全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()
今年の日本シリーズは面白かった(^^)/ そして昨日の第5戦では、広島・野村祐輔と日ハム・岡大海の対戦も見れたし。いずれも明治大OBで、野村が岡の二学年上。当初、岡は「二刀流」で名を売っていただけに、ふたり揃ってブルペンで切磋琢磨していたのかもしれない。そんな数年前のふたりの姿を想像してしました。そして余談ながら、野村のバント技術が上がったのには驚きました。学生時代は下手だった印象しかありませんので。■さて、先日のドラフトで嬉しかったこと、それはふたりと同じ明治大OBの糸原健斗(開星高ー明治大ーJXENEOS)が阪神から指名を受けたことです。明治大では野村の三学年下、岡の一学年下。同期は現オリックスの山崎福也、一学年下に現阪神の高山俊がいました。なぜ大学卒業時にプロ入りしなかったのか、不思議なくらいの逸材。決して明治を応援しながら野球を見ることはありませんが(失礼!)、相手チームから見てこれほど嫌な、いやらしい選手はいませんでした。特徴を一言で表すなら「粘っこい」「いぶし銀」。これに尽きます。連綿と続く「明治野球」「明治魂」をまるで体現したような選手とでも云いましょうか。小技はもちろんOK!それでいて一発長打を秘めた選手で、打順は何番でもこなします。3、4、5番のクリーンアップで打席に立っても様になるし、1、2番でチャンスメークも器用にこなす。そして、もっとも相手に嫌がられる理由は、ここぞ! という時に必ず結果を残すこと。例えば、チャンスに4番の岡大海が凡退して明治の好機が萎んだように見えても、続く糸原が代わって適時打を放ったことがありました。また、相手投手の代わりっぱなを捉えて、反撃ののろしを上げるなどのムードメーカー役を演じたこともありました。■明治大時代の通算打率は.229とパッとしませんが、この数字はまったく関係なし。「記録」に残る選手ではなく、糸原は「記憶」に残る選手ですね。守備も不安はなく、セカンド、サードを器用にこなします。たしか外野を守ったことがあったと思いますが、それは記憶違いか?開星高時代は「安打製造機」+「一発長打も秘める」+「三振の極端に少ない打者」と評価され、あの野々村監督をして「これまで30年以上高校野球の指導をして5本の指に入る、天性の打撃センスをもつ打者」と言わしめた選手。阪神では二番、セカンドが最適と思いますがいかがでしょう? これは上本博紀(広陵ー早稲田大)と被るかもしれませんが、糸原のほうが上でしょう、きっと。高校時代は現ホークスの白根尚貴と同期。糸原の活躍に期待します(^_-)-☆(写真)糸原健斗。~2013年春季リーグ戦より~
2016.10.30
コメント(2)
![]()
前回の続き。■近鉄が奇跡的な勝利を収めた第一試合、要した時間は3時間半に及びました。試合終了時刻は18時21分。その後、ボクはスタンド下にあるラーメン屋に駆け込み、急いでラーメンを流し込みました。なにせ第2試合の開始は18時44分、つまり試合間の休み時間はたったの23分間でしたから。そしてスタンドに戻り、あたりを見まわして感じたのは、第一試合に勝利した余韻というか、「これで優勝は決まったようなものだ」というホッとした、フワフワした空気でした。それは心地よい疲労感でもありました。■佐野正幸さんは、著書にこう記しました。「第二試合が始まると、横から中年男性ファンが話しかけてきた。『第一試合より気が楽だね』。この言葉を聞いてまずいと思った。第一試合があまりにも波乱に富んだものだっただけにスタンドは微妙な風に、何かこのゲームは楽に勝てるのではという雰囲気に変わってきていた。そう、あんな感動のゲームを勝ち抜いてもう近鉄が負けるわけがないという、錯覚にも似た気持ちである」。ーーー 「第一試合より気楽だね」。その中年男性の気持ちは、ボクの気持ちと同じです(もちろん、この中年男性はボクではありません。28年前は、まだ若かった(^^)/)佐野さんが感じた危機は、残念ながらボクにはありませんでした。数時間後には目の前で近鉄の胴上げを見ることができる! そんなことを夢想し、若干の眠気を感じつつ、第二試合は静かに進行しました。すると2回裏、突然にこのシーズン限りで解雇が決まっていたロッテの4番・マドロックに先制の特大本塁打が飛び出します(いま考えると、クビになった打者がなぜ4番なのか意味不明ですが・笑)。ロッテ1-0近鉄。あれれ、近鉄が勝利するシナリオなのに、余計なことをする奴がいるもんだ。旧い表現で恐縮ですが、マドロックはまったく「K・Y」な男に映りましたが、まぁ、いいか、これで試合がまた面白くなる、そう思いなおすことにしました。でもファンと同様に選手たちも、第一試合の興奮から醒めていない様子で、近鉄の攻撃がとにかく「重かった」。スコアボードは、近鉄の「0行進」が続きます。そんな中、力づくで目を覚まさせてくれたのは、ヘッドコーチの中西太さんでした。■佐野さんは書きます。「6回表、先頭バッターは真喜志康永・・・沖縄出身のルーキーである。だが見逃しの三振・・・しかし最後のコースが微妙だった。中西コーチが、その巨体を揺らして、怒鳴りながら抗議に出てくる。物凄い迫力である。今にも主審につかみかからんばかりばかりの勢いであった。(でも判定が覆るわけもなく)怒りながらもベンチに無念の表情を浮かべながら下がる中西コーチ。だが、近鉄ナインは、コーチの身体を張った抗議を無駄にしなかった」。ーーーそう、そうでした。あの中西さんがグラウンドに飛び出した瞬間、やっとボクは目を覚ましました。選手も同じだったようです。直後、大石のレフト前安打が反撃ののろしとなって、オグリビーの適時打が生まれ、あっという間に同点に追いつきました。そして続く7回には吹石と真喜志に本塁打が飛び出し、この時点では、近鉄優勝が間近に迫ったのだと信じることができました。あくまで、この時点では。やはりきっかけは、中西さん。審判への抗議を道具に使って、と書くと審判に対してたいへん失礼ですが、「いい加減に目を覚ませ!」と選手たちを鼓舞する、中西さん一流の演出だったと思います。またさきほど「グラウンドに飛び出した」と書きましたが、正確に言うと、少し違います。ベンチから二歩、三歩と歩くといったん足を止め、まずティッシュで鼻をかんでいるようでした。そしてそれを終えると、遠くホームベース方向に向かって何やら言葉を発し、その後に、のっそのっそと巨体を揺すりながら、主審の山川さんに近づていったのです。その様子は、ユニフォームを着ていなければ、ただの酔っぱらいのおっさんがグラウンドに闖入したのと変わらない、とても滑稽なもの。でも、それがいかにも近鉄っぽい風景でした。次回に続く。(写真)6回表、前川主審に対し執拗に抗議する中西太さん。~『近鉄バファローズ大全』(洋泉社)より~
2016.10.29
コメント(2)
![]()
今日の日本シリーズ第5戦。9回裏、二死満塁の場面で西川遥輝がサヨナラ満塁本塁打を放ち、日本ハムが日本シリーズの成績を3勝2敗としました。この本塁打が飛び出す直前、岡大海が死球を受け、両チームの選手たちがベンチを飛び出す騒然とした空気に包まれるシーンがありましたが、岡が死球を喰らうと、その後に何かが起きるのです。それは今から3年前のことーーー。■以下、2013年7月12日の当ブログより。昨日(7月11日)、日米大学野球第5戦を観戦した。2勝2敗で迎えたこの試合が最終戦。、思わぬ伏兵が日本代表チームを優勝に導いた。 それは岡大海(明治大4年、倉敷商高)である。でも岡が本塁打を打ったわけではない。貴重な適時打を放ったわけでもない。打撃成績は3タコと1つの死球である。 その死球こそがチームを救った。追いつ追われつの好ゲーム。そして4回裏、ドラマが起きた。一死後、7番・岡が打席に立った。初球、なぜか岡はセイフティバントの構えをみせ、身体が前方に傾いた。すると投球は岡の足に当たってしまった。倒れこみ、苦悶してのけぞる岡。そして立ち上がりかけた瞬間、被っていたヘルメットをはぎ取ると、思い切りグラウンドに投げつけた。グラウンドでは両軍ベンチから監督・コーチ・選手たちが飛出し、一触即発のムードに。審判団が必死に両軍をなだめて事なきを得たが、この岡の戦闘姿勢が日本代表ナインの心に火を点けた。その後、四球、盗塁、ワイルドピッチでチャンスを作ると、9番・嶺井博希(亜細亜大4年、沖縄尚学高)の適時打と1番・大城戸匠理(法政大4年、藤井学園寒川高)の内野ゴロで2点を追加した。 さらに5回裏には4番・梅野隆太郎(福岡大4年、福岡工大城東高)、5番・中村奨吾(3年、天理高)が連続本塁打を放ち、勝利を決定づけた。以前のブログで、ボクは岡を「脱力系」の選手と書いたが、それは完全な誤りで、岡は実に熱い闘志を秘めた頼もしい選手だった。
2016.10.27
コメント(0)
![]()
今日は東京六大学リーグ、立教大ー明治大をネット放送で観戦しました。■まだ僅かに優勝の可能性を残す立教と、この試合に勝利して優勝に王手をかけたい明治の戦い。戦前の予想どおり白熱した試合でしたが、2日前にドラフトがあったことで、純粋に試合を楽しむというよりも、ドラフトの結果から選手個人を見てしまう、いわば「斜に構えた」視聴となりました(結果は明治が勝利し、立教の優勝可能性が消滅)。先発投手は、立教がオリックス(8位指名)の澤田圭佑(4年、大阪桐蔭)、一方の明治が中日(1位指名)の柳裕也(4年、横浜)。高評価「ドラ1」と低評価「ドラ8」の戦いです。ただこれまでの実績から、この2人にそんなに差があるのか? と、そんな疑問がふつふつと湧いてきました。これまでの2人の実績を比較してみましょう。まず、柳。1年:2試合、5回、0勝0敗。2年:18試合、61回2/3、5勝2敗、3年:16試合、99回2/3、7勝5敗。4年:17試合、121回2/3、11勝1敗。通算:53試合、288回1/3、23勝8敗。次に、澤田圭。1年:19試合、103回、6勝4敗。2年:16試合、117回1/3、8勝5敗。3年:17試合、82回2/3、4勝4敗。4年:16試合、60回1/3、4勝3敗。通算:68試合、363回1/3、22勝16敗。 ※数字はいずれも10月22日現在。2人の通算勝利数はほぼ変わらないものの、その内容はまったく違います。柳は学年が上がるにつれ右肩上がりに登板回数が増えており、着実に実績を積み上げて4年時にピークを迎えたことが分かります。一方の澤田圭は柳の全く逆。右肩下がり、です。彼のピークは1年~2年でした。投手が少ないチーム事情もあって、入学早々から八面六臂の大活躍を見せましたが、その反動からか、後半は精彩を欠きました。プロのスカウトからすれば当然に柳のほうを欲するでしょうが、澤田圭からすれば、どこか割り切れない気持ちではないでしょうか。ならば投手の豊富な大学に進学して、ピークを4年時にしたほうが賢い選択ではなかったか、と。■そして立教には、もう一人、気になった選手がいます。今日の試合では5打数0安打とまったく精彩を欠きましたが、つい先日、通算100安打の記録を達成した佐藤拓也外野手(4年、浦和学院)です。彼はもともとプロ志向が強く、甲子園でも活躍した浦学のエースでしたが、プロ入りを目指すため大学進学後は打者に転向したと聞きます。そして、シュアな打撃力に加えた守備力、走力を引っ提げてプロ志望届を提出しました。しかし、ドラフトではいつまで待っても、佐藤の指名はありませんでした。ボクは、昨年もこのブログでドラフトを振り返りました。そしてそこで、「最近のドラフトで求められる野手像とは、走力に優れた巧打で1番バッターを打てる、かつ、センターラインを守れる選手」と考えましたが、佐藤拓はこれらのすべてに当てはまります。打順はいつも1番、ポジションはセンター、打撃力の高さは通算100安打の金字塔が証明します。なのに、なぜ? あえて佐藤拓の欠点を探すとすれば、センターとしてアピールできる守備力(守備範囲の広さ等)に不足があったか? という点です。これを証明できなければ、プロ入りは難しいのかと。ならばいっそ内野で二遊間を守っていたほうが良かったか?実は昨秋、彼はセカンドにチャレンジしたことがありました。しかし、たしか2失策を記録してすぐさまセンターに戻されたことがありました。失策のうち一つは、平凡な二ゴロを捕球後に一塁への大暴投です。球を握り損ねたのかも知れません。捕球から送球までの一連の動きがぎこちなかったことを覚えていますが、そもそも独特の動きを要求されるこのポジションには経験が必要です。もしあの時、多少チームに迷惑をかけてまでも「俺はセカンドを続けるんだ!」と我を張っていたら、今回のドラフトの結果は違うものになっていたかも? なんてバカなこと(笑)も考えます。佐藤拓とチームメイトの同じ外野手・田中和基(4年、西南学院)に楽天から3位指名があったことも、一層疑問に拍車をかけます。佐藤拓の通算打率.293(345打数101安打)に対し、田中和は.276(181打数50安打)。本塁打数や盗塁数に大きな差はなく、違いといえば田中和が両打ちということか。ま、スカウトに言わせれば、アマチュア時代の成績は参考程度ということでしょうが、今回のドラフトはよく分からなかったですね。(写真)セカンドにチャレンジする立教大・佐藤拓也。~2015年秋季リーグ戦より~(写真)立教大・澤田圭佑。~2015年秋季リーグ戦より~(写真)明治大・柳裕也。~2016年春季リーグ戦、開幕試合より~
2016.10.23
コメント(11)
![]()
あの、伝説となった「10・19」から、ちょうど28年が過ぎました。■28年前の今日、近鉄ファンだったボクは、川崎球場でこのダブルヘッダーを見ていましたが、喜怒哀楽、悲喜こもごも、どんな言葉を用いても伝えきれないくらいの、あらゆる感情がごちゃ混ぜになった、とんでもない一日となりました。ヤンキース・田中将大が駒大苫小牧高の卒業時、甲子園優勝と不祥事による出場辞退の「天国」と「地獄」を味わったことで「まるでジェットコースターのような3年間だった」と振り返りましたが、まさにこの日はボクにとっての「ジェットコースター」のような一日でした。とはいえ、年齢のせいか、次第に記憶が薄れていることが自分でも分かります。そのため、今春鬼籍に入られた元近鉄バファローズ応援団長・佐野正幸さんの著書『1988年10・19の真実』(主婦の友社)を頼りに、その日を振り返りたいと思います。試合の模様はこれまで何度も書きましたので、今回はグラウンド外のことを。■あの日、川崎は朝から快晴でした。しかし当時の世の中は、昭和天皇の体調が思わしくなく、全国的に自粛ムードが広がり、各地のお祭りが次々と中止になるなど、どんよりとした重い空気が漂っていました。<1.試合開始前、チケット売り場付近で>♠佐野さんはこう書いています。「川崎球場に着いたとき、思わずワーッ!と叫んだ。球場正面入場券売場に人が並んでいるのだ。駐車場にも満車の札がかかっている。まだ試合開始2時間以上前である。・・・入場券売場を見ると、いかにも大観衆に慣れていない係員が必死に客を誘導している。列はどんどん膨らんでいる」♦ワーッ!入場券売場に人が並んでいる、というのが可笑しいですね。でも、いまのパ・リーグでは考えられませんが、当時の、特に川崎球場の群衆なんて全くあり得ないことでした。だから、佐野さんの驚きはよ~く分かります。ボクは佐野さんより相当早く球場に着いたのでしょう、入場券売場に並んだ時は、たしか10人程しかいませんでした。なんの喧噪もなく、長閑で、ひょっとしたら近鉄が優勝するかもしれない?といった緊張感もなく、ただの消化試合といった雰囲気でした。<2.第一試合を奇跡的に勝利して>♠佐野さん「私はさすがに空腹を覚えた。仲間の女性に弁当を買ってくるように頼んだ。ところが数分もしないうちに彼女が売店から戻ってくると、たいへん、ビールもお弁当もとっくに売り切れだって・・・と。慌てて様子を見に外に下りて行ってみると、確かに売店のあちこちに『売切れ』の立て札がかかっている。かろうじてラーメン屋はやっているようだったが・・・」♦同じころ、ボクは、まさにそのラーメン屋でラーメンをすすっていました。周辺は人でごった返し、入場口の外に目を向けると、そこには中に入れない人々が幾重にも群がっていて「開けろ~」「入れろ~」と、殺気立って叫んでいました。ほんと驚きましたね、まさに大群衆です。60年安保の時、国会議事堂前に群がったデモ隊はこんな感じだったのかな?と想像したことを覚えています。「いったい、なぜこんなに人がいるのだ? 近鉄ファンがこんなにいたのか? 川崎球場と大群衆、まったく無関係と思える光景が現実に目の前で起きていました。ーーー あ、思ったよりも長くなってしまいました。続きは明日に。※写真:『バファローズ大全』(洋泉社)より。(左)第一試合の先発投手、小野。(右上)次第に近鉄側応援席を埋め始めた人、人、人。(右下)第一試合の開始直後。
2016.10.19
コメント(2)
昨日の記事に重大な誤りがありましたので、下記のとおり訂正いたします。【誤】立教の優勝可能性が消滅【正】立教の優勝可能性が、事実上消滅なぜ、このようなミスが起きたのか、そのことを説明します。昨日はネット放送を見ていて、実況アナ氏は「立教が(慶應に)敗れたことで、明治が優勝するための対象は立教に代わって慶應になります。従い、今日(16日)の明治の優勝はありません。また早稲田にも可能性が残されています」と、たしかそう云っていました。冷静になって思い起こせば、「立教の優勝可能性が消滅」とは云っていなかったですね。私の早合点だったようです。というわけで、立教にはまだ優勝の可能性があります。そのための条件は、1.明日(18日)の早稲田ー明治3回戦で早稲田が勝つ2.来週、立教が明治に連勝する3.早慶戦で慶應が2勝1敗する上記3つの条件がすべて満たされたときに、立教が逆転優勝するそうです。私の予想では、1.はない、明治が勝利するでしょう。2.もない、よくて立教の2勝1敗。3.はあり得る。というわけで、「事実上消滅」と訂正した次第。ま、いずれにせよ、私のミスは認めねばなりません。立教大関係者およびファンの皆さま、東京六大学野球連盟関係者およびファンの皆さま、そして昨日今日に当ブログを訪れた約(のべ)5,000人のうち、当該記事を読まれた皆さま。たいへんなご迷惑をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。訂正後の記事は、こちらからご覧いただけます。
2016.10.17
コメント(3)
![]()
今日も神宮には行かず、ネットでLIVE観戦をしました。立教大ー慶應義塾大2回戦。■首位をひた走る明治を懸命に追う立教は、昨日の初戦で星を落とし、今日は絶対に負けれられない一戦となりました。しかしー、必勝を期して用意した先発は、藤田凌司(3年、県岐阜商)。甲子園では「父子鷹」と呼ばれ、チームをベスト8にけん引したエースでしたが、立大進学後これまでの成績は3勝1敗とパッとせず。崖っぷちの戦いに挑むにしては、藤田はいささか力不足の印象でした。立教ベンチは、相手(慶應)の先発は小原大樹(4年、花巻東)ゆえに「大量得点を狙える!」と踏んだのか、つまり「藤田でも大丈夫!」だと。が、待ち受ける結果は、大量得点ではなく、大量失点でした。慶應 200 051 000 =8立教 000 200 100 =3■それは、自ら好き好んで、東尋坊の断崖絶壁から身を投げるようなものでした(失礼!)。頼れる投手が藤田しかいないのなら仕方がない。でも立教にはもうひとり、本来のエース・澤田圭佑(4年、大阪桐蔭)がいます。なぜ彼に先発を任せなかったのか、それが不思議です。事実、澤田は敗色濃厚となった7回から登板し、都合3イニングを投げて被安打1・無失点と好投したため、余計に澤田を先発に使わない理由が判らない。たまたま手元に『大学野球2016秋季リーグ戦展望号』(ベースボール・マガジン社)があって、記事に立教・溝口智成監督のコメントを見つけました。そこには、澤田圭の起用法について、こう述べられています。「(田村伊知郎投手が成長してきたから)試合中盤以降の勝負どころで、威力ある直球を投げられる澤田を起用したい」と。「試合中盤以降の勝負どころで起用する」と云っても、中盤にすでに敗色濃厚となったら、何の意味もありません。特に今日の試合は崖っぷちの戦いでしたから、頭から100%の戦力で行って、何が何でも勝ちにいかなければならなかった・・・。明日の第3戦のことを考える余裕はないし、ドラフトを控えた澤田の投球回数の自重を配慮する必要もなかったはず。相手慶應の戦力は強力です。投打がうまくハマった時の戦力は、リーグNo.1と云っていい。今日の敗戦により、立教の今季優勝可能性は完全に事実上消滅しました。そして事態はそれだけでは済まず、これまで今の4年生たちが高めてきた優勝可能性をゼロに逆戻りさせて、今後しばらくは優勝から遠のくに違いありません。(写真)立教・澤田圭佑。 ~2014年春、対東京大戦より~
2016.10.16
コメント(20)
![]()
今日は明治大ー法政大1回戦をネットで観戦しました。結果はスコア10-2で明治圧勝が圧勝しましたが、明治・柳裕也(4年、横浜)の大きく曲がって落ちるカーブがいいですねぇ(^^)/ この球を見ていて、大投手・沢村栄治のドロップについて松木謙二郎さん(阪神に在籍した往年の名打者)が語った言葉を思い出しました。「長いこと野球やったり、見てきたけどあんな凄い球はその後ないやな、あのドロップ。まだその後お目にかかれんわ。なんやこう(手ぶりが入って)一回、グッと伸びて、高いボールになるかと思ったら、それがあんた、スコーンと落ちるんや、これはもう沢村の独壇場や。あれを打つのは人間の目じゃとてもとても・・・ほんとうに、沢村の全盛時代は凄いちゅうか、なんちゅうか・・・」 これ、千葉茂さんが自著『猛牛一代の譜』に記した一節です。(千葉さんの文章は、いつもユーモアがあって面白い(^^)/)もちろん、沢村のドロップは剛速球と同じスピードのまま三段屈曲したと云われており、柳を同じ土俵で語ることは突拍子ないことです。が、ふだん内野席からは見えない曲がり(落ち)具合がネット中継でよく見えたので、嬉しくなってつい松木さんの言葉を思い出した次第。さて、柳は今日の勝利で通算21勝目。剛速球はなくとも、カーブなど変化球を操るしなやかな投球術は、まさに「柳の枝に雪折れなし」「柳に風」。「柳の下のどじょう」は・・・まだまだ、ウヨウヨ居そうな気配であります。(写真)柳裕也。球はこの後に、グッと伸びて、左打者の膝元にスコーンと落ちるのであります・・・~2016.9.10 対東京大1回戦より~
2016.10.01
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1