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2010.05.30
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AORの代名詞シンガーが原点回帰した一枚 先に「ハート・オブ・マイン」の項で書いたように、ボズ・スキャッグスと言えば、いわゆるAOR(Adult-Oriented Rock,“大人向けロック”)を代表するシンガーである。けれども、そのような、おしゃれで洗練されたAORのイメージを抱いて本盤『カム・オン・ホーム(Come On Home)』を手にするならば、期待は完全に裏切られる。というのも、上記の一般的なボズ・スキャッグスのイメージとはまったくかけ離れたアルバムだからである。 けれども、本盤の音楽的コンセプトがボズ・スキャッグス自身の音楽的遍歴と無関係かというと、まったくそうではない。実質的デビュー・アルバム『ボズ・スキャッグス&デュアン・オールマン(原題:Boz Scaggs)』(1969年)はリズム&ブルースで育ったと思しき田舎出身の青年アーティストのアルバムと評することができるような内容だった。しかし、有名になり、セールスが伸びるのに従って、ボズのイメージは最初に述べたようなAORヴォーカリストのそれにシフトしていった。本作を聴くと、実はそうしてAOR歌手の地位を固めていった間も、実はこのような彼自身のバックグラウンドに根ざした音楽をやりたいと思っていたのではないかと思いたくなる。本作の彼のヴォーカルはそれほど自然体で生き生きしているのだ。 実際、本人が語るところによれば、「ずっと前からこのリズム&ブルースのアルバムをやりたかった」とのこと。そして「このレコードのためにたくさんの題材を考えたけれども、最終的にはいちばん歌いたいと思った曲を選択した」と言う。その結果、ボズ自身のオリジナル曲は、共作を含めてもわずか4曲にとどまった。つまりは、残る10曲が他人の作品なわけだが、それら10曲にはブルースやリズム&ブルースのナンバーがずらりと並ぶ。 ホーンセクションの使用が特徴的であり、加えて、8.「ユア・ラヴ」や11.「T-ボーン・シャッフル」で聴かれるようなギターソロもなかなか渋い。しかし、何よりも“歌い手”としてのボズ・スキャッグスのよさが存分に発揮されている点が本作の最大のよさである。1.「イット・オール・ウェント・ダウン・ザ・ドレイン」のようなもろにR&B調の曲はもちろんのこと、表題曲の5.「カム・オン・ホーム」や8.「ユア・ラヴ」のようなスロー曲においても、AORシンガーではなく、R&Bシンガーとしての彼の姿勢が鮮明である。つまり、AORシンガーは彼の本当の姿というよりは、“演じていた姿”であって、本当の姿はもともとこちらの方にあったのだろう。それゆえ、無理をして背伸びするのではなく、自然体でやってこのようなアルバムが作れたのだと感じる。 “何だ、自身の音楽的ルーツを回顧しているだけか”などと思うなかれ。十分な素養と親しみがなければこれだけ見事に表現することはできない。上で“AORのボズを期待したら期待が外れる”と書いたが、AORシンガーとしての彼しか知らない人は、ぜひ“違う”ということを認識したうえで本盤を聴いてみていただきたい。体内から湧き上がるナチュラルなリズム感にのったこの歌声そして節回しを堪能しないのは、もったいないと思う。[収録曲]1. It All Went Down the Drain2. Ask Me ‘Bout Nothin’ (But the Blues)3. Don’t Cry No More4. Found Love5. Come on Home6. Pincture of a Broken Heart7. Love Letters8. I’ve Got Your Love9. Early in the Morning10. Your Good Thing (Is About to End)11. T-Bone Shuffle12. Sick and Tired13. After Hours14. Goodnight Louise1997年リリース。 【メール便送料無料】ボズ・スキャッグスBoz Scaggs / Come On Home (輸入盤CD) (ボズ・スキャッグス) 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”クリックをお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.29
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先の記事で取り上げた『楽興の時』に続いて、大西順子の新作が再来月リリース予定とのことです。前作は発売と同時に聴くのは怖かった(『楽興の時』の記事参照)のですが、今回はむしろこちら側の期待が膨らみすぎているぐらいかもしれません。 【送料無料】大西順子 オオニシジュンコ / バロック 【CD】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、バナーを“ぽちっと”クリックのほどよろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.27
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前項の大西順子『楽興の時』に関して追記です。同アルバムのジャケット写真上部の時計は、収録曲の内容からしてエリック・ドルフィーの『アウト・トゥ・ランチ』を思い起こさせますが、針が7本あるヘンテコ時計のドルフィー盤とは違って、実は普通の時計です。ジャケ写ではわかりませんが、CDの盤面を見れば、長針と短針が1本ずつの普通の時計であることがわかります。 楽興の時/大西順子[CD]【返品種別A】 ちなみに、その元ネタ(?)のエリック・ドルフィー『アウト・トゥ・ランチ』のジャケットはこんなのです。上述の通り、長針・短針あわせて7本もあるヘンテコ時計です。 blue note BEST & MORE 1100 ブルーノート ベスト&モア 7::アウト・トゥ・ランチ【ポイント5倍】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”クリックをお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.26
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11年ぶりのリーダー作 正直、このアルバムを聴くのに(というよりも、正確に言えば、手にとって購入するのに)だいぶ躊躇した。というのも、怖くてすぐに飛びついて聴く気にはなれなかったのである。何が怖かったのかと言えば、10年以上も間が空いてしまった後で、この復帰作を聴いて、“はずれ”だったらどうしようかという恐れ、不安感からである。聴いた後の結果から言えば、無用の不安によるものだったのだけれど。 大西順子は1990年代前半から中盤にかけて大反響を巻き起こしたジャズ・ピアニストで、デビュー作『WOW』は5万枚(ジャズのアルバムとしては異例の数字)というヒットを記録して一躍時の人となった。ただ単にたくさんCDが売れたとか話題になったとかいうだけでなく、彼女の存在は、その後に続いて世界レベルで勝負する日本人ジャズ・ピアニストの先頭に立つものでもあった。しかし、2000年に活動を休止し、彼女は引退状態に入る。2005年からは散発的に復帰に向けた準備が少しずつはあったようだが、結局のところ、10年ほどは第一線から遠のいた。情報が少なくてよくわからないのだけれど、レコード会社との確執なども噂され、さまざまな憶測が飛んだ。そうして、リーダー作としては11年ぶりのアルバムとして昨年発表されたのが本盤『楽興の時(Musical Moments)』だったわけである。 大西順子のよさは男性的な(あるいは非女性的な)演奏にある。男性的・女性的とかいう表現はあまり適当ではないと思うし、個人的には好きではないのだけれど、“女性だから耽美的にやってみます”的な発想でないという程度に理解いただきたい。そして何よりもその演奏は、確固たるテクニックに裏打ちされていると同時に、“自由奔放さ”(こちらの過去記事を参照)にある。そんな彼女が10年以上の時を経て、どうなったのかというのが最初に書いた不安だった。けれども、実際に本作を聴いてみてわかるように、根本は何ら変わっていなかった。 自作曲が3曲、エリック・ドルフィーの楽曲が3曲、加えてジャズのスタンダード曲が3曲という構成で、スタンダード曲部分がところどころでいいアクセントになっている。やはりと言っていいのかもしれないが、自作曲は、自由奔放に、やりたいように演奏できているとの印象が強く、3.「バック・イン・ザ・デイズ」が特にいい。しかし、本盤での最大の聴きどころはドルフィーの3曲にあると思う。冒頭から激しい演奏を含む1.「ハット・アンド・ベアード」と繊細かつ独創的な7.「サムシング・スイート、サムシング・テンダー」は、ドルフィーのアルバムでは『アウト・トゥ・ランチ』の冒頭2曲として収められていたもの。再び激しくかつ流れる様に爽快なピアノ演奏を繰り広げる8.「G.W.」は、ドルフィーのデビュー作に収録されていた曲である。 過去作と比較されても遜色なく、次回作も十分楽しみと思わせる曲・演奏内容で、正直なところほっとした。引退→復帰に伴うブランクのせいで不安になりながら手にしたアルバムだったけれど、やっぱり大西順子は大西順子であった。“90年代は知らないのだけれど、大西順子って誰?”という新しいリスナーにはこのアルバムから始めてもらってもいいだろう。そのくらい過去の作品と並べても十分な出来のアルバムだと思う。ちなみにボーナス・トラック(10.)は、本編録音の前年(2008年)、ブルーノート東京でのライブ録音で、『ヴィレッジ・ヴァンガードの大西順子』と同一のトリオで吹き込まれたメドレー演奏である。[収録曲]1. Hat and Beard2. I Gotta Right to Sing the Blues3. Back in the Days4. Bittersweet5. Ill Wind6. Musical Moments7. Something Sweet, Something Tender8. G.W.9. Smoke Gets in Your Eyes10. So Long Eric~Mood Indigo~Do Nothin’ till You Hear from Me(ボーナス・トラック)[パーソネル]1.~9.:大西順子(p), 井上陽介(b), Gene Jackson(ds) 10.:大西順子(p), Reginald Veal (b), Herlin Riley(ds)[録音]1.~9.:2009年4月30日、5月1日10.:2008年9月14日 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.25
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ヘンテコでシュールなドルフィーの入口として好適盤 エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)という人は、正直、とっつきにくいアーティストだと思う。1928年、米国ロサンゼルスに生まれ、1964年、36歳の時にベルリンにて客死。死の引き金は糖尿病を患っていたことにあったが、直接的にはその急性合併症によってホテルで倒れたとのことである。アルト・サックスの他、フルートやバス・クラリネットを演奏する彼は、1960年代のジャズ界において、マルチプレイヤーとして名を馳せ、とりわけ、主にクラシック音楽で使用されていたバス・クラリネットをジャズ界に持ち込んだ人物としても知られる。 ドルフィーと言えば、1961年に結成されたトランペット奏者のブッカー・リトルとの双頭コンボを真っ先に思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、ブッカー・リトルは同年に急逝してしまったため、このコンボはあっけなく終わりを迎える。本作『アウト・トゥ・ランチ』は、それよりもさらに数年後のもので、なおかつドルフィー自身の死の数か月前という時期にブルーノートに吹き込まれたものである。アルバム『ラスト・デイト』が一般には遺作だとされるが、本拠地米国でスタジオ録音という観点からすると、本作『アウト・トゥ・ランチ』が遺作という言い方もできる。 このアルバム・タイトルは、本作収録曲中の4.の題名がそのままアルバムの題目となったものである。その意味するところは、ジャケットの写真に示されている。店舗やオフィスなどの昼休みにドアに掲げられる時計のついた表示で、「戻ります(Will Be Back)」という文言の添えられたものだ。普通はその店が2時に再開するのなら、時計は短針と長針が2時を指すようにセットされるわけだが、本アルバムのジャケット写真では、短針が3本、長針が4本、つまりは7本の針を持つ時計というヘンテコ具合である。そしてこの“シュールさ加減”は、そのままドルフィーの音楽を象徴しているように思えてならない。 全曲がドルフィーの自作だが、そのうち1.は“帽子と鬚”というタイトルの通り、セロニアス・モンクに捧げたもの。この曲も含め、いずれの曲もクレジットされたメンバーで演奏することを前提として用意された曲との印象を受ける。演奏者の中で特にその活躍ぶりが目立つのは、ドラムのトニー(アンソニー)・ウィリアムス。彼は1963年から69年までマイルス・デイヴィスのクインテットの一員として活動していた若きドラマーだったわけだが、本盤録音の1964年はまさに同クインテットでの活躍の真っ最中(しかも録音時はまだ19歳!)に当たる。そして、このトニー・ウィリアムスのことを、ドルフィーは、“トニーは時間(タイム)を演奏するのではなく、脈動(パルス)を演奏するんだ”と評している。他の録音メンバーでは、あまり注目されないけれど、フレディ・ハバート(トランペット)とボビー・ハッチャーソン(ビブラフォン)がいい味を出していると思う。本盤でのこの二人は、出しゃばることなく、つまりはドルフィー中心のアルバムであることを認識し、その中で(決して悪い意味ではなく)脇役という意識をもって演奏に加わることで、結果、効果的に機能している。裏を返せば、これら“名脇役”なしには、本盤は成立し得なかったのだろう。[収録曲]1. Hat And Beard2. Something Sweet, Something Tender3. Gazzelloni4. Out To Lunch5. Straight Up And Down[パーソネル]Freddie Hubbard (tp)Eric Dolphy (as, fl, bcl)Bobby Hutcherson (vib)Richard Davis (b)Tonny Williams (ds)[録音]1964年2月25日 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.24
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原点回帰でありながらポップ音楽の成熟を示す1枚 エルトン・ジョン(Elton John)がデビューしたのは1969年(アルバム『エルトン・ジョンの肖像(Empty Sky)』)だった。その前にも下積み時代があり、ソロやブルーソロジーというバンドで活動していた時期もあった。1968年に盟友バーニー・トーピン(エルトンの曲のほとんどがこの人物との共作)と出会った後も、しばらくはソングライターとして他人の曲ばかり書いていたし、売れない頃はいろんなオーディションにも参加した(キング・クリムゾンのヴォーカル・オーディションにも参加して落選したとのこと)。その当時、60年代は、ビートルズに象徴されるように大衆音楽が劇的に変化していった時期だった。エルトン・ジョンはソロとしてデビューした後、1970年のアルバム『僕の歌は君の歌(Elton John)』でまもなく人気を集めるようになるわけだが、それは、ちょうどビートルズの終焉と重なる時期に当たる。大雑把にまとめてしまうと、ビートルズが解散し、それと入れ替わるようにして登場してきたエルトンはよくも悪くも英国のポップ・シーンを、プラスの遺産からポスト・ビートルズの厳しい批判に至るまで、まとめて背負い込むことになった。 そこからおよそ30年の歳月が流れ、時代は21世紀に突入した。その間、エルトン当人にはいろいろなことがあった。結婚と離婚、薬物依存、アル中、カツラ使用告白、喉の手術、ダイアナ元皇太子妃の追悼、両性愛者カミングアウト、大英帝国勲章の受章…と話題には事欠かない。しかし変わらなかったことは、良くも悪くも英国ポップ界の関心を集めるトップ・スターという立場である。純粋に音楽的にも、またゴシップなどの騒動においても、ポップ・スター、エルトン・ジョンは相変わらず、大きなプレセンスをもって存在し続けてきた。 そんな中、本盤『ソングス・フロム・ザ・ウェスト・コースト(Songs from the West Coast)』は、エルトンがそんな自分自身を見つめ直し、ポップ・ミュージックの牽引者としての自己の立場を再認識して2001年にリリースしたアルバムである。エルトン・ジョンは実に多作家であるため、初めてアルバムを聴く人にとっては、いったいどこから手をつけたらよいのかわからないほど厄介な数の作品がある(したがって筆者も全部聴いたわけではない)。しかし、ランドマークとなるような作品をいくつか選びだすことは可能で、それらがすなわち彼の代表作として位置づけられるものとなる。上述のサード・アルバムもその1枚だし、名作と呼ばれる『黄昏のレンガ路(Goodbye Yellow Brick Road)』や『キャプテン・ファンタスティック』などもその1つだろう。そして、比較的新しいところでの1枚が本盤『ソングス・フロム・ザ・ウェスト・コースト』と言ってよいと思う。 さて、本盤の内容であるが、全体的なトーンは表題の“西海岸”というイメージに反して決して明るくない。どちらかと言えば内省的な曲も含まれ、その意味では、70年代前半の雰囲気に近い。エルトン自身、このアルバムを“エルトン・ジョンらしく”仕上げたかったとのことで、その“エルトンらしさ”とは、華々しくポップ・シーンの先頭に立っていた70年代をイメージしたものだったのだろう。ちなみに、ゲスト陣も多彩で、例えば、スティーヴィー・ワンダー(2.、ハーモニカ)やビリー・プレストン(7.、電子オルガン)らが参加している。 70年代の原点を目指したとはいえ、結果として出来上がった各楽曲を聴くと、似て非なる部分が耳につく。それは“貫録”によるものだと感じる。具体的には、音作りが(デジタル技術の発達によって細部がしっかり聞こえるという要素もあるけれども)70年代のものよりも緻密さ・精密さを増し、ヴォーカルには(こちらも80年代の手術を経て声質が変わっているという要素もあるものの)“自信”がみなぎったものである。おそらくこの両方の要素ともに、エルトン自身が意識したものではなく、30年という時の流れが自然にそうさせたのであり、すなわちそれはエルトン自身のポップ音楽の成熟そのものと言ってもいいのかもしれない。それゆえ、本盤は、原点に回帰した“変わらぬエルトン・ジョン”であると同時に、21世紀を迎えた“円熟のエルトン・ジョン”でもあるという、不思議な両側面を持ち合わせるアルバムに仕上がった。 余談ながら、本盤のジャケット(CD歌詞カード)は広げるとジャケ面積の8倍分の横長写真が現れる。この大きな写真の一部がジャケット写真になっているという仕組みだ。撮影場所はRae’s Restaurantといって、西海岸ベースの映画で撮影によく利用されるスポットとのことだ。[収録曲]1. The Emperor's New Clothes2. Dark Diamond3. Look Ma, No Hands4. American Triangle5. Original Sin6. Birds7. I Want Love8. The Wasteland9. Ballad of the Boy in the Red Shoes10. Love Her Like Me11. Mansfield12. This Train Don't Stop There Anymore2001年リリース。 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.21
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玄人受けする名盤 ローウェル・ジョージは、フランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションの元メンバーで、スライドギターを得意とするギタリスト。マザーズの元メンバー、ビル・ペインらとともに1969年にリトル・フィート(Little Feat)を結成する。しかし、このバンドは商業的に成功を収めることなく、いったん解散してしまう。その後、1972年に同じグループを再び結成し、今度は70年代を通じて活動を続けた。バンド自体は1979年のジョージの突然の死で解散するが、後に1988年からは、ジョージ以外の残ったメンバーが活動を再開している。 そんなリトル・フィートの代表的名盤とされるのが、本作『ディキシー・チキン(Dixie Chicken)』である。アルバムのタイトル(および1曲目のタイトル)のディキシー(あるいはディクシー)というのは、米国南部を意味するが、語源もはっきりせず、その定義も曖昧である。サウス・カロライナ、ミシシッピ、フロリダ、アラバマ、ジョージア、ルイジアナ、アーカンソー、ノース・カロライナ、テネシーの諸州がだいたいその該当地域とされるが、狭い意味ではフロリダ州やテキサス州は含まれなかったり、逆にケンタッキー州がその一部に含まれたりすることもある。音楽面では、デキシーランド・ジャズという表現もある。これもまた定義が曖昧な表現のようだが、こちらは圧倒的にニューオーリンズ(ルイジアナ州)を連想させるものである。 さて、アルバム表題はそのまま1曲目の「ディキシー・チキン」の曲名と同一なわけだが、本盤での彼らは、主としてニューオーリンズの音楽要素を取り込んでの演奏を繰り広げる。けれども、不思議なところは、南部っぽい要素を持ちつつも、必ずしも典型的な南部音楽に仕上がっているわけではない点である。その“ずれ”はどこから出てくるのであろうか。 リトル・フィートは、ある意味では、ザ・バンドと同じようなルーツ・ミュージックの探究の旅をしていたのだと思う。とはいえ、カナダ人中心のザ・バンドが外から見たアメリカの探究であったのに対し、リトル・フィートは内からの探究だったように見える。つまり、ディープ・サウスだけではない彼らの様々なルーツが既に存在し、それらが混ざり合いながら、混沌とした中で本作では南部音楽へのアプローチという形態をとっているわけである。きっとザ・バンドは狙ったルーツ音楽に真っ直ぐに向かって行けた(あるいはそれを取り入れていくことができた)のに対し、リトル・フィートは、米国人として既に何らかのルーツを自身の内に有している分、目標に対して真っ直ぐには進んで行けず、結果、出てきた音楽はよりいびつなものになったのではないか。 その“いびつな”音楽が悪いというわけではなく、本盤に見られるように、それがそのままリトル・フィートの良さにつながった。ただし、このグループが万人に好まれるビッグ・ネームとして君臨しなかったのも、同時にこの“いびつさ”によるのだと思う。結果的に、リトル・フィートは、とっつきにくいが、はまる人が多いという、いわば“玄人受けする”アーティストとなった。 とっつきにくさの一つの理由は、リズムである。ベースとドラムのリズムの存在感が独特であるが、表層的に聴いてもなかなかここに耳が届かない。もちろん、ローウェルのスライドギターのようにもっと耳につきやすい要素も含んでいるわけだが、リトル・フィートの音楽的な軸は、間違いなく、このリズム部分にあると筆者は思う。おそらくはそのせいで、本盤を1回や数回聴いて気に入ったという人はあまり多くないようだ。逆に、繰り返し何度も聴いているとじわじわと染み入り、やがてフェイバレットになったという人が多い。ベースとドラムが演出する低音部分、そしてバンド全体の演奏が見せるリズムに集中して本盤を聴いてもらいたい。きっと20回とか30回とか聴いて他人が“なるほど”と述べていることが、10回も聴けばわかると思う。 とまあ、抽象的なややこしい話になってしまい恐縮だけれど、70年代を彩る“裏名盤”が本作で、“裏ベスト・アーティスト”がリトル・フィートだという言い方も可能なのだと思う。まだの人や何度か聴いたけど魅力が伝わってこないという人は、ぜひお試しあれ。[収録曲]1. Dixie Chicken2. Two Trains3. Roll Um Easy4. On Your Way Down5. Kiss It Off6. Fool Yourself7. Walkin All Night8. Fat Man In The Buthtub9. Juliette10. Lafayette Railroad1973年リリース。 [枚数限定][限定盤]ディキシー・チキン/リトル・フィート[CD]【返品種別A】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.19
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いつもご覧いただきありがとうございます。 おかげさまで、本ブログのアクセス数が今朝の間に4万Hitを超えました。開設からおよそ10ヶ月、たくさんの方々にアクセスいただき、あらためて感謝申し上げます。 4万アクセス目ちょうどは、Mizunaさん でした(いつもご覧いただきありがとうございます)。 今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。以下のランキングサイト(3サイト)に参加しています。応援くださる方は、各バナー(1つでも2つでもありがたいです)をクリックお願いします! にほんブログ村 → 人気ブログランキング → 音楽広場 →
2010.05.16
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2010.05.15
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クラプトンのギターを堪能する推奨ライブ盤 ギタリストとしてのエリック・クラプトンの最高作はどのアルバムか。意見は様々あるだろう。ジョン・メイオール&ブルースブレーカーズでの『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』は、明らかに最初の頂点の一つだろうし、クリーム時代の諸作を外すことはできないという人もいるだろう。また、レイドバックした『いとしのレイラ』(デレク&ドミノス)のプレイがいいという人も多いかもしれない。けれども、今回は少し違った角度から、クラプトンのギターを楽しんでみたい。 『エリック・クラプトン・ライヴ(原題:E.C. Was Here)』は、1975年発表のライヴ盤である。周知のようにクラプトンは、ヤードバーズやブルースブレーカーズでの活躍によって、若くして功を成し名声をとどろかせ、20歳そこそこで「神」とまで形容されるようになった。その後、クリームで成功を収め、クリーム解散後はブラインド・フェイスやデレク&ドミノスといったグループへと活動の場を変えていくが、やがてドラッグに溺れ、一時は覇気を無くしていった。そんなクラプトンがようやく立ち直り、今度はソロとしての成功を収めていく過程で生み出されたのが『461オーシャン・ブールヴァード』(1974年)や、『安息の地を求めて(There’s One in Every Crowd)』(1975年)といった諸作であった。このソロとしての成功に伴って、クラプトンのミュージシャンとしての力点は、ギタリストからヴォーカリストよりに変わっていく。 この『エリック・クラプトン・ライヴ』は、そんな中、ちょうど上記2枚の間にリリースされたもので、1974年と75年のツアーの音源からセレクトされたライブ・アルバムである。このアルバムの演奏は、まぎれもなく、ギタリストとしてのクラプトンという側面を存分に聴かせてくれるものである。上記のような経緯を考えると、アーティストとして次のステップに行く上で、これまでの整理をつけたのかと思わせるようなプレイである。レコードでは片面3曲ずつの計6曲、つまりはいずれも長尺の演奏である。どの曲も捨てがたいのだが、のっけから、1.「愛の経験(ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン)」での、のっけから前面に出てくるギター演奏が聴いていてぞくぞくする。アコースティックでスタートし、最後はエレクトリックで終わる3.「ドリフティング・ブルース」の盛り上がりもなかなかいい。5.「ランブリング・オン・マイ・マインド」(後年にまとめてカヴァー集を出すことになるロバート・ジョンソンの曲)でのソロ・プレイも鬼気迫る迫力ものである。アルバムを締めくくる6.「ファーザー・オン・アップ・ザ・ロード」では、ノリのいいリズムに乗って得意のギター・フレーズ群を矢継ぎ早に弾きまくる。 以前にも述べたように(『ミー・アンド・Mr・ジョンソン』の項を参照)、クラプトンのギター・プレイはブルースそのものではない。ブルースを極めようとしながらも、良くも悪くもブルースとは明らかに違う方向に行き着き、結果として、新しい世界を開拓するに至ったと言っていいと思う。そのクラプトンのギターの世界を堪能するなら、本盤はうってつけだ。ちなみに、裸の女性の後ろ姿に「E.C. Was Here」と赤色の字で記されたジャケットは、正直、趣味がよくない。他のアルバムのジャケットと一緒に並べられていたら、敢えてこれを買おうという意欲はわかないかもしれない(実は筆者もこのジャケのせいで、長らく避けていたという過去がある)。しかし、ジャケのイメージと中身は全く違っている。クラプトンのギターを堪能したい、あるいはその凄さを実感したいと思う人には、二重丸の推奨盤である。[収録曲]1. Have You Ever Loved a Woman2. Presence of the Lord3. Driftin' Blues4. Can't Find My Way Home5. Ramblin' on My Mind6. Further on up the Road1975年リリース。 Eric Clapton エリッククラプトン / Ec Was Here 輸入盤 【CD】 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.14
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ハノイの曲を思い出す ~その3~ これまで「マリブ・ビーチの誘惑」、「白夜のトラジディ」という、メジャー・レーベル進出前の楽曲を見てきた。第3回目の今回は、CBSと契約して1984年にリリースし、全米進出を図ろうとしたアルバム『トゥー・ステップス・フロム・ザ・ムーヴ』から冒頭の1曲、「アップ・アラウンド・ザ・ベンド(Up Around The Bend)」を取り上げたい。 この曲名を見てお気づきの方も多いだろうが、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル、彼らについてはこちらの過去記事を参照)のアルバム『コスモズ・ファクトリー』に収められ、シングル(1970年発表)としてもよく知られる名曲である。なぜ全米進出に際して、彼らがこれほど古典的な曲を選んだのかは戦略的によくわからない。こういう有名曲をやるのはセールス面では聴衆への“挑戦”にもなり得る。アンディ・マッコイ(ギター)が語っているところによると、メンバーのナスティ・スーサイド(ギター)が好きだった曲で、リハーサル中にジャムってたらよかったからライヴでやってみて、その上でアルバムに入れることを思いつくに至ったと言う。いずれにせよ、CBSの売り込み方は熱の入ったもので、この曲を先行シングルとして発売し、限定版にはバンドロゴのタトゥー・シールを入れ、通常のシングル盤以外に12インチ盤など複数のシングル盤をリリースしている。 原曲よりもややテンポが速いものの、全体のアレンジは極端に原曲から離れてしまっているわけではない。なのにどこかハノイ的に仕上がるのが実に不思議だ。泥臭い米国南部っぽさが特徴のCCRと、フィンランド出身で明るくエネルギッシュなハノイ・ロックス。どう考えても相いれなさそうな両者の対比がそのまま原曲とハノイのヴァージョンの違いになっているように思う。 「マリブ・ビーチの誘惑」の項でも書いたが、ハノイ・ロックスにはいい意味での遊び心があり、それが型にはまらない彼らの音楽性を築く大きな理由となった。今回の曲も、上述のエピソードからすると、戦略的なことは何も考えていなかったのかもしれない。演ってみたらよかったからアルバムに収めた、結果、気がついたらシングルとしても発売されることになっていた、という程度のことだったのかもしれない。しかし、結局のところ、このカヴァー・ヴァージョンはハノイ・ロックスの実力が見事なまでに透けて見えることになった。カヴァー曲で大事なのは、“原曲の方がいい”とか“原曲にかなわない”とかいった感情を聴き手に感じさせないことである。筆者の個人的意見としては、原曲を“超える”必要はない。原曲とは別個のものとして“聴きたい”とこちらが思わせられるかどうかだ。その意味において、ハノイの「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」は、この基準を満たしている。 このヴァージョンを聴いてもう一つ心によぎるのは、(実はこの曲を含むアルバム『トゥー・ステップス・フロム・ザ・ムーヴ』全体がそうだとも思うのだが)演奏力の向上と貫禄がついてきたことである。初期の楽曲に時折見られた“雑さ”や“しょぼさ”が、この頃の演奏ではすっかり消え去りつつある。だからといって彼らが音楽的に守勢に入ったというのでもない。どこか能天気さを含んだ明るさ、自由奔放さと自由な発想、若さのエネルギーはそのまま続いている。先が見え透いた結論で申し訳ないが、やっぱり彼らのこのキャラクターがそのまま「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」の明るさに通底しているのだと思う。[収録アルバム]Hanoi Rocks / Two Steps From The Move (1984年リリース)ハノイ・ロックス / ミリオン・マイルス・アウェイ~ハノイ・ロックス・ベスト (日本限定ベスト盤)その他、各種ベスト盤類にも収録[関連過去記事リンク]ハノイの曲を思い出す~その1~「マリブ・ビーチの誘惑」 へハノイの曲を思い出す~その2~「白夜のトラジディ」 へ 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.12
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最大級の無題の傑作 レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、ドイツの飛行船“ツェッペリン”をもじって“鉛の(lead)飛行船(zeppelin)”。鉛という単語の綴りが一文字変更されているが、あほなアメリカ人が“レッド”を“リード”と誤読しないようにわざと綴りを変えたらしい。ちなみに、英語では、“ゼッペリン”と発音されるらしいが、元をただせば、上記の飛行船開発者のドイツ人フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵に行き着くわけだから、やっぱり“ツェッペリン”とドイツ語風に呼んでやるのがいいように思う。 さて、そのレッド・ツェッペリンの4枚目のアルバムが本作である。一般には『IV』もしくは『Led Zeppelin IV』の名で知られるアルバムである。けれども、実際には、このアルバムには題名もアーティスト名もない。その代りによくわからない4つのシンボルマークが記載されていて、その理由で『Four Symbols』と呼ばれることもある。1971年にリリースされた。 1969年に鳴り物入りでデビューした(イギリスから渡米し、アトランティック・レーベルと契約したが、その契約金は20万ドルという破格だった)レッド・ツェッペリンは、快調に人気を集め、セカンド・アルバム(同年末リリース)はビートルズの『アビー・ロード』を引きずり降ろしてのチャート1位(それも7週連続)、翌70年にはビートルズを抑えて英メロディ・メイカー紙の人気投票でNo.1グループにもなった。しかし評論家受けがあまり良くなかった。特にサード・アルバム(1970年秋リリース)はチャートで英米ともに1位を記録したものの、酷評されてしまう。そんな中、ツェッペリンが次に世に問うたのが本盤であり、クレジットなしというのも(商業的理由か、評論家に対する反発かはともかく)本盤を問題作として世間に提示したかったからと言えるだろう 以前述べたように(「アキレス最後の戦い」の項を参照)、レッド・ツェッペリンは単なるハード・ロック・バンドではなかった。ジミー・ペイジのフォーク志向、ロバート・プラントのトラッド(主にケルト)志向というものが基盤にあり、バンドの楽曲・サウンドに大きく影響していた。その方向性が強く出たのが、アコースティック色の強い前作(サード・アルバム)であり、これを批判した批評家たちはツェッペリンの本質を見誤っていたということになる。しかしまた『III』で示された方向性だけが唯一ではなく、ジョン・ボーナムの激しいドラミングに象徴される“ハード”な部分も、当然ながらこのバンドの大きな特色であった。この両方(フォーク=トラッド路線とハードロック路線)の組み合わせという点で最高の出来に仕上がったのが本盤『IV』だと思う。 この二つの方向性の対比はアルバムの随所に見られる。例えば、2.「ロックン・ロール」と続く3.「限りなき戦い」の対比がそうである。同じくアルバム後半では、8.「カリフォルニア(Going To California)」と9.「レヴィー・ブレイク(When The Levee Breaks)」という連続した二曲にも同じような対比が認められる。これらの例のように、曲と曲の間での対比も可能であれば、同じ曲の中でもそれを見て取ることが可能である。有名な4.「天国への階段」はその典型であろう。この曲は、静と動の対比が素晴らしいと言われることがあるが、“静と動”という表現は、正鵠を射ているようでありながら的が外れているようでもある。“ハード・ロック・バンドとしての静と動”という意味に理解されるのであれば、この表現は正しくないと思う。実際には、フォーク=トラッドな部分と、いわゆる典型的にハード・ロックの流れに位置づけられる両方の要素が曲の見事な展開の中に収められている。言い換えれば、ハード・ロック的要素と非ハード・ロック要素の“融合”こそが本盤を名作にしているのだと思う。 したがって、本盤は“静かな曲を含むハード・ロック・アルバム”というものではない。“非ハード・ロック的要素を見事に内包したハード・ロック・アルバム”という方が正しいように思う。上記「天国の階段」が収録されていることで有名なアルバムで、セールスも大きく、これまで米国内だけで2300万枚、全世界では3700万枚以上が売れたと言われる。ということは、当然、このアルバムを持っている人も多いはずだ。持っているけどしばらく聴いていないという方がいれば、ぜひ上で述べたような“非ハード・ロック的要素”にも着目しながら聴き返していただきたい。やっぱりレッド・ツェッペリンは“ただのハード・ロック・バンドではなかった”ことを実感していただけるものと思う。[収録曲]1. Black Dog2. Rock And Roll3. The Battle Of Evermore4. Stairway To Heaven5. Misty Mountain Hop6. Four Sticks7. Going To California8. When The Levee Breaks1971年リリース。 レッド・ツェッペリンIV<スタンダード・エディション>/レッド・ツェッペリン[CD]【返品種別A】 レッド・ツェッペリン4 (デラックス・エディション) [ レッド・ツェッペリン ] 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.10
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年月を経ても変わらない独特の世界 米国出身のシンガーソングライター、トーリ・エイモス(Tori Amos)が2005年に発表し、ヒットさせたアルバムが本作『ビーキーパー(The Beekeeper)』である。1992年にソロ・アルバム・デビューを果たしてから、スタジオ・アルバムとしては8作目に当たる(ライブ盤を含めると9枚目)。セールス面では、全米チャートでの最高位が5位を記録し、彼女の作品としてはトップ10入りを果たした5作目のアルバムとなった。この結果、5枚以上のアルバムをトップ10に送り込んでいる有名女性シンガーたち(例えばマライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、マドンナ、リアン・ライムスなど大物アーティストが名を連ねる)の仲間入りを果たすことになった記念碑的作品である。 とまあ、セールス面では大きな成功を収めた作品なわけであるが、内容面ではそれまでの諸作とどう違っているのだろうか。筆者の意見では、基本的に大きく変わっていない。幻想的な世界に聴き手を引き込むという、彼女独特の魅力が、1990年代の諸作から変わることなく脈々と続いている。以前の記事で紹介した『ボーイズ・フォー・ペレイ~炎の女神』(1996年)との比較で言えば、聴いている時の不安感というものが安心感に変わってきているという印象はある。この印象の違いは、作品ごとのコンセプトの問題というよりは、むしろ、歌の聴かせ方がより丁寧になってきたということのせいであるように思う。以前の彼女の歌い方は、時として自分の世界に深く入り込み、そうすることで聴き手をその世界に引きずりこむという部分があった。それが大きな魅力になっていたことは言うまでもない。だが、これに対し、10年近く後(厳密には『ボーイズ・フォー・ペレイ』の録音は1995年、『ビーキーパー』の録音は2004年なので9年後)の本盤に関しては、自分の世界に入りすぎずに聴き手に歩み寄りながら自分の世界を提示しているという感覚の方が強い。 とはいえ、そうした変化は枝葉末節と言えるだろう。概して、トーリ・エイモスは、楽曲ごとの仕上がり具合のばらつきが少なく、どれも高いクオリティを維持している。本アルバムはそのクオリティの一定さ(とりわけヴォーカルの安定度)が特に高い水準に出来上がっている。また、彼女のアルバム群は、それぞれのコンセプトを保ちながら、上記のような独特の世界を長時間続けられるところが素晴らしい。すべてのアルバムにもれなく当てはまるというわけではないが、総じて彼女のアルバムは曲数が多く、トータルの収録時間が長いという特徴がある。本作も例外ではなく、収録時間はほぼ80分、曲数にしても19曲という、聴き手にとっては長丁場となり得る収録時間・曲数のはずである。しかし、実際に聴いていると、全然そんな感じがしない。一つの統一された世界が展開されていて、その長さをまったく感じさせないのである。この80分近い『ビーキーパー』も、実際の体感時間としては、60分強のアルバムを聴き終えたような感覚に陥る。 LP時代からCD時代に移り変わり、アルバム一枚の収録時間が長くなったが、その分、“詰め込み”が目立ち、アルバム制作の密度が薄くなったことが、一般論としてよく指摘される。要するに、40分や50分という収録時間を目途にしていたLP時代ならボツにされた曲も、70分、80分という収録時間の増加によってアルバムに含まれるようになってしまい、結果、アルバムのクオリティ、つまりは楽曲の“厳選度”が下がったという指摘である。一般論としては、確かにそうなのだろうが、トーリ・エイモスはどうも例外のような気がしてならない。既にCD時代となった90年代にソロ・デビューしてきたアーティストというのも一因ではあろうが、根本的に、聴き手を飽きさせない世界を作るのが抜群に上手いということなのだろう。本盤『ビーキーパー』は、単にヒット作というだけでなく、そんな観点からもとりわけ見事な、技ありの一枚だと感じる。[収録曲]1. Parasol2. Sweet the Sting3. The Power of Orange Knickers (featuring Damien Rice)4. Jamaica Inn5. Barons of Suburbia6. Sleeps with Butterflies7. General Joy8. Mother Revolution9. Ribbons Undone10. Cars and Guitars11. Witness12. Original Sinsuality13. Ireland14. The Beekeeper15. Martha's Foolish Ginger16. Hoochie Woman17. Goodbye Pisces18. Marys of the Sea19. Toast2005年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.08
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ハノイの曲を思い出す ~その2~ ハノイ・ロックス(Hanoi Rocks)の名曲第二弾は筆者いち推しの「白夜のトラジディ(Tragedy)」である。なぜ“白夜”かというのは突っ込みどころではないのだけれど、一応述べておこう。彼らが単にフィンランド出身のバンドだから、というだけの理由であるように思われる。同じ理由で、この曲が収録されているデビュー・アルバムの邦題も『白夜のバイオレンス』。原題は、『Bangkok Shocks, Saigon Shakes(バンコクが衝撃を受け、サイゴンが揺れる、の意)』だから、何の関係もない邦題なのである。きっと名付けた人はフィンランド(あるいはスカンジナビア)と言えば、百夜しか思い浮かべられなかったのだろうかなどと勘ぐってしまう(現代の情報化社会とは違い20年近く前のことだから、もしそうであったとしても許すとしよう…)。 さて、曲の内容はと言えば、原題の「トラジディ」(直訳すれば「悲劇」というギリシア語起源の語)というものだが、「悲劇」というかっこいい響きとは裏腹に、実際にはティーンエージャーの男女の一夜の話だ。しかもそれでもって“人生は悲劇”と歌っているというどうでもいいような内容。実はこの曲はデビューよりもだいぶ前に作られていて、そもそもギターのアンディ・マッコイが15~16歳ぐらいの時に作ったらしいので、この歌詞は仕方ないとしよう。 とまあ、タイトルに不満はあるわ、詞の内容は何だかなあ、といった感じで、いいところがなさそうに見えるかもしれないが、実はそうではない。この曲のメロディ、構成、そして編曲が抜群なのだ。演奏は決して精緻ではなく、どちらかと言えば粗削りなん感じがするものの、メロディックにして斬新な曲なのである。マイケル・モンローのヴォーカルはセクシーな声だし、所々で降下するベースラインもかっこいい。ギター・ワークもなかなかいいと思うのだが、それはプレイの技術的水準の高さというよりは、曲全体の中でのバランス感覚や効果的なギター音の使い方によるものである。母国フィンランドでは、デビュー・アルバムの先行シングルとして発売されたとのことだが、デビューした時点でこれだけ“輝く原石”だったというのは聴き手も目を見張ったに違いない。 この曲のもう一つの聴きどころは、このバンドのコーラス・ワークにある。落ち着いてここだけ聴くと案外間抜けな感じにも聞こえるのだが、慣れてくるとこれが結構病み付きになる。そのコーラス・ワークというのは、リード・ヴォーカルとハモるだけではなく、後ろにコーラスで別のメロディをコーラスで付けるというものなのだが、彼らの他の楽曲でも時折見られるので、機会があれば、その効果にも着目してもらいたい。 ハノイ・ロックスの代表曲を1曲挙げよと言われれば、筆者は誰が何と言おうとこの「白夜のトラジディ」を選ぶ。それぐらい繰り返し聴いた曲でもあるし、一度聴いたら耳について離れず中毒になりそうなタイプの、ハノイ・ロックスのいち推しナンバーといったところである。[収録アルバム]Hanoi Rocks / Bangkok Shocks, Saigon Shakes(邦題『白夜のバイオレンス』) (1981年リリース)その他、各種ベスト盤類にもたいてい収録。[関連過去記事リンク]ハノイの曲を思い出す ~その1~「マリブ・ビーチの誘惑」 へハノイの曲を思い出す ~その3~「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」 へ 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.06
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ハノイの曲を思い出す ~その1~ ハノイ・ロックス(Hanoi Rocks)は、マイケル・モンローとアンディ・マッコイを中心にヘルシンキで結成された5人組のグラム・ロック/グラム・パンク系バンド。フィンランドのロック・グループとして、国際的に最も成功を収めたグループである。メロディアスで聴きやすい楽曲が多く、出身国フィンランドからやがて本拠地をロンドンに移し、日本でも人気に火がついていった。 デビューは1981年で、そこから2年半ほどの間に計4枚のスタジオ作(『白夜のバイオレンス』、『オリエンタル・ビート』、『セルフ・ディストラクション・ブルース』、『ミステリー・シティ』)をコンスタントに発表した。1984年にはメジャー・レーベルのCBSとの契約に至り、大々的な売り出しとともに5枚目のアルバム(『トゥー・ステップス・フロム・ザ・ムーヴ』)を引っさげて全米進出を始めるも、その矢先にメンバーの一人(英国出身のドラマーのラズル、1982年に加入していた)が事故で亡くなり、翌85年にバンドは解散した(ただし、その後、2001~2008年にかけてモンローとマッコイを中心に一時期再結成されていた)。 このように活動期間は短く、広く名を知られるようなメジャー・バンドではなかった。しかし、後にガンズ・アンド・ローゼズやスキッド・ロウなどハード・ロック系アーティストが彼らからの影響を語るようになり、知名度が上がることになった(筆者が最初にハノイを聴いたのもこの頃だった)。近年でも、マニック・ストリート・プリーチャーズやフー・ファイターズがハノイのファンだったことを認めている。 筆者も一時期は憑かれたように聴いていたのだが、こんなハノイ・ロックスには結構名曲が多い。名曲が目白押しというわけではなく、駄作も含まれているように思うし、今の時代の耳で聴けば、音作りにちゃちな部分がないでもない。けれども、ただ力で押しまくるというのではないリズム(時折見せる緩急やその変化)、ある時突然劇的に展開するメロディ、枠にはまらない20歳すぎの若者のエネルギーが凝縮されたような破壊力に、今でもつい心奪われてしまう。そこで、彼らの曲のうち特段フェイバレットというものを、何回かの記事に分けて紹介したい。 最初の曲は「マリブ・ビーチの誘惑(Malibu Beach Nightmare)」である。見ての通り、原題は“マリブ・ビーチの悪夢”である。“冬が終わったら、仕事をさっさと片づけて、マリブ・ビーチへホリデーに行って、ネエちゃんをひっかけよう!”という何とも単純な歌詞。同じくわかりやすいギターリフ、勢いのついたドラミング、3分足らずという短さ。冒頭から若さというエネルギーを発散させているかと思わせつつ、曲の途中ではお得意のコーラス・ワークも取り入れて、しかも比較的ハードで勢いある楽曲の中に、あえてハードなギターソロを混ぜるのではなく、サックスソロ(マイケル・モンロー自身の演奏)を紛れ込ませる遊び心もいい。 アルバムとしてはスタジオ第4作目となる『ミステリー・シティ(原題:Back To Mystery City)』(1983年)に収録されていて、イギリスではアルバム先行シングルとして発売された。しかし、実はこのアルバムに収められるよりずっと前、この曲を彼らは一度録音していた。デビュー年の1981年に「マリブ・ビーチの誘惑 -カリプソ・ヴァージョン-」なるものが吹き込まれている。こちらのヴァージョンは1990年のレア・トラックス編集盤『トラックス・フロム・ア・ブロークン・ドリーム(Tracks From A Broken Dream)』で聴くことができる。エレキギターで軽妙に刻まれるカリプソ風リズムに乗って、ヴォーカル・メロディは基本的に後のヴァージョンとほぼ変更なし。どう考えても、シャレで録音したとしか思えないヴァージョンだ(したがってこの曲目当てでレア編集版を買うことは薦めないが、他にいい曲が入っているので、お薦め盤であるのは確か)。 オリジナルのカリプソ・ヴァージョンなるものを聴いて思ったのだが、この遊び心加減(というかここまでやってしまう“ふざけ具合”)がハノイ・ロックスの良さの一つになっていたように感じる。ただ真面目に下向いて演奏しても楽しくない。こうやって楽しく演奏しながら自由な発想でやってたからこそ、彼らの他の楽曲のクオリティも高い水準に保たれる結果になったのではないか、と考えたりする次第だ。[収録アルバム]Hanoi Rocks / Back To Mystery City (1983年リリース、正式なヴァージョンを収録)Hanoi Rocks / Tracks From A Broken Dreams (1990年リリース、初期のカリプソ・ヴァージョンを所収)[関連記事リンク]ハノイの曲を思い出す ~その2~「白夜のトラジディ」 へハノイの曲を思い出す ~その3~「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」 へ 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.05
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本ブログのアルバム・曲紹介記事のINDEXページを更新しました。直近の記事を追加しています。INDEXは、ジャンル毎のページに、アーティストのアルファベット順で記載されています。INDEXページへの入口は、下のリンク、もしくは本ブログのトップページ右欄(フリーページ欄)をご利用ください。アーティスト別INDEX~ジャズ編へアーティスト別INDEX~ロック・ポップス編へアーティスト別INDEX~ラテン系(ロック・ポップス)編へ下記ランキング(3サイト)に参加しています。応援くださる方は、各バナー(1つでも2つでもありがたいです)をクリックお願いします! ↓ ↓ ↓ ↓
2010.05.04
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文句なしにかっこいい全盛期ライブは初めて聴く人にもおすすめ フォガット(あるいはフォグハット、Foghat)は、サヴォイ・ブラウンを飛び出したメンバーたちが1971年に結成した4人組。主に70年代中盤から後半にかけて、ベアーズビル・レーベルを代表するアーティストとして、米国を中心に人気を集めた英国のバンドである。メンバーの入れ替わりや後には一時期解散、さらには分裂した同盟バンドが二つ存在する時期、2000年には主要メンバー(創設メンバーの一人でバンドの中心を担っていたロンサム・デイヴことデイヴ・ペヴァレット)の死去といった様々な経緯を経て、現在ではオリジナルメンバーは一人(ドラムのロジャー・アール)だけではあるものの、バンド自体は現存している。ちなみに“霧(fog)の帽子(hat)”を意味するこの奇妙なバンド名は、上記のデイヴが子供の頃に言葉遊びのゲームをしている際に思いついた名称を利用したものだという。 本作『フォガット・ライヴ(Foghat Live)』は1977年にリリースされた、彼らにとって初のライブ盤である。この時点で若干のメンバー入れ替わり(結成時からベーシストが二度交代し、前作から米国出身のクレイグ・マクレガーが務めている)はあるものの、、基本的にデビュー以来彼らが積み重ねてきた音楽の集大成的な内容で、なおかつ代表曲とされるものも含まれている。通常、ライブ盤は元ヴァージョンを知った上で聴いた方がいいと思うことが多々あるのだけれど、フォガットに関しては、本盤から聴き始めるというのもいいように思う。そして、その理由は、以下に述べるような彼らの音楽性に起因すると言えそうだ。 上述のように、フォガットはブルース・ロック・バンド、サヴォイ・ブラウンの中から出てきた。1970年代、ブルース・ロックを発端とする音楽の流れは、ハード・ロックへと注ぎ込んで行くことになる。ハード・ロックというジャンルが確立される中で、“ブルース”という要素はどんどん薄れていくわけだが、そんな中、フォガットが向かっていったのは、そうした“正統派”ハード・ロックとは大きく異なる方向性だった。確かにハードなリフは繰り出すのだが、“ブルース”の部分が“ブギー”という形で継承されていく。結局、彼らが本盤の頃までに辿りついた境地とは、ブギーのリズムに、ツインギターやスライドギターを生かしたハードなリフというスタイルであった。このライブ盤を聴けばよくわかるが、この境地にいたっては、白人がブルースを解釈し始めた当初の躊躇というか遠慮(あるいは不安感?)のようなものが、まったく感じ取られない。自分たち自身が切り開いてきた地平を、自信を持って大音量で気持ちよく演奏している。いや、ライブ録音だからこそ、そうした感覚がなおのこと伝わってくるように思う。 ちなみに、1.「フール・フォー・ザ・シティ」と6.「スロウ・ライド」は、ヒットアルバム『フール・フォーザ・シティ』(1975年)からのシングル曲で、特に後者は全米20位に食い込んだ彼らの代表曲のひとつ。3.「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」はマディ・ウォーターズで有名なお馴染みのブルース・ナンバーだが、フォガットのデビュー作(『フォガット』、1971年)にも収録されていた。この曲を聴けば、ブルースがどういう風に彼らの中で形を変え、普通のハードロックとも違う音楽に行き着いたのかがよくわかるだろう。なお、現行国内盤(輸入盤については未確認)の『フォガット・ライヴ+1』では、同曲のシングル・エディット・ヴァージョンも収録されている。 1980年代を迎えると、フォガットの音楽的な旅はさらに別の方向へと舵を切り始める。その意味でも、絶頂期の彼らの姿を生き生きととらえた本盤は、初めて聴く人にもイメージがつかみやすいし、なおかつ彼らのキャリアの中で最も勢いのあった瞬間をとらえたドキュメントとしても優れた一枚と言えるのではないだろうか。[収録曲]1. Fool For The City2. Home In My Hand3. I Just Want To Make Love To You4. Road Fever5. Honey Hush6. Slow Ride7. I Just Want To Make Love To You (single edit) *『+1』収録のボーナス・トラック1977年リリース。 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.03
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個性的な組み合わせでありながらシンプルに楽しめるハード・バップ盤 ケニー・バレルとジョン・コルトレーン。これら 二人の名前を並べると何かとんでもなく特別なアルバムではないかと構えてしまう人もいるかもしれない。けれども、意外にわかりやすく、なおかつシンプルに楽しめるハード・バップな1枚だと率直に思う。それが、この『ケニーバレル&ジョン・コルトレーン(Kenny Burrell & John Coltrane)』である。1958年の録音で、当初、ニュージャズ・レーベルから発売され(New Jazz 8276)、後にプレスティッジ・レーベルから再リリースされた(Prestige 7352)。 ちょうどこの頃のジョン・コルトレーンは、ジャズ奏者として開眼し、セロニアス・モンクの元を離れてマイルスのグループへと復帰していく頃であった。初期の代表作である『ブルートレイン』(1957年9月)や『ソウルトレーン』(1958年2月)といった作品の吹き込みは、本作のそれぞれ半年前と1か月前に当たる。他方、ケニー・バレルもジャズ・ギタリストとしての地位を固めつつあり、前年にはジョン・ジェンキンス(アルト奏者)とのコラボ盤(『ジョン・ジェンキンス・ウィズ・ケニー・バレル』)も録音している。 本盤でバックを務めるのは、トミー・フラナガン(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラム)である。タイトルからして普通に考えれば、ケニー・バレル(ギター)とジョン・コルトレーン(テナー・サックス)が主役で残りがバックのサポートと写り、したがって、二人の絡みを聴こうという気になるかもしれない。確かに、バレルの出番は多いし、コルトレーンのサックスとも絡み合う箇所も多い。それぞれのファンなら、ソロを受け渡すところや二人の掛け合いについつい耳を奪われてしまう。それはそれで本盤の楽しみの一つである。けれども、このような聴き方だけがすべてではなく、他の楽しみ方もある盤だという感想も同時に筆者は抱いている。 アルバム全体にわたってどこかしら漂ってくる軽妙な感覚はどこから来るのか。それは、ケニー・バレルとトミー・フラナガンの組み合わせにあるように思う。実際、ケニー・バレルのギターの出番は多いのだが、持ち前のブルージーなプレイはやや抑え気味に見受けられる。極論を言うと、ブルージーなバレルは鳴りを潜め、全体にあわせているようにすら聴こえる。しかし、その結果、フラナガンのピアノとともに美しいメロディを奏でることに成功している(実は本作収録曲5曲中、1.と5.の2曲が彼によるものである)。もし、バレルがリズム・セクションの3人の上に“乗っかった”プレイをしたらならば、こうはならなかっただろう。なおかつ、コルトレーンのサックスとも真っ向から“対決”することもなく、全体の調和を考えた演奏をした結果がこの"控え気味なバレル"というわけだ。 実際、1.「フレイト・トレーン」でバレルが演奏に入ってくる瞬間などは、全体の様子を伺いながら演奏しようとしている姿が音の向こうに見えるようである。4.「ホワイ・ウォズ・アイ・ボーン」だけは、二人のデュオ演奏であるが、ここでも、バレルのフレージングの控え気味加減(決して音数が少ないとか、音量が低いというわけではない)が、コルトレーンの演奏をより聴き応えのあるものにしているという印象を与える。他方のコルトレーンはというと、“シーツ・オブ・サウンド”やさらに後の“モード奏法”を極めていく前の、ハード・バップ時代のコルトレーンのイメージそのままのプレイを披露している。 以上のように、緊張感あふれる個性的な対決を期待して聴くよりも、全体の調和を楽しむ姿勢で聴くことで、このアルバムのよさが一層浮き彫りになるように筆者には思われる。 [収録曲]1. Freight Trane2. Never Knew3. Lyresto4. Why Was I Born5. Big Paul パーソネル:Kenny Burrell (g)John Coltrane (ts)Tommy Flanagan (p)Paul Chambers (b)Jimmy Cobb (ds) 録音: 1958年3月7日 【2500円以上お買い上げで送料無料】【CD】[UCCO-99072]ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン [ ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン ] 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.03
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ジャズ/フュージョンという分類では語れないアルゼンチン・テイストのサックス ガトー・バルビエリ(Gato Barbieri, 日本語ではなぜかこの表記だが、正しくはガート・バルビエリ)はアルゼンチンはロサリオ生まれのテナー・サックス奏者。ちなみに、彼の本名はレアンドロ・バルビエリ(Leandro Barbieri)で、ガート(もしくはガト)というのは、スペイン語で“猫”を意味する彼の愛称であり、注意しているとジャケット・ワークなどにも猫が登場したりしている。1934年生まれの彼は、60年代、フリージャズの時代にシーンに登場し、後にはラテン・ジャズと称されるジャンルのジャズ/フュージョン/ポップ系音楽をやっていたが、いつの間にか姿を消した。そんな彼が突如として10年ぶりに復帰し、ソニー(コロンビア)から1997年に発表したのがこの『ガトー・イズ・バック(Qué pasa)』である。 原題はスペイン語(Qué pasa)だが、日本盤では『ガトー・イズ・バック』という邦題(英題?)が付けられている。久々の復帰作だからわかりやすいようにという配慮であろう。元のスペイン語で付けられたタイトルの訳としてはあながち間違ってはいないが、原題はもう少しひねりが効いている。“Qué pasa (¿Qué pasa?)”は、“どないだ?”あるいは“まいど!”(なぜか大阪弁で失礼)といった程度の挨拶の表現である。つまり、10年というブランクがありながらも、普通の顔をして再び姿を現したという感じのニュアンスが原題には含まれている。 さて、筆者がガトー・バルビエリを聴き始めたのは、このアルバムの少し前(過去記事『サムシング・スペシャル』を参照)なので、本来のジャズ・シーンにおける昔の彼のことはよく知らない。したがって、以下はあくまでポップなサックスを演奏する彼の身を聴いた上での感想である。この人のテナーは“泣き”が入っているとよく言われる。平たく言ってしまうと、洗練や革新とは程遠い雰囲気の、“演歌的”な奏者である。それゆえ、ジャズ・ファンの間ではガトーの音楽を聴くなどという発言は慎まれる。要は聴いていたら恥ずかしい音楽だと位置づけられているかのようなのだ。 しかし筆者は時折この人の演奏に耳を傾ける。確かにジャズとして聴いたら何の面白みもないというのもわかる気がする。しかし、南米系とかラテン・テイストの音楽とは何なのかを考えながら聴くと、この“泣き節”は興味深い。中南米(あるいはラテンアメリカ)と一口に言っても、キューバとアルゼンチン、メキシコとボリビアではまったく違う文化に根ざした場所である。結論から言えば、ガトーのこの“哀愁”は、アルゼンチン的なのではないかと感じる。先住民的な要素があまり多くなく、歴史的には、ある意味において周縁地帯だったアルゼンチン。その孤独さや寂しさのようなものがきっとタンゴのような音楽を生み出してきたのであろうし、ロック/ポップ界でも時として(メロディや音が必ずしも演歌的という意味ではないが)同じような哀愁を感じることがある。例えば、以前に紹介したミゲル・マテオスの「孤独のアメリカ(Solos en América)」も同種の雰囲気を湛えている。 この哀愁や確かに上品とは言えないサックスの音色を取り上げて、“場末の音楽”と非難する感性を別に筆者は批判する気はない(実際、アメリカの場末のバーでこういう演奏をやっていそうな気がしないでもないし…)。けれど、そこにアルゼンチン的な哀愁が潜んでいるという発想でもって彼の音楽に接してみれば、また違った角度からガトー・バルビエリの演奏に耳を傾けることができるのではないだろうか。彼のアルバムがレコード/CD棚の肥やしになっている人は(もちろんこれから試しに買って聴いてみようという人も大歓迎だけれど)、こんな観点からの一聴をお試しいただきたい。[収録曲]1. Straight Into The Sunrise2. Blue Gala3. Mystica4. Dancing With Dolphins5. Circulos6. Guadelope7. Cause We've Ended As Lovers8. Indonesia9. The Woman I Remember10. Granada11. Adentro1997年リリース。 輸入盤CD/ジャズ・フュージョン(インポート・海外版)Gato Para Los Amigos/Que Pasa/Che Corazon【中古】 下記3つのランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓ ↓
2010.05.02
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若きエアロスミスの元気溢れる1枚 米国のロック・バンド、エアロスミス(Aerosmith)がデビューしたのは、1973年の年頭(『野獣生誕(エアロスミス)』)のこと。人気にはなかなか火がつかず、セールスに苦心を重ねながら、やがてブレークのきっかけとなったのが、第3作にあたる本作『闇夜のへヴィ・ロック(Toys in the Attic)』(1975年、最高位全米11位)と、第4作の『ロックス(Rocks)』(1976年、最高位全米3位)であった。後者はロック史に残る名作として挙げられることも多いので、ここではあえて前者を紹介したいと思い立った次第である(というか、筆者はこの二作品、甲乙つけがたいぐらい同等にフェイバレットなのである)。 原題は『トイズ・イン・ジ・アティック』、そのまま翻訳すれば『屋根裏部屋のおもちゃ達』である。アルバムのジャケットのイラストは、おもちゃ箱から馬や人形が溢れ出ている図であるが、なるほどこのタイトルに忠実なものというわけだ。その意味はというと、スティーヴン・タイラーが次のように発言している。 「(いつまで続けるかという質問に対して)ミック・ジャガーは“自分で続く 限り続ける”と答えていたが、自分も同じさ。ただ、大人が忘れがちなのは、 オモチャの箱があったら、入って目を閉じただけでお月様に行けてしまう って世界なんだ。自分は今でもブッダのように目を閉じれば、自分の子供の 頃の裏庭のトリーハウスに戻れるんだ。」(本作ライナー[94年再発時]より) なるほど、変に大人になっては創造性は生まれない、そのおもちゃ箱の中で目を閉じて出会う不思議の世界がタイトル曲というわけだ。それを誰がどう名付けたか知らぬが、邦題『闇夜のへヴィ・ロック』になった。原題の『トイズ・イン・ジ・アティック』とはだいぶ受けるイメージが違ってしまっている。70年代までは原題とは別に邦題をつけるのがしばしばであったから、これはこれでいい。仮に原題と邦題のイメージが大きく違っていても、その邦題こそがセールスの推進力になったりもしていたのだから。結局のところ、このタイトル(アルバムおよび収録曲1.)を筆者はどう思っているのかと言えば、明らかに成功だったと考えている。原題とかけ離れた(したがってもしかすると作者の考えていたのとは違う)イメージであろうとも、かっこいい邦題で、なおかつ曲調から確かにイメージできる(と少なくとも筆者は思う)のだから、結果論としてよかったのだと思う。 1.「闇夜のへヴィ・ロック(原題:Toys in the Attic)」は確かにハードな曲調であるが、全編がそうというわけではない。言い換えると、勢いだけで押す音楽というだけではない出来である。上記表題曲や、ヒット曲の4.「ウォーク・ジス・ウェイ」(当時のチャートでは全米10位、10年ほど後にRUN D.M.C.がカヴァーして全米4位にもヒットさせている)のように、緊張感とパワーが溢れである楽曲もあれば、2.「ソルティおじさん」や5.「イカした10インチ・レコード」、あるいは7.「戻れない(No More No More)」のように、力が入り過ぎず、いい具合で肩の力が抜けた演奏も楽しめる。また興味深いのは、上記いくつかの曲や9.「僕を泣かせないで(You See Me Crying)」に見られる“伸び具合”である。ヴォーカルの声の伸びがいいというわけでも、バンドが成長したという意味でもない。筆者が言いたいのは、音全体に伸びがあるような印象を与える点である。これが全体にチープなイメージを与えず、かといってハードや緊張の一辺倒ともならない微妙な安心感を与えていると思う。若きエアロスミスの元気のよさが非常にいい形で表に出た好盤で、大ヒットのアルバムいくつかを聴いて次はどれ?と思った方には強く勧めたい1枚。[収録曲]1. Toys in the Attic2. Uncle Salty3. Adam's Apple4. Walk This Way5. Big Ten Inch Record6. Sweet Emotion7. No More No More8. Round and Round9. You See Me Crying1975年リリース。 下記ランキング(3サイト)に参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”バナーのクリックをよろしくお願いいたします! ↓ ↓ ↓
2010.05.01
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