全2件 (2件中 1-2件目)
1

丑寅の二人旅 第53弾 越後に日本のミケランジェロを訪ねて 2・3日目4月15日 今日の天気予報は雨、日本海沿いの弥彦村の弥彦神社・弥彦公園の桜鑑賞の予定を変更。越後湯沢の宿から近くの関興寺へ、臨済宗円覚寺派のお寺さん「味噌なめたか」のフレーズで親しまれている「越後のみそ寺」(その昔、上杉家家督争いの戦で諸堂が焼失しましが、大切な経典600巻は味噌桶の味噌の中に埋められて焼失から免れた事から御利益のある味噌としてありがたがられるようになりました)このお寺の本堂廊下にも見事な欄間がこの欄間、雲蝶作なら良いのですが、残念ながら作者不明何故か蛙が幸せのシンボルそれにしても豪雪地帯の湯沢・魚沼地域、4月半ばでも積雪が大量に残っています余談ですが、最近テニスのゲームで凡ミスが多発ボールを見ずに、パートナーのご婦人のお尻を見ていましたぁ、それじゃミスしますよね今回の旅で三つのお寺さんを参拝、煩悩を完全に断ち切ったので、もう大丈夫ですこの後雲行きが怪しくなってきたので、三条市の刃物・金物・園芸用品アウトレットで時間を潰した後、早めに湯田上温泉の宿にチェックイン4月16日 昨日パスした弥彦神社・弥彦公園で桜鑑賞、新潟市近郊の桜の名所早咲き桜から、染井吉野、八重桜と種類が多く、3月下旬から4月下旬までのほぼ1か月桜が楽しめるスポット、今は染井吉野が満開これはソメイヨシノ濃いピンクの枝垂れ桜これも枝垂れ弥彦山の頂上、標高634mはスカイツリーと同じ高さその頂上にはNHK並びに各民放のテレビ局の送信アンテナが林立、これもスカイツリーと同じ弥彦神社の奥之院も頂上に、奥之院参拝はテレビ・アンテナを仰ぐ形で弥彦山頂上は360度のパノラマで、北の斜面を下ると直ぐに日本海、空気が澄んでいると佐渡ヶ島が見渡せます、南は直ぐ下は弥彦神社、その先は越後平野・燕市・三条市・更に新潟市まで見渡せますが、霞んでいる今日は殆ど駄目です弥彦神社の本殿参道ですね魚のアメ横「寺泊漁港」に立ち寄り、今が旬の紅ズワイガニ、鰈を購入し帰路につきます ー 第53弾 「越後に日本のミケランジェロを訪ねて」終了です(石川雲蝶の作品、「問答無用の素晴らしさ」でした) -
2015.04.15
コメント(0)

丑寅の二人旅 第53弾 越後に日本のミケランジェロを訪ねて 初日4月14日 目的地は新潟県魚沼市、「魚沼産こしひかり」で有名な魚沼市ですが、お米の買い出しではありません。赤城山(あかぎやま でなく せきじょうざんと読みます)西福寺開山堂、曹洞宗のお寺さんここにあるのが、日本のミケランジェロと称される石川雲蝶の多くの作品「石川雲蝶って誰? 知らないなぁ」って人も多いかもどれだけ凄いか? 石川雲蝶の彫刻・絵画・襖絵・漆喰細工満載のこの西福寺開山堂が、日光東照宮にも劣らないとして、越後日光開山堂の呼び名もあるぐらい凄いんです、更に、魚沼市観光協会がパンフレットで「問答無用の、素晴らしさ」と仰ってます兎に角観て下さい、まずは雲蝶終生の大作「道元禅師猛虎調伏の図」(開山堂天井の大彫刻5.5m四方)彫りの凄さもさることながら、極彩色とも言える鮮やかな色、1857年の開山堂完成当時のままで塗り直しされていません。修行中の道元和尚に一匹の虎が襲い掛かったが、和尚は一切慌てずに、持っていた杖を投げつけると、杖は忽ち龍に変身し虎を追い払ったと言うストーリーが描かれてます道元和尚です投げつけた杖から変身した龍追い払われている虎天井は吊天井、その下の四方には見事な欄間彫り(黄色の丸部分)欄間の拡大ですこの開山堂内部は、残念ながら、撮影禁止なので、パンフレットからの写真です本堂には20枚ほどの襖絵などがあります「孔雀遊戯の図」の襖絵襖? 障子? 透かし彫りになってます開山堂向拝(屋根が前に突き出した部分)に施された彫刻豪雪地帯の魚沼、開山堂を雪の被害から守る為に鉄骨の雪除けで覆っています火除け地蔵(ひよけじぞう)、石彫刻、これも雲蝶の作品これは雲蝶の作品ではありませんが、一枚の輪切りの木の両面に施された「表裏龍虎之図」表の龍裏の虎売られていた「六波羅蜜 それはほとけの数え歌」と「般若絵心経」の手拭い般若絵心経って、文字を読めない人にお経を教える為のものだった? メールの絵文字っぽいですね最初の絵(お釜を逆さに描いて)は「まか」余談ですが、丑寅のメールで最近のお気に入りの絵文字は「桃」石川雲蝶縁のもう一つのお寺、針倉山永林寺、同じく魚沼市にあって西福寺から北に6km程のところ、同じく曹洞宗のお寺です石川雲蝶が13年間にわたって滞在し100点余りの欄間・彫刻・絵画を施したお寺さん(一説によると雲蝶と永林寺和尚は飲み友達で、酒に酔った勢いで賭けをした結果、負けた雲蝶がお寺本堂一杯の作品を請け負う事になったとか)本堂の廊下から八つのお部屋の至る所に施された25の欄間・板絵・彫刻・香炉台・燈籠台は、西福寺の天井彫刻とは違った趣で、圧巻欄間「松に孔雀」: 孔雀の足元には雛が、専門家の評判が高い作品欄間「天女」:天女は雲蝶の代表作のひとつ欄間「小夜之中山蛇身鳥物語(さよのなかやまじゃしんちょうものがたり)」:欄間2作と板絵1作からなる3部作の物語絵永林寺の本堂も撮影禁止なので、パンフレットからの転写石川雲蝶、江戸雑司ヶ谷生まれ、江戸彫りの石川流の門人、30代に越後三条の法華宗の総本山・本成寺を始めとするお寺の装飾彫り物を請け負うべく越後入りし、その後最後まで越後に留まりました。越後入りは、「良い酒と鑿(ノミ)を終生与える」と言う条件に惹かれたからだとか?飲兵衛の彫り物師にとっては、越後の銘酒と越後三条の刃物・鑿は抗いきれない誘惑でしょうね雲蝶の仕事・作品は越後湯沢から魚沼・長岡・燕・三条・新潟市に至る地域の14のお寺・神社に残っています以上、越後の日本のミケランジェロでした ー 2日目に続く -
2015.04.14
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1


