だったんですね。それは選挙戦のとりくみ方にも、原因があると思いませんか。まともな政策論戦を回避して、一般社会には見えない裏側で必死に組織固めしている。それにもっぱら集中している選挙運動スタイルというのがあるじゃないですか。これがこれまでの選挙勝者の姿だったんじゃないですか。そこでは政策も理屈も関係なしといったところです。私などは感じたんですが、このままの事態では、政策も道理もそうした闇の力にねじ伏せらかねません。それは、問題の金権・腐敗勢力が、選挙に勝って、これまで通りのことがまかり通るとのことになります。このままでは国民の批判が、ねじ伏せられてしまうということです。もちろん、そんなことは都民も、国民も、まちがいなく望んではいません。しかし、今回感じた選挙や政治に対する不信感の大きさというものは、尋常な事態ではありません。それが、選挙拒否に、すなわち棄権にむかうことが、今のままではあり得ることなんです。あと、一週間ですこの時代を生きるものとして、事態を少しでもよくしたいじゃないですか。そのためには、今が頑張りどころです。かつて、革新都政をつくりだし、全国を国民本位に引っ張った東京都民です。その後の、いろいろな体験をしてきた都民です。今のこの時が、どのようなチャンスであるかは、この間の苦労からして感じていると思います。いろいろな困難はあっても、都民が主人公として立ち上がる。それぞれが、これまでつちかってきた知恵と創意を発揮して、自民勢力とそれを助ける勢力、そのなかで失望して選挙拒否に向かいかねないひとたちと、そうしたながれ、力との綱引きです。この都知事選挙は、都民本位の道理ある政策を探る努力が、これまでの泥沼から抜け出そうとする、活路をひらく可能性をもっている。しかし、過去の都知事選をふりかえれば、4対1の力関係です。簡単な仕事ではありません。この力関係を「逆転勝利」するためには、革新・民主・平和の、都民の力の立ち上がりが必要です。蓮舫候補はがんばってますが、それだけでは足りない。私なども、これまで、こうした活動をしたことなんぞないんですが、蓮舫氏の支持が、少しでも広げれるように、何が出来るか。あと一週間ですが、頑張ろうと思っています。
2024年06月28日
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明日は私も「蓮舫」宣伝に参加します東京都知事選挙は、6月20日に告示されて8日間がたちました。この都知事選挙ですが、日本社会にとって「関ケ原」的な位置をもつこと。このスタートしてみれば、様相は掲示板にしても選挙公報も、異例づくめです。そうした異例な選挙の事態は、私などは、これまで「選挙のない国に行きたい」と思っていた私なんですが。そりゃあそうです、選挙というものを身近にすると、一刻一秒が大変なんです。一人の家族どころじゃなくなるんです。みんなの暮らしがかかっているから。わたしなどは、そんな経験を、遠い昔にしたことがあって、選挙がトラウマになっていたんですね。ところが、この都知事選挙の異常を見るほどに、この都知事選挙の重大さと、異常さを実感するほどに、普通の事態にひき戻したくなるんですね。しかし、そうはいってもですね、なにができるのか。私などは、そもそもの夢をいだいているんです。一つは、黒い策略の意図はなにか確かにこの選挙の異常さというのは、今、日本国民のすべての人が感じていると思うんです。この黒い策略がしかけられているが、その意図はなんなのか。私などは、その核心は、「政策論戦の回避であり、争点隠し」だと思うんです。選挙公報も見たんです。それには56名の立候補者が、そのすべての人が選挙公報に、みずからの所信を述べています。それは選挙というルールからしたら、それは当然のことですが。しかしその広報を検討してみると、事柄は明確になるんですね。東京都政のこれまでの成果と課題を問い、しっかりした基本的な方向性を提示しているのは、誰か。「選挙公報」を見てやってください。私などの判断はともかくとしてですよ、みなさんで検討してみてほしいんです。今回の異常さ、政策・争点隠しという事態が、どうして起こっているのかが、全体の中に、それが見えてくるんじゃないかと思います。二、これは世界と日本国の縮図と思いますこれは私などの勝手な思いですが。どうして、5年間に52兆円もの軍備増強する、そのために国民の暮らし、福祉、教育、子育てに犠牲を強いる政治が、もっともそうに理屈で合理化されている。農家はそのために減反を強いられており、他方では海外からコメや農産物を輸入している。そんな不安定な仕事に子どもたちに継がせるわけにはいかないじゃないですか。それにもかかわらず、そんな農政が国民の多数の賛成をえてきたんです。これは、おかしいでしょう。その集中点が、この東京都知事選挙なんです。三、この選挙は、実質的に二人の対決ですこれも、私などの勝手な思いですが、この間の都知事選挙は、「木が沈んで、石が浮く」といった事態が、ずーっと続いてきたんです。政策争点なんてくそくらえで、実体は国会議員・都議・区議市議、その基礎には業界・地域団体がその組織力で圧倒する。実際はそんな選挙だったんじゃないですか。候補者なんて、口八丁な適当なことを、にこにことした顔でふれあるき、ただお茶を濁していればそれでよかったんです。その結果が、少子化率の実際にでているし、400万の年収に国保料だけで58万円を徴収される事態です。四、この異常は、何を隠そうとしているのかこれも私などの思いですが。いったいこの争点・政策そらしは、どこを目標としているのか。私などの私見によれば、まともなことを主張しているのは、示そうとしているのは、蓮舫さんしかいないんですね。選挙公報からして明らかだと思うんです。ここを、都民に見せなくさせるために、異常な今回の都知事選挙の姿がある。そのことは、落ち着いて、客観的に見比べれば、ハッキリしてくるんですね。それは、きっと私などの、勝手な認識ではないと思うんです。五、一寸の虫にも五分の魂ですそうだとすれば、です。私などの力は、ほんの微々たるものなんですが。東京都民・1400万人分の、1でしかありません。しかし、その1ですが、明日の夕方の駅頭宣伝に参加して、ビラを配るなりして、1400万人に、しっかりと態度を表明してやろうじゃないですか。ほんとうは、今夕の時点では、自分に何が出来るのかさぐり、迷っていたんですが。ご近所の方と交歓したところ、その方はこの駅頭宣伝に参加するというんです。すでに、きょうも、朝と夕方に、お仲間の5,6名で宣伝してきたというんです。その具体的な様子を、写真でみせてくれました。これで決まりました自分の思いを表にすることが、今は大事なんですね自分の思いにとっても、明日の駅頭宣伝は、それを具体的な形にする一歩なんだということが。私などは思うんです、昔のロンドンのハイドパークの演説も、昔のソヴエトの会合も、昔のリンカーンの演説も、その当時はハンドマイクなんて無い。肉声でのスビーチだったわけですから。心と心なんです。ま、しかし、そんな、夢物語はともかくとして、明日は、私もそれに参加して、国民と都民の一人として、これからの自分の未来をひらくために、これをその第一歩にすることとしました。
2024年06月27日
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都知事選挙公報の異常6月20日に告示された東京都知事選挙ですが、25日(火)にその選挙公報が届きました。中身を見てびっくりしました。同じような顔写真が、ほぼ全14ページのすべてに、19か所も掲載されてるんです。これって、おかしいでしょう。告示後の掲示板の状況が、同一人物が何枚もはられていて異常でしたが、今回は、選挙公報の異常です。同じ人物の顔写真の宣伝が、くり返しくり返し、ずらーっと並んでいる。「なんじゃ、こりゃぁ」です。これは立候補者の平等を破壊するとんでもない所業です。それで、八王子市の選挙管理委員会に問い合わせしてみたんです。すると、「おかしいけれど、届け出書類が整っていて、供託金(300万円)が提出されれば、受け取らざるをうない」「おかしいけれど、しょうがない」というんです。それと、あれこれの人が、その私念を宣伝する場として都知事選挙を利用しているんですね。ほんとうに都政のあり方を検討しようとしているとは、思えない個人の思いを発表する場にしているんですね。私などは、これは新手の都知事選挙の争点隠し、今の都政において、何が問題で、どのような進路を都民は選択すべきかが、問われているのに、それが、たくさんの思念の中に埋もらせてしまう、新手の争点隠しだと思うんです。いいですよ、どんな人が立候補しようと、何人の候補者が出ようと。いま私たちは、従来の首長選挙での選択とは異なる事態を、この都知事選挙で経験しているんですが、これは、東京都知事選挙という選挙だけの問題ではないと思います。そう思って、紹介させていただいてるんですが。こうした形での都知事選挙の現実の争点を見えなくさせる力が働いていると思いますが、それでも、この錯綜させられた状態の中にあっても、きっと都民は自らの未来をつかみとると、私などは思っています。そのために、このブログも含めて、努力を尽くすということです。
2024年06月26日
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東京の課題を示す蓮舫・宇都宮対談7月7日投票の都知事選挙は、5日間が過ぎました。この間、この都知事選挙では、何が問われているのか、さまざまに材料が提供されつつあります。私などは、候補者の討論会などで、それぞれの政策の対比が期待されるんですが。そもそも選挙というのは、その候補者が、何を一番したいのか、それはどのような精神によるものか。今の東京都政はどのような課題を抱えているのか。選挙というのは、一人ひとりがこれらを知る大切な機会じゃないですか。それで、自分自身で、さまざまな報道の材料を集めて、検討しているわけですが。今回は、注目される一つの対談を紹介します。蓮舫候補と宇都宮健児元日弁連会長との対談ですしんぶん「赤旗」の6月23日付に掲載されてます。この対談は、残念ながら、1400万人の都民の多くの人たちには、なかなか届かないと思うんですが、これは、今、東京都知事選挙が直面している課題が、よくわかる対談だと思うんですよ。宇都宮健児さんという人は、これまで都知事選挙の候補者を担ってた経験のある人じゃないですか。元日弁連会長として、平和と権利、都民のくらしをまもって活動してこられた方じゃないですか。その思いをもって、対談しています。「(宇都宮) 私は2014年都知事選で『困ったを希望に変える東京へ』をスローガンに立候補した経験があります。ぜひ、蓮舫さんには、困っている人が、希望をもって生きられる都政にしていただきたい。(蓮舫) 大先輩からもったいないお言葉です。・・・・・」二人が響きあう対談になっているんです。ここでは、もちろん個々の課題や具体的な政策が語られているんですが、「少子化対策と子育て支援」「神宮外苑の再開発、環境問題」「関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼問題」「PFAS汚染の問題」「学校給食などの多摩格差の問題」等々。しかし何よりも、その基礎にあるポリシーです。二人がそこで響きあって語り合われていることです。だから、全体が整合性をもっていること、それが語り合われているんですね。本来なら、選挙ですから、もっとそれぞれの候補者が問題を語り合って、その思いを、論点を明らかにすべきですが。アメリカ大統領選などは、各地に移動して、候補者が何度も討論しているじゃないですか。日本は・・・。とにかく、この対談は、都知事選挙について、その大事な点が、都政に対する思いや政策的課題や、そのポリシーが、その内容がよく語り合われていると思います。その締めくくりのところですが、「(宇都宮) 私は12年、14年、20年の都知事選に立候補しました。お話を聞いて、私の思い、私の掲げた政策を全部託せるような候補者だと思いました。私も全力で応援します。」ということで、この対談は、この都知事選挙の大切さがわかる対談として、読ませてもらいました。ただし、この大事な中身を広い都民に届けるには、候補者だけでは無理です、みんなの努力が必要です今の選挙は、争点をかくして、暗闇選挙を強いようとしている選挙です。がしかし、そうではあっても選挙です。一党一派のバラバラな力じゃダメなんです。1400万都民に、選挙の声を届けるためには、都民が希望をもって生きられる都政をつくるためには、かつて、革新都政をつくりだしたような、党派を超えた都民の立ち上がりが必要です。一人ひとりが創意と熱意をはっきすることで、この壁を打ち破るしかないですね。どれだけの人がたちあがるか。そうした状況をつくるか。少なくとも、こうした内容を、努力してしっかりつかんで、立ち上がるということですが。あと、12日間ですが、この努力にかかってます。
2024年06月25日
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東京都知事選挙の、二人の違い6月20日に告示された東京都知事選挙ですが、二つの姿勢の違いを感じさせられています。日本の首都・東京ですが、この間のあり方を審査して、今後の1400万人のあり方を問う選挙です。前回の反省です紹介しましたが、私などの前回(2020年)の都知事選の反省ですが、候補者の政策の違いが、コロナ事情を理由に、討論会などで明らかにされなかった問題があります。そもそも選挙は、各候補者が4年間の施政をどうみて、これからをどうするのか、この点を有権者にしめして、選択を問うものです。ところが前回は、結局、候補者の討論会といったものは、まったくなかったんですね。まぁ前回は、コロナによるものとしておきましょう。しかし問題は、1400万人の代表を選ぶという都知事選挙です。ふり返っておもうに、そこには各候補者の選挙への姿勢、選挙のすすめ方の違い、この問題での違いがあったように思います。前回をふりかえると、選挙のとりくみ方の問題。有権者に見えるところの政策や街頭演説などの活動が大事なことは言うまでもありませんが、それとは別に、人の目には見えないところでの水面下での組織的な活動とがあるようでして、私などには裏金同様にその実際は分かりませんが。しかし、前回の私などにとって意外な結果は、この問題を直視せざるを得ないんですね。今回もまた、同じ形が展開されてます一方は、政策などは適当な一般論を言うだけで、その実際は必死になって票集めに組織がうごかしている。まるで「アヒルの水かき」のように、人によると「ステルス」作戦と名づけてるようですが。普通の人に見える表では、もっともそうな抽象的政策を、にこやかな芸能人のような余裕の装いで人気をとる。その裏では、その水面下でのすさまじい都議・区議・市議による集票活動-組織戦です。「小池候補を自主支援する自民党や公明党は裏方に徹する。23日も応援でマイクを握ったのは、地元選出の自民党議員ではなく、地元の首長だけ。自民党都連幹部は「表には出ないが、各種団体に支援を呼びかけている」と明かし、公明党関係者は「都議を中心に地方議員が支持層固めにフル回転している」と話す。」(6月24日 インターネットニュースより)ですから、前回の反省でもありますが、候補者を中心にした街頭演説会のもりあがりですが、その様子を見ただけでは、全体の判断を誤ってしまう。あくまで、1400万の都民全体に、その声がどれだけ届いているか。候補者の奮闘はもちろんですが、この組織戦ですね。一人ひとりの都民の、くらしの場での選挙活動が、その努力のほどが問われている、ということです。これには一人ひとりの努力が問われるんです。今回は、まだ1回ですが、討論会がありました告示日の前日・6月19日(水)ですが、都知事選挙の立候補予定者の4人による討論会が開かれました。ここに、この選挙の一つの材料が提供されました。アメリカの大統領選挙などでは、各地に移動しつつ、何か所かで候補者の討論会が行われて、政策討論を深めるじゃないですか。日本ではどうか。もしかして、東京都知事選では、この一回しか討論会はないかもしれません。政策討論ということを、お仲間の人以外から質問されるのをいやがって、汚い言葉ですが「逃げたがる」候補者がいるからです。この間の事態を見ていると、『討論なんて、私はいやよ』という人が、確かにいるようなんですね。だから、もしかして選挙期間中は、この先に、前回同様に候補者による討論会は、この一回以外には開催されないかもしれません。それは選挙としては、おかしいのですが。しかし、現実にすでに、討論会は開かれたんです6月19日の討論会です。私は記者クラブの録画で見させてもらいました。それは、今でも「都知事選共同記者会見」で見ることが出来ます。私は、その感想を、6月21日にブログ発信させてもらいました。東京都知事選挙で、四人の候補者による共同記者会見が開かれました | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)私は、ここでの候補者自身の直接の発言の中に、この選挙の大事な争点が出ていると思いました。私などの感想ですがその一、「東京新聞」は、写真で紹介しているように、かなりのスペースで紹介してくれています。本日、図書館によって、調べたんですが。他紙の紹介の仕方は、これに比べて弱いんですね。これは選挙の争点が当事者の言葉で語られているんですから、直接証言ですから、重要です。たとえ時間的に少しずれたとしても、分析に値すると思うんですが。もっとこの討論会での発言を、重視すべきだと思いました。その二、これを読むと、政治家の言葉というのは普通人と違っていて、注意が必要だなぁと感じました。2点だけあげれば、1つ、「政治資金パーティーをどうするか」について聞かれて、小池知事ですが、『透明化を確保する。いい機会です。いろいろな方々との情報交換なども重ねていっている』この言葉ですが、それが意味している内容が分かりますか? ようするに『続けるよ』といってるんです。国会では、こんな発言をすることは、国民の手前、できる人はといもいないんですが。都議会では、まかり通っているんですね。 もう1つ、「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の追悼式への出席や追悼文を送る考えはあるか」への答えですが。小池知事は、『関東大震災、東京大空襲、多くのさまざまな災害、多くの出来事があった。混乱もあった。そこで亡くなられた方々の慰霊を大法要という形で行っている。法要、慰霊するということを都知事として進めてきた8年です』と。国会の政治家の答弁ぶりと同じですね。具体的な質問点を、言葉巧みにさけて、もっともそうな一般的な言葉ですが、しかし肝腎な質問点に対してはそらせている。その答えを率直に言えば、『式への出席や、追悼文を送る気はない』といっているんですね。ものは、いいようですが、そう言っています。その瞬間の言葉の、もっともそうな、さりげない言葉なんですが。しかし、このやりとりの現実関係を見ると、なんとしたことか、じつに腹立たしい。当事者(国民と朝鮮の人たち)を、バカにしていて、とんでもない、との思いがわいてきます。しかし、この共同会見では、あまたの問題があるわけでして、ここではその2点の紹介でしかすぎません。「神宮外苑は」「少子化対策は」「プロジェクトマッピングは」・・・・、つぎつぎに問題な発言をしているんです。この討論会の発言の中身を、もっと吟味せよ当事者が、アヒルのように、しゃあしゃあとしたとりすました顔で、もっともそうな言葉をもちいて、無内容な空言を、意味ありげに、ほらをふいてる。これを、それぞれの道の、専門的な人たちが、個別の問題を吟味して、わかりやすくしっかりと批評することが必要ですね。なんたって、直接証言ですから。私などは、「たぬきの尻尾が出ている、これは逃がしてはならない」と思うんですね。アメリカであれば、リンカーンのように、州を移動して、政治討論として発展させていくと思うんですが。そこは、日本です。このことは、候補者同士の討論もさることながら、メディアとしても、研究者おいても、その発言の問題を深めていく、その社会責任があると思うんです。7月7日まで、2週間ありますから、候補者はこれから討論を深めるようにしてほしいものです。逃げちゃだめだと思います。
2024年06月24日
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前回の都知事選挙で感じたこと東京都知事選挙が告示されて、今日は最初の日曜日です。近くの掲示板を見たら、昨日の朝から異常な事態でした。これは、掲示板をのっとって、候補者の対比をさせなくさせるための、新手の妨害ですね。今回は、前回、4年前の都知事選挙の反省です前回の都知事選挙は2020年7月5日が投票日でしたが、その日の朝のブログです。今日は7月5日、東京都知事選挙の投票日にあたり思うこと | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)一、過去の(前々回、前回の)選挙結果ですがこのブログは、前回の投票が始まりだした時点でしたから、その結果は分かりませんでした。 2016. 2020.7.5小池ゆりこ 291万 小池ゆりこ 366万 59.7%増田(自民・公明) 179万 宇都宮 84万 13.8%鳥越 134万 山本太郎 65万 10.7%選挙の結果は、小池ゆりこ候補が大差で当選しました。ブログの基調には、謎がありました。どうして、「築地は守る」といっていたのに、今や再開発です。「コロナから都民を守る」といっておきながら、都立病院を独立民営化して病床削減です。「自民党のひどさを正す」といっておきながら、八王子市長選挙でも支援のし合いです。言ってきたことと、やっていることが逆なのに、どうしてそれが問題にされなかったのか。政治家にとって、公約というのは「命」でしょう。それが、どうして大きく問題にならなかったのか、この結果としての謎です。どのように思われますか。私などの反省としては、それは、街頭演説でのムードだけが選挙ではないこと。都知事選挙は、有権者1150万人の選択です。そのどれだけに、その対立の真相が、その声が届いているのか、との問題です。これまででみると、得票数は、だいたい1対4の力関係です。これを変えるには、街頭演説会での盛り上がりだけでは、決定的に足りないということです。肝心なのは、この選挙を通して、この全体の力関係を変えることが、どうであったかですね。そして、この力関係を変えるためには、候補者の頑張りも大切ですが、そのために大切なのは、都民一人ひとりの立ち上がりなんですね。それぞれの生活の場で、どんなに小さなことでも、何が出来るか。一人ひとりが、それをどれだけ探れるか、が大切だと思います。自然のながれや、ムードに流されていたんじゃぁ、絶対に駄目なんですね。二、前回の投票日に感じたこと前回をふりかえると、そこには選挙運動のすすめかたに問題があると感じました。小池候補は、根本的に政策論戦をしたがらなかった。前回は、コロナを理由にしてはいますが、候補者同士の討論会もしかなかったんです。逃げた。それでいて、ボヤ―っとしたなかに、一点の都民要求を取りあげて、いかにも実績だと宣伝する。あとは、にこやかムードを振りまくだけ。しかし、その裏では、自民党や業界などのドロドロです。諸組織による水面下での組織固めです。オリンピックもしかり、利権者との饗宴関係です。したがって、言葉は汚いんですが、その選挙は、自民と業界との利権による「他人のふんどしで、すもうをとる」というやつです。ふつう選挙といえば、有権者の都民にたいして、政策を知ってもらって、その中身によって支持をもとめ、そこで競うものじゃないですか。ところが、小池氏の場合は、そこのところが違うんです。内容のない、いいかげんな話と、芸能人の「にこピカ」の笑顔で、誤魔化すんです。それで、事態を知らない都民を、丸め込むんです。それでいて、「アヒルの水かき」のように表では見えないところで、必死に動いている。何もしてないんじゃなくて、水面下では萩生田氏により利権業界どころか、労働組合幹部まで連合して、必死なんです。表面はにこピカの「たぬき」ですが、その実水面下ではすごい、それがこれまでの結果なんです。これが前回選挙で感じたことでした。その時は後の祭りでしたが。今回は、だまされないぞ今回こそは、この誤魔化しの手口を許さぬようにします。それぞれの候補者が、何をやろうとしているのか、なにをやってきたのか。やれなかったとしても、そこにはどのような問題があるのか。表の顔だけでなく、水面下の実際もよく見るようにして、この実際の関係を、きびしく注意して、結果的にもだまされないよう見ていきます。三、今回、私などにもわかってきたことですがくり返しですが小池候補の場合、お互いの政策のちがいをはっきりさせようにしていること。これと同時に、それまでさんざん無視してきた都民の要求ですが、それが選挙が近づくと、突然に目玉の一点を取り上げて、それだれけで、いかにも「自分は都民要求を実現した、90%を実現した」といいはり、「これが私の実績だ」との大風呂敷をひろげる。都民にとっては、これまで求めつづけてきたことですから、その点では反対しっこないですよね。もちろん、たとえわずかでもやらないよりかは、それはましですから。しかしそれと全体とは、まったく違うじゃないですか。これは「パンとサーカス」ですね、都民を引き付けるところの餌なんですね。そもそも、小池知事のそのパンには、ポリシーというか、政策に整合性が無いんです。例えば「学校給食」「教科書を無償化」した、とかもそれです。「都が半額を補助する、だから無償化した」というんですけど。しかし聞いてみると、区市町村では財政事情が異なっていて、自前の負担分の半額を出せれるところはいいですよ。しかし財政基盤の弱いところでは、やりたくても出来ないじゃないですか。そこに突然に都が半分だすから、そちらでやれっと打ち出さた。突然の表明に戸惑う自治体もあると聞きます。その他でも、国保の補助は「国と区市町村の問題で、都は関係ない。均等を求めるために自治体が独自補助はやめろ」と。これは、八王子の望月市議の解説です。私など庶民には、一般にはわかりっこない事柄です。それだけじゃない、朝鮮人学校の子どもたちへの補助はやらないとか、反対の大きいスピーキングテストはつづけるとか。この子どもたちへの押しつけは利権の為ですね。教育政策の全体が、まったく整合性のない、押し付けになっているんです。その被害者は誰か。また、築地や神宮外苑の再開発しかりです。都の幹部の大企業への天下りと事業展開。業者とのパーティーも、都知事は続けているんです。続けるというんです。これは癒着ですね。にこピカの顔をして、都民の声を聞こうとしない。東京都は、この間に伏魔殿と化してきている、との指摘があります。。四、思うんですが疑惑を晴らすためにも、この選挙で知事は、東京都の行政の情況をしっかり明らかにして、よく説明してから、都民の審判を受けるべきですね。その責任がありますね。しかし、都議会でも「ふ~ん」といった態度で、都合の悪いことは答えずに逃げる、都民の疑問には、これまで通りで、ちっとも答えようとする誠意を示さないんですね。こうした態度は、まったく都知事にふさわしくない、ということです。やってきたこと、やっていることを、しっかりと明らかにして、正直に、すべてについて、その信を都民に問うべきです。都知事選挙は、はじまったところです。選挙公報も、これから到着します。ここからが誰が都知事にふさわしいのか、判断の勝負です。しっかりと都政の現在を確かめて、都民が主人公となる都政をつくりだす。これは、一党一派の問題ではなくて、オール東京による都民の良識の結集する問題です。これが全国から求めら注視されている、現瞬間での東京都政、都民への期待です。
2024年06月23日
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東京・八王子で鹿島のつどい6月22日(土)に東京・八王子で、第5回「くらしと政治」鹿島のつどいがひらかれました。6月20日(木)に告示された東京都知事選挙について、それぞれから、その様子が交歓されました。昨日(21日)の夕方、八王子駅で蓮舫候補の街頭演説会があったこと。参加した人から、その演説会の様子が紹介されました。八王子・望月市議から、選挙がスタートして、蓮舫候補に対する市民の期待の広がりが紹介されました。今の都政を変れれば、これまで無視されつづけてきた都民の切実な諸要求ですが、国保料、子育て、多摩格差の学校給食やシルバーパス、高齢者医療、神宮外苑問題など、くらしと福祉、教育、環境など、トップの意志さえ明確に変えれば、大きく転換することが出来る。八王子市は、市長選挙後に、長年にわたり市民が求めてきた「学校給食の無償化」「学校体育館にエアコンの設置」ですが、この選挙後の今回の議会で実現する目途がひらけた。そうした状況が、具体的に報告されました。また、この東京都知事選挙について、広い東京全体を、公選法上、候補者は2台の宣伝カーでしか、マイクで訴えられない。このギャップを、静かな暗闇を、みんなの力で、乗り越える必要がある。みんなで頑張れば、できうることをいろいろ工夫して、この声を広げることができれば、今や怨嗟のうずまく国政と都政だから、この東京から変えることが出来る。この地域からの、一人ひとりの努力が大切になっている、との提起がありました。この「つどい」に参加された方たちの発言ですが〇小池知事は、子育て政策でママさん世代にアピールしようとしているけど、しかし場当たり的で、基本的なポリシーがなく、中途半端な突然転換のために現場では混乱をきたすことになっている。「ゼロ」公約は、どれも形を取り繕うだけで、多摩では自治体の財政能力に差があるため、自治体による格差があり、苦慮させられている。〇小池氏と自民党は。萩生田氏は八王子市長選挙で小池氏に支援を求めたが、今度は小池氏が自民党に支援を求めている。8年前は「反自民」を看板に選挙をしたはずだが、いまや自民党と一体になっている。小池氏は政治資金パーティーで金集めしていて、それを続けるといっている、自民党と同じだ。〇都知事選挙なんだから、八王子は市内が第24区と第21区とがあるためか、候補者の運行スケジュールの通知に遅れがあった。もっと政党間の調整を密にして、市民への情報をもっと、敏速に広く伝えるようにすべきだ。〇八王子は市の面積が広いせいか、とにかく不便だし遅れている。23区の方ではとっくに実現している「学校給食」も、今ごろになって問題とされている。これじゃぁ40年古い。市役所が遠くで、議会の傍聴だって、いってみるとわずかな人しかいない。もっと市民の参加がなければ政治は変わらない。〇通院していたら、「マイナンバーカード」をもってないと健康保険制度は使えないようなことを言われたけど、どうなのか?「資格証明書」が発行されると聞いたが、保険証との関係はどうなっているのか?いつそれは送られてくるのか?〇今回の都知事選の公設掲示板の様子がひどい。掲示板が足りないというけど、同じ人物が10か所以上もズラーッと貼られている。これはいったいどうなっているのか?そもそも違法じゃないのか?どうして規制しないのか? 〇この地域は、こうした「くらしと政治のつどい」は、経験がなくて、敷居が高い。そのなかで、今回の「つどい」は、それぞれがその要求をもとにして、一人ひとりとざっくばらんに交歓することが出来るならば、こうした壁をのり越えれることがしめされました。 都知事選挙後もこれは重要だ。などなど、さまざまな議論が交わされました。とにかく、この都知事選挙を、お互いに出来うる努力をつくそう。連絡を取り合って、経験を交歓し合って、励ましあおう、と話しあいました。
2024年06月22日
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蓮舫都知事候補が八王子駅で訴える6月21日(金)夕方、蓮舫都知事候補が八王子駅の北口で訴えました。広い東京です。各地を回っている候補者の話を、直に近くで聞けるなんて機会はなかなかありませんから、出かけてみました。私などは、インターネットの紹介で街頭演説会があるのを知ったんですが、みなさん、どこで、どのようにして知ったのか、とにかく聴衆の集まりが大勢なんです。告示前にひらかれた共同記者会見も紹介されてましたが、私などが感じた「小池知事の空っぽな中身なのに、にこやかなポーズで都民を丸め込もうとしている」との印象でしたが、討論した蓮舫氏は、同じ印象をもっとリアルに、具体性のなさを紹介されてました。もっとも、私の方は、蓮舫氏の話の中身は、明日の新聞の紹介に期待して、候補者の表情をですね、追跡しました。カメラというのは、なかなか難しいんですよ。私の場合は、「下手な鉄砲も、数打てば当たる」式なんですが、それでも難しいんです。ひどい政治を変える戦いです。話し手の率直な真面目さと、聴衆の熱い期待とが、聴衆と話し手が、相互に刺激し合っているんです。この都知事選ならでわの街頭演説会の様子ですね。両者が響きあって、高まっていきました。しかし、私などは思うんです。広い1100万有権者です。候補者が演説するその周りの人たちは、もちろん良い中身ですし、雰囲気は盛り上がるんです。しかし、それを体感できる人たちは、ごく一部なんですね。その演説会の場を離れて、私鉄駅に向かうと、政治選挙はどこえやら、です。ましてや、住んでいる団地にかえると、なおのこと静かなんです。だけど思うんです。この静かさの中にも、今のこの政治的な綱引きが、きっと働いていると。候補者も大変だろうけれど、同時にその裾野の方にいる一人ひとりの意識と行動が大事だと。これから、15日間ですが、そこが問われています。どうやったら、この静かさの中にある政治の綱を感じ取れるかと。自然の流れに任せるんじゃなくて、何かしらちょっとでも、無理のないことで働きかけをつくる、そこが問われています。。大きくは軍拡政治による、利権政治がおしつける国民へのしわ寄せです。このおかしな政治を正すという全国民の仕事ですが、今この時は、その決定的な鍵が、東京都民の一人ひとりにかかっているということです。
2024年06月21日
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都知事選挙候補者の共同記者会見都知事選挙の告示日の前日でしょうか、記者クラブ主催で、1時間の記者会見がありました。【ライブ】東京都知事選挙立候補予定者4人の共同記者会見|FNNプライムオンライン私などの感想ですが、選挙ですから、その候補者の政策、主張を、じかに聞けることは大事なことじゃないですか。なかなかそうした機会が、ないものですから、貴重な場になったと思います。候補者ですから、政策と抱負をかたっています。記者の質問ですが、それは都民にかわっての問いかけでもあります。「これまでの都政は、都民に何を実績として、もたらしたか」「0.99の出生率、少子化対策をどうすすめるのか」「48億円の都庁画面は必要なのか」「神宮外苑の樹木の伐採をすすめるのか」「資金パーティ-を、都知事としてどうするのか」「関東大震災と朝鮮人虐殺の歴史への対応は」「原子力発電への依存をどうするのか」「政党の支持関係はどうなっているのか」「学歴詐称の問題はどうなのか」などなど。自然には、自分からはなかなか答えようとしない問題についても、率直に記者は質問しています。有権者の一人としてはここで交わされている質疑の中に、今の都政は何が問題なのか。都民の声が生かされるには、都知事として誰がふさわしいのか。この場で候補が、質問に、しっかりと誠実に答えたかは疑問ですが、とにかく答えた。とにかく今の時点での、選択材料は提供してくれていると思います。もちろん、これからの選挙期間のなかで、より明確にされなければなりませんが。少なくとも中心点が、ある程度は明らかにされていると思います。全体をみて、一つ問題を感じるんですが当然ながら、それぞれがどのような政策をかかげているか、それを論じようとしているわけですが、なかには、政策や実績ということを抽象的な言葉やイメージでお茶を濁ごすような、真面目に内容を論じようとしない不誠実な態度があるのを、私などは感じるんですね。イメージさえふりまけば、それだけでいいのよ、政策なんて曖昧でいいのよ、といった態度。選挙の基本は、それぞれの候補者が、政策と政治を討論し合うはずの場だと思うんですが。その具体的なやりとりを避けて、イメージをくり広げるだけで、あとは、表には見えないところでの、組織の力で選挙を乗り切ろうとしている。「政策論戦なんて、適当でいいのよ、イメージだけでいいのよ」と。もしもそうだとすると、そうした人は討論会なんかやりたくないわけですね。選挙の意味を落としめている、有権者をバカにした不誠実な態度があるのを感じるんですね。私などは、この点もこの選挙の大事な争点だと思っています。もっともっと、都政の抱えている大事な点や問題点を明らかにすること、あと16日間の論戦ですが、候補者はもちろんですが、有権者にとっても、真偽をみきわめる力が問われる期間だと思います。
2024年06月21日
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首都・東京の都知事選挙がはじまる6月20日(木)、東京都知事選挙が告示されました。小田原のみかん畑から帰ったら、選挙葉書が届いていました。ニュースによると、この選挙に56人もの人が立候補したんだそうです。当方は、6月18日(火)の大雨の中でしたが、小田原のみかん園に向けでかけました。若いころは、「政治意識の白黒」が優先して、残余のことは二の次にしていたんですが、齢70歳も過ぎると、意識が変わって、「くらしの中の大事な側面としての政治」に変わりました。この天下分け目の、東京都知事選挙ですが、これは、1100万人の東京都民の暮らしの政治的な意思表示なんです。一番の本源は、都民の暮らしなんですね。今回、雨上がりにみかん園を巡回したいたら、キジが迎えてくれました。この時期のみかん畑の手入れ作業ですが。みかんの木の根回りの草取りです。みかんの木の根回りですが、そこを重点に草取りしています。春分の頃でしたが、そこを草取りして、元肥を施肥しておいたんですが、最近の、日差しと雨の自然力は、雑草を繁茂させています。これからの時期、カミキリムシがみかんの基幹を狙って発生してくるんですが、根回りをきれいにし見つけやすくして、基幹に防虫剤を塗布するんですね。根回りを綺麗にしておく必要があるんです。援農の人たちが、応援に来てくれました。これまでは、おおまかな雑草の草刈りだけでヘトヘトにさせられていたんです。なにせ、100本以上あるすると、1回に10本手入れしたとして、10(回)日間がかかる。ひと回りを終えて、最初のところに来ると、以前の繁茂の状態になっていたんです。ようするに、草刈りだけでヘトヘトで、基幹の様子(カミキリムシ)をチェックできなかった。おかげで、立派なみかんの木の成木の林でしたが、それを、次々に枯らして消失させてしまったんです。ようするに、雨が降ろうと、槍が降ろうと、みかん栽培には、その時にどうしてもやらなければならない仕事があるんですね。今回の作業ですが、これと並行しての、梅の収穫とビワの収穫でした。それが、自然を相手とする農家の作業であり、「技術者」としての宿命なんですね。今回、小田原のみかん園の根回りの草取りと、真鶴のみかん園にカミキリムシ除けの防虫剤「ガット」を塗布してきました。そのなかでの政治談議たまたま、告示日とその前日だったんですが。普段であれば政治の『セ』の字なんて、付き合い程度で表てにしない人たちなんですが。なにせ、神奈川県の一番西側の、関東の片隅の世界ですから。こちらも時候のあいさつしたあと、東京は都知事選がはじまった、これは天下分け目の関ケ原の戦いだ、と話しかけたら、こだまがかえってきました。ひと方は、「事実上、女性二人の戦いだね。大勢の人が立候補している様だれど、いったい何を考えているのか」と。 八王子市の経験からすると、小池氏と萩生田自民党の関係はべったりだ。八王子市長選挙では、小池氏は自らの元都民ファーストの候補者をすてて、自民党の応援団になった。今回は、その見返りを期待する関係になっている。もうひと方は、「インターネットを見ていると、蓮舫=共産党のような印象論がメディアにある。レッテルをはり、共産党を支持するかどうかが選挙の争点であるかのような報道が氾濫している。(連合のトップもそうだけど)。本当の争点をわからなくさせている」と。 この選挙は、東京都民の問題だけでない。日本全国のさまざまな問題の集中点になっている。それだけに、汚い報道がばらまかれているようだと。嬉しいですね、こういうこだまがかえってくるのは。やはり、この選挙は「関ヶ原の戦い」ですね。神奈川の片田舎の良識人ですが、その人たちの熱いまなざして、注目してくれている。これは、沖縄から北海道まで同じかと思います、国民の暮らしの基本がかかっている選挙ですね。都民のこの一票には、民主主義の力が、国民の良識がかかっていますね。そうした注目のもとに、東京は今、あるんですね。そのことを、今回のみかん園行きは教えてくれました。東京は、全国の問題の焦点となっているこれは広い東京での、1100万人の都民が選ぶ選挙です。そのなかを、候補者車と「政連絡カー」の2台だけが、マイクからの声をだせるわけです。宣伝車は広い東京を、それこそ分秒刻みで飛び回っているんでしょうが、当然ながら、私などの住む八王子市の片隅なんかには、来れっこありません。生きた声を聞けるというのは、選挙を聞けるのは、はなはだ限られた範囲なんですね。そうした中での選挙です。これは、前回(2020年)の都知事選挙ですが。有権者1129万人。投票者620万人。投票率55%。 小池ゆりこ 366万票 宇都宮健児 84万票。私などは、この力関係を冷静に直視すべきだと思うんです。候補者が遊説して行くまわりは、たしかににぎやかだと思うんですよ、候補者の見識も、集まった人たちの期待も大きいですから。しかし、それは都民全体からしたら、極ごく一部分でしかありません。候補者周辺の燃え上がりだけでは、ダメなんですね。全体の状況をみて、そこにはたらきかけることが、大事だと思うんです。だいたい争点が何なのかを見えにくくさせて、にこやかムードだけで、後は水面下の組織力で選挙を乗り切ろうとしている。相手の誹謗中傷をふりまいて。そうした選挙の仕組みに、とくに日本はさせられている。しかし、それでも、そこに民主主義があるのは、中国や北朝鮮とのちがいです。東京都民が、みずからの代表を選択しうるんです。そうした両面の姿を見るというのは、私などの誤解でしょうか。最終的には都民の良識の選択です問題は、いかにして、1100万人の東京都民の全体が、自分の選挙として、立ち上がってくれるか。そのためには、しがない一個人でしかないんですが、個人として、いったい何が出来るのか。これが、たのしい公案問答テーマとなっている17日間です。
2024年06月20日
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国民健康保険税も桎梏だ私の住む東京・八王子市では、今年の1月に八王子市長選挙がありました。その時に、この時に「高すぎる国民健康保険税」が問題になりました。ちょっと長いんですが、そのブログを紹介します。「国民健康保険料」-これはいったいどうなってるんでしょうか | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)二人子どもの年収400万円の標準家庭での、国民健康保険税の徴収ですが、特殊に場合でなく、公にされている平均的世帯の場合でですよ、この国保税だけで400万円の収入から、53万円もの徴収というのは、ちょっと、あまりにひどすぎるんじゃないか、ということでした。しかし、今回の東京都知事選挙のニュースを見ていると、この問題は八王子市民の問題だけでなくて、東京都全体の問題であり、今回の東京都知事選挙での重要問題の1つだということがわかりました。6月17日付「しんぶん赤旗」の三面ですがその特集記事が紹介されましたそれによると、この問題は、東京都民全体の問題なんですね。6月4日の都議会の代表質問で、共産党米倉都議が、この問題も質問していました。1、各市区のなかには、地方自治体として、独自の緩和措置をとっている。東京都でも900億円の財政措置をとれば、各家庭の三万円の負担緩和と「均等割」=子どもたちからの徴収もなくすことができる、というものでした。都財政は16兆円ですから、その気になればできるわけです。しかし、小池知事は、「国と区市町村で決めているものだから、適切に対処しているものと思う」として、みずからの地方自治体としてのかかわりを放棄しました。「私には関係ない」ということです。2、それだけじゃないんです。都がこの2月に決めた方針では、「保険料の統一化をすすめる」とのことで、各自治体が独自に補助している繰り入れ金を「解消・削減すべき赤字」とみなして、都は区市町村に単年度で解消するように求めている、とのことです。東京都は、自身が手当てしないだけでなく、窮迫する住人にたいして手当てしている自治体に対して、「その手当は赤字にあたるからやめろ、なくせ」と迫っているわけです。3、この大元には、国が軍事費大増強すすめるため、福祉教育の暮らしの予算を削っていることがあり、これが大本の原因なんですが。しかし、住民の自治体として、窮状の緩和を図るのは当然の責任じゃないですか。東京都は自身の独自の努力を投げ捨てるだけじゃなくて、独自支援をしている区市町村の自治体に対して、国の自民・公明政府と一体になって、「やめろ」「やるなら、ペナルティーをかけるぞ」との方針なわけです。これが東京都の今の姿です。大軍拡の岸田・萩生田政治とスクラムを組んでいる、小池ゆりこ都政ですが、「タヌキ」ですね。にこやかな顔して、こんな形で都民泣かせをしてるんですね。これは笑いをつくろっているタヌキだしキツネですね。(タヌキやキツネには失礼な話ですが)。ようするに表面的にふりまいているにこやかなイメージとは違って、実際にやっている政治の「都民そっちのけ」の現実と大違いなんですね。都民はそのタヌキの実際を見抜かなければ、「にこやかなイメージ」に誤魔化されちゃって、自分自身の首を絞めることになってるんです。さあ、これも一つですが、都知事選挙は、都民の見識が試され、問われる機会となっています。
2024年06月18日
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「一元論」の東京都知事選挙私はこれまで、「一元論」という言葉が、なかなかピンと来なかったんですが。本日、私流の一つの解釈ができました。天下分け目の7月7日の東京都知事選挙まで、本日から数えて20日間です。1100万人の東京都民が選択する選挙ですから、私ごときは無に等しいのですが。しかし、本日、私のフェイスブックに投稿しておきました。『 「一元論」という言葉をご存じでしょうか?本日は6月17日、前に予定してあった医院に行ってきました。これですべての予定は終了です。7月7日(日)の東京都知事選の投票日まで、あと二十日間です。本日の「しんぶん赤旗」には、沖縄県議選の結果と、小田原市長選挙の結果が報じられています。一元論とは、私流の解釈によると、自然と社会、その歴史ですが、そこではやりたいことなどがいっぱいあるわけですけど、それらのすべてのことは、そのすべての人生がこの一点にかかっている。そうした一点ということですね。限られた自分ですが、その自分に、この都知事選で蓮舫氏を勝たせるために、都民と日本国民の未来を切り開くために、いったい自分に何が出来るのか、何をしなければならないか。このじつに楽しいテーマが、今、確かに自分の目の前に提起されているということです。それにどの様に答えるのか、はじまった20日間の楽しみです。』1100万分の1の思いと、都民の多数の判断とが、どのような重なり合いにあるのか。私などは、都知事選挙では、ほとんど何もできないのですが、もちろん出来得ることを探る、この20日間ですが。もちろん、勝敗は分かりませんよ。しかし、人生には、こうした個人の見極めと、主体的努力によって、もちろん、みんなの合力によってですが、素晴らしい未来の可能性を引き寄せれる時というのが、あるんですね。選挙の勝敗の結果は、もちろんわかりませんが、自分自身のこの判断と、そのために努力すること、これは、間違いなしですね。
2024年06月17日
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マルクス『経済学・哲学手稿』「ヘーゲル弁証法批判」 まとめ4 序言のフォイエルバッハ論本論に入ります。今回の範囲は、著作の序言(ME全集のP387-389)と、この章のまえがき部分(P490-493)です。マルクスは、冒頭で、青年ヘーゲル派とフォイエルバッハについて述べています。一、マルクスはこの序言の部分で、三点の指摘をしていると思います。1、この『経済学・哲学手稿』を1844年にマルクスは書いているわけですが、ヘーゲルが1831年に亡くなってから10年以上がたつているわけです。そのヘーゲルの影響というのは社会のさまざまな分野にますます広がっていた。しかし、だれもヘーゲル哲学の方法問題について、問題意識をもって検討することはなかった。2、そうした中で、ただ一人、フォイエルバッハによるヘーゲル哲学批判は、新たな哲学の発展に寄与する内容のあるものだった。とくに唯物論の観点を明確にした批判は重要だった、との認識です。3、しかし同時に、フォイエルバッハのこのヘーゲル哲学批判には抜けている点がある。ヘーゲルの弁証法に対する批判が出来ていない。どのようにヘーゲルの弁証法をとらえるのか、そこにある問題点は何か、このヘーゲル弁証法の批判ですが、フォイエルバッハはこれが出来ていなかつた。そのことが、マルクスがこの著作を書く大きな問題認識になっていると思います。ようするに、ヘーゲルの弁証法ですが、これは唯物論の見方からどのような問題をもっているのか。唯物弁証法を確立していく考察の歩みですね。二、フォイエルバッハ(1804-1872)の3つの功績まず、フォイエルバッハの業績の評価です。フォイエルバッハは、ヘーゲル(1770-1831)の講義を、1824年、25年に直接受講しているそうです。彼の著作は、日本の先人たちも重視していて、主要な『キリスト教の本質』(昭和12年)、『将来の哲学の根本命題 他二篇』(昭和42年)は、岩波文庫でも刊行されており、確かめることが出来ます。ヘーゲル学徒から出発したフォイエルバッハですが、最初の問題提起は1839年の「ヘーゲル哲学批判」です。マルクスは次のように評価しています。「フォイエルバッハはヘーゲル弁証法に対して真剣な、批判的態度をとり、この領域においてほんとうの発見をした唯一の人物であり、総じて古い哲学の真の克服者である。」(第5文節 P491)まずは、業績の確認です。1、フォイエルバッハの問題提起当時のヘーゲル哲学を絶対視する風潮に対して、フォイエルバッハが問題提起した点です。あるヘーゲル主義者がその哲学を「哲学の理念の絶対的現実である」ことを、真面目に証明しようとしたんだそうです。解釈学というか、崇拝というか、人間社会には、往々にしてそうした態度をみかけるじゃないですか。これにたいしてフォイエルバッハがおこなった問題提起です。「いったい類が一個人のうちにしめされるとか、哲学が一哲学者のうちに絶対的に実現されるということが、はたして可能かどうか。このことを問題にしていないところに、先の有識者の無批判的ふるまいがある。この問題こそ主要問題なのだ」との趣旨です。(「ヘーゲル哲学の批判」岩波文庫 P123-129)。この問題ですが、エンゲルスが、後年『フォイエルバッハ論』(1886年)で、「(ヘーゲルの体系)のような任務を哲学に課するということは、ただ人類全体だけがすすみゆく発展のうちで果たせることを、一人の哲学者にはたせと要求することにほかならない」(第一章)と指摘していますが。このエンゲルスの指摘ですが、フォイエルバッハが問題提起した考え方ですが、じつはそれがヘーゲルその人自身の考え方そのもののうちにも、そうした絶対視をつくる問題があると、この問題を指摘しているわけです。もちろん、ヘーゲルは弁証法の発展観を指摘したうえで、それが絶対精神にいたるとの矛盾をのべているわけですが。フォイエルバッハの指摘は、この体系のもつ問題点を指摘していると思います。2、はじめて意識的な唯物論の立場に立つ次は、フォイエルバッハが、初めて唯物論の立場からヘーゲル哲学を批判した業績です。これは私などのもつ誤解でしょうか、唯物論と観念論との関係について、「唯物論こそが正しくて、観念論は誤りだ。このことはわかりきったことだ。」といった風潮が、今日でもあるように思います。また他方では「唯物論は、精神の意義を否定するタダモノ論であり、人間の崇高な精神を評価しない理論だ」といった考え方がある。これは、エンゲルスも指摘してもますが、哲学者の中にもあり、あちこちに無意識なうちにもはたらいている観念でもあるとおもいます。だいたいドイツ古典哲学というのは、カントにしても、フィヒテにしても、ヘーゲルにしても、いってみれば観念論的哲学の森です。マルクスなどは、その観念論哲学の森の中にある宝とその発展がどこにあるかを探っているわけでして、「唯物論か、観念論か」「正とか邪とか」、そうした問題じゃないんです。いつのころからか、それを説明するのに、問題を取り違えた、誤った単純化するきらいがありますね。また、以前の唯物論はともかくとして、ここでの唯物論は意識の能動性を大事にしているし、精神の役割を大切にしていると思います。だからこそ、ここで検討がなされているわけです。2-1、問題の基本に戻す必要があると思います。とにかく、ドイツ古典哲学のモヤモヤした中から、フォイエルバッハが初めて唯物論の意識的な立場にたってヘーゲル哲学を批判したこと、マルクスはこのことをすばらしい業績として評価しています。「①哲学は、宗教と同じく思想の疎外されたあり方だ。②唯物論と科学の意義を据えたこと。③絶体肯定された否定の否定に対して、自立的で自己自身にもとづく肯定を対置したこと」(第6文節 P491-2)同じことですが、「序言」では、「フォイエルバッハからこそはじめて実証的な、人間主義的かつ自然主義的批判は由来する。」(P388)と、評価しているわけです。2-2、その唯物論の主張の具体的な内容ですが。以下にフォイエルバッハ流の唯物論の原理をしめしています。ア、『キリスト教の本質』(1841年)は、唯物論の立場からキリスト教をといたものです。「神の秘密は人間学である」(序文)イ、『将来の哲学の根本命題』(1843年)では、「近世の課題は、神の現実化と人間化-神学の人間学への転化と解消であった」(P8 第一節)これらは、明らかに唯物論の立場です。理論的解明をしていく方向性を示しています。「唯物論」といっても、もいろいろあるしかし、ひと言で唯物論といっても、唯物論にもいろいろな唯物論があるわけで、「唯物論なら正しい」といったものではない。フォイエルバッハは、唯物論の彼なりの形態をとなえることはしたが、あれこれの唯物論の、そもそもの基本が何なのか、それを検討しようとする立場にはたてなかったんじゃないでしょうか。というのも、かの時代は、唯物論というのは無神論とともに、同じように宗教界の強い反発する対象としてあり、社会的な非難される思想対象とされていた。かなりの圧力があった。正面から唯物論の立場を明確にするには、こうした社会勢力を相手にして、しっかりした理論と勇気が必要だった。この事情が問われていたんだと思います。ようするに、マルクスの指摘する、フォイエルバッハが洞察した唯物論見地の重要性ですが。それはマルクスにとっては、さらなる理論探究が求められていた。「唯物論にもいろいろな形態があること」「唯物論の基本的な立場とは何なのか」、「解明が求められていたのはどのような唯物論なのか」、マルクスにとっては、そうした問題を探っていく出発点でしかなかった。そこから努力がはじまったんじゃないでしようか。そして、そこに同じ唯物論でも、違いをきたした。(エンゲルスが『フォイエルバッハ論』で、フォイエルバッハの唯物論について、検討しているところです) 唯物論とは何かこの「唯物論とは何か」の問題一つをめぐって、レーニンは大著『唯物論と経験批判論』(全集第14巻)をまとめているわけですが。ここでは、エンゲルス『フォイエルバッハ論』から、「唯物論とは何か」の学術的見解を紹介しておきます。一つ、自然と精神、どちらを根源的なものとみるかで唯物論陣営と観念論陣営にわかれた。(第一章)いいとか、悪いとかの問題じゃないんですね。二つ、現実の世界(自然と歴史)を先入観的観念の幻想なしに、誰にでもあらわれるままの姿で把握しようとする立場、これが唯物論の基本姿勢だと。(第四章)この言ってみれば当り前の姿勢こそが、唯物論的な態度なんだと。しかし、このように指摘されると、「あたりまえで、いったいどこに問題があるの?」との感じもしなくはないんですが。しかし、このためにヨーロッパの歴史では、それが唯物論者と見なされた場合は、火あぶりの刑にも処せられた、殉教者をつくった、そうした歴史があるんですね。思想としての民主主義の歴史、それは長期にわたる宗教戦争の歴史の中から探りだされた、命がけの問題からの総括だったということもあるんですね。日本国憲法も、立憲主義をはじめ、そうした基本思想の上にあるわけです。ところが、責任ある立場のはずの政治担当者が、ほとんど理解していない人が、その仕事にあたっている。ここに今の日本の未熟さがありますね。歴史的な課題があります。戦前日本でも治安維持法による唯物論の弾圧の歴史これは、戦前の大日本帝国憲法から引き継いでいる問題でもあります。思想の弾圧は、戦前の日本でも同じでして、「天皇機関説」問題もありますし、治安維持法の下での思想弾圧の歴史があります。日本での唯物論ですが。社会的に問題になったのは1920年代以降だそうです。それ以前にも中江兆民は、1901(明治34)年に亡くなる直前に、「精神は本体ではない。本体より発する作用である。」(『続一年有半』)と意識的立場を書き残しています。しかし、戦争に社会がすすむころとなると、取り締まりがはじまります。1931年に学術団体の「唯物論研究会」がつくられたそうです。その後、研究者たちがどの様な取り締りを受けることとなったか。唯物論=共産思想だとみなされて、特高により弾圧された。その歴史の事実を見れば明らかですが、侵略戦争と同じく、今もって公には反省はされてません。(『日本マルクス主義哲学の方法と課題』(新日本出版社 1969年刊行)、『証言・唯物論研究会事件と天皇制』(新泉社 1989年刊行)。民主主義の制度が確立するまでは、現行憲法が確立する以前は、唯物論の思想も、いばらの道だったんですね。三、フォイエルバッハは、弁証法をどの様にとらえたかこの三番目の問題は、次回にさせていただきます。今回は、ここまでです。
2024年06月16日
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蓮舫都知事をつくる、立川・日野・八王子集会数日前に、その案内ビラをいただいたんですが、蓮舫氏を都知事にしようと、立川・日野・八王子地域での、6月15日、立川で「ともに変えよう東京キックオフ集会」が開かれました。もちろん、蓮舫氏は来れませんが、すごいですね、早いですね、蓮舫氏のビデオメッセージが寄せられました。これは、私にとっては、住んでいる地域の立ち上がりの状況を知りたかったもので、こうした政治集会で、立川まで出かけるというのは、初めてのことでしたが、行ってきました。もちろん蓮舫氏は時の人ですから、こんな地方の一地域までは来れません。代わって、都知事選挙の様子を紹介してくれたのは言ってみれば、メイン弁士ですが、候補者選考委員会のメンバーの一人の、前川喜平氏でした。前川さんも、今や時の人です。前川さんという人は、宇都宮さんと同様ですが、独特の方ですね。笑いの中に、理性の力で、市民と政党の結束の仲立ちをしちゃうんです。政党と政党というのは、そもそもは競争関係にありますから、結束するというのは、思うほどにはなかなか簡単じゃない、難しいじゃないですか。ところが、この人たちが言うと、その違いをわきに置いて、共同の大義がつくられるんです。今回の集会も、そうした現実を実際につくってくれました。参加してない方は分からないと思いますが、「たぬきとムジナ」の話を材料にして。この地域集会は、立川市と日野市、それと八王子の私の住む一角が対象でして、これは、衆議院選挙の東京21区なんです。残念ながら同じ八王子市でも、萩生田氏の八王子の東京24区とは別なんです。従って、「小池-萩生田」連合の地域、直接的な対立の場ではないんですが、しかし、東京都知事選挙のその全体の構図のなかでの、この地での争いです。かたすみの八王子市民のかかわりだとしても、しかし、八王子市民として、ここで明確な意思表示をする責任があるじゃないですか。そんなことで、参加してきました。もっともですよ、最近は政党の単位でひっくるめてはダメなんです。八王子市長選挙で体験したんですが、自民・公明の人たちのなかにも、理性がはたらいてるんです。「自民党」「公明党」の支持者の人たちのなかにも、有力者のなかにも、『今の事態は、余りにも、おかしい』と。『小池知事のこれまで期待していたイメージと、今の現実とは違う』『今の小池氏に任せておいて、ほんとうに大丈夫なんなんだろうか?』と。そう思っている人が、たくさんいるわけですから。ですから、丁寧に話す必要がある。しかし、一点がわかれば、すべてが見えてきます。有権者の過半数ですすから、大胆に本質的に、しかも短期間の間に。この説得的な対話が、それがどれだけできるか、これが大事だと思うんですよ。くりかえしますが、切りすてたんじゃダメなんです、説得力が求められてるんです。この点では、八王子と多摩・立川の都議会議員の人たちが、市議会議員の方たちが、直接の生きた体験をもって、都政の変えようと訴えて並びたちました。もちろんその基礎には、それこそたくさんの切実な、当然な要求があります。一人ひとりの、切実な思いがあるんです。圧倒的多くは、あきらめさせられちゃってると思いますが、そうした気持ちを切り替えてもらうことが必要です。ひばりさんも言ってるじゃないですか。『黙っていては、わからない』んです。変わらないんです。今は「『石の地蔵さん』も、叫び、動き出す時」なんです。今回、それぞれの要求をもった人たちが、多彩な1分間の発言をされてました。さぁ、これから7月7日の投票日まで、期間は短い。それは相手も同じです。どちらが頑張るかです。掲示板をみてると大勢が立候補するようですが、たとえ何十人が立候補しようと、都民の心を分散させようとしてもダメ、中心は二人であり、二人のうちのどちらかです。この都知事選挙の意義について、それぞれが言ってましたが、国政と都政が、共通の配置図になったということです。ここで都政を変えるのは、腐りきった国の政治を変えること、そこに直結します。全国の国民のあれこれのくるしみですが、軍拡政治、利権政治による国民生活の切り捨ての政治ですが、それらの基本が、この都知事選挙において問われてるということです。もっと言えば、戦争が世界にひろがるなかで、世界に対して、日本国民が、都民が、平和と民主主義の声を発信するということです。7月7日まで、あと3週間余ですが、そのための努力を尽くすということです。とにかく、この地域でも、いよいよそのたたかいがスタートした、という今日の集会でした。
2024年06月15日
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東京・八王子市鹿島でのことこれまで八王子市鹿島は、ただ寝に帰って来るだけの地域社会でしたが。多摩ニュータウンの一角でもあり、高齢化と衰退する街の商店会・・・等。みかん園の小田原は、農家の高齢化と耕作放棄地の広がりと。その現れ方は違っても、小田原も八王子も、似たような問題に直面しています。先日、「鹿島・松が谷地域まちづかい計画」なる言葉を耳にしました。八王子市の基本計画にもとづいて、地域の現状と振興策を探っていたんですね。この6月11日には、日本共産党の望月しょうへい市議が、八王子市議会の第2回定例会のなかで、この問題を取り上げていました。私などは、小田原のみかん園の手入れから帰って、八王子市議会の録画ですが、その市議会での望月市議のやりとりをれを視聴させてもらいました。録画中継 | 八王子市議会インターネット映像中継 (jfit.co.jp)今、国も東京都も、大きな問題を抱えてます。新たな生みの苦しみを経験しつあります。そして、私などの住む八王子市鹿島でも、やはり同じ問題なんですね。これは一個人としては、問題は大きくて、その解決策というのは、容易でなく霧の彼方なんですが。ひとりの市議が、この問題を取り上げてくれました。地域社会と暮らしの問題です。問題を問題として直視しし、探りつつ、みんなで検討し合うこと、なり行きの自然のままの状態に任せるのではなく、何が問題か、それぞれの立場から、意見をだしあって、交歓し合あうことが、暮らしやすいまちづくりのために、大切と思っている次第です。それって、この直面している東京都政も、国政も、私の住む地域社会(八王子も小田原)も、同じです。メディアは興味本位なAだ、Bだの報道を、さかんにまき散らしてますが、『おちょくるな! こっちは、くらしと未来がかかってるんだ!!』ひとこと言っときます。
2024年06月14日
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梅雨入りか、ビワとお茶の整姿今は、ビワが収穫時です。ビワは、この地の自然条件にあっていると見え、巨木に育っています。しかし、その収穫作業に労力が、なかなか当てれないんです。援農に来てくれた人たちにそのビワの収穫は任せました。当方はというと、左下側にお茶の木がありますが、このお茶の木の整姿作業です。これまでは、刈込ばさみでをつかっての整姿作業でしたから、満足な整姿が出来なかったんです。今回は、植木屋さんなみにトリマーを使うことにしましたから、これまでずーっと出来てなかった整姿作業ですが、それこそ、短時間のうちに片付いていきます。それともう一つは、草刈りです。どこに苗木があるか、わかりますか。クズの蔓が巻きついて、苗木にも巻きつき、覆い隠していたんです。以前に周辺をきれいに草刈りしたんですが、そんな苦労はまったくどこへやらです。この押し寄せる雑草をおさえないと、みかんの苗木なんて覆いつくされ消失しちゃうんですね。昨日は晴れていたんですが、今日は、雨こそ降らないものの、どんよりとした曇り空。私などの勝手な判断ですが、関東も、今日をもって梅雨入りです。いつ雨が降りだしてもおかしくないような、そんな曇り空の天気です。農道の右側の木は、甘夏の木ですが、あと数個を残して、今回で、ほとんどの収穫を終えました。やれやれ、ですが。これだけ作業をすると、ビワを収穫することまでは、手が回らないんですね。援農の人たちに、今回の収穫は完全に任せて、当方としては、次回の作業にのこしてきました。何が問題か。この自然の力を、相手にして、高齢化した農夫が頑張っているんですね。その人流に、それぞれの人なりに対処をすることで、今を維持して来ているんですが。全体的には、荒廃地がかなりの面積を占めてます。ある役員の方の話によると、全体の30パーセントが耕作放棄地になっていると。私などの作業も、大きく見れば、農家の手の及ばなくなった箇所の手入れをしているわけです。みかん園は、1年でも草刈り等の人の手が入らなくなると、畑が原野に、さらには山林に変わります。それだけ自然の力というのは強力なわけで。どうやって、この畑がつづけられるか、維持していけるか。大きな社会的なサポートが、高齢化してゆく農家ですから、求められているとおもいます。今回、初めての出会いがありました。リスをスマートにしたような形でしたが、ハクビシンでしょうか。テンのような茶色の毛をした小動物だったんですが、何回か立ち止まっては、振り返りつつ、この道を下の方に走り去ってゆきました。
2024年06月13日
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参議院・政治改革特別委員会での質疑6月10日(月)に、参議院の政治改革特別委員会が開かれました。共産党・山下芳生議員の質疑を聞いたんですが。というのは、参議院インターネット審議中継 (sangiin.go.jp)で、その中継録画を見ることが出来るんですね。共産党は独自に企業団体献金の禁止法案と、政党助成法の廃止法案を出しています。それにより、自民・公明・維新の政治改革法案と、共産党提出の政治改革法案とが、具体的に何が問題かが対比されるわけで、なぜ三党の法案がザル法とされ、どうしたら本当の政治改革が出来るのか、問題点が何なのか、より一層見えてきます。この山下議員による追求を、是非フォローしてみてください。この追求こそ、国民の求めている声だ、とわかると思います。同時に、国の政治を本当に変えるためには、どこを変えなければならないか、見えると思います。
2024年06月10日
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東京都知事選挙の大きな流れ7月7日投票の東京都知事選挙。有権者1100万人の大きな選挙です。市民と野党での選考委員会で、蓮舫氏が候補者となりました。これは、私なども大歓迎なんですが。ただ、投票日まで1カ月を切ったというのに、小池知事は態度表明をしません。マスコミは、あれこれ気をもたせるような報道をしてます。なぜ小池氏は、その態度表明をしないのか。自民党・公明党・都民ファーストなどの支持基盤に、明らかに選挙を準備しています。ではなぜ態度表明をしないのか。これは、政治・政策的な対決をさけて、イメージと組織の力で押し切ろうとする作戦ですね。6月4日の東京都議会の代表質問でも事態は明白です。都民の要求には答えず、裏金疑惑にはふたをして、ようするに、選挙を意識して政治対決を避け、イメージをふりまいているわけです。ふつうには、自分の実績や今後の抱負を語たるのは当然なんですが。これは、小池氏の政策対決を避けてイメージ選挙にもちこもうとする作戦ですね。過去の都知事選をみてみると2020年 有権者1129万人 投票620万票 投票率55% 小池ゆりこ 366万票 宇都宮健児 84万票2016年 有権者1100万人 投票662万票 投票率59% 小池ゆりこ 291万票 増田 179万票 鳥越 134万票この過去の選挙の結果です。これをよく見てやってください。確かに、今、蓮舫候補で都政を変えるチャンスがあると思うんですよ。しかし、現実の力関係はどうなのか。4対1 この現実にあることを腹に据えよ、雰囲気では現実を見誤るということです相手が政策論戦を避けて、イメージにたのむのもわかるじゃないですか。くわえて、興味本位のマスコミ報道の、本質を隠した思わせぶり報道を氾濫させておく。小池氏の選挙作戦はこれです。現実の都政の明かな問題、その政治対決を避けて、漠然としたイメージをはりめぐらす。その裏では、実際には、自民党・公明党・都民ファーストの組織の力で圧倒しようとしている。ここに、小池氏の作戦があります。選挙ですから、最終的には1100万人の都民が決めることです。しかし、これまでの結果から見て、この見えざる組織力はあなどれません。この彼我の力関係をかえるためには、マスコミの報道を追いかけて、一喜一憂していては駄目なんです。たんなる評論家にどどまっていては、相手の作戦に踊らされるということです。現実にこの力関係をかえる、という大仕事があるんです。勝敗の基本は一人ひとりの努力です東京は広い。いくら候補者が一生懸命になって、あちこち飛び回ったとしても、1100万人にはとどきません。確かに候補者がくれば、そこは燃えると思いますよ。すばらしいですから。しかし、それは1100万有権者の、ごく一部なんです。私などの住む、八王子市のすみの一角、鹿島からしたら、まったく夢の世界なんです。こちらは、無風、いや無風どころか、地縁血縁のつながりで、小池氏にもっていかれかねない。このギャップをうめること。僻地の鹿島だって、日本全国の風をうけてるんです。しかし、地縁血縁がはたらいており、政治に虐げられあきらめかけている高齢者がくらしている。そこにあって、この彼我の力関係を大きく変えること。それには、一人ひとりが、候補者に成り代わることが必要です。苦悩させられている都民のくらしと、それに対する蓮舫都知事候補の奮闘。これを見定めて、友人や知人、まわりの人たちにたいして、「都政を自分たちの手にとりもどそう」と、しっかりした交歓できるかどうか。お互いの心意気をわかち合えるかどうか、ここが問題です。二つに一つです。〈マスコミ報道を楽しむ評論家にとどまるか、それとも、隣の一人ひとりと声を掛け合えれるか〉東京都知事選挙は、東京全体の大きな選挙です。もちろん中心にいる選挙対策の人たちは、大きく知恵と計画を立てて、展開しているでしょうけど。しかし、問題は東京都民の底力です。私などは、この都知事選の勝敗は、この一人ひとりの努力にかかっていると思います。
2024年06月10日
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共産党後援会と立憲パートナーで宣伝6月9日(日)、八王子市鹿島で、「蓮舫氏が候補者に決まった。都政を変えよう」と、日本共産党後援会と立憲民主党パートナーの方とで、一緒に宣伝活動をしました。望月市議の宣伝カーを借りて、静かな住宅地なんですが、3か所の宣伝をしました。「都知事候補に蓮舫氏が決まりました。7月7日の投票日には、都民本位の都政をつくるために力を合わせましょう」との、簡単な宣伝なんですが。話をしてみて、簡単ではないことがわかりました。話が終わった後で、立憲民主党パートーナーの方からアドバイスがありました。「思いは分かるけど、話が事前運動にひっかからないように注意した方がよい」と。言われてみると、まったくその通りなんですね。それで、音出しの録音を聞いてみると、たしかに、きちっとその話の中身が配慮されてるんですね。「へぇー、そうなんだ」と、今さらながらですが、感心させられました。行動しつつ、話しを手直して。「あと、1カ月足らずの、7月7日の七夕は投票日です。大企業中心の開発を進める小池都政を、都民の願いを実現する都政にかえましょう」と。静かな住宅地に、音による宣伝がされました。相棒の方の話が終わったら、団地から一人のご婦人が近づいてきて、「○○さんじゃないの? 声が似てたんで出てきました」と。参加者が少人数なんで、宣伝行動が出来るかどうか危うんだんですが、案ずるより産むがやすしでした。この立憲パートナーの方のアドバイスと、知らないの方の激励が寄せられたこと。これでハッキリしました。どんなささやかなことでも、7月7日まで出来うる努力をつくせと。無駄なことなんて何もない、地域の人の思い、どれだけ見えてない地の塩を、自らがつかみ取れるかだ、と。
2024年06月09日
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マルクスの『経済学・哲学手稿』 「ヘーゲル弁証法批判」まとめ3一、最初に、私はどうしてマルクスの『経済学・哲学手稿』「ヘーゲル弁証法批判」を学ぶのか 科学的社会主義の思想を理解するには、唯物弁証法の哲学を理解する必要があるじゃないですか。そのことは、この世界の自然と社会の動きに対して、自分自身がどの様な姿勢で対処していくのか、その基本に関係していると思っているんですが。ところで、その哲学を学習していく材料ですが、哲学の解説書というのは、それこそたくさんありますが、実際に哲学を探っているものというのは、それほどありません。基本的な古典では『フォイエルバッハ論』、『反デューリング論』、『唯物論と経験批判論』くらいじゃないでしょうか。私などは、この『経済学・哲学手稿』の学習ですが、これも一つの道だと思っているんです。 マルクス自身もその哲学(唯物弁証法)を、わかりやすい形で刊行したかったようです。いくつかのところでそれを語っています。しかし『資本論』をまとめることに集中していたこともあって、それを十分には果たせず1883年に亡くなってしまった。 エンゲルスの『フォイエルバッハ論』(1886年)ですが。マルクスが亡くなった後に、エンゲルスはその遺品の中から、マルクスが生前に刊行することが出来なかった『ヘーゲル法哲学批判』、『経済学・哲学手稿』、『ドイツ・イデォロギー』などの草稿を発見したんですね。それらは世間一般にはまったく内容が知られていなかったわけです。そこには、マルクスとエンゲルスが、唯物弁証法と唯物史観を探った過程が、草稿の形で残されていたんですね。 しかしそれらは、『経済学・哲学手稿』にしても、その探究は難解な表現でもあったので、エンゲルスはそのままの形で出だすことは出来なかった。そのため、『フォイエルバッハ論』(1886年)として、あらためて整理し直して、その内容をわかりやすく、簡潔にまとめて刊行した。そうすることで、マルクスの遺志をかわって果たしたんですね。日本では明治19年のことです。 私たちが自由に科学的社会主義を学習できるようになったのは、日本の戦後になってからですね。現行憲法の民主主義制度の下でのことですね。『経済学・哲学手稿』が翻訳され刊行さたのも1960年代に入ってからです。『マルクス・エンゲルス全集』(大月書店)第40巻は1975年の刊行です。その後は、誰でも入手できるようになって、現在にいたるわけです。 私などの今回のマルクスの「ヘーゲル弁証法批判」の学習ですが、その基本な学習の仕方は、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』をアドバイスとして、マルクスの『経済学・哲学草稿』「ヘーゲル弁証法批判」そのものにあたります。マルクスはどのようにして弁証法的唯物論という新たな哲学を認識したのか。それはどのような内容なのか、それはどのような意義をもつのか。それを、あらためて探っていきます。 二、次に、本論の全体像を探ってみました『経済学・哲学手稿』「ヘーゲル弁証法批判」を学習すすめるのに、その全体像とその骨組みについて、一応の目途ですが探ってみました。 草稿全体の序言と、「ヘーゲル哲学批判」での序言があります。1、フォイエルバッハ論(第4文節-第9文節)2、ヘーゲル哲学の全体、二重の誤り、最終成果(第10文節-第14文節)3、マルクスのテーマとあらかじめの指摘(第15文節-第16文節)4、『精神現象学』「絶対知」の要点と、8つの論点(第17文節-第22文節)5、検討①「自己意識の外化が物性を措定する」(第23文節-第32文節)6、検討②「他在のもとにおいて自身のものとなる」(第33文節-第46文節)7、ヘーゲル弁証法の肯定的契機(第47文節-第56文節)8、総評、ヘーゲル哲学の問題点(第57文節-第64文節) 今回は、ここまでです。
2024年06月08日
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都知事選挙まで、あと一カ月東京都知事選挙が、6月20日告示-7月7日投票と、一か月後に迫りました。マスコミは、さかんに小池氏がいつ態度表明するかを、気をもたせるように報道しています。しかし、疑問に思うんですよ、どうしてこの大事なことを、期日も迫っているのに態度表明をしないのか。これは、正面からの政策や態度表明をさけて、メディアを使って都民に気をもたせることを狙った策略ですね。「後出しじゃんけん」です。6月4日の東京都議会での代表質問の様子が報じられました。小池与党の都民ファーストの代表質問ですが。蓮舫氏を意識して、「実績をふまえない『リセット』発言や、税金をめぐる不正の混乱を都政に結びつける動きなど、政党間の政局争いを期待しているわけではない」と述べた。これって、わかりますか。一つ、小池氏は態度表明することは避けつつ、態勢づくりをしているということです。1、「実績をふまえない『リセット』発言」というのは、これは難癖ですね。この間の小池氏の所業(悪しき「実績」)からして『リセット』の必要が提起されているわけですから。2、「税金をめぐる不正の混乱を都政に結びつける動きなど、政党間の政局争いを期待しているわけではない」。これは裏金作りへの国民の批判をかわそうとしていますね。小池氏は、自民党・公明党・都民ファーストを基盤としてますが、自民党の都連会長は萩生田氏じゃないですが、八王子市長選挙にはその応援に小池氏を呼んだ人じゃないですか。みずからの裏金作りには、一切チャックしてるじゃないですか。それに対する批判が及ぶのを避けているんですね。これは、ようするに、都知事選挙告示(6月20日)まであと10日。気をもたせるパフォーマンスの態度ですが、その実際は、その水面下では、ものすごい組織戦がすでに展開されているということです。相撲で言えば、立ち合いの呼吸をあえてのらりくらりと合わせずに、相手の気がなえた、油断したところで一気に力を集中しようとしているというわけです。二つ、この蓮舫氏と小池氏の都知事選挙。5月27日に蓮舫氏が候補者として決定したことで、東京都民には電流が流れたと思います。本日、八王子のごく片隅に住む私のところにチラシが届きました。はやいですね、いいですね。しかし、東京は広いですから、隅々までこの事態が伝わるには、このチラシをとどけることも含めて、多くの努力が必要だと思うんです。その期間はごく短いんですが。東京都民は、かつて革新都政の下で、都民本位の都政というのがどういうものかを体験しています。もっとも1979年には保守都政に変わりましたから、それから40年以上も年月が過ぎたわけですが。若いひとたちは、踏みにじられてる経験はあっても、都政を変えれる実感がわかないとおもうんです。しかし、〇無料のシルバーパス実現、〇老人医療の無料化、〇保育園づくり、〇学校給食の無料化・・・。その後、ズタズタにされてますが、いまでも形が残っている。その基礎をかつてつくったわけですから。今日、ふたたび都民にとって、都民が主人公の都政をつくるチャンスが来たということ。生活に苦しむ都民が、その声をあげる時だということです。もしここで、都知事を変えることができれば、私たち都民の諸々の要求の実現に道が開けるということです。三、ただ、それだけじゃないんです。国政を覆う黒い霧、裏金による金権政治にたいする国民的な批判ですが、全国の各地でそれがしめされてますが、それがこの東京都民の意思としてしめせます。国政の腐敗を正すという意志がしめせます。これは大きいですよ。しかも、それだけじゃない。いまの戦争の続いている世界にたいして、日本の首都・東京から平和と民主主義への希望の意思を発信することにもなります。混乱する世界に理性の声を発信することになります。四、ただし、そのためは乗り越えなければならない問題があります。すでに紹介したように、小池氏側は政策的な対決をさけての組織戦を展開しています。国会を見ればわかるとおり、政治献金の禁止と政治腐敗をただせとの国民の要求を、新たな与党連合をつくって議員の多数の力をもってかわそうとしているじゃないですか。都知事選の様相も同じです。正面からの政策的対決を避けで、自民・公明・都民ファースト・維新の議員の頭数で都民をねじ伏せようとしている。労働組合の連合幹部まで、それになびいているじゃないですか。「共産党が加わるから・・・」うんぬんする人たちがいますが、これと八王子市長選で小池氏がとった言動は同じです。これまで政治を牛耳ってきた人たちが、どういった事態をおそれているか、それをしめしてますね。逆に言えば、ここに越えなければならない障害があります。都民が主人公となる都政をつくるためには、この水面下の組織戦に勝たなけれはならない。そのためには、文字通り思想・信条・党派のちがいを超えて、都民と野党の共同の力で、蓮舫氏を候補者とする都民の多数派をつくらなければならない。都民の過半数以上の人たちの共同をつくる。この1カ月間の間に、この大作業があるんですね。問題は二つに一つです。「蓮舫氏か、小池氏か、どちらが本当に都民に寄り添う都政をつくれるか」いまや、都民にたいして、問題は何か、根本的な信を問うべき時にあるということです。こうしたチャンスというのは、そうめったにはないと思うんです。良い勝負をしたとの結果ではすまない、選挙は勝たなければ結局あしらわれるだけだということは、これまでの経験で嫌というほど体験させられてきているじゃないですか。であればこそ、あとでなくより、この一か月間を頑張れ、ということ。都民の可能な知恵と努力をつくして、平和・民主の共同の力で、蓮舫氏を候補者として、これまでの都政をひっくりかえすこと。この二つに一つです。すばらしいこの歴史的なたたかいです。勝つか負けるか、それは今のスピードと共同のちからをつくりだすことができるかです。すべては、今、この時の努力にかかっているということです。
2024年06月07日
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みかん園の草刈りこの時期は、一雨降るごとに雑草が繁茂してきます。援農に来てくれる人たちのおかげなんですが、広い畑を相手にして、例年では自然の力の前に、途方に暮れるころですが、今年は、自然のスピードに追い付きだしています。例年だと、草刈りに追われて、それだけでも中途半端で、ヘトヘトにさせられちゃう。とても、お茶の木を整姿することまでは、手が回らなかったんです。ところが、去年、農家の方が、お茶の木の整姿するのにトリマーを貸してくれたんです。これまでは、刈込ばさみでちょっきん、ちょっきんと刈っていたんですが、整姿作業の効率が、それこそ雲泥の差だったんですね。それで、今年は、先週のことですが、清水の舞台から飛び降りました。トリマーはお茶の木の手入れに必需品なんですね。農家の方だって、自分のところを刈らなければならないわけですから、毎度かりるなんてことは、虫が良すぎるじゃないですか。今回の小田原行きで、6,7割の整姿ができました。ちょっと虎刈りですが、それは初めての始動ですから、まぁ仕方ありません。これまでは、この作業を何日間も、その度に何時間もかけて、クタクタにさせられながら、順次すすめていたんです。広い畑をカマで草刈りしていたようなことだったんですね。だいたい農家の畑仕事というのは、その時に、そのタイミングでやっておかなければならないこというのがあるんですね。遣りさえすればよいとか、いつでもよいとか、そういうわけにはいかないんです。例えば、この時期のみかんの木の根回りの草刈りです。6月下旬になると、カミキリムシがでてきますから、その前に根回りを綺麗に草取りしておく必要があります。7月カミキリムシの活動が活発になります。中からも発生し、外からも飛来してくるわけで、草取りしてあれば、その動きが見つけやすくなるわけです。発生しだせば防虫剤の基幹に塗布して防ぎますが、その基幹塗布もしやすくなるわけです。なんたってカミキリムシの加害は、みかんの木が枯らされる一番の原因です。他の病気なら、翌年には手当てして回復することも可能ですが、カミキリムシの場合は、枝先に下からの養分が送れなくなり、木は枯れてしまいます。みかん栽培にとってカミキリムシは天敵ですね。むかしは、子どもたちがカミキリムシを捕まえると、農家はお礼をしていたそうです。子どもたちのアルバイトになっていたとのこと。いまのみかん園は、もっぱら高齢者が広い畑を手入れしてますから、そんな光景はありえません。それに今の子どもたちは、とても忙しくてそれどころじゃない。でも、もしも来てくれたとすれば、私などは喜んで御礼するんですがね。まぁ、そのためには、6月上旬までに、みかんの木の根回りを綺麗に、草刈り・草取りをしてかなければならないということです。根回りの草刈りと、お茶の木の整姿が、まさにそのタイミングですすみつつあること、これは、いつに援農に来てくれた人たちのたまものなんですね。農家だけでは、少ない労力で、高齢化の中で、不可能になりつつあると思います。また、この6月の時期は、梅のシーズンでもあります。今年は、産地の曽我の梅ですが、裏年と気候不順がかさなって、全体として不作だそうです。そうであれば、なおのこと貴重な梅の収穫です。これも肥大化した実をそのタイミングで収獲しないと、実が小さかったり、ないしせっかくの梅が落下しちゃったりしますから。今が、その収穫の大事な時に入っているわけです。だいたい農作業というのは、人間の勝手な都合から出発するわけにはいかないじゃないですか。自然に人がうまく合わせれるかどうかが、そこが農家の技の、腕の勝負どこなんですね。同時にまた、そうした生きた農環境をつくるには、社会のあり方を改善しないといけない。今の政治のように、安い農産物をどんどん外国から輸入して、国内農家を・食糧自給を衰退させる道をすすむところとなってます。後継者が失望し、畑からいなくなっている。今さえ何とかなってれば、農家状況なんてどうでもよいといった農政です、バカな話ですが、これが今の現実の政治です。農家は、自然だけを相手にしているだけじゃ、絶対にダメだということです。
2024年06月06日
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東京都政をかえるため、力を合わせましょうおよそ政治の風など感じない東京・八王子の片隅の、静かな鹿島からの便りです。6月2日、日本共産党・望月市議が、「7月7日は小池都政を変える、絶好のチャンスです」と、その気になれば、すぐこれだけのことができると、都政策を紹介してくれました。日本共産党の地域後援会の総会ですが、八王子市政報告とともに訴えてくれました。1979年革新都政が保守都政にかわってから、40年余にわたって、鈴木-石原-小池と、保守都政から今の自民・公明・都民ファーストにつながる、都民生活民切りすて政治がつぎつぎと続いてきました。福祉・教育はボロボロにされて、都民の運動でわずかな改善がはかられただけです。無駄遣いは、相変わらずひどい。蓮舫氏が無所属で立候補することに5月27日に、立憲民主党参議院議員の蓮舫氏が、無所属の都知事候補者にきまりました。これは東京都政を変えるための、とりもどすための、大きなチャンスを都民は手にしたということです。6月20日告示、7月7日投票ですから、あと一カ月後には、その結果がでます。自民党・公明党・都民ファーストは、みずからの都政を守るためにその組織をあげるでしょう。メディアをみると、小池氏がいつ立候補表明するのかとか、この野党協力のスタートしたことをぼやかそうとして、打ち消そうとして、さまざまな興味本位な傍観者的な報道が、わんさかと流されています。でも、そんなことはいいんです。問題は、かつて、都民は革新都政をつくってきたじゃないですか。この間、さんざんにないがしろにされてきた都民ですが、都民が立ち上がれば、都政は変わります。国の政治だって変えれます。混迷する世界にだって、平和・民主主義のメッセージをおくることになります。八王子の片隅ですが、ここはいたって静かな鹿島です。高齢化もあって、一般に投票率が低く、棄権率が高いのでは・・との見方もあります。しかし、ここでもやはり、本質的には東京全体と同じ傾向がはたらいていると思います。どこでも、平均的な力がはたらいているはずです。そうであれば、このねむれる街をかえるために、これからひと仕事です。そのために、みんなで力を合わせて、この間、ずっと都政に失望させられつづけて、あきらめさせられてきた都民です。「7月7日は東京都知事選挙だよ。あなたの一票で、蓮舫さんで都政を変えるよ」と。静かな街に、新しい都政の熱い風を、少しでもおくります。どうしたら、主人公のみなさんが、本当にたちあがってくれるか。どうしたら、そうした状況を実際につくれるのか。とにかく、そのために、ここ鹿島でも、あらゆる努力を尽くすということです。この発信も、またその一つだということです。
2024年06月03日
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ここに政治資金問題の焦点がある私などは、日々あちこち動ていますから、現在進行中の事態にたいして、認識がずれてしまうんですが。6月2日に、この間の、動いていた間の出来事を追跡しました。5月31日の日本共産党山添拓政策委員長の記者会見ですが、これに注目しました。政治の裏金をどのようにしたら規制できるのか、自民と公明、自民と維新の会との合意ですが、これをどう評価するか、ここに目下の政治の焦点があると思います。山添拓議員は15分間の記者会見をした。その記事と、共産党ホームページからの会見の録画です。草刈り等のもろもろの畑仕事で疲れていると、ついつい新聞の活字を読み取りにくくなる。それじゃぁいけないと思うんで、新聞で読むことと同時に、記者会見の様子をインターネットをみるようにしています。これがそのインターネットです。https://www.youtube.com/watch?v=3f6aaMkeWig冒頭発言の「これでは現状はかわらない」については7分間でした。冒頭のコメントを受けての記者の人たちとの、いろいろな質疑になるわけですが。すべての時間をくわえても、記者会見の全体は15分間でした。山添拓氏の会見は、様子も、後味もすっきりしているんですね。冷静に道理をといています。若い方なんですが、説得力のある、いたってクリアーな素晴らしい記者会見です。問題が問題なもので、ついつい私などは頭に来ちゃうんですが。さすがです、そこを若い共産党の政策委員長は、冷静に順々と説いているんです。そこが、すばらしい。この会見は、今の政治の焦点を完全にしめしてくれている15分間だと思います。
2024年06月02日
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再び句集『北山時雨』を紹介します一年前に句集『北山時雨』を残して、知人が旅立ちました。歌心のない私などは、その時は「あとがき」に込められた思いとなりをさぐったんですが。この句集に対して、『おだやかな人様が句集にあふれ心が豊かになりました』(HY)そんな感想が寄せられました。句集「北山時雨」(120句)の「あとがき」を紹介します | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)人はそれぞれの思いで、句集をひらくと思います。歌心の水準がどうのということではないとおもいます。それで今回は、私なりに、いくつかの句を選んで、鑑賞してみました。〇帰農して「ひるのいこい」を雉と聞く これは、最初にある句です。彼はどんなに忙しくても、「ひるのいこい」をきいて、休み時間をとるようにと、いつもみんなにアドバイスしていました。〇十貫のみかんを背負う娘の笑顔「昭和30年代明るい農村」の副題が付いてます。新潟などからの出稼ぎの人たちにささえられていた。今も作業小屋の二階の部屋には、彼女たちが使っていた布団が残されています。〇花咲けど人影ない山時止まるこれは2019年の作で、最近のみかん畑の様子をうたったもの。高齢者がみかん仕事を担っている。〇ニュータウン五十年目の桜咲く小田原のみかんは東京の永山団地の朝市で販売しています。見栄えは劣っていても、美味しくジューシーで、安いですから、それなりに好評です。園主の彼もその様子を見に3回は出かけてきてるんです。〇人形が微笑み返す梅雨晴れ間東京・多摩市から援農に来てくれた人、一緒にイノシシ柵を設置してくれた人、その人が人形づくりをライフワークにしてたんです。今もその遺作が何体も早川の家に並んでいます。〇さしあたりあと十年と冬日差す昨今のみかん農家は、高齢化や耕作放棄地の広がりなど、見通しがなかなか見えない事態ですけど、「しかし宝の山なんだ」と自分自身に言い聞かせて、体が続けれるあと10年間くらいは、とにかくがんばろう。それが彼のもっとうでした。〇春が来る木馬は回る七巡目これが辞世の句です。もう体の不調なことを、他人には言わなかったけど、本人は自覚してたんです。これは「あとがき」の気持ちとも重なると思います。「世の中の混乱はおさまりそうもなくふあんになることも多い。・・・でも、時代は変わらざるを得ず、新しい時代の萌芽も見受けられるので、次の世代の活躍に希望をもって期待するものである」私流にこれを解釈すれば、この一文を残すために、彼は病の体を駆使して、いろいろと最後の努力をしていたんだと思います。あとから振り返って、わかってきたことですが、それがはっきり見えてきます。確かに、今のひどい世の中ですが、そのなかに次の若者たちの、希望を感じさせてくれる努力をみる。我々年寄りたちは、彼ら若ものの未熟さを「あれが足りない」「だめだ」と否定的に水をかけるのではなく、もっとその苦るしいたたかいを理解しよりそって、しっかりと励ましてやること。そこに大人たちの大事な責任があると。それが「あとがき」にこめられている精神だと思います。今日は、彼の一周忌でした。あどけないお孫さんには、事態の意味は分りません。しかし、とにかくかわいいこと。住職も、その様子に感嘆の言葉を述べてました。私などは、何も言えなかったので、その分をここで紹介させてもらいます。
2024年06月01日
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