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80年代低迷期の密かな好盤 リトル・リバー・バンド(Little River Band)は、「追憶の甘い日々(リミニッシング)」などのヒットで知られるオーストラリア出身のロック・バンド。1970年代後半にオーストラリアのグループとしては初の英米マーケット進出を果たした先駆者であった。このバンドの中核を担っていたリード・ヴォーカルのグレン・シャロックは、80年代に一時このバンドを脱退(その後は1996年に脱退)しているが、本盤『ノー・レインズ(No Reins)』はちょうどその時期のアルバムで、バンドの通算11作目(米では10作目)に当たる。 この当時のリード・シンガーを務めていたのは、イギリス生まれながらメルボルン育ちで“オーストラリアの国民的シンガー”と言われるジョン・ファーナム(John Farnham)。実を言うと、本盤の発表時点では、既にファーナムの脱退は決まっていて、再びソロ活動に軸足を移しつつあった。そうして生み出されていくことになる彼のソロ作にも筆者のお気に入りはあるのだが、数年間の所属だったリトル・リバー・バンドでのヴォーカルもなかなかよかったと思うし、中でもこの『ノー・レインズ』はわりとよく聴く盤である。 収録曲のうち、ダントツで気に入っているのは、アルバム表題の元になった4.「ノー・レインズ・オン・ミー」。後にリトル・リバー・バンドの復活を担うウェイン・ネルソン(当時は主にベース担当、ネルソン中心のバンド復活については過去記事『ホエア・ウィ―・スターテッド・フロム』を参照)が、リード・ヴォーカルを務めている。 アルバム全体としては、当時唯一のオリジナル・メンバーであったグレアム・ゴーブル(ギター)が中心にソングライティングを担当し、このバンドらしい曲調が維持されている。上記4.以外の注目曲としては、しっとり系バラードの3.「タイム・フォー・アス」、これぞリトル・リバー・バンドな曲調で実際に後々メンバーが変わっても演奏し続けられていくことになる1.「フェイス・イン・ザ・クラウド」(これら2曲もリード・ヴォーカルはW・ネルソンが担当)。もう一つのバラード調の曲である8.「フォーエヴァー・ブルー」は、ジョン・ファーナムの情感こもったヴォーカルが実にマッチしている。 バンドとしては低迷期で、アルバムもシングルも特にヒットや大きな注目を生みだすことはなかった。けれども、主要メンバーの変更やばんどないのごたごたを抱えながらも、これだけ路線をうまく継承し、質の高い音楽を作り続けていたのもある意味では見事で、並大抵の努力ではなかったのだろう。今ではCDも品切れのようで、半ばレア・アイテム化している(?)ようだが、もう少し密かに聴かれてもいい好盤だと思う。[収録曲]1. Face in the Crowd2. It's Just a Matter of Time3. Time for Us4. No Reins on Me5. When the War Is Over6. Thin Ice7. How Many Nights?8. Forever Blue9. Paper Paradise10. It Was the Night1986年リリース。 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2012.03.31
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自信と余裕が生まれてきた第3作 a-ha(アーハ)と言えば、デビュー時の大ヒット曲「テイク・オン・ミー」の印象が強烈で、裏を返せばそのイメージがすべてと思われがちである。けれども、デビュー・アルバムのタイトル曲(「ハンティング・ハイ・アンド・ロウ」)からも伺えるように、本来、彼らのやりたかった音楽路線は、必ずしも「テイク・オン・ミー」に代表されるものとは違っていたようだ。 上記デビュー盤がリリースされたのは1985年。その後、1986年にセカンド・アルバム(『スカウンドレル・デイズ』)を発表し、映画主題歌(007シリーズ主題歌の「ザ・リビング・デイライツ」)のシングルを挟んで発表されたのが1988年のこの『ステイ・オン・ディーズ・ロード(Stay On These Roads)』であった。 一部熱心なファンの中には本作がベストという声もあるようだ。なるほどこの頃になると、彼らはだいぶ余裕を持ってアルバム作りができていたように感じさせてくれる。既に3枚目という経験、キャリアの積み重ねの成果と言えるのだろう。アルバム冒頭に配された表題曲1.「ステイ・オン・ディーズ・ローズ」にはその自信のほどがよく表れている。叙情的で、どちらかと言えば壮大さをイメージさせるアレンジのこの表題曲は、その後のa-haの進む道を示すだけでなく、筆者的には、“これぞa-ha”という曲の1つになっている。 同じく聴きどころなのは7.「ネヴァー・ア・フォーエヴァー(There’s Never A Forever Thing)」というバラード曲。これも後々の壮大なサウンドへの布石となっている。その他、有名曲としては、表題曲と同様にヨーロッパでシングルとしてヒットした3.「タッチィ!」、さらには、本盤リリースの前年に映画(『007リビングデイライツ』)の主題歌となった6.「ザ・リビング・デイライツ」も収められている。ただし、この曲については、映画に使われたのとは別ヴァージョンが収録されている。これには裏話があったそうで、映画主題歌のヴァージョンをa-haは気に入っておらず、バンド独自のヴァージョンに固執したとの事。筆者も個人的には、華美なサウンドの映画ヴァージョン(これはこれで映画にあっているとは思う)よりも、本盤収録のややまろやかになった独自ヴァージョンの方が気に入っている。 ちなみにどうでもいいことかもしれないが、アルバム・タイトルの日本語は『ステイ・オン・ディーズ・ロード』として発売されているが、何故ゆえに? と思ってしまう。原題は『Stay On These Roads』で、“道”は複数形。どうも落ち着きが悪い。先頃邦盤タイトルに変更が加えられたビートルズの『ハード・デイズ・ナイト』(原題は『A Hard Day’s Night』でなぜか“ア”が脱落、旧邦盤タイトルは言わずと知れた『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』)も同様。どうせカタカナでやるんなら、日本語の表記が可能な範囲で細部もオリジナル通りに合わせた方がいいように思うのだけれど…。[収録曲]1. Stay On These Roads2. The Blood That Moves The Body3. Touchy!4. This Alone Is Love5. Hurry Home6. The Living Daylights7. There's Never A Forever Thing8. Out Of Blue Comes Green9. You Are The One10. You'll End Up Crying1988年リリース。 【メール便送料無料】a-ha / ステイ・オン・ディーズ・ロード-デラックス・エディション[CD][2枚組]【K2015/12/2発売】 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.29
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じわじわとボディブロウのように効いてくる作品 ヴァン・モリソン(Van Morrison)は、1945年北アイルランドの中心都市ベルファスト出身のシンガーソングライター。1964年にゼム(Them)を結成し、ブルー・アイド・ソウルのシンガーとして頭角を現し、1967年からソロとしてのアルバムを精力的にリリース。これまでに30作を遥かに超える数のアルバムを世に送り出している。 活動期間が長くしかも多作な彼の作品の中でも、名作の誉れ高く、よく紹介されるのが、1968年の第2作『アストラル・ウィークス(Astral Weeks)』と、それに続く1970年の『ムーンダンス(Moondance)』である。今回は、前者の『アストラル・ウィークス』を取り上げてみたい。 実は筆者も名盤だと言われて最初に聴いた時には、歌になっているのかなっていないのかよくわからないこの調子に“??”という感じだった。おまけに、ヴァン・モリソンの頼りなげな声、さらには詞の難しさ(これはいまだに格闘中というか、一つの詞がいろいろに解釈されたりするのでとかく難しい)が相まって、結局のところピンと来るアルバムではなかった。 でも、結果から言うと、その当時の筆者の理解力がなかったのだと思う。今になって思えば、ヴァン・モリソンのヴォーカルは、その頼りなげな部分と力強い部分の組み合わせが1つ1つの曲を盛り上げているわけだし、あれこれ考えながら歌詞の内容を思いめぐらすのも一興である。何よりも、よくわからなかったアルバム全体の調子(演奏)は、素晴らしいということにやがて気が付いた。ジャズを聴く時のように、演奏の部分に気が行くと、実は高度によくできた作品だったということに、時間はかかったがものの、やがて気付いたと言えばよいだろうか。 ベースはウッドベース(コントラバス)で、リチャード・デイヴィス、ドラムはMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のコニー・ケイという奏者である。このあたりにその成功のヒントがあるのだろう。レコード会社の方針に不満のあった(そもそもゼムが短期間しかもたなかったのもこのあたりが原因という)ヴァン・モリソンは、ある人物の誘いに応じて米国へ渡った。時代が時代なだけに、今のアーティストのように自由はなく、当日突然のメンバーでセッションというのもふつうだったようである。渡米後、レーベルをワーナーブラザーズに変えて制作された本作では、主にジャズ畑にかかわりが深く、逆にロック畑には疎いミュージシャンたちが集められた。 アルバムの録音はほぼ1日、完全に終わるまで2日間だったという。ヴァンは特に細かな注文も出すことなく、集まったミュージシャンたちとのセッションを過ごしたと言う。こうした事実関係を考えると、真相は、ほとんどジャズのセッションだったのではないかと思う。もちろんジャズというのは、集まったミュージシャンたちが即興的にどのような演奏をし、それがどう音に具現化されるかで、少し大げさに言えば“一瞬の邂逅がどう名作に豹変するか”にその大きな魅力がある。本盤『アストラル・ウィークス』の演奏もまさにそれなのだと思う。よくわからない調子でヴァンのヴォーカルが即興的な雰囲気の中で展開されていくが、それに呼応するように演奏の息があっている。そのキーメンとなっているのが、とりわけ上記の二人のミュージシャンなのである。 そのようなわけで、じっくり聴けば聴くほど、後から後からじわじわと効いてくるアルバムと言える。ちなみに、じわじわ効いてくるのは、その音楽性だけではなく、セールスの方もそうだった。英米ともにリリース当時はほとんど注目されなかった。それどころか、当時のロックとはこれだけかけ離れたことをやった(なのに今では“ロック史”に残る名盤と言われるが)のだから、注目度が低かったのも確かに頷ける。本盤がゴールド・ディスクを獲得したのは、2001年。当初のリリースから33年も経ってからのことだったそうな。[収録曲]1. Astral Weeks2. Beside You3. Sweet Thing4. Cyprus Avenue5. The Way Young Lovers Do6. Madame George7. Ballerina8. Slim Slow Slider1968年リリース。 アストラル・ウィークス/ヴァン・モリソン[CD]【返品種別A】 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.26
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活動25周年、勢いづくメキシカン・ロックの王道 1984年にメジャー・デビューしたメキシコのロック・バンド、EL TRI(エル・トリ)のスタジオ録音のオリジナル作としては第8作目(2枚のライブ盤を含めると10枚目)のアルバムが、本作『25年(25 años)』である。リリースは1993年。EL TRIはブルース・ロック色が濃いバンドで、メジャー・デビュー以降、一線で活躍し続ける現在に至るまで、一貫してスペイン語で歌を提供し続けている。 1984年デビューなのに25周年というのはどういうことかというと、その前身のバンドが起点になって数えているためである。EL TRIの前身に当たるスリー・ソウルズ・イン・マイ・マインド(Three Souls In My Mind)は1968年に活動を開始した(ちなみにこの頃、リーダーのアレハンドロ・ローラは英語の詞の曲も多く歌っていた)。 そうは言っても、25という数字の“キリの悪さ”を感じる人もいるかもしれない。でもこの発想は日本的なのであって、西洋語(メキシコは西洋じゃないにしても、言語がスペイン語なので、そうした言葉に基づく発想は“西洋的”とも言える)で考えるとまた違ってくる。 例えば、米ドルを思い浮かべてみるとよい。10セント(ダイム)や50セント(ハーフダラー)に混じって25セント硬貨(クォーター)というのがある。名称からも分かるように、1ドルを半分に割り、さらにその半分(つまりは4分の1)に割る発想である。そう言えば、時間を表す時もそうで、“15分”は、1時間(=60分)をやはり4分の1に分けるというもの。ここまでくればお分かりと思うが、1世紀(=100年)を4つに割る発想で出てくるのが25年という区切りである。ちなみに、日本語では“四半世紀”という訳語があるが、どうも一般には浸透していない。 何だかすっかり話がそれたので、アルバムの内容に戻ろう。都会(首都)へ出ていった人物をテーマにした1.「チランゴ・インコンプレンディード」(理解不能なチランゴ、チランゴとは“メキシコシティの人”の意味)でアルバムは幕を開ける。続く2.「ポブレ・ソニャドール(哀しき夢追い人)」は曲の展開がよくできていて、ハーモニカを多くフィーチャーしたライヴでも定番の名曲。夢から醒めたくない、非現実世界を求める男を歌ったこの曲に対し、詞の内容的に対照的なのが、7.「ドゥエニョ・デル・ムンド(世界は君のもの)」。“自由になるために生まれてきた”、“生きている限り、やろうと思えば何だって実現できる”という前向きなアップテンポの曲で、途中のギター・ソロもきまっている。かと思えば、8.「ミ・チャバ・ノ・コンプレンデ(おいらの彼女は分かってくれねえ)」では、ロックにかける自分を彼女は分かってくれないと愚痴ったりする。通して聴くと、曲の内容の押し引き加減がうまいように思う。 もちろん、『愛なき子(El niño sin amor)』以来の政治・社会問題への言及も忘れない。“物価はあがり、バス代さえきつい”、“政治腐敗はひどくなる一方”、“でも人々は我慢している”と歌う3.「エル・レイ(政府は王様)」。他にも、多くの犠牲者を出した石油タンク爆発事故を歌った曲(4.)や、個人情報を管理される選挙人カード登録の問題をテーマにした曲(6.)など現代化の進む1990年代当時の社会的危惧を歌ったものも含まれている。 個人的には90年代、このアルバムから数枚の期間のこのバンドは、とりわけ曲作りと演奏の勢いがベストだったと感じている。スペイン語の詞が分からなくても、ブルース・ロック的なノリに基づいたサウンドはすんなり馴染めるので、機会があればお試しいただきたい。[収録曲]1. Chilango incomprendido2. Pobre soñador3. El rey4. Dónde quedó la bolita5. Negro como tu conciencia6. Tómate la foto7. El dueño del mundo8. Mi chava no me comprende9. Libertad bajo fianza10. El hablador1993年リリース。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.24
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キンクスの本領発揮はここから始まった ザ・キンクス(The Kinks)と言えば、「ユー・リアリー・ゴット・ミー」のイメージが強いという人も多いだろう。けれども、このブログで何度かにわたって書いているように(例えば、過去記事『この世はすべてショー・ビジネス』や『スリープウォーカー』を参照)、ファズな爆音を出すのがキンクスだというのは、かなり一面的な評価に過ぎない。 バンドの中心人物のレイ・デイヴィスによれば、1968年発表の本作『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ(The Kinks Are The Village Green Preservation Society)』は、“キンクスとの決別”になったアルバムだと言う。その発売までの経緯は、紆余曲折だった。まず、最初に12曲入りヴァージョンというのを作った(その結果、初期に一部で出回った12曲入りのものはレア・アイテムと化していると同時に、現在はデラックス盤のCDにこれら12曲+1曲が収録されたものがある)が、レイは納得がいかず、20曲入りの2枚組を提案する。ところがレコード会社(パイ・レコード)側は前作・前々作の売り上げを理由に2枚組案を却下した。結果、15曲入りの本盤が誕生することになる。当初のリリース予定を土壇場でキャンセルし、発売延期の十分な告知もできないまま、時間が過ぎ、今度はろくなプロモーションもなしに、15曲入りの完成版はひっそりと発売された。ビートルズが自己のレーベルを立ち上げて『ホワイト・アルバム』を発表し、ローリング・ストーンズが『ベガーズ・バンケット』で称賛をうける年のことである。 ひっそりと発売されなくても、そもそも本作は時代の流れと明らかに異なっていた。当時、サマー・オブ・ラブを経て、サイケデリックにヒッピーの文化が米国を、そして音楽界を席巻していた。この流れを考えると、このコンセプト・アルバムのスタイルと音楽的方向性は、完全に時代に逆行するものだった。 でも本盤の凄いところは、10年、20年、いや40、50年経っても色あせず、新しい作品であり続けていることだと思う。それだけ当時のキンクスの(より具体的にはレイ・デイヴィスの)構想力が優れていたのだろう。コンセプトに基づいているので、全体として聴くのが正統なのだろうが、曲単位でも印象に残るものも多い。個人的なお勧めとしては、1.「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ」、4.「ジョニー・サンダー」、9.「ヴィレッジ・グリーン」あたりが特に楽曲的によい。 ともあれ、キンクスの本領はやはりコンセプト・アルバム群に占める割合が、かなり高いと思う。その意味で、前作・前々作の“ややコンセプト系”を脱却して完全にコンセプト・アルバムと化した本作『ヴィレッジ・グリーン~』は、彼らの本領発揮の出発点と言えるのだろう。[収録曲]1. The Village Green Preservation Society2. Do You Remember Walter?3. Picture Book4. Johnny Thunder5. Last of the Steam-Powered Trains6. Big Sky7. Sitting by the Riverside8. Animal Farm9. Village Green10. Starstruck11. Phenomenal Cat12. All of My Friends Were There13. Wicked Annabella14. Monica15. People Take Pictures of Each Other1968年リリース。 ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ+13/ザ・キンクス[CD]【返品種別A】 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.22
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INDEXページ(ジャンル別、アーティストのアルファベット順)を更新しました。今回は洋ロック・ポップスジャンルのみの追加です。INDEXページへは、下のリンク、もしくは本ブログのトップページ右欄(フリーページ欄)からお入りください。アーティスト別INDEX~ジャズ編へアーティスト別INDEX~ロック・ポップス編(A-L)へ→ 分量が増えてきたので、2つに分けました。つづき(M-Z)はこちらです。アーティスト別INDEX~ラテン系(ロック・ポップス)編へアーティスト別INDEX~邦ロック・ポップス編へ下記ランキングに参加しています。応援くださる方は、各バナー(どちらか一方でもありがたいです)をクリックお願いします! ↓ ↓ にほんブログ村 : 人気ブログランキング:
2012.03.20
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天才ぶりを示すソロ・セカンド作 1948年、イングランド出身のミュージシャンであるスティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)という人は、天才であると同時にその天才ぶりが目立ちにくいアーティストという印象が筆者にはある。そういう印象の原因になっているのは、たぶん2つの理由からのように思う。 一つは、活動するバンドやグループの推移。当初、スティーヴは、スペンサー・デイヴィス・グループに属し、1960年代末にはトラフィック(第1期)で活動した。1969年には、トラフィックと同じく解散したクリームのジョイントから生じたスーパーグループ、ブラインド・フェイスに参加するが、アルバム1枚でこのプロジェクトは終わってしまう。その後、トラフィック(再結成)で活動したが、やがてソロを志向していく。とまあ、こんな感じだから、自分の色が出せたり出せなかったりというか、早い話、その才能が広く浸透しないという結果を招いてしまったのだろうか。 とはいえ、その才能が一般に認知されにくい理由はもう一つある。天才ぶりを決して見せつけることはしないという、彼の流儀である。流儀というと少々大げさかもしれないけれど、それがスティーヴ・ウィンウッドのやり方なのだろう。これ見よがしに見せつけることはせず、さらりとこなしてしまう。実際、10代の頃からもてはやされたヴォーカル・センスに加えて、主にキーボード(とハモンドオルガン)、ギターといった楽器に長けているところからもその天才ぶりが窺える。 本作『アーク・オブ・ア・ダイバー』はソロ第二作として1980年に発表された。翌年、1.「ユー・シー・ア・チャンス(While You See A Chance)」が全米で7位のヒットを記録し、これを契機にアルバム自体も全米3位まで上昇したことから、セールス不調に終わった初ソロ作に対して飛躍の1枚となった。売れたかどうかは偶発性のような部分もあるのかもしれないが、とにかくここでもスティーヴ・ウィンウッドの天才ぶりが際立っている。 アルバムを聴くと、キーボードがしっかりしていてシンセの味付けの効いたポップではあるがバンド的にカチッとしたサウンドの印象を受ける。ところが、実はバンドなど存在せず、ぜんぶ自前の演奏なのである。一人でアルバム制作というと、トッド・ラングレン(参考過去記事『ミンク・ホロウの世捨て人』)みたいなマニアックなイメージかというとそうでもない。さらりと一人でやって、それがそう見えないところにスティーヴ・ウィンウッドらしさがあるような気がする。 5~6分程度とやや長めのよくできた曲が並んでいて、捨て曲なしの好盤だが、筆者の好みでいくつか曲名を挙げておきたい。アップテンポなものとしては、1.「ユー・シー・ア・チャンス」と6.「ナイト・トレイン」が特に気に入っている。もう少し渋めの出来のお気に入り曲としては、表題曲の2.「アーク・オブ・ア・ダイバー」、軽くスパニッシュ・フレーバーの効いた5.「スパニッシュ・ダンサー」あたりがよい。曲単位での聴きどころは挙げづらいが、ヴォーカルの魅力だけでなく演奏の魅力も聴かせる点が敢えて言えば大きな“聴きどころ”になっているアルバムだと思う。[収録曲]1. While You See a Chance2. Arc of a Diver3. Second-Hand Woman4. Slowdown Sundown5. Spanish Dancer6. Night Train7. Dust1980年リリース。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.19
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賛否両論のヒット作、賛成に1票 リッチー・ブラックモア率いるレインボー(Rainbow)は、時代とともにコロコロと(?)方向性や音楽性を変え、ファンの間で各作品の評価に実にばらつきが生じるバンドである。ヴォーカリストを取り上げても、ロニー・ジェームス・ディオからグラハム・ボネットへ、さらにはジョー・リン・ターナーへと移り変わっていくわけだが(詳しくはこちらの過去記事を参照)、そのジョー・リン・ターナーが加入した最初の作品で、なおかつ論争の対象になりそうなのが、この『アイ・サレンダー(Difficult to Cure)』という1981年発表のアルバムである。 アルバム名の邦題からして何とも怪しい。日本語では『アイ・サレンダー』(つまりは1曲目の曲名)だが、元は9.の曲名(「ディフィカルト・トゥ・キュアー」、日本語訳として「治療不可」という何ともな直訳、これでは邦盤タイトルになり得ないか…)がアルバム・タイトルになっている。意図したかどうかはともかく、この邦訳の食い違い具合がこのアルバムの性質をある意味ではよく表している。 何が言いたいかというと、要するに“売れ筋路線”なのである。アルバム全編を通じてポップな趣向、キャッチーな楽曲が目立つ。80年代初頭の雰囲気から言うと、これはHRなどではなく、それこそTOTOやフォリナーの商業ロック路線にリッチー・ブラックモアものみ込まれてしまったと言われても仕方ない部分もある。また自作曲以外を積極的に取り入れているあたりも、ブラックモアらしからぬ、というか、やっぱり売れ筋路線と思わせる部分だ。 けれども、レインボーの(あるいはR・ブラックモアの)コアなファンの一部が否定するほど本作は駄作なのか? 案外そうでもないような気がする。考えるにこの盤の収穫は主に2つある。 一つは、新メンバーとして参加したヴォーカリストのジョー・リン・ターナー。当時は無名の(しかも既に30歳手前という年齢の)ヴォーカリストで、プロとしての活動歴はあるものの、“誰それ?”と言われそうな人選だった。レコーディング中にグラハム・ボネットが突然脱退し、急な起用での加入だった。ところがこの人選は大当たりだったと思う(この辺がファンの間では意見の分かれる所なんだろうけれど)。筆者はすっかりジョー・リン・ターナーの虜で、後の彼のソロ作もたまに聴けば、イングヴェイ・マルムスティーンのバンドでヴォーカルを務めた『オデッセイ』なんかはロック史に名を残す傑作だと思っている。 もう一つの成果は、HRのリスナー層を新たに開拓したことではないだろうか。それは、80年代~90年代にかけて進行した“HRの大衆化”という流れに位置づけられる。この流れは、MR. BIGあたりで完成されると筆者は睨んでいるのだが、その先駆的な役割を後期レインボーは担ったのだと思う。[収録曲]1. I Surrender2. Spotlight Kid3. No Release4. Magic5. Vielleicht Das Nachste Mal (Maybe Next Time)6. Can't Happen Here7. Freedom Fighter8. Midtown Tunnel Vision9. Difficult To Cure1981年リリース 【CD】アイ・サレンダー/レインボー [UICY-75495] 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.17
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シカゴから南部へ、ブルースロックと南部サウンドの出会い ポール・バターフィールド(Paul Butterfield)はシカゴ出身のボーカリストにしてブルース・ハープ奏者。白人ブルース、米ブルース・ロックの先駆者とされる。彼のバンド、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドは、1965年に、ボブ・ディランの“ロック転向”の演奏のバックを務め(ただしこの演奏にはリーダーのバターフィールドは参加していない)、この年、バンドとしてもデビュー作(『ザ・ポール・バターフィールド・ブルース・バンド』)を発表する。その後も名盤として有名な『イースト・ウェスト』などを発表するが、相次ぐメンバーの脱退や変更、音楽的方向性の変化などが続き、結局、バンドは1971年に解散してしまう。 ポール・バターフィールド・ブルース・バンドを解散後、バターフィールドはニューヨーク州ウッドストックに移住し、新バンド“ベター・デイズ”を結成。1973年にその初作『ベター・デイズ』を発表する。そして、これに続き同じ年にリリースされたのが、本作『イット・オール・カムズ・バック(It All Comes Back)』であった。 前作『ベター・デイズ』はブルース・ロックを牽引してきたバターフィールドが辿り着いた一つの境地を示すものであり、音楽史に残る名盤の一つである(過去記事を参照)。それと同時に、次なる目標への足がかりとなるものでもあって、その次なる目標が本盤の中心となっていったように思う。それは、シカゴ出身で東海岸へ足場を移した彼が、こんどは南へと向かっていく方向性だった。 収録曲のうち「スモール・タウン・トーク」(オリジナルはボビー・チャールズのセルフタイトル作に収録)が聴きどころなどと言われることもあるが、個人的には少し違うように感じる。無論、この曲の出来がよくないと言っているわけではなく、この曲自体はそもそも名曲な上に味わいのある仕上がりだと思う。けれども、アルバム全体の色合いという点では、むしろこの曲は両極の一方に位置するもので、いわば“南部志向”のR&B色の強い側の曲。その対極にあるのは、バターフィールドがデビュー時から積み重ねてきたブルース・ロック的な側面で、本盤ではそこもちゃんと出ている。私見としては、このバランス具合が本盤の真骨頂であって、“南部志向”側に期待し過ぎても、従来のブルース・ロック一色に期待し過ぎても、本盤に関してはその期待は裏切られるように思う。 とまあ、上のような言い方をすると個別の曲名を挙げづらくはなるのだが、完全に私的好みで気に入った曲を挙げておきたい。 アルバム冒頭を飾るのは、1.「トゥー・メニー・ドライヴァーズ」という、ブルース側の“バターフィールドらしさ”がよく表現された曲。対して2.「イッツ・ゲッティング・ハーダー・トゥ・サヴァイヴ」や5.「スモール・タウン・トーク」などは、南部色が濃い。面白いのはそういう部分でヴォーカルがポール・バターフィールド自身から交代していたりする点でもある(リードヴォーカルは2.がニューオーリンズの大物ロニー・バロン、5.がジェフ&マリアでも知られるジェフ・マルダーで、共にベター・デイズ結成時のメンバー)。 さらに興味深いのは、そうしたジャンルの交錯とヴォーカルの交代が重なったタイトル曲の9.「イット・オール・カムズ・バック」。ボビー・チャールズ作の、ニューオーリンズ色の強い曲で、ヴォーカルはポール・バターフィールドとジェフ・マルダーの二人。ブルース・ロックに突っ走っていた頃のバターフィールドとは一味も二味も違う、噛めば噛むほど味が出るスルメのような深みが出てきている。ちなみに、本来はこのいい雰囲気でアルバムが締めくくられていたので現行のボーナス曲は(追加曲の出来は悪いわけではないにせよ)、アルバム作品としてはやっぱり蛇足。ジャズなどでよくあるみたいに(といっても誉められたセンスのものではないことが多いが)、途中にボーナス・トラックを入れてくれた方が、肝心の締めくくりの雰囲気を壊さずによっぽどよかったと思うのだけれど。 あと、文句なしにカッコいい4.「ウィン・オア・ルーズ」や8.「ルイジアナ・フラッド」も触れなければと思うのだけれど…、挙げだすときりがない。もっともっと聴かれてよいであろう、ほぼ捨て曲なしの名盤。[収録曲]1. Too Many Drivers2. It's Getting Harder to Survive3. If You Live4. Win or Lose5. Small Town Talk6. Take Your Pleasure Where You Find It7. Poor Boy8. Louisiana Flood9. It All Comes Back10. Keep Lovin’ Me Baby (CDボーナストラック)1973年リリース。 【Aポイント+メール便送料無料】ポール・バターフィールド Paul Butterfield / It All Comes Back (輸入盤CD)【YDKG-u】 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.15
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ルー・リードを最初に聴くならこの盤がいいかも 1960年代にヴェルヴェット・アンダーグラウンドの一員として音楽シーンに登場し、70年代以降はソロ活動を展開してきたルー・リード(Lou Reed)。ニューヨーク出身の彼は、詩人であり、ロックの芸術性を高めたと評価されるが、その作品は難解であるとも言われたりもし、1996年にロックの殿堂入りを果たしている。実際、ルー・リードの作品の中には、実にとっつきにくい(意味不明の?)と定評のある『メタル・マシーン・ミュージック(邦題:無限大の感覚)』(1975年)という、ノイズ満開の、リリース当時には返品騒ぎさえ起こったアルバムすらあったりする。本盤『コニー・アイランド・ベイビー(Coney Island Baby)』は、ソロ第6弾となるアルバムである。上記『メタル・マシーン~』と同じ年の年末(英その他では翌年)にリリースされたもので、前作の難解さの反動か、ルーのアルバムの中では、反対にとっつきやすいものに仕上がった。30年以上経った現在からすると、彼のソロ・キャリアを見渡した時に、その後の方向性やスタイルがよく表れた作品になっていたように思う。 全体のトーンとしては、ルーのファンや評論家筋からすると比較的“明るめ”、あるいは“暖かくメロウ”との声も聞こえてくるかもしれない。ただし、世間一般に“明るめ”という表現がぴったりくるというわけではなく、これでも十分重苦しいトーンに感じるリスナーも多いのではないかと想像する。ルーの特徴は、つぶやくようなヴォーカルと、ロックの新たな可能性につながっていくロックサウンドにあるが、彼自身の“パンクロックに入っていくには自分は文学的過ぎる”という発言にも伺えるように、一つの音楽の方向性に凝り固まってムーヴメントを作っていくようなタイプではなく、どちらかと言えば孤高の人である。 70年代前半、本盤以前に、ルー・リードは『トランスフォーマー』、『ベルリン』という2つの傑作を発表し、アルバムにコンセプトを与えて成功させていた。本作『コニー・アイランド・ベイビー』も、明確なコンセプト・アルバムというわけではないのかもしれないが、作品としての一貫性が実にしっかり保たれている。冒頭から一気に盛り上げるのではなく、1.ではおとなしめにじわじわと盛り上げ、途中、明るめの曲とやや影のある曲をバランスよく配しながら、最後は静かな曲調の表題曲8.で締めくくる。個人的には、この8.「コニー・アイランド・ベイビー」だけでも必聴だと思う。 この最後の曲を含めて6分ほど曲が3曲(3.,4.,8.)収録されているが、長くて聴きづらいというよりは、アルバム全体を聴いた時にいいバランスになっている。このようなわけで、ベスト盤からルー・リードを聴き始めるかもしれない人が多いだろうが(実は筆者もそうだったのだけれど)、案外、本作のあたりが最初に聴いて見るにもいいのではないかと思ったりする。[収録曲]1. Crazy Feeling2. Charley’s Girl3. She’s My Best Friend4. Kicks5. A Gift6. Ooohhh Baby7. Nobody’s Business8. Coney Island Baby1976年リリース。 Lou Reed ルーリード / Coney Island Baby 輸入盤 【CD】 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2012.03.14
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深みを増す“80年代流行りバンド”のその後 ちょうど1年前、3月11日の朝、何事もない普通の朝に、いつものようにブログの記事をアップした。ノルウェー出身のバンド、a-haのアルバム『遥かなる空と大地(原題:Minor earth | major sky)』について書いたのだが、この日の午後に起きた出来事によって、この記事は筆者にとって忘れられないものとなってしまった。東日本大震災の後、a-haのその続きを書かなければと心のどこかで思っていたがなかなかできなかった。震災から1年というこの区切りで、筆者としてもそろそろ次のステップに進みたいと思えるようになってきた。そこで、同盤の次作に当たる『ライフラインズ(Lifelines)』を取り上げたい。 a-haの“叙情路線”とでも呼びうる趣向については、「ハンティング・ハイ・アンド・ロウ」の項でも述べたように、実はこれが当初から彼らのやりたかった路線ではなかったかと思う。1990年代、7年間ほどバンドが解散状態となり、活動が止まるが、ノーベル平和賞の授賞式での演奏をきっかけに再結成された結果としての2000年のアルバム『遥かなる空と大地』は、やはり壮大で叙情性を湛えた作品だった。 本作『ライフラインズ』は、2002年に発表されたもので、バンドの第7作になる。前作『遥かなる空と大地』の延長線上にある作品と言え、前作同様、もう完全に独自の世界を作り上げており、壮大なイメージの曲や叙情的なメッセージ性の強い曲が目立つ。その点では、a-haの成熟度をよく示しているものとも言えるように思う。アメリカやイギリスではさほど注目を集めなかったものの、ノルウェーやドイツなど欧州では4カ国でチャートの1位という結果を残した。TOP10という基準で言うと、9カ国でこれに当てはまる作品となった。 表題曲の1.「ライフラインズ」は、救難索、つまりは“命綱”のことで、人生あるいは命の大切さをテーマとしている。哀愁に満ちた叙情ムードの中での展開は、この曲がある意味、全体のトーンを象徴しているようにすら感じられる。a-haの特徴としてよく言われるのは、ヴォーカルのモートン・ハルケットの“ファルセット・ヴォイス”であるが、別にこれが単独で“売り”なのではなく、デビュー当初からa-haの志向として存在した叙情的な曲調の中で生きるのだということがよくわかる。モートンの声は、時にけだるく、また、時に真摯な感じに聞こえてくる。モートン自身の言では、“その時の気持ちを素直に伝えることしかできない”、“曲に自然に反応”しているとのこと。 1.もいい曲だが、他にお勧めとしては、4.「ゼアズ・リーズン・フォー・イット」、9.「ア・リトル・ビット」、13.「ホワイト・キャンバス」あたりが非常に彼ららしい曲。その一方で、前作に比べて妥協せず細かなこだわりを見せたという。多彩なプロデューサー陣を起用して、曲によってはいくつものヴァージョンを用意して、最終的なものを決めたとか。個人的にはもっと大きな枠組みの彼ららしさの方が好みなのだが、本作の細かな音の工夫がやたら耳につくのは、この辺のこだわりの成果なのだろう。 ちなみに、この後、彼らはもう2枚のアルバム(2005年の『アナログ』、2009年の『フット・オブ・ザ・マウンテン』)を発表した後、2010年のツアーをもって解散した。[収録曲]1. Lifelines2. You Wanted More3. Forever Not Yours4. There's a Reason for It5. Time & Again6. Did Anyone Approach You?7. Afternoon High8. Oranges on Appletrees9. A Little Bit10. Less Than Pure11. Turn the Lights Down12. Cannot Hide13. White Canvas14. Dragonfly15. Solace~以下、日本盤のボーナス・トラック~16. Differences ?original demo-17. Hunting High And Low ?live in Oslo-18. Manhattan Skyline ?live in Oslo-2002年リリース。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.12
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東日本大震災から1年。思い出したくない人もまだまだ多いことだろう。その一方で、原発事故もまだ十分に終息していないわけで、風化させてはならないとの声も聞こえる。あらためて犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。音楽の世界であの1年前、そして1年後の今、脚光を浴びているナンバー1はシンディ・ローパーだろう。音楽が好きでこんなブログを書いているのだから、音楽によって少しでも力や元気を得られる人がいるのならと思い、ベタではあるが、シンディを取り上げたい。そのシンディの昨年の日本での行動は、英語圏向けではあるが、次のビデオによくまとめられている。<英語圏向けシンディと日本2011> 若い人には馴染みがないかもしれないが、20~30年前にはこんなヒット曲を連発させた女性シンガーである。<シンディ、80年代の軌跡> ちなみに、本ビデオに編集されている曲は、True Colors / All Through the Night / What's Going On / Change of Heart / Money Changes Everything / Girls Just Want to Have Fun(ハイスクールはダンステリア) / I Drove All Night / She Bop / The Goonies 'R' Good Enough(グーニーズはグッド・イナフ) / Time After Timeである。そのシンディはと言えば、連日報道されているように、現在、日本ツアー真っ最中。洋の東西を問わず勘違いな芸能人も多い中、“シンガーである自分にできることは音楽を通して人々に元気を与えること”という当たり前の職分をわきまえて行動し、昨年、地震・原発事故直後の中で“当たり前”のようにツアーを決行したのは並大抵でなかっただろう。そしてそれをちゃんと1年後に実行することも。それからもう一つ。若くして苦労していた頃の体験(米在住の日本人の世話になったこと)が源だと言われるが、恩を忘れず返し続けるという、これまた当たり前のようでなかなか実行できない行為。いや、シンディの場合、日本への恩はとっくに返し切っている。それでもこうやって、自分から希望して3月11日をはさんだ日本ツアーを断行するシンディに、いつか日本人みんなが報恩しなきゃいけないだろうと思う。<2012シンディからのメッセージ> 残念ながら筆者は見に行けないものの、今日のライヴの様子は全国14か所の劇場で生中継のほか、被災地の3会場では無料中継される。 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2012.03.11
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INDEXページ(ジャンル別、アーティストのアルファベット順)を更新しました。ここしばらくの新しい記事を追加しています。 INDEXページへは、下記リンク、もしくは本ブログのトップページ右欄(フリーページ欄)からお入りください。 アーティスト別INDEX~ジャズ編へ アーティスト別INDEX~ロック・ポップス編(A-L)へ → 分量が増えてきたので、2つに分けました。つづき(M-Z)はこちらです。 アーティスト別INDEX~ラテン系(ロック・ポップス)編へ アーティスト別INDEX~邦ロック・ポップス編へ下記ランキングに参加しています。応援くださる方は、各バナー(1つでもありがたいです)をクリックお願いします! ↓ ↓ にほんブログ村 : 人気ブログランキング:
2012.03.10
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ハックネルよ、あんたは天才だ! 1985年に『ピクチャー・ブック』でデビューしたイギリスのバンド、シンプリー・レッド(Simply Red)。ミック・ハックネル(Mick Hucknall)率いるこのグループの3枚目のアルバムとなるのが、1989年発表の『ア・ニュー・フレイム(A New Flame)』である。 第三作目ということでレコーディング・アーティストとしての落ち着きや余裕も出てきた頃だが、考えてみれば、ハックネルはまだ29歳(ぎりぎりとはいえ、20歳代!)。本盤はどちらかというと、少し売れ筋路線(メジャー志向)に走ったようなところがあり、普通だったらこういうのを機にファンは離れていきそうなものだが、そうならなかった。本作はシンプリー・レッド初の全英No. 1アルバムとなり、さらには、これを大きなステップとして次作の『スターズ』がさらなる売り上げを記録することになる。シングルとしても4曲(1., 2., 3., 9.)がカットされ、うちハロルド・メルビン&ブルーノーツのカバー9.「二人の絆(イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ)」は、全米シングルチャートの1位(全英では2位)を獲得した。 “オシャレ”というのがよくシンプリー・レッドを形容するのに用いられる言葉だが、半分正しく、もう半分は誤解を生じさせる言い方のような気がする。ブラコン風、ソウル風などのテイストを取り入れたサウンドは80年代半ば頃からの音楽界には満載だった。“受けるんだから(=売れるんだから)それ風にしとけ”みたいな風潮も結構あったのだろうと想像する。けれども、シンプリー・レッドのそれは、こういう世間の雰囲気に対してあまりに本格的だったというのが本当のところではないかと思う。ミック・ハックネルのヴォーカルはUKソウルの中ではずば抜けて本格的で、ソウルフルだった。 ヒット曲になったことで9.が目立つが、この他には、2.「ア・ニュー・フレイム」や6.「ターン・イット・アップ」、あるいは10.「イナフ」といったあたりは結構、上で述べたような本盤の本質を表しているように思う。また、7.「涙のチューン(ラヴ・レイズ・イッツ・チューン)」は、曲・演奏・ヴォーカルともにシンプリー・レッドの本領発揮の名曲。こういうのを聴かされると、“参りました! ハックネルよ、あんたは天才だ”としか言葉にならないのは、筆者のボキャブラリーが足りないせいなのか、はたまた、聴き込み具合が足りないのか…。 [収録曲]1. It’s Only Love2. A New Flame3. You’ve Got It4. To Be With You5. More6. Turn It Up7. Love Lays Its Tune8. She’ll Have To Go9. If You Don’t Know Me By Now10. Enough1989年リリース。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.09
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ヴァージンからクリサリスへ、こういう歳のとり方は羨ましい 女性シンガーにこういう形容は失礼なのかもしれないが、ベリンダ・カーライルはいい中年の過ごし方をしたのだと思う。1958年生まれで、1980年にゴーゴーズの一員としてメジャーデビュー。ゴーゴーズ解散(注:後に再結成)の後は1986年にソロシンガーとして再デビューし、「へヴン・オン・アース」や「輝きのままで」などヒット曲を送りだした。 ベリンダの成功は、ソロ転向後もゴーゴーズの遺産(つまりは“過去の栄光”)を引きずるのではなく、一人のヴォーカリストとしての成長にあった。環境も恵まれていたのかもしれないが、最終的には本人の才能と努力の賜だったのだろう。 しからば、ヴォーカリストとして大成してしまった後はどうなったのか。円熟していく、新境地を開いていくとお思いの方も多いだろう。確かにそうなのだが、大成してしまったがために、大物ミュージシャンたちは皆がそういう人生の展開を歩めるとは限らない。有名どころでは、まだまだ若くして亡くなったマイケル・ジャクソンしかり。コマーシャリズムにのって一躍時の人となり、自己の立ち位置に迷いが生じたミュージシャンなんてのもよく考えてみれば数多い。前回記事のヨーロッパ活動がとまったのもそうした状況だし、『ボーン・イン・ザ・USA』でアメリカン・ヒーローに祭り上げられたB・スプリングスティーンなんかもその類だ。さらに付け加えれば、最近でも、若くしてスターダムにのし上がったW・ヒューストン(過去記事『そよ風の贈りもの』・『ホイットニーII』)の不幸な結末に衝撃を受けたばかりではないか。 そんなことを考えながら、38歳を迎えようとするベリンダのこの作品を聴いていると、成功の末にもヨーロッパへ軸足を移しながら、かつてのゴーゴーズ再結成の活動もし、無理をしてアルバムを量産するわけでもなく、着実に自分のペースを守ってきた人生という感じがする。前作の『リアル』から3年ほどのブランクが空いているが、その間にベリンダはフランスに暮らし、出産を経験して“産休”をとっていたとのことである。ちょうど前作でヴァージン・レコードとの契約が満了となり、そこで一息ついて本作で新たなレーベル(EMI傘下のクリサリス・レコード)からのリリースとなった。 全体として非常に落ち着いたトーンと歌い口でアルバムは進んでいく。若い頃の溌剌としたベリンダを期待すると肩透かしを食らうかもしれない。でもここで“単調で面白くない”と即断してはいけない。1曲また1曲と聴き進めばわかるように、ベリンダはどの曲も楽しみながら歌っている。技術的な面でシンガーとしてはもはや前作までに十分なものを成し遂げてしまっている。次のステップは、人生の円熟を迎える中でいかに楽しく歌うことを表現するかである。本盤はそれができたという点で、すぐれたアルバムに仕上がっている。 蛇足ながら、2.ではブライアン・ウィルソンがゲスト参加(バックコーラス)している。また、オリジナル(ヨーロッパ)盤と米盤で内容が異なるが、日本盤はオリジナルと同一トラックになおかつ2曲のボーナス・トラック入り。[収録曲]1. In Too Deep2. California3. A Woman and a Man4. Remember September5. Listen to Love6. Always Breaking My Heart7. Love Doesn't Live Here8. He Goes On9. Kneel at Your Feet10. Love in the Key of C11. My Heart Goes Out to You~以下、日本盤ボーナス・トラック~12. The Ballad of Lucy Jordan13. Love Walks In1996年リリース。 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.07
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HRバンド、ヨーロッパのヴォーカリストがソロとしてやりたかったこと 1980年代を席巻した北欧叙情HRバンド、ヨーロッパ(参考過去記事はこちら)。1979年にスウェーデンで結成され、北欧メタルの先駆者としての地位を確立し、『明日への翼』(1984年)や『ファイナル・カウントダウン』(1986年)などのヒットでアメリカナイズされたHRバンドとなっていった。度重なるツアーの疲れを理由に1992年に活動を停止するが、実質的にはこれがバンドの解散となった(ただし、後の2004年に再結成している)。 おそらくこの解散は、ツアーの疲れというのはそうなのだろうが、“アメリカン・ヒーロー”のような立場に立たされ、メンバーの音楽的立ち位置が分からなくなってきたこともあったのではないだろうか。ポップ化を迫られ、その道を勧めたものの、ジョン・ノーラム(バンドのギタリスト)は脱退し、北欧叙情路線に魅力を感じていたファンは離れていく。しかし、『ファイナル・カウントダウン』のポップな路線は“流行りもの”として多くのファンを獲得し、大型コンサート・ツアーは続けなくてはいけない…。こう言ってしまっては身も蓋もないが、ビッグになって身動きが取れず、内省的にならざるをえなくなる典型的パターンであった。さて、そのヴォーカリストであるジョーイ・テンペスト(Joey Tempest, 本名ロルフ・マグナス・ヨアキム・ラーション)は、解散後、地味で地道なソロ活動を展開することとなる。 1995年のソロ第1作『プレイス・トゥ・コール・ホーム』は、ヨーロッパの幻影を追い求めるファンの“期待を裏切る”に十分なものだった。北欧叙情の風情もなければ、ポップなハードロックの片鱗もない、シンプルかつポップでメロディアスなアメリカン・ロック調のアルバムとういものである。でも、実はこれがジョーイ・テンペストのやりたかったことなのであって、音楽シーンや80年代のファンに媚びることをせず、ひたすらこの独自路線を地道に続けていく。1997年にはソロ第2作の『アゼリア・プレイス』をリリースし、さらに5年後、第三弾として発表されたのがセルフ・タイトルの本作『ジョーイ・テンペスト(Joey Tempest)』であった。ちなみに、この間のファンの要求(というか“過去の幻影”への郷愁)とジョーイの目指す音楽の乖離は、本作の日本盤ライナーをはじめ、当時の各種レヴュー等に如実に表れている。 さて、ヴォーカルを聴かせることに比重を置いたシンプルなロック・アルバムである点では前2作と同じ路線を行っている。前2作に比べてやや違っているのは、バンド的なサウンドの力点が少し増している。本作だけサラっと聴いてもこの点はよくわからないかもしれないが、前2作と聴き比べれば、明らかにバンドの他のメンバーの音とジョーイのヴォーカルの絡みが増している。ジョーイ自身も、本作を仕上げた時点で「昔のようにまたロック・バンドでプレイする喜びを見出したかもしれない」と発言しており、2004年のヨーロッパ再結成への一つのステップにもなったのだろう。あと、本ブログで以前に紹介したソロ第1作との比較で言えば、楽曲はより内省的な方向性のものが目立つ。1.「フォーギヴン」からして、作り込まれたバンド・サウンドの中で歌われる内容は、車を運転しながら、道に迷い、抵抗もし、“我々は許される、恥じることはない”、“我々は許される、過去にプレイした邪悪なゲームもすべて”という意味深なもの。他の曲についても、バンドとのコラボ的にもソングライターとしての実力面でもバランスよく出来上がっている。1.以外に筆者の好みとしては、2.「ラヴド・バイ・ミー」、5.「スーパーヒューマン」、8.「マグニフィセント」、10.「エヴリ・ユニヴァース」、12.「ドント・チェンジ」といったところ。[収録曲]1. Forgiven2. Loved by Me3. Sometimes4. Losers5. Superhuman6. Always on the Run7. Outside Heaven8. Magnificent9. Dreamless10. Every Universe11. Falling Apart12. Don't Change~以下、日本盤のボーナス・トラック~13. Kill for a Girl Like You14. Kicking Around2002年リリース。 下記のランキングサイトに参加しています。 お時間の許す方は、ひとつでも“ぽちっと”応援いただけると嬉しいです! ↓ ↓
2012.03.05
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ジャズという音楽の醍醐味の一つとは、組み合わせの妙 ロイ・へインズ(Roy Haynes)は1925年生まれで、80歳代にしてなお現役のジャズ・ドラマーである。レスター・ヤングやチャーリー・パーカーといった大御所に始まり、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、セロニアス・モンク、エリック・ドルフィなど数々の歴史的ジャズ奏者と共演し、70年近いキャリアを誇る。現在では数少ない存命中の生き字引的ミュージシャンでもある。 そんなヘインズが1963年にリーダーとして吹き込んだのが本作『クラックリン(Cracklin’)』である。実はこの人のリーダー作は、あまり聴いたことはない(でも参加盤は数多いので、彼の演奏そのものはあちこちで耳にしている)。実際、サイドマンとしての活躍が長いわけだが、リーダー作も結構残しているので、それらは徐々に聴いていきたいと思いつつ、ひとまずは本作を見ていきたい。この盤に関する限り、非常に濃厚なジャズの楽しみの一つが体現されており、ジャズが好きな人なら誰でも一度は聴いてみる価値がある1枚だと感じている。 ヘインズのドラムは遠慮なく叩かれる。それが演奏全体を盛り上げて(というよりはむしろ時に“煽って”すら)いる。本盤でそれに応じるのがサックスのブッカー・アーヴィン(Booker Ervin)である。このテナー奏者は筆者のお気に入りでもあるので、本ブログでも繰り返し取り上げている(例えば過去記事(1)・(2))が、平たく言ってしまうと、彼の特徴は“吹きまくりのくどいサックス”である。上品かつ優雅な味わいを添えているのはピアノのロニー・マシューズで、この人はマックス・ローチやアート・ブレイキーとの活動が知られる。 アルバム全体を通して“濃すぎず”なおかつ“薄過ぎない”のは、ヘインズの統率力のバランスにあるのだろう。自身のドラミングも含め、各ミュージシャンの個性をしっかり出させながらも、全体の統制はとれている。特に個性が強いのは、上記のブッカー・アーヴィンだが、好きにやらせるところはやらせ、抑えるべきところは抑制を効かせることに成功している。もちろん、その好き放題や抑制の手綱はヘインズのドラミングなのである。 ジャズとは好き勝手にやればいいという音楽ではない。その好き勝手がどう組み合わされ、どう統一感を持つかが最終的には作品の出来栄えにつながると言ってもいいのかもしれない。この点に関して、本盤では、ミュージシャンの絶妙な組み合わせとリーダーとしての力量のコンビネーションが6曲通して見事なまでに貫かれている。[収録曲]1. Scoochie2. Dorian3. Sketch Of Melba4. Honeydew5. Under Paris Skies6. Bad News Blues[パーソネル・録音]Roy Haynes (ds)Booker Ervin (ts)Ronnie Mathews (p)Larry Ridley (b)1963年4月6日録音。 【送料無料】クラックリン 下記ランキングに参加しています。 お時間の許す方は、“ぽちっと”クリックで応援をよろしくお願いします! ↓ ↓
2012.03.03
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ありきたりな名前、ありきたりな組み合わせ、その実は「大いなる邂逅」 ジャック・ウィルソンといっても、大リーグ・マリナーズの選手ではない。スポーツ界や音楽界など同姓同名はたくさん存在するほどのありふれた名前である。今回登場するジャック・ウィルソンとは、1936年シカゴ出身で、2007年に亡くなったジャズ・ピアニストである。 10代の頃からプロ活動を開始したものの、兵役のためにいったんキャリアが途切れ、60年代に西海岸で活躍するも、若い頃からの糖尿病に悩まされ続けた。そうこうする中、かのブルーノート・レーベルから創始者アルフレッド・ライオンが手を引き、ブルー・ノートはリバティに売却される。ブルー・ノートというレーベルのおかれた変化が、遠く離れた地で活動するジャック・ウィルソンにも影響し、ウィルソンはこのレーベルから作品を出すめぐり合わせとなる。最初は西海岸でレコーディングがなされたが、本盤『イースタリー・ウィンズ(Easterly Winds)』の制作に当たっては、東海岸で録音が行われ、ブルーノートの花形奏者たちと共演することになった。“東の風(イースタリー・ウィンズ)”なるアルバム名(それは収録曲4.の題名でもある)はこういう状況を反映するものである。 かくして1967年秋にレコーディングされた本盤のメンバーは、ジャック・ウィルソンをリーダーとしてブルーノートの花形プレーヤーともいうべきリー・モーガン(トランペット)およびジャッキー・マクリーン(アルトサックス)の2人を含む6人編成。フロントにはトロボーンのガーネット・ブラウンが加わって三管となっている。ジャック・ウィルソン自身によれば、“強いソロイスト、独自の演奏をするミュージシャンが欲しかった”とのこと。なるほど編成の内訳としてはありきたりだが、具体的なメンバー構成では一作を案じたといったことになるのだろう。 この頃のブルーノートはもはやかつてのそれではない、東と西のミュージシャンは別の言語話す…。だからといって駄作が生まれるとは限らない。ジャック・ウィルソンの個性と才能はこれをさらりと違和感なく組み合わせられたところにあるということだろうか。リー・モーガンを単独で聴きたい人やジャッキー・マクリーンをひたすら堪能したい人には物足りなさが残るかもしれない。けれども、ジャック・ウィルソンのアレンジ力、各曲の演奏のこのメンバー全体としての統合感には目を見張るものがある。1.「ドゥ・イット」や2.「オン・チルドレン」や4.「イースタリー・ウィンズ」といった自作曲での巧妙なバランス感覚、6.「フランクス・チューン」に代表される軽快さ、あるいは3.「ア・タイム・フォー・ラヴ」の繊細な美しさ。ほぼどこをとっても安定していて、初の東海岸録音とか初顔合わせといった不安要素を感じさせない。きっと彼が最初っから東海岸で活動していたら、もっと評価されて有名どころ扱いを受けるミュージシャンになっていたのかな、と想像させられたりもする。[収録曲]1. Do It2. On Children3. A Time For Love4. Easterly Winds5. Nirvana6. Frank’s Tune[パーソネル・録音]Lee Morgan (tp)Garnett Brown (tb)Jackie McLean (as)Jack Wilson (p)Bob Cranshaw (b)Billy Higgins (ds)1967年9月22日録音。 【20%OFF】[CD] ジャック・ウィルソン(p)/イースタリー・ウィンズ(生産限定盤) 下記ランキングに参加しています。 お時間のある方、応援くださる方は、“ぽちっと”よろしくお願いいたします! ↓ ↓
2012.03.01
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