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聴きやすさなら断然これ 先に『気分はモノクローム(All Over The Place)』について述べたように、バングルス(Bangles)のデビュー時の印象は60年代~70年代にかけての音楽的水脈が80年代型として開花したというものであった。1984年リリースの同メジャー・デビュー盤の後、1986年初頭に発売された本盤では、ポップさと聴きやすさの面で大きな進展があり、良くも悪くも前作とは大きく異なる作品に仕上がった。売り上げも前作と比して大きく伸び、アルバムはビルボードで全米2位、シングルも、1.が全米2位、4.が同4週連続1位という大ヒットぶりを記録した。 前作との比較で言えば、ポップさが増し、音が洗練された。そのため、“聴きやすさ”という観点からすると、前作よりも本作を勧めるが、シンセのフィーチャーされたサウンドや、いかにも80年代的なきらきらしたサウンドが好みでない人には前作の方がしっくりくるかもしれないとも思う。全員がヴォーカルをこなせるというこのバンドの特徴が上手く活かされていて、60年代的(ビートルズ的といった方がいいだろうか)な、短時間の曲で完結して聴かせるうまさは、もちろん本盤でも存分に発揮されている。 1.「マニック・マンデー」は上述のように全米(さらに全英でも)シングル・チャート2位を記録し、バングルスの存在を広く知らしめることになったシングル曲。作者はクリストファーというクレジットがなされているが、これはあのプリンスの変名で、バングルスを気に入ったプリンスが彼女らにプレゼントした曲である。4.「エジプシャン」は、ガールズ・バンドとして初めて全米でシングル1位になった曲で奇抜なPVも強い印象を与えるものだった。そのほか、タイトル曲の2.「シルバー・スクリーンの妖精(In A Different Light)」や7.「ホワット・シー・ウォンツ(If She Knew What She Wants)」、あるいは9.「9月の少女」(この曲は60~70年代に活躍し、先頃亡くなったアレックス・チルトンのカバー曲)といったあたりが、当時のバングルスの音とノリをよく表している。 前作で強かったサイケ=フォーク・ロック色はだいぶ薄まってはいるものの、本作でもところどころにそれらの要素は残されている。1stと2ndの評価を位置づけるなら、ロック史的に興味深いのは第1作の『気分はモノクローム』、80年代的に聴きやすいのは第2作にあたる本盤『シルバー・スクリーンの妖精』といったところだろうか。その後、バングルスは売り込みの方法やメディアの扱い(特にスザンナ・ホフス偏重の、彼女だけをリード・ヴォーカルと見なすかのような扱い)をめぐってバンド内はぎくしゃくしていき、次作『Everything』(1988年)を出した後に解散する(ただし後に再結成)。その流れからしても、このバンドのキャリアにおいてピークとしてのアルバムは本盤『シルバー・スクリーンの妖精』で、素直に“聴いて楽しい”アルバムだと思う。[収録曲]1. Manic Monday2. In A Different Light3. Walking Down Your Street4. Walk Like an Egyptian5. Standing in the Hallway6. Return Post7. If She Knew What She Wants8. Let It Go9. September Girls10. Angels Don't Fall in Love11. Following12. Not Like You1986年リリース。 【送料無料】シルヴァー・スクリーンの妖精 [ ザ・バングルス ] 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2010.06.30
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2010.06.27
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バックのよさが光る後期ペッパー盤 アート・ペッパーは、薬物依存症のため、60年代から70年代前半にかけてほとんどレコードを出せなかった。早い話、広い意味でのモダン・ジャズの全盛期を支えたであろう人物が10数年も空白をあけ、戻ってきた時には既に70年代も半ばで、その頃にはモダン・ジャズは過去のものとなりつつあり、新たな音楽の胎動が起こってきた後であったという運命だったわけである。 ファンの間では、50年代のアート・ペッパーと、復帰後の70年代のアート・ペッパーのどちらがいいかという議論がある(議論どころか、復帰後のペッパーは聴かないというペッパー愛好者すらいる)。筆者は感覚的・体感的には圧倒的に50年代の“閃き”のペッパーが好きだ。復帰後の人生の重なりを感じさせるアルトの音色も悪くないが、50年代のプレイの天才的美しさにはやはり敵わない。では、復帰後のペッパーは聴かないのかというと必ずしもそうではない。別に私たちはサックスのソロを聴いているわけではないのだから、あるサックス奏者自身の演奏が素晴らしくても奏でられる音楽全体としてはいま一つということもあり得るし、その逆も当然あり得る。 そんなわけで、本盤『再会(原題:アマング・フレンズAmong Friends)』である。当時アート・ペッパーは自作曲中心のアルバムをコンテンポラリー/OJC(Original Jazz Classics)に吹き込んでいたが、そんな中、日本のレーベルが関わって録音したスタンダード曲集である。自作曲は1.「再会(Among Friends)」(セッションの最後に録音されたブルースで、録音後にこのタイトルが決まったという)だけで、残る7曲を見ると、セロニアス・モンク作の「ラウンド・ミッドナイト」、ケニー・ドーハム作の「ブルー・ボッサ」、さらには「ホワッツ・ニュー」や「四月の想い出(I’ll Remember April)」、加えてラテンの有名曲「ベサメ・ムーチョ」といった有名曲がずらりと並んでいる。いくつかの曲は過去にもアートが吹き込んだことのあるものである。例えば、5.「恋とはなんでしょう(What Is This Thing Called Love)」は『モダン・アート』にも収録されていたし、7.「ベサメ・ムーチョ」は妻ローリーのリクエストでその場に吹き込まれた再演である。 かつてのインスピレーションに満ちた華麗なる“アルトの舞い”ではない。よく言えば、人生の苦難や悲哀が積み重なった、味わい深い音とも言えるし、悪く言うならば、花形でなくなったかつての天才のなれの果てのような演奏とも言える。けれど、このアルバムを聴くに際して、ペッパーの変容ばかりに目を奪われ過ぎてもいけないように筆者は思う。とりわけ本盤ではバックの演奏との相性が抜群に発揮されているという点が無視できない。つまり、ペッパー自身のサックス云々という議論とは別次元のところで、全体としての演奏が素晴らしい。中でも、ピアノのラス・フリーマンの頑張りが目ざましい。そんなわけで、ペッパーだけを聴きたい人には本作は無理に勧めようとは思わない。けれども、バックとの相性、トータルの出来のよさという点では、後期ペッパー盤の中でも特にすぐれたアルバムの一つだと思う。そうした観点でアート・ペッパーを聴いてみたいという人には、お勧めの一枚と言えるように思う。[収録曲]1. Among Friends2. Round Midnight3. I'm Getting Sentimental Over You4. Blue Bossa5. What Is This Thing Called Love6. What's New7. Besame Mucho8. I'll Remember April9. Blue Bossa ?take 2-(CDボーナス・トラック)[パーソネル]Art Pepper (as)Russ Freeman (p)Bob Magnussen (b)Frank Butler (ds)[録音]1978年9月2日 【送料無料】再会/アート・ペッパー[CD]【返品種別A】 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.06.26
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5万アクセス達成!いつもご覧いただき、ありがとうございます。今朝方、当ブログの通算アクセス数が50000を超えました。ブログの開始から11ヶ月目、皆様にコンスタントにご覧いただいた結果です。あらためて御礼申し上げます。今後とも、よろしくお願いいたします。―――・―――・―――・―――・―――・―――下記3つのランキングサイトに参加しております。お時間の許す時には、各バナーをぽちっと応援よろしくお願いします! にほんブログ村: 人気ブログランキング: 音 楽 広 場:
2010.06.24
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とにかく歌唱力と声質のよさを堪能 ローラ・ブラニガンは1957年生まれ、米国ニューヨーク州出身で、イタリア系とアイルランド系の血をひく女性ヴォーカリスト。1970年代の地道な活動が実り、1979年にアトランティックと契約。その後、1982年にレコード・デビューし、「グローリア」や「セルフ・コントロール」など1980年代前半のヒット曲でよく知られている。1990年代になって一時期は夫の看病などで表舞台から姿を消すが、2000年代に入り音楽界に復帰するも、残念なことに2004年に他界している。 祖母はオペラ歌手、母はラジオ局専属歌手という“女性ヴォーカル一家”の出身で、ローラ自身の声も天性のものと言えるのかもしれない。彼女の声の特徴と言えば、まずは、4オクターブとも5オクターブとも言われる広音域である。普通の人間の音域は2オクターブ程度と言われるので、凡人の二倍もの音域をカヴァーできる声というわけだ。とはいっても、ただ音域が広いだけの歌手は他にもいる。彼女の声の2つめの特徴は、硬質がかったビブラートにある。加えて、3つ目の特徴―この曲を聴くと特にこの部分が明瞭にわかると思うのだけれど―は、何とも言えないセクシーなハスキー・ヴォイスである。これだけ独自の特徴を同時に兼ね備えた美声はなかなかいない。 この「オーヴァー・ラヴ」は1987年発表の5枚目のアルバム『タッチ(Touch)』の冒頭を飾る曲である。ローラ・ブラニガンと言えば、元気な明るい歌声を披露するディスコ・サウンド的なイメージを持っている方もいるかもしれない。同アルバムにはダンス・チャートへの復活となる曲も含まれてはいたのだが、基本的には、それまでの作品とは別のプロデューサーを起用し、本人もより深くアルバム作りに関与して、全体として作風を変えている。年齢的にもちょうど30歳になる年で、大人の雰囲気へ変わっていこうという作品だったと位置づけられる。 バーブラ・ストライサンドがローラの目指すアーティスト像だったと伝えられている。この「オーヴァー・ラヴ」のようにスローなしっとりした曲を歌っているのを聴くと、ローラ・ブラニガンが明るいディスコ・サウンドだけの人でなかったことがわかるんじゃないかと思う。上述のように、ブラニガンはまだ47歳の若さで2004年に亡くなった。脳動脈瘤が原因でロングアイランドの自宅で亡くなったが、夫の癌の看病で医者に不信感を抱いていて、数日前から頭痛を感じながらも医者にかかることを拒んでいたらしい。目標とするバーブラ(現在68歳)のように、まだまだ10年も20年も(あるいはそれ以上の年月にわたって)活躍してほしかっただけに、あまりに早すぎる突然の死が惜しまれる。[収録アルバム]Laura Branigan / Touch (1987年) 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.06.22
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80年代アメリカン・ロックの超特大ヒット・アルバム 音楽を含め、芸術的創作は人目に触れた瞬間から、受け取る側(そこには個々の愛好者もいればメディアもいる)の感性によって様々な解釈を受ける余地が生じる。不幸なケースばかりではないにせよ、創作者の意図とまったくかけ離れたものとして、作品が“独り歩き”していくという現象も多々見られる。 ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)の本盤『ボーン・イン・ザ・U.S.A.(Born in the U.S.A.)』もまた、そんな作品の一つである。ベトナム帰還兵の苦悩を歌った1.「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」をそのままアルバムタイトルとし、アメリカ国旗の縞をあしらったジャケットにジーンズの後ろ姿の写真。歌のサビは「俺はU.S.A.で生まれた」。確かにレーガンの政治的キャンペーンに誤解を含んだ形で利用される素地はあったのかもしれない。良くも悪くもスプリングスティーンは、このアルバムで80年代半ばの“強いアメリカ”を象徴するアイコンになった。 収録された12曲中半数を超える、何と7曲もがシングル・カットされた。表題曲1.のほか、2.「カバー・ミー」、11.「ダンシング・イン・ザ・ダーク」、などなど本作からは、シングル・ヒット曲が連発した。スプリングスティーン自身が流行りのサウンドにあわせようとした節もないわけではない。2.のギター・ソロ(およびリフ)のメロディは“背伸びをしたテレキャス(スプリングスティーンは通常、フェンダー・テレキャスターを使用)”な音だし、11.では、70年代からのロッカーぶりにそぐわず、ステージで踊るというPVを披露したりしている。 筆者はガキの頃からメジャーな流行りに乗るのは嫌いだった。でもスプリングスティーンは好きだったので、本盤は微妙な位置づけの作品になった。30歳代に差し掛かるまで、上記2.や11.をはじめとする本作の多くの曲には、正直なところどこか反感を抱いていた。当時好きだったのは、7.「ノー・サレンダー」や12.「マイ・ホームタウン」など、本盤の中ではマイナーな曲であった(12.は最後にシングル化された曲、7.はシングル・カットされず)。きっと実際に歌い演奏したブルース・スプリングスティーン自身にも、いくつかの曲の出来には嫌悪感を示したいた時期があったんじゃないかと想像する。それは、冒頭で述べたような、作品の独り歩きによる作り手と受け手の不幸な関係の結果であったことは言うまでもない。実際、このアルバムの後、彼はライブ盤(LP5枚組の『ザ・ライブ』、1986年)こそ出したものの、次作をリリースするまでにはしばし沈黙を保ち、ようやく仕上がったその次作(『トンネル・オブ・ラブ』、1987年)はE・ストリート・バンドのメンバーをサポート的に使っただけの、私的独白的なアルバムになった。さらにその後、スプリングスティーンはE・ストリート・バンドをいったん解散し(1999年に再結成)、セッション・ミュージシャンを集めてアルバム(『ヒューマン・タッチ』と『ラッキー・タウン』、共に1992年)を作ったかと思えば、その次はソロに近いアコースティック作(『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』、1995年)のリリースと、迷走を続けていくことになる。[収録曲]1. Born in the U.S.A2. Cover Me3. Darlington County4. Working on the Highway5. Downbound Train6. I'm on Fire7. No Surrender8. Bobby Jean9. I'm Goin' Down10. Glory Days11. Dancing in the Dark12. My Hometown1984年リリース。 【送料無料】ボーン・イン・ザ・U.S.A./ブルース・スプリングスティーン[CD]【返品種別A】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2010.06.19
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メロディアスHR/HMのお手本と言える名演奏 プリティ・メイズ(Pretty Maids)は80年代前半にデビューしたデンマーク出身のへヴィ・メタル・バンド。メンバーの入れ替わりや休止期間もあったものの、今日まで活動を続けている。 この「プリーズ・ドント・リーヴ・ミー(Please Don’t Leave Me)」という曲はプリティ・メイズの1992年のスマッシュ・ヒット。ただし、彼らのオリジナル曲ではなくて、元はジョン・サイクス(シン・リジイやホワイトスネイクで活動経験がある)の1982年の作品をカヴァーしたものである。そして、このプリティ・メイズのカヴァーがヒットしたことで、オリジナル(原曲)もシングルカットされたという面白い経緯もある。とはいっても、別にこの曲だけが特別なわけではなく、そもそもプリティ・メイズは結構カヴァー曲が多い。 HM(へヴィ・メタル)というと大音量や爆音、激しいリズムなどをイメージしてついつい避けるという人もいるかもしれないが、この曲の演奏は実にメロディアスで、美しく、カッコいい。その意味では、彼らが主に分類されるジャンル(HR/HM)との乖離は確かにあるかもしれない。ヴォーカルとギターの魅力を堪能するというのは、HMの狭い世界の中では、ある種、邪道であろう。けれども、もっと広くロック界という大雑把な括りからすれば、このヴォーカルの表情とメロディアスさ、このギターの旋律とメロディラインで“ぞくぞくさせる”演奏は、大衆的ロックの教科書、あるいはお手本といっていい。 プリティ・メイズのファンどころか、そんなに熱心なリスナーですらない筆者にとって、詳しい事情は不明だけれど、この曲のヒットは本人たちにとって苦悩や迷いのもとになったんじゃないかと想像する。他人の曲をカヴァーしてみて、しかもその出来がHM的ではなく、しかし世間からは大きな評価を得てセールスにつながった。ひょっとしたら、本当にやりたいことの核心はここにはないけれど、試しにやってみたものが本人たちの代表曲的に扱われてしまったという部分もあるのかもしれない。もしそうなのだとすれば、この曲のヒットは、プリティ・メイズというバンドにとっては不幸なことだったのかもしれない。 しかし、その一方で、聴き手の側からすれば、ロック界の教科書・お手本が一つ増えた。これほどメロディアスにかっこよくアレンジして決められるのは、彼らが“甘~いロック系ミュージシャン”ではなく、本格的なHR/HMを志向していたゆえという、ある種、矛盾する理由もあるのだと思う。いずれにしても、ロック・ファンなら必聴の1曲であり、永遠に“お手本”となり得るような素晴らしいカヴァーであることは間違いがない。[収録アルバム]Pretty Maids / Sin-Decade (1992年) 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.06.17
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80年代アメリカン・ロックの代表的名盤 80年代の “いかにもアメリカン・ロック”というアルバムと言えば、ブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を思い浮かべる人も多いかもしれない。大セールスを記録したお化けアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』は確かにその一例ではあるが、ストレートなサウンドでアメリカン・ロック然とした名作はこれと前後する時期に複数生まれている。ジョン・メレンキャンプ(当時はジョン・クーガー・メレンキャンプ)の『スケアクロウ』もそうだし、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズの『スポーツ』や『FORE!』もそれに該当する。こうした80年代アメリカン・ロックの流れの中で数えられる名盤の一つが、1986年にリリースされたボブ・シーガー&ザ・シルバー・ブレット・バンド(Bob Seger & The Silver Bullet Band)の『ライク・ア・ロック(Like A Rock)』である。 ボブ・シーガーは1945年生まれで、“デトロイトの巨人”の異名で知られる。1960年代から地元デトロイトで活動を開始し、70年代半ばまではローカルな存在だったが、70年代後半以降はシルバー・ブレット・バンドを率いてアルバムをリリースし知名度を上げていった。2004年にはロックの殿堂入りを果たし、60歳代半ばを迎えた現在も現役で活動している。上記のように、1960年代から活動していたため、本作リリースの時点でも既にキャリアは長く、本盤は15枚目(スタジオ作のみ数えても13枚目)のアルバムだった。 本盤のタイトル・トラック(2.「ライク・ア・ロック」)は、“岩の如く”という歌詞そのままに、GMの自動車シェビー(シボレー)のCMソングとして使用され、よく知られる曲となった(ビルボード全米チャートで最高位は12位)。けれども、このアルバム全体としての雰囲気は、この「ライク・ア・ロック」ではなく、むしろ同じくシングル曲(とは言っても、実は10曲中7曲もシングルになっているのだが)の、1.「アメリカン・ストーム」(同13位)の方にある。こちらの“王道アメリカン・ロック”が本作の基調であり、その中で「ライク・ア・ロック」は少し落ち着いて聴かせるナンバーという位置づけである。実際のところ、筆者も先行シングルとして発売された「アメリカン・ストーム」の方を聴き、“これだ!”と思って今度はアルバムを聴くべく貸しレコード屋に走った記憶がある。 シルバー・ブレット・バンドのメンバーは、、ボブ・シーガー(ヴォーカル、ギター、ピアノ)に加えて、クレイグ・フロスト(オルガン、シンセ、ピアノ等)、クリス・キャンベル(ベース)、アルト・リード(サックス)であるが、それ以外の本作でのゲスト・ミュージシャンも多彩だ。注目すべきは、元リトル・フィートのビル・ペイン(シンセ、ピアノ、キーボード)で、ほぼ全曲(5.を除く)で参加している。あと、上記2.で見事なスライド・ギターを披露しているのは、70年代、ジョン・メイオールの下でプレイしたり、トッド・ラングレンの『サムシング/エニシング?』に参加したりしたリック・ヴィトーという人物。ちなみに、このギタリストは、本盤の後、リンジー・バッキンガムの後釜としてフリートウッド・マックに加入することになる。また、3.では、元イーグルスのティモシー・シュミットとドン・ヘンリーがバックのヴォーカルでゲスト参加している。ちなみに、10.だけはライブ音源であり、ジョン・フォガティ作のナンバー。同曲のオリジナルはC.C.R.のアルバム『ウィリー・アンド・ザ・プア・ボーイズ』(1969年)に収録されている。 豪華メンバーに直球のアメリカン・ロック・サウンド。B・スプリングスティーンのような超メジャーどころだけでなく、この手の名盤は『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』の前後する時期に結構生み出されている。ロック音楽の歴史から見ると、70年代に比べて80年代は停滞期というイメージがある。けれども、この手の骨太のストレートなロックを楽しみたい人には、80年代は案外、名作の宝庫という言い方もできるのかもしれない。[収録曲]1. American Storm2. Like a Rock3. Miami4. The Ring5. Tightrope6. The Aftermath7. Sometimes8. It's You9. Somewhere Tonight10. Fortunate Son1986年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.06.16
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60’s~70'sの地下水脈が80年代型として開花したフォーク・ロック/サイケ・ポップな女性バンドの原点 バングルス(Bangles、定冠詞つきでThe Banglesとも)と言えば、80年代に一世を風靡した西海岸発のガールズ・バンド。「胸いっぱいの愛(Eternal Flame)」のようなバラードや「エジプシャン(Walk Like an Egyptian)」のようなポップで奇抜なビデオクリップを思い出す方もいるかもしれない。本作『気分はモノクローム(原題:All Over The Place)』は、そんな彼女らが1984年に発表したメジャー・デビュー・アルバムである。 バンド自体は、ヴィッキーとデビーのピーターソン姉妹が高校生バンドを結成したところに始まるのだが、この姉妹の両親はビートルズの熱烈なファンだっとそうだ。やがて81年になると新聞のメンバー募集を見たスザンナ・ホフスが合流、バングルスの原型が形成された。当時はカラーズ(The Colors)を名乗っていたが、やがてスーパーソニック・バングズ(The Supersonic Bangs)、その後バングズ(The Bangs)と名を変えた。しかし、他にバングズを名乗る東海岸バンドの存在がわかったことからさらに名を変えて、現行のバンド名に行き着いたという。 1982年にミニアルバムを作ったのがメジャー進出のきっかけとなり、1984年の本作でCBSからメジャー・デビュー。デビュー当時のメンバーは、スザンナ・ホフス(ヴォーカル、ギター)、ヴィッキー・ピーターソン(リード・ギター、ヴォーカル)、デビー・ピーターソン(ドラム、ヴォーカル)、マイケル・スティール(ベース、ヴォーカル、上記ミニアルバムの後にバンドに加入)であった。 バンドの特徴は4名全員が女性であり、ヴォーカルを担当できることで、同じくガールズ・バンドだったゴーゴーズの後を追うように人気バンドへと成長していくわけだが、このデビュー段階では大きなヒットは記録しなかった(アルバムは全米80位どまり、シングル曲の1.と8.はともに全米ではチャートインせず、全英で下位にチャートインしたのみだった)。とはいえ、評論家受けはよく、実際に聴いてみれば、単に一過性の流行りもの的でないことがよくわかる。 バングルスは後にキーボードやオーバーダブを多用するようになるが、この段階では一発取りに近い形態で演奏している。その分、音楽的なルーツも明瞭に感じ取られるつくりになっている。ベースになっているのは、ビートルズのようなシンプルなロック・バンドの要素。そこに60年代サイケ・ロック的要素、70年代フォーク・ロック的要素が折り重なっている。80年代的と言えるのはメンバーが全員女性ということぐらいで、音楽的には明らかに60~70年代を踏襲したものに仕上がっている。上述のように、シンプルなつくりをしている分、アルバム全体を通して聴くと単調に感じられる部分もないわけではない。けれども、80年代的な音作りになっていないというのは、バングルスの諸作の中では本作だけに見られる特徴である。 後のヒット曲ばかり聴いていると、“80年代流行りもの”な印象もあるバンドだけれど、このデビュー作を聴けば、ロック史の中でどんな位置を占めていたのかがよくわかる。それは、60年代サイケや70年代フォーク・ロックといった地下水脈が80年代になって再び姿を現した、換言すれば、そうした地下水脈が西海岸のガレージロック、インディーズ・シーンに当時までちゃんと流れ続けていたことを証明している。[収録曲]1. Hero Takes a Fall2. Live3. James4. All About You5. Dover Beach6. Tell Me7. Restless8. Going Down to Liverpool9. He's Got a Secret10. Silent Treatment11. More Than Meets the Eye1984年リリース。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】気分はモノクローム(初回生産限定) [ ザ・バングルス ] 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓ ↓
2010.06.14
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80年代、明るい未来がまだ見えていた ティムバック3(ティムバック・スリーと読む)は、主に80年代後半に活躍したオルタナ=ポップ・バンドである。バンドといっても、その実態は基本的にはデュオで、パット・マクドナルドとバーバラ・クーイマン(バーバラ・K)という2人組(夫婦)で、これら2名にドラム・マシンのプログラミングを加えて、バンド名の“3”となったらしい。本作『グリーティング(Greetings from Timbuk 3)』は、1986年にリリースされた彼らのファースト・アルバムで、80年代の初期3作の中でとりわけ彼らの基本的スタンスがはっきり表れている。おまけに個々の楽曲の質も高いということから、彼らを知るには最適な1枚であろう。 このアルバムを作ったのはI.R.S.レコードというレーベルで、1979年に設立され、当初はA&M(その後はMCA)、さらに後にはEMIから配給され、最終的には1994年にEMIによって買収され、さらにその2年後には統合されている。このレーベルは80年代、実に元気であった。80年代前半にはファイン・ヤング・カニバルズを世に送り出しているし、元ゴーゴーズのべリンダ・カーライルのソロ第1作をリリースしたのもこのレーベルだった。さらには、現在では確固たるバンドとしての地位を築いたR.E.M.もデビューから5作目まではこのレーベルに属していた。 R.E.M.の初期作同様、ティムバック3の本作も、当時衆目を集めていた全米カレッジ・チャートで上位を記録し、その勢いでもってメジャーにのし上がってきた。この点ではR.E.M.と似たシーンへの登場の仕方だった。しかしながら、このバンドはセールス面が思うように伸びたわけではなく、本盤は英米ともにチャート最高位は50位程度にとどまった。シングル曲についても、本盤からのシングル1.「フューチャー(The Future Is So Bright, I Gotta Wear Shades)」が辛うじてチャートインしたに過ぎず、やがてメンバー2人もヨーロッパのマイナー・レーベルからアルバムをリリースするなど、ワールドワイドな活動からは遠ざかっていって現在に至る。 超メジャーの立場を確立したR.E.M.と彼らの差はなんだったのだろうかと考えたりもする。ドラムのプログラミングによる演奏スタイルそのものがその時代に固有の(現在から見れば明らかに時代遅れで過去の)ものであったという指摘も成り立たないではない(もっとも、当時は、伝統的アコースティック・スタイルと現代的プログラミングの融合としてもてはやされた)。 彼らの演奏・楽曲をいまあらためて耳にして何より鮮明なのは、(ちょうど1.の詞のテーマがそうであるように)1986年当時、まだ“未来は明るかった”ということだ。何かにつけ将来の暗い展望が見え隠れする現在とは違い、どこかしら明るい未来の希望があった。バブル世代の幻想と一笑に付されるかもしれないが、現在のような閉塞感が彼らの音楽にはまったく見えないという点は同意いただけるのではないだろうか。 余談ではあるが、筆者はかつて彼らの来日公演を見に行ったことがある。出入りしていたレコード店経由でお誘いを受け、そのステージを見た(サウンド7さん、お元気でしょうか?)。もはや記憶が定かではないのだが、88~89年ごろではなかったかと思う。その印象は、以外にも“生真面目な”人たちというものであった。案外そのあたりが、いいか悪いかはともかく、近い時期に同じレーベルから出てきたR.E.M.とは違う足取りをたどることにつながったのかもしれないと感じたりもする。[収録曲]1. The Future’s So Bright, I Gotta Wear Shades2. Life Is Hard3. Hairstyles and Attitudes4. Facts About Cats5. I Need You6. Just Another Movie7. Friction8. Cheap Black and White9. Shame on You10. I Love You in the Strangest Way1986年リリース。 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.06.13
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2010.06.12
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グロリア初の全編スペイン語アルバム マイアミ・サウンド・マシーン(The Miami Sound Machine)というグループに聞き覚えのある方もいるだろうか。80年代のヒットチャートでダンサブルなサウンドを振りまいた米国・マイアミ発のグループで、もともとは70年代半ばに形成されたものだった(当初はマイアミ・ラテン・ボーイズを名乗っていた)。80年代半ばに「ドクター・ビート」や「コンガ」などのダンス・ヒットを放ち、売れ始めた頃はマイアミ・サウンド・マシーンだったが、少しするとシンガー名を前に出して、グロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーン(Gloria Estefan & Miami Sound Machine)に改名。この後、グロリアはソロシンガーとして90年代にピークを迎えるに至った。 こうした経緯だけでは、このグロリアが何者かというルーツは多少わかりにくい。後にスペイン語でも曲を発表するようになったことから、ラテン系ということは想像がつくけれども、具体的にどこの国の人かについては、案外あいまいにしか捉えられていないのではないだろうか。実際のところ、グロリアはキューバ移民であり、1957年に生まれたのはキューバ(ハバナ)であるが、3歳の時には家族でマイアミに移住している。3歳というのは微妙な年齢で、記憶があるかないかという境界線の年齢である。おそらく、彼女にとってキューバは、“少ししか記憶にない祖国”であったろうと想像できる。 さて、本盤『ミ・ティエラ(Mi Tierra)』は全編スペイン語で歌われているアルバムで、1993年に発表された。収録曲2.「ミ・ティエラ」がそのままアルバム名になっている。このMi Tierraとは、“私の土地(または国)”を意味するスペイン語で、上で述べたように、グロリアのルーツであるキューバを歌ったものである。本盤の楽曲の多くは、一般にラテン系にありがちな“陽気”や“明るい”イメージとは一線を画している。その最大の理由は、やはり生まれ故郷でありながらあまり記憶にはない、郷愁的な感情故だろうと思う。 サウンド的にもキューバン・フレイバーの散りばめられたもので、コンガ、キューバン・ギター、ティンバル(一対で使用するので複数形ティンバレスとも呼ばれる)、ギロ(誤読でグイロと言う場合もある)などラテン的な楽器演奏が特徴的である。その一方で、ヴァイオリンやチェロ、トランペットやサックスといった楽器の使用も上記の郷愁的な雰囲気を作り出すのに大きな効果を上げている。 本作はグロリアにとって最初の全編スペイン語アルバムとなり、前後作と比較すると決してセールスの結果の出た作品ではなかった。前作『イントゥ・ザ・ライト』(1991年)は全米最高位5位、次作『ホールド・ミー・スリル・ミー・キス・ミー』(1994年)は同9位でともにダブルプラチナを記録、これに対して本作はプラチナこそ達成したものの同27位止まりだった。 しかし、セールスとは別に、楽曲的には、グロリア・エステファンという人がダンス・チューンだけではなく、歌を聴かせることのできるシンガーであることを強く認識させてくれる内容になった。筆者のお気に入り曲も多く、とりわけ、タイトル曲の2.「ミ・ティエラ(わが故郷)」、3.「アジェール(昨日)」、5.「トゥス・オホス(君の眼)」、10.「アブレモス・エル・ミスモ・イディオマ(同じ言葉で話そう)」あたりがグロリアのよさのよく出た歌唱だと思う。これら4曲に共通するのは、どこかダンサブルでありながらどこか郷愁的という、両者の不思議な同居である。英語のグロリアしか経験のない方は、本作もしくは『アブリエンド・プエルタス』(1995年)あたりを入り口に一度聴いてみてはいかがだろうか。[収録曲]1. Con los a?os que me quedan2. Mi Tierra3. Ayer4. Mi buen amor5. Tus ojos6. No hay mal que por bien no venga7. ?S?, se?or!8. Volver?s9. Montuno10. Hablemos el mismo idioma11. Hablas de m?12. Tradici?n1993年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.06.10
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静(『クワイエット・ケニー』)も動(『アフロキューバン』)もいいのだが個人的にはこれがデフォルト 短期間しか活動しなかったジャズ・プロフェッツ(ジャズ・メッセンジャーズを抜けたトランペット奏者ケニー・ドーハムKenny Dorhamがリーダーとなって最初に作ったグループ)の演奏で、カフェ・ボヘミアでのライブ演奏を収めたのが本盤『カフェ・ボヘミアのケニー・ドーハム('Round About Midnight At The Cafe Bohemia)』である。1956年のものだが、後にドーハム死後の1980年代になってから、マイケル・カスクーナによる音源発掘が進められ、追加音源がコンプリート版(Vol.1 & 2)として出された。 ケニー・ドーハムと言えば、彼の“静”の側面を示す、哀愁漂う『静かなるケニー(Quiet Kenny)』(1959年)や、逆に彼の“動”の側面を代表する『アフロキューバン(Afro-Cuban)』(1955年)が代表作として取り上げられることが多い。しかし、その一方で、ドーハム盤を1枚だけと言われれば、本当にこれらのいずれかにならなきゃいけないのだろうかという疑問が筆者にはずっとある。個人的には、ドーハムの代表作と言えるアルバムを1枚だけ選べと言われれば、上記2枚のいずれでもなく、きっとこの『カフェ・ボヘミアのケニー・ドーハム』を選ぶ。音色自体は柔らかなのだが、中音域を中心に魅力あふれるフレーズを吹く。聴きやすく、一聴したいた感じは柔和なのだが、やってることはしっかりビ・バップ~ハード・バップへと至るモダン・ジャズの王道。そんな彼の演奏を存分に楽しめる本盤こそ、“1枚だけ”と言われた時のドーハム代表作に相応しいと思う。 ケニー・ドーハムの演奏が楽しみやすく、なおかつとりわけ冴えているのは、3.の「メキシコ・シティ」。何と言っても超名曲で、筆者は曲そのものからして大好きなのだが、ギターのケニー・バレルとの絡みもなかなかいい。さらに、5.「ニューヨークの秋」はドーハムのワン・ホーンで彼のトランペット演奏が堪能できる。あと、メンバーの中で忘れてはならないのは玄人好みのサックス奏者J・R・モンテローズ。特に2.「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」では、最初がドーハム、次にモンテローズの演奏を落ち着いた雰囲気の中で堪能できる。 ついでながら、上記「メキシコ・シティ」には別テイクがあり、バレル自身のリーダー作『ケニー・バレルVol. 2』(過去記事・前編/後編を参照)(Blue Note 1543)に収められた。この別テイクは、本盤のコンプリートにも収録され、こちらの方ではドーハムのMCから全部が初めて収録された。 『静かなる~』は、それはそれで名盤だと思うし、『アフロ・キューバン』も並大抵のレコードではない。けれども、トータルでは本盤が筆者にとってのケニー・ドーハムをもっともよく代表するものであり、デフォルトであるという言い方ができるように思う。 [収録曲]1. Monaco2. 'Round About Midnight3. Mexico City4. A Night In Tunisia5. Autumn In New York6. Hill's Edge パーソネル:Kenny Dorham (tp)J.R. Monterose (ts)Kenny Burrell (g)Bobby Timmons (p) Sam Jones (b) Arthur Edgehill (ds) 録音: 1956年5月31日Blue Note 1524 【送料無料】コンプリート・カフェ・ボヘミアのケニー・ドーハム Vol.1/ケニー・ドーハム[CD]【返品種別A】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.06.07
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『カインド・オブ・ブルー』を聴くか、それとも『1958マイルス』を聴くか あんまり注目されないし、マイルスの代表盤として特にその名が挙げられるわけでもない1枚が、本作『1958マイルス』だ。その名のとおり、1958年の録音(ただし5.のみそれ以前の音源)である。1958年のマイルス・デイヴィスと言えば、『サムシン・エルス』(収録曲の「枯葉」についてはこちら)が思い浮かぶかもしれない。しかしこれはマイルスの名義ではなく、キャノンボール・アダレイの名義。マイルス名義でこの年のアルバムと言えば、『マイルス・アヘッド』もあるが、本盤はこれともメンバーは異なる。同じメンバーで吹き込まれたのはおよそ1年近く後の『カインド・オブ・ブルー』の方である。 その『カインド・オブ・ブルー』はモダン・ジャズ屈指の名作として知られ、素晴らしいアルバムであるのと同時に、完成され過ぎていて近づき難い感じもする。これに対し、本作『1958マイルス』は、同じメンツでありながら、ずっとリラックスした感じで演奏を繰り広げている。リラックス度が高い分、細部の完成度では『カインド・オブ・ブルー』には敵わない。けれども、正座をして聴くのではなく、ソファでくつろいで聴くといったシチュエーションには、圧倒的に本作に軍配が上がる。無論、リラックスと言っても“だらけて”いるわけではない。マイルスのトランペットはリリカルに響き、ビル・エヴァンスとのやり取りも見事である。コルトレーンもいい。 最初に聴くならどっちの盤を選ぶかはかなり難しい問題のように思う。ちなみに筆者は超有名盤である『カインド・オブ・ブルー』を先に聴いてしまい、だいぶ経ってから本盤を初めて聴いたのだが、パーソネルを確認しながら真剣に聴くまでまったく同じメンバーとは思いもしなかった。そのくらいアルバムを支配するムードというかトーンが違う。高尚で渋くきまっている『カインド・オブ・ブルー』に対し、温かみがありリラックスした雰囲気の『1958マイルス』。結論としては、どちらからというよりも、“別々に”聴くべき2枚という気がする。順序はともかく、異なるシチュエーションで作られ、私たち聴き手の側も異なるシチュエーションで聴くのに適している、と言えようか。 ちなみに筆者のいちばんのお気に入りは1.「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」。実は単にこの曲が好きなだけというのも理由の半分ぐらいにはなるのだが、残り半分はやはりマイルスのリリカルに舞うトランペット演奏が聴きものになっているという理由である。同じように2.や3.のイントロ部分などもぞくぞくさせられる美しい“マイルスの舞い”である。ちなみに、5.だけは完全なる蛇足であると思う。手持ちのCDの解説には1958年3月4日の録音となっているが、その真相は1955年の録音に基づいてその一部を吹き替えたものらしい。したがってこの曲を演じているメンバーも55年当時の顔ぶれ。他の4曲の雰囲気の中で、5.だけが浮いてしまっているように思う。残る4曲のうち、上で触れた1.、2.、3.が特に統一性のある演奏なので、筆者自身はこれら3曲をまとめて聴く場合が多い。[収録曲]1. On Green Dolphin Street2. Fran-Dance3. Stella by Starlight4. Love for Sale5. Little Melonae[パーソネル]1.~4.: Miles Davis (tp), John Coltrane (ts), Julian “Cannonball” Adderley (as, 3.を除く), Bill Evans (p), Paul Chambers (b), Jimmy Cobb (ds)5.: Miles Davis (tp), John Coltrane (ts), Red Garland (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)[録音]1.~4.:1958年5月26日5.:1958年3月4日(1955年10月26日) 【CD】1958マイルス+2/マイルス・デイヴィス [SRCS-9744] マイルス・デイビス【fsp2124-2m】 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.06.05
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44444アクセス突破 縁起がいいのか悪いのかよくわかりませんが、4が5つ並んで44444HITを超えました。 ここ1か月ほどは目に見えてアクセス数も伸び、たくさんの方々にご覧いただけて嬉しく思っています。今後ともご愛顧のほど、あらためてよろしくお願い申しあげます。 下記のブログ・ランキング(3サイト)に参加しています。 応援くださる方は一つでも二つでも(もちろん三つともでも) バナーをクリックいただけると嬉しいです。 ↓ ↓ にほんブログ村
2010.06.04
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音楽家として完成の域に達したスティーヴィー 前作『トーキング・ブック』(こちらも名盤!)を発表した翌年(1973年)にリリースされたのが、本盤『インナーヴィジョンズ(Innervisions)』である。『トーキング・~』の項でも触れたスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)の絶頂期である“クラシック・ピリオド”の中でも、特に頂点と称賛されるのが本アルバムである。幼くしてデビューしたスティーヴィーは、やがて自作自演のアーティストという方向性に目覚め、自ら曲を作り、アレンジし、歌い、様々な楽器を操ってアルバム制作を進めるようになっていた。本作においてももちろん、ジャケ裏側には、堂々と“Written, Produced & Arranged by Stevie Wonder”(作曲・プロデュース・編曲:スティーヴィー・ワンダー)と記されている。 アルバム・タイトルの『インナーヴィジョンズ』という表現の中の“ヴィジョン”というのは、“視野”とか“視覚”といった意味である。したがって、目に見えるものとしての“光景”や見る方法としての“ものの見方”なども意味する。つまり、本盤のタイトルは、“内なる眼”といった意味合いであり、生後間もなく視覚を失ったスティーヴィー自身の“内なる眼”を意味しているものと思われる。ジャケットの絵も、目が見えないと思しき人物(スティーヴィー本人)が窓から外を見上げて何かを見通している構図となっている。アルバム自体は、全米チャート4位(R&Bチャートでは1位)を記録し、リリース翌年の74年のグラミー賞では、年間最優秀アルバムと最優秀録音の二部門を獲得した。 1曲目の「トゥ・ハイ」からして、本当に“ハイ”である。音楽全体が“跳ねて”いる。確かに、抑えるべきところは抑えている(例えば、2.や7.)のだけれど、基本、全体が“跳ねている”のだ。一般論として、ドラムやリズム・セクションの跳ね具合がノリやファンキーさを醸し出すという評価の仕方はあるけれども、この作品の場合は、音楽全体がそうだと言えるように思う。無論、ヴォーカルもそれに該当し、スティーヴィーの歌自体の跳ね具合こそが、全体の強い躍動感を生み出す要因になっている。加えて、そのヴォーカルには新たことや実験的なことをやっているという雰囲気がなく、自信が満ち溢れ堂々としている印象が強い。こうした“跳ね”という観点から、特に素晴らしい出来の曲は、1.「トゥ・ハイ」のほか、3.「汚れた街」、4.「ゴールデン・レディ」、5.「ハイアー・グラウンド」(この曲はシングルとして全米4位にランクインした)、9.「いつわり」といったところである。逆に、リズムもヴォーカルも抑え気味になっている曲では、メロディの美しさとヴォーカルの伸びというもう一つの特徴も見られる。 さらに着目したいのは、かなりの楽器をスティーヴィー・ワンダー自身が演奏している点である。スティーヴィーと言えば、ムーグのシンセサイザーを駆使するイメージが強いという人も多いかもしれないが、実はドラムさえも見事にこなすマルチプレーヤーで、本作でもそうしたマルチぶりが発揮されている。とりわけ、収録曲の中で、3.「汚れた街」、5.「ハイアー・グラウンド」、6.「神の子供たち」は、完全にスティーヴィーの多重録音による独演である。同じ70年代前半には、トッド・ラングレン(例えば1972年の『サムシング/エニシング?(ハロー・イッツ・ミー)』)なども同様のマルチプレーヤーのスタイルを確立している。筆者の好みと感覚で言えば、トッド・ラングレンがどちらかと言えばマニアックな方を向いて一人で演奏・ヴォーカルの多重録音を試みたのに対し、スティーヴィー・ワンダーはより聴衆にオープンな方向性でそれを行なったように思える。 上で述べた“跳ね具合”というのは、人によって好みが分かれるかもしれない。しかし、一度は聴いておいて損のない名盤であることは間違いない。黒人音楽という枠にとらわれず、ロック、ポップス、ジャズ等様々な音楽を取り込み、なおかつ消化しきっている演奏は、“ブラック・ミュージック”、“ソウル”、“ファンク”などのレッテルのついた音楽に違和感を感じるリスナー層にも、十分受け入れられる素地がある。この時期のスティーヴィーや、スティーヴィーの音楽そのものを避けて通っていた人にも、ぜひ一聴してほしい一枚である。[収録曲]1. Too High2. Visions3. Living For The City4. Golden Lady5. Higher Ground6. Jesus Children Of America7. All In Love Is Fair8. Don't You Worry 'Bout A Thing9. He's Misstra Know-It-All1973年リリース。 【楽天ブックスならいつでも送料無料】インナーヴィジョンズ [ スティーヴィー・ワンダー ] 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、バナーを“ぽちっと”クリックのほどよろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.06.02
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