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梅の花梅の花が咲きだしました。1月31日の真鶴のみかん園でのこと。小田原では2月1日から梅まつり開催されますが、ドンピシャリと、梅の花が咲き始めました。青空によく映えてます。去年は、梅が開花した後に特別に寒い日があって、花は良く咲いていたんたけれど、肝心の結果の方は予想収穫の半分しか採れなくて、小田原での収穫量が確保できないことが問題になりました。自然というのは、最近では、変則なことが多くなっていますが、はてさて、今年はどの様な結果となりましか。みかん園の方は、今回で、当方の温州みかんの出荷については、すべて終わりです。中心的な産物の温州みかんは終了です。温州みかんは終わりましたが、そのほかにも柑橘類は多彩にあります。みかん園の園主さんが、この2月にネーブルを出荷してくれるそうです。当方の団地の朝市は、このネーブルが中心に変わります。ネーブルの美味しい味を、明日から団地の住人に届けていきます。
2020年01月31日
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1月29日の富士山1月29日(水)は、温州みかんの最終出荷のために出かけました。前日は東京も「大雪に注意」との警報が出されて、冷たい雨だったんですが、その翌日は、この天気です。小田原へ向かう途中、平塚から見えた富士山です。同じ場所から見る角度を変えると、今度は大山です。面白いでしょう。高い富士山は鮮明にみえて、近くの低い大山には雲がかかっています。この分では、大山の頂上では雪が降っていると思います。さらに走って、小田原からの富士山です。暖かさと寒さとが、短期間に入れ替わるわけですから、忙しい空模様です。
2020年01月31日
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2019年温州みかんの収穫小田原・真鶴のみかん園ですが、温州みかんの収穫が終了しました。今年度、2019年の収穫量が出ました。 真鶴 小田原・石垣山 計2019年度 32c 168c(うち、市民園6c) 200c2018年度 41c 116c 157c (cはコンテナ容器で、20キロが入ります)収穫量の増減ですが、これは、カミキリムシなどにより木が枯らされたこともありますが、基本的には、表年と裏年の、隔年結果によるものです。以前は真鶴園だけでてんてこ舞いをしていたんですが、この1,2年で扱い量が5倍になっているわけで、ヘトヘトなのも無理はなしです。今期は、10月以降の収穫に、のべ27組86名の方たちが来てくれたわけで、収穫にしても、販売にしても、こうした援農の力があってこそ、ゴールに着けたわけです。まずは、ヤレヤレなんですが。これからは、みかん園の整備(剪定や周辺の雑木払い)があります。また、次の柑橘のネーブル、キンカン、レモン、湘南ゴールド、甘夏などが続きます。みかんの年間サイクルでは、5月の甘夏まで続くんですね。しかしとにかく、一番中心となっている温州みかんについては、終了まできたわけです。みかん園は、本来の常緑樹の緑色にもどりました。この1,2年は、葉の黄緑色がめだち、くたびれていたんですが、周辺の畑の緑と同様になって、ようやく一息つけるようになったようです。
2020年01月29日
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みかん農夫の1年間の収支今年も確定申告の申告書類が送られてきました。みかん農夫は、この申告を1年間の仕事をまとめるための機会としています。1年間のみかん仕事が、その動向や特徴が、収支の数字を通して見えてきます。まず、みかん販売で入金した金額ですが、12月末時点ですが、74万円でした。みかんは前提として、確定申告の1月1日から12月31日までの収支ではくくれないんですが。中心をなす温州みかんですが、12月末までに木からすべての果実をおろして、それを1月中には、すべて販売するようにしています。したがって、温州みかんの年間サイクルの節目は、1月末が実際の決算なんですね。この大事な1月の商いが、確定申告では翌年に繰り越されちゃうんですが、仕方がありません。当方のみかんの特徴ですが、小田原・真鶴でみかんを栽培・収穫して、東京の多摩市で販売していることです。みかんの収入は74万円でした。これはみかんを販売して、実際に入金した金額です。この他に、まだ入金が出来ていない売掛金もありますが。これに対して、支出は、1年間の栽培経費は、170万円でした。これは当方の遠距離農夫の特徴なんですが、東京・八王子と小田原・真鶴を往復する交通費として、この中に、ガソリン代が24万円、高速料が15万円の、交通費だけでも39万円がかかりました。これは、動力光熱費の35万円、荷造運賃手数料の23万円の中に含まれるんですが。それに現地の住まいですが、小田原・早川に農家を借りていますが、この賃貸料を合わせると、1年に75万円くらいはかかっちゃうんですね。それに肥料や素材料、減価償却、租税公課などがかかりますから、あわせると170万円。まぁ、年金とみかんの売り上げ金で、170万円を埋めようとしているわけです。全体として赤字は赤字ですが、この収支の数値には出てこないメリットがあります。精神的にですが、都会人のリゾート・オアシスを確保しているということです。みかんの収穫には、東京などから27組86名が出かけて来てくれました。いろいろ今の社会で問題になる根本は「金もうけ」です。マルクスが『資本論』で解明した「剰余価値」の荒稼ぎですね。「もり・かけ」問題も、とどのつまりはその現われですね。そうした世相の中で、人間も自然のなかに生かされているんだということを、東京の近郊にある小田原のみかん園で体感すること、この大自然と豊かな恵みにふれることによって、人生にとっての英気を養うこと。これは、社会主義になろうと、共産主義になろうと、尊重される宝なんですね。したがって、今年度も都市と近郊農業の共存のために頑張ります。これが大赤字をきたすようでは、ものごと続きっこありませんが、許容範囲とおもいます。豊かな自然の産物を生かして、たんに金銭の損得勘定だけではなく、都市と農村に暮らす人たちの、豊かな未来を探究しようというわけです。これが、今回の確定申告の結論ですね。
2020年01月28日
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大詰めの団地朝市温州みかんの販売もあとわずか、いよいよ大詰めです。1月25日(土)、多摩の永山団地では、定例の朝市が開かれました。昨日、小田原・石垣山から搬送してきたみかんの袋ですが、多摩や群馬からの野菜とともに並べられました。みかんの収穫の方は、実質的にはすでに終了しています。しかし販売されてこその収穫(生産)ですから、未だ肝心の「命がけの飛躍が」(販売)が残っています。ベニヤ板の上に山に積まれたみかんの袋でしたが、みかんの朝市の開催されていることかが、団地住人に知られてきたんでしょうか。『味見なんかしなくても、味は分かっている』と、『前回も買ったんだけど、残りのみかんがすくなくなっちゃっていて』と、冷たい風の吹く中を、出かけて来てくれる人がいます。若い方の中にも、マイバックをもって買いに来てくれる人がいます。『袋に入るだけ、みかんの袋が欲しい』と、買いに来てくれた人がいました。また、先週に引き続いて買い求めに来てくれた方もいました。『みかんが残り少なくなったので、また買いに来たよ』と。背中のバックに3袋もいれて、帰って行かれました。朝市を始めた朝9時には、板の上に山と積まれたみかんでしたが。正午前には残っているのは数袋となりました。今回も盛況な販売となりました。今年の温州みかんの販売もいよいよお詰めです。残りのみかんは、あと小田原のみかん小屋にある6コンテナだけとなりました。あと2回朝市が開かれれば、今年の温州みかんはおしまいです。温州みかんにつづいては、ネーブルの販売を予定していますが、今年のみかん販売は、ついに大詰めにきています。
2020年01月25日
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石垣山で野焼きみかんの収穫のしめくくり作業に入りました。小雨が降りだした1月23日(木)でしたが、この小雨の日の作業は野焼きと選果です。冬場の石垣山には枯草があちこちにありますから、この小雨降り時こそが、野焼きするのに適当な時なんですね。みかんの収穫をしていると、カミキリムシの加害による枯れた木がありますし、それ以外の原因でも枝の枯れた木が目についていました。これを放置しておくと、その枯れ込みが広がりますし、病果の発生にもつながります。収穫作業をしている時は、それらの枯れ枝に対処する時間は無かったんですが、一応、収穫を終えた今は、枯れ枝を切り除いて、野焼き処分をするときなんですね。真鶴のみかん園は住宅地の中にありますから、野焼きは禁止されています。小田原の石垣山は、自然が残されていますから、注意するなかで野焼きが出来ます。真鶴のみかん園から搬送しておいた枯れ枝もふくめて、この機会に、みかん園版「どんど焼き」のようなものです。野焼きすることで、枯れ枝類を一掃することが出来ました。これも大事なみかん作業の一つです。
2020年01月24日
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東京・八王子市長選挙について東京・八王子市は、1月26日投票で今市長選挙の最中です。八王子市の人口は57万人、私などもその内の一人ですが。住んでいながら、市の現状など、わかってないのが実情です。そうした折、「東京新聞」1月20日付の三多摩版が紹介してくれてました。4名が立候補されたようです。記者は候補者の街頭演説を要約したようですが、二人の候補者演説を紹介しましょう。現職の石森孝志氏(62歳)「二期八年、攻めのまちづくりで施策を進めてきた。中心市街地の活性化を求める声も多かったが、ペデストリアンデッキの延伸は三月に完成し、多くのイベントが行われるユーロードは新たに舗装される。新明町にはコンベンションホールができ、産業の起爆剤になって人を呼び込み、八王子の発展につながる。中核都市に移行し、福祉を中心に千二百六十一の事務権限が移り、新たな事業展開が出来るようになった。これからの四年は八王子にとって大事な時期となる。市民、八王子のために仕事を進めたい。」野党共闘の流れの白神ゆりこ氏(36歳)「市は国民健康保険税を値上げしようとしているが、市の財政の1%未満の三億一千万円の予算で十八歳まで免除することができる。川口町の物流拠点では四十三億円も投入され、豊かな自然のある里山が崩されようとしている。保育給食の無償化もなされず、特別養護老人ホームも増えない。認可保育所や市営の福祉文化施設など、役に立つ公共工事に転換して中小企業の仕事を増やし、経済を発展させる。市民による市民のための政治に力を尽くす。八王子を変えることで、国の政治も変えたい。」この二つの主張が、選挙の中心的な対決になっていると思います。ただ、なにしろ八王子市というのは広くて、今、市長選挙が行われていることすら、感じていない人たちが大勢いると思います。安倍政治が続いているのも、その腹心の仲間が、世論などどこ吹く風といったふうで、あいもかわらず幅を利かしていることにもよっています。足元から政治を変えないと、危険な国の政治が続くということです。1月26日投票の八王子市長選挙も、こうした全体の流れの一環になっています。
2020年01月22日
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臨時のみかん販売昨日・1月20日にみかんの収穫は終えたんですが、収穫したみかんを販売する方は、まだ仕事が残っています。そこで、1月21日(火)の午後、永山団地で臨時のみかん販売を行いました。これにより50袋くらいが売れました。子どもたちも試食してくれました。『美味しい!』と、うれしい言葉が出てきました。寒い風の吹く中での、臨時のみかん販売でしたが、300円袋、200円袋ともに、かなりのみかん袋が売れました。人の客足が途切れた時には、ヒヨドリがここにまで現れました。やはり東京にいるヒヨドリも、みかんが大好きなんですね。人間がみかん粒を通路に落としていったんですが、それをねらって私などのすぐ近くまで来て、ついばんで飛び去っていきました。みかんは収穫しても、それが売れなければ頭痛の種ですが、おかげでこの調子でいけば、1月中にも温州みかんの販売にめどがつきそうです。やっと大仕事から解放されそうです。
2020年01月21日
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みかん園の一番の成果は真鶴と小田原・早川のみかん園では、今期の温州みかんの収穫を終えました。真鶴のみかん園が成木8本に対して、早川・石垣山のみかん園は80本があります。この2年間に、自然豊かな石垣山が加わって、10倍を収穫することになったわけです。これは一人では、逆立したとしても、とても無理な事態だったんですが。今回、何とか収穫を終了できたのには、都会生活者の人たちの応援があったからです。都市住人と近郊みかん農家とによる協力がすすんだからなんですね。集計してみたら、10月11日に石垣山みかん園を下見に来た人を皮切りにして、昨日までに、のべ26組81人の人たちが足を運んで、収穫作業を手伝ってくれました。みかんの収穫は、当然1個1個のみかんをはさみで採るということですから、ベテランでも初めての方でも、はさみをニギニギする量というのは大差はありません。とどのつまりは、どれだけの協力者が参加してくれるか、これが問題だったんです。それと、八百屋さんに並ぶみかんを買っているだけの消費者では、生産者がどんな苦労をしているか、どういうみかんが美味しいのか、生産ということが、ほとんどわからないじゃないですか。この二つ、生産者と消費者を結びつけることが、石垣山みかん園の課題となりました。実際にみかん園に来ていただければ、素晴らしい相模湾のロケーションです。地魚も賞味できるし、箱根の温泉のすぐ隣ですから、秀吉の小田原攻めでつくった一夜城の城跡もありますから、行楽にも適しているわけです。そうした、都会人の行楽の場所にもなる石垣山のみかん園だったわけです。しかし、ことばは言葉なわけで、意義を百篇くりかえしても、一歩踏み込まなければわかりません。嘘か本当か、まばゆい消費社会に幻惑されがちな世の中に、いとも素朴で地道な世界があるわけです。今期の参加者、のべ26組81人が、みかん園を体験している様子を紹介します。現代の都会人に、素晴らしい憩いを与えてくれる、自然豊かな石垣山のみかん園です。この自然の恵みを体感する人が増えてくれたら、都市近郊農家としての石垣山みかん園ですが、現実には一般的にすすんでいるみかん園の荒廃化、先行きの見通しの立ちえない事態、農政(政治)が無策にすすむなかでも、新しい未来が、希望ある農家の明日が、すこしは出てくるくるはずなんですが。自然は、人間の知恵を期待して、待っているわけです。えっ、何の話でしたっけ?!。そうだ、81人の人たちのおかげで、広いみかん園での収穫作業が完了できたこと。このことへの感謝でした。
2020年01月21日
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温州みかんの収穫終了です小田原・石垣山のみかん園では、1月20日温州みかんの収穫を終了しました。みかん畑に残っているのは、湘南ゴールドや甘夏です。この時期の収穫対象だった温州みかんは収穫終了です。昨年の12月12日時点のみかん園の様子です。豊臣秀吉が関東の覇者・小田原の北条氏攻めの時つくった一夜城ですが、その史跡が残る石垣山は、みかん園として自然が守られてきました。この豊かな自然は、歴史的に貴重な宝ですし、都会人にとっては憩いの場でもあります。当地のみかん農家にとっては、この12月は温州みかんの収穫で大忙しの日々でした。日ごろはのどかな印象をもって見ていた農家の人たちですが、みかんの収穫という限られた期間に発揮する集中力は、いつもとちがってすごいものがあります。当方が、多くの人たちの力を借りて、1月20日に終わらせたみかんの収穫作業を、昨年の12月末までに、10日間くらいだったでしょうか、短期間に終わらせていました。すごい集中的な力が発揮されたんです。今年の初めに、気がついて見れば、みかん畑にみかんが残っているのは、当方が管理している区域だけでした。こうなると、石垣山の全体にいるヒヨドリの多くが、当方の畑にあつまってきて、饗宴をくり広げるようになっていました。この1月は、下からはイノシシ、上からはヒヨドリですが、みかんを鳥獣が採るか、人が採るかで、大競争が展開されました。まだ、よく整理できていませんが、この間に、当方の収穫には、17組、50人以上の方たちが応援に来ていただきました。そのおかげで、何とか主要なところは人の方で抑えたはずですが。なかには、みかんの鈴なりの木からの収穫を体験していただこうと、あえて手をつけずに、みかん狩り用にととっておいた木を何本か用意しておいたんですが。予定していた人たちに都合ができて、来園する日が延期となりました。一週間くらい延期されたんですが、その一週間が決定的でした。その間に、ヒヨドリたちが大挙して、集中的に執拗にむらがってきて、近くで私などが作業をしているにもかかわらず、そんなことはおかまいなし。結局、全体の8割がたを、ほぼ完全に食べられちゃった木もありました。鳥たちにとっては、人の用事だとか、正月だとかの都合などはまったくおかまいなし、唯一の基準は、熟してきた食べごろのみかんです。それについては、情け容赦なく、集中的に群がってきました。12月の後半から1月の今日までは、ヒヨドリたちとそうした競争がつづいてきました。彼らは熟したみかんの中で入れ替わり楽しんでますが、人間の作業の方はくたびれます、彼らはずっとみかん園の近くにいますが、こちらが畑に入れる時間は限られてます、人が西側を収穫していれば鳥は東側に来るし、東側を収穫していれば今度は西側で饗宴の有様で。しかし、それも今日で終了です。援農の人たちの力もあって、ようやくここまで来れました。今日のお昼で一段落です。まだ鳥たちは、残っているみかんに集まってきていますが、以前の大賑わいの鳴き声と比べると、かなりトーンが下がりました。『どうだ!』といったところですが。この12月は、そしてこの1月は、大変な収穫作業でしたが、何とか無事にゴールに到着しました。ヤレヤレです。
2020年01月20日
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残払いに3組の応援が今年の温州ミカンの収穫も、大詰めとなりました。その小田原のみかん園に、1月19-20日に3組の応援がありました。当方は、すでにもうクタクタでしたから、この援農はありがたいんですね。「残払い」というのは、みかんの木からすべての果実を落とします。そのなかから、生かせそうなみかんを収穫するということですが。大仕事を終えたみかんの木にとって、そのままだと果実が木の養分を吸い取っちゃいますから、この残払いは、みかんの木にとって、この時期の何よりの手入れなんですね。一人は、遠路東京から、朝の9時にやってきてくれました。二組目は、やはり東京から、お孫さんとともに二人で来てくれました。若い人が、みかん園に、みかんの収穫に参加してくれるなんて、これは、じつに革命的なこと、たいへん貴重なことです。3組目の方は、みかんの収穫体験ということが初めてだとの方を、2人の方をさそってきてくれました。『みかんの収穫て、楽しい』なんて、ことばが交わされていました。これは、ヘトヘト、くたくたの農家の人たちが聞いたら感動するでしょうね。日々の難行苦行の仕事で、今では忘れてしまった以前の初信のころの言葉です。こうでなくちゃぁ、ときっと以前を思い出すと思います。この3組の残払い援農のおかげで、ヒヨドリはだいぶ静かになり、農夫の温州ミカンの収穫も、最終に入ることが出来ました。援農にきてくれるというのは、農家にとって実にありがたいものです。
2020年01月20日
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雪が近づくみかん園1月18日(土)の東京・多摩の団地朝市はみぞれ降る寒い陽気でした。翌日の朝、小田原のみかん園からみた景色です。正面のとんがった山は「大山」です。江戸庶民が、大山詣でをたのしみにしていた、その大山です。その大山がうっすらと雪化粧をしています。「大寒」の1月20日、自然の暦というのは確度が高いですね。それを暦にまとめている日本の先人の知恵というのも、素晴らしいですね。みかんを栽培していると、そんな悠長なことは言ってられないんです。雨に濡れたみかんが明け方の寒さで凍りつくと、みかんの味がスカスカの淡白になっちゃうんです。そうなる前に、木に着いているみかんを収穫しきらなければなりません。またしてもクイズです。これは、1月19日(日)朝のみかん園です。寒さという気候条件だけでなく、ヒヨドリが、木についているみかんを、大挙して食べにやってきます。この二つと競争しての温州みかんの収穫ですが、いよいよその最終段階-「残払い」に取り掛かりました。ようするに、みかんの木からすべてのみかんを落とすということですが。次の写真は、本日・1月20日(月)の朝のみかん園です。どこが変化したか、果実の黄色が消えたか、収穫作業がすすんだか、わかるでしょうか。私などの認識としては、これでようやく残払いの山場を越えたということです。まわりの農家は12月末までに、残払いを終了していますから、20日遅れですが。その分、石垣山じゅうのヒヨドリが、この箇所に集中して来ていましたが、この二日間に、残払いに対して3組の応援がありました。おかげで、ヒヨドリたちの賑やかだっトーンが、大分低下するようになりました。まだまだ騒いでいますが、その声が小さくなった。もっと他にある魅力的な箇所に重点を移しつつあるようです。「やった!」このヒヨドリのトーンダウンが、この間の競争での、人の残払いの勤労への客観的な評価というものです。
2020年01月20日
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梅の花が咲きだしました梅一輪、一輪ごとの温かさどこかで聞いたことがある句なんですが、真鶴のみかん園のまわりですが、梅の花が咲き始めました。小田原の、名にしおう曽我梅林の梅まつりが、2月1日から始まります。その隣接地域でもある真鶴ですが、ここでも梅の花が咲き始めました。自然というのはたいしたものですね。黒を白と言いくるめる人間社会とは違って、自然の摂理を無意識ですがしっかりと貫きます。真鶴でも、小田原の近隣にありますから、梅が各家庭によく植えられています。梅の文化圏ともいえるんじゃないでしょうか。手作りの梅干や梅酒も、よく作られていると思います。小さい頃は「梅干ばあさん」などと悪態をついていたんですが、いつしか、自分もその梅干・梅酒をつくるようになりました。ものごと、表現しだいで印象が変わります。梅干や梅酒というのは、古くからの日本人の庶民の暮らしの知恵だった。そんなふうに、ものごと・ついていたあくたいの表現がかわっています。ようするに、人は歳をとることで、ものごとの見方が変わりますが、自然の方は、しっかりとしています。今年も梅の花が、万花にさきがけてその花をつけ出したということです。
2020年01月20日
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寒かった朝市1月18日(土)の朝市は、みぞれ交じりの天気となりました。人出があるのか心配したんですが。まずまずの売れ行きでした。この婦人の服装にも、今朝の陽気が示されています。みぞれ交じりの天気のため、露店も今朝はアーケードの内側です。このご婦人は3袋も買っていただきました。お話を聞くと、新潟県の山形寄りに田舎があるそうです。小田原方面とも縁があることが分かりました。『昔、ご家族の方が小田原方面に出稼ぎに行っていた。稲刈りや、みかんの収穫で。お礼にと、木のリンゴ箱で悪寒がたくさん送られてきた』、と懐かしそうに思い出を語ってくれました。
2020年01月18日
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ヒヨドリとみかんの採りあいふつう人がいると鳥は逃げるものですが、今の小田原・石垣山は違います。ヒヨドリですが、人がやってきた瞬間にはバサバサッと逃げるんですが、数分でもじっとしていると、すぐに戻ってきて、日常の姿を見ることができます。これは、人間を監視しているヒヨドリです。こちらの、人の動きを監視しています。普通は人を見たら逃げるんですが、すぐに戻ってくるんですね。そして、熟したみかんを食べていきます。それが10数羽以上の群れです、それらが共同行動をしているんですね。みかんをえぐり取るように食べていきます。人間よりも丁寧に、一つのみかんを完全に空にするように食べていきます。近くに人がいたとしても、この事態です。人が来ると、一時は近くの山の木に逃げ移るんですよ。木には、これは実際のごく一部ですが、ヒヨドリたちがとまって、こちらの様子を見ています。私などはみかんの収穫体験をしに来る人たちのために、枝もたわわにみかんをつけて木を、手を付けずに残しておいたんですが、ほんの数日間で、8割がたを食べられてしまいました。「今週は用事があって都合が悪くなったので、来週にゆきたい」との連絡でしたが。ヒヨドリたちにとっては、人間社会の都合なんて関係なし。正月なんて無いんです。ただ、みかんが熟して美味しくなれば、その瞬間に待ったなしなんです。その結果が、ごらんのとおりです。食い荒らされたのは、ほんの数日間でした。それなら、待つこともなく私が収穫したのに・・・、せっかくのみかんが後の祭りです。それもそのはずです。私などが管理しているみかん園のまわりの畑をみると、そこでは、昨年末のうちに果実をすべて木からおろしました。みかんが残っている畑はうちくらいなものじゃないですか。残っているみかんを目指して、石垣山じゅうのヒヨドリの多くが集まってきているわけです。フラフラとあてにならない面々の都合をわきにおいて、ヒヨドリの集中と競争しなければならない、それが目下の情況です。これは、外からみた石垣山みかん園です。今朝、1月17日午前9時半に見た様子ですが。昨日の奮闘の成果もあって、黄色のみかんが減った部分もあります。まだまだ、みかんが残っています。周辺のみかん畑の緑の常緑樹状態と比べると、ヒヨドリが集まってくるのも無理はありません。あとひと踏ん張りですが、美味しいみかんを、ヒヨドリが採るか、人が採るか、その激しい競争が続きます。
2020年01月17日
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みかんの特別販売1月13日(月)は午後から多摩の団地で、みかんの特別市を開きました。みかんが美味しい間に、消費者に届けること。このためには、収穫だけに専念していてはダメなんですね。本来の朝市の日とは違うんですが、特別にみかん販売を行いました。ここには、以前に来たアメリカ人が、再度来てくれました。前には断食の時期と重なったため、試食もできなかったんですが、今日は友人のイギリス人の方とともにやってきました。『今日は断食も終わったから大丈夫』と試食してくれて、『美味しい』との笑顔でした。英語で、初めてきてくれたイギリスの方に、小田原みかんをさかんに説明してくれていました。残念ながら、当方の語学力ではその中身を理解し紹介することはできないんですが。二人とも試食もしてくれて、『おいしい!』と感想の言葉だけは分かったんですが。今回もみかん売り場には、ロウバイの花が添えられました。都会人には、ロウバイはながめて香りをかぐくらいしかできないんですが。公園にさいているロウバイの花や枝を、勝手に切り取るわけにはいきませんから。ここでは、みかん園の園主からのプレゼントでしたから、関心者には、ロウバイの花一輪、小枝をプレゼントしました。小田原の梅まつりの、観光協会のチラシも配布するようにしました。今日の特別市は、みかんとロウバイのとり合わせでした。
2020年01月13日
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真鶴のみかん園が終了1月12日(日)は、朝8時から真鶴のみかん園で最後の収穫です。ようやくにして、ここまで来ました。みかんの木からすべての果実を落とす作業を、「残払い」といっていますが、本来なら、みかん農家にとっては、12月末までに済ませておきたいところだったんです。みかんの木を休ませるために、一般的にみかん農家はそうしているんですね。ところが、当方のみかん園では、まだそれが終えていません。新米農夫という事情もありますが、みかんの成熟は自然作用によるものでもあり、今年は、みかんの成熟が後ろの方にずれこんできたんです。人間が蓄積した経験則どおりにはいかないんですね。とにかく、真鶴のみかん園では、1月12日午前9時40分に、残払いを終了しました。なんとなく、みかんの木がホッとしているように見えませんか。大仕事を終えて、本来の常緑樹に戻ったところで、「やれ、やれ」といった木の声が、聞こえてくるような気がします。使えそうにみかんが、一般に出しても大丈夫そうなみかんが、2コンテナ=20キロが採れました。これで、真鶴のみかんの木は、大仕事を終えて休養する態勢にうつるここなります。みかんの木もヤレヤレでしょうが、当方としてもやれやれだったんです。みかんの大詰め作業を終了して、ふと目を外に向けたなら、梅の木ですが、梅の花のつぼみが膨らみだしていました。 寒い季節の中で、万花に先駆けて咲く梅の花ですが、みかんに気をとられていた間に、ここまで来ていました。春は、確実にすぐ近くまで来ているということです。数年前なら、ここで一段落だったんですが、湯河原や箱根の温泉でも行っているところなんですが、そうはいかない事情がおきています。小田原・早川の石垣山みかん園が、まだ残っているからです。これは、本日・1月13日午前9時40分時点の様子です。今期は12月の収穫期にはいってから、16組・41人もの人たちがこの畑に収穫に来てくれました。こんなことは、私の経験でも初めてだったんですが。早川の石垣山のみかん園は、自然条件や畑の規模が大変豊かなんです。「宝の山」なんです。こちらの方は、当方が管理しているみかん園にとっては、残払い作業はこれからなんですね。まわりのみかん園は、すべての果実が下ろされていますから、石垣山にいるヒヨドリの多くが、ここに集まってきているんですね。この残払いは物見遊山の「みかん狩り」とは違って、高枝にあるみかんや、木の内側についているみかんについても、すべてとり切るということです。みかん農家にとっての、最後の大仕事です。くたびれ切っている中でも、みかんの木の為にも済ませておかなければならない仕事なんですね。ということで、真鶴につづいて、もうひと頑張りです。
2020年01月13日
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朝市で、みかんを完売1月11日(土)は多摩の団地で、今年最初の定期朝市が開かれました。当方は、小田原・早川で収穫したみかんですが、車いっぱいに満載して運んできたんです。売れ残ったら、無人販売にしてこようと思っていたんですが、このみかんの山が、お昼ころには、すべて完売してしまいました。中には味見をすすめても、『もうわかっているから、味見はいらない』と言って買っていく方も何人かいました。また、『知人に勧められたから、買いに来た』とかの人も出て来ています。こうして、この1月の最初の定期朝市でしたが、みかんの1キロ袋が100袋を超えて販売することが出来ました。みかんは、野菜や魚と同じく鮮度が肝心で、小田原・早川みかんの、酸味の中に甘さが浮き出ている時が美味しい時ですから、貯蔵してあったたんぱくな甘さのみかんとくらべたら、月とスッポンです。いま、みかん小屋にあるみかんと、まだ畑の木についているみかんですが、これらを、美味しいうちに、売って、売って、売りぬきます。これが、都市近郊のみかん農家がもっている、大切な優位性なんですね。名だたるブランド品のみかんだって、この味には勝てないことを実証させてみます。
2020年01月11日
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収穫の肝心な時の支援者ものごとには肝心な、決定的な時というのがあります。みかんの収穫も同じで、大事な時というのがあります。みかんの収穫にも、昨日までならいつでもよいようにみえていたものが、明日ではもはや決定的に遅すぎるという時があります。1月9日(木)、小田原のみかん園に、二人の収穫者が応援に来てくれました。小田原の地域では、温州みかんの収穫は12月のうちに終えて、みかん小屋に収納されています。それは、みかんの木を弱らせないためでもあるでしょうが、日ごろの、のんびりとしたみかん園風景からしたら考えられない、集中力で収穫されます。その集中力の乏しい当方などのみかん園には、まだ木にみかんの残る畑として、みかん山じゅうのヒヨドリが集まってきています。鳥たちに目を付けられた熟した木は、数日間でみかんは皮を残すだけとなります。「明日では遅い」ということは、このことなんですね。鳥たちには、盆暮れも正月も、社会生活の用事のあれこれもないんです。ただ、熟したみかんが多くある木に、数十羽が大挙してやってくるんですね。人間も、12月-1月というのは、社会生活からしてあれこれと忙しい時期じゃないですか。回避する理由には、事欠かない時期でもあります。私なども、立場が逆であれば、逃げ回っていたことでしょう。しかし、対自然との関係では、逃げ口上というのは、いっさい通用しないんですね。呼びかけに答えてくれた人、呼びかけることなど出来る関係ではないのに、収穫作業をかって出てくれた人、ここには、現瞬間の課題に対する見識があります。意識的にも、無意識的にも、自然の事態と重なり合っている行動なんですね。このお二人の協力を得て、本日は6コンテナ=120キロのみかんを、それがなければ、ヒヨドリたちが食い荒らしていたみかんでしたが、1月のこの決定的な時期に、ギリギリの努力によって、人間が確保することが出来ました。当初、木の中と外でピーピーと激しく鳴き騒いでいたヒヨドリたとの声でしたが、人の収穫作業がすすむとともに、その声が静かになってきたと感じるのは錯覚でしょうか。自然の富、産物を、人が収穫するかヒヨドリが食い荒らすかで、この日々・刻々と激しい競争が展開されているわけですが。今回の収穫、6コンテナは、人がヒヨドリたちから取り返した、奮闘の成果なんです。八百屋さんには流通の関係でいつでもみかんがあるように、消費者にとっては見えますが、たとえ短時間であっても、みかん畑に一度足を運ぶと、現実の関係がどうなっているか見えてきます。美味しいみかんは、収穫ポイントの決定的な時に努力を尽くしてこそ、人は手に出来るんですね。これは、口を開けて待っているだけのひとには、自然と切り離された人にとっては、分からないことですが。私なども、少し前までは、送られてくるみかんを、待っていただけでしたから、同類だったんですが。流通の活発なことは結構なことですが、生産があっての流通であることも現実なんですね。消費者が賢くならなければ、確かな明日は開けないし、生産者と消費者が、お互いを理解しあわなければ、確かな暮らしは実現できないということです。
2020年01月10日
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花ちゃんのお昼寝小田原・石垣山は、1月10日は春の様な陽射しでした。当地では、今、ロウバイが花盛りです。明日は団地の朝市なんですが、それに一色添えようとおもい、石垣山の農家にロウバイのひと枝をいただきに行きました。その農家に近づいたら、山道の真ん中あたりに、なにか動物がゴロンと横になっていました。一瞬、なにかしらの動物が道で車にはねられたかと思ったんですが。それが、これから訪ねようとしている農家の飼い犬であることに気がつきました。名前は「花ちゃん」で、小さいけれどかなりの老犬なんです。たまたまその時に、その農家から電話がかかってきました。それで花ちゃんが道の真ん中でゴロンと横になっている、との情況を紹介したんですが。電話の向こうからの話によると、花ちゃんは、そこの陽だまりが大好きで、そこでよく昼寝をしているというんです。この写真は、その第二話です。いったんは飼い主が花ちゃんを抱きかかえて家に連れ戻したんですが。『花ちゃん、駄目じゃないの。車に引かれちゃうよ』と叱られて。ところが、抱きかかえて連れ戻された花ちゃんですが、飼い主が家事にかかるや否や、よたよたとまたしても陽だまりの方向に歩きだしました。ところが、めんどくさくなったと見えて、その場所に行く前に横になりました。『邪魔だ、邪魔だ」と、飼い主の運転する車に急き立てられて、花ちゃんはお昼寝の場所を変更していました。「牛にひかれて、善行寺」ではありませんが、インドでは水牛が路の真ん中に悠然としているとの話を聞きましたが、小田原の石垣山では、そうした姿が重なるような状況でした。今日の陽だまりは、花ちゃんじゃないけれど、ゆっくりのんびりしたいような陽気でした。
2020年01月10日
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みかんを特売しました生産は消費がともなわないと回転しないように、みかんの収穫も、消費の方が順調にすすまないと流通がパンクしてしまいます。そうしたことで、1月8日(水)は、午後からみかんの特売を行いました。通常であれば、土曜日の朝市や、諸団体の注文で押していけるんですが。収穫はヒヨドリとの競争で寸刻を争って進めていますが、消費の方は、生産者の事情を消費者知らず、正月ムードもあって、動脈硬化気味だったんですね。そのままだったらパニックをきたしますから、今日は特別のセールを実施しました。幸いにして、天気も午後からは陽がのぞくようになり、団地住人も、少しですが外出て来てくれるようになりました。当方は、滞留していたのに加えて、新たに70袋を持ち込んだんですが、午後1時から午後4時まででしたが、天気が回復してくるとともに人の出足ものびてきて、売れ行きもまずまず伸びてくれました。これにより、70袋以上のみかんが販売されました。みかんの収穫は山場にありますが、そのことは消費の方もこの胸突き八丁を乗り切らなければならないということです。収穫と消費、この両面をにらんで、多摩の人たちへのみかん普及をはかります。
2020年01月08日
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みかんの山場です1月7日は小田原・早川の農協の宅配便の発送の再開の仕事始めでした。当方のみかん小屋も収穫したみかんでいっぱいになっていますから、出荷しないことには、恐慌をきたす事態にあったわけです。満を持して15キロ箱、10キロ箱、5キロ箱の26箱を持ち込みました。これが、昨日収穫したあとのみかん園の様子です。まわりのみかん園は、昨年末のうちにすべてのみかんを木からおろしています。木を弱めないために、農家の人たち集中力はすごいものです。みかんが残っているのは、新米農夫のわがみかん園だけじゃないですか。これが今の小田原・石垣山みかん園の様子です。みかん箱26個の出荷というのは、みかんの量にして12コンテナ=240キロ分でした。その後に、みかん小屋にはまだ38コンテナ=760キロの収穫されたみかんが積まれています。これをどの様に消費者の手に新鮮なうちに届けることが出来るのか、それが大問題なんですが。問題はそれと同時に、まだみかんの木についている果実を、ヒヨドリと競争してどちらが手にするかが問われていることです。収穫(生産)が引き続き大きなテーマになっているわけです。西側で収穫していると東側のみかん園ではヒヨドリたちが群がって食い荒らしているし、東側で収穫していると、今度は西側のみかん園に大挙してやってきて食い荒らしていきます。次の写真は、出荷作業をした後の2時間、ヒヨドリたちと採りあいをした木です。普通人間が近くにいるとヒヨドリは逃げるものなんですが、10メートル余離れた個所で、逃げもせず饗宴をくり広げているんです。ヒヨドリはすばしこいから、それと木の中にいますから、なかなかその姿をとらえられないんですが。次の写真は、私などが近づいた時に、逃げ去ろうとしたものです。本当は、こんな数羽じゃなくて、数十羽が群れをにしているんです。たわわになったみかんを、遠路出かけてきた人たちに収穫してもらおうと思っていたんですが、ヒヨドリたちにこの一週間くらいで、8-9割がた食べられちゃいました。「お前たちのためにとっておいたんじゃない」と、おそまきながら、満を持してがっぶりよつの喧嘩収穫となった次第です。この場所から昨日の夕方に1コンテナを収穫し、今日は当方が出荷作業をしている時間帯はヒヨドリたちが食い荒らし、出荷が終わった後には、「もう一勝負」とヒヨドリたちの間に割り込みました。しかし、もはやヒヨドリたちがほとんどを食べつくしていたんですが、わずかにみかんが残った枝をシャカリキになって収穫しました。そのケンカ収穫の結果です。2コンテナ、昨日の分と合わせて、計3コンテナをヒヨドリたちからとりもどしました。ヒヨドリたちは色と試食で判断していますが、美味しいみかんをよく知っています。今、みかん山じゅうのヒヨドリたちが、当方の管理しているみかん園に集中して来ていますが、この箇所の木の5本くらいの勝負では、3対7でヒヨドリの勝でした。他の個所では、逆に7対3で当方が勝った場所もあるんですが。みかん園全体では、西側に40本、東側に40本のみかんの木がありますから、場所を変えて、美味しいみかんの残っている個所での、木でのケンカがつづきます。いったい大量のみかんの販売をどうするか、この問題もありますが、しかし、この時は美味しいみかんを人が収穫するかヒヨドリが食い荒らすのか、この勝負です。この豊かに小田原の自然の恵みを都会人に届けるためにも、一年の勤労の成果を確保するためにも、あれこれの逃げの理屈はわきにおいて、とにかく、もうひと踏ん張りがんばるということです。
2020年01月08日
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みかんの収穫の3組の応援が今、この時に、口を酸っぱくして、みかん収穫の応援を求めてきたんですが。1月5日(日)、小田原のみかん園に3組の収穫応援が来てくれました。普通、年末年始は、人の社会では忙しい時じゃないですか。その無理を承知で、みかんの収穫に援農に来てほしいと呼び掛けてきました。その1組は、東京・八王子で労働組合の事務局に勤めているご夫婦です。私などが思うのに、『もったいない』とのことに、行動をもって答えてくれたのが、労働者の分野に働いている人たちだったということです。ご夫婦で応援に来てくれました。二組目ですが、同じく労働者ですが、こちらはファミリーの4人での参加です。若い人たちが、初めてみかんの収穫体験をする-これって、未来への希望じゃないでしょうか。4人の参加で、3コンテナ=60キロくらいを収穫してくれたんですよ。クモや虫が苦手という女の子は、みかんの収穫後の切り枝を落とす作業を分担してくれました。みかん山の斜面の道を、収穫したみかんのコンテナを、みんなで運び出してくれました。もう一組は、ベトナムの5人組でした。去年、その中の1人が、みかん園の餅つきに参加してくれたんですが。その時は、あいにく雨が降り出して、本格的な収穫は出来なかったんです。今回は、新年の忙しい中を5人組で、みかん収穫の初体験者をさそってきてくれました。もち米で作ったベトナムの食材をもって。私は、18歳くらいの語学留学生かと思ったんですが。この若者たちは30歳くらいで、日本社会で働いているんだそうです。5人が協力することで採りにとったり、6コンテナも収穫してくれたいたんですね。ベトナムの人は、ものごとへの対応が、マンネリ的な私などと違ってフレッシュなんですね。あまりにも楽しそうに、記念撮影したりしていたんで、私などは「今日はみかん狩りじゃなくて、交流会じゃなくて、みかん収穫の援農なんだ」と、私などは無言でのボディーアクションをしていたんですが。しかし、みかん園にはめずらしい、キャッキャ、キャッキャとした歓声が響きわたりました。寡黙なみかん園には、聞くことの出来ないにぎやかさでした。そしてその結果が、2時間くらいで6コンテナ=180キロの収穫でしたから。彼らは、収穫作業を楽しみもし、実際に働きもしてくれたということです。わたしなどは、いつも一人でショボショボと、賽の河原の収穫をしているわけですから、これは、おそれ入谷の鬼子母神です。大ぜいの力で、楽しみながら、それでいて収穫もはかどる、これは、みかんの収穫作業の理想的な姿ですね。しかし、このお祭りが去った後では、今日も私などは、ヒヨドリと競争しつつ、相変わらずのショボショボ作業が続いています。
2020年01月07日
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無惨な結果となりました小田原・早川のみかん園の1月7日、午前9時半のみかんの木ですが。みかんの収穫はヒヨドリとの競争になっていて、無残な結果となりました。当方の意図としては、枝にたわわになっているみかんを、その豊かさを実際に収穫体験してもらおうと思っていたかですが。その機会を逃してしまいました。12月27日でしたが、東京の稲城市からT夫妻が、暮れの忙しい中、みかん園に出かけて来てくれました。あいにく、前日の晩に雨が降って、もかんの収穫は手袋が濡れてしまい、少ししかできませんでした。その時は、『ヒヨドリの加害のあとが、みかんの木の上部に確認できるでしょう』などと、のんきなことだったんですが。それから10日間が経過しました。この間に、まったく様相が一変していました。これは、まだましな、ごく一部の部分です。この10日間の間に、ヒヨドリたちがこの木に群がっていたんですね。おそらく40、50羽はいた、いやいやもっと沢山のヒヨドリたちがいたでしょう。彼らは木の中にいますから、実像をカメラには写せないんです。しかもすばしこいので、その動きの全体像をとらえることは難しいんです。これは、たまたま偶然の一枚で、人の接近で逃げ去る時の様子です。ヒヨドリたちには、暮れも正月も関係ないんです。ただ熟した食べごろのみかんがある時に、ある場所に、それこそ大挙してやってきます。私などが、東京の在住者にかなりしつこく『今、収穫に来てほしい』と発信するんですが。人の社会生活の都合から『そのうちにね』なんて、悠長な返事が返ってきました。しかし、この数日間こそが、決定的だったんですね。みかんの木の様相は、この数日間で一変していました。この事態を見れば、自然界の人間と鳥との、美味しいみかんの取り合いの激しさを理解できます。当方が、初めてこの小田原の石垣山みかん園で、それを体験したのは一昨年・2018年1-2月でしたが。人間とヒヨドリとの勝負には、あれこれの屁理屈は通用しません。みかんの成熟に合わせて、その見極めと集中力が、自然の産物をどちらが採るかの真剣勝負なんです。今回はまだまだ勝負は終わっていませんよ。また別のみかんの成熟した個所で、みかんの木で勝負が続きます。私は、SOSを発信しているんですが、都会人の反応は鈍いんですね。「みかんなんて、いつでも、お金さえ出せば八百屋さんで手に入る。それより今は正月だ」と。自然の豊かな富を、だれが手にするのか。口ばかりの評論家たちの手の網の間から、この豊かな美味しい富が逃げ去っています。これはじつにもったいない話ですが。私などの年末年始の努力ですが、これは全体からすれば焼け石に水でなんですが、それでも少しでもこの富を、都会人に還元すべく全力を尽くすわけです。まだまだ、勝負はこれからです。
2020年01月07日
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今年最初の土曜朝市多摩の団地で、今年最初の土曜朝市を開きました。午前9時から午前11時までの2時間でしたが。陽気が寒かったのと、未だ正月気分が残っているせいでしょうか。団地の商店街には、人の気配がいつも以上に無かったんです。元日の初売りはお客さんが二人でしたから、その悪夢がよぎったんですが。幸いにして、時間とともに、ポツポツとお客さんが来てくれて、実質的な初売りとしては、まずまずの売れ行きでした。当方は、午前11時過ぎに朝市を終わりにして、みかんの5キロ箱を、予約者に届ける作業に移りました。待っていても、シャッター通りの商店街には、お客さんが通るのは限られていますから、正月明けにみかんの5キロ箱を届けることで、注文を取っていたんですね。今回は、18箱を届けました。みかんの収穫作業の方は、まだ小田原のみかん園には3割方のみかんが木に残っています。明日は日曜日ですが、収穫ボランティア3組が来てくれることになっています。これから小田原へ移動して、その受け入れのための準備にあたります。すでに収穫してあるみかんを、宅配便に乗せるための準備もあります。販売、宅配の発送の準備、そして収穫作業と、この3つがそれぞれ円滑に行われないと、みかんはどこかであふれ出してしまい、恐慌をきたしてしまいます。何よりも、なるべく鳥にとられないよう、みかんの収穫を確保することです。ということで、これから小田原のみかん園に出かけてきます。
2020年01月04日
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ヒヨドリとのみかんの取り合い2020年元日、多摩の団地の朝市は午前10時で終えて、みかんの収穫をヒヨドリと争っている小田原のみかん園に急行しました。移動する途中、小田原厚木道路の小田原パーキングエリアから見えた富士山です。午後2時頃、早川の石垣山みかん園に到着したんですが、まずは、元日のみかん園の情況を、年末までの到達点を、記録しておきました。ようするに、周辺の農家は年末までにみかんの収穫を終らせて正月を迎えたということ。みかんの木に果実がついているのは、当方が管理しているみかん園だけなんですね。このため、石垣山じゅうのヒヨドリたちが、当方のみかん畑に集まってきているということです。みかんをめぐって、ヒヨドリと人間との採りあいが展開されているんです。朝市を午前10時で打ち切って、直ちに移動してきた事情はここにあったわけです。ヒヨドリたちにとっては、正月も箱根駅伝も、政治の怠慢などということも関係ありませんから。元日の午後2時から石垣園から5コンテナ、2日は午前に真鶴園から3コンテナ、午後から3時まで石垣園から5コンテナ、この元日収穫で計13コンテナ(×20キロ)の収穫です。これだけ、ヒヨドリから人間の取り分を守ったということです。1月2日午後3時に収穫作業を打ち切ったんですが。収穫している途中で、あれだけピーピー、ギャーギャー鳴いていたヒヨドリたちでしたが、そのけたたましかった鳴き声が静かになったんです。私などの収穫箇所をあきらめて、他のみかん豊かな箇所にポイントを移動したようです。「やった!」というのが、その時の気持ちなんですが。実際は当方の管理するみかん畑の、他の場所に移動しただけですから、その第二の場所で饗宴をくり広げているわけですから、喜んでばかりもいられません。ただ、「鳥目」ということがありますが、陽が傾いてくると、鳥たちにとっても、みかんの様子が分からなくなるようです。夕暮れになると、相撲の水入りなんですね。どこの箇所にみかんが残っているのか、鳥たちにとっても、人間にとっても分からなくなるんですね。この続きは、当方の事情では1月5日(日)ということになります。鳥たちにとっては、明日の日の出とともに再開するということですが。当方はその間に、収穫したみかんを販売しなければなりません。そうしないと、流通過程がパンクして、恐慌をきたしてしまうんですね。生産は、流通と消費が順調にいってこそ、続けられるということなんですね。『資本論』では、その辺のことはどういってましたっけ。第一巻は生産過程ですから、問題は流通過程の第二巻、生産の総過程の第三巻のテーマでしょうか。今は、とにかくヒヨドリと競争して、少しでも多く人間の取り分を確保することです。
2020年01月02日
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一年の計、元旦の初売り2020年元日、午前9時の多摩市永山団地です。一年の計はここにあり、ということで初売りをしました。当然ながら、元日の朝は、人みなくつろいでいる時で、商店街に人影は無かったんですが。当初、朝市に近寄ってきたのは、鳩だけでした。みかんの1時間の初売りの間に、『寒いのに、朝から大変だね』と、半ば同情からでしたが、並んだみかんを買ってくれた方はお二人でした。今年の初売りは、貴重なお二人のお客さんでした。これから、相模路を真鶴・早川に下ります。本日と明日の2日は、正月との人の慣習は関係ない、ヒヨドリたちとの収穫競争です。以前であれば、三が日くらいはのんびりと飲んだくれて休んでいたんですが、自然の豊かな場所と時に巡り合ってしまっては、それは後回しにすることにします。木から、みかんを下ろしてやること、それが一番の手入れの時なんですね。
2020年01月01日
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