F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「何て招待状には書いてあったの?」「上海のホテルから。創立100周年を迎えることになったから、俺に来て欲しいって。」「そうなの。じゃぁ今年のお正月はあなた抜きで過ごすしかないのね、残念だわ。」そう言って美津子は少し残念そうな顔をしていた。「でもすぐってわけじゃないから、一緒にお正月は過ごせると思うよ。」悠はそう言いながら、上海のホテル創立100周年パーティーの日時を確認した。パーティーは、3月20日となっていた。「いつだって?」「3月20日だって。」「そう、よかったわ。新年早々、離れ離れになるんじゃないかと思って不安になっちゃったけど、わたしの早とちりだったのね。」美津子はそう言って笑顔を浮かべた。 正月三箇日を実家で過ごした悠は、翌日ジェファーと住むアパートへと戻り、荷造りを始めた。「どうしたんだ、帰ってきてから急に荷造りなんかして?」「こんなものが俺に届いてね。」ジェファーに招待状を見せると、彼はジーンズのポケットから同じものを取り出して悠に見せた。「俺のところにも届いたぞ。お前も行くのか?」「うん。ねぇ、これからどうするの?」「そうだなぁ、もう道路工事のバイトは終わっちまったし、このまま無職という訳にもいかないなぁ。」ジェファーは頭を掻きながら、ソファに腰を下ろした。「実は俺も、学校退学処分になったんだよね。」「何だって、それは本当なのか?」「うん。俺さ、あそこでしっかり勉強して、大学に行ってジャーナリストになるのが夢だったんだ。でも、それもなくなっちゃった。」「簡単に諦めるな。何もここの大学でなくても、ジャーナリストになるのは何処でもできるだろう。」「そうだね。発想の転換が大事でよく本に書いてたもんね。何も学校を退学処分になっても、自分の気持ちしだいで夢を追えるもん。」悠はジェファーの言葉で、マイナスに傾きかけていた心がプラスへと大きく傾いた気がした。「じゃぁ、二人で上海に行くか?」「そうだね、行こう!向こうで何かがあるかもしれないしね。」「たとえば?」「う~ん、新しいロマンスとか?」「それもあったら面白いがな。」ジェファーはそう言うと、笑った。 正月を過ぎるとバレンタイン、ホワイトデーと月日は瞬く間に過ぎてゆき、悠とジェファーはヒースロー空港で家族に見送られながら上海へと発とうとしていた。「ジェファーさん、悠のことを宜しくお願いしますね。」「わかりました、心配しないでください。」「あんた、身体には気をつけるのよ。」「わかったよ、じゃぁ行ってきます!」別れを惜しむ家族に手を振りながら、悠とジェファーは上海へと旅立っていった。運命を刻む時の針が、大きく動いた瞬間だった。***********************************************************************「麗しき狼たちの夜」は、暫く更新を停止いたします。2013年最初の作品は、「金の鐘を鳴らして」。戊辰戦争後、辛酸を舐めた一人の会津藩士の子・正義は、大いなる夢を抱いて渡英し、そこで様々な人々と出会う・・という作品です。19世紀末のイギリスを舞台にした物語です。一部「黒衣の貴婦人」のヒロイン・歳三が登場する予定ですので、お楽しみに。
2012年12月25日
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クリスマスが過ぎ、悠は美津子達と実家の大掃除に追われていた。「今年の汚れは今年のうちに取らないとね!」「ママ、何もこんなことする必要ないだろう?ハウスキーパー達に任せればいいじゃないか?」悠の弟・大輔はそう言うと口をへの字に曲げた。「何言ってるの、大輔。必要最低限のことは自分ですることが大切なのよ。何でもかんでも他人任せにしたら、生活が成り立たなくなっちゃうわ。」「僕の友達が、うちの家が特殊だって言ってるの、知ってるだろ?金持ちなのにハウスキーパーも運転手も雇わないなんて、おかしいって。」「そんな子には、勝手に言わせておけばいいのよ。家事を使用人に任せて、リビングのソファでふんぞり返っている金持ちの時代はもう終わったのよ。顎で人をこき使うことが、金持ちのステイタスじゃないわ。」大輔の不平不満を、美津子は一蹴し、二階の掃除へと向かった。「パパ、何とか言ってよ。僕こんなことするの、嫌だよ。」「大輔、まだ物置の掃除が終わっていないだろう?」「何だよ、パパもママの味方をするの?」大輔は父親が自分の味方にはなれないとわかったので、拗ねた顔をしながらリビングから出て行った。そんな彼の背中を見ながら、弟はちっとも変わっていないなと悠は思った。「悠、正月は日本に戻るか?」「今考え中。それよりも学校のことで色々としないといけないことがあるんでしょう?」「ああ。もう今の学校には居られなくなった。」父からその言葉を受けた悠は、顔が強張った。「どういうこと?」「あそこが英国の中でも厳しい寄宿学校だというのはお前も知っているだろう?成績面は問題ないといわれたが、あんな事件があって、学校側は素行調査をしたそうだ。」「それで?」「こんなことはお前に言いたくはないんだが・・学校側はお前を退学処分にすることで決定したそうだ。」「ふぅん、そうなんだ。あの学校、前から嫌だと思ってんだよ、教師達が規則にうるさくて。あ、俺自分の部屋を掃除してくるね!」狼狽しているのを父には見せまいと、悠はそそくさと二階へと上がり、自分の部屋のドアを閉めると溜息を吐いた。 名門と言われるあの学校に入るまで、今まで自分がしてきた血が滲むような努力を、全否定されたような気がして悠は嗚咽した。あの学校に通いながら、いずれは大学に入り、ジャーナリストとなることが悠の夢だった。だがその夢は、水泡のように無残に砕け散ってしまったのだ。「悠、パパが呼んでるわ。」「わかった、すぐ行くから!」涙を手の甲で拭い、悠は部屋から出て一階へと降りていった。「こんなものがお前に届いたんだ?」「そう。ありがとう。」父から受け取ったのは、中国からのエアメールだった。 悠がペーパーナイフでエアメールの封を切り、中身を取り出すと、そこには一通の招待状があった。“ユウ=キノシタ様、このたびわたくしどもが経営するホテルが創立100周年を迎えましたので、特別なゲストとしてあなたをホテルに招待いたします。上海にて、お待ちしております。 陳”悠の脳裏に、数週間前にパーティーであった青年の顔が浮かんだ。
2012年12月25日
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「ねぇ悠、クリスマスは一旦うちに帰ってこない?」「そうしたいんだけど・・」「大丈夫よ。もうネットでの騒ぎは下火になりつつあるし、あんまり気にすることないんじゃない?帰ってらっしゃいよ。」「わかった。」 美津子と数週間ぶりに会い、悠はクリスマスを実家で過ごすことに決めた。「ねぇ、クリスマスは実家に帰ることになったんだけど・・」「そうか・・それじゃぁ俺はマイケルと二人で過ごすかな。親愛なる親父殿は社交界の集まりで忙しいみたいだし。」アパートで悠が実家に戻ることを告げると、ジェファーはそう言って笑った。それを聞いた悠は、少し寂しかった。「どうした?気分でも悪いのか?」「ううん・・なんでもない。」「もしかして、拗ねたのか?」「そんなことないよ、馬鹿じゃねぇの?」悠はそう言うと、ジェファーにそっぽを向いた。 それから数日後のクリスマス、悠は久しぶりに実家へと戻った。「悠、今は何処に住んでるの?」「ピカデリー・サーカスの近くにあるアパート。詳しいことは後で話すよ。」「そう。じゃぁディナーの準備を手伝って。」「うん、わかった。」悠はエプロンをつけると、キッチンへと向かった。「ねぇ、あの事件の犯人、まだ見つからないらしいわよ。」「どの事件の?」「ほら、サヴォイホテルで殺された人の事件。」悠の脳裏に、憎悪に顔を歪ませたフェリシアーノの顔が浮かんだ。「新聞には怨恨による犯行だって書いてあったけど、ネット上で色々とやらかしたらしいよ。」「そう。まぁあの人も気の毒な人だったんじゃない?この前あの人と親しくしている奥さんと会ったんだけど、色々と苦労したみたいよ。」「ふぅん、そうなんだ・・」オーブンでクッキーを焼きながら、フェリシアーノがどんな人物だったか悠はわからなかった。一体何故、あそこまで彼は暴走してしまったのか。「さぁ、出来たわ。さてと、ケーキは後で持っていきましょう。」「うん、わかった。」 クリスマスの夜、悠は食卓を家族で囲みながら、久しぶりに楽しい時間を過ごした。一方ジェファーは、病院でマイケルと1個のケーキを二人で分け合いながらクリスマスを祝った。「プレゼントは用意してなかった。」「まぁ、あんなことがあったからいいさ。それにしても今年は色々とあったな。」「ああ・・」「来年は良い年になって欲しいもんだ。」「そうだな。」二人は笑い合いながら、エールで乾杯した。「あっという間に2005年も終わるのねぇ。正月を過ぎたらあっという間だわ。」「そうだね。何だか1年が経つのが早すぎて、このまま年を取るのかと思うとゾッとしちゃうよ。」「それはわたしの台詞でしょう?あなたはまだ若いんだから、そういう心配はしなくていいの!」「はいはい、すいませんでした。」 悠はそう言いながら、ペロリと舌を出した。 クリスマスの夜は、静かに更けていった。
2012年12月25日
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悠がバッドを振りかざすと、かすかな手ごたえがあった。「ぎゃ~!」男の野太い悲鳴が聞こえたのと同時に、リビングの電気が点いた。「どうした?」「ジェファー、お前こいつと住んでたのか!」リビングの床で、悠に金属バッドで殴られて痛みにのたうち回るマイケルの姿があった。「マイケル、お前どうしてこんなところに?」「そうだよ、泥棒だと思ってこれで殴っちゃったじゃないか!」「確かに、夜中に忍び込んだのは悪かった。」マイケルは額から脂汗を流しながら、椅子に腰掛けた。「取り敢えず、病院へ連れて行こう。足が折れているかもしれない。」「ええ、わかった。」 数分後、悠達のアパートの前に救急車が停まり、ジェファーと悠はマイケルとともに病院へと向かった。「ねぇ、本当にごめん。」「謝るな。俺も悪かったんだから・・」救急車の中で、悠はマイケルを泥棒と勘違いして襲ったことを、何度も謝った。 病院でマイケルは足の骨を折ったが、医師や看護師には自宅で転んでしまったと説明した。「マイケル、どうして俺達のアパートがわかった?」「それがな、昔の友達に色々と探って貰ってな・・」「もしかして、アパートの前うろついてたのは、あなたのお友達だったの?」「ああ、そうだが。その事についても、色々と誤解されてしまって、済まない。」マイケルはそう言うと、悠に頭を下げた。「あの事件以来、お前達の消息が突然掴めなくなっていても立っても居られなくて・・」「そうか。ちゃんと説明してくれれば俺の方から連絡をしたんだが。まぁ、こればかりは誰も責められない。マイケル、俺は今まで一度もお前に迷惑をかけたことがなかったな。だが、今回のことはお前をこんな行動に走らせてしまったのは俺の所為だと思っている。済まない・・」「そんな事言うな、ジェファー。」マイケルはそう言ってベッドから起き上がろうとしたが、足の痛みで呻いた。「まだ無理するな。」「本当に済まない・・」 病院を後にしたジェファーは溜息を吐きながら、昔マイケルと良く通ったパブへと入った。「いらっしゃい。」「エールを頼む。」「わかりやした。」スツールに彼が腰を下ろし、窓の外を見ると、雪が降り始めていた。「ああ、降っちまいましたねぇ。この調子じゃぁ積もりそうだ。」「そうだな・・」「クリスマスも近いから、この店も繁盛するといいんだが。」店主はそうぼやきながら、グラスを布巾で拭いた。「あんたの店なら、いつでも繁盛してるだろうが?」「そうですかねぇ。このところ、最近忙しくてねぇ。」「最近肉体労働を始めてな。朝早くから夕方まで働いて・・クタクタになりながら毎日ベッドに倒れこんでいるのさ。」「あっしも昔鉱山で働いてましたがねぇ、道路工事の方があっちよりもマシでさぁ。何せ落盤や爆発の危険がないんですからねぇ。」「それもそうだな。愚痴を吐いてばかりじゃ居られないか。」 ジェファーはそう呟くと、エールを一口飲んだ。
2012年12月25日
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週末のスーパーは、特売品目当てで来ている主婦達や家族連れで混んでいた。(今日は精がつくものを作ろうかなぁ。ステーキとか。)精肉コーナーの前でステーキ肉を物色しながら悠が良さそうなものを2パックカゴに入れてそこから立ち去ろうとしたとき、彼は誰かにぶつかった。「あ、ごめんなさい。」「大丈夫ですか?」「ええ・・」そう言って俯いた顔を上げた悠は、そこに陳が立っていることに初めて気づいた。「奥様、お久しぶりです。ここの近くに住んでいらっしゃるのですか?」「あなたは?」「ああ、わたしはこの近くに叔父が住んでいるものですから、仕事のついでに遊びに来ました。」「そうですか。じゃぁ俺はこれで。」悠はそそくさと、逃げるようにその場から立ち去った。 スーパーから脇目も振らずに走り続け、肩で息をするほど体力を消耗させながら悠はアパートのエレベーターに乗り込んだ。7階へと降りると、悠はバッグから鍵を取り出して部屋の中へと入った。購入したステーキ肉を冷凍室に入れると、悠は野菜室からレタスとトマトを取り出し、サラダを作った。 フライパンの上にオリーヴオイルを掛け、ステーキ肉を焼こうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。このアパートにはインターフォン画面がないので、悠は調理の手を止めて玄関へと向かった。「どちら様ですか?」「すいません、宅配です。」「宅配?」「ええ。ジェファー=マクドナス様宛のものですが・・」「そうですか。」ドアにチェーンロックを掛けると、悠は宅配業者から荷物を受け取った。(ジェファー宛に荷物って、何だろう?)荷物は有名パソコンメーカーのロゴマークが入っており、荷物の送り主の名はマイケル=ファガーソンとなっていた。「ただいま。」「お帰り。今日、荷物が届いてたよ。」「そうか。今日の夕食は?」「ステーキだよ。あと、サラダも作っておいた。」「よかった、丁度肉が食いたかったところだ。」ジェファーはそう言うと笑った。 夕食後、悠がキッチンで食器を洗っていると、ジェファーがノートパソコンで何かをしているところだった。「何してるの?」「これ、お前が通っていた学校に置いてきたまんまだったんだ。マイケルが送ってきてくれたんだろうさ。」「そう。突然荷物が来たって言われてびっくりしちゃった。爆発物でも入っているのかと思ったよ。」「そんなことはないだろう。まぁ、万が一のことを考えておかないとな。」ジェファーはノートパソコンの電源を落とすと、それを自分の部屋へと持っていった。 その夜、悠が自分の部屋で寝ていると、突然リビングの方から物音が聞こえた。「誰?そこに誰が居るの?」泥棒対策として念の為にスポーツ用具店で購入した金属バッドを構えながら、悠はゆっくりとリビングのドアノブを掴んでそれを回した。何かが動いた気配がして、悠は金属バッドを大きく振りかざした。
2012年12月25日
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「あのう、こちらに何かご用ですか?」意を決して悠がアパートの前をうろつく男に声を掛けると、まるで彼は地面にバネが仕掛けられていたかのように、そこから1メートルほど飛び上がった。「い、いいえ・・」「そうですか。あの、こちらのアパートに住んでいるどなたかにご用ですか?」「いいえ。すいません、失礼します。」男は驚いた拍子に地面にぶちまけてしまった鞄の中身を急いで拾い集め、そそくさとその場から立ち去ってしまった。「ねぇ、これ忘れましたよ!」男のものと思われるiPhoneを振りながら悠が彼を呼び止めようとしたが、もう彼は角を曲がってしまった後だった。(どうしようかな、これ・・)最寄の警察署に遺失物として預けようかと思ったが、預けると氏名と住所を書類に記入しなくてはならず、またネット上で個人情報が晒されて嫌がらせが再発するかもしれないという不安を悠は抱いた。 フェリシアーノが悪意をネット上にばら撒いた結果、悠は名前も顔も知らないユーザー達から受けた一連の嫌がらせを思い出し、持ち主が取りに来るまで安全な場所にiPhoneを保管しておこうと決めた。「ただいま~」「お帰り。仕事、見つかったか?」「ううん。それよりもさぁ、アパートの前で不審な男がうろついてたから声掛けたんだけど、慌てて逃げちゃった、その人。これ忘れて。」悠がそう言ってジェファーにiPhoneを見せると、彼は険しい表情を浮かべた。「これは・・」「どうしたの、これに見覚えがあるの?」「ちょっとそれ、見せてくれないか?」「うん、わかった・・」悠は怪訝そうな表情を浮かべながらも、ジェファーにiPhoneを渡した。「全く、こいつは無防備な奴だな。赤の他人が自分の個人情報が詰まった代物を覗くことくらいは予測しておいてロックした方がいいだろうに。」ジェファーはそうブツブツ呟きながらも、iPhoneを次々と指先で操作しながら、所有者の個人情報を拾っていった。「こいつの持ち主がわかったぞ。名前はレオナルド。職業は探偵だそうだ。」「そう・・それで、どうするの?」「まぁ、警察に届けた方がいい。お前がこれを持ち主が取りに来るまで持っておこうと思っても、相手に取っちゃぁお前がこれを盗んだと勘違いするだろう?要らぬトラブルを招かない為にも、忘れ物はちゃんと警察に届けること。」「わかったよ。これからは馬鹿な真似はしない。」「わかってくれてよかったよ。それじゃぁ、一緒に警察署に行こうか?」 数分後、警察署にiPhoneを遺失物として届けた後、二人は遅めのランチを取った。「ユウ、お前は色々と考え過ぎて早まった行動をする傾向がある。それが余計に物事を拗らせることに、お前はまだ気づいていない。」「今回のことは軽率だったよ。」ピカデリー・サーカスにあるカフェで昼食を取りながら、悠はそう言って溜息を吐いた。「さてと、これから俺は仕事に行かないとな。」「仕事、もう決まったの?」「ああ。近くで道路工事があってな。人手が足りないから雇ってくれたよ。」「どうして俺の仕事は決まらないのに、ジェファーの仕事だけ先に決まるんだろうなぁ・・」「そういじけるな。根気良く自分に合った仕事を探せば見つかるさ。」ジェファーはそう言うと、悠の肩を叩いた。「さてと、夕飯の買い出しにでも行こうかな。」「気をつけていけよ。」「うん、わかった。」 カフェの前でジェファーと別れた悠は、そのまま近くのスーパーへと買い出しに行った。
2012年12月25日
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ジェファーと悠が新生活を始めて二日目の朝が来た。「おはよう。」「おはよう。」「ご飯出来てるよ。」「サンキュ。」コーヒーテーブルで同じ朝食を食べながら、悠とジェファーは今後の生活のことを話し合った。「ねぇ、このアパートの家賃は安いけどさぁ、無職のままじゃキツイんじゃない?」「ああ、そうだな。まぁ肉体労働の仕事ならいくらでもアテがあるし。」朝刊の求人情報欄を読みながら、ジェファーはそう言いながらコーヒーを飲もうとした。その時、求人欄の上に載ってある記事に、彼は目を疑った。「どうしたの?」「あいつが殺されたらしい。」「え?」悠が慌ててジェファーから朝刊を奪うと、その記事を読んだ。“高級ホテル内で殺人,怨恨による犯行か”記事にはフェリシアーナの着飾った写真が載せられていた。“昨晩11時半ごろ、サヴォイ・ホテルのスイートルームにて銃声が聞こえ、支配人が銃声が聞こえた客室に入ると、そこにはフェリシアーノ=マドックス氏が床に倒れて死亡しているのを発見した。客室係の話によると、銃声が聞こえる直前、マドックス氏と何者かが口論するような声が聞こえたという。”「一体誰なんだろう、彼を殺したのは?」「さぁな・・あいつ、色々とネット上でやりすぎたらしい。」「“やりすぎた”って?」「まぁ、これを見てみろ。」ジェファーがスマートフォンの画面を悠に見せると、そこにはフェリシアーノの記事がUPされていた。“死ね。”“あいつもう死んでるって、ザマァww”“まぁ、自業自得かもな。” コメント欄にはフェリシアーノへのバッシングコメントが溢れていた。「じゃぁ、この事件はフェリシアーノをうらむ誰かがやったってこと?」「まぁな。でも、誰かどうかが特定できない。それがネットの厄介なところだ。」「でも、IPアドレスとか特定できるんじゃないの?」「これ書いた奴の一人のアドレスを特定したところで、干し藁の中に針を一本見つけるようなもんだろ?」ジェファーはそう言うと、記事の画面を閉じた。 朝食を食べた後、悠はアルバイト探しへと出かけた。「ごめんなさいねぇ、うちはもう人手が足りてるのよ。」「そうですか・・」アパート近くにあるスーパーマーケットの前に貼られていたアルバイト募集の張り紙を見て来た悠だったが、そこで断れた後何軒かアルバイトとして雇ってくれないかと頼んだが、悉(ことごと)く駄目だった。「ハァ・・」悠が溜息を吐きながらアパートへと戻っていると、アパートの前でうろついている謎の男に気づいた。(どうしよう、声掛けようかな?)
2012年12月24日
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引越し当日、ジェファーと悠はスーツケースを持ってマクドナス邸から出て行った。「本当に、行かれるのですね?」「ええ。短い間でしたが、お世話になりました。」「お気をつけて。」マクドナス邸があるメイフェア地区から少し離れたロンドン市内にあるアパートに二人が着いたのは、数時間後だった。「これで、新しい生活が始まるね。」「ああ。」新居であるアパートの一室に荷物が入った段ボール箱を入れていると、スマートフォンがメールの着信を告げた。「誰だろ?」「お前のおふくろさんじゃないか?」「そうかもね。」悠がそう言ってメールボックスを開くと、そこには送信者のアドレスがないメールが1通あった。「どうした?」「何か、送信者のアドレスがないんだけど、このメール。」「消しておけ。取り敢えず、受診拒否の設定もしろ。」「わかった。」悠はそう言うと、素早くそのメールを受信拒否設定にした。「さてと、荷物の整理でもしようか?」「そうだね。」こうして、二人の新しい生活が始まった。「ふぅん、あの二人がマクドナス邸から出て行った?彼らの消息はわからない?」 一方、フェリシアーノはホテルの一室でスマートフォン片手に誰かと話していた。ノートパソコンの画面を見つめながら、彼は悠に対するバッシング記事がUPされていることに気づき、ほくそ笑んだ。あと少しで、ジェファーの地位は地に墜ちる。そうするまで、自分は負けるわけにはいかないのだ。「フェリシアーノ、居るの?」「ええ、居るわよ、スザンナ。」ドアがノックされ、スザンナが部屋に入ってきた。「ねぇ、もうやめて。こんなことしたって、無駄じゃない。」「何を言ってるの。ここで止めたら誰があの男に復讐するというの?」「わたしは復讐なんて望まない。だからもうやめて・・」「嫌よ。これだけは譲れないわ。」スザンナは何とかフェリシアーノの暴走を止めようとしたが、無駄だった。フェリシアーノははじめ、スザンナの傷ついた心を癒す為に、ジェファーへの復讐を始めた。しかし、段々彼の感覚は麻痺していった。いつからか、彼は悠やジェファーを徹底的に糾弾したいと思うようになってしまったのだ。 一度始めたら、もう二度と引き返せない道に、彼はもう来てしまったのだった。そしてこの事が、彼自身に降り掛かる災難を呼び寄せてしまったのだった。
2012年12月24日
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従妹・スザンナの“復讐”と称し、フェリシアーナはインターネット上にジェファーと悠の顔写真や個人情報などを流し、その所為で二人の携帯にはひっきりなしに嫌がらせの電話やメールが来るようになり、悠はノイローゼになりかけていた。「一体いつまで待てば止むの、これ!?」ある日の朝、悠が朝食を取っている間にも携帯がやかましく鳴り響いたので、彼はヒステリックにそう叫ぶと、携帯の電源を切った。「新しいやつに買い換えた方がよさそうだ。あんたのお袋さんにもそう言っておけ。」「わかった。母さんはこっちが面倒なことになってること知ってるから、もう買い換えたって。」「そうか。さてと、マスコミに見つからないようにさっさと新しい携帯を買い換えに行くか。」 数分後、ジェファーと悠はロンドン市内の携帯ショップで、スマートフォンを購入した。「さてと、これでよしと。」「うん。家族との連絡先はもう登録済み。」「あいつらにこのスマートフォンのことは内密にしておかないとな。また嫌がらせのメールが殺到するからな。」「そうだね。もうフェイスブックも退会した方がいいかもしれない。いつ何処で、誰かがまた俺達の情報を流すのかもしれないし。」携帯ショップから出てきた二人がそう話していると、彼らの前にフェリシアーナが現れた。「ハロー、お二人さん。わたしの素敵なプレゼントは気に入ってくれたかしら?」フェリシアーナはそういうと、エメラルドの瞳をピカリと光らせた。「ああ、とっても気に入ったさ。だが、こちらとしてはやられっ放しというわけにはいかないな。」「ふぅん、それどういう意味かしら?」「その言葉通りさ、じゃあな。」 去り際、ジェファーはわざとフェリシアーナの肩にぶつかった。「あんなこと、言っていいの?」「いいんじゃないのか?喧嘩を売ってきたのは向こうなんだから。さてと、今度は新しい引越し先を見つけないとな。」「そうだね・・」クリスマスが押し迫る中、ジェファーと悠は二人で住めるアパートを探した。条件としては地下鉄の駅が近くにあり、買い物が不便ではないところ。ロンドン中の不動産屋を足が棒になるまで条件にあてはまる物件を探し回った末、ついに二人はすべての条件をクリアしたアパートを見つけた。「こちらの物件、少し家賃がお高いですが、よろしいでしょうか?」「ええ。明日にでもお願いします。」 引越し先を見つけたその日の夜、マクドナス邸で二人はそれぞれの荷物を纏めていた。「要らない物を整理するのは大変だな。」「まぁ、引越しするときや大掃除の時だけだもんね、こういうのは。ホント、要らない物ばかりだね。」悠はそう言って使い古した靴下をゴミ袋に放り投げた。数時間の格闘の末、山のようにあった荷物は、スーツケース二つ分に収まった。「これで漸く引っ越せるな。」「うん。」「何だか急に腹が減ってきたな。」「何か頼む?」「家の電話を使え。折角新しいやつに買い換えたってのに、一発で番号がバレるとヤバイだろ?」「そうだね。」悠がマクドナス家の電話で寿司の出前を頼んでいる頃、フェリペは悠の携帯に何度もかけたが、繋がらないことに不安を募らせていた。「どうしたんだ、ユウ?どうして繋がらないんだ!」苛立ちの余り机の端を拳で叩いたフェリペは、舌打ちしながらパソコンの画面を見ると、そこにはメーラーには「新着のメッセージが1件届きました」というメッセージが表示されていた。また迷惑メールかと思いながらフェリペが未開封のメールをダブルクリックしてそれを開くと、そこにはフェイスブックのあるページのURLが載せられていた。そのURLをクリックすると、そこには悠とジェファーの個人情報が載せられており、コメント欄には二人への悪意あるメッセージで溢れていた。「これは、酷いな・・」フェリペは吐き気を覚え、そのページを閉じた。
2012年12月24日
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悠がジェファーから連絡を受け、彼の父親が経営している会社の社長室へと向かうと、そこには全身高級ブランドに包んでいる女性が、エメラルドの瞳で自分を睨みつけていた。「あの・・」「あなたね、従妹を困らせている坊やは?」女性はそう言うと、悠の頬を叩いた。「あなた、自分がやっていることがどれほど人を傷つけているとわからないの!?」「やめろ、フェリシアーナ!」「まぁ、あなたによくもそんなことが言えたものだわね!あなたに傷つけられて、どれほどあの子が傷ついたか・・」フェリシアーナはそう叫ぶと、突然エルメスのハンドバッグを逆さにして大理石の床にその中身をぶちまけた。「これを見なさい!」フェリシアーノは一枚の写真をジェファーの眼前に突きつけた。それは、胎児の超音波写真だった。「あなたが従妹に別れを告げたとき、あの子は妊娠していたわ!けど失恋の所為で自暴自棄になって中絶したわ。それで・・」「それで俺の所為でコカイン中毒になり、砂漠のど真ん中に放り込まれたと?じゃぁどうして彼女が昨夜のパーティーに居たんだ?」「それは・・」「フェリシアーナ、もういいでしょう、止めて!」フェリシアーナとジェファーが言い争っていると、スザンナが社長室に現れた。「スザンナ、何も心配は要らないわ。わたしが何とかするから。」「止めて、あなたの所為で問題がもっと拗れてしまうのよ、わからないの!?」スザンナはそうヒステリックに叫んだ後、ソファにもたれかかるようにして座った。「あなた、身体が本調子じゃないんだから、駄目じゃないの!さぁ、家に帰って横になりましょう。」フェリシアーノはそう言うと、スザンナの手を掴んで無理矢理立ち上がらせた。「あなた達、わたしがこれで引き下がると思わないで頂戴ね。」「一体何をするおつもりで?」「あなた方に従妹に精神的苦痛を負わせた慰謝料を請求するわ。近いうちに裁判所から連絡が来るだろうから、首を洗って待っていなさいよ!」フェリシアーノはジェファーの顔に唾を吐きかけると、足音荒く社長室から出て行った。「全く、厄介な奴だ。従妹のこととなるとすぐに理性を失う。」「まぁ、俺が悪いんだから、俺が何とか解決しますよ。ユウ、行こうか。」「う、うん・・」ジェファーに手を掴まれ、悠は彼とともに社長室から出て行った。「済まないな、さっきのは痛かっただろう?」「大丈夫。それよりもこれからどうするの?」「まぁ、それはランチを取りながら考えるさ。」 ジェファーとともに会社があるビルから一歩出ると、無数のカメラが悠達を取り囲んだ。「あなたが、ジェファーさんのフィアンセですか?」「前の婚約者からジェファーさんを略奪したという噂は本当ですか!?」マスコミに揉みくちゃにされながらも、悠は少し離れた歩道でフェリシアーノがほくそ笑んでいることに気づいた。
2012年12月24日
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「こんなものがビルの前で売られていたぞ。」 正午過ぎ、ジェファーが二日酔いに苦しみながら父から電話を受け、彼の城であるオフィスに入ると、彼はそう言って大衆紙を投げつけてきた。「ふぅん、良く撮れている写真ですねぇ。カメラマンの腕が良い。」「話を逸らすな!お前とスザンナ嬢との関係が明るみになっているのは、どういうことだ!」「まさかこの記事に書かれていることが全て真実だと、あなたはそうおっしゃるんですか?」妻譲りの蒼い瞳に睨まれ、ウィリアムは一瞬喉に何かが詰まったかのような表情を浮かべた。「いや、そういうわけではない!だが、こういった記事が出るということ自体、貴様の私生活がだらしがないということだ!」「ハッ、良く言ってくれる!そういうあなた様はそんなにご立派な方なのか、俺達の事情を知っている奴らに全員聞きたいところだねぇ!」「何だと・・」ウィリアムがデスクの脇に置いていた杖を握り締めようとしたとき、不意に社長室のドアがノックされた。「社長、お客様がお見えです。」「今は忙しい、待たせておけ!」「ですが・・」「何だ、はっきり言え!」ウィリアムが苛立ったように社長秘書を睨みつけると、彼女の背後には一人の男が立っていた。 中肉中背で、優に2メートルはあろうかという長身を、イタリアンブランドのスーツに包んでおり、北欧系によくいる金髪碧眼の持ち主だった。「何だ、貴様は?」「どうも、俺はこういう者です。」男はそう言って一枚の名刺をウィリアムのデスクの上に置いた。「わたしはアポイントメントを取り付けていない相手とは会わんよ。」「そうですか、これは失礼を・・」「わかったのなら、さっさと帰るがいい。」「実は、わたしはただの供でして・・」「いつまで待たせれば気が済むの?」男の背後から突然声が聞こえたかと思うと、エナメルのヒールが大理石の床を叩く音がして一人の女性が姿を現した。「初めまして、マクドナスさん。前もってそちらにご連絡したかったのですけれど、急いでいたものですから。」「ふん、また嘘を吐くんだな、フェリシアーナ。会いたい相手というのはわたしではなく、倅の方だろう?」「ええ、そうです。」女性はくるりと身体の向きを変えると、ジェファーの前に立った。「どうも、ジェファーさん。従妹が大変あなたのお世話になったようで。」「これは・・誰かと思ったら、スザンナの過干渉な従兄殿でしたか。」ジェファーがそう言って女性を見ると、女性はムッとしたような表情を浮かべた。「今従妹が社交界でどのように噂をされているのかは、ご存知で?」「ええ、大体は。確か、俺との子どもを中絶してヘロイン中毒になって、アメリカの社会復帰施設に居るとか。まさか、嘘でしょう?アリゾナの砂漠の中に居る彼女が、昨夜パーティー会場に居る筈がない。」「何処でその話を?あなたの新しいフィアンセから?」女性がジェファーに向ける言葉は、刺々しかった。「ええ。何なら、彼女をここにお呼びいたしましょうか?」「そうしてくれると助かりますよ。」「わかりました・・では、少しお待ちください。」 悠をトラブルに巻き込ませたくなかったが、誤解を解く為には止む終えまい―ジェファーはそう思いながら、携帯を開いた。『もしもし?』「ユウ、ちょっと来てくれないか?場所は・・」また連載お休みいたします。明日から「宿命の皇子 暁の紋章」のクリスマス小説の連載を開始いたします。
2012年12月22日
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「あの車、一体誰が運転してるんですか?」「おそらく、パパラッチでしょう。」運転手は交差点で停車すると、悠に今朝発売された大衆紙を手渡した。その一面記事には、ダイヤモンドのネックレスをぶら下げてジェファーと腕を組んでいる笑顔の自分が載っていた。その下には、“社交界の問題児、復活!ダイヤモンドネックレスの女は正真正銘、彼のフィアンセか!?”という、さまざまな新聞記事の切り抜きで作ったようなふざけたタイトルが書かれてあった。“昨夜ロンドン市内の慈善パーティーに現れたジェファー=マクドナス氏は、パーティー会場に謎のアジア系美少女を連れてやってきた。彼女がつけていた13カラットのダイヤモンドは、彼がわざわざ南アフリカから取り寄せた高級品である。マクドナス氏はかつて交際していたスザンナ=アランデル女史と交際期間中、彼女にダイヤモンドのブレスレットをプレゼントしていた。彼は三度の飯よりもダイヤモンドが好きで、恋人には甘い言葉とセックス、そしてダイヤをプレゼントするのだ。もしこの美少女がマクドナス氏のフィアンセだとしたら、彼女は哀れなスザンナ女史と同じ運命を辿るかもしれない。”(誰だろう、こんな記事を書いたのは?あの会場には記者の姿なんて見えなかったけど・・)昨夜の記憶を思い起こしながら、悠はジェファーと会場に入る際、1人の青年に声を掛けられたことを思い出した。やけにじろじろと自分を見て、ジェファーに詮索めいた視線を送っていたが、まさかあの彼がこの記事を書いた記者だとしたら、昨夜の行動に合点がいく。「もしかして、公爵様はこの記事を・・」「ええ、お読みになられました。しかし旦那様は本気になさっておいでではありませんでした。寧ろ、問題なのはスザンナ嬢との過去の関係が暴かれてしまったことです。」「スザンナ嬢って、確か昨夜のパーティーで会ったよ、俺。左手首にダイヤのブレスレットを嵌めてた。トイレで女達が彼女について変な噂話をしていたし。」「そうですか。ユウ様、今回のことには余り首を突っ込まない方がよろしいのではないかと。要らぬ好奇心をもたれますと、トラブルに巻き込まれかねませんので。」「え・・」運転手の言葉に悠は思わず身を乗り出そうとしたが、その時一台のオートバイが車の前に飛び出してきて、運転手は慌てて急ブレーキを踏んだ。「危ない奴だな。お怪我はありませんか?」「うん、大丈夫。」「サヴォイホテルに到着いたしました。帰りはどうなさいますか?」「わからない。もしかしたら、実家に泊まるかも。」「そうですか。ではわたくしはこれで。」 運転手は被っていた帽子を脱ぎ、悠に一礼すると、リムジンに再び乗り込んで滑らかな動きで駐車場から去っていった。「悠、遅かったわね。」ティールームに入ると、美津子が窓際の席から立ち上がった。「うん・・少し道が混んでてね。それよりも母さん、今夜は家に泊まっていい?」「あら、いいわよ。今日はパパ、会社の人たちと泊りがけのゴルフだし、あの子は友達とお泊りですって。」「そう。」「それよりもあなた、向こうのお宅では何かと不便はない?あちら様にはご迷惑をかけてはいないわよねぇ?」「うん。」母に余計な心配を掛けさせまいと、あの記事のことを悠は話さなかった。
2012年12月22日
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「ああ、これ?さっきトイレで会った人にくれたんだ。」「そうか・・もう帰ろうか?」「うん。」濃紺のドレスの裾を摘みながら、悠はジェファーとともにパーティー会場から去っていった。「パーティーはどうだったの?」「退屈でくだらなかったよ。慈善パーティーとか抜かしてやがったが、所詮金持ちの道楽だ。」ジェファーは吐き捨てるかのようにそう言うと、リムジンの窓から映る景色を見つめた。「ねぇ、これからどうするの?トイレの化粧室で、俺があんたの婚約者だって噂してたよ。」「好きな奴にはそう言わせておけ。まぁ、これから大変だろうが、何とかなるさ。」「え?」悠がジェファーにその言葉の意味を聞こうとしたとき、彼は座席に身体を預けて眠ってしまっていた。「全く、なんだよもう・・」 その夜、悠は疲れを引き摺りながら寝室に入り、ベッドに横になった。ハイヒールを脱ぎ捨て、痛む足を擦りながら、彼はゆっくりと目を閉じて泥のように眠った。「おはようございます、ユウ様。」「う~ん・・」マクドナス家の執事に揺り起こされ、悠は気だるそうにベッドから起き上がった。「おはようございます。」「おはよう・・」「昨夜のパーティーは面白かったでしょう?」「まぁね。」ダイニングルームで紅茶を飲みながら、悠が携帯を開くと、そこには20件もの着信履歴が残されていた。それらは全て、“非通知”表示だった。(誰からなんだろ、気味悪いなぁ。)悠はぶるりと震えながら携帯を閉じようとしたとき、突然携帯が激しく振動し始めた。液晶画面には“非通知”と表示されていた。「どうなさいましたか?」「いいえ、何でもありません。」「そうですか。では、携帯をお預かりいたします。」「わかりました。」悠は執事に携帯を渡すと、安堵の表情を浮かべながら朝食を終えた。「ユウ様、携帯をお返しいたします。」「ありがとう。」今日は美津子とサヴォイホテルのティールームで待ち合わせをして、それから彼女とショッピングをする予定だった。「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」「うん、行ってくる。」悠はそう言って執事に頭を下げると、マクドナス邸から出て行った。車でサヴォイホテルへと向かう途中、悠は後ろを走っている車が自分を尾行していることに気づいた。「どうされましたか?」悠の異変を感じ取った運転手がそう言って彼を見た。「後ろの車、俺のこと尾行しているような気がするんだけど・・」「そうですか。ではサヴォイホテルまでの道を少し変えましょう。」そう言った運転手は、細い裏道へと入っていった。
2012年12月21日
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「まぁ、そんな大きなダイヤモンド、アラブの石油王だって用意できないわ!」悠がそっとドアを開けて化粧室の方を見ると、丁度口紅を塗り終えた女性がそう言って目を丸くしているところだった。「まぁ、スザンナ様はお気の毒だったわねぇ。」「ええ。何て言ったって、ジェファー様にもてあそばれた挙句、中絶までなさったんだもの。今はアメリカの砂漠のど真ん中にある社会復帰施設に居るんだそうよ。」「まぁ、やはりコカインに手を出したというお噂は本当なのね。」「お可哀想に・・」女性達はそう言って溜息をつきながら“スザンナ”という女性を同情しているようだったが、悠はそうは聞こえなかった。 まるで彼女達は、その女性の不幸を楽しんでいるように聞こえたからだ。(母さん達がやっているお茶会に似てるな・・雰囲気とかが特に。) 悠が小学校に上がる前、よく美津子は駐在員の奥様方を招いて家でお茶会をしていた。その時に彼女達は近所のゴシップやグルメのことなど、色々と楽しそうに話していた。“ねぇねぇ、三軒先の山田さん、ご主人が浮気して追い出されたんですって。”“ま~、本当?”“信じられないわぁ、あんなに仲が良いご家族だったのにねぇ。”紅茶を片手に、美津子達は近所のゴシップに興じ、夕方になるとそれぞれの家へと帰っていった。それは、悠がパブリックスクールに入学する前まで続いた。「さてと、そろそろ行きましょうか?」「ええ。」「また会いましょうね。」女性達は化粧室から次々と出て行き、あれほどうるさかった化粧室が急に水を打ったかのように静まり返った。(女ってやつはおしゃべりだよな・・)悠は溜息を吐きながら、トイレから出て行こうとしたとき、隣の個室から誰かがすす泣いている声が聞こえた。「あの、どうしたんですか?」恐る恐るドアの向こうから悠が声を掛けると、個室のドアが開き、泣き腫らしたブルーの瞳で一人の女性が彼を見つめていた。「あなた、さっきの話、聞いておられたんでしょう?」「いいえ。」女性には決して、あの女性達の話を聞いていることを悠は知らせないことにした。「そう・・あなた、お名前は?」「ユウです。」「そう。あなたのお名前、覚えておくわ。」女性はそっと、悠に骨ばった手を差し出した。「あの・・色々と辛いことがあると思いますけれど、頑張ってくださいね。」「嬉しいわ、あなただけよ、そう言ってくれたのは。ああそうだ、記念にこれ、差し上げるわ。」女性は左手首に嵌めていたダイヤモンドのブレスレットを外すと、悠の手首に嵌め、トイレから出て行った。 悠はその女性の背中が、何処か哀愁を帯びているように見えた。「遅かったな。」「うん・・すぐに出ようかと思ったけど、女達が噂話していて、なかなか出られなかった。」「そうか・・」 ジェファーはそう言うと、悠の手首に嵌められたブレスレットに目を留めた。
2012年12月20日
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「・・ふぅ、流石は腹黒い狸おやじだぜ。ま、あなたがそういう態度なら、俺も容赦しねぇよ。」 フリージャーナリスト・アーノルドは、そう言うと口元にニヒルな笑みを浮かべると、パーティー会場から出て行こうとした。その時、一組のカップルがパーティー会場に入場するところだった。(なんとまぁ・・マクドナス公爵の息子が、女連れとはね。) 輝くような長いブロンドをなびかせながら、ジェファーは見知らぬ女と腕を組み、父の方へと歩いていった。「ジェファー、来てたのか?」「ああ。そちらの麗しいレディはどなたで?」「お父様、帰りましょう!」まさかジェファーが女連れでパーティーに来るとは思わなかった貴族の令嬢は、憤慨した様子でジェファーに背を向けた。「待て、アマンダ!」「残念だったな。あの女と結婚すれば、あんたにとっちゃあ有利に働いただろうにな。」「ふん、それを見越してのことか。」ウィリアムはそう言うと、憤怒の表情を浮かべながらジェファーを睨みつけた。(俺、ヤバイかも・・)「貴様、よくもわたしの顔に泥を塗ったな、覚えておけ!」「あの、俺は・・」弁解の余地を悠に与えようともせず、ウィリアムは会場から去っていってしまた。「どうしよう、俺、誤解されちゃったかも・・」「爺のことは気にするな。それよりもパーティーを楽しめ。」「楽しめって言われても・・」「お前だって金持ちのボンボンだろうが?こういう場には慣れているはずだろう?」「まぁ、そうだけど・・」何度か両親のお供として、こういった上流階級の集まりには顔を出したことはあったが、大人たちの間で交わされる下劣なゴシップや駆け引きなどを見てうんざりしていたので、どういった会話が彼らの間で交わされていたのかなどには興味を示さなかった。「まぁ、こんな所に集まってくるのは、黒い噂を聞きつけてやってくるやつらさ。」「黒い噂って、誰の?」「それはいずれわかるさ。じゃぁ俺はあっちで情報収集といくか。」「え、ちょっと・・」突然ジェファーが自分を置き去りにしたので、悠はぽつねんとその場に取り残された。(一体俺にどうしろっていうんだよ?)溜息を吐きながら、悠はそそくさと目立たぬよう、会場の隅へと移動したとき、給仕の一人と運悪くぶつかってしまった。「申し訳ございません!」「大丈夫ですから。」濃紺のドレスに少しシャンパンがかかったが、染みになるような汚れではなかった。だが彼のお蔭で会場から離れることができた悠は、婦人用のトイレへと向かった。個室に入り鍵を掛けて中に入ると、数人分の足音が聞こえ、化粧室の方で女性達の話し声が聞こえた。「ねぇジェファー様が連れていらした方、誰かご存知ない?」「さぁ、存じ上げないわ。それよりもわたし、彼女がつけていたダイヤのネックレスの方が気になったわ。」「ああ、あのネックレスは、確か南アフリカで採れた貴重なダイヤモンドで作られたものですってよ。」「まぁ、それではあの方がジェファー様のフィアンセね?そんな特別なもの、遊び相手にくださるはずがありませんもの。」女性達の話に、いつの間にか悠は耳をそば立てて聞いていた。
2012年12月14日
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「僕は、ユウのことが好きです。」フェリペはそう言うと、ジェファーを睨んだ。「そうか。それで、俺にどうしろと?」「あなたがもし、ユウに対して本気ではないのなら、僕は容赦しません。」「フン、変な坊やだな。」ジェファーはフェリペの言葉を鼻で笑うと、彼に一歩近づいた。「言っておくが、俺は坊やに自分の恋愛を口出しされるほどじゃない。それじゃぁな。」なれなれしくフェリペの肩を叩き、ジェファーはテラスから去っていった。(いけすかない男だ・・)フェリペはジェファーの背中を睨みつけると、ダイニングへと向かった。「お帰りなさいませ。」「マクドナスさんは?」「旦那様は、今日はサヴォイホテルで開かれる慈善パーティーに出席しておられます。ああ、先ほどあなた様宛にこんなものが。」マクドナス家の執事から、フェリペは一通の手紙を手渡された。それには、エスペラルド家の蜜蝋が捺されていた。(何だ?)部屋に戻り、ペーパーナイフで手紙の封を切って便箋を取り出すと、それは父が書いたものだった。「まさか・・」その手紙を見たフェリペは、その内容に驚愕した。「ねぇ、何処行くの?」「それは着いてからのお楽しみだ。」 その夜、マクドナス家の化粧室で、悠は高級ブティックの店員と貴族専用の美容師によってヘアメイクを施されていた。「やはりこちらのドレスの方が、赤毛によく映えますわ。」「そうか。ではドレスが地味な分、宝石は派手なものではなくてはな。」ジェファーがそう言って気障に指をぱちんと鳴らすと、化粧室に高級宝飾店のオーナーが入ってきた。「注文したものは?」「ベルギーから朝一にお取り寄せいたしました。こちらです。」オーナーはそう言うと、恭しくジェファーに正方形の箱を取り出した。「何、それ?」「今夜、お前を主役にするものだ。」悠が箱を開けると、そこには13カラットもあろうかと思うほどの大粒のダイヤモンドが四連もあるネックレスが入っていた。―こんな高いもの、要らないよ!(あれ、このネックレス、何処かで・・)「どうした、気に入らないか?」「ううん・・ただ、何処かで見たような気がして。」「おかしな奴だな、お前は。」ジェファーはそう言うと、悠の首にネックレスを掛けた。「行ってらっしゃいませ。」「ああ。」悠とジェファーを乗せたリムジンは、慈善パーティーが行われているサヴォイホテルへと向かった。「おやおや、マクドナス公爵様ではございませんか?」サヴォイホテルにあるパーティー会場には、政財界の著名人に囲まれながらウィリアムが彼らと談笑していると、突然背後から誰かに声を掛けられた。「貴様、またこんなところにもぐりこんでいたのか?ネズミらしいな。」振り向いたウィリアムは、そう言って相手に侮蔑の眼差しを向けると、相手は飄々とした態度でこう切り返して来た。「いやぁ、こんなパーティーをする金があるのなら、貧しい者達にその中の一ポンドくらい恵んでくれませんかねぇ?」「愚問だな。」ウィリアムはそう言うと、さっと背を向けて話の輪の中へと戻っていった。
2012年12月14日
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「“どうして妾の子がエスペラルド家の後継者となるのか?”とか、“おかしい”とか・・まぁ無理もない。」「フェリペは、お母さんに会ったことはあるの?」「いいや。母は、わたしを産んだ後脳出血で死んだ。何でも、出産時に息んだことで脳にあった血栓が破裂したらしい。」「そんな・・」初めてフェリペの秘密を知り、悠は絶句した。一瞬彼の脳裏に、美津子の笑顔が浮かんだ。フェリペは、一度も実母に抱かれることも、笑顔を向けられたこともなかったのだ。「ごめん、変なこと聞いて・・全然、そんなこと知らなくて。」「いいんだ。今まで僕は母が居なくても、父に愛されていたし、母方と父方の祖父母は沢山の愛情を僕に注いでくれた。だから、一度もひけめを感じたことはない。」フェリペはそう言うと、そっと悠の手を握った。「君にだけ、話せて良かった。」「そう。」悠が泣きそうになろうとしていた時、店員がダージリンを持ってきた。「お待たせいたしました。」「ありがとう。」悠はそっとダージリンティーを一口飲むと、暖かい湯気と香ばしい茶葉の香りが優しく彼を包んだ。「お前は優しいんだな。」「え?」「泣くのは僕の方なのに、君が泣いてる。」フェリペの言葉を聞いて初めて、悠は自分が泣いていることに気づいた。「ごめんなさい・・」「謝らなくてもいい。」フェリペはそっと、悠の目元をハンカチで優しく押さえた。「もう戻ろうか。」「うん・・」二人がマクドナス公爵邸へと戻ると、ジェファーが何処か不機嫌な表情を浮かべながらテラスに居た。「ジェファーさん・・」「さっきは取り乱して済まなかったな。」「いいえ、気にしてませんから。俺もフェリペも、あんなもの信じてませんし。」「そうか。」ジェファーはそう言うと、少し安堵したかのような表情を浮かべた。「今まで何処に行ってたんだ?」「近くのカフェに。色々と積もる話があったので。」「そうか。」ジェファーは少し納得がいかないといったような顔をして、フェリペを見た。「じゃぁ俺、もう部屋に戻ってるね。」「ああ、少し休むといい。」「紅茶、ご馳走様。」悠がフェリペとジェファーに背を向けて部屋へと戻っていくのを見送ったフェリペは、ジェファーの方へと向き直った。「少しお話しても、よろしいでしょうか?」「ああ。」悠と自分との関係をフェリペが疑っていることに、ジェファーは気づき始めていた。「お前が聞きたいのは、ユウとの関係だろう?安心しろ、俺とあいつは・・」「わかっていますよ。でも僕は、あなたのことが油断なりません。」 フェリペはそう言うと、エメラルドの瞳に敵意を宿しながらジェファーを睨みつけた。
2012年12月14日
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「ねぇフェリペ、一体何が言いたいの?はっきり言ってくれないとわからないんだけど?」悠がそう言ってフェリペを見ると、彼は初めて悠の気分を害したことに気づいたようで、慌てて彼の手を取った。「すまない、ユウ。あいつとの関係を勝手に疑ってしまって悪かった。」「いいよ、もう。ウィリアムさんの方はまだ疑ってるからね。何でもこの指輪、マクドナス家に伝わる花嫁の指輪だってさ。」「そうか。少し見せてくれないか?」「いいよ。」悠が左手薬指に嵌めていたルビーの指輪を外そうとしたとき、温室に誰かが入ってくる気配がした。「おい、誰か居るのか!?」「どうしたんですか、公爵様?」「お前、それを外そうとしただろう!」杖を振り回しながら、ウィリアムは悠を睨んだ。「ええ、友人がこれを良く見たいといったので・・」「外してはならん!その指輪を外せば、死ぬ!」「まさか、そんな・・」「どうせ老いぼれ爺のたわ言だろうと思っているのだろう?これは脅しではないぞ、小僧。この指輪の前の持ち主、すなわちわたしの妻は、この指輪を外した所為で死んだのだ!」「嘘を吐くな、このクソ爺!」ウィリアムの脇を、鉢植えが掠めたかと思うと、それは甲高い音を立てて地面に転がった。「母さんが死んだのは、交通事故に遭ったからだ!」悠が振り向くと、温室の入り口で今にもジェファーがウィリアムを今にでも殺すのではないかというほどの険しい表情を浮かべていた。「貴様、何故それを知っている?」「何故って?俺は母の死に目に会ったからだ!お前は母を看取ろうともしなかった!それだけじゃない、お前は・・」「父親に向かってなんという口の利き方だ!」「父親だと?今更父親ぶるのもいい加減にしろ!今まで父親らしいことなどしなかったじゃないか!」「何だと、もう一度言ってみろ!」「ああ、何だって言ってやる!」言い争い、掴みあいになったジェファーとウィリアムを尻目に、フェリペは悠の手を掴んで温室から出て行った。「ねぇ、何処行くの?」「少しお茶をしながら、今後のことを話そう。」「え・・ちょっと!」あれよあれよという間に、悠はフェリペとともにマクドナス公爵邸にほど近いカフェへと向かった。「いらっしゃいませ。」「ダージリンをふたつ。」「かしこまりました。」店員が奥へと消えるのを見計らい、フェリペは話を切り出した。「さっき話したとおり・・僕の実家は今色々と問題があるんだ。」「問題?」「ああ、たとえば、次期当主は誰なのか。父は僕を推してくれているが、親族が反対しているんだ。僕が妾腹の出だから。」「え・・」いつも自信に満ち溢れ、まっすぐに前を向いているフェリペの顔が曇っているのを、悠は初めて見た。「すまない、君にこんなことを話すなんて・・」「いいよ。それで、親戚の人たちは何て言ってるの?」
2012年12月14日
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ベッドで休もうと、ベッドがある窓際まで向かうと、ベッドのサイドテーブルの上に、開いたままの本が置かれたままになっていた。(これくらい、片付けて欲しいよな・・)悠が溜息をつきながら本を閉じようとすると、開かれたページには流麗な文字でこう書かれていた。“もう限界、あの人とは暮らせない。”悠が本の表紙を見ると、そこには“クリスティーネの日記”と書かれていた。(これ、ジェファーのお母さんの日記?どうしてこんなところに?)ジェファーの母親の日記を偶然読んでしまった気まずさからか、悠はそれを本棚にしまった。「おはようございます、ユウ様。昨夜は良くお休みになられましたか?」「うん、まぁね。」「それはよろしゅうございました。」翌朝、悠がダイニングに朝食を取りに降りてくると、そこには何故かフェリペの姿があった。「フェリペ、どうして君がここに?」「公爵に無理を言ってここに宿泊させてくれるよう頼んで貰った。」「そ、そう・・」フェリペのエメラルドの瞳が、射るように悠を見つめた。「ユウ、朝食の後で話せないか?」「うん、わかった。」悠がそう答えると、フェリペは嬉しそうに笑って紅茶を飲んだ。(何だろ、話したいことって?)「まだあいつは寝てるのか?」「ええ。部屋で朝食を召し上がるといってききませんでしたので・・」「ふん、家には戻ったが、わたしとは口を利きたくないのか。放っておけ、あいつはもう子どもではないのだからな。」「は、はぁ・・」老執事は気まずそうな顔をすると、そそくさとダイニングから出て行った。「さてと、ユウとかいったな?ジェファーとは本当に、何の関係もないんだろうな?」「はい、もちろんです。」「そうか、それならいい。」ウィリアムはそう言うと、まだ納得がいかないといったような表情を一瞬浮かべたが、執事が持ってきた新聞に目を通し始めた。 湯気が立つスコーンを食べ、高級紅茶専門店のアッサムティーを飲んだが、悠は味が全くわからなかった。「それでは、俺はこれで・・」「昼にわたしの書斎に来い。いいな?」「わかりました・・」「ひとつだけ言っておくが、ここにいる限りはわたしが決めたルールに従って貰う。それだけは肝に銘じておくことだな。」「はい、わかりました。では、これで失礼します。」それ以上ウィリアムとは二人きりになりたくなくて、悠は彼に頭を下げるとダイニングから出て行った。「ユウ、遅かったな。」「うん、ちょっとね・・」 先に待ち合わせ場所である温室に居たフェリペは、緑の瞳を煌かせながら悠を見た。「ねぇ、話ってなに?スペインに戻ったんじゃなかったの?」「ああ。だが、母は亡くなった。何者かに、殺されてしまったんだ。」「え・・そんな・・全然知らなくて、ごめん。」「いい、謝るな。それよりもユウ、あいつとはどんな関係なんだ?」「あいつって?もしかしてフェリペも、ジェファーと俺がやましい関係だということを疑ってる訳?そんな訳ないって。」「そうか、ならいいんだが・・」フェリペの思わせぶりな態度に、悠は少し苛立った。
2012年12月13日
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「二人とも、明日からここで暮らしてもらおう。」「嫌だね。あんたと暮らすなら、刑務所に入った方がマシだ。」 舞踏会の後、ウィリアムの言葉を受けたジェファーはそう言って書斎から出て行こうとすると、ウィリアムが彼の腕を掴んだ。「わたしの許しがあるまで、ここを出ることはできん。それにまだ話は終わっておらんぞ。」「わかったよ・・」ジェファーは舌打ちすると、椅子に座りなおした。「それで?これから俺達はどうすればいいんだ?」「ここで暮らして欲しい。」「いつまで?あんたのその老いぼれた身体が朽ちるまでか?それとも、あんたが散々外で遊びほうけた末に出来た莫大な借金を俺が返済し終えるまでか?」実の親子とは思えぬほど、ジェファーとウィリアムの空気は険悪なものだった。それを傍で見ながら、自分の家庭も似たようなものだと思った。 悠の父・浩輔は根っからの仕事人間で、家庭を全く顧みることはなかった。幼少期に家族揃って食事をしたことは数える位しかなく、家族の会話も皆無に等しかった。そんな家庭が普通だと思っていたが、渡英する前小学校の授業参観で家族についての作文をクラスメイト達が発表したとき、自分の家庭が異常だということに気づいたのだった。“日曜日になると、パパとママと一緒に公園でピクニックに行きます。”“公園でパパと一緒にキャッチボールをします。”だが、自分の家庭の異常さを感じながらも、それを修復する術は幼い悠はわからなかったし、わかったところでどうとなるわけでもなかった。なので、現実から目を背けることにした。立ち向かわずに逃げるなんて卑怯だと思ったが、それが最善の方法だと思ってそうしたまでだった。だから、父親と真正面でぶつかり合うジェファーの姿を見て羨ましいと思っていた。「貴様、名前は何という?」「え、俺?」「ああ。」「俺は・・ユウ=キノシタといいます。あの、俺は・・」「貴様もここで暮らして貰おう。さてと、話は終わったからあいつに部屋へと案内して貰え。」「わかったよ。」「ユウ様、こちらへ。」ジェファーが足音荒く書斎から出て行くのを見た悠が慌ててソファから腰を浮かして立ち上がろうとしたとき、老執事が悠をジェファーが向かった場所とは反対側へと案内した。「どうぞ。」「え、ここって・・」悠が通された部屋は、どう見ても女性物の調度品が置かれていた。「ここは、今は亡き奥様・・クリスティーネ様が使っておられたお部屋です。」「奥様って・・ジェファーのお母さんが使っていた部屋?」「ええ。今夜はもう遅いですから、お休みなさいませ。」「あの、ちょっと・・」「お休みなさい。」悠に反論の余地を与える暇もなく、老執事は彼の鼻先でドアを閉めた。(一体これからどうなるんだろう・・)突然ここに連れてこられた上、あのウィリアムと毎日顔を合わせることになるなんてー悠はそう思いながら、溜息を吐いた。
2012年12月13日
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「いい加減離してよ、俺は何処にも行かないから。」「すまん・・」漸くフェリペは、そっと悠から離れた。「どうしてお前こそこんなところに居るの?」「マクドナス公爵に招待されたんだ。何でも、今夜はある祝いの為に舞踏会が開かれたとか。」「“ある祝い”?」悠はそう言ってフェリペを見たとき、大広間から人が移動する気配がした。「行ってみよう。」「う、うん・・」フェリペに手を掴まれ、悠は人々が移動している方向へと向かった。 そこは、ライトアップされた純白の薔薇に囲まれた中庭だった。(ここ、何処かで見たことがある・・)初めて来る場所であるのに、悠はなぜか既視感を抱いた。「皆様、今宵はお忙しい中どうぞお集まりくださいました。」光の中から現れたのは、漆黒の燕尾服に身を包んだ老執事が立っていた。「本日は、大変喜ばしい日となりました。なぜならば、マクドナス公爵の嫡子・ジェファー様がお戻りになられたからです。」老執事の言葉に、客達は色めきたった。「さぁ皆様、ご注目を!ジェファー様のご登場です!」執事の声とともに、燕尾服姿のジェファーが立っていた。ライトに照らされた彼の金髪は、黄金のように輝いていた。(やっぱり、ここ・・懐かしい・・)悠が庭を見つめていると、ジェファーと目があった。「さぁ皆様、ご歓談をお楽しみくださいませ。」執事の挨拶で、客達は毛皮のコートを羽織りながらガーデンパーティーを楽しみ始めた。「あんたは一体何の狙いがあって、ここに俺を連れ戻しに来たんだ?」「お前はこの家の嫡子だ、ジェファー。お前を放置する時間じゃ充分与えた。だから、お前がこの家を継ぐのは仕事だ。」「ふざけるな、母にした仕打ちを忘れてのうのうと・・」ジェファーはキッとウィリアムを睨みつけた。彼らの会話を少し離れた場所で聞きながら、悠は邸の中へと戻ろうとした。「漸く会えましたね、奥様。」その時、誰かに腕を掴まれ、悠が背後を振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。年の頃は20代後半といったところか、漆黒の髪をなびかせた彼は、琥珀色の瞳で悠を見つめていた。「奥様、ずっと探しておりました。」「あなた、誰?」悠はそう言って青年を見ると、彼は少し失望したかのような表情を浮かべた。「あなたはまだ、全ての記憶を思い出しておられないのですね・・」「ねぇ、あなたは・・」「ユウ、どうした?」悠と謎の青年の前に、ジェファーが現れた。「あなたは?」「ああ、失礼。わたしはこういう者です。」青年は、そう言って一枚の名刺をジェファーに渡した。「『紅狼楼』オーナー、陳命隼(ちんめいしゅん)?」「ええ。上海でホテルを経営しております。一度お越しくださいませ。最高のサービスを致しますので。」そう言って笑った青年だったが、目は全く笑っていなかった。 この運命の“再会”は、悠の奥底に眠っていた記憶を呼び覚ますきっかけとなった。
2012年12月09日
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「まずあんたの誤解を解いておくが、こいつは俺の勤務先の学校の生徒で、俺とは何の関係もない。だから、今すぐここから俺達は失礼する。」ジェファーはそう言って悠の手を握り、書斎から出て行こうとしたが、それを黒服の男達が阻んだ。「まだ貴様らを帰す訳にはいかん。わたしの話は終わっていないからな。」ウィリアムはじろりとジェファーを睨みつけ、男達に目配せした。「この者達を部屋に。」「かしこまりました。さぁ、参りましょう。」「やめろ、離せ!」激しく抗うジェファーを再び羽交い絞めにした男達は、書斎から出て行った。「これから俺をどうするつもりですか?」「それは今、考えている。まぁ、貴様をこの家から出すつもりは全くないがな。」ウィリアムの言葉に、悠は思わず溜息を吐いてしまった。「さてと、腹が減っただろう?大広間で何か食べてくるがいい。」「え?」「まさかこのまま逃げられると思っているようだが、勘違いするな。お前だけには特別に情けをかけてやる。」「ありがとうございます。」ウィリアムに頭を下げ、書斎から出て行った。 大広間に入ると、そこには美しいドレスや宝石で着飾った貴族のご婦人や令嬢達がシャンパン片手に談笑しながら、ちらちらと悠を探るように見ていた。(何か、居心地悪いなぁ・・)ビュッフェテーブルへと向かい、皿に料理を載せた悠は、人気のない場所へと移動した。(まさか、ここが先生の実家だったなんて・・驚いたなぁ。)寒風吹きすさぶプールサイドで料理を食べながら、悠はそう思いながら寒さに震えた。「あら、誰かと思ったら、変な子じゃないの?」「本当だわ、臭いからすぐに気づいたわ。」クスクスと意地の悪い笑い声が背後から聞こえたかと思うと、鮮やかなドレスに身を包んだ二人の少女達が悠の前に現れた。輝くような金髪を結い上げた少女は、ブルーの瞳に軽蔑の光を宿しながら悠を見た。「誰が臭いって?あんたらの香水の方が、とても臭いんだけど。」悠の言葉に、金髪の少女の顔が赤く染まった。「まぁ、よくも言ってくれたわね!」「喧嘩を売ったのはそっちでしょう?見たところあんた達貴族のお嬢様っぽいけれど、初対面の相手に喧嘩ふっかけるなんて下品だね。親の顔が見てみたいよ!」悠がそう叫んだとき、頬に鋭い痛みが走った。「お黙りなさい、あなたのような庶民に蔑まれる覚えはなくてよ!」「俺だってあんたに殴られる覚えもないね!」「何ですって!?」少女が再び腕を振り上げようとしたその時、こちらへとやってくる靴音が聞こえた。「そこで何をしている!」(まさか、この声は・・)ゆっくりと悠が振り向くと、そこには息を切らしてこちらを見つめるフェリペの姿があった。「ユウ・・どうしてこんなところに?一体何処で何をしていたんだ!?」フェリペは華やかに着飾った少女達を無視し、悠を抱き締めた。「ちょっと、離して・・」「嫌だ、離してしまったらまだどこかへ行ってしまうかもしれないだろう!」少女達は憤然とした様子でプールから立ち去っていった。「ねぇ、離してよ・・苦しいから・・」「嫌だ!」
2012年12月09日
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「う・・」 どれくらい眠っていただろうか。悠が重い瞼をゆっくりと開けると、そこにはあの男が居た。「降りろ。」「わかった・・」おぼつかない足取りで、悠はゆっくりと車から降りた。車が停まったのは、瀟洒(しょうしゃ)な豪邸の駐車場のようなところだった。「中へ入れ。」男とともに裏口から邸の中へと入ると、パーティーでもしているのか、向こうから管弦楽の音色と人々が笑いさざめき合う声が聞こえた。「ようこそ、いらっしゃいました。今宵はどうぞ、お楽しみくださいませ。」 マクドナス家の舞踏会に招待されたフェリペは、自分が入ってくるなり好色な視線を送り始めた貴族の令嬢達を見た。うんざりしながらも、フェリペは整髪料で固めた髪を少しなでつけ、人気のないバルコニーへと向かおうとしたとき、さっと自分の前を横切る人影に気づいた。(あれは・・ユウ?) 人影の正体は、あの事件以来行方不明となっている悠だった。一体何故、彼がここに居るのか。フェリペが悠を追おうとしたとき、誰かが彼の腕を掴んだ。「フェリペ様、一緒に踊っていただけませんこと?」くるりと彼が振り向くと、そこには以前親族がお膳立てして見合いをした公爵令嬢が立っていた。「あ、ああ・・」断ることも出来ず、フェリペは悠を追うことを諦めて令嬢の手を取った。 一方、謎の男に連れられた悠は、書斎の前に立った。「失礼いたします。」「つれてきたか?」「はい。」「入れ。」男と共に書斎のドアを開けて中に入った悠は、パイプを吹かしながら自分を見つめている一人の老人に気づいた。何処か猛禽を思わせるかのような鋭い目と、がっしりとした体躯にツイードのスーツを包んだ彼がこの邸の主であると、悠は勘でわかった。「あの、あなたは?」「わたしはウィリアム=マクドナス。貴様が、倅の恋人だな?」「え?」「その指輪を見ればわかる。これはマクドナス家に代々伝わる花嫁の指輪だ。その指輪を持っている者は、倅と、その婚約者だけだ。」ウィリアムはそう言うと、キッと悠をにらみつけた。「あの、それで俺はどうすれば?」「貴様は一体、倅とどういった関係なのだ?」「そ、それは・・」「離せ、離せよ!」突然外から男の怒鳴り声が聞こえ、悠とウィリアムが開いたドアを見ると、そこにはマクドナス家の使用人達に羽交い絞めにされているジェファーの姿だった。「先生、どうしてここへ?」「ユウ、お前こそどうして実家に?」「どうやらお前達、顔見知りのようだな。」ウィリアムは、そう言うと悠とジェファーを交互に睨んだ。
2012年12月08日
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「あなた、一体どういうつもりで篤史に近づいたのかしら?」「おっしゃっている意味が判りません。」「あらぁ、とぼけても無駄よ。あなた、うちの息子を狙っているようだけれど、あなたを嫁に迎えいれるわけにはいきません。」女性はそう一方的に言うと、悠を突き飛ばして篤史の元へと戻っていった。(何だよ、あの人・・まさか、俺のことに気づいてない?)悠は溜息を吐くと、エレベーターへと向かった。だが、そこには疾風は居なかった。「あれ、何処行っちゃったんだろ?」悠は周囲を見渡して疾風を探したが、何処にも居なかった。先に部屋に戻ったのかもしれないと思い、悠はエレベーターへと乗り込んだ。 部屋にそろそろ着こうとしていた時、バッグの中で携帯が鳴った。(誰だろ?)携帯のフラップを開けて届いたメールを見ると、そこには一行だけ書かれてあった。“逃げろ”(もしかして、病院を襲った人達が、このホテルに?)悠は、嫌な予感がしてエレベーターから降りようとしたが、遅かった。「動くな。」突然背中に銃を突きつけられた悠は、恐怖で動くことができなかった。目だけで背後を見ると、そこには黒いフードを被った男が立っていた。「あなたは?」「貴様の質問には答える義務はない。おとなしく地下駐車場までついてきて貰おうか?」「嫌だといったら?」「この場で貴様を撃つ。ああ、この銃には消音器がついているから助けが来るとは思うな。」まるで悠の考えを見透かしたかのように男はそう言うと、口端を上げて笑った。 エレベーターが途中で停まるよう悠はボタンを押そうとしたが、男がそれを阻み、二人を乗せたエレベーターは地下駐車場へと一気に降りていった。「あそこの黒い車に乗れ。」「わかったよ。」悠は男に腕を掴まれて黒い車の方へと向かった。「出せ。」車に無理矢理悠を押し込んだ男は、運転手にそう命じると、車は滑らかに地下駐車場から出て行った。「一体何処へ向かっているの?」「着いたらわかる。」「そんな・・」「少し黙れ。」男はそう言うと、注射器を取り出してその針を悠の腕に突き刺した。「う・・」遠のく意識の中、悠はなぜかジェファーの顔が脳裏に浮かんだ。「悠里様・・」疾風は悠の携帯に何度も掛けたが繋がらず、もしかして病院で襲ってきた集団の仲間が来たのかと思っていた。(わたしが少し場を離れた隙に・・何ということを!)疾風が悠の消息を案じながらソファに腰を下ろしていると、部屋のチャイムが鳴った。「朝早くに失礼いたします。わたくしはこういう者です。」彼がドアを開けると、そこには黒い外套を羽織った一人の老紳士が立っていた。
2012年12月08日
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「そう、そんな事があったのね・・」悠は正直に何故病院から逃げ出したのかを美津子に話すと、彼女は静かに頷いてそう言うだけで、何も彼には聞かなかった。「疾風さん、とおっしゃったわよね?あなたが悠を守ってくださったのね、ありがとう。」「いえ、わたしは当然のことをしたまでです。」「そう。じゃぁ悠、これからあなた、この人と一緒に行動するの?」「うん、そのつもりだよ。学校は・・あんなことがあったから休学することになると思う。」「そうね。好きになさい。さてと、わたしはもう行くわね。パパがイライラしてわたしの帰りを待っていることだから。」「じゃぁね、母さん。」「疾風さん、悠のこと宜しくお願いしますね。」美津子はそう言うと、疾風に微笑んだ。「余り疾風さんを困らせないのよ、悠。」「わかってるよ。」「あ、そうだわ。これを渡す為に来たんだった。」美津子は財布から数枚のクレジットカードを悠に手渡した。「そんな、いいのに・・」「困ったときに使いなさい。明日あなたのパスポートを郵送してあげるわ。貴重品は持ってきたと思うけれど、足りない物もあるかもしれないし。」「ありがとう。じゃぁね。」久しぶりに会う母と軽く抱擁を交わし、悠はホテルから出て行く彼女を見送った。「さてと、部屋に戻ろうかなぁ。」「ええ。」カフェから出て、悠は疾風と共に部屋へと戻ろうとエレベーターを待っている時、肩を叩かれた。「悠、悠なの?」最初、一体誰なのか悠はわからなかった。「あのう、どなたですか?」「覚えてない?幼稚園の頃一緒だった上田篤史(うえだあつし)だよ。久しぶりだなぁ、何年ぶりだっけ?」「篤史・・?」悠の脳裏に、渡英する前共に遊んだ少年の姿が浮かんだ。「篤史、篤史なの?」「やっと思い出してくれたんだ!」篤史はそう言うと、悠を抱き締めた。「ねぇ悠、今時間ある?」「え~っと・・」どう断ろうかと思いながら、悠が考えを巡らせていると、一人の女性が二人の方へと歩いていった。「篤史、こんなところに居たの。」「母さん。」先ほどまで悠に微笑んでいた篤史の笑顔が、女性を見るなりひきつった。ロンドンの高級ホテルで、美しい訪問着の上に黒貂のケープを羽織ったその女性は、何処か威厳に満ちていた。「あら、あなたは・・」「母さん、悠だよ。ほら、昔一緒に遊んだ・・」「そうだったわね。」女性はそう言うと、悠をじろりと見た。氷のような、冷たい視線を感じ、悠はすっと全身が凍るようになった。(何だろう・・)「篤史、先に帰っていなさい。わたしはこの人と話すことがあるの。」「わかりました・・」「さぁ、参りましょう。」女性はむんずと困惑した悠の手を掴むと、呆然とする篤史の前から去っていった。
2012年12月07日
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「悠里様、起きてください。」「ん・・あと5分・・」一流の職人が精魂込めて作り上げたイタリア製の白いレースのカーテンから射し込む朝日を受けながら、悠はそう言ってシーツに包まっていた。その傍には、なかなか起きない主を困惑気味に見ている疾風が立っていた。「お客様がいらしております。」「お客様?こんな朝早くに?一体誰なの?」「それが・・」疾風が次の言葉を継ごうと口を開こうとしたとき、客室のドアが激しく叩かれた。「悠、早く出てきなさい!いつまで待たせるつもりなの!」ヒステリックな女の声に、悠は見覚えがあった。それは何かと自分を束縛する自己中心的な母・美津子のものだった。「どうして母さんがここに?」「警察があなたがここに居られる事と、わたしの連絡先を渡したようでして・・」「ええ~!余計なことしないでよ!」「ですが、入院先の病院から失踪し、捜索願を出されそうになったご両親のお気持ちをお察しくださいませ。」「そうだけど・・」「悠、早く開けなさ~い!」ドンドンとドアを激しくノックする美津子は、今にもドアを蹴破りそうな勢いである。悠は溜息を吐くと、ベッドから出て部屋着のままドアを開けた。「悠、あんた一体どうしてこんなところに居るの!?それにこの人は誰なの?どうして病院から抜け出したの?傷は大丈夫なの?」「母さん、落ち着いて。そんなに質問されても、一気に答えられないよ。」「そ、そうね・・それじゃぁ、着替えていらっしゃい。ママは下のカフェで待っているわ。」「そうしてくれると助かるよ。」シャネルのハンドバッグを掴むと、美津子はそそくさと部屋から出て行った。「疾風ごめんね、うちの母さんが迷惑掛けて。」「いいえ。それよりもお召し物はどうなさいますか?」「確かに・・クローゼットには女物の服しかないもんなぁ。」クローゼットを開けながら、悠里は悩んだ末にモスグリーンのワンピースを取り出し、黒のハイヒールを履いて部屋から出て行った。「悠、ここよ!」穏やかな日曜の朝のひとときを過ごす宿泊客やサラリーマンが居るカフェで、美津子の声は一際大きく響いた。「母さん、もう少し静かにしてくれよ・・」「あらぁ、ごめんなさいねぇ。ねぇ、ここビュッフェやってて、美味しい物沢山あるのよ~。ねぇ、何食べたい?」「俺は好きに取るから、母さんもそうしてよ。」「ええ、わかったわ!さてと、元取らないと!」うきうきとした様子で席から立ち、皿を取って料理のあるテーブルへと並ぶ美津子の姿を見ながら、悠は溜息を吐いた。 旧華族出身で、経済的には何不自由ない生活を送っている“お金持ちのマダム”である美津子は、ケチで家事を使用人任せにせず、料理も食費を浮かせる為に色々と献立を工夫し、奥様方のお茶会には手作りの菓子を振舞う。上流階級に属する他のご婦人方は美津子を“変わり者”だと言って笑っているが、夫の金を湯水のように使ってブランド物を買い漁る金銭感覚が麻痺した女達の謗りを美津子は全く気にしなかった。まぁ、その点ではありがたく思ってはいるのだが、問題は少しやり過ぎるところだった。たとえば、ビュッフェスタイルのレストランで非常識な振る舞いをすることとかが。「悠里様。」「疾風、来てたんだ。」「ええ。お母様はどちらに?」「今料理取ってるところ。」「悠、お待たせ!」美津子は料理を山盛りにした皿を持って席に戻ってくると、それを見た周囲の客達がクスクスと笑って彼女を見た。「母さん、食べきれないじゃん、それ・・」「大丈夫よ、持って帰るんだから。」母の言葉を聞き、悠は両手で頭を抱えた。
2012年12月07日
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「後で行くと伝えろ。」「ですが・・」「旦那様、あんまりですわ!奥様のことよりも、パーティーが大事なのですか!?」「うるさい、わたしが決めたことに口出しをするな!何ボーっと突っ立っている、早くパーティーの準備をしないか!」虚を突かれたように大広間で突っ立っている使用人達に怒鳴り散らすと、彼らは憤怒の視線をウィリアムに投げかけながらそれぞれの持ち場へと戻っていった。「ナタリー、どうしたの?お母様は何処なの!?」「坊ちゃま・・」もう寝ていると思っていたジェファーは、階段の踊り場でウィリアムとナタリーの会話を全て聞いていた。「僕をお母様のところに連れていって、お願いだから!」「坊ちゃま、それは・・」「ナタリーが連れていってくれないなら、僕が一人で行くよ!」「・・一緒に参りましょう、お母様のところへ。」 ナタリーが嵐の中、ジェファーとともにクリスティーネが搬送された病院へと向かうと、彼女は虫の息だった。「ジェファー、来てくれたのね。」「お母様、どうしたの?どこが痛いの?」ジェファーはそう言うと、ベッドで力なく横たわり、酸素マスクをつけているクリスティーネに取り縋った。「大丈夫よ・・ジェファー、あなたのことを愛しているわ。これをお母様の代わりにしっかり守ってね。」クリスティーネは、そう言ってハートを象ったルビーの指輪をジェファーの小さな掌に載せた。「ナタリー、この子をお願いね・・」「はい、奥様。」それが、クリスティーネとナタリーが交わした最後の会話だった。彼女はその数時間後、静かに息を引き取った。「お父様の所為だ、お父様が花を買わせたから、お母様とおなかの赤ちゃんは死んだんだ!」葬儀の席で、ジェファーは一度も逆らわなかった父親に初めて逆らった。「お父様は人殺しだ!」「うるさい!」「絶対に許さないからな!」 母の死によって、天真爛漫だったジェファーはすっかり変わり、イートン校を退学してからは、柄の悪い連中と付き合うようになり、イースト・エンドにあるB&Bで寝泊りをするようになった。「ナタリー、俺はあの人を今でも恨んでいる。あいつが母を殺したと、俺はそう思っているんだ。」「わたくしも、あの事故のことは忘れられません。ですが・・」「お願いだ、一人にしてくれないか?」「わかりました。」「俺が家まで送ろう。今日は風が強いし、最近のガキどもは婆さんが一人夜道を歩いていると遠慮なしにリンチする。ここら界隈を知っている俺が居れば安心だ。」「そうですか、ありがとうございます。」マイケルはナタリーとともに、部屋から出て行った。 一人残されたジェファーはベッドに寝転がると、ルビーの指輪を翳した。あの事故の後、今わの際に母親が渡してくれたものだ。父親の再婚相手に再三渡すよう言われたが、それをジェファーは頑として断った。この指輪は自分にとって唯一の母の形見であり、あの日父に抱いた恨みを忘れぬ為のものなのだから。父が何を企んでいるのかは知らないが、ジェファーは二度と実家には帰らないと決めていた。
2012年12月06日
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「ナタリー、その話はいいだろう?もう遅いんだから、休んだ方が・・」「いいえ。こうして坊ちゃまにお会いできたんですから、この際自分の胸のうちを明かしてしまいたいんです!」ナタリーはそう叫ぶと、ハンカチで再び目頭を押さえた。「一体こいつの母親に何があったんですか?」「ええ。奥様・・クリスティーネ様は、とてもお優しい方でいらっしゃいました。旦那様に対して、ジェファー様の教育について唯一逆らえるお方でした。ですが、旦那様はそれが気に入らず、いつも奥様に暴力をふるっておりました。」ナタリーの言葉を聞いたマイケルの脳裏に、幼少期の光景が浮かんだ。“酒はまだか!”酒乱の父に酒が切れたことを責められ、いつも顔に紫色のあざを作っていた母。父が去った後、母は自分に何度も謝っては抱き締めてくれた。「暴力を?」「奥様のご実家は、名のある資産家でしたが、階級制度が厳しいこの国では、労働者階級出身で貴族ではない平民の奥様を、いつも旦那様は蔑んでおられました。“お前は金で買われた女だ、もし跡取りを産めない石女ならば無一文でたたき出していた”と、いつも暴言を・・」「そうですか・・」マイケルはそう言うと、隣に座っているジェファーを見た。彼は酷く蒼褪めていた。「大丈夫か?」「ああ。ナタリー、続けてくれ・・」「わかりました。奥様がお亡くなりになられた日は、奇しくも旦那様の誕生日でした。」ナタリーはそう言うと、静かにジェファーの母・クリスティーネが死んだ日のことを語り始めた。 その日、マクドナス家は主であるジェファーの父・ウィリアムの誕生パーティーの準備で朝から大慌てだった。使用人達の指揮を執るウィリアムの妻・クリスティーネは、息をつく暇がないほどに広大な邸内を走り回っていた。当時彼女は妊娠3ヶ月に入り、ジェファーは生まれてくる弟妹のことを楽しみにしていた。「おいクリスティーネ、花が足りないじゃないか!」「申し訳ありません・・」「全くお前は使えない女だな!花の手配も出来んとは!これだから成り上がり者の女は・・」「すぐに、買ってまいります。」「5分で戻って来い!」「はい、わかりました・・」項垂れ、大広間から出て行くクリスティーネを、慌ててナタリーが追いかけた。「奥様、わたくしがお花を買ってまいります。どうか、お部屋でお休みください。」「いいえ。わたしが行かないと。ナタリー、いつもかばってくれて有り難う。あなたにはいつも感謝しているわ。」「奥様・・」「じゃぁ、行ってくるわね。」クリスティーネはそっとナタリーの肩を叩くと、車のキーを持って外へと出て行った。「まだあいつは帰って来んのか!パーティーが始まるというのに!」夕方になっても、クリスティーネが帰ってくる気配がなかった。ナタリーが妙な胸騒ぎを覚え始めたその時、執事が慌てた様子で大広間に入ってきた。「旦那様、大変です!奥様が事故に遭われたと!」ナタリーをはじめとする使用人達はみな一様に驚愕の表情を浮かべ、主の反応を待った。妻が事故に遭ったのだから、すぐさま彼女の元に会いに行くのだろうと、誰もがそう思っていた。しかし、ウィリアムの反応は違った。
2012年12月06日
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「何って、ただ酒を飲んでいるだけだが?それが気に障るのならどちらが出て行けばいいだけの話しだろ?」ジェファーがそう言って男達を見ると、彼らは面白くなさそうな顔をしてパブから出て行った。「ジェファー様、あの者達は?」「お前には関係のないことだ。あの男に伝えておけ、家に戻る気はないと。」「ジェファー様・・」「どうした、ジェファー?何かあったのか?」トイレから戻ってきたマイケルは、親友と老執事の顔を交互に見ていた。「あなたは、確か・・」老執事は何かを言おうと口を開きかけたが、やがて口を噤みジェファーに一礼すると、シルクハットを被りパブから出て行った。「あれは誰だ?」「あいつは俺の執事・・というより、俺の実家に代々仕えている執事だ。あいつが俺の元に来るのは俺の生涯の中で二回だけだ。俺が生まれたときと、さっきだ。」「何か、事情でもあるのか?」「事情も何も、実家とはとうに縁を切っている。貴族の子息でありながら、華やかな社交界と何不自由のない生活に自ら背を向け、悪に染まった俺を、親父は見限ったのさ。」ジェファーはそう言うと、さっとスツールから立ち上がった。「今夜は少し飲み過ぎたな、帰ろう。」「あ、ああ・・」 パブから出たジェファーとマイケルが宿泊先のホテルに戻ると、フロントデスクで一人の太った女性が宿泊名簿を見せてくれとフロントスタッフに詰め寄っていた。「お願いですだ、少しだけでも!」「申し訳ございませんが・・」「何か問題でも?」ジェファーがそう言って女性に話しかけると、彼女がくるりと振り向いた。彼女はじっとジェファーを見つめると、やがて円らな黒い瞳から大粒の涙を流した。「坊ちゃま、こんなところで再びお会いできるだなんて!」「ナタリー、ナタリーなのか!?」 数分後、ジェファーとマイケルは女性と向かい合う形でソファに座りながらホテル内のカフェで紅茶を飲んでいた。「そうでしたか、あなたがジェファーの乳母(ナニー)・・」「ええ。ジェファー様はわたくしが幼少の頃よりお育て致しました。」「ジェファーはどんな子どもでしたか?」「とても可愛くて、笑うと天使のようなお子様でした。時折悪戯をしては、執事のスティーブンに叱られておりましたねぇ。」「ナタリー、そんな昔のことを言うな・・」ジェファーは照れくさそうな表情を浮かべながら、キッと乳母・ナタリーを睨んだ。「いいじゃないか、夜はまだ長いんだ。」「マイケル、あとで覚えていろよ。」「どうぞ、話を続けてください。」「はい、では・・」ナタリーは少し躊躇いながらも、ジェファーの幼少期を語りだした。 幼いジェファーはよく悪戯をしては使用人達を困らせてはいたが、どこか憎めない存在だった。その場にいると自然と和んでしまう、そんな雰囲気を纏っていた子どもだった。ジェファーの父・ウィリアムは、長子であるジェファーに対し、体罰を伴う厳しい躾をしていた。だがそれはジェファーを萎縮させるだけで、ナタリーはいつか彼が壊れてしまうのではないかと危惧していた。「そんなときです、奥様がお亡くなりになられたのは。」ナタリーはそう言うと言葉を切り、ハンカチで目頭を押さえた。
2012年12月04日
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「姉様が記憶を取り戻すのは、もうすぐね!」 悠と別れ、金髪の少女―アンジェリークは自室で寛ぎながらそう呟くと笑った。「お嬢様、そろそろお休みになりませんと。明日はマクドナス子爵の舞踏会があるのですから。」「はいはい、わかったわよ。」アンジェリークは乳母の小言にうんざりとした表情を浮かべると、ベッドに寝転んだ。「どうしてあんな爺さんの相手をしなくちゃいけないのかしら?ただ英国社交界の重鎮ってだけでしょう?」「彼が英国社交界の重鎮だからこそ、レディとして恥ずかしくない振る舞いをなさりませんと。そうしなければ家名に傷がつきますからね。」「わかったわよ。おとなしくしていればいいんでしょう?」「ええ。常日頃旦那様や奥様、わたくしたちを困らせるような振る舞いは決してなさりませんよう。ではお休みなさいませ、お嬢様。」「お休みなさい。」アンジェリークの乳母は一瞬主が本当に寝るのだろうかと疑う目で彼女を見たが、ゆっくりと部屋から出て行った。 数分後、乳母がアンジェリークの部屋を覗くと、彼女はまだベッドに寝ていた。「アンジェリークはどうだったの?」「お部屋でお休みになられております、奥様。」「そう。それよりも明日の舞踏会が心配だわ。あなたも知っているでしょうけれど、あの子は落ち着きがないから・・マクドナス子爵に失礼なことをしないといいんだけれど。」アンジェリークの母・エステラルド伯爵夫人はそう言って溜息を吐くと、刺繍台に再び針を通し始めた。 一方、ロンドン市内のパブでは、ジェファーとマイケルが久しぶりの夜のロンドンを満喫していた。昔この近辺を根城にしていたストリートギャング時代にはゆっくり酒を飲む時間などなく、いつも死と隣り合わせの日々を送っていた。だがそれはもう過ぎ去ったことで、今はこうして親友とエール片手に雑談を楽しんでいる。「なぁジェファー、学校で見かけた赤毛のジャパニーズ、お前と一体どういう関係なんだ?」「ああ、ユウのことか?何だか初対面なのに、何処か懐かしさを感じるんだよ。」「そうか。俺はあいつのことが嫌いだ。」「おいおいマイケル、お前はいつから嫉妬深くなっちまったんだ?」「べ、別に俺は嫉妬なんかしていないからな!」頬を赤く染めてムキになってそう自分に反論する親友を、ジェファーは可愛いと思った。初めて会った頃は、人見知りが激しくてなかなか打ち解けることができなかったが、当時マイケルの家庭環境は荒んでいた所為なのだから無理はない。「ちょっとトイレに行ってくる。」「ああ、わかった。」マイケルがトイレに立った後、ジェファーはエールを飲みながらフィッシュアンドチップスを頼もうとしたとき、誰かが自分の肩を叩いた。「ジェファー様、お久しぶりです。」「誰かと思ったら、お前か・・スティーブン。」ジェファーはゆっくりと背後を振り向くと、そこには自分を幼少期から親身に世話をしてくれた老執事が、そこに立っていた。「旦那様がお呼びです。」「息子よりも世間体を重んじる男が、今更俺に一体何のようだ?」怒りを秘めた蒼い瞳で射るように老執事を見ると、彼は平静な表情を崩さずに次の言葉を継ごうと口を開いた。「お~い、誰かと思ったらジェファーじゃねぇか?」「久しぶりだなぁ?」パブに柄の悪い数人の男達が入ってきたが、彼らはジェファーのかつての仲間だった。「おう、久しぶりだな。」「こんなところで何してやがる?ここはもう俺らのシマだぜ?」首筋にドラゴンのタトゥーを彫った男が、獲物を狙う猛禽のような鋭い視線をジェファーに向けた。
2012年12月04日
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「あ~、疲れた。」部屋に戻った悠はそう言うとハイヒールを脱ぎ捨て、ベッドに寝転がった。「悠里様、部屋着にお着替えください。服がシワになってしまいます。」「うん、わかった・・」疾風が持ってきた部屋着に着替えると、悠はシーツを頭から被って眠った。「お休みなさいませ、悠里様。良い夢を。」疾風はそう呟くと、寝室から出て行った。 艶やかな黒髪をなびかせながら、彼は部屋から出ていき11階のバーへと向かった。「マティーニを。」「かしこまりました。」テムズ川沿いの夜景を望めるカウンター席に腰を下ろした彼が飲み物を注文すると、隣のスツールに誰かが座る気配がした。「おや、これは珍しい。」隣から涼やかな声が聞こえたので、疾風がちらりと隣の方へと視線を向けると、そこにはブロンドの長い髪をなびかせた男が、じっと疾風を見ていた。疾風は初対面である筈の男に、何処か既視感を抱いた。「失礼ですが、何処かでお会いいたしましたか?」「いや、あんたとはここで初めて会ったんだが。もしかして、ナンパのつもりか?」男はブルーの瞳を悪戯っぽく光らせると、疾風を見た。「忘れてください。それと、わたしはゲイではありません。」「そうか、それは残念。あんた、いい男なのにな。」本気なのか冗談なのか、男の言葉は軽薄そのものに聞こえ、疾風は思わずムッとした。バーテンがマティーニを疾風の前に置くと、疾風はそれを一気に飲み干した。「あんた、名前は?」「疾風だ。あなたは?」「俺?俺は、ジェファー=マクドナス。」ジェファーはそう言うと、疾風に右手を差し出した。だが疾風は彼の手を握らずに、彼が左手に嵌めているルビーの指輪を凝視していた。「その指輪、何処で?」「あぁ、これか?お袋の形見だよ。女物だったから、宝石屋に頼んでサイズを直して貰ったんだ。俺にとっちゃ幸運のお守りみたいなもんだ。」「そう・・ですか。」悠がしている指輪と同じ型をしている指輪を嵌めたジェファーとの出会い、疾風は何故かこれは運命ではないと思った。「わたくし、こういう者です。」疾風はそう言って名刺をジェファーに渡すと、彼はそれを受け取りバーから出て行った。「ハヤテねぇ・・何かどっかで聞いた名前だよなぁ。」鬱陶しそうに絡まった髪を手櫛で整えながら、ジェファーはエレベーターの中で疾風から渡された名刺を眺めていた。「ジェフ、遅かったな。」「ああ。さてと、久しぶりのロンドンだ、パーッと派手にいこうぜ!」「わかったよ・・」(やれやれ、久しぶりにロンドンに来たかと思えば・・)友人の結婚式に出席したついでに、ジェファーに誘われるがままに彼とともにロンドンへと戻ったマイケルだったが、バーから少し酔っ払った様子で出てきた親友の姿を見て、彼が変なことをしでかさないように監視しなければと思いながら、ジェファーの肩に手を回し、夜のロンドンへと繰り出した。 一方、ロンドンの高級住宅地・メイフェア地区に邸宅を構えているある貴族が、書斎で仕事をしながら、執事の報告を聞いていた。「そうか、ジェファーは今ロンドンに居るのか。」「旦那様、どうなさいますか?」「決まっている。」貴族―ジェファーの父・ウィリアムは仕事の手を休めると、くるりと椅子を回転させ、執事にこう命じた。「あいつを見つけ出せ、今すぐに。」
2012年11月26日
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「さ、そんなところで突っ立ってないで座りなさいな。」「ええ、ではお言葉に甘えて。」疾風はそう言って金髪の少女を睨むと、彼女の前に腰を下ろした。「お久しぶりね、姉様。」「え、姉様って・・」「あなたのことに決まっているじゃないの。忘れてしまったの?」金髪の少女は悠の手を握ると、悲しげに蒼い瞳を曇らせた。「それ・・」「ああ、これ?これはわたしと姉様を繋ぐ絆のようなものよ。」少女は左手薬指の指輪を掲げ、悠に微笑んだ。「あなたも、同じものを持っているんでしょう?」「あ・・」悠が左手薬指に嵌めたルビーの指輪を見下ろすと、それが少女が嵌めている指輪と同じデザインであることに気づいた。「これは、一体何?」「だからぁ・・」「この指輪、あの人も嵌めてた。」「あの人ってだぁれ?」「金髪に、ブルーの瞳。名前は確か・・確か・・」“ルシフェル”突然悠の脳裏に、誰かの声が聞こえた。「確か、ルシフェルっていった・・」「姉様。」少女はすっと立ち上がると、悠の手を握った。「漸く思い出せそうなのね?わたしと過ごした幸せな記憶のことを。ああ、何てことでしょう!」少女は嬉しそうな声を出すと、悠を抱き締めた。―姉様、大好き! 何処かで誰かの声が聞こえ、悠の脳裏に金髪の少女の顔が浮かび上がってきた。長い間生き別れていた同胞。輝くような美しい金髪をなびかせた、天使のような少女。「アンジェ・・アンジェなの?」「ああ姉様、やっと思い出してくれた!」「お嬢様、場を弁えてくださいませ。」少女の隣に控えている中年女性がそう言って彼女を軽く窘(たしな)めると、少女は舌打ちして悠里から離れた。「この店で最高級のワインを頂戴。」「かしこまりました。」ウェイターが奥へと去っていった後、少女は悠の方にくるりと向き直り、満面の笑みを浮かべた。 数分後、少女はワイングラスを掲げてこう言った。「二人の再会に乾杯。」「う、うん・・」ワイングラスの中に注がれたワインが揺らめき、シャンデリアの光を受け、それは宝石のように輝いた。それから悠里と疾風は、少女とともに楽しいひとときを過ごした。「じゃぁね、また会いましょう。」レストランの前で別れた少女は、エレベーターに乗り込んだ悠里に手を振った。「悠里様、どうされましたか?」「あの子と話してると・・何だか懐かしく感じちゃうんだよね。」そう言った悠は、左手薬指に嵌めた指輪を見つめた。
2012年11月26日
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「え~と、こっちでいいんだよね?」「ええ。」 謎の青年・疾風(はやて)とともに、悠はヒールの音を鳴らしながらエレベーターホールでエレベーターが来るのを待っていた。「いたた・・」 ストッキングを穿いているものの、履き慣れないヒールの所為で踵が少し擦れてきたので、悠は痛みに顔を顰めた。「余りこういった靴はお履きにはなられませんか?」「うん。いつもスニーカーだから。男でハイヒールなんて履いたことないし。」「そうですか。」疾風がそう言った時、エレベーターが到着し、ゆっくりと扉が開いた。エレベーターの中には数組のカップルが乗っていた。「では、参りましょう。」「うん・・」疾風の手を取り、エレベーターの中へと乗り込んだ悠だったが、前のめりになり、彼は派手に転んでしまった。くすくすと、カップル達がその様子を見て笑った。(うわぁ、恥ずかしい・・)悠はなるべくカップル達と目を合わせないように、疾風の隣に立った。エレベーターは二階にあるレストランへと停まった。「こちらです。」疾風がそう言って悠をエスコートしようとした時、誰かが自分の腕を引っ張った。(え?) 彼が背後を振りむくと、そこには先程自分を笑っていたカップルの女がじろりと自分を睨みつけていた。「あの、何でしょうか?」「わたしの彼に色目使わないでよ!」「は?」 突然の事で何が何だか解らず、悠が目を点にしていると、女はつかつかと悠の前に近寄ると悠に意味不明な言葉で怒鳴り散らした。隣に立っている彼氏らしき男は黙って女が怒鳴り散らしているところを見ていて、助けてくれない。 丁度ディナーの時間帯だったので、煌びやかにドレスアップしたカップルがジロジロと悠に怒鳴り散らす女を見ながらエレベーターホールの前を通り過ぎて行った。「あんたが彼を奪おうとしているの、解ってるんだからね!」「何言ってんの? っていうか、俺とあんた、初対面じゃん? それに自分の彼女が公共の場で汚い言葉吐き散らかしてんのに注意もせずにただぼーっと突っ立ってるだけの彼氏なんざ、要らねぇよ!」 いい加減女に身に覚えのないことで怒鳴り散らされることにムカついていた悠がそう言って彼女に啖呵を切ると、彼女の手を乱暴に振りほどいてエレベーターのボタンを押した。ぎゃぁぎゃぁ喚く女の声は、エレベーターの扉が閉まるのと同時に聞こえなくなった。「ああ、煩かった。ごめんね、待たせた?」「いいえ。」「行こうか。」疾風とともに、悠は彼の腕を組みながらイタリアンレストランへと向かった。「予約をした者ですが。」「あちらでお連れの方がお待ちですので、案内致します。」案内係によって、二人は奥のテーブルの方へと向かうと、そこには金髪の少女が座っていた。「待っていたわよ、姉様。もう来ないのかと思ったわ。」少女はハート形のルビーの指輪を光らせながら、じっと悠を蒼い瞳で見つめた。「君は・・それに、その指輪・・」「ふふ、やっと思い出してくれたのね? そんな所で突っ立ってないで座ってお食事しながらお話ししましょう。」少女は嬉しそうにそう言うと、ウェイターに目で合図をした。「お前も来たのね、疾風。お姫様のお供が好きなのねぇ、お前は。」「憎まれ口を叩くのは相変わらずですね。」疾風と少女が睨み合った時、彼らが居たテーブルの空気が三度下がったような気がした。にほんブログ村
2012年11月22日
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カフェの二階席で充分に睡眠を取った悠は、疾風の優しい手でまた揺り起こされてカフェを後にした。「これから何処行くの?」「行けばわかります。」疾風はそう言って足早に石畳の道を歩いてゆく。悠は慌ててその後を追った。やがて二人はある高級ホテルに着いた。ロビーに足を踏み入れると、パジャマ姿の悠に客達が好奇の視線をあからさまにぶつけてきた。「ここで暫くお待ちください。」そう言って疾風は悠をロビーへと残し、フロントへと向かった。悠は客達の視線から逃れるため、隅に置かれているソファに腰掛けた。(こんなところに泊まってもいいのかな?見るからに高そうだし・・) ロココ様式で内装を統一されているロビーに集まっている客達の殆どはスーツやシックなワンピースといった上品な装いをしていて、病院から着の身着のままで脱走した悠は何だか急に自分の格好が恥ずかしくなって俯いた。「お待たせいたしました、お部屋に参りましょうか。」暫くすると、疾風がカードキーを持って戻って来た。「う、うん。」二人はエレベーターへと乗り込み、部屋がある階へと向かった。「ねぇ、俺着替え持ってないんだ。このままだと恥ずかしいな。」「お召し物のことでしたらご心配要りません。こちらで手配済みですから。」「え?手配済みってどういうこと?」疾風は悠の問いには答えず、先にカードキーを挿し込んで部屋の中へと入った。 部屋はツインルームだが、家具も内装もヴィクトリア朝様式で統一されていて少し高級感が漂っていた。「こんなところに、本当に泊っていいの?」「支配人には連絡済みです。ユウ様、お召し替えを。」疾風は悠を部屋に残すと、さっさと何処かへ行ってしまった。「着替えろって言ってもなぁ。」悠が溜息を吐きながらクローゼットを開けると、そこには女物のワンピースやチャイナドレスやイヴニングドレスなどがあった。どうやらこのホテルの支配人は、悠を女性だと勘違いしているらしく、男物の下着や衣類はひとつも見当たらなかった。(とりあえず動き易い服に着替えないと・・)溜息を吐きながらクローゼットに掛けてある服をざっと見た悠は、一番動き易いチャイナドレスを手に取った。(これならトイレが楽だし、すぐに着替えられるし。)黒地に真紅の薔薇の刺繍が施されたチャイナドレスに着替え始めた悠は、一瞬既視感に襲われた。チャイナドレスを前に着た事があるような気がしてならなかったが、何処で着たのかが全く思い出せない。(どうしたんだろ、俺。何かさっきから変・・)「お召し替えはお済みになられましたか?」着替えを終えた悠の元に、疾風がそう言いながら部屋へと入って来た。「ねぇ、変じゃない?」「良くお似合いですよ。それでは、食事に参りましょう。」「判った。」クローゼットの中からチャイナドレスに合う真紅のハイヒールとバッグを取り出し、素早くスニーカーからハイヒールへと履き替えた悠は、颯爽と部屋から出て行った。 一方、ホテルの二階にあるレストランでは、煌びやかなドレスを纏った金髪の少女が欠伸をしながら誰かを待っていた。「まだ来ないのかしら、いい加減退屈になってきたわぁ。」そう言いながら欠伸を噛み殺していた少女の元に、1人の青年がやって来た。「お待たせして申し訳ありませんでした、ネネ様。」「遅いわねぇ、スペインで一体何をしていたの?」「少し仕事をしておりました。」「また仕事?お前はいつも仕事ばかりなのねぇ。少しは息抜きをした方がいいんじゃなくて?」少女はそう言って青年を見た。「もうすぐ、あなたが待ち焦がれていた方がお見えになられますよ。」青年の言葉を聞いた少女の蒼い瞳が、美しく輝いた。「姉様が来るのね。やっと会えるのだわ、姉様に。」少女は口元に笑みを浮かべながら、シャンパンを一気に飲み干した。にほんブログ村
2012年11月22日
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―姉様・・何処からか、声がする。懐かしくも、冷たい声。―姉様・・誰かが自分を呼んでいる。一体誰なのだろう?思いだそうとするが、思い出せない。―早くこちらにいらっしゃいな、姉様。声のする方へと走ってゆくと、そこには紅蓮の炎が邸を包み込みながら踊っていた。ここは何処なのだろう。呆然と辺りの惨状を見渡していると、何かが滴り落ちてくる音がした。何だろうと思いながら頬を汚すそれを拭うと、それは真紅の血だった。悲鳴を上げて後ずさると、何かを踏んでいることに気づいた。そっとそれから足を離すと、それは胎児の遺体だった。 臍の緒が付いたままで人間の形をしている胎児の傍には、腹を切り裂かれ息絶えている女性の遺体があった。それを見た瞬間、パニックを起こしてその場から逃げ出そうとした。だが血を吸っているドレスが足元に纏わりついてそれを阻む。自分は何故、こんな処にいるのだろうか。―姉様、楽しかった?またあの声が聞こえた。反射的に耳を両手で塞いだ。―そんな事をしても無駄よ。だってわたしは・・ 意識が突然闇に包まれ、最期に脳裡に浮かんだのは全身に返り血を浴びて殺戮に興じるもう一人の己の姿だった。「・・リ様、ユウリ様。」また誰かが自分を呼んでいる。ゆっくりと目を開けると、艶やかな誰かの長い黒髪が頬をくすぐった。「悪い夢を見ていらしていたのですか?手がこんなに冷え切ってしまって・・」誰かの温かい手が、そっと自分の手を優しく包み込む感触がした。「余り昔の事は思い出してはなりません。あなたの身体はもう、あなたお一人のものではないのですから。」誰かの手は、自分の手からそっと下腹の方へと移った。「今宵はわたしが傍に付いておりますから、ゆっくりとお休みください。」あなたは誰。どうしてこんなに俺に優しくしてくれるの。そんな言葉を口にしたいと思っていたのに、何故か段々目蓋が重くなってゆく。「ユウリ様、お休みなさいませ。」誰かの心地の良い、低い声が耳朶に優しく響いた。その時、身体の内側で小さな足で蹴られたような感覚がした。「起きてください、ユウリ様。」まどろんでいるところを誰かに揺り起こされ、悠はゆっくりと目を開けた。辺りを見渡すと、そこは24時間営業のカフェらしく、テーブルやカウンターには数人の客しかいない。「ここ、どこ?」そう言って悠が隣に座っている男―疾風を見た。「少しお疲れのようでしたので、ここで休憩を取ろうと思いまして。」彼の言葉を聞いた途端、悠の脳裡に病室で起きた出来事が甦った。 あれから何時間経ったかわからないが、いつの間にか壁際に凭れて眠ってしまう程自分は疲れていたのだ。「ねぇ、これから何処行くの?」「夜明けが来たら、ここを出ます。ですが、こんな処で寝てしまっては風邪を召されます。」疾風はそう言うとスツールから降り、カフェの主人に何か言うとすぐに戻って来た。「二階に横になれる処がありますから、そこでお休みになってください。」「ありがとう。」彼の何気ない心遣いに、悠は少し癒された。「わたしは、あなたの従者として当たり前の事をしたまでです。」疾風は悠に微笑むと、彼の手をそっと取って二階へと向かった。階段を昇ると、そこにはソファが置いてある場所がいくつかあった。悠は隅の方へと向かい、ソファに横になって再び目を閉じた。「良い夢を、ユウリ様。」疾風の声を聞いた時、夢の中で聞いた心地の良い声は彼のものだと悠は気づいた。にほんブログ村
2012年11月21日
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「それにしても、酷いものですよね。大分現場慣れしてきましたが、こんなに酷い現場は初めてだ・・」そう言ってジムはハンカチで込み上げる吐き気を押さえた。「まだまだ青いな。俺はこんなものよりも遥かに悲惨な現場を見てきたぜ。」犯人に繋がる証拠を探しながら、アーノルドはそう言って相棒を鼻で笑った。「あの頃はお前の親父さんも俺の隣でげえげえ吐いてたな。あいつは少し優しかったから。」「父が、ですか?」上司の口から父親の話が出てきて、ジムは思わずアーノルドを見た。「ああ。まぁあいつも色々と修羅場をくぐり抜けてきて、強くなっていったけどな。俺達はいつも助け合ってた。あいつがもうすぐ定年迎えてもそれは同じだと思ってたんだ。あの事件が起こるまでは。」アーノルドの言葉を聞いた瞬間、ジムの脳裡にあの忌まわしい事件の日が浮かんだ。あの日、父はパトロール中に何者かに殺された。彼の体内からは血液が全て抜き取られていた。あの日父の身に一体何があったのか、犯人は一体誰なのか、その謎は未だ判っていない。最近父の事を思い出しては一人で泣く夜が増えて来たように思える。幼い頃母を亡くし、父子家庭で育ったからか、人一倍父親っ子だったからかもしれないが、未だに父の死を引き摺っているのかもしれない。「ジム、どうした?顔色悪いぞ?」ふと我に返ると、アーノルドが心配そうな表情を浮かべて自分を見ていた。「すいません。少し父の事を思い出してしまって。駄目ですね、僕。まだ父の事を引き摺って・・」「無理もない、あんな事件が起きれば、誰だって引き摺るさ。俺だってまだ引き摺ってるんだ。」アーノルドはジムに微笑みながら、優しく彼の肩を叩いた。「ところで話は変わるが、この事件で一番疑わしい奴はどいつだと思う?」「そうですね、最初に殺されたこの学校の生徒数名とそこで働いていた司祭一名がこの事件の被害者で、あとは・・」事件に関する書類を捲っていると、ジムの目にある名前が飛び込んできた。「どうした?」「いえ、それが・・この事件に巻き込まれたユウ=キノシタなんですが、現在ロンドン市内の病院に入院中だということが判りましたが、彼の指紋が何故かこの事件の遺留品に残されているんですよ。」「遺留品に彼の指紋が?それは何だ?」「それが、告解室で倒れていた司祭の遺体の近くに落ちていたナイフです。考えたくはありませんが、もしかすると彼がこの事件の犯人なのではないかと・・」ジムの言葉を聞いたアーノルドは、少し眉を顰めた。「彼の事を調べてみる必要があるな。重要参考人として彼と明日、話をしに行こう。」「わかりました。」ジムは上司の言葉を聞くなり大聖堂から真っ先に飛び出した。一人大聖堂の中に残ったアーノルドは、血で汚れたステンドグラスを見つめた。「天にまします我らの神は、数人の若者の命をお救いになられなかったのは何故なんだろうなぁ。」 アーノルドがそう呟きながら大聖堂を後にしようとした時、何かを踏んだ感触がして歩みを止め、床に転がっていたものを拾い上げた。それは、プラチナのオーバル型ロケットペンダントだった。 ロケットを開くと、そこには黒髪と金髪の少年が微笑む写真と、その二人が成長し同じポーズで微笑む写真が入っていた。このロケットが誰のものなのか、アーノルドは想像がついた。と同時に、このロケットが事件の重要な手掛かりになるとアーノルドは確信した。彼はロケットをハンカチで包み、大聖堂から出て行った。外にはこちらの様子を窺い不安な表情を浮かべる生徒達と、好奇心を剥き出しにした近隣住民達の視線が痛いほど感じられた。「あの、それは・・」「亡くなった司祭様のものだったらしい。中には写真が二枚入っていた。少し調べればその写真について何かわかるかもしれんな。」「え、ええ・・」やがて二人の刑事はロケットとともにロンドンへと帰って行った。遠ざかってゆく警察車両を、ゴシック様式の窓から一人の男が眺めていた。にほんブログ村
2012年11月21日
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「ねぇ、疾風とか言ったよね?一つだけ教えて。俺は一体何者なの?」 悠はそう言って自分の前に立っている青年を見た。「あなたは、ご自分が何者なのかが、おわかりにならないのですか?」青年は怪訝そうに悠を見ながら、ベッドの端に腰を下ろした。「うん。最近変な夢ばかり見るけど、それも俺の正体に関わることなのかな?」「夢?」悠は青年に最近悪夢に魘されていることを話した。「俺、いつもその夢の中で、女の名前で呼ばれているんだよね。“サチ”って。」「サチ・・」青年はその名を聞いた瞬間、顔を強張らせた。「どうしたの?何か心当たりでもあるの?」青年は悠の手をそっと握り、口を開こうとしたその時、病室のドアが乱暴に開かれて数人の男達が入って来た。皆揃いのカソックを着ており、手には洋剣を持っていた。「何なんだよ、あんた達!急に入って来て・・」「やっと見つけたぞ、“スカーレット”。ここで長く続いたお前と俺達との因縁、経ち切ってやる!」 男達の中から一際目立つ黒髪紅眼の男が悠達の前に進み出て、洋剣の切っ先を悠に向けた。「何?突然意味の判らないこと言って・・俺があんた達に一体何したっていうのさ!」「黙れ!」黒髪紅眼の男は洋剣を閃かせながら、悠へと突進した。だが白刃が悠の全身を貫く前に、青年が彼を抱いて窓から脱出した。「走れますか?」優雅に地面に着地した青年は、そう言って己の腕の中でパニックを起こしかけている悠を見た。「あの人達何なの?いきなり俺に襲い掛かって来て・・訳の判らない事ばかり言ってさ。挙句の果てには殺そうとして、意味わかんないよ!」「わたしは彼らの事を知っています。あなたのことを長い間執拗に追い続けてきた者達です。恐らく、ヴァチカンに所属する者達でしょう。」「ヴァチカンって、あのカトリックの総本山の?」「ええ。詳しいことは後でお話しいたします。今は逃げる事が先です。」「逃げるって・・携帯も何も持ってきてないし、お金だって・・」「それはわたしが持ってます。」青年はそう言って悠にバッグを見せた。それは紛れもなく、悠のバッグだった。「いつの間に・・」「彼らに見つかる前に、ここから離れましょう。」青年は悠を肩に担ぐと、病院の出口に向かって走り始めた。周囲の風景が、次から次へと通り過ぎてゆく。「ねぇ、ちょっと止まってよ!吐きそう。」そう言って悠は青年の肩を叩いたが、彼は悠の言葉を無視して更に速く走り始めた。必死に猛烈な吐き気と闘いながら悠が青年の肩で呼吸していると、突然青年が足を止めた。「どうしたの?」「もう彼らの気配を感じませんから、ここからはゆっくり歩いていきましょう。」青年は悠を自分の肩からゆっくりと降ろしながらそう言うと、悠に微笑んだ。「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、あんた一体何者?あんなスピードで走れるなんて普通の人間じゃ出来ないことだよね?アスリートか何か?」「それは後でお話しいたします。」青年は悠の問いには答えずに、ゆっくりと歩き出した。(変な奴・・でも俺の命を助けてくれたから、悪い奴じゃないな。)悠は慌てて青年の後を追いかけた。 一方、シーツが切り裂かれた悠のベッドの上では、黒髪紅眼の男が誰かと携帯で話していた。「やつを逃しました。」『そうか。見つけ次第殺せ。』「御意。」携帯を閉じた男は、じっと割れた窓ガラスの向こうに広がる景色を見つめた。「待っていろよ“スカーレット”、お前の息の根はこの俺が止めてみせる。」 同じ頃、凄惨な事件現場と化したマセットリー・スクールの大聖堂の中に、ロンドンからやって来たジムとアーノルドが捜査に当たっていた。にほんブログ村
2012年11月20日
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フェリペは崩壊したエスペラルド伯爵邸に、呆然と佇んでいた。死んだ母親は緑の目を見開き、空を睨んでいた。「母上、安らかにお眠りください。」フェリペはそっと母親の目を手でそっと触れた。「フェリペ、今は辛いだろうが、耐えてくれ。」「心配は要りません、叔父上。」フェリペは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。「わたしは己の道を行きます。どんな事があっても。」彼は叔父にそう言うと、背を向けて伯爵邸であった瓦礫の山から去って行った。「フェリペ・・」ホテルへと向かう車の中で、フェリペはそっと母から渡された指輪を見た。プラチナの台座に嵌めこまれたアメジストの指輪は、夕日を受けて美しく輝いていた。(母上、いつかあなたの仇を討ちます。いつか必ず!)フェリペは緑の瞳に決意を宿しながら、次第に暗くなってゆく空を睨んだ。 一方、病室で謎の人物から着信を受けた悠は、その人物の指示に従って屋上へとやって来た。そこには、誰もいない。(電話を掛けてきた人は、誰なんだろう?)そう思いながら屋上を見渡すと、やはり悠の他には誰もいない。(悪戯だったんだ。)悠が屋上に背を向けて立ち去ろうとした時、ゆらりと背後で動く人影があった。「なに・・?」 恐怖に震えながら背後を振り向くと、そこにはたしかに人影らしきものが隅の方で動いていた。(不審者?それとも幽霊?)今すぐ屋上から逃げ出したいが、足が竦んで動けない。やがて人影らしきものは、ゆっくりと悠の方へと近づいてくる。「ユウリ様、お久しぶりです。」月光の下で照らされた人影は、黒衣に身を包んだ長身の男だった。「あなた、誰?」男は悠の前に跪いて愛おしそうに彼を見つめた。「わたしはあなたの従者であった者。そして今でもそれは変わりません。」「あの、あなたの言っていること、全然わからないんですけれど。」悠はそう言って男を見た。「ユウリ様、あなたは覚えていらっしゃらないのですか?あの時のことを?」「あの時?」「あなたがわたしを従者にした時のことを、わたしは今でも覚えておりますよ。」男はそっと悠の手の甲に接吻した。「やめて、離して!」悠は男を突き飛ばして、屋上から去って行った。(何なのあの人、突然現れて訳のわからないこと言って・・絶対におかしい!)病室に入ると悠は頭からシーツを被って目を閉じた。急いで走って来た所為か、呼吸が苦しい。激しく咳き込むと、塞がった腹部の傷が痛んだ。(ちょっと無理しちゃったかな?まだ怪我、治ってないのに。)深呼吸をしていると、首に提げている指輪のヒヤリとした感触が悠の心を少し落ち着かせた。(あの人、何処かで会ったような気がする。でも思い出せない。)悠はそっとルビーの指輪を取り出しながら、屋上で会った青年の事を考えていた。(俺の事を“ユウリ”って呼んだ。“ユウリ”って誰のこと?)その夜は一晩中、眠れなかった。(俺は一体何者なんだろう?この指輪は誰のものなんだろう?)じっと指輪を見つめていると、病室に誰かが入ってくる気配がして、悠はドアの方を見た。そこには、屋上で会った青年が立っていた。「もう一度聞くけど、あなたは誰?」「わたしは疾風(はやて)と申します。」「そう。俺は悠。よろしくね、疾風。」そう言って悠は青年に手を差し出した。「こちらこそ。」青年は悠に微笑みながら、彼の手をそっと握った。にほんブログ村
2012年11月20日
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叔父とともにスペインへと急遽帰国したフェリペを待っていたものは、跡形もなく破壊しつくされたエスペラルド伯爵邸だった。「一体、これは・・」呆然としながら瓦礫の山を見渡すと、その中から微かに呻き声が聞こえた。「叔父上、今声が聞こえませんでしたか?」「ああ、あっちだ。」呻き声がする方へと向かうと、そこにはフェリペの母・マリアが瓦礫の下敷きになっていた。「母上、しっかりしてください!一体何が起きたんですか!」フェリペは瓦礫をどかしながら、母の手を握った。「フェリペ・・最期に会えてよかった・・」マリアはそう言うと、フェリペの手を弱々しく握り返した。「駄目です、母上!わたしを置いて逝かないでください!」「あなたに・・危険が迫ってるわ。これを。」マリアは左手の薬指に嵌めていた指輪を抜き取ると、それを息子に渡した。「これは?」「伯爵家当主の証よ。お願い、お前だけは幸せに・・」そう言った瞬間、彼女は吐血して息絶えた。「母上?」フェリペは母の手をずっと握り締めていたが、その手は二度と握り返してくれなかった。「フェリペ、駄目だ。」 叔父がそっと自分の肩を叩く感触がしたが、フェリペはそれに構わず母の遺体に取り縋り泣き始めた。まるでこの世に産まれ落ちた時のように。壮麗な邸宅は瓦礫の山と化し、それらを空が緋に染め始めた。 一方、ロンドン市内の高級ホテルにあるスイートでは、金髪の少女がソファに寝そべりながら電話を待っていた。「まだかしら、あいつ。もうそろそろ終わっている頃だと思うけど・・」少女がそう呟きながら鬱陶しそうに前髪を掻きあげていると、ソファの近くに置いてあった携帯電話がけたたましく鳴った。「遅かったわね。」『申し訳ございません。少し手間がかかりまして。』「ふぅん。ねぇ、“仕事”は終わったんでしょ?今からこっちに来ない?」『また何をお考えなのですか?』「何だっていいじゃない。あのねぇ、お前にいいことを教えてあげるわ。もうすぐ姉様が目覚めそうなのよ。」通話口越しに、唾を呑む込む音が聞こえた。『それは、確かなのですか?』「ええ、確かよ。血を分けたわたしはわかるのよ。姉様がいつ目覚めるのかをね。とにかく、ロンドンにすぐ来て頂戴。話はそれからよ。」携帯を閉じた少女はソファからゆっくり立ち上がると、バッグの中から正方形の箱を取り出してそれを開いた。そこには、ハートを象ったルビーの指輪が入っていた。少女は指輪を箱から取り出すと、それを右手の薬指に嵌めた。「いつ見ても綺麗だわ。」少女は溜息を吐きながらベッドに寝転がると、テレビをつけた。映し出されたのは、悠が通う名門寄宿学校で起きた事件を伝えるニュースだった。『数日前、何者かがこの学校に侵入し、大聖堂で数人の生徒らを殺害しました。犯人への手掛かりは一向に掴めていません。』「馬鹿ね、人間達って。わたしにはあいつらを殺した犯人がわかるっていうのに。」少女は笑いながら指輪を天井に翳した。シャンデリアの光を受けたルビーが、真紅に輝いた。「まるで血の色のようだわ。サファイアやエメラルドも素敵だけど、宝石の中でルビーが一番好きだわ。」少女はそう呟くと、テレビを消した。「姉様、まだ目覚めてくれないのかしら、つまんないわ。」 同じ頃、悠はベッドから起き上がると、フェリペが買って来てくれたデリの紙袋からフレンチフライを取り出して食べ始めた。その時、バッグの中に入れていた携帯電話が静かに振動した。悠は油まみれの手を急いでナプキンで拭うと、携帯電話をバッグから取り出した。「もしもし?」『お久しぶりです、ユウリ様。』悠はその声を聞いた瞬間、何故か懐かしさを感じた。にほんブログ村
2012年11月19日
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「フェリペ、久しぶりだな。」そう言ってソファからゆっくりと立ち上がった顎鬚をたくわえた男がフェリペを見た。「ご無沙汰しております、叔父様。」フェリペは男の手の甲に接吻して彼に挨拶した。「数日前、お前の学校で悲惨な事件が起きたらしいじゃないか。まだ犯人は捕まっていないようだな?」「ええ。スコットランドヤードは内部の人間の犯行だとにらんでいるのですが、犯人に繋がる証拠がなかなか見つからないそうです。」「そうか。あそこは断崖絶壁の上に建つからな。証拠は海にでも投げ捨てればいくらでも隠滅することができる。それよりもお前、最近赤毛の日本人と付き合っているそうだな?」男の鋭い目が、フェリペを射るように見た。「ユウのことですか?彼とは何もありません。同じ学校に通っているということだけです。」「そうか、ならいい。それよりもネネの事は聞いたか?」「ネネですか?」叔父の口から忌まわしい娘の名を聞いたフェリペは、美しい眉をひそめた。フェリペの脳裡に、長い金髪を靡かせながら笑う少女の姿が浮かんだ。「あいつがロンドンに居るらしい。マルフィナに命じてあいつを探させているが、なかなか見つからん。困ったものだ。」男は溜息を吐いて眉間を揉んだ。「フェリペ、ネネの事はわたし達が処理する。今日お前を呼びだしたのはお前の結婚相手の事だ。」「結婚ですか?お言葉ですが叔父上、わたしはまだ結婚など考えておりません。」「そんな呑気な事を言うんじゃない、フェリペ。エスペラルド伯爵家の家督をお前に譲る、と弟の遺言状にも書かれてあったんだ。お前が伯爵家を継ぐには、伯爵家と釣り合う家柄の娘を嫁に迎えなければならん。お前はあいつよりも賢い。だからお前にはいい相手を探すつもりだ。」「叔父上・・」 フェリペはスペインで夏の間繰り広げられた醜い家督争いのことを思い出し、深い溜息を吐いた。 エスペラルド伯爵家当主であった父が急死し、彼の遺言状には伯爵家の家督と財産を全てフェリペに譲ると書かれてあった。 伯爵家の嫡子である彼が家督と財産を譲られるのは当然の事であるが、その事について親族たちが猛反発した。 彼ら曰く、フェリペは伯爵家の正当な跡継ぎではない。フェリペは父親が他所の女に産ませた私生児であると。泥沼状態となった家督争いの中、フェリペに唯一味方してくれたのは今目の前にいる叔父だけだった。「フェリペ、お前には何としてでも伯爵家を継がせたいんだ。あいつらの言うことなど気にするな。」「ありがとうございます、叔父上。」叔父に愛想笑いを浮かべながら、フェリペは椅子にゆっくりと腰掛けた。「お前に、渡したいものがあってな。」叔父はそう言って上着のポケットから一枚の封筒を取り出した。「それは?」「お前の母親からの手紙だ。スペインでまた何か動きがあったらしい。」「そうですか。」もしや母の身に何かあったのだろうかーそう思いながらフェリペは叔父の手から手紙を受け取り、封を切った。手紙を読み進める内、フェリペの表情が徐々に強張った。「叔父上、これは・・」「どうやら向こうでとんでもない事が起きたようだな。」フェリペと男がヒースロー空港へと向かっている頃、彼らと入れ違いにロンドンへと降り立ったレオナルドは、スーツケースを引きずりながら雑踏の中を歩き始めた。『レオナルドか?』携帯を取ったレオナルドは、通話口越しから聞こえてくる男の声が誰なのか知っていた。「あなたは、確か・・」『お前に頼みたい事がある。』数分後、携帯を閉じたレオナルドは榛色の瞳を煌めかせながら、再び歩き出した。にほんブログ村
2012年11月19日
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まただ。またあの夢を見る。嬉々とした表情を浮かべ、人々を虐殺する少女の夢が。裾に真珠を縫いつけた水色のドレスを纏いながら、彼女は真紅の髪を靡かせ殺戮を繰り返す。彼女の背後には次々と死体の山が出来た。(止めて、どうしてこんな酷い事するの?お願いだから止めて!)必死に少女に呼びかけるが、彼女には自分の声が届かないらしく、無邪気に殺戮を繰り返す。『やめろ、サチ!』良く通る低い声を聞いた少女は、ゆっくりと声の主に振り向いた。彼女の左胸には、赤黒い血痕が付いていた。美しいドレスには犠牲者達の返り血が染みとなって広がっている。―あら、ジェイミー。少女はゆっくりと、呆然と自分を見つめている神父を見つめた。『お前・・これは一体どういうことだ?一体何をした?』美しく澄んだ蒼い瞳が、恐怖を宿しながら少女を見ていた。―殺したの。あなたとわたしの仲を引き裂こうとする者全てを。そう言って少女は、にっこりと神父に向かって微笑んだ。―一緒に行きましょう、ジェイミー。レースの白手袋に包まれた華奢な手を少女は神父にそっと差し出した。静寂が、二人を包み込んだ。(またあの夢だ。)悪夢から目覚めた悠は、ベッドから飛び起きて荒い息をした。腹部にまた激痛が走った。 親友であった玲介の陰謀によって、司祭に腹を刺されてロンドン市内の病院に入院したのが数日前の事だった。数日前にフェリペから玲介達が何者かに殺された事を知ってから、悠は毎晩あの夢に魘(うな)されていた。 どうして自分があんな夢を見るのか、いつになったら悪夢に魘される夜に終わりが来るのかが判らず、悠は毎日不安な思いを抱きながらベッドの上で過ごしていた。溜息を吐きながら窓の外を見ていると、病室のドアが開いてフェリペが入って来た。「おはよう、ユウ。顔色が悪いな、昨夜も眠れなかったのか?」そう言ってフェリペは手に持っていた紙袋をナイトテーブルに置いた後、ベッドの端に腰掛けた。「うん、少し眠れなくて。それよりもフェリペ、毎日お見舞いに来て大丈夫なの?もうすぐ試験だろ?」悠はちらりと級友の顔を見た。「あんな事件があったから、試験は延期になった。それにスコットランドヤード(ロンドン警視庁)が当分学校に滞在することになったんだ。」「スコットランドヤードが?地元警察が捜査を打ち切ったって聞いたけど・・」「それはそうだが、捜査権がスコットランドヤードに移ったと言った方が正しいな。それにパパラッチどもが今回の事件のことを嗅ぎつけて勉強どころじゃないよ。」「そう。それよりも、あれは何?」悠はそう言って無いとテーブルに置かれてある紙袋を見た。「近くのデリで買ってきたんだ。不味い病院食ばかりだと食欲も湧かないだろ?」「ありがと。」紙袋を手に取り、悠はその中に入っているものを取り出した。クリームサーモンのバゲットサンドを一口齧ると、少し生きる気力が湧いてきた。「美味いか?」「うん。ありがとう。」悠はフェリペに微笑んでもう一口、バゲッドサンドを齧った。「早くよくなれよ。お前が帰ってくるまで待っているから。」フェリペは悠の肩を叩くと、病室から出ていった。「若、旦那様がお呼びです。」病院の前に待たせてあったリムジンに乗り込むと、執事がそう言ってフェリペを見た。「そうか。」フェリペは溜息を吐いて次第に遠ざかる病院を見た。リムジンはやがてメイフェア地区のある邸宅へと到着した。にほんブログ村
2011年10月19日
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―何故だ、何故、こんなことをする・・濃霧の向こうから、苦痛に滲んだ男の声がした。悠は返り血のついたドレスの裾を払い、ゆっくりと立ち上がった。周りに広がるのは血の海と、自分が屠った者達の骸。―お前は、一体何の為に、こんなことをする?男の声に答えず、悠はただロボットのように逃げ惑う人間達を次々と手にかけてゆく。その度に髪や顔、ドレスに彼らの返り血がかかる。だがそんなことを、彼は気にしていなかった。日没までにこの屋敷にいる人間達を全員殺せるかが、彼が唯一気にしていることだった。「きゃぁぁ!」「お願い、命だけは助けて!」武器を持った自分の前で必死に命乞いをする人間達に対して、刃を振り下ろす。またドレスに、新しい血の染みが広がった。「あ~あ、また汚しちゃった。」ドレスの布を摘みながら、悠はそう言ってくすりと笑った。日没まで、あと数時間しかない。急がなければ。悠は血に濡れて重たくなった愛刀を握り締めながら、次の“獲物”めがけて走り出した。―お前はそうやって、人の命を奪い続けるのか。また、霧の向こうから声が聞こえた。罪悪感など今の自分には微塵もない。ただあるのは、激しい血への飢えだけ。人間らしい心も何も持っていない。何故なら、自分はその人間の生き血を啜る化け物なのだから。“人間はお前の空腹を満たす餌だと思え。情など持つな。”遠い昔、誰かに言われた言葉が今、脳裡に甦って来た。「・・急がなくちゃ。」悠はまた一人、人間を切り裂きながらそう呟いた。空が、緋に染まる。「綺麗な空。」屋敷中の人間達を手にかけた後、悠はゆっくりと空を見上げた。緋に染まった屋敷を背後に、彼は甲高い声を上げて笑い始めた。―ユウ・・ユウ・・誰かが自分を呼ぶ声がする。「ん・・」ゆっくりと目を開けると、そこには自分を心配そうに見つめるフェリペの姿があった。「フェリ・・ペ・・?」「ユウ、気がついたんだな、よかった!」緑の瞳に大粒の涙を溜めたフェリペは、そう叫ぶと悠を抱き締めた。彼に抱き締められた悠は軽く咳き込んだ後、腹部に激痛を感じた。「痛っ・・」「ああ、すまない、お前は怪我をしているのに・・それよりも大聖堂で一体何があったんだ?」「え?」悠はフェリペから離れると、じっと彼を見た。脳裡に、大聖堂で起きた出来事が浮かびあがって来た。自分を嵌めた玲介とクリステン。そして自分に殺意を抱いていた司祭。司祭に腹部を刺された後、悠は意識を失った。あの後、何が起きたのかわかっていない。「一体、何があったの?」「知らないのか、ユウ?わたしが大聖堂に駆けつけた時にはお前の親友とクリステンが何者かに殺されていたんだ。お前は告解室で息絶えた司祭様の近くに倒れていた。」「死んだ?玲介とクリステンが?」 黒真珠の瞳が、驚きで見開かれるのを見て、フェリペは自分がまずいことを言ってしまった事に気づいた。「ユウ、大丈夫か?」フェリペがそっと悠の肩に触れようとした時、悠はフェリペの手を振り払った。「暫く一人にさせて。」「・・わかった。」フェリペは静かに悠の病室から出て行った。数分後、そこから悠の押し殺した泣き声が聞こえた。にほんブログ村
2011年10月19日
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「どうして、司祭様がここに?」悠はそう言って、目の前に立っている司祭を見た。「あなたはお友達に騙されたのですよ。」「騙されたって、どういう事・・?」「まだご自分の置かれた状況を把握できないんですか?全く、馬鹿な人ですね。」司祭は酷薄めいた笑みを浮かべながら、悠を見た。その手には、ナイフが握られていた。「し、司祭様・・?」「あなたにはここで死んで頂かなくてはなりません。あの方の為に。」司祭はナイフの刃を閃かせながら、悠に迫った。告解室を出ようとしたが、玲介達が扉を閉めてしまった所為か、扉はびくともしない。「開けて、開けてよ!」扉を激しく叩きながら、悠は外に居る玲介達に向かって叫んだ。「そこでくたばっちまいな、悠。その方がせいせいするぜ。」扉越しに聞こえた親友の声とその言葉の冷たさに、悠は愕然とした。「玲介、何で?何でこんなことを?俺達、友達じゃなかったのかよ?」「友達ぃ?馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺はなぁ、一度もお前の事友達だなんてこと思った事ねぇよ。今まで目障りだったんだよ、お前の事!」「そんな・・嘘だ・・」「嘘じゃねぇよ。じゃぁな、悠。司祭様と仲良くな。」玲介は残酷な言葉を悠に放つと、そう言ってクリステン達と聖堂から去って行った。「可哀想に、唯一無二の親友に見捨てられてしまって。」司祭はゆらりと悠に近づきながらそう言って、笑った。「苦しいでしょう?友に裏切られた哀しみ、苦しみ・・かつてわたしも経験したことがありますよ。でもそれは人が成長する過程で必要なものなんですよ。」ナイフの刃に舌を這わせながら、彼は淡々とした口調で悠に語り始めた。「あなたは今、絶望のどん底に叩き落とされて、死にたいと思っているでしょう?でもね、楽になんか死なせてあげませんよ。だってあなたは、わたしの大事なものを奪ったのだから。」司祭の狂気を孕んだ緑の双眸が、部屋の隅で怯えている獲物の姿を捉えた。「俺は何もしていません、司祭様。誰かを傷つけたり、殺したりなんて・・」悠がそう言った途端、鳩尾に激痛が走った。「言い訳なんて今更聞きたくありませんよ。わたしの望みは、あなたの命を絶つことだけ。」司祭は長い法衣の裾を翻すと、悠の前にしゃがみこんだ。彼の手には、血に濡れたナイフが握られていた。(誰か、助けて・・)「助けなんて来ませんよ。あの方と同じ苦しみを味わうがいい!」司祭のナイフが、悠の腹部に再び突き立てられた。悠は床に蹲り、意識を失った。「これでもう終わりですか?あっけないですねぇ?」乾いた笑い声と共に、司祭がゆっくりと立ち上がる気配がした。―姉様また、あの声が頭の中で響いた。―姉様、殺さないと駄目よ。(嫌だ、俺は誰も殺したくない。)―そんな事思っていたら駄目よ。ほら、あいつが姉様に止めを刺そうとしているわ。早く彼からナイフを奪い取るのよ。(嫌だ、そんな事したくない・・)だが意志に反して、悠の手は司祭が握っているナイフへと伸びていった。「貴様、何をする!?」狼狽した司祭の手からナイフを奪った彼は、その刃を彼に向けながら突進した。真紅の血飛沫が告解室の壁と床に飛び散った。悠は荒い息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。その目は、真紅に彩られていた。―やったわね、姉様。再びあの声が遠ざかってゆく気配がした時、悠は気を失って床に倒れ込んだ。「おい、しっかりしろ、ユウ!」誰かが自分の身体を揺さ振っている。「誰か、救急車を!」薄れゆく意識の中、悠はうっすらと目を開けて自分を抱き締めている人物を見た。そこには、緑の双眸に苦痛を宿らせている男の姿があった。にほんブログ村
2011年10月19日
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(シャワー浴びてたら遅くなっちゃったな。)悠は急いで制服に着替えると、食堂へと向かった。 朝食の時間はとっくに過ぎている為か、食堂内にいる生徒は数人しかおらず、その中にはいつも自分を目の敵にしているクリステンの姿もない。朝っぱらから彼と低次元の争いをしなくて済みそうだーそう思いながら悠がビュッフェテーブルへと向かっていると、背後から強烈な視線を感じて彼は振り向いた。そこには、ジェフと何やら親しげに話をしている黒髪の男が時折ちらりと自分の方を睨んでいた。(何だよ、あいつ。俺が一体何したよ?) 少しムッとしながらも、悠はサラダとパンを載せた皿をトレイの上に置き、空いているテーブルを探した。「おい、ユウ。こっちだ。」ジェフがそう言って悠に向かって手を振った。「せんせ・・じゃなかった、ジェフさん、おはようございます。今朝はすいません。」「いや、いいんだ。それより紹介したい奴がいるんだよ。こちらはマイク、俺の親友だ。」ジェフはそう言って先ほどから自分を睨んでいた男を悠に紹介した。「初めまして・・」「お前か、ジェフにしつこく付き纏っている奴というのは?」紺碧の瞳が氷のように冷たく光りながら悠を射るように見た。「僕は先生にしつこく付き纏ってなんかいません。」「そうか?昨夜はこいつの部屋に押し掛けてきたそうじゃないか?これをストーカーじゃなくて何と言うんだ?」「ストーカーなんて・・」「いいか、この際はっきり言っておく。俺はお前が嫌いだ。ジェフに今後しつこく付き纏ったら殺してやるからな。」マイクはそう言って悠を突き飛ばすと、厨房へと戻って行った。「何だよ、あいつ・・」「マイクの事は許してやってくれ。あいつは人見知りが激しいから、初対面の人間に対しては手厳しいんだ。あいつも色々と苦労しているからな。」「ふぅん。第一印象としては、何の苦労もなく育ったお坊ちゃんってカンジだけどな。」悠はそう言いながらクロワッサンを一口齧った。「お前はどうなんだ?ここに来る前はどんな生活を送っていた?」「両親とロンドンで何不自由なく暮らしてたよ。でも父さんは仕事ばかりで一緒に遊んでくれなかったし、母さんは母さんで女同士の付き合いに忙しかったから、いつも独りだったな。」「そうか。でも俺の生い立ちよりはマシかもな。」ジェフはボソリとそう呟くと、コーヒーを飲んだ。「それって、一体どういう・・」「悠、こんな所にいたのか!」食堂に玲介が駆け込んできた。「玲介、どうしたんだよ、そんなに慌てて・・」「ちょっと来いよ、大変なんだって!」玲介はそう言うなり悠の手を掴むと食堂から走り去って行った。「ねぇ、一体どうしたんだよ?何があったんだよ!?」 充分な説明もなく、自分を食堂から連れ出した親友を訝しげに見ながら、悠は親友の顔を見た。やがて二人はミサが終わり、人気のない聖堂の中へと入った。「え、何でここに?」「それはいずれ判るぜ。」玲介はそう言って親友に微笑んだ。背後で重い扉が閉まると同時に、祭壇の方から数人の生徒が近づいてきた。その中にはクリステンとその取り巻き達の姿があった。「玲介、これは一体どういう・・」 状況を全く把握できずにいる悠は、そう言って玲介を見ると、彼はポケットからバタフライナイフを取り出した。「告解室へ行け。」「玲介・・」「いいから言う通りにするんだよ!」突然親友が豹変したことに激しく狼狽しながらも、悠は告解室の中へと入った。「お待ちしておりましたよ、ユウ。」そこには、医務室で自分を介抱してくれた司祭の姿があった。にほんブログ村
2011年10月18日
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男から薬の瓶を受け取った司祭は聖堂を出て、司祭館へと続く廊下を歩いていた。(もうすぐだ、もうすぐあの方の無念が晴れる日が来る。)ロケットを開き、彼は2枚の写真を見つめた。「もうすぐです。もうすぐあなたの無念が晴れます。だから待っていてくださいね。」司祭はそう呟くと、写真にそっとキスをしてロケットを閉じた。 同じ頃、ロンドン行きの飛行機の中で、栗色の髪と榛色の瞳をした男―レオナルドはじっと窓の外に広がる白い雲を見ていた。彼の脳裡に、あの日の光景が浮かんだ。純白のウェディングドレスを真紅に染め、自分に向かって微笑む彼女の姿が。(・・お嬢様は何故、あんなことをなさったのだろう?それよりも今は、旦那様やあの女よりも先にお城様を見つけ出さなくては。)レオナルドは窓を閉めると、ゆっくりと目を閉じて眠りに就いた。夢の中に出て来たのは、長い金髪をなびかせながら永い眠りから醒めた主と出逢った日の事だった。 ―見て、姉様。綺麗なお花でしょう?何処からか声がして、悠はゆっくりと目を開けた。するとそこはいつもと見慣れている寄宿学校の寝室ではなく、どこかの貴族の中庭だった。中庭には色とりどりの薔薇が咲き乱れ、白亜のテラスで悠は誰かとお茶を飲んでいた。―わたし、姉様のお家のお庭のようにしたくって、少しだけ真似てみたんだけど・・ちょっと似過ぎかしら?そう言って自分の前に座っている少女が苦笑した。彼女が一体誰で、男である自分を何故姉と呼ぶのかが悠は全くわからなかったが、彼女の言葉に彼は適当に相槌を打って愛想笑いを浮かべた。―姉様、覚えてる?わたし達が初めて会った時のこと。どう言葉を返そうかと悩んでいた時、勝手に口が言葉を紡いでいた。『ええ、勿論覚えているわ。あれは確か、スペインに居た時だったわね。』―まぁ、随分昔の事なのに覚えてくださっていたのね。少女は上機嫌な様子で顔にかかっていた前髪を鬱陶しそうに軽く掻きあげた。その時、少女の右手薬指にハート形のルビーが光っていることに悠は気づいた。『その指輪は?』―ああ、これ?わたしと姉様がこの世に産まれ落ちた時、母様から貰ったものよ。それよりも姉様、いつあいつを殺すの?少女の蒼い瞳が少し残酷な光を煌めかせながら自分を見た。『まだ、わからないわ。』―そう。でも早く殺さないと駄目よ。だってあいつは、姉様の“家族”を奪った憎い奴なんだから。少女がそう言った時、庭園が突然真紅に染まった。(え・・)辺りを見渡すと、そこには腸を引き裂かれた死体が芝生の上に転がっていた。―姉様が全部、やったのよ。ねぇ姉様、早くあいつを殺さないと駄目よ。 少女の笑い声とともに、周囲の景色が徐々に霞んでゆき、やがて悠は暗闇の中へと落ちていった。「おい、起きろ!」 激しく肩を揺さ振られ、悠がゆっくりと目を開けると、そこには不機嫌な顔をしたジェフの顔があった。「すいません、ベッド借りちゃって・・」「ふん、まぁいい。俺は先に食堂に行ってるぞ。」鬱陶しげに前髪を掻き上げると、ジェフは寝室から出て行った。一人残された悠は、溜息を吐きながらベッドから起き上がると、浴室に入った。長い間悪夢に魘されていた所為か、寝汗がパジャマに纏わりついて気持ちが悪かった。パジャマを脱ぎ捨て、冷水のシャワーを全身に浴びた悠は、ゆっくりと目を閉じた。「ジェフ、今日は早いな。」欠伸を噛み殺しながら食堂に入って来た親友を見ながら、マイクはそう言って彼の前に焼き立てのパンが載った皿を置いた。「すまないな、マイク。」「気兼ねするな、親友だろ。」マイクはそう言って屈託のない笑みをジェフに向けたが、その笑顔は瞬時に消え去った。「どうした?」マイクの視線の先には、制服姿の悠が食堂の入口に立っていた。にほんブログ村
2011年10月18日
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「今起きたのか?遅いな。」愛しい人はそう言って、悠里の頭を撫でた。「昨夜は少し飲み過ぎたかな。」悠里は愛しい人の身体にしなだれかかった。「これから一緒に幸せになろうな。」そう言って自分を抱き締めてくれた愛しい人は、もういないー「おい、いつまで寝てんだ!」腹に衝撃が走り、悠は目を開けた。「あれ・・俺は・・」「人のベッドいつまでも占領しやがって!話があるって入ってきて、そのまま寝やがって・・俺に寝させないつもりか!」ジェファーはそう言って悠を睨んだ。「すいません・・」悠はそう言ってジェファーに謝った。「で、俺に話したいことって何だ?」冷蔵庫からビールを取り出しながら、ジェファーはそう言って悠を見た。「あの・・タトゥーのことで聞きたいことがあって・・」「タトゥー?これのことか?」ジェファーは脇腹に彫られたタトゥーを指して缶ビールのプルトップを開けた。「そのタトゥーと同じ図柄が俺の左足の太腿にも彫られているんです。」悠はそう言ってパジャマのズボンを脱いだ。「ホントだ。俺と同じタトゥーが・・」悠の左足の太腿には、赤い蝶と龍のタトゥーが彫られていた。「どこで彫ったんだ?俺はロンドンのタトゥーショップでこれを彫った。」「俺は産まれた時からこのタトゥーが左足の太腿にあったんです。このタトゥーの所為で色々からかわれて、辛かった・・」悠はそう言って俯いた。「何か飲むか?」ジェファーがそう聞くと、悠は首を横に振った。「ズボン履け。そのままじゃ寒いだろ。」「ジェファーさんは・・どうしてここに来たんですか?」「一言では説明できないな。それよりも、今夜はここでゆっくり休め。」ジェファーはそう言って悠に優しく微笑んだ。「すいません・・」「謝ることはない。」華奢な悠の身体を優しく抱きながら、ジェファーは静かに眠りに落ちた。「ふぅ~ん、じゃぁあいつがあそこにいるの?」 ロンドンのサヴォイホテルのスイートルームで、少女は携帯片手にソファに全裸で横たわっていた。『ええ、あの男はわたしのところにいます。』「そう・・じゃああいつを殺して頂戴ね。約束よ。」『わかりました。』携帯を閉じた少女は、ソファの上で欠伸をした。首に提げているハート型のロケットを開き、1枚の写真を食い入るように彼女は見た。 そこには、卵色の豪邸をバッグに、優雅にアフタヌーンティーを楽しむ悠里と少女の姿が映っていた。「会うのが楽しみだわ、姉様v」少女はそう言って笑いながらガウンを羽織り、ベッドに飛び込んだ。「・・ネネにも、困ったものだな・・」司祭は携帯を握りしめ、聖堂へと入って行った。「お待たせしてしまいまして、すいません。」司祭はそう言って信徒席へと向かって頭を下げた。「・・随分と遅かったようじゃないか。何か問題でもあったのかね?」暗闇に包まれた聖堂に月光が射し込み、キリストの生涯を描いたステンドグラスが美しく輝き、信徒席に座っていた男の顔が仄かに照らされた。「いいえ、何も問題はありません。」「そうか・・それならよい。」男はそう言って口端を歪めて笑った。「わたしに何をお望みですか?」司祭は男にしなだれかかった。「それはお前次第だ。それよりも彼には毎日医務室に来させてあの茶を飲ませろ。これを忘れるなよ。」男はコートのポケットから薬の瓶を取り出した。「わかりました。」司祭は素早くそれをカソックの中へと隠し、聖堂を出て行った。「上手くやれよ・・」にほんブログ村
2011年10月18日
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ジムは自宅に帰るとパソコンの電源を入れ、インターネットに接続してあのタトゥーのことを調べた。「やっぱり・・」あの現場であのタトゥーを見た時に感じた彼の直感は当たった。 目の前のモニターには、1920年代前半から1945年前後に魔都・上海の裏社会を支配したマフィア・紅狼社のシンボルであるタトゥー―蝶と龍の図柄―が映っていた。それは被害者が彫っていたタトゥーと同じ図柄だった。あのタトゥーは、紅狼社のメンバー、幹部にしか彫ることが許されなかったものだ。そのタトゥーが何故、安アパートに住む男の鎖骨の上に彫られていたのだろうか?何か儀式的なものなのだろうか、それとも・・ コーヒーを飲みながら、ジムはそのタトゥーの図柄が映っているホームページをマウスでスクロールした。スクロールすると、そこには紅狼社のメンバーの写真と組織の概要が載せられていた。 メンバーのボスは英国貴族の男で、名門侯爵家の後継者でありながら、無実の罪を着せられ、何不自由ない生活を捨て、魔都上海の裏社会で紅狼社のボスとして君臨した。彼には生涯愛した“妻”がいた。相手は上海の歓楽街一の男娼館『紅鶴楼』の男娼だった。その男娼は美しい赤毛の髪の持ち主だったので、客達の間では“赤毛の天使”と呼ばれていた。だがその天使は、その男に災厄をもたらし、血染めの花嫁と化した。その天使―悠里はやがて溺愛していた末息子を事故で亡くし、精神を喪失し、満州で燃え盛る炎の中で自殺したとされている。だが一説では悠里はまだ死んでおらず、死んだ息子を捜し、この世を彷徨っているという伝説がある。ジムは眉間を揉みながら、別のホームページに飛んだ。そこの掲示板には悠里に関していくつかのスレッドが立てられていた。その中で、「悠里の生まれ変わり!?」というタイトルのスレッドがあった。ジムは興味本位でそのスレッドを覗いてみた。 そこには、イギリスの名門パブリックスクールの制服を着た赤毛の少年の写真と、瑠璃色のチャイナドレスを着た最盛期の悠里を映した写真が掲載されており、制服を着た少年こそが悠里の生まれ変わりなのではないかというのが、このスレッドを立てたネットユーザーの主張であった。スレッドを詳しく見てみると、ユーザーの主張に同意する者と、それに異を唱える者が討論を交わしており、白熱していた。“ユウリの生まれ変わりだというのなら、その証拠はあるのか?”“ある。俺は制服を着た奴と部屋が同じだ。この間そいつがシャワーを浴びているとこを見た。そいつの左足の太腿に赤い蝶と龍のタトゥーがあった。”睡魔に襲われ目を閉じようとしていたジムの目に、このスレッドを立てたとされるユーザーからの書き込みがあった。ジムはその書き込みの「返信」マークを押し、フォームにそのユーザーへのメッセージを書き込んだ。“今書いたことは本当なのか?”ジムは震える手で「送信」ボタンをクリックした。「今書いたことは本当なのか、だって?バッカじゃねぇの、こいつ。」玲介は口元に笑みを浮かべながら、ノートパソコンのキーボードの上で忙しなく指を動かした。もう12時を過ぎるころだというのに、悠はまだ戻ってこない。あの先生と話をするとか言ってったっけ。恋愛には奥手の悠らしくない。(まぁ、そんなの俺には関係ねぇけどな。)玲介はそう思いながら「返信」ボタンを押した。その頃、ジェファーの部屋のベッドで、悠里はゆっくりと目を開けた。「起きたか?」ゆっくりと身体を起こすと、目の前には愛しい人が立っていた。「会いたかった・・」悠里は愛しい人を抱き締めた。にほんブログ村
2011年10月18日
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スコットランドヤード(ロンドン警視庁)警部、ジム=ノーマンは、上司であるアーノルド=クレイマーとともに、ある殺人事件の現場へとやってきた。そこはロンドンの低所得者が住む住宅地の中にあるアパートの一室で、そこに住む65歳のアイルランド人男性が射殺されていた。「現場は初めてか?」「はい・・」今まで書類処理ばかりしてきたジムにとって、この事件が初めての現場仕事であった。「死体も血も、慣れれば大丈夫だ、とは言い切れないな。まぁ新人のお前には、現場を引きずるなとだけ言っておくよ。」アーノルドはそう言ってジムの肩を叩きながら、部屋の中に入った。部屋には鑑識課の職員が指紋を採ったり、証拠品を探したりしていた。部屋の中央にはこの場には似つかわしくない真紅のアンティーク張りの椅子が置いてあり、そこに被害者がこめかみから血を流して座っていた。「う・・」初めて生の血を見たジムは、猛烈な吐き気を堪えた。「こりゃあ、酷いな・・弾は被害者のこめかみを貫通してる。多分プロの犯行だろうな。」そう言いながら、刑事歴40年のアーノルドは、被害者の遺体を調べた。すると、被害者の鎖骨の上に奇妙なタトゥーが彫られているのに気づいた。黒い蝶と龍の、どこか東洋的な図柄だ。一体このタトゥーは何の象徴なのだろうか?「おい、こっち来て見ろ。」「はい・・」胃の中の物を全部吐き切ったジムは、覚束ない足取りでアーノルドの方へとやってきた。「被害者の鎖骨の上にこんなタトゥーが彫られてた。こりゃ一体何だ?」「まさか・・そんな・・」タトゥーを見た瞬間、ジムの表情が強張った。「おい、どうした?」「いえ・・このタトゥーは、確かあのマフィアのものではないかと・・」(なんで80年前のマフィアのタトゥーが、こんなところに!?)ジムはそう思いながら、被害者のタトゥーを凝視ししていた。その頃ジェファーは、初めての授業を順調に行っていた。早く終わらないかと思っていた時、ちょうど終業を告げる鐘の音が聞こえた。「今日の授業はここまで。」生徒達は一斉に教室から飛び出していった。「あ~、疲れた。」溜息を吐きながら教室を出ようとしたとき、まだ1人の生徒が残っていることに気づいた。ブロンドの髪をなびかせた少年のコバルトブルーの瞳は、じっと自分を見つめている。「君は?」「クリステン=アンボガードです、先生。僕、先生とお近づきになりたくて。」そう言ってクリステンはジェファーの手を握った。「初めまして、アンボガード君。君と知り合えて嬉しいよ。」ジェファーはクリステンの手を握って素早く離すと、教室を出て行った。「つれないない人だな・・でも絶対、僕のものにしてみせる。」クリステンはそう呟き、教室を出た。その夜、ジェファーは悪夢にうなされた。(畜生、なんなんだ一体・・)シャワーを浴びようと服を脱いだ時、ノックの音がした。「開いてるぜ。」ドアが開いて、悠が入ってきた。「すいません・・」ジェファーの裸を見た悠は、顔を赤らめてドアを閉めようとした。「どうしたんだ、こんな夜中に?」「いえ、別に・・」悠はそう言って、ジェファーの裸体から目をそらそうとした。その時、彼の脇腹に黒い蝶と龍のタトゥーが彫られていることに気がついた。それを見た途端、悠は激しいデジャ・ヴを感じた。(あれは・・)脳裏に、自分を抱き締めてくれた誰かの優しい腕の感触が浮かんだ。だが、それが誰なのかがわからなかった。にほんブログ村
2011年10月18日
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「お前は・・誰だ?」ジェファーはそう言って少女を見た。“わたしのことを忘れてしまったの、ジェイミー?”少女は悲しそうな表情を浮かべてジェファーを見た。「俺はお前のことを知らない。それにここが何処なのかも・・」“どうしてわたしを忘れてしまったの?わたしたちはいつも一緒にいたのに・・それなのに、酷い!”少女が叫んだ瞬間、周囲の景色が一変し、ジェファーは血に濡れた芝生の上に立っていた。(ここは・・一体・・?)辺りを見渡すと、射殺された人間の死体があちこちに転がっている。遠くから銃声が聞こえたので、ジェファーは銃声のする方へと向かった。「なんだ、これ・・」そこには、マシンガンを無表情で人間に向かって乱射している少女の姿があった。白いドレスは返り血で真紅に染まり、少女の赤毛に映えていた。「お父様、お母様、起きてよぉ~!」両親の亡きがらに取りすがる幼い子供に向かって少女はマシンガンの銃口を向け、引き金を引こうとした。「やめろっ!」少女と子どもの間に、ジェファーは割って入った。「ルシフェル・・?」少女はそう言って、マシンガンを下ろし、ジェファーの顔を見た。その顔は、悠と瓜二つだった。「ユウ・・ユウなのか?」 ジェファーの問いには答えず、少女はゆっくりとジェファーに近寄り、彼の目を鋭い爪で抉った。 激痛に耐えきれず、芝生に蹲るジェファーの手をハイヒールで踏みにじり、乱暴に髪を掴んだ少女は、ジェファーの顔に唾を吐いた。「あんた、もうぼけちゃったの?俺のこと忘れちゃったなんて。俺はあんたにされたこと、忘れたことなんてないのにね。」少女は憎しみに満ちた目でジェファーを睨みながら言った。「一体何のことなのか、俺にはわからな・・」「とぼけてんじゃねぇよ!」少女は憤怒の表情を浮かばせ、ジェファーの髪を引っ張った。「あんただけは殺さないでおこうと思ったのに、気が変った。」地面に転がったマシンガンを拾い上げた少女は、必死で自分から逃げようとする子供の背中に向けてそれを乱射した。子供はゆっくりと地面に倒れ、そのまま動かなかった。「あんたも全身蜂の巣にしてあげるv」邪悪な笑みを浮かべながら、少女はマシンガンの銃口をジェファーに向けた。「やめろ・・やめてくれぇぇっ!」そこでジェファーは目を覚ました。シーツは寝汗でぐっしょりと濡れていた。「一体あの夢はなんだったんだ・・?」ジェファーはそう呟きながら、コーヒーを淹れる為にエスプレッソマシンの電源を入れた。腕時計を見ると、時計の針は正午近くを指している。彼が受け持つ初めての授業は正午にある。 今のうちにカフェインを摂取してあの夢のことは忘れないとージェファーはそう思いながらコーヒーをマグカップに注いだ。前髪を鬱陶しく掻き上げ、ジェファーはカーテンを開け、窓を少し開けた。冬の冷たい風が、ジェファーの意識を目覚めさせた。コーヒーを飲んでいると、聖堂から正午を告げる鐘が鳴り響いた。「遅刻だっ!」慌ただしく部屋を出て教室へと向かうと、そこには食堂で会ったユウの姿があった。にほんブログ村
2011年10月18日
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「同じ指輪を持っている奴に会うのは、初めてだな。」男はそう言って悠に微笑んだ。「そうですね。これ、昨日洗面所で拾ったんですよ。初めて見る指輪なんですけど、なんだか懐かしくて・・」悠は鎖にかけられた指輪を出して微笑んだ。「自己紹介が遅れたな。俺はジェファー=マクドナス。今日からこの学校に赴任された教師だ。」「俺は木下悠。この学校の生徒です。宜しくお願いします、先生。」悠はそう言って男に頭を下げた。「ユウ・・なんだか懐かしい名前だな。」男―ジェファーはそう言って悠を見た。「俺も、あなたを一目見たとき、初めて会ったって感じがしなかったんです。こんなこと言うのって、変ですよね?」悠はそう言って笑いながら、フライドポテトを摘まんだ。「いや、変じゃないと俺は思うな。君との出逢いは運命の出逢い、ってことかな。」男―ジェファーはそう言いながらコーヒーを飲んだ。「先生は何の担当なんですか?」「さぁ、それは授業までの秘密だ。それよりも君はどこから来た?」「日本から。7歳の時に親の仕事の都合で来たんです。ここには幼馴染に来たんです。寮でも同室なんですよ。」「そうか・・ここはイートン校と同じように、白人の名家の子息が多いな。その中で日本人が2人だけというのは、心細いんじゃないのか?」ジェファーはあたりを見渡しながら言った。「いいえ。あんまりそういうことは感じてないんですけれど、1人気に喰わない奴がいて・・」悠はそう言って、クリステンの姿を探した。彼は取り巻き達とテーブルを囲みながら、悠とジェファーの方を時折チラチラと見ていた。「なぁ、お願いがあるんだが。」「なんでしょうか?」「敬語で話すのはやめてくれないか?俺のことは先生じゃなくて、ジェフって呼んでくれ。」ジェファーは悠の手を握りながら言った。「じゃあ、俺のこともユウって呼んで。」悠はジェファーに微笑んだ。その笑顔を見て、ジェファーの脳裏に誰かの面影が重なった。“ジェイミー”誰かの手が、優しく自分の頬に触れる。“約束して、わたしとずっと一緒にいてくれるって。”赤い髪をなびかせ、自分に微笑む誰かの顔と、目の前にいる悠の顔が重なった。「ジェフ?」我に返ると、悠が心配そうな顔をして自分を見ていた。「どうしたの?」「いや、なんでもない・・」ジェファーはそう言って椅子から立ち上がった。「気分が少し悪いんだ。部屋で休んでくるよ。」「そう・・」「また会おう。」ジェファーは悠の頬にキスして食堂を出た。(なんだったんだ、あれは・・)ベッドに寝転びながら、ジェファーは食堂での出来事を思い出していた。ユウの顔が一瞬、誰かの顔と重なった。彼とは違う誰かに。(疲れが溜まってるのかな・・)長旅の疲れを取ろうと思い、ジェファーはゆっくりと目を閉じた。目を開けると、色とりどりの花々に囲まれた庭園に、ジェファーは立っていた。“ジェイミー、ここにいたの。”衣擦れの音がして、美しいドレスを纏った少女が自分の方へと歩いてくる。ジェファーは少女の名前を呼び、彼女に微笑んだ。にほんブログ村
2011年10月18日
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