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中日春秋 (書写) セクハラのトップの行為凍返る 九十九。この漢数字は特定の数値でなく、数が多いことを抽象的 に示す場合がある▼長崎県の「九十九島」は、多くの島が集まる景 勝地で国立公園にも指定されるが、実際の島の数は200を超す。熊 野古道沿いに点在し、熊野への参詣者が道中に祈る神社「九十九王 子」もその数は100以上に上るという▼同様に99という数が登場す るが、島の佳景や熊野の神聖さからは遠く、おぞましい話である。 岐阜県岐南町の小島英雄町長(74)のセクハラ疑惑で、弁護士によ る第三者委員会は女性職員へのセクハラを少なくとも99件確認した という▼頭をポンポンと触られた。肩を抱かれた。尻を触られた。 抱きつかれた。脛を見せられた…。「少なくとも99件」は「確認で きただけで」との意を含むのだろう。実に多い。町長室に呼ばれ触 られるなど集中的に被害に遭った女性も何人もいる▼町長の昨日の 辞意表明は当然だろうが、第三者委が言うように相談窓口の外部委 託など再発防止策が大事。副町長が注意しても効かず、町長は誰が 言ったのか犯人捜しを始めたという。進言できる人はいなくなり結 果、女性が町長室で2人きるになるのも許した。その際の恐怖は、 組織の機能不全が招いたともいえる▼九腸寸断。九は数が多いこと を表し、腸がずたずたに断たれるようなつらさをいう。町長が去る だけで傷は癒えぬと心に留めたい。
2024.02.29
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中日春秋 (書写) 公僕を忘る事なく春動く 12年前、イタリアで客船が座礁し死者が出た。乗客が残る船を先 に離れたとして船長が批判された。上に立つ者が難を逃れるのは最 後という考え方は世界共通だろう。正月の羽田空港の事故で日航機 の乗客乗員全員が脱出したが、機長が最後だった▼船や飛行機の事 故とは違うが、責任ある者が先に安堵するのはいかがかという声が ある。能登半島地震の被災地・石川県輪島市で、副市長宅側に傾い た隣家が公費で早々に解体された▼市は緊急公費解体制度と相談会 実施を5日に周知したが、それ以前に副市長は担当課に制度を確認 して隣家に申請を促し、課に「書類が整えば一番でもいい」と伝え た。解体が始まったのは相談会初日の12日。市内で最も早い時期だ ったという▼5日の周知前に、制度を市に尋ねた人や申請した人は 他にもいたというが、副市長が家の安全確保のため、抜け目なく先 手を打ったようにも映る。彼も被災者。順番は最後の方が適切かは ともかく「一番でも」と言うのは節度としてどうなのか▼私事で恐 縮だが、小欄筆者は地方公務員の家に育ち、高給でなくとも失業の 心配がないゆえ、不況時には周囲に嫉まれがちだと聞かされた記憶 がある▼収入が絶たれた人も多い震災。公務員に複雑な思いを抱く 人がいても不思議ではなかろう。市民と向き合い尽力する部下のた めにも、順番は考えた方がよかった。
2024.02.28
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中日春秋 (書写) 半導体思い起こせと春動く 『「NO」と言える日本』という本が1989年に売れた。ウォーク マンで世界を席巻したソニー創業者の一人盛田昭夫氏と、保守派論 客の政治家石原慎太郎氏の共著▼半導体など先端技術を持つ日本は 、貿易摩擦で無理難題を言う米国にも自己主張すべきだという論旨 で石原氏「仮に日本が、半導体をソ連に売ってアメリカに売らない と言えば、それだけで軍事力のバランスががらりと様相を変えてし まう」と書いた▼両著者は故人。世界2位の経済大国の自負から本 に共感する人も多かったが、威勢のいい時代が懐かしくもある▼凋 落した日本の半導体産業は蘇るのか。台湾の世界的半導体関連企業 が日本初の工場を熊本に建設し開所式があった。工場を運営する台 湾企業の子会社にソニーグループも出資。日本政府も支援する。国 内総生産(GDP)で日本を抜いた中国に世界の半導体生産を牛耳 られないよう台湾と協力して国内生産を立て直す気らしいが、うま くいくか▼先週、日経平均株価は先の本が出た89年の暮れの史上最 高値を更新したが、GDPがドイツに抜かれ4位転落と聞いたのも 最近。2050年にはインドやインドネシアにも抜かれるという予測に も接した▼石原氏は本で「日本は、日本人が考えるほど小国ではな いのです」と唱えた。卑下はしまいが、自信を持っていいのか躊躇 も覚えるこのごろである。
2024.02.27
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中日春秋 (書写) 頭が高い殿様枕寒戻る 米作家、チャンドラーのハードボイルド小説の名作『さらば愛し き女よ』。原書の中にこんな表現があった。「highpillow」▼直訳 すれば、高い枕。うん?となる。探偵マーロウと警部補の宝石強盗 団をめぐる会話の中に出てくる▼村上春樹さんの翻訳による『さよ なら、愛しい人』(早川書房)で確認する。「どっかのちんぴらが 、黒幕のために罪をかぶらされたんだ」。なるほど、「黒幕」の意 味なのか。日本で高い枕といえば、昔の殿様や武士を連想するが、 あちらの国では高い枕ですやすやと眠るのは権力を握ったボスや黒 幕のイメージがありそうだ▼マーロウではなく、高い枕がどうやら 脳卒中の「黒幕」の1人らしいとつきとめたのは国立循環器病研究 センターのグループである。発表によると高すぎる枕が脳卒中の一 因となる「突発性椎骨動脈解離」を発症させるリスクがあるそうだ ▼グループでは「殿様枕症候群」(ショーグン・ピロー・シンドロ ーム)と呼び、適切な枕を選ぶよう提唱している。高く硬い枕が首 への圧力を高め、首の後ろの血管を傷めてしまうらしい。何の心配 もなく眠る「枕を高くして寝る」とは正反対の話である▼グループ によると頭をのせない状態で12㌢以上の枕は「高い」そうだ。寝っ 転がってスマートフォンをいじるには高い枕は具合がいいが、「黒 幕」とは手を切りたい。
2024.02.26
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中日春秋 (書写) 落語家の江戸の名残や春時雨 永井荷風に「震災」という詩がある。「われは明治の兒ならずや 。/その文化歴史となりて葬られし時/わが青春の夢もまた消えにけ り。」―▼震災とは 1923(大正12)年の関東大震災。荷風は震災が 江戸の残映や風情までも奪ってしまったと嘆いている。「江戸文化 の名残烟となりぬ。/明治の文化また灰となりぬ。」。荷風の慟哭 が伝わってくる▼設立のきっかけはその大震災だった。25日で発足 100年の節目を迎える落語協会である。震災で寄席が焼失。落語文 化の危機の中、東京の落語家が「大同団結」を図った▼そこから1 世紀。協会と落語は戦争や貧困の時代も乗り越え、テレビ・ラジオ やネットなどの娯楽のライバルたちとの競争にも生き残った▼変化 との闘いでもあっただろう。100年前とは言葉も暮らしも大きく変 わった。「へっつい」(かまど)を知らぬ世代に「へっつい幽霊」 を語るのは難しかろう。廓、花魁と口にすれば気を悪くする人もい る時代である▼それでも落語が生き延びたのは噺の中に生きる住人 たちの魅力に他なるまい。ケチ、意地っぱり、見えっぱり。人の本 質を隠さぬ笑いと情の世界は複雑な「今」を生きる者も楽しませ、 慰めている。荷風の惜しんだ江戸文化の「烟」。その烟がかすかと はいえ令和の寄席にもただよっているのがありがたい。さて次の1 00年。烟の無事を祈る。
2024.02.25
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中日春秋 (書写) 悪魔の目冷酷無比に末黒かな ウクライナのマリーナさんは昔、起床時間より少し早めに目覚ま し時計をセットした。目覚めてもあと30分眠れる―みたいなのが好 きだったが、ロシアの侵攻が始まると、睡眠自体が嫌になった▼「 眠るのが怖いんじゃなくて、眠りから覚めるのが怖いのです。砲撃 で起こされるのが怖いのです。夢の後はすべてが元に戻るから…」 。現実が酷だから夢は見たくないらしい▼彼女の話は、ウクライナ の詩人オスタップ・スリヴィンスキーさんが欧州への脱出口、西部 リビウに逃れた人々の体験に耳を傾け編んだ書物に収められる。ロ バート・キャンベルさん訳の日本語版『戦争語彙集』が昨年暮れ、 岩波書店から出た。「バス」「地下室」など77のキーワードごとに 人々の証言が書かれる。マリーナさんの話は「夢」▼侵攻開始から 今日で2年である。600万人超が国外に逃れ、百万単位の人が国内 で避難する。戦地から離れても安らかに眠れぬのは同じかもしれな い。反転攻勢を試みるウクライナ軍は勢いに欠け、敵は居座り続け ている。先の見えぬ現実に心痛を察する▼先の本でワディムさんと いう人が「自由」を語っていた。「プレゼントしてくれることもな く、誰かに期待することはできないものなんです。自分の手で作る 以外にない、ということです」▼悲痛な覚悟に、私たちには何がで きるか思い巡らす節目の日である。
2024.02.24
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中日春秋 (書写) 株高やバブル再来朝霞 イエスタディ君。若いころにバブル期を謳歌した作家の甘糟りり 子さんの周辺に当時、陰でそう呼ばれた男性がいた。東京・環八通 り沿いに店があったレストランチェーンの名に由来する▼親が営む 中小企業に勤め、親に与えられたソアラで甘糟さん宅に迎えに来て ドライブし、若者に人気のその店で総額1万円弱の食事をして会計 の際「千円ね」と一部負担を求めてきた▼ごちそうする「メッシー 君」、運転役「アッシー君」ら恋人未満の女性に尽くす男性が多い 時代。デートが全額奢りでないことに衝撃を受けたという。同性の 友に話すとやはり驚かれ本人に秘す形で冒頭のあだ名献上が決まる 。著書『バブル、盆に返らず』に詳しい▼奢りかどうかは別に、若 者も消費を堪能したバブル時代。絶頂期の 1989年暮れに記録した 日経平均株価終値の史上最高値が昨日、更新された▼人口が減る国 内に頼らず、海外で稼ぐ会社が買われている。人々の財布の紐は緩 くなく、一昨日発表の政府の景気判断でも個人消費は力強さを欠く という。民の熱さが乏しい株高。燃料高などで苦しい中小企業は少 なくない▼甘糟さんはバブル時代に「今日より明日はより楽しい」 と信じたいという。昨日は顧みられぬだけに、その呼称が悲しいイ エスタディ君。ソアラをくれた父から大きくない会社を継いだのな ら今、何とかやっているだろうか。
2024.02.23
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中日春秋 (書写) 鉄は国家共に歩もう春動く 大正期着工の国会議事堂の鉄骨は八幡製鉄所で造られた。ねじり 鉢巻きの男たちが鉄材を加工。製鉄所の構内で仮組みした後に解体 し、船で東京まで運んだ▼製鉄所長官の白仁武は国の象徴になる議 事堂への貢献は意義深いと考えた。 2001年発行の製鉄所百年史が 現場を描写する。「男たちは汗のなかに喜びをみつけた。仕事をこ えた何かが、作業者の目を輝かせ時間を忘れさせた」▼鉄は国家な り―という。製鉄は単なる実業を超えた何かであるため摩擦も生じ る。八幡製鉄所の流れをくむ日本製鉄が発表した米鉄鋼大手USス チール買収計画に、米国で反発が出ている▼同盟国日本の企業なの に、安全保障などで懸念があるらしい。全米鉄鋼労働組合は反対。 大統領への返り咲きを狙うトランプ氏は「私なら即座に阻止する」 と言い、バイデン政権も「精査に値する」と慎重だ▼ 2022年の粗 鋼生産量世界4位の日本製鉄が27位の相手を完全子会社化すれば計 算上3位に。技術も共有できる。それでも話が簡単でないのは、米 国の誇りに関わるせいかもしれぬ▼用途多様な鉄は国の枠を超えて 有益だと先の百年史は教える。「鉄道や船など国の発展に貢献する 鉄。ハサミ、虫ピン、クワなど、庶民に愛される鉄。茶釜や文鎮な どは文化の香りも高い。鉄は人類の未来に役立つ使命を背負ってい る」。一緒に果たせるだろうか。
2024.02.22
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中日春秋 (書写) 100均や全ての品に春きざす 商品を100円均一で売るダイソーの「100均」は偶然の産物とい う▼創業者の矢野博丈さんが約半世紀前に始めたのが雑貨などの移 動販売。トラックに商品を積み、各地で売った▼家から約30分の空 き地で露店を開く日、雨が予想されたため中止しようと思っていた ら、天気は回復した。急ぎ駆けつけると、前日にまいたチラシを見 た客たちが待っている。品に値札を張る間もなく次々と「これ、な んぼ?」と聞いてくる。確認するのも大変で全て「100円でええ」 と言ったのが始まりという(大下英治著『百円の男 ダイソー矢野 博丈』)▼矢野さんが80歳で亡くなった。会社は100円ショップ最 大手に育ち、ダイソーなど運営店舗は国内だけで4千を超える。業 界は身近な存在になった。天気の気まぐれが幸いし、流通に変革を もたらした人といえる▼広島の妻の実家で継いだ魚の養殖業に失敗 し家族と東京に逃げ、百科事典の訪問販売やチリ紙交換を経てたど り着いた「100均」。100円で売って50円儲ける品より、1円しか 儲からない品を揃える方針にこだわったという▼「安物買いの銭失 い」。質が劣る安物を買うのは金を失うに等しいという意で、そう 言って何も買わなかった来店客がかっており、本気で悔しがったと いう。たった100円の品で客を喜ばせてみせる。そう思い定めて歩 んだや商いの道だった。
2024.02.21
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中日春秋 (書写) 朝霞裏金事件解明を 森喜朗元首相が衆院旧石川1区で初当選したのは 1969年暮れ。 32歳だった。定数が複数で自民党系候補が1人ではない中選挙区時 代。森氏は党公認を得られず無所属で戦った。つてをたどって岸信 介元首相に応援演説を仰ぎ、当選後に岸氏に近い蔵相福田赳夫氏の 派閥に入る▼当選直後、福田邸で夫婦に手料理でもてなされた。選 挙費捻出に重ねた借金。福田氏の金一封を期待したが、出なかった 。「玄関を出る際も『では、帰りまーす』と大きな声を出してそれ となく促してみたが、反応は全くなかった」と回顧録『私の履歴書 』に正直に書いている▼福田氏や森氏らの派閥である安倍派などの 政治資金パーティー裏金事件で、森氏は知っていることを公の場で 話すことはないのだろうか▼関係議員への党の調査によると、安倍 派の裏金づくりは20年以上続く可能性があるらしいが、具体的にい つ、だれが、どんな経緯で始めたのか不明。既に議員でないが、長 く実力者だった森氏なら知っていると推測する声は根強い▼田中角 栄氏が勝った72年の党総裁選で、森氏は敗れた福田氏の随行役。選 挙中、田中派から他派閥に大金が流れた話を聞き、親分に「こっち もドンと積んだらどうでしょうか」と言ったら「君は総理大臣の椅 子をカネで買えと言うのか」と激怒されという▼事情を知るなら、 あけすけな語りを今こそ。
2024.02.20
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中日春秋 (書写) 受験子の励みロケット天を突く 作家の向田邦子さんは子どものころ、おしょうゆを小皿に注ぐの が苦手だったそうだ。どういうわけか、多めに注いでしまう▼「お 前は自分の食べる刺し身の分量も分からないのか。そんなにたくさ ん醤油をつけて食べるのか」。失敗するとお父さんの小言が飛んで くる。その緊張で気をつければつけるほど多めに…。よく分かる。 また失敗するのでは。そう考えれば、体はどうしても硬くなる▼失 敗に身構え、緊張する向田さんの気持ちがそのロケットの関係者に は痛いほど分かっただろう。宇宙航空研究開発機構(JАXA)の国 産新型ロケット「H3」の2号機。打ち上げに無事、成功したと聞 いてホッとする。このロケットの道のりはおよそ順調ではなかった ▼当初の打ち上げ予定は 2020年度だったが、エンジンに問題が見 つかり延期に。昨年、ようやく打ち上げにこぎつけたと思ったら2 段目エンジンが点火せず、やむなく破壊。遠回りをしてきた▼国際 競争の激しい宇宙分野で日本の将来を担うロケットでもあり、なか なか打ち上がらぬことに世間には心配やいらだちもあった。もう失 敗はできない。関係者にはそんな思いもあったはずだ。その緊張を 打う黒い雲を突き抜けて高く飛んでいくロケット。受験生の励みや お守りにもなりそうな気がする。
2024.02.19
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中日春秋 (書写) 独裁者殺害平気凍返る 劇作家のバーナード・ショーに物騒な言葉がある。「暗殺とは究 極の検閲である」。確かに命を奪ってしまえば権力者は気にいらな い人物の言葉を永遠に封じることができる▼気分の悪い言葉をどう しても連想してしまう事件である。ロシアの反政府活動家のナワリ ヌイ氏が収監先の刑務所で死亡した。数日前までは体調に問題はな かったそうだが、散歩後に突然倒れて、亡くなった▼不可解な死の 背後にプーチン政権の影を見る人がいてもおかしくはあるまい。プ ーチン大統領の意向に背いたワグネル社創設者のプリゴジン氏が昨 年、飛行機事故で死亡した際のバイデン米大統領の言葉を思い出す 。「ロシアで起きることでプーチン大統領が関与していないことは あまりない」―。ナワリヌイ氏は 2020年にも毒殺されかかってい る▼プーチン大統領が最も警戒した人物である。大統領や与党幹部 の不正をネット上に暴露する手法によって反政府運動がやりにくい ロシアにおいても支持を集め、政権側も無視できない存在となった 。最近も獄中から大統領選でプーチン大統領に投票するなと訴えて いた▼インタビューの中で自分が殺害された場合の伝言を残してい る。「あきらめるな」「行動をやめるな」である▼正しい道をあき らめず、ナワリヌイ氏に続いて行動する者が出てくればその死は決 して「究極の検閲」にはならない。
2024.02.18
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中日春秋 (書写) 能登の人春めく予感夜もすがら 松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で越中から加賀に入る。山中温泉で は〈山中や菊はたおらぬ湯の匂い〉と詠んだ▼菊の露を飲み不老不 死になった中国の故事をふまえた句。山中では菊を手折るまでもな く、効能あらたかな湯の匂いがただよう―との意という。山中は随 行の曽良と別れた地。この弟子は体調を崩し、知人のいる伊勢・長 島へ向け先に出立した▼山中、山代、片山津、粟津といった加賀の 温泉郷に最寄り駅ができる北陸新幹線金沢―敦賀間延伸開業まで1 カ月を切った。今、温泉には能登半島地震の被害者が身を寄せる▼ 石川県は観光客増を見越し、被災者の旅館からの退去を2月末~3 月末と想定し仮設住宅建設を急ぐが、期限までに望む住まいに移れ るか不透明という。人々の心中を察する▼被災者受け入れを独自に 夏まで延ばす旅館があると聞く。従業員寮の空室を被災者に開放す ることにした旅館も。赤字を増やさぬ形で受け入れを続けるため、 公的補助増額を求める声もある。雇用維持のためにも観光客を呼び たいが、能登の人々にも寄り添いたい―。現場の模索は尊い▼芭蕉 と別れた曽良は加賀の寺に泊まり〈終宵秋風聞やうらの山〉と残し た。別れた寂しさで眠れず、裏山の秋風を聞き夜を明かしたらしい 。季節は違えど、故郷と別れた寂しさを今も加賀の地で抱える人々 。思いをはせ、できることをしたい。 (注)上記の曽良の俳句で、「終宵」は「よもすがら」と詠む。
2024.02.17
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中日春秋 (書写) 毒殺者身内葬り末黒かな 古今東西、毒殺事件はあまたあり、陰謀渦巻く宮廷では警戒もさ れた。昔のペルシャでは、アルタクセルクセス2世の母が刃の片面 だけ毒を塗ったナイフを使い、息子の妻を毒殺したと伝えられる▼ 食事の際、ナイフで鶏を切ってやり、自分は毒が塗られていない刃 の面の肉を食べる。狙われた側は同じ肉ならと安心した。仕掛けは 後世の物語の作り手にヒントを与えたという(フランク・コラール 著、吉田春美訳『毒殺の世界史』)▼標的が幼女ならそう警戒もさ れなかったか。東京で4歳の次女に有害な化学物質や薬物を飲ませ て殺害したとして両親が逮捕された。まだ犯人と断定できぬが、犠 牲に胸がふさがる▼化学物質はエンジンの凍結を防ぐ不凍液に使わ れる「エチレングリコール」。水に溶けやすい無色無臭の液体で甘 みがある。虐待を想起させる顔の傷もあったという幼子はあるいは 、甘い飲み物にだまされて逝ったのか▼逮捕された父親の姉も6年 前に不審死。遺体からエチレングリコールが検出されたという。人 の心の闇の深さを見せつけられる事件になるかもしれない▼古代ペ ルシャでは毒殺者に、石を使って頭をつぶす刑罰が科されたという 。毒殺は綿密に計画されたのだから頭を的にする―とも解される。 調べが続く今回の事件で刑罰まで語るのは早いが、事情を知る者に は全てを語ってもらわねばなるまい。
2024.02.16
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中日春秋 (書写) 書籍代愛読者ゆえ霞まく 20年以上前、某市議が議員活動のために税金から出る政務調査費 (現政務活動費)でベストセラー本『ハリー・ポッターと賢者の石 』(1900円)を買っていた▼オンブズマンの情報公開請求で判明。 「人気が出た理由を知りたかった」と市議は語った。公金支出に適 う本の種類の明示は容易でないが、ハリポタはさすがにまずかろう 。後に市議は書籍代を市に返還した▼同じ本でも規模が違う話。自 民党の政治と金の問題で、二階俊博元幹事長の資金管理団体が政治 治資金収支報告書を訂正し3年間の支出に「書籍代」計約3470万円 を追加した▼当初は書籍名も不明。家1軒建つほど本を買うのかと 野党も疑問視したが、二階氏の事務所が領収書を添えて詳細を明か した。氏を描いた『ナンバー2の美学 二階俊博の本心』などを配 布目的で、千冊単位でまとめ買いしたという▼選挙区で配れば公職 選挙法が禁じる寄付行為に当たる恐れがある点は留意したいが、政 治家は名を売って生き続ける。家が建つほど本も買うさと、老代議 士に現実を見せられた感もある▼以前、政務調査費で『あらゆる領 収書は経費で落とせる』という本を買った県議がいた。元国税調査 官が会社員向けに書いた本で「政務調査費の利用は初めてなので勉 強した」という。本当に本代を公費で落とすとは図太いと思ったが、 かわいげがあった気もする。
2024.02.15
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中日春秋 (書写) ヨイショする悪しき慣行凍返る 夏目漱石の『坊っちゃん』に出てくる中学校の教頭、赤シャツは ホホホホと笑う、感じの悪い人。「親譲りの無鉄砲で子供の時から 損ばかりしている」という正義漢の新米教師、坊っちゃんの敵役で ある▼ヨイショが得意な教師を従える権力者。気の弱い部下と婚約 したマドンナを奪い、彼を遠くに飛ばす人事を謀ったとされる。生 徒の人望はあるが、自身になびかぬ硬骨漢の教師山嵐のことは嫌い 。坊っちゃんを手なずけるべく、昇給もちらつかせた▼現実の学校 も清廉な人ばかりではないと思っていたが、いささか驚いた。名古 屋市教委が教員人事を巡り長年、各区の校長会など教員団体から、 校長、教頭などに推薦する人の名簿と一緒に現金や商品券をもらっ ていた▼20年以上続くともいわれる慣行で 2023年度は推薦名簿を 出した86団体の半数程度が金品を添えたという。忙しい人事担当部 局への激励で人事への影響はないという市教委の説明を信じてよい ものか▼長く発覚しなかったのが不思議。正義感にかられ内部でや めようなどと言えば無鉄砲とみなされ、損する組織なのだろうか▼ 坊っちゃんは嘆いた。「赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの 単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃしようが ない」。真率とは正直で飾り気がないこと。それを尊ぶ気風が名古 屋の学校にあるのかと心配になる。
2024.02.14
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中日春秋 (書写) 休刊日魚氷に上る慌て者 新聞休刊日につき、今日の「中日春秋丸写し」はありません。
2024.02.13
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中日春秋 (書写) 「早バレ」を許すな読者余寒かな 昭和40年代の話だろう。作家の三島由紀夫が深夜、講談社の「少 年マガジン」の編集部にやってきたそうだ。編集部員はさぞ驚いた に違いない。なにかと思えば「マガジン」がほしいという。三島は 毎週、欠かさず発売日に買っていたが、この日は映画の撮影のため 、買いそびれてしまい、直接、買いにやってきた(『サンデーとマ ガジン』大野茂)▼当時ならお目当ては『あしたのジョー』か。今 週のジョーと力石はどうなるか。出来のよい連載漫画には読まずに はいられない魅力がある▼待ち切れないファンの心を悪用した新た な犯罪だろう。「少年ジャンプ」(集英社)を発売日前に手に入れ 、画像をインターネット上に公開したとして外国籍の男2人が著作 権法違反の疑いで逮捕された▼こうした不法行為を「早バレ」とい うそうだ。子ども時代、あの店は1日早く売るとのうわさを耳にし て、遠くのたばこ屋さんに走った記憶が当方にもあるが、ネット上 で公開されては、出版社も漫画家もたまったものではあるまい▼「 早バレ」の画像には翻訳もあったという。日本漫画の「続き」が国 際的にも待ち遠しい存在になっているのだろうが、「早バレ」や勝 手にネットに公開する「海賊版サイト」を許せば業界や漫画文化自 体が成り立たない▼違法な「早バレ」を決して閲覧しないことだ。 待ち遠しき、「続き」を守るために。
2024.02.12
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中日春秋 (書写) タクト振る巨匠の背なに梅が香が 伝説の始まりはこうだ。貨物船でフランス・マルセイユに到着し た青年は日本製のスクーターで単身パリへ向かう。背中にはギター。 ヘルメットには日の丸。かなり珍妙ないでたちである。その道が「 世界の巨匠」につながっているとは当時の青年自身も思っていなか ったかもしれぬ。指揮者の小澤征爾さんが亡くなった。88歳▼ボス トン交響楽団、ウィーン国立歌劇場など名門を率いたタクトは日本 人にクラシック音楽をより身近なものとし、自慢の種でもあった▼ マエストロの長い道程を見れば、曲がり角には助けてくれる人物が しばしば登場するようである。カラヤンやバーンスタインとの出会 いと師事はいうまでもないが、こっちの話も信じがたい▼1959年、 ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、世界への道を開くこと になったが、参加を決めたときは既に申込期間が過ぎていた。頼み 込む小澤さんを見た関係者が大会側に働きかけて、どうにか出場が 認められた▼才能と努力に培われた音楽家としての土台と、小澤さ んという人間としての大きな魅力に人が手を貸し、巨匠への道を後 押ししたか。そして、ときに助けられた小澤さんの振るうタクトに は人間の善を信じる強く、美しい心が宿ったのだろう▼スクーター は懐かしいラビット・ジュニア。今、夕日に向かって走っていく。 口笛は、「G線上のアリア」か。
2024.02.11
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中日春秋 (書写) スランプも魚氷に上る落ち着いて ジブリ映画『魔女の宅急便』に、魔女の修行をする主人公の少女 が、自身の魔力がなぜか急に衰えたことに気づき、うろたえる場面 があった。ほうきにまたがっても飛べない▼親しい絵描きの女性に 苦悩を明かす。「前は何も考えなくても飛べたの。でも今は、どう やって飛べたのか分からなくなっちゃった」▼女性から、自分は不 調に陥った時はとにかく絵をかきまくり、それでもだめな時はかく のをやめ、散歩したり昼寝したりするうちまたかきたくなると聞か され、励まされる▼この人も苦悩の淵にいるのだろうか。卓球女子 の伊藤美誠選手(23)。腰の痛みもあって精彩を欠く試合が続き、先 の全日本選手権も早々に敗退してパリ五輪切符を逃した。東京五輪 で金、銀、銅のメダルを獲得した日本卓球界のエースの挫折。魔女 ならぬ大魔王と呼んで警戒してきた中国メディアも驚いているらし い▼一昨日、取材に応じ「このまま終わるのも寂しい。世界ランキ ング1位を目指す」と語ったという。長く休んだりせず、国際試合 に挑みながら復調を目指すよう。光明は見えてくるだろうか▼『魔 女の宅急便』は、親しくなった少年が飛行船事故に巻き込まれて危 機に陥り、救助に向かうべく主人公の少女が腹をくくってデッキブ ラシにまたがる場面が佳境。魔力を持つ人も普通の人も、悩みなが ら強くなるのだと分かる映画である。
2024.02.10
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中日春秋 (書写) 草分けは困難過ぎて春きざす 大阪の画家の娘、赤松良子さんは津田塾専門学校(現津田塾大) 、東大を経て 1953年、労働省(現厚生労働省)に入省した▼労働 問題に関心があったが、当時の霞が関で、上級職の女性を採る役所 が他にない現実もあったという。女性の地位向上が任務で女性職員 が集う婦人課に配属されたが、次の異動が難しかった。他部署は「 女性なんてもらっても」と嫌う▼同期の男性は複数の部署で経験を 積んで昇進するのに自分は塩漬け。後に異動するが、任されたのは 単純な仕事だった。対等に扱われるのか「先の見通しがつかないの が情けなかった」という。自署『男女平等への長い列 私の履歴書 』にある▼女性官僚の草分け的存在で、非議員で文相も務めた赤松 さんが亡くなった。80年代、男女雇用機会均等法制定に役所の局長 として尽くした「均等法の母」である▼昭和の財界の理解は乏しく 、採用や昇進での均等な扱いを努力義務にとどめる妥協を強いられ た。理想から遠くとも前に進むのが信条。法は後に厳格化されたが 、後進に託された理想に近づく努力は未完だ▼終戦後、進学で上京 する列車はすし詰めで外がほぼ見えず、がたんごとんの音の変化で 渡河を察し「大阪と東京との間には川がこんなにあるのか」と思っ たという。景色見えぬ旅は手探りでも進む人生を暗示していた気も 。渡れぬ川に橋を架けた人だった。
2024.02.09
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中日春秋 (書写) 首位奪還餃子の歴史春きざす 餃子が日本で本格的に普及したのは戦後。 旧満州からの引き揚 げ者らが、かの地で知ったこの料理を再現した▼食通の喜劇人、古 川緑波は東京の餃子の店について「僕の知っている範囲では、渋谷 の有楽という、バラック建の小さな店が、一番早い」と書き残した 。有楽は 1948年開店で、店主は旧満州の大連から引き揚げた人だ ったという(渋川祐子著『オムライスの秘密 メロンパンの謎―人 気メニュー誕生ものがたり』)▼手頃な価格で庶民の胃袋を満たし た餃子。拡張と敗戦の昭和の象徴でもある▼ 2023年の家計調査で 、餃子の世帯当たり年間購入額は浜松市が都道府県庁所在地、政令 指定都市でトップだった。ライバルの宮崎市や宇都宮市を抑え3年 ぶりの日本一奪還である▼浜松でも戦後、大陸から引き揚げた人ら が駅前の屋台で餃子を焼いたという。キャベツを使うことなどが特 徴のソウルフードは今や、まちの魅力を高める看板選手。首位奪還 に喜びの市長談話まで発表されることに深い餃子愛を感じる。PR に尽力してきた店主らも報われた▼昭和の色が濃い餃子だが、伝来 は古く、江戸期に鴨肉を使った餃子が水戸の名君・徳川光圀に献上 された記録があり、最初に食べた日本人は光圀とも。ドラマの黄門 様の印籠にある紋所並みにと言うと大げさだが、浜松餃子のブラン ド力のさらなる向上をお祈りする。
2024.02.08
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中日春秋 (書写) 両替の手数料には寒戻る 昔、金融業は資産豊富な寺社も営んだ。室町時代、主に禅宗の寺 が祠堂銭を元に行った貸し付が一例である▼祠堂は死者の冥福を祈 り位牌を安置する建物で、信者が供養料などとして寄進した財物が 祠堂銭。信者は一度の寄進で供養が永遠に続けられることを期待す るため寺は利殖を迫られたという▼上流貴族らがお得意様。祠堂銭 を低利で借りて高利で別の人に貸す僧もいた。禅宗寺院は幕府に近 く、借金をちゃらにする徳政令で祠堂銭が例外にされ、債権が維持 されたこともある(山川出版『宗教社会史』)▼昔取った杵柄とい うわけではなかろうが、山形市にある寺が、さい銭として集まる大 量の硬貨を紙幣と両替するサービスを無償で始めた。近年、金融機 関では大量の硬貨の取り扱いに手数料がかかる。紙幣でさい銭を管 理したい寺も両替のたび手数料を払い、額が目減りしていたという 。無償両替を始めたら、釣り銭に硬貨が必要な地元小売業者らに喜 ばれた▼低金利で銀行の経営が楽でないのは分かるが、硬貨の手数 料には世知辛さも感じる。寺と地域の協力も必然か。同様に両替を する寺社は各地にあるようだ▼祠堂銭は仏に供された金という宗教 性ゆえ、遅れず返さねばという意識が借り手に働き、規律が維持さ れたといわれる。思いが込められたさい銭を減らさずにいかすのも 確かに、仏の道なのかもしれぬ。
2024.02.07
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中日春秋 (書写) 裏金が国民不振末黒かな 「敗北でなく、落城だよ」。1978年の京都府知事選挙で自身の後 継候補が自民党系候補に敗れた際、蜷川虎三知事言った。社会党な どが支えた革新知事。7期28年も権勢を誇ったが、引退を決め迎え た選挙では、自身の後継を共産党、別の非自民候補を社会党が支援 し革新勢力が割れた▼自民系候補擁立には後で国政で重きをなす当 時府議の野中広務さんが汗を流した。京都の政治の転換点。地元紙 は京都の政治を振り返る約1年前の記事で「『敗北』というありき たりの言葉では片付けられず、やはり『落城』がふさわしい」と蜷 川発言を評していた▼京都に共産系首長が誕生するのかと自民が肝 を冷やした。新人が争った4日の京都市長選は自民、立民などの与 野党相乗り候補が辛勝した。得票17万7千票余。共産が実質的に支 援する候補が16万1千票余と肉薄した▼裏金問題による自民への逆 風は強かったよう。同じ日の自民王国群馬の前橋市長選も実質与野 党対決の構図で自公系現職が敗れた。4月に衆院補選がある。立民 など野党の支持率が振るわぬとも自民は不安であろう▼蜷川氏は革 新が分裂した78年知事選を回想録で「わが城の内部で内輪げんかが 起きて、ガタガタしてね」と悔やみ、自民系が強かったのではなく 革新系2人が弱かったのだと語る▼選挙では、敵が強くなくても時 に城が落ちるという教訓である。
2024.02.06
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中日春秋 (書写) 人種差別未だ蔓延る二月早 1947年、黒人で初めて人種の壁を乗り越え、大リーグの選手にな ったジャッキー・ロビンソン二塁手。栄光の「背番号42」は大リー グすべての球団が永久欠番にしている▼契約時、ブルックリン・ド ジャース(現在のロサンゼルス・ドジャース)側がロビンソンに求 めたのは忍耐だった▼黒人に対する差別感情が強かった時代、黒人 が大リーグでプレーすれば暴力やいやがらせの危険もある。当時の 球団会長だったブランチ・リッキーは教えた。「やりかえさない勇 気を持て」。ロビンソンはこれを受け入れ、その忍耐によって大選 手への道を進み、続く黒人選手の手本となった▼その入団から長い 年月が経過したが、ロビンソンは死後もなお、いやがらせに耐えな ければならないようである。カンザス州ウィチタの野球場に設置さ れていたロビンソンの銅像が何者かによって盗まれた上、燃やされ た▼俊足を誇ったロビンソン。切断され、その足だけが残された台 座を見るのがつらい。捨てられていたのはごみ箱だったそうだ。強 烈な悪意を感じる▼米国では2月は黒人の偉人の業績をたたえる「 黒人歴史月間」に当たる。その直前を狙ったかのような事件は残念 ながら、今なお残る黒人への差別や憎悪との無関係ではあるまい。 銅像再建のため、寄付が続々と集まっているという。球春に影を落 とす事件にそれだけが救いである。
2024.02.05
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中日春秋 (書写) 脚本家原作曲げて凍返る 芥川龍之介の『羅生門』、松本清張の『ゼロの焦点』など小説を 映画化した作品を数多く手がけた名脚本家、橋本忍さん。原作をど う脚本にするかについて書いている▼原作は牛。そう考えていたそ うだ。その牛を一撃で倒し「血を持って帰る。原作の姿や形はどう でもいい。欲しいのは生き血だけ」。これを聞いた師匠の伊丹万作 監督は教えた。「君のいう通りかも…。しかし、殺したりはせず、 一緒に心中しなければいけない原作もあるんだよ」▼乱暴に聞こえ るが、2人の意見は原作にいかに真剣に向き合うかというたとえで ある。原作の本質を描く鮮やかな切り口と愛情。それがなければ牛 が浮かばれぬ▼ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家の芦 原妃名子さんの訃報に衝撃を受けているファンもいるだろう。ドラ マ化の過程で原作と異なる脚本にテレビ局側との間で心労を募らせ ていたと伝わる▼原作を完全に再現するのは困難とはいえ、芦原さ んには自分の牛がただ乱暴に扱われているように見えてしまったか ▼ドラマ化においてはテレビ局側の発言力が強くなりやすいという 指摘を聞く。難しい問題だが、一方的に牛の鼻面を取って引き回す ような態度が局側に仮にあるとすれば原作者にはつらいだろう。大 切に育てたわが子同然の牛。そんな場所には誰も送りだしたくはな いし、ファンの望むところでもない。
2024.02.04
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中日春秋 (書写) 脚本家原作曲げて凍返る 芥川龍之介の『羅生門』、松本清張の『ゼロの焦点』など小説を 映画化した作品を数多く手がけた名脚本家、橋本忍さん。原作をど う脚本にするかについて書いている▼原作は牛。そう考えていたそ うだ。その牛を一撃で倒し「血を持って帰る。原作の姿や形はどう でもいい。欲しいのは生き血だけ」。これを聞いた師匠の伊丹万作 監督は教えた。「君のいう通りかも…。しかし、殺したりはせず、 一緒に心中しなければいけない原作もあるんだよ」▼乱暴に聞こえ るが、2人の意見は原作にいかに真剣に向き合うかというたとえで ある。原作の本質を描く鮮やかな切り口と愛情。それがなければ牛 が浮かばれぬ▼ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家の芦 原妃名子さんの訃報に衝撃を受けているファンもいるだろう。ドラ マ化の過程で原作と異なる脚本にテレビ局側との間で心労を募らせ ていたと伝わる▼原作を完全に再現するのは困難とはいえ、芦原さ んには自分の牛がただ乱暴に扱われているように見えてしまったか ▼ドラマ化においてはテレビ局側の発言力が強くなりやすいという 指摘を聞く。難しい問題だが、一方的に牛の鼻面を取って引き回す ような態度が局側に仮にあるとすれば原作者にはつらいだろう。大 切に育てたわが子同然の牛。そんな場所には誰も送りだしたくはな いし、ファンの望むところでもない。
2024.02.04
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中日春秋 (書写) アマメハギ鬼が知らせる明日立春 奥能登の能登町の一部集落では節分の夜、伝統の「アマメハギ」 を行う▼子どもが鬼に扮し模造の包丁を手に家々を回って「アマメ を作っている者はいないか」などと叫ぶ。「アマメ」はいろり端で 長く火にあたるとできるあざ状の痕。それを剥ぐという意味の行事 で冬の怠惰を戒める▼近くの輪島では1月に行う所も。これらは秋 田・男鹿で大みそかにあるナマハゲに似るが、その語源も同様の痕 を指す「ナモミ」を剥ぐことという。能登町で節分に行うことには 農家に「明日は立春。そろそろ仕事が始まる季節です」と知らしめ る意味もある▼今日が節分。能登町の集落の公民館に聞くと、アメ メハギは地震の影響で中止という。やむを得まい▼今春の能登半島 の戸外での仕事は容易ではなさそうで田んぼのあぜも、田んぼに行 く道も、田んぼを潤す水路やため池も損傷した。津波や地盤隆起で 漁港や船も傷んだ。でも一昨日、能登の中心地・七尾で卸売市場の 競りが再開され、ブリなどの鮮魚やタマネギなどの青果が取引され た。営みが徐々に戻ることを示す光明と思える▼風が冷たい季節の 変わり目。日照時間は暮れの冬至以降だんだん長くなっているのに 厳しい寒さが立春ごろまで続くのは、光が増えても地球の大気は急 に暖まらないからとお天気博士倉嶋厚さんの随筆に教わった。少し 光差す能登も一歩ずつ―と信じたい。
2024.02.03
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中日春秋 (書写) 液状化崩れし住居凍返る 内灘闘争とは古都・金沢近くの内灘村を舞台とする反基地闘争。 朝鮮戦争中の1952年、海沿いの村の砂丘が在日米軍の砲弾試射情 の用地に選ばれ、住民が反対運動を始めた▼座り込みには乳飲み子 を抱えた女性らも加わった。政党、労働組合、知識人、学生たちも 全国から応援に来た。作家として名をなす前の早大生、五木寛之さ んも現場を見た一人で後に小説『内灘夫人』を書く▼やがて地元に 容認派が生まれて意見は割れ、村は試射場使用を認め、米軍は数年 間居座った。内灘は戦後の反基地闘争の先駆けとして称えられ、そ して煩悶した▼新たな局面である。能登半島地震で震源から約100 ㌔離れた内灘町は震度5弱だったが、液状化で住宅が壊れ、電柱が 傾き、道路が波打った。砂丘の町のせいか、地中から砂が噴き出す 現象もあった▼金沢の通勤圏として発展した町の被災住宅は千棟以 上とも。地震発生から1カ月が過ぎたが、600超の世帯で断水が続 く。「自宅は畳がめくれあがり、床が隆起した。もう住めない」と いう嘆きも伝えられた。苦悩に胸が痛む▼内灘闘争のスローガンは 〈金は一年 土地は万年〉だった。補償金など目先の金はすぐ消え るが、土地は永久で何より大切だという意味らしい。永久と思えた 土地が歪んだ時はどう立ち直ればいいのか。支える側も含めた闘い は時間を要するかもしれない。
2024.02.02
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中日春秋 (書写) 蜆汁五臓六腑に輪島塗 能登が誇る輪島塗は輪島の地で育ったからこそ、地歩を築いた▼ 品物の堅牢さを生むのは、地元で産出される珪藻土を加工した「地 の粉」。下地漆に混ぜ木地に塗り重ねると強度が増す▼能登には江 戸期に日本海を往来した北前船が寄港。海運があったから漆器の得 意先は増えた。産地から近い総持寺祖院の存在も大きい。明治時代 までは曹洞宗の大本山と位置付けられた巨刹。全国の僧職が短期間 の輪番で住職を務めた。奥能登に集まり、やがて散っていく僧侶の 人脈に輪島塗は食い込み、販路を広げたと伝えられる▼元日の能登 半島地震から今日で1カ月。倒壊した姿が映像で流れた建物は輪島 塗の老舗のビルで、焼失した朝市通りの一帯には漆器の店も多かっ た。製造再開には1、2年以上かかるとも伝えられた。打撃の大き さに気が重くなる▼工程は100を超え、分業で生産される輪島塗 。一つの椀に多くの工房や職人がかかわるから再起に時間を要する のだろうが、多くがかかわるからこそ再建が必要と思える。職人を 育てる県の研修所も被災し当面休講と決めたが、春に入学予定の人 から「1年後でも2年後でも入学の意思に変わりはありません」と 電話があったという。折れない心は希望である▼日本が誇る漆器は 英語で「 japan(ジャパン)」。協調を旨とするこの国で受け継が れてきた手仕事は絶やしたくない。
2024.02.01
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