花の歳時記 (天南星の魅力&山野草)
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2004年1月22日 私は12年前にこの家にやってきた、いや拾われて来た真っ白な中型犬なんです。今はぬくぬくと暖かな部屋の中で生活しているのですが12年前のことを思い出すと悲しくなります。私は小さくて良く覚えていませんが今の飼い主のお父さんやお母さんからその頃のことを良く聞かされました。 1992年1月14日の寒い朝、大きな池のある公園の東屋にダンボール箱に入れられて私たち姉妹(2匹)は捨てられていました。寒さと怖さに震えながら「キャンキャン」と泣いていたそうです。たまたま犬の散歩で通りかかった救世主に拾われ一匹は救世主の家にそして私はこの家にもらわれてきたのでした。丁度、上のお姉さんの成人式の前日で家の中は何んとなく晴れやかな雰囲気でした。 犬を飼った事のない家でしたので始めは心配をしていました。お母さんや二人のお姉ちゃん達は私のことを猫可愛がり(いや、犬可愛がり)してくれましたがお父さんには煙たがられていました。しかし、毎晩会社帰りのお父さんにころころの体で「愛想」を振りまいた甲斐があり私はとうとう認知されたのです。「ヤッター!」の気分でした。 1992年1月16日 家に来て3日たちました。昼間は庭で遊び、夜は家の中で縫いぐるみの人形で遊びました。玄関の土間に私のダンボールの「ハウス」がおかれ夜はそこで毛布に包まれ寝ました。家族が寝る時に「ハウス、ハウス」と言われるとよちよちとハウスに入って丸まって寝たそうです。 3日目にお姉さんが「ドリ」と名前をつけてくれました。当時「ドリカム」と言うミュージシャンのファンだったところからの命名でした。ドリーム(夢)の「ドリ」でありとても気に入りました。 お父さんは、排便排尿の躾に大変厳しく部屋の中でお漏らしした経験は子供の頃1回だけでした。我ながら自慢出来ることだと思います。1992年4月27日 全くの偶然なんでしょうか犬歯が抜けると同時に「生理」が始まりました。犬も歯が生え変わるんだ。半年余りで大人になってしまいました。まだまだ子供でいたかったのに体はもう大人なんです。お母さんは救世主に相談の上今後のことも考えて「避妊」の手術を行う事になりました。1992年5月8日 お母さんと救世主に連れられて手術のため獣医に連れて行かれました。手術は簡単に終わりましたが入院の時になると檻のある犬小屋に入れられた家族が誰もいないので怖くて泣き続けました。その為手術の縫い目が破れる恐れがあるので獣医からの連絡で早々に退院させられました。1992年7月8日 初めての夏です。暑さのため日中は日陰でゴローンと寝ていますが夜は暑さの精で熟睡できず「夜泣き」が始まりました。でもクーラーの部屋に入れてもらえませんでした。私の寝床は居間のソファーの上に夏蒲団を敷いてその上で寝ることになっているのです。今、考えると嘘みたいです。現在は私から「クーラーをつけて!」と請求するくらいなのに。1993年~1995年 平々凡々と生活する日々が続きました。1996年12月8日 今住んでいる家を新築するために近くの借家に引っ越すことになりました。家主さんには犬を飼うことを許可してもらっておらず「黙認」の形で入居したので一寸肩身の狭い思いをしました。それに狭くて住みにくい生活でしたが半年余りの辛抱と我慢しました。1997年5月26日 そうこうしている間に新築の家が完成し、引越しをしました。二階建で広々とした新しい家は大変快適で住みやすく気にいりました。特に二階が好きで毎日上ったり下りたりして退屈をしませんでした。2000年6月12日~17日 お姉さんが6月15日にハワイ(コオリナ教会)で結婚式を挙げるため両親が1週間不在になりました。家には一人お姉さんが残りましたが日中は会社に行ってしまうため「朝夕の散歩や食事の用意」は救世主と親戚の伯母さんにやってもらいましたが私の我がままでなかなかスムーズに散歩もせずに両者をてこずらせました。両親が帰国後二人のおばさんに「本当うにドリちゃんにはてこずりました。モウ、ドリちゃんの世話はイヤ!」と放棄されました。だって私また捨てられてしまったのかと勘違いをし物凄く淋しかったんだもん。2000年6月18日 家族全員が外出して私一人で留守番です。この淋しさを一週間も味わってきたのに、また…と言うことで二階の窓が開いていたのでそこから脱出し「屋根伝い」に下の庭に飛び降りて、家の周囲をうろうろ歩き回っていました。だって淋しいんだもん!。2000年7月24日 またもや家族全員が外出して私一人がお留守番です。二階に上がると今度は違う部屋の窓が無施錠になっており簡単に開いたのでそこから脱出、下りた所に物干し竿があり鼻と足にあたり怪我をしてしまいました。獣医で治療を受けましたがたいしたことなくて安心しました。これに懲りて我が家の戸締りは非常に厳重になりました。盗難予防に相当貢献したことになりますよね。2001年3月14日 左目にモノモライが出来て見ずらいし痛々しいので獣医さんに手術をしてもらう。手術は簡単に終わったが苦になり左手でついついいじってしまう。3日間の通院で全快しホットする。2003年4月2日 朝から体調が悪く「嘔吐」「下痢」が続く。翌日獣医に診察をうけ薬を飲んでも一向に回復せず悪くなるばかり。胃腸障害で4日には血便が出てびっくりする。暫く様子を伺っていたが改善されず8日に転医し即日点滴治療を受ける。私はただグターとしているだけで死んだように横たわっていました。でも食事を取らなくても「嘔吐」や「下痢」の兆候は周期的に襲ってくるのでその都度両親に迷惑をかけていました。9日~21日まで、毎日9時~12時まで3時間かけての点滴を受けました。その甲斐があって22日にはやっと点滴から開放されました。その間お父さんとお母さんにはつきっきりで看病をしてもらい一命を得ました。お医者さんにはこの責任は「家の者全員にある」人間が食べているものを欲しがるといえども言いなりになってやっていた家族に責任があるのだときつく言われショックを受けていました。お陰で今はドックフードしか貰えません。(その後、食事制限で徐々に体力をつけていきました。1月 位で元の体重に戻りましたが、家の者は私の食事には非常 に神経質になり嫌いな「ヨーグルト」を毎日食べさせられ る事になってしまいました。お陰で体調は良好です。)
2004.01.27
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