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丑寅の二人旅 第56弾 諏訪から千曲川沿いの街 2日目・3日目9月1日: 千曲市、松代町を散策します小高い山の中腹にあるJR篠ノ井線の姨捨駅、全国でも稀なスイッチバック方式を擁する駅その眼下に絶景が広がってます駅から少し下ったところに長楽寺と姨石、そしてその姨石が展望台に姨石からの善光寺平の眺め(写真をクリックして拡大でご覧ください)姨石から眺めた姨捨棚田今度は、下から眺めた棚田、リンゴ園もチラホラ、稲作から転業したのかな?たわわに実った田圃って綺麗ですよね、もう直ぐ稲刈りですね姨捨棚田から、同じく千曲市の稲荷山へ江戸時代に中山道の脇街道として松本から善光寺を結ぶ北国西街道の宿場街「稲荷山宿」として栄えたところそこに在るのが蔵し館、幕末から明治期にかけて「商いに国境なし」という「稲荷山魂」を説き、 生糸輸出の先駆者ともなった「カネヤマ松源製糸」の松山源九郎が築いた「松林邸」を修復・再生したもの守り神なのか? 四神の置物青龍と朱雀白虎と玄武中央に黄龍の筈が、剣龍、それで良いのかな?商家らしく薬や煙草の看板・広告ちょっと不思議な表情をした娘っ子の人形生糸の輸出で財を成したのだから、当然機織り機も、 結構ゴチャマゼって感じ余談ですが、昭和に教育を受けた者には、千曲市ってあまり馴染みがないですよね、2003年に更埴市と温泉で有名な戸倉町/上山田町が合併して千曲市になってます松代に移動します、長野市松代町松代藩士「山寺常山邸」堀を巡らせた立派な武家屋敷こちらの庭もそこそこ立派、これでも山寺常山は中流武士だったらしいです松代象山地下壕、幻の松代大本営です先の大戦で敗戦が濃厚だった1944年11月から堀り始めて終戦の1945年8月までに総延長10kmの碁盤の目状態の地下壕が完成、計画の75%に当たるらしいですこれが地下壕の入口内部です地下壕の近くにあったお寺「恵明禅師」、何故か屋根には鯱が山門に掛けられた六文銭の幕、真田縁のお寺さん??来年のNHK大河ドラマ「真田丸」に因んで真田の六文銭の旗もここ長野は真田家縁の地、上田から始まり松代に松代藩の最後の藩主は真田ですよね松代藩士樋口家の邸宅にあった鎧兜長野県での真田の人気は凄いです、特に発祥の上田市と繁栄の松代では武家としての真田は戦国時代辺りから明治維新まで、その歴史で有名なのが関ヶ原の戦いと大坂冬の陣・夏の陣、主役は親父さんの真田昌幸、二男の幸村(実名は信繁)と長男信幸(後に改名して信之)豊臣に附くか、徳川に附くか、親父さん迷った挙句出した結論は、親父さんと幸村は西軍の豊臣に、長男信幸は東軍の徳川に 結果的にこの戦略が功を奏して、負けた親父さんと幸村は紀伊高野山山麓の九度山に流刑されちゃいますが、その領土は長男信幸に引き継がれ安堵冬の陣・夏の陣でも幸村は再度徳川に刃向って討死しちゃいますが、信幸にはお咎めなし、江戸時代では譜代大名として上田・松代で繁栄これって、観客の立場の日本人の気質からすると「狡くねぇ?」となりそうですが、反対に人気があるのですね来年のNHK大河ドラマ「真田丸」を観て勉強します藩主真田家の庭藩主真田家邸宅の前の公園にあった彫刻、ちょっといい感じだったので撮りました、裸だからではありませんこの後、松代城跡の隣にある池田満寿夫美術館で企画展「おもわせぶりな女たち」を鑑賞宿は少し足を延ばし、群馬県鹿沢高原、ここも既に秋、三日目は軽井沢街中を眺めながら帰路につきます ー 第56弾 諏訪から千曲川沿いの街 終了です -
2015.09.02
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丑寅の二人旅 第56弾 諏訪から千曲川沿いの街 初日の2諏訪大社を後に、高ボッチ高原へ、ここは塩尻市ですね日本三大標高が眺められる高原但し、一望とはいきません、南を眺めて1位と2位、北を眺めて3位となります8/31ですが、標高1600m超の高原は完全にススキの秋南を眺めて諏訪湖が見えます、但し1位の富士山、2位の北岳(南アルプス)は雲の中(写真をクリックすると拡大されると思いますので、拡大して見て下さい)北を眺めて善光寺平、矢張り3位の奥穂高岳は見えません高ボッチを後に別所温泉に最初は上田丸子電鉄別所線の丸窓電車「丸窓電車」の愛称で呼ばれたモハ5250形電車、1986年まで働いていましたそして下の写真が丸窓電車の丸窓別所温泉の在るこの辺りの平地「塩田平」は、信州の鎌倉と言われ多くの古刹名刹が安楽寺の八角三重塔、国宝です日本に現存する近世以前の八角塔としては唯一のものだとか、創建年はハッキリしていませんが、鎌倉時代末期の1277年から1333年辺り以外には考えられないとか続いて常楽寺茅葺屋根の本堂って珍しくないですか?突き出た向拝も立派本堂の前に御船の松、樹齢350年の間で、上に伸びず(高さ6m)、這うと言うか横に広がった(幅10m、長さ18m)趣ある姿、もう少し離れて観ると宝船に見えるので御船の松とこの常楽寺、もう一つの見どころが石造多宝塔(初層が方形で、二層以上が円形の塔)これ国の重要文化財ですが、何かどこにでも在りそうな気がしないでもこの小さいのは多宝塔ではないですよね別所温泉にあるもう一つの有名な古刹北向観音文字通りお堂が北向きに造られているので北向観音、北向きに造ったのは北斗七星を仰ぎ、北斗七星の様に世界の拠り所となる意味合いらしいですこのお堂の本坊は先ほどの常楽寺、場所的には1km以上離れてますね北向観音にあるもう一つの名所、愛染かつらの樹、樹齢300年以上、川口松太郎がこの樹と隣の愛染明王堂から着想して書いた恋愛小説が「愛染かつら」別所温泉には前述の安楽寺・常楽寺の他に焼失した長楽寺があって、三楽寺と呼ばれたとか、何か落語家の括り・呼び名みたい別所温泉のある塩田平遠景、上田盆地の千曲川の西側河岸段丘辺りを指すらしいです(写真をクリックして拡大すると結構いい雰囲気の遠景です)別所温泉、信州で最古の温泉と言われていますが、古い温泉街のイメージでなく、外湯巡りもあり、レトロモダン泊まった宿も、小さいながら良い雰囲気出してます、お料理も工夫されていて美味 - 2日目に続く -
2015.09.01
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