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花嫁が父に「お父さん泣くよ」と突然話しかけました。父親は笑いながら「絶対ない、ない」と応えました。バージンロードの扉が開いた瞬間に突然に小さかった頃、命が危ないと言われて治療していた時の思いから今の瞬間に縮約されて、よくもここまで生かされてきたと感謝で涙のシャワーが流れてしまったそうです。 そのお話が頭にあったのでしょうか。ラジオから、アメージンググレイスが聞こえてきました。不覚にも涙が。いけない。いけないよ。娘の小さいか大きいか知らないけれど娘の結婚式を想像して私も泣いてしまいました。まだなのに。 私も、ある父親の人と同じなのでしょうか。笑って聞いていた私でした。音楽は時に見つめることを知らせてくれます。ひとつの眠りを解く力に負けてしまいました。 太陽がガラス越しに優しく射してきます。涙も嘘のように乾いていきます。 我が家のアイドルです。 長く付き合えばほどに、感情の動きまで理解できるような 気持ちになりました。
2010.01.30
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窓から東の空に上ってくる朝日を見るとホッとします。「朝日町」という町に住む友人は、朝日が自慢だと話していました。病床で激痛に悩む人には、時には解放の時が。悩みを抱えている人には、目に映る余裕すらないかも。素直に「良い朝だ」と思うと申し訳ないようなときもありました。 時が来て、素直に太陽が嬉しく感じる朝です。 昨日のニュースが朝刊に出ています。 トヨタのリコール、世界700万台超すという記事です。 ため息です。関係者の方がたのご苦労が想像外です。 アイヌ民族の副葬品放置問題も出ています。 世界的なものから、地方的なものと時代の流れを感じています。 菊池雄星選手、「雄星」と登録したよと聞こえて来ました。 とはいえ、家にいてこうしてお気楽に動けることは感謝です。 あせらずに編みものの練習し終えました。 やっと、時間が来たのですから。 上手下手はいいのです。温かければ。 今夜はスケートを録画です。 そして、我が家の小さき庭にも春の準備が・・・。 ハシブトガラを追いかけてカメラを撮ると意外なものを発見しました。 ライラックの新芽です。 春に備えて、自然のエネルギーを蓄えています。 季節が来て、雪の下から次々に新芽が出て来ます。 「また、会えたね」って嬉しい瞬間です。 ハシブトガラ 全体的に灰色系です。 ガラ系はひまわりの種を食べます。 山ガラ、四十カラ、ゴジュウカラと一見すると同じように見ていました。 一緒に飛んできて餌をついばんでいます。 よくミックスが出来ないと不思議です。
2010.01.29
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はっきりしない天気です。このまま、きょうは暮れて行きます。編み物は出したまま・・・。ハングルの映画「マラソン」見て頭が白くなっています。実話を元にしたようです。風景がなぜか心に残っています。 君子蘭 マンション時代、お隣さんから引越しで離れる時 株分けしていただきました。今満開です。 子育て時代だったのに、花好き同士言葉は要りませんでした。 ラジオから「命をつなぐメッセージ」が流れてきました。今日は、4歳の男の子でした。お父さん、お母さんが死んでも、僕は幸せに生き続けるよと言うのです。ここで、詳しく書けないのが残念ですが、4歳だとあなどれないというのが実感でした。私は、両親に甘えん坊だったのでとても恐れていました。 幼かった日は命のことを真剣に考えていたかなと振り返ればゆるかったような気さえします。 それでも、恐いもの知らずで生きて来られたことは感謝です。 もうひとつのメッセージには、思わず涙しそうになりました。ひとり、ひとりのドラマ、かけがえのない絆を知らされていました。 今咲いている君子蘭も鉢が増えました。子供達を喜ばそうと夫に作ってもらったバードテーブルも年数が経ち壊れてしまいました。夫の形跡を辿り自己流で作ったテーブルに今年は新しいお客様が来て、生きることを自然から教えられています。 きょうのなぞ掛け問答 バードテーブルと掛けて ホームスティと説く そのこころは どちらも期間限定です。 (おそまつでした) バードテーブルは冬のみのものです。 野生の力を阻害しないのがルールとか。 ヒヨドリ つがいで今年も来ました。 鳥もよく見ていくと可愛いです。 観察していると、一羽一羽違いが。
2010.01.28
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きっかけは、手芸売場のワゴンでした。10巻きで1050円(混紡)の並太毛糸がきっかけでした。封印した編み機を出し、今ほこりを払いテキストを出してにらめっこしています。ため息です。 継続の糸が切れそうなのを、たどり探しながら機械を出すことが出来ました。頭の回転も切れそうです。優しくやさしくゆっくり昔と比べず行くことに決めました。よく、出して始める気になったわね。よし、よしと独り言いわずに。習慣だけは昔むかしままで余分に買って来ていました。うまく出来たなら、まだ、いけるかなと嬉しいのですが。押入れからやっと日の目を見た編み機です。 夫にもカーディガンを作った思い出の代物です。最後は座布団を編んで、事件が起きてから封印していたものです。編み機には落ち度ありませんでした。思い出したくないのでしまっておいたものでした。 再開は、やはり、カーディガンです。世界でひとつだけの自己満足世界のもの楽しみです。 陽ざしが優しいお昼に誘われて取り掛かろうと思います。 30年目のバラの習作は、花だけ完成しました。 何事も諦めない、フゥー。 それぞれに、物語がある猫たちです。 17歳と3歳になりました。 名前も適当に目印のようにつけられても寛容です。
2010.01.27
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4月の春が来るような陽気です。猫ちゃんの薬をもらいに出かけ、気になっていた友人宅へ立ち寄りました。やっと、ご主人も「健やか検診」へ行く決心になったようです。友人がとても気に掛けていたことでした。ご夫婦で健康管理です。 何でも言い合えた友人には、2月に近年気がかりだった手術が待っています。無事に終わることを祈るのみです。そんな年齢になって来たのかと気がつくこの頃です。浮気がどうの、子供がどうしたとか・・・なんと懐かしい響きか、そして平和だったことか。 いつも、今を生きている私たちにとって今しか見えないのも、理解しにくいことも やがて、過ぎて行けば解っていくことでしょう。今は大切な時間です。ぐずぐずした時だって。それも、やがては過ぎて行く時間です。 30年目の小品 幾春を重ねて来れば思い出は ひとの情に揺れて見た日々 ふと振り返れば色々なことが鮮やかに 当時の人々に私も混じっていた絵が見えたとき 書いてみました。介護時代には、夫が生き生きと 書かれています。日記よりも手短で短い文章なのに 短いコマがよみがえってきます。 短歌の友人に感謝です。 ふとっちょさんのゴジュウカラ 、何見てござる? 晴れていたと思ったなら、午後から雪、夕方にはやみました。 野鳥も近くの山へ。 今を想定して育てて来たマイガーデンに野鳥が来ています。
2010.01.25
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花は良い世話をするほど正直に応えてくれているそして、わたしの健康のバロメータ言葉の代わりに健気に咲いて見せてくれる今年も1月がきたんだねいのちをありがとうね 花言葉・・幸福を告げる 長男の入試のとき「頭が良くなる花」って名前が気に入り お店でちゃっかり買って帰りました。 親の願いをこの花に謎かけてみました。子供達は知る由もありません。 我が家の住人になって様々な日常を見て来てるでしょう。 花は何も語らないけれど、見つめていると家族の歴史が チラリ見え隠れして来ます。 子供達は目指すところを今日も走り続けています。 今度は、毎年挿し木されて 私自身の為の励ましになっています。 ほんとの名前は「カランコエ」のお仲間です。
2010.01.23
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書の締め切りも無事終えること出来ました。通信教育でお手本が先生です。かつてのお仲間の名前をお手本から見出して励みになっています。 アイヌ刺繍 津田先生の図案へアレンジ(ブックカバー) 寒い冬はどうしても閉じこもりになります。少しづつ完成させて自己満足してOKです。夫が言っていたように楽しむ事を忘れずに。作る楽しみ、創作すること、根気が試される思いです。
2010.01.23
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降り積もった雪道をギュッ、ギュッと踏みしめ大寒の後日を歩いています。車もスピードを下げて走って来ました。 3羽で来ました。鳥の名が・・・? ミヤマカケスかも。 体調30センチぐらいです。 今頃私用の忘れていたことを思い出しています。それはそれできょう、ハングル講座が終了になりました。やっと、片言話せて文字が判別できるようになり、仲間とのお茶タイムもそれなりに癒しの時間になっていました。(3)が4月から始まります。それまで、先生お奨めの映画をレンタルで見ようと思います。 テストも返されて、久しぶりの緊張感でした。暗記が苦手な私ですが、仲間の助けは大きく 小さな達成感に浸っています。夕方5時から相撲です。ラジオで聞きながら族です。
2010.01.22
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昨日の快晴から今日は一日中小雨まじりの日でした。お蔭で我が庭には野鳥もシジュウカラぐらいです。静かな水曜日です。 我が家の餌台 ゴジュウカラ? 太陽の陽ざしに誘われて昨日は義父の通院付き添いも助かりました。ためていた私用もすんなりと解決できました。コリント人第1の手紙13章4節~13節を改めて反復しています。愛の言葉と言われている有名な箇所です。 「愛は寛容であり、愛は情け深い。・・・このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この3つである。このうち最も大いなるものは、愛である。」中々実行は可能ではありません。だから、フッとページを開いて静かに見て反省です。
2010.01.20
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静かな日曜日の夜です。朝は粉雪でしたが、お隣りの屋根を見上げると40センチぐらい積もっていました。久々にため息満ぱい雪掻きでした。よく、降りました。よく、積もりました。明日のために雪を山高く積みあげました。その後除雪車が掻いて置いて行った玄関付近の雪を雪山に寄せて雪掻き完了です。これが私流雪掻きです。上には上の人がおられます。舗装見えるところまで付近の公園まで押して運ぶ人もいます。歩く人は大助かりです。一方、雪掻きに関心ない人もいます。角に住む人で除雪車に角に置かれるからとわざと舗道の道路側に雪山を積む人がいます。まるで前方に障害物があるようなものです。事故に遭いたくないから、なるべくそこは通らないか減速してから安全確認をして十字路を通ります。今日の道路は除雪車が後手後手だったせいか、でこぼこ道路でした。どの車も揺られてボコン、ボコンバウンドしながら減速で走りました。高速道路も大雪で封鎖でした。道路も一車線狭くなりました。小さな接触事故なら舗道の雪山と渋滞でそのまま走るしかないこともあります。寄せるところを探すのがたいへんだからです。止っていてもヌルッと滑って、幹線道路へ車の長い鼻を出して来られたならアウトです。レッカー車で運ばれて行く車を見て「まっいいか」です。私の小さな車の横にラインに合わせたように今も当て逃げされたキズラインがあります。冬道は怖いです。予測不可能も起こりますからいつもよりかもしれない運転を頭に入れなければなりません。それは、過ぎたこととして雪掻きで疲れてしまいました。今夜の夕食は夕べのカレーライスでした。手作りイズシが妙にマッチして可笑しかったです。疲れで舌まで「いいんじゃないーい」風でした。何気にレンタルへ行き、借りたい物が貸し出し中でタイトルに魅入られて借りてきた作品が不発で娘といつ盛り上がるのかと期待したまま見終えました。雪掻きで疲れたせいか睡魔に負けないくらいの作品を期待していた二人でしたのに。今朝は足跡の少ない舗道を長靴でドボドボと足をとられそうになりながら教会まで徒歩で行けました。教会員の2家族も雪でお休みでした。冬道がこわいと思っていたけれど慎重な時は意外にOKなのですね。舗道の下の方に広がる雑木林にふるさとの現風景を懐かしむことが出来ました。木立に被った雪が墨いろで見とれてしまいました。歩いたご褒美みたいでした。ああ、それにしてもレンタルでは娘とふたりで「何あれ!」「もっと言おうよ。何あれ!」雪掻きと外れのレンタルの日曜日でした。ハイチの地震のことを思えばなんと平和でしょう。小沢さんのことも雪掻きで体がだるくて顔だけが残ったままでした。
2010.01.17
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夕べから静かに雪が積もっていたようです。雪掻きをしてから「今日もできたぁ」と感謝です。この分なら雪祭りも大丈夫でしょう。有料のトラックで玄関脇の雪山をロータリーで吹き上げて運んでもらっています。豪雪地帯の苦労がわかるので有り難いです。ロードヒィーティングもまだ待機状態です。40代はまだトラックは頼んでいませんでした。玄関脇の舗道に3メートルぐらいの山積みでした。子供達が小学校の頃は雪山を作って、カマクラを作り雪の楽しみを提供していました。時代は変わり、お隣りさんがママさんダンプで雪を移動しています。トラックの方に感謝です。雪掻きを終えてやっと朝食です。いつもの習慣でテレビをつけて食事です。テレビでおばぁちゃんの家まで泊まりに行く番組に思わず釘付けになりました。元気なかったおばぁちゃんの表情が孫ちゃんの顔に会って生き生きして来ました。こちらまで嬉しくなりました。おばぁちゃんと8年ぶりに再会した孫ちゃんは想像したこととは違いすぎて涙していました。感受性の温かい孫ちゃんの思いについ涙が滲んでしまいました。大きな家でひとり暮らしているおばぁちゃんと孫ちゃんの1泊2日のふれあい。孫ちゃん手作り肉じゃがを美味しそうに食べているおばぁちゃんの表情がとても温かく印象的でした。翌朝の別れの時黙っていつまでも見送るおばぁちゃんの小さな体。テレビの画面の芸能人も涙していました。言葉以上におばぁちゃんの家の玄関とセットでいつまでもたちつくしている姿にふるさとの母を連想していました。母はだんだんに耳も遠くなりましたが、自分で育てた野菜や敷地でとれた果物を暮れに送ってくれます。孫たちは成長し、行くことも難しくなくなって来ました。何かあれば行くのは子供達になりました。母がいなくなったならどうしようと考えたくなかった日、離れたならそんな思いから解放されるかと思った日、父が逝ったとき、自分の相方の存在を心から感謝した母、母はいつまでも同じところで迎えてくれる人です。いつまでも元気でと思うのは無理ですが、胸にあるのは何故かふたりの母です。ひとりは若かった時、そしてもう一人は老いて小さくなって来た母です。父が「いいな、母親は」と笑っていました。そういう父も自分の母には甘えていました。そして、私の夫も「いいな、母親は」と言っていました。残された方がいつまでも子供達の幸せを毎日祈っています。テレビでの青森のおばぁちゃんの姿を見てなにやら他人事ではない思いでした。「私が孫ちゃんになってどうするの?」と苦笑し青森のおばぁちゃんを思いながらバードテーブルに来る野鳥を眺めました。
2010.01.16
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介護時代からの舌のひりひりや刺すような痛みが少しづつ気にならなくなって来ていたのに、今度は鼻の粘膜がひりひりになり行き着けの耳鼻科へ行きました。休み明けのためか駐車場が満車でした。待合室も混雑していました。診察が終わったのは4時間後でした。たいしたこともなく、粘膜が荒れているということでした。念の為に行く患者もいるから混雑するんだろうなと思いながらも、臆病になってもいた私でした。先生の「まぁ、そうはいっても気になるよね」。昼食抜きで午後の診察に入った先生の顔に済まされると申し訳なくなりました。小さなこと敏感に鼻の違和感に振り回される自分に苦笑でした。「ご家族にお伝え下さい。」よりはいいかなと思い返して帰りはガソリン(1リットル/118円)を満タンにして何事もなかったように買い物して帰宅しました。鏡開きは1日おくれで、夕べうどんに入れて食べ成人式の夜はNHK放送の歌番組と民放の「Wの悲劇」を見ました。香川照之さんが珍しく2枚目を演じていて新鮮でした。1月の2週目が始まりました。それにしても雪の少ない冬です。雪祭りにも影響が出ているかも知れません。
2010.01.12
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季節が春ならば春霞のような穏やかな土曜日の昼下がりです。昨日届いた年賀状の返信用に3枚ほど用意しようかと用事の帰りにコンビニに立ち寄ってみました。あるかな、もうないだろうな、でもあればお年玉つきの方が年賀状らしいかもと思い足が向いておりました。昨年は年賀状は喪中葉書のためか心なし少なかった年でした。今年は少し多く届きました。ゆっくりと書いた人の返信が午後に来ました。86歳の女性で母より年長の方です。足長育英会でお世話になっていた時娘がお礼に書いた葉書の住所を末梢した部分から読み取られて(本当はいけない)それから交流が始まりました。驚きました。親子で励ましを頂いてきました。一度も会っていない方です。娘の名前が同名だというご縁だけで気がつけばかれこれ5年前後になります。月日はここにも動いて来たことを知らせてくれます。高齢からくる一つだけではない障害を抱えて今年は失礼するかもしれないという文面でした。娘の入学式、卒業、就職と祝ってくれた方です。足長おばさんではなく花の名前で呼ばわせて頂いています。いつまでもあると思うな親と金(かね)。ないと思うな運と災難。とメチャクチャな言葉ですが、誰かが言っていた言葉がよぎります。それに付け加えるならばいつまでもあると思うな健康と時間。(その逆もあるかも)この頃実感として思う言葉です。これからは寂しい年賀状も増えてにぎやかな家族写真や子供の写真つきも印刷だけのものも揃ってそれぞれの一年後、お互いに元気で今年も歩んで行けたならと思います。足長おばさんから沢山の優しさを感じてきました。私も少し受け継ぎたいものです。達筆な文字は相変わらずで少しホッとしています。時間の大切さをまた念押しされているみたいです。それなのに春のような気分です。いくらでも眠れそうな昼下がりです。もちつき大会での餅のせいでしょうか。帰宅して気が緩んだなら大切な時間を忘れそうです。
2010.01.09
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雪祭りの準備が来ました。今日は久しぶりの青空でした。年賀状も数枚遅れて来て、お正月もそろそろと過ぎていくことを教えられます。毎年年賀状は楽しみの一つです。私の行書(流し書き)を笑った夫も懐かしいばかりです。気の置けない人には行書(俗に達筆)だと言っても乱暴な字としか言わなかった夫でした。今年も華麗(もしかして加齢?)なる仲間たちが揃って安心しています。今年も、ふるさとに住む仕事仲間+友人から来ました。若い頃に青春と仕事を共に歩んでいた異性の友人です。唯一恋人未満友達以上の友人です。仕事も休日も仲間たちと一緒でした。親戚つきあいのような関係でした。お互いに結婚しても家族ぐるみで続けて行こうと笑いながらお互いの道を歩んできています。その間お互いにミニ家族同志で再会をした日がありました。しばらく会っていなかったのでお互いに顔が判るかと思っていました。私は幼い息子を連れていました。友人の姿を見つけれず、徒方にくれていたならニコニコ顔で私の愛称で呼びかけて近づいてきました。私はホッと安心して前のように笑顔で子供を中に再会しました。友人の車で自宅まで行きしっかりもの風の奥さんが子供たちと笑顔で迎えてくれました。奥さんの手料理と子供達は遊びで短い時間は過ぎてゆきました。若い時のショウケンのような顔立ちの友人の丸くなった穏やかな横顔を見て私の顔もどう写っているのやらと可笑しくなりました。それからもづーと続いてきている年賀状です。友人のユーモア溢れる文面に感心しきりです。異性の友情は存在しないとよく聞きますがお互いに中性でいられたから続いてきたのかなと思っています。 「増えてきたのは お互いのしわと投薬になりました。」このような文章も若い頃には想像し得なかったことです。年下の友人ですが奥さんのためにもいつまでも元気でいて欲しいものです。年賀状にかつての青春のかけらに思いを馳せることに思っても見なかったことです。
2010.01.08
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地方分権のお話がラジオから聞こえてきます。簡単に言えば、自分達の意思で決めるものとか。一律だった弊害を聞けば例えば、保育所の1人あたりの面積を聞けばそうかと思いこれからは、慣れないことに出会ってゆくのでしょうか。都市部と地方の違いから任せた方が待機児童が減るとか。しかし、老人施設ではどうなのでしょう。ゴミ問題もどうなのでしょうか。格差の少ない暮らしであればいいなと思います。地方分権は誰が決めるのか?議会が決めるそうです。議会を信頼しなければという問題が出てくると。時は変わりつつオバサンの私も知らんふり出来ないようです。小さな世界で好きなことが出来る・・・これは御蔭様です。今年初めての木彫り教室でお仲間たちから張合いを頂いて帰宅しました。スランプの時、黙っているよりはと始めたアイヌ刺繍もひとつ完成したなら、少しづつスランプの扉が少し動いた感じです。息子も仕事で慣れない環境地で只今マラソン中です。娘も新米として、泣き笑いしつつ1年が過ぎようとしています。それぞれが私の範ちゅう外になりました。夫が言っていたように黙って見守る、大丈夫だからと言っていた言葉を見失わないように行かなくては。今年61回目の雪祭りも始まります。朝忘れた七草がゆならぬ、あるもので炊こうと思います。季節感を楽しむために。寒い冬に小さな春を感じられたなら。「春」の響きを待ち望むのも生きている証しです。そちらさん・・・何処かで見ていますか?「今日も有り難うね」言葉はただです。是ぐらい、言わせてくださいな。
2010.01.07
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ニュースからオーストラリアでは山火事、ソウルでは大雪の映像が入ってきています。大雪の情報が入って来ているので私用を済ませて来ました。最近富に雪の質に変化が誰の目にも判るようになって来ています。雪が湿ってきているのです。量も場所によってばらつきがあるようです。午後になって、細かい雪が降って暗くなって来ています。45日目の昨年漬けたイズシの水を出しました。新巻2本を漬けたので結構ボリューム満点です。今年の味は見た目はいいのですが、酢が利いていないようです。しかし、健康面では問題ないでしょう。蛋白質の面では当面、手抜きができます。手術を控えて明日入院する友人宅まで今年の「味」を届けました。そして、今年の反省を入れ来年の「味」を予告してきました。一年一年健康面で気がかりが出てきて友人との話題も病気がらみが半分ぐらい占めるようになりました。暮れに借りてきた映画の話題はかけらさえ出せませんでした。久しぶりのレンタルでした。10枚ほどを全て見て1年分みたような思いです。「天使と悪魔」、トム・ハンクスが好きで見ましたが「ダビンチ・コード」と同じような展開でした。「魔法にかけられて」、これは肩が凝らず大人の童話のようで癒されました。今年はいっぺんに映画のレンタルを見ました。ちょっと疲れました。映画よりも現実の方がこわいです。だから、肩の凝らない映画がお正月にぴったりでした。この話をすることも無く友人宅へ行きましたが、友人曰く。「今日来るかも知れないから、お菓子用意していて」とご主人と話していたそうです。笑顔で「やっぱり来たわね。」こうして、目的を持って車で着けて友人に会えたこと感謝しました。待ってくれる人がいる。私に元気をもたらしてくれます。現実に向かう日々が今年も明けました。山火事も嘘みたいです。向こうは白い世界ではなく暑い季節なのですから。家にいて、世界の広さを感じるばかりです。
2010.01.05
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2010年明けましておめでとうございます。休みが続き曜日の感覚が麻痺するところを朝刊のテレビ欄の「竜馬伝」から教えられました。朝日の明りと猫の「にゃー(おはよう)」で片手でカーテンを開けたのが幸いでした。今朝は2010年の礼拝でした。久々にレンタルの映画を借りてきてアイヌ刺繍しながら見てのんびりと始まりました。おせち料理も好きなものが並びました。御屠蘇も杯がひとつ無くなっていて2つです。お二人様にはぴったりでそのまま使っています。歴史がある道具で1年に一度お目にかかれるものです。一人で飲めば、杯は亡き夫と酌み交わすのでしょうか。今年もおせちが用意できて感謝です。今年の標語は「育」です。そのうちにしたいなぁと思ってきたこと出来るかなと思うこと忘れがちになって来ていたこと体力、気力と仲良くしつつ今していることにプラス出来れば嬉しいです。 2日の朝「おせち」 アップだときたないなぁ・・。 ちなみに うま煮、伊達巻、かずのこ、黒豆。 2日なので種類少なくなりました。 付き合い上手そしていつのまにか消えていた小さな杯でも、小さいこと気にしないで我が家の歴史を小さく重ねることが出来ました。少しでも、明るい年になりますように。
2010.01.03
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