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丑寅の二人旅 第57弾 飛騨高山 秋の高山祭「八幡祭」と東濃も 3・4日目10月9日 メイン・イベントの秋の高山祭「八幡祭」日本三大朝市(飛騨高山、輪島、呼子/勝浦)が開かれる宮川朝市の道に、いつもの野菜・漬物などの露店に替りお祭りの屋台が現在08:50、9時からの屋台曳き揃え(櫻山八幡宮の表参道に屋台10台が勢揃いする)の定位置に向かっている屋台、道を曲がる為太い棒を挿し込んで車輪の向きを変えているみたいこの屋台は仙人台、パンフレットの絵を見ると簡単に判りますTV局の放送クルー、放送車も、NHKじゃないですね、地方局?殆どの屋台は集合しています手前のは豊明台大きく写っているのは鳩峯車(この屋台だけが「台」でなく「車」)、側面の明人遊苑図、絵が描かれているのが特徴的これは大八台の自慢の黒塗り金具つきの御所車(大八車)、直径1・56m、次も特徴的、大太鼓が目をひく神楽台最大の屋台、鳳凰台総坪3万坪の金具の装飾(金具の1坪は3cm四方らしいので、27平方メートル、5m四方くらい)金具は金箔塗の金具でしょうね、5m四方の金箔を使っていますよ手前の屋台も特徴的、白い神馬に烏帽子姿の白丁、側面に般若面、神馬台です12時から行われる「からくり奉納」からくり奉納が行われるのは、布袋台この布袋台は、表参道でなく櫻山八幡宮の境内に居続けますからくり奉納、2体の唐子(小さな人形)が雲梯を飛び移ったり、逆さにぶらさがったりしながら伝わり、最後に布袋様の肩に飛び移る、人形からくりの巧妙なものみたい下の写真では1体の唐子は既に布袋様の肩の上、もう1体は雲梯の中程で足で雲梯に逆さにぶら下がってますこの「からくり奉納」、9人が36本の紐を操って、布袋様・唐子他を動かしているらしいです2体目の唐子も布袋様の肩に飛び移りましたぁ高山祭は春と秋の2回ありますが、秋の「八幡祭」は櫻山八幡宮(八幡様)の例祭で、旧高山城城下町の北半分がテリトリー一方、春は「山王祭」と言い、旧高山城下町南半分の氏神様「日枝神社」の例祭で南半分がテリトリー飛騨高山朝市の宮川朝市は八幡側に、高山陣屋朝市は日枝神社側に位置するのは偶然ですか?御神幸(ごしんこう)、闘鶏楽・裃姿などの装束での行列御神幸出発の所定の位置に向かっているようです御神幸、第一陣でしょうか?御神幸、第二陣かな? 獅子舞ですよね御神幸、さっき見た装束ですね「屋台曳き廻し」に出発する鳳凰台車輪の向きを変えるのに結構苦労してます曳き廻しで動き回るのは、毎年登場する鳳凰台と神楽台、今年それに加わるのは大八台と宝珠台お祭りに屋台の屋台も皆さん、撮影に余念がありませんねぇ、デジカメで、スマホで、タブレットで鳥居の先の先が八幡様最近の世相を反映、そう言えば、ドローンは飛んでないですね引率の先生と生徒? 遠足?八幡様の隣にある「からくりミュージアム」での「義経・弁慶」人形からくりの実演棒操りらしいです左端の杭に居た義経が2枚目の写真では4・5番目の杭に移ってますスタイルが良いですね、シャラポワ?飛騨牛肉まんを手に御満悦な坊や古い街並みに人力車FM局のライブ中継観光客の色々な質問にも丁寧に答えてくれます今日は、高山市の学校は休校みたいですが、校外課題があるのかな?「宵祭」は18:00-21:00、提灯を灯した屋台11台が街を巡行し、それぞれの屋台蔵に帰るのですが、観れませんこの日の宿、高山市では満室で取れませんでしたぁ今宵の宿は、50km離れた下呂温泉、宵祭はいつかリベンジします、今宵は下呂の名湯を楽しみまぁす10月10日 帰ります、途中の道の駅で売っていたポポー、マンゴーとバナナとパイナップルを足して、3で割った味だとかポポーの切り身です、 味は? うーん、パパイアに近いかな - 第57弾 飛騨高山 秋の高山祭「八幡祭」と東濃も 終了です -
2015.10.10
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丑寅の二人旅 第57弾 飛騨高山 秋の高山祭「八幡祭」と東濃も 2日目10月8日 恵那から飛騨に移動の途中で立ち寄った多治見市の美濃焼ミュージアムの美濃焼精石器は既に掲載したので割愛します飛騨はまず飛騨荘川岐阜県高山市荘川町と高山市内ですが、高山市街からはメッチャ遠いですね、40km以上ありそうそれと四方が完全に山で囲まれてますぅ、ポツンと取り残された集落って感じ調べてみました、矢張り、2005年に高山市に編入されていて、それ以前は荘川村でした荘川名物蕎麦、お蕎麦屋さんの巨大な五連水車この水車で水車小屋の石臼を廻し、蕎麦の実を挽いていますある種の水車で廻す石臼としては世界最大の石臼を廻しているそうです この水車、川に設置されていません、近くの山の中腹(水車小屋から41m程の高さ)の水源からサイホン方式で水を引いてきて、水車の上から流すことで廻しています(サイホンとしての実効高低差28mらしいです)水車の直径は13m 下の写真は2013年第41弾で訪れた富山県砺波市の揚水用五連水車(臼をまわすのでなく、水を上に上げる水車)「魚帰りの滝」です、小さいけど、可愛らしく綺麗な滝余談ですが、「魚帰り滝」「魚返し滝」「魚止めの滝」って、全国至る所にありそう「鮎返しの滝」ってのもありますね飛騨古川に入ります、飛騨清見ICで高速を降りて、そこから古川まで、通称「卯の花街道」、景色も含めて気持ちの良いドライブ・ロードです飛騨古川、2004年に周辺の町村と合併して飛騨市に、飛騨市は今ノーベール賞の話題で湧く「スーパーカミオカンデ」の神岡町がある街古川祭のポスター、「起こし太鼓」と「屋台行事」、「動」と「静」、「起こし太鼓」ってメッチャ激しそうお祭りは4月です、一度は観てみたいです「起こし太鼓」、これに跨るのかぁ屋台蔵ですね奈良の都のお寺・お宮を飾った飛騨の匠の技、古川の街並みにもさりげなく施されていますね軒下の飾りは「雲」ですか飛騨古川散策のテーマのひとつが「三寺参り」何故か? 狭い範囲に浄土真宗のお寺さんが三つも写真:上から順番に 円光寺/真宗寺/本光寺の親鸞聖人像古い街並みと言えば、白壁土蔵と堀そして、堀があれば定番の鯉古い街並みにモダンなお店でレトロ・モダンを演出するところも増えてますね飛騨と言えば飛騨牛、飛騨牛コロッケ切り絵のお店そして、和蝋燭のお店 - 3日目に続く -
2015.10.09
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丑寅の二人旅 第57弾 飛騨高山 秋の高山祭「八幡祭」と東濃も10月7日-2 デッカイ美濃焼の瑞浪市から隣町の恵那市に移動、最初は美濃岩村城跡女城主の城として売り出し中その前に、ここは日本三大山城のひとつ、標高717m、日本で一番高いところに築城された城他の二つは、大和高取城(奈良県高取町)、標高583.9m、全国で最も比高(山頂と麓の高 低差城の入口黒門から390m、城下町の中心札の辻から446m)があるお城、それと備中松山城(岡山県高梁市)、標高430m、天守閣 が現存する唯一の山城で日本一高い所に天守閣があるお城 この備中松山城2012年第38弾で訪れました、大きな巨岩を櫓台として乗っかっている天守閣が印象的(下の写真)岩村城、城下町から本丸までは7-800m歩きます追手門跡と思われます扨て女城主ですが、何と織田信長の叔母さん、但し年は信長より年下、名前は「お直の方」らしいです大手門があった石垣・櫓台?この女城主、数奇な運命に翻弄されます、4度結婚していますが、3回目までは政略結婚、3度目は信長の命により遠山景任との結婚でこの岩村城への嫁ぎとなりました大手門から三の丸に入り、三の丸にあった井戸「霧ヶ井」女城主が岩村城に嫁いだ後で、信長と武田が敵対状態になり、岩村城は対武田の最前線基地、攻め込んで来る武田の重臣秋山信友との戦の最中に城主である夫の遠山景任は病死、信長の五男で6歳の五坊丸を遠山家の養子として城主に据え、お直の方は養母として城を守ることに、「女城主」の誕生です二の丸の基礎となった石垣、この上に菱形の菱櫓があったとか女城主として1-2年采配を振るい、お城を守り続けたらしいですが、再度の秋山信友の猛攻に対し、信長の援軍を待ちながら3か月籠城するも、力尽き降伏・開城へ残っている石垣で一番迫力のある本丸虎口の石垣、通称「六段壁」岩村城降伏・開城にあたり、秋山信友が出した条件は、何と驚きの「俺の妻になれ!」結局、それを受け入れる訳ですが、通常降伏・開城の際は城主(この場合は養子の五坊丸)が切腹して、家来・領民は安堵させるのが慣わし、女城主は五坊丸の命を助ける為に、先方の条件を受けたとの説もいずれにせよ「お直の方」は敵将秋山信友の妻に本丸に通じる門辺りその後、武田信玄病死の後、信長は武田勝頼を長篠の戦で撃破、そして満を持して「裏切り者:女城主」成敗で岩村城に攻め込んで来ますそして、本丸跡信長の猛攻に6か月籠城して対抗するも降伏・開城激しい気性の信長、女城主を、何と逆さ磔で処刑元はと言えば、信長が援軍を出しておれば、敵方に落ちて信長を裏切ることもなかったのに本丸から眺めた出丸、出丸って、本城から独立して飛び出した曲輪、本城を守る為に最初に寄せ手と戦う軍勢を配置する場所ですよね、来年のNHK大河ドラマ「真田丸」も出丸ですよね二の丸門だと思います岩村城址に生えていたキノコ岩村城址から北へ車で45分、坂折棚田(写真をクリックしてご覧下さい、拡大された迫力ある画像になると思います)(写真をクリックしてご覧下さい、拡大された迫力ある画像になると思います)稲刈りが殆ど終了しているのが、棚田の写真としては残念ですぅ(写真をクリックしてご覧下さい、拡大された迫力ある画像になると思います)この棚田の特徴は、石積みの棚田と呼ばれる石垣この棚田、400年前から開拓され明治初めには現在の形になっていたとか専門の石職人が積んだような見事な石垣この石垣、田圃の縁が崩れるのを防ぐ為でしょうね、山の急な斜面を開拓したので棚田の高低差が大き過ぎて、石垣が無ければ崩れるのでしょうね石積みを上手く利用して、水路・作業路として活用しています案山子と棚田 - 2日目に続く -
2015.10.08
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丑寅の二人旅 第57弾 飛騨高山 秋の高山祭「八幡祭」と東濃も昨年の越中八尾の「おわらの風の盆」に続いて、今年も祭り観光と言う事で飛騨高山の高山祭を目指します10月7日: 秋の高山祭は毎年10月9・10日なので、それに合わせて7日に東濃(岐阜県南東部、美濃東部ですね)は瑞浪市入り瑞浪市って、あまり馴染みの無い街ですが、美濃焼と化石と中山道の宿場町を売りとする歴史と文化の街今回は、その中で、美濃焼にスポットを最初は世界最大(ギネス認定)の大皿「瑞祥」小里稲荷神社の境内にあります大皿が展示されている瑞祥記念館これが瑞祥直径2.8m、高さ30cm 林檎7000個を盛ることができるとか模様は梅の花が絵付けされてます、横に在る葦で作った大筆で描かれました、藍色でなかなか趣のある絵柄ですね焼き物としては美濃焼ですよね?少し離れた稲荷温泉で記念館の鍵を借りて、中に入り・・・・ええっ! 稲荷温泉「本日休館」、 誰も居ない、猫が留守番大皿に近づけず、ガラス越しの写真となりました続いて、与左衛門窯6連登り窯(6連房式登り窯)この窯、焼成は年に一度だけらしいです、大量の松を薪にするのですが、その薪の調達が厳しいとか9月下旬に窯の火入れ、5日間燃やし続けます、窯出しはその4・5日後プロの陶芸作家の作品だけでなく、陶芸教室・陶芸体験で造られた作品も焼かれます、その作品がコチラ美濃焼の織部(?)の緑が出ているのかな? 淡いピンクの志野も?美濃焼の代表は、志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒・・・、生半可な知識です陶土で形成された作品、焼成は来年かな?与左衛門窯の直ぐ近くに、もう一つのギネス認定が世界最大の茶壺「豊穣の壺」高さ5.4m、直径4m、使用粘土32トン、一体成形の焼き物としては世界一(ギネス認定)更に更に、今一つのギネス認定「豊穣の壺」の裏と言うか表と言うか、100m程離れたところに、世界一の美濃焼狛犬高さ約3.3m、総重量15トン結構迫力がありますこちらは狛犬の足跡、毎晩徘徊しているのか? 芸が細かいですねところで、これらの大焼き物、この設置場所で焼成されましたこの場所で陶土(粘土)で茶壺・狛犬の姿を形成、それを囲う様に焼き窯を作り上げ、火入れして焼成、完成後窯を解体横からみた茶壺、赤丸部分に「焚き口」、黄色丸部分に「煙突」、窯の名残りです狛犬の後ろから、「焚き口」が残っていますこの辺りは、瑞浪市陶町、将に陶磁器の街この瑞浪市、美濃焼発祥の地だとか、ただし隣の隣の多治見市は「我こそ美濃焼の発祥の地」と言っているとか???翌日、その多治見市の美濃焼ミュージアムを見学完成された美濃焼精石器(せいせっき)精石器沢瀉紋大皿(おもだかもんおおざら)、人間国宝加藤土師萌(かとうはじめ)の作品、1937年パリ万博グランプリ受賞(写真はミュージアムのパンフレットから)精石器松竹梅文蓋物(写真はミュージアムのパンフレットから)精緻な凄い作品ですね美濃焼精石器は、1920代1930代に陶土の改良させた後に、全国の名立たる陶芸家を招き加飾技法(イッチン、刷毛打ち、筆描き、指描き、櫛目、搔き落とし等)を確立させて完成したらしいです美濃焼って、なかなか良いですね - 初日-2に続く -
2015.10.07
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