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一度アップした後に、余韻を反芻していたら、まだまだ思うところがあったので。 「櫻狩り」、マンガや小説に説話類型が出てくる話が好きな自分には、なんだかいろいろ仕掛けがありそうで面白い話だった。特に座敷牢で育ったアルビノの妹というのが気になって、ぐるぐる考えていたんだが、そういや話の構造がよく似ている「あんだろ」は当初、女子は生まれない(育たない。多分生まれても処分されている)設定だった。次々妊娠して子どもを産むような丈夫な腹は欲しいが、男を誘い狂わせるような血は要らないよってことだろうか。逆母系だな。「櫻狩り」のキーワードは「女」かなと思ったけど、ふと、双子の片割や、アルビノや福助のように、障害をもった子どもが幽閉されて育つというのは、貴種流離譚の変形であることに気づいた。ずっと放浪して活躍して、やがて身バレするのがこの種の話の王道だと思ったけど、物語のキーワードとして作用する点と、「高貴なまれびと」という点では同じだ。お能の蝉丸がそうじゃん! なんで忘れていたかな。ここ数年、ちびちび読んでいる心理学とフェミニズムの本には、やたら異類婚姻譚(外からやって来て子をなして男を捨てて去っていく、もとは人でない女)が出てきて、そっちに気を取られていて、好物のはずの貴種流離譚を忘れていたよ。こういうのは神話学じゃなくてなんだ? 民俗学かな? 柳田國男じゃないよね。折口?もひとつ。「COLD SLEEP」のBL臭の薄さについて考えた。えっと、この話は刺されたほうが受けなんだよね? そのあたりをしっかり読んでいなかったのではっきりしないけど。それぐらいどろどろ感とは無縁で(書き下ろしに2人でラブホのお風呂に入るシーンがあったが)、どこがBLだよと思ったけど、そういえば記憶喪失青年が、自分を囲っている男は自分のことが好きなんだと妄想するシーンがある。ここがBLだ。普通、いくら男同士で暮らしていても、それはルームシェアであって、恋愛感情とは結びつけないはずだ。「彼が異常に自分を大事にするのはなぜだ? → それは彼が僕を好きだから? → まっさか男だよ? ありえねー」というのが普通の話のはずだから、せいぜい憧れの人とか、尊敬の念ぐらいだろう。でもそういう方向には行かずに「もしかして僕のこと好き? → その気持ちを確かめたい → 悶々」というのがBLだよね。同性性の恋愛を疑問の余地なく容認しちゃう(笑)。BLに出てくるノンケって女の体の曲線や巨乳や長い髪の毛やいいにおいでは○たない男たちなのか。あと、刺されたほうの男がいっさい余計なことを話さない、説明もしない、会話も最小限のつまんない男として造形されているのは、一旦話したら全部話さないといけなくなるから堪えているわけだよね。そして相手に対する思いを制御できなくなるのが怖いから? でないとあんな希薄な関係なのに、刺された途端に「家も金もぜんぶやる」って、ありえないし。そういう含みがあって、ああいう魅力のないキャラクターにしているとしたら、自分はまんまと木原さんの術中にはまったことになる。なんかくやしいぞ。相手のことを全部知りたいと思わない「好き」感情ってあるんだろうか。この受けはそういう感じなんだが。嫉妬のしがいもないじゃないか。ただそばにいてくれればいい、一緒に暮らせれば幸せって、そんなのあり? それはペットとか赤ん坊に対する無性の愛みたいなもんで、コミュニケーション不能だからかわいいというのと同じじゃないのかなあ。しかもこの作品は物質世界とは切り離されていて、楽しいこととか嬉しいことがなにも起こらず、会話もなく、日々ルーティンが繰り返される。それでもこの受けは幸せなんだろうか。そういう愛を描いて見せて読み手に納得させるのは、納得してしまう自分がゲームに載せられた気分でちょっと複雑だ。まあ、好きな相手は記憶喪失だから、そういう意味では過去がなくてリセットされた状態だから、もしかしたらこの受けは、一から自分の好みの男に育てていくつもりだったとか。このシリーズはあと2冊あるので、お互いの過去や、相手に魅かれていく過程が、そのうちはっきりするんだろうか。そうであってほしいけど。
2009.01.31
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『山へ行く』萩尾望都久々の萩尾さん。もうとっくに大家の存在なのに、今も作画のレベルもお話の内容もみずみずしくて新鮮だ。この人はある意味大島弓子さんと似ていて、時代に流されることがないのがすばらしい。そして40年近くコンスタントに作品を発表し続けていることは本当に端倪すべきことだ。「バルバラ異界」の連載終了後に始まった1話読みきり形式の連作。もう、大御所さんが、昔ながらの正しい作法で毎月毎月きっちり16ページできれいな起承転結のドラマをつくってみせる。それだけで感動ものだ。スタートラインに戻って、SF=ファンタジーテイストが濃厚で、登場人物が少しずつリンクする日本の平凡な日常視点のドラマが数本続いたあとに、ポーンと異界ファンタジーに飛んで「美女と野獣」みたいな話が挟まる。これも連作。モブシーンの多さ、コミカルな描写は相変わらずの萩尾ワールド。BL読みには、70年代に描かれたギムナジウムシリーズや「ポーの一族」ばかりがバイブルのように語り継がれているけど、萩尾さんがもともと描きたいのはSFなんだよね。作品については、10本もの短編を読ませてもらって、そのどれもが余韻があっていい。中高年が読んでも、いやむしろ主人公たちが見事に中年なので、少年少女向けというより大人のためのファンタジーだった。ごちそうさまでした。全体にはSFというよりはファンタジーだったけど、ふと昔のSFマンガについて思いをめぐらせてみた。萩尾さんが「SFマガジン」とかに描いていたのって、70年後半~80年代かな。「百億の~」は原作ものだったけど「少年チャンピオン」連載だった気がするし、もともとはSFに行きたがる人だったよね。萩尾~竹宮~佐藤史生が70年代後半からSFマンガを発表していて、その後、ファンタジーのブラッドベリのフシギテイストをマンガ化していた金沢組(森川久美、坂田靖子、波津あき子、あともう一人いた)がいて、「ぶ~け」では水樹和佳さんがかなり長期にわたってSFを描いていたけど、今はすっかり衰退したな。そもそも新書館の「Wings」はSF誌だったはずだが、いまやすっかりニアフォモ雑誌だし、「サウス」みたいなSF誌も休刊してしまった。SFって、多感な10代前半ぐらいで洗礼受けないと、柔軟な発想できなくて生涯縁がないカテゴリーのような気がする。自分も本格的なスペオペはほとんど読んでこなくて、所詮はファンタジー系列のブラッドベリ、ハインラインどまり。ヴォネガットのSFチックなのは好きだったが。あと星新一とか筒井康隆あたりを中学くらいで読むのが、我々のころは通過儀礼だった気がする。今の若者はゲームなんかから入るのかな。短い作品で瞬時に世界観を理解してその世界に酔えるような感性は育っていない気がする。ゲームだとキャラを自分で自在に操作できてストーリを自分でつくっていく(ように思わせられているだけだが)ことができるけど、小説で読むSFはまた全然別物だから、ある程度経験を積まないと面白がれないような気がする。「SFマガジン」って今でもあるんだっけ? ハヤカワ文庫は今も売れているのか?映画やゲームの世界観ばかり際立って情報として入ってくるから、本来のSF読みがどれぐらい生き残っているのか不安になる。
2009.01.31
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『子連れオオカミ』井上佐藤待ってましたの井上佐藤第2弾!前作「エンドルフィンマシーン」が、デビュー作とは思えない完成度で、大人の鑑賞に堪えうる作画といい、微妙にツボを外した萌えどころといい、なんつう新人さん! で、次はいつかと待つこと1年以上……ながかったよ……。こ、この絵でがきんちょ! しかも幼児が二人も! BLの主人公なのにコブ付きバツイチとは。前作のあとがきで「BLは知らなかった」というようなことを書いていた作者らしい、掟破りの設定が楽しい。なんか肝心のカップルよりあかんぼの生態が気になってしまうというのは、BLとしてどうよ。でも相変わらず面白い。まず、同じような境遇で、職場もお互いの取引先で、同じアパートの上下に越してきて、子ども保育園も同じで、じゃあついでだからって一緒にごはんをするようになる。今回は一方が健全な精神のノンケなので、飲んだ勢いでなんかされたことをずっと根に持ち、しばし断絶。ストーリー自体はなんてことないんだけど、大人の男+幼児という非日常にやられた!小さな子どもが出てきて、それをダシに使うようなBLは自分的にはNGだったんだけど、これはよいわ~。言葉の遅い子と、小児喘息の子って、どっちも親泣かせな設定がまた泣かせる。カバー下がボツになった下絵なんだけど、このぐらい描けると楽しいだろうなあ。
2009.01.30
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暖冬なんだなあ。考えたら、去年の秋からエアコン(暖房)を使った日は数えるほどしかない。ホットカーペットもファンヒーターも今年は出番がない。猫用のホットカーペットだけだ。なんか東京の冬なんて、どんどん暖かくなっているような気がする。近所の、無理やりな植え込み(街路樹が植わっている場所に、バケツを鉢植えにした低木が並んでいる)の梅が早くも咲いている! いつもは2月に入ってからなのに。150cmくらいの小さな樹なのに、そしてまだ満開でもないのに、その前を通ると、すごくいい香りがする。梅の花が匂うというのは、ずいぶん昔、2月に奈良の薬師寺に行ったときに、初めて気がついた。花に直接顔を近づけて見られるぐらいの低木の梅(若いんだろうか)がくさん植えてある一角があって、やはり満開でもないのに、なんかエクスタシーを誘う香りがあたり一帯にただよっていたのが印象的だった。ちょっと整理してみると、1)花が間近に見られる低木の梅のほうが匂う2)多分、その梅はまだ若い3)3分咲きくらいのほうがよく匂う4)香りの高い梅の種類がある4)は確実だろうけど、他は科学的な検証がされているんだろうか。水戸の偕楽園に、3月頃に連れていかれたことがあって、たくさんの見たこともない種類の梅もあったけれど、残念ながら香りの印象がないんだよね。あそこは古木が多いせいか。家にいるより会社にいるほうが長い生活していると、わざわざ部屋に花を飾ることもしなくなってしまうんだけど、緑の少ない都心近くでも、こうして春を感じることはできるんだなあ。沈丁花もつぼみがパンパンに膨らんでいるから、もうじき咲きそうだし、その後は辛夷が咲いてくれるだろう。このまま寒気団がこなければ、今年の桜は早いな。
2009.01.29
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『COLD SLEEP』木原音瀬なんかすんごい久しぶりだな~木原さん。あ、でも12月に読んだUnitVanillaの「胡蝶の誘惑」はあからさまに木原さんだってわかったけど。『COLD SLEEP』は、私が木原さんを知った頃にはとっくに絶版で、ヤフオクでは4000円とか5000円とか、すごいことになっていた3冊シリーズの1冊目。リブレが新装版出してくれるおかげでやっと読める~! しかも書き下ろしつき! うれし~。思えば、やはり去年新装版が出た「FLOWER」シリーズはオクで落として全然後悔しなかった。あれはそれほど鬼畜で痛くて面白かった。で、キオクソーシツもののこちらはというと、鬼畜医者シリーズよりは毒は少ないが、やはり登場人物のキャラ設定からストーリー展開まで木原節だった。木原さんの書くキャラの行動の予測がだんだんつくようになってきた。そしてこんなにつまんない人間失格ばかりの男性が出てきて、それが面白いというのはヘンだ! きっとその理由は木原さんがこういう登場人物に愛を注いでいるからに違いない(笑)。木原さん、ダメンズが好きですか?自分の周りにはおよそいそうにない、なに考えているかわからない、故に世間に一切理解されない「愛以外一切不要」なフシギ青年は、木原さん以外の作家さんには使いこなせないだろう。エントロピーを増大させないと(つまり余計な設定を過剰につけて汚さないと)、動いてくれないからな。そうだな、ヤクザとかアラブとか執事とか大金持ちとか。でも木原さんはそういう設定を使わない。この作品も、妄執のあるほうは何の仕事かもほとんどわかんないし、記憶失くしたほうはコンビニバイト→ケーキ屋のバイトだ。この作品は、二人ともいい大人の男性だが、仕事に価値を置いてないし、モノに対する欲というものが見えていない。なにしろ一方は記憶喪失という一種の極限状態で、もう一方は彼を守るべく一種の軟禁状態に置く。あまりにもなにもない部屋だから、必要最低限のものは少しずつそろえていくけど、それすら新鮮。バイト先での人間関係が唯一の外界との接点みたいなものだから、ささやかな縁でも余計に引き立つ。なんか縮みの文化みたいだな(笑)。ちょっと考えれば、現代においてこれはありえないという設定だらけなんだよな。なんで死人まで出している交通事故を隠蔽できるのかとか、住民票や戸籍謄本でたやすく身元が割れるのになんでそれをしないかとか、見も知らぬ男に引き取られて(ほとんど身請け状態)疑問も持たず詰問もしないかとか。普通に考えても住民税どうしてんの、健康保険は? 年金は? 親がいないってのもうそじゃないの?とか。せめてテクノロジーも国籍も戸籍も関係のないファンタジー設定にすれば……とも考えたけど、モノが豊富な現代だからこそ「なにもない」をあらわすガランとした部屋とか、相手の仕事のこととか、書かないことで心の喪失感を表しているんだろうし、他人との接点が希薄な現代だからこそ成立する話でもある。果たしてこれはBLか?という素朴な疑問はともかく(木原さんにはこれまでにも、なんにも起きない話は結構あった)、読者を楽しませるために手を変え品を変えという以前に、木原さんには、頑としてゆるぎない書きたいテーマというものがあるんだろう。これだけわけがわからない登場人物を出しておきながら、途中で投げ捨てたくならずに、先がどうなっていくのか気になって目が離せないというのは、やっぱり特殊。でも毒気はないから、黒木原が好きな自分には、上位には来ない作品だった。1段組でよむ木原さんは物足りないな。もっとびっしりみっちり字が詰まっていてほしい。あ、イラストの祭河さんは、ちょっと前に読んだ秀さんの「くちびるに銀の弾丸」のレーターさんだね。結構好きかも。とりあえずあと2冊で、もっといろいろなことがはっきりしてくれることに期待しよう。
2009.01.28
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『櫻狩り(上)』渡瀬悠宇渡瀬さんは「妖しのセレス」も「ふしぎ遊戯」も実は読んでいない。後者は声優さんにからむ仕事をしていた頃にアニメは義務として全部みたけど、いまとなっては「彩雲国物語」とごっちゃになっている。アンジェリークもそうだけど、ヒロインを守るゴレンジャー状態(逆ハーレム)設定を面白くつくりすぎると、現実に目をつぶってしまう女子を育成するからやめたほうがいいぞ(笑)。版元も作者もBLではないと思っているかもしれないけど、とりあえず男同士の妖しいシーンと妄執が出てくるから、自分内カテゴリーではBLだな。作者さんは、きっとそんなカテゴリを意識せずに描いていて、たまたまそうなったというところだろうけど。兎にも角にも、すごい力ワザだ。読み終わってぐったり疲れてしまうほど。それほど作者入魂の作だというのがわかるから、読み手にも相応の覚悟がいる。傑作かどうかは別として。最初、全部一人で描こうとしたらしく、これだけ時代設定も社会情勢も緻密につくりこんで画面描こうとしたら、体壊しそうだ。作画の緻密さはまた別物だけど、ちょっと昔「ぶ~け」で描いていた内田善美さんを思い出した。すべてがすりガラスの向こうで再現されているような、ノスタルジーに満ちた、でも重い重いドラマ。ドラマティックで淫靡という点では、「アンダー・ザ・ローズ」をも彷彿とさせる。日本とイギリスという違いはあるけれど、階級社会、妾腹の子、望まれない子、とかキーワードがかぶる。時代的には「櫻狩り」のほうが1世代ぐらい後だけど。イギリスだと遠すぎて、共有する文化とか継承されるものがほとんどないからフィクションとして楽しめるけど、日本が舞台だと近すぎて、どろどろした感じが残る。舞台は大正9年の東京。あらら、偶然数日前に読んだ高遠さんの「溺れる恋」がこの頃だ。道具立てが好みだ。侯爵家。豪奢な洋館。訳ありの兄と妹。自殺した母。虚弱な当主。アルビノのため、蔵に幽閉されて育った妹という設定がまた、誘う誘う。ずっと蔵の中でろくに歩くこともしなかったから、足萎えだったり、どうも山岸涼子さんの「日出処天子」の番外にあった作品を思い出す。最近では国枝彩香さんの「番人」もそんなんだった。主人公は書生のほうなのかな。あ、でもストーリーとしては書生の目を通して見た侯爵家の崩壊が主軸だろう。地方の本屋の長男が、自力で一校合格を目指し予備校通い。でも働きながらでないと学費もかせげないので、名のある伯爵家に書生として雇ってもらうことになる。ここの現当主は、先代がイギリス貴族の娘との間にもうけた長男で、いわゆる「合の子」である。これはさ、去年読んだ「ゴールデン・デイズ」とかぶる。ああだからね、いちいち比べて申し訳ないんだけど、ようするに設定やプロットは、別段新しいものじゃないんだ。でもこの作品には尋常ならざる作者の念みたいなのが入ってる。単なる娯楽作品じゃないもんな。何しろ今時上製本だよ?耽美で時代錯誤で、でも作者が命削って描いているのが伝わってくる作品。でも、だからこそ今、この時代に、こういう作品を世に問う意味はなんだろうかと考えてみる。普段読みちらかしているBLでは、そんなこと考えもしないのに、ちゃんと文学しようとしているように思えるから、余計に存在意義が問われる気がする。多分、相当読み手を選ぶよね。あと半端に漢字を多用するなら、全編歴史的仮名遣いにしてほしかったよ。なんか文学読みからすると、マンガでこのテの表記を読まされると、こそばゆい。続きも読むけどさ。
2009.01.27
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土曜くらいからおなかの調子がよろしくない。体中あちこちガタが着ているけど、胃腸だけは丈夫で熱が40度あってもごはんが食べられるのが自慢だったのに、おいしくご飯が食べられるのが唯一の自慢だったが、トイレに行きたくなるのがこわくてなに食べたらいいのかわからない。とかいいながら、久しぶりに代々木公園のターラムでランチ。いつもの独創的なつけあわせ野菜がついてくる日替わりが終わっていたので、お魚のプレートにしてみる。海老のフリットと白身魚のスティックフライ。ただでさえも揚げ物なのに例によってタルタルソースがたっぷり……。うむむ、盛り付けはきれいだし、それぞれおいしいけど油たっぷりだなあ。つけあわせの硬めにゆでたタリアテッレにオリーブオイル、野菜、ツナを和えたもの。これがあれば、ライスはいらなかったな。スープはミネストローネ。食後のドリンクはアイスティーを頼んだ。950円也そうそう、昨日は家の近所にモンゴル料理屋があるというので、わざわざ友達が食べに来たんだけど、千秋楽はねてからのお客でいっぱいで、入れなかったので、仕方がないので昔からあるイタリアンで軽く食べる。そのなかの一つ。しょぼいしょぼいオードブル5点盛り。ボリューム感なさすぎておいしそうに見えない。でもみるべきものがあって、ひとつはリコッタチーズの生ハム巻き(真ん中)。うまし。あと、てっきりポテトだと思って口に入れた白い物体が、食べたら蕪をコンソメで煮てサワークリームで和えたものだった。いやマヨネーズ+ヨーグルトかもしれないけど、これも不思議な食感でおいしかった。あとはキッシュ、ラタトゥイユ、インゲンのオリーヴかけ。メインはラザニアとマルゲリータピッツァをシェアしたけど、ラザニアは重いうえソースが平凡だったので一口で飽きた。
2009.01.26
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今年最初のレッスン。相も変わらず平均律とスケ2。しかもスケ2はそろそろ仕上げに入る時期なのに、14番の平均率のフーガを延々アナリーゼしていて時間が過ぎる。ああああ~面倒くさい!これがねえ、好きな曲だったらどんどん自分から進んで分解するっちゅうの。でももう最初のテーマからすでに調性が曖昧で気持ち悪い響き。どっちいきたいのかはっきりしろっ!って音の運びなんだ。バッハって時々こういういじわるな曲を仕込んでいるから気が抜けないよ。ええっと、fis-mollとcis-mollがかわりばんこに出てくる。どっちもあんまり好きじゃない調だよ……だって弾きにくいし。でもテーマをきっちり分けてみたので、とりあえず練習の方法はわかった。こういう入れ込めない曲は、さっさと片付けるに限るな。スケ2は仕上げに向かって細部の表現をさらう。問題はやっぱりカデンツァ部分とコーダ部分。普段デジピで練習しているもんだから、どうしてもデュナーミクの幅が狭くなる。(先生から鉛筆を渡されて)「どう表現したいか、自分で書き入れてみて」「うーん……自信ないから、先生書いてください」「だって、人によって弾き方違うでしょう?」「でも、まだいっぱいいっぱいなので、先生のやり方に従います」てな会話が何度かループした。先生に言わせればこのレベルの曲を弾こうとする生徒は、ある程度自分なりの表現を確立できないとだめ、ということらしいが、本当にちゃんと弾く(すべての音が鳴る)ことに精一杯で、弾いているうちに忘れちゃう。で、音が切迫してきてやっと気づくんだけど、その頃はすでに自分的にはフォルティシモで弾いているから、それ以上高まらない、という悪循環。もう一歩引いて、曲の流れを先まで予測しながら弾けよ、我ながら思う。まだまだだな。スーパーピアノレッスンで、シフがベートーヴェンのコンチェルトを教えている。すごいなあ、ついにここまできたか。オピッツがベトソナタを教える、というクールはなくなったのかな? 昨日初めて見たけど、3番をやっていて、実に楽しい、わかりやすい講義で、DVD録っておけばよかったと後悔。テクニック的には難しくない曲だけに、細部の表現にこだわっていじわるな練習をさせていた。そして第2ピアノを小菅優が担当していたけど、かざらないとただのおばさんだった。
2009.01.25
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『溺れる恋』高遠琉加ああ、恋の字は旧字だが、変換面倒なのでそのまま。最近、気になる作家さんになった高遠さんの1年くらいまえに出た本。おおおイラストが今市子さんだ。もう今さんは近代日本(明治~戦前)までの舞台設定ものにはほぼ欠かせないレーターさんなんだな。そりゃ気持ちはわかるが、彼女のオリジナルマンガはほぼ現代ものだということを考えると、複雑だな。「古くさいのが似合う」って言っているようなもんだ。時代も設定も自分の直球ストライクだったが、ストーリーに深みを与えるべく一生懸命調べたらしい当時の社会情勢をそのまんま書き写しているだけで、全然消化されてない……。もっとお話にリンクしなくちゃ意味がないよ。でも当時の豪華客船の渡航料金とか要する時間とか、ちゃんと調べるのはいかにも面倒くさそうな事実を、次々手を変え品を変え出して来て、まあその努力は報われているかも。関東大震災直後の時点から物語は始まる。復興著しい大正末期~昭和初期の日本から、スエズ運河を経由してイギリスに渡る豪華客船(日本郵船所有)に乗船する銀行家の三男坊とその母。なにかが始まる予感……。形容詞を重ねて緻密に情景や人物を描写していくのが高遠さんは実にうまいと思う。ただ今回は時代情勢の説明がうざすぎる。それがぜんぶ本筋に直接からむのであれば伏線として機能するけど、ちょっと遠いよね。調べた事実は作家さんのなかで消化してアレンジして、100を10ぐらいにして出さなきゃな。でも、一瞬目の端をよぎったかつての想い人とか、豪華な首飾りとか、ミステリ仕立ての部分は、謎解きは単純だけどちょっとドキドキさせられる。因縁の男との関係を説明するために、フラッシュバックで主人公の学生時代に時は戻る。奥ゆかしい視線だけの恋心。わかんねーっつうの! でも攻の家が傾きかけた原因が受(主人公)の銀行だったことで二人はそのまま分かれてしまい、数年後の時点が豪華客船というわけ。あータイタニックですか? それともポセイドンアドベンチャー? 泊まっている豪華客船(笑)には乗ったことがあるけど、まああんなものか。金に飽かせて建造した一等部分はさぞや豪華だったろう。チャップリンとか、昭和初期にやはり船で日本に来ていたような気がする。ああそうそう、森茉莉が大震災前に一足先にパリに行っていた夫の山田環樹の後を追って、兄と二人で渡航する様子はエッセイで読んだ。あこがれの時代だ。二人は何年も離れていながら、お互いずっと思い続けていた(なのに相手の意思は未確認)という妄執部分がBLとしては弱い。ミステリあり、少女時代の白洲正子みたいなはねっ返りの超お嬢は出てくるし、停電直後に紛失が発覚する豪華な首飾りとか、ちょっと要素が盛りだくさんすぎて、ラブが薄くなるし。でもこういう全体としてはミステリやサーガで、その一部がBL,ぐらいのほうが自分は好きなんだな。もともと高遠さんってそれほどえろシーンは濃くないから、この二人が駆け落ち(笑)するほど愛し合っていたとはびっくりだ。ああそうそう、戦前のよき時代のラッフルズホテルが出てきた。何年か前に泊まったが、豪華ではないよね。日本で言うクラシックホテル。すべてが高くてサービスは一流で、宿泊客でないとエレベーターは作動しない仕組みだった。せっかく渡航料金まで調べたのに、カードもない時代にラッフルズの宝飾店では船上や下り立った港で、どういう貨幣を使っていたのかが気になる。もしかしてこの時代ってまだ金本位制?それから、数日前によんだ「長州ファイブ」では、まだスエズ運河開通前なので喜望峰回って3ヶ月もかかっているけど、この時代はもう開通していて約50日。それでも十分長いが。こいうところが面白い自分は、やっぱり純粋なBL読みではないよなあ。ああ、せっかくだから今さんにはやはり豪華な振袖と、豪華客船の内部をしっかり描いてほしかった。望みすぎ?
2009.01.24
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『シュレディンガーの猫』のお金持ち設定や描写に不満で、そういえばBL作家さんは若い人が多いだろうから、ホンモノの資産家の生活とかリアルに想像できないんだろうなあと思ったんだけど、今週の「AERA」に載っていた「お金持ちの合理的清貧」を読んでいたら、私の知っているお金持ちたちの生活とほぼ合致していて、思わず快哉を叫びそうになった。つまり「経験への出費は甘いがモノへの出費には厳しい」という点ね。私の考えるお金持ちっていうのは、白洲正子さんみたいな人で、彼女の自叙伝を読むとまさにそういう生活だったし、自分のまわりにいる、本人はまったくそういうそぶりも見せないけど、そこはかとなく漂う育ちのよさとか、そういう人たちは、みんな地味だよ。ただしそれなりの社交の場ではきっと変身するんだろう。残念ながら現在の日本では血筋は保てても代々続く資産家というのは、税制上不可能になっているが(だからBLに出てくる、「都心に広大な土地を持つ何代もつづく名家」というのはウソだ)、ヨーロッパ行くと、たどるとどこぞの国の王家に連なっててお城持ってる人が、普通に街のなかで地味な生活送っていたりする。代々の資産家のお家というのは、やはり何代かに1人は浪費家が出て傾きかけたりして、それを反面教師に次の代が頑張って、閨閥結婚を繰り返し、金に群がる他人に辟易して人間嫌いになる、というのがパターンなような気がする。ブランド物には興味はないが着ている服は流行とは無関係で誂えたものだったり、節税のために自分の持ちものである古いマンションに住んでいるけど、かつてはご近所ワンブロック全部敷地だったとかね。アエラに紹介されていたお嬢さんちもそうだったろうし、私の知っているお金持ちもそんな人が多い。自分も経験は財産だと信じて疑わないから、今の20代が貯金が趣味で旅行にもお酒にも車にも興味がないというようなデータを見るにつけ、なんで若いうちに遊ばないんだろうと思っていたんだよ。社会や経済状況が許さないんだろうけど、若いうちから夢もなく老成していたら、後年、どんな中年になっていくのやら。あっ!経験の代償行為としてBL読んだり書いたりして妄想するのか!そうか!そのほうが与えられる現実に失望することがないから萌えは昇華するかもねえ。今回のアエラでは、自分の力で成り上がったお金持ちたちの話が面白くて(そりゃまさに、波乱万丈な経験があるからだ)、カツマさんと対談していたワタミの渡邊美樹さんとかOKウェイブの社長さんの話は、貧乏くさくていいよねえ。社長になっても成功しても贅沢できないなら頑張る意味がないよねえと、またしても若者たちの夢を砕いてくれるのだった。でも要はそういう精神を受け継ぎつつセンスを磨けばいいわけだよね。渡邊さん、某医師との対談をセッティングした時お会いしたが、表面的にはいい人っぽいが、苦労しているし自社の社員に対しては怖い人らしい。でもあの腰の低さは見習って欲しい人がたくさんいる。それより同号では「主要100社のホンネの給与明細」が面白かった。いやはや、上場企業に縁のない自分は、悲しくなるからよそ様のお給料なんて知りたくもないが、やっぱり業種によって意外なほど落差があった。自分は出身大学の平均とほぼ同じで、それほど負け組みではないことがわかって、ちょっとホッとしたり(やっぱり気になるもんねえ)。まあ金融とかの実業に行く人間が少ない学校だったから、全体としては旧帝大系の国立大の足元にも及ばない。そしてやっぱりこんな時期でも目玉が飛び出るのは外資金融のサラリー。23歳私立大卒の女性が年収950万(ゴールドマンサックス)、27歳男性が1500万(モルガンスタンレー)ですって!まあ、トレーダーさんは花形でいられるのは数年だし、命削る仕事だからうやらましくはないが、邦人金融と比べるとその格差に唖然とする。この表でもっとも年収高いのは30歳男性2400万(GS)だが、こんな人は40前に隠居生活に入れるなあ。あ、でも何年か前、東洋経済かなにかで年収1億のサラリーマン(!)の給与明細というのを見たぞ。もちろんトレーダーで、たしかボーナスが7000万ぐらいだった。一体どんだけ税金引かれるんだろうな。とりあえず今週のアエラからは、「もう見栄を張らなくたっていいんだよ」ということを学んだ。人間地道に暮らして使うべきところ(経験)にお金を使うべきだ。ただしもう十分経験はしたよという自分だからそう思うのかもな。蛇足:億まで行っちゃうと想像を超えているのでもう高いのか安いのかわからないけど、以前、きものの展示会で1億円の紅型の帯というのを見た。丸帯だったから舞妓さん用だろう。こういうのは工芸品の域だから値はあってないようなもんだろうけど、こないだ社内の車好きの男性と話していて、フェラーリなんて足元にも及ばない車があることを知る。F1カーとかじゃないよ。普通に公道走れる2シーター。ブガッティのヴェイロン。お値段199,000,000円也。プレミアムついているわけでもアンティークでもない新車価格が約2億。消費税でメルセデスのCクラスが買えちゃう。工業製品のはずの乗用車が、どこをどうやったらこんなに高くなるのか不思議。ボディーはプラチナとか? ジェット燃料で走るとか? わけわからん。そしてその車が事故ってぺしゃんこになりスクラップにされる画像をみせてくれた。およよ~。そして彼は、日本橋でその車を見たという! 私も見たい~! 運転させろとは言わないから、せめて助手席乗せて~!1/12モデル。おもちゃだって55500円也それにしても景気の悪さよ。
2009.01.23
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水曜は表参道でデザイナーちゃんとランチして、その後西麻布の別のデザイン会社での打ち合わせとポジ選びを頼まれたので、てけてけ徒歩で青山から麻布へと南下。表参道ヒルズとは逆の方向へとブランドストリートを通り抜ける。その前にアニエスbの対面のカフェでランチしていたときも思ったけど、D&G,プラダ、カルティエ、クロエ。そうそうたるブランドショップはたしかにセール中だったが、いずれも客が入ってない。夏や去年の冬のセール期は平日だってこんなに閑散としていなかったような。日本人デザイナーの旗艦店は言うに及ばず。お気に入りのイリエの前も通ったけど、やっぱりガラガラ。そういえばアニエスbのあるランチストリートは、入ったことのあるお店が多かったんだけど、結構クローズしている店が多かった。新しい店になっているわけでなく、閉じたまま看板が外されていたり、板で囲まれていたり。なんか痛々しいし、こういうところに経済不況を感じるなあ。やっぱり景気が冷え込んでいると、テナント料がバカ高い地区のショップや飲食店はたいへんだ。根津美術館近くまでやってきて、懐かしいフロム・ファーストに、やっとひやかしで入ってみたけど、ここもガラガラ。表参道ヒルズのほうに客が流れているのも原因か。そうえいば、ヘンテコ建物(目を引くという意味で)が並ぶ青山スクウェア界隈では、ヘルツォークの設計したプラダのビルが一番面白くて好きだ。特に一階の壁がめくれて地下が見えるような造形的な面白さは痛快。プラダの服にもバッグにも興味はないけど、路面店の内装にこういうデザインを採用する脳みそがいい。それにしても、ここもどのフロアもスタッフが所在なげにカウンターに集まっておしゃべりしていたな。表参道午後3時ごろ。何度か行っているけど未だに名前が覚えられない、雑貨屋さんと一緒になっているカフェでのランチ(アニエスbの対面)。テラス側の椅子にはフリースのひざ掛けが標準装備しててあって、おしゃれさんたちは寒さを我慢して自分をディスプレイしていたよ。ごくろうさまなことだ。日替わりパスタのトマトカルボラーナパン(2種)、サラダ、ドリンク付きで1050円。この界隈では安いほう。味? べつに普通。
2009.01.22
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『眠れる月(1)』宮本佳野一時、一気にハマって過去の作品まで遡って読みふけっていた宮本さんだったが、さすがにつき物が落ちた。なんだか、どの話も同じに思えてきたから。それにどんな作品にも同じ顔が出てきて判別不能だ。根底に流れるものが、自分の大好物である「ゲイであることに後ろめたさを感じている青年が自嘲気味な行動に出て、なんか精神病んでいる風にふるまう」というのが、どれも同じパターンで、どの作品ももう一度読みたいと思わなくなってきた。連作というか長いシリーズが多いので、途中でわけがわからなくなる、というのもある。でも、あの独特の大人っぽいムードは貴重だから、新作が出ると惰性で買っていた。年末に出たこの作品も、やっと昨日読み終わった。でも今回のは面白かった。なにやら跡取りの男子が早死にする旧家の謎解きで、ちょっと設定やなぞめいた双子の雰囲気は「百鬼夜行抄」にも似ているけど、全然違って、宮本さんのもまたいい。特にタイムスリップした明治時代の雰囲気が好きだなあ。なんだ宮本さん、とんがった今時の男たち(タトゥー入れたり美容師だったり)より、こっちのレトロ世界のほうがいいじゃないか! ただ、この作品も長い話になるようで、今のところまだBLらしくはなってない。ちょっと京極同人やっている人の雰囲気だなあ。あの時代に男の部屋に勝手に入ってくるよな勘違いちゃんがいたいが、謎解き係がとりあえずノンケなのが自分的にはツボだった。
2009.01.21
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『プライド(10)』一条ゆかり世界をまたにかける不倫と片思いの話(笑)。へええ~一条作品で映画化されるのはこれが初めてなんだ~ちょっと意外。なんかあんまり観たくないけどな。この版型で一条さんの細くてびっしり描き込まれた線や、あふれる台詞を読むのがどうにもつらいお年頃。ランチ時に一気に読める話だけど、目が疲れる(笑)。それにしても加齢による作画の崩れ具合は止めようがないのが残念だ。顔の造形のバランスが歪んでいるって、致命的だと思うんだけど、編集さんも怖くて指摘できないんだろうか。確かにこの作品には、これまでの一条さんのキャラとはまったく描き方の違う目の登場人物がいるから(シオちゃんとフィアンセ)、チャレンジではあるんだろうけど、なんだか安定していないので、読んでいるとマンガ酔いする。それでも10巻まで読んでいるのは、オペラの話でウィーンが出てきて、シオちゃんの周囲のハイソなゴージャス環境が読んでいて楽しいからだ。相変わらずベティと蘭丸の音楽界でのポジションが全然不明だけど(クラシック芸者?)、まあCMにかかわったり映像で見せるタイプのクラシックアーティストも珍しくなくなったから、シオちゃんのステップアップはありえる。教師もライバルともあんなに仲が良いのはありえないとしても。で、思ったとおり萌ちゃんは私生児を産んで、あのどうしようもない飲んだくれの母親がそれをゆすりのタネにする気満々で、ますます目が離せないじゃないか(笑)!萌ちゃんの背景は大昔から少年少女マンガの王道設定だが(片親、愛されない子ども、超貧乏、性格特殊、でもなんらかの才能に超恵まれている)、最初の巻で、ハウスクリーニングのバイトしながら声楽を学んでいるという設定に吹いて、以来、いろいろまちがったクラシックの扱い方が面白くてここまできちゃったよ。これ以上絵が崩れると、もうちょっとついていけないけど、一話完結の「有閑倶楽部」を除いては、最長の作品になるんじゃないのかな? ジジイもビジネスマンも登場する大人の(と読み手が感じる)世界のマンガは、一条さんがずっと描きたかったのではないか。子どもの頃、「5愛のルール」という広告代理店の話があって、まだ京王プラザホテルぐらいしかなかった新宿西口とか、出来たばかりのサブナードとかがリアルに出てきて、東京にあこがれていた自分は胸をときめかせたものだ。でも大人の世界が少女マンガにはふさわしくないからと、編集からプレッシャーかけられていたと、後日、文庫版に一条さん自身がバラしていた。だから長いこと単行本にもならなかったんだな。一度もお勤めというものを経験したことのない人が描く社会の仕組みや組織の話は、同じように未知なる大人の世界に興味津々だった子どもにはとても新鮮だったのだが。あ、そうそう。本文の紙質落ちているし、カバーの紙も斤量かなり落としているのかペラペラだ。これじゃあお風呂で読んだらすぐに反っちゃうよ。去年の紙の高騰の影響がこんなところに!
2009.01.20
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『長州ファイブ(2)』ユキムラえっ、これで終わり?1巻を読んだときは、これから延々激動の時代に日本の礎を築いた青年たちの話が読めるんだ~とドキドキしたのに。海臨丸の話は知っていても、イギリスに渡った5人の話は、全然詳しく知らなかったので、ちゃっかりマンガ読んで済まそうと思っていたのに。なんかあっさり終わっちゃってびっくりしたよ。そしてこのマンガが、映画のコミカライズと知って、あーなんか角川のマルチメディア戦略くさいなーと思ったら、あにはからんやエンターブレインだった(角川系)。でも映画はとっくに公開されていて(全然記憶にもない。話題にならなかttのか?)、なんで今さら?という感は否めないのね。ユキムラの絵柄は、BLでもありがちだけど、いかにも新興ゲーム系の絵だよね。少年漫画を読んで育っているイメージ。掲載誌「ビーズログ」はB5版形だよね? これだけコマ割大きいとかなり迫力あるだろうなあ。井上馨や伊藤博文がロンドン行っていることは知っていたけど、5人一緒とか、密航だったとは。表紙や表4はいかにもBLっぽいんだが、当たり前だが全然そうはならないのだった。彼らがイギリス渡ったときって、例のロンドン万博はまだ開催されていないのかな? いくらお金もらっていたのか知らないけれど、受け入れ先がやたらフレンドリーなのが気味悪い。時代的には「アンダロ」や「エマ」とかぶるよね。市内ですれちがっていてもおかしくない。だめだ。ヴィクトリアン萌えの自分にはBLの文脈では読めなかったし、環境描写が薄くて物足りない。帰国後、次第にオヤジになっていく彼らはどうでもいいけど、残った3人がどうやって鉄道や造幣やエンジニアリングの勉強をしていたのか、という話を読みたかったよ。あ、BLではないけどBLも描く作家さんだからコミコミでも扱っているのね。
2009.01.20
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なんか最近、まともにピアノに触るのが週に1回ぐらいしかない。まずいなあ来週末は今年最初のレッスンなのに。なんか平均律14番の4声のフーガがなかなか形にならない。好きなタイプの曲じゃないから入れ込めない。プレリュードは1回で上がる自信があるのに、どうしよう。スケ2も通して弾けるようにはなったけど、なにしろこれだけ緩急がめまぐるしい、メカニズムも自分の手には余る10分を要する曲を通しで弾くと、すんごい体力消耗する。集中力途切れるとまたたく間に音はずすし。ああやっぱり人前で披露できるレベルまでには仕上がらない予感。でもまあ、普通に週1のレッスンでも3カ月かかると先生は言っていたから、月1の自分が半年で上がったら早いほうなのかも。……しかし、昔少し弾いたときも、「ここは絶対無理!」と思った箇所は、相変わらずてこずることはてこずるけど、やっぱり解決策は練習量しかないんだよね。どんなに弾きづらいフレーズだろうと、掴みにくい和音だろうと、結局は時間をかけてさらえば、そのうち弾けるようになることが、やっとわかった(何年やってんだ遅すぎ)。今まで途中で放棄してきた曲のほとんどが、自分の練習不足を棚に上げて「飽きた」なんて言ってたんあから呆れる。作曲家への冒涜だったわ。でも与えられる曲を弾くのはまっぴらごめんなので、好きな曲しか弾きたくない。でも好きな曲の半分は、別にあえてレッスンに持っていかなくても自分で上げられるレベルだし、残りはレッスンにもっていっても先生が途中で音を上げるほど自分の手に余る曲なんだよなあ。そこが問題。先生もさ、大人の生徒さんへのレッスンは力入ってないから、シューマンの「幻想小曲集」の時もドビュッシー「月の光」、エルガーの「愛の挨拶」も、1回弾いて「こんなもんじゃない?」って感じだった。構造が単純な曲だと、曲想その他は「全部自分で考えろ」ってことなんだろう。去年からちびちびと譜読みしている「道化師の朝の歌」は、一回先生に打診したら「ふっ」と鼻であしらわれたけど(分不相応だから。多分先生も弾いてない)、同音連打もアンダンテから少しずつ早めていけばいいわけだし、一生無理かと思っていたダブルグリッサンドが、いろいろ方法を変えてトライしたらちょっとだけコツがつかめてきた。「力を入れない」で弾けば、指は滑っていくのだった。まだかなり痛いけど。3度より4度のほうが弾きやすい。こうして弾けなかった部分が少しずつ弾けるようになるのはうれしい。楽しくはないが。「道化師」は、10代のころは聴いてもどこが面白いのか全然わからなかったし、そんなに難しい曲には思えなかったけど、後年、ラヴェルのなかではもっとも難しい曲に位置することを知った。トータルでみたらドビュッシーの前奏曲集を通しで弾くほうが大変だろうけど、ほほお~そんなに難しいなら楽譜を見たいと思って買ったのが20代の終わりごろ。でも以来全然鍵盤には移していなくて、去年、唐突に弾き始めたら、あのリズムが面白く感じられる。これは老成したというべきだろうか。そういえば、ドビュッシーよりラヴェルのほうが自分は弾きやすいんだけど、ラヴェルは手が小さかったんだろうか。先日、NHK教育で、もっとも油の乗っている頃のアルゲリッチのト長調コンチェルト(ラヴェル)を見たけど、もう目にも留まらぬ速さってこれだ~ってぐらい鮮やかでキレがよくて音が立っていて見ていてかっこいい! この番組では50年代にミケランジェリが最初に来日した頃の貴重な映像もチラッとオンエアしてくれていて、やっぱりラヴェルを弾いていた。この映像全部見たいよ~!それから、15歳のキーシンが弾くスケ2。身体をグルグルと回しながら弾くのは、先生に直されなかったんだろうか。いかにも若人の弾くスケ2という感じだったよ。ピアノ曲はせいぜいフランス近代~ロシア近代までしか理解できないけど、弾くほうもそろそろラヴェル~ドビュッシーをちゃんとみてもらいたい。月の光だのじゃないレベルのレパートリーがほしい。
2009.01.19
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久々の自炊ネタ。お正月用に買っておいた黒豆が、封も切らずに賞味期限切れになりそうだったので、ちょっとアレンジ。お節の中にも入っていたけど、黒豆は赤ワインに大層良く合うので、余分に買っておいたのだったが、なんか年末年始はほとんどワインを消費しなかった。というわけで、チキンのディアボラ風黒豆赤ワインソース。なんか無理やりだ(笑)。でもパサパサになりやすいモモ肉を開いて重石をして皮側だけ焼くというのは、本当に簡単でうまく出来て、パサつかない。モモ肉はお安いから家計にやさしいし。落合シェフ、ありがとう!塩コショウを控えめにして重石をして(これで均等に火がとおり、皮が縮まない)強火で1分、パチパチしてきたら中火で2分、重石を外してここに黒豆をシロップごと投入し、赤ワインとお醤油をチロッと入れてふたして弱火で約3分で完成。あら、おいしい~!これはワインにもビールにも合うな。
2009.01.18
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『秘書とシュレディンガーの猫』榎田尤利年末のお楽しみにと寝室のサイドテーブルに載せていたら、猫が乗ってヘッドボードの後ろに落としていたらしく、しばらく発見されなかった。見事に猫つながりで行方不明になっていた本。木曜に甲府までの片道90分で読み終わった。面白いけどなんかシャイノベルズは薄くて字組みもゆるいし、枚数的にも中篇規模なので、すんごく期待する割には肩透かしを食うことが多い。そもそも、榎田さんの本は、自分の中では当たりはずれがありすぎて、去年の後半は壊滅だった。ルコちゃんも1冊目ほどのインパクトはなかったしねえ。でもこれは「シュレーディンガーの猫」という物理学用語(ずっと数学分野の解けない定理だと勘違いしていた)で「面白いかも……」と思って一気読み。なんか仕掛けは複雑なのに言いたいことはシンプルで、あとはみんなブラフです、みたなお話だった。面白いけど、最近、粘着系の水原さんやじっくり書き込む烏城さんとか続けて読んでいるもんだから、やぱりちょっと浅い感じは否めない。誰が誰とくっつかは読み始めてすぐにわかるし、謎は半分読んだところで解けたし。お互い第一印象最悪なのがカップリングになるというのも、BLの王道ではある。場面転換の部分で、古風な明朝系に書体を変えて、すでにいない老人の日記の一節を書き込む手法は好きだ。別の次元で作品の謎解きを誘導する、というのはミステリーなんかでよく見る手法だ。演劇でも、舞台にいない人間のモノローグをト書き風に音だけで聞かせるというのがあるよね。猫は重要な小道具ではあるけれど、私みたいな筋金入りの猫好きにとっては、描写が物足りない。ただ、猫の存在理由の部分はほぼ同意。あれはあのままでいい動物。作家さん自身、2匹のロシアンブルーにメロメロみたいだから、行動とかよく観察しているとは思うが。犬は人との関係性でしか描きようがないけど、猫ってそれだけで完結しているから、物語の小道具にするのは難しい。人を信じなかった老人が、どうして猫だけは許していたのかという部分の説得力は弱い。人を猫に仮託するのも、BL読んでいると「犬設定」が多いから慣れたけど、ただの年寄りの娯楽にしか思えなくて、ちょっとエピソードが足りない気がする。さて、金の亡者の攻が心変わりをする(というか受に恋する)瞬間が1ページに凝縮されていて、そうとう凝った印象なんだけど(風が吹いていた、とかある種の心象風景で、しかもフラッシュバッグで語られる)、その部分がかっこつけすぎて、失敗している。あんなことぐらいで(攻が遭遇した受の問題のシーン)心変わりするたあ、随分根の浅い守銭奴だと思った(笑)。そうか、全体にもっとページがあれば、エピソード増やして丁寧に書けたんだろうなあ。都心に広大な敷地、荒れ果てた庭、古い洋館という環境はすごく好み。ありきたりではあるけれど、使いこなし甲斐があるよね。20代の頃住んでいた目黒区の端っこにも、小路と小路が鋭角に交わるデルタ地帯を占有する広い敷地を持つお宅があって、門扉はさびていていつも閉ざされ、庭は草ぼうぼうなのに、裏手に回ると確かに古い洋館が建っていて、新しいゴミ袋なんかが見えて、人が住んでいる気配はした。今でもあるんだろうか。高級住宅地でもある碑文谷の近くだったから、世帯主が亡くなったら、相続税払えなくてあっという間にサラ地にされて分譲マンションが建ってしまうんだろうなあというところだった。ああ、それよりペットラヴァーズシリーズは、最初の「犬」しか読んでいないんだが、仁摩氏って出てきたっけ? 今回の登場人物のなかで一番自分が食いついたキャラだ。この人の話もそのうち読めるわけだな。よしよし。桁外れのお金持ち設定は好みだ。どうもね、みんな金持ち設定間違っているのが多い気がする。相当のお金持ちで何もしていない人(不労所得だけの人)って、この本の老人みたいに本来人付き合い悪い人のほうが多いから、仁摩氏のように社交的で趣味でビジネスしている人ってリスクも背負っていることには違いないと思うんだ。本当にお金持ちだと、お金使うことにすら興味がないんだよね。と自分の周囲のお金持ちを見ていると思う。挿絵は志水ゆきさん。「是」は掲載誌で断片的にしか読んでいないけど、人気があるよね。一番美しく描かれているのが仁摩氏だったのが笑える。
2009.01.18
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山梨は寒いわけではなかったけれど、盆地の端っこ、旧上九一色村当たりまで、窓全開の車でかなりの道のりを走ったのと、風が強かったのでなんかやばいと思っていたら、やっぱり風邪ひいた。帰ってきた日の夜、もう足が一歩も前に出ないぐらい疲れていたのはその前兆か。昨日はずっと鼻がぐずぐずしていたし。でもまだ熱がないし、体が動くからだいじょうぶとおもっていたら、今朝はきっぱり感染している鼻水だった……。どうしていつも、午後は病院がしまってしまう土曜に調子が悪くなるのか。そして午前中はずっとベッドから出られなかった。まだ悪寒も熱もないけど、とりあえず風邪引いたときに必ず飲むホットワインを温める。これ、クローブやナツメグ、シナモンが入っているホットワイン専用なので、わざわざ自分つくらなくていいのが便利だし、実際、甘くて飲みやすくてすごく体が温まる。ドイツでは子どもたちも風邪気味の時は必ず飲むという。ホットワインで体も心もホッカホカ♪【グートロイトハウス】 グリューワイン 甘口赤 1.0L 0116NEW10ウンダーベルグ(こいつも謎の薬草酒)を教えてくれた友人(ドイツ駐在経験あり)から、大昔にお土産でもらって、以来結構探しているんだけど、長い間日本では買えなかった。数年前に発見し、昔飲んでいたのとはラベルが違うけど、きっと同じものだろうと思って、毎年2本くらい消費する。甘いからデザートワインのように冷やして飲んでもおいしい。そして今日、しげしげとラベルと読んでびっくり!ずっとドイツのワインだと思っていたら、原産国:EC(ヨーロピアンコミュニティ)なんて大雑把な(笑)。いろいろ混ぜものしている安ワインだけど、たとえば製造はドイツで、あとはブドウもスパイスもヨーロッパ中から集められたものだと考えると、ちょっとロマンティック。日本では神戸の白鶴酒造が輸入している。楽天でも扱っているショップがあるみたい。さ、とりあえず寝室でDVD見ながら今日は寝るぞ。うれしいことにおなかがすかないからダイエットにもなるかも。
2009.01.17
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つ疲れた……初対面の人間から本音を引き出すためにイタコ状態になって集中していたせいか、山梨から戻って家の最寄り駅まで着いた時には、まともに歩けないほど疲労していた。こんな日はネガティヴシンカーになっているから、いろいろ仕事について書いていたら大層重いものになったので、一旦全部消去。やっぱり事実だけの食べブログにする。昨日もお昼を食べそこね、今日も食べられない気がしたので、新宿駅構内のベックスコーヒーでモーニングを食べる。モーニングAセット390円也(ドリンク付き)。やっすー! 見た目もコンパクトでかわいー。しかしこれが安かろう不味かろうを地でいくすばらしいシロモノでさ。まるでプラスティックのようなベーコン。電子レンジでつくったどろどろのスクランブルエッグ。フードプロセッサーで粉砕したようなレタスがお見事。かろうじてパンは焼きたて+バターで食べられたが、対価以上のものを提供しないと生き残れないご時世なのに、このチープさはどうしたもんだろう。日本人の繊細な味覚をなめるなよ!JR駅構内に多く見かけるファストフードカフェだから、どうせJRの資本入っているんだろうな。1時から面会の予定だったので、昼は食べられないと思っていたのに、迎えにきた初対面のインタビュイーが「ここは絶対おいしいから!」といきなりラーメン屋に連れて行かれる。ええー朝ごはん食べたのに~。これは誤算。連れて行かれたのは中央市のラーメン屋「とんとん」。古びたどうってことない家屋なのに、メルセデスからBMWまで駐車場はぎっしり。むむむこれは期待がもてる。11時開店で12時過ぎるとみそラーメンが売り切れるという。ななんで? 麺は手打ちの極太だったけど、量が多くないので(したがって男性はほとんどが大盛をオーダーしていた)なんとか失礼のないように食べられた。食べたのはとんとん塩ラーメン。とろとろの三枚肉(極厚!)が2枚鎮座している。こここれ、山頭火あたりだと1200円とるラーメンだよね? それが630円。すばらしきかな地方価格。太い麺は好みじゃないのに、ここのはおいしかった。手打ちのラーメンって初めて食べるかも。スープもシンプルなんだけど印象に残る奥深さで、最後まで飲めちゃう。夜は石和温泉の糸柳の場所を確認し、石和温泉駅からかいじに乗る。ここの旅館の朝食がすごいと聞いているので、そのうちぜひ行こうと思っている。時間調整で入った駅前のジャスコ内の和食の店で食べた花篭膳980円これまたお見事なコストパフォーマンス。一口サイズがちまちま数多くは自分の望むところだ。この手の篭盛膳は京都あたりにいくと平気で3000円以上とるからな。東京ではこれだけ場所とる盛り付けはCP悪くなるからまずやらない(笑)。まあ、刺身もないし(かわりにネギトロ乗せごはん)、煮物も出来合いっぽいし、コストかかる材料はタイ産の冷凍海老天ぷらだけだが、演出効果もあって眺めて楽しめる。おいしいわけではないから大分残しちゃったけど、一口みつ豆に入っていた求肥がおいしかった(って、そこかよ!)。
2009.01.16
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ネ、ネタがない……。昨日は以前取材したカウンセラーの先生に再び話を聞きに行って、5時間もつかまる。話聴くだけで、こんなに疲れるのはなぜだ? 本格的にTA心理学の話をきいて、知識の浅い自分はついていくだけで精一杯……。やっぱり一度ちゃんと勉強しないとだめだろうなあ。本読むだけじゃ、エゴグラムだってすっきり納得できないことが多い。でも下手にゲーム理論とか詳しくなっちゃうと、ただでさえも人とのかかわりが薄い自分は、こわくて誰とも会話しなくなりそうだ。ところでこの先生のオフィス兼自宅は、新浦安駅前の32階建てマンションの30階にあるんだが、眺めがすばらしいのね。昨日は晴天だったので、富士山はもちろんのこと、雪を戴いた群馬~山梨方面の山の稜線から、内房の内陸線までが一望でき、その手前に広々と海が広がっている。さえぎるものがない景観(しかも高層から俯瞰で)で暮らすってどんな気分だろう。このマンション、コンシェルジュブースはあるし、住人が使える高級ホテル並のラウンジではソフトドリンクやケーキが格安で提供されるし、ちょっとこうしたホテルサービスがついているといいなあ。ここまでゴージャスじゃなくてもいいから、年を取ったら、たとえば食事のデリバリーとか家事サービスのついた高専賃のようなところで暮らしたいなあ。客が来ても部屋に通さなくて済むラウンジがあればなおよし。でも現状、かなりハイコストなところばかりなんだよねえ。先生のところは、多分2LDKくらいのコンパクト設計だけど(自宅は別に徒歩10分のところにある)、なにしろ天井が高い。うちも260cmで低くはないけど、ここは3m近くある。建具の全長も220くらいあるから、バレーボールやバスケット選手向きかも(笑)。もちろんすべて輸入ものらしく、ドアも棚も厚さが半端ない。そしてカーテンの長さで目がくらむ。無論オーダーじゃないとありえない長さ……お金かかりそうだよねえ。全体に欧米サイズなんだな。海外の不動産物件みてると、よく平米じゃなくて立方で表示されているけど、天井の高さって重要なんだよね。リビングはさして広くなく、15畳くらいだと思うんだけど、そこに昨秋うかがった時にはなかった60インチくらいの液晶テレビがドン! と置いてあった。シャープの亀山モデル。でっかいなあ……。15畳でも大きすぎる気がする。だってテレビが主役の部屋になっちゃう。「年末に亭主がね、ちょっと車洗ってくるって出かけたと思ったら、電気屋さんごとつれてきてあっという間に設置しちゃったのよ。私が忙しくしているときに限って、まったく男って……」そのご亭主もかなり知られた医者のはずだが、勤務医の夫よりはるかに稼ぐ妻からしたら、「私に相談なしに耐久消費財を勝手に買わないで」ってことなんだろう。ダンナもスキを狙って速攻で既成事実をつくっちゃうところがおちゃめさん。とりあえず自分は二泊三日の某臨床心理学のアカデミーで二泊三日の基礎コースを学ぶよう勧められた。仕事がヒマになったらぜひ受講したいものだ。今日はこれから山梨出張。なんかネタが拾えますように。
2009.01.15
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『LinS』烏城あきら年末から通勤バッグに入れっぱなしで年を越したので、足掛け2年がかりで読んだことになる。年末年始は結局、BL小説は読めなくて、京極の新作と吉行淳之介とカート・ヴォネガットを読み耽っていたのだった。烏城さんの、6年くらい前の書き下ろし。丁度「許可証」シリーズの連載を始めた頃らしい。まだデビューして間もない頃だと思うから、なんか初々しいのかと思ったらそうでもなく、えろシーンとかかなり手馴れた感じてすんごく丁寧で(笑)。時折出てくることわざとかたとえ話は、やっぱり烏城さんが社会人経験がそれなりにある人であることを感じさせる。さて、お話は美容師×リーマン。しかも年下攻め。結構登場人物が多くて込み入っているのに、どの人もちゃんと性格設定ができていて、印象に残る。攻の思いが通じて恋人同士になってハッピーエンドかと思ったら、それから大きな事件が起きるあたりも、およよな展開だ。ストーリーテリング的には、正統的じゃないよね。でも前後編としてみれば納得できるし。それより、美容師、商店街、シャンプー台エッチというのがどうにもデジャビュだったので記憶をたどってみたら、去年読んだ榎田さんの「理髪師の些か変わったお気に入り」にそっくりなんだな。いやべつにパスティーシュでもオマージュでもなく、理美容師設定ならやっぱりあの高さが上下してフラットになる椅子は必須の小道具だろうし、榎田さんのは理容師×美容師だった気がするから、ストーリーは全然違うんだけど、どうにもね。おいしいコーヒーを出す喫茶店とかの使い方も、あれれというぐらい似ている。そして私は榎田さんのほうを先に読んでしまったけど、烏城さんのほうがずっと前に発行されているんだよね。うーん。えちシーン、一体何カ所あるんだろう……最初のうちはすごく丁寧に書かれているからじっくりおいかけていたけど、あまりに回数が多くて途中でわけがわからなくなる(笑)。でも濃厚なえろという感じではなく、本能に正直な年下攻めが恥ずかしがる年上受け(しかもお客さん)を徹底して甘やかすというらぶいものなんだ。レズの弁護士、刑事とその部下、ゲイの洋装店カップル、ヤクザの娘とか、にぎやかな脇キャラはお見事。ただね。カップルは3歳差でことあるごとに受けは「オレのほうが3つも年上」とか言っているが、もう一回り違っていたって驚かない年齢の自分には、3つ差ごときにこだわる理由がわからないのだった。
2009.01.14
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連休最終日、家で仕事をしないといけないはずだったのに、やっぱり無理だった(泣)。火曜の夜のプレゼン用の資料は明日早く会社に行ってまとめよう。で、今日はなにをしていたかというと、発作的に古いマンガを読みたくなって近所のぶこふを3軒回った。思えば一昨年の正月前後は、狂ったようにぶこふ巡りをしていてBLを買い漁っていた。本格的にBL読み始めて日が浅かったので、とにかくおすすめ本を手元に集めてから読もうと思っていたのだったな。あれからゆうに500冊は読んでいるけど、まだ飽きない。それにしても本屋に行くと1~2時間なんてあっという間だ。3軒も回れば推して知るべし。あああ正しい休日は昨日に限っては後悔の休日だった。でも、なんか抽選会をやっていたらしく、1000円ほど買ってくじを引いたら300円分の金券が当たった(嬉)。買ったのはいずれも70年代の少女マンガの文庫版。自分の青春プレイバックのはじまりはじまり~! 『風と木の詩(1)』竹宮恵子「風木」は連載時には読んでいないんだよなあ。義務教育中は「少女フレンド」と「りぼん」が家に届けられていて、学校では「マーガレット」をまわし読みしていたから、新興勢力だった「少女コミック」とは縁がなかった。つまり萩尾望都も大島弓子も、風木も読んだのは随分後になってからだった。それにしたって、最後に読んだのはもう四半世紀は前のことで、萩尾さんのギムナジウムものはたまに手に取るけれど、竹宮さんは「変奏曲」シリーズ以外、それほど夢中になったことがないのだった。ああ……この人は造形も漫画的表現も少年漫画なんだなあ。萩尾さんが映画的な画面構成としたら、竹宮さんは舞台劇的なオーバーな画面構成なんだよなあ。なんかポーズや効果線、擬音の果てまで、いちいち大袈裟なんだ。静けさが足りない。これは中学の自分が読んでも好きにはならなかった類の作品だ。ジルベールは16、17歳くらいだと思っていたけど、よく読んだら13歳だった。およよ。頭がおかしいんじゃないかってぐらい淫乱な13歳だな。そんなむちゃくちゃな行動で友情とか人の好意を試そうとしている。これはだめだ。こういう、誰かの気を引くために画策したり、気になる人の行動にいちいち嫉妬したりすることがなかったせいかなあ。だから今になって「人を見る目がない」とか言われちゃうんだが。こういうのはBLにつながる系譜からは外れているような気がするけど耽美ではある。そういえば「グレープフルーツ」の前身だった「ペーパームーン」ではよく竹宮さんご本人が登場して、趣味全開の話をしていたっけ。中島梓氏との対談とか、バレエとか美少年とか少年合唱団とか玉三郎とか。ビアズレーとかミュシャとかアールヌーボーとか。今はBLがあるから、美術や芸術に代償行為を求めなくても、萌えが満たされる時代なんだなあ。『ティータイム』一条ゆかりこれははっきり覚えている。一条さんらしい作品。そして表題作には高校出たての松苗あけみがアシスタントとして参加しているらしい。一条さんや大和和紀さんのように、ひたすら細長い王子様が得意な作家さんたちは、主にエンタテイメント作品を量産していて、ゆえに少女マンガ史のエポックメイキングにはなり得ない。「はいからさん」や「あさきゆめみし」は抑えておくべき作品として語り継がれるだろうけど、一条さんも大和さんも年齢的には同世代なのに「24年組」の文脈で語られることはないよね。あれは小学館の陰謀だったのか?たとえば山岸さんはもう絵がアレだし、大和さんも新作が話題になることはないけど、一条さんって良くも悪くも変わらない。「プライド」は音楽モノだからなんとか読んでいるけど、面白いのは萌ちゃんの性格だけだし。この作品も、設定すべてがはずかしい。なにしろ主人公の名前は金髪ロンゲで名前は紫苑(フランス人のハーフ)。姉・シルヴィー・早乙女が弟への禁忌な思いに耐えられず自殺。ママンはモデルエージェント、父は小説家。なにやらお金持ちの私立校に通っていて、豪邸にお手伝いさんつきで、高校生が一人で暮らしているという設定。あははははは。ありえねーっつうの。お手伝いさんは20代半ばで化粧っけもない男前で、恋人を山岳事故で亡くしていて、もう恋はしないと決めているのに、なぜか金髪ロンゲの主人公が恋をして、17歳でプロポーズ。脇でも、バリバリのキャリアウーマンがやもめの喫茶店のマスターに恋していたり。ないないない(笑)。読み手が感情移入できる等身大なキャラとして、きゃあきゃあうるさい、行動も発言もおばかな子がいて(いわゆるドジッ子)迷惑かけまくっているのに、大泣きして「ごめんなさい」と言えば許される。ああ王道(笑)。こういうので育ったから、いろいろ間違っちゃうんだよな、自分。はい。反省していますとも。『飛鳥昔語り』清原なつの「ぶ~け」で清原さんを読んでいたのは大学生の頃だと思っていたのに、この本収載の初出はほとんど「りぼん」だった。でも、ほとんど読んだ記憶があった。この人のラインが、今の私のマンガ好きを規定しているのかもしれない。今読んでも色褪せない、卒業する必要のないマンガ。アカデミズムっぽかったり、ひねりの利いたジョークがあったりして。ああでも時間切れ。これからじっくり読むぞ。
2009.01.13
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思い立って昨日は結構(といっても2時間くらい)ピアノを弾いていた。次にみてもらう予定の平均律は、プレリュードはもう上がっているのだが、4声のフーガが面倒くさいなあと年末にちょっとさらったときに感じて、そのまま放置していたけど、そろそろ曲の流れを頭に入れないと、また2ページのフーガに何カ月もかかってしまいそうだ。あとはそろそろスケ2は仕上げに入らないといけないけど、その前に、平原綾香がショパンのノクターンを歌っているのを思い出し、久しぶりにノクターンの楽譜を探し出す。最近随分とクラシックをヴォーカライゼーション(で合ってる?)する曲が多いなあと感じていた。アニメの「のだめカンタービレパリ編」のオープニングでゴスペラーズが歌っていたラフマニノフはなかなかよかった。まあラフはもともとヴォカーリズを作曲しているし、人の声で歌いやすいメロディーラインをもっているんだな。ノクターンはヘンレ版を買いなおしていたんだが、相変わらず不親切な楽譜。自分のような「おけいこ」組にはもっと親切なほうがいいなあ。でも19番から逆にもどって1番まで、全曲通してみたら、結構全部弾けるのにびっくり!そうか! ノクターンは自分的に一番困難だと思っていた13番をレッスンで上げているから、とりあえず一番込み入った曲が上がっていればあとはなんとか自力で弾けるものなんだな。でもそれは、ノクターンレベルだから可能なんであって、スケルツォやバラードを「先に4番あげればあとの3曲は簡単!」というふうにはならないのが悔しい。ところでここ半年ぐらい、レッスンではバッハとショパンしか弾いていないんだけど、対照的な両者を引き続けているうちに、より構造的・数学的なバッハのほうが一旦仕上げてから先、何パターンも弾き方考えて変化をつけられる楽しみがあり、ショパンはなんつうかドラマをどう構成するかに重点が置かれるから、そんなの練習中に構築できるし、バッハのように何パターンもの解釈は受け付けないから弾けるようになるころには解釈も出来上がっていて、そこであっさり終わっちゃう。バッハが飽きないのはパズルだからだよな。数学は苦手だったが暗算は得意な自分には、直感的な算数は面白く感じられる。それに自分程度のレベルのレスナーにも楽しめる幅を持っているけど、ショパンは自分には手に余るが故に、飽きる。
2009.01.12
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『薔薇の瞳は爆弾』ヤマシタトモコ3連休だけど、1日は仕事のために費やさないといけないので、せめて今日は年末年始も読めなかった、昨年新刊で買っておきながら積読状態だったマンガのために時間を費やそうと決める。で、ヤマシタさん。去年だけでも随分本出しているよね。多作家だったとは知らなかった。この人の作品は自分のなかでは微妙で、まだ長編を読んだことがないのでなんとも言えないけど、お話として無駄な駄作はないけれど、面白いかと問われれば「うーん」という感じだった。ここ数年の新人さんの中では、青年誌出身ということもあって、結構評価の高い人だとは思うんだけど。刃傷沙汰に及ぶような、精神を病んだどろどろの暗い話は、他に日常設定でこういう純文学っぽい視点でBL描く人が少ないこともあって、その地味な絵柄ともよくマッチしていて読めるんだけど、なにしろ絵が全然上手くならない人なので、あの造形で「超ハンサム」とかの設定だと、「はあ?」と言わざるを得ないんだ。今回の短編集も、表題作がまさにそれだったが、まあコメディだから傷は浅い。さて、と。実はこの本、今まで読んできたヤマシタ作品のなかではもっとも娯楽に徹していて面白かった。シリアルからアホコメディまで、まさに闇鍋状態。でも、だからこそハレもケもあり面白いという。7本の短編+4本のSS描きおろしという大盤振る舞い。対米テロ活動さなかの中東でフォトジャーナリストが、武装したシビリアンのボスにプラトニックな恋をする話とか、寓話的だし耽美だし、オペラとかfとかに掲載されそうな話。あとはほとんどが、いつものように自分の性癖を恥じている男たちのぐるぐる出口のない恋愛話。表題作は、現実にはありえない、超イケメンがブサなドMに一目ぼれする話で、本人無自覚で、周囲をその眼力や笑顔に射たれて屍にしていくところとか、ギャグとして面白かった。でもマンガ表現としては、結構使い古されている手法ではある。それにしても絵は下手だし、エロくもないし、萌えもないけど、描きたいテーマがちゃんとあって、それが読み手に伝わっているというのは大事なことだ。でもやっぱりこの人、BLじゃなくてもいいような気がする。あとお願いだから絵はもっと練習してくれ。ちゃんと人体構造把握して、デッサンしっかりやってくれ。同じ人物が角度が変わると別の人に見える。それから挿絵はお願いだからしないでくれ。
2009.01.11
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『僕の知るあなたの話』鈴木ツタツタさん久々の麗人コミックスだけど、表題作は連載時に読んでいた。細切れで読んだ時には、それほど面白いと思わなかったけど、まとめて読むといろいろと妄想が膨らむ。相変わらずキャラクターのつくり方が秀逸だなあ。カップリングは、頭空っぽの精神の幼いホスト×情にほだされやすいヤクザ受けのヤクザはもともと攻ちゃんの母親の愛人だったことがあり、その頃、攻めが母親から虐待を受けていたことを知っている。それで妙に見捨てて置けない存在だったことを自覚している。一方、攻ちゃんは母親の数ある男のなかで、受けがもっともやさしかったことを覚えていて、密かに思いを寄せるようになる。無精ひげでアソコにパールもどき(歯ブラシの柄を加工したボール)を入れている、ワイルドなヤクザが実は受けというのも意外だし、親の愛情の不足と虐待によるある種の発育不全(いや、身体は十分色っぽいんだが)の顔だけがいいアホの子(泣きボクロの攻めって初めてだ)が、へらへらしながら、まるで生まれて初めて観た相手を親と認識するかのように受を慕いながらも、攻めだというのがいいよなあ。虐待を受けていても「いつか母親が帰ってくるかも」と部屋を解約しない攻めとか、その母親が惨殺されたことを攻めに言えない受けとか、どっちもわりと間違った方向に愛に飢えていて、そこが切ない。でも全体のトーンとしては笑えるというのがツタさんのうまいところ。受けの組の取引先であるおっさんとナンバーワンホストのカップルとか、親分とかボールドで声の大きな三下とか、かっこいい親分とか、脇キャラもなかなか目が離せない。愛情不足のピュアなおばかさんと、生活能力あるのかないのかよくわかんない不良中年というカップリングは、妙に新鮮。面白さという点では前の2冊のほうがインパクトあったけど、中篇くらいになると、キャラの背景までつくりこまないといけないし、たしかこのシリーズ、まだ続いていたような気がする。あ、そういえばなかで互いが向かい合っている横顔が、吉野朔美さんの絵柄にそっくりのシーンがあった。もともと似ている絵柄なんだな。でもツタさん、鼻と顎がとんがりすぎていて、ちょっと怖いよ。あとがきとカバー下が相変わらず笑える。
2009.01.10
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撮影に使う小物を借り出しに神宮前に行く途中に、久々にシェフズヴィでランチ。いつもの9種野菜のプレートがつくコースではなく、前菜とメインから1種ずつ選べるプリフィクスにしてみた。 前菜はカニとカリフラワーのグラタン。カリフラワー食べるの久しぶり。なんだろうマスタードの風味がするなあ。かなり固めに茹で上げたカリフラワーを、薄いマスタードシロップに漬けてからホワイトソースかけているみたい。でもカリフラワーに着色していない不思議。カニの身はほぐしてあるので、カニ風味ホワイトソースのカリフラワーかけ、みたいになっているんだけど、炭水化物の入らないグラタンは前菜にもなるんだな。メインはスモークサーモンのソテー。厚さ25ミリはあろうという肉厚のサーモンが、こっくりとしたチップで燻されてそれはそれは深い味わいにスモークされていて、それをさらにソテーしてあって、めちゃくちゃおいしい!無論中心部はとろけるようなレアで、皮はカリカリ。久しぶりに洋食系でおいしい魚の料理をいただいた。周囲に散らされている野菜は、キャベツと白菜と紫キャベツ。それぞれ別々に火を通して硬さを加減してあって、それぞれの野菜の食感の違いが楽しめるようになっている。こうして食べてみると、確かに白菜もキャベツも全然違う野菜に思える。ああおいしいなあ。ソースはヴィネガー使った軽い系なんだけど、ちょっと特定できなかった。どこかで食べた記憶はあるんだけどなあ……。ちょっとお醤油使ってる?別オーダーのプチデザートは、小さなタンブラーに5種類のスイーツを少しずつ詰めたプチパルフェ。下からりんごのジュレ、抹茶クリーム、ゴマのアイスクリーム。それにキメの細かい3色シフォンが添えてあって、飾りに謎の焼き菓子。見た目も、それぞれのお味も大満足! これにジンジャーカモミールティーをつけてもらった。パンも自家製だし、これでお料理1200円+200円(デザート&ドリンク)はお得。以前、一緒に来たデザイナーを呼び出したんだが、場所を再度聞かれて、「渋谷のカッシーナの上」と説明したが、彼女はカッシーナを知らず、映画館が入っていることを伝えると「ああ、トミーヒルフィガーの並びね」といわれた。互いのランドマークが違うと、同じ店なのにたどりつけないことってあるよね……。そういえば別の友人と表参道で待ち合わせしたときにも、どこをどう間違ったんだか、彼女はボディショップで待っていて、私はロクシタンで待ってたことがあった。年を取ってくると、違う店でもカテゴリーが同じだと、よく確認もせずに妙な確信もっちゃって間違うことってあるよな。でもギャップで買ったセーターをプレゼントしてもらったもののサイズが合わなかったので、交換してもらおうとユニクロに持っていったおばかさんの話も聞いたことがある。
2009.01.09
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『萌えの死角』今市子/『ダ・ヴィンチ2月号』今さんのマンガは、商業デビュー前、森川久美さんのアシスタントしながら「ななつのこ」(だったかな?)で同人活動していた頃から読んでいてずっとファンだったし、「百鬼夜行抄」は好きだけれど、どうもBLは萌えないとずっと思っていた。ニアフォモや幽かに耽美ではあるけれど、がっつりえろを描くことにご本人が恥ずかしがっているのがわかるから。そもそも、もともとBLがスタートではない今市子・深井結己・国枝彩香(坂井久仁江)の3人は、絵が達者という点で非常に自分の好みなんだけど、いずれもキャリアもベテランなら、年齢も現在主流のBLマンガ家さんより上で、自らの萌えを源泉として描くというより、与えられたテーマをプロとしてそつなくこなしているように私には思える。その3人とも、私自身大ファンであるというのは、自分も後追いでBLにはまったクチだからか。なにか他人とも思えない近しいシンパシーを感じていたのだが。なんだろう。うまく言えないけど、萌えを「湧いてくる」ものとしてでなく、「学習」している感じがするんだ。そして、今さんがこんなエッセイマンガを描いていたことを全然知らず、年末、久々に本屋をはしごして探し回った。結局、年明けの仕事始めの日に、いつもの腐った売り場が充実している書店に行ったら、平積みだったが。そして、カバーをかけたそれを、仏事参列のために乗ったガラガラの新幹線のなかで一人コソコソと読みふけっていた。いや、この禁忌感(喪服・グリーン車・隣に誰かが座ったらどうしよう)がいいわけで。大笑いしながら一気読みした。いやはや。はてさて。どうしたものか。本人、連載数回目にしてあっさり萌えの種が尽きて「辞めさせてくれ」とか編集に言ってたのね。そりゃ、若い読者に迎合する内容は描けないかもしれないけど、年齢が多分近いであろう自分には、とても面白く読めた。バレエや映画に関する部分は、ほとんど自分の嗜好とかぶっていた。「ジャッカルの日」とか「ベンハー」とか、テレビの洋画劇場のレベルのもあるけど、「さすらいのカウボーイ」「ミッドナイトエクスプレス」とか、今さん絶対名画座(しかも3本立て)で観てるでしょ!って思う。バレエなんてヌレエフまでさかのぼる。これはアシスタントしてた山岸さんの影響だろうなあ。テレビドラマに言及している部分は、自分自身がほとんど見ないので(海外ドラマはわかるものもあったけど)、「相棒」やNHKのドラマにまでうっかり萌えの種が仕込んであるとは恐るべし!どうも今さん自身より、お友達や親しい同業者に「血管にやおい液が流れている」人々がいるらしく、厳しく指南されている様子。すばらしきかな、腐の友情。「組合員」という言い方は、とても気に入ったわ。今さんとTONOさんは自分よりちょっと上の世代かなと感じているので、萩尾さんリスペクトはわかってたけど、「トーマの心臓」をああいうふうに他の作品に転写してみるわけだね。勉強になるなあ。そして、昨日読んでいた「ダ・ヴィンチ」にもあった「蟹工船」の話がここにも出てきた。「山月記」同様、どうやらCDがBLCD出演多数の声優さんの朗読で語られているらしい。すごいよ。そんなの企画した人がいるのね。そして「昭和の子」(青春時代が昭和だった今さんや私の世代)にとって、BL以前は人知れずこっそり読んでいた「耽美小説」だったよね。今の若いお嬢さんたちからすれば、それは「終戦直後のもののない時代に飢えている子ら」と同じようなイメージなんだろうなあ。選択肢がなく、代替品で凌いでいたという時点で。とりあえず、30オーバーの腐女子(貴腐人)には、とても楽しめる本だと思う。さて年に1回のダ・ヴィンチのBL特集は、一般の文学をBL脳で読み解くというものだった。たのむからもうやめてくれよ。これ以上火に油を注ぐのは! という感じで思わずレッドカードを出したくなった。知っている乙女はとっくにそういう読解はしているから! 敢えて一般人にそんな腐った脳の構造を教える必要は全然ないですから!んもう、「となりの801ちゃん」あたりから、かわいい乙女なBL腐女子が人気だが、実際のコンシューマー層は30オーバーのおばさんたちだったりするんだぞ。今更、分かり切ったこと言われても恥ずかしいじゃないか!しかしラインナップがムダに豪華。まさか西田東の描くドフトエフスキー(「悪霊」)が読めるとは思わなかった。しかし宮本佳野さんの描く「満開の桜の下」といい、「悪霊」といい、一般の人にはこの2ページだけでは面白さが伝わりにくいだろうなあ。そして三浦しをん、またもや暴走しすぎ!もう作品が舞台化・ドラマ化されるレベルなんだから、あまり不用意に過去の名作文学をえろ読みしないほうがいいのに。まあ、でもそこが三浦さんらしいといえばらしいのか。でも蟹工船のようなプロレタリア文学までそう読むか! いや「山月記」と「走れメロス」は危険な香りがすると私も思っていたが。そそそして、三国志のフォモフォモしさは何十年も前から知っていたが、そうか! 平家物語もそうなのか! と三浦vs松岡対談読んで合点がいった。万葉集以外の古文アレルギーだった自分にも、平家は読みやすかったので、高校の頃原文読破して系図を作って楽しんでいたが、なんであんなに楽しいかは、男たちが命を賭けて未練たっぷりだからなんだ。多くが主従の関係だしな。最近、自分はやっぱりBL好きじゃないんじゃないかと思いつつあったんだが、平家がそう読めるということは、やっぱり自分の脳はBL向きってこと? そういえばこの対談では、「海洋ものが女子は好き」というくだりがあって、お相手が松岡さんだからな(Flesh & Blood)と思い、自分の好きな「コ」のつく海洋ファンタジーBLも出てくるかと思ってワクワクしながら読んだが、どうやら鯨と船長のBL(「白鯨」)らしかった(爆)。今回、BL読み以前に文学全般が好きな人なら、読み応えがありつつなんか心で認めたくない特集だったな。
2009.01.08
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火葬場まで行ったのは、12年前の母の葬儀以来だ。市町村合併でいきなり自治体規模が倍以上になった故郷は火葬場も大きくなり、市で一番大きな拠点は炉が7基。そしてまだ松も明けない6日も4基が稼動していた。人の生き死には年中行事を無視する。霊柩車から棺を降ろすと、あとは霊安室から火葬炉まで、棺はオートマチックで運ばれる。なんか係りの人も最低限で、でも不便さも暗さも不安さもみじんもなく、まるでホテルのロビーと宴会場のような雰囲気のなかで、儀式然としてその行われる行為の意味を問うこともなく、人は粛々と火葬されるのだった。菩提寺のご住職さんにお経を上げてもらい(この人が、なんと作家であり僧侶の玄侑宗久氏の実弟だった)、ご遺体に最後のお別れをする。棺が炉に入る瞬間は、私もそうだったが彼女もやはり声を上げて泣いていた。やはりここで生身の身体がなくなるのだという思いが心を締め付けるのだろう。約90分後にお骨上げ。「ママ」と慕った人だったので、親族と一緒にお骨を拾わせていただいた。ここで、通称「喉仏」と言われる部分が、係の人によって発見された。これほど綺麗に出てくることは稀だという。私はもちろん、一緒に拾ったご年配の方々も、見るのは初めてだという。一般には高齢になると骨粗しょう症が進んで、複雑な形の骨はほとんど崩れてしまうからだ。この部分は、もちろん愛娘が拾った。そしてお骨箱の一番上に載せられた。なぜ喉仏というか。それは、その部分の骨の形が、仏様に似ているからだと言われてきた。実際に見るそれは、仏というより座位の菩薩に似ていた。もちろん菩薩だって仏の化身なわけだが。いや、それよりミケランジェロの一番有名なピエタのマリア像にもっとそっくりだった。イエス不在のピエタだけど。これには本当に驚いた。人間の脳の想像力の賜物だ。でもここでふと疑問が湧いた。女性の喉は男性とは違うはず。こんな形の部分があるはずはないと思い、こっそりと係の方に「本当はどの部分なんです?」と尋ねると、「第2頚骨なんですよ」と教えてくださった。そういえば確かに、頭部に見える部分は頚椎の尖った部分にそっくりだし、座位で両手を広げているように見える部分は、脊髄や椎間板を守る形状と一致するようだった。今調べてみたら、第2頚骨の突起は、頚骨のなかでももっとも大きいのだった。これが頭部のように見えるわけだな。それにしても人の亡骸から仏の形を発見するなんて、日本人はなんてセンチメンタルでロマンチックな人種なんだろうな。もろもろ終わって、直会の席で、きょうだいもなく独身の喪主と私は「私たちの骨はどっちかが先に逝ったら拾おうね。でも残った一人のは、誰が拾ってくれるんかねえ~」と笑いながら深刻な話をしていたのだった。まあ現実的には成年後見制度とか、後始末を託す人を事前に決めておけばいいんだろうけど、家族・身内・血縁といったものに縁薄い私たちは、なんとなく「そこまでいったらどうでもいい」と思ってもいるのだったが。
2009.01.07
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突然に日帰り帰省をすることになり、朝7時の新幹線に飛び乗って帰り、東京駅に戻ってきたのは夜11時。帰りの車中はほぼ爆睡だったのだが、それでもめちゃくちゃ疲れていて、足が重い。新幹線のホームからタクシー乗り場までが異様に長く感じられた。それもそのはず、楽しい帰省ではなく、荼毘→通夜に参列するためだった。一人っ子の自分と、まるで姉妹のように育った幼馴染のお母さんが4日に亡くなった。年末に電話で話したときには、「年を越せないかもと言われているので、年末年始に帰ってくるなら喪服を持ってきて」と言われていた。これは縁起でもないことではなく、3年前に余命1年といわれ、ここまでもったのだ。周囲は覚悟ができていた。私は自分の親は「おとうさん・おかあさん」と呼んでいたが、彼女の両親は「パパ・ママ」と呼んでいた。12歳くらいまでは毎日のようにどちらかの家で遊んでいたので、事情を知らない人は「似ていない姉妹」だと思っていたらしい。血縁ではないから当たり前だ。お互い似たような境遇で(私の母は病気がちで入退院を繰り返しており、彼女の父は結核病みで外で仕事ができなかった)、きょうだいもいないので、日中は窓から叫べば聞こえるお向かいさんである双方の家を行ったりきたり。珠算と英語とおこととピアノを一緒に習った。しかし12歳のとき、彼女の一家が別の場所に引越したことで私たち擬似姉妹の蜜月は終わりを告げ、高校からは学校も別々となり、互いの道を歩むことになった。それでもいろいろと影響を受けやすい幼少期をほぼ一緒に育った絆は強く、成人後も私が帰省のたび、彼女(今は不動産および建設・施工業の会社を経営している)がセミナーなどのために上京する折には必ず会っていた。大人になってわかったことは、実は二人は性格も慣習も全然違うってことだった。他人だから当たり前なんだが。彼女は腺病質タイプで冷え性で寒がり。私は真逆。夏冬は互いに一緒の部屋にいられない(笑)。互いの氏素性から育ち方まで、知らないことはほぼないので、何も隠すことはない間柄なんだけど、それでも成人してからは、趣味も思考も違うことを意識せざるを得なかった。それでもどちらもすでに片親を亡くしていて、独身のまま仕事をしていることで、意識の下ではずっとつながっていた。そして今回、母を亡くしたことで彼女は天涯孤独になってしまった。特異なのは、彼女の両親は出身地が本州の北と西に分かれているため、近くに親類縁者がいないことだった。今回の身内だけの荼毘も、私を含めて参列者は10人にも満たなかった。覚悟していた死とはいえ、周囲に支えてくれる人も、葬儀のプロトコルを指南してくれる身内もいないのは大変だろうと思う。せめて自分は、有給をとってでもかけつけて今日一日、彼女のそばにいようと思った。大判のバスタオルを胴回りに巻いて補正してもなお、ほっそりとした喪服姿の彼女は、なんか不謹慎だが「未亡人」を思わせる色っぽさだった。母親の昔の仕事仲間やご近所の方々が参列した通夜で気丈に喪主挨拶を務めた。がんばったね。偉かったね。こういうときは、支えてくれるパートナーがいないことが悔やまれるよね。でも、今回ずっとセレモニーに立ち会ったことで、自分もいつかやってくるであろう父のときのシミュレーションが出来た気がする。それにしても喪服着て(冬用の黒のスーツは仕事用のテーラードスーツしかなかったので、黒のタフタのコートドレスを着た)、ヒールのあるパンプスを履いて気を抜くことなく姿勢をよくして12時間以上過ごすのは、撮影立会いで12時間立ちっぱなしよりはるかに疲れるのだった。やっぱり他者の時間や流儀に合わせて行動することがストレスになっちゃうんだろうなあ。それと人の死のセレモニーという、これだって一種のハレの状態だからか?もはや結婚式に呼ばれるより、葬儀に呼ばれることのほうが多くなる年齢なのか。独身でいると、田舎では特に一人前未満に思われるから、いろいろとやりにくいよなあ。あーなんか、胃の中のものが全然消化されていない気がする。これもストレスのせい?
2009.01.07
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b-Boy Phoenix 『執事特集』アンソロジーを新刊で買うのは、2年前くらいの『不細工特集』以来だ。あまりメジャーな作家さんがいなかったり、大御所さんも私の好みの人でないことが多いので、普段はほとんど手にとらないんだが、今回は違った。執事自体は大好物で、P・Gウッドハウスのジーヴスシリーズから、ジョセフ・ロージーの「召使」、カズオ・イシグロの「日の名残」に至るまで、ご本家ものはほとんど抑えているし。しかし実はBLの執事にはそれほど萌えない。パターンがどれも同じなのと、ジジイがいないからだ。と思っていたけど、この執事特集、買ってよかった~! 久々に萌えた。主に円陣さんのむりやり執事モノっぽい短編と作家さんたちのあとがきに、だけど(笑)。まあ主には円陣さんのマンガを読みたいがためだけに買ったのだが。表紙の作家ラインナップに円陣さんの名前を見つけたときは、「どうせまた表紙だけだろう」と思っていたんだよ。だってシュリンクかかっていて中身確かめられないし。でも「オール新作読み切り」のラインナップに並んでいるし、池玲文、本仁戻と並んでQ数ひときわ大きいし。これはもしかしてマンガ描いているのかも……と勇気を出してレジへ持っていって、それでもその場でシュリンクを外してもらってコンテンツを確認してから買ってきた。いやあもおおおお~~円陣さんのフツー大学生(でも映画オタク)の話なんて初めて読むよ。やっぱり相変わらずヘンだが妙にツボだよお。しかも執事って、攻めの家に過去、それらしいのがいたという回想と、オタクな眼鏡男子が執事喫茶で働いているという理由だけで、かなりな無理やり感(笑)。いいんだだいいんだ、円陣さんだから(盲目)。そうそう、シャイでオタクな受が何で執事喫茶かというと、金魚の柄の万年筆が欲しいからだんだよおお~!こういうヘンテコな設定には心底萌えるぜ!そういえば、「Voice or Noise」も一応タラタラ続いているし、吉原さん原作(?)のモデルとその弟の禁断の愛(二重螺旋)もマンガ化していたし、円陣さん最近、やっとマンガに本腰入れる気にでもなったんだろうか。この人の「王子の箱舟」はやっぱりストーリーがよくわからず、でも妙にツボって大好きだ。今回も相変わらず画面は白っぽいし、こんな色っぽい大和男子はいないだろってフェロモン全開だけど、ちったあストーリーマンガにも慣れていただかないと、この人イラスト集とかも出す気全然なさそうなんだもん。ところで表紙。このテのアンソロにしては地味目なんだけど、たとえば白ジャケットの前ボタンが、椅子にだらしなく座ると確かにこうなるよなあってリアルさ。なにしろ第一ボタンは外しているし。ジーンズっぽいボトムのひざのあたりのシワとか、リアルすぎる。最近、いわゆるゲーム系の雑誌を何冊か買ってみたんだけど、絵のクオリティが高すぎてめまいがしそうだった。BL界にだってそこそこ絵がうまいと思われる人はいるんだが、もう段違い。少女マンガやレディコミにもひどいレベルの作家さんは多いので、BLはまだマシかもと思っていたけど、とんでもなかった。円陣さん、大変好みだけど、もちろんゲーム誌向きではない。この人の絵はバランスが取れているのと、とにかくシンプルな線に男の色気が表現されている点において、BL読者のニーズを満たしているんだろう。でもチェリーボーイは描かなくていいよ(笑)。えーっと、他の作家さんたちは、真面目に執事を描いているんだが、絵が好みなのは剣解さんぐらいだった。昔好きだった本仁さんはもはや絵柄についていけないし(無足はすごい絵だと思ったけど今はこのレベルはザラにいそう)、安曇もかさんの現代モノには違和感あるし、池玲文はムードはあるんだけど全体のバランスが欠けている。あれだけ耽美なジジイ執事を出しておきながら、ショタムードいっぱいなのはいただけなかった……。あ、でも淫靡な感じは秀逸だったな。でね。あとがきでほとんどの作家さんが「やっぱり執事は白髪のジジイでしょ」って書いてて大笑い。なんだよ、それならそういうの描いてよ! と思ったのだったな。
2009.01.06
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『大奥(3)』『大奥(4)』よしながふみ年末発行が恒例になったよしながさんのSF大奥。3巻は買ったまま積読だったので4巻が出たのを機に一気に読む。むむむ……おもしろいよ。おそろしく。1年かけて大河ドラマなんて観ている場合じゃないよな。これをドラマ化すればいいじゃないか! あの絵に抵抗があって読まない男性だって、ドラマだったら観るだろう。あ、でもお願いだから安易なアニメ化はやめてね。1本1億くらいかけて1クールぐらいのやつをお願いしたい。それにしても、何度も書いているが、よしながさん、どこまで行っちゃうんだろうなあ。彼女が高校生の頃に書いたベルばらの同人誌を友人に見せてもらったとき、今の絵柄がほとんど出来上がっていることと、高校生とも思えないドラマ性に驚いたのだが、その後同人活動しながらKO法科の院まで行っちゃって、堂々とBL描いているのが潔くて好きだった。「愛がなくても食べていけます」の一人語りは正直ウザかったけど、自分的には食へのこだわりをここまで臆面もなく露呈する神経は天晴れだと思ったし、エッセイ、対談集、そして作品にも一貫して強烈なフェミニズムがありありだ。これ、三浦しをんさんにかなり影響与えているような気がする。某田島女史と話をして以来、スポイルされて育った自分も多分にフェミ傾向があることがわかって驚いたんだけど、私の場合は対男性ではなく対女性の旧態依然とした意識への反発で、これは母親に対する複雑な感情とリンクしているから、一言では語れない。あれ? ああ「大奥」のことだったわ。これ、普段マンガを読まない友人に1巻目を貸すと、必ず「続きを読みたい」というんだよね。それぐらい食いつきがいい(笑)。すでに4人の素人さんに布教しちゃった。1巻はその設定の奇天烈さにおいて、つかみはオッケー。2巻は男性にとってショッキングな「将軍を破瓜すお役目=名誉ある死罪」でドキドキさせ、3、4巻では怒涛の展開で目が離せなくなる。だって1話の中での起承転結、1巻の中での起承転結、ストーリー全体の起承転結が練られているから、読み手はその術中に嵌って二重三重にドキドキさせられるわけだし。私は三代家光と有功の二人がお気に入りだったから、家光があっという間に亡くなってしまったのには驚いた。江戸時代はあの二人に任せておけばいいのに(笑)。そして聡明な初代に続くのは陰に隠れた凡庸な後継者というのは世の習いだけど、大奥もその例にもれない。それより、老中家老とも実在の人物が出てきて、江戸時代は文化史以外スルーの自分には、どこまで史実に忠実なのか気になる。単に男女を逆にしただけじゃない、女の業が邪魔する設定が多くて、大名諸侯にも女性継承を公認したあたりから、バリキャリ女の下でうごめく男たちというフェミドリーム炸裂で俄然面白くなる(笑)。
2009.01.05
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父を無事に実家に帰して、3日は午後から1年ぶりに日本に戻ってきた友人と動物園デート。昨日、鴨川シーワールドで海の大型哺乳類に萌えたら、今度は陸のお友達が見たくなったから(笑)。正月休みの動物園なんて、子連れのファミリーでごったがえしているかと思えば、野外なのと広いせいか泣き声もやかましさも気にならない。そしてなぜかここも浅草寺並に外国人ファミリーが多かった。浅草寺はカップルの一方が日本人というケースが多かったけれど、動物園はファミリーまるごと白人系がやたら多い。観光客とは思えないから、在京のビジネスマン一家なんだろうか。国に帰省しないなんて、クリスマス休暇って年明けまではないのかな?動物園なんて久しぶりすぎて新鮮だった。動物より鳥類のデザイン(?)に心奪われたよ。しかし歩きすぎて3時間ぐらいしたら腰と左足の股関節が痛くなって次第に不機嫌になってきた。そりゃ、2日に1万歩以上、3日は15000歩は歩いているから無理もないか。歩行すらままならないヘタレな体力を、今年こそなんとかしないとなあ。そして、歩き疲れてヘタっているのを自分のせいと勘違いした連れが、てっちりをごちそうしてくれた。ありがとう! 寒い地域の仲間たち。緊張感のないシロクマがなー お気に入りのアカショウビンくんと、とってもおしゃれなツルの仲間 トラウマなフラミンゴの集団と、ちっとも動かないので剥製かと思ったハシビロコウそうそう、浅草寺ではもじもじしていたオーストラリア人にこちらから声をかけたが、今日は不忍池で1歳児くらいの子どもを抱いた白人男性に声をかけられる。おっ、子持ちナンパか? と思ったが、今日はこっちもカップルだ。なにかと思えば、「妻とはぐれて迷子になったので携帯電話を貸してくれ」だった(笑)。いや、笑っちゃいけない。かわいそうに。快く自分の携帯を差し出すと、カタコト日本語で子どもに「ほら、ありがとうっていいなさい」って、それは妻の教育ですか? マスオさん状態で妻の両親と同居とか。とっても尻に敷かれている感漂う控えめな白人だったよ。そして、妻の携帯にかけ、しばらく鳴らしていたけど「出ません……」ってがっかりして返してくれた。そのあまりにシュンとした様子に、なんか母性本能くすぐられたぞ! おい妻、なにやってんだ!それにしても、探す相手が携帯持っているのに交番に行くわけにもいかず、ヘタに動くと余計に迷子になるだろうし、困った状況らしかった。子どもがむずがっていないのがまだ救いだったけど。そこで「しばらくしてからまたかけたら?」と提案し、「どのへんで別れたの?」とか、そのまま数分立ち話をしていたのだが、電話呼び出し中に「早く出て~」の意味の外国語が耳なじみのないものだったので、最後に「どちらから?」と聞いたら「阿佐ヶ谷です」と言われた(爆)。あ~そうじゃなくてですね、あなたのナショナリティーを知りたかったのに。もいちど「あなたの国籍は?」とたずねたら「デンマークです」。ああ羽毛布団の国(私の脳内イメージ)。あの国の人々はとても控えめなのを思い出したよ。なにしろ仕事でデンマーク行って、せめて挨拶ぐらいは現地語でと思ったら、会うなり「デンマーク語はマイナーな言語なので英語かドイツ語でどうぞ」と言われたもんな。目に優しく(美男美女多し)食べものおいしく、よい思い出しかない国。それから3回電話を鳴らして、やっとママが出て、深々とお辞儀をされて感謝されたのだった。がんばれ! 国際結婚は妻の国で暮らすほうがうまくいくんだ!
2009.01.04
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『LIFE, LOVE(1)』西田東久々の長編になるのかな。西田さんは短編のほうがおもしろいと思うんだけど、これは単なるリーマンものでもヤクザものでもなくて、南米、ギャング、日本人政治家とその秘書、誘拐、スラム街、娼婦、貧困スパイラルとか、ヒスパニック系を描いたアメリカ映画みたいで、広がりがあるっぽい。この前の、指揮者と医者の話もそうだけど、設定や舞台がとても映画的。単なるラブなんか描かないところもワクワクさせられる。ヘタレなあとがきにわらった。この人こそ作品と本人のギャップが大きそうだ。あー肝心の作品については、まだなんとも。長くなるならこれから面白くなるかな。
2009.01.03
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年始恒例のドライブ旅行は、去年に引き続き房総へGO!なんてったって、田舎で道路が空いていて帰りが混まないのがいい。去年は右も左もわからず、ただダラダラと山を超えて内房外房を行ったり来たりしていたけど、今年は目的地を決めようと地図を見ていたら、いろいろと若かりし日の恥ずかしい思い出が蘇ってきた。富津で潮干狩りとか(超渋滞で泣きそうだった)。今は亡き滑川アイランドとか(ピンクフラミンゴの大群に追いかけられて怖かった)。サーファーに付き合って海の家とか(房総の波は湘南よりはるかにでかくて初心者にはむりだった)。どれもこれも忘れたい青春の過ちがつまった思い出だな。近しいところでは、コンパで知り合った人とマザー牧場→日本寺とか。シェイクスピアなんとかとかローズマリー公園とかにも行ったな。周辺は干物屋ばかりで、ものの見事に浮きまくっている英国チューダー朝テーマパーク(笑)。房総って、なにやっても外しているダサさがいっそ魅力。今日も一日中晴天で、富士山はくっきり出し夕日は綺麗だし。トシを取ったらここで隠遁生活というのもいいかも。そういや森茉莉が類たちとパパ鴎外に連れられて房総の別荘に行くエッセイを読んだことがある。あれはどこだった?確か鴎外が、嫁と反りの合わない実母を半ば幽閉していた場所だったような。そして鴨川といえば、私は仕事柄亀総が一番に思い浮かぶが、一般的には鴨川シーワールドだろうと思い、今回はまずは海のお友達に会いに行く。通算3度目。いいよね、ここ。時間忘れられるから。でも暑くて日差しが強くて、昨日は思いっきり日に焼けた。イルカとアシカのショウを見ながら、冬やけなんて情けなさ過ぎる。 海ほたるからの富士山。早朝じゃなくてもこのクリアさ! たかが写メですらこれぐらい撮れてしまうなんて。海中写真に嵌ってしまう理由がわかる気がする。内房からの夕日。これまたすごいのが見られた。これで今年1年つつがなくいけばいいけど……。半日遊んで、連れを旅館に置いてから、私は同じ房総の某所でゴルフしていた友人と落ち合って夕食。地元の人に教えてもらった漁師料理屋がお休みだったので、結局すし屋でダラダラと不景気話に花を咲かせる。新年早々縁起の悪い。あ、そうそう。館山でいちご狩も楽しんだ。1600円払って元が取れるかというと、人間そうそういちごだけをむやみやたらと食べられるものではないんである。でも品種の違いで驚くほど味が違うというのがよくわかった。今回3種類食べてみたけど、歴然としていた。ああでもどれがどれだか忘れちゃったよ……。
2009.01.03
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『くるねこ(其の三)』くるねこ大和其の二は萌え死ぬかと思うほど子猫満載で、写真も多くて猫フェチにはたまらん一冊だったが、マンガの面白さより子猫のかわいさに魂をうばわれがちな一冊だった。あまり間を置かずに出ていた其の三は、本来のマンガにもどっていたけど、本当にこの人のツボの押さえどころは自分のためのマンガかと思うほどしっくりぴったりくる。ところどころ大声出して爆笑するところもあるし、たった4コマで泣かされるページもある。最近、こういう画面が白っぽいマンガがしっくりくる。昔はそれこそ「東京バビロン」の頃のCLAMPみたいにトーンバリバリでみっしり書き込んだ画面や「見る」より「読む」ほうに比重のおかれたマンガのほうが好きだったのに、これも枯れてきた証拠だろうか。いや、こういうあっさりした、ミリペン一本でかけてしまう漫画は、読者を選ぶだろうけど、一度虜になった読者はわりと最後までついていくような気がする。伊藤理佐さんもそんな一人だ。ストーリーより作家さん自身への興味や共感だな。ところで1巻の帯に謎の作者のプロフィールとして「時代小説を愛する中年独身女と猫の生態」みたいなコピーがついていて、ひとごととは思えなかったんだが、この人は36歳だった。まあ十分中年といえる年齢だけど、自分から敢えていうほどの年齢か? 私はてっきり自分とおなじぐらいかと思っていて、最近、そういう年齢のギャップに驚かされることが頻繁にあるような気がする。ことさら自分を貶めて(というかみっともない素をみせて)受けを取るタイプのマンガ家さん(西原さん、伊藤さん、この人とか。TONOさんはちょっと違うけど)は、作品年齢が実年齢よりかなり上の印象なんだけど、それは単に読み手である自分の精神が子どもっぽいからだろうか。最近、話が合うのは自分より一回りほど下の人たちで、実は話している時点では自分は年齢を見破られたことがないので、敢えて実年齢はバラさずに想像におまかせにしていることが多い。仕事で出会う人も、シンプルライフで飾っていないのに「うそでしょ」って思うほど実年齢とギャップのある人が多いな。こないだ名古屋で会った人は、学生かせいぜい20代中ごろかと思ったら大学生の娘がいる40代半ばだったし。そんなこんなで、プロフェッショナルな仕事している限りは、もはや女性にとって年齢というものは有名無実化していて、どうでもいいことなのかもしれない。あらら全然話がそれているな。とにかく「猫村さん」は擬人化している時点で受け付けなかったし、猫バカ猫自慢だけのマンガももう飽き飽きしているけど、この適度に一線引いている猫育てマンガは、作者の脱力しているライフスタイルと一体化していて妙に面白い。
2009.01.02
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ってなんだろう。初詣は歩いて数分の近所の小さな神社で済ませようと思っていたのに、遊びに来ていた父親が「浅草寺に行きたい」と言い出した。浅草寺はうちから電車でもバスでも10分くらいのところにあるんだよな。でも4,5年前の年末に友人を案内して以来、行ってない。だっていつ行っても人が多いし。仲見世なんて修学旅行か外国人観光客しか喜ばないし。でも親孝行だからと重い腰を上げる。参道に連なる大通りは、厩橋付近からすでに通行止めで、機動隊まで出ていて整然と参拝者の誘導が行われていた。おとなしいな日本人。すばらしききかな法治国家!そして異様に外国人が多い。年末年始を日本で過ごすというのは、日本が好きで住み着いている在京の外国人なのかな。カップルやらグループやら。まあ外国人が初詣行くなら明治神宮よりは浅草寺だろうて。午後だったので30分ほど列に並んで境内に入れた。でも明治神宮のようなプールのごとき賽銭箱ではないので、肝心のお参りまでがラッシュ並だった。……不景気らしく、賽銭プールにはお札がほとんど見当たらないよ。 交通安全と厄除けのお守りを購入して、おみくじを引いて(吉)、ただしい日本人を演じてみる。なかなかよきかな。奥で食事ができるようになっている出店で甘酒を飲んでいると、4人組のオーストラリア人のグループがおでんやモツ煮込み、焼きそばを指差してなにやら食べたそうにしている。手にしているガイドブックに焼きそばもおでんもあるらしかったが、「煮込み」がわからないらしい。すぐ隣で甘酒飲んでいたので、とりあえず焼肉→ホルモン→モツ煮込みの連想で、つたない英語で教えてあげる。いやだって、モツってなんて言えばいいのかわからなかったんだもん。肝臓・心臓・胃って単語は混ぜたけど。その後、今半ですき焼きを食べて元日の行事はおしまい。ごちそうさまでした! 参道東側の路地ではフランスからきた大道芸人がロマンティックな人形劇を演じていた。浅草とのミスマッチに笑った。そしておなじみのアサヒう○こビル。吾妻橋渡ってタクシー拾って帰宅した。
2009.01.01
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大晦日は三越までおせちをとりにいって、ついでにお買い物。デパ地下はアメ横ほどカオスじゃないけど、鶏肉1枚、かまぼこ1個買うためにレジに行列ができていて、それをさばく店員さんたちが慇懃に案内していた。お雑煮用のせりが欲しかったのに、売り切れていてショック……。仕方がないので一旦タクシーで家にもどってから、また近所のスーパーまでチャリを飛ばす。三越では、こないだお米を送ってくれた親戚へのお礼に清酒を送ろうと売り場に行ったら、日本酒のソムリエらしき女性がいて、送り先の嗜好をいろいろ聞いて、いくつかオススメを試飲させてもらう。日本酒を飲まなくなって久しいけど、たまにおいしいお酒を少しいただくのはおいしいと思う。送り先である東北人の酒豪は、辛口なら純米や吟醸じゃなくても平気らしいので(いつもそのへんの地酒を飲んでいるので)、普段はあまり口にしないであろう岐阜の酒蔵の生酒を贈ることにする。「火入れしていなくても3月までは大丈夫です」とソムリエ女史。「あ、大丈夫です。たぶん2、3日でなくなるから」折りしも、読んだばかりの『もやしもん(7)』が、日本酒と味噌、醤油の仕込みの話で、実家の近所にそれらの醸造元がある環境で育った自分には、「へええ~こんなことをしていたんだ」と発酵食品の製造元の真実を知ることができてとても面白かった。なにしろ小学校の1級上に日本酒の蔵元の娘、クラスメートに醤油の醸造元、味噌屋(多分製造もしていた)、麹屋(まさに「もやしもん」だ)までいたからな。そうした家には京都の町屋よろしく、うなぎの寝床の家屋の奥に蔵があって、玄関から何十メートルも土間が続いていて、そこにはレールが切ってあって荷物を運ぶトロッコが通っていた。そして誰もが屋号で呼ぶので、意外と本当の苗字を知らなかったりする。閑話休題。御節だけじゃ飽きるので、洋風オードブルをいくつか買って、あとは外出するのが面倒になりそうなので、三越の魚屋さんでお刺身盛り合わせと寿司を購入。刺身は半ば猫のため。というわけで大晦日はいつものように身内とカニをむしり、寿司を食い、酒を飲む。テレビはどこもつまんないのでDVDでクラシック映画を観ているうちに新年が明けた。今年も一年、ブログが続きますように。
2009.01.01
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