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「赤旗」に対しての前川喜平氏の談話2月1日が「しんぶん赤旗」の創刊94周年だそうです。有識者による赤旗論が掲載されてますが。1月28日付に元文部科学省の官僚トップの事務次官を務めた前川喜平氏の談話が掲載されてます。「中央省庁の官僚は、「しんぶん赤旗」を非常に注意深く読んでいます。ちゃんと事実に基づいて報じられていますから。「赤旗」に新しい指摘がでていると、役所の側も「これは調べておかないとまずいぞ」となるわけですね。・・・・」この談話は、国家公務員の官僚の上級の人たちが「赤旗」をどの様に見ているか、その真相を語っているものとして注目します。「やっぱりそうか」「そりゃぁ、そうだよな」と、納得させてくれます。とかく「馬の耳に小便」というか、官僚の人は正直に、率直な感想・意見を言わないじゃないですか立場や、政権に対する配慮からそうなるんでしょうが。しかし、官僚を退任されてからの前川氏は、その点では異色ですね。その現役が語れないことを、その真相を人間の言葉で語ってくれています。まるで政権からの圧力など、まったくないかのように、率直に、はっきりと語ってくれています。これは大きくは、今の日本社会のゆがみをただし、人間として当たり前の社会をつくっていく上で、大事な貢献をされていると、私などは感じています。
2022年01月31日
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゛ほっ゛としたみかん畑1月31日(日)の小田原・石垣山のみかん園です。゛ほっ゛とする畑の様子です。畑から温州みかんがきえました。まだ清見や甘夏など、これからの柑橘はついていますが、中心となっている温州みかんについては、基本的に畑から消えました。だいたい、本来のみかん農家は、昨年末のうちに、温州みかんは収穫を終えているはずなんです。霜によって劣化しますし、ヒヨドリたちが激しく食い荒らしだしますから。短期間の勝負ですが、年末のうちにすべてのみかんを木からおろすようにしているんです。当方の場合は、遅れました。援農者の支援も得て、なんとか1月27日に収穫を完了したんですが。それは、今年が表年でみかんの量が多かったこと、熟度を吟味しながらの収穫していたので、収穫のペースが遅かったこと、それと、手の回らなくなったお隣の畑があって、1月半ばからそこへの収穫支援が加わったこと。等の事情がありました。正月明けにみかん園に来て驚きました。まわりのほとんどの畑からみかんが消えているじゃないですか。まわりは昨年末のうちに、みかんを採りきっていたんですね。「これはたいへんだ」と、その後エンジンを最大にふかしたんですが、収穫作業ははさみを使っての作業ですから、最大急いだにしても、一定の時間がかかります。支援者の力も得たんですが、それでもやはり1月いっぱいがかかった次第です。それが終わったのが、1月27日だったわけで、とにかく、これはホッとしてくる景色なんです。しかし、農夫の作業は、これからが肝心です。収穫したみかんですが、これを選果して販売する作業があります。枯れたみかんの木や枝をそのままにすると枯れ込みが広がりますから、切除する作業があります。中晩柑の清見や湘南ゴールドをヒヨドリが狙っています、これに防鳥ネットをかぶせる作業もあります、ですから次々と、これからも裏方的な仕事がつぎつぎと待っているわけなんです。「ごくろうさまでした」などと、休んでいるわけにはいかないんです。しかし、そうではあるにしても、温州みかんの収穫が終ったことは、これは時をあらそう勝負でしたから、有無を分けるものでしたから、みかんの収穫が終わったことは、農夫としては「まずは、やれやれ」といったところです。常緑樹の畑にもどったみかんの木の方も、大きな重荷をおろしたわけで、「ヤレヤレ」といった感じが伝わってきます。昨日、1月30日(日)は、小屋に残っていたみかんの選果作業をしました。それによると、残りのみかんは、33コンテナ(660キロ)がありました。ということは、今が勝負の販売作業ですが。これから、温州みかんについては、1キロ袋で660袋を、2月の早いうちに販売するということです。ここで、これを売りきらなければ、せっかくつくられた宝です。一年間何のために苦労してきたのか、「もったいない」ということですから。くたびれてはいても、「さてこれから、もうひと頑張り」といったところです。
2022年01月31日
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多摩の団地でみかん朝市1月29日(土)も、多摩の団地でみかんの朝市をひらきました。朝8時半、商店会は閑散としていて、風が冷たく、人の気配がなかったんですが。『今日は元気がないわね』なんて言って、買って行ってくれる人もいたりして。午前11時までいたんですが、全部で40袋くらいが売れました。二人の方から、『ハッサクは無いの? 今はハッサクのシーズンじゃないの?』と注文がありました。その通りなんですね。こちらは「青島」への対応で追われていたんですが、金柑やハッサクも、今や旬なんですね。もっとも、なんとか金柑やレモン、ユズについては並べたんですが。柑橘が好きで、詳しくて、なかにはそれを待っている消費者がいるんですね。温州みかんですが、その種類は「大津」から「青島」に移ってきて、それを販売することで、頭も手もいっぱいだったんですが。今回知ったんですが、大きくは、「大津」は正月まで、1・2月は「青島」が中心だそうです。「大津」は、収穫してしばらくすると、果皮の水分が減って全体が硬くなるんですが、それにより水分が逃げれなくなり、かえって味が濃く、ジューシーで美味しくなるんですね。それと樹上で完熟していますから、なおのこと美味しいんですね。「青島」の方は、果皮が丈夫で、2月くらいまでは、楽しめるとのことです。従って、2月は「青島」商戦で頑張ります。すでにみかん畑の収穫は、1月27日(木)に「残払い」を終えました。その収穫したみかんが、あと32コンテナ(640キロ)がみかん小屋にあります。やはり鮮度が命という面もありますから、これから選果して、はやめに販売したいと思っているんですが。これから、その青島が終えるころには、中柑橘のネーブル、清見、湘南ゴールドなどの柑橘がでてきます。その清見や湘南ゴールドは、これから熟してくるとヒヨドリが狙いだしますから、今ごろは、農家は木全体に防鳥ネットをかける作業をしています。ようするに、「ヤレヤレ」ではありますが、まだまだ後片付けや、これからの対応が求められているということです。
2022年01月29日
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援農者の力で残払い終了小田原・早川のみかん園ですが。1月27日(木)、援農者の力を得て温州みかん・青島の木を「残払い」しました。「残払い」というのは、みかんの木からすべての果実を落とすことです。みかんの木は多数の果実をつけていますから、木は果実に養分を取られ続けているんですね。木から果実を落としてやることで、木は休みに入れるわけです。そうしてやらないと、木は養分を取られ続けて疲弊しちゃうんですね。枯れる場合もあります。広いみかん園ですから、中には収穫に手が及ばなくなっていた部分も出てきます。この1月13日でしたが、農家の方から「これ以上は、身が回らなくてみかんを採りきれないんだよ」とSOSがありました。ここからです、突発的でしたが、今回の追加的な収穫の援農活動が始まりました。これまでに自前の分で、当方はヘトヘトでしてが、そんなことは言ってられません。一年間の苦労が、ヒヨドリたちの餌食になるか、人が収穫するかの分かれ目ですから。急きょの呼びかけだったんですが、日常の忙しい中をさいて、遠路援農にかけつけてくれた人たちがいました。この時期、山にいるヒヨドリが、果実の残るみかん園に集まってきます。彼らには、仕事日や土曜・日曜もなく、暮れも正月休みも、コロナも関係ないんです。フルタイムで、大挙して食い荒らしにやってきます。加えて、雨や霜の寒さにあたると、みかんはしなびて、味も姿も急速に劣化しちゃうんです。収穫は時間との勝負になったんですね。こうなると、集中力のある援農者が、決定的な頼りだったんです。これは、「みかん狩り」のような行楽気分のような作業ではありません。農家がSOSしたときというのは、生活のぎりぎりの状況なんです。来てくれた人たちは、そこのところをわきまえて、援農に来ていただいたんですね。ありがたいじゃないですか。経験があるとかないとか、作業に慣れてるとか不慣れとか、そんなことじゃないんです。あれこれの理屈や口上、御世辞やあれこれの解釈なんて、問題じゃないんです。ようは、決定的な瞬間におうじて、少しでも良いみかんを収穫してあげる、そのボランティア精神と行動なんです。これは、農家の実情が、ほとんど伝えられることのない、ないし、一般的にしか、伝わっていない今の日本社会の、農業のギャップの問題でもあります。「こんなに、長時間みかんを採ったことはなかった」「短時間の集中なら、がんばれるけど、これがずーっとだったら大変な作業だ」「とにかく、もったいない」来てくれた人たちの声です。午前9時から11時まで、さらに午後にも、もうひと踏ん張りと頑張りました。「鳥たちは、美味しいところをよく知っている」「前回来て時から短時間なんたけど、おどろくほど食い荒らしている」。「ヒヨドリの気分がわかるようだ」「ここは、ヒヨドリに採られずに、人のほうが収穫したぞ」と。人が作業しているまわりでは、ヒヨドリたちがにぎやかに鳴きうごいていました。日当りの良い、美味しそうなみかんを、中をえぐるように食べているんですね。そけでも、今回はヒヨドリたちの勝手にはさせませんでした。美味しそうな、良いみかんは、この日ばかりは人の方で確保しました。それと、キジが出てきたんですよ。収穫作業をおえて、みんなが片づけをしていたら、近くで鳴き声がして。みたら、20メートルくらいの先でしたが、綺麗なオスのキジがいたんですね。しばらくの時間、逃げないんです。人間を観察しているかのように、そこにずっといたんですよ。キジは、あまり人間を怖がらないんですね。ということで、1月27日に、援農者の協力を得て、今期の温州みかんの収穫を、なんとか終えることが出来ました。
2022年01月28日
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梅が咲きだしましたみかんの収穫が終わりました。温州みかんの収穫という、大きな仕事が一段落しました。やれやれと言ったところですが、まわりを見たら、梅の花が咲きだしていました。まだ二つ、三つしか咲いてないんですが、それでも、梅が咲き始めているんです。大寒を過ぎたばかりで、人にとっては、寒さが厳しい時ですが、自然にとっては、梅の花にとっては、春が始まっているんですね。みかんを収穫している最中には、梅の木を見るなんてことはなかったんですが、確かに春は、すぐそこまで来ているようです。
2022年01月28日
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臨時の昼市1月23日(日)、午後11時10分から臨時の昼市を開きました。予約者をいただいた方へ二箱を届けてから、店開きをしました。1時間半くらいの昼市でしたが、9袋を販売しました。これから早川行きです。明日の宅配便の発送の準備です。
2022年01月23日
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さぁ、美味しいみかんを販売できるか1月22日(土)は、多摩の団地での定例朝市でした。小田原の農家が丹精込めた美味しいみかんですが。それをヒヨドリに食べられないように収穫したんですが。その生産が報われるかは、いつに消費-販売できるかどうかにかかっているわけです。1月16日(日)は二人で17コンテナ、19日(水)には5名で32コンテナをを収穫しました。だから、この二日以前にすでに大量のみかんが、小屋の中にはあるんですが、それに加えて、その他にこの49コンテナのみかんが、緊急の収穫作業によって確保されたんですね。これまでは、木についているみかんを、どの様に収穫するかが問題でしたが、今や、収穫したみかんをどの様に販売するのかが、問題となっています。そうした中で、1月22日(土)の団地朝市が、そのみかんを販売するための第一歩でした。単純に考えても、1コンテナには20キロのみかんが入っていますから、50コンテナというのは、1キロ袋にして1,000袋を販売するということです。ヘーゲルやマルクスには「疎外」ということばがありますが、人間がつくり出した産物が、巨大な対象物となって、それをつくったはずの人間にたいして、逆に疎遠な力となっておしかぶさってくるということです。私も「義を見てせざるは、勇なきこと」なんて、誰かのかっこいい言葉を紹介しましたが、積み上げられたみかんのコンテナ箱をみれば、「いったいどうするんだ、これを」ということになるわけです。おそらく、バブルがはじける時の不動産業者ですが。ある時までは、うまく販売でき回転していたので、そのために大量の土地を入手して販売しようとしたんですが。ところがある時からは、その売れ行きが縮小した。大量の土地や家を抱えているのに・・・、販売がストップしてくる。その時に、おそらく感じただろう生産と消費とのギャップですが、それが今、私などにもその問題が分かるような気がしてきます。もちろん、みかんと土地とでは、当然中身が違いますが、しかし同じような関係に置かれているわけです。どうやって、土地と家を売るか? ではなくて、どうやって、大量のみかんを販売しきるのか、今やこれが私などの問題です。小田原で、農家が丹精込めてつくったみかんは、美味しいんですよ。これは間違いないんです。普通なら、犬はみかんなどは食べないはずなんですが、しかし、なかには「美味しそうに」食べてくれる犬もいるんですね。この犬は、人間以上に、喜怒哀楽をはっきりしめしていれていました。声と味が届けば、この犬がしめしてくれているように、『この早川のみかんは、美味しい』との、自然がしめされると思うんです。イヌが自然に、正直にしめしてくれているみかんの評価です、これを人間が感じられないはずはないと、絶対にないと、私などは思っている次第です。このワンちゃんがしめしていることは、あと4週間、みかんがジューシーでフレッシュなうちに、この大量のみかんを、なるべく多くの人に販売しぬいてみる、ということです。
2022年01月22日
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決定的な時に援農者が1月19日(水)、小田原のみかん園ですが。みかんの収穫が終わっていない畑がありました。すでに多くのヒヨドリがここに集まってきて、みかんを食い荒らしに来ているし、大寒をまえにして、「箱根下ろし」の冷気と霜が降りだしています。たわわなみかんが、鳥に食べられちゃうか、それでなくとも、霜にあたればシワシワなみかんにドンドン劣化してしまいます。この一年間、丹精込めて育ててきたみかんは、すばらしい富となっています。それを、人間が確保することが出来るか、それともとり逃がすか。それが問われる決定的な瞬間なわけで、寸秒を争っての収穫作業でした。みかんを採るために、はさみをにぎる人の速度は、いくらベテランでも時間のかかる一つの過程です。このたわになったなみかんの木ですから、いくらベテランでもこの1本の1時間で採ることは無理でしょう。そうなると、あとは援農者の力を借りて人を増やして収穫するしかないじゃないですか。これは行楽のような「みかん狩り」とは違って、みかんを大事に、早く収穫しきらなければならないという、真剣勝負なんです。急なSOSの呼びかけに、遠路東京からもボランティアが駆けつけてくれました。人はそれぞれ何かしら用事を予定していたはずですから、それをかきわけて、この急な決定的な作業のために来ていただいたわけです。ありがたいことじゃないですか。このご婦人は、午前8時半に来ていただいて、午前11時まで、その2時間半の間に7コンテナも収穫していただきました。この急な収穫作業は、1月16日(日)と、19日(水)に取り組んだわけですが、援農者の人たちの協力を得て、収穫に取り組めたことは幸いでした。ひとりでショボショボと、賽の河原の様につづく、終わりの見えない作業では、一人の人の発揮できる人の力というのはしれていますし、くたびれもします。共同の作業の力は、1+1が2よりも、はるかに大きな成果をもたらすことを実証してくれました。それを5人がかりでしたが、最低限の「うわもぎ」-良いところ採りを、なんとか果たすことが出来ました。この作業がなかったら、そのみかんの多くは、山中から集まってきていたヒヨドリたちによって、その饗宴の餌食になっていたと思います。大量のみかんをどのように販売するか、この問題は別にありますが、まずは、人がみかんを確保しないことには、その可能性もなくなるわけですから。とにかくみかんを採るということでした。もちろん、次の問題は、このみかんの販売をどうするかですが、この方は、人間社会の中で問題です。
2022年01月21日
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「鎌倉殿の13人」と私のふるさと当方は、真鶴と早川でみかん栽培をしいてます。真鶴が私のふるさとなんですが。NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が始まって、ふるさとを想いかえしています。というのは、この方面が歴史の舞台になっているからなんですが。もちろん、このドラマに、それが出て来ることはないと思いますが。次の写真が、源頼朝がたてこもった石橋山です。天然の関所になっているのが分かるかと思います。いまでも、この難関に、伊豆方面への行楽者は渋滞で苦労させられていると思います。そうしたことで、その一つは、石橋山の古戦場です。今も、国道135号線は石橋で大渋滞をきたしていますが、そこが石橋山です。ここが、源頼朝が最初に旗揚げして、立てこもった石橋山の古戦場の跡なんですね。今でも、その戦場の跡には、ひっそりと石橋零社という神社があります。源頼朝、石橋山の負け戦の跡 | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)二、この石橋山の戦のことは、『平家物語』にも出てきます。歴史とその舞台の現実性とが重なるところです。『平家物語』の巻第五 「早馬」の冒頭から | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)様々な歴史ドラマに、それは描かれてきましたが、私などは、現実性がどの様に描かれているのか、その都度楽しみにしているところです。三、もう一つは真鶴町岩の謡坂です。石橋山の戦に敗れた頼朝は、山中を逃げてにげて、逃げのびるんですね。真鶴町岩の海岸から漁師の船で対岸の房総の千葉へ逃げるんですね。追討を逃れたとき、この謡坂で土肥実平がお祝いを謡い舞ったというんです。源頼朝の危機脱出を、謡坂(うたいざか)の碑文に読む | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)これらが、私などの故郷に残る歴史の一コマです。おりにふれて、これらはブログに紹介してきたんですが。これが、ドラマに出てくるかどうかは知りません。しかし、故郷に刻まれた歴史というのは重いんですね。ドラマの信ぴょう性が、故郷の経験からテストすることになるんです。私などが一番の不思議におもうことは、源頼朝が石橋山の戦で「大わらわ」で負けたのに、追討軍から逃げれたこと。そして、その負け戦からほんのわずかな期間のあとですよ。こんどは富士川の戦では、大軍となって現れ、平氏の大軍を羽音で震え上がらせて勝利したこと。この短期間の変化は、どうしたことか。普通なら負け戦のあとは、武士は自刃するのが一般的かと思いますが、頼朝は、そんなことはしないんです。変えれることを確信していたとしか思えません。しかし、その落差は大きい。しかし、現実にわずかの短期間に天地をひっくり返すような変化をつくり出したんですね。これはドラマ(想像)じゃなくて、現実におきたことですから、歴史の流れというものは不思議じゃないですか。ということで、このドラマがどの様にこの歴史の事実を描くか、私などは楽しみにしているところです。
2022年01月18日
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『経済学・哲学草稿』9 草稿の全体像について当方の12月-1月は、みかんの収穫期ということもあって、それに忙殺されてます。12月31日の第8回「ヘーゲル弁証法の成果」のところで中座しています。従って、その続きの中身については、今後のことにするとして、今回は番外編で、二つを紹介します。一つは、このマルクスの「ヘーゲル弁証法の批判」草稿の全体像です。もう一つは、雑誌『経済』2022年2月号に掲載された長久理嗣氏の研究「『経済学批判』の方法を探るマルクス」の紹介です。一、この「ヘーゲル弁証法の批判」草稿の全体像についてこの草稿には、個々には検討を必要とするいろいろな論点があると思います。迷路にはまり込むこともあり得ます。だからこそ大体ではあっても、全体像をつかんでおくことが大事になっていると思います。私の学習も、仕事で中座したおりでもあり、勝手な形ですが全体像を書き抜いてみました。「ヘーゲル弁証法および哲学一般の批判」国民文庫版(藤野渉訳) P205-241(37ページ分) P205-207一、ヘーゲル弁証法にたいして、バァウアーやシュティルナーの青年ヘーゲルは批判的意識を持っていない。 P207-211二、フォイエルバッハは、ヘーゲル弁証法を意識する唯一の存在 1、フォイエルバッハの功績、3点 2、フォイエルバッハの「否定の否定」のとらえ方 P211-213三、ヘーゲル哲学体系の全体を見る 要約-エンチクロペデーの体系 P213-216四、ヘーゲルの二重の誤り 1、疎外を思惟形式の問題としてとらえる 2、疎外を我がものとするのは意識の中でのこと。 ここは批判的でない実証主義、批判的観念論がでている P216-217五、ヘーゲル現象学の終極成果としての弁証法 P217-六、ヘーゲルの一面性と限界 1、あらかじめ 2、主要な点P219-220 3、『精神現象学』最終章「絶対知」から「意識の対象性の克服」について8点 P220-225 4、第一と第二「物性を措定するのは自己意識の外化」についてこれについてのマルクスの論点 P225- 5、第三、第四、第五と第六「他在の中で己のもとにある」についてP226 マルクスの論点 P228 ここに思弁の幻想と偽の実証主義、見かけだけの批判主義の根が。 問題をフォイエルバッハは宗教論にしか見ないが、もっと一般的な問題だ。 P229 ヘーゲルの「否定の否定について」のとらえ方、止揚の独特の役割について P231-234七、ヘーゲル弁証法の肯定的な諸契機-疎外の規定の内部での-P231 a、外化をおのれの中への取り戻ししていく対象的な運動として、対象の本質をその疎外の止揚によりわがものに獲得することの洞察。否定ということの肯定的な意味。労働を人間の自己産出行為として、生成しつつある類的意識と生活としてとらえている。P233 b、ヘーゲルの転倒性の帰結として、人間の自己産出は、1、形式的抽象的な思考を本質とする行為として現れる。2、外化、疎外としての自己産出は、絶対的、究極的な、おのれ自身を目的としている本質にとうたつした人間の生の表明。この運動がその抽象的な形式として弁証法の神的な過程として、人間とは区別された抽象的な絶対的な本質がみずから通過する過程として見なされる。3、この過程は担い手、主体が問われる。その主体は神であり絶対精神としての理念。現実の人間や自然はその結果になる、転倒。 P234-241まとめ第一、人間の自己産出行為の形式的で抽象的な把握。第二に、論理学の積極的なものは、自然と精神の自立的な思考形式は、人間的本質が疎外された必然的な成果としてとらえ、その過程の諸契機を叙述し総括したこと。 第三に、論理学はその抽象的な思考だけでは無であり、自然がはじめてあるものであることの証明。論理学から自然哲学への移行。哲学者を抽象的思考から直観へ駆り立てる神秘的感情は、退屈であり、内容へのあこがれである。以上です。もちろんこれは必ずしも正確・厳密なものではありません。あくまで、これから読みすすんでいく上で、自分自身が途中で道に迷わないためのもので、大よその輪郭です。目下のところ、「五、現象学の最終成果としての弁証法」あたりまで来ているということです。二、こうした中で、つい1週間くらい前ですが、一つの論文を紹介してもらいました。雑誌『経済』2022年2月号に掲載された論文ですが、長久理嗣氏の研究「『経済学批判』の方法を探るマルクス」です。私などの目下の学習と、対象が重なっているんですね。私などは、これまで達磨大師のような気分で、このヘーゲル弁証法を真剣に検討する人は、今の時代に誰もいないんじゃないか、壁に向かって独り言を言っているような、そんな気分でいたんですが。ありがたいことじゃないですか。今時、同じ対象に、こんなテーマに挑戦しようというような奇特な方がいたんですね。事柄の中身にふれて検討しているのを聞くのは初めてじゃないでしょうか。これにより、壁にむかって学習していたのが、事柄について対話・討論をしているかのように、検討していることが比較検討できるんです。これは、私などがこの草稿を読み進めていく上で、何よりの刺激になるんですね。いろいろと感じる問題はあるんですが。でも、今は、細かな違いを詮索するよりも、(それが、これまでの研究者にはよくありがちな傾向だったんですが)、大事な重要問題をお互いにどの様につかんで、それをどの様に刺激しあって探究できるのか、その点が一番大事な事柄になっているんじゃないかと思います。だいたい、日本では率直に討論しあう習慣が弱いじゃないですか。政治なんて、小学生以下の討論じゃないですか。如何に誤魔化すかが技量となっているじゃないですか。まあ、そんな中でのことですから、「朋あり、遠方より来る」といったような期待をするところなんですが。
2022年01月18日
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臨時のみかん市1月17日(月)、東京・多摩市の永山団地で、臨時のみかん市を開きました。今年のみかんは、全国的に一般的には豊作なようです。それは幸いなことですが、生産者は「豊作貧乏」というか、単純には喜べず、豊作のみかんを収穫しきることに苦労して、それを販売していくことに苦労していると思います。当方は、昨日・1月16日に、近くの農家を援農して、知人と二人で17コンテナを収穫しました。1コンテナには20キロのみかんが入りますから、これだけでも、5キロ箱を68箱、1キロ袋だと340人の販売先を見つけなければなりません。何しろ、販売が順調にすすまないことには、消費の経済循環がすすまないことには、みかんを置いておく小屋のスペースも、手もちのコンテナ数も足りなくなり、まだ畑に残っているみかんの収穫が出来なくなるということですから。そうした事情もあって、今日は臨時に「団地のみかん市」を開いた次第です。消費というのは、大体において生産者の都合とは別物です。うまくバランスがとれれば、それはありがたいんですが、そうは問屋がおろしません。しかし、座してヒヨドリに美味しいみかんを食い荒らされるのを見ているよりも、小屋に積まれてみかんを腐らせるよりも、なにかしら、生産農家にとってこの事態を打開するすべをさぐらなければならないじゃないですか。そうしないと、せっかくの一年間の苦労が水の泡になるわけですから。さいわいなはず豊作のはずが、現実には豊作貧乏になってしまうわけですから。本来そこに、社会的・政治的な調整する機能があるはずなんですが、この農家の現実に目を向けて、それを助ける機能は、ないんですね。それはコロナが蔓延しているもとで、国家が主導して、病院のベッド数を削減している「合理化」事態が、典型的にしめしています。この基本は、医療関係だけでなく、農家をはじめ各所で深刻な事態がひろがっているわけなんですが。こちでは、もっともそうなことを言ってますが、実際にやっていることは逆噴射なんです。平気で困った人の首を絞めるようなことを、政治が現実にやっている。マスコミや専門家・研究者は、そして各界の当事者は、こうした自分たちが直面している問題にたいして、自分個人としての努力をしているだけでなく、もっと政治的・社会的な共通認識と、打開のための社会的な力が働きだすように、もっともっと声をあげなけれはダメですね。当方の場合は、まだみかん畑にはみかんが沢山残っているんです。このみかん園の場合は、目下のところ、ヒヨドリと寒気による被害が広がる前に、寸刻を争っての収穫作業で、まさに時間との勝負なんです。なるべく早く、みかんを木から採りきることなんですね。それと並行して、収穫したみかんの販売と活用の目途をたてることです。その実情が、消費者と政治家には、理解されていないんですね。なぜか自然と言葉が浮かんできたんですが、「義を見てなさざるは勇なきなり」広辞苑で調べてみたら、これは、孔子の『論語』の「為政第二」の最後の部分の言葉でした。中国の古典だったんですね。中国の先人・孔子という人も、なかなか良いことを言ってるじゃないですか。さて、もうひとふんばり、この豊かな人が努力してつくりだした富を、少しでも無駄にしないように頑張ります。
2022年01月17日
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時と競争してのみかん収穫1月16日(日)、小田原のみかん園ですが、この間に農家の手が回らなくて、みかんが収穫が出来ずにあった畑がりました。普通なら温州みかんは、12月のうちに収穫を完了しているはずなんですが。色々な事情がかさなって、収穫の手が回らない事態をきたすこともあるんですね。せっかく美味しいみかんを作ったのに、それがヒヨドリたちの餌食となってはもったいので、みかん栽培のベテランの知人と二人で、急きょ支援に入りました。次の写真は、午前中に収穫したみかんです。なにしろ、アメリカセンダングサがみかんの木の周りにあって、人が木に近づくのを妨げているんです。このセンダン草を取り除かないと、木には近づけません。前日の15日土曜日は、そのセンダン草を刈り取る作業でした。おかげで軍手は、棘のようなセンダ草の種だらけになりました。もうこれでは、手袋を捨てるしかありません。種を取り除いている時間が、今はないんです。みかんを狙っているヒヨドリが大挙して来ていますし、大寒が近づいて毎晩霜が降りてきています。人が美味しいみかんを確保するのは、時間との勝負なんですね。美味しいみかんがいっぱいなっているんですよ、一年間の苦労して育ててきたのに、それが鳥の餌になるなんて、冷気で劣化させるなんて、もったいないじゃないですか。もちろん、収穫したみかんは販売しなければなりません。その問題はあるんですが、しかしみかんを収穫して確保しないことには、売れる可能性自体がなくなります。だから、先ず今は、時間との勝負で、なるべく早くみかんを収穫することです。この日、ざっとでも収穫できたのは、対象全体の半分なんです。まだ、手つかずの畑が残っているんです。収穫は、鳥と霜との、時との競走です。それと、収穫したみかんを搬送して販売すること。そうしないと、小屋がみかんでいっぱいになってしまって、収穫容器(コンテナ)も、空きがなくなってしまいます。そうなっては、これ以上のみかんの収穫が出来なくなります。なるべく短期間に、収穫-搬送-販売のサイクルですが、人の限られた労力ですが、四の五の言ってる場合ではなくて、この事態に実際にどれだ働きかけれるか。この数日間を頑張りぬくということです。これが、私などのみかんの収穫作業ということです。
2022年01月17日
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みかんの朝市1月15日(土)、多摩市の永山団地・商店会で、みかんの朝市をしてきました。『おたくのみかんは美味しいから』など、なかにはうれしい言葉を残してくれる人もいます。そんな人には、生産の事情を紹介しています。「なんたって、木の上で完熟したみかんですから。普通の生産者の場合は、熟したみかんだと流通で痛みも出やすくなるんで、それよりも少し前に、一括収穫的に採っているはずですよ。それに対して、こちらは完熟みかんですから。無農薬ですから見栄えは劣りますが、美味しいはずですよ」と。加えて、『いつまで、みかんは販売されるんですか?』との問いかけてくる人もいます。これには、『今は、木から果実をすべて下すまで、ヒヨドリと競争して収穫しています。2月上旬までには、霜も降りてきていますから、終わらせたいんですが。それが、当面の予定です。今がその大勝負の時です』と。ただし、ひと言くわえています、『そのあとは、青島、ネーブル、清見、湘南ゴールドと続いていきますから、5月の甘夏までは、毎週土曜の朝市には、何らかのみかんが並ぶはずですよ』と。ということで、今回も無事に朝市を終了してきました。後は、無人販売に切り替えてきました。ひと休みしてから、早川のみかん園行きです。さらにみかんを収穫するために、畑の中に繁茂しているアメリカセンダングサを刈りとりに出かけます。
2022年01月15日
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臨時のみかんの収穫1月13日、小田原のみかん園ですが、一つの新たな仕事が発生しました。今、みかん農家の人たちは、年末までに収穫を終えようと、必死で頑張ってきました。誰しもみな、もう体の方は、すっかりヘトヘトのはずなんですが。ところが、まだ収穫の終えていないみかん畑があるんです。これは1月14日、まだ寒い朝の、みかん畑です。木には、まだいっぱいたわわに、みかんがついています。みかん農家も人の技ですから、体力に誰しも限界があります。精いっぱい頑張ってきたとしても、それでも収穫し切れない場合があるんですね。収穫の手が回らないというには、それぞれ事情がありますが、次の写真は、みかん園の入り口です。アメリカセンダングサという雑草をご存じでしょうか。1センチくらいの種が、衣類や手袋についてくるという、じつに厄介な雑草です。それがみかんの木の周りをはじめ、一面に繁茂しているんです。みかんを収穫するには、その前にこのセンダン草を片付けておかないと、みかんの木に近づけないし、手袋や衣類に張りの様な種がささって、みかんを収穫することに集中することが出来なんなるんですね。そのみかんの方はというと、多くの畑でみかんの収穫が進んでいますから、こうした残されたみかんには、山中のヒヨドリがたくさん集まってきています。今や刻々とヒヨドリたちが、成熟したみかんを食い荒らしているんですね。ヒヨドリたちは人の気配があると、バサバサッと逃げていくんですが、人なつこいメジロは、人がいても平気でもかんをついばんでいます。次の写真の中ほどには、メジロがいるんですが、みかんの葉の色とにていますから、静止した写真ではわかりにくいんですが、分かりますか。ヒヨドリたちがえぐったみかんの残りを、メジロたちがついばんでいます。みかんの収穫を急ぐのは、こうした鳥たちによる加害だけじゃないんです。もう一つ大きな問題として、霜と雪の自然による寒さの被害があります。この時期、冬至を過ぎたころから、霜が降りだします。熟したみかんはこの霜にあたると、果皮がしわしわになり、味もジューシーさが消えていくんです。みかんは、鳥たちによる加害と、寒さが厳しくなってくる、その前に収穫しなければならないんです。だれしも、農家の人たちは、すでにいまやヘトヘトの状態なんですが、しかし、1年間の手入れをしてきたあれこれの苦労をおもえば、これを捨ておくのは、じつにもったいないじゃないですか。私個人が逆立ちしても、これは片付くような仕事量では、とてもないんですが、それでも、これを放置するのは、もったいないじゃないですか。みかんの美味しいうちに収穫するには、あと、1月末くらいまでの二週間ですが、これまでの仕事に加えて、今回紹介したみかん園の収穫に挑戦します。この自然(鳥と寒さ)と、社会的な(販売をどうするか)障害が、あるわけですが、長年のノー政のつけが、今ここにあるわけですが、しかし四の五の言ってもなにもすすみません。すでに私などの体も、ヘトヘト状態なんですが、捨て置けません。疲れた体に鞭打ってでも、この農家のつくった富を収穫します。一歩を踏み出すことが肝腎です、このもったいなさに挑戦します。
2022年01月15日
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鰺坂真氏を追悼します哲学者の鰺坂真氏が1月6日に亡くなられたとのこと。「しんぶん赤旗」(1月10日付)に訃報が掲載されました。私などは最近、「弁証法について」学ぼうと、その学習を発信してきているんですが。その学習の中で、哲学者・鰺坂真氏が書いた作品が参考になっていたんです。三つの作品を紹介したいんですが。1、ちょっと古いんですが、最初は、2015年4月22日付のブログです。鰺坂真著『マルクス主義哲学の源流-ドイツ古典哲学の本質とその展開-』(学習の友社 1999年刊)ですが。鰺坂真著『マルクス主義哲学の源流』(学習の友社)を読む | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)これはドイツ古典哲学の歴史的な発展のなかで、科学的社会主義の哲学がつくられたわけですが、鰺坂氏のこの著作は、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル、マルクスの哲学について、そのどれもが難解なものなんですが、鰺坂氏はそれらの原典そのものにあたって検討しているんですね。この努力が私などには参考になったんです。2、二つ目は、これは共著ですが『ヘーゲル論理学入門』(有斐閣新書 1978年刊)2021年5月31日付のブログですが。現代日本の名著と思います-『ヘーゲル論理学入門』(有斐閣新書) 12 | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)ヘーゲルから弁証法を学ぼうと知ると、『大論理学』と『小論理学』があるじゃないですか。これは『小論理学』を哲学者の数人がまとめられたものですが、なかなかの名著だと思うんですよ。というのはヘーゲルに関しては解説書はいろいろあると思うんですが、ヘーゲルの著作そのものにあたって、検討している著作というのは少ないと思うんです。あれこれのその人流の解釈を述べているものは沢山あるんですが、真摯にその著作そのものにあたって吟味した作品というのは少ないじゃないですか。この点で私などには「入門書」として参考になっているわけです。3、これは「しんぶん赤旗」に掲載された小論ですが。2020年12月18日付のブログで、鰺坂真「ヘーゲル誕生250周年によせて」丁度私などがヘーゲルを学習しているさなかに新聞に掲載されました。哲学学習27 鰺坂真「ヘーゲル生誕250周年によせて」12月15日付 | みかんの木を育てる-四季の変化 - 楽天ブログ (rakuten.co.jp)ヘーゲルの作品から弁証法について学ぼうとすることは、哲学学習の大変基本的で大事なテーマだと思うんですかよ。ところが「なんで今どきヘーゲルなんのか」などとの冷たい壁を感じるようなこともあるんですね。そんな時に、鰺坂さんの小論は、その意義を説かれたものとしてたいへん刺激的に、激励するものとして読ませていただきました。私などの限られた目、接点からの鰺坂真氏の側面でしたが。科学的社会主義の哲学を探究された哲学者として、貴重な貢献をされた方だと、私などは思うんですよ。もっと広い視野から、鰺坂氏の業績の全体像が、紹介されることを期待しているんですが。今を生きるものにとって、それが亡くなった方への感謝であり、何よりの追悼となるんじゃないでしょうか。責任でもあるんじゃないでしょうか。
2022年01月14日
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臨時のみかん市1月10日(月)成人の日に、多摩の団地で臨時のみかん市を開きました。永山団地の商店会は、人通りは少なかったんですが、それでも不思議なんですが、そこそこのみかんが売れていきました。小田原・石垣山の農家の方が、ロウバイをひと枝プレゼントしてくれました。静かな中にも香りがただよって、はなやかさをそえてくれました。いつも買っていただいている方ですが、『今年は甘くて美味しいと、みんな喜んでいます』との言葉を置いて、今回も買っていただきました。犬を散歩させていた方ですが、『うちのイヌはみかんは食べないんですよ』と言っていたんですが。イヌの方は、じっさいにみかんの粒を出したところ、食べちゃったんですね。しかも二回あげたんですが、二回とも食べちゃった。これには、飼い主の方も驚いていました。午前11時から13時まで、臨時のみかん市を開きましたが、まだ60袋位が残っていたんですが、後は、野菜市場の方に託して、当方は引き上げてきました。
2022年01月10日
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二枚の写真の違い小田原のみかん園ですが、みかんの収穫をめぐって、イノシシと攻防を繰り返してきましたが、その次は上からのヒヨドリの襲来でした。今も続いていますが。そりに加えて、1月6日の雪とその前の霜の冷気です。この3つがみかん栽培の難敵であり、それとの競走でした。12月21日のみかん園です。この二枚の写真に、12月27日と1月9日との違いがあります。みかんの収穫で、みかんばさみをつかって、腕がパンパンになるくらいに、それは、アイドル歌手のスケジュールの気持ちがわかるような、そんなニギニギで体力の限界に挑戦したんですが。自然や動物には、暮れも正月もありませんから、人間の方は正月を休んでいても、イノシシやヒヨドリにはそんなことは関係ありません。熟したみかんをどっちが採るかで、大変な競争をしたんですが。人間の方は、収穫したみかんを売らないことには、みかん小屋はみかんで氾濫してしまいますから。恐慌をきたすことになにますから、ずっと畑に張り付いているわけにはいかないんですが。イノシシやヒヨドリの方は、べったりとまるまる一週間、つねに畑に張り付いていますから。それとの採りあい、ケンカをしてきました。しかし、冷気の方はさらに大変です。熟したみかんを、寒さで氷らせて、その後太陽で温めるわけですから、つやつやのフレッシュなみかんが、しわしわのみかんに、味もジューシーさが飛んじゃうんですね。だから、1月6日の雪が降り出す前に、逆立するような奮闘があったんですが。しかし1本の大きな木からみかんを収穫するには、4コンテナとしても2時間はかかるじゃないですか。それが何十本もあれば、くたびれても来ますから、ペースも落ちてくる。それでも、一年の苦労してきた結果のみかんですから、それこそ大奮闘したんですが。1月9日のお昼をもって、「あ~あ」ですね。収穫は一区切りです。しかし、採ったみかんを選果して、これからジューシーなうちに消費者のもとへ、ようするに、販売しないことには、一年間の努力は何のためだったのか、ということになるわけです。ということで、これから収穫したみかんの販売活動にかかります。
2022年01月09日
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新春・最初の土曜朝市1月8日(土)は、多摩の団地の新春・最初の土曜朝市でした。これだけ見ると、人気もないし、雪で冷蔵庫の中のような寒さなんですが。早々に、レモンを予約されていた方が買いに来てくれて、チョット暖かに。さらに、『みかんを見たら、素通りできないもの』といって買ってくれる人もあり、まずまずの初売りでした。当方は、午前11時には切り上げて、これが、まだ小田原の畑に残っているみかんの収穫です。
2022年01月08日
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雪降る前の大仕事1月6日(木)、関東も午後から雪がちらつきだしました。4日、イノシシの侵入があったかどうかを見るつもりでみかん園に行ったんですが。イノシシは大丈夫でしたが、ヒヨドリが大挙して来ていました。イノシシやヒヨドリには暮れも正月休みもありません。みかん園でみかんが残っている箇所は、もはや少ないですから、そこにヒヨドリが集まってきているんですね。下からのイノシシは防ぎましたが、上からのヒヨドりには防ぐ手立てはありません。どちらが先に美味しい良いみかんをとるのか、暮れからの競争になっていたわけです。ところが、もう一つ、大問題がありました。1月6日の午後から降り出した雪です。みかんは、霜や雪にあたると、つやつやしていた果皮がフニャフニャになってしまうんですね。干からびたようなみかんに変身してしまうんです。みかん農家が、暮れのうちにみかんをはたけからすべてとりこんでいたのは、ヒヨドリの加害もさることながら、一番の問題は、この冷害だったんですね。従って、『早くドンドン採らなきゃだめだよ』と、ベテランの方から2回、3回とアドバイスされて、ようやく、そのことの意味が分かりって、当方もようやく収穫スイッチがはいって、トップギアーに入れたんですが、4日の14時から6日の1時半までの、ごく限られた時間の収穫作業となってしまいました。これまでも雪と冷気については、頭では分かっていたんですが、趣味のみかん栽培では、すぐに収穫し切れるし、瞬発力で対応が出来ていたんです。ところが、何十本もみかんの木を相手にしていると、その集中力がききません。今回は、1月6日午後1時半、びしょ濡れの冷たい手袋を取り換えての収穫でしたが、それ以上の収穫は、断念せざるをえなくなりました。更に問題は、雪がさらに降り積もると、小田原から八王子までのみかんの搬送が出来なくなることです。それで急きょ、6日(木)午後6時半に、雪の小康状態のうちに、みかんを積みこんで帰京することにしました。一夜明けた、7日の八王子・鹿島団地です。帰ってきたのは正解で、さらに雪が増えています。はたして、宅配の峠や住宅の細道がどうなっているかは、まだわかりません。この中で、明日の朝市に人出があるのかどうかも、わかりません。きっと、極端に少ないでしょうね。私だって、暖かい家の中でお酒でも飲んでた方がよいですから。しかし、そんなことをしていたら、流通と消費が動かなかったら、収穫したみかんは行き場を失ってしまいます。さいわい、天候は快晴ですから、動き出すということです。この雪が降る前の1月5日(水)、みかん園に収穫の支援がありました。ご夫婦でみかん園によってくれたんですが、小木2本と、中木の半分を収穫してくれました。これは、雪の降りだす前の貴重な援農の収穫作業となりました。雪のあとでは、畑の様子が変わって、みぞれをのせた木はびっしょりです。乾くまでは手が付けられないし、みかんも劣化しちゃうはずです。もはや、この瞬間のような手軽でたのしい収穫は出来なくなったんですね。しかし、木を弱らせないためには、すべてのみかんを木からおろさなければなりません。放っポリっぱなしにはできないわけです。くわえて、収穫したみかんを販売しなければなりません。農家は、まだまだ休むわけにはいかないということです。
2022年01月07日
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みかんの初売り1月3日(月)、多摩の永山団地でみかんの初売りをしました。午前11時から12時半までの1時間半でしたが。箱根駅伝の結果も出る時刻でした。結果は、まだ三が日の、松の内。関東は日本海側と違って、天気は良いのですが。北風が冷たかったんですね。人の出の方は、いたって少ないものでしてた。人の出をリサーチすることも大事だったんです。少ないながらも、それでも4人の方が寄ってきてくれて、7袋が販売できました。これが今年の初売りです。
2022年01月03日
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2022 謹賀新年12月21日、小田原から見た富士山です。昨年12月は大みそかまで、みかん仕事にかかっていましたから、それは毎年のことなんですが、とりあえず、このブログで、お礼を発信させていただきます。71を過ぎると、まわりを見れば、一年が無事に過ごせたことは、まずそれはさいわいなことです。「みかんと学習」の一年でした。2000年に真鶴で始まったみかんの手入れですが、今では、縁あって小田原・石垣山の一角をくわえて、みかん農家に準ずる体験をしています。この豊かなみかんの富ですが、一般には大きすぎてもダメ、小さすぎてもダメ、傷果ではダメと、商品としては一般の流通に乗らないんですね。捨てられるような扱いです。味は、ジューシイだし、濃くて美味しいんですよ。もったいないんです。それで、私などが住んでいる東京・多摩ニュータウンの団地の人たちに安く提供してゆく。これは根本的解決にはなりませんが、ある程度の農家と団地住人との共栄がされているわけです。近郊にある豊かな自然と歴史ですが、みかんと温泉と地魚を、その気になれば楽しめるわけです。だいたい昔は、小田原北条氏と八王子城とは、頻繁に行き来があったわけですから、いまは、車で2時間半、70キロの距離ですが、みかんの搬送はじめ、行き来は可能なわけです。人生、これを生かさなくては、もったいないじゃないですか。まぁ、これが私などの体か続く限りですが、余生の仕事ですね。もう一つは、学習です。いまは、ヘーゲルの弁証法を学ぼうとしているんですが。今という時は、戦後の民主政治ですが、これが前にすすむのか、逆転するか。この二つの道の大きな綱引きが行われていると思うんですよ。71年を生きて来て、戦後生まれの「戦争を知らない世代」なんですが、最近になって、とくに感じるんです。戦前社会の風潮を、建前は民主主義国家とされている今の日本ですが、引きずっているんですね。戦前は民主主義などということは国体に反する思想とされていたでしょう。「唯物論研究会」の学術は取り締まりの対象だったじゃないですか。戦後は、建前は民主主義国家とされても、日本国憲法が最高法規のはずなのに、それに反する政治・社会がまかり通っているじゃないですか。正せていないことは、ひきずっているということじゃないですか。そのなかに私なども暮らしているわけですが、なにやら分からないこと、曖昧な事柄の中にも、学ぶことをとおして、自分なりに一歩の確かさをおしだすことが必要だと思うし、これが今を生きている私などの証なんですね。これが、2022年の念頭に思っていることです。
2022年01月01日
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