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再稼働の準備を進めていた中部電力浜岡原発は、公益通報者が当該原発に関する基準地震動の測定値が意図的に改ざんされていると原子力規制委員会に通報したため、再稼働の予定は「白紙」になったことについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、14日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; 審査データに不正があったとして、原子力規制委員会が7日、中部電力浜岡原発3、4号機の再稼働に向けた審査を白紙に戻す考えを示した。 先週のこの欄で東京電力柏崎刈羽原発再稼働への疑問を呈したばかりなのに今度は浜岡か! 問題の不正は、基準地震動(地震の揺れの最大想定)が小さくなるようデータを意図的に選定したという悪質なものだった。地震動は耐震設計の根幹だから、約10年を費やした審査はこれですべてオジャンとなる。 不幸中の幸いは、データの不正を原子力規制庁に告発(公益通報)した人がいたこと、また通報を受けて規制委が審査のやり直しに踏み切ったことだろう。もし勇気ある告発者がいなかったら規制委も不正は見抜けず、この件は闇に葬られていた可能性が高い。 不正の背後に見え隠れするのは政府のエネルギー政策の転換だ。原発への依存度を可能な限り減らすという福島第1原発事故後の方針を昨年政府は転換し、原発の「最大限活用」に舵を切った。新方針は早くから電力会社に伝えられていたはずで、再稼働を急がされれば現場だって焦る。 規制委は中部電以外の調査はしないというが、審査を終了した柏崎刈羽原発や泊原発は大丈夫なのか。いつどこで地震が起きてもおかしくない日本。恐ろしく危ない橋を私たちは渡っている気がする。(文芸評論家)2026年1月14日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-再稼働と不正」から引用 公益通報者がいたから、データーの不正が原子力規制委員会の知るところとなったが、誰も通報せずに規制委員会が再稼働にGOサインを出して、数年後に大地震が発生すれば、福島原発の二の舞になるところであったのだから、筆者が言うように、私たちはかなり危ない橋を渡っているのは、「気がする」どころではなく、事実なのだと思います。今後は、原子力規制委員会はこのような「不正」が起きないような「仕組み」を考案する必要があると思います。また、他の原発でも似たような「不正」があった可能性は否定できないのですから、今後はこのような不正を如何に未然に防ぐか、対策を講じる必要があるのですから、その辺を誤魔化すことなく、しっかりした「安全性評価」のルールを策定する必要があると思います。
2026年01月31日
平山周吉著「天皇機関説タイフーン」(講談社刊)について、戦史研究家の山崎雅弘氏は、11日の神奈川新聞に次のような書評を書いている; 満州事変から日中戦争勃発までの6年間に、日本国内では社会の空気を揺さぶる嵐がいくつも吹き荒れた。その中でも特に大きな変動を国の針路にもたらしたのが、昭和10(1935)年に起きた「天皇機関説事件」と、それに付随する「国体明徴運動」だった。 天皇機関説とは、当時日本固有の神的存在とされた天皇を、近代国家の社会システムに整合させるために考案された憲法学説で、「天皇は国家の最高機関であり憲法の枠内で権能を有する」という、立憲君主国の原則に準ずるものだった。 だが、天皇を絶対的権威と見なす思想家の蓑田胸喜や、菊池武夫ら軍人出身の政治家、右翼の活動家は、この学説に「天皇への不敬と国体の破壊」と言いがかりをつけ、機関説提唱の憲法学者で貴族院議員の美濃部達吉を「学匪(がくひ)」「国賊」と激しく罵倒して社会から排撃することに成功する。 本書は、この異様な政治闘争の進展を臨場感あふれる膨大なディテールで描き出す大作である。 美濃部や蓑田の人となりにさまざまな角度から光が当てられ、宮沢俊義ら憲法学者の立ち回り、機関説攻撃の背後にあったとされる一木喜徳郎枢密院議長の失脚をもくろむ策略、侍従には「機関説支持」を伝えながら美濃部擁護の行動をとらず事態を事実上傍観した昭和天皇の態度など、重層的な描写で当時の空気感が生々しく描かれる。一連の出来事についての、当時東京帝大生だった丸山真男や、三島由紀夫の言動も興味深い。 同時代の新聞記者や庶民は、重大な社会の地殻変動が起きているという認識が薄かったが、天皇機関説事件は、理性が感情に、道理が誹謗(ひぼう)中傷に敗北し、主観的な天皇崇拝の大義名分が際限なく肥大化するきっかけとなった。「国体」という2文字を居丈高に振りかざす言いがかりの標的となった者は、沈黙と萎縮を強いられた。この事件以降、日本国民は不穏な空気に包まれながら、戦乱の時代へと突き進んでいくことになる。(戦史研究家・山崎雅弘)◆平山周吉著「天皇機関説タイフーン」(講談社刊)¥3,080.-2026年1月11日 神奈川新聞朝刊 10ページ 「読書-異様な政治闘争を描く」から引用 美濃部達吉が提唱した「天皇機関説」は、天皇を最高指導者として国家を運営するシステムについて、当時の社会学的な立場から客観的に分析し表現した学説であったから、多少とも学問の心得があった昭和天皇にしてみれば「天皇機関説」は国家の姿を学問的に表現したものと、正しく理解が出来ていたもののようです。ところが、そのような学識の無かった軍人や蓑田胸喜のような者は「天皇は神の子孫」でなければならない、という「空想」を「現実」と混同して生活していたもののようで、そういうレベルの者が大きな顔をして世の中をリードした結果、大日本帝国は敗戦する以外に道はなかった、というのが80年前の日本でした。そして、敗戦を機会に日本は民主主義の国として再スタートしたのでしたが、そのスタート時に平和憲法を制定して陸軍省、海軍省を廃止して陸海軍を無くしたのは良かったのに、陸軍外軍が共同管理していた靖国神社は、これを廃止することなく一般宗教法人として存続を許したのが、GHQの唯一の失政でした。「天皇は神の子孫」との主張は戦後80年の間、靖国神社に集う人々によって細々と受け継がれ、80年目にして政治の表舞台に飛び出し、参政党などと称して国会に議席を得るまでになっています。これからの日本人が、「天皇は神の子孫」などというデタラメに再び騙されて隣国と戦争を始めるような「愚行」を繰り返すのか、その危険性は決して小さいとは言えません。
2026年01月30日
議会の承認を得ることなく勝手に軍を動かしてベネズエラを侵攻したトランプ大統領の違法行為を、メディアはどのように論評したか、ジャーナリストの古住公義氏は11日の「しんぶん赤旗」コラムに、次のように書いている; トランプ米大統領は3日、南米ベネズエラへの大規模な攻撃に踏み切り、マドゥロ大統領を拘束しました。5日付全国紙社説は「産経」を除き、米政権を一斉に批判しました。各紙が問題にしたのは、今回の攻撃が国際法違反であることです。 「毎日」は、「国連憲章は武力の行使を原則として禁じ、国民による自決の尊重を定めている」。「朝日」も「今回の軍事行動が国際法違反であることは明白だ」と非難しています。 「こうした手法がまかり通れば、台湾を威圧する中国やウクライナ侵略を続けるロシアの横暴を認めることになりかねない」と危惧するのは「日経」です。「読売」も「中国やロシアによる一方的な現状変更の動きを助長させかねない」と。 さらにトランプ氏は記者会見で「ベネズエラを米国が運営する」と主張しました。『重大な主権侵害で「新しい植民地支配の宣言」(日本共産党の志位和夫議長)といえるものです。「世界最大の埋蔵量を誇る石油利権への野心を隠さなかったのも大国の身勝手というほかない」と「日経」は批判しました。 「朝日」は「避けねばならないのは、米中ロなどが、それぞれ身勝手な勢力圏を築いて割拠し、規範や合意ではなく、自国の利益を前面に力と交渉(ディール)に基づいた秩序に書き換えるというシナリオだ」と。「毎日」も「大国による『力の論理』がまかり通れば、列強が大手を振る帝国主義の時代へと舞い戻る。その瀬戸際に世界はある」と危機感を示します。 重大なのは世界が批判する中、日本政府が米国の武力行使に沈黙していることです(4日時点)。唯一、日本政府の沈黙に理解を示した「産経」以外、「朝日」も「読売」も日本政府は国際法を順守する立場を訴えるべきだ、と主張。この声をどう聞くのか、高市早苗首相は問われています。(こすみ・ひさよし=ジャーナリスト)2026年1月11日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-米国の侵攻を一斉に批判」から引用 イギリスやフランスであれば、国連でも「民主主義の旗手」としての立場から、「法の支配」を無視したアメリカの暴挙を批判しなければならない使命感がありますが、日本の場合はアメリカの「属国」という立場(?)があるために、西欧の政治リーダーのような「勇気ある発言」は、自民党の高市氏には「出来ない芸当」だと思います。これが、田中角栄とか石破茂のようなある程度「芯」のある政治家であれば、「あまり褒められた話ではない」くらいのことは言ったかもしれませんが、自分自身の立場を守るだけで精一杯の高市氏には、望むべくもないと言ったところだと思います。
2026年01月29日
正月早々からベネズエラを軍事侵攻して大統領夫妻を拉致したトランプの暴挙について、東京大学教授の 宇野重規氏は11日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; 新年早々、大国の横暴による「力の支配」をまざまざと見せつけられた。 2026年1月3日、米国は南米ベネズエラの首都カラカスに対して軍事行動を行い、同国大統領のマドゥロ大統領を拘束したと発表した。かねてマドゥロ政権が「麻薬テロ組織」に関与していると主張してきた米国のトランプ大統領であるが、一国の首都を直接攻撃し、その首脳を強制的に排除する蛮行に世界に衝撃が走った。 確かにマドゥロ氏は、長年にわたり人権や民主主義を抑圧し、多くの移民流出を招いた指導者である。かつて南米において安定した民主主義国を誇ったベネズエラは、今や見る影もない。大統領の周辺に権力が集中し、不安定な政治・経済運営によって混乱が助長されている。ベネズエラにおける民主主義の回復が急務であることは間違いない。 ◇ ◆ ◇ とはいえ、マドゥロ氏が麻薬密売などの罪で米国において起訴されたことを理由に、他の主権国家を攻撃することは、国際法上の根拠が乏しいと言わざるをえない。あたかもベネズエラを自国の内部のように扱うトランプ政権は、横車を押しても押し切れるという傲慢さばかりが目立つ。 まして今回の攻撃では、民間人を含む、少なくとも100人の死者が発生している。世界のルールメーキングを担うと自任してきた米国が、今や自ら世界の無法状態を生み出す存在になってしまったことは、歴史の流れの大きな転換点を感じさせる。力こそがすべてであるかのように振る舞う米国にはまさに帝国主義という言葉が合う。 ここに来てキーワードになっているのが。「モンロー主義」である。米国の第5代大統領ジェームズ・モンローは、欧州諸国と南北アメリカ大陸の相互不干渉を主張したが、この考えは長く米国の外交政策を規定することになった。米国が民主主義を掲げて国際政治に深く関与するようになったのは、20世紀の第1次・第2次世界大戦を待たなければならなかった。 ◇ ◆ ◇ このようなモンロー主義をもじって、トランプ氏は「ドンロー主義」と呼んでいるようだ。しかし、注意すべきことが二つある。 第一は、モンロー主義には深い理想があったことである。欧州の権力政治から距離を取るという理念は、初代のワシントン大統領の退任演説においてすでに見られた。それは国際政治上の知恵であると同時に、自らを権力政治より上に置こうとする新生共和国の潔癖な理想主義であった。現在の「ドンロー主義」に、わずかでも道徳的理想があるのだろうか。 第二は、米国の欧州に対する孤立主義が、中南米諸国に対する介入主義とセットだったことである。西半球こそは自らの勢力圏であるという帝国主義的発想については、トランプ氏は見事にその継承者となっている。とはいえ、明確なベネズエラの復興プランを持たないように見えるトランプ氏は、肝心の勢力圏を内側から崩すばかりだろう。 東半球にあって、日本はますます自国の置かれた状況を考えざるをえない。「ドンロー主義」に沈む米国をわずかでも立ち止まらせる力が、日本にまだ残っていると信じたい。2026年1月11日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-理想なき『ドンロー主義』」から引用 いくらベネズエラのマドゥロ政権が腐敗した独裁政権だからといって、米軍がいきなり空爆をしたり大統領を拉致するなどということをして良いわけがありません。常軌を逸したトランプ氏の行いは、退任後にしっかり検証し法の裁きを受けることにしなければならないと思います。トランプ氏はドンロー主義などと言って、アメリカの「守備範囲」を西半球に限定するような発言をしているらしいから、この際日本は日米安保条約を解消して、代わりに日中安保条約に乗り換える方が合理的のように思われます。しかし、トランプ氏の任期はあと3年で、その次の大統領が「トランプ路線」を継承する可能性は、あまりないと思われますから、コトはそう簡単には進まないのかも知れません。
2026年01月28日
自民党と維新の会他の議員団がイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と握手したり記念写真を撮ったりしたことについて、元文科官僚の前川喜平氏は、11日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 超党派の国会議員十数人がこの正月にイスラエルへ行った。自民党 : 小野寺五典、大岡敏孝、阿部俊子、宮内秀樹、大野敬太郎、神田潤一、松川るい、鈴木大地、日本維新の会 : 青柳仁士、和田有一朗、金子道仁、れいわ新選組 : 多ケ谷亮、無所属 : 福島伸享といった面々だ。 国際司法裁判所は一昨年7月、イスラエルのパレスチナ占領政策を国際法違反だとする勧告的意見を出した。国連人権理事会の調査委員会は昨年9月、イスラエルのガザでの行動をジェノサイド(集団虐殺)だとする報告を出した。そんな国にぞろぞろ出かける神経が理解できない。 9日の本紙によれば日本はガザ侵攻後イスラエル製武器を241億円分も購入したそうだが、小野寺氏や松川氏はXへの投稿で、イスラエルのドローンなどへの強い関心を示している。ガザで何万人もの市民を殺した武器を、小野寺氏らはもっと買いたいらしい。 イスラエル首相府の公式Xには、小野寺氏がネタニヤフ首相と握手する写真や全員で同首相を囲む集合写真が掲載され、同首相は一行に対し「戦争中のイスラエルへの支持に感謝した」と記されている。ネタニヤフには国際刑事裁判所が一昨年11月、戦争犯罪容疑で逮捕状を出している。そんな人物との握手を全世界が見ているのだ。全く情けない。(現代教育行政研究会代表)2026年1月11日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-戦争犯罪容疑者との握手」から引用 違法な戦闘行為を数年に渡って継続し、数万人の市民を殺害し続けたイスラエルを公式訪問して、裁判所から逮捕状が出ている人物と握手したり記念写真を撮るというのは、常軌を逸した行動で、開いた口が塞がらないとはこのことです。少し前までは、自衛隊の武器購入の話は自衛隊員から議員に転じた佐藤議員くらいのものだったが、高市氏が首相になってからは、戦争なんて映画でしか見たことないような議員が、なぜか積極的に発言したりして、世の中の雰囲気が変ったような印象ですが、私たちの憲法は政府が戦争をすることを禁止しているということを、改めて自覚していただきたいものだと思います。
2026年01月27日
ある日の毎日新聞に、読者の次のような投書が掲載された; 昨年どれほど物価高で苦しんだでしょうか。私の住む長野県ではガソリン価格が全国上位の高さ、そして米どころともいわれる我が県においても高値から外国産米や古の名がたくさん付いた安価な米を食するのです。 首都圏に住む孫からは農業県の私たちに米や野菜を送ってとお願いをされるのですが、物価高は首都圏、農業県に関わらず同じです。そんな苦しい一年が過ぎ、今年こそ物価が落ち着き何よりも平穏な年であるようにと政治に期待するのですが、勇ましい何とかファーストのフレーズが躍り私たちが一番期待する国民ファーストのフレーズは政治からは聞こえてきません。 どうか今年は国民生活が安定し平穏な社会でありますようにと昭和生まれの後期高齢者の願いであります。そして政治はいや政治家は私たちの生活を守るための強い使命を負っている原点を思い出してほしいと思うのです。政党のための政治ではなく国民のための政治ではと。2026年1月10日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「みんなの広場-今年こそ国民ファーストに」から引用 この投書は、一読して物価高に苦しむ庶民の投書であることが分かりますが、主張する「内容」が純真無垢で、とても後期高齢者になるまでの長い人生を苦労しながら生きてきた「経験」に基づいた「主張」が、全く表現されていない点が、気になります。この投書の筆者は、物価が落ち着き国民が平穏に生活出来るようにするのが政治家の仕事と思っている様子ですが、それはまるで「おとぎ話」のような「発想」で、大人の思考方法からは大分かけ離れているのではないでしょうか。失われた30年と言われる「期間」に、大部分の日本人が信頼を寄せて政権を任せてきた「自民党」は、これまでの30年間、何をしてきたのかという「現実」を、私たちは考えるべきです。自民党は、普通の政党が国から支給される「政党交付金」だけでは野党に選挙戦で勝つことが出来ないので、プラスαの「企業献金」を得るために、「大企業・富裕層」に対する「減税」を行ない、それによって不足する税収を消費税増税で埋め合わせる、という「政策」を実行してきました。そして、企業収益を上げるために、かつては「違法行為」であった「非正規社員」を合法化した結果、普通に働いても満足な収入を得られない非正規労働者が増えました。要は、自民党の政治家は親から引き継いだ「世襲議員」の地位を守り、それを自分の子に引き継ぐことだけにチカラを注いでいるのであって、物価高に苦しむ国民を助けようなどということは、全く考えてはおりません。それが、この「失われた30年」の実態なのだということを、目を反らすことなく正面から見つめ、この状況を改善するには、どうしたら良いのか、考えれば、当然出てくるのは「自民党には見切りを付けて、共産党、社民党、れいわ新選組の中から、新しい政権を打ち立てよう」という「発想」になるのであって、そこに辿り着いてこそ「政治的判断」と言えるのだと思います。
2026年01月26日
アメリカのトランプがベネズエラを爆撃して大統領を拉致した事件について、文筆家の師岡カリーマ氏は、10日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; どうも人間というのは過去の教訓から学ばない生き物らしい。米トランプ政権が産油国ベネズエラの首都に軍事攻撃を仕掛け、マドゥロ大統領を拉致した。メディアは遠慮がちに「身柄拘束」という言葉を使うが、明らかに「拉致」だろう。 マドゥロが極悪の独裁者なら、このように国家主権も国際法も無視した暴挙は正当化されるということらしいが、いかに横暴な政権でも、利権を提供し、大量の米国産兵器を買い、巨額の投資をするなど、都合さえ合えばお咎めなしだということは、トランプ外交がすでに証明している。 当面は米国がベネズエラを運営するという。彼らがこの国を油田としか見ていないのは明確だ。 いやでも思い出されるのが、2003年の、同じく産油国であるイラク侵攻である。あの時も国民救済や民主化を掲げ、紙上では立派に見える口―ドマップがあったが計算違いも甚だしく、超過激なテロ集団ISの台頭という想定外(?)の大惨事に直結した。ISは世界各地で猛威を振るったが、最大の人的被害を負ったのはイスラム教徒を含む現地の一般市民だった。また数千人の米兵が命を落とし、生還者の多くが今も心身のトラウマに苦しんでいる。 イラクと比べてベネズエラなんてチョロいものだという算段だろうが、「想定外」は起こる。いつになったらアメリカは学ぶのか。(文筆家)2026年1月10日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-教訓は忘れられた」から引用 ベネズエラを空爆して大統領を拉致したトランプは、もうベネズエラを支配したとばかりにアメリカ国内の大手石油会社に「ベネズエラの石油は自由にしていいぞ」と声を掛けたが、その大手石油会社の中でも最大手の会社はベネズエラから石油を持ってくる気はないと宣言したことが、ある日の新聞に掲載された。ベネズエラの油田は前の代の大統領が国有化した後、資本力がないため、石油の掘削装置や精油系統が老朽化して、生産量が落ちてしまっており、今急に「自由にしていい」と言われても、それなりの「投資」は必要なのだから、必要な投資をした後で、すぐにトランプの任期が切れて、まともな人物が次の大統領になって、世の中もまともになれば、「ベネズエラの油田はベネズエラのものだ」ということになり、トランプの残り3年間にその気になって投資した資本が無駄になる危険性が大きいのだから、そんなものには手を出さないというのは、経営者として当然の判断だと思います。やっぱり、不動産屋上がりの大統領では、大国の運営を担うには少し「荷が重い」ということだと思います。
2026年01月25日
アメリカは昨年暮れから、メキシコ湾のベネズエラ沖に海軍の艦隊を派遣し、ベネズエラ船籍の貨物船に発砲して数百人の乗組員を殺害し、大統領のトランプは「アメリカに麻薬を運び込もうとしていたから撃沈した」などと言い、正月明けにはベネズエラの大統領を拉致するという「事件」まで起こして、マドゥロ大統領を裁判に掛けることとなったが、犯罪組織「太陽のカルテル」などというものはアメリカ政府がでっち上げた架空の犯罪組織であるため、さすがのアメリカ司法省も、そのような「悪の組織」は存在しないと認めたことを、10日の東京新聞は次のように報道している; ベネズエラのマドゥロ大統領の影響下にあると米側か指摘してきた犯罪組織「太陽のカルテル」について、米司法省は実在するグループだとの主張を事実上撤回した。米紙ニューヨーク・タイムズが報じた。マドゥロ氏に対する2020年の起訴状で言及され、昨年には財務省が制裁対象に、国務省が外国テロ組織にそれぞれ指定していた。 司法省は、マドゥロ氏が拘束された翌日の4日に起訴状の更新版を公表。マドゥロ氏が麻薬密輸に関与したとの主張は維持する一方、「太陽のカルテル」への言及は大幅に減り、利益供与システムや汚職文化を意味するとの説明に変更された。 起訴状は、麻薬密売などで得た利益が軍や情報機関の関係者に流れたと指摘。「太陽」の名はベネズエラ軍高官の制服に太陽の紋章が付いていることに由来するという。 マドゥロ氏は第1次トランプ政権下の20年3月、国際的な麻薬密売などの罪で米国で起訴された。当時の起訴状は、「太陽のカルテル」はマドゥロ氏が率いる麻薬密売組織で、コロンビアの左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)に武器を提供しつつ、米国にコカインの大量密輸を図ったとしていた。 マドゥロ氏は今月5日、ニューヨークの連邦地裁に出廷し、罪状認否で「私は無実で無罪だ」と主張した。2026年1月10日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「麻薬密売組織実在せず?」から引用 100年前の大日本帝国陸軍は、中国東北部の権益防衛のために「関東軍」と称する軍隊を派遣し、この「関東軍」が日本政府の指示に従わず、「中国軍が柳条湖の鉄橋を爆破したから、報復する」などと言って中国東北部で勝手に戦争を始めたという「事件」があったが、実は「柳条湖事件」は現地の「関東軍」が「鉄橋爆破」を自作自演したのであったことが、戦後になって明らかになったのであった。これと同じことを、現代のアメリカがやっているのだから、呆れるほかはありません。ベネズエラからアメリカに麻薬が密輸されているのは事実のようであるが、その「麻薬密輸」にベネズエラの大統領が加担しているというのはトランプの「言い掛かり」に過ぎないものだから、こんなお粗末な「言い掛かり」では公判が維持できないと察知した司法省が、トランプが思いついた筋書きを大幅に書き換える羽目になった、というのが真相のようです。
2026年01月23日
新潟県が柏崎刈羽原発の稼働について、県議会の議決をもって「住民の同意が得られた」と国に報告し、その結果、1月中に再稼働することが決まったことについて、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、7日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 20日にも東京電力柏崎刈羽原発が再稼働される見通しとなった。新潟県の花角英世知事は県議会の賛成多数をもって民意は得られたとしているが本当なんですかね。 特に疑問なのは、昨年4月、再稼働の是非を問う県民投票条例案が県議会で否決されたことである。県内有権者の50分の1の署名が集まれば知事に請求できるところ、規定の4倍近い14万筆超の有効署名が集まったにもかかわらず、だ。 県議からは「高度な専門知識が必要とされる複雑なテーマ」で、県民投票の対象にふさわしくないなどの意見が出たという。失礼な話である。 新潟県は3・11以前から原発に敏感な地域である。1996年には日本初の条例に基づく住民投票が実施され、東北電力は巻原発の建設を断念した。2007年の中越沖地震の際には柏崎刈羽原発で火災と放射能漏れ事故が起きた。以後も東電の不祥事は続き、県民の不信感は根強い。 実際、昨年11月の新潟日報の緊急アンケートでも議会にゆだねるとした知事の判断を「支持しない」が78%、信を問うのにふさわしい方法は「県民投票」が73%、東電の再稼働に「不安を感じる」が83%に上った。 だからこそ県民投票は避けたかったのだろうけれど、再稼働を急げば急ぐほど信頼は遠のく。この先、事故も不祥事も起きないと誰が保証できるだろう。(文芸評論家)2026年1月7日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-再稼働と民意」から引用 この記事が紹介しているように、新潟県議会の議員の中には「原発問題は高度の専門知識が必要とされる複雑なテーマ」だから、住民投票の対象にはふさわしくない」などと発言した者もいたとのことであるが、それでは当該新潟県議会議員なら、その「高度の専門知識」を持っているのかと言えば、答えは「ノー」である。にも関わらず、一般県民と大差無い原発に関する知識で、どのように原発再稼働の「可否」を判断したのかと言えば、それは、当ブログの7日のページに引用した新聞記事が示すように「カネ」である。国と東京電力は、通常の原発設置の地元に対して、原発の半径10キロまでの地域の道路整備に資金提供をするのであるが、この度の柏崎刈羽原発については、再稼働の条件として、原発から半径30キロメートルの地域の道路整備の費用を負担するという「条件」を提示して、「カネ」の話に目がない新潟県議のみなさんは、一も二もなく「賛成多数」となったものである。新潟県と言えば、わが国では指折りの「米どころ」と言われた時代もあったが、近年では農業後継者は激減し、少し離れた場所へ行くと耕作放棄となった田畑が荒れ果てた姿をさらしているのだから、国や東京電力の資金で自動車道路が整備されれば、少しは雰囲気が変るかもしれないと「期待」したのかも知れないが、ことは「原子力発電所」なのだから、もっとまじめに「問題」を検討する必要があったのであり、いよいよ再稼働目前となった先日、最終的な「動作確認」を行なった所、「原子炉内の制御棒の位置を変更した場合に出るハズの『警報音』が出ない」というトラブルが発覚し、そのため「再稼働の日程」はまたしても「延期」となったという「オチ」がついてしまいました。このように「問題の多い原発」は、もう止めて、再生可能エネルギーのほうに専念するのが、将来のためだと思います。
2026年01月22日
日本政府の原発政策、再生可能エネルギー政策に関する稚拙な対応について、朝日新聞記者の福地慶太郎氏は、6日付け同氏夕刊コラムに、次のように書いている; 政府は昨年末、大規模太陽光発電施設(メガソーラー)への規制強化方針をまとめた。2027年度以降は補助金の新規認定をやめることを検討し、環境影響評価(環境アセス)を必須とする施設の対象も広げる方向だという。 取材で気になったのは、期待先行の国産技術への強いこだわりと、過剰にも思える中国への忌避感だ。 自民党の小林鷹之政調会長は昨年12月の党の会議で、東京電力福島第一原発事故後に急増した太陽光について「エネルギー自給率向上や低炭素化に貢献した」としつつ、「ただ、パネルは外国製だ」と指摘。高市早苗首相も同年9月の党総裁選への立候補表明会見で、「美しい国土を外国製の太陽光パネルで埋め尽くすことには猛反対」と述べた。 今「国産ソーラー」として期待を集めるのが、次世代のペロブスカイト太陽電池だ。 主な原料は日本にも豊富なヨウ素で、他国に頼らず確保できる。従来の太陽光パネルより薄くて軽く、建物の窓や車の屋根などにも設置可能とされる。国内で量産できれば、経済安全保障にも貢献しそうだ。政府はペロブスカイトの研究開発などへの支援も方針に盛り込んだ。 ただ、方針策定に関わったある省庁の幹部は、与党と調整を重ねるなかでこう感じたという。「ペロブスカイト信者が多い。パソコンやスマホにも中国製品はあるのに、太陽光パネルだけあんなに中国製を嫌がるのはなぜなのか」 ペロブスカイトにはコストや耐久性などの課題がある。普及にはまだ時間がかかりそうだ。現在の太陽光パネルの世界シェアは中国が8割。気候変動対策の強化が求められる中、各国も中国製パネルなしでは太陽光の拡大は難しい状況だ。 それでも高市首相は昨年10月の所信表明演説で、原子力とペロブスカイトを「国産エネルギー」と呼び、「最大限活用する」と強調した。 国産といいつつ、原発に使う核燃料の原料のウランは海外からの輸入に頼る。脱炭素に逆行し、経済産業省も「国富の流出」と表現する化石燃料の輸入は、今も毎年十兆円単位で続いている。 政府方針は、期待と忌避感の一方、再生可能エネルギーの推進策や気候変動対策の大局観・実現性は伝わりにくく感じる。結局、「好き嫌い」でエネルギーを選別していないか。そんな疑問もぬぐいきれない。(くらし科学医療部) *<ふくち・けいたろう> 沖縄県生まれ。2013年入社。東京電力福島第一原発事故で避難指示が出た地域や原子力規制委員会の審査などの取材が長かったが、昨年から気候変動対策も担当。土日は少年野球チームで息子とともに汗を流す。2026年1月6日 朝日新聞夕刊 4版 4ページ 「取材考記-『国産』エネの『信者』たち」 この記事によれば、小林鷹之や高市早苗は太陽光パネルが外国製ではダメだとか、美しい国土を外国製パネルで埋め尽くすことには猛反対だなどと言って、それで国民の熱狂的な支持を得ようという「あさましい魂胆」が透けて見える。別に、パネルが外国製であろうと日本製であろうと、単に黒光りするパネルが空き地に敷き詰められる光景には何の違いもありはしないのに、敢えて「外国製はダメ」と口走るのは、「とにかく太陽光発電よりは原発再稼働が先だ」と言うポーズをとることによって、より潤沢な電力会社からの企業献金をゲットしたいという「さもしい根性」が、彼らをしてそのような発言をさせているものと推察されます。このような愚かな発言をする政治家は、選挙で落として、もう少しマシな人物を国会に送るようにしないと、この国の衰退は止めようがない、という危機感が今、必要なのだと思います。
2026年01月21日
新年を迎え、一部野党の協力を得て新年度予算の早期成立を見込んでいる高市政権について、5日の東京新聞「社説」は次のように論評している; 高市早苗首相が5日、三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝します。日本の総氏神、天照大御神に「日本列島を強く豊かにしていく」と新春の祈りをささげるのでしょう。首相が昨年10月の就任以来掲げてきたスローガンでもあります。 就任直後の所信表明演説では、冒頭のこの言葉に続き「力強い経済」と「力強い外交・安全保障」の実現を訴えました。高市自民党のキャッチフレーズは「日本列島を、強く豊かに。」。首相の国家目標は「令和の富国強兵」と言い換えることもできます。 「強さ」へのこだわりに共感する人も多いようです。高市内閣の支持率は昨年12月の共同通信世論調査で67・5%でした。年代別では30代以下73・7%、40代72・4%、60代以上59・6%。若い世代ほど支持率が高く、この傾向は報道各社の調査に共通です。◆ 下落が続く国際的地位 50代以下の大半はバブル経済崩壊後に社会人になり、強い日本経済を経験したことがありません。かつて米国に次ぐ国内総生産(GDP)2位たった日本は中国、ドイツに抜かれ、国際通貨基金(IMF)によると、今年はインドに次ぐ5位になる見通しです。 防衛力は経済力にほぼ比例します。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、日本の防衛費は1993年には米国に次ぐ世界2位でしたが、2000年代初頭から順位を落とし、24年は10位。GDP比1%程度に抑えていた90年代の方が、国際比較では防衛費が多かったのです。 現役世代は長期の経済低迷「失われた30年」で自信も失ったように映ります。伸びない実質賃金、少子高齢化で増す税と社会保険料の負担に疲弊し、中国には経済、軍事の両面で圧倒されています。「強い国」を唱える首相が頼もしく見えるのかもしれません。 その高市首相が、新年に取り組むべき最優先課題は、26年度予算案の早期成立です。通常国会は今月23日に召集され、審議が始まります。野党の国民民主党も予算案に賛成する方向なので、年度内成立への視界は良好でしょう。 物価高対策と成長投資で実質賃金が持続的な上昇に転じ、景気回復により増税しなくても税収が増える。そんな「強い経済」に向けた好循環が視野に入れば、高市人気の基盤はさらに固まります。 賃上げや減税の効果を超えて物価がさらに高騰し、景気が冷え込むシナリオもあり得ます。 26年度予算案の一般会計は過去最大の122兆円に膨らみ、国債頼みの財政運営が続きます。首相の積極財政路線を受け、長期金利は上昇し、円安基調も止まりません。財政政策が市場の信認を得られず「日本売り」が進めば、輸入物価はさらに上がります。 春以降は「強い安全保障」の議論も本格化します。政府・与党は国家安全保障戦略など安保関連3文書を年内に改定する方針で、殺傷兵器の輸出拡大、非核三原則の見直し、防衛費のさらなる増額など論点が尽きません。 中でも国民の懐に直結するのが防衛費です。25年度の防衛関連予算は補正も含めてGDP比2%の約11兆円。単純計算では国民1人当たり年9万円余の負担です。関連予算を仮にGDP比3・5%に増やせば、国民の負担は年約16万円に膨れ上がります。 巨額の防衛予算を賄うための増税は難しいでしょう。手取りを増やす減税の効果が帳消しになるからです。国債に依存すれば財政悪化の懸念が高まり、日本売りの要因になります。無理を重ねる「強い安全保障」は、経済を弱める危険性をはらんでいるのです。 首相の「強い外交」が「勇ましい外交」になっていることも憂慮せざるを得ません。台湾有事を巡る国会答弁が代表例です。自らの不用意な発言で中国の日本に対する敵意を煽りながら、安保環境の悪化を口実に防衛費を増やす。そんな負担増に喜んで応じる国民がいるのでしょうか。◆ 身の丈に合う未来像を 明治の富国強兵は欧米列強が東アジアに進出する中、日本の独立を守りましたが、領土拡張主義に陥り、破滅的な敗戦に至った歴史も忘れてはなりません。戦後の日本は「強兵」を捨て、「富国」に専心することにしました。 少子高齢化が進み、労働力人口の減少が避けられなくても、日本には世界に誇れる美点がたくさんあります。強がって経済成長や軍事力強化を目指さなくても、身の丈に合った未来像を考える。そんな新春にしたいと思います。2026年1月5日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「社説-『令和の富国強兵』の行方」から引用 この社説は、冒頭で伊勢神宮を日本の総氏神であると言っているが、これは事実に相違する。日本には、それぞれの地域にそれぞれの氏神信仰が存在し、それぞれ独自に人々に信仰されて来たのであって、伊勢神宮が本部となって全国の神社を統括したのは、明治になって政府が人民統治に宗教を利用する意図で作り上げた「創作」に過ぎず、現代の日本国憲法では国家が特定の宗教を行政的に利用することを禁止しているのだから、その憲法上の「政教分離の原則」を蔑ろにするような表現は、メディアが用いる表現として「不適切」だと思います。 また、この社説は「物価高対策と成長投資で実質賃金が持続的な上昇に転じ、景気回復により増税しなくても税収が増える。そんな「強い経済」に向けた好循環が視野に入れば、高市人気の基盤はさらに固まります」などと、初夢の続きの「寝言」みたいなことを言ってますが、「物価高対策と成長投資」が「実質賃金の持続的な上昇」をもたらす可能性などありはしないことは、これまでの「失われた30年」が証明している。労働者の努力で企業収益が増大しても、増益となった部分は経営者と株主に還元されるだけで、労働者にはほとんど還元されずに来たのがこれまでの30年間でした。それは、経営者に言いくるめられて、スト権を確立した賃上げ交渉をしなかった労働組合にも責任の一端があるとは言うものの、メディアが新年の社説で、高市政権でうまく行けば労働者の所得も増える、などという「幻想」を振りまくメディアの責任も重いと言わざるを得ません。 そして、日本の司法と違って正義感の強い韓国の司法当局は、昨年暮れに統一協会の最高幹部を逮捕し、同協会の違法な活動を裏付ける膨大な「証拠書類」を押収し、その一部がメディアに公開されると、その中にかなり多くの日本の政治家の名前が挙がっており、「高市早苗」の名も30数回出てくることが明らかになった。にも関わらず、その件を日本で報道するのは「週刊文春」と「しんぶん赤旗」「日刊ゲンダイ」だけという。他の大手新聞やテレビは、一切口をつぐんでいる。こういう偏ったメディアの在り方が、腐敗した与党・自民党の存在を許してきたのだ、という現実を、よく見据えて、私たちは、今後の対応の仕方を考えるべきだと思います。
2026年01月20日
学生時代に外務省主催の国際交流事業に参加して中国や韓国の学生と寝食を共にして互いの文化や歴史を学ぶという貴重な経験をしたカリフォルニア州立大学助教授の大矢英代(おおやはなよ)氏は、5日の東京新聞コラムに、年頭の所感を次のように書いている; 大学生の頃、外務省主催の国際交流事業に3年連続で参加した。日本、中国、韓国から100人ずつ、計300人の大学生が一堂に会し、毎年、開催国を入れ替えながら、1週間かけて互いの文化や歴史を学んだ。 中国では北京から山東省に向かう夜行列車の中で、韓国ではソウルの居酒屋で、同年代の学生たちと人生の悩みや将来の夢、国際問題まで徹底的に語り合った。歴史認識や領土問題に及べば、議論は白熱した。相手の話に真摯(しんし)に耳を傾け、自らの誤認があれば正し、互いに歩み寄る姿勢の大切さを学んだ。寝食を共にした繋(つな)がりは一生の宝物となった。その後、国家関係が悪化するたびに彼らの顔が浮かんだ。「みんなきっとこの状況に心を痛めているはずだ」と。相手もまた、私のことをそう思ってくれているという確信があった。 日中関係が冷え込む今、改めて思う。私たちは「日本」で暮らしているが、「日本国」ではない。「日本人」であっても、「日本政府」ではない。高市政権の政策や姿勢と、私たちのアイデンティティーは切り離して考えなければならない。油断してしまえば、あっという間に国家と一体化させられ、憎しみの矛先を他国に向けられてしまう。どんなに国家間の関係が揺らごうとも、人と人との繋がりを深めていく。今年はそんな年にしたい。(カリフォルニア州立大助教授)2026年1月5日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-血の通う交流を、今年も」から引用 学生時代に外務省主催の国際交流事業に参加できるというのは、限られた幸運な学生だけであるが、そのような幸運とは縁がない人間でも、仕事で韓国や中国へ行き、一緒に仕事をしながら昼の休憩時間や仕事帰りにビアホールに一緒に行くというような機会はありますから、そういう時は上の記事の筆者の経験に近い体験をすることは、私の場合はありました。上の記事で述べるように、私たちは「日本人」であっても「日本政府」ではないという「認識」は重要です。「日本政府」当時者ともなれば、一時的な国際情勢とか経済状況とか、駆け引きも必要な場合があるかも知れませんが、そのように変動する一つ一つの事象に目がくらんで、こっちの国にもそっちの国にも、いるのは同じ人間なのだという「基本的立ち位置」を、私たちは忘れてはならないのだと思います。ましてや、官僚が「模範解答」の答弁原稿を用意していたのに、無視して勝手にアドリブ答弁をしたところ、それが歴代日本政府が最新の注意を払って言及を避けていたセンシティブな「事項」について、地雷を踏んだような「騒ぎ」になってしまったわけで、これなどは彼女の個人的な見解がうっかり口に出てしまっただけのことで、政府見解ではないのですから、国民がサポートしなければならない話ではないのです。
2026年01月19日
日本政府高官が記者会見の場で、オフレコと断った上で「核を持つべきだと思ってる」と発言したことを、共産党委員長の田村智子氏は、機関紙「しんぶん赤旗」日曜版12月28日・1月4日合併号で、次のように批判している; 唯一の戦争被爆国である日本の政府高官から、被爆者が命がけで訴えてきた核兵器廃絶の願いを踏みにじる発言が飛び出しました。高市早苗政権の安全保障政策担当の政府高官が「私は核(兵器)を持つべきだと思っている」と記者団に発言(18日)していたことが明らかになりました。被爆者は断固抗議の声をあげ、各党から高官の罷免を求める声や批判が相次いでいます。 今回の発言は、日本政府自ら掲げてきた「核兵器のない世界」の目標や、国是として掲げてきた核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という「非核三原則」を投げ捨てるもの。核を保有するなら核不拡散条約(NPT)からの脱退も必要で、政権の姿勢が根本から問われる問題です。 政府高官は"一個人の思い"などとしていますが、それで済む話ではありません。 日本共産党の田村智子委員長は19日の記者会見で、唯一の戦争被爆国である政府高官の発言として「断じて許されない」と厳しく批判し、罷免を求めました。 高市首相は2024年に出版した編著『国力研究』(産経新聞出版)で、国是である「『非核三原則を堅持する』の文言が邪魔になることを懸念」、安保3文書から「削除して欲しい旨を要請しましたが」「要望は叶いませんでした」と自ら明らかにしています。そのもとでの政府高官の発言です。会見で田村氏は「(高官を)罷免するとともに、首相が非核三原則を国是として堅持することを表明すべきだ」と主張しました。 田村氏は、被爆80年の25年、日本の核兵器禁止条約参加を、被爆者や世界の多くの国々、核兵器廃絶を求め運動してきた人たちは強く願っていると強調。そうした中で、「官邸の中から核兵器禁止条約を真っ向から踏みにじる発言が飛び出したことになる」「ただちに核兵器廃絶に向けた日本の姿勢を世界に表明しなければ、日本のあり方が変わったのかと世界から見られかねない」と重ねて厳しく批判しました。 ◆ ◆ ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は「被爆者の存在を無視し、核戦争を容認するものであり、絶対に許すことはできない」と抗議の談話を発表(19日)。「一日も早く核兵器禁止条約に参加し、核兵器廃絶に向けて世界の先頭に立つべきである」と求めました。 各党も「早急にお辞めいただくのが妥当だ」(立憲民主党の野田佳彦代表)、「罷免に値する重大な発言だ」(公明党の斉藤鉄夫代表)などと表明。自民党内からも「政府の立場で個人的な意見を軽々に言うのは控えるべきだ」(中谷元・前防衛相)と批判が出ています。2025年12月28日・2026年1月4日合併号 「しんぶん赤旗」 日曜版 2ページ 「政府高官『核保有』発言 罷免が当然 非核三原則堅持を」から引用 日本政府が長年、国是としてきた「非核三原則」を、敢えて自分が発言することによって「国是変更」のきっかけを作って、首相の覚えをめでたくすれば出世できる、そのようなケチな考えで、80年前の被爆という惨状を二度と引き起こさないようにと歴代政府が順守してきた国是をなくすことを画策するような官僚は更迭するのが当たり前です。しかし、これは、そうすることを義務づける法律があるわけでもないので、首相が「更迭する」と言わない限り、国是を否定した高官の地位はまったく変ることはない。このような不合理なことがまかり通って良いわけがありません。高市政権と自民党をますます少数与党に追い込んで、身勝手な真似ができない環境を作っていくしかありません。
2026年01月18日
食料自給率が4割に満たないわが国の食料安保について、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏は、3日付け同氏コラムに次のように書いている; 高市早苗首相は昨年12月23日、東京都内で講演した。防衛力について、長引くロシアのウクライナ侵攻を踏まえてこう述べた。「安全保障環境は相当変わってますんで、日本の主体的判断によって強化していく必要があると思ってます」「継戦能力を高めていかなきゃいけない」 戦争をしないのが一番の安全保障であり、戦争をしないですむ外交をするのが政治家の役目だと、私は思う。 それでも他国からの攻撃などで日本が戦争に関わる可能性はある。その「新しい戦争」に政府が備えるのは当然だ。そして前回のこの欄で書いた通り、ウクライナとロシアの戦争に限らず、始まった戦争を終わらせるのは難しい。戦争を続ける能力の向上を目指すというのも、為政者としては自然な発想ではある。 では「継戦能力」向上のために何ができるのか。同盟国アメリカとの軍事的関係のさらなる強化など、さまざまな選択肢がある。しかし、昔も今も将来も「腹が減っては戦ができぬ」。十分な武器弾薬や人員を確保できても食べ物がなければ戦えない。食料自給率を向上させることも、安全保障上極めて重要なのだ。◆野菜自給率「4%」 農林水産省によれば、日本の食料自給率はカロリーベースで38%(2024年度)。6割以上を輸入に頼っている。鈴木宣弘・東京大特任教授(農業経済学)は「実際はずっと低い」と指摘する。 鈴木氏は三重県志摩市の「半農半漁」の家で生まれ育った。東大農学部を卒業後、農水省で約15年、貿易問題や国際交渉などを担当し、退職してアカデミズムの道に進んだ。近著に「もうコメは食えなくなるのか」(講談社+α新書)などがある、日本の農政、食料安全保障問題研究の第一人者だ。 鈴木氏によれば、自給率75%とされる野菜も「実質自給率は4%」。種の9割が海外の畑で取られたもので、畑で使う化学肥料の原料もほぼすべて輸入に頼っているからだ。国産率98%の鶏卵はどうか。「ヒナは100%近くが輸入」で「主な餌のトウモロコシも自給率はほぼゼロ」。確かにお寒い「自給率」だ。 一方、日本人の主食であるコメは自給率ほぼ100%が長く続いてきた。稲穂がみずみずしく育つ国を意味する「瑞穂(みずほ)の国」が日本の美称であることから分かる通り、コメは日本文化の象徴と言える。 そのコメを巡って混乱が続いている。24年に入ったころから店頭価格が上昇し、夏には極度の品薄となった。25年、政府が備蓄米を放出するなどして供給量は回復したが、高値のまま推移している。こうした「コメ騒動」の原因は、政府が需要量を見誤ったことによる生産量の不足だった。だが、需要量を正しく推測すれば品不足や高騰がなくなるかと言えば、そうとは限らない。◆構造が生んだ騒動 鈴木氏は今回の騒動の背景に「生産調整」と「農家の疲弊」を挙げる。生産調整は、国策である「減反政策」のことを指す。コメの価格を維持するため、国が生産量を決めて、生産者にそれを守るよう求めるものだ。需要と生産をぎりぎりまで合わせようとする政策的誘導をしてきた結果、「いざ」という時に増産にかじを切る生産余力が乏しくなっている。 また、コメの価格が右肩下がりで安くなっていく中、農家が疲弊して「コメ離れ」が進んでいる。鈴木氏は「安心して増産できる稲作ビジョンを提示することが急務。このままでは高齢化し、担い手不足で苦しんでいるコメ農家は5年以内に激減する」と警鐘を鳴らす。一時的にコメ不足が解消したとしても、その原因となる構造を改めない限り、この先も「コメ騒動」は起きうる。 「それぞれの国が得意な物を生産して貿易するのが合理的。日本は食料を輸入すればいい。これまでそうしてきたのだから」という向きもありそうだが、楽観はできない。 そもそも、食料に限らず、国民生活や産業に不可欠な物を海外に頼ることは危険をはらむ。相手国との関係が悪化すれば輸出を止められてしまうからだ。太平洋戦争開戦前、アメリカが大日本帝国への石油輸出を禁止したように。 大日本帝国の時代、人口は増え、コメの需要も増えていった。国産だけでは足りず、台湾と朝鮮の「植民地米」の移入やタイなどの「外米」の輸入に頼っていた。しかし、戦時中、戦局悪化で輸送が難しくなったことなどから、食糧難に拍車がかかった。 必要なのは戦争への備えだけではない。世界的な異常気象による凶作や感染症の大流行による物流の停滞は、いつ起こってもおかしくない。どの国も「自国ファースト」になり、食料などの必需品の日本への輸出は後回しになるだろう。新型コロナウイルスがまん延した際、輸入に頼っていたマスクが不足したように。 こうした「有事」になってからでは遅い。平時から手を打っておかなければならない。当面、青天井の感もある防衛費の一部でも食料安保の向上に投入する。それがあるべき国策だと思う。<くりはら・としお> 専門記者(日本近現代史・戦後補償史)。1996年入社、2003年から学芸部。著書に「戦後補償裁判」他。2026年1月3日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「現代をみる-『有事』に備える食料安保を」から引用 この記事ではウクライナの例を挙げて、どんなに注意をしていてもウクライナのようにいきなり他国から軍事侵攻を受ける危険性はあるのだから、有事への備えは必要だと言ってるが、それは少し違うと私は思います。ウクライナが当初から平和外交に神経を使い努力をしていたのに、ある日突然ロシアが攻めてきたというのなら、この記事が言うように、どんな国もいきなり侵略される危険性をもつと言えるかも知れませんが、ウクライナの場合は西側の経済援助ほしさに、国内に米軍基地を置くことを認めるという政策を実施すると表明したから、モスクワの目と鼻の先にそのような敵性軍事基地を置かれては、ロシアとして存立基盤を揺るがす事態であると認識したプーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切ったもので、理由もないのにある日突然、軍隊を差し向けたというものではありません。また、100年前の時代と違って、軍事技術が発達した現代では、日本がどこかの国と戦闘状態になったとき、十分な武器があれば戦闘を継続できるなどという時代ではありません。国内に50基もある原発の4~5基にミサイルが命中すれば、狭い国土は一気に放射能汚染に見舞われて、人が住める環境ではなくなるのですから、それで戦闘は終わりになるのですから、これからの日本は、無駄な戦闘は極力避けて、ひたすら平和外交に徹する、それがこの国の宿命であると認識することが肝心だと思います。
2026年01月17日
公明党が連立を離脱したというので、慌てて維新の会と連立協議をした自民党は、その合意書に「国旗損壊罪を制定する」と書き込んだのであったが、同じ自民党でも、外務大臣経験者の岩屋毅氏は「立法事実もないのに、無駄な法律を作るのには反対である」として、元日の毎日新聞朝刊のインタビューに応えて、次のように述べている; 自民党と日本維新の会の連立合意書に、日の丸を損壊した場合などに刑事罰を科す日本国旗損壊罪(日本国国章損壊罪)の制定が盛り込まれた。参政党も同様の刑法改正案を国会に提出しており、3党がまとまれば成立する可能性がある。だが、法改正の必要性については自民内でも疑問の声がある。過去に同様の動きがあった際、改正案に反対した岩屋毅前外相に聞いた。【聞き手・内田帆ノ佳】――日本国旗損壊罪についてどう考えますか。◆現在、あちこちで日の丸が壊されたり、焼かれたり、破られたりして社会問題化しているわけではありません。つまり、立法の根拠となる「立法事実」がなく、その必要性が高まっているとは思えません。私としては、立法の必要はないと考えています。――連立合意書では、外国の国旗を損壊した場合などに刑事罰が科される「外国国章損壊罪」のみが存在する矛盾を是正すると書かれています。◆外国国章損壊罪は刑法92条に定められていますが、これは外交関係に配慮して設けられている規定なので趣旨が異なります。実際に、1958年に長崎で中国の国旗が引きずり下ろされる事件が起き、外交問題に発展したことがありましたが、以降はそういった事案はないと思います。 日の丸が損壊された例は38年前(87年)に沖縄で一度ありましたが、これもそれ以降はしっかり確認されているものはないでしょう。国旗(日の丸)を尊重する意識が幅広く人々に共有されているからだと思います。本来、法律によらずして、そういう状態が保たれているのが望ましい。 国民の行為を規制し、なおかつ罰則を科すに当たっては、その法律を作らねばならない社会現象があってこそ、その必要性が議論されてしかるべきです。その意味では唐突感を覚えざるを得ません。一部の人たちの心情に訴えることを目的とするような立法がなされるべきではないと思います。――参政党は、日の丸にバツ印をつけて街頭演説に抗議する人たちの存在を主張しています。◆それは国家を侮辱しているのではなく、参政党の主張に対する抗議なのでしょう。法律は全国民を対象に制定されます。日の丸にバツ印をつけるというのは不適切な抗議の仕方ですが、そういう運動をする人が一部にいることだけを理由に立法が必要かどうか、慎重に考えなければいけません。――表現の自由の観点からも議論になりますか。◆国旗を損壊することが、表現の自由として認められてしかるべきだという考え方には立ちません。ですが、現に社会問題化しているわけでもなく、立法事実がないのに、あえて立法を行うことは、何かしら国民の精神に圧迫を加えることになる恐れがあります。注意が必要だと思います。愛国心というのは本来、涵養(かんよう)されるべきものであって、強制されるべきものではないと考えます。こういった立法が一種の強制に近いようなものだと受け止められることは、好ましいことではないと思います。――岩屋さんは2011年ごろに高市早苗氏(現首相)が自民内で法制化を提案した際も反対されました。◆当時も、私は反対の意見を申し上げました。国旗を尊重する意識は国民の間に広く定着しています。わざわざ立法を行う必要はないのではないか。自民党の姿勢としては好ましくないのではないか、ということを言ったと思います。提案に反対したのです。 僕らが子どもの頃は、地域によっては学校現場でも、教職員団体が日の丸の掲揚に反対する時代がありました。学校の先生が国歌を斉唱しないこともありました。 しかし、99年に国旗・国歌法が制定されて以降、学校現場も含めて、あらゆるところで国旗・国歌はこれまで以上に定着してきていると思います。そこに突如、この種の立法を持ち込むのは国民の側からすると違和感があるのではないでしょうか。本来、刑法は何かしらのアピールや主張のために立法されるべきものではありません。実際に起きている問題を解決するため、やむを得ず禁止規定を設けて罰則を設けているわけです。 そういった規制はできるだけ抑制的で、最小限でなければなりません。国民のさまざまな自由をできるだけ束縛しない、強制しないという「構え方」が、人権を尊ぶ民主主義国家としては大切なことだと思います。2026年1月1日 毎日新聞朝刊 13版 「愛国心、強制すべきでない 『国旗損壊罪』案 岩屋氏に聞く」から引用 日本の法律では、外国の国旗を損壊した場合はこれを処罰する法律があるので、外国の国旗の場合は処罰されるのに、自国国旗にそういう規定がないのはおかしい、などと参政党あたりは言いそうであるが、外国の国旗を焼いたり破ったりしたら当該国からクレームが来たり、貿易を停止されたりという「国家的な損害」が発生しうるのですから、政府としてこれを厳正に禁止するというのは当然と思われます。しかし、自国国旗の場合は、日の丸を損壊したからと言って、それが原因で何か社会的な問題が引き起こされるわけではなく、精々「旗」の所有者が「損害賠償」を要求してくる位のことですから、その程度の問題は現在の法律で十分対応が可能であるというわけです。岩屋議員のような話の分かる議員が所属する自民党で、選りに選って高市氏のような「極右」の議員が代表の座を占めている現在の自民党は、ちょっとおかしいのではないかと思います。
2026年01月16日
戦後の日本は新しい憲法の下で民主主義の社会になったとは言え、自ら闘いとった民主主義ではなく、上から(つまり米軍から)与えられた民主主義だったので、その意味をよく理解できておらず、戦後になってもあちこちに昔の国家主義が残されていて、公務員採用試験に関わる国籍条項などもその一例であり、これを撤廃するのに50年近くかかったのであったが、その国籍条項を今さら復活させようとしている三重県の事例に関連して、元文科官僚の前川喜平氏は、12月28日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 三重県が職員採用での国籍条項の復活と外国人採用の廃止を検討しているという。同県が国籍条項を原則撤廃したのは1999年だから、四半世紀以上も時代を後戻りさせる愚挙だ。 外国人の公務員への任用を制限する根拠は、53年に内閣法制局が示した「公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」という見解だ。そんな「当然の法理」が日本の公務員制度を縛り続けている。そのため公立学校ではいまだに教諭以上の職には外国人を任用できない。 日本人の出生数は今後幾何級数的に減少する。2024年の出生数は68万6173人、合計特殊出生率は1・15だった。このままいけば100年後には十数万人にまで減るだろう。外国人が来てくれなければ、日本の経済にも社会にも持続可能性はない。 政府は28年度末までの外国人労働者の受け入れ上限を123万1900人とする方針を示したが、いつまでも外国人が来てくれると思う方が間違いだ。円安が進み排外主義が横行する日本は選ばれなくなるだろう。 日本が生き残るには、多文化共生社会を形成して、外国人が生きやすい国にするしかない。「当然の法理」の撤回と国籍条項の撤廃は避けて通れない課題なのだ。(現代教育行政研究会代表)2025年12月28日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-三重県の国籍条項復活」から引用 1953年に内閣法制局が示した「公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」という規定は、今から考えると日本語としてもおかしい。学校教員は、公立学校に勤務する限りでは公務員に相違ないが、彼の仕事が「公権力の行使または国家意思の形成への参画」であるわけがありません。しかし、1950年頃の日本は、まだ戦前の雰囲気を残していて、多分、教員は生徒やその父母の前で威張り腐っていて、「儀式の時は大きな声で君が代を歌うんだ」と命令して、それが教員として「国家意思の形成への参画に携わる公務員」として役責を果たしているとの「自覚」となっていたのであろうと想像されます。しかし、その後49年を経て、どうもこれはおかしいと、三重県当局も気が付いて、1999年に国籍条項を撤廃したのは「正解」だったのです。それを、今またどんな「事情」が発生したのか知りませんが、元に戻そうなどという「愚行」は、やめたほうがいいと思います。
2026年01月15日
新潟県知事が東京電力・柏崎刈羽原発の稼働について、県議会の承認を根拠に「住民の同意を得た」と国に報告したことについて、元「エネルギー基本計画委員会」委員で国際大学学長の橘川武郎氏は、12月24日付け東京新聞のインタビュー記事で、次のように批判している; 柏崎刈羽原発の再稼働に必要な地元同意の手続きが終わった。長年、国のエネルギー政策の方向性を示す「エネルギー基本計画」(エネ基)の委員として政策提言をしてきた橘川武郎・国際大学長(エネルギー産業論)は、新潟県の花角英世知事が再稼働を容認し、県議会が花角知事の判断を信任したのは、国と東京電力による「札束」の力だったと指摘。再稼働の是非を問う真の正念場は、次の県知事選にあると強調する。(砂本紅年) 「(多額の資金提供という)札束で頬をひっぱたくのが原発方式。結局、国と東電が札束方式のカードを切ったことが、県議会自民党の姿勢を変えた」 橘川氏は、柏崎刈羽原発の再稼働の地元同意が難航した最大の理由に、新潟県は東北電力の供給エリアであって、東京電力のエリアではないという「ねじれ現象」を挙げる。柏崎刈羽原発でつくった電力はすべて東京電力の供給エリアに送られ、地元メリットはほぼない。県議会が、自民党が多数を占めながらも、長く再稼働に賛成しなかった原因になったという。 ねじれ現象は原発事故時の避難計画にも影響する。計画は自治体が作成、原発を所有する会社が支援する枠組みだ。ただ新潟県の電力の需給状況など実態を熟知しているのは東北電力。県民には、いざという時の東京電力の支援能力に対する根強い不信感がある。昨年、新潟県の一部にも被害をもたらした能登半島地震が発生したことが、沈静化していた避難計画への疑念を再び思い起こさせた。 国は今年8月、原発とその周辺で重大事故が起きた際、避難道路の整備に充てる財政支援の対象地域を半径10キロ圈から30キロ圈に拡大した。10月には、資源エネルギー庁の村瀬佳史長官が県議会で、原発周辺の避難道路の整備に必要な費用は全額国費で負担すると約束した。 「他の原発ではあり得ない非常に大きい、スペシャルな支援」と橘川氏。東電が10月に明らかにした県へ10年間で1千億円の資金拠出についても「とんでもない額」と、地元の不満や不安を押し返す「札束」の威力について言及した。 橘川氏は、国での議論の在り方についても問題があるとする。エネ基を議論する経済産業省の会合は、委員構成が原発推進派に偏っていると指摘。多くの意見が「人工知能(AI)とデジタルトランスフォーメーション(DX)でデータセンターが増える。そうすると電力需要が増える。だから原発が必要だ」という単純な三段論法しかなく、原子力を巡る議論が深まらないという。 2018年の第5次エネ基から、日本は再生可能エネルギーの主力電源化を打ち出している。「電源不足に対しても、まずは再エネについて議論するべきだが、会合ではいきなり原発に飛ぶ。電源というと原発しか浮かばない『原発脳』が支配しており、非常に時代遅れだ」 柏崎刈羽原発の再稼働は来年1月20日を軸に調整が進む。ただ花角知事が容認判断を下す前の9月に実施された県民意識調査では、現状で「再稼働の条件は整っているか」との質問に約6割が否定的だった。「新潟県民は反原発というより『反東京』。東電というよそ者が何か危ないものを作って、一部の地域には経済的な利益があるけれども県全体ではメリットがない、それでいいのか、という意識が根強い」と橘川氏。 花角知事は来年6月9日に任期満了を迎える。3選を目指し、再稼働反対派の立てる候補者との一騎打ちとなる可能性もある。「次の県知事選こそが、再稼働の民意を問う『真の正念場』。結果によっては原発が停止することもありうる」と強調した。<きっかわ・たけお> 1951年、和歌山県生まれ。東京大経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。東京大教授、一橋大大学院教授、東京理科大大学院教授などを経て、2023年から現職。 ◇ インタビューの詳細は、東京新聞デジタルで読むことができます。2025年12月24日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「札束で新潟県 動かした」から引用 2011年に東京電力・福島原発が事故を起こしたとき、事故の悲惨さを知ってドイツは国内の全ての原発を廃炉にすることを決定し、既に実行に移しているというのに、事故の当事国である日本では、電力資本のカネのチカラには逆らえない政治家ばかりだから、国として「エネルギー基本計画委員会」を開いても、そこに出席した「委員」も、やはり電力資本には逆らえない委員ばかりなので、普通なら「電力不足」と聞けば「再生可能エネルギーは、どうか」という所から議論を始めるのに、日本の場合はいきなり「原発は・・・」という話に飛んでしまう。こういう政府や専門委員会の在り方が、もはや後進国、未開発国のレベルになってしまっているのだから、こういう実態を国民がよく自覚して、こんなことではダメだという「危機感」を以て、もっと常識的な判断が出来る政府にしていこうという「意志」をもって行動しないと、日本は益々ダメになっていくだけだという危機感を、私たちは自覚するべきです。
2026年01月14日
高市首相の「台湾有事」発言の前後からその後の中国の対日姿勢について、毎日新聞特別編集委員の坂東賢治氏は、12月27日の同紙朝刊コラムに、次のように書いている; 「是可忍孰不可忍(是(これ)をも忍ぶべくんば孰(いず)れをか忍ぶべからざらん)」は中国が使う最後通告の成語。論語由来で「これが我慢できるなら他に我慢できないことがあるだろうか」つまり「絶対に容認できない」という意味になる。 1962年の中印紛争の直前の中国共産党機関紙「人民日報」がこの成語をタイトルにした社説を掲げた。79年の中越戦争開戦当日の「人民日報」にも登場した。そんな物騒な言葉を日本に向かって使ったのが中国外交を統括する王毅外相(政治局員)だ。 訪中したワーデフール独外相との8日の会談後、中国外務省の報道発表で明らかになった。台湾有事をめぐる高市早苗首相の答弁に対する会談での批判をまとめたものだ。王氏は「台湾を50年間植民地化し、中国人民に数多くの罪を犯した国の現職指導者が台湾を利用して騒動を起こし中国に武力による脅威を与えようとしている」と述べた上で冒頭の成語を持ち出した。 2012年に日本が尖閣諸島を国有化した際にも使われたことがある。かつて「人民日報」社説に使われた時代とは重みが変わってきている。それでも到底許容できないという警告であることは確かだろう。 故事成語を重んじる中国共産党はマルクス・レーニン主義を中国化させた存在だ。共産党統治自体、中国歴代王朝の延長線上にあるように思える。かつての毛沢東もそうだったが、権力を集中させた習近平国家主席の姿は皇帝と重なる。王氏の強い言葉も日本への警告だけでなく、最高権力者にそんたくする官僚の保身に映る。 ◇ ◇ 10月末の韓国・慶州での日中首脳会談はぎりぎりまで日程が確定しなかった。中国が右派と警戒する高市氏との会談に応じるプラス、マイナスを吟味していたのだろう。実現した背景には王氏や呉江浩駐日大使の進言があった可能性が高い。 その直後の高市答弁である。習氏以上に王氏らのメンツがつぶされた形になった。それが国連憲章の旧敵国条項にまで触れ、国連に書簡を送り、他国との会談にまで問題を持ち出す「過剰反応」につながった理由の一つだろう。 「武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になりうる」という高市氏の答弁は官僚が用意した応答要領からは外れた、いわばアドリブで前後の発言は揺れている。 中国側はそれを「中国に対する武力行使の暗示」(外務省報道官)と捉え、双方の認識に大きな開きが生じている。「従来の政府見解の変更ではない」という日本の釈明も「元々そういうつもりだったのか」と受け取っている。 3日に高市氏が「台湾に関する政府の基本的立場は72年の日中共同声明の通りであり、この立場に一切の変更はない」と答弁した際、一部の中国メディアが「ついに折れた」の見出しをつけ、中国の交流サイト(SNS)で人気ワードになった。 一昔前なら歩み寄りのチャンスだっただろう。だが、中国外務省報道官は答弁の撤回を求める姿勢を崩さなかった。6日には、中国軍戦闘機による自衛隊機へのレーダー照射も起きた。対立の長期化も辞さない中国の姿勢からは対日戦略の変化もうかがえる。 ◇ ◇ 中国の強硬姿勢の背景にトランプ米大統領と習氏の首脳会談を受けた米中関係の緩和があることは疑いない。「世界のあらゆる地域や問題に等しく注意を払う余裕はない」と西半球の権益確保を最優先課題に挙げた米国の国家安全保障戦略(NSS)にますます意を強くしただろう。 経度ゼロのグリニッジ子午線から太平洋の真ん中を通る西経180度線までの西半球にはほぼ南北アメリカ大陸しか存在しない。トランプ版のモンロー主義は建国以来の米国外交の「本流」だった孤立主義への回帰に映る。 「インド太平洋は主要な経済的、地政学的戦場の一つであり続ける」とアジアへの関与をうたってはいる。半導体の主要生産地で海上交通の要路に位置する台湾の重要性にも触れ、中国を念頭に台湾への侵攻を阻止できる軍事力構築の必要性も明記した。 だが「米国が単独で担うことはできず、担うべきでもない」と同盟国にその負担を求めたのがトランプ流だ。ならば台湾との統一を目指す中国にとって日本の軍事的台頭の抑止が優先課題になる。 日本の対中戦略を再構築する機会でもあるが、中国もまた対日戦略の再構築に動いている。米国が何もしない間に中国は「サプライチェーン(供給網)の支配力を強化し」「対米輸出の依存率を低下させた」。NSSが率直に認める、したたかな相手だ。 中国の経済的、軍事的威圧への反発もあり、高市氏の答弁に問題はないと考える国民が多数を占め、高支持率が続く。その期待に応えつつ緊張緩和を進めるには細心のかじ取りが必要だ。勇ましい言葉だけでは暗礁に乗り上げる。(特別編集委員)2025年12月27日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「外事大事-対日戦略調整に動く中国」から引用 高市首相の「台湾有事」発言は、アメリカの世界戦略が変更されてアメリカの活動範囲を地球の西半球に限定されており、その範囲を超えた例えば台湾などは、アメリカが直接活動する範囲から外れていることを、高市首相は知らずに「台湾有事は日本の有事」と軽はずみに発言したという「事件」だったわけで、だからこそ事後にトランプ大統領から直接電話で、「コトを荒立てるのは止めろ」と注意されたのであった。それにしても、一国の安全保障を担う総理大臣ともなれば、莫大な数のミサイルを保有する中国を相手に、アメリカから少々の武器を購入したからといって、狭い列島に50基以上の原発を設置した日本が、「有事」だからといって中国に対抗できるわけはない、という程度の「常識」は持っていてほしいものです。そのような「認識」もなく、ただ「さなえ推し」に応えて高支持率を維持するだけの政治家に、我々の安全保障を託すには無理があるというものでしょう。
2026年01月13日
戦時中に落盤事故を起こした山口県宇部市の海底炭鉱には、事故に遭った朝鮮人労働者を含む多数の犠牲者の遺骨が今も海底に埋もれたままになっているため、地元の市民団体がプロのダイバーの協力を得て、昨年夏に一部遺骨を回収したのであったが、その遺骨の鑑定作業について、国は一向に作業を進める様子がないことについて、12月24日の東京新聞は、次のように報道している; 戦時中に水没事故を起こした「旧長生炭鉱」(山口県宇部市)で8月に犠牲者とみられる人骨を収容した市民団体は23日、国会内で関係省庁の担当者と面会した。人骨のDNA型鑑定について、政府側は「現時点で鑑定は行っておらず、韓国政府と意思疎通を図っている」と従来の説明を繰り返した。人骨は発見以来約4ヵ月にわたりたなざらしの状況が続いている。(森本智之) 市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は10月の政府交渉で、今回の交渉までに政府が鑑定を実施しない場合、今後発見した人骨を警察に引き渡さず独自に鑑定する方針を示していた。だが、韓国側か鑑定実施に向けて日本政府に精力的に働きかけている点を踏まえ、独自鑑定の判断を来年2月まで先送りにする方針を示した。 刻む会の上田慶司事務局長は「もう少し我慢して日韓交渉を見届けたい。独自鑑定の準備は進めるが、それまでに日韓共同で鑑定を決断してほしい」と述べ、来年1月中旬の開催で調整中の、李在明大統領と高市早苗首相との首脳会談での進展に期待した。 刻む会を支援している野党系の国会議員も「ここまでくれば直接大臣に会い、政治判断を求めなければならない」(共産党の小池晃参院議員)として、外務大臣ら宛てに早期の鑑定実施などを要請する方針を示した。 事故は1942年に発生。朝鮮半島出身者136人を含む183人が亡くなった。収容した人骨は頭蓋骨など4点で、刻む会は遺族は高齢化していることから早急な身元の特定を求めているが、日本政府は「韓国政府と協議中」として進展がない。 対照的に韓国政府は当初から刻む会に対してDNA型鑑定に協力する意向を示し、11月には韓国行政安全省の職員が旧炭鉱を現地訪問。さらに日韓双方の国会議員連盟は同月の共同声明で、遺骨の身元確認が進むように両国会が積極的に対応することを盛り込んだ。これを受け、禹元植(ウウォンシク)国会議長は今月8日、国会内で水嶋光一駐韓国大使と会談し、鑑定などへの日本政府の支援を要請していた。 この日の面会で、警察庁の阿部大輔検視指導室長は「日本政府としては、日本では鑑定ができるが、いかがでしょうと韓国側に提案している」と状況を説明した。 面談後の取材では「外務省とともに韓国側とは直接やりとりしており、鑑定をやることに向けて進んでいるとは思っている。お互いどういう形で鑑定を行うかを調整しているが、(結論が出るのが)何力月も先ということにしたくはない」と話した。 ただ「相手があることであり、詳しくは言えない」として具体的な交渉のハードルについては明らかにしなかった。 刻む会は来年2月に海外のダイバーの協力を得て、遺骨の集中捜索を実施する。日本政府が同月までに実施を決断しなければ、ここで見つかった人骨の一部を刻む会が鑑定する方針だ。井上洋子共同代表は「日本政府が遺骨の遺族への早期返還に向けて韓国政府と協議を重ねているのはうそではないと思う。ただ何度も議論しているのになぜ前に進まないのか」と訴えた。 事務局長の上田氏は「政府が鑑定するか、刻む会が行うか分からないが、2026年は必ず鑑定を行い、遺骨を遺族に返還する年にする」と誓った。2025年12月24日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「山口・長生炭鉱問題-遺骨DNA鑑定、政府また明言せず」から引用 落盤事故から80数年もの間、放置されてきたこと事態が問題であるが、これを放置せずに追悼行事だけは継続してきた市民団体の努力は讃えられて然るべきと思います。事故当時から時間を経て、戦後の混乱期を乗り越えて経済的にも技術的にも多少は余裕が出てきた現代に、回収できる遺骨は回収して丁重に弔うことが、人としての真っ当な道であり、市民団体の目的が時間をおかずに達成されるように、政府も誠実に対応してほしいものだと思います。
2026年01月12日
TBSテレビの番組「報道特集」が「調査報道大賞」と「早稲田ジャーナリズム大賞」を同時受賞したことについて、ジャーナリストの松原耕二氏は、12月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている;◆「報道特集」の奮闘に敬意 今日は私の古巣の話をするのを許してほしい。TBSテレビの「報道特集」だ。45年の歴史があるこの番組があったから、私はTBSを志望したといってもいい。当時は男3人がキャスターをつとめる、今考えるとずいぶん暑苦しい番組だったが、料治直矢氏らの無骨さに、学生だった私は報道の良心を感じたのだろう。それから10年ほどして報道特集のディレクターになったときも、引き継がれてきた志のようなものを折に触れて感じたものだ。 その報道特集にとって、今年は特別な年の一つに数えられるに違いない。「調査報道大賞」と「早稲田ジャーナリズム大賞」という、優れた報道に与えられる賞をダブル受賞したのだ。私はテレビ報道に与えられる賞が持つ最も大きな意味は、時に番組制作者を孤立から救うことではないかと思う。報道の仕事は組織の中で必ずしも歓迎されるとは限らない。手間暇がかかる割には、大きな利益をもたらすわけではないし、誤報を出してしまえば、場合によっては社長のクビが飛ぶこともある。ドラマやバラエティーよりも"取り扱い注意"の度合いが高いのだ。 報道特集は兵庫県で起きた公益通報の問題や出直し知事選、元県議の死の背景などを1年以上も追い続け、15回にわたって放送した。のちに逮捕される政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首とその周りでSNSを通して吹かれ、事実上の攻撃命令となる数々の「犬笛」、そしてそれに呼応する顔の見えない多くの人々。キャスターやスタッフも誹謗中傷を受けながら放送を続けたさまを、賞の選考委員の一人は「戦争報道だ」と評した。「誹謗中傷の集中砲火の中で作られた報道だ」と。 その矛先は番組のスポンサーにも向けられた。報道特集のスポンサーに、犬笛に踊らされた人びとによる抗議や嫌がらせの電話が殺到したという。「自分たちのせいで番組がなくなってしまうかもしれない」。そんな不安がよぎったのは想像に難くない。 「なぜ、そこまで報道を続けるのか」という声も聞こえてきたはずだ。世の中ではたくさんのことが起きているのに「地方のひとつの出来事に、なぜそこまでこだわり続けるのか」と。番組のチームはそんな声にもあらがって、民主主義の根幹を揺るがしかねないこの問題を追い続けた。 そんな舞台裏を、番組を見ていた私は想像し、時に実際に耳にしていたからこそ、「賞をもらった」と聞いた時には、ほっとしたような気持ちになったのを覚えている。「外からの評価はチームのメンバーを守ってくれる役割を果たすのではないか」と思ったのだ。 賞だけではない。社内外の仲間たちからの激励の声も彼らの励みになっただろう。当時の杳琴袖(チョウクンス)編集長、村瀬健介、山本恵里伽、日下部正樹キャスターをはじめ、プロデューサーやディレクターなどチームの皆に敬意を表したい。 新聞やテレビはオールドメディアと呼ばれる。しかし、これまで以上にやるべきことが増えているように思う。真偽不明の情報があふれる時代だからこそ、誰かが「デマはデマだ」とファクトをもとに言わなければならないのだ。(ジャーナリスト)2025年12月24日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「松原耕二のハードトーク-『デマはデマ』言わねば」から引用 TBSの「報道特集」の番組制作に当たったスタッフの努力は、この記事が言うように賞賛に値するものだと思います。立花孝志の「犬笛」に呼応してTBSに嫌がらせの電話をしたり、自死した兵庫県議の自宅前で立花と並んで「ピースサイン」をして写真を撮る者が、何十人も行列を作って順番待ちをするシーンがSNSに掲載されたこともありましたが、立花に有罪判決が出た暁には、ああいう人たちもよく反省して、立花とか参政党の神谷のような者たちの言うことを真に受けることのないように注意してほしいものだと思います。
2026年01月11日
ポーランドのアウシュビッツやドイツのザクセンハウゼン追悼博物館などをゼミ合宿の学生を連れて訪問した中央大学教授の目加田説子氏は、その経緯と学生の「感想」について、12月21日の東京新聞コラムに、次のように書いている: 大学のゼミ合宿で、今年はポーランドとドイツを巡った。歴史と向き合うため、どうしても行きたいという学生の強い希望からだった。両国の学生と交流したほか、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡やドイツのザクセンハウゼン追悼博物館など12の施設を訪問した。 ポーランドは1939年にナチスドイツの侵略を受けた国。被害国と加害国で歴史の伝承方法や記念碑の意味付けなどは異なるものの、共通していたのは今でも戦時下を含む差別や迫害の歴史と向き合い真実を究明し続ける姿勢だ。 ザクセンハウゼン追悼博物館で公式ガイドを務める中村美耶さんによると、歴史検証が進むにつれて追悼の対象者が増え、かつてはナチスの「犠牲者」と認識されていなかった「社会的不適格者や常習犯罪者」も含められるようになったという。 ◇ ◆ ◇ 単純にドイツ礼賛へ傾くつもりはない。それでも、歴史との向き合い方には学ぶべきことが多くあった。 私たちは、どこで間違ったのか? なぜ誤ったのか? 誰に対して謝るのか? 一つ一つの過程を言語化し、専門家に任せることなく市民も加わって個々のピースをつなげていく。新たな情報や証言、資料を市民が探し出し、持ち寄りながら立体的に歴史検証が進められていく。 ここまで徹底できる背景には、現世代には「ナチスがしたことに責任はない」が、「同じことが起きたら、それは私たちの責任だから」との考えが広く共有されているからだという。ナチスの加害を扱う記念館や史料館には、連邦・州法に基づいて恒常的に公的予算がついている。学校教育ではナチスやホロコーストに関する学習は必修で、時間をかけて繰り返し学ぶ。多くの州では強制収容所跡への校外学習も事実上、必修となっている。 ナチズムはクーデターではなく「選挙と世論の中から生まれた独裁」だった。その負の歴史を踏まえて、「(強制収容所跡は)過去の遺跡ではなく、民主主義が壊れた時には"今のあなたたち"が立つかもしれない未来の場所だ」とのメッセージが込められている。 アウシュビッツの「反対側」にいるのは、民主主義の中で差別や偏見と闘い、過去の轍を踏まない未来をつくろうと尽力する一人一人の市民である。 ◇ ◆ ◇ 少し長いが、帰国後に学生が書いた感想を引いておく。 「渡航前、歴史的な施設が多く含まれる行程を前に『胸が痛む悲しい経験になるのではないか』と身構えていた。しかし実際にアウシュビッツやザクセンハウゼンを訪れたとき、自分の中に最も強く湧き上がった感情は『前向きに向き合い続けなければならない』という、自分自身に対する静かな決意のような思いだった。 もちろん、ホロコーストの犠牲者への追悼の念は強く感じた。しかし同時に、悲惨さだけで終わるのではなく、『なぜこうしたことが起こったのか』『社会はどのように加害に加担していったのか』『自分ならどの段階で。おかしい"と声を上げられたのか』と問い続けることの大切さを展示の在り方から強く感じた。 これは、事前に想像していた『悲しみに沈む訪問』とは全く異なり、むしろ自分の生き方を問われるような感覚だった」2025年12月21日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-アウシュビッツの『反対側』」から引用 100年前にナチスのやったことには、現代の我々に責任があるわけではないが、これからもし似たようなことがあれば、それは我々の責任になるという心構えは大切なことだと思います。犠牲者の数ではアウシュビッツに及ばないとは言え、日本軍が起こした「南京事件」も、日本の歴史研究者の間では「犠牲者数は十数万人」、中国の歴史博物館の展示では「犠牲者数は30万人以上」となっていて、現代の日本人に責任はない、とは言え、今後繰り返してはならない「事件」であり、なぜそのような「事件」が起きたのか、二度と繰り返さないために、今後我々はどのようなことに気を付けなければならないのか、考えることは多くあり、現在のような政府の姿勢で良いのか、議論して行かなければならないと思います。
2026年01月10日
憲法で軍隊を持つことを禁止されている日本政府は、必要最小限の「国防」は必要だからとの理由で、自衛隊を設置したのであったが、他国の憲法の規定など知ったことではない米国トランプ大統領は、自国で必要の無くなった型落ちの武器を日本に売りつけるという手段に出て、やむなく日本政府は補正予算でトランプ氏の要求に応じることとなり、過去最大の8千億円を超える予算案を可決しました。このように米国の言いなりに行動する日本政府を、地方紙は一斉に批判の論陣を張ったのに対し、全国紙は何事もなかったかのように「沈黙」するのみでした。このようなメディアの状況を、ジャーナリズム研究者の丸山重威氏は、12月21日の「しんぶん赤旗」で、次のように批判しています; 2025年度補正予算が成立し、臨時国会が終了しました。会期末では与党が衆院定数の1割削減の強行を狙いました。 補正予算にはトランプ米政権が求めてきた過去最大の8472億円の軍事費が盛り込まれています。「国債依存を繰り返すな」(「朝日」17日付)というものの、大軍拡自体には全国紙の多くが沈黙するなか、地方紙が厳しく批判します。 京都新聞(12日付)は、「防衛費増額の前倒し・・・短い審議で押し通す乱暴さは否めない」と指摘。宮崎日日新聞(同日付)も「会期が限られた臨時国会の審議のみで押し通していいのか」と問います。 神奈川新聞(8日付)は、「防衛費 補正計上は妥当なのか」として、「補正予算の編成は財政法で、景気の急変や災害対応など当初予算編成後に生じた『緊要の経費』に充てるもの」であり、「国会で十分な時間をとって熟議を重ねるのが本筋」と指摘します。 18兆3千億円の補正予算の財源のうち全体の6割、11兆7千億円が国債。赤字国債に頼り、大軍拡を進めている構図です。 他方、「定数削減」法案は野党の反発とメディアの批判の中で先送りになりました。 「東京」(11月28日付)は、石破茂前首相の「納税者の代表が減るのがそんなに良いことか」とのインタビューを掲載。「日経」(12月9日付)は「政治の良識欠く」、「毎日」(同5日付)も「理屈も手順もでたらめだ」と断じました。 地方紙も「期限切り合意迫る横暴」(「東京」6日付)、「地方の声、国政へ届かぬ」(秋田魁新報、5日付)、「熟議の否定」(新潟日報、5日付)と批判。定数削減のように、メディアがそろって論陣を張れば、大軍拡も止められるのではないか。いまだに高市政権が高い「内閣支持率」なのも、メディアの責任が問われるのではないでしょうか。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2025年12月21日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-大軍拡に沈黙する全国紙」から引用 この記事が指摘するように、議員定数削減法案の審議入を許さなかったのは、メディアがそろって「理不尽な内容の法案」であることを批判したのが、大きなチカラとなったと考えられます。従って、過去最大の武器購入予算などというものも、メディア各紙は「平和憲法」の主旨に則って、トランプ氏が購入を勧める「武器」が日本の防衛に必要なものであるかどうか、国会でしっかり検証するように要求するべきだったと思います。また、潤沢な税収がないからと言って安易に赤字国債を発行するというのも、「健全な財政」の観点から批判するべきであって、政府のすることをただ傍観するだけのメディアでは、過去の失敗を繰り返すことになる危険性が大きいと知るべきです。
2026年01月09日
日本政府高官がオフレコと前置きして「日本も核を持つべき」と発言したことに関連して、アメリカ政府はその発言を支持しない主旨のコメントを出した、と12月21日の神奈川新聞が報道している;◆「日本は不拡散を主導」【ワシントン共同】米国務省の報道担当者は19日、高市政権の官邸筋が日本の核兵器保有が必要と発言したことに関し「日本は核不拡散や核軍備管理の国際的なりーダーであり、重要なパートナーだ」と述べた。共同通信の取材にコメントした。核保有論をけん制した可能性がある。日本を含めた同盟国を守るため「世界で最も強固で信頼でき、現代的な核抑止力を維持する」と強調した。 核拡散防止条約(NPT)体制下で核兵器保有は米中ロ英仏5力国しか認められておらず、日本は唯一の戦争被爆国として不拡散や軍縮を重視してきた。国務省の報道担当者は、日本の従来の立場を維持するよう促したとみられる。 米国では、日本が核を持てば韓国も追随する「核ドミノ」を誘発し、中国や北朝鮮も核戦力増強を加速させて東アジア情勢が不安定化するとの懸念が根強い。 日本の官邸筋は核保有が必要な理由として「最終的に頼れるのは自分たちだ」と述べ、米国による核抑止力に疑念もにじませている。報道担当者は、米国による「核の傘」提供を軸とした拡大抑止は揺るがないと誇示した。 報道担当者は核抑止力の維持について、トランプ政権が4日に公表した国家安全保障戦略(NSS)でも明確にしているとした。日米同盟については「インド太平洋地域の平和と安定の礎石だ」と言及した。 日本の官邸筋の発言は18日に記者団の非公式取材で出た。「私は核を持つべきだと思っている」と述べ、核兵器保有が必要だとの認識を示した。同時に、現実的ではないとの見方も語った。2025年12月21日 神奈川新聞朝刊 3ページ 「米、核保有論けん制か」から引用 日本も核兵器を持つべきだという発想は間違っていると思います。隣の朝鮮民主主義人民共和国が核武装しているから、それに対抗するためにはこっちも、という発想が間違いだと思います。隣国の核武装は、ベネズエラのように「アメリカ帝国主義の侵略」を防ぐために、アメリカ大陸まで届く核ミサイルの所有が目的であり、朝鮮半島から日本に核ミサイルを撃ち込んで日本列島を放射能列島にしてみたところで、彼らに何か利益が生ずる可能性はないのですから、そういうムダはしないと思います。そうなるよりは、日本とは正式な外交関係を結んだ上で、必要な日用品等を日本から輸入し、レアアースや海産物を日本に輸出する、そういう関係を構築する方が遥かに生産的というものです。しかし、そういう関係を妨げているのが「アメリカ帝国主義」であり、それを打開するための話し合いを求めているのが朝鮮民主主義人民共和国であり、これを拒否しているのがアメリカであるという「事情」を理解すれば、日本に核武装は必要がないことは理解できると思います。核ミサイルは中国にも存在しているので、対中外交は礼儀に反することのないように配慮が必要で、そのことは歴代日本の首相はよく弁えており、あの安倍晋三氏でもその辺は最新の注意を払っていたものでしたが、その安倍政治を継承すると公言している現首相の高市氏の軽口は、実に不謹慎であり、礼節を尽くして誤発言を撤回して謝罪するべきであって、これを無視して通そうとすれば、これは「国難」に匹敵する事態を引き起こしかねない火種をはらんでいると思います。
2026年01月08日
4年前の参議院選挙では3%の得票率だった参政党が、昨年の選挙では12%まで得票率を上げたことについて、その背景を探る講演会が、横浜市立大学教授の山根徹也氏を講師に招いて開かれたことを、12月21日の神奈川新聞は、次のように報道している; なぜ参政党は台頭しているのか-。その背景を探る講演会「参政党現象を考える」が川崎市内で開かれた。ドイツ近現代史を専門とする横浜市立大国際教養学部の山根徹也教授が登壇し、不安や不満につけ込む大衆迎合や排外主義の姿勢に戦前のナチス・ドイツとの類似性を指摘。今後の進むべき道筋として、社会を立て直す必要性を説いた。(木村陽香) 参政は今年7月の参院選の比例投票で約12%の得票率(前回2022年は約3%)となった。支持を伸ばしている背景について、山根教授は、低迷する賃金や消費税増税など「大衆が抱える漠然とした不安を捉えている」と解説。一方で、こうした問題の根源をグローバル化や外国人などに結び付ける傾向があるとした上で「(問題を)外国人の脅威にすり替え、それに対応することで解決するかのように見せかけている」と批判した。 こうした特徴はナチスと重なるという。当初は国会選挙での得票率が約2%だったにもかかわらず、1929年の世界恐慌の影響が市民社会に及んだ後、大幅に得票率を伸ばした。 「農民や農業を守るといった農業保護、大資本批判などがあった」と述べ、参政の躍進の背景にも存在する大衆迎合に通じるとした。一方でユダヤ人や障害者を排除の対象とし、ナショナリズムをあおる排外主義を強めていった経緯も説明した。 「大衆の不安と不満がうまく利用されている」と参政とナチスの共通点を強調した上で、「生活苦は消費税が高いことが一番の問題であり、賃金低迷は企業の問題。にもかかわらず外国人問題につなげられている」と参政による問題のすり替えに言及。「他の政党やさまざまな個人や団体、民主主義的な運動は不安や不満の根源をどう解決するか示していく必要がある」と呼びかけた。 横浜市磯子区の無職の女性(75)は「ナチズムと参政党が躍進した状況が非常に似ていると思った。戦争に突き進んだ時代に戻るか戻らないかの岐路に立っていることに気付かせられた」と話した。 講演会は中原市民館(川崎市中原区)で17日に開かれ、約40人が来場した。2025年12月21日 神奈川新聞朝刊 20ページ 「参政党台頭、背景を探る」から引用 今日の私たちの社会の「漠然とした不安」は、主に経済的な困窮が原因であり、国鉄や郵政事業の民営化のときに巨大組織であった労働組合が解散させられたために、雇用主との対等な立場で賃上げ交渉をする「場」を失った労働者たちが、不当な低賃金に甘んじるほかなかったこと、従来は非正規社員としての雇用は限られた条件の職場にのみ適用された制度であったが、大規模労働組合が消滅した頃に、非正規雇用が一般企業でも可能になる、という労働者側に不利な「制度の改悪」が実行されたのが、大きな原因と言えます。ナチスや参政党は、そういう「真の原因」には目をつむり、外国人のせいだとか、障害者を優遇するからだとか、デマに基づいた宣伝活動で支持を集める危険な団体ですから、私たちはデマに騙されないように注意が必要です。ナチスの時代と違って、現代では、罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例を施行している自治体もあり、れいわ新選組の活動の結果、車イス使用の人物が国会議員となって、車イス使用でも国会審議に参加できるように議事場を改造するなどの「改革」が実施された点が、昔より「進歩した点」としてあげられます。それらの「進歩」を更に前に進めて、「ナチスの失敗」を繰り返すことなく、健全な社会の発展を目指したいものでございます。
2026年01月07日
東京電力の柏崎・刈羽原発を再稼働するに当たり、原子力規制委員会は何度か当該原発の審査不合格を繰り返した後、ようやく「合格」を認定したものの、「地元の合意が得られていない」とのことで、メディアは新知事になってから「地元合意は何時か」と、最終的な「GO」サインは地元知事が出す権限があるかのような報道を繰り返してきたのであったが、このような報道の在り方では、原発の安全操業の「責任」は国と電力事業者にあるという「原則」が、国民の意識から消えてしまうのではないかと、政治学者で九州大学教授の出水薫氏が、12月23日の朝日新聞で発言している; 原発の再稼働にあたり、知事をはじめとする「地元」の「同意」が過剰に注目される現状は見直されるべきです。原発を安全に保つ一義的な責任は、国と電力事業者にある。地元同意の妥当性に議論が集まるほど、柏崎刈羽原発で言えば本来問われるべき国と東電の責任が隠れてしまいます。 原発事業は「国策民営」です。ただ、歴史的に重大な事故が繰り返され、近隣社会の不安が高まった結果、自治体が安全確認に介入できるようになり、「地元自治体同意制」と呼ぶべき慣習が成立しました。 地元同意は立地自治体と電力事業者が結ぶ「安全協定」が基盤ともされますが、法的根拠を持たない紳士協定にすぎません。自治体は事例ごとに場当たり的に手続きを模索し、実行するしかないのです。 それにもかかわらず、慣習上の手続きの流れによって、自治体が再稼働の最終決定権者のように見なされている。あいまいな手続きの陰に隠れて、国と電力事業者が再稼働の責任を自治体に「転嫁」していると言わざるを得ません。 国策民営の下では、自治体は同意を引き延ばすことはできても、実質的には拒否しづらい状況にあります。柏崎刈羽原発は重大事故を起こした福島第一原発と同型炉です。しかも、その電力は地元で消費されません。こうした事情が積み重なり、歴代知事は同意を「回避」するような姿勢も示しましたが、それにも限界があるということです。 自治体としては、住民の不安を少しでも和らげるための「条件闘争」にならざるを得ません。国と東電は今回、新たな地元支援策を公表しましたが、外堀を埋めることで知事に「圧力」をかけたと見る方が実態に近い。知事自身も、国と電力事業者の責任回避・転嫁によって板挟みの負担を強いられる「犠牲者」と見ることもできるのです。 国が「地元の理解」を重視すると言うのであれば、自治体が関与する手続きを明確に法定化すべきです。すでに慣習として行われている内容を前提に「同意」手続きを制度化すれば、事案ごとに自治体が翻弄(ほんろう)されることもなく、国の責任も明確になります。 その際、どこまでを地元とするかという問題もあります。福島事故の影響は30キロ圏を超え、放射性廃棄物の問題は次世代を拘束します。「地元=当事者」と捉えると、範囲の設定は難しく、制度化の過程で改めて議論すべき課題です。(聞き手・中島嘉克) *<いずみ・かおる> 1964年生まれ。九州大大学院法学研究院教授。柏崎刈羽原発のほか、九州や四国など各地の原発について再稼働の過程を研究。2025年12月23日 朝日新聞朝刊 13版S 11ページ 「耕論-再稼働、地元同意の意味」から「国の責任、自治体に『転嫁』」を引用 福島原発の事故が起きる以前は、もし事故が起きたら避難する住民は原発から半径30キロに住む人たち、という決まりであったが、実際に原発事故が起きた日は、風向きやその強さもあり、30キロを越えた地域にも放射能汚染が起きて、予定外の人々も避難せざるを得なかったという事実があり、「半径30キロ」という規定は見直しが必要です。また、2年前の能登半島地震の場合、道路が寸断されて自動車の通行が不可能になった経験に照らすと、今後の原発事故対策として「原発周辺の住民を大型バスで避難させる」という計画は、今後は実行不可能という事態も想定されるのですから、数千人、数万人という事故現場の地域住民を避難させるために、ヘリコプターを用意するなどということが、現状の電力会社の経済力で可能なのか、自衛隊が保有するヘリコプターの数で賄えきれるのか、その辺の事情も明らかにする必要があると思います。原子力発電に事故は付きものですから、安全対策は徹底するべきだと思います。
2026年01月06日
14年前の東北大震災時の津波で炉心の冷却装置の電源を失った東京電力福島第一原発の4基の原子炉は、地震の数日後に水素爆発を起こし炉心がメルトダウンしたため、東京電力は4基の原発の廃炉を決めたのであったが、事故から14年経って、廃炉作業はどうなっているのか、12月8日の読売新聞は、次のように報道した; 東京電力福島第一原子力発電所には、2011年の原発事故で発生した推計約880トンの溶け落ちた核燃料(デブリ)が残っている。強い放射線を放つデブリの取り出しは廃炉工程の本丸だが、これまでの回収量は1グラムに満たない。東電や政府は51年までの廃炉完了を掲げるものの、専門家は困難との見方を示している。(加藤遼也)◆試験的に0・9グラム 東電は昨年11月、福島第一原発2号機で、計画よりも3年遅れて初めての試験的な取り出しを行った。今年4月の2回目と合わせて、回収した小石状のデブリは計0・9グラム。デブリの成分や性状を分析した結果を、今後の本格的な取り出しに向けた工具の選定などに役立てる方針だ。 本格的な取り出しは、使用済み核燃料の搬出が完了している3号機から始める。デブリを回収しやすくするため、高圧で水を噴射する特殊な装置で原子炉内のデブリを削って小さくし、原子炉格納容器の下部に落とす。そのうえで格納容器の横から装置で回収する。 デブリは核燃料と炉内構造物などが混ざり合っており、その形状は様々だ。必要に応じて充填剤を使い、デブリを固めて扱いやすくする。東電は、今後1~2年をかけて詳細な検証を進めていく。 東電は当初、30年代初頭に本格的な取り出しに着手する予定だった。しかし、3号機の横にある高線量の放射性廃棄物が残る建物が、作業の妨げになることが判明し、その撤去が必要になった。原子炉の上からデブリを取り出すための機器を設置する「構台」の建設なども、当初想定より時間を要することが分かった。 東電は7月の定例記者会見で、本格的な取り出しの着手について、計画よりも7年ほど遅れて37年以降になるとの見通しを発表した。51年を期限とする廃炉完了時期への影響は、避けられないとみられるが、東電福島第一廃炉推進カンパニーの小野明代表は「(廃炉完了目標を達成する)旗を降ろす必要はない」と述べ、完了時期の見直しを否定した。理由については「(本格的取り出しの)後の工程が見えない。見直しについて判断するための材料がそろっていない」とした。回収したデブリは、福島第で原発敷地内で一時的に保管するが、最終的な処分先は決まっていない。東電は、廃炉完了に生じる遅れがれがどの程度になるかを明確にできないなかで、完了時間の見直しを進めるのは「不誠実」という考えだ。長崎大の鈴木達治郎・客員教授(原子力政策)は「廃炉完了目標の達成が困難なのは明らかなのに、見直しをしないことのほうが不誠実ではないか」と話す。◆目標根拠乏しく 東電の廃炉作業の遅れを見るまでもなく、廃炉完了目標について、当初から懐疑的だった専門家は少なくない。その理由は、日標の設定が科学的な根拠に乏しいものだったからだ。 国の専門機関「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」廃炉総括監で、原子力規制委員会前委員長の引田豊志氏は「(51年の廃炉完了は)もともと困難だと思っていた」と語る。 福島第一原発の廃炉工程が策定されたのは11年12月。当時は原子炉内の状況がほとんど分かっておらず、1979年に炉心溶融(メルトダウン)を起こした米スリーマイル島(TMI)原発2号機の事故を、参考にするしかなかった。 だが、その後の調査で、二つの事故の状況には、大きな違いがあることが判明した。TMIのデブリが原子炉圧力容器内にとどまったのに対し、福島第一原発のデブリは圧力容器を突き破り、格納容器にまで溶け落ちていた。福島第一原発のデブリの総量は、TMIの7倍近くと推計された。 早稲田大の松岡俊二教授(環境経済学)は「現実性のない目標が維持されることは、住民の不信感につながってしまう。東電には、福島県民や原発事故で避難した住民が納得できる説明が求められる」と話している。◆◆汚染水日々発生◆◆ 福島第一原発事故から来年で15年になる。東電は毎日、原子炉などに注水を続け、デブリを冷やし続けている。主な目的は、放射性物質の飛散防止にある。 東電によると、デブリの冷却を止めれば、デブリの熱によって原子炉建屋内部が乾燥し、放射性物質がほこりのように舞い上がる恐れがある。そのため注水は欠かせないが、デブリに触れた水は高濃度の汚染水となる。建屋の損傷部分から流れ込む雨水や地下水も加わり、大量の汚染水が日々発生している。 東電は2023年8月、処理水の海洋放出を始めた。冷却に伴って発生する汚染水を浄化した処理水や処理の過程にある水をためるタンクの用地の確保が、限界に近づいたためだ。これまで計12万5488トンの処理水が海に流されている。 東電によると、現在のデブリが再び臨界に達する可能性は極めて低い。それでも注水を続けているのは、放射性物質の飛散を防ぐ手立てがほかにないためだ。 デブリはこうして、放射性物質の飛散や汚染水の発生の大本となっている。デブリの取り出しが、廃炉工程の本丸とされる理由でもある。2025年12月8日 読売新聞朝刊 12版 13ページ 「福島第一原発デブリ回収遅れ-『51年廃炉』困難か」から引用 原子力発電は、水力発電や火力発電と比べて、発電技術の全てを人間が理解しているわけではない「技術」だから、事故が起きた場合の対策は場当たり的で、時間が経つとそれまで誰も気付かなかった「新しい問題」が持ち上がって、当初の「後始末計画」は引き延ばしせざるを得ない事態になりがちなのが「実態」のようです。メルトダウンした原子炉から高濃度放射性物質である「デブリ」を取り出そうなどと考えずに、チェルノブイリのようにコンクリートで固めて「石棺」にしてしまうのが一番手っ取り早い対応のはずなのに、それでは福島第一原発とその周辺の地域が永遠に人を寄せ付けない場所となって、それでは原発を建設するに当たって福島県当局との間で交わした「契約」に反することになるという事情があるためか、東電としてはあくまでも「廃炉にして、土地は元に戻して福島県に返還する」という姿勢を変えるわけにはいかない、という事情が透けて見える気がします。しかし、「廃炉作業」を形だけでも前に進める格好にして、「完成予定」をズルズル先延ばししているうちに、次の大地震が襲ってきて、高濃度放射性物質がさらに広範囲に飛散するということも無いとは言えないのが自然現象ですから、当初の福島県と東京電力の契約がどうであったかは別にして、51年廃炉が無理なら61年に目標を先延ばし、などという姿勢は止めて、抜本的な「後始末」の方法に切り替えるときが、きっと来るのではないかと思います。
2026年01月05日
25年度補正予算で大盤振る舞いをして、来年度予算については一部野党の政策を積極的に取り入れて予算成立をスムーズに実現し、春先には訪米の上、日米首脳会談でミーハーのようにはしゃいで見せれば、「サナエ推し」に拍車がかかる、というシナリオになっているのではないかと、毎日新聞・専門編集委員の伊藤智永氏は、12月20日付け同紙コラムに書いている; やる気だな。昨日の朝刊を1面から5面へ、ベタ記事も含めて読み進めると、一筋の方向性が見えてくる。高市早苗首相はほぼ間違いなく、来春の衆院解散で長期政権を狙っている。 そんなことは書かれていないが、いろいろなニュースが、政府はそこへ向けて着々と環境を整えていることを示している。 首相や高官に確認していません。あくまで見立てです。それでも書くのがコラムの醍醐味(だいごみ)。 自民党と国民民主党で「年収の壁」を178万円に引き上げると決めた合意書に驚いた。しれっと「2026年度税制改正法案と26年度予算について25年度内の早期に成立させる」の1行がある。 野党が、連立を組んでもないのに、できてもいない税と予算の政府案を早々に丸のみとは。 16日成立した25年度補正予算は、物価高対策、子育て支援、危機管理・成長投資の名目で、新型コロナウイルス禍後最大の異常な大盤振る舞いだった。 どの使い道も公金の流れ方は、業界・大企業が潤うように工夫されている。自民党お得意の選挙対策としか見えない。 内閣広報官に安倍晋三元首相の秘書官でスピーチライターだった経済産業省の官僚、佐伯耕三氏が抜てきされる。高市氏個人の人気の割に、今の官邸はおとなしい。安倍官邸並みの発信力で、世論にアピールしようということか。 佐伯氏をご存じない? コロナ禍で「アベノマスク」を大量発注し、安倍氏が星野源さんの曲「うちで踊ろう」に合わせた場違いな動画を投稿した企画の発案者とされる。衆院予算委員会で質問中の玉木雄一郎議員にヤジを飛ばし、厳重注意されたこともある。 高市氏が来春訪米する計画も載っていた。隣に米国が台湾へ過去最大規模の武器を売却するという見出し。左隅には85兆円対米投資で日米協議委初会合の記事。 予算を確実に成立させ、バラマキの恩恵が届きだすころ、トランプ米大統領と再び大笑いし、台湾有事の失言を帳消しにして、「サナエ推し」に拍車をかけ、選挙に勝つ。分かりやすい。 内閣発足から2カ月。高市氏の発言は危なっかしく、閣僚の資質は相当疑わしく、日本維新の会との連立は不可解なことだらけ。いつ倒れても不思議でない。 高支持率が全ての不安に封をする。台湾有事失言も世論の多数が擁護する。首相の持ち物や笑顔や率直な物言いに、好きなタレントやキャラクターと同じように共感する「推し活」支持が、政治の質を変えていく。(専門編集委員)2025年12月20日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-衆院解散へまっしぐら」から引用 それにしても、大盤振る舞いの補正予算で潤うのは業界・大企業で、それが自民党の選挙対策になるというのは、その潤った大企業から多額の政治資金がキックバックされて、そのカネで有権者を買収して議席を得る、という筋書きになっているからのようである。一般庶民は「年収の壁」が引揚げられるからと言っても、補正予算で潤う大企業に比べれば微々たるものである。それでも、今までは何やら難しそうな顔をした年配の男性ばかりだった政治の世界に、自分たちと同じような表現方法で騒ぎまくる女性が「首相」であることに心酔した若者たちは、下手をすれば数年後には兵役義務を負わされて、台湾有事には戦場に送られる「運命」であるとも知らずに、愚かな「推し活」に熱を上げているのは、あまりにも「愚民丸出し」で、残念です。高市政権が調子に乗るとキミたちはこういう運命を辿ることになるぞ、ということを「警告」するのが、メディアの仕事ではないのかと思いました。
2026年01月04日
日本政府の高官が、個人的な考えと前置きして「日本は核をもつべき」と発言したことについて、12月20日付け東京新聞社説は、次のように批判している; 首相官邸で安全保障政策を担当する政府高官が、日本は核兵器を保有すべきだと記者団に話した。個人的見解としているが、高市早苗政権が非核三原則の見直しを検討する中で核保有に言及すれば、日本政府に核武装の野心ありとの誤解を内外で招く。発言は軽率のそしりを免れない。 同高官は18日、非公式の取材に対し「私は核を持つべきだと個人的には思っている」と語った。ただ、核兵器は「すぐ手に入るものではない」とも述べ、米国による核抑止体制を維持する方が現実的との見方も示した。 日本政府は核兵器について憲法解釈上、自衛のための必要最小限度の範囲にとどまるなら保有は可能としつつ、政策判断として核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則を「国是」として堅持している。 日本は原子力基本法、日米原子力協定で原子力の利用を平和目的に限り、核保有を米ロ英仏中の5力国のみに認める核拡散防止条約(NPT)にも加盟している。 日本は国内法上も国際法上も核保有ができないことを理解しているはずの政府高官が、個人的見解とはいえ、核保有を口にすることが国益にかなうのか。 台湾有事は日本の存立危機事態になり得るとの首相答弁に反発する中国など周辺国を無用に刺激して地域の緊張を高めるだけではなく、日本の核保有を望まない米国との関係も悪化させかねない。 何より、日本には唯一の戦争被爆国として核廃絶や核軍縮に取り組む道義的な責任がある。 広島・長崎の被爆者らは世界に被爆の惨状を訴え、核を使ってはならないとする「核のタブー」の確立に尽力してきた。政府高官の核保有論は被爆者の思い、核軍縮に取り組む歴代政権の努力を踏みにじる暴言にほかならない。 広島選出の斉藤鉄夫・公明党代表は「許せない。罷免に値する」と記者団に述べ、立憲民主、共産両党も政府高官に辞任を求めた。高官が高市首相と関係が近いため自民党の中谷元・前防衛相は「お友達内閣と言われないよう、しっかり人選すべきだ」と述べた。 首相が核武装論者を官邸の要職に留め置けば、核政策を変更するとの臆測を呼ぶばかりだ。与野党の批判を謙虚に受け止め、非核三原則を見直さず、引き続き堅持する旨を早急に明言すべきである。2025年12月20日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「社説-核持つべき発言、軽率のそしりを免れぬ」から引用 この社説は、非核三原則を国是とする国の政府高官が「核を持つべき」と発言したことを「軽率のそしりを免れない」と表現して、政府高官としての責任を軽いものと認定している。政府の広報誌ならまだしも、在野で自由な言論が認められている言論機関にしては、ずいぶん政府の肩をもつものだと呆れるほかない。国是を真っ向から否定する発想を「信条」とする者であるなら、政府高官の立場を降りて、始めから「政府の方針に反対である」と正々堂々主張して仲間を増やし、世論を盛り上げて国会で議論を戦わせて志を同じくする者を集め、自らの理想を実現すれば良いのであって、日頃は平和主義者を装って政府高官の地位を得てから、オフレコだけどオレはこう思う、などと注目を集める発言で脚光を浴びようなどという魂胆が浅ましい。このような人物は、わが国政府の高官に相応しいとは到底考えられないのですから、即刻罷免するべきだと思います。
2026年01月03日
高市首相の挙動不審について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、12月17日付け東京新聞コラムに、次のように書いている; 「こんなん入れて大丈夫なんですかね」 「だって入れとかないと、総理に怒られるじゃないですか」 「たしかに」 こんな会話が内閣府で交わされたかどうかは知らないが、というわけで男女共同参画答申案に突然加えられた「旧姓の通称使用の法制化」。首相に忖度したのはよかったが、おかげで有識者会議のメンバーだった連合の芳野友子会長に叱責されるハメになった。 一方、こちら辻元清美議員の質問主意書を受け取った内閣官房。 「どうしますか、これ。例の存立危機事態の件ですが」 「正直にいうしかないっしょ」 「でも総理のアドリブだったとバラして大丈夫ですかね」 「大丈夫も何も、用意した紙を無視したのは総理なんだから」 「たしかに」という会話があったかどうかは知らないが、かくして開示された、首相の答弁とは異なる内容の答弁資料。あの答弁は私たちのせいではないですよという事務方のアピール、それとも弁明? いずれにしても官僚諸氏の心の声が聞こえるようだ。めんどくさっ。 つまるところ、高市首相にはそれまで積み上げてきた議論をぶち壊すイレギュラーな発言が多すぎるのだ。石破前首相は独自カラーを出せずに退陣したが、高市首相はカラーを出しすぎ。まるで暴走トラックだ。迷惑するのは国民である。大事故になる前に誰か停止させて。(文芸評論家)2025年12月17日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-トップの暴走」から引用 有識者会議が議論をしてまとめた「答申案」に首相が相談もなく勝手なことを書き加えるというのは、有識者会議のメンバーに対して失礼な行動であり、会議のメンバーが怒り出すのは当然です。これは「しょうがねいね」で済ませていないで、正式なルートで「首相による『答申案の捏造』は許せません」と、はっきり異議申し立てをするべきです。また、「台湾有事は日本の有事」とうっかり発言して、これまで歴代内閣が踏襲してきた「台湾は中国の一部」という「建て前」を完全に否定し、中国との信頼関係を損なってしまった「罪」も重大です。高市氏にしてみれば、これまでの内閣がやってきたことのことごとくが気に入らないので、自分が首相になった「この機会に」好き勝手に発言して、あわよくばそのまま「自分の意志」を通してしまおうという魂胆なのですから、こっちもその積もりで、「勝手なマネは許さない」という毅然とした態度で対応しないと、そのうち首相の一言で憲法も「以前の憲法に戻す」などということになりかねないと思います。
2026年01月02日
昨日の欄に引用した志田陽子氏のインタビュー記事の続きでは、自国国旗損壊罪を法律で定めている諸外国の例を挙げて、その実態について次のように述べている;――何を守ろうとする法律だということになるのでしょう。 「国旗というものが持つ『象徴的な価値』が公然と毀損(きそん)されること、を防ごうとするものなのでしょう。実際、高市早苗首相は過去(21年1月)に自身のホームページで、国旗損壊罪の創設を通じて侵害から守るべきものとして次の二つを挙げています。『国旗が象徴する国家の存立基盤・国家作用』と『国旗に対して多くの国民が抱く尊重の念』です。いずれも、モノとしての日の丸ではなく、国旗の持つ象徴的な価値に焦点を当てていると言えます」――国旗損壊罪を制定しようとする人々からは、あくまで侮辱目的での損壊を規制するだけで、政府への抗議の表現まで取り締まるものではない、との反論も予想されます。 「警察での取り調べや裁判など実際の運用場面を考えると、『あのような表現が侮辱的だということは当然認識できたはずだから、侮辱の目的があったと推定される』といった論法で有罪視されてしまう事態が容易に予想されます。なので、侮辱目的に限るとの規定が実際に歯止めになるかどうかは疑問です」 「また、逮捕された人が『目的は侮辱ではなかった』と証明するためには、自分の思想信条を捜査機関に明かさなければいけなくなります。その意味で国旗損壊罪は、捜査機関が個人の思想信条に踏み込むきっかけを作り出す法律でもある。法や公務員が個人の内面に踏み込むことを禁じ、思想・良心の自由を保障した憲法19条に抵触する可能性があると私は思います」――国旗損壊罪は米国にもあると言われていますね。 「ええ。ただ、1989年に重要な司法判断が出されていることも確認しておくべきです。自国政府への抗議デモで星条旗を焼いた男性が、国旗を侮辱した罪に問われた事件で、連邦最高裁は、国旗を損壊する表現を禁止・処罰するテキサス州法は違憲だとの判断を示しました。政府への抗議を表すための国旗損壊を、憲法が保障する『政治的な表現』と認めた形です」 「この判決は保守派の反発を招き、連邦議会は星条旗への保護を強めようとして連邦法を改正しましたが、連邦最高裁は90年、この改正法についても違憲だとする判決を下しています」―― 一方でトランプ米大統領は、それらの司法判断に対する不満を表明してきました。 「ええ。トランプ大統領は今年、星条旗を焼くなどの行為をした人を起訴するよう命じる大統領令に署名しています」――国旗損壊罪を制定しようとしている人々は、フランスやドイツ、中国などにも同様の法律があると訴えています。 「それぞれの国がどのような実害を踏まえて、いつ導入し、表現の自由との衝突をどう調整しているのか、英国やカナダにはなぜないのか……。調べた方がいいことが山積みです」 ■ ■――国旗損壊罪の制定に反対すると、一部の人々から「日本を愛していないのか」「それでも日本人か」という非難が寄せられてしまう状況もあります。 「愛と追従は違います。自国や郷土への愛があるからこそ、そこで起きている問題や過ちに対して内側から厳しく批判・抗議する人々は、歴史に繰り返し登場してきました。国や郷土をあっさり見捨てて離脱するタイプではないからこそ、表現もときに辛辣(しんらつ)になるのです」 「愛や尊敬は結果としてついてくるものです。それを法と警察力で強制すれば、萎縮による追従は得られても、人心の内実は離れ、国への尊敬や帰属感はかえってもろいものになります。尊敬される国政を実現することに専念すべきでしょう」(聞き手 編集委員・塩倉裕) *<しだ・ようこ> 1961年生まれ。武蔵野美術大学教授。日本や米国などにおける表現・文化をめぐる憲法問題に詳しい。著書に「『表現の自由』の明日へ」など。2025年12月10日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「(インタビュー)自国国旗の損壊罪、必要?」から後半を引用 この記事によると、高市首相はかつて自身のホームページに「国旗損壊罪」の制定が必要とする「主張」をかかげたことがあり、その時の制定理由は(1)国旗が象徴する国家の存立基盤・国家作用を守るため、(2)国旗に対して多くの国民が抱く尊重の念を守る、の2点だったそうですが、それは確かに、国旗は国家の存立基盤を象徴する物であることに相異はありませんが、しかし、数十年前に沖縄県で一般市民が日の丸を燃やす事件が起きたとき、わが国の存立基盤が脅かされた事実は存在せず、裁判では日の丸を燃やした「犯人」に「旗の代金を弁償するように」との判決が出てお仕舞い、という結果で終わり、解決できずに残された問題があったわけでもなく、現行の法制でまったく問題はありませんでした。同じく、当該事例が起きたときには、日頃から国旗を大切に思っていた人々にとってはショックだったかもしれませんが、だからと言って「犯人を厳罰に処すべき」などという騒ぎが起きたわけでもなかったのですから、現行の法制でなんら問題はないと考えて差し支えないわけで、行政や学校が用意した「日の丸」を損壊した者がいたら、その者には、損壊した物を弁償させる、という対応で十分と考えるのが妥当と思います。
2026年01月01日
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