全35件 (35件中 1-35件目)
1

早川の「だんだん園」の餅つき1月31日、天気はまずまず、前日の雨予報は幸いな方向にずれました。今日は、早川の「だんだん園」では餅つきが行われました。今季のみかんの収穫と出荷が終わったんですね。12月の、暮れの餅つき時点では、まだ渦中の最中だったんですね。例年であれば、12月末までに終了しているはずのみかんの収穫と出荷でしたが、表年だった今季は、終了は1月初めどころか、とうとう1月末日までかかってしまいました。それは、みかんのすべてではなく、中心的な温州みかんの藤中と青島なんですが。中・晩柑橘は、清見、湘南ゴールド、甘夏などはこれからなんですが。それでも、これで主要なみかんは一段落です。今日の餅つきは、その締めくくりということでもあったんです。今日の日を最後のみかん狩りをたのしみに来た人もあったんですが、みかん狩りに来たつもりが、まっていたのは餅つきでした。とうとう餅つきに加わらざるをえなくなり、重い杵をふるわざるを得ない羽目になってしまったようです。元になるもち米は、小田原の水田でつくられたもち米です。白いもち米もありますが、ほかにも黒いもち米や、赤いもち米もありました。この黒や赤のもち米は、いくらついてもなかなか粒がこねられず、つき上げるのに倍くらいの時間と労力がかかって、大変でした。順番につき手を変えて、つきあげました。これは、すべてを終えて帰途につく時の景色です。帰りには、最後のみかんを預かりました。1月にはいって、これで10コンテナ以上の出荷となります。青島については、これが最後のコンテナです。 レモンとハッサクは、まだ少しあるそうですが。青島はすべて終りで、今季の出荷完了です。やっと、これで一区切り、園主も、ようやくこれで、ひと休みできるんじゃないでしょうか。
2016年01月31日
コメント(0)

丹那トンネルの『闇を裂く道』「朝日」(1/25)の文芸欄に吉村昭(1927-2006)の紹介が載りました。"歴史に埋もれた労働者たちに光をあてた作家"との副題で。当方は、文芸作品には疎いのですが、吉村昭著『闇を裂く道』は、読んだことがあります。東海道線の熱海と三島を結ぶ丹那トンネルの工事を扱った作品です。2013年9月に同窓会で「伊豆の旅」があったんですが、その準備の中で、吉村昭のこの作品を知りました。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201210020000/全国各地から遠路はるばるやって来る旧友の面々に、熱海の地では何を紹介するか、いろいろ苦慮したんですが、その一つとして、丹那トンネルを紹介することにしました。それというのも、熱海の見どころをどこにするか探っていた時に、熱海在住の高校時の同窓生にアドバイスをしてもらったんですが、その時に丹那トンネルについての『闇を裂く道』を紹介してもらいました。知らなかったんですが、じつは彼は、熱海側からのトンネル工事責任者の子息だったんですね。出来上がって時がたつと、たいへんな長期の難工事だった丹那トンネルの開通も、当たり前な景色のように、ごく自然で普通なものになってゆきます。私などの子どもの頃は、17分で通過する長いトンネル程度の認識だったんですが。そんな中、「朝日」には著者の『事実をそのまま書いただけです』との言葉が紹介されてますが、吉村昭の作品には、事実の重さをもって、当時の苦労を今に伝えてくれています。伊豆の旅では、同窓生には、一つの良いプレゼントになったと思っています。もしこの作品をお読みでなかったら、文春文庫で出ていますので、お勧めします。
2016年01月30日
コメント(0)

1月28日の富士山と、梅の木の手当て1月28日は快晴でした、この日の富士山は鮮明でした。これは平塚から見た富士山です。このところ、晴れた日が続きました。雪をのせた富士山は、青空に映えていました。次は、少し走って、小田原から見た姿です。宝永山も、登山道のジグザクも、写真で見るとよく見えます。さて、梅の木ですが。「いこじて植えた梅」で、豊後の木です。この木は少し大事にし過ぎたようで、背丈が、ヒョロヒョロと上へ上へと伸びてしまいました。このままでは、手入れも、収穫も、管理がしにくくなります。梅の木は、荒い剪定であっても育つとのことですから、今回は、思い切って、切り縮めようと思っています。
2016年01月29日
コメント(0)

ミツバチが梅の花粉を集めだしています1月28日、今日も神奈川県西部のみかん園は大変暖かかったんですが、午前11時ころでしたが、梅の花でミツバチをみつけました。梅の花を撮ろうとしていたら、見つけました。注意して見ると、こちらでも、あちらでも、複数のミツバチが飛んでいます。昨日は、梅の花は梅の花、ミツバチはミツバチと、結びついていなかったんですが、今日初めて気がつきましたが、梅の花から花へとミツバチが飛び回っています。蜂の形からして、二ホンミツバチですね。今日の天気は、「3月なみの暖かさだ」と気象情報で言ってましたが、ミツバチが、春の活動を始め出したんですね。まだこの先に寒の戻りもあると思いますが、それでも、冬の花のない季節から、早春の梅の花の季節へと、季節は移っているんですね。あらためて巣箱の様子を見てみたところ、花粉を抱えたミツバチが帰ってきていました。自然は、きわめて正直です。巣箱の入り口にも、新たな、外での働きの成果が、持ち寄られていました。このブログをつくってる最中、新たなニュースが飛び込んできました。午後7時のニュースで、甘利経済再生相の辞任が伝えられました。詳細は、まだ不明ですが。そこで当人は、「安倍経済政策を阻害させないためにやめる」との理由を述べていました。これはおかしい。根本に、金銭授受の問題、自分自身ついての反省というものが無いんですね。ましてや、TPPでは日本農業を窮地にたたす責任が問われようとしている中でのことですから。そうした全体の問題があり、直接には金銭問題で辞任をせざるを得なくなったんですね。しかし問題は、やめれば済むような問題ではありません。どの様に襟を正すのか、正させるのかが問題です。「私が辞めることで、安倍政策を進めてくれ」などというのは、とんでもない。金銭を受け取ったこと、それで政治を曲げたとの疑惑は、自己の問題として正す必要があるし、TPPの問題でも、農家・国民を守ってきた関税を取り払った責任が問われていたんですね。金銭体質と政治路線が問われているんですね。これを機に、まともな政治へ転換させていく流れとなるように、そのためには、ひきつづき政治の動きを監視していく必要があるということです。
2016年01月28日
コメント(0)

今日は暖かなみかん園でした用事があって、1月27日は午後から真鶴のみかん園に出かけました。午後3時ころについたのですが、天気は風もなくてよく晴れていました。この頃は陽気が寒いと、ミツバチは巣箱の中に入ったままなんですが、今日は、巣箱の前に出てきていました。ふだんは、もっと前の方に出てきて、飛び回っているんですが。怪しいものが来ると、こうして巣箱を守って警戒態勢をとります。秋のころとは違って、ミツバチの体は少しやせ細ったような感じがします。このごろは、梅の花があちこちで咲きだしていますが、まだ陽気が寒いためか、ミツバチは以前のように花粉を集めることはしていません。梅の花の方は、ますます開花が広がっています。この成木は、何の種類の梅の木なのか、確かなことが分からないんですが、私としては、南高梅ではないかと思っています。天気も良く、青空にその梅がきれいに映えてました。まだ小田原の梅まつりは始まっていませんが、今年は開花が早い。しばらくは梅見を楽しんでいたくなるような様子で、もうこれだけで、わざわざ出かけなくても、十分な梅見心地でした。しかし、午後4時ころともなると、はやくも太陽は西の山にかくれます。これは、みかん園もその中にある景色なんですが、はやくも山影が、あたりに広がりだしてきて、まもなくみかん園全体を包もうとしています。左側に線路が見えますが、これは東海道本線です。陽が沈むと気温がどんどん下がってきますから、当方も用事が済すませて、そうそうに帰途につきました。
2016年01月27日
コメント(0)

今年も、梅の花の季節ですみかん作業でドタバタ走り回っていたため、通過していたんですが、みかん園の入り口にある梅の木は、今、梅の花の開花が広がりだしています。時を隔てて、同じようなことで、楽しんでいたんですね。 こぞ(去年)の春いこじて植えし我が家の 若木の梅は花咲きにけり 『万葉集』巻八 1423なにしろ、この寒い時期に、万花に先駆けて咲く梅の花です。どんなに寒くても、梅の花を見ると、春が近いことを感じさせてくれます。以前に調べたんですが、『万葉集』には、当方が数えただけで、119首も梅の歌が含まれてました。やはり、奈良・平安の昔から愛されてきたんですね。当方は、鼻が鈍いので、注意してないと気付かないのですが、梅の花のまわりには、そこはかとなくよい香りが漂っています。 ひとはいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににおいける 『古今和歌集』巻一 42ここでの「花」というのも、梅の花のことだそうです。ところで、小田原では、毎年、梅まつりが開催されてます。曽我梅林などは、むかしから有名な梅林があるんですね。小田原特産の梅干しは、ここでつくられているんですね。3万5千本の梅だそうですから、桁違いの広さです。 http://soganosato.com/kaika/梅まつりの期間は、畑が解放されて、ある程度自由に木の下を散策できます。普段はいたって静かな御殿場線のもより駅ですが、この時期ばかりは、たくさんの花見の人たちでにぎわいます。背景には、白い富士山が見えるはずです。そんな梅の名所が近くにあることもあってか、真鶴のあちこちの庭先でも、梅の花を見ることが出来ます。当方のみかん園にも、若木を数本を植えてあります。万葉集の歌と重なるわけです。違うのは、当方は花見だけではないんですね。6月になれば、梅干や梅酒づくりを楽しむことができるわけです。もっとも、むかしの人も歌に無いだけで、実際には楽しんでいたかもしれませんが。
2016年01月26日
コメント(0)

安倍首相の施政方針演説を、どう読むか(2)1月22日におこなわれた安倍首相の施政方針演説をどう読むか。当方の注目点ですが、前回の一つ目は、戦争法についてでした。今回の二つ目の注目は、憲法改正問題を施政方針でどう述べるかでした。というのは、今年に入ってから安倍首相は、憲法改正問題を二回、述べていましたから。それを確認しておくと、第一回目は、1月4日の年頭会見です。「首相 参院選ではすべての自民党候補者の当選を目指す。その上で、自民、公明両党の連立政権の下、参院において自公で過半数を確保したい。憲法改正は参院選でしっかり訴えていく。訴えを通じて国民的議論をふかめていきたい。」このように述べていました。さらに第二回目は、1月10日、NHKの与野党の各党首会見ででした。「首相 与党だけで三分の二というのは大変難しい。自民、公明両党以外にも、おおさか維新の会など改憲に前向きな党もある。改憲を考えている、前向きな未来に向かって責任感の強い人たちと三分の二を構成していきたい。」と述べていました。いつになく、本音を明確に述べてましたから、参議院選挙の前の国会です。なんらかの形で、この問題を首相は述べると思っていたんですが。結果は、まったく直接的な言明はなし。この長い施政方針演説で、まったく触れない、避けたんです。これは安倍首相のいつものやり方です。公式の場では問題を述べずに、実質的な改憲行為を進めていく。経済を述べることで、この問題を議論することを回避する。あれだけ会見では音を述べていたのに、国会の施政方針演説では一言もなし。政治家としての信念を正面からの表明するのを避けたんですね。では、まったく避けたのかというと、間接的に述べています。「この国会に求められていることは、こうした懸案に真正面から「挑戦」する。答えを出すことであります。」「私たち自由民主党と公明党の連立政権は、けっして逃げません。安定した政治基盤の下、そして、この三年間の大きな実績の上に、いかなる困難な課題にも、果敢に「挑戦」してまいります。」なにかは分からないけれど、執念をもって臨もうとしていることがうかがえます。いったい何が懸案か。その執念を表明した前でのべてます。「経済成長、少子高齢化、厳しさを増す安全保障環境」。これだけの項目として述べてるだけですが。この言葉のなかに憲法改正が入っているんですね。演説の本論にも直接には改憲問題は一言もありません。けっして自分からは語ろうとはしないけれど、執念をもって明文改憲の機会をうかがいつつ、今は実質改憲をすすめていく、これが安倍首相のやり方です。やはり、施政方針演説の言葉だけでは、本当にやりたいことは何なのかはわからない。迂回して避けているんですね。しかし、前後の、周辺の発言を見ることで、実態像が出てくるものなんですね。長い演説の言葉の裏に隠された実際を読み取ることが、それが大事な点だということです。
2016年01月25日
コメント(0)

安倍首相の施政方針演説を、どう読むか(1)1月22日、安倍首相は施政方針演説を行いました。新聞で、その全文を見たのですが。大変長いものでした。これを白紙で一から十まで読むには、たいへんな労力と忍耐が必要です。以前は、そうしていたんですが。今回は、問題意識で読むことにしました。あれだけ日本国民の物議をきたした戦争法、安全保障法と言ってほしいそうですが、これがどのように、あらためて述べているか、この視点からです。グダグタグタといろいろ述べてますが、最後の方で見つけました。「集団的自衛権の一部行使容認を含め、切れ目のない対応を可能とし、抑止力を高める。平和安全法制の施行に向けて万全の準備をすすめます。」枕詞のような文章が、この長文のなかにたった5行です。肝心なのはこの中にあります。これは、信念を正面から説明する姿勢ではなくて、本音を隠してペラペラと言葉を連ねる姿勢ですね。あらためて教えられました。演説文章の読み方を知らないと、労を多くしてほとんど何も得られないことがあるんですね。逆に、本心はさりげない部分のなかに込められているものなんですね。政治家の演説は、注意して読まないと言いくるめられちゃうんですね。
2016年01月25日
コメント(0)

みかんの出荷は、今回で完了しました1月23日、雪が影響する前にみかんを搬送しに行ってきたんですが。真鶴のみかん園は、すでに完了していて、片付けの段階です。みかんに追われていた間に、梅の開花が広がっていました。これは、みかん園の入り口にある梅の木です。今年も、いよいよの花の季節に入りました。 春さればまづ咲く宿の梅の花 ひとり見つつや春日暮らさむ 『万葉集』今年の小田原の梅まつりは、2月6日から3月6日とのことです。今回の真鶴は、みかん園の後片付けです。今季は、2本の木の株抜きをしましたが、他にも2本の木が、見てのとおり半分が枯らされてしまいました。やむなく、枯れた主枝を切りました。まだ木の半分は頑張っていますが。それと、中・晩柑橘への網掛けです。これは日向夏ですが、清見についで網掛けをしてきました。木が大きくなると、網掛けも大変な作業になってきます。真鶴での作業は、ここまでで、直ちに、早川の「だんだん園」に移動して、みかんの搬送です。左が八朔で、右のレモンの下が藤中です。藤中は昨日収穫したものだそうですが、酸味がきいて独特のおいしさです。おそらくこれで、早川園の方も、今季の温州みかん出荷も一段落するでしょう。「ヤレヤレ」といったところです。
2016年01月24日
コメント(0)

石垣山からみかんを搬送してきました1月23日(土)、真鶴と早川「だんだん園」に遠出してきました。新年会用にみかんの依頼があり、それを取りに行ってきたんですが。これが「だんだん園」のある石垣山の農道です。この坂を上ると秀吉の一夜城に通じていますが、その手前に「だんだん園」があります。これが「だんだん園」のみかん小屋です。11月と12月の収穫期の土曜か日曜は、みかんの販売所を開いているんですが。今は温州みかんの収穫も一段落して、お休みでした。当方は、ここからみかんを少し供給させてもらってます。今回も、新年会用にみかんの依頼があって、少し融通してもらいました。温州みかんの藤中とレモン、ハッサクをわけてもらいました。天気予報では、今日は「夕方からは、雪まじりの天候になる」とのことです。いつもなら、この一角にある市民果樹園で、すこしは作業をして行くのですが。今日は、天候に妨げられないように、早々に帰京してみかんを届けておきます。寒気が近づいています。大山も前回の雪が残っていて、うっすらと雪化粧しています。これじゃあ寒いわけです。さらにこれから、雪がちらつくというのですから。「だんだん園」からの帰り道の景色です。手前は石垣山のみかん園、遠くには三浦半島が広がっています。正面には、小さくて見えにくいのですが、補修中の小田原城も入っています。今日のうちに、みかんの届けまで済ませておきたいため、天気が悪化してくる前に、早々に引き揚げてきました。ところで、今夜の「ブラタモリ」では、小田原が特集されてました。「小田原は江戸の街づくりの参考になっている」との角度からでしたが。当方の認識では、小田原城のお城の形については、今のは江戸時代のもので、北条氏のころは、お城の形はかなり違っていたのではと思っているんですが。それはともかく、総構えなど城郭の全体や、今に残るその跡の様子などには、「なるほど」と興味深く見させてもらい、認識を新たにしました。また、随所にみかんがたわわに映ってましたから、この番組を収録したのは、12月のうちだったのでしょう。石垣山からの景色ですが、今日番組と同じように見てきていたのですが、今日の様子は、みかんの収穫も終えてましたし、背景の雪景色もあって、もっと寒々とした石垣山の状況でした。
2016年01月23日
コメント(0)

八王子市長選挙の最終盤、公約比較です八王子市長選挙は、明日の1月24日に投票日が迫りました。『東京新聞』の本日・1月23日付には、二人の候補者が紹介されてます。ここにある公約は、当然ですが、それぞれの候補者が出したはずです。この間に私などが感じていた問題点を、短い中に確認できると思います。石森氏なんですが、同氏は現職ですから、この4年間の実績が背景にあるはずです。〇「医療福祉と子育て支援の拡充拡大による安全で安心して暮らせるまちづくり」という。新人だったらわかるんですよ、選挙になって取って付けたようなきれいな文句は。この4年間に、医療と福祉、子育てに苦労している市民にどれだけの熱意をしめしたか。国保料だって今回もまた自動的に、情け容赦なく値上げするんですよ。それで、選挙となれば市民要求のうたい文句です。これまで何を熱意をもってやって来たか。実態は、福祉を抑えて、お金をため込んで、開発にそそぐ政治だったんですね。それは、〇「八王子駅(南北)周辺のにぎわい創出」といってますか。街のにぎわいは必要ですが、八王子市政がすすめていきたのは、駅前の再開発、物流センター、などなど開発中心の行政展開だったんですね。これじゃあ、市民向けのサービスが粗末にされたのもわかります。福祉や医療、暮らしの予算を抑え削って、開発予算をねん出しているんですね。にぎわうどころか、疎遠な市政に市民生活は冷えびえになっています。この間の市長選挙を見てきてわかったことですが、1、自民と公明、安倍秘書官がささえるこうした現在の市政は、市民にとっては、言葉は踊っても中身のない、冷たいぬえの市政です。2、本来の市民が主人公となる八王子市政に変えたいですね。長年、政治を研究してきた人が、しっかりした基本政策をだしてます。危険に国の動きにも「まった」がかけれます。転換出来たらどんなに明るい未来が開けるか、わくわくしてきますが。すべは市民の選択にかかっています。56万市民の生活が懸かってます。有権者45万7千人がどのような審判を下すか、明日の午後8時の投票終了によってきまります。
2016年01月23日
コメント(0)

プレハーノフ著『史的一元論』を読んで その5プレハーノフの『史的一元論』を岩波文庫でよんでます。前回は、第4章「ドイツ観念論哲学」(その4)を紹介しました。ふりかえってみると、その後半は終わせるために急ぎすぎたようです。 そこで、再度今回、プレハーノフの論点をたどってみました。 ヘーゲル『法の哲学』序文にある「ミネルヴァのうくろうは、たそがれがやってくるとはじめて飛びはじめる」この意味をプレハーノフは探っているわけですが。 プレハーノフは指摘します。 P140「ミネルヴァの梟の飛翔の合法則性をみとめたことは、人類の知識の発展史をまったく新しく見る見解の基礎であった」と。 自由と必然性という古くはあるが、永遠に新しい問題が19世紀の観念論者のまえにおこった、と。 プレハーノフの問題意識は、P148「人間の行動の必然性を研究することに近づ」こうとしているわけですが。 「ミネルヴァの梟は夕方にはじめて飛ぶ」 夕方になったから梟が飛ぶのではなく、いわば、梟が飛んだことで夕方であることを知るわけです。それは、「人間の社会関係は、彼らの意識的な活動の成果ではない」ことをいっているわけです。 実際、ヘーゲルは、前回引用しましたが、「哲学は世界の思想である以上、現実がその形成過程を完了しておのれを仕上げた後で初めて、哲学は時間のなかにあらわれる」と述べています。(『法の哲学』序文 中央公論社 名著P174)。 (ここからがプレハーノフの本格的な考察ですが、その筋をたどります) 一、人は自分の目的を意識的に追及しているが、その活動から彼の期待や予見をしていなかった社会的結果が出てくる。 「個々の人々の自由な行動からは、彼らにとって意外な、予見していなかった、社会全体に関係のある結果、同じ人々の相互関係の総体に影響を及ぼす結果が必ず出てくるものである。こうして自由な行動から必然性の領域に移行する。(P149) 二、自分が意識してない個人的行動により、その社会的結果が社会制度を変化させる。一様な速度ではないにしても、つねに変化をつくっている。それがわかると人間の前に新たな個人的な目的をもつようになる。自由な活動は新たな形を取るようになる。すなわち必然性の関係から自由の領域へ。 「人間によって予見されないが、かならず彼らの行動の結果のうちにあらわれる社会関係の変化は、あきらかに一定の法則にしたがって行われる。理論哲学はこれらの(社会関係の発展)法則を発見しなければならない。 変化した社会関係が人間の生活目標や自由な活動に持ち込む変化も同じである。必然性から自由への移行も、理論哲学が発見することができ、また発見しなければならない一定の法則にしたがって行われる」。 三、この課題をはたすならば、私に社会的=歴史的運動の法則がわかれば、理論哲学は実践哲学に新しい不動の基礎をあたえるだろう。 (以上が、ヘーゲルが提起している問題であり、課題だとのプレハーノフのうけとめです) 四、ヘーゲルは、自然の領域に法則性を認めています。さらに社会の領域でも「社会生活は自分自身の法則をもつ、必然的な過程であると考えるようになった」わけです。 ここでヘーゲルは社会の領域で法則性を探ったわけですが、その点で評価されるわけですが、しかし彼の考え方は、概念の運動こそが社会の運動の魂であり、社会の運動はその現れだと。ようするに、法則性は認めていても、正しい関連を捉えれなかったということです。 それがプレハーノフのこの第4章ドイツツ観念論哲学の結論なんですね。 この課題は、歴史的にも、次の最終章「第五章 近代唯物論」に引き継がれたわけです。 見てのとおり、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』が基本にあります。 しかしプレハーノフは、彼独自の考察をして科学的社会主義に解明を添えています。後に彼が問題をきたしますが、それでもこれは一つの功績だと思います。
2016年01月22日
コメント(0)

2015年度のみかん作業のまとめ1月にはいってからも、まだ販売作業は続いていますが、確定申告もありますから、みかん作業はまとめに入ってます。この写真は、去年のものですが、早川の「だんだん園」での収穫の様子です。一、まず、みかんの収穫量ですが今季は表年でした。収穫量を去年と比較してみると、 真鶴の早生 普通温州 早川園2015年 19c 68c 20c2014年 4c 41.5c 8c cはコンテナ箱で、1コンテナには20キロが入ります。ということは、今季は2,140キロのみかんを出荷したということです。去年は1,070キロでしたから、ちょうど2倍の量を出荷していました。腕や体がガチガチになって、疲れるのも無理はないということです。 みかんの収穫は、今回から新たな条件が加わりました。早川園とあるのは、小田原の早川のみかん園「だんだん園」の一角のことで、石垣山に、秀吉がつくった一夜城のある石垣山にあります。園主の好意により、11月3日から市民果樹園をお借りすることになりました。これまでも、不足分をそこで補わせてもらってましたが、今回からは、その収穫も基本的に加えて「真鶴・早川みかん」として出荷です。これは、それぞれのみかんの種類に個性があって、多彩な味を楽しんでもらえました。二、真鶴と八王子の往復ですが東京都と神奈川県西部の距離は、片道85キロあります。そこを車で往復しています。移動する途中に富士山が見えます。同じ富士山ですが、見るたびに様子が違っていて、その姿で、天候を予想することができます。往復した回数ですが、 1月-5回、2月-5回、3月-6回、4月-7回、 5月-7回、6月-5回、7月-5回、8月-5回、 9月-6回、10月-6回、11月-11回、12月-16回 一年間で合計84回を往復しました。 走行距離、14,280キロ以上を走ったということです。まあ、大した事故もなく、無事に走り抜けたわけで、何よりということです。三、今年の販売ですがここにも大きな変化がありました。みかんをいくら生産したといっても、販売できなければ、経済活動は成り立ちません。だいたい生産者は生産活動に忙しくて、販売活動までなかなか手が回らないんです。農協が販売を代行してくれてますが、素人が参入できるわけではないんですね。これまでも、年末に、ある量までなら自主販売に協力してくれる受任者はいたのですが。今回は、それに加えて、魔法の力が働きました。いま、団地の商店街は冷たい風がふいています。商店街のシヤッターが閉められ、店が閉じられてさびれがちなんですね。ところがです。その団地の一角に無人販売所を置いてくれたんですね。もちろん置いただけではダメで、協力してくれる人たちがいるからですが。おかげで、そこに届けさえすれば、販売についての心配はなくなったわけです。。もしこれがなかったら、いまころは向け場の無いみかんの山に囲まれてるでしょう。まったくの奇跡的な、『窮すれば、通ず』ということです。しかも、これまでのみかん販売は、年末で販売の潮は引いていくものでしたが、ここでは年を越しても大丈夫、完売するまで大丈夫のいきおいですから。しかも、様々な柑橘についても、たとえ少量であっても置いてくれるので、美味しいものさえ作れれば、出荷先には困らないということです。こうした条件が、今年のみかんの大量の出荷をささえてくれました。ところで、当方はこの3月に定年の完全退職となります。この先をどうするか、考えていたんですが・・・、 今回のみかん仕事ですが、これは、もしかして、これが、その後の「仕事」になるかもしれません。もちろん、もうかるかどうかは別ですが。そもそも都会にみかんの希望者がいて、神奈川県西部にみかんの生産条件があるなら、ただそれを結びつけるだけのことですから、美味しいみかんをつくって、それが喜ばれるとしたら、これは、一つの仕事になるかもしれませんね。これがまとめですね。
2016年01月21日
コメント(0)

みかんの切り枝を野焼きしました1月20日(水)は、みかんの収穫後の後片付けです。早川園でのことですが、野焼きをしてきました。カミキリムシにより枯らされた木の後始末です。まぁ、これはみかん園の大掃除です。野焼きは、真鶴では近くに住宅があるため禁止されてますが、大自然の中の早川園では、こうして野焼きによる後片付けが可能です。「だんだん園」園主の手配により、切り枝や切株などを燃やしました。今日は、南関東も寒い風が吹いていました。それもそのはずで、背景となる大山は雪化粧をしていました。寒気が下界まで降りてきているということです。今日の作業の一つは、これからの柑橘-「湘南ゴールド」への網掛けでした。みかん園では、温州みかんの収穫が終わってきていますから、ヒヨドリたちは、これから次の柑橘を狙うようになります。湘南ゴールドを鳥害から守るための網掛けです。まだ木が小さいから、網掛けも楽な方ですが、木が大きくなったら、網掛けも大変な作業になります。早川園の湘南ゴールドの手入れというのは、今回初めての係わりですから、3月が収穫だそうですが、鳥から守るために、先手を打ったわけです。湘南ゴールドはもう一本ありますが、その方の網掛けは次の機会としました。作業を終えた後、みかん園から見た相模湾の景色です。慰労の力をもっている景色です。
2016年01月20日
コメント(0)

八王子市長選、選挙公報を見て1月24日投票の八王子市長選挙、その選挙公報が届きました。なかなか面白い選挙公報です。石森氏の八王子市民に対しての実績と公約ですが、現職にもかかわらずこの間に何をしてきたか、何をしようとしているのか、市民サービスについては、漠然としていてよくわからないんですね。しかし、選挙公報というのは大事です。そうした公報ですが、よく見ると、確かに見えてくるものがあります。その一つは、市民要求については、市民の要求を並べています。要求に押されて書き連ねただけで、たいして身を入れていたあとは感じられません。それに対して、開発については大変具体的です。身を打ち込んでいるのがわかります。これは、市民サービスを抑えてお金をため込み、それを開発に注ぎこむ市政だということです。二つ、やはり組織選挙をすすめていることが推薦者からして明らかです。「自民党・公明党・連合東京」、国政での障害、スクラムが、ここにもでています。注目されるのは、「内閣官房副長官」萩生田光一氏が支えていることです。どうもこの名は、聞き覚えのある名だと思い調べてみました。http://www.asahi.com/topics/word/%E8%90%A9%E7%94%9F%E7%94%B0%E5%85%89%E4%B8%80.html安倍首相の、いわば秘書官なんですね。この八王子市長選挙は、こうした人たちを相手にして行われているんですね。やはり、西の宜野湾と、東の八王子、ともに市民の前に立ちふさがっている障害は共通です。今、国民が、越えていかなければならない障害だということです。
2016年01月20日
コメント(0)

面白い、八王子市長選挙の記事1月17日告示された八王子市長選挙ですが、『東京新聞』18日付、多摩版に紹介記事がありました。なかなかサラリーマンにとっては、住んではいても、その情報は薄いんですね。朝出勤で家を出て、夕方帰ってくるとなると、地元との接点もニュースも薄くなる。そうした中では、このインターネットとともに、貴重なニュースでした。やはり、24日投票のこの市長選挙への立候補は、新人の五十嵐氏と現職の石森氏との一騎打ちでした。八王子は面積が広くく、人口が多い。人口56万、選挙人名簿は45万7千人だそうです。それぞれの演説のキーワードですが、五十嵐氏は、「開発中心からの転換」で、石森氏は、「攻めの市政継続を」です。ここに、政策と政治論戦のポイントがよく出ています。時間がないので省略しますが、石森氏には自民と公明が応援につきました。「攻めの」というのは、安倍首相のうたい文句です。指摘されるように、実績として自身が誇っているのは、あれこれの開発ごとばかりです。「デッキをつくった」「北口の再開発」「南口の跡地の活用」「駅周辺の整備」等。その石森氏の公約ですが、「医療福祉と子育て支援の充実拡大による安全で安心して暮らせる街づくり」とのことです。言っちゃあなんですが、よく言えたものです。国民健康保険料も自動的にあげてるくせに、福祉や子育てを薄くして、開発にじゃかじゃかお金を注いでいるくせに。そのために「街づくり」だそうですから、本質がみえてきます。その石森氏を推薦しているのが、自民党と公明党です。民主党はねじれちゃっている。市政では石森市政の与党ですら。時間がなくて五十嵐氏について触れられないのは残念ですが。その指摘は、さすが政治学を研鑽してきた方だけあって、ズバリ的確で、市民への政治転換が、この人なら期待出来ることを示しています。
2016年01月19日
コメント(0)

今朝の雪景色です今朝の、通勤の途中です。眺めている分には綺麗なんですが、生活となると、大変です。 早朝のうちは、サラサラの新雪だったんで、まだそれほど問題はなかったんですが。これが、都心の板橋区の午前9時ころには、雪から雨中心に変わってました。中山道の志村の坂に職場はありますが、坂道の歩道は雪かきしないと歩行が出来ません。スコップで手が塞がっているのに、雨がかなり降ってきてましたから。横断歩道の路肩は、雪と雨水で川のようになっていました。足元はぐちゃぐちゃ状態で、靴の中は完全に水浸状態でした。長靴を履いてこなかったことが悔やまれました。もっとも、これしきでグズグズ言ってられません。この雪の中でも、八王子市長選挙は行われているわけですから、候補者や運動員の方は、さぞやたいへんなことだったと思います。明日の朝の、凍結が問題です。
2016年01月18日
コメント(0)

みかんの販売コーナーができました早川と東京とを結んで、みかんの道が出来ました。昔は、北条氏が八王子城を行き来していたんですから。行き来の経験はなくもないのですが。これが、みかんの無人の販売コーナーです。当方の住んでいる八王子のすぐ近くにある商店街です。その一角に、無人のみかん販売コーナーが開設されました。1月17日の日曜の午後なんですが、寒くて人影がないんですが。すこし、コーナーを改善しました。味を試してもらって、おいしさを実感していただけることが大事だ、と。それで、味見用のみかんを置きました。ただ、なにせこの寒さです。商店街に人影がない。雪でも降ってきそうな陽気ですから。美味しいみかんが、並べられたんですが。これからの動向が注目です。早川みかんが、産直で東京の消費者の前に並んだんですから。多くの人が、その味を試してくれたら・・・。その期待がかかっているわけです。とにかく、商店街の片隅に小さな無人の販売コーナーが開設されました。
2016年01月18日
コメント(0)

八王子市長選挙が始まりました八王子市長選挙(1月24日投票)が、本日告示されました。この市長選挙は、沖縄・宜野湾市長選挙とともに、日本の進路に影響します。当方も、午前10時の第一声を聞きに南大沢駅に行ってきました。人口50万人の八王子市ですが、その市民がどの様な投票をするのか。午前9時過ぎの選挙の掲示板です。夕方の締め切りにならないと、最終的に立候補状況はわかりませんが、掲示板を見た限り、現職市長の石森孝志氏と、政治学者の五十嵐仁との二者択一選挙です。事実上、この二人のどちらを市長に選ぶかという選挙です。ポスターでそれぞれの中心主張を見てみると、「今こそ選択、平和・くらし・環境」・・・五十嵐氏。「中核都市八王子、復活から成長へ」・・・石森氏。これまでの開発優先の市政か、平和とくらしを守る市政にかえるのか、それが見て取れます。どちらが、市民の暮らしを本当に守るのかが問われています。これが理科の実験なら、結論は明白なんですが、そこは人間社会の選挙です。「木が沈んで、石が浮く」ということがあるわけですから。五十嵐候補の第一声を聞いて注目した点が、3つあります。1つ、政治学を専攻してきたものが、今の日本の危うさの中で、書斎にいるだけでよいのか、今こそ街頭に出て訴えることを決意した、と。2つ、国民健康保険税を自動的に値上げして、開発優先の街づくりをすすめている市政、現職が市民に「あれします、これします」と言うなら、これまでなぜやってこなかったのか。3つ、五十嵐候補が、政策も見識も確かで、市民のための市政に転換できる、唯一の確かな人だということです。演説の場の周りで配られていたチラシです。このチラシを見ても、やはり間違いなしです。しかし、やはり八王子市というのは広い。市民人口は50万人以上です。この八王子市の大海です。五十嵐氏とその陣営が一生懸命訴えようとしていることは分かるんですが、はたして、その声は、現状のあり方で24日まで頑張ったとしても、どこまで届くか。市長選選挙が行われていることすら知らないで、日々の生活をおくり、終わってしまう人たちも、かなりあると思います。なにしろ、毎回市長選挙の投票率は30パーセント台だということですから。この市長選挙は、比較的に分かりやすい。暮らしと平和に直結していて、身近な選挙なんです。しかし、ここでも、自民・公明の組織選挙が相手にはあります。これを、どの様に打ち破っていけるかが、問われています。それで、当方のブログを目にした方たちにお願いがあります。八王子のお知り合いの方に、たとえ一人でも、「八王子では、1月24日に市長選挙があるんだって?」のひと声を、かけてやってください。眠れる市民を、全国の力で揺り起こしてやってください。
2016年01月17日
コメント(0)

早川園でも切株の引き抜き1月16日(土)、今日も収穫後の後片付けです。収穫自体は、なんとか終わっているんですが。真鶴のみかん園では、みかん1コンテナをジュースにしぼってきました。1コンテナ=20キロからは、4リットルのみかんジュースがとれました。そのあと、所を早川園に移して、園主と11時半の約束をしていたんですね。「だんだん園」の園主は、当方以上の大労働でしたから、ヘトヘトのはずでしたが。いろいろと、よもやまごとの話を、楽しみました。そのあとは、当方の早川園での作業です。今回は、枯れたみかんの木の株抜き作業をしてきました。これは早川園からの景色です。すべての疲れをいやしてくれる景色です。小田原平野の西はずれに石垣山があり、そこにみかん園があります。石垣山のあたりは、みかん園のおかげで、自然が良く残されています。目を遠くにすれば、小田原の市街他の先には、相模湾と三浦半島が広がっています。疲れをいやしてくれる景色です。今回の枯れたみかんの木の株抜き作業ですが、「だんだん園」の園主さんが、事前に機械(チェーンソウ)で枝を払ってくれていました。これがその結果の切株です。みかんの樹の断面にはカミキリムシのつくった穴が開いていましたし、木の断面をみると、その大方が枯れていました。これでは、根からの養分を上の枝の先に送れません。このみかんの木全体が枯れてしまうのも当然です。今回の当方の作業は、この切り株を抜き取ることでいた。真鶴もそうですが、みかんの木の長年の勤労に感謝です。みかんの木というのは、枝が広がっている範囲に、地面の下では根が張っているといわれます。台風の嵐にも耐えるみかんの木は、四方にはられた根がそれをささえています。その根を切って、主株を抜き取りました。株を抜くのは、枯れた木をそのままにしておくと、黒点病などの病気が広がるとのことで、そのため、抜き取って、後始末をしておくことが、今後にとった大事だとのことでした。それが園主のアドバイスです。ところで今日は、日本海側は雪の様ですが、太平洋側は天気が良かったです。それは、朝の午前7時に平塚から見えた富士山にしめされてました。独特の富士山です。太平洋側は、天候に恵まれてますね。さて、本日の遠出した目的ですが、「だんだん園」の園主さんから、販売用のみかんを分けていただけるとのことで、青島、ハッサク、レモン、伊予柑を搬送してきました。伊予柑については、あともう少し寝かせてから提供しようと思ってますが、他の3種類は、袋に入れて販売にのせようと思っています。これから西湘みかんを都会に提供していきたいとおもっています。
2016年01月16日
コメント(0)

今日は、みかんの値段をリサーチしてきました1月15日、東京板橋区の志村坂上の八百屋さんです。職場の帰りに、店頭のみかんの値段をリサーチしてきました。静岡県産の青島でしたが、一袋(1キロでしょうか)で500円でした。ハッサクも並んでいましたが。ハッサクは、和歌山県産で、4個いりのネットで380円でした。当方が八百屋さんでみかんの値段をリサーチするには、わけがあります。じつは、無人の販売所の開設をイメージしているからですが。これが無人販売コーナーで、その商品です。これが商品のすべてです。これだけしか今年の生産がなくて、いたって限定品でした。品物とその値段は、1.「はるみ」が3個で200円、2.プチマルキンカンが100円、3.レモンが3個で150円でした。じつは、本日・1月15日、うれしい知らせが届きました。「すべて完売したよ」との連絡をいただきました。売りあげは全部で1000円ちょっとですが、完売したとのこと。こうなると、さらに次なる柑橘の販売を予定しています。これで「はるみ」と「レモン」については、今年の品物はすべて底をついてしまいましたが。それに続く柑橘があります。4.ハッサク、5.青島、6.伊予柑については、すでに収穫してあります。まだか、まだかと、今食べごろになるのを待っているわけですが。これが間もなく並べられる予定です。もしこれが順調に行けば、さらにその続きも考えています。7.清見、8.湘南ゴールド、9.日向夏、10.甘夏です。これらは、まだ収穫期が先なので、木になっているところですが。もちろん、甘夏以外はたいした量ではないのですが。甘夏は巨木があります。これはかなりの量を出荷できるはずです。これまでは、「フムフム」と独りでその味を楽しんできたんですが。これからは違います。今回から、それぞれの柑橘の味を、都会の人にこそ味わってもらおうと、小さな無人販売所を開設するとの新手の試みを始め出したところです。提供する柑橘の味は間違いなく美味しいはずですし、値段の方も安いはずです。問題は出荷量です。小木が1本あるだけですから、限定品です。こればかりは仕方がないんですね。その年の木にきいてみないと、どのくらい出せれるかは分からないのですが、とにかく、小さな販売所を開設して、産直の味を提供していくことにます。みかんの栽培の紹介から、新たな展開です。
2016年01月15日
コメント(0)

温州みかんを収穫したあとには温州みかんの収穫は12月31日に終了しました。その後につづくみかん作業ですが。一つは、清見、湘南ゴールド、日向夏への網掛けの作業があります。1月13日、清見に網掛けをしてきました。温州みかんが終わると、ヒヨドリたちも餌が不足しがちになります。そのままにしておくと、絶好の食事場所になります。農家によっては、一つ一つ袋かけをする人もいますが、手間がたいへんです。当方は、網掛けによって守るようにしてきましたが、木が徐々に大きくなってきたので、ネットで覆うのも大変な作業になってきています。しかし大変だからといって放置しておくことは出来ません。成熟して食べごろになると、必ず一足先に鳥たちに狙われますから。もう一つは、季節限定のジュース工場の稼働です。1月13日もまた、ジュース工場を稼働させました。果皮が汚れたものは、選果により出荷から除かれていますが、そうした規格落ちしたみかんが、数コンテナ残りました。一部は捨てていますが、なるべくジュースに絞ることにしています。1コンテナのみかんから、ジュース6リットルくらいがしぼれます。絞ったジュースをそのままにしておくと、ポーンと栓が飛ぶように醗酵してしまいます。一度加熱するようにして、醗酵を抑えるようにすれば、ある程度はもちます。それでも、やはりジュースは鮮度が重要になります。個人では飲みきれないほどジュースはできるんですが、「食品衛生法」の講習を受けてますが、一般に販売するとなると、二つの水道の蛇口をもつ、広い調理場とか、制約がきびしくあります。今は、自家消費とプレゼントにつくってますが、なんとか活路を開きたいと思ってます。ちなみにJAが本格的なジュース工場をもっていますが、海外からのオレンジジュースにおされて、限定された量しか製造しない。その数量を、JAにみかん出荷した人たちにかぎり、数量枠も限定して、しかも、ほとんどただ同然の値段で引き取っているそうです。当然、当方などのみかんはその枠外です。規格落ちしたみかんが、よく畑に捨てられているというのはその為です。「オレンジの自由化」政策がそうさせているんですね。これまではジュースが問題でしたが、TPPは、段階的にオレンジを自由化して、数年後には完全に自由化だそうです。そうなれば、オレンジか、みかんか、店頭での価格競争にさらされます。みかん農家が生産を守っていくためには、今の状況を守るためには、こうした農政をやめさせ、節度ある規制の下に置くことがもとめられてます。数年先にみかん農家が壊滅するのを防ぐためには、今が問題です。ここで口先だけの政治家を見抜いて、引導を渡すことが必要です。農家の立場をまもる本当の政治に切り替えさせなければなりません。
2016年01月14日
コメント(2)

みかんの木、植替えの為の大仕事真鶴園での1月13日、みかん園の後片付けです。今季、完全に枯れてしまったみかんの木が2本ありました。今日の作業の一つは、枯れたみかんの木を植え替えるために、その株を抜き取ることでした。みかんの木の株を抜き取るのは、地下にしっかり根をはってますから、大仕事でした。樹齢40年くらいの木でした。すでに、枯れ込みがすすんだために、枯れた枝を切ってきました。カミキリムシにより枯らされたわけですが、当方の栽培の技術の未熟さも関係しています。基幹をのこぎりで切りましたが、断面をみてみると、やはり枯れていました。カミキリムシの加害により、根から上部へ養分をおくれなくなっていたんですね。そのままにしておくと、病気の温床となりますから、はやめに株を抜き取らなければなりません。台風の嵐でもびくともしないみかんの木です。それは、地上の枝の拡がりくらいの範囲に、地下では根が張っているんですね。だから頑丈で、いくら台風が吹き荒れても、一向に動じない訳です。四方八方に張った根を切り取るのは、忍びない面がありますが、仕方なし。老木を植え替えするための機会でもあるんですね。新しく苗木を植えてから、それなりに実をつけるようになるまでには、10年かかります。はたしてその10年先まで、こちらの体が続いているかどうかが、問題ですが。みかん農家は、その時々を頑張りつつ、同時に10年先をイメージしてやっているわけです。自然は正直です。口先だけで、ペラペラ言いつくろっても、それでは通用しません。政府の場当たり的で、無責任な切捨て策のもとで、これまてふりまわされてきたにしたも、頑張ってきたのか農家であり、みかん農家です。まして、今回のTPPなんてとんでもない。国内の農家を犠牲として、海外からの安い農産物を輸入自由化するなんて亡国の政治です。自国の農家と農産物を守りつつ、共存させていくことこそが、政治の基本的責任です。本来の国民の政治を、農業を大事にする政治を回復させなければなりません。枯れたみかんの木を植え替えしようとするとき、とりまく農業への現在の政治についても、考えざるを得ない訳です。
2016年01月13日
コメント(0)

無農薬のみかんづくり早川の「だんだん園」も、当方の真鶴のみかん園も、みかん栽培は、基本的に無農薬で栽培しています。これは、真鶴のみかん園のことですが。みかん園を回っていると、無農薬栽培の証が見られます。これは、みかんの木につくられたカマキリの巣です。あちこちで、このカマキリの巣をみかけます。当方のみかん栽培の中心は温州みかんですが。この年末に、その収穫はすべて終えました。年を越して年初めまでかかりましたが、その出荷についても、そのすべてを終えました。やれやれ、といったところですが。あと残りは、規格落ちしたみかんの残りについて、これをジュースに絞ることです。ボチボチ始めていますが、あと3コンテナ、18リットル見当が残っています。その他の柑橘ですが。それぞれ一本くらいの試験的栽培をしているんですが。1.はるみと、2.伊予柑を、年末に収穫しました。この二つは保管してあって、食べごろ(出荷の時)を探っています。これらは収穫した後、少し置いておくことで、酸味が抜けて美味しくなるんですね。したがって、もっか出荷のタイミングをさぐっています。現在、収穫しつつある柑橘は、3.キンカンと、4.ハッサクです。キンカンは、年末から順次黄色く成熟しだしいます。ハッサクは、すでに収穫時にはいってますが、そのタイミングをさぐっています。さらにその他の種類では、これは清見ですが、5.清見のほかにも、6.湘南ゴールド、7.日向夏と、8.甘夏があります。最後の甘夏については、今回から早川園でたくさん採れるはずです。これは、4月下旬から出荷となりますが。この甘夏については、新たな本格的な出荷していく事業として、今後のあり方を探っていきたいと思っています。要するに、みかんというのは、11月初めから5月まで半年間が、いろいろ種類は推移していきますが、一連の出荷の時期だということです。栽培状況により各種類の出荷量は違いますが、半年間が出荷期だということです。この点からしたら、当方のみかんも、年末で「終わり」ではなく、年明けは、新たな柑橘の出荷の「始まり」だということです。少し休んで、これからが多彩なみかんを楽しめる時期だということです。さて、こうした状況を見ても、TPPでの農水省の「時期をずらすから関税を自由化しても影響なし」との判断は、とんでもないトンチンカンな判断だということです。素人の私などでもわかります。いま、みかん農業家は収穫と出荷生産作業で忙しいわけですが、だからといって、知ったかぶりの政治家に任せていたら、とんでもないことになります。もはや絶対にだまされないように、ここからの一番の頑張りが必要です。どんなに忙しかったとしても、自分たちの政策を代議士が本当に代弁しているか、この点をきびしく監視するようして、いいかげんな政治家・政党は、断固一掃していく必要があります。沖縄がそうなように、今の状況から一歩も後退できないことを再確認する必要があります。
2016年01月12日
コメント(0)

やれやれ、みかんが一段落しました1月10日、自家製みかんの最後の4箱を提供して出荷を終了しました。本日、11日は、休養日です。朝、大平台・姫之湯に出かけて湯治です。今日は、休養することが中心でしたが、残っている課題も、すこし持ち込みました。一つは、10,11,12月の収穫期の日誌をまとめることです。日誌への記載は、10月の初めでストップしていたんですね。これは、その年の収穫の記録として、今後への大事なヒントになります。二つ目は、温州みかんのつぎの柑橘の味見です。左は「はるみ」、中央は「はっさく」、右は「伊予柑」です。それぞれ小木が1本あるだけですから、たいしたことではないのですが。はるみと伊予柑については、12月31日にすべて収穫を終えています。せいぜい自己消費する程度ですから、たいしたことではないのですが。問題は、それぞれを、いつ収穫したらよいか、その後どのくらい置いておくと美味しくなるか、この点を実際の体験によって確かめようとしているわけです。きょう試食した限りでは、今日は収穫してから10日目ですが、それぞれ、まだまだ酸っぱい。もう少し置いておくべきだということでした。
2016年01月11日
コメント(0)

プレハーノフ著『史的一元論』を読んで その4 だいぶ間があきましたが、『史的一元論』の第4章「ドイツ観念論哲学」のつづきです。 前回、プレハーノフは、ドイツ観念論哲学の成果、弁証法の考え方・基本姿勢について、チェリヌィシェフスキーの著作から紹介しているのをみました。 今回は、P118 その「弁証法的方法を現象の研究に適用する場合」の問題です。 当方はこの間みかんの収穫がありましたが、一つの収穫がありました。みかんの木には意識はありませんが、農夫の意識というのは、「今が美味しい収穫の時だよ」等、みかんの木という自然物の状態を意識の形に映し出したものであるとの体験がありました。しかし、ここでは人間の歴史社会が問題です。 プレハーノフは、ヘーゲルの『法の哲学』序文をとりあげています。P138 ドイツ観念論哲学のおもな功績は、自然哲学ではなく、歴史哲学のさまざまな分野にあったことを指摘して、ヘーゲル『法の哲学』序文の一節、「ミネルヴァの梟(フクロウ)は夜になってはじめて飛びはじめる」を取り上げて、その意味を考察しています。 自然界にある合法則性は、まったく観念をもたずに無意識なうちに行われている。おなじく、人類の歴史の運動も合法則性をもっているが、あらかじめ意識されたものではありません。問題はその合法則性をどの様に意識するかの点です。 これについて、プレハーノの解説です。P140「ミネルヴァの梟は夜になってはじめて飛びはじめる。哲学が灰色のバックの上にその灰色の模様を仕上げはじめるとき、人々が自分自身の社会制度を省察しはじめるとき、諸君は、この制度が時代おくれのものとなり、新しい秩序に地位をゆずる準備をしていると確信をもって言うことができる」と。人が社会制度を問題として意識すること自体が、すでにその社会制度が問題をきたしており、矛盾を感じさせる存在がある。漠然とした意識でもそれを検討してみるならば、今が移行過程の中にあることが明らかになる。知恵の梟が飛び立つときは、古き社会の夕暮れをしめしている。これは素晴らしいし洞察であり、思想です。本当にヘーゲルはこんなことを言ってたでしょうか。 あらためてヘーゲルに当たってみると。「世界がいかにあるべきかを教えることに関して一言つけ加えるなら、哲学はもともと、いつも来方が遅すぎるのである。哲学は世界の思想である以上、現実がその形成過程を完了しておのれを仕上た後で初めて、哲学は時間のなかに現れる。概念がおしえるところだが、歴史もまた必然的に示唆しているように、現実の成熟の中ではじめて、観念的なものは実在的なものの向こうを張って現れ、この同じ世界をその実体においてとらえて、これを一つの知的な王国のすがたでおのれを建設するのである。」(中央公論社『ヘーゲル』P174) 確かにヘーゲルはそうしたことを述べていたんですね。しかし、プレハーノフほどはっきりとは述べてませんが、確かに示唆をしています。最初にこのヘーゲルの思想を取り上げたのはマルクスでした。「ヘーゲル法哲学批判」序論で取り上げ、当時のドイツが直面していた課題を明らかにしています。このヘーゲルの歴史哲学の批判は、新しい唯物論的な歴史観については、次の章で本格的に取り上げられるはずです。 とにかく、プレハーノフはヘーゲルの問題提起した意義・業績を読み解いているんですね。 プレハーノフは解説します。「ミネルヴァの梟の飛翔の合法則性をみとめたことは、人類の知識の発展史をまったく新しく見る見解の基礎であった」と。自由と必然性という古くはあるが、永遠に新しい問題が19世紀の観念論者のまえにおこった、と。 P148「ミネルヴァの梟は夕方に初めて飛ぶから、すなわち人間の社会関係は彼らの意識的な活動の成果ではないから、人間は自分の部分的な個人的な目的を意識的に追及するものである。各人は自分の能力をみがくことに意識的に務めるものであるが、彼らの個々の活動の総体からは、彼らがおそらく全然期待していなかった、予見していなかった一定の社会的結果がでてくる」 P149「いっさいの必然的な過程は合法則的過程である。人間によって予見はされないが、必ず彼らの行動の結果のうちにあらわれる社会関係の変化は、あきらかに、一定の法則性に従って行われる。理論哲学はこれらの法則性を発見しなければならない」こうした課題が出てくることを指摘しています。 この章の結論ですが。ヘーゲルはこの人間社会の法則的発展の問題を指摘したけれど、それを解明することは出来なかった。プレハーノフは、次の最終章「第五章 近代唯物論」に課題を託しています。 ここでの論理的展開、解明にはプレハーノフの知性が光っています。彼が「ロシア・マルクス主義の父」といわれたわけが納得するものがあります。 今回はここまでです。
2016年01月10日
コメント(0)

温州みかん収穫の後片付け12月31日に、みかんの収穫は終了しました。当方の「みかん」の中心-温州みかんは終了しました。みかん園は、もとの静かな常緑樹にもどりました。しかし、少しですが、これから中・晩柑橘の収穫に移っていきます。湘南ゴールド、清見、日向夏、甘夏などです。まぁ、それらはお試しに小木を1本くらいずつ栽培している程度ですが。今日の作業は、規格落ちみかんのジュース搾りと、みかん園の周辺を整備することでした。まず最初は、みかんのジュース搾りからでした。この間の収穫で、果皮が汚れていたりして規格落ちしたみかんですが、とってありました。これを当方は、すこしずつジュースしています。今日は、4リットル半をしぼりました。もう一つは、伸びたヒノキの枝を切ることです。みかん園の西側には、土手の崩落防止のためにヒノキ木が植えられています。近所の方から「日当たりが悪くなるので切り縮めてほしい」との要望を受けていました。ヒノキは、土手の崩落防止のために植えられていなした。この間収穫で忙しくて、忘れていたわけではありませんが、枝切の作業には、これまで十分には対処が来ていませんでした。今回は、この檜の木の枝切に、思いきって力をこれ集中しました。午後12時には真鶴園を出て、早川に移動しました。こちらも、同じでした。みかんの枯れ木を切り捨てるようにしました。みかんの後片付けの作業ですが、一つは、残された不良みかんをジュースに搾ぼること。今は海外から安いジュースが入っているので価値が大きく下がっていますが。二つには、枯れ木が含まれみかんの木ですが、この枯れ枝の部分を切除してやるようにしました。
2016年01月09日
コメント(0)

「五十嵐仁と市民のつどい」が開催されました1月8日夜、八王子市で「五十嵐仁と市民のつどい」が開催されました。東京・八王子市(人口58万人)では、1月17日告示、1月24日投票で市長選挙があります。この市長選挙に、政治学者の五十嵐仁氏が立候補します。1月8日、「五十嵐仁と市民のつどい」が開かれました。しっかりした候補者を擁立して、新たな活気を感じさせる集会となりました。このつどいには、弁護士の宇都宮けんじ氏が応援にきてくれました。また、憲法学者の小林節(慶応大学名誉教授)氏もかけつけ、熱弁をふるってました。候補者の五十嵐氏がそうですが、応援の方たちも、今の状況が求める人たちで、それぞれの時の人たちが、お互いにエールを交換し合うといった熱い演説でした。最後に、五十嵐仁氏が市長選挙への政策と決意を述べましたが、さすがに、長年、国民の立場に立った政治学を研究されてきた方です。これまでの八王子の市政を、市民が主人公になるには、どこをどう変えるか。8つの政策をだしていますが、確固とした見識と道理で、その中心を、分かりやすく端的に語っていました。八王子市長選挙というのは、これまでは投票率が30パーセント台と低くくて、そうした中で、安倍首相の側近の人などが幅を利かせている市政となっています。安倍政治につながる政治です。こうした八王子市政をかえようというのが今回の市長選であり、市民運動の力がためされる、新たな挑戦です。八王子から、戦争法を許さず、憲法の平和・民主主義を守る市政へ声を上げる、市民の要求にこたえる政治にかえる、そうした大事な機会になっています。
2016年01月08日
コメント(0)

仕事始めは、梅の開花とキジにあいました1月7日(木)は、実際的な仕事はじめです。みかん園に、マシン油乳剤を散布するために出かけました。実質的には、これが仕事はじめなんですが、真鶴園では、梅の開花の最初の一輪を見つけました。今年は、この時期の暖かさから、各地から梅の開花の便りが届いています。神奈川県西部の真鶴のみかん園でも、梅の花の最初の一輪を見つけました。まだ1月7日だというのに、暖かさのためか、はやくも梅の花が咲き出しました。休日農夫にとっては、この最初の一輪の開花に立ち会えるというのは幸運なんですよ。 山上憶良の歌です。春さればまづ咲く宿の梅の花 独り見つつや春日くらさむ 『万葉集』(巻五 818)今日は、早川園の仕事始めだったんですが、ここでも幸運な出会いがありました。キジのオスが二羽、みかん園で休んでいたんです。そこは、ついさっきまで、荷物の出し入れをしていたコンテナボックスの前です。キジは飛ぶことが出来ないんですね。そろそろと歩いて、甘夏の木陰に立ち去っていきました。「おい、あいつは誰なんだ」「おれらのところで何してるんだ」とでも、この二羽は、話し合っているかのようでした。今日の仕事ですが、まだ木に残っていたみかんの残払いと、マシン乳剤の散布でした。マシン油乳剤というのは、薬剤ではあっても毒性はありません。カイガラムシやアブラムシなどの、越冬害虫を駆除するためのものです。これで傷物のみかんは少し減ると思うんですが。当方は、収穫後のマシン油散布と、カミキリムシ対策の基幹塗布だけは対処しています。これは、本来なら、昨年の年末のうちに済ませるようにしているものですが、表年は、表年のドタバタで、12月31日に残払いにたどりつく状況でした。このため、マシン油散布は、年明けにずれ込んでしまったわけです。しかし、本日、1月7日、年明けの仕事始めの作業となりましたが、完了です。真鶴園、そして早川園と、両園ともに、なんとか、みかんの残払いと、マシン油の散布を済ますことが出来ました。これで、ようやく正月休みに入れます。
2016年01月07日
コメント(0)

不破哲三著『スターリン秘史』(5)を読みましたこの正月に、不破哲三著『スターリン秘史(5)』(新日本出版社)を読みました。スターリンが世界の共産主義運動に果たした役割について、あらためて、その歴史と問題を明らかにしてくれています。当方は、この間は、みかんの収穫で忙しくて、なかなか読めなかったんですが。しかし、問題が重要だし、新たに解明される問題だらけですから、しかも、今にその負の遺産が引き継がれているわけですから、必読です。この正月の時間をつかって、ようやく読むことが出来ました。今回は第5分冊ですが、全体ではかなりのものになります。すでに、湯治を紹介する中で、その感想は紹介しましたが。この5分冊では、ユーゴスラヴィアの解放闘争とスターリンの係わり。コミンテルンが解散された時の事情。日本の戦争終結が、どんな世界政治のなかで行われたか。東欧の「解放」に果たしたスターリンに役割、などがテーマでした。それぞれは、一般的には知っていた部分もあったんですが、今回、それらに、スターリンがどのように係わっていたか、真相が見えてきます。そうしてみると、これまでは、ほとんどが霧の中だったことを感じさせられました。そもそも、批判的な歴史というのは、全体としては、あまりなかったんですね。問題の歪みをとらえ、歴史の真相が、今にして解明されているということでしょうか。昨日のブログからです。「今回は、『スターリン秘史(5)』(不破哲三著)の第24章「対日戦の終結」を読みましたが、 二つの問題提起がありました。 一つは、1945年9月2日のスターリンの演説の性格です。1904年の日露戦争敗北の汚点を取りかえしたとして、千島の占有を正統化していることです。これは今のロシアの千島占領の合理化論に続いています。しかし、この主張は、当時のレーニンとロシア共産党の政策とは真逆のものだとの問題です。この点は、不破さんの、共産党の指摘は重要だし、明確する必要を感じています。もう一つは、やはり第二次大戦でソ連参戦と、日本人抑留の問題です。この問題では、第一義的には、加害者としてのソ連が問題ですが、ここで明らかにされているのは、当時の日本軍の指導部の捨民政策と方針です。なぜ、今日にいたるまでも残留孤児の問題がつづいているのか、日本側にある問題です。この二つは、安倍政権の無反省の体質によっては、 今でも問題を解決するどころか、提起することすら出来ないことがうかがえます。そうした、問題提起をふくむ『スターリン秘史』(5)でした。」
2016年01月06日
コメント(0)

固まった疲れを取ろうと、再度の湯治です1月5日、大平台・姫之湯へ、再度の湯治に行ってきました。二カ月の収穫で、腕はパンパンです。今回の湯治は、大平台駅前の林泉寺に寄ってきました。ここには内山愚童の墓があります。誰が手向けたんでしょうか、住職でしょうか。その墓の前には、新しい花が添えられてました。「内山愚童」、その人の存在を知る人は少ないと思います。当方も、つい数年前に知ったばかりなんですが。http://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201303250000/なにせ、過去を反省しなくなっている最近の世相ですから、であればこそ、なおのこと、当方はその追悼に足が向きます。当方が湯治場としている箱根・大平台、そのすぐ駅前にある林泉寺、そこに内山愚童のお墓があります。 今日の姫之湯ですが、駅伝の喧騒も去って、定番らしい湯治客が数組ありました。ここ姫之湯は、温泉とともに休憩所でゆったりできますから、湯治場として最高です。今回は、『スターリン秘史(5)』(不破哲三著)の第24章「対日戦の終結」を読みましたが、二つの問題提起がありました。一つは、1945年9月2日のスターリンの演説の性格です。1904年の日露戦争敗北の汚点を取りかえしたとして、千島の占有を正統化していることです。これは今のロシアの千島占領の合理化論に続いています。しかし、この主張は、当時のレーニンとロシア共産党の政策とは真逆のものだとの問題です。この点は、不破さんの、共産党の指摘は重要だし、明確する必要を感じています。もう一つは、やはり第二次大戦でソ連参戦と、日本人抑留の問題です。この問題では、第一義的には、加害者としてのソ連が問題ですが、ここで明らかにされているのは、当時の日本軍の指導部の捨民政策と方針です。なぜ、今日にいたるまでも残留孤児の問題がつづいているのか、日本側にある問題です。この二つは、安倍政権の無反省の体質によっては、今でも問題を解決するどころか、提起することすら出来ないことがうかがえます。そうした、問題提起をふくむ『スターリン秘史』(5)でした。こうした中身ですから、いくら疲れていても、読み通す必要があるわけです。そうではあっても、体は固まってますから、普通の状態ではなかったんですが。疲れてくれば、熱い温泉でシャキッと疲れと眠気をとるようにして、読みました。これは、風呂場を出たところの休憩所に置いてあったんですが。姫之湯の休憩所に、みかんが置いてありました。聞いてみたところ、利用者への心配りで、サービスとのこと、『小田原のみかんです、自由にお召し上がりください』とのことでした。せっかくですから、2つ3ついただいたんですが、当方のよりも、美味しく感じられるみかんでした。
2016年01月05日
コメント(0)

仕事始めは、みかんの選果でした今日、1月4日は、休日農夫も仕事始めでした。午前6時に出発しましたが、途中、中津川の橋げたの温度は3度でした。朝と昼間の寒暖の差が大きくなっています。午前7時11分、小田原から見えた富士山です。12月31日に、みかんの収穫作業は、何とか残払いまでこぎつけたのですが、その時は採り終わるのに必死で、そのままの状態で、現地においてあります。時間的にも、体力的にも、選果するどころじゃなかったんですね。したがって、仕事始めの最初の作業ですが、この玉石混交のみかんを選果して、活かせるものを選別して、出荷することでした。31日以前にもとってあったみかんがありましたから、それらのすべてを選果するというのは、かなりの量がありました。午前8時からはじめて正午まで、4時間の選果作業となりました。この選果作業から、1、活かせるみかんが4コンテナ出てきました。この内の大方は東京に持ち帰って、友人知人に発送するようにしました。2、選果した後には、ジュース用のみかんが4コンテナのこりました。これは、今日はやってられません。後日の作業です。今は、みかんを出荷することが一番の優先課題です。温州みかんの収穫作業は、後片付けの段階です。選果作業を終えて、みかんと荷物を車に積み込んでいたんですが、「やれやれ」ということで、ようやく周囲に目が向いたんですが。梅のつぼみが、丸くふくらみだしていました。あらためて梅のつぼみが大きくなっているのに目が留まりました。今回は、12月の後半から、暖かい晴れた日が続いています。そのため急速につぼみがふくらみだしてきました。去年の梅の開花は、1月21日でした。この分だと、今年の梅の開花は、それよりもっと早くなりそうです。
2016年01月04日
コメント(0)

大平台・姫之湯で湯治してきましたみかんの収穫の2か月間で、体はクタクタです。1月3日(日)は、箱根・大平台の姫之湯へ湯治に行ってきました。午前8時50分くらいに箱根湯本についたんですが。国道一号線沿いは、大学駅伝の大勢の応援者でにぎやかでした。ちょうどランナーが通過するのがホームから見えました。出山の鉄橋からも、沿道の応援者を見かけました。大平台駅では、すでに走者は通過したようで、のぼりなど、あと片付けが行われていました。応援を終えた人たちでしょうか、姫之湯のお風呂も、大勢の人たちでにぎやかでした。しかし、しばらくするといつもの静寂に戻りました。疲れを取るには、この姫之湯の熱めの温泉は最高です。いつものように、二階の休憩室に陣取ったんですが。立ち寄り湯はにぎやかでしたが、休憩室の方はいたって静かで、貸し切り状態でした。ところで、今回の姫之湯は、施設が一つ改善がされてました。これまではなかったんですが、あらたに大変立派な座椅子が用意されていました。これが素晴らしいんです。なんたって特別室にくわえて、ゆったりした特別席ですから。今日は、溜めていた読み物をじっくりよめました。ひとつは、『赤旗日曜版』新年号の新春対談 志位和夫(共産党委員長)と早野透(元朝日新聞コラムニスト)との対談です。さすがに政治を見続けてきた人だけあります。 志位さんからオーラが出てきた、というんですね。政治家が本気でやるときは、角栄の時もそうだったけど、迫ってくるものがある、と。多岐な視点や論点で、たいへん刺激的な内容です。現在を前にすすめていく上で、いろいろヒントを与えてくれてます。もう一つは、不破哲三著『スターリン秘史(5)』(新日本出版社)です。まだ途中なんですが、ユーゴスラヴィアのナチスからの解放闘争、それへのスターリンの係わり、コミンテルンの解散の問題。イタリア、フランス、ギリシャが、ナチスからの解放する時の政権問題、ここまできました。これから、後半にはいりますが、対日戦の終結をめぐる問題、ここに入っていきます。これらは、今にして初めて明らかにされる歴史の歪みの問題です。負の遺産が今でも残されてますから、現在の問題として必読の書とおもってます。ということで、熱い温泉と昼寝付きで、シャキッとしてよい休みになりました。
2016年01月03日
コメント(0)

濱田健司著『農福連携の「里マチ」づくり』を紹介します昨年12月に知人が本を出しました。『農福連携の「里マチ」づくり』(濱田健司著 鹿島出版会 2000円)です。農業を専攻していた著者が、何か忙しく飛び回っているのは知っていたんですが。この本を読んで、少しですがその事情がわかりました。主題は、農業の衰退している状況を、どう打開するか。その一つの場合として、障害者福祉と農業との提携を探ったものです。当方は、みかん栽培を少ししてますが、その零細農夫からしたら、夢の話ですが。私の狭い経験則からしたら、特殊な可能性と思われるんですが。しかし、そうではないかもしれません。著者は全国の各地を取材してまわって、提携の実例を紹介しています。けっして夢の世界ではなく、実際に特殊な場合には試みられているんですね。今の政治は、農業一般をそまつにして、投げ捨てていますが、そうした大勢の中でも、徳農家と行政マンの丁寧なサービス提供が行われるなら、福祉と農業のある種の連携の可能性はあることを、この本は示唆しています。障害者の社会参加として、生活・作業として、農業に仕事を開発している。将来の夢ではなくて、実際に試みがされているのを紹介しています。国や行政も、所によっては、連携のためサービスを支援しているとのこと。この事例は、農業そのものの一般的な未来を拓くものではありませんが、当方の現実からしたら、それは夢想とも思えなくはないのですが、それでも、それでも、そうした福祉作業と農業との連携したあり方は、将来は大きく発展すると思うんです。今の社会では、どれだけのサポートが実際にはかられるかわかりませんが。将来への芽として、実際に行われている経験に光を当てているのは大事だと思います。著者の努力は、可能性を現実にしていく上で、刺激的だと思います。
2016年01月02日
コメント(0)

2016年、新年おめでとうございます。この新年をまずまず健康でむかえれたことはなによりです。 11月28日 当方は、月々にみかんのまとめをしていますが、 今回は、12月とともに、2015年全体のまとめです。 まずは、みかんの収穫ですが。今回は、10月29日に始まって、12月31日の残払いまでかかりました。 今年のみかんは表年でした。収穫を去年と比べてみました。 みかんの木の本数は15本で、去年よりカミキリムシにより3本減ってるんですが。 早生 普通温州 早川「だんだん園」 計 5キロ出荷 2014年 4 41.5 8 53.5 143箱 2015年 19 68 20 107 311箱 (数は収穫したみかんを入れるコンテナ数で、1コンテナには20キロ入ります) 去年と今年の収穫量の違いは、隔年結果によるものです。本数が減少したので減収を心配したんですが、とんでもありませんでした。収穫で、東京-真鶴間を収穫では19回往復してきました。週に二回、片道80キロ、車で2時間です。 最盛期は、10コンテナ(200キロ)を収穫して、それを搬送してきて、3日間のうちに出荷して、 4日目にはまた収穫に出かける。こうしたサイクルを2か月間続いたわけです。 生産が出来るためには、その販売がすすまなければなりません。 さいわい、みかんの販売に協力してくれる方たちがいます。おかげで、農夫は収穫作業に集中することが出来たんですね。 今季は、素晴らしい話をいただきました。 早川のみかん園「だんだん園」ですが、この数年、ここからみかんの不足分を収穫させてもらってました。11月3日に『市民みかん園をやってみないか』との提案をいただきました。これまで管理していた方が高齢で辞退したとのこと。この早川園は、ちょうど、いつも往復している道の途中にあるんですね。 そこで、ためしにこの1年間を使わせてもらうことにしました。2015年11月3日から新たな条件での活動が始まりました。 だいたい早川のみかん園は、環境が素晴らしいんですね。広々としたみかん園が広がり、素晴らしい相模湾の景観がひろがっています。それだけでも、諸々の苦労を吹き飛ばしてくれる力を持っているんですね。 当方は、今年の3月で、これまでの職場が完全退職となります。老後をどうするか、思案していたんですが。ここに老後の課題の一つが見えてきました。みかんの栽培を通して、これまでのこと、これからの行く末を、とりまく社会関係を探っていくということです。 ということで、「みかんの栽培-四季の変化」も、真鶴と早川を生産の地として、今年も続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。
2016年01月01日
コメント(2)
全35件 (35件中 1-35件目)
1


