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2023/06/28/水曜日/雨がほしい6/24お昼前からお昼時教会が見たくて足を伸ばす。歩いて7分ばかり。る↑日本キリスト教団弘前教会、観光物では無いので入ることはできない。欧米でもカトリックは自由に出入りできるが、プロテスタント教会はどうか?↓その直ぐ近隣に石場旅館。次回はここに宿をとり中を見ようと思う。↑旧高谷家別邸。懐石料理店は廃業。裏にヴィンテージ何やらの看板。アパートかと思ったら、美容院らしい。次回ここでカットしてもらえば内部見学できる。うむ。↓更に4分ばかり歩くとカソリック弘前教会旅人にOPENの文字が沁み入ります。スタンドグラスの柔らかい色と光、こぎんざしの十字架のタピストリー↓タタミ敷のお御堂感謝と平和の祈り間も無くお昼になんなんとす。五重塔を目指す方向へ、気になるショップもあり。おや、このステキな建物は?と足を止める。見学したいなぁ、どうしたものかとうろうろしていると中から人が。ここは見学できますか?と尋ねると、ご主人らしき方、お昼時なのに、出かけそうなのに、どうぞと招き入れていただく。とまぁ。行きたかったショップPPPであった。ご主人のセレクトの北欧ビンテージ、北欧モダン、手仕事、色々私と被るなあ、とお話しする内に、大好きな建築家が吉村順三であることまで同じ。岐阜が大好きでそこに行くつもりが、この場所を借りられて弘前に留まる事になったとか。そりゃそうでしょう。私なら絶対そうします。民芸、手仕事、青森美術館の建築、ロゴ、その他たくさん教えて頂いておまけに2階も案内頂くこの時代にあって、畳の間から段差なしで縁側が続く。しかも床から長押まで全て開口のガラス建具。これは吉村順三そのものです。また、開けた先はお庭の緑がこんもりとして、室内が緑の上に浮遊している感覚だ。これは羨まし過ぎる!オーナーの方のための和室は乙女心満載の仕様東京から弘前に定期的にいらしてここで書き物をされるのだとか。いい!良すぎる!。゚(゚´Д`゚)゚。↓ご主人が敬愛する岩井窯、山本教行氏の作品が床に。氏の本なども見せて頂く。↑秋岡芳夫のフォールディングチェアが、ユンフィールぽいダイニングセット横に。コルビジェやら前川國男やら話は尽きねど、時間は過ぐる。お暇して、お店を出る。この玄関が素晴らしい。色彩感覚が抜群によろしい。今度家具を買う機会があればこちらで買いたいと存じます。山本氏の『暮らしを手づくりする』早速発注しました。ところで、帰り際に、この冊子を頂く。なかなかとんがったユニークな個人商いのオーナーの物語満載。これ読んだら行きたいお店が増えた。↑PPP石田学さんのページアビヤントー、また来るねありがとー、またよろしくねー
2023.06.28
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2023/06/27/火曜日6/24 お昼前藤田記念庭園から東ヘ5分ほども歩く。道すがら見るものはまだある。↓市庁舎前。りんごの里のポスト^ - ^↓旧第八師団長官舎、スタバが入っているため見学したければコーヒーを飲むしかない。先ほど頂いたばかり、表のみやって来ました。旧弘前市立図書館外観は昨日撮影したのでいきなり入館↓プラン。3階は見学できないが、浄写室 とある。模写?曝書?本の修理?西欧建築はおしなべて地下を大切にする。日本の洋風建築にはそれが省かれているのが惜しい。1.2階とも96.298㎡なのでほぼ29坪ずつ。やや大きな一般住宅の規模と言ってよい。普通閲覧室と婦人閲覧室が分かれているのは、儒教の名残か。改めてプランを眺めると、この八角堂は平行相似では無い。その事に舌を巻く。向かって右が三尺ほど飛び出している。外観を眺めている時には気づかなかった。このズレ、階段の収まりのために奥まったのか、あるいはアプローチ踏み石のラインを外側ラインに同調させたのかは分からないけれど、実はこのズレが動線目線をイキイキさせ、狭い内部空間を豊かにしているかもしれない。↑初代館長と館長室。サンタクロースみたい、立派なお髭は二代まで。後はカイザーヒゲみたいに変化するのも面白い。ヘルシンキ空港のラウンジで相席した韓国のご老人がやはりこのヒゲの持ち主であった事を思い出した。私も漢であれば欲したかもしれぬσ(^_^;)↓婦人室は6席。ただ一冊ばかりを読める図ここを訪れたご婦人とはどんな方だったろう、どんな本を読んだのだろう。図書室の狭さを思えば、蔵書数もさほどなく貸出などは行なってなかったのだろう。この空間あっての読書だなぁ。総合芸術に等しい。↓階段ディテール↓2階閲覧室、評議室など。この建物の秀逸な八角堂の縦ラインは下から婦人閲覧室、評議室、応接所となっている。ともかくも、学ぶご婦人に敬意を表している点が見逃せない。小さくとも豊か。愛らしい。堪能後は目と鼻の先の 旧第五十九銀行本店本館この館内では、弘前の一連の洋館の棟梁 堀江佐吉についての展示がある。受付の方と少し話す。戦災も3.11も免れて今日弘前で洋館や古い建築を見られることの幸い、とか何故弘前でこれほど洋館が建てられたかの背景などその第一要因は函館にあるという。函館は青森からは至近、東の神戸のような土地柄である。その洋館や繁栄に影響やら職を求め沢山の人が渡った中に、本館棟梁である弘前藩お抱え建築方の堀江佐吉がいた。様々な技術を習得、あるいはそれを元に佐吉が一番心血注いだ建物がこの本館なのだそうだ。当初は少し離れた場所にあったのだが、曳屋で今の場所に持って来たのだという。その際に入り口は90度変えられたそうだ。↑広々とした銀行業務の内部空間に柱はない。↓重厚感あるインテリア↓小上がり天井の意匠や格天井デザイン見学の二点共棟梁は堀江佐吉。用途が異なるとはいえ、住宅、図書館好きの私には断然、りんごを彷彿とさせる旧図書館が好みである。りんごの実る頃、再訪を願う。
2023.06.27
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2023/06/27/火曜日/曇天6/24 午前 家屋と庭のある土地の形状が面白い。全面道路と同じレベルの敷地にゆったり構える和式建築。↓これは下の庭園の茶室左にはシックな洋館本格的な庭園はがくんと下がった段丘の方に設えてありお茶室もそちらにある。↓岩木山を見張るかす、別邸からのながめそしてこの別宅を普請した藤田氏の境涯がこれまた、そのランドスケープをアーキタイプとしたような妙なる様相↑左、藤田氏、右当時の首相田中義一洋館一室に彼の人となりが紹介され、興味深い。藤田謙一は政財界で活躍し、日本商工会議所初代会頭となった。今のサラリーマン社長とは異なり、大したものだなぁ。wikiでは東奥義塾←これは慶應義塾に感化され弘前市に創立された私学←を中退して上京、と記されているが、私があの一室で読んだ限りでは、東奥義塾の受験に失敗している。しかも、養子先の家から150円くすねて、上京した強者である。学業より実業に秀でた彼は、瞬く間に様々な事業を太らせ発展させた。史実を淡々と記す姿は当然とはいえ好感増すものだ。↓こんな資料も目を引く彼は自らの私腹を肥やしただけの人ではない。武家の生まれ、明治人の矜持を後世の人間に伝える。弘前公会堂建設資金として154千円を寄付したが、これは当時の市予算額の4分の1強の額で、平成3年予算でみると、133億円規模に相当するという。ところで。寄付前年の大正8年竣工、庭園と別邸の総工費は寄付の4倍なので計算上は500億⁈いやそれはないでしょう、いくら何でも。こういう疑問を持つと、大きな図書館ではそれに応えるレファレンスサービスが利用できる。便利。そしてネットでレファレンス実例なども拾える。まこと便利な世の中である。それによると指標を何で求めるかで5倍はずれてしまうようだ。大正10年の10万円は公務員給料平衡で換算すれば、2億越え。そうすると寄付は3億、総工費は12億。土地取得を考慮すればもう少し高額かも。だけど、まあ妥当なところかな。藤田氏を偲ぶヨスガとしてはこれも。毀誉褒貶のあった方とはいえ、スケールの大きさはやはり明治の時代精神。青雲の志、気宇壮大。↓和風建築↓洋風建築↑洋館サンルームではお茶とアップルパイが頂ける。建物や庭を見るに、雅というよりはどこか武張った感じで、贅を尽くしたというよりはどことなく質実剛健な印象をもつ。庭は江戸の職人が入ったそうだ。
2023.06.27
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2023/06/26/月曜日/曇り晴れ6/23、24メモ看板に偽り状態、本を読む間も無くひたすら 弘前の土曜日を朝7時過ぎから歩く。昨夕の突撃調査で弘前のもう一つの目的である、こぎん刺しが見たい が空振りであることが分かった。下調べしない、アドリブ好きの露呈Σ(-᷅_-᷄๑)体系付けられた展示がひろさき無い、のだった。手芸店のご主人が親切に対応下さり、こぎん刺しの県内広域マップまで下さった。予約をした上で見学できる工房がいくつか市内外にあるようだけど、短時間滞在では難しい。よって、翌24日土曜日は当初予定になかった、弘前城北側の、仲町重要的建築物群保存地区 及びお城跡公園周辺を歩いて、予定してい藤田記念庭園に出かけてみた。お城に隣接区域であることから、家臣の中でも重い役目の武士たちの住居地区だと推測する。それにしても、この道の気持ちよさ理由は電信柱が無い!それに尽きる。いいなぁ、こんな往来に住みたいなあいくつかの建物は市の指定を受けている。住まいが今風になってしまっている住居でも、古い門や年を経た樹木などがあちこちに散見される。これら住居の公開時間は10時から。未だ2時間弱もあるではないか、と諦める。公園をはさんでこの地区とは反対にある、藤田記念庭園の9時公開に合わせのんびりと散歩することに。釣りをしている方もちらほら。フナが釣れるそうだ。おや右手にステキな建物が!街中にこんな建物が勇ましく働いてちゃんとある。この尊さは計り知れない。↓そして、この公園は街の中心にあるのである。想像できない風景ではないだろうか。公園内には、京都御所にも負けないすごいイチョウがある。紅葉の時はどんな風だろうか。一目見るなり、これはエントである と感じるような木だ。古い記憶と表情をもつかのよう。あなたと一緒に働きたい。などと思う。率直に言って、この公園を歩いている内に私はすっかり弘前が好きになった。いいなぁ、いいなぁと思いながら歩き続ける。公園出口には市立博物館と市民会館かねてより前川國男の建築とは聞いていたけれど、こうやって現物が見られることは素晴らしい。特にこの市民館外壁の表情。左上の立面の影は、それを横から眺めると右写真のように角度を持って立ち上る様子が実感される。地面歩道から外壁への一体感の工夫。コルビジェ晩年の域を感じさせる。歩くたびに姿を変える建築に見惚れているといつの間にやら藤田記念庭園が目の前に。しかも右下の急な坂の向こうに聳えるは、お岩木山らしきロケーション。これは計算されたもの?すごいなあ、建築と景観のマジック、目にする全ては天然+アーティストのニワである。そこに時間も加わる。まさにに9時アジャスト。一番乗りで庭に行くとあやめが丁度見頃の塩梅神さま、ありがとうございます、と感謝せずにはいられない仕業でございます。お岩木山ははっきりと捉えられなかったが、本来ぐずつく天気予報を覆す青空の中で庭園を堪能。
2023.06.26
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2023/06/25/日曜日 帰り着いた東京は暑い!06/23、未だ金曜日メモ弘前に着くともはや夕間暮れ取り急ぎチェックインを済ませ、観光案内で6時まで入館可能な洋館へ。弘前は私には洋館の街弘前の洋館で一番行きたい旧弘前市立図書館は既に閉館。概ね施設は5時で終了。↓何とも愛らしいお姿。弘前のおりんご。この建物すぐ側に 旧東奥義塾外人教師館旧藩校を母胎とした私学が明治半ばに開校された。メソジスト派宣教師が代々教師として派遣されたという。そのご家族の専用住宅子どもの遊戯室には、ブランコが。関係者女性の寄贈キルトが飾られるなど、温かい様子が今に伝わる。キルトのデザインはこの住宅のイメージそのもの一階にはレストランが営業を終えた様子で、ゆっくり見学ができた。
2023.06.25
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2023/06/24/土曜日/弘前は午後土砂降り6/23金曜日昼食後は雨のしのつく中を美術館から遺跡まで歩く。といっても10分くらい↓歩道にも縄文パワーを感じる入り口が少し分かりづらいのは私だけ?併設のシアターや博物館やお土産物売り場を抜けてトンネルみたいな場所をくぐり抜けると、まさにタイムトンネルそこは、日本離れした風景ラトヴィアの森の手作り市の風景のようだ。遠くに、あ、あの砦?みたいな巨大公造物がまるでホビット族の住まい、完璧エコスタイルこれらの中には小学生たちが建てた小屋もあり、素晴らしい教材だなぁと思う。発掘された全周1m超える栗の木の穴掘部分が、併設のUFOみたいな施設の中で見学できる。復元された櫓は、屋根があったかどうかは不明だそうで、現在屋根無しで展示されている。竪穴式の巨大なホールの構造全体が屋根、の様子が力強く美しい。そういえば、ベトナムの国立民族博物館で観た少数民族の人びとの、ツイこの前までの住まいの再現がこんな高床式だった。雨の処理、害虫害獣から貯蔵食料を守る、寒さに耐える、大体そんな工夫から生まれる住居スタイルは似通うものだ。まともな道具も無い状況から、サバイバルできるか。一定の能力を身につけなくて大丈夫だろうか。博物館では時代ごとに異なる沢山の土器やアクセサリー、針のみか針入れも。縄文ポシェットも。家族の様子が和む。縄文衣装も今現在着ても違和感無い。バスを待ちながら新青森→弘前から急遽、青森駅経由で弘前駅に向かうことにする。バスは新青森駅まで10分あまり、青森駅までは40分くらい。そのまま乗ってみる。菅江真澄が神託を仰いだ善知鳥神社に参詣したい一心で、わたわたとうとうへ青森も新青森も初めて。津軽海峡フェリー港を巡り、改装中の青森駅へそこから10分程度駅の反対方向へ行き、左の細い並行道に神社。境内には私のような菅江真澄を求め訪ねる人もあるらしく、よく分かるような説明板など掲げてある。関わりあるお守りでも無いかと探してみると、旅行お守りなるを発見。旅のヨスガとする。青森→新青森(荷物をピックアップ)→弘前へ
2023.06.25
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2023/06/24/土曜日/予想外れてお天気昨日金曜日の朝は5時起きで朝から温泉その後移動新青森駅着、ロッカー五百円が百円のみ使用可。ねぶたん号まで時間もあるしバス停確認しようとのんびり歩いてたら、あれ?ひょっとしてあのバス?あ、急げ〜と走り始めた途端バスは出る私は残る。しゃあない。美術館ランチをやめて駅でお弁当買って遺跡で食べることにしよう、とバス待ち30分をやり過ごす。おすすめを尋ねるとカニイクラウニ、あと何だ?の四色弁当が人気らしい。しかし数少ないイカ飯に目がいく。これが人気みたいよ?と聞くと、イカ飯は一日に二つしか作れない?手間が大変とのこと。え、機械じゃないんだ、ではそれを。実は昨日、陸奥湊の磯辺ウニ店で大枚二千円はたいて買った焼きウニを食べ損ねてもいたのであります。いよいよランチが楽しみになってきたぞーあ、今回旅のメインイベントは青森美術館と山内丸山遺跡、それと東北の街巡り、時々食い意地張る、なのだ。新青森からねぶたん号に乗ると次の停車は美術館入り口。素朴さがよく、レターフォントが好い。美術館は広い公園の中にあり、縄文遺跡とツイをなしてるなあ。建築が健康で幸運だった頃を思い出させるような雰囲気。無理せず、風景に溶け込んでます。あおもり犬の印象以外には何の前知識も持たず突撃常設展のみを選択して入館後驚いた。地下2階から展示が始まるが、いきなり正面に巨大なシャガールの絵↓係の方に思わず、本物ですか⁈と尋ねる。説明を伺い納得。これはナチスの迫害から逃れてニューヨークに滞在したシャガールのバレエ舞台のために布にテンペラで描かれた背景画、とのこと。これで全部ですか?すごいコレクションですねーとため息をつくと、入り口正面、三幕目の二つの太陽と麦畑、孤独な舟漕ぐ男の間に逆さの白樺の黄色い絵はフィラデルフィア美術館所蔵の貸借とのこと。一意に眺められるのが素晴らしい。バレエのタイトルはアレコプーシキン作品、音楽はチャイコフスキー演じるはニューヨークシティバレエ団。すごいなすごいな。↓物語解説を薄く音楽流しながら一日3回堪能できます。↓成田さんのすごいテクニックとソウルを感じる作品群は発見。こんなクリエーターがいるんだ。↓奈良美智の楽しい小屋とかもありここだけでも充分一日中過ごせそうだが遺跡にも行くので、こんな素敵なところを貸切でランチ!駅弁焼きウニランチ(^^)
2023.06.24
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2023/06/22/雨は降らず初めての盛岡駅。すごく昔、車で来たことはあったけど、あれは友人プランニングにつき、わんこ蕎麦の記憶しかない(^人^)てへ。木曜午後の開運橋からの岩手山眺めを期待、不来方コズカタを唱えたが、山裾がぼんやり捉えられるくらい。宿に荷物預けてからの市内巡りは、宮沢賢治、新渡戸稲造の縁古を仰ぐこと。南昌荘、旧石井県令私邸、その他建築群を訪ねること藤原養蜂の蜂蜜を買うこと石割桜を見ることがミッションである。宿を出たのは2時前。一応5時くらいに戻る予定↓お城の石垣が立派。ただいま補修工事中。かつてお堀のような地所ではマツの手入れ中こんな道を歩きながらお城公園の寄り道を我慢して、賢治井戸水、賢治清水へ↑下の橋は木製の欄干が残り風情がある。現在工事中実際に賢治が弟の清六と暮らし使用した井戸が駐車場の中にぽつんとあった。その井戸と水脈を共にする?湧き出した清水を賢治清水と名付け、取水できる。私もペットボトルに汲ませて頂く。この清水は、下の橋のほとりといえるような場所にあり、橋を渡った対岸直ぐに 新渡戸稲造の生誕地がある。クリスチャンで『武士道』の新渡戸稲造である。↓生誕地の小さなメモリアルパークが素晴らしい。新渡戸稲造を知悉した上でデザインされているように感じられる。ああ、この顔である。大好きだ。恐れ多いが父の面影が重なる。思想、宗教を深く考える人の顔つきなのだ。精神性の高さだけでなく温厚な包容力も伝わり来る。涙ぐむ。川堤に沿って山の方へ上るとすぐ左に立派な中学校がある。公立学校の校舎が住民の願いや誇りのこもった建築であるような街を私は愛する。会津、松本、鶴岡、内子町、台北…この中学で金田一京助が学んだという。校門前には石川啄木と若山牧水の石碑中学生らは毎日帰り道これを無意識の内にも取り込んで詩歌を尊ぶ心を密かに養うだろう。そこから南昌荘まで10分余りここで庭に降りたりしながらのんびり過ごす。南昌荘近隣の、旧石井県令私邸 を訪ねる。このお家が頗る良かったのだけれど、本日休館。ええええ〜結婚式撮影会らしい。恨みがましくお家の周辺をうろうろして、街中を散策しながら藤原養蜂園さん目指す。と、嬉しいことに目の前に素敵な建物!実はカフェ&もりおか啄木、賢治青春館私にとっては貴重な幾つかを発見賢治の学生時代の友人が、賢治亡き後、勤務先の新聞に賢治の作品を連鎖し、やがて注目されるようになったこと。その学友は後に直木賞受賞作家となったこと。早い時期の賢治作品表紙絵を、若い棟方志功が描いていたこと賢治の直筆の手紙、その文字賢治の遺言を叶えた『銀河鉄道の父』によるお経国訳妙法蓮華経の実物胸がいっぱいになったところで凡百のワタシは20分の道のりを蜂蜜求め↑テイスティングだけで、この倍ほどあり、店内では量り売りもある。冷たいハチミツ水?で疲れが取れる。あれもこれもと買い求めた中にこれから立ち寄る石割桜 の蜂蜜が!そのミツバチたちはビルの屋上から採蜜するんだとか、へー。銀座のハチの仲間。↓正面から見た 石割桜ああ蜂蜜重い、脚もへとへとで気付けば5時半も過ぎてホテルへ。
2023.06.23
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2023/06/23/金曜日/早朝の雨、曇り旅の準備などの本を読む。6/22/東京駅07:08発 はやぶさで、一気に陸奥湊のみなと食堂を目指す。お目当てはウニ、である。一人旅なのである。誰にも気兼ねなく、行きたい所に自由に行ける!先週は子どもカップルと山へ同行し、結局掃除洗濯洗い物の、あまり嬉しいとも思えぬ休日昨年会員になった 大人の休日倶楽部 が観光客の細るこのシーズンに、短期間の東北フリーパスを企画するとか。あああ大人の休日、ありがとうございます(T-T)初めて使わせて頂きますぅ。この四日間パス、実に15270円!これで特急指定も8件までOKという信じられないお得なチケットなのだ。で、みなさま同じようなことを考える訳だ。指定席を求めにみどりの窓口に行くと、連絡の良いやまびこは既に満席、自由席でいいかもと答えると、やまびこには自由席がない!そうであった。娘が住んでいた仙台に何度も出かけていながら、これだ。忘れてた(>_<)それで6時前に家を出て30分以上早い電車の乗客となりぬ。さて、旅先での読書を偏愛する私が今回携えたのはこちらである。菅江真澄の名は、神長官守矢資料館 で知った。柳田國男や宮本常一の著作由来でないところが、実にらしい。さて、本も飽いた頃、風景眺めようと思うも盛岡過ぎると八戸まではトンネル続きである。東京駅から3時間弱揺られて八戸へ♫定刻に八戸着↑八戸駅はコンパクトにできている。新幹線駅をエスカレーターで改札出る、右折で線路三つ離れた辺り。1時間に一本ペースの電車がすでに待機している。自分でドアを開く式。ここから八戸線に乗り換えまで50余分待つ。待ち時間にはお手洗い。レディースはブースが三つしかなく外まで並んでいるではないか。この後もう一本のやまびこを待って、10:42発の鮫行き。乗車時間は15分(¬_¬)で本日一番のデステネーション、陸奥湊駅に着くと、訳知な数人が早足。後に続くと二人連れ女性がまさかの駆け足で我ら三人を抜き去る攻防お昼前というのに小さいお店の前には12人くらい並んでいる。回転は早かろうと覚悟して末尾へ席について丼が提供されたのは、並んでから40分後くらい。あら、ウニは無い模様、もしくは6時スタートのこのお店、完売かな?結局、ヒラメエンガワ漬け丼にホタテトッピングをチョイス。ヒラメ漬け丼が人気の様子。エンガワはもう少し量がほしい!でもホタテがとても美味しかった。お店の暖簾は破れぶら下がり状態、ヒヤヒヤ店内に収まる。丼は意外にも?品の良いお味。お味噌汁は沸騰、付出小皿もいらんかも。ではあったが、丼がそれらの難を覆い隠します。ごちそうさま〜ここ陸奥湊での滞在は90分を予定していたが、ほぼ1時間でランチを終え、早めの電車に乗れた。12:08八戸バック指定席券の電車までに、一本はやぶさがある。みどりの窓口は混んでいて間に合いそうにないので改札でどうすれば良いか尋ねると、指定席券を取り消され、パスだけで乗れという。全席指定なんだけどー致し方なし、助言どおり変則的に乗ることにする。空きを見つけて座る。なるほど臨時のはやぶさ54号は、がら空きだった。今夜の逗留地、盛岡までは二駅分東京に戻ることになる。あまり美しい旅程とは言えない。食い意地の突っ張り分だけ線路を余分に往復したのだから。ここで反省。実は電車で菅江真澄を読んでいる内に青森の 善知鳥神社 にお参りしたくなった。せっかく八戸まで北上したんだから、盛岡ではなく青森の一泊にすればよかった!やはり本は早めに読んでおくべし、だなぁ。盛岡に13:15頃着あー、スマホ電池残量が(>_<)あ!新幹線にはこの頃プラグがあるではないか。しもた。盛岡直前に気づくワタシ。モバイルバッテリーを携帯しているとはいえ、こういう取りこぼしが実に多い人生であることよ。本日の移動これにて終わり。あとは荷物をホテルフロントに預けて街中をうろうろ徘徊します。ところで盛岡駅浜松駅と同じで、歩行者フレンドリーではない。駅は見えてもまっつぐ行かれない。潜った挙句に階段を使い荷を上げねばならない。東京駅はその点上下運動無しに広く歩けるのが良い。地方のハブ駅の改良が待たれます。
2023.06.23
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2023/06/22/木曜日/朝は曇り先週月イチのニットの日。それまでにこのショールを終わらせ、放りっぱなしのカシスベストに移行すべし、の脳内発令。頑張って仕上げる。糸はハセガワのもの。シルクの紬ふう。大きなショールの残り糸で、針は6号。TV放映の記憶のまま、鮮度が落ちない内に。カーディガンと並行し2週間で編み上げた。やったー端糸の始末は後回しで、ブロッキング。合間に今シーズン最後のラズベリーでジャムを作る。あああー美味しすぎる。ドイツの、シンケンブロートみたいな苦々ライ麦パンと最高の組み合わせなのである。このショール、マーガレットに仕立てるか迷い中。それともこれを袖にしたコンパクトなプルオーバーにしようかな?イカダみたいに糸を落とす?快感にハマる。
2023.06.22
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2023/06/21/夏至につき、本日より冬モーメント〈DATA〉 KADOKAWA/ 著者 横山起也 ヨコヤマタツヤ令和4年12月25日 初版発行書き下ろし〈私的読書メーター〉〈いやー何というか。壺にハマりました!この組み合わせ。他の本をうっちゃって一気読み。作者の横山起也さんはYouTubeチャンネルで知っていましたが、こんな小説も書けちゃうの⁈これ、初めて書いたとは思えない戯作振り。ひょっとしてライトノベル覆面作家とか?お茶や心理学、江戸学に関しても相当濃い知識をお持ちと想像しますが、さまであらず、な楽で軽い語り口で誰もが楽しめる敷居の低さ。は。お手前見事でござります。人魚の肉で不老不死コキリ、年齢不詳の御前さま、何より気になるジュノ!次作待ち遠しい、ニット侍仕組まれて候。〉久しぶりにこんなエンタメ読んだー面白かったー幕末に武士の内職で編み物というのはあった。ということを横山氏のチャンネルで以前に知った。それをまともに取り上げた初めてのちょんまげ物ではないだろうか。考えてみれば、漁師は編んでいたはず。猟師も野良仕事者も馬飼牛飼いもみんな編んでいたはず。しかし2本差しが2本針で編む姿はほのぼのするではないか。物語中に、編むことで静まる心の有り様がよく紹介されるが、編み物をする人の一番の喜びは実はコレではなかろうか。無心になれる時間。半畳の空間と針と糸があれば、それだけで深い呼吸と瞑想へ誘われ、ありゃま不思議なことに何ものかに仕上がっていく。もっとも私は深い瞑想の前にうたた寝に落ちていき、あらぬ方向は針が動いて、はっと目覚めた後盛大に解き直しの悪路を繰り返すぼんくらでござりまする。ところが、このお侍は徹夜で編み通しても目も乱れず。明鏡止水の如し、ツワモノなり。私は大変楽しく読んだけれど、編み物教室のみなさま(さすがご存知で、既に読んだとか購入した人数名)方の反応は今ひとつ、でした。
2023.06.21
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2023/06/20/火曜日/やや涼風ありまつ浅 ★初訪問北杜市/6/17/土曜日野菜きのこ天せいろ 1,880円半かつ丼➕半たぬき蕎麦 1450円須玉インターから、20分くらい?丁度お昼時、しかも直ぐ入店できそう。駐車場も店内もゆったりしている。テラス席が空いていてラッキー蕎麦職人というよりは、ベテランの主婦の方が回している?信州界隈では天ぷらのボリュームが悩ましいけれど、きのこが豊富で新鮮なのでツイそちらを選択。ツレはご飯ものと温かいお蕎麦所望とかで、珍しいチョイス。お蕎麦は思いの外甘味が強く美味しい。やはり高原の冷たいお水の良さを感じる。ツユはやや甘さが強い。天ぷらはさっくり軽く上がっているので、しつこくない。
2023.06.20
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2023/06/19/月曜日/爽やか晴れる❸松翁 千代田区 6/16/金曜日もりそば 1000円本日は2度目の松翁へ12時少し前に着いて直ぐに着席できたけど、その後は続々とお客さんがやって来て、帰る頃には待っている人も。ここから育ってお店を持った人もいるようで、私のお気に入り、蕎麦切り森の もそんなお店の一つ。前回は田舎との二色もりを頼んだ。今回は王道のもり。森のと同じ、ツユの濃さが2種類選べるが、私はもちろん濃口。生粉打ち十割は、森のよりやや緩めで、世田谷の 一仁 と大変似ている。蕎麦らしいヌメリが残り、これはこれで大好きな蕎麦。しかも冷水でよく引き締めてあるので、清涼感が増す。ツユの量も申し分なく美味しい。ところで、前回も感じたのだが、蕎麦湯のとろみをもう少し控えめにしていただけると嬉しい。❷6/14/水曜日手打ち蕎麦 ふじや十割蕎麦950円/静御前、常陸秋蕎麦本日は無事手繰ることができたけれど、引き締めが少し不足。
2023.06.19
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2023/06/16/金曜日/湿気の晴れ、やや黒雲先日 舞台のパラサイトを観る。公開時に映画館で観た、あの、アカデミー作品賞パラサイトの劇場版。とはいえ、鄭義信演出。彼の芝居は 歌うシャイロック しか観ていないけれど。シェイクスピアが作品を世に出して以来、数えきれないほど地にまみれ、なし崩しにされた人物、シャイロック。嫌われ蔑まされたシャイロックを掬い取ろう、救い上げようという演出が随所に感じられた。なぜなら他者としてではなく、われら自身の中にいるシャイロックを呼び起こし、更にそれを慰撫しなくては、生き延びれない世の中ではないか、とそんな声が伝わる。そんな演出家であろうと思う。舞台化に際して、ポン・ジュノ監督がメッセージを寄せている。それによると、パラサイトは当初戯曲として構想したのだという。なるほど!象徴的階段はまさに階層社会の視覚化なのだ。それで思い出したのが、デザイン研究所で学んでいた時の、劇的な空間を作れ、的課題。舞台の真ん中に回り階段を据えて、そこにライトが当たり、周囲は暗い。最終的に回り階段は一気に崩れて平面となるみたいなスケッチの構想を私は提出した。それが舞台やインテリアデザインもされる先生から高評価を得て食事か何かに数名で招かれ、演劇や音楽、建築などの会話を交わした事を思い出した。思えば2年間で褒められたのはそれくらいだから、才能なんぞは無いのであった。そこに込められたのはヒエラルキーの平準化とか、今なら後付けで何でも言えそうだが、そんな怒りや悲しみを芯に造形したものではなく、ただただ階段というものが劇的なのだ、という直感みたいなものに過ぎなかった。それを思い出しながら舞台を眺めると、真に象徴的な比喩を持ち得るには、舞台の階段には熱量が不足だ。ここでは階段よりも、むしろ高台の住宅リビングから見下ろす、神戸の夜景のステージワイドなスクリーンが存在感を放っていた。そのアングルの変位が劇的なのだ。神戸淡路大震災の煙の上がる市内とお誕生日パーティーの庭の対比。この図は、マネキンを並べて撮影した作品を呼び覚ます。まさに対岸の火事、それが飛び火したかのような祝祭の庭で繰り広げられた殺戮。役者はどうか。それぞれの持ち味がよく出ているのでは、或いはそれを軽く裏切るのでは?と期待が高まる。私は真木よう子さんの演技が大変素晴らしいと思った。そのキャラクターに従い、肉体まで軽く変容したような。それでいて、奥の奥に何かに膿んだようなものがチラリと現れて来る。この人には 真夏の夜の夢のパックを演じてほしいなぁと何故か思った。或いは北欧神話のロキ、みたいな役。この芝居を観ながら、一万某のお金を支払い客席の人となる自分は何か、を問わずにはいられない。また演劇にしろミュージカルにしろ文化が大きなマネーを必要とし動かす事も。生身の人間が演じる舞台は、それを観る者を揺さぶらないではいられない。
2023.06.16
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2023/06/15/木曜日/午後から雨降る〈DATA〉 吉川弘文館/編者 圭室文雄(タマムロフミオ)2004年7月1日 第一刷印刷〈私的読書メーター〉〈何しろ吉川弘文館である。学術的と信頼して主に天海の章を読んだ。これを読んだ限りでは、都市計画者として江戸のグランドデザインを行なった様子は想像が難しい。八重洲にその名の残るオランダ人ヤン・ヨーステンの方が関わり大かな。しかし、顕密修養した上の、江戸城鬼門の東叡山寛永寺、更に江戸武州の鬼門に日光山東照宮。幾重にも江戸を守る陰陽の仕組み。山王一実神道を打ち立て家康を大権現という神にまで祀り上げた天海の眺望は仏道か政か。家光からは実父のように慕われ、比叡山焼き討ち後には信玄の元に身を寄せるも若い時は杳として。〉本書は「日本の名僧」シリーズ全15巻の15巻目。1から順に見ていくと、聖徳太子、行基、最澄、空海、空也、重源、法然、親鸞、道元、叡尊・忍性、一遍、日蓮、日親・日奥、と続く。執筆者と主な著作宇高良哲 / 『近世関東仏教教団史の研究』管原新海 / 『日本人の神と仏』浦井正明 / 『上野 時空遊行』高藤晴俊 / 『日光東照宮の謎』佐々木邦世 / 『平泉 中尊寺金色堂と経の世界』原田正俊 / 『日本中世の禅宗と社会』上田純一 / 『九州中世禅宗史の研究』伊藤真昭 / 『織田信長の存在意義』竹貫元勝 /『新日本禅宗史』船岡誠 / 『沢庵』#太字は読んでみたい本ヨーロッパの芸術文化を知ろうと思えば、キリスト教を学ばねば深化しない。日本の古典に関心があれば自ずと仏教に触れずにはいられない。私はあまりにも仏教を知らなさすぎた。ひょっとしたらキリスト教よりも知らないかも。日本に生まれ、日本語を話し、四季の巡りやご先祖さまの関わりが時代と共に薄れたとはいえ、子ども時代の記憶に未だ結びついているに関わらず、全く無知である。幾つになっても遅くはないだろう。少しずつ、仏教と日本人について知りたいものだけど、どのようにアプローチするのが良いのか。思案中。
2023.06.15
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2023/06/13/火曜日/晴れました、梅雨の日さて先日の、夕方からの芝居待ち。午後の3時間ばかりぽっかりと空いた。そこで『古本食堂』も読んだことだし、神保町遊行に出かける。かつてに比べれば古書店が減ったとはいえ、ここみたいな場所は世界中どこにもありゃしない。開発に晒されないためにも世界遺産とか、世界古書店街メンバーとか、そんな共に携えていける工夫、何とかならないか。古書店を冷やかしたあとはやっぱ三省堂に先ず。あらなんと!お店がない∑(゚Д゚どうやら建て替えの様子。ちゃんと書店として戻ってくださいね。新刊本を扱うお店で他のところ知らなかったけど、今回立ち寄った東京堂。なかなか居心地よろしい。おや、すずらん通りの、ここだけ若い人で賑わう本屋さん、なーに?その名は PASSAGE by ALL REVIEWSフランス文学者の鹿島茂氏の発案でできたらしい。書架分だけ店主のいる共同書店。うーん、この書棚に参加したいなあ。どうしようかなあ。迷ってるうちに埋まっちゃう?でも基本めんどくさがりだから向かないかも。それに扱ってる本はきれいで、何だか古本、って感じはない。棚を見ているだけで楽しいな。アンティークとか本以外も扱ってるみたい。↑3階にも少しの書架とカフェが。ここで ヨコヤマタツヤ氏の書架発見!これは捨て置きならず。購入。店内カフェの100円引きレシートを頂く仕組み。もう一冊欲しい本があったけれど、お出かけ前につき、それは次回のお楽しみにしよう。瞬く間に時間は過ぎる。早めの夕飯としたいのだけど、お蕎麦屋さんが開くのは5時半か6時。5時前でもちゃんと食事のできる揚子江菜館へ『古本食堂』にも登場。池波正太郎も愛したとかいう五目焼きそばを注文それにピータン、生ビール。ハア幸せお腹苦しい。一人中華は勿体無い!分け合って品々食べたい。前回こちらには女三人で来て、やはりたらふく食べたのだった。
2023.06.13
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2023/06/12/月曜日/一日雨模様〈DATA〉 角川春樹事務所/著者 原田ひ香2022年3月18日 第一刷印刷2022年3月28日 第二刷印刷〈私的読書メーター〉〈神保町愛満ちる。平松洋子さんのエッセイにソフトな物語が重なったような。結婚もせずに両親を介護し看取った珊瑚さん。音信不通気味の次兄の滋郎さんが残した神保町の古書店とそのビル、それに長年の投資財産を相続して、旭川から単身やって来た。右も左も分からないままに古書店を引き継ぐ。大学院生の姪、美希喜(みきき)〈←珊瑚さんといい、キラキラネーム?〉のお手伝いやご近所仲間を得て、店はのんびり回る。東山さんが滋郎の恋人に行き着く辺りは少し出来過ぎ?だけど物語の飛地、戸越銀座も魅力的。読みたい本もいくつかあり、嬉しい。〉巻末に、本書紹介の書籍案内があるその内の読みたい本三冊を拾う。『お伽草子』筑摩書房 谷崎潤一郎訳含むもの『輝く日の宮』丸谷才一 講談社『落穂拾ひ』小山清 筑摩書房本書登場の神保町グルメ神保町からはちょっと離れてる 笹巻けぬきすしは小川町駅。我が職場からは近い。ドーピイスーガ への通りがけ、何度かお店の前を通るもどうなんだろうと逡巡。未だ食べたことはない。一度買ってみよう。という気持ちにさせるから、本の力知るべし。神保町のカレー激戦区は神田駅辺りまで広範囲で、中華屋さん、洋食屋さん、飲み屋さん風まで、それぞれに独自の一皿がある。神田駅ガード下の723ナツミさんのカレーが私的には結構お気に入り。新世界という中華やさんも実は賄いカレーが評判で、いつしか表メニューとなったらしい。それも食べてみたい!けれど、ロシア料理もいいなあ。珊瑚さんがピロシキを買って帰るロシア料理店は、ろしあ亭かな?鹿島茂、池波正太郎が好んだという、揚子江菜館の五目焼きそばが表紙を飾る。万年少女のような華僑女性?がサービスしてくれる。何と無しシンガポールの中華人みたいで、雰囲気が盛り上がる。神保町は老舗中華がかつてはもっとあったように思記憶するのだけれど。読書と食事、それにカフェとバー。うーん、私もこの界隈の店主になってみたい!読書より食べること、にいやしく惹かれ。
2023.06.12
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2023/06/11/日曜日/梅雨らしい雨の朝↓ネットで大まかに干した後、ピンは打たず成形中5/14頃から編み始めて6/10仕上がり 、4週間弱。もっともグレー一色を見続けると飽いてしまい、途中からショールも並行編みサンプルでは腕部分はメリヤス編みで、袖口のみ模様編みだった。腕部分の表情の違いで随分変化した。またサンプルは胴体ストレートだけど、腕の付け根で二目減目して、気持ちシェイプ。15玉も買ったのに10玉しか使用しなかった!残り5玉でベスト編もうかな〜いつ〜?その前にショール仕上げてお次はエコアンダリア)^o^(
2023.06.11
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2023/06/10/土曜日/曇天ときどきお日さまオカダヤさん毛糸売り場でサンプル見て、あ、編み図ほしいと思い、仕方なく?毛糸を買う。サンプルの指定糸は私の好きなアルパカレジェーロ5玉で10号針指定。でもお安く出ていたオカダヤオリジナルモヘアを糸の長さ換算して15玉ほど購入10号でゲージを取ると、目数が減って模様編みの部分の間尺が合わない。仕方なく模様部分は別デザインを落とし込む。しかも、省エネルギーに励んで、身頃はぐるりと続けて輪編み。袖部分が上手くハマるかは、出来てからのお楽しみ⁈ワイルド(^^)ところで、模様編みはモヘアは向かない、とつくづく分かる。毛がポワポワしていて、本筋でないポワポワを編み目にしてしまい、後になってから目が落ちていることにアラー!と気づくのだ。もう随分先に編み進んでしまい、後のまつり。はあ、アルパカレジェーロはその弱点を克服したぽわん毛糸であるのだなぁ。しかも片袖付けた時点で、眠りこけて編んだとこの間違いを、一つ見逃していたことに気づく(¬_¬)うらめしや〜またもや。これは試作だから。と自分を納得させ、手習いの類、累々となりぬ。カシスベストの本番編みも途中で放りっぱなしなのだから試作ばかり積みあがりまする。↓わーい。全体の姿がようやくつながる♫端糸を始末したら、スチームアイロンではなく、水通しで成形のつもり。
2023.06.10
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2023/06/09/金曜日/雨と湿気蕎麦処 くに作 6日 火曜日 に初訪問町田駅から徒歩5分ほどでこんな住宅街の静かな一角天ぷら蕎麦は1800円。板蕎麦は1200円。160グラムほど。蕎麦は十割、山形県遊佐町産構えが驚き、立派である。蕎麦屋というのはほんと色々だなぁ。こちらはむしろ懐石料理店の趣くに作 なる店名はお姑さんのお名前らしい。お蕎麦屋さんを開店するに至った背景を冊子で知ることができる。出されたのが先ずお水。これにはふた通りの反応をもつ。立ち食いそば的慣わし かウチはこんな美味い水で蕎麦を打っている、という指示行為もある ような。ま、蕎麦前に私は殆ど水気はとらないけれど。基本は蕎麦茶を愛する。160グラムあれば大盛の必要はないが、このお店では大盛は無く、もう一枚の追加でツユ無し千円天ぷらは軽く上がっていて上品な仕上げ塩抹茶のみで天つゆはない。蕎麦はおそらくこちらでは挽いてないのでは?香りはそこまで期待できないが、十割としたらよくまとまった蕎麦で喉越しもコシも味もよい。香りぶそくは板そば故かも。水切れがよろしくないので、そもそも板は好かない。ツユも出汁は効いているが、私には薄めで頼りない。ただし、香ばしいナッツのつゆも提供されてそれはそれで美味しい。窓側席のシートカバーがホコリが散見されてそれが残念。お庭内は手入れがされて昭和の日本住宅の面影があり、庭で食べることもできる。元はお茶席を持てるようなお庭だったのだろう。
2023.06.09
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2023/06/05/月曜日/雨過ぎて爽やかさは中くらい〈DATA〉 作品社 / 著者 三田誠広2022年7月20日 第1刷印刷2022年7月25日 第1刷発行カヴァー写真/日光山輪王寺蔵 木像天海僧正坐像〈私的読書メーター〉〈108歳まで生き、三代の将軍に仕えた天海の存在は寛永寺縁起で知っていたが、確かに叡山修行僧ならではの、都鎮護に基づく江戸ランドスケープの発案というのもあり得るかも。「見てきたようにウソを付き」というのが小説家の才能の一つとも覚ゆ。戦国時代の数多の傑物らの志や欲望のヒダを縦横無尽に動き回り、戦さの無い平和な浄土を日本国に現出せんと謀り、図り、計る。戦乱の只中に生まれ、太平の徳川の世を見届け、更に先の世までを透視した250年の江戸の安寧。天海が生涯を賭して平和を希求した動機の印象が薄い、それが惜しい。〉初めて訪ねた川越市立博物館で、偶然にも学芸員による喜多院蔵の天海僧正坐像修復の話を伺った。その前に訪れた寛永寺の縁起を通して開祖天海さんについての記憶があった。長命の秘訣を尋ねられて、曰く気は長く つとめはかたく 色うすく食ほそうして 心ひろかれ長命は粗食 正直 日湯 陀羅尼おりおり御下風あそばさるべし最初のうたは素直に理解できる〉〉食ふとうして、心せまい、なあワレハ、笑次も日湯というのは、日日の湯浴みで身体を清潔に温めることかと考える。その次の陀羅尼は、はて。奈良當麻寺の古い薬、陀羅尼助かしらん。胃腸を涵養しなさい、かな?と思案して検索してみる。能(よ)く総(すべ)ての物事を摂取して保持し、忘失させない念慧(ねんえ)の力をいう。と、あるではないか。なるほど。これは覚えておこうというときには、腹中に陀羅尼と唱えてみるのもよいかも?くわばらくわばら、つるかめつるかめ、だらにだらに。のご呪文でござろうよ。更に続くおりおり御下風あそばさるべしこれは味わい深い。晩年は日本仏教界の首座にあり、家康を神の座に押し上げた天海大僧正偉ぶってはなりませぬぞ、折に触れ誰かの風下、弟子の体でおりなさいよ、と自身、戒めるかのように諭された、ということらしい。文言の中には実にその人らしさが垣間見える。物語では、そんな天海が、明智光秀が辿り着けなかった 欣求浄土の日本の姿を、家康に重ねて描いてみせる。狡く、己の弱さを知っている苦労育ちの家康であればこそ、天下を治めることができる、と天海は考えた。かもしれない。有名な家康遺訓人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。たいてい冒頭だけが紹介され、本書でも家康が2回ばかりそこを呟く。私がよいなあ、と感じるのは堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。 勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。 おのれを責めて人をせむるな。とりわけても堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。 おのれを責めて人をせむるな。がよい。大局に立ち物事をながむるには、これが肝心だと理解しつつ、いざ我が身に嫌なことが起きれば、そんな理解はどこはやら。凡夫に付ける薬なし。だらにだらに。
2023.06.05
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2023/06/04/日曜日/風はやや強いけれど晴れ渡る昨日は朝、まだ雨が降る中、小一時間かけてニットカフェへ往復時間を編み物の時間に換えてはどうか?と算盤的には計上されるかもしれない。所詮一人で行う作業なのであるし、とはいえ私なんぞニットカフェのための編み物を準備して伺う。そうまでして参加するのは、何といってもニット好きが集まる空間の心地よさ、なのだ。↓今回講師の方が用意して下さった、白いポシェットはNHK素敵にハンドメイドのアレンジとか。かわいい。今回は全く初心の若い方が2、3いらした。編み物に関心がある人のかもす雰囲気がよくて、すぐに好印象が深まる。嬉しい。そこで、私はなんと!何度も何度も編んでいるクロシェの細編みを尋ねられてお教えしたのが、全然違う中長編みを伝えてしまっていた!こうでしたか?と言うその方の手元を見ている内、余計な手が一つ入り込んで教えてしまう、という失態。わああ、後で気付いて講師の方に直していただきましたが、その方に本当に申し訳なく、ひたすらごめんなさい!でした。尋ねられればお答えしていたけれど、何だか自分のやっていることも怪しい初心者さん、だなぁ自分。そんなこんななハプニングにドギマギするのもニットカフェ。講師の方の揺るぎない技術を背景とした教えも有り難く。↑私の持参も、NHK素敵にハンドメイドだった。病院待合室のTVで偶然観て記憶に焼き付け帰宅後すぐ編んでみた、マルティナさんのショール駅から離れたオシャレではない公共施設の片隅とはいえ。市の主催なので講師も材料も揃い、手ぶらで出かけられる! インスタントではあるが、お茶やコーヒーも用意されて、まさにニットカフェなのである。さて、帰り道。古い建物好きな私にフィットするコーヒー屋さんを見つける。ここはコワーキングスペースとかで、普段はテイクアウトがメーンらしいけれど偶々入れた(≧∇≦)お腹も空いていたのでホットサンドを注文。このパン美味しい!尋ねたら代々木上原のカタネベーカリーさんとのこと。代々木上原はよくドロップインするので今度寄ってみよーこんなところでニット&読書カフェができたらなあ!夢が膨らむ。できればウチの近所に欲しいけれど。↓帰宅後、気になっていたラズベリーは昨日の嵐で随分実が落ちていた。救出組を集めるとかなりな量になりました。
2023.06.04
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2023/06/03/土曜日/雨上がる「本と一緒に歩くのだ」一時期よく読んだ作家が、中学生新聞か何かに本の案内寄稿していた時のタイトルで、私はこれが頗る好きなのだ。本を読んで関心が湧くとその縁を求めて歩く。今日も今日(正確には一昨日)とて、職場から近い上野公園に足を運ぶ。『天海』を読んでやって来た上野は美術館、博物館、催し、動物園などの目的なしに来園したのは初めてかもしれない。↑これは以前寛永寺訪問時に頂いた立派な縁起冊子に記された現在の東叡山の姿冊子によれば往時はこの面積の10倍以上が寺領であったという。↓往時を偲ばせる、唯一焼け残った清水観音堂開祖天海の四神ランドスケープに従うなら、西に大きな街道が必要で、それを探すと中山道くらいまでは西に広がっていただろう。そうすると谷中霊園や東大本郷キャンパスの一部なども東叡山であったかも。↑上野の山の古墳らしき丘そこに学んだ芥川龍之介が、旧帝国図書館(今の国際子ども図書館)で知遇を得た怪しいロシア人との交流を何かで読んだことなども思い出す。↑(『夢見る帝国図書館』中島京子、かな?)海軍幼年学校で教鞭をとっていた頃の彼のエピソードに、君たちは勝つことばかりを教わり負けることを習わない。だから自分は負けることを教える、みたいな授業があったのもさすがだ。↑(『また遭う日まで』池澤夏樹)さて、彰義隊の激烈な討死で、上野の山には死体が累々と重なり、明治政府はそれを野晒しに放置させた。同じように帝を奉りながら幕府側か薩長側かで、壊滅に追いやる残虐さと武士に対する道を外れた振る舞いは、江戸町民を震撼させた。↑(『彰義隊』吉村昭)芥川の「ぼんやりとした不安」ではないが、大勢の若い人の無惨な死と、大空襲で家族と家を失った被災者の群れとが上野の今の風景に重なって、私はどうも独特な荒みを上野に来るたび、ぼんやりと感じてしまう。さて。本日の目的はこれここで手を合わせたいと思ったのだった。彰義隊遺詠塔の近くには、天海僧正の毛髪を収めた塔がある。お坊さんに毛髪?あーきっと短いものなのだろう。今度は江戸ばかりでなく、世界が平和な浄土となるよう、三千世界からお力が届きますように、と祈らずにいられない。彰義隊といえば会津。天海僧正も会津の生まれであるそうだ。
2023.06.03
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2023/06/02/金曜日/しのつく雨、日がな〈DATA〉 平凡社 / 著者 赤坂憲雄2014年5月23日 初版第1刷タイトル副題 [会津・置賜篇]『日本奥地紀行』を歩く〈私的読書メーター〉〈まあ、恐ろしい。既に感想もこちらにアップしていながらの再読、読んだは前世⁈みたいな体験。感想を読み直すとフィクションをノンフィクションと誤入力の恥ずかしさ。とまれ、著者が繰り返す「バードは何を見て何を見なかったか」の問い。凡そ「書かれた事は書かれなかった事によって歪曲され」かつ、書き手の思想信条、或いは体調や天候によっても大いに異曲を奏でることだろう。150年も前にバードの眼が捉えた日本奥地紀行は様々な趣向で刊行続く。バードが不快に思えた事も含め何とも一途な好奇心と偽りなく天真爛漫な祖先の姿を懐かしむ。〉それまで抄訳しか出されていなかった『日本奥地紀行』の完訳版は本書と同じ平凡社から、本書と同じ頃出版されている。これか、オリジナル版の他に『中国奥地紀行』が大変面白いから読んでみたらと兄に推薦受けて、後者はつんどくのまま、はや数年。お茶を濁すように本書をそれと気づかず2度読み。うむ。凡人の極みでござる。本書の副題を読めば著者の誠実さがほの見える。バードの跡を辿り一つ一つ確かめながら実踏したくても時間が取れないこと。完訳全四巻中の1、その後半と2の前半一部だけの記録である事を弁明している。しかし東北学を打ち立て、3.11後の重積を学際で担う著者にとってはぎりぎり押さえている、と言えるかもしれない。もっとも秋田青森が抜けているし、岩手はバードの紀行に含まれていない。やはり資料は第一次に当たるにしかず。宮本常一氏もその著書中、2冊に取り上げているのだなぁ。本書参考文献の古川古松軒『東遊雑記』も、現代語訳ならば読んでみたい。
2023.06.02
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2023/05/31/水曜日今月は誰かとランチする機会が比較的多かった。お蕎麦行脚の機会が減ってしまった。❶しおて ★初訪問 世田谷区 1日 水曜日 夜、一人7000円くらいただしお蕎麦2色もりは1200円。珍しや。京都美山の蕎麦と鹿児島のもの。蕎麦の産地違いの2色。↓違いが分かりづらい随分と呑んだ後であったけど、産地でこんなにも蕎麦の味が異なる!ことだけはくっきり。カエシは懐かしの江戸風。今度はお蕎麦中心で愉しみたいけど夜だけ営業、それに厨房内がお一人なので、随分待ちます。❷手打蕎麦 ふじや新宿区 17日 水曜日 十割蕎麦 980円いやーこの日は蕎麦がつながっていず、短い。いつもの蕎麦打ちさんじゃなかった?気温の読み違え準備?まあ、こんなこともある。お蕎麦そのものは十分満足。ごちそうさま❸蕎麦切り 森の文京区 19日 金曜日大もり 1250円3度目訪問にして、ようやく大盛りを頂く。蕎麦がうまい!十割とは思えない滑らかな喉越しツユが好みの、微かな苦味酸味の仕上がり。美味い蕎麦が呼び覚ます、あの、ウズラ卵が口内を満たす感覚炸裂。値段設定はやや高め❹近江屋新宿区 24日 水曜日せいろ大盛り 930円新大久保駅の真ん前二八とツユ。大盛りでこの値段は今や安い方ではある。十割蕎麦が食べたいのだが、ここは二八のみ。小麦粉が入ると喉越しは良くなるけれどやはり物足りない。ツユは申し分ない。天ぷらが美味しくてなかなか人気。客席多くあれどお昼時は大抵並ぶ。【番外編】タイ東北酒場 町田市タイ東北地方のレストランランチセット¥1050からパッタイ選択味は濃い目、甘め。ライムが添えてあった。青いパパイヤも。これが美味しかった。もう少し薄味ならスパイスがよりクリアーになったかな?卓上の辛酸っぱいソースを加え頂く。今度はトムヤムラーメンを食べてみようかな?町田は駅そばに美味しいお蕎麦屋さんが無いのだ。
2023.05.31
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2023/05/30/火曜日/樹木の香り濃くなる瓢箪から駒本から散歩犬も歩けば棒にあたる↑私好みの言い回し^ - ^先だっての18日、職場早退して銀座線で浅草へなぜか。それは、毎月18日が長昌寺御本尊の開帳日なので、ひょっとして拝観できるかも!と期待したためである。間も無く四時なので、もう終了かな、と早足で隅田川を右に見ながら浅草駅から北上17分余り人力車に乗った観光客のベスト撮影スポットを過ぎると、左手には聖天さんああ。この先左に曲がれば、ステキな和菓子屋さんがあるのだが、がまん。更に今戸焼もこらえ、今戸神社を過ぎゆく。やがて細い道の左手に、立派なお寺が現れる。これが長昌寺江戸幕府内最古の日蓮宗のお寺とか。由緒あり。開祖は日寂上人。このお上人、元は金龍山浅草寺の第三世座主にあった高僧である。時は鎌倉時代、元寇流行病旱魃などの苦難の時代背景に新仏教が勃興して、辻々に説法の僧侶が立っていた。はずだ。たまたま当地を訪れた日蓮宗の僧と宗論を交わした日寂はことごとく論破され、身延山に居たらしい日蓮の元に駆けつけ修行に努めた。浅草寺に戻り、山ごと宗旨替えを訴えたが受容されず、長昌寺前身の妙昌寺を石浜に創建したのは、1279年6月2日のことという。そういえば全山こぞって宗旨替えした古刹に麻布の善福寺がある。この寺はそれこそ浅草寺に継ぐ江戸村の古刹で、824年空海開祖の真言宗寺と言われる。当時の高名な上人了海が親鸞と目見え開化されて、全山こぞって浄土真宗に改めたのが1260年頃というから、両山鳴動の事態である。昨今の時間が止まったようなお寺に比して、宗教哲学に対する求道の志は雲泥の差である。しみじみ↑地名の鐘ヶ淵の由来そういえば、この頃鎌倉と生地を何度も往復した日蓮が常宿とした谷中の天王寺は元、感応寺。確か幸田露伴の『五重塔』にその名が出てきた筈。こちらは1274年の築で、幕命で廃された後、天台宗の寺になった。天台宗は徳川と縁が深い。さて、浅草寺の去り際、座主は一寸八分の金の聖観音像を帯出したそうで、どうやらこれが浅草寺のいわゆる秘仏ではないか、と想像するのも面白い。↓長昌寺HPよりそんなこんなであたふた訪ねてみれば、もうご開帳は終了していた。というか、そもそもお像は美術品ではなく信仰の対象である、のだ。心掛けが間違っていた(;ω;)毎月18日、午後1時から始まるお勤めに参加し、遠くから厨子の扉が開かれた様を眺めるような具合と伺う。寺は祈祷寺であり、また仏門に入る方の修行は厳しくその矜持を保っているのが日蓮宗のようだ。名残惜しそうにしていると多忙な中、少しお話し頂いた。要約すると、明治天皇が浅草寺を御幸された折、秘仏拝観を所望したが浅草寺は拒否したらしい。その後公の調査官が遣わされ確認されたが、それは木造の尺五寸ほどの観音像だったらしく伝説とは異なっていた。絶対秘仏なので浅草寺側が事前にすり替えたとも噂されるが、やはり長昌寺の聖観音がそれだろう、とのご説明だった。寺務所側に弁財天が祀ってあった。500円玉を洗い、今戸神社に向かう。↑おや、石清水八幡宮とのつながりがここは人力車でやって来た女性が多くいた。縁結びの宣伝が功を奏したような賑わい。まあ、御祭神がイザナギイザナミだから結びついたのだろけど。半分は武久長運の八幡大菩薩とも思われるけれど。創建は長昌寺よりも200年は古い。もし、ご縁がありましたら長昌寺のご祈祷に外部から加わりたいもの。
2023.05.30
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2023/05/27/土曜日/ウグイスの声も聞きやすくウグイスの子は父から一子相伝で美しく歌えるよう毎日特訓中。我が家のある辺り、その昔、それはそれは美声を聴かせるウグイスが何代か続いた。ところがいつの間にか下手な子がその門跡を継いで以降、下手が継承されていく。美声はもちろんメスの気を引くクドキ浄瑠璃のクドキは物語の絶頂編み物のホドキは、編む過程で一番血圧心拍激しくなる、まあ何というかこれも一つの絶頂。で。ここまで底部を編んできて、どうも違う!毛糸の残糸も不安ホドキに至る。しかし、この糸、三色撚り合せの故かホドケない。休日を丸一日かけて、たったこれだけをホドク。涙、滂沱浄瑠璃ならメリヤス挟んでのんびりやるところをムキになって編む。お教室課題を盛り込んで、何とか次回先生に見ていただけるよう。ウグイスの子の気持ち。おでべそみたいに愛らしい?ボタンにゴム留めこれはこれでお孫ちゃんへプレゼントとなりゆく。↓庭のラズベリーがそろそろ色付き始める
2023.05.27
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2023/05/24/水曜日/空が青い〈DATA〉 言視社 / 著者 川副秀樹2016年8月31日 初版第1刷〈私的読書メーター〉〈著書は高尾山ガイドもする庶民信仰や古文書の在野の研究家。間も無く三社祭だが、浅草寺はそも三社権現社と呼ばれていた。三社は檜前浜成(ヒノクマハマナリ)と竹成兄弟とその主人、土師眞中知(ハジノマツチ)をさす。浅草寺縁起は兄弟の漁った黄金の聖観音像が本尊と記す。が、著書によれば檜前兄弟は浅草一帯で牧場を経営する郷士、主人土師氏は野見宿禰の末裔で彼らは上総へ渡る一帯「豊島駅」の支配者だという。そういえば浅草寺と隅田川の間に馬道通りがありマツチは待乳山を思わせるし黄金像にまつわるミステリーは長昌寺へと興味深い。〉〈関心が浅草今戸石浜に向かい、高尾山まで辿りつけない(;ω;)高尾山と浅草を比較しつつ、墓を持たない両寺の経営戦略である、大衆好みの聖と俗を織り込んだ物語性を指摘。かつ歴史的背景も資料に当たり押さえている。かと思えばパワースポット案内など混じえ、寺の経営本領が著者にもそのまま見出せるなぁ。〉不思議も読書に劣らず大好き。そもそも人間に関心大。人間て、なんて不思議な生き物だろう、かく言う私もその内のひとりであるか。本を読む→好奇心に駆られる→見知らぬ場所へ出かける→モノコトヒトに会う→その印象を携える→読書で深めたり寄り道する 書は捨てず街に山に海に河に出る、のだ。そんなこんなで隅田川界隈は好んで出かける。そのきっかけが江戸から明治に至った時代の東京や神仏の歴史に関わる読書から、であった。↓関連図書の一つに素白先生のこれがある。副題の「お菓子に散歩に骨董屋」がもうもう私の好みとピタリ重なる。この随筆中の風景は川瀬巴水の版画が重なり、そんな時代を知らない私に、ツイこの前の日本とは、そこに暮らす人とはこんな事であったよ、と語ってくれる。それらは懐かしい記憶のようになって私の裡に畳まれていくのである。素白先生の文中の待乳山聖天さんに惹かれて何度か足を運んだ。関東大震災前の待乳山を隅田川対岸から観た眺めの良さが「向島」の章にある。観音堂、その先に五重塔、晩秋初冬のそれら眺めを版画さながらに述べている。震災後、聖天堂をくるんでいた巨木が倒れ、お堂が中空に浮かんでいるかのようだったのも束の間、戦災で消失し、甍も五重塔も失せた変わりように変わらぬは隅田川の水ばかり、と書き留めている。待乳山は真土山とも記すように周囲から10米は迫り上がった小山だった。川副氏の本であらためてハジノマツチ(他にも読み方がいくつかある)の名を聞くと隅田川沿いにここだけ、ぽっこりと高いのは、ひょっとして土師真中知の墓所だったのでは⁈と妄想を抱く。筆者の私説が述べるところ土師真中知は野見宿禰の末裔という。宿禰は出雲系の勇者であり当麻ケハヤと力比べの相撲でこれを負かし、垂仁天皇に召し上げられた。皇后の葬儀では殉死の生贄を止めさせ埴輪を考案し、土師の臣の姓を賜り豪族となり、その一族から菅原道真も出た。従って真中知も埴輪をはじめとする古墳増築の技術者であった可能性をとく。ここで思い出すのが、『深大寺の白鳳仏』。本書でも武蔵野に転封された渡来人某が、相撲の腕で出世し時の帝に重用されて姓を賜る。坂東に国分寺を建立する際に、まつろわぬ土地のものたちをまとめ上げ、事業を成し遂げた。おそらくその功によって橘夫人の持仏を授けられた、のではなかいかという内容であった。因みにこの国宝は、深大寺でいつでも身近に拝観できるのがたいそう有難い。当時の土着オリジン日本人からすれば、異能異才の帰化人らは、大陸半島から海を超えて辿り着いた島国で大きな仕事を為し、姓を得て重用され、やがて貴族に列せられる者も出てきた。そんな歴史が想像されるではないか。待乳山聖天さんの縁起では推古天皇の代に、この場所が一夜にして盛り上がり樹木繁り、どこからかやって来た金龍が山をぐるりと囲んで聖別した、というもの。推古天皇の、西暦628年が浅草寺建立とされるのに歩調をあわしているが、更に浅草寺の山号は金龍山、である。川副氏の考えに戻ると、一方の檜前ヒノクマ氏は927年編『延喜式』に「武蔵国檜前の馬の牧」の文字が見られるため、この一帯に牧場を営む土地の豪族でやはり阿智王と共に来訪した帰化人であったという。また、『続日本後紀』には「檜前舎人連は土師氏と祖を同じうする」とあるのだとか。そうならば、待乳山と浅草寺は同一の、仏教に帰依した帰化人一族の霊所であり、浅草寺完全秘仏の、一寸五部の金像は、大きさからいっても渡来の時に携えた持仏であったろう、と解く。浅草寺を訪れると、そのあまりの観光の賑わい雑踏歓楽振りに信仰的な雰囲気は私的には後退する。奥の院ともいうべき聖天さんは、ガネーシャ🟰聖天の本地としての十一面観音が本尊とのことだが、どことなし異国的な持ち味がある。さて、浅草寺秘仏巡り散歩へと浅草、今戸へその先へ散歩は続く。と書いてきたら、土師眞中知の名と神戸連続殺人事件の被害者、土師くんはハセくんだったことに気づく。今日、5月24日が命日だと新聞で読んだ。合掌
2023.05.24
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2023/05/23/火曜日/なんと最高気温16度気温差が今年は半端なく、毛糸を触るのに抵抗の度合いが日々異なる。そんな事も熟慮されてか、今月はクロッシェクロッシェとはかぎ針のことだけど、編み物をを学ぶ場面ではかぎ針と言わず、クロッシェと呼ぶ。これで編んだものもクロッシェと呼んだりする。因みに 棒針は器具のことであり、ニットは棒針を用いた編み物のことだ。今月のお題は、冊子毛糸だま にも案内されている「Fur Stitch. using crochet hook」編む過程で、一年ほど前に習った Foundation double crochet をおさらい。これは鎖目を作りながら長編みや細編みを同時に編む手法。準備、と声に出して自分に言い聞かせて鎖目を作る要領を思い出せば間違いが少ない。ところで、長編みの立ち目に鎖三目ルールは日本風なのだとか。日本以外では一目、二目と多様であるらしい。今回は二目鎖目の立ち上りとする。先生は長方形状に編まれたものを袋に形成されていた。さてこのテクスチャーというか表面盛り上がりは、どんなデザインのどんな用途に向くか。そこがオリジナリティの生じる場面私は毎回、コンビニでコーヒーを買ってお教室に行くのだけど、その時カップが手に熱い。なのでカップの腰巻きを編もうと、カップに当てながらFoundation double crochet を編んだ。2段目編んだところでカップに当たると随分大きい。あらま。はて、何にするか。そうだ、取手!バッグの。バゲットを入れる袋の取手にしよう。と、四つのわちゃわちゃ←ファー部分を編んでCO カットオフそして胴体へ。
2023.05.23
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2023/05/22/月曜日/まあまあ過ごしやすいけれど黄砂届く広瀬みどりさんのカシス、出来上がる。1番小さいサイズの次、2サイズで試作。使用針は8号↓松の草木染、ウール100%後ろ身ごろの途中から右肩を拾い目して輪針一本で仕上げるところがユニークだし、それが肩のデザインになっている。↓庭のローズシナクティフが4月からパラパラ咲き始めた。私は手が緩いので、2作目は努力してかっちり編んでみる。サイズはいきなり8サイズへ。松の糸が不足してリブは菊染めの糸を使用この緑色は大変好みの色だけど、こちらも糸量が足りないかも。薔薇は咲くし、娘がパラデコのクッキーをプレゼントしてくれるし、〈ベスト〉シーズンでございます。内緒でこのベスト、がんばります(^ ^)
2023.05.22
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2023/05/21/日曜日/本日晴天、初夏らしく〈DATA〉 角川書店/ 著書 艾未未 アイウェイウェイ 訳者 佐々木紀子2022年12月1日 第1刷発行 〈私的読書メーター〉〈中国モダンアートにも疎い私は著者アイ・ウェイウェイを初めて、だが、本書で能く知り得た。自伝とあるが全体の3分の1を割いて詩人だった父の生涯が先行する。絵の志を立てパリ遊学を果たし民主主義に共鳴しながら党独裁の匙加減一つで辺境に追いやられ苦難の人生を歩んだ。清王朝末期、日中戦争に重なる怒涛の大変革の時代描写は一つの山場。インターネット勃興期に米国滞在でアートシーンの自由を得たウェイウェイが祖国で葛藤するのは道理。取調室の詳細はこれ自体インスタレーションのような錯覚を覚える。後日作品化の強かさは天晴れだ。〉交河故城にてまるで隊商が街を通り抜けていったかのよう人の喧騒に混じるラクダの鈴の音変わらぬ市場のにぎわい尽きない人と荷馬車の流れいや、違うーー豪奢な宮殿は荒れ果てて廃墟となった千年の歓喜と悲哀、出会いと別れは一片の痕跡すらない今生きている者は、全力で生きねばならぬ天地が記憶してくれると、望んではならぬ1980年、艾青の詩が巻頭を飾る。艾青とは著書の父である。この詩からタイトルが定まっている。千年、誰がこの土地を、この家族の二代に及ぶ無益な苦役を記憶するというのか。しかし私は試みないではいられない。なぜなら息子、艾老が生まれたのだから。著書のそんな声が聞こえる。今現在著書はドイツ在住だが、彼自身、ドイツが産んだ社会芸術家ヨーゼフ・ボイスを彷彿とさせる。アートを狭義な世界から解放し、現実をアート作品に展開していく、時間や個々の人びとの関わりの変化を包摂するといった手法が共に見られる。ように思われる。芸術における至高の価値は自由なのだから不自由を自由に変換することは芸術行為である。と私は考える。そんな気概を彼に覚えるし、それを実行した彼の生命力、怒りを創造力に転換させる意志に感嘆する。彼に匹敵しうるアーティストを日本に探すとしたらだれだろうか。岡本太郎か草間彌生或いはオノヨーコ、坂本龍一、安藤忠雄?規格外、個人で国とか世界に対峙しうるそんな若いアーティストを切に求む。
2023.05.21
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2023/05/16/火曜日/突然初夏となる今年のゴールデンウィークは山も行かず。家で庭仕事と読書と編み物をする他はほぼぼんやり過ごした。昨年のコロナ渦中の方がもっと活発だったような。あ、ミュージカルと映画には出かけたけれど。遠出はしなかった。しかし。編み物をめぐる私の状況は沸騰していた。大量草木染のギャップ糸を何とか!プロジェクトが進行中で、あむひび さんの↑これにトライすること4月下旬よりしかしギャップの太いところで糸は緩み、細いところに合わせると歪み、どうも気に入らず。とうとうヨーク部分全て編み終わっていたけれど昨夜に解いてしまった。そして、頭を切り替え、針も6号から10号へ倍増させ、かねてより編みたかった広瀬みどりさんの カシス と命名されたベストを編むことにした。広瀬みどりさんは編み物フォーラム、ravelry で人気のニットデザイナーしかしravelryでは製作方法が手に入らず。結局、作成図が掲載されているLAINE なる冊子 をフィンランドの出版元から取り寄せた。2冊送料込みで10,000を少し超えた!お高い!お高すぎやろ〜円安ジャポン(;ω;)ところで、後日Amazonで買う方が安いと知った∑(゚Д゚)かくなる上はこの二つの冊子を有効利用したいと決意も新た。カシス は青い方に紹介されている。1〜12とサイズは沢山。そのための表記が多くて対数かなんか?みたいだし、アルファベットニット記号満載だし、取り掛かるのに気合いが必要。編んだものを解くと嫌でも気合いは充満するのだ。正しく、ポジティブフィードバック。指定より針、糸共に小さめなのでゲージも目数を増やす必要がある。けれど、2番目に小さい2サイズで手慣らし開始。この段階ではギャップもあまり気にならない。問題はメリヤス編みになったらどんな具合になるか、ちょいこわい。雰囲気が気に入ればこれでサイズ展開して、子どもたちの伴侶のクリスマスプレゼントなるべし。
2023.05.16
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2023/05/10/〈DATA〉 朝日新聞社 / 著者 富岡多恵子 1993年12月1日 第1刷発行 〈私的読書メーター〉〈 いつか読みたいと思う内に著者は冥土に渡ってしまう。そんな事がそろり増えている。この随筆は主に新聞冊子に掲載されたもの、或いは私信など。なので矩形?大阪の商家育ち。浄瑠璃歌舞伎に幼い頃から馴染み艶やかな感覚の持ち主であると同時に都会育ちのサバサバ感が見通す慧眼合わせ持ち、さすが詩人感覚。巻頭、三島由紀夫に代表される女性嫌悪、女性憎悪の我が国文化の伝統と出生率低下を絡めた文章は実に32年前。一方で編み物を能くされて鶴岡真弓さんと紋様を求めアイルランド巡り!垂涎止まず。看取った犬の事、北志向など感じる点多い〉全五章立てそのⅠのいきなりが 「女ぎらい」の文化三島由紀夫の稚気とアンバランスな文才を短文の中にようもまあ。返す刀で少子化笑止、の留めとは鮮やか政府の歌う 異次元の少子化対策富岡多恵子さんの評価で溜飲下げたいなぁ対策って、なんか根本を欠いている。しかも何でも異次元って。ドラえもんポケットに財政が並ぶ異次元ですわ。保育園落ちた日本しね、のお母さんとか。富岡さんを幽冥境から召喚の異次元チャットGPTとか駆使する?歴史学者社会学者アーティスト民俗学者伝統芸能者、宗教家産婆さん保育士教師なども呼んでみんなで先ず意見を出し合って。みたいなスタートを、富岡さんが警鐘した32年前からじっくり寝かせては試すをしなくてはいけなかった。人口動態などの統計では測ることのできない複雑さに丹念に取り組まなくてはならなかった。今ではそんな余裕は無さそう。目の前の巨魁な老人層をどうするか?老いと病のちがいで、長谷川町子の去り際を富岡さんは簡潔に述べ、共感している。私も大いに共感する。長谷川町子は同居の姉と三つの約束をした。密葬にしてほしい。病気になっても入院させないでほしい。手術を受けさせないでほしい。長谷川町子と異なり、社会的立場なんぞない私の葬式は必然として密葬のようなものだろうけれど。後の二つ、これは全く私もそう願う。いや、既に密かに実戦を始めているのだ、うふ。老いと病気の違いをきちんと見据えた長谷川町子への敬愛の念と、一人の人間が真っ当に朽ちて死んでいくことの現代的困難さを見事にまとめている。さすれば懐かしくもある、蟷螂の 尋常に死ぬ 枯野かなとりかへばや物語武智鉄二近代読者論津軽中勘助など出会いを求めたい。文中、表現者の責任として死をも覚悟、ではあるがあまりに誤解の多い受取方に対しては抗議もするとした、そんな態度に惚れ惚れとする。『網の男たちのセーター』ようよう手に入れたときの喜びが思い出され、編み物の好みも近しく覚える。
2023.05.13
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2023/05/08/月曜日/朝の雨、午後に上がる先日、家人と待ち合わせて、大変な人の中、わっしょいわっしょいと表門に回る。既に縄張りがしてあり、それ以上は進めない。欅下に太鼓、お神輿が出てくるのを待つ。若い人や海外の観光客らしき人も多い。4年ぶりの開催という。6時になり空砲。しばらくすると遠くから太鼓のど、どーん、どどーんが近づくにつれ地面から足元へと振動が伝わり始める。こんな大太鼓の皮はいったいどうやって張るのか。六つの太鼓が大から小へと並びゆく。大国魂神社は六社を祀る武蔵総社なので、六つの太鼓?そもそも総社を造営し土地神をまとめたのは国造が新たに赴任した際、其々を訪ね詣でた慣わしの簡略化と聞く。埼玉東京神奈川に広がる神様をここで一意にお詣りするという天晴れな合理性。それでも神々を勧請するに及び、神々の威光と移行は龍が移動でもしているようにどどーんと響いた古代であったろう。そんな様が1400年を隔て響くかのような祭だ。間も無く神輿が出発するらしいお囃子が鳴り響く大国魂神社前の旧甲州街道を全てが練り歩くと夜はすっかり更けていく。あちこちで太鼓の叩き手に共感と激励の拍手↓祭のメーンを外れたところには里神楽おひねり投げ銭したいところを家人に制される。太鼓に応えるかのような丸い月がぼうやりと。↓昨年6月に訪ねたときの大国魂神社の様子初宮はこちらでお参りしているけれど、電車でやって来たのはかなり久しい。駅の周辺が様変わりしてマゴつきつつも、ケヤキ並木に誘われる。大宮神社よりも小ぶりとはいえ、武蔵総社の威風があり、平日朝ながらお詣りの人が途絶えない。管内神社祭事をまとめて執り行えるよう武蔵国内六社を国府のあったこの地に合祀したという、まあ便利な発想ではある。拝殿からはそれはそれは立派な鏡が据えられていて、その後ろに簡素な本殿があり、中殿左右に六社が祀られている様子。六社は埼玉三社、東京都二社、神奈川一社のバランス。その中の一ノ宮が小野大神。初詣に出かけた神社で、ご祭神はかの瀬織津姫。つまり大国魂神社の主神は大国主命だけれども合祀の一位が瀬織津姫という有り難い国津神神社とのご縁となる。苔むした立派な狛犬。この側に亀石鶴石。重要文化財の狛犬は、しかしこれに非らず。
2023.05.08
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2023/05/05/こどもの日、筍のウラ年〈DATA〉小学館 / 著者 山田風太郎2002年8月20日 初版第1刷発行 〈私的読書メーター〉〈昭和21年1月から12月末までの日記。1行で終わる日、長く綴られる日混在。印象に強く残ったのが、借りた傘が持ち去られた顛末にみる山田青年の意外?な生真面目さと敗戦後の振興宗教女にたたられる朋輩小西氏の顛末を描く筆の妙、冴えて日記逸脱。女性に対する蔑視あれど、そこに至る母恋に同情も覚え。欠乏にあって日々の食べ物日々の読書、克明。世相早くも雨後の筍の如く屋台闇市メチル混在の怪しい酒、田舎へ田舎へと買い出し溢れる人びと。知人製造の糊の行商に徘徊する東京市中に今の東京風景を重ね、当時からの忘れ物を夢想する。〉この本の口絵に、山田風太郎氏がタバコをくゆらせている写真がある。片方の目は前方を鋭く見、片方は気弱げに過去を眺めいるような風貌だ。そこはかとなく寂しげである。その裏側に医学専門学校時代のエリート青年、やや文学寄り、な姿から随分遠くへ来たではないか。無茶苦茶な戦争、敗戦前の凄まじい空襲。焼け出されて日用品どころか食べるものがない。頼る人を失くした幼い浮浪児の群れ、乞食に身を落とした老人の群れ、猛烈なインフレ、田舎と都市の食糧格差、栄養失調、人心の荒廃、大陸からの引揚者手のひら返しの新聞報道、権威の失墜、昨日鬼畜米英、今日カムカムエブリボディ日本の歴史の大転換。あれから間も無く78年山田風太郎24.5歳。敗戦からまだ5ヶ月足らずの現在を生きていた記録だ。大切に感じたところなどを引用する。P26〜27 1月16日付け「今の日本の新聞は何処の国の新聞か分からない。今の日本の壇上で叫ばれる口、今の日本の紙に書きなぐられる筆は何処の国のものか分からない。寂しい。寂しい。あんまりひどい。あんまり惨めだ。戦争が正しいとは思わない。それは人間の悲劇だ。しかし人類は戦わねばならない時がある。戦うべき時に戦わないのは、更に恥ずべきである。神の目から見たら「戦うべき」時などはないであろう。戦争の口実は許されないであろう。しかし吾々は神を相手に戦ったのではない。アメリカ人を相手に戦ったのだ。アメリカ人が悪いから戦ったのではない。しかし日本も悪いから戦ったのではない。戦いはそれ自身は「悪」であろうが、戦う人間は互いに「悪」を超越している。戦うべき戦いを戦って、吾々は敗れた。「悪」のせいではなく「力」のせいである。 そうして吾々はこの前途に全く光のない暗黒の惨憺たる日本に生きている。聞こえるものは飢餓のうめきと「戦争犯罪人」への罵倒と、勝利者への卑屈な追従の声ばかりだ。」P107 〜 3月6日付け「吾々は「知る」権利がある。「知る」結果は幸か、不幸かそれは知らない。(自分はちょっと暗澹たる気持ちになる)しかしともかく可能なる限り知らねばならない。月は女神の住む天上の鏡だと信じて疑わなければ幸福であろう。しかしそれは地球の衛星の一つで日中は焦熱地獄、夜更は八寒地獄の断崖絶壁の岩石の大塊であると、もし事実がそれを示したならそれは知らねばならない。それをイヤでも美玉であると信じさせようとするのは人間の尊厳に対する罪悪である。 天皇制がそれである。吾々は先ず知らねばならぬ。歴史的真相を、人格的真相を。ーー知ってなお尊敬出来たら幸せである。月はその本態を知ってもその美観は人間の魂の中にレベルを落とさない。天皇制もそうであったら幸せである。しかし、ーー天皇は月のごとくそうであるだろうか? 親友松葉との会話は続く では君は神なら拝むか?と松葉はいう。 神も信じない。少なくとも今のような人間の形 をした神を、今までのような気持ちでは拝まな い。 世界はだんだん神を失ってゆくのだろうか?と 松葉。 今までのような神は失われてゆくだろう。しかし 宗教は残るだろう。すぐれた人は、自らの神、 心の神によって自ら動く。トルストイの基督は 文字通りトルストイの神であったごとくにだ。松葉は更に世界の人間がコスモポリタン的になるのか問う。百二百年の近い将来は無理でも千年以内にはそうなるだろうと応える山田青年。この世界融合をイヤでも実現せしめるのは科学である、と。 考えてみれば日本人が天皇制に熱狂しているのは、くだらないことである。それは第一義的の問題ではない。これからの教育の第一義的なものは生徒を「人間」に育てるということだ。偏らぬ、自由な、世界的なものの見方をするように、そういう性格を育て上げるということだ。 世界が次第に一つになってゆくにつれて、今の日本人の好むと好まざるとに拘らず、天皇制は人間の批判的精神に耐えなくなるだろう。それはやがて崩壊するであろう。P223〜 5月31日付け…抜弁天より電車にのりて、万世橋より一つ手前にて降りる。廃墟の草原の中を上る坂道の右に焼け残れる神田明神の青き屋根見ゆ。宮本公園を見ればジャガ芋畠となれり。昭和18年、ここは樹木美しく涼しき小公園なりき。19年には池が出来、ドイツ人夫婦が散歩する姿も見えたが、先だっては崩れた煉瓦コンクリートの柱に夏草が覆い、今や芋畠になった、と。風景の目まぐるしい変わりようを今また吾は見る。P310〜 9月13日付け生来絵が好きで、絵ばかり描いて中学生で天才とさえ言われたが今では描かなくなり。剣道は中学で選抜されたが、これも4、5年時には、専らサボりで、剣の字を聞けば胸が悪くなる平和論者になったが、その頃より文学に興味が芽生え、小説みたいなものを書き出し、受験誌に当選し嬉しがっていたが、これは今でもちょいちょいくだらぬもの考えてなぐさんでいるが、これも滑りはじめて、自分は結局、何の趣味もない、また自分の職業にそれほどの愛着もない凡々たる「お医者さん」になるらしいと感懐しているが、11/14日記で『達磨峠の事件』の原稿代920円を得ている。当時叔父から月150円ばかりの、もっともカツカツの送金であったから、新人とはいえ、まあまあの稿料であったろう。沖電気勤め以来身内のような高須さんのにわか商売を手伝いつつも、右から左に移して金子を得るようなことは自分には出来ない、と断言し、はて何で食っていくかの分かれ道がこの敗戦の翌年であったのだなぁ。そして、日記は女性への偏執的蔑視を羅列した上に、冬に向かうに連れボリュームが薄くなる。P388〜 12月30日付け小西哲夫よりハガキ来る。朝鮮人なら切符買える由、高須氏、朝鮮人連盟の知人に頼みて証明書2枚貰い来たり。余夕、経堂駅に買いにゆけど買えず。十三章「注意」読。にて了。
2023.05.05
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2023/05/04/木曜日/青葉のころ先日仕事帰りに、イザイホーの一日上映会に行った。ツレはよく行くらしい紀伊国屋ホール、私は初めて。トークイベントまで参加すると9時半は過ぎそうなのでそちらは割愛。因みにトークイベントには諏訪春雄氏北村皆雄氏乾尚彦氏岡田一夫氏アジア民俗芸能の研究、映像関係のみなさんイザイホーは、沖縄に隣接した珊瑚礁からなる久高島に伝わる、12年に一度、午年に行われた祭礼。首里の東に位置し神聖な島として琉球王府と深い関わりがあり600年以上続いたという。祭祀を司るのはノロと呼ばれる神女で、久高島に生まれた女は30歳になると神女集団に加えられるが、その就任儀礼をイザイホー、という。祭礼は4日間に及ぶが、その前段の準備はひと月前から始まり、威厳に満ちたものだ。島の神聖な場所である御嶽を廻り、御願立、祭場準備、香炉の継承が滞りなく終わると、祭典に従い建てられた小屋でおこもりをする。それを見届けるとそこに対座した村人は三々五々帰途につく。神女たちは翌日おこもりから出て、朝まだ来の道を辿りガマの湧水で禊をする。4日の間、繰り返えされる神謡ティルル、舞、橋渡りは一塊の熱狂となって小屋に吸い込まれ鎮まるのである。デジタル処理された画面の明るさは南国の光、風、雨と濃厚な緑をスクリーンに映す。先だって見た 岡本太郎の沖縄 の、生と死の原型がもつ独特の昏さがオーバーラップし、今となってはどちらがどちらか。そのどちらだったか、かつて久高ノロが采配したという闇夜に素手でエラブウミヘビを狩る場面がある。これがゾワリと深いところに触れる。スサノオの妹イモとしてのノロがイメージされ、私はアジアの古代信仰の生の姿を見る思いがした。ウミヘビは何日も神聖な場所で燻製され供物となる。諏訪氏の解説によるイザイホーの構造暗黒空間空間に至る橋と狭い出入り口祖霊と一体化して神女ノロとして新生祖霊は大地の女神神女ノロは男性を助ける、おなり神信仰人は神、神は人氏によれば天皇の即位儀礼である大嘗祭も含め、古代の信仰形式が、イザイホーに確認されるという。久高島は沖縄の東の細長い島日本はユーラシア大陸の東の弓状列島久高島から人が消えてノロを継げる女はいなくなった。日本から子どもが消えて日本というクニを引き継ぐことが困難になるかもしれない今古くも新しい神謡を謡い、舞を踊るをと見出し手ずからに危険を掴み取り、美味し供物に変ずる祭礼が、今ぞ待たれる。
2023.05.04
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2023/05/03/水曜日/風光る渋谷に マチルダ を観に出かける。娘からの早めのお誕生日プレゼントとのこと、ありがたし。しかしランチ代は高くつく。言わずと知れたロアルド・ダールの一番人気児童文学『マチルダは小さな大天才』子どもたちが大好きで何度か読み聞かせした。舞台装置もマチルダのMにフレーミングされているのだった。しかしながら舞台を見終えると、このMはmature の M かも?と思った。そのフレーム中心に一人ですっくりと立つマチルダが眩しい。子どもじみた大人の存在、が主題かも。間も無くこどもの日のニッポン自覚しているミスハニーと最後まで自覚無しのワームッド夫婦の対比そうそう案外、大人の成熟物語なのかな。ファンタジーとリアリズムがくっついて、そのどちらもが跳ね上がらず収まりながら大きな物語を小さな個人に届けるこれはメリーポピンズ由来、英国方式、フィリッパ・ピアスも思い出されることよ。ビクトリアン時代からこっち、英国って余程子どもが困難な国で、でも本邦にしたって、経済発展後にはその隘路に陥ってしまった。暴力に向かうか引きこもるか問題まあ、ともかく型破りなマチルダにエンパワメントされて子どもたちは監獄、軍隊みたいな学校構造を打ち壊す。 彼らの団結の力が嬉しい。という訳で、こんなミュージカルを観て、舞台せましと躍動する元気な子どもたちがそんまんま実生活でも元気でね、と祈るアタシ。さて、大人ができることは子どもを孤立させず仲間を増やす、そんな力添えをしなさいよ、て読める舞台でした。マチルダの熊野さん、セリフの滑舌もう少し、ミスハニーの昆さん、繊細さが役どころにピタリミストランチプルの小野田さん流石、ブラボー!
2023.05.03
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2023/05/02/火曜日/素晴らしきかな五月〈DATA〉講談社 / 著者 多和田葉子2022年10月18日 第一刷発行〈私的読書メーター〉〈消失した、かもしれない列島故郷。Hirukoは居住地デンマークから、事実を確かめに東を目指す。彼女を含む6人の旅の仲間が信じられないほど知的で素敵なんですけど。頼りなげなHirukoが物語の進行と共にくっきりと像を結びSusanooの長姉というポジションを示す如く変身する、濃くなる。アカッシュに誘われ腰を上げたクヌートの相手になるべく素早く立ち上がりダンスを堪能、ラトビアの蜂蜜の官能。蘆の舟で流された未発達の赤子=ヒルコは自ら船になることを意志する。太陽諸島から来て、新たに生まれる太陽諸島へ渡る船に。〉『地球に散りばめられて』『星に仄めかされて』に続く三部作の最終巻となるのかな。いつかスピンオフとかエピローグが生まれるのかもしれないけれど。これらの物語が生まれた背景には、著書がどう発言しているかは全く知らないけれど、どうしたって3.11があるのだ、と思う。彼女にとってドイツは既にホームランドであるから、日常触れることのない祖国は彼女の日々において余り意識に上らない、本当にその国があるかどうかさえあやふやな存在だろう。欧州では、世界では?国境は動き続け、今はない国があれば新たに生まれた国もある。東アジアの片隅の島国を呑み込んだ津波繰り返し電波に乗って流れた、黒い水に奪われる家、車、諸々と自分と近しい姿をした罹災者、焼き尽くされる沿岸の街、そして神の怒りに触れたかのような原発事故。多和田葉子さんは既にそこを離れ何十年?だが、ここまで近しくいたわしく切なく覚えた祖国の姿は無かった筈だ。何とか言葉で物語で、希望に続くか或いはディストピアか、紡がずにおれない。そんな多和田さんだったのではないか。彼の国の物語、基盤となる一番古い物語であるところの祖国の神話を辿ればあの列島から最初に流された、かもしれないヒルコという存在、に出会う。一方に、母の国へ帰りたいと暴れ狂ったスサノオという存在。その両人?両神?が思い浮かぶではないか。多和田さんは、その二人の周りに、インドの、性のお引越し中なるアカッシュ。彼はクヌートに思いを寄せる。ところでクヌートはヒルコの編み出したパンスカ語に関心を抱くデンマークの若き言語学者。日本人に間違えられるグリーンランドイヌイットの多言語話者ナヌーク。そんなナヌークに惹かれる、意識高い系ドイツ人女性ノラと多士済々、多言語、多様性。その過ぎたる複雑さをHirukoは何によって結びつけるのか。それは「空洞」かもしれないと思うのだ。Hirukoとは何か。帰るべき所が失くなった、そんな切迫感に苛まされる空虚を内に抱いているのは、ひょっとして今地上に存在する全てのわたしたち。かもしれない。その空虚をどこか共有するゆえに、旅の、道行の同行者はより空洞を持つヒルコに対して、わずかでも、あるモノ、思い、を盛ることはできるだろう。太陽の中心爆発が日食で塞がれれば観測できるあのコロナ現象はまさに空洞の見える化。原子炉ならぬ太陽の溶鉱炉そして天照らすヒルコになりゆく。物語はフィクションと現実、今と昔と未来を行きつ戻りつする。そしてたまにはっとするような詩が浮かび上がる。鳥の声が王冠か花輪を空に描き、それが地上に降りて来る、あの表現の美しさ。何ページであったか。探したけど見つからない。さて。一行も訪れるリガ。そこで得たhoney &moonで、ヒルコに魔法が掛かる。「空洞」はヒルコによって「家になる」意識、意志に変換されていく、それが希望に他ならない。ラトビアの、白樺のジュース黒い太陽のようなパン自家製の、お手製の多種多様な金のハチミツ緑なす森の豊かなマーケット歌と踊りと手仕事市民が、彼らの手のリレーで蔵書を新設図書館に運んだ、街で最も立地な建物は教会でも市庁舎でもなく、図書館!そんな街リガを再び訪ねたい。
2023.05.02
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2023/05/01/月曜日 過ごしやすけれど少し湿気今月は初訪問の老舗二軒と久しぶりの神田薮と江戸前蕎麦の月❶玄蕎麦 露庵 ★初訪問世田谷区5日 水曜日 ランチセット 1250円炎天下に並ぶ。蕎麦屋に長居する人が多いとあちゃーまして幼い子どもにタブレットを与え居座る客にお店も辛かろう。この子はどんな大人になるのかしら。そんな中、45分後にようやく席に着くころはペコペコで掟破りのランチセット天丼は余分なものが無くて好印象お値打ちの1250円蕎麦も申し分なく美味しい十割蕎麦ツユは最近の傾向?江戸と京を足して2で割る印象こんなに並ばないなら通いたいもの❷手打蕎麦 ふじや新宿区 8日 水曜日 十割蕎麦 950円いつものお店のいつもの十割蕎麦最近若い女性とリタイアしたようなご夫婦をよく見かける。サラリーマンは何処へ?❸浜町 かねこ ★初訪問 世田谷区 19日 水曜日 ざるそば 1000円人気の店らしいけれど、1時頃着いたのでするっと入れたのはありがたい。天丼セットにするか迷いつつも、初めての店はせいろからルールを順守店の雰囲気が良い、まさに浜町のイメージお茶は甘味の残る温かい蕎麦茶これが基本かと思います。狭い店内はほぼカウンター、一つ掘り卓三人用あり厨房に三人、外に二人蕎麦150g、茨城の十割蕎麦でコシはあるが細めに切ってあり、喉越しがよい。よく締めてある。ツユは最近の江戸➕京甘さよりしょっぱさ勝ち蕎麦湯が早めに来て、おまけにとろみが強すぎた。私はもう少しあっさりが好ましい。しかし、通いつけたり夜訪ねたくなるお店店主も蕎麦屋らしい清潔感がある。❹蕎麦切り 森の文京区 21日 金曜日むぎめおと 麦と蕎麦の二種もり 1200円ざるの大盛りを食べる期待で並んでいると、今朝打った麦のそば?うどん?が本日スペシャルらしい。ならばそれを頼んでみる。かえしはいつも濃口で。ちゃっちゃと蕎麦を食べる。美味しいねえ、これで十割とは驚く仕上がり喉越し、コシ、食べに行く蕎麦屋の中では今ここが一番のお気に入り。麦もびっくり。麦のソバと呼べるねえフレッシュであまみがあり、艶やか。唯一難をつけるなら、もうちょっと量が欲しいなあ、あたしは❺民芸手打ちそば 志な乃 ★初訪問 新宿区 26日 水曜日 もりそば 1200円え!もりそば1200円は高くない?普通強気な蕎麦代にびっくり。運ばれたもりそば見て、あら。これはざる、しかも大盛りベース。うん。蕎麦は旨い。ツユはとっくり首までたっぷりの、京風すましだけど、思ったほどにはその味薄くない。ただ、場所の不便さを考えるとそこまで通うかな?でもこの蕎麦にハマる人はハマるんだろうなあ。番外編いしい 中央区天丼定食 1250円前回のお刺身定食が美味しすぎた。今回は蕎麦屋以外では殆ど食べない天丼にしてみる。うーん、お刺身が上かな。厨房3人の内、一番年配の大将らしき人が自ら米を研いでいた。リズミカルさが懐かしい響き。この店のご飯の美味しさの秘密。下職にご飯を任せない、にありか。研いだ米はビニール袋で保存。冷蔵庫?水に浸さないみたい。
2023.05.01
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2023/04/26/水曜日/雨蕭々先日教えてもらったヘリンボーンステッチでポシェットを編んでみた。編み地がしっかりしているので、多少重いものが入っても歪まない。そこで。スマホ用に。余り毛糸がの処遇としてピッタリ。ストラップは古くなって使わないバッグからの再利用ボタンは会津旅で買った会津木綿のくるみボタンうんうん。なかなかおよろしい。家の周りではツツジが明るい。
2023.04.26
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2023/04/24/月曜日/最高気温17度先日のニットお教室はヘリンボーン、すなわちニシンの骨、日本語では杉綾織風の目模様を編む。スワッチにはせずに小さな小物入れに仕立てる。↑上半分は先生のサンプルもちろん仕上げをしていて美しい。下の左 編み放し状態 ガーター編みはフラップ部分ヘリンボーンのところは編み針を2号分大きくし、かつ目数も1.5倍増やしているが編み地が圧縮気味もっと増し目したほうが良いし、針の号数ももっと差をつけたい。下の中 水通し下の右 ブロッキング終わりブロッキングの威力をまざまざと見せつけられる。アフガン編みかと思うくらい生地が厚く、鍋つかみやコースターに向くかも。黙々と繰り返しの反復編みは、時間の経つのも忘れ面白い。編み物時間が始まる前に、本郷のタルトのお店に立ち寄り、ブルーベリーとチーズの一切れとコーヒーで燃料補給(^^)↑Lala Talte さん。良心値段。小さいチーズタルトも二つ
2023.04.24
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2023/04/23/日曜日/最高気温19度この句が何とも言えず好きなのだ。鶯は賑やかに囀り、外は明るい屋内はまだ春先の寒さが少し残り長雨など続いて、しっとりひそやかにしている友だちとの約束もぽっかり空いて家にいる母は水仕事が済んで繕いなどしているお茶でも淹れようかと目を上げるとカレンダーが目に止まるああ、今日は母の日だったな、と気づいて母の側で遅く朝刊を広げながら、母を見るこの人が乳を含ませ、おむつを取り替え、お腹を壊したといってはお粥を食べさせしてくれた日々がその背中に重なっていることを初めてのように眺めるそんな娘の心の動きが見えるような大橋敦子の句だ。因みに彼女のお母様も俳人この日は私的にはジェラート日和マンゴーとピスタチオのダブルここヴェンキのマンゴーの美味しさにうっとり母の日に 娘と競う ソルベかな
2023.04.23
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2023/04/22/土曜日/寒さ戻る〈DATA〉 WAVE出版 / 著者 高橋琢磨2017年3月25日 第1版第1刷発行 〈私的読書メーター〉〈山田風太郎日記に橋田邦彦の名を知る。なぜか後ろ髪引かれこの本に出会う。もう少し彼の生涯に肉薄したものを想像したが、昭和前期と後期の政治、外交、戦争を浚う事に紙数を費や、というか時局の解説で資料の少なそうな彼の行動の背景を探った、と言うべきか。医学者橋田邦彦の著作『正法眼蔵釋意』はなぜ生まれたか。西洋科学は細部へと分け入り全体を捉える事がない。即ち医科学、医術あって医道なし。東洋に無かった医科学を一早く学んだ日本がその三位一体を完遂させ、人間をトータルに見る「科学する心」を啓く、という構想は果たして…〉青年山田風太郎は、敗戦の詔に魂を千切られたのである。最後の一人まで戦うのでは無かったか。世界の片隅で、あの大人しいすずちゃんが、血相を変えて臓腑の底から叫んだではないか。それが降伏だと!先立った息子たち、空襲に焼かれた老若男女、市井の人びと沖縄の惨状、これらにどう申し訳を開くのか。自分のたちもその後に続くのだ。皆そう覚悟したではないか。おそらくごく普通の人の当時の率直な気持ちはそれだったと思われる。ところが敗戦を一旦受け入れるとそんな昨日までが180度反転する。小賢しく小利口に立ち回る人間が私益を膨らませていく現実が日夜、表出してくる。国土壊滅に至らせた国の指導者がおめおめ生き延びて軍事裁判に引っ張られる姿に、なぜハラを切らないかと青年風太郎は歯軋りするのだ。執拗に新聞報道を調べ、敗戦後188人の自決者である事に触れている。その中に橋田邦彦が含まれ、青年風太郎は直接知り得ないはずの橋田が立派な人物であった事を特記している。ところで東大銀時計の若き橋田邦彦が欧州留学の折携えたのは尺八、硯、陽明学の本、泉鏡花などであったという。こんな所に橋田という人がよく現れているではないか。当時、学生らによる法律と医療相談に奉仕する「東大仏教青年会」に請われた橋田は医学、医療、医道、科学、宗教、政治に至るまで講和し、学生らに盛況であったという。一方で生理学を独立した学会設立と為すなど実際家でもある橋田は『正法眼蔵』に基づき、学会長を置かないとした伝統が今尚続くという。その行動力と学生から慕われ後進を育てる姿を見知った人物の推挙を受けて一高校長へ、更に難しい時局の文部大臣拝命を受ける固辞するもとうとう折れたが、学徒出陣には我慢ならず辞表を出した先に服毒自決があったのだ。科学者橋田は日本の敗戦が見えており、大臣の地位に就くことの意味もその先も理解していた。まして幼い頃より繰り返し心身に刻んだ陽明学徒なのだ。愛妻きみゑも養女の看護がなければ共に、の覚悟の青酸カリ。そしてそれは近衛の要請を受けて地中から掘り起こされ渡されたというのである。橋田の遺書の辞世の句いくそたび 生まれ生まれて 日の本の学びの道を 護りたてなん「科学する心」で「道」を通し科学立国せしめ、その科学を基礎に産業を起こし、日本の経済を強くし、その横展開によってアジア全体が豊かに発展する構想そんな夢を橋田に見出した著者の経歴が野村総合研究所のロンドン支店長、主席研究員を務めた、というのはさもありなん。そんな氏がどうしても触れずにおられない天皇の戦争責任について、感じる所は大いにあった。文中、明治天皇にも引用される夏目漱石だが、昭和天皇に向けての文章は『坑夫』から。「いいねえ。富士は、やっぱり、いいとこあるねえ。よくやってるなあ。富士には、かなわないとおもった。念々と動く自分の愛憎が恥ずかしく、富士はやっぱり偉いと思った。よくやってると思った。近衛や橋田の生き方を通して見てくると、おそらくこのようであらまほしき天皇が、著者に去来するのであろう。実際の所はその変身振りに皆が戸惑ったのだ。敗戦直後の自身による外交、神から降りて日本中をへ巡り、炭鉱にまで潜って坑夫を激励したかと思えば、いつの間にか奥所にこもり祈ることが多くなった、と。橋田の遺書のもう一つの辞世の句大君の御盾にならねど国のため死にゆく今日はよき日なり文中から読みたく思う資料『田島日記』、加藤恭子いくつか。また時実利彦が橋田の愛弟子であったことを知る。彼の脳学と人間の成長を捉えたシリーズには多くを学んだ。
2023.04.22
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2023/04/20/木曜日/初夏の如し念願叶う。殆ど太郎の同名書物に沿った画像と今現在の沖縄を被らせるカメラワークもちろん当時はあって今では失われたものがある。例えば久高島のイザイホー岡本太郎が撮影をしてそれを公開する事で島の人に衝撃をもたらせた風葬そのスキャンダル仕様は相も変わらずなマスコミの介在による、こんがらがりが一層、関係者を惨めな境遇に陥らせる、という展開なのだ。今回その事へ取材は慎重に入っていった。久高島の祭祀を司るノロ、大変気高い風貌の、その女性のお孫さんのことばは、風葬の写真公開が巻き起こした憤り、困惑を慰撫し、包み込むかのように思われた。そしてこのフィルムの中でもっとも重要なことば「むかし、人は生きるということはどういうことかを考えていた。今、私たちは生活をどうするかしか考えていない」岡本太郎という人はとてつもなく大きい振れ幅の人間だ。彼はパリが芸術家の溜まり場、毎日が祝祭日のような1930年代に18歳から10年暮らした。絵で表現することの根源を見極めるためだろうか、ソルボンヌでやがて哲学、美学、心理学、民俗学を学ぶ。特に民俗学の泰斗マルセル・モースに学んだ事が彼に大きな影響を与えたのは疑いない。何しろモースの下からは、かのレヴィ・ストロースらが輩出されたのだから。敗戦という未曾有の経験を通して塗り替えられていく日本物事の価値観をフランスで作り上げた自分そんな自分の祖国の、これぞアーキタイプと思われるものを求道し、ついに太郎が出会った沖縄、なのである。そして、心ある沖縄の人びとはそんな太郎の気持ちを丸ごと受容したのだった。御嶽の場太郎は言う。そこは何もない、何もないことによって豊穣である。ただきよらかさに満ちた元初の祈り人間とはこうしたものではなかったろうか。ありのままに生きる人間とは。太郎はその御嶽のエネルギーを作品へ注ぎ込んだあの、太陽の塔へ太郎の居間からは芭蕉がエネルギッシュに育ち放たれている。まるで沖縄をいつも思い出せるように。あわや失いかけた所で救われた 芭蕉布平敏子さん、という人間存在そのものがすばらしい。芭蕉布を織ること嘘をつかない、正直な仕事カイコではなく、葉から人間の手が直接生み出す糸この扱いにくい繊維を見事な糸に紡いで折り上げる平敏子さんが持ち得た技術それを支えた生き方、身の振る舞い、一つ一つに涙がこぼれてしまう。かたじけなさに涙がこぼれる。昨年9月に101歳の生涯を閉じられた。沢山の弟子、跡を継ぐ人びとを育てて。なんと見事な生涯であろうか。沖縄本島の東にあって、600年続いた女たちの神への祈りは豊漁と航海の安全のみならず、名護の女性が語ったように、本質的には根の国=女の国からの、日本、アジア、世界全体をも包括する祈りだったのかもしれない。イザイホーはもう失われたが、その祈りは、それを大切に思う人びとの心の裡に場所を変えたのだ。芭蕉布やエイサーや紅型ややちむんの形になって、沖縄で日本で花開いていくのだろう。
2023.04.20
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2023/04/18/火曜日/今朝方は寒さで目覚める〈DATA〉 講談社文庫/ 著者 山田風太郎1985年8月15日 第1刷発行 1995年6月30日 第9刷発行 〈私的読書メーター〉〈80年近く前の人の日記とは思えぬ、現代人の意識と地続き。孤独であり合理的科学的、ややもすれば冷笑的な個人が日記にいる。故に神州、神通力などは埒外である。されど教育。「人と成ったのが大正時代の半老人」からは著者世代が骨の髄まで軍国主義であると指摘される、そんな血の沸騰が8.15の夜、生来する。それも一夜鶏声の内に霧散するのは心情でなく頭脳が怜悧過ぎる所以か。戦火に遭っても凄まじい読書量、風景を描く瑞々しい綴り方。何故を問い続ける敗戦前後の東京と疎開地の日本人の有り様。市井の人びとの声など一級資料ならん。〉この発行日は!断じて敗戦から40年後のその日に出版!の強い意志が出版社や編集人から感じられるではないか。今年はそれから43年。文中から山田 僕は日本精神そのものの実在さえ疑っている。そんなものがあったのか松葉 それはあんまりだ。国民精神というものはどこの国にもある。…それを具体的に見たいと思うなら、大樟公を見ろ、吉田松陰を見ろ、高山彦九郎を見ろ。あれがすなわ日本精神の凝って人々となったものだ。山田 ところが僕は大樟公が信じられない。太平記という小説に理想化された忠臣を見るばかりで、人間樟公を知らない。…修養するにもまったく手がかりのない神的人物だ。高山彦九郎や松蔭はどうか。僕はそこに彼らの人間を見る。しかし一風変わった人物を見るばかりだ。僕は彼らを思うと、耳を切ったゴッホを思わずにはいられない。対象が天皇と美と違うだけで。心理状態においては同じのような気がする。山田 僕は日本精神というものを認めない。僕の認めるのは日本民族性だ。教育というものが決定的に重要として、松葉からそれではきみは将来子どもにどんな教育を施すかと問われた山田風太郎は、僕は人間性を知らない。どうなったら人間は平和な状態にあるといえるのか知らない。人間社会には、一定不動の平和などというものはあり得ない。平和というものは推移するところにあると思う。万物流転の上にあると思う。従って、不動の教育などあり得ないと思うだけだ。と答え、僕は日本精神を認めず、民族性を認めるといったが、実は僕は人格などというものも認め得ないのだ。僕の認めるのは性格だけだ。そしてそれは結局大脳ということになる。人格の向上などはあり得ず、大脳の訓練あるのみだと結んでいる。彼はこの間、医学書よりもロシア文学を多く読んでいた。もっともドストエフスキーは一冊も現れない。驚くのは3月10日の大空襲の翌朝にも進級試験が実施されていた事実。馬込の方では釈迢空が弟子と日本的美を息を潜めるように深く試問し、岩崎小弥太だったか、広田フッコサイと曜変天目か何かの国宝を挟んで睨み合いまんじりともしない図が、業火の阿鼻叫喚中に繰り広げられていた訳なのだ。引用の日記は9月20日、親友松葉との会話。天皇制問答として閉めている。こんなある種ニヒルというか徹底的に科学する心の医学生山田風太郎が戦時中を通して事物をそのように観察し得たことそのような思考を誠実に打ち明け、話し、受け容れる友のあったことをこの日記から知り得た。医学生山田は医者にはならず山田風太郎になった。千回の晩餐を新聞に載せたころは、「耳を澄ませば」の舞台となった聖蹟桜ヶ丘の頂きに住んで、駅のスーパーに美しく並んだ食材を感に堪えず眺めていたらしい。そういえば、ここにあったブーランジェリーでバゲットを買う谷川俊太郎を数回見かけたが、昨今谷川氏はバゲットはいかがか。ところで山田の本籍のあった村は、やはり作家となった三島由紀夫の本籍地でもあり、兵役回避の希望でここまで検査を受けに来たという。三島は結果、兵役を免れ父と小躍りしながらその場をそそくさと離れた。山田は甲種合格でないことを恥じ、何かにつけて列外にある自分というものを考えざるを得なかった。後日、三島はこれを恥じた事もあったろう、肉体改造と割腹自決で人生を終える。山田はスーパーの食材を飽かず眺め、美味いものを食べ、荒唐無稽を書き連ね流行作家になり、初恋の女性と結ばれ子育ても楽しんだようだ。やはり小説作品にはそのような若い時の生き方が何となし滲み出るし、晩年、あるいは人生の閉じ方にはなおさら明瞭となるのだなぁ。
2023.04.18
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2023/04/17/月曜日/爽やかな晴れ渡り訳があって、いついつまでに編み終えたいが先ずあったため、いくつかやり直したい所を見ないふり何とか締切前日に仕上がる。仕上げる?同じ長尺のものを色を少し変えて2枚編むので、一気呵成の前傾姿勢でないと続かぬ。結局3週間ほどで編み上げ、肩はバリバリ(T ^ T)ローシルク素材のレース編みなので、ブロッキングは避けて通れない。百均で、45㎝角のジョイントマットを4枚購入。これで、ピン打ちブロッキングができる!2枚の腕と肩のところを絹糸で閉じ合わせる 貫頭着?みたいに頭からスポリと被るだけ。実はこのデザイン?と呼べるかな、は昨年 とあるブランドのショップで見かけた。 それはメリヤス編みのカシミアかなんかだったけど、 私には余りにお高い! 自分で編もうっと。とあいなる。 90°角度を変えて袖短め丈長めもOK うんうん、なかなかよろしい。 冬用も作ってみようかな〜 試着してみると、あああー、目立つところに思いっきりミスした模様が!あーこんなもんだねえ。でもでも。初めてのブロッキング、 この威力はほんと素晴らしいと実感。 その内縫ったところを解いて娘と分けて 使っても良いかも、と思う母心 おっかさんはせっせと編んだだよー
2023.04.17
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2023/04/16/日曜日/朝は少しく寒いショールを編みたくて作夏頃買った絹の糸最初は長手方向の150センチ幅で編み始める。作り目は別鎖何段か編む。複雑なレース編みでなくても必ず、目落とし、二目一緒などの間違いを犯す私である。ミスを発見した後の解き直しを数回やると流石に八百を超える目であるから、矢尽き刀折れ感が半端ではなく。するする解いて短か手に編む。先日仕上げたマフラーは長手方向だったけれど、あれはガーター編みなので、何の痛痒もおぼえなかった。さてさて、8分の1ほどに幅が縮んだ。ついでにシンプルな模様に変更。↑後方撤退ならん。後退、後退而して、夜更けの母さん夜鍋 である。うとうとしながら編んでいるため、あらぬ模様に突入したところでハッとして解きやり直す。↑どこまで続くぬかるみぞ何度も繰り返すとムキになってリカバリをかけ、連日睡眠不足、電車で爆睡必至↑兵站も睡眠も不足の事態昨夕、遂にこちら方面を打ち捨て新しい刀ならぬ針、新しい玉にて心機一転↑押してもダメなら引いてみよ作戦おや、針を1号大きくすると編みやすい。モチーフと英語の表記が針を持つ手にリズムとなる現れる模様はメロディー、重なる色がハーモニー編み物は音楽だなぁ↑戦い済んで日が暮れて
2023.04.16
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2023/04/15/土曜日/朝から雨、いささか寒し本当のところ、「岡本太郎の沖縄」 を観るつもりだった。 ところがそれは明日からで、 当日朝のプログラムは、かの「独裁者」という何とも私らしい顛末。 この類のあるあるで忘れられないのが、パリ滞在の短日に一日を費やす張り切りでルーアンにモネの大回顧展を観に出かけたら、その日は特別休館。なんぞという事もあったなぁ。もっともその手のミスが決して嫌いではないのである。左様であればこちらの舟に乗りまする、とゆらゆら行くのも旅オツである。という訳で思いがけず 独裁者 を観た。チャップリンの映画は殆ど観ている。ライムライトやキッドなんかは何度も観た。しかし本作を劇場で観たのは初めてだと思う。これが1940年に公開された事に当時大きな意味があった筈だが、ロシアのウクライナ侵攻一年後の今現在、更に時宜を得て胸に迫るとは何事ぞ。私たち人間はかくも進化できない生き物、動物以下の存在なのだろうか。涙滂沱。ユダヤ人床屋がなぜか疑似ヒットラーである独裁者と瓜二つ。其々に知識、情報を与える指導者的執事的存在があり、回りを囲む者たちがいる。つまるところ独裁者も床屋もある意味、中身無しの容器というか媒体物のような存在だ。さて。床屋のチャップリンにあって疑似ヒットラーのチャップリンに無いもの。それが愛、思いやり、友情、信頼をかもすコミュニティであり、コミュニティがもつ、ゆったりと流れる時間なのである。それらを本質的に憎んでいるのが独裁者であり、そもそも媒体である彼には一貫性も無く、思いつきやその場限りの感情に突き動かされている。その決裁が招く事態には全く無頓着で不気味なほど。↑何とかいう政治家に似てないか?ではどうしてそんな独裁者は生まれて来るのか。映画の中で、世界を席巻する力の構造様式であるテクノクラート官僚機構と独裁者はとても相性が良さそうに見える。彼から世界を手中にできると甘言された疑似ヒトラー総統は幻想を抱く。そのシーンで、地球風船と戯れさせる場面を監督チャップリンは描いている。このシーンは強烈なファンタジーだ。どの場面も機械の如き肉体顕現の総統が、部下を下がらせ、いじらしく柔らかく地球風船と戯れる、その素の姿。この幼児性!独裁者がもつ幼児性!独裁者の秘密はここにあるのではないかとチャップリンは描いてはいないか。瓜二つであったことが招いた最後のスピーチ。媒体に過ぎなかった床屋のチャップリンが「HOPE」の一言で心身全体的に電気が走り、まるで今産まれたかのように主体者へ変容していく様。何度でもこのスピーチを胸に刻みたい。「あの残酷な連中に自らを譲り渡すな!機械の頭と機械の心を持った機械の奴らに!諸君は機械ではない!諸君は家畜ではない!諸君は人間なのだ!諸君の心の中には人類愛がある。諸君は憎むことはない。愛されぬ者だけが愛されぬ者と残酷な者を憎むのだ。兵士たちよ,隷属を求めて戦うな!自由のために戦うのだ!」←引用元 Y's Factoly on Note希望の光を心のランタンに灯し、高く掲げて人間の道を歩みたい。知識が人を冷笑的に不感症にしていくなら、知識を超える知恵を持ちたい。ずっとそう思っている。
2023.04.15
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2023/04/15/金曜日/すっかり晩春神田方面から浅草橋の先、柳橋には好きな佃煮屋の小松屋があり、お弁当用によく買いに出かける。しかし、浅草橋から染料を求め藍熊さんのある雷門まで歩くのは珍しい。暑くも寒くもない散歩日和 、歩くの大好きへー、おしゃれなお店がいくつもオープンしているではないか。↓傘の枝だけを扱うお店は、小売りしているのかなあ↓コロンとしたバッグ、よきデザイン↑問屋街の外れ、あるいは革製品の小さなメゾン。あるいはカゴ系問屋さん、まるでパリの下町の如く。↑人気のラーメン店前には欧米系観光客も並んで、ようやくコロナのくびきが外れ始めた?タイガービル!ちょっと戦前風な香りだけど、文字の並びを見ると戦後間も無くなのかな?ここの一階はデザイナー家具が広々と営業タイガービルより浅草橋寄りには、人気のカフェ、半月とかスイーツのシノノメ。マドレーヌよりチョコパウンドが美味しかった。間に古本屋さんがあるのは嬉しい。国際通りを挟んで向こうを歩く。え、ここオシャレだなぁ、重ねられる角皿欲しいな、値段も良心的。道具屋noboriでも散歩には重いと買い控え。新しい生活が始まる人への贈り物にもいいなあ。ここから裏道を雷門に向かえば藍熊さん、その前にへー、人力車制作会社!さすが浅草界隈だなぁ藍熊さん手前には量り売りの豆やお煎餅のお店たいふらふらと花豆揚げたのを買う。焼いたのは無かった。もう一度国際通りを浅草橋へAoyamaDARUMAなる面白げな藍染めを扱う主にメンズ仕様ショップ。ディスプレイが小粋だけど月曜休日さらに進めばパンのペリカン客、列なして、この時間は食パンだけ販売らしい。↑藍熊さんと道具屋noboriさんこの辺は拘りコーヒー店も多く、モノ作りの下地もある。何といっても江戸前蕎麦のあさだ がある。
2023.04.14
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2023/04/12/水曜日/風強く光もまた強い復活祭の俳句もよい。でも、春といえば 蕪村の「春の海 終日(ひねもす) のたり のたりかな」と、この句がどうしても好きだ。迷いつつ、今回はこれで手本をいただく。壁に掛かる画は、奇遇にも 蕪村の弟子呉春 であるそうな。くれはる と読んでみると晩春の候 を呼び覚ます。そして街角ウインドウにては、やはり馬と兵の唐三彩私は婦人俑が好きだけど、この兵は仏僧のような風情があり、悪くない。で、行書の春はゆくよ、下手下手にしもて?へた?
2023.04.12
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