F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 2
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 4
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 0
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
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「エリウス、アウルの姫の様子はどうだ?」「変わりない。だが、あの男が何者なのかが気になる。」「あの男について調べてみるか。」エリウス達はそんな話をした後、森の中へと消えていった。 同じ頃、ルチアはアレクサンドリアウ母の病の事を告げようかどうか迷っていた。「ルチア様、王妃様がお呼びです。」「わかったわ。」 ルチアがリリアの部屋に入ると、そこにはユリシスとミハイル、そしれレオンの姿があった。「お母様!」「ルチア、わたくしはもう永くはないわ・・だから、今貴女に伝えたい事があるの。」「何、お母様?」「・・自分が為すべき事を為さい。後悔しないように、選択を間違ってはいけないわ。」「はい、お母様・・」「肉体が滅んでも、魂は貴女と共にあるわ・・」リリアはそう言うと、ルチアの髪を優しく梳いた。「レオン、ルチアの事を頼むわね・・」「はい、王妃様・・」「あなたには、ルチアを頼めるわ・・」リリアはそう言うと、静かに目を閉じた。「お母様!?」「リリア、しっかりしろ!」「王妃様!」 リリアは最愛の夫と子供達に見守られながら、静かに息を引き取った。 「お母様、お母様ぁ!」 母の棺に取りすがって泣く弟の姿を、ルチアは遠くから眺めていた。「ルチア様・・」「アンダルス、来てくれたのね。ガブリエルも。」「この度は、お悔やみ申し上げます。」「ありがとう。」 葬儀には、エステア王国夫妻が参列した。「ルチア、余り気を落とさないでね。」「ありがとうございます、伯母様。」「アレクサンドリアとあなたの結婚だけれど、一年延期した方が良いわね。」「えぇ・・」「今はゆっくりと休みなさい。」「わかりました、伯母様。」 こうして、ルチアとアレクサンドリアの結婚は一年延期する事となり、アレクサンドリアは両親と妹と共にエステア王国へと戻って行った。「今度会う時は、結婚式ですね。」「えぇ・・」「ルチア様、早く王宮の中へ入りましょう。」「わかったわ。」 アンダルスがルチアの肩を抱いて王宮の中へと入ると、黒雲に覆われた空の隙間から激しい雨が降り出した。「俺はルチア様についているから、ガブリエルは先に帰って。」「わかった。」 土砂降りの雨の中、ガブリエルが馬車でホテルへと戻ろうとした時、黒衣の男が馬車の前に立ち塞がった。にほんブログ村
2020年05月14日
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アンダルスは、何度目かの溜息を吐いた後、針箱から刺繍糸を取り出した。「どうなさったのです、アンダルス様?溜息など吐かれて・・」「いや;あ、何だかルチア様とアレクサンドリア様がさぁ、余り上手くいってないような気がするんだよねぇ。」「どうしてそうお思いになるのです?」「昨夜の夜会で、アレクサンドリア様はルチア様が辛そうなお顔をしているのに、それに気づこうともしない。」「あの方は、今まで甘やかされて育って来ましたから、人の気持ちが慮る心などお持ちではないでしょう。」「ミランダ、貴女って時々毒を吐くんだね。」「わたくしだって言いたい事は言いますわ。」ミランダはそう言うと、刺繍を続けた。「何だかねぇ、あの方は本当、周りを苛立たせる天才だよ。妹のマリア様とは大違い。」「いくら同じ母親の腹から生まれた兄妹といっても、価値観や性格は全く違うものですわ。わたくしにも二つ違いの兄が居ますけれど、兄は自由奔放な性格で、度々放浪癖がある所為でわたくし達家族を困らせてばかりいましたわ。」「へぇ、そうなの・・お兄さんの名前は、何というの?」「ミカエルですわ。兄は作家として大成功を収めましたから、彼の放浪癖が作品の肥やしとなったと思えばいいですわ。」「ミカエル・・もしかしてあの、冒険小説家のミカエルが、ミランダのお兄さんなの!?」「えぇ。兄の事をご存じですの?」「知っているも何も、お師匠様と彼の作品をよく読んでいたよ。恥ずかしい話、お師匠様と会うまでほとんど読み書きができなかったんだ。だからミカエルの作品で読み書きを学んだよ。」「まぁ、その話を兄が聞いたら喜びますわ。兄は貧困層の子供達への学習支援を行っているんです。」「へぇ、そうなの。」「あぁそうだ、今週末に読書会を兄の家で行うんです。よろしければ、アンダルス様も参加なさいませんか?」「いいの!?」「兄にはアンダルス様が兄の作品のファンだと伝えておくわ。」「ありがとう、ミランダ!」「アンダルスお嬢様、ガブリエル様がいらっしゃいました。「わかった、すぐ行く!」「慌てん坊ですね、全く。」 ミランダは部屋から出て行くアンダルスの背中を見送りながら苦笑した。「ガブリエル、少し痩せた?」「まぁな。それよりもアンダルス、王妃様の事は本当なのか?」「うん、王妃様が肺病を患っておられるのは本当だよ。」「ルチア様は、お辛いだろうな。」「そうだと思うよ。それなのにあいつったら・・」「あいつ?」「アレクサンドリア様だよ。何だかこの結婚、上手くいかなそうな気がする。」「それはわたしもそう思っている。」「ねぇ、ホテル暮らしはどうなの!?」「快適だが、独りは寂しいな。」「じゃぁ俺が毎晩一緒に寝てやろうか?」「冗談でもそんな事を言うな、はしたないぞ。」「あはは、ごめんごめん・・」「お二人共、紅茶とクッキーをどうぞ。」「ミランダ、ありがとう。」 ガブリエルと談笑しているアンダルスの姿を、遠くの木の上からエリウスが見ていた。にほんブログ村
2020年05月14日
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「ルチア様、わたくしの話を聞いていらっしゃいますか?」「ごめんなさい、少し考え事をしていて聞いていなかったわ。」「まぁ、結婚の準備でお疲れなのでしょう。」「えぇ・・」 王妃が肺病に罹っている事は、ルチアと侍医だけが知っていた。“誰にもこの事は言わないで。ルチア、あなたの結婚式が終わるまで、わたくしは笑顔で居たいのよ。” リリアからそう言われたルチアは、アレクサンドリアとの結婚式を終えるまで彼女の病気を周囲に黙っている事にした。「ルチア様とアレクサンドリア様の結婚式、どんなものになるのか楽しみですわね。」「ドレスは、一流の職人が仕立ててくれるから、試着するのが今から楽しみだわ。」「ルチア様、アレクサンドリア様がいらっしゃいました。」「まぁ、アレクサンドリア様が?」「一体何の用なのかしら?」」「さぁ・・」 女官達が色めき立っていると、部屋にアレクサンドリアが入って来た。「突然使いも寄越さずにこちらに来てしまって済まないね。」「あら、そんなに気を遣わないで下さいな。もうすぐ夫婦になるのですから。」「まぁ、お熱い事。」「えぇ、確かに。」「わたくしに、何か用かしら?」「君に、これを贈りたくてね。」 アレクサンドリアはそう言うと、侍従に目配せした。「まぁ、何て美しい・・」「素晴らしいわ!」 アレクサンドリアがルチアに贈ったものは、美しいアメジストの首飾りだった。「どうだい、気に入ってくれたかい?」「えぇ・・とても素敵だわ。」「それは良かった。今夜の夜会に、その首飾りをつけてくれると嬉しいな。」「わかったわ・・」 母が肺病に苦しんでいるというのに、ルチアは夜会に出席したくはなかったが、アレクサンドリアの顔を立てる為、彼から贈られたアメジストの首飾りをつけ、夜会に出席した。「ルチア様。」「アンダルス、身体の方は大丈夫なの?」「はい。ルチア様、王妃様の事は聞きました。わたしには王妃様の病状が回復される事を祈るしか出来ません・・」「そうしてくれるだけでも充分よ。アンダルス、今夜は来てくれてありがとう。」「ルチア様・・」 ルチアとアンダルスがそんな話をしていると、そこへ侍従を引き連れたアレクサンドリアがやって来た。「首飾り、つれてくれたんですね。」彼はそう言った後、屈託のない笑みを浮かべた。にほんブログ村
2020年05月07日
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―どうした、わたしが恐ろしいのか?そう言って自分と同じ真紅の瞳を持つ女を、アンダルスは美しいと思った。「あなたは、誰なのですか?」『わたしはエステル、エルシャー族の聖女だ。』「聖女?」『わたしは太古の昔から、この国を守ってきた。しかし、わたしの力は今、消えつつある・・』「あなたの力?」『力を貸してくれ、アウルの姫よ。』 女―聖女・エステルは、そう言うとアンダルスに抱きついた。「アンダルス、アンダルスどこだ!」「ガブリエル、どうしてここに?」「無事か、ガブリエル?」「うん・・」 アンダルスが辺りを見渡すと、神殿の中にはエルシャー族の男達の姿も、聖女の姿もなかった。「薄気味の悪い場所だな・・早く出よう。」「う、うん・・」 ガブリエルと共に、アンダルスはエルシャー族の神殿を後にした。―わたしは、いつもそなたを見ているぞ。 生温い風に乗って、聖女の声が聞こえたような気がした。「・・そう、森でアウルの民と会ったのね?」「はい、お母様。わたくし、この国の歴史について何も知らない事ばかりだわ。」「わたくしもお父様も、この国がどうやって築かれたのか、この国の神話がどう生まれたのかを知らないの。だから、調べ物をするには王立図書館へ行きなさい。そこへ行けば、あなたが探している答えが見つかる筈よ。」「ありがとう、お母様。」「ルチア、あなただけはどうか幸せに・・」そう言ってルチアに微笑んだ後、リリアは激しく咳込んだ。「お母様、しっかりなさって!」「王妃様!」「誰か、侍医を呼んで、早く!」 血の気を失ったリリアの顔は、口端に垂れた血の赤さが妙に鮮やかに見えた。「お母様は‥大丈夫なの?」「大変申し上げにくい事なのですが、王妃様は肺病を患っております。」「肺病に・・それは、治るのよね?」「現在は食事療法と投薬治療で様子を見ようと思います。」「そう・・」 最愛の母が肺病に罹っているという受け入れ難い現実に直面したルチアは、その夜は一睡も出来なかった。(わたしはこれから、どうすればいいの?)にほんブログ村
2020年05月07日
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「ここは?」「我らエルシャー族が儀式の間として使っていた神聖なる場所だ。」 松明を持っていた男はそう言うと、“儀式の間”へと入った。そこはガランとしていて、不気味な静けさに包まれていた。(何だここ、気持ち悪い・・)「さぁ、こっちだ。」「ねぇ、儀式って何をするの?」「知りたいか?」「知りたいね。どうしてあんたらが俺をここへ連れて来たのか、あんたやアムル達が何故俺の事を“姫”と呼ぶのか・・全てを知りたいんだ。」「そうか。ならば、まずは我らエルシャー族が何故アウルの民と対立する事になったのかを話そう。」 黒衣の男―エリウスは、アンダルスに向かって静かに自分達一族の歴史を語り始めた。 太古の昔、アウルの民とエルシャー族は仲良く暮らしていた。 森の民・アウルは、森で獲れた獣の肉を、海の民・エルシャー族が獲った新鮮な魚介類と交換した。 そんな日々を送っていた両者の間に溝が生まれたのは、ある出来事がきっかけだった。 それは、年に一度行われる祭りに起きた。 アウルの民とエルシャー族は、その祭りに供物として捧げる一族の姫をそれぞれ美しく着飾らせるのが習わしだったのだが、その年の祭りに出たのはエルシャー族の姫だけだった。「アウルの姫はどこへ消えた?」「それが・・」 アウルの長老は、祭りに出る筈のアウルの姫が、エルシャー族の若者と心中した事を話すと、エルシャー族の長老は激怒した。「我らの未来を奪ったアウルなど、根絶やしにしてしまえ!」「我らの女神を奪ったエルシャー族など皆殺しにしてしまえ!」 その日から、二つの民族同士は血を血で洗う凄惨な争いが起きた。「話はわかった。じゃぁ、この神殿で行われる“儀式”って・・」「お前の命を、我らの神に捧げるのだ。」 エリウスはそう言うと、供物台の上に無理矢理アンダルスを寝かせた。「やめろ、離せ!」「覚悟を決めてここへ来たのではなかったのか、アウルの姫よ?」 口元に酷薄な笑みを浮かべたエリウスは、贄の儀式に使う短剣をアンダルスに向けて振り下ろそうとした。―おやめなさい。 その時、神殿に玲瓏な声が響いたかと思うと、アンダルス達の前に白銀の髪をなびかせた女が現れた。「おぉ、聖女様!」 女の姿を見たエリウス達は、彼女に向かって恭しく頭を垂れた。―そなたが、アウルの姫か。にほんブログ村
2020年05月04日
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「大変だアムル、あいつらが来た!」「あいつらって?」「我々の不倶戴天の敵です。」「不倶戴天の敵って・・」「エルシャー族さ。あいつら、あたいらの土地を勝手に奪っていくんだ。」「アンダルス、どうした?」 ガブリエルが厨房へと戻ると、そこには見知らぬ男達の姿があった。「アンダルス、彼らは?」「わたし達はアウルの民です。嵐を避ける為に、こちらへ一夜の宿をお貸し頂けないかと思いまして・・」「そうでしたか。では、ルチア様にご挨拶なさって下さい。こちらの狩猟小屋の主はわたし達ではないので。」「では、そう致します。ルチア様はどちらに?」「案内致します。」 ガブリエルとアンダルスと共にルチア達の居る居間にアムル達が入ると、そこではルチア達が謎の黒衣の男達と睨み合っていた。「何なの、あなた達!?」「ここにアウルの姫が居るだろう?今すぐ我らにアウルの姫を差し出せ!」「何の事なのか、全然わからないわ!」「ルチア様に手を出すな、クズ野郎!」 黒衣の男とルチアとの間に、腕に入れ墨を彫ったアウルの女・アムリカが割って入った。「何だ、貴様は!?」「あんた達はお呼びじゃないよ、帰れ!」「今すぐアウルの姫を差し出せ!そうしたらこから去ってやる!」「そのアウルの姫とは何だ!?」「とぼけても無駄だ!」 しびれを切らした黒衣の男は、そう叫ぶと腰に帯びていた長剣を鞘から抜いた。 ルチアの周りに居た貴婦人達が悲鳴を上げた。「あんた達が探している“アウルの姫”っていうのは俺だろ?だったら俺だけをここから連れて行け。他の人には手を出すな。」そう言ったアンダルスは、黒衣の男をにらんだ。「他の者とは違って、そなたは話がわかるようで助かったぞ、アウルの姫よ。」黒衣の男はそう言うと、口端を上げて笑った。「アンダルスをどこへ連れて行く気だ!?」「貴様には関係のない事だ。」 ガブリエルが黒衣の男をにらみつけていると、男は長剣の刃先を彼に向けた。「ガブリエル、俺は大丈夫。すぐに帰ってくるから。」「アンダルス・・」「行くぞ。」 両脇を黒衣の男に固められたアンダルスは、狩猟小屋を彼らと共に出て、嵐の森の中を歩き始めた。「俺をどこへ連れて行くつもり?」「それは、行けばわかる。」「妙な真似はするなよ?」「あぁ、わかっているよ。」 やがてアンダルス達は森を抜け、ツタに覆われた白亜の神殿の中へと入った。にほんブログ村
2020年05月04日
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「降って来たわね。」「えぇ、そうね。酷くならない内に狩りを切り上げましょう。」 雨が降りしきる中、ルチア達は森の中を馬で駆けていった。 だが、狩りの効果は散々なものとなった。「もう切り上げましょう。」「そうですね。」 ルチアは角笛で狩りの終了を告げるよう係に命じたが、彼は突然暴れ出した馬を押さえるに必死でそれどころではなかった。「どう、どう!」「一体どうしたの?」「わかりません、急に暴れ出してしまったので・・」「ルチア様、向こうに休める場所があります!」「そこで休みましょう。」 一行は、森の向こうにある狩猟小屋へと向かった。「ここなら当分、雨風をしのげそうね。」「はい、ルチア様。」ルチア達は、嵐が過ぎ去るまで狩猟小屋に避難する事になった。「何か食べられる物を持って来ます。」「わたしも行こう。」「二人とも、気をつけてね。」 ルチアはそう言って厨房へと向かうアンダルスとガブリエルを見送った後、窓の外を見た。 嵐は、まだ止みそうになかった。 一方、森の中では嵐を避ける為、木の洞穴に避難している民族衣装の男達は、向こうから“魔物”がやって来る気配を察知した。「どうしたの?」「何か良くないものが来る。」「わたしに任せて!」 男の隣に居た腕に入れ墨を彫った女が、背負っていた矢筒から一本矢を抜き、弓を引き絞った後それを“魔物”に向けて放った。「当たったわ!今の内に逃げましょう!」「あぁ・・」 男達は洞穴から出ると、“魔物”から逃れるように、ルチア達が居る狩猟小屋へと向かった。 その厨房では、アンダルスとガブリエルが運良く食糧庫の中に保存されていた、腐っていない食べ物を見つけて歓声を上げた。「早くルチア様にこの事を知らせないと!」「君はここに居ろ。わたしがルチア様に伝えて来る。」「わかった。」 ガブリエルがルチア達が居る居間へと向かったのを見送ったアンダルスは、外から誰かが扉を激しく叩く音がしたので、火掻き棒を掴んで彼は恐る恐る勝手口の扉を開けた。「やっと会えた、姫様。」「あなた達、どうしてここに?」「アムリカ、ここなら安全だ!」 女の背後から厨房に入って来たのは、あの民族衣装の男だった。「ねぇ、あなた達は何者なの?」「わたし達は森と共に生きる、アウルの民です。」「アウルの民?」「エルムントから、あなた様のお話を良く聞いておりました。」「お師匠様を知っているの?」「知っているも何も、エルムントは我ら民族の末裔です。彼は音楽の女神と森の精に愛された逸材でした。自己紹介が遅れました、わたしはアムルと申します。」「アムル、何故僕を“姫様”と?」「それは・・」にほんブログ村
2020年04月20日
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「お母様、お目覚めになられたのね?」「ルチア、わたくしはどうして寝室に?」「急に倒れられたから、びっくりしたわ。」 ルチアはそう言ってリリアの手を握った。「侍医は貧血を起こしていると言っていたわ。」「そう・・ルチア、一番大事な時期なのに心配をかけてしまってごめんなさいね。」「謝らないで、お母様。」「ルチア、アレクサンドリア様と幸せにおなりなさい。」「はい、お母様・・」 アレクサンドリアとは本当は結婚したくないが、母を安心させたくてルチアは嘘を吐いた。 彼は傲慢で、ルチアとは全く違った価値観を持っている。政略結婚とはいえ、ルチアはアレクサンドリアの元へ嫁ぐ日の事を考えると憂鬱な気持ちになった。 そんな中、週末を迎えたルチアは、予定通りに狐狩りを開催した。「良かったわ、いいお天気で。」「最高の狩り日和ね。」貴族達がそんな事を言いながら馬で移動していると、そこへガブリエルとアンダルスがやって来た。―見て、ガブリエル様よ・・―相変わらずお美しいわね。―お隣の方は、あのアンダルス様ね。―お二人共、お似合いのカップルではない事?―でも、ねぇ・・ アンダルスは、自分達の噂話に興じている貴族達を冷めた目で見ていた。「どうした?」「いや・・暇人はどこにでも居るんだね。」「そうだな。」 アンダルスは、ガブリエルと共に狩りが行われる場所へと向かった。 そこには既に、ルチアとマリアの姿があった。 だが、アレクサンドリアの姿はなかった。「本日は狩りにお招き頂き、ありがとうございます、ルチア様。」「アンダルス、忙しいのにわざわざ狩りに来て下さってありがとう。」「アレクサンドリア様のお姿がどこにも見当たりませんね?」「あぁ、お兄様ならお風邪を召されてしまって狩りには参加できないとおっしゃっていたわ。」「まぁ、それは残念ね。」 ルチアはそう言っていたが、その顔が何処か嬉しそうにアンダルスは見えた。「さてと、そろそろ皆さんが集まって来た所だし、始めましょうか?」「えぇ。」 ルチアは侍従に目配せすると、彼は狩りの開始を告げる角笛を吹き鳴らした。「アンダルス、わたしから離れるなよ。」「わかった。」 狩りが始まる前は晴れていたが、角笛の音が森の中に響き渡った頃には、次第に空は黒雲に覆われていった。にほんブログ村
2020年04月16日
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「あなたは、誰?」「今まであなた様の事を探しておりました。」 民族衣装の男は、そう言うとアンダルスの前に跪いた。「今こそ、あなた様のお力が必要なのです。どうか、我らと共に・・」「お嬢様!」 突然眩い光がアンダルスを照らしたかと思うと、彼の前にビュリュリー伯爵家の使用人達が現れた。 どうやら、居なくなったアンダルスを探しに来たらしい。「どうなさったのです、こんな夜中に・・」「ごめん、ちょっとこの人が・・」 アンダルスがそう言って自分の隣に立っていた筈の男の方を見ると、そこには誰も居なかった。「お嬢様、お屋敷に戻りますよ。」「う、うん・・」(何だったんだろう、さっきの・・) アンダルスは森で見た光景を勝手に夢だと思い込み、そのまま朝まで眠った。「嫌な天気ねぇ・・」「本当に。週末の狩りは大丈夫なのかしら?」「さぁね・・」 悪天候が続く中、宮廷貴族達が今週末に開催される予定の狐狩りの事を心配しながら話していると、そこへ供の女官を連れたルチアがやって来た。「あら皆さん、何をお話ししていらっしゃるの?」「ルチア様。」「このところ悪天候ばかり続くものですから、週末に予定されていた狐狩りが中止されるのかと、皆さん心配されているようでして・・」「まぁ、それならば大丈夫ですわ。」「そ、そうですか・・」「では皆さん、ご機嫌よう。」 ルチアがそう言って貴族達の元を去ると、案の定彼らの囁き声が聞こえて来た。「ルチア様とアレクサンドリア様、余り仲がよろしくないそうよ。」「それはそうでしょう。ルチア様とアレクサンドリア様の性格は正反対ですもの。」「いくら政略結婚とはいえ、相手が悪すぎるのでは?」(みんな、暇なのね。) あんな連中をいちいち相手にしていたらキリがないし、時間の無駄だ。「ルチア様、こちらにおられましたか。王妃様がお呼びです。」「わかりました。」 ルチアが女官と共に王妃の執務室に向かうと、部屋の中から母が誰かと言い争うような声が聞こえた。「お母様、ルチアです。」「入りなさい。」「では王妃様、わたしはこれで失礼致します。」 ルチアが母の執務室に入る時、見知らぬ将校と擦れ違った。 リリアは、何処か蒼褪めた顔をした。「お母様、どうかなさったの?」「何でもないわ。少し疲れているだけよ。」「お部屋でお休みにならないと・・」「えぇ、そうね・・」 リリアがそう言って椅子から立ち上がろうとした時、急に彼女はめまいに襲われ、その場に倒れた。にほんブログ村
2020年04月02日
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「ねぇ、本当に実家に戻らなくてもいいの?」「あぁ、暫くホテル暮らしになる。」「そう。食事はちゃんと摂ってよね。」「わかった・」 ガブリエルとホテルの前で別れたアンダルスは、そのまま馬車で帰宅した。「お帰りなさい、アンダルス。浮かない顔をしているわね?」「えぇ・・」 アンダルスは、ビュリュリー伯爵夫人に、ローゼンフェルト家の舞踏会で起こった事を話した。「まぁ、そんな事が・・」「何だか、俺がガブリエルとお母さんの仲を引き裂いたような気がするんだ。」「実の親子といえども、価値観が違うものよ。だから、親が良かれと思ってやっていた事が、子供に逆効果になっている事もある。色々と大変なのよ。」「俺は、どうすればいい?」「何もしなくていいわ。こういう問題は、赤の他人が入るとややこしくなるものよ。」「そう・・」「今夜は遅いし、もう部屋で休みなさい。」「わかりました、お休みなさい、伯母様。」アンダルスはそう言ってビュリュリー伯爵夫人に一礼した後、そのまま自分の部屋へと戻った。 鏡台の前に座り、結い上げていた髪をアンダルスが解いていると、レディースメイドのアデリアが部屋に入って来た。「お帰りなさいませ、お嬢様。舞踏会はどうでしたか?」「楽しかったよ。」「それはようございました。」 アデリアによってコルセットの紐を緩めて貰ったアンダルスは、ドレスを脱いで夜着姿となり、寝台の中に寝転がった。「まぁお嬢様、行儀が悪いですよ。」「いいじゃん、誰も見ていないし。」「今夜はお疲れになられた事でしょうから、大目に見て差し上げます。」 アデリアはそう言って溜息を吐くと、部屋から出て行った。アンダルスが奇妙な音に気づいて目を覚ましたのは、夜中の2時頃だった。(なんだ、あれ?) アンダルスが自室から出て奇妙な音が聞こえて来る中庭へと向かうと、自分の足元に柔らかな感触がして、彼を足元にランプを向けると、そこには白いハツカネズミの親子が居た。「何だ、ネズミか・・」 アンダルスがそう言って安堵の表情を浮かべた後、角笛の音が森の方から聞こえた。 角笛の音色に導かれるように、アンダルスは森の中にある、“ある場所”へと足を踏み入れた。 そこは、遠乗りの際に雨宿りした洞窟の中だった。「何だ、ここ?こんなに紫水晶(アメジスト)が沢山・・」「それは我が一族に伝わる宝です。」 突然背後から声をかけられ、アンダルスが振り向くと、そこには民族衣装を着た男が立っていた。「あなたは・・」「お迎えに上がりました、我らの姫様。」にほんブログ村
2020年03月31日
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ローゼンフェルト家の舞踏会には、結婚適齢期の女性達が集められ、彼女らが身につけている宝石類がシャンでアリアの下で美しい輝きを放っていた。「これだけ集めたのだから、ガブリエルが気になる相手が・・」「奥様、ガブリエル様のご再婚はもう諦めてはいかがです?」 ガブリエルの心情を慮り、老執事がエウリケにそう苦言を呈すと、彼女は渋面を浮かべた。「この家の血筋を絶やす訳にはいかないのよ。たとえガブリエルが再婚に乗り気でなくても、わたしは早く孫の顔が見たいの。」「奥様・・」 エウリケの言葉を聞いた老執事が溜息を吐いた時、大広間に突如ざわめきが起こった。「一体、何事かしら?」 エウリケが座っている長椅子から少し身を乗り出して大広間の方を見ると、そこにはガブリエルとあの舞姫が優雅にワルツを踊っていた。―あの娘は、確か・・―何故、平民である彼女がこのような所に?「ガブリエル、ここはそのような娘を連れて来る所ではありませんよ!」「お言葉ですが母上、彼女は正式に招待されてこの舞踏会に来たのです。」「何ですって?」エウリケの柳眉がつり上がるのを見たアンダルスは、そっとこの場から立ち去ろうとした。しかし、ガブリエルは優しく彼を自分の方へと抱き寄せた。「ここは、私に任せておけ。」「ガブリエル、早くこの下賤の娘をここから連れ出しなさい!」「母上、アンダルスをこれ以上侮辱しないで頂きたい。彼女はビュリュリー伯爵家の血をひいた方なのですよ。」「嘘をおっしゃい!」「いいえ、嘘ではありません。アンダルスは今は亡きビュリュリー伯爵家令嬢・シャルロッテ様の遺児。事情あってエルムント様の弟子として暮らしておりましたが、彼女は晴れて本来の身分を取り戻したのです。」 ガブリエルはそう言うと、一枚の書類を広げ、エウリケ達に見せた。「これが、アンダルスの血統を証明する書類です。」「それをわたしに見せて、お前は何を望むの?」「アンダルスとわたしとの結婚を、許して頂きたいのです。」「何ですって!?」 ガブリエルの爆弾発言に、周囲のどよめきは更に大きくなった。「もしわたくしが、その娘との結婚を許さぬと言ったら、どうするのです?」「・・私を廃嫡して下さっても構いません。」「何と、何と恐ろしい事を・・」エウリケはそう言った後、胸を押さえてその場に蹲ってしまった。「奥様!」「誰か、お医者様を!」 周囲の騒ぎを何処か冷めた目で見ながら、ガブリエルはアンダルスを連れて実家をあとにした。「若様、これからどうなさるおつもりで?」「それは私にも、誰にもわからん。」「・・暫く、奥様から離れて暮らされた方がよろしいでしょう。お荷物は後でお送り致します。」にほんブログ村
2020年03月12日
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「あら、どなたかと思ったら、あなたでしたのね。」 ガブリエルの腕を掴んだのは、中庭でアンダルスの父・ユーリスと話をしていた女だった。 「誰だ、貴様?」 「まぁ、覚えていらっしゃらないなんて、残念だわ。わたくしはユーリス様の相談相手の、ジェーンと申します。」 「愛人の間違いではないのか?」 「・・どうぞお考えになるのかは、ご自由にどうぞ。」 女はそう言って笑うと、ガブリエルを見て舌なめずりをした。 「噂に聞いてはいましたが、良い男ですこと。」 「わたしに気安く触れるな。」 ガブリエルは女にそう言うと、邪険に彼女の腕を払った。 「また、お会いしましょう。」 女はそう言って赤毛を揺らしながら去っていった。 「えぇ、ガブリエルがさっき来てたの!?何で教えてくれなかったのさ!」 「アンダルス様はお休み中でしたので、お目覚めになられたらお伝えするようにと、奥様が・・」 「今すぐ着替えて、ガブリエルを追いかけないと・・」 「いけませんよ、アンダルス。あなたは怪我人なのですよ、無理をしてはいけません。」 「でも・・」 「口答えは許しません!」 「はぁい。」 ビュリュリー伯爵夫人から叱られ、アンダルスは渋々とベッドへと戻った。 「アンダルス、あなたはガブリエス様の事をどう思っているの?」 「それは、いくら伯母様でもお教えする事は・・」 「まぁ、そうだったわね。アンダルス、あなたはルチア様の出生について、何か知っているの?」 「さぁ・・」 「では、ルチア様とアレクサンドリア様が従兄妹同士だという事は知っているの?」 「え、初耳です、それ!」 「声が大きいわよ。あなたはこれから宮廷入りするのですから、宮廷内の人間関係を把握しておかなくてはね。」 ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、一冊の手帳をアンダルスに見せた。 そこには、宮廷内の複雑な人間関係が事細かに記されていた。 「宮廷はひとつの大きな蜘蛛の巣よ。どこで誰が繋がっているのかがわからない。」 「あれ・・リリア王妃様とミリア王妃様は姉妹なのですね。という事は、ルチア様とアレクサンドリア様がもし結婚したら・・」 「血族結婚という事になるわね。王族同士では珍しい事ではないわ。」 「何だか、家系図が複雑で頭が痛くなりそう。」 「まぁ・・一度で全てこれを理解しろと言われても無理よね。」 「はい・・」 「アンダルス、これからあなたが宮廷入りするにあたって、ひとつあなたに伝えておかなければならない事があるの・・」 ビュリュリー伯爵夫人は、一旦言葉を切って深呼吸した後、ルチアとレオンことレオナルドの関係をアンダルスに話した。 「それは、本当なのですか?」 「この事は、誰にも口外してはなりませんよ、わかったわね?」 「はい、伯母様。」 それからアンダルスはビュリュリー伯爵家で淑女教育を受け、晴れてビュリュリー伯爵令嬢として社交界デビューする日を迎えた。 「楽しんで来るのですよ。」 「はい、伯母様。」 アンダルスはビュリュリー伯爵夫人に見送られ、ローゼンフェルト家の舞踏会へと向かった。 にほんブログ村
2020年03月05日
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「アンダルス様、漸くお目覚めになられたのですね。」「ミランダさん・・俺、どうして?」「森の中にある洞窟で、あなたが倒れているのを見つけたのよ。腰の怪我はどう?」「少し痛むけど、大丈夫です。」アンダルスがそう言ってミランダを見ると、彼女は安堵の表情を浮かべて彼の部屋から出て行った。「どう、あの子の様子は?」「腰に少し痛みが残っていると言っていましたが、あの様子だと大丈夫そうですわ。」「そう、よかった。ねぇミランダ、例の噂の事で、何か聞いていない?」「いいえ。ですが、その噂を流した者が誰なのかをアンダルス様が社交界デビューなさる前に突き止めなければなりませんわね。」「そうね。」ビュリュリー伯爵夫人とミランダがそんな話をしていると、二人の元へ女中がやって来た。「奥様、お客様がいらっしゃっています。」「わたくしにお客様ですって、どなたかしら?」「ガブリエル=ローゼンフェルト様とおっしゃる方です。アンダルス様のお見舞いに来たと・・」「客間にお通しして頂戴。」「はい、かしこまりました。」女中は二人に背を向け、玄関ホールで待っているガブリエルの元へと戻った。「奥様がお会いになられるそうです。客間へご案内いたします。」「解った。」 ガブリエルが女中と共に客間へと向かう途中、彼は中庭でアンダルスの父・ユーリスが一人の女性と話している姿を見た。 その女性に、ガブリエルは何処か見覚えがあった。(あの女、何処かで会ったような・・)「どうぞ、こちらです。」 我に返ったガブリエルが女中と共に客間に入る前、ユーリスが件の女性と抱き合っていた。「暫くこちらでお待ちくださいませ。何かお飲み物はいかがですか?」「コーヒーを頼む。」「かしこまりました。」女中はそう言ってガブリエルに向かって頭を下げると、客間から出た。 数分後、ビュリュリー伯爵夫人が客間に入って来た。「ガブリエルさん、わざわざアンダルスのお見舞いに来てくださって有難う。あの子は今、自分の部屋で休んでいるの。」「そうですか。では、これを彼に渡してください。彼の怪我が早く治る事を祈っています。」ガブリエルはビュリュリー伯爵夫人に、アンダルスが気に入っているチョコレート専門店の紙袋を手渡した。「まぁ、有難う。必ずアンダルスに渡しますわ。ねぇガブリエルさん、ひとつお願いしたいことがあるのだけれど・・」「何でしょうか、奥様?」「アンダルスの出生について、最近おかしな噂が広まっている事をご存知?」「ええ、存じておりますよ。根も葉もない悪意ある噂をばら撒く人間は、厄介なものですね。その噂とは、どのようなものなのですか?」「何でも、アンダルスは呪われた一族の末裔だとか。アンダルスの耳に入る前に、その噂を流した者が誰なのかを突き止めてくださらないこと?」「奥様の頼みならば、快く引き受けましょう。この事は、アンダルスには・・」「あの子には話さないで。ガブリエル、わたしはアンダルスを何としてでも守りたいの。あの子は、わたしの大事な宝だもの。」「それは、わたしも同じです、奥様。」 ガブリエルはそう言うと、ビュリュリー伯爵夫人の手を握った。「では、これで失礼いたします。」「わざわざ来てくださって有難う。」 玄関ホールでビュリュリー伯爵夫人に見送られたガブリエルが伯爵邸を後にしようとした時、彼は突然背後から誰かに腕を掴まれた。にほんブログ村
2016年04月18日
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アンダルスは自分を喰らおうとしている豹を睨みつけながら、唯一の武器となる木の枝を握り締めた。(こんな所で、死んで堪るか!) アンダルスが豹の眉間を木の枝で打つと、豹は情けない声で鳴いてそのまま草叢の中へと消えていった。命の危機から脱したものの、落馬した際に強く腰を打ってしまった所為で、アンダルスは起き上がることもままならなかった。ドレスが泥で汚れるのも構わず、アンダルスは雨宿りが出来る洞窟を見つけ、そこまで這って行った。(ふぅ、これで何とか雨が凌げたぜ。後は、助けが来るのを待つだけだな。) 泥で汚れたドレスを脱ぎ、下着姿となったアンダルスがハンカチで濡れた髪や肌を拭いていると、遥か遠くから角笛の音が聞こえた。(何だ?) 徐々に角笛の音が近づいて来くる事に気づいたアンダルスが、洞窟の入り口から顔を覗かせて外の様子を見ると、森の中を鮮やかな刺繍を施した民族衣装を纏った集団が歩いてくるのが見えた。彼らはそれぞれリュートやヴァイオリンを携え、森を進みながらそれらを奏で、その音色にあわせて舞い踊っていた。 そんな彼らの姿を見たアンダルスは、踊り子時代の事を思い出して、彼らの仲間に加わりたいと思うようになった。だが、今自分は下着姿で、腰に怪我をしていて満足に踊れない。アンダルスが彼らの仲間に加わるのを諦めて助けを待っていると、いつの間にか彼らは森を抜け、霧の中へと消えていった。「アンダルス様、どちらにおられますか~!」「アンダルス様~!」赤々と燃える松明が見え、アンダルスは突然睡魔に襲われ、洞窟の中で眠ってしまった。「アンダルス様はまだ見つからないのか!?」「はい、手分けして探しましたが、何処にも見当たりません。」「もっと良く探しなさい!」ミランダはそう言って使用人を怒鳴りつけると、森の奥へと進んだ。男性用の乗馬服を着ていて良かった―彼女がそんな事を思いながらアンダルスを探していると、遠くにある洞窟の中で、何かが光ったような気がした。気の所為かと思ったミランダだったが、また洞窟の中で何かが光った。ミランダが洞窟の前に立ち、奥を松明で照らすと、そこには下着姿で眠っているアンダルスが居た。彼の首に提げているネックレスが、松明の光を受けてキラキラと輝いていた。「アンダルス様を見つけたわ。」 ミランダがアンダルスを抱きながら使用人達の前に現れると、彼らは安堵の表情を浮かべた。「雨が酷くなる前に、お屋敷に戻りましょう。」「はい!」ミランダが愛馬に跨り、森を後にしようとした時、森の奥から角笛の音が聞こえたような気がした。「ミランダ様?」「いいえ、何でもないわ、行きましょう。」(きっと空耳ね。)ミランダ達が森から去った後、茂みの中から鮮やかな刺繍を施した民族衣装を纏った青年が現れた。にほんブログ村
2016年04月17日
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翌朝、夢の中に居たアンダルスはビュリュリー家の執事に叩き起こされた。「アンダルス様、早く起きてくださいませ。」「今、何時?」「午前5時でございます。」「まだ寝かせてよ・・」「いいえ、いけません。もうアンダルス様の先生がお見えになっておりますので、身支度を済ませてから先生にご挨拶をしなくてはなりませんよ。」「わかったよ・・」 数分後、アンダルスは欠伸を噛み殺しながら、客間へと入った。そこには、長い髪を団子にした濃紺のワンピースを着た女が、ソファに座りながら眼鏡越しにアンダルスを睨んでいた。「ミランダ先生、お待たせいたしました。こちらが、アンダルス様でございます。」「初めまして、今日からわたくしがあなたの家庭教師となるミランダです、以後お見知りおきを。」「初めまして、アンダルスです。」「さてと、お互い挨拶を済ませたところですし、さっそくダンスのレッスンを始めると致しましょうか。」「え、今から?」「あなたを貴族の令嬢として相応しい立ち居振る舞いを身に着ける為には、時間など関係ございません!」 ミランダに睨まれ、アンダルスは有無を言わさずそのままダンスのレッスンへと移った。「あなた、何処でワルツのステップを覚えたのです?」「独学です。」 アンダルスのレッスンを見ていたミランダは、彼が優雅にワルツのステップを踏んでいることに驚きを隠せなかった。「独学で覚えたにしては、素晴らしい出来だわ。」「今まで踊りをお客様の前で披露しながら旅をしてきたので、踊りは僕の身体の一部になっています。」「そう。さてと、ダンスのレッスンはこれまでにして、休憩にしましょう。」 ダイニングルームで朝食を取りながら、ミランダはアンダルスの首に提げているネックレスに気づいた。「そのネックレス、素敵ね。」「このネックレスは、お師匠様の形見なんです。」「そう。さてと、朝食が済んだ後は、ヴァイオリンと刺繍の授業ですよ。」「はい、先生。」 その日からアンダルスは、ミランダから淑女となる為の教育を受けた。「どう、アンダルスの淑女教育の成果は?」「アンダルス様は呑み込みが早く、馬術や弓術、剣術の面に於いては日に日に上達しております。あの様子ならば宮廷に上がれるのも早いかと思われます。」「そう。でも最近、宮廷で妙な噂があるから、あの子を宮廷に上げるのは暫く様子を見てからにしようと思っているの。」「噂、でございますか?」「ええ・・」 ビュリュリー伯爵夫人は、ミランダの耳元で何かを囁いた。「それは、厄介な事ですわね。アンダルス様はどちらに?」「あの子なら、遠乗りに行ったわ。」「何だか、嫌な予感がいたしますわ、奥様。」 先ほどまで晴れていた空が急に曇って来たかと思うと、大粒の雨が遠乗り中のアンダルスを襲った。「クソ、ついてねぇなぁ・・」 アンダルスは舌打ちすると、雨が凌げる場所を探し始めた。その時、空から雷鳴が轟き、茂みの中に隠れていた豹がアンダルスの前に姿を現した。その姿を見た馬は嘶くと、アンダルスを振り落して何処かへ行ってしまった。「痛ってぇ・・」落馬する際腰を打ってしまったアンダルスは痛みに顔を顰めながら、自分を今にも食おうとする豹と対峙した。彼は近くに転がっていた太い木の枝を掴み、鋭い牙を剥き出しにして自分に唸っている豹を睨みつけた。にほんブログ村
2015年03月28日
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エルムントの葬儀に参列した後、アンダルスは夕食の席でビュリュリー伯爵家の者達と初めて会った。「アンダルス、皆様にご挨拶なさい。」「初めまして、アンダルスです。今日からビュリュリー伯爵家で暮らすことになりました、どうか宜しくお願いいたします。」 アンダルスがそう言って親族達に挨拶をすると、テーブルの隅に座っていた1人の少女が彼を見た。「あなた、今まで旅芸人をしていたのでしょう? そんな子が、伯爵家での生活に慣れるのかしら?」「おやめなさい、レベッカ。」 ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、姪っ子であるレベッカを睨んだ。「アンダルスはあなたにとっては義理の従兄にあたるのですよ。失礼のないようになさい。」「冗談ではありませんわ、伯母様。こんな粗野な方と血が繋がっているなんて、考えるだけでも恐ろしいですわ。」「俺もあんたみたいな高慢な女と血の繋がりがあると思うだけで、吐き気がするね!」アンダルスはそう言うと、レベッカを睨みつけた。「まぁ、誰に向かって口を利いているの?」「はぁ、そっちが先に喧嘩を売って来たんだろうが? 俺はその喧嘩を買っただけのことだ。何か文句でもあるのなら、ここで言ってみろよ!」「おやめなさい、2人とも! 食事の席で喧嘩をするなど、貴族にはあるまじき行為ですよ!」 睨み合う2人をそう厳しく窘(たしな)めたのは、遅れてダイニングルームに入って来た老婦人だった。「あなたが、アンダルスね?」「婆さん、あんた誰?」「わたくしはモーティリア。あなたにとっては義理の祖母にあたります。これからあなたはこのビュリュリー伯爵家の一員として相応しい人間になれるよう、明日から家庭教師の下で素晴らしい教育を受けることになります。まずは、その粗野で乱暴な言葉遣いを改めなさい。」「わかったよ・・」「“わかりました”と仰(おっしゃ)い!」「わ、わかりました・・」「宜しい。」ビュリュリー伯爵家の女主人・モーティリアに叱られているアンダルスを見てほくそ笑んでいたレベッカは、彼女の厳しい視線が自分に向けられていることに気づいていなかった。「レベッカ、あなたはアンダルスの育ちを悪く言う前に、言葉をよく選びなさい!」「申し訳ございません、お祖母様・・」「謝るのはわたくしではなく、アンダルスに謝りなさい。あなたは彼の事を侮辱したのですからね。」 祖母の言葉を聞いたレベッカは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、渋々と彼女はアンダルスを侮辱したことを謝罪した。「話は済んだことですし、食事にいたしましょう。」「はい、お母様。」 夕食の間、アンダルスは黙々とステーキを一口大に切っては口に運ぶ作業を繰り返していた。「アンダルス、あなたは今まで旅芸人として国中を巡っていたそうね?」「はい。僕はお師匠様と歌や踊りをお客様の前で披露しながら、お金を稼いでいました。」「そう。あなたのお師匠様は、数日前に亡くなられたエルムント様ね?」「はい。お師匠様は僕にとって、実の父親のような存在でした。」 アンダルスの話を、モーティリアは笑顔で聞いていた。「アンダルス、今日は疲れたでしょう?」「次から次へと色々な事があって、疲れました。おやすみなさい、伯母様。」「お休みなさい、良い夢を。」 自分の寝室となった美しい部屋を眺めながら、アンダルスはベッドに入って静かに目を閉じた。にほんブログ村
2015年03月14日
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国民的吟遊詩人・エルムントの突然の死は、王国中に衝撃をもたらした。 彼の葬儀を盛大に執り行おうという民衆の意見をルチアは受け入れ、エルムントの葬儀が行われることとなった教会の中には人が入りきれぬほど、参列客が殺到していた。「お師匠様・・」 白い棺に納められ、色とりどりの薔薇に飾られたエルムントの亡骸は、まるで眠っているように見えた。誰かが揺り起こしたら、すぐに目を開けてくれるような。喪服に身を包んだアンダルスは、エルムントの冷たくなった頬をそっと撫でた。彼の脳裏には、彼が自分に向ける眩しい笑顔だけが浮かんでいた。「アンダルス。」背後から声がして振り向くと、そこにはルチアとレオンが立っていた。二人とも、喪服を着ている。「アンダルス、エルムントのことはお悔やみを言うわ。本当に・・」「ルチア様にそうおっしゃっていただけただけでも、ありがたいです。それに、こんなに盛大な葬儀までしていただいて・・感謝しても足りません。」真紅の瞳を潤ませながら、アンダルスはそう言ってルチア達を見た。「ありがとうございます、来ていただいて。」 その後、エルムントの葬儀は滞りなく執り行われ、彼は墓地へと埋葬された。「アンダルス、あなたに渡したいものがあるの。」ルチアはそう言うと、アンダルスにある物を渡した。「それは・・」ルチアがアンダルスに差し出したのは、エルムントが生前、大事に身につけていたネックレスだ。「エルムントにとって、あなたはわが子同然だったわ。あなたには、このネックレスを持つ資格があるわ。」「ありがとうございます。」ルチアからネックレスを受け取ったアンダルスは、それを首に提げた。エルムントの肉体が滅びても、魂はまだ自分に寄り添っているような気がした。「お師匠様、聞こえてますか?」静かになった墓地で、アンダルスはエルムントの墓前に腰を下ろした。「今まで、俺のことを育ててくださってありがとうございました。二度と会えなくなるのは寂しいけれど・・悲しんでばかりじゃいられませんよね?」アンダルスがそう言ってネックレスを握り締めると、一陣の風が吹いた。 それはまるで、エルムントが天国から“頑張れ”と言ってくれているように。「頑張りますから、俺・・師匠の分まで、生きていきますから。」エルムントの魂に守られているのを感じながら、アンダルスは墓地から立ち去った。「エルムントが亡くなったの・・」「はい、奥様。急なことでした。それよりも、今後アンダルス様はこちらに引き取るのですか?」「ええ。ユーリスとあの子の間にある溝が少しだけ埋まってくれればいいけれど、一緒に暮らしてみないとわからないわね・・」「そうですね、奥様。」自分がエルムントを殺害した犯人であることを主に悟られないよう、ダリヤは飄々とした口調でそう言うと紅茶を飲んだ。 エルムントの葬儀から数日後、アンダルスは正式にビュリュリー伯爵家の一員となった。「アンダルス、エルムント様のことは残念だったね。」ユーリスがそう言ってアンダルスの肩に触れようとすると、彼は静かにそれを拒んだ。「少し部屋で休みます、疲れているので。」「わかった・・」アンダルスはユーリスに背を向け、自分の部屋へと向かった。「以前とは余り変わりませんね。」ダリヤはそう言ってユーリスに近づいてきた。「ええ。やっぱりわたしは、あの子にとっては受け入れ難い存在なのでしょうね。」「まだ混乱しているのでしょう。時間が解決してくれますよ。」「そうであればいいのですがねぇ・・」 最愛の人・エルムントを亡くし、実父・ユーリスの元で暮らすこととなったアンダルスだったが、何故かユーリスが父親だと受け入れるのが嫌だった。“あなたが、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子になれますよ。”「俺にはできませんよ、お師匠様。」にほんブログ村
2015年03月14日
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「ダリヤ、居るの?」ルチアがアンダルスとともにダリヤの部屋を訪れ、ドアをノックした。だが中から返事はなかった。「ダリヤ?」ルチアがドアノブを回して部屋に入った途端、噎(む)せ返るような血の臭いがルチアの鼻を刺激した。恐る恐るルチアが部屋の奥まで進んでいくと、ベッドの近くにはエルムントが倒れていた。「お師匠様!」血の気の無い顔をしたエルムントの姿を見たアンダルスは、彼に抱きついた。「一体何があったんです?」「アンダルス・・」エルムントは低く呻いた後、ゆっくりとエメラルドグリーンの瞳を開いてアンダルスとルチアを見た。「どうして・・どうしてこんなことに?」アンダルスは涙で顔を濡らしながら、己の手についているエルムントの血を見て愕然とした。 彼は腹部を無残にも、鋭利な刃物で切り裂かれていた。誰が彼にこんな惨い事をしたのか、アンダルスは想像がついた。「あいつが・・やったんですね?」「彼を許してやりなさい・・彼にも事情があるのだから。」「そんな・・」ダリヤに傷つけられ、瀕死の状態でいてもなお、エルムントはアンダルスにそう優しく諭した。「いつかこんな日が来るのではないかと、思っていましたよ。それが、早すぎただけで・・」「嫌だ、俺を置いて逝かないでください!」自分の身体に取り縋り、泣きじゃくる弟子の髪を、エルムントはそっと撫でた。「わたしは勘違いしていたようですね・・あなたはもう、自立したと思っていたのに・・まだ甘えん坊だったんですね・・」「師匠が居なくなったら、俺はどうすれば・・」「大丈夫、あなたはわたしなしでも生きられます。あなたはもう、ちゃんと自分の考えを持っている。アンダルス、お父様のことですが・・」「あいつなんて、父親じゃない!勝手にわが子を捨てた奴なんか・・」「アンダルス、聞きなさい!」ユーリスを拒絶するアンダルスに、エルムントは鋭い声で彼を制した。「彼はあなたを好きで捨てたんじゃない。ずっとあなたの事を探していたんですよ。死んだと知らされたときも、あなたが生きていると信じてあなたを探し回ったんです。あなたとはまだ本当の父子として分かり合えるのには時間がかかるでしょう・・あなたは、お父様に歩み寄る努力をすれば、本当の父子となりますよ。」そう言ったエルムントの顔から徐々に血の色が消えてゆき、アンダルスの手を握る力が弱々しくなっていく。「俺にとって、お師匠様が父さんでした!血は繋がっていないけれど、俺にとっては・・」「わかっています・・わたしも、あなたの事を実の子だと思って愛していましたよ。」エルムントはそっとアンダルスの頬を空いた手で撫で、彼の顔を見ようとしたが、目の前に深い霧がかかっているようで彼が今どんな表情を浮かべているのか見えない。「ルチア様・・」おそらくアンダルスの背後に立っているであろう王女の名を呼ぶと、彼女が自分の前に腰を下ろした気配がした。「アンダルスのことを・・宜しくお願いします。」「わかっているわ、エルムント。」「あなた様には感謝しております、ルチア様。無名同然のわたしたちを拾ってくださったことを・・」「あなたがこの世から居なくなったら、世界は終わりだわ。」ルチアの声が涙声になっているのを、エルムントは静かに聴いていた。もう、死期が近い.「アンダルス、強く生きて・・わたしの分まで・・」「嫌だ、死なないでください!」「あなたと会えて・・幸せでした。」エルムントはそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じた。それと同時に、ルチアとアンダルスの手を握っていた彼の両手が、力なく床に落ちた。「お師匠様・・?」アンダルスは一体何が起こったのか解らず、エルムントの手を握り締めた。だが、それは再び力なく床に落ちた。「嫌だ・・目を開けてください!」エルムントの身体を激しく揺さ振ったアンダルスは、もう二度と彼が目覚めないことを知っていた。だが、諦めたくはなかった。「ルチア様、死んでなんかいないですよね?まだ、温かいんだもの・・」「そうよね・・嘘に決まっているわ・・」エルムントの死を目の当たりにしたルチアは、そう言ってアンダルスを慰めたが、彼が死んでいることは明らかだった。「起きてください、お師匠様。お師匠様がいない世界で、俺はどうやって生きればいいんです?」アンダルスはそう言うと、エルムントの身体に覆い被さって泣いた。それはまさに、慟哭といってもよいほどの、激しい魂の叫びだった。「ルチア様、その血は・・」「エルムントが、死んだわ。」エルムントの返り血でドレスを汚したルチアが放った言葉を聞いたレオンは、絶句した。「彼は今何処に・・」「アンダルスと一緒よ。暫く彼をそっとしておいてあげましょう。」「着替えの用意をしてまいります。」エルムントの訃報を聞いても表情を変えずに、レオンはそう言ってルチアの部屋から辞した。(エルムント殿・・)レオンの脳裏に、エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、桜色の唇から美しい詩を紡ぎ出すエルムントの姿が浮かんだ。彼は稀代の吟遊詩人でもあり、この国の宝であった。その死の知らせを受けて、レオンは立っていられないというのに、それを目の当たりにしたアンダルスとルチアはきっと激しく動揺しているに違いない。(エルムント殿・・安らかにお眠りください・・)エルムントの冥福を祈る以外、レオンは出来ることがなかった。にほんブログ村
2015年03月14日
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数日後、父方の叔母であるビュリュリー伯爵夫人の計らいにより、アンダルスと彼の実父・ユーリスは夕食を共に取ることになった。「何から話したらいいんだろうか・・」「叔母から聞きましたが、母はあなたと身分違いの恋に落ち俺を産んだと。その経緯を教えてくださいませんか?」「ああ、構わないさ。少し気分が悪くなると思うが・・」ユーリスはシャルロッテとの出会いから、彼女と駆け落ちするまでの経緯をアンダルスに話した。「彼女とは本気だった。それは間違いじゃない。」「そうでしょうね。遊びだったら俺は生まれなかった。母があなたを愛していたから、本気だったから彼女は俺を産んだ。そのことについて、あなたには感謝しています。けれど、あなたには父親とは思っておりません。」「そうか・・」ユーリスはそっとアンダルスの手を握ろうとしたが、彼はそれをさせなかった。「これで、失礼致します。」アンダルスはさっと椅子から立ち上がると、ダイニングから出て行った。 ビュリュリー伯爵邸から出たアンダルスは、その足でガブリエルが居る兵舎へと向った。だが、そこには彼は居なかった。「あの、すいません・・」「アンダルス様、ガブリエル様でしたらご実家にいらっしゃられますよ。」「彼が実家に?」顔見知りの兵士からガブリエルが実家に居ると聞いたアンダルスは、彼の実家へと向おうとした。「こんな時間に何処へ行くつもりだい?」馬に鞍をつけていると、闇の中からシルバーブロンドを靡かせた司祭がアンダルスの前に現れた。「あんたには関係ないだろう?」「おおありさ。わたしはビュリュリー伯爵家に仕えているからね。」ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの双眸でアンダルスを見た。「ビュリュリー伯爵家に仕えているって、どういうこと?」「そんな事をいちいち君に教えてあげないよ。それよりも今は、ガブリエルの実家には行かない方がいいよ。」「ご忠告どうも。」アンダルスはダリヤの忠告を無視してガブリエルの実家へと向かった。「全く、愚かなガキだ・・」ダリヤは溜息を吐くと、ある場所へと向かった。「ダリヤ、待ちくたびれたぞ。」「お久しぶりです、旦那様。」顎鬚(あごひげ)を撫でながら、男はダリヤに向かって好色な視線を送った。「間諜の仕事はどうだ?」「うまくいっておりますよ。長年生死不明とされていたシャルロッテ様の遺児を発見いたしましたし・・」「そうか・・確か名前は、アンダルスといったな?宮廷お抱えの舞姫が由緒正しき高貴なるビュリュリー伯爵家の人間だとは、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。」「ええ、本当に。」ダリヤはそう言うと、エメラルドグリーンの瞳を輝かせた。 数日後、ダリヤはエルムントを自室に呼び出した。「なんでしょう、お話とは?」「あなたはアンダルスがビュリュリー伯爵家の人間であることはとうにご存知ですよね?その事について、あなたに話があるのです。」「話とは、一体・・」「つまり、こういうことですよ。」ダリヤが口端をゆがめて笑ったかと思うと、隠し持っていた短剣をエルムントの腹部に突き立てた。「な・・ぜ・・」「あなたが居ては邪魔なのですよ、エルムント殿。あなたが居る以上、アンダルス様に里心がついてしまう。厄介な問題がさらにややこしくなるのは御免被りたいですからねぇ。」飄々とした口調でそう話しながら、ダリヤはそのまま短剣の刃でエルムントの腹部を深く抉った。「エルムント、何処に行ったのかしら?アンダルス、あなた知らない?」「いいえ。」「そうだ、ダリヤにクッキーを味見させると約束したのよ。一緒に彼の部屋へ行きましょう。」「そうですね。」にほんブログ村
2015年03月14日
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「アンダルス、会いたかった・・」突然部屋に入ってきた男はそう言うなり、アンダルスに抱きついた。「まさかお前が生きていたとはね。あの時、死んだのかと思っ・・」「俺に気安く触んな!」アンダルスは自分の髪を撫でようとする男の手を邪険に振り払った。「今まで俺を散々放っておいて、今更父親面すんな!俺が今まで・・どんな思いで生きてきたか、知らないくせに!」アンダルスの脳裏に、“忌み子”と蔑まれ、村人達に罵られた過去が甦ってきた。 両親の顔も知らぬ、金髪紅眼の呪い子。神父も、村人達も、果ては孤児院の院長までもがアンダルスを厄介者扱いした。アンダルスは村から逃げ出し、路上で芸を売りながら飲まず食わずの生活を送った。犯罪組織に捕らわれて奴隷にされそうになった自分を救ってくれたのは、エルムントだ。自分を弟子とし、絶え間ない愛情を注いでくれたのも彼だ。決してこの男ではない。「あなたがどなたかは存じ上げませんが、少しアンダルスに時間をくださいませんか?たった今この子は真実を知ったばかりで、動揺しているのです。」「構わないわ。今日はもうお帰りなさい。」ビュリュリー伯爵夫人はそう言うと、アンダルスの頬をそっと撫でた。「あなたにとっては残酷な事実よね。今すぐにとは言わないわ、ゆっくり考えてどうしたいかわたくしにおっしゃい。」「はい、奥様。失礼いたします。」アンダルスはエルムントとともに、部屋から出て行った。「アンダルス・・」「お師匠様は、ずっと俺を置いてくださいますよね?」ビュリュリー伯爵邸から出て街を歩いていたアンダルスは、そう言ってエルムントを見た。彼は苦悶の表情を浮かべていた。わが子のように愛情を注いでいた弟子が、貴族の子どもであるという事実を知った今、彼はアンダルスをどうしようか迷っているのだ。 自分の手元に置くべきか、伯爵家に引き渡すのか。その選択を、彼は今迫られているのだ。「お師匠様・・」「・・わたしは一度も結婚せず、家族も居ません。ですが、お前を実の子同様に愛情を注いできたつもりです。お前は、わたしの事をもしも・・」「俺は、お師匠様のことを家族だと・・実の父だと思って今までお師匠様と旅をしてきました!それは宮廷お抱えとなった今でも変わりません!だからどうか・・俺を伯爵家に引き渡すなんて言わないで!」アンダルスの言葉を聞いたエルムントのエメラルドグリーンの瞳が、大きく揺らいだように見えた。「アンダルス・・」ほっそりとしたエルムントの手が、自分の腰に回るのを感じたアンダルスは、堪え切れずに彼の胸に顔を埋めて泣き出した。「あなたと会えて、嬉しかった・・いつか別れなければならないと、袂を分かつ時が来ることを覚悟していたのに・・それが、こんなにも早くなるだなんて・・あなたを、手放したくないのに・・」自分の髪が湿った感触がして、エルムントも泣いていることにアンダルスは気づいた。「あの子は、俺のことを嫌っていたな・・」「当たり前でしょう?あの子はあなたを拒絶するほど辛い思いをしてきたのよ。父子としての対面は果たせたけど、これで終わりだとは思わないで。」 一方ビュリュリー伯爵邸では、夫人とアンダルスの父親・ユーリスが今後の事―アンダルスのことについて話をしていた。「お産の時に、シャルロッテとともに死んだと、あなたから聞きましたが、あれは嘘だったんですね?」「ええ。醜聞を嫌う義父が、家の者に命じてあの子を地方の村へと捨てるように命じたのよ。その者に一生遊べる金と引き換えにアンダルスについて決して口外しないという条件でね。」伯爵夫人はそう言うと、閉じていた扇子を再び開いた。にほんブログ村
2015年03月14日
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「ガ、ガブリエル様・・」「知らぬとは言わせないぞ。あの女はわたしの妻が自害するまで、精神的に追い詰めた張本人だ!」ガブリエルの漆黒の瞳が、怒りで一瞬滾った。 彼の妻は、ガブリエルの家と釣り合いの取れる貴族の令嬢だった。金髪紅眼の、笑顔が可愛い妻だったが、彼女の鷹揚さが婚家では仇となってしまった。 ガブリエルの母・エウリケは、自分が推す貴族の令嬢と結婚せず、薄気味悪い目をした女を息子が嫁に貰ったことに腹を立て、ガブリエルが軍務で忙しい時を見計らって妻に陰湿な嫌がらせをした。 世間知らずで鷹揚な性格であった彼の妻は、姑の仕打ちに次第に心を病むようになり、ある日ついに彼女は自室で首を吊って自殺した。その妻の遺体を、遠征から帰還したばかりのガブリエルが発見したのであった。妻の死、そしてそれを招いた母親の、妻に対する仕打ちを知ったガブリエルは結婚など二度としないことを決めた。エウリケとは絶縁はしないものの、家庭内では妻の死以降一切口を利いていなかった。「わたしは結婚などしない。再婚でもすれば、またわたしの妻があの魔女に取って喰われてしまうからな。」「ガブリエル様・・奥様をもうお許しになってはいかがでしょう?」「いや、許さない。あの女が死ぬまではな。」 老執事と息子との遣り取りを廊下で聞いていたエウリケは、息子に見限られたことを始めて知り、呆然と廊下に立ち尽くしていた。 一方、師匠エルムントとともに、アンダルスはビュリュリー伯爵家を再び訪れていた。「アンダルス、また来てくださってありがとう。」「またお招きいただいてありがとうございます、奥様。こちらは僕のお師匠様の、エルムントです。」エルムントはアンダルスに紹介され、伯爵夫人に向かって宮廷式の礼をした。赤銅色の彼の髪が、ふわりと風に靡いた。「あなたが宮廷の方々を虜にさせているという、吟遊詩人さんね?」「初めまして、奥様。わたしの弟子がお世話になっております。」「お世話になっているのはこちらの方よ。さぁ、あちらに掛けてくださいな。今日あなた方をお呼びしたのは、話したいことがあるからです。」伯爵夫人は笑みを崩さずに、2人とともに温室へと入った。「こちらなら、誰にも聞かれる事はないわ。」そう言って2人に振り向いた彼女の顔からは、笑みが消えていた。「奥様、お話とはなんでしょうか?」「アンダルス、あなた、両親は居ないと言ったわよね? それは本当なのね?」「は、はい・・」アンダルスの答えに、伯爵夫人は溜息を吐いた。「良くお聞きなさい、アンダルス。あなたのお母様は、このビュリュリー家の令嬢だった方なのです。」「え・・」突然告げられた真実に、アンダルスはただただ呆然とするしかなかった。「わたくしの義妹・・つまりあなたのお母様は、身分違いの恋をしてこの家を勘当された後あなたを産んだの。つまりあなたは、このビュリュリー伯爵家の人間ということなのよ。」「では奥様は、僕の義理の伯母様なのですか?」「そうね。」アンダルスはちらりと隣に立っているエルムントを見ると、彼は少し蒼褪めていた。「奥様、何故僕の母はこの家から勘当されてしまったのですか? 僕の父親は一体誰なのですか?」「あなたの父親は、あなたが生まれる前に、行方不明となりました。彼は音楽の才能に長けていて、音楽家としての将来を振って、あなたのお母様と駆け落ちしましたが、列車事故に遭って以来、行方が知れません。」「そうですか・・」自分が貴族の子息であるという衝撃の真実を知り、アンダルスは呆然としていた。「カモミールティーをお飲みなさい。少しは気分が落ち着くでしょう。」「は、はい・・」テーブルの上に置かれたハーブティーを口にしようとアンダルスはティーカップを持ったが、手が震えてなかなか飲む事が出来なかった。「奥様、お客様が・・」「後になさい。」「ですが・・」「お久しぶりです、奥様。」温室の扉が突然勢いよく開かれ、プラチナブロンドの髪を靡かせた長身の男が入って来た。「あなた・・死んだ筈では・・」伯爵夫人は、男を見るなり驚愕の表情で彼を見つめた。彼の正体は、先ほど彼女がアンダルスに話した、彼の行方不明の父親だった。にほんブログ村
2015年03月07日
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「こんな最果ての地にも、美しい花があるとはね。」 ルチアが自慢の庭園に未来の夫であるアレクサンドリアを連れて行くと、彼の口から出た感想は素っ気ないものだった。 敵国である皇子・アレクサンドリアと、その妹姫・マリアがこの宮殿に滞在してから既に1週間が過ぎていたが、その間ルチアとアレクサンドリアの距離は縮まるどころか、深い溝が生じ始めていた。 才能あるものなら身分を問わず宮廷に召し上げ、出自や家柄に拘らない自由主義のルチアと、皇族であることに誇りを持ち、それに鼻をかけ、貴族や聖職者といった特権階級としか付合わない権力至上主義、保守主義のアレクサンドリアとは全く価値観が合わず、周囲は、“いくら政略結婚といえど、互いが不幸になるのではないか”と囁かれる程、2人の関係は悪化の一途をたどっていった。(わたくし、この方が嫌いだわ・・) やけに自信家で、ナルシストで、何かと言えば己の出自を鼻に掛ける婚約者を、ルチアは心底嫌っていた。「アレク様、今週末狐狩りがありますの。ご一緒にいかがかしら?」「狐狩りですか・・生憎わたしはその日は予定がありますので。」「あら、そうでしたの。残念でしたわね。」ルチアはそう言ったっきり、それから一言もアレクサンドリアと会話を交わさないまま、庭園で別れた。「ルチア様、アレクサンドリア様とはいかがでしたか?」「別に。彼とは余り話すことはないわ。それに、あの人嫌い。」ルチアは紫紺の瞳に憂いを帯びながら、レオンを見た。「そうですか・・狩りにはお誘いしたのですか?」「したけれど、その日は予定が入っているんですって。恐らくどこぞの歌劇場の歌姫としけこむおつもりなのでしょうね。」辛辣な口調でルチアはそう蓮っ葉な事を言いながら、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。「ルチア様、今回の縁談には乗り気ではないのですね?」「勿論よ。まぁ、あの人の妹とは気が合うけれど。」ルチアがこれ以上アレクサンドリアの事を話したくないような顔をした時、ドレスの裾を摘んでアレクサンドリアの妹・マリアがルチア達の元へと駆け寄ってきた。「ルチア様、こちらにいらしてたのですね!」「まぁ、マリア様。ご紹介いたしますわ、こちらはわたくしの騎士のレオナルド、レオンですわ。」「初めまして、レオナルドと申します。」レオンがそう言ってマリアに頭を下げると、マリアは嬉しそうに笑った。「ルチア様、今週末の狩り、ご一緒しても宜しいかしら?」「ええ、喜んで。レオンも参加するわよね?」「はい。」アレクサンドリアとは対照的に、ルチアはマリアと始終笑顔で雑談していた。マリアはルチアと共通の趣味を持っており、ルチアを姉のように慕っているので、ルチアの方も実の妹のように彼女を可愛がっていた。(アレクサンドリア様とルチア様は、相容れないかもしれない・・)ルチアとアレクサンドリアに明るい未来が訪れないことに、レオンは薄々と感じていた。 一方、王宮から離れた高級レストランの一室で、ガブリエルは嫌々ながらも縁談相手と見合いをしていた。相手はヒルデ=シュタイハットといい、ダークブロンドの髪にモスグリーンの瞳をした美しい令嬢だったが、一言話してガブリエルは彼女が傲慢な性格であることが解った。「ガブリエル様、今週末ルチア様が狐狩りを催されるそうですわ。もしよければ、ご一緒に・・」「申し訳ございませんが、先約がありますので。では失礼。」デザートを待たぬ内にガブリエルはそう言って椅子を引いて立ち上がると、憮然とした表情を浮かべているヒルデを残してレストランから出た。「ガブリエル、先方から苦情が来ましたよ。あなた、ヒルデさんのお誘いをお断りしたんですって?」「ええ。わたしは彼女に一目合った時から彼女の事が嫌いになりました。今後一切縁談をわたしに持ち込むのはおやめ下さい、母上。」玄関ホールで呆然と立ち尽くす母親を残し、ガブリエルは自室へと向かうと愛用のソファに寝そべって溜息を吐いた。「若様、また奥様がご縁談を?」幼少のころから自分に仕えている老執事が部屋に入って来てそう尋ねると、ガブリエルは前髪を鬱陶しそうに掻きあげた。「ああ。全く、腹が立つ。」「奥様はこのまま若様が家督を継がぬのだろうかと、ご心配されておいでです。」「ハッ、良く言う! ローゼンフェルトの血を絶やさぬ為の、言い訳に過ぎん! あの女の所為で、どれほど妻が苦しんだか・・お前も知らぬ訳がないだろう?」ガブリエルに鋭い言葉を投げつけられた老執事は、顔を岩石のように強張らせた。にほんブログ村
2015年03月07日
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「あ~、楽しかった。映画なんて生まれて初めて観たけど、あんなに楽しいものだとは思わなかったよ!」映画館を出たガブリエルは、はしゃぎながら隣で話すアンダルスを見つめながら歩いていた。彼と出逢ってからまだ半年にも経たないが、これ程までにガブリエルの心を掴んで離さない者は、死別した妻以外誰一人として居なかった。 舞姫として宮廷に上がる庶民のアンダルスは、貴族である自分にはない、身分に囚われることなく物事を捉える彼の考えや、さばさばとした物言いにガブリエルは好感を持っていた。本音と建前、笑顔の仮面の下に憎悪を隠しながら社交界でそれらを使い分けている貴族達とは全然違う。自由奔放でありながらも、時折冷静に物事を見つめるアンダルスは、舞姫としても人間としても尊敬できる。「どうしたの、突然黙っちゃってさ?」アンダルスが真紅の双眸で見つめながら、ガブリエルを見た。「いや、なんでもない。それよりもアンダルス、奥様と何を話してたんだ?」「ああ。色々とね。ただ奥様の旦那さんが訳解らないこと突然言い出してさぁ。」「訳のわからないこと?」「なんでも“お前は死んだ筈なのにどうしてここにいる?”とか言いやがってさぁ。確か・・誰かと僕を間違っていたようだけど。ああ、シャルロッテっていう人と・・」「シャルロッテ? 確かに伯爵はそう言ったのか?」「うん。どうしたの?」(シャルロッテ・・確か奥様の義妹に当たる方。)何度かビュリュリー伯爵家の醜聞を社交界で聞いた事があるが、詳しい内容は思い出せなかった。だが、その醜聞の主人公の名は、確かシャルロッテ―ブリュリー伯爵の実妹だった。「いや、何でもない。」「変なの、あんた質問ばっかりしてさ。あ~、それにしても髪が鬱陶しくて堪らないや! リボンでも紐でも、何か結ぶもん持って来るんだったなぁ~」輝く金髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、アンダルスは溜息を吐いた。「これを使え。」ガブリエルがそう言ってアンダルスに差し出したのは、純銀に真珠をあしらった髪留めだった。「こんな高価なもん、貰っていい訳?」「ああ。必要ないからな。」「ありがとう、助かったよ。」アンダルスは腰下までの髪を簡単に纏めると、ガブリエルから貰った髪留めを挿した。「これで少しはマシになったかな。」「ああ。じゃぁ、また。」「送ってくれてありがとう、また宮廷でね、ガブリエル。」アンダルスは手を振ると、ガブリエルの元から去って行った。 ガブリエルは恋人の背中を見送ると、自宅へと戻った。「ガブリエル、今日は遅かったわね?」玄関ホールに入ると、母親が螺旋階段から降りて来てガブリエルを迎えた。「今日はビュリュリー伯爵のミニコンサートに行って参りました、母上。こんな遅くまでわざわざ起きてわたしを待っていなくても・・」「いいえ。ガブリエル、あなたにはとっても良いお話があるのよ。」またか―母親の口から“良いお話”という言葉が出れば、それは縁談話だとガブリエルはここ数年察していた。「母上、申し訳ありませんが・・」「あなた、一生ひとり身で居るつもりなの? そろそろ身を固めて頂戴な。」母親の小言を聞き流しながら、ガブリエルは自室へと上がった。背中の後ろでひとくくりにしていた黒髪を下ろし、彼は溜息を吐きながらシーツの上へと身を投げ出した。 妻と死別して以来、結婚は一度きりでいいと決めていた。もうあんな哀しい思いをするのは嫌だと、彼は決意したからだ。だが母はしきりにガブリエルに対して再婚を勧めて来る。息子を想う母心故なのかもしれないが、ガブリエルにとっては迷惑なお節介以外の何物にもならなかった。母にアンダルスの事を話す訳にはいかないし、話せば反対されると解っている。(何とかして、母上の暴走を止めないと・・)ガブリエルはゆっくりと目を閉じ、眠りに就いた。にほんブログ村
2012年04月23日
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「何故、お前がここに居るんだ、シャルロッテ! お前は死んだ筈だろう!」 ビュリュリー伯爵はアンダルスを指しながら、怒りと驚き、そして恐怖が綯い交ぜになった表情を浮かべながらそう叫んだ。「シャルロッテって、誰ですか?」「ごめんなさいね、アンダルスさん。この人は少し混乱しているのよ。どうやら、死んだ妹が生き返ったって思っているみたいなの。」伯爵夫人は慌てふためく夫を前にして平静な表情を崩さず、そう言うとアンダルスを見た。「あの、僕はこれで失礼を・・」「引き留めてしまって悪かったわね。さぁ、早くお帰りなさい。」「は、はい・・」アンダルスは伯爵の態度に戸惑いながらも、部屋から出て行った。「おい、あの子は一体誰なんだ!」「誰って、あなたの妹が産んだ息子ですわ。アンダルスっていって、ルチア様や皇帝陛下のお気入りの舞姫ですよ。ご存知ないのかしら?」伯爵夫人はそう言うと、馬鹿にしたような目で夫を見た。「じゃぁあの子は、本当に・・」「ええ。あの子は、わたくしにとっては甥っ子にあたりますわ。シャルロッテがあんな可哀想な目に遭ってから、あの子が産んだ子が今どうしているのか気になって・・まさか、あの可愛い舞姫さんがあの子の息子だとはねぇ・・」伯爵夫人は扇子を口元に持って行くと、ビュリュリー伯爵は彼女を睨みつけた。「お前は一体、何を企んでいるんだ?」「何も企んでなどいませんわ。わたくしはあの子に真実を告げたかっただけですわ。」彼女はそう言うと、夫を笑った。(ガブリエル、何処に居るのかなぁ・・) 伯爵夫人の部屋から出たアンダルスはガブリエルの姿をパーティー会場で探したが、彼は何処にも居ない。「君、どうしたの?」肩を叩かれ、アンダルスが振り向くと、そこにはプラチナブロンドの巻き毛を揺らした少年が立っていた。「ああ、連れの姿が見当たらなくて・・」「もしかして、彼なら映画を観に行ったんじゃないかな?」「映画?」「ミニコンサートの後、映画を上映するんだよ。僕が案内してあげるよ。」「ありがとう。君の名前は? 僕はアンダルスだけど。」「アレンだよ。」アレンの案内で、アンダルスはビュリュリー伯爵邸の離れにある映画館へと向かうと、そこのロビーにはガブリエルの姿があった。「ガブリエル!」「アンダルス、済まなかったな。」「いや、いいよ。それよりも、そろそろ上映が始まるから入ろうか?」「うん、解った。アレン、案内してくれてありがとう。」「映画、楽しんでね。」アレンはそう言ってアンダルスに背を向けると、映画館から出て行った。「何の映画が始まるの?」「さぁな。それよりも奥様と何を話したんだ?」「奥様と話そうとしたら、いきなり伯爵様が入って来て、訳のわからないことを口走って・・お前は死んだ筈だとかなんとか・・」「そうか。」ビュリュリー伯爵がアンダルスを見た時の反応を彼から聞いて、伯爵夫妻はアンダルスに何かを隠していることにガブリエルは気づいた。今すぐにでも彼らをその事で問い詰めたかったが、映画が終わるまで待った方が良い。「食べる?」売店で買ったとうもろこしの揚げ菓子を目の前に突きだされたガブリエルは、その菓子が放つ独特の臭いに顔を顰めた。「いや、いい。」「なんだ、美味しいのに。」アンダルスはそう言うと、揚げ菓子を口に放り込んで美味そうにそれを噛んでいた。(あんな油っぽい、変な臭いがする菓子の何処が美味いんだ!)ガブリエルは思わず悪態を吐きたくなったが、それをぐっと堪えて映画に集中する事にした。 やがて辺りが暗くなり、白いスクリーンに鮮明な映像が映し出された。初めて映画というものを観たアンダルスは、興奮で目を輝かせながらその映像にじっと見入っていた。にほんブログ村
2012年04月23日
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「あ、すいません。」 ガブリエルが振り向くと、そこにはプラチナブロンドの巻き毛を揺らし、蒼い双眸で自分を見つめるビュリュリー伯爵の愛息・アレンが彼を見つめていた。「いや、大丈夫だ。」「あの、あなたはもしかして、ガブリエル=ローゼンフェルト様ですか?」「ああ、そうだが・・」「こんな所であなたにお会いできるなんて、まるで夢のようです! 初めまして、アレンです!」「ガブリエルだ、宜しく。」「ガブリエル様は確か、龍騎士団に所属しておりましたよね? あなたの武勇伝は色々と聞いております。」「そうか。」龍騎士団に所属していたことはもうガブリエルの中では過去となっていたが、目の前に立っているアレンは違うらしい。「色々とお聞きしたいです。ガブリエル様が戦場でどんなご活躍をされたのか、それと、奥様についても・・」「ああ、その話はまた今度の機会にしよう。先約があるので失礼。」ガブリエルはアレンを軽くあしらうと、彼の母親の元へと向かった。「あ~あ、もっとお話ししたかったのになぁ。」アレンは溜息を吐くと、近くのテーブルに置いてあったバゲッドを取り、それを一口大にちぎると口に放り込んだ。「奥様、本日はお招きいただきありがとうございます。」「ガブリエル、ようこそ。こちらはわたくしの友人の、アドリアンよ。」「アドリアンです、初めまして。」「ガブリエル=ローゼンフェルトです。」「あなたのお噂は社交界で何度かお聞きしておりますよ。“戦場の黒き龍”・・あなたが龍騎士団に居らっしゃった時、そう呼ばれておりましたね。」「ええ。それよりもアドリアン様、伯爵夫人とはどのようなご関係で?」「皇帝陛下主催の謝肉祭で出会ったのよ。それ以来彼とは良い友人同士なのよ。」伯爵夫人はそう言って笑ったが、その笑みには何か隠されているとガブリエルは感じていた。 一方、社交場に初めて出たアレンは、欠伸をしながら大人達の退屈な会話を聞いてた。(あ~あ、つまんないや。)本当はこのような場には出たくはなかったのだが、父・オーギュストはアレンが正式に社交界にデビューする前に社交場へ出した方が良いという考えだったので、こうして無理矢理アレンは社交場に出されたのだった。(右を見ても左を見てもおっさんばかり・・)アレンが溜息を吐いていると、輝くようなブロンドの髪が風に靡くのが見えた。彼から少し離れた場所に、腰下まで伸ばしたブロンドの髪を揺らしながら、1人の少女がバゲットを一口大にちぎって食べていた。裾に、ルビーを鏤めたドレスを纏った彼女は、招待客と談笑していた。上質の紅玉のような真紅の双眸に、アレンは魅せられた。一体彼女は誰なんだろう―彼がじっと少女を見つめていると、ガブリエルが彼女の方へと駆け寄ってきた。「アンダルス、俺の言いつけ通りにしているか?」「ああ。貴族の旦那達の前で襤褸は出せないよ。もう時間だろう? 行こうか。」ガブリエルと親しげに腕を組みながら歩いていく少女を見たアレンは、彼女とガブリエルはどのような関係にあるのだろうかと、興味を持ち始めた。「アレン、何しているの? もう皆さんお待ちですよ。」「はい、お母様。」母親にしかられそうだったので、アレンは慌ててミニコンサートの会場へと向かったが、あの少女の事が彼の頭から離れないでいた。 ミニコンサートは著名な音楽家や芸術家の卵が出演しており、招待客隊は彼らの演奏に拍手を送った。「アンダルス、邸の中へ入りましょうか?」「はい。」伯爵夫人とともに邸の中へと入ったアンダルスの背中を、ガブリエルは静かに見送った。「あの、お話とは何ですか、奥様?」「実はね、あなたの実のお母様の事なのだけれど・・」伯爵夫人は、ゆっくりとアンダルスに真実を告げようと、次の言葉を継ごうとした。だがその時、部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の男が入って来た。「あなた、何かご用ですの? ノックもなさらないなんて。」伯爵夫人は呆れながら夫を見ると、彼は妻ではなくアンダルスに視線を向けた。「お前は・・まさか・・」ビュリュリー伯爵は、わなわなと口を震わせながら、アンダルスを指した。にほんブログ村
2012年04月23日
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「お呼びでしょうか、奥様?」「入って頂戴。」夜会の後、ビュリュリー伯爵夫人は自室で寛いでいると、ある人物が漸くやって来た。「遅かったわね。何か問題でもあったのかしら?」「いいえ。少々手間取りまして・・これが、ご依頼されていた書類です。」「そう、有難う。」伯爵夫人は、目の前に立っている若い僧侶を見た。彼は教会に所属する聖職者ではあるが、裏では間諜として暗躍していた。「失礼ですが奥様とあの舞姫とは一体どのようなご関係で?」「ほほ、野暮な事を聞くものね。わたくしはただ、あの子が気に入って支援したいだけの事なの。まぁその前に、あの子がどういった子なのか調べたかったのよ。ただそれだけのことよ。」伯爵夫人は、そう言って金貨が詰まった袋を僧侶に手渡した。「もう下がりなさい。女中にあなたの姿を見られたら・・」「では失礼致します、奥様。」僧侶は伯爵夫人に向かって一礼すると、フードを目深に被り部屋から出て行った。「さてと・・」僧侶が去った後、伯爵夫人は彼から渡された書類を捲り始めた。「失礼致します、奥様。お茶をお持ちいたしました。」「そこへ置いておいて頂戴。」「かしこまりました。」女中が下がると、伯爵夫人は書類に一通り目を通した。「やっぱり、あの子は・・」彼女はぼそりと何かを呟くと、結っていた髪を下ろして寝室へと向かった。「うわぁ~、豪勢なパーティーだねぇ。」夜会から数日後、ビュリュリー伯爵邸で行われるミニコンサートに招待されたアンダルスは、テーブルの上に所狭しと並べられている豪勢な料理や菓子を見て口笛を吹いた。「いいか、アンダルス。ここは貴族の集まりで・・」「はいはい、“常に礼儀正しく、言葉遣いに気をつけろ”でしょ? あの皇子様みたいに嫌な奴に目をつけられたくないから、大人しくしているよ。」「本当か?」ガブリエルが疑わしい視線をアンダルスに送ると、伯爵夫人が彼らの方へと駆け寄ってきた。「今日は我が家のミニコンサートにようこそ。アンダルス、ガブリエル、今日は楽しんで頂戴ね。」「ええ、奥様。本日はお招きいただいてありがとうございます。」アンダルスはそう言って彼女の手の甲に接吻した。「ねぇアンダルス、コンサートの後でお話があるの。お時間あるかしら?」「ええ。」伯爵夫人はアンダルスに微笑むと、他の招待客達の方へと向かった。「奥様。」「あら、いらしていたの。あの子ならあちらにいるわよ。」「あれが、ルチア様お抱えの舞姫ですか。なるほど、良く似ておられる。」僧侶はフード越しにアンダルスを見つめると、伯爵夫人の方へと向き直った。「彼はまだ知らないのですか?」「ええ。後でわたくしから話をするわ。まさか義妹の子が男でありながら舞姫として宮廷で華を咲かせるだなんて、わたくしも主人も思いもしなかったわ。」伯爵夫人は、口元を扇子で覆いながら笑った。「奥様、旦那様には・・」「あの人には話すつもりはないわ。義妹と主人は実の兄妹でありながら犬猿の仲でしたもの。憎い妹の子に家督を奪われるような事があったら我慢ならないでしょうよ。」伯爵夫人がそう言った時、彼らの前に一人の少年が駆けて来た。「母様、こんな所にいらしたの?」「あら、アレン。お客様への挨拶はもう済ませたの?」「はい。」プラチナブロンドの巻き毛を揺らしながら、ビュリュリー伯爵家嫡子・アレンはそう言って母親を見た。「わたくしはこちらの方とお話があるから、お客様とお話しておきなさい。」「はい。」アレンが客達の方へと駆けていくのを見送った伯爵夫人は、僧侶の方へと向き直った。「さてと、話の続きをしましょうか?」「ええ、奥様。」彼らの間に、ごうっと風が唸りを上げて通り過ぎた。(盛況だな、名門貴族のミニコンサートとはいえ、招待客は政財界の著名人ばかりだ。)ガブリエルがシャンパングラスを片手に招待客達を観察していると、彼は誰かとぶつかった。にほんブログ村
2012年04月23日
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ルチアはアレクサンドリアの態度にムッとしながら、彼と踊り続けた。「ルチア様のお母君は、南国育ちの姫君とか? こんな僻地に嫁がれて、さぞやご苦労なさったことでしょうね?」「いいえ。父が何かと母を気に掛けてくれましたわ。それよりもミリア伯母様はお元気かしら? 最近お手紙が途絶えてしまって、心配しているんですの。」アレクサンドリアの母で、エステア王国王妃であるミリアとルチアは、密かに文通をしていたが、最近ミリアからの文が途絶えてしまい、ルチアは気になってアレクサンドリアにそう尋ねると、彼は渋い顔をした。「母は、少し体調を崩しているのです。」「そうですの、では早く良くなってくださいと宜しくお伝えくださいな。」「ええ、必ず・・」彼のラヴェンダーの双眸が少し翳ったことに、ルチアは気づかなかった。「ダンス、楽しかったですわ。御機嫌よう。」ルチアはダンスが終わると、アレクサンドリアからさっと離れてアンダルス達の方へと向かった。「あらルチア様、アレクサンドリア様とはもう踊らないんですか?」「ええ。だってあの方、好きではないんですもの・・何だか自分より地位が低い者を見下したような物言いをなさるから。」ルチアは扇子を口元に当てると、そう言って溜息を吐いた。「ルチア様は人を見る目がありますねぇ。ああいう奴って、自分が何にも出来ない癖に親の威光を笠に着てやりたい放題するんですよねぇ。」アンダルスが扇子を開いて弾けるように笑うと、ガブリエルが彼の肩を叩いた。「どうしたの?」「余りこのような場でそういう事を言うものではない。」「まぁ、本当の事だから本人の耳にでも入ったら大変だよね。」ガブリエルの忠告を軽く無視しながら、アンダルスはからからと笑った。 その時、カツカツと甲高い靴音が聞こえたかと思うと、ルチア達の背後に険しい表情を浮かべたアレクサンドリアが立っていた。「皆さん楽しそうにお話ししておりますね。是非わたくしもお聞きしたいです。」そう言いながら笑っているアレクサンドリアであったが、ラヴェンダーの双眸は怒りで燃えていた。「いえいえ、ちょっとした世間話ですよ。」アレクサンドリアを軽くあしらおうとしたアンダルスであったが、その態度がアレクサンドリアの癪に障ったらしい。「あなたは確か、舞姫と呼ばれている方ですよね? 平民であるあなたが、何故このような場に?」「僕はルチア様と国王陛下のお抱えなものでして。嘘だと思うならこの場で一差し舞って差し上げましょうか?」ガブリエルがすかさずアンダルスを止めようと彼の腕を引いたが、彼の真紅の双眸には怒りの炎が宿っていた。「ガブリエル、ちょっと借りるね。」アンダルスはそう言うなり、ガブリエルが腰に帯びていた長剣を抜くと、それを天高く掲げた。少しでも間合いを間違えれば鋭い刃で大怪我をするところであるが、伊達に幼い頃から舞の才能に秀でているアンダルスであり、長剣をまるで扇子のように軽々しく扱い、荒々しい戦場を激しくも美しい舞で表現した。―あれは、戦場の舞・・―誰一人として完璧に舞える者がいないという舞を・・―やはりルチア様がお目に掛けたことがありますわね。「まぁ、アンダルス、素晴らしかったわ。」舞を終えたアンダルスに声を掛け、彼に拍手を送ったのは、ビュリュリー伯爵夫人だった。「ありがとうございます、伯爵夫人。」「あなたには天賦の才能がおありなのね。ミニコンサートが今から楽しみでしかたないわ。」ビュリュリー伯爵夫人はちらりとアンダルスを陥れようとして目論見が外れ、怒りで顔を赤く染めたアレクサンドリアを見つめながら言った。「いいえ。まぁ、アレクサンドリア様に平民といえども国王陛下のお眼鏡に適う者ならば庇護してくださるということが証明されましたからね。」アンダルスが勝ち誇ったような笑みをアレクサンドリアに向けると、彼は大広間から出て行った。(ふん、ざまぁみやがれ。才能さえあれば世の中どうとでも渡っていけるんだよ。) 一国の皇子の鼻を明かし、アンダルスは爽快な気分で伯爵夫人の方へと向き直り、彼女と談笑した。にほんブログ村
2012年04月23日
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「楽しかったわ、レオン。」「いいえ。ルチア様もダンスがお上手になられましたね。最初の頃はわたしの足を踏んでばかりいたのに。」「あら、そうだったかしら?」ルチアがそう言って笑った時、レオンを押し退けて一人の青年が彼女の前に立った。「初めましてルチア様、わたくしはアレクサンドリアと申します。お目にかかれて光栄です。」「まぁ、あなたがアレクサンドリア皇子? 遥々遠いところからようこそ。」エステア王国の皇子が今宵の夜会に出席すると父王から聞いていたルチアだったが、彼女はアレクサンドリアと初めて会っただけで彼の事が少し嫌いになった。「初めまして、ルチアですわ。」「美しいアメジストの瞳ですね、まるで宝石のようだ。」「ありがとう・・」アレクサンドリアから自分の容姿を褒めらったというのに、何故かルチアは嬉しくなかった。「ルチア様、こちらにいらしていたんですか。」「あら、ビュリュリー伯爵夫人、御機嫌よう。アレクサンドリア様、わたくしこれで失礼致しますわ。」ルチアはアレクサンドリアの横をすっと通り過ぎると、夜会に出席していた貴族達に挨拶した。「あれ、あいつ誰?」「知らないのか、アンダルス。あいつはエステア王国第1王子・アレクサンドリア様だ。」「へぇ~、あれが本物の皇子様か。何だかお高くとまってない?」アンダルスはそう言って鬱陶しそうに前髪を掻き上げると、ガブリエルを見た。「まぁな、余り良くない噂が流れているらしい。たとえば・・」「あら、誰かと思ったらガブリエル様ではないこと?」先ほどまでルチアと談笑していた貴婦人がそう言ってガブリエル達の方へとやって来た。「お久しぶりです、ビュリュリー伯爵夫人。」ガブリエルはそう言って貴婦人に挨拶すると、彼女はアンダルスを見た。「あなたが最近巷で噂の舞姫さんね。」「アンダルスです、宜しく。」アンダルスはそう言って貴婦人に向かって微笑んだ。「本当に可愛らしい方だこと。あなた、ご家族はいらっしゃるの?」「いいえ。両親はもうとっくに死んでしまって、家族といえばお師匠様のエルンスト様だけです。」「まぁ、あの吟遊詩人さんの弟子だなんて、羨ましい事。今度我が家でミニコンサートを開きますから、あなたもいらっしゃいな。」「ええ、是非伺いますわ。」「ほほ、楽しみだこと。」ビュリュリー伯爵夫人は上機嫌で彼らの元から去って行った。「アンダルス、ガブリエル、来てくださったの!」「ルチア様、今晩は。」ルチアはアンダルス達の姿を見るなり、笑顔を浮かべながら彼らの方へと駆け寄ってきた。「ええ。盛況ですね。それよりもルチア様、アレクサンドリア様とはお話しなさらないのですか?」「ここだけの話だけれど、わたくし、余りあの方が好きではないの。何処か近寄りがたいというか・・」ルチアは扇を口元に持って行くと、溜息を吐いた。「ですがルチア様、アレクサンドリア様は仮にもあなたの縁談相手なのですから、無下に扱ってしまってはエステアから宣戦布告をされてしまいますよ。」「まぁ、それは嫌だわ。じゃぁ、少しだけお話ししてみようかしら。」ルチアはドレスの裾を払うと、ゆっくりとアレクサンドリアの方へと歩いていった。「ルチア様、あの王子様と上手くいくかなぁ? 何か嫌な予感がする。」「ああ。だが、本人が嫌だと言っても、国同士で結ばれた婚姻は簡単に覆すことはできないさ。」「貴族は綺麗なドレスを着て美味いもんたらふく食って贅沢な暮らし送ってるのかと思ったら、色々と複雑なんだなぁ。」アンダルスがそう言った時、楽団が音楽を奏で始めた。「さてと、もう1曲踊ろうか?」「うん。」 アンダルスとガブリエルが踊りの輪に加わり優雅なステップを踏んでいた時、ルチアもアレクサンドリアと踊っていた。「さっきあなたの隣に居たあの男は何者ですか?」「彼はわたくしの騎士の、レオンですわ。」「騎士、ですか・・」 そう言ったアレクサンドリアの言葉が、何処かレオンを馬鹿にしているような気がして、ルチアは少し腹が立った。にほんブログ村
2012年04月23日
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ルチアはコルセットでウェストを締めあげられてフラフラになりながらも、彼女が倒れぬようレオンが支えてくれたので、何とか大広間の前へと辿り着いた。「ルチア様、コルセットを緩めましょうか?」「ええ、お願い。このままだとわたくし、もう死んでしまいそうだわ。」「では、失礼致します。」レオンはそう言ってルチアの手を引き、人気のない廊下の角へと向かった。彼の手によってコルセットが緩められ、ルチアは呼吸が楽になり思わず溜息を吐いた。「ありがとう、レオン。少しマシになったわ。」「では、参りましょうか。」レオンとともに大広間に入ったルチアは、貴族達の好奇の視線に晒された。―まぁ、ルチア様はまたレオン様と・・―ルチア様は騎士様に夢中のようですわね・・―寄りにもよってこのような場所に、しかも仲良く連れたって来るとは、非常識だこと。宮廷雀達はルチアとレオンの姿を見るなり、ヒソヒソと扇子の陰で囁きをこいた。「何だかやなカンジ。レオン様はルチア様の騎士だから一緒に居ても別に何ともおかしくないのにさ。」アンダルスは眉を顰めながら大広間の隅に陣取って噂話に興じている貴婦人達をちらりと見ながら言った。「今宵の夜会はルチア様の結婚相手を探す目的で開かれたものだ。当の王女殿下が騎士を連れて来ると国王陛下が聞いたら、心穏やかではいないだろう。」「そうかなぁ、僕にとっちゃぁあの二人はお似合いだと思うけど? 何か問題でもある訳?」「大有りだ。ルチア様のご結婚は、彼女自身の問題ではなくなる。このローレル王国の問題でもあるのだからな。」「ふぅん。お偉いさん達は大変だねぇ、自由に恋愛も結婚も出来ないなんてさ。その点、僕らは自由すぎだね?」アンダルスがそう言って恋人の頬にキスすると、ガブリエルは照れ臭そうに俯いた。「今更恥ずかしがらなくてもいいでしょう? 一線を越えた仲なんだからさぁ?」彼がガブリエルにしなだれかかると、ガブリエルはそっとアンダルスの髪を梳いた。「それは解っているが、人前でイチャつくのは止めた方がいい。噂好きの暇人が色々と話を脚色してあっという間にわたし達の事を広めるからな。」「はいはい、解ったよ。」アンダルスは少し不満そうな顔をすると、ガブリエルから少し離れた。 一方、ルチアとレオンは大広間に集まっている貴族達がジロジロと先程から自分達の方を見ていることに気づいた。「何だか、見られていないかしら、わたくし達?」「それはそうでしょうね、あなた様の結婚相手探しの為の夜会に、あなた様がわたしを連れて来たのですから。」「不味い事をわたくしはしたかしら? ただわたくしはあなたと一緒に夜会に出て踊りたかっただけなのに。」ルチアはそう言うと、笑った。(この方は、いつも周囲の思惑など気に掛けず、自分のしたいように為さる。ルチア様は強い意志をお持ちの方だが、果たしてそれが・・)「レオン、あなたは結婚の事は考えているの?」不意にルチアの紫紺の瞳に見つめられ、レオンは暫し返答に戸惑った。「いいえ、わたしはまだ男として半人前ですし、ルチア様をお守りするだけで精一杯で、女性と付き合うなど考えた事もありません。」「あなた、見かけは遊び人のようだけれど、実は慎重な方なのね。まぁ、むやみに突っ走らずに物事を見極める力があった方がいいけれど。」ルチアはそう言うと、騎士に微笑んだ。(ルチア様、その笑顔がわたしだけに向けられる日は、いつまで続くのでしょうか? いずれあなたが誰かの妻になる日が来るかもしれぬというのに、わたしはあなたの笑顔が自分だけに向けられる日が永遠に続けばいいとさえ思ってしまうのです。)ルチアの笑顔を見るたびに、レオンの密かなる彼女への想いは徐々に募ってゆくばかりだったが、その想いに当の主は気づかなかった。 己の意思を常に持ち、針と糸よりも剣を持つ事が好きな王女。そんな彼女を幼時により見守って来たレオンは、今回の夜会の事を聞いて心穏やかではいられなかった。かつてルチアの母である現王妃が政略結婚の為この僻地ともいえる王国に嫁いで来たのと同じように、ルチアも意に沿わぬ相手との縁談が持ち上がり、友人や家族から離れた遠い国へと嫁ぐ日がいつか来るのだろう。マシミアン公爵家は、ローレル王家にもひけをとらぬほどの家柄ではあったが、一国の王女との結婚となると、自分は大勢いる宮廷貴族の中の一人としか捉えられず、結婚相手としては不充分だろう。王族の結婚は国同士との結婚であって、決して個々の意志は尊重されない。レオンは叶わぬ恋に身を焦がしながらも、ルチアの騎士として彼女を守ろうと誓ったのだった。「ルチア様、踊りませんか?」楽団が音楽を奏で始めたことに気づいたレオンは、そう言ってルチアの前に右手を差し出した。「ええ、喜んで。」ルチアは騎士の手を取り、氷の上を滑るかのような優雅な動きで彼と共に踊り出した。それを遠巻きに見ていた貴族達も、それぞれのパートナーの手を取って踊り出した。「わたし達も踊ろうか?」「うん!」ガブリエルとアンダルスが踊りの輪に加わった時、アンダルスはちらりと大広間の隅に陣取っている貴婦人達の方を見ると、彼女達はちらちらと何かを見ていた。「どうした?」「別に。それよりも、今口を歪めてルチア様達を睨んでいる奴は誰?」アンダルスの言葉にガブリエルが辺りを見渡すと、壁に身体を預けた軍服姿の少年が、恨めしそうにルチア達を見ていることに気づいた。(不味い事になりそうだな・・)「さぁな。」嫌な予感を振り払うかのように、ガブリエルはアンダルスと再び踊り始めた。「どうなさったの、お兄様?」キャラメル色の巻き毛を揺らしながら自分を怪訝そうに見つめる妹姫を、エステア王国第一王子・アレクサンドリアはじろりと睨んだ。「ルチア王女と踊っている奴は何処のどいつなんだ?」「さぁ、知りませんわ。ねぇお兄様、そんな所に突っ立ってないで踊りましょうよ。」自分の手を引こうとする妹姫のそれを、アレクサンドリアは邪険に払いのけた。「俺はルチア王女と踊るんだ。お前は誰かを誘えばいい。」「もういいわ、お兄様の意地悪。」頬を膨らませながら、妹姫は兄から離れた。「ふん、いつまで経っても餓鬼なんだから・・」溜息を吐いたアレクサンドリアは、退屈そうにしながらラヴェンダー色の双眸を黒髪の王女へと向けた。 ルチアはこの時、アレクサンドリアが自分を見つめていたこと、彼が結婚相手であることをまだ知らずにいた。にほんブログ村
2012年04月23日
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「ルチア、こんな所にいたの?」 ルチアが王宮図書館で本を書棚から出していると、背後から母親に声を掛けられたのでルチアは振り向いた。「お母様、どうしてこんな所へ?」「今夜、夜会が開かれることになったのよ。あなたもそろそろ良い年頃だしね。」母の言葉に、ルチアは溜息を吐いた。 成人を迎えてからというもの、ルチアの父・ユリシスの許には、ルチアの縁談が山のように来ていたが、ルチアはそれらを全て断った。男でありながら王女として育てられたルチアだったが、意に沿わぬ結婚をするよりも、心から愛し合える者と結ばれたいとルチアは思っていた。「また、結婚相手探しの夜会なのね。お母様がわたくしの年頃だった時も、そんな夜会に出ていたの?」「ええ。お母様には妹がいたけれど、妹はわたくしが北国へ嫁ぐと聞いて驚いていたわ。身体の弱いわたくしに、厳しい北国での暮らしが耐えられるのかと、心配で堪らなかったそうよ。」「そうだったの。そういえば叔母様には一度もお会いしたことがないわね。どんな方なのかしら?」「いつか会う時が来るわ。その日まで楽しみにしていなさい。」リリアはそう言って、侍女とともに図書館から出て行った。 その頃レオンは、中庭で剣の鍛錬に勤しんでいた。「やぁっ!」ミハイルの攻撃をかわし、レオンが彼の鳩尾に木剣を打ち込むと、ミハイルは咳き込んで地面に蹲った。「まだまだですね。」「ちぇ、今日こそレオンに勝つと思ったにな。」ミハイルはそう言って舌打ちすると、ゆっくりと立ち上がった。「そんな調子では、まだまだお前には王位はやれんな。」「父上!」「陛下。」レオンはさっとユリシスの前に跪いた。「よい、気楽に致せ。レオン、これからミハイルを厳しくしごいてやってくれ。こいつは何時まで経っても剣の腕が上達しないから、心配なのだよ。」「父上、そんな事をおっしゃらなくても良いでしょう? いつも父上は姉様の事ばかり褒めるんですから。」「お前もわたしに褒められたいのなら、強くなる事だな。」「わかりましたよ、もう・・」ミハイルは苦笑しながらも、ユリシスを見る目は尊敬に満ちていた。それを隣で見ながら、レオンは最近家を留守にしがちな父の事を想った。ルチアの弟と同じ名を持つ父が多忙な身であることは知っているが、以前は仕事が終わるとすぐに帰宅し、自分と話をしてくれたりしたものだが、最近はそれが全くと言い程なかった。父はマシアン公爵家の領地を管理している身なので、自分と母が待つ家へと帰って来ない日が何日か続いていることは知っているし、それは仕方のないことだとレオンは思っていた。しかし母には話せない、男同士の話というものを一度父としてみたいとレオンは思い始めたが、それが出来ないもどかしさを抱えていた。「レオン、今宵の夜会には出るつもりなのか?」「はい、陛下。わたしはルチア様の騎士ですから。」「そんな事言って、お前は姉様に変な虫が寄り付かないようにしているだけだろう? 僕に隠したって無駄だからな。」ミハイルはそう言ってレオンの顔を覗き込むと大声で笑った。「ルチア様にその気がないようなので、今の所わたしは安心しておりますよ。ですが、ルチア様がいい方と巡り会えたのなら、わたくしは静かに身を引きましょう。」「レオン、姉様が好きならちゃんとその気持ちを伝えないと。いつも一緒に居て気持ちが伝わっていると思い込んでいるのなら、それは大間違いさ。距離が近すぎれば近過ぎる程、伝わらないものだってあるんだから。」「ミハイル、知ったかぶりをするのはやめろ。レオン、済まぬな。」「いえ・・」 一方、ルチアとアンダルスは中庭でお茶を飲みながら、夜会の事を話していた。「アンダルスは、夜会へは誰のエスコートで行くの?」「ガブリエルに決まっていますよ。最近彼、僕の事を離してくれないんですよ。」アンダルスはそう言ってクッキーを頬張りながら、鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。肌理が細かい白い彼の首筋には、紅い痕が点々と付いていたので、ルチアは彼の言葉の意味が解り、顔を赤くした。「愛されているのね、とても。」「ええ。けれどガブリエルを狙う女達が多くて、気が休まる暇がありませんよ。」「まぁ、そうなの。しっかり捕まえておかないとね。」「ルチア様も、油断してちゃ駄目ですよ? レオン様を狙っている女達、以外と多いんですからね。」アンダルスの言葉に、ルチアは苦笑した。幼い頃から片時もレオンはルチアの傍を離れずにルチアの隣に居るし、それは彼がルチアの騎士となっても何ら変わる事がなかったが、成人を迎えたレオンに貴族の令嬢達が熱を上げるのは当然で、密かに彼は何人かに恋文を貰っていることをルチアは知っていた。(これからどうなるかしら?)今まで縁談を断って来たルチアであったが、これからそんな事を続けられなくなる状況が来るかもしれない。 その夜、国王主催の夜会が大広間で開かれ、華やかに着飾った貴族の令嬢達が結婚相手となるであろう貴族の青年達と談笑していた。その中で一際目立っているのは、すらりとした長身に蒼い軍服を纏い、艶やかな黒髪を背中で一纏めに結んだガブリエルと、金髪が映える宝石を散りばめた真紅のドレスを纏い彼の隣に立っているアンダルスの姿だった。彼らはこの夜会の主役であるルチアよりも目立っていたが、その事について貴族達は何もアンダルスを咎める事はしなかった。寧ろ、王女の大切な友人に対して彼らは敬意を払い、アンダルスを歓迎していた。「ルチア様、遅いね。支度に手間取っているのかな?」「そうだろうな。今宵の夜会はルチア様の結婚相手探しの為に開かれたものでもあるから、女官達が張りきっているのだろう。」ガブリエルがそう呟いている頃、ルチアは張りきった女官達によって、コルセットで腰を締めあげられて悲鳴を上げていた。「そんなに締めないで!」「ルチア様、これで弱音を吐いてしまってはなりませんわ! 今夜の夜会は女の戦いでもあるのですから!」女官達に好き放題された末に漸く彼女達から解放されたルチアは深い溜息を吐きながら、ドレスの裾を摘んで大広間へと向かった。コルセットで極限まで締めあげられ、息がまともに出来ないし、踵の高い靴を履いていて歩行もままならない。「ルチア様、こちらにおいででしたか!」「レオン、来てくれたのね。」大広間まであと一歩というところでルチアが大理石の床にへたり込もうとした時、咄嗟にレオンがその身体を支えた。「ルチア様、余り無理はなさらないでくださいね。」「ええ。」にほんブログ村
2012年04月23日
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「あなたがわたしのことを悪く言っているというのは、本当なの?」ルチアは自分を睨んでいるメリッサを見ながら言った。「ええ、本当ですわ。あなたのことが気に入りませんから。」「貴様、ここで手討ちにしてくれる!」レオンは腰に帯びている剣へと手を伸ばそうとしたが、ルチアはそれを止めた。「何故止めるのです?」「はやまったことをしないで、レオン。メリッサ、何故わたしを気に入らないの? お高くとまっているからかしら? それとも、あなたが好きな人を独占していることが気に入らないの?」ルチアの言葉に、メリッサは顔を赤くして俯いた。「レオン、あなたのことが好きなのよ、この子は。だからわたしとあなたの仲を誤解しているようだわ。」レオンはじろりとメリッサを睨むと、彼女はレオンから後ずさった。「メリッサ、済まないがわたしは君の気持ちには応えられない。」レオンの言葉を聞いたメリッサは、両手で顔を覆って衣装部屋から出て行った。「あなた、もっと言い方があるんじゃないの?」レオンがルチアに振り向くと、彼女は呆れたような顔をして彼を見ていた。「わたしは正直に自分の気持ちを彼女に伝えただけですが。」「それが駄目だというのよ。あんな言い方したら誰だって傷つくわ。あなたって人は、そういうところが鈍いんだから。」衣装部屋を出たレオンは、ルチアの部屋に着くまで彼女から小言を言われた。「仕方ないでしょう、わたしは今まであなた様以外の方とはお付き合いしたことがないんですから、女性の気持ちなんかわからないですよ。」「わかろうとする努力が足りないのよ、あなたには。これじゃぁ、お先真っ暗ね。」ルチアはお気に入りのソファに腰を下ろすと、大袈裟な溜息を吐いた。「ルチア様、舞姫様がお会いしたいとおっしゃっておりますが・・」「いいわ、通して。」扉が開き、アンダルスが長いプラチナブロンドの髪を揺らしながら部屋に入って来た。「お久しぶりです、ルチア様。」「お久しぶりね、アンダルス。元気そうだこと。」「ええ、まぁ。それよりもさっき、衣装部屋の子とすれ違いましたけど、泣いてましたよ? 何かあったのですか?」「原因はレオンに聞いて頂戴な。」ルチアはそう言ってレオンを見た。「ルチア様、この者は?」「レオン、この方はアンダルス、国王専属の舞姫よ。アンダルス、こちらはわたしの騎士のレオンよ。」「はじめまして。」アンダルスは姿勢を正してレオンに向かって優雅にお辞儀した。「こちらこそ。君の噂は聞いているよ、勝気で負けず嫌いな舞姫様だと。」「へぇ、そりゃ嬉しい事ですね。遠回しな嫌味を言われるよりもずっといいや。」アンダルスはそう言うと、ソファの上に飛び乗った。王族の前でこんなに寛いだ姿を見せるなど、この舞姫は肝が据わっているに違いない。そんな彼女の姿を見ながらも、ルチアは眉をしかめたりはせず、寧ろ彼女に微笑んでいるではないか。「ルチア様、舞姫様とはお知り合いなのですか?」「お知り合いというよりも、わたしの大切な友人よ。それにこう見えても、アンダルスは男の子よ。」「嘘をおっしゃらないでください、ルチア様。このように愛らしい華奢な舞姫が男など・・」2人の会話を聞いていたアンダルスはソファから立ち上がると、レオンの前でドレスの裾を捲ってみせた。「え・・?」そこには、自分と同じものがついていた。「これでわかったでしょう? 大丈夫、俺はお姫様とは変な関係にはなりゃしないから、心配しなくていいよ。」呆然としているレオンを見ながらアンダルスはそう言うと、欠伸をした。「あ~あ、最近忙しくて疲れが溜まってるんだよね。人気があるのはいいけど、毎晩宴に呼ばれてちゃぁ身体が幾つあっても足りないや。」「まぁ、そんなにあなたの舞は見る人の心を惹きつけているっていうことじゃないの。あなたは人気があるのにそれを鼻に掛けないところが良いって、あなたの舞を見た貴族がおっしゃってたわ。」「そうですか? なら一生懸命稼がないとね。ルチア様、俺はこれで失礼致します。」ソファに横たわっていたアンダルスはさっとドレスの皺を伸ばして立ち上がると、ルチアとレオンに優雅に礼をして部屋から出て行った。「面白い子でしょう?」ルチアはそう言って、にっこりとレオンに笑った。「ええ・・」 ルチアの部屋を出て廊下を歩きながら、アンダルスは口笛を吹いていた。あのルチアの騎士が自分が男であることを証明した時の、驚いた顔が忘れられなかった。(あんなに驚くことないのになぁ・・)「随分と楽しそうだね。」前方から声を掛けられ、アンダルスがそちらを見ると、そこにはあの司祭・ダリヤが彼の元へと歩いてくるところだった。「何の用? あんたとは余り話したくないんだけど?」アンダルスはそう言うと、じろりとダリヤを見た。「随分と嫌われてしまったようだが、まぁいい。わたしだって従者を君に奪われたんだからね。」ダリヤはアンダルスに一歩近づくと、アンダルスの髪を一房掴んだ。「本当に綺麗な髪だね。ガブリエルはいつもこの髪に顔を埋めているところを想像すると、嫉妬してしまうね。彼の奥方も、自分の夫が男の踊り子にうつつを抜かしていると知れば、心穏やかではなくなるだろう?」「今、何て言ったの? ガブリエルに奥さんがいるとかなんとか・・」「おや、知らなかったの?」アンダルスの狼狽した顔を見ると、ダリヤはそう言って勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。「ガブリエルにはちゃんとした家柄の奥方が居るんだよ。しかも、彼女は彼の子を宿している。まぁ、君は単なる遊び相手だったに過ぎなかったんだよ。」それ以上聞きたくなくて、アンダルスはダリヤを押し退けて廊下を走り去っていった。 その夜、アンダルスはダリヤの言葉が真実なのかどうかを確かめる為に、ガブリエルの部屋を訪れた。「ガブリエル、ひとつ聞きたい事があるんだけど・・」「何だ?」「あんた、結婚しているって本当? しかも奥さんはあんたの子を妊娠してたって・・」ガブリエルはアンダルスの言葉を聞くと、溜息を吐いた。「本当だ。だが、妻はわたしの子を宿したまま死んだ。」「そう・・そんな事があったの。ダリヤが変な事言うもんだから・・」「あいつの言う事は気にするな。」ガブリエルはそう言ってアンダルスを抱き締めた。「わたしはお前しか愛さないことに決めた。」「本当?」「本当だ。」ガブリエルはアンダルスの唇を塞いだ。にほんブログ村
2012年04月23日
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第二幕カン、カンッ! 王宮の中庭では、今日も剣戟の音が響いていた。「もっと肘を伸ばして! そう、そうです!」剣術の師匠に向かって剣を振るっているのは、数日前に成人を迎えたルチアだった。 腰下まである長い黒髪を背中で一括りにして男物の服を着た彼女は、師匠の言葉通りに肘を伸ばし、彼に何度も向かっていった。「今日の稽古はここまでにいたしましょう。」「ありがとうございます、先生。」「姫様は筋が良いですね。わたしは今まで星の数ほどの生徒を教えていましたが、姫様のような教え甲斐のある方は初めてです。」「あら、それは先生の教え方が良いからですわ。少し喉が渇いたので、お茶にいたしませんこと?」「いえ、わたしは忙しい身なので、これで失礼します。」「お気をつけて。」師匠を見送ると、ルチアは額に滴る汗を侍女が差し出した布で拭った。「ルチア様、剣術の稽古などしても良いのですか? 他にやるべき事がおありでしょうに。」そう侍女がルチアに苦言を呈すると、彼女は渋い顔をした。「お母様はわたしが剣術の稽古をすると言いだしても何もおっしゃらずに許してくださったし、お父様だって自分の身は自分で守れるようになれとおっしゃったわ。それにただ一日中刺繍や噂話に明け暮れるよりも、身体を動かした方がいいと思わなくて?」ルチアがそう言って侍女を睨むと、彼女は溜息を吐いて庭園から出て行った。「また侍女達があなたの悪口を言いますよ?」かさりと草叢が揺れる音がしたかと思うと、レオンが苦笑しながらルチアの元へとやって来た。「あらレオン、さっきの遣り取りを聞いていたの?」「ええ。ルチア様、剣術もいいですが少しは貴婦人としての嗜みを・・」「あなたもまた爺臭いお説教をするつもりなの? お茶にしましょう。」紫紺の瞳を煌めかせながら、ルチアはそう言ってレオンを見た。「レオン、あなたのお母様の具合はどうなの? 最近床に臥せりがちだとお母様から聞いていてよ。」「ああ、その事ですか・・」レオンはルチアの口から母の事を聞かされ、少し顔が曇った。 数日前、彼がルチアの騎士となって以来、アンナは床に臥せりがちになった。原因は愛する息子を憎い女の娘に奪われたということで、アンナはレオンに裏切られたような気がした。夫のミハイルもあの女に奪われた挙句、あの女と夫との間に生まれた娘にまで愛する息子を奪われるとは、一体自分が何をしたと言うのだろう。(わたしが何かしたのですか? 何故わたしだけにこんな苦しみを与えるのです?)アンナは寝台の上で、シーツを涙で滲ませた。「そう・・そんなに良くないの。」「ええ。母は毎日泣き暮らしていて、一体何が原因なのかと・・」「そっとしておいた方がいいんじゃなくて? こういう場所で言うのもなんだけど、お父様とお母様、上手くいっていないんでしょう?」「ええ。母にとってはわたしが全て。そのわたしが父に続いて王妃様やあなた様にお仕えすることになって寂しく思う余りに気を病んでしまったのでしょう。」「そう。」ルチアが椅子からゆっくりと立ち上がろうとした時、何かが彼女の頬を掠めた。「ルチア様、伏せて!」「え?」レオンの言う通りにルチアが身を地面に伏せると、彼女の近くに握り拳大程の石膏が落ちた。「何者だ!」レオンが腰に帯びている剣を抜き、ルチアに石膏を投げつけた犯人らしき女を捕まえた。「お前か、これをルチア様に向かって投げつけたのは!」彼に捕えられたのは、王宮に仕えてまだ日が浅い年端のゆかぬ女官の一人だった。「い、いいえ・・あたいは何も・・」「では何故逃げようとした? ルチア様に狼藉を働こうとしただろう!」レオンが女官の胸倉を掴むと、彼女は強く首を横に振った。「レオン、その辺にしておきなさい。彼女が怖がっているじゃないの。」ルチアは慌ててレオンと女官の間に割って入った。「ですがルチア様・・」「いいのよ、わたしは怪我をしていないんだから。それに、この子はたまたま通りかかっただけでしょう? そうよね?」「は、はい!」女官はそう言って涙を流した。「レオン、彼女を離してやりなさい。」「わかりました。」レオンは女官の胸倉から手を離した。「あなた、お名前は?」「イ、 イメルダですだ、ルチア様。」「イメルダ、誰がわたしにあの石膏を投げたか教えて頂戴。それだけでいいのよ。」「あ、あたいは何も見ておりません。神に誓って本当です! し、信じてくだせぇ!」女官は涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、ルチアの前に跪いた。「そう。では犯人に心当たりはある? たとえば、わたしを恨んでいる人とか、憎んでいる人とか・・」「それなら、メリッサが・・」女官はそう言うと、気まずそうな顔をして口を噤んだ。「メリッサ?」「あ、あたいと同期の女官ですだ。そいつは、ルチア様のことをお高くとまっているとか、レオン様とデキてるって周りの女官達に言いふらしていて・・」「そう。イメルダ、メリッサは何処に居るの?」「あたいと同じ針子だから、今は仕事中で・・」「ルチア様、参りましょう。」「わかったわ。イメルダ、怖い思いさせてごめんなさいね。あなたも忙しいでしょうからお仕事に戻っていいわよ。」「へ、へぇ・・」中庭を後にしたルチアとレオンは、メリッサという女官がいる衣装部屋へと向かった。そこには数十人もの女官達が、ルチア達王族の衣装を縫っていた。「こ、これは姫様! あなたがこんな所にいらすだなんてお珍しい・・」ルチアの姿を見た衣装部屋の責任者である女官が、そう言ってルチアとレオンに向かって頭を下げた。「メリッサという子を探しているの。彼女は何処?」「ああ、彼女なら向こうで・・」「ありがとう。」ルチアとレオンが衣装部屋の隅で衣装の仕上げにかかっている一人の女官の元へと向かった。「あなたが、メリッサね?」「はい、そうですが。」そう言った女官は、敵意を隠そうともせずにルチアを蒼い瞳で睨みつけた。
2012年04月23日
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「え・・今何ておっしゃったの、お母様?」ルチアは先程母が言った言葉が信じられず、そう言って彼女を見た。「あなたとレオンは、血が繋がった兄と弟なのよ。」母の美しい顔は、苦痛に歪んでいた。「どうして・・どうしてそんな大切な事を黙っていたの!?」ルチアが母に詰め寄ると、彼女は泣きだした。「わたくしは長い間、子どもが出来ずにいたの・・たとえ政略結婚で結ばれている者同士でも、愛している人の子どもはどうしても欲しかった・・だから、わたくしは魔女の力に縋り、あなたを授かったのよ。」リリアは、自分の話に耳を傾けているルチアを見た。「魔術に頼って、お母様がわたしをこの世に産みだそうとしたのはどうしてなの? わたしを苦しませる為?」「いいえ、違うわ。わたくしは・・」「この事、お父様やレオンは知っているの?」娘の言葉に、リリアは静かに首を横に振った。「そう、じゃぁこの事はわたし達だけの秘密にしましょう。お母様、わたしはレオンと血が繋がった兄弟だとしても、彼を愛する事は止めないわ。」「ルチア・・あなたは何を言っているのか解っているの? わたくしの所為で、あなたは一生レオンと結ばれないのよ? それでも彼を愛すると・・」「ええ。今度、わたしの騎士を決めるでしょう? もうわたしは誰を騎士にするかを決めているの。」ルチアはそう言うと、涙を流す母に向かって微笑んだ。「もうお泣きにならないで、お母様。お母様がお父様を愛するように、わたしもレオンを愛しているの。男として生まれても、それは変わりないわ。」「そう・・」 ルチアが中庭を後にして廊下を歩いていると、レオンの母親であるアンナと偶然会った。「あらルチア様、お久しぶりですわね。」アンナはそう言ってルチアに微笑んだが、琥珀色の瞳は笑っていなかった。「アンナ、こちらこそお久しぶりね。」「いつも息子がお世話になっておりますわ。あの子はまだ宮殿に上がったばかりで、色々とご迷惑をおかけするでしょうけど、勘弁してくださいませね?」「迷惑だなんて、とんでもないわ。わたし、いつもレオンに助けられているのよ。」「そう・・ですか・・」アンナの顔に、一瞬戸惑ったような表情が浮かんだが、それはすぐに消え、彼女はルチアに再び微笑んだ。「ところでルチア様、騎士はもう誰を選ぶのか決めていらっしゃるのですか?」「ええ。レオンに決めたわ。」「まぁ・・」アンナはわざとらしくルチアの言葉に感動するような声を出した。王族の騎士に選ばれる事は、大変名誉なことなのだが、アンナは憎い女の息子が最愛の息子を騎士に指名し、彼を奪われる事を恐れていたので、素直に喜べなかった。「これからレオンとあなたとは長いお付き合いになりそうだけど、宜しくね。」「ええ。息子は色々と至らない所がありますが、母子共々宜しくお願い致しますわ。」アンナはそう言ってルチアに頭を下げると、そそくさと彼女の元から去っていった。「あ、ルチア様。こちらにいらっしゃったんですね?」背後で声がしてルチアが振り向くと、そこにはレオンが立っていた。「あらレオン、先ほどあなたのお母様とお話ししていたところよ。」「母と? 何をお話しになっていたのですか?」「あなたをわたしの騎士に指名しようと思って。あなたのお母様はあんまり嬉しくないようだったけど・・」「そうですか。母は色々と苦労したので、素直に感情があらわせない人なんです。それよりも、わたしなんかでいいのですか?」レオンはそう言ってルチアを見た。「わたしには、あなたしかいないの。」「ルチア様・・」「昨夜の事は忘れて頂戴。わたしは男であることを知っていても、あなたを愛する事は止めないつもりよ。」「わたしもです。」レオンはそう言ってルチアを抱き締めた。 血が繋がっているからか、出逢った瞬間、何故かレオンはルチアに惹かれた。最初は友人として見ていたが、互いに成長するに従って友情が恋情へと姿を変え、レオンはもはやルチアなしでは生きられないようになっていた。昨夜ルチアが男だと判っていても、ルチアを愛する気持ちは変わらなかった。「ルチア様、ひとつお聞きしたい事があります。」「聞きたい事?」「もしも・・わたしとあなたにお互い何かあったら、あなたはどうしますか?」レオンの問いに、ルチアはにっこりと微笑みながらこう答えた。「その時は、あなたと運命を共にするわ。」「・・そうですか。」レオンはそう言うと、ルチアの唇を塞いだ。 数日後、ルチアの騎士を決める日が来た。宮殿の大広間には我こそはと思う貴族の子息達が、玉座に座るルチアを見ていた。「皆さん、わたくしの為に集まってくださってありがとう。ですが最初に、わたくしは皆さんに謝らねばなりません。」ルチアがそう言うと、周囲がざわつき始めたが、ルチアは気にせずに続けた。「わたくしはもう、騎士にする方を前から決めておりました。」ルチアはゆっくりと椅子から立ち上がり、貴族の子息達の方へと歩いていった。彼らは王女の騎士に選ばれたのは誰なのかと、互いに顔を見合わせた。彼らの緊張が高まる中、ルチアはレオンの前で足を止めた。「レオナルド=アルフェリート=フォン=マシアン、わたくしの騎士となってくれますか?」「はい、喜んで。」レオンはそう言って、ルチアに跪くと、彼女が差し出した手の甲に接吻した。「わたしはあなたの為に、この身と命を全て捧げます。」レオンが顔を上げると、そこにはルチアが紫紺の瞳を煌めかせながら自分に微笑んでいた。「ありがとう、レオン。これからも宜しくね。」「こちらこそ。」―そんな・・―どうして、あいつなんかが・・―嘘だろ!?二人の姿を見た者達は、ひそひそと囁きを交わしながら彼らを見ていた。「レオン、ルチアの事をこれからも頼むわね。この子のことを守れるのは、あなたしかいないから。」リリアはそう言うと、レオンに微笑んだ。「かしこまりました、王妃様。全身全霊でルチア様をお守りいたします。」「まぁ、頼もしいこと。」王妃とレオンの遣り取りを、アンナは苦々しい表情を浮かべながら見ていた。(ルチアに・・あの女の息子に、レオンを奪われてなるものか!)アンナの中で、リリアとルチア母娘への憎しみが一層深くなっていった。―第一幕・完―にほんブログ村
2012年04月23日
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「突然何をおっしゃるのですか、ルチア様?」レオナルドは、そう言って驚愕の表情を浮かべながらルチアを見た。「わたしを抱きなさいと言ったのよ、聞こえなかったの?」ルチアは紫紺の瞳でレオナルドを睨むと、彼に抱きついた。「本気でそうおっしゃっておられるのですか、ルチア様?」「冗談でわたしがこんな事言うと思う?」レオナルドは溜息を吐いた。「ルチア様、申し訳ありませんが、わたしには出来ません・・」「そう、ならいいわ。」ルチアはそう言うと、ドレスの胸紐を解いた。シュルリという音がして、真紅の胸紐が大理石の床に落ちた。「ルチア様、おやめください!」レオナルドは慌ててルチアを止めようとしたが、その手を彼女は邪険に払いのけ、ドレスを脱いだ。「本当に、あなた様は・・」「わたしは今夜を、記念に残る夜にしたいの。」下着姿となったルチアはそう言うと、熱を孕んだ紫紺の瞳でレオナルドを見つめた。(ルチア様・・それほどまでにわたしを・・)レオナルドは自分の前に立っているルチアが、それほどまでに自分に対して想いを寄せていることに初めて気づいた。ここで彼女を抱くべきなのだろうか。頭ではいけないと警告を発しつつも、レオナルドはルチアの唇を奪った。「ん・・」レオナルドはルチアの口腔内を舌で犯し始めた。ルチアはそれに応じるかのように、己の舌をレオナルドの舌に絡めた。そっとレオナルドがルチアから離れると、二人の唾液が糸を引いた。「ルチア様・・」レオナルドはゆっくりとルチアのコルセットの紐を解き、ソファにその身体を横たえた。彼はルチアの首筋を強く吸いながら、彼女の身体をベッドに横たえた。「あ・・」レオナルドが首筋を強く吸う感触がして、ルチアはびくりと快感に身を震わせた。レオナルドはルチアのコルセットの裾を捲った。そこには、驚愕の真実が隠されていた。「レオナルド?」突然レオナルドが離れて行くのを感じたルチアがゆっくりとベッドから起き上がると、そこには俯いている彼の姿があった。「ねぇ、どうしたの?」「ルチア様・・あなた様は男だったんですね。」「え?」ルチアは、レオナルドが一瞬何を言っているのかが解らなかった。(わたしが男?)この十五年間、自分は女として生きてきたし、自分が女だと思っていた。ルチアは恐る恐るコルセットの裾を捲り上げ、その下を見ると、そこには男性のものがあった。目を擦ってもう一度見たが、それは確かにルチアの下半身にあった。「レオナルド、どうなっているの? わたしにはどうして、こんなものがついているの!?」「それはわたしと同じ男だからです、ルチア様。」「そんな・・わたしは今まで女として生きてきたのに! どうして・・」「ルチア様、落ち着いてください!」「嫌ぁ、わたしは化け物よぉ!」ルチアは真実を知り、激しく動揺した。そんな彼女を、レオナルドは抱き締めた。「ルチア様、今宵は一晩中、わたしが傍におります。だから安心してお休みください。」「レオナルド・・助けて・・」ルチアがそう言った途端、彼女は胸を押さえて蹲った。「ルチア様、ルチア様!?」レオナルドはルチアを再びベッドに寝かせると、彼女の上にシーツを掛けた。「レオナルド・・気つけ薬が傍の棚の・・一番目の引き出しに・・」レオナルドはベッドの近くにある小さい棚の一番目の引き出しを開け、気つけ薬をルチアに口移しで飲ませた。「大丈夫ですか?」「ええ・・少し楽になったわ・・ありがとう・・」「お召し替えをしなければ。そんな格好では風邪をひきます。」「ええ、そうね・・そうするわ・・」ルチアはベッドから起き上がると、クローゼットの方へとふらふらと歩いていった。(ルチア様・・何という痛々しいお姿なのだろう!)愛する者とまさに結ばれようとしているその時に、残酷な真実がルチアに突き付けられるとは、神は意地悪だ。「レオナルド、お父様達には内緒にしていて、今夜の事は・・」「しかし・・」「わたし、今まで二人に心配かけてきたでしょう? もうこれ以上わたしの事で心配して欲しくないの。」女だと思い込み、今まで生きてきたというのに、男であるということを知り動揺しているというのに、ルチアは自分の事よりも両親の事を気遣い、心配していた。「わかりました。陛下と王妃様には何も申し上げません。」「ありがとう・・」ルチアはベッドに倒れ込むと、ゆっくりと目を閉じた。「ルチア様・・」ルチアがすやすやと寝息を立てて眠るのを隣で聞きながら、レオナルドはそっと彼女の艶やかな黒髪を梳いた。今夜自分が見たことは全て忘れてしまおう。たとえそれが、残酷な真実だとしても。 翌朝、ルチアが目を覚ますと、隣のベッドにはレオナルドが眠っていた。彼女はにっこりと笑うと、レオナルドの金髪を撫でてベッドから出た。「ルチア様、おはようございます。」「おはよう。」ルチア付の侍女が部屋に入ってきて、ベッドの中で眠っているレオナルドを見るなり頬を赤く染めた。「安心して、彼とはやましい事は一切していないわ。」「そ、そうですか・・では、お召し替えを。」「ええ、お願い。」着替えを終えたルチアは、朝食の後で母に真実を聞こうと思った。「お母様、お話しがあるのだけれど、よろしいかしら?」「なぁにルチア?」朝食後、ルチアは母を庭園に呼び出した。「昨夜、わたし自分の身体を見てしまったの・・そしたら・・」「ルチア・・」母はルチアが何を言おうとしているのかが解っているかのようで、急に美しい顔をこわばらせたかと思うと、涙を流した。「ああルチア、ごめんなさい。お母様が悪かったわ・・」ルチアは母の口から、更なる真実を知ることになった。にほんブログ村
2012年04月23日
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性描写含みます、苦手な方は閲覧なさらないでください。(なんだか、僕ここにいてもいいのかなぁ?)ルチアに招待されたとはいえ、アンダルスは平民だ。いくら舞の才能があるといっても、貴族でも何でもない自分が、このような場所にいてもいいのだろうか。「どうした?」ハッとアンダルスが我に返ると、ガブリエルが心配そうに自分を見つめていた。「僕、こんな所に居てもいいのかなぁ?」「何言ってる、アンダルス。お前はルチア様から正式に招待されたのだから、堂々としていればいいではないか。」「そういう問題じゃなくてさぁ・・貴族のあんたはこんな場所、慣れっこなんだろうけど、平民の僕には見るものとか食べ物とか初めてでさぁ・・ちょっと圧倒されている訳。」「何だ、そんなことか。」ガブリエルはアンダルスの言葉を鼻で笑った。「あんたには“そんなこと”に見えるだろうけど、僕にとっては一大事なの!」アンダルスはそう言うと、ガブリエルの胸を小突いた。「わたしがついているから安心しろ。」「あんた頼りなさそうだけど、まぁ他の男よりもいいか。」アンダルスの言葉にカチンとしながら、ガブリエルは笑った。「あら、ガブリエル様ではございませんの?」二人が話していると、向こうから一人の令嬢が彼らの方へとやって来た。金髪の巻き毛を揺らし、目が覚めるような蒼いドレスに身を包んだ令嬢は、そう言うとガブリエルを見た。「お久しぶりですね。」「その方は?」令嬢の視線が、ガブリエルからアンダルスへと移った。「わたしの恋人の、アンダルスです。」「アンダルスです、宜しく。」アンダルスはそう言って令嬢に微笑んだが、彼女は冷たい目で彼を見た。(何こいつ・・感じ悪い。)「初めて見るお方ね。一体どこのお嬢さんなのかしら?」「アンダルスは男だ。それに彼は平民だ。」「まぁ、平民がこんな所に居るなんて、驚きですわ!」ガブリエルの言葉に、大袈裟にそう言うと令嬢は悪意に満ちた目でアンダルスをじろじろと見た。「僕もこんなクソ意地悪いお貴族様がこの場にいらっしゃるなんて、びっくりだなぁ。」アンダルスがそう言葉を返すと、令嬢は怒りで顔を赤くした。「まぁ、平民の癖にわたくしに歯向かう気?」「別にぃ、そんなつもりはありませんけど? あんたの言葉をそのままそっくりお返しただけさ。」アンダルスはそう言って不快そうに鼻を鳴らした。「ガブリエル様、本当にこんな無礼な子と付き合っているんですの?」令嬢はガブリエルに助けを求めるように彼を見た。「わたしはアンダルスの事を愛していますから。」その言葉を聞いた後、令嬢は悔しげに顔を歪めながら大広間から出て行った。「いいのぉ? あんな美人振ってさぁ?」「別に。わたしはお前以外の人間には興味ないからな。」ガブリエルはそう言うと、アンダルスの唇を塞いだ。「ちょっと・・こんな所でしないでって・・」「どうした、恥ずかしいのか?」「そんなんじゃないけど・・」「じゃぁ、人目のつかない所でするか?」ガブリエルは悪戯っぽく笑うと、アンダルスの唇を塞ぎ、彼の手を取って大広間から出て行った。「何処行くの?」「行けば解る。」ガブリエルはそう言ってアンダルスを“ある場所”へと連れて来た。そこは、宮殿から少し離れた森の中だった。確かにここでは人目がつかないが、獣が棲んでいそうな気配がする。「ねぇ、ここで大丈夫なの?」「ああ。お前は、さっきのキスだけで感じているんだろ?」ガブリエルはアンダルスのドレスの裾を捲り、彼のものを握った。「ちょっ・・」ガブリエルはアンダルスのドレスの胸紐を解くと、彼を全裸にした。月光の下で仄かに照らされる、未成熟で華奢な彼の身体は美しく、ガブリエルはそれを舐めるように見た。「そんなに見ないでよ・・」執拗にガブリエルから見つめられ、アンダルスは羞恥の余り地面に落ちているドレスを拾おうと腰を屈めた。その時、ガブリエルの大きくて逞しい手が彼の腰を掴むと、猛った己自身を腰に押し付けた。「ちょっと、まだ慣らしてないんだから・・」「大丈夫だ、まだ夜は長いんだから。」ガブリエルはそう言うと、指を舐めるとそれをアンダルスの奥へと挿れ、ゆっくりと慣らし始めた。アンダルスは上半身を屈めた不安定な体勢で立っていられなくなり、地面に両手をついて倒れてしまった。「どうした?」「腰が・・」「尻をもっと高く上げろ。そうすれば楽になる。」アンダルスはガブリエルの言われた通りに、腰を少し浮かして尻を高く上げた。ガブリエルはゆっくりとアンダルスの中へと入っていった。「い、痛っ!」少し慣らしたとはいえ、いきなり異物が入って来たのでアンダルスは痛みに悲鳴を上げた。ガブリエルはアンダルスの金髪を梳きながら、腰を動かした。「いやぁ、駄目! 変になっちゃう!」「気持いいんだろ?」ガブリエルが腰の動きをはやめると、アンダルスの内部が彼自身を締め付けた。ガブリエルは空いている手でアンダルスの乳首と股間を執拗に愛撫した。「あぁ、嫌ぁ!」「くっ・・」ガブリエルはアンダルスの中に精を放った。「気持ち良かったか?」肩で息をしてぐったりとしているアンダルスをガブリエルはそっとキスしながら言った。「うん・・もっと、して?」アンダルスが上目遣いでガブリエルを見ると、彼はアンダルスを押し倒した。それから二人は獣のように互いを貪り合った。「もうそろそろ戻らないとな。」ガブリエルはそう言って、地面に散らばっていた服を拾い上げてそれを着始めた。「うん・・」アンダルスはドレスを着て、さっと土汚れを払うと、ガブリエルとともに森を出た。 その頃、パーティーが終わり部屋で休んでいたルチアに呼びだされたレオナルドは、彼女が発した言葉に耳を疑った。「わたしを抱いて、レオン。」にほんブログ村
2012年04月23日
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性描写含みます、苦手な方は閲覧なさらないでください。 ガブリエルとアンダルスが遠乗りから帰ると、そこにはルチアとレオナルドの姿が厩舎にあった。「皇女殿下、おはようございます。」アンダルスはそう言ってルチアに向かって頭を下げた。「そんなに堅苦しい呼び方をしないで。ルチアでいいわ。」「ですが・・」「わたしは、余り“殿下”とか“皇女様”と呼ばれるのは嫌いなの。だから、お願い。」「解りました、ルチア様。それにしてもお珍しいですね、ルチア様がこのような場所においでになられるなんて。」アンダルスはちらりとルチアの隣で控えているレオナルドを見た。「ルチア様が遠乗りに行きたいとおっしゃられてな。おひとりでは危ないから、わたしが供で付いていくことにしたのだ。」レオナルドはルチアの手を握りながら言うと、アンダルスは口笛を鳴らした。「ガブリエル、どうやら僕達はお邪魔虫のようだから向こうへ行こうか。」「ああ・・」ガブリエルとアンダルスが厩舎を後にすると、レオナルドはルチアを見た。「ルチア様、明日にはあなた様は十五になられますね。」「ええ。あなたもね、レオン。あなたと出逢ってからもう十年以上経つのね・・随分昔の事なのに、まるで昨日の事のようだわ。」ルチアはそう言って溜息を吐いた。「あなたは、わたしの騎士になってくれるわよね?」「ええ、そのつもりです。」「何だか不思議ね、あなたと同じ日に成人を迎えられるんだなんて。」ルチアは紫紺の瞳で、地平線の彼方を見上げた。 ローレル王国では、満十五歳の誕生日を迎えると成人として認められ、それは貴族や平民も変わらない。この国では騎士制度というものがあり、王族の警護や補佐などを務める騎士は、貴族の子息達から選ばれる。騎士になれるのも十五からで、騎士を選ぶのは王族によって委ねられる。「ねぇレオン、未来には何が待っていると思う?」「さぁ、わたしにはまだわかりません。」宮殿を出て森へと向かいながら、レオナルドは栗毛の馬に乗っているルチアを見た。「わたしね、もっと広い世界を見てみたいの。宮殿の外から出て、この王国の他に色々な国を見たりしたいの。」「その時は、わたしがお供いたします。」空色の瞳で、レオナルドはルチアを見ながら優しく彼女に微笑んだ。太陽の光が、ルチアの黒髪を美しく照らし、紫紺の瞳が光を反射して宝石のように輝いた。「わたし、今の季節が好きよ。」ルチアは宮殿の外にある泉の前に腰を下ろすと、そう言って太陽の光を受け輝く水面を見つめた。「わたしは冬が好きですね。雪を見ると、何だか落ち着きます。」「そうなの。わたし冬は寒いから嫌いよ。」暫くルチアとレオナルドはとりとめのない事を話していた。「もう日が暮れそうですね。そろそろ帰りましょうか。」「ええ。」 一方、宮殿ではリリアとユリシスが明日に迫ったルチアの成人について話をしていた。「あなた、やはりルチアには真実を伝えなければなりませんわね。」「今はまだ早いだろう。ルチアに真実を伝えるとしたら、あの子が誰かの元に嫁ぐ時だと、わたしはあの子が生まれた時から決めていた。」ユリシスは溜息を吐きながら眉間を揉んだ。「ですがあなた、このままルチアに真実を隠し通せることは出来ませんわ。わたくしからあの子に真実を話しますわ。」「そうか・・お前がそうしたいと思うなら、そうしてくれ。ルチアはもう、十五になったのか・・長いようで短かった十五年間だったな。」「ええ・・」 翌朝、ルチアは十五になり、成人を迎えた。「ルチア様、本日は御成人を迎え、おめでとうございます。」「ありがとう。」昼から貴族達がルチアに次々と祝いの言葉を述べた。「ルチア様、御成人おめでとうございます。」レオナルドは、そう言って玉座に座るルチアを見た。「ありがとう、レオン。あなたからお祝いされると嬉しいわ。」レオナルドの言葉に、ルチアは嬉しそうに笑った。「あなたに似合うと思って・・」レオナルドが上着のポケットから取り出したのは、薔薇を象った飴色の美しい櫛だった。「ありがとう、大切にするわ。」ルチアはレオナルドから櫛を受け取り、彼に微笑んだ。 その夜、大広間で開かれたルチアの成人祝いの宴では、レオナルドからプレゼントされた櫛を黒髪に挿し、始終笑顔を浮かべているルチアの姿があった。「お気に召しましたか?」「ええ、とても。この櫛、前から欲しかったものだったのよ。」「そうですか。」「不思議ね、あなたはいつもわたしの欲しいものや、してくれることを察してくれる。いつもあなたはわたしの傍に居て、慰めたり励ましたりしてくれる。まるであなたが実のお兄様のように見えるわ。」「そうでしょうか?」レオンが照れ臭そうに笑いながらルチアを見ると、彼女は恥ずかしげに俯いた。「これからも、わたしを助けてくださいね、レオン。」ルチアはそう言って、レオナルドに手を差し出した。「はい・・」レオナルドは、ルチアの手を握った。「一緒に踊りましょう。」「それが、あなた様のお望みならば。」レオナルドとルチアは、静かに踊りの輪へと加わった。シャンデリアの光が、ルチアの黒髪を美しく照らす。「ねぇレオン、いつかわたしのお嫁さんにしてくれる?」「もしできるのなら、あなたをわたしの妻にいたします。」レオナルドの言葉を聞いたルチアは、彼に向かって微笑んだ。「ルチア・・」そんな二人の様子を、リリアは溜息を吐きながら見ていた。(あの子に伝えなくても良かったのかしら・・本当に。)十五年前のあの日、ルチアを女児として育てたことを決めたのは、間違いだったのだろうか。ルチアは自分と踊っている少年と血が繋がった兄弟とは知らずに、彼と恋に落ちてしまっている。(わたしは・・一体どうすれば・・)「ねぇ、僕がこんな所に居てもいいの?」大広間の隅で、美しく着飾ったアンダルスはそう言ってガブリエルを見た。「正式に招待されたのだから、いいだろう。」「そ、そうだよね・・」 生まれて初めてこんなに豪華なパーティーに出たことがないアンダルスは、緊張で身体を硬くしていた。にほんブログ村
2012年04月23日
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性描写含みます、苦手な方は閲覧なさらないでください。「んぅ・・」 ガブリエルがアンダルスの唇から離れた時、アンダルスはワインレッドの瞳を潤ませながら彼を見た。「ねぇ、どうしてやめたの?」「男にキスされて気持ち悪くないのか?」「全然。それよりも、もっとしたいくらい・・」アンダルスはそう言うと、ガブリエルに抱きつき、彼の唇を塞いだ。ガブリエルはアンダルスの柔らかな唇の感触をゆっくりと味わうと、舌で彼の口内を侵した。「はぁんっ」アンダルスから離れると、二人の唇から唾液がたらりと垂れた。ガブリエルはアンダルスの白い首筋に紅い痕を付け始め、空いている手で彼の脇腹をくすぐった。アンダルスの華奢な腰が揺れ、ガブリエルは欲情に駆られた。彼の下半身は既に熱を持ち、そこからは蜜が垂れていた。ガブリエルは腰を屈めると、アンダルスのものを口に含んだ。「いや、やだ・・」アンダルスはガブリエルの髪を引っ張って抵抗したが、腰を大きな逞しい手で掴まれて身動きできなかった。ガブリエルは強弱をつけながらアンダルスのものを舌と指で愛撫すると、アンダルスは口端から涎を垂らしながら甘く喘いだ。やがて彼は背中を大きく反らせて悲鳴を上げた。「ど・・して・・こんなこと・・」「気持ち良かったんじゃないのか?」鬱陶しそうに髪を掻き上げながら、アンダルスはゆっくりと立ち上がった。「そんな・・」「不思議だな、初めてお前と会った時、前にも何処かで会ったような気がしてならなかった。」ガブリエルは、アンダルスの金髪を優しく梳きながら、彼を抱き寄せた。「そう?」「ああ・・知り合ってまだ日が浅いというのに、わたしはお前がとてつもなく愛しく思える。」「それ、本当? 嘘だったら殺すから。」アンダルスはそう言うと、ガブリエルを睨んだ。「嘘じゃない。」ガブリエルはアンダルスの髪を撫でると、再びその唇を塞いだ。再び彼の指が自分の身体を愛撫するさまを見ながら、アンダルスは甘い声を出した。こんなの初めてだ。男娼館に売り飛ばされそうになった時、こんな風に男に抱かれそうになったことがあるが、あの時は今のように全然気持ち良くなかった。それなのに今は、知り合って間もない男の愛撫に酔いしれている自分が居る。ふとアンダルスがガブリエルを見ると、彼の下半身は激しく脈打っていた。自分のものとは比べ物にならないほど大きいそれに、アンダルスは息を呑んだ。「どうした?」「急に・・怖くなってきちゃった・・」「大丈夫だ、優しくするから。」ガブリエルはそっとアンダルスの頬にキスすると、彼の下肢の奥へと指を挿れた。「ひぃ!」生まれて初めて自分が見たことも触ったこともないような場所に指を挿れられ、アンダルスは恐怖のあまりガブリエルから逃げ出そうとしたが、彼はそっとその内側を指先で撫でた。彼の指が内部で蠢く度に、もっとそれが欲しいとアンダルスは思ってしまう。ガブリエルはそんな彼の反応を見ながら、少しずつ指の本数を増やしてゆく。アンダルスの全身はガブリエルの愛撫によって火照り、もう指だけでは我慢できなくなっていた。「お願い、もう駄目・・」「どうして欲しい?」アンダルスは上目遣いでガブリエルを見た。「欲しい・・あんたのが・・」「良い子だ。」ガブリエルはそう言うと、アンダルスの右足を上げさせてゆっくりと彼の内部へと己を挿れた。「ああ!」指とはくらべものにならない程硬くて熱いものが内部で蠢くのを感じて、アンダルスは思わず声を出してしまった。「こんなのはまだ序の口だ。」ガブリエルはアンダルスの身体を反転させると、後ろからゆっくりと腰を動かした。「うぅん・・」急に体位を変えられ、奥までガブリエルのものが突き刺さる感覚がして、アンダルスは少し痛みで呻いた。「どうして欲しい? このままやめてもいいんだぞ?」「やめないで・・奥まで突いて。」ガブリエルはアンダルスの困惑した顔を楽しく眺めながら、腰の動きを速めた。彼が動く度に水面が大きく揺らぎ、渦を巻く。アンダルスは余りの衝撃で立っていられず、倒れそうになった。「ここでは集中できないな。」ガブリエルは舌打ちすると、アンダルスを抱き上げて泉から上がると、彼の両足を自分の両肩に掛けて腰を激しく振った。「やだぁ、もう抜いて!」「締め付けている癖に、何を言う? 気持いいんだろう?」ガブリエルの猛烈なピストンを受けるたびに、アンダルスの身体はがくがくと揺れた。身体の奥底から何かが湧きあがってきて、アンダルスは絶叫した。ドロッとした白い蜜が自分のものから飛び散るのを見た彼は、荒い息を吐いた。ガブリエルが眉間に皺を寄せ、前後に腰を振ると、内部で彼の欲望が爆ぜる感覚がした。「少しやりすぎたな・・」肩で息をしながら、ガブリエルはそっと己をアンダルスの内部から抜いた。そこからドロリと、蜜の雫が滴り落ちた。「また身体が汚れたな。」「大丈夫だから・・」「こんな状態で帰れないだろう?」ガブリエルはアンダルスに有無を言わせずに彼の手を掴むと、再び泉の中へと入り、彼の身体を洗った。「痛い・・」帰り道、馬に乗りながらアンダルスはそう言って尻を擦った。「初めてだったのか? ならばもう少し優しくすればよかったな。」隣で馬を走らせていたガブリエルはちらりとアンダルスを見ながら言った。「大丈夫だよ、こんなの。それよりもあんたさぁ、真面目そうな顔して結構エロいよね。言葉責めとかするし・・もしかしてS?」アンダルスの問いに、ガブリエルは笑って誤魔化した。にほんブログ村
2012年04月23日
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「ん・・」アンダルスがゆっくりと目を開けると、隣にはあの黒髪の男が寝ていた。しかも彼は、上半身裸だった。(え、な・・)一体何が起きたのかアンダルスがわからずにいると、男が低く呻いて目を開けた。「起きたか。」男はそう言うなり、アンダルスを自分の方へと抱き寄せると、彼の唇を塞いだ。「んぅ・・」アンダルスが男の腕の中でもがくと、彼は再びシーツを頭から被って眠り始めた。「寝ぼけて他人のファーストキス奪って、何様だよ!」アンダルスはそう男に怒鳴ると、彼の股間にある二つの玉を思い切り爪を立て、握った。男はたちまち悲鳴を上げ、ベッドから飛び起きた。「何をする!」「それはこっちの台詞だよ! 寝ぼけて他人のファーストキス奪いやがって!」「だからといってわたしの大事なものを握りつぶすことないだろう!」男は切れ長の黒い瞳でアンダルスを睨み付けながら叫んだ。「そうでもしないと僕の気が済まないの!」「お前も男だろう? そんな事したら性的不能になるのが解らんのか、この馬鹿!」「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って! 大体あんた何様なわけ?」アンダルスがそう男に向かって吼えた時、ドアが開いてダリヤが部屋に入って来た。「煩いなぁ、二人とも。朝っぱらからぎゃぁぎゃぁ騒がないでくれる? ガブリエル、一体どうしたのさ?」ダリヤは呆れたような顔をしながら男を見た。「こいつがわたしの大事なものを握りつぶそうとしたんだ!」「お前、もしかして寝ぼけてこの子のファーストキスを奪ったね? いくら寝起きが悪くても駄目だよそんなことしちゃ。じゃぁ二人とも仲良くね。」ダリヤは面倒臭そうに二人を見ると、部屋から出て行った。「ちょっと、何だよ!」アンダルスは慌ててダリヤを追いかけようとするが、彼の鼻先でドアが閉まった。「ああ、お前の怒鳴り声を聞いていたら頭痛がしてきた。」男はそう言うと、眉間を揉んだ。「あんた、名前は?」「ガブリエルだ。」「へぇ、最低な奴なのに天使の名前って似合わないね!」「酷い言い草だな、命の恩人に向かって。」男―ガブリエルはそう言いながらアンダルスを睨んだ。「命の恩人?」アンダルスはこの時、自分の腹に巻かれている包帯に気づいた。昨夜、ガブリエルが振う鎌の刃を腹部に受け、瀕死の重傷を負った。あの時死ぬかと思ったが、ガブリエルが自分を助けてくれたのだ。「あんたが、僕を助けてくれたの?」「ああ。殺すのは惜しいからな。お前のような、生きた宝石は。」ガブリエルはそっとアンダルスの長い金髪を梳くと、それに優しく口付けた。「助けてくれて・・ありがとう!」アンダルスは照れ臭そうな表情を浮かべると、ガブリエルにそっぽを向いた。「どういたしまして。この後、お前予定あるか?」「う~ん、それはどうかな? お師匠様が今頃心配していると思うから。」アンダルスがそう言った時、ダリヤがエルムントを連れて部屋に入って来た。「アンダルス!」「お、お師匠様!」アンダルスはガブリエルを突き飛ばすと、エルムントの方へと駆け寄った。「一体何処へ行っていたんですか? 心配してたんですよ!」「ごめんなさい、お師匠様。舞の稽古に夢中になってたらお腹に剣が突き刺さっちゃって。でもこの人が手当てしてくれましたから!」ガブリエルは顔を顰めながらエルムントを見た。「わたしの弟子を助けてくださり、ありがとうございました。」エルムントはそう言うと、ガブリエルに向かって頭を下げた。「お師匠様、この方と遠乗りに行ってもいいですか?」「でも、怪我の具合は?」「大丈夫です。この方がちゃんと手当てしてくださいましたから。」エルムントはちらりとガブリエルを見ると、彼ににっこりと微笑んだ。「アンダルスの事、どうかお願いいたします。」「は、はい・・」エルムントはダリヤとともに部屋から出ると、溜息を吐いた。「彼、アンダルスに何かしないでしょうか?」「大丈夫だよ。あの子可愛い顔して気が強そうだからね。」ダリヤは困惑しているエルムントの顔を見ながら、口端を上げて笑った。 朝食を食べた後、アンダルスとガブリエルは厩へと向かった。「お前、馬は乗れるのか?」「舞姫って呼ばれてるけど、俺男だし。それに馬なんか村に居た頃毎日乗ってたよ。」ガブリエルの言葉に、アンダルスは鼻を鳴らしながら白馬を見た。「これに乗ろうかなぁ。」「残念だな、これはわたしの馬だ。お前は隣の馬に乗れ。」アンダルスはガブリエルの言葉に不満そうに唸ったが、白馬の隣の馬房にいる月毛の馬に話しかけた。「本当に上手いな。」「口先だけじゃないでしょ。まぁ、あんたもなかなかのもんだけど。」自分に憎まれ口を叩くアンダルスの頬を、ガブリエルは抓った。「いったぁい、何すんの!」「今朝のお返しだ。」ガブリエルはそう言うと、馬の手綱を握ってアンダルスを追い越した。「あ、待ってよ!」アンダルスは少し頬を膨らませると、ガブリエルの後を追いかけた。 二人はやがて、宮殿外れにある泉に辿り着いた。「あ~、汗かいて気持ち悪い。」アンダルスはそう言うなり、乗馬服を脱ぎ始めた。「な、何をしている!?」「何って、水浴びしようとしてんだけど。」「やめろ、はしたない!」「男同士何だから、気兼ねしなくてもいいでしょ?」アンダルスは一糸纏わぬ姿となり、勢いよく泉へと飛び込んでいった。「とんでもない奴だな・・可愛い顔して。」ガブリエルは溜息を吐き、アンダルスの水浴びが終わるのを待った。暫くすると、アンダルスが水中で溺れそうになった。ガブリエルは服を着たまま泉に飛び込み、アンダルスを助けた。「大丈夫か?」「ありがとう・・」激しく咳き込みながら、アンダルスは紅の瞳を潤ませながらガブリエルを見た。二人の目が合い、二人の唇が静かに重なった。「ん・・」ファーストキスを奪われた時は嫌だったのに、何故か今彼としているキスは嫌ではなかった。それどころか、もっとしたいとアンダルスは思い始めていた。にほんブログ村
2012年04月23日
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国王に気に入られ、ローレル宮廷付の吟遊詩人となったエルムントとその弟子・アンダルスの生活は以前のものとは百八十度変わってしまった。 宿屋に何日か泊まることはあっても、たまに宿代が稼げず野宿を何日か続けていた頃とは違い、今では宮殿内に国王によって部屋まで与えられ、食事も野菜のカスが浮いただけのスープではなく、国王や宮廷貴族達と同じ豪華な食事が毎日三食出された。突然の環境の変化に初めはうろたえていたエルムントだったが、数週間経つともう砂糖をふんだんに使った高級菓子を前にして目を丸くすることもなくなった。「お師匠様、僕たち本当にここで暮らしていてもいいんでしょうか?」長い間各地を放浪し、色々と世間慣れしているエルムントとは違い、年端のゆかぬアンダルスは、未だに宮廷生活に慣れないでいた。「陛下がここに暮らしても良い、とおっしゃったのなら、いいんじゃないかな? それよりもアンダルス、怠けていないで舞の練習をしなさい。芸は毎日磨かないと劣るものだよ。」「はい!」アンダルスは師匠の言葉を聞くと姿勢を正して、部屋から飛び出していった。彼がいなくなり、一人になったアンダルスは、深い溜息を吐いた。今まで市井の人々を相手に歌ってきたが、今度は宮廷貴族たちが相手だ。彼らは街の者達とは違う。住んでいる世界や階級、この世のすべてに於いて貴族達は平民達と真逆の世界の生き物なのだ。彼らの相手をするくらいなら、路上で歌を歌っている方が気楽だが、ここから出ようにもそうはいかない。なるべく波風を立てずに平穏に毎日を送ることだけを考えなければ。エルムントは再度溜息を吐くと、ベッドに入ってゆっくりと目を閉じた。 その頃アンダルスは、月明かりの下で舞の練習をしていた。今度披露する舞は剣舞なので、長剣を持ったアンダルスはゆっくりと剣を振いながら優美に舞い始めた。彼が舞うたびに、夜着の裾がひらひらと揺れ、長い彼の金髪が夜風を受けて揺らめいた。舞が終盤にさしかかった頃、アンダルスは背後から誰かが近づいて来る気配を感じた。「誰だ?」「失礼、余りにも美しい舞だったので。」アンダルスが振り向くと、そこには法衣に身を包んだ一人の司祭が立っていた。シルバーブロンドの髪は月明かりの下できらきらと輝き、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳は、アンダルスに向けられていた。「あなたは?」「わたしはダリヤ。宮廷付司祭です。最近陛下に気に入られた舞姫というのは、あなたですか?」「ええ。アンダルスといいます。」「アンダルス・・男でしたか。残念だな。」司祭はそう言うと、にやりと笑いながら、アンダルスに一歩近づくと、彼の華奢な腰を掴んだ。「あなたが女であれば、わたしの気が済むまであなたの中にわたしの精を注ぎこめたのに。」美しい顔とは裏腹に、その唇から出る言葉は卑猥なものだった。「司祭様のお口からそのようなお言葉を聞くとは、思ってもみませんでした。」アンダルスはダリヤから離れてそう言うと、軽蔑のまなざしを彼に向けた。「司祭は神に仕える前に一人の男でもあります。現に、肉欲に溺れ堕落する聖職者たちが大勢おりますよ。ただ神に仕え戒律に従うだけの日々を送る者は、ほんの僅かです。」「そうですか・・僕の村にもあなたのような破戒僧がいましてね。とっかえひっかえ女や少年をベッドに誘い込んでは、飽きたらゴミのように捨てる酷い奴で、村長の娘にも手を出そうとして、村人全員から袋叩きに遭いましたよ。」アンダルスは長剣を構えると、そう言ってダリヤを睨んだ。「おや、そんな物騒なもの、可憐なあなたには似合いませんよ?」ダリヤは口端を歪めると、地面を蹴り上げると法衣の中から拳銃を取り出すとその銃口をアンダルスに向けて発砲した。「あなたこそ、そんな飛び道具なんて似合いませんよ?」ダリヤが放った銃弾を避けながら、アンダルスは彼の懐に飛び込もうとしたが、その時彼の頬を何かが掠め、地面に突き刺さった。「ダリヤに手を出すな。」心地良い音楽的な低い声が夜の庭に響き渡り、アンダルスがちらりと周囲を見渡すと、そこには漆黒の髪をなびかせた長身の男が立っていた。「助かったよ、ガブリエル。わたしの代わりにこのお転婆の相手をしてくれないか?」「承知した。」男はそう言うと、ゆっくりとアンダルスに近づいてきた。月明かりの下、男の整った鼻梁と切れ長の黒い瞳が仄かに照らされた。「ダリヤ、こやつは殺すのは惜しい。」「そう・・じゃぁお前の好きなようにしていいよ。またね、舞姫さん。」ダリヤは口端を歪めて笑うと、アンダルスと男に背を向けて庭から去って行った。「逃がすか!」アンダルスはダリヤに向けて地面に突き刺さった短剣を抜くと、彼に向けて投げつけた。短剣は彼の頬を掠め、煉瓦の壁に突き刺さった。「気が変わったよ、ガブリエル。そいつ、殺しちゃって。」ダリヤは男に何か投げると、建物の中へと入っていった。「待て!」ダリヤを追いかけようとするアンダルスの前に、男が立ちはだかった。「ここから先は行かせぬ。お前の相手はこのわたしだ。」男はそう言うと、大鎌をアンダルスに振りかざした。鋭い刃に身を引き裂かれる前に、アンダルスは寸でのところで男の攻撃をかわした。大きな得物なら隙が出来やすいが、男の攻撃はアンダルスが反撃する暇さえも与えない。(こいつ・・強い!)舞の師匠から剣術や馬術などの武術を習い、己の身を守る為に幾度か剣を振ってきたアンダルスだったが、これほどまでに強い相手はいなかった。はじめはアンダルスに優勢だった戦況が、一瞬にして男の方へ軍配が上がった。アンダルスは肩で息をしながら剣を構えた。「そんなか弱い身体でわたしに勝てると思っているのか?」「やってみなきゃ・・わからないだろ!」夜着の長い裾を切り裂くと、アンダルスは地面を蹴って男へと突進した。だがアンダルスの刃が男に届く前に、彼の大鎌がアンダルスの脇腹に突き刺さった。アンダルスは口から血を吐き、地面に力無く倒れた。夜着が血に染まり、不気味な染みが徐々に広がっていった。「やりすぎたな・・」男はそう言って溜息を吐くと、アンダルスの華奢な身体を抱きあげ、庭から去って行った。 一方、エルムントは弟子の帰りが遅い事に心配し、彼が舞の練習をしている庭へと向かった。そこには、赤黒い血だまりが出来ていた。(アンダレス・・)エルムントは呆然としながら、その場に立ち尽くした。同じ頃、男は自分の部屋で瀕死の重傷を負ったアンダルスの手当てをしていた。「急所は外れたか・・」男は大きく逞しい手で、アンダルスの長い金髪を優しく梳いた。「う・・」アンダルスが低く呻くと、男は微かに口元を緩めて笑った。にほんブログ村
2012年04月23日
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王宮へと向かう馬車の中、アンダルスは緊張に身を固くしていた。「アンダルス、どうしたんだい?」「お師匠様は、緊張しないのですか? これから陛下の御前で舞や歌を披露するというのに。」これから国王の前に立つというのに、エルムントは冷静そのものだ。「アンダルス、緊張してはいいものは生まれないよ。逆にお前に聞くけれど、お前はいつも路上で舞を披露する時、緊張するかい?」「さ、最初は。でも、段々人前で舞を舞う事に慣れてきまして・・」「陛下の御前でも、いつものように舞を披露すればいいんだよ。さっき呪いをかけただろう?」エルムントのエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、アンダルスはその奥に宿る優しい光を感じ、緊張が和らいだ。「はい・・」「もう一度、幸運のお呪いをかけてあげましょうね。」エルムントはアンダルスの唇を再度、塞いだ。彼らを乗せた馬車は、宮殿の門へとくぐった。 一方、宮殿ではルチアが侍女に叩き起こされた。「一体何なの、こんな真夜中に?」「ルチア様、至急大広間にお行きになってください。」そう言った侍女の顔は、どこか浮き浮きとしている。「何かあるの?」「ルチア様はエルムント様をご存知ですか?」「エルムントって、最近巷で話題になっている吟遊詩人の方? その方がどうかなさったの?」「先ほど陛下がエルムント様の歌と、その弟子の舞をご覧になりたいとおっしゃられて、今宮殿に二人が向かっているところですわ。」「まぁ、こんな真夜中に?」ルチアのアメジストの瞳が、驚きの光で輝いた。「お父様やお母様に少し時間がかかるからと・・」「いいえ、すぐにお召し替えを。」「わかったわ・・」ルチアは腰下まである黒髪を侍女に梳いて貰いながら、何故父がこんな真夜中に吟遊詩人を宮殿に呼んだのかを尋ねてみようと思った。一国の主とはいえ、人を真夜中に呼びだして芸を披露させるなど、非常識過ぎるではないか。真紅のドレスを纏ったルチアは、侍女と共に大広間へと向かった。そこには、赤褐色の髪をした吟遊詩人と、その弟子が立っていた。ルチアはちらりと吟遊詩人の隣に立っている弟子を見た。シャンデリアの下で輝く長く美しい金髪に、宝石のような真紅の瞳。あんなに美しい子が披露する舞とは、一体どんなものなのだろう。ルチアが暫く弟子を見ていると、彼は視線を感じてルチアの方を見た。「ルチア、こちらに来なさい。」「はい、お父様。」ルチアは慌てて視線を外すと、父の元へと向かった。「どうかしたのか、アンダルス?」自分と話をしていたアンダルスが不意に何かを見たことに気づいたエルンストはそう言って彼に尋ねた。「あの・・さっき赤いドレスを着た女の子が僕を見ていました。」「赤いドレスを着た女の子?」エルムントがちらりと玉座の方を見ると、そこには国王の隣にルチア王女が座っていた。「あの子は、国王の娘だよ。」「お、王女様が、何故卑しい僕なんかを見つめていたのでしょう?」アンダルスは不安げに師匠を見た。「きっとお前の美しさに見とれていたのだろう。ルチア様はお美しいが、お前の美しさに思わず見ずにはいられなかったのだろうね。」エルムントはそう言うと、アンダルスの金髪を優しく梳いた。「お父様、どうしてあの方達をこんな時間にお呼びになったの?」一方、玉座に座る父の隣で、ルチアはそう言って彼を睨んだ。「思い立ったら吉日、というではないか。」「でも、急にわたしの為に舞と歌を披露しろだなんて・・非常識だとは思いませんの?」「それはそうだが・・」ルチアに捲し立てられ、ユリシスが何も言えないでいると、リュートの音色が大広間に響いた。ユリシスとルチアが前方を見ると、吟遊詩人の演奏に合わせてあの金髪の弟子が静かに舞い始めていた。動きが激しくない、静かな舞だったが、何処か神々しいものを感じて、二人はその舞にたちまち夢中になり、口論をするのを忘れて魅入っていた。 アンダルスはいつものように舞った。ここを宮殿の大広間ではなく、いつもの路上や酒場だと思えばいい。玉座に座っている国王と王女は、路上で自分の舞を見ている普通の父娘だと思えばいいのだ。そう思うと、アンダルスの心から失敗への恐怖心や、国王の前で舞うという緊張感が全てなくなり、ヒラリ、ヒラリと衣を揺らしながら静かに舞った。ふと隣でリュートを奏でているエルムントと目が合うと、彼はアンダルスに微笑んだ。アンダルスは無事に舞えたという達成感に満ち足りた気持ちで国王と王女に向かって頭を下げた。「良い舞であったぞ。そなたの歌も素晴らしいものだった、エルムント。」ユリシスはそう言って吟遊詩人に拍手した。「ありがたきお言葉でございます、陛下。わたくしの拙い歌をそのようにお褒めくださるとは。」エルムントは国王に一礼すると、興奮で少し惚けている弟子の肩を叩いた。「国王陛下にご挨拶をなさい。」「あ、あの・・僕の、あの・・」我に返ったアンダルスは何か気の利いたことを言おうとしたが、緊張で舌が縺れてしまい、中々言葉が出て来なかった。その時、国王の隣に座っていた王女がゆっくりと立ち上がり、彼の方へと駆け寄って来た。「あなた、お名前は?」「アンダルスと申します、ルチア姫様。」「アンダルス、あなたの舞はとても素晴らしかったわ。神々しくて美しい舞だった。わたくし達でなく、皆さんに見ていただきたいくらいよ。」「あ、ありがとうございます・・」アンダルスは照れ臭そうな表情を浮かべると、王女に向かって頭を下げた。「そなた達は一箇所に定住せず、各地を放浪していると聞く。エルムントよ、わたしはそなたの歌を気に入った。是非ともその歌声を毎日わたしに聞かせてはくれぬだろうか?」ユリシスの言葉に、エルムントは静かに頷いた。「それが陛下のお望みならば。」こうして吟遊詩人・エルムントとその弟子・アンダルスは、国王ユリシスによって宮廷で歌や舞を披露することとなった。「お師匠様、これは夢でしょうか? 卑しい僕達が宮廷にお仕えするなんて・・」「夢でないよ、アンダルス。陛下に気に入られたからといって、天狗にならず、常に謙虚な気持ちになりなさい。」「はい、お師匠様。」アンダルスは初めて、生まれてきて良かったと思えるようになった。にほんブログ村
2012年04月23日
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エルムントは、いきなり自分に襲い掛かって来た男―フェイから逃れようと、必死に抵抗したが、逞しい彼の身体はびくりとも動かなかった。「あのガキの代わりにあんたを抱くぜ。そうしたらあのガキには近づかねぇよ。」フェイはそう言ってエルムントを見た。「それは、本当ですか?」ワインレッドの瞳でフェイを睨みつけながら、エルムントは彼と少し距離を取った。「俺が嘘を吐くとでも?」「あなたは信用できません。」フェイは溜息を吐くと、頭をぼりぼりと掻いた。「ったく、気難しいお姫様だぜ。ま、さっさとあのガキを連れてどこかに勝手に流れな。」エルムントはフェイに背を向けると、部屋から出て行った。「旦那、無事だったので?」食堂でエルムントとフェイの様子を見ていた女将がそう言って安堵の表情を浮かべた。「こちらにはご迷惑をおかけいたしました。」エルムントは彼女に頭を下げると、弟子が待つ部屋へと入った。「アンダルス、旅支度をしなさい。ここを出ますよ。」「ですが、あいつらは?」「もう大丈夫です。」エルムントはダリヤに向かって優しく微笑んだ。 数分後、エルムントとアンダルスは宿屋を出て、新しい地へと旅立った。「さぁ、行きましょう。」「お、お師匠様・・僕なんかが一緒についていってもいいんですか?」「あなたはわたしの弟子です、アンダルス。これからはわたしとずっと一緒ですよ。」エルムントはそう言ってアンダルスに微笑むと、手を差し出した。「はい!」アンダルスは、そっとエルムントの手を取り、歩き始めた。「親分、本当にあいつらを見逃しちまってもいいんですかい?」鳳凰社の構成員の一人が、そう言って悔しそうな顔をしてエルムントとアンダルスの背中を見送った。「いいのさ。俺がわざわざあいつらを捕まえなくても、いずれ会う事になるだろうよ。」フェイは蒼い瞳を光らせながら、二人が去って行った方を眺めた。 宿屋を出たエルムントとアンダルスは、目的地に着くまでの間、歌を披露したりして宿代を稼いでいた。「アンダルス、君は何が出来るんだい?」「踊りを少し。僕の村では踊りの名手がいて、物心ついた時からその人から踊りを習っていました。」「そうか。じゃぁ、少しやってみてくれるかい?」「いいですよ。」アンダルスはそう言うと、エルムントの演奏に合わせて舞い始めた。その舞はまるで、天の神が地上に降りてきて舞っているかのような、優雅なものだった。「どうでしたか?」ワインレッドの瞳でアンダルスはエルムントを見た。「とても良かったよ。まるで天の神が君に宿ったかのような、優雅でいてとても神々しい踊りだった。」エメラルドグリーンの瞳を感動で潤ませながら、エルムントはそう言ってアンダルスに微笑んだ。「ありがとうございます。エルムント様だけです、僕の舞を褒めてくださったのは。村に居た頃はこんな瞳をしているので、僕の事を村の大人達は気味悪がって、子ども達は僕の事をいじめてばかりで・・」そう言ってアンダルスは俯き、村で過ごした辛い日々の事を思い出した。あの頃、血の色のような瞳を持って生まれた所為で、村の大人達からは“国が滅びる前兆だ”と言われて気味悪がられ、子ども達からは“化け物”と呼ばれいじめられていた。貧困に喘いでいた両親は、自分を男娼館へと売り飛ばした。誰にも必要とされない子どもとして、今まで生きてきた。だが、これからは違う。目の前には、自分の舞を初めて褒めてくれた人が居る。男達に殴られたところを助けてくれた人が居る。もう自分は、一人ではないのだ。「アンダルス、これからはその舞を披露してくれ。きっと君の舞を見たら、癒されることだろうよ。」「ありがとうございます!」アンダルスは、涙を流しながらエルムントに向かって頭を下げた。 それから、アンダルスはエルムントの伴奏で舞を舞いながら彼と共に宿代を稼いだ。―おい、あれ見ろよ・・―なんて美しいの・・―魂を吸い取られそうだ・・アンダルスの美しい舞は、たちまち道行く人々を魅了した。「今日もお前のお蔭で美味いものが食えそうだ。」袋に詰まった金貨を見ながら、エルムントはそう言ってアンダルスの頭を撫でた。「あ、ありがとうございます。」その夜、エルムント達が宿屋で休んでいると、不意に外が騒がしくなった。「ここに赤褐色の髪をした男と、プラチナブロンドの少女がいると聞いた! その者達は何処に居る!?」エルムントがそっと窓から外を見ると、そこにはローレル王国軍が宿屋の前に集まっていた。「エルムント様・・」「大丈夫です、アンダルス。」エルムントはそっとアンダルスの肩を叩くと、宿屋から出た。「こんな夜更けに、何故騒いでいらっしゃるのですか?」「お前が、吟遊詩人エルムントか?」「はい、そうですが。」エルムントは自分の前に立っている兵士を見た。「我々はローレル王国近衛隊である。至急貴殿とその弟子、アンダルスには宮殿に来て貰いたい。」「宮殿に・・ですか?」「陛下がお前達の噂を聞き、是非ともお前の演奏と弟子の舞をご覧になりたいとおっしゃっておられる。」(国王陛下が、わたし達に興味を?)一介の吟遊詩人と舞姫の噂を聞きつけただけで、国王が興味を持つなど・・突然の出来事に、エルムントはただ呆然としていた。「少々お待ちください。」エルムントは部屋に戻ると、不安そうな顔をして自分を見ているアンダルスに微笑んだ。「アンダルス、今すぐ宮殿へ行くよ。身支度をしなさい。」「宮殿に・・ですか?」「ああ、何でも国王陛下がわたし達の歌と舞に興味を持たれ、ご覧になりたいらしい。」その後二人は慌ただしく身支度を済ませて、王国軍が用意した馬車に乗り込み、宮殿へと向かった。「大丈夫でしょうか・・もし失敗したら・・」「大丈夫だ。いつものようにしていればいい。」エルムントは、震えるアンダルスの身体をそっと抱き締めた。「あなたに、幸運のお呪いをかけましょう。」エルムントはアンダルスの唇をそっと塞いだ。にほんブログ村
2012年04月23日
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エルムントは傷だらけで泥まみれとなった少年―アンダルスを連れて宿屋へと戻った。「お客さん、この子は?」女将はそう言ってじろじろと無遠慮な視線をアンダルスに送った。「この子はわたしの弟子です。女将さん、この子の為にお風呂と傷薬を。」「はい、わかりました。」女将はちらちらと尚も無遠慮な視線をアンダルスに送りつつも、店の奥へと引っ込んで行った。「わたしの部屋においで、アンダルス。」「は、はい・・」アンダルスは不安そうな表情を浮かべながら、エルムントの手を握った。「じゃぁ、行こうか。」エルムントはアンダルスを連れて自分の部屋へと向かった。「狭い部屋でごめんね。」「いいえ。それよりも先ほどは助けていただいてありがとうございました。」アンダルスはエルムントに再度礼を言った。「礼を言われるほど立派な事をしていないよ。ただ困っている人を助けただけだ。それよりも君は、どうしてあいつらに絡まれていたんだい?」「それが・・父が借金をしてそのカタに男娼館へと売られそうになりまして。あの男達はその女衒(ぜげん)達で、抵抗したら突然殴られました。」「そうか・・そんな事が・・」「失礼しますよ。」女将が不機嫌そうな表情を浮かべながら、傷薬を持って部屋へと入って来た。「ありがとう。」「風呂は沸きましたから、お入りになってください。」「わかった。行こう。」「はい、エルムント様。」エルムントはアンダルスを連れて部屋へと出て、浴室へと入った。そこには湯が張られた猫足の浴槽があり、浴槽からは湯煙が立ち上っていた。「まずは身体を洗うといい。」「エルムント様は?」「外で待っているよ。」エルムントは浴室から出て自分の部屋へと戻ろうとすると、女将が彼に近づいて来た。「旦那、あの子をどうなさるおつもりです?」「あの子はわたしの弟子です。」「あの子はここには置いておけませんよ。厄介な連中と繋がってるんですからね。面倒を起こしたくない気持ち、旦那だってわかるでしょう?」女将はそう言ってじろりとエルムントを見た。「あなたが心配しなくとも、一夜明けたらここから出て行きますから。」エルムントは尚も言い募ろうとしていた女将に背を向け、元来た道を戻った。「エルムント様、先にお風呂を頂きました。」全身泥まみれだったアンダルスは、白い肌とプラチナブロンドの髪を輝かせながらエルムントに向かって微笑んだ。「綺麗になったね、アンダルス。後はわたし一人で出来るから、部屋に戻って傷薬を塗っておきなさい。」「はい。」エルムントはアンダルスの残り湯に浸かりながら、溜息を吐いた。アンダルスとあの男達とは一体どういう関係なのだろうか?女将の口ぶりからすると、彼らは只者ではなさそうだ。“厄介な連中と繋がってるんですからね。”厄介な連中。“紅の鷹”か、もしくは彼らと繋がっている者達、という意味だろうか。(難しい事を考えるのは後にして、今夜はゆっくりと身体を休めよう。この街を出れば、安心だ。) エルムントはそう思うと、浴槽から出て素早く身体を洗って部屋へと戻った。「アンダルス、入るよ?」そう言ってエルムントがドアを開けると、そこにはすやすやとベッドで眠っているアンダルスの姿があった。「今日は大変だったね。これからは一人じゃない、わたしが一緒だ。」エルムントはアンダルスのプラチナブロンドの髪を撫でながら、そっと彼の隣で目を閉じた。「お客さん、起きて下さい!」女将の切羽詰まった声で、エルムントはベッドから飛び起きた。「どうしたんですか?」「あの子を返せってあいつらがここにさっき乗りこんできたんですよ!」「あいつらって?」「御存知ないんですか、旦那? “鳳凰社”の連中ですよ!」“鳳凰社”という団体の事を聞いたのはこれで初めてだったが、女将の口ぶりからして彼らが闇社会の者達である事がわかった。「彼らとはわたしが話をします。」「旦那、危険ですって!」「ダリヤは私の弟子です。師匠が弟子を守らないでどうしますか!」エルムントはそう言うとワインレッドの瞳で女将を睨んだ。「彼らは何処に?」「しょ、食堂にいます。」「ありがとう。」エルムントは食堂へと向かうと、隅のテーブルに座っている黒服の男達が一斉に彼を見た。「あんたか、アンダルスのお師匠さんってのは?」「ええ、そうです。あの子に何の用ですか?」「アンダルスを俺達に返しな。あいつは金を産む卵なんだよ。」「お断りいたします。アンダルスはわたしの弟子です。あなたのような汚らわしい連中に渡すわけにはいきません。」「なんだと、こらぁ!」男達の中の一人が、エルムントの胸倉を掴んだ。「アンダルスのお師匠さんよぉ、いい度胸してるじゃねぇか。ちょいと顔貸してくれねぇか?」「ええ、いいでしょう。」(アンダルス、あなたは必ずこのわたしが守ってみせます。)男達に連れられたのは、宿屋の裏路地に面した寂れた建物だった。「頭、連れて来ましたぜ。」先ほどエルムントの胸倉を掴んだ男がそう言って真紅の椅子に座っている誰かに向かって頭を下げた。「おう、そうか。」椅子から誰かが立ち上がる気配がして、エルムントがそちらの方を向くと、そこには黒髪蒼眼の男が冷たく自分を見下ろしていた。「初めまして、吟遊詩人さん。俺はフェイ、この鳳凰社の頭さ。」「アンダルスはあなたには渡しません。例えこの命に代えてでもあの子を守ります。」「そうかい、見上げたお師匠さんだ。じゃぁあいつの代わりに俺の相手をしな。」黒髪蒼眼の男―フェイは、そう言うとエルムントの腕を掴んで無理矢理彼を奥の部屋へと連れて行った。 奥の部屋へと入ったフェイは、ベッドの上にエルムントを投げ倒すと、彼の上に覆い被さった。「何をするんですか、やめなさい!」にほんブログ村
2012年04月23日
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突然地下組織“紅の鷹”のリーダーであるレオンから己の出生と彼との関係を聞かされたエルムントは、その夜眠れずに朝を迎えた。「おはよう。」レオンに用意された部屋を出て食堂へと向かうと、そこにはあの老婆―アシュバが厨房で朝食を作りながらそう言ってエルムントに微笑んだ。「おはよう・・ございます。」「目の下に隈が出来ているね。眠れなかったのかい?」「あんな話を聞かされて眠れるほど、わたしの神経は太くは出来ていませんから。」エルムントの言葉に、アシュバはくすりと笑って朝食作りを再開した。「よぉ、エルムント。昨夜は眠れたか?」突然背後から力強く肩を叩かれ、エルムントが顔を顰めながら振り向くと、そこには笑顔を浮かべたマシアンが立っていた。「眠れるわけないだろう。マシアン、君はあの人がわたしの腹違いの兄だってことを知っていたのか?」「レオンさんがお前の腹違いの兄さんだって!? 初めて聞いたぜ!」マシアンはそう叫ぶと口笛を鳴らした。「お前が銀髪なのがわかったよ。同じ血を分けた者同士だから、髪の色が同じでも何の違和感もねぇな。」マシアンはサファイアブルーの瞳を驚きと好奇心で輝かせながら、じろじろとエルムントを見た。「マシアン、人の事をじろじろと見るのは失礼だと、お母ちゃんに教わらなかったのかい?」「すいません。じゃぁなエルムント、俺はちょいと出かけてくらぁ。」マシアンはバツの悪そうな顔をして食堂から出て行った。「ありがとうございます、助かりました。」エルムントはそう言ってアシュバに向かって頭を下げた。「いいってことさ。あたしは礼儀知らずの人間が大嫌いなのさ。それよりもお前さん、これからどうするつもりだい? ここで兄さんと共に暮らすのかい?」「それは・・まだ決めてません。」エルムントはアシュバの問いにそう答えると、俯いて溜息を吐いた。「正直、今自分が置かれている状況が全く分からないんです。わたしは今まで天涯孤独だと思ってましたから。それなのにいきなり腹違いの兄が出てくるし、義理の両親がいることも初めて知りましたし・・何をどうすればいいのか、答えが見えてこないんです。」「そうかい。じゃぁ気休め程度に、あたしがお前さんのことを占ってあげよう。」朝食を作り終えたアシュバはそう言ってエプロンを外すと、エルムントを手招きした。「あたしの部屋においで。」「はい・・」アシュバに言われるがままに、エルムントは食堂を出て彼女の部屋へと向かった。「お入り。」彼女の部屋へと入ると、そこにはベッドとギンガムチェックのテーブルクロスが掛けられたテーブルと椅子しか置いていない簡素な空間が広がっていた。アシュバは椅子を引いてゆっくりとそれに腰を下ろすと、テーブルの上に置いてあるタロットを混ぜ始めた。「ここへ座って、一枚カードを選びな。」「はい、わかりました。」エルムントは慌てて椅子に腰を下ろし、タロットを一枚選んだ。アシュバはそれを満足気に見ると、タロットを再び混ぜ始めた。「さてと、あんたの運命を見ようかね。」そう言うと彼女は、エルムントが選んだカードを捲った。「これは、余り良くないね。あんたの意志に反して次々と災いが降りかかって来る暗示が出ているね。」「そんな、わたしはどうしたらその災いから身を守ればいいんですか?」「あんた、吟遊詩人として長い事やっているんだろう? 弟子はいるのかい?」アシュバの問いに、エルムントは首を横に振った。「弟子を取るがいい。そうすればあんたに災いは降りかからず、あんたの歌と音色は末代にまで歌い継がれることだろう。弟子はなるべく少年を取るといい。男同士の方が何かとやりやすいからね。」「わかりました。ありがとうございました。」「お代は要らないよ。あたしはお前さんの為に勝手に占ってあげたんだからね。今ここを出て行くなら出て行きな。あんたは風だ、誰にも縛られない。」アシュバの部屋を出たエルムントは自分の部屋へと戻り、荷造りをして“紅の鷹”のアジトから出て行った。「アシュバさん、エルムントを知らないか? 何処を探しても姿が見えないんだ。」「あの子なら出て行ったよ。」そう言ったアシュバは、口元を歪めて笑った。 “紅の鷹”のアジトを出たエルムントは、再び放浪の旅に出た。酒場でリュートを奏で歌う度に、こんなことをいつまでも続けていいのだろうかと心の片隅でエルムントは思い始めていたが、その度にアシュバのあの言葉が脳裡に浮かんだ。“あんたは風だ、誰にも縛られない。” 己の生き方を人に指図されずに、今まで自分は自由気ままに生きてきた。その生き方を今更変えるつもりはないし、家族の存在を知ってもそれは変わらない。(あの人はわたしがいなくなったと知ったら、どう思っているのだろうか?)腹違いの兄・レオンの事は何も考えたくなかった。彼とは生きる世界が違うのだ。だからあそこから逃げ出したのではないか。(わたしはわたしの道を行く。) ある日の夜。エルムントはいつも通り酒場で演奏をしていた。酔客達は彼の美しい歌声に耳を澄ませながらうっとりとした表情を浮かべていた。 演奏も終盤にさしかかろうとした時、酒場の外が急に騒がしくなった。(一体何があったんだろうか?)ちらりと外を見ると、酔客達数人が一人の少年を寄ってたかって暴行していた。「誰か、助けてください!」少年の悲痛な声は、夜の闇に虚しく消えていった。「やめなさい、あなた方何をしているんですか!」演奏を中断したエルムントは、酒瓶を片手に男達へと詰め寄って行った。「なんだ、てめぇは? 吟遊詩人さんは店の中へと戻りな。」「そうはいきません。」エルムントは酒瓶を乱暴に叩き割ると、割れた硝子を手に男達に向かって行った。男達の一人が硝子で頬を切った。「痛い思いをしたくなければその子をこれ以上構うのはやめなさい!」「チッ、行くぞ。」男達は恐怖で泣いている少年を残して去って行った。「大丈夫かい?」「あ、ありがとうございます。」そう言った少年は、エメラルドグリーンの瞳を輝かせながらエルムントにレイに微笑んだ。「君、名前は?」「アンダルスといいます。」「そうか。わたしはエルムント。アンダルス、今日から君はわたしの弟子だ。」エルムントは少年の髪を撫でながら言った。これが、エルムントとその弟子・アンダルスの、運命の出逢いだった。にほんブログ村
2012年04月23日
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「へぇ、そうかい。一体何が目的だったんだい?」アシュバはそう言ってレオンのカップに紅茶を注ぎながら彼を見た。「ここだけの話なんだが、昨夜マシアンがこの家に泊まらせようとした者は、わたしの弟かもしれないんだ。」「あんたに弟がいたとは、初耳だねぇ。確かあんたは街外れの教会に捨てられていたんじゃないのかい?」「それはわたしの育ての親であるその教会の神父様から聞きました。ですが彼はもう一つ真実をわたしに教えて下さいました。」「真実?」「はい・・わたしには血のつながった実の弟が居て、わたし達の両親は敵国の貴族だと。」「あんたが、エステア人だと?実の弟の方は、生粋のローレル人だとさっきの奴が言っていたような気がするけどねぇ。」アシュバはレオンの話が少し信じられずに、首を傾げて唸った。「弟と言いましても、腹違いなのです。弟の母親は生粋のローレル女で、父の愛人だったと神父様から聞きました。わたしは彼から実の両親と弟のことを聞き、生まれ育った街を捨て王都へとやって来たのです。まさかこんなに早く見つかるとは思いもしませんでしたが。」レオンは興奮冷めやらぬ様子でそう言うと鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。「で、その弟をどうする気だい?大方あんたの仕事を手伝って貰おうなんて魂胆じゃないだろうねぇ?」「鋭いお方だ。その通りです。彼にわたしの仕事を手伝って貰うつもりでしたが、あと一歩のところで彼に逃げられてしまいました。ですがわたしは彼を諦めるつもりなどありませんよ。長年生き別れた弟なのですから・・」レオンの黄金色の瞳が昏い光を帯びて不気味に輝いた。 同じ頃、エルンハルトは朝食を宿屋の食堂で済ませて部屋へと戻り、財布の中にある数枚の金貨を見つめては溜息を吐いていた。故郷を飛び出てリュートと歌で稼いできて数年の歳月が経ち、漸く収入も安定してきたが、生活は相変わらず苦しいままだった。 このままではいつか野垂れ死んでしまうーそう思ったエルムントは、何処かの楽団に雇って貰おうと思い立ち、部屋を出て王都にある伝統的かつ格式高い七つの楽団に飛び入りで入団試験に臨んだ。 だが、長い歴史を持つ楽団の団員の大半は貴族で、平民であるエルムントはどんなに歌と才能があっても出自の問題で何処も相手にしてくれなかった。(わたしは実力があるのに・・何故出自で職業が決められるんだ!)エルムントは絶望に陥り、その日は一晩中嘆きの歌を歌った。朝を迎え、彼は気持ちを新たに再び職探しを始めたが、なかなか見つからなかった。(ここで落ち込んでいても仕方がない。諦めずにいれば絶対に夢は叶う。わたしが幼い頃憧れていた吟遊詩人になれた時のように。)宿代や生活費などを日雇いの仕事で稼ぎながら、エルムントは必死に自分を受け入れてくれる楽団を探し続けた。 やがて季節は巡り、北国は短い夏を迎えようとしていた。今日もエルムントは日雇いの仕事を終えた後、自分の分身ともいえるリュートを肩から担いで酒場へと向かった。 彼はいつものように歌い始めると、客達はすぐさま彼の歌に酔いしれた。喝采を受けて何度も客達に頭を下げるエルムントの姿を、遠くからレオンは眺めていた。「ちょっと、そこの君。」「なんでしょう?」酒場を出た所で急に背後から呼び止められ、エルムントはそう言って振り向いた。そこには、銀髪金眼の美しい青年が立っていた。「君、名は?わたしはレオンだ。」「エルムントと申します。わたしに何かご用でしょうか?」「君は何処の出身なの?」「確か、東部だったような気が。余りにも長く離れていたので、地名すら思い出せません。」エルムントの言葉に、少し青年の顔が強張ったようにエルムントは見えたが、気の所為なのだろうか。「そうか。では母親の名は?」「ユリナ。父親は産まれる前に死んだと聞きましたので、父の事は良く知りません。どうしてそんな事を聞くんですか?」「・・わたしに付いて来るといい。」青年に言われるがままに、エルムントは彼の後をついて行った。 だが歩いていると、昨夜と同じ道を歩いていることに彼は気づいた。「すいません、わたしはもうここで・・」「何を言う。折角出逢えたんだから、もっと君と話がしたい。」有無を言わさず青年はエルムントの手を掴むとずんずんと路地裏を進んで行った。「嫌だ、離してください!」恐怖を覚えたエルムントが大声で叫んでも、人気のない路地裏にただ虚しく響くだけだった。 そして青年とエルムントが辿り着いたのはあの老女の家だった。「おや、今度は連れて来たね。」昨夜と変わらずそう言って自分と青年に笑みを浮かべている老女のラヴェンダーの瞳が少し輝いているかのようにエルムントは見えた。「ええ、連れて参りました。愛しい弟を。」青年の言葉にエルムントは驚愕の表情を浮かべた。「改めて自己紹介させて貰おう、エルムント君。わたしはレオン、君の腹違いの兄さんだ。」突然の事で訳がわからず、エルムントは混乱していた。「一体何が目的なのですか?第一わたしには兄弟などおりません!」「それは君の勘違いというものだ。それとも君の母親が今まで黙っていたのかもしれないね、君の実父の事を。」「わたしの、父?」「ああ、君の父と同時に、わたしの父でもある。彼はエステアの名のある貴族だ。わたしは産まれてすぐ教会の前に捨てられていてね、そこで拾われた神父様に育てられたのさ。そしてその神父様から、己の出生に纏わる真実を知って王都へやって来た。君をここに連れて来たのは、わたしの仕事を手伝って貰う為だ。」「あなたの、仕事?」「ああ、そうだ。わたしは今、大切な仕事をしている。軍にばれれば直ぐに処刑台送りにされるような危険な事をね。君は、“紅の鷹”という組織を知っているかい?」その名は何度か酒場で聞いた事があった。王家に逆らい、国家転覆を目論む悪名高い集団だと。「どうやら知っているようだね。わたしはその組織のリーダーだ。君には明日からわたしの補佐として働いて欲しい。」「お断りします。わたしは犯罪者になるなど真っ平御免です。」エルムントはそう言って青年に背を向けて去ろうとしたが、ドアが開かなかった。「エルムント、漸く君と会えたんだ。わたしという人間を理解せずに私から逃げる事は絶対に許さないよ。」穏やかな言葉を紡ぐ青年の顔には笑みが浮かんでいたが、それがエルムントには恐ろしく見えた。「今日はわたしの部屋で休もう。ゆっくりとお休み、我が愛しい弟よ。」青年は慈愛の表情をエルムントに浮かべながらそっと彼の額にキスをした。 突然現れた腹違いの兄と、その兄が地下組織のリーダーであるという事実を前に、エルムントは余りの衝撃で立っていられなくなり、床にへたり込んで大きく溜息を吐いた。(これからわたしはどうすればいいんだ・・?)にほんブログ村
2012年04月23日
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エルムントはゆっくりと振り向いて懐かしい顔を見た。「お前は、確か・・」「俺だよ、俺。マシアンだよ。もう忘れちまったのか?」そう言って男は人懐こい笑みを浮かべた。「マシアン・・」エルムントの脳裡に、幼い頃自分をいじめっ子達から守ってくれた頼もしいガキ大将の姿が浮かんだ。「もしかして、わたしをいじめっ子から守ってくれた、あのマシアンなのか?」「おお、そうよ!やっと気が付いてくれたのか、嬉しいぜぇ!」男―マシアンはそう言うと、エルムントに微笑みながら彼の肩を叩いた。エルムントは痛みで顔をしかめながら、幼馴染との再会を喜んだ。「お前、何してんだ?」「吟遊詩人をしているよ。わたしには歌とリュートを奏でる事しかないからね。放浪の旅を繰り返していたら自分が何処の出身なのか忘れてしまったよ。」「へぇ、そうか。俺は親父と喧嘩して家飛び出ちまって以来、此処に住んでる。エルムント、再会したのも何かの縁だし、うちに来ねぇか?」「いいのかい?わたしは別にそんなつもりはないんだけど・・」「人の好意は素直に受け取るもんだぜ。野宿なんかしたら凍え死ぬって。」マシアンは上機嫌でエルムントの華奢な肩を抱くと、大通りから少し外れた路地裏へと入った。「何処へ行くつもりだい?」「まぁまぁ、俺を信じて付いて来いって。」マシアンはどんどん路地裏の奥へと進んでゆくので、エルムントは必死に彼の後を追うしかなかった。 やがて彼は、みずぼらしい民家の前で立ち止まった。「マシアン、どうか・・」「帰ったぜ。」マシアンは囁くような声でそう言うと、上着のポケットから何かを取り出し、ドアの隙間にそれを滑らせた。「マシアン、君は一体・・」「話はここに入ってからだ。」エルムントは訳が判らないといった表情を浮かべながら幼馴染を見ていると、ドアが内側から開き、一人の老女が姿を現した。「よく来たね、お入り。」老女はにこりと二人の若者に笑いかけると、彼らに家の中へと入るよう手招きした。「邪魔するぜ、婆さん。」どうやらマシアンと老女は顔見知りらしく、彼は突然現れた老女に警戒もせずに家の名中へと入って行った。「どうしたんだい、そこの若いの?入るのかい、入らないのかい?」老女がじっと澄んだラヴェンダーの瞳でエルムントを見つめた。「わ、わたしは・・」「おいエルムント、遠慮しないで入れよ!」家の中からマシアンの喜びに弾んだ声が聞こえた。 家に入ろうか入らないか戸口でエルムントが迷っていると、急に足元を生温かい風が通り抜けた。何か嫌な予感がする。「すいません、わたしはいいです。」「そうかい。」老女はエルムントに興味が失せたようで、彼に背を向けるとドアをさっさと閉めて家の中へと入って行った。中で何が起こっているのかはわからないが、一度中に入れば決してあの家からは出られないだろうと、エルムントは何故かわかったのだ。 彼は時折家を何度も振り向きながら、夜の王都を一人彷徨い始めた。「ん・・」朝になり、眩い朝日によって目覚めたエルムントは、ゆっくりとベッドから起き上がった。あの後、彼は昨夜稼いだ金で宿屋に泊まり、そこで一夜を過ごしたのだった。 ベッドの脇に置いていたリュートを見ると、ちゃんとそこにはリュートが誰にも盗まれずに置いてあった。実用的で何も装飾が施されていないものだが、エルムントにとってそれは命そのものだった。(あのお婆さんは一体何者なんだろう?それに、マシアンはあれからどうしたのだろう?)リュートを爪弾きながら、エルムントは老女と幼馴染のことを思っていた。 一方、昨夜エルムントがマシアンと共に訪ねた民家の中で、マシアンは欠伸をしながら老女が作る朝食に舌鼓を打った。「婆さんの飯はいつ食っても美味ぇな。」「おやおや、お世辞が大分上手くなったじゃないか。」老女はからからと笑いながら焼き立てのパンをバスケットに入れた。「それにしてもあんたが昨夜連れて来た若いの、名前何ていうんだい?」「ああ、エルムントっていうんだ、あいつ。俺とあいつ同郷でさ、ある日突然村を出ていっちまった。そんで昨夜再会したってわけよ。」「へぇ、そうかい。それより彼をあんたのところに引き込まなくていいのかい?ああいう類の者は騙されやすそうだけどねぇ。」「それがそうでもないらしい。あいつは妙に勘が鋭くてな。あんたが来た事で何かを悟ったみたいだったよ。」マシアンがそう言って焼き立てのパンに手を伸ばした時、食堂のドアが開いて一人の男が入って来た。「マシアン君、久しぶりだね。」 腰まである長さの銀髪をなびかせ、黄金色の瞳を光らせながらマシアンを見ている青年は表向きこの家の主である老女の甥ということになっているが、その正体は地下組織“紅の鷲”のリーダー・レオンである。「御無沙汰しております、レオン様。」先ほどまで老女に軽口を叩いていたマシアンが椅子から立ち上がって直立不動の姿勢でそう言うと、レオンに向かって敬礼した。「そんなにかしこまらなくてもいいよ、マシアン。それよりも昨夜は珍客が来たそうだね?」「は、はい。俺の幼馴染でして、昨夜はここに泊まらせようと思ったのですが、何か勘付いて奴は何処かへ行ってしまいまして。」「その幼馴染の名は?」「エルムント、といいますが・・それが何か?」マシアンの言葉に一瞬レオンの美しい顔が強張るのを、老女は見逃さなかった。「い、いや・・気にしないでくれ。」「そうですか。では俺はこれで。」食堂から出て行ったマシアンを見送った老女は、レオンに向き直った。「あんた、そんなにあの子の幼馴染とやらが気になるのかい?」「何をおっしゃいます、アシュバさん。わたしは何も・・」「嘘を吐くでないよ、レオン。あたしが何者か知っている癖に。」老女―アシュバはそう言ってラヴェンダーの瞳でレオンの顔を覗き込んだ。「あなたには何を隠してもお見通しのようだ。」レオンはふぅっと溜息を吐いてアシュバを見て深呼吸した。「昨夜、マシアンに件の幼馴染をこの家に泊まらせるよう命じたのは、他ならぬわたしなのです。」彼の言葉を聞いたアシュバは満足気な笑みを浮かべた。にほんブログ村
2012年04月23日
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「ミハイル、今日はお友達を連れて来たの。入ってもいい?」ルチアはそう言うと、ミハイルの部屋のドアをノックした。「姉様、どうぞ。」中から素っ気ないミハイルの声が返ってきた。 ルチアとレオナルドが部屋に入ると、そこには天蓋付きのベッドでじっと二人を見ているミハイルの姿があった。「珍しいね、姉様が僕の部屋にいらっしゃるなんて。」「言ったでしょう、今日はあなたにお友達を紹介するって。こちらはレオナルド、レオンよ。レオン、こちらはわたしの弟の、ミハイルよ。」「お初にお目にかかれて光栄です、ミハイル様。」レオナルドはそう言うとミハイルに頭を下げた。「レオンって、あなたはもしかしてマシミアン公爵家の?」それまで濁っていたミハイルのエメラルドグリーンの瞳が微かに光ったのを、ルチアは見逃さなかった。「ええ、そうですが。それが何か?」「ううん、何でもない。それよりレオン、今度姉様と三人で遊ばない?勿論僕が元気になったら、の話だけど。」ミハイルはそう言ってレオナルドに微笑んだ。「ええ、喜んで。」「良かった、二人とも仲良くなれそうね。」レオナルドとミハイルの会話を聞いていたルチアは、ニッコリと微笑んだ。「ミハイル様、失礼いたします。」乳母が部屋から入って来て、ルチアとレオナルドを見た。「ルチア様、いらしていたのですか。それに、レオナルド様まで。」「あら、レオンを知っているの?」ルチアはそう言って弟の乳母を見た。「ええ。マシミアン家に昔女中として働いていたものでして。」気まずそうに乳母はそそくさと部屋から出て行った。「変なの、別に隠さなくたっていいのに。」「姉様、父上と母上は?」「お庭で何かお話しされているわ。それに、レオンのお父様も。」「ふぅん。一体どんなお話しをされているんだろうね?」「さぁ、知らないわ。」ルチアはそう言うと、ベッドの端に腰掛けた。 同じ頃、リリアとユリシスはレオナルドの父、ミハイルと王宮庭園で話をしていた。「エステアで、ある噂が王宮内に流れているのをご存知ですか?」「噂?」「ええ。エステアの宮廷人達は、ルチア様がアシュレイ国王陛下のご落胤だと言っております。」「何ということを!」リリアはミハイルの言葉を聞いた瞬間気絶しそうになり、慌てて女官が彼女を支えた。「一体何処のどなたなのです、そのような噂を流していらっしゃるのは?」「噂を流している者の正体は掴めませんが、ローレルの神学校に在籍している者達が無責任にも流し始めたのではないかと・・」そう言葉を切ったミハイルは、一枚の書類を取り出すとそれをリリアに手渡した。「これは?」「最近エステアで不穏な動きをしている連中のリストです。その中で、近々地下組織が動きだしそうな気配がいたします。」「地下組織ですって?」リリアは思わず、隣に立っている夫を見た。「密かにその者達がエステアの過激派と繋がっていることは知っている。五年前一斉に地下組織は軍によって摘発を受け、その大半は壊滅に追い込まれたと聞くが、まだ残っていたものがあったとは。」「王太后様の息がかかった者達でございましょう。最近の王太后様は誰にも告げずに外出なさるそうです。」「母上が?」ユリシスの眦が少し上がった。「ミハイル、母上が何処へ、誰と会っているのかを調べよ。もし母上が地下組織の者と繋がっているのであれば、我が王国の一大事だ。」「承りました。」ミハイルはユリシスに頭を下げると、王宮庭園から出て行った。「あなた、お義母様が前々からわたくし達のことを気に入られていないことはしってましたけど、まさかこの王国を潰すおつもりじゃぁ・・」リリアはそう言うと、溜息を吐いた。「母上はそんな事をお考えになっていない。母上の狙いが何なのか、暫く様子を見る必要がある。」ユリシスの言葉には、氷のような冷たさが宿っていた。「レオナルド様、お父様がお帰りになられますよ。」ミハイルとルチアと三人で色々な事を話していたら、すっかり日が暮れてしまったことに気づいていないレオナルドに、ミハイルの乳母が躊躇い気味にそう言って彼を見た。「ミハイル様、ルチア様、もうお暇しなければならない時間になってしまいました。」レオナルドはミハイルとルチアに向かって頭を下げた。「また来て頂戴ね、レオン。今日はあなたとお話しできて嬉しかったわ。」ルチアはレオナルドに微笑みながら弟の乳母と共に部屋から出てゆく彼に向かって手を振った。「レオナルド、ルチア様とお会いできて嬉しかったか?」帰りの馬車の中で、ユリシスはそう言って一人息子を見た。「ええ、とても楽しかったです。それに、ミハイル様ともお話しいたしました。」「そうか、それは良かったな。お二人と仲良くするのだぞ、レオナルド。」「はい、父上。」(レオナルドよ、ルチア様はお前と血が繋がった兄妹なのだ。ルチア様をお前がお守りするのは、兄としての役目でもあるのだぞ。)無邪気な笑みを浮かべる一人息子の横顔を見ながら、ユリシスは心の中でそう呟いた。 夜の帳が下りたカレディナの街は、昼の街とは違う表情を見せていた。売春宿に勤める娼婦たちは派手に着飾り、道行く客を引いては宿へと連れ込み、地下組織の者達は密かに国王一家殺害を企てていた。闇の住人達が蠢きだす王都の片隅にある酒場で、一人の男がリュートを奏でながら歌っていた。 赤褐色の腰まである長い髪をなびかせながら、少し低い渋めの声で人生の悲哀を歌い紡ぐその姿を見ると、彼が二十であると言っても誰も信じぬだろう。男の名はエルムント、放浪の吟遊詩人である。 生まれ育った場所も、家族も、故郷も知らぬ孤独な彼は、街から街へと渡り歩いてはリュートを奏で、歌う。その人生を決めたのは彼自身であり、誰にも束縛されずに自由に生きることこそが彼そのものだった。 彼が歌い終わると同時に、酔客達は椅子から立ち上がり彼に喝采した。彼は客達一人一人に頭を下げ、また次の街へと向けて旅立っていく。だが、今夜だけは違っていた。エルムントがリュートを肩に担ぎながら酒場を出て夜の街を歩いていると、後ろから誰かに声を掛けられ、彼は振り向いた。「久しぶりだな、エルムント。」そこには、懐かしい顔をした男が立っていた。にほんブログ村
2012年04月23日
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ローレル王国第一王女・ルチアと、マシミアン公爵家嫡子・レオナルドが王宮庭園で運命の出逢いを果たしていた頃、王宮の奥まった部屋の一室にある豪華な天蓋付きのベッドの上では一人の少年が激しく咳き込んでいた。 少年が咳き込むたびに、プラチナブロンドの髪が微かに揺れた。彼の名は、ミハイル。ローレル王国第一王子であり、ルチア王女の弟君でもある。「ミハイル様、また発作を起こされたのですか?」部屋に入って来た少年の乳母が、そう言って彼の小さな背中を擦った。「大丈夫、いつもの事だから。」少年―ミハイルはそう言って無理に笑顔を作り、乳母を安心させた。「王妃様か陛下を呼んで参りましょうか?」「父上や母上には言わないで、お願いだから。」「ですが・・」「お願い。」ミハイルのエメラルドグリーンの瞳が、真摯な光を宿しながら乳母を見た。「か、かしこまりました。お薬をここに置いておきますので。」彼女はそう言うとナイトテーブルに薬を置くと部屋から出て行った。また一人となったミハイルは、頭からシーツを被ると目を閉じた。 脳裡には、両親から寵愛を受けている姉・ルチアの姿が浮かんでは消えて行った。同じ血を分けた姉弟でありながら、両親は病弱な自分よりもルチアを溺愛していた。ミハイルはそんな姉を憎みながら、度々襲ってくる発作に一人で耐えていた。(どうして父上や母上は、僕より姉様の方が大事なの?僕は要らない子なの?)幼い王子の心は、父母の愛情を必死に求めていた。 一方、王宮庭園ではルチアとレオナルドが無邪気に遊んでいた。「ねぇこれから、レオンって呼んでもいいかしら?レオナルドって言いにくいから。」「勿論いいですよ。レオナルドよりもレオンって呼ばれた方が僕、好きなんです。」「あら、そうなの。」ルチアはそう言うと鈴を転がすような声で笑った。「ねぇ、レオンには兄弟がいる?わたしには一人、弟がいるのよ。」ルチアはレオナルドをチラリと見ながら、コスモスの花冠を作り始めた。「いいえ、おりません。ルチア様の弟君は、どのようなお方ですか?」「名前はミハイルって言ってね、プラチナブロンドの髪が綺麗でとても可愛い子なのよ。でも病弱でね、いつも一人で部屋に居るの。」ルチアはレオナルドの金髪に出来あがった花冠を載せながら彼を見た。「ねぇ、これからミハイルの所に行かない事?弟にもあなたを紹介したいのよ。それに、わたし達だけが楽しい思いをしてばかりじゃぁ、ミハイルが可哀想でしょう?」「ルチア様・・」幼いながらも弟を想うルチアの姿に、レオナルドは少し胸を打たれた。「行きましょう。今から。」「よかった。じゃぁ父上と母上に言って来るわね。少しここで待っていて。」ルチアはドレスの裾を摘むと、レオナルドの頬にキスをして両親の元へと向かった。 同じ頃、マシミアン公爵邸では、アンナが一人の神学生とお茶をしていた。「アンナ様、わたくしのような者の為に貴重なお時間を割いて下さり、光栄です。」黒いカソック姿の神学生は、そう言うとアンナに頭を下げた。「あら、いいのよ。わたくしは丁度話し相手もおらず暇だったから、あなたを呼び寄せただけよ。まだお名前を聞いていなかったわね?」「ダリヤと申します、アンナ様。ローレルの神学校に在籍中ですが、卒業後はエステアに戻る予定です。」「まぁ、エステア出身なのね?エステア人は浅黒い肌の方ばかりだと思っていたのだけれど、違うようね。」「浅黒い肌の者は主に南部に住んでおります。わたしは北部の出身でして。」神学生はアンナの言葉に軽く笑いながら、紅茶を飲んだ。「ダリヤ、異国での生活は大変じゃなくて?なんだったらわたくしがお世話をしてあげてよ。」「そんな、恐れ多いことでございます、アンナ様。」アンナはダリヤの言葉を聞いて少し溜息を吐くと、次の言葉を紡いだ。「ねぇダリヤ、エステアが我が国に侵略した事はもうご存知よね?陛下の機転で何とか侵略されずに済んだけど、エステアは一体何を考えているのかしら?」「さぁ、正直言って判りません。ですが今エステアは経済が悪化し、南部や東部の方では民族間の争いが勃発して火種が絶えません。その上アシュレイ国王陛下が原因不明の病に罹られてしまったのです。」「エステアの国王が、原因不明の病に?もしかして誰かに呪いを掛けられているのではなくて?」アンナの美しい柳眉が、ダリヤの言葉を受けて微かに歪んだ。「大きな声では言えませんが、その可能性は大です。アシュレイ陛下については、余り良からぬ噂が王宮内で流れておりまして。」「良からぬ噂ですって?」「はい。口がさない宮廷人達曰く“ローレルのルチア王女は国王夫妻の娘ではなく、アシュレイ陛下のご落胤だ。ミリア王妃が密かに夫と姉を引き合わせ、二人は王妃に子を産ませ、姉王妃が自分の子として引き取った”という根も葉もない中傷が広がっているのです。」「そんなもの、真っ赤な嘘に決まっているでしょう。実の姉妹でありながら、敵国同士の王妃がそう簡単に会う事などないでしょう。それにルチア様の実父は・・」そこまで言ったアンナは急に言葉を切り、紅茶を飲んだ。「どうかなさいましたか、アンナ様?」「い、いいえ。それよりもエステアの事をもっと聞かせて頂戴。」「わかりました。アシュレイ国王陛下にはマリア王女様とアレクサンドリア王子様というお二人のお子様がおられます。アレクサンドリア王子様はルチア様より1つ年上で、やんちゃ盛りでいつも従者達を困らせております。アシュレイ陛下はいずれアレクサンドリア王子様とルチア様をご一緒にさせようと考えておられます。」ダリヤはそう言って一気に言うと、紅茶を飲んだ。「政略結婚ね。ダリヤ、これからもわたくしにエステアの情報を教えて頂戴。」「わかりました。では、これで失礼いたします。」ダリヤがダイニングから出て行くと、アンナはほうっと溜息を吐いた。(とてもいい情報を教えて貰ったわ。ルチア様がエステア王室の一員となられる日はそう遠くない。それまでに何らかの策を練らなければね。)アンナはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すと、ダイニングから出て行った。 エステア王国王都・フェリースの中心部にある王宮内で、プラチナブロンドの髪をなびかせながら、一人の少年が剣の稽古をしていた。「もっと肘を伸ばして、それでは重心が掛かり過ぎてますよ!」少年と向かい合わせで剣の指導をしている青年が、そう言って少年の懐に飛び込んだ。だが青年の刃が少年の胸に届く前に、少年が青年の剣を弾き飛ばした。「お見事。」青年はそう言って地面に突き刺さった剣を抜き、鞘へと納めた。「ここまで強くなれたのはお前のお陰だよ、ローレック。」少年は稽古の相手に向かって労いながら、彼を澄んだラヴェンダーの瞳で見つめた。少年の名は、アレクサンドリア。エステア王国第一王子であり、後に彼の行動により世界は混乱を極めることになるのだが、まだ本人はその事を知る由もなく、ただ懸命に剣の稽古に励んでいた。「もう一本、勝負だ。」「わかりました、アレク様。」王宮で再び、金属の摩擦音が再び響いた。 その頃、ルチアとレオナルドは王宮庭園を出て、ミハイルの部屋へと向かっていた。にほんブログ村
2012年04月23日
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王宮へと向かう一台の馬車が、王都を駆け抜ける。その側面には、天馬と薔薇を象ったマシミアン公爵家の紋章が刻まれていた。「レオン、もうすぐルチア様にお会いできるぞ。」マシミアン公爵家当主・ミハイルはそう言って隣に座っている一人息子・レオナルドを見た。「やっとお会いできるのですね、父上。」レオナルドは空色の瞳を輝かせながら父親を見た。「どんな方なんでしょう、ルチア様って?お綺麗な方なんでしょうか?」「とても可愛らしい、天使のような方だよ。」ミハイルは大きな手でレオナルドの金髪を優しく梳いた。「早くお会いしたいなぁ。」 一方、夫と息子が王宮へ向かったのを見送ったアンナは、自室に引き籠っていた。「奥様、お呼びでしょうか?」躊躇いがちなノックの後、レオナルドの乳母であるナターリアが部屋に入って来た。「ナターリア、お前に話があるの。お前はルチア様の実の父親が誰なのか、知っているわよね?」ナターリアは女主人の言葉を聞いて静かに頷いた。「ねぇナターリア、お前にとってレオンはどんな存在なの?」「レオン様はわたくしにとって実の息子のような存在でございます、奥様。奥様は、レオン様のことをどうお思いになっていらっしゃるんですか?」ナターリアは今まで女主人に対して抱いていた疑問を初めて本人にぶつけた。「わたしが、レオンの事をどう思っているですって?」息子の乳母の言葉を聞いたアンナは、口元を歪めて笑った。「愛しているに決まっているじゃないの、ナターリア。わたしにとってレオンはこの世で唯一の心の拠り所なの。わたしにはあの子しかいないわ。」そう言った彼女の琥珀色の瞳は、狂気で少し濁っていた。「奥様、レオン様はいつか奥様の元を離れられる日が来ます。その時はどうなさるおつもりなのですか?」「あの子がわたしの元を離れる日ですって?そんなもの、永遠に来ないわ。だってあの子はわたくしのものですもの。」「奥様・・」ナターリアは徐々に心を病んでゆく女主人を呆然と見つめた。「ねぇナターリア、もしわたくしからレオンを奪おうなんて思わないでね。わたくしからレオンを奪おうとしたら、躊躇い無くあなたを殺してしまうかもしれないわ、わたくし。」アンナは甲高い声で笑いながら、恐怖の表情を浮かべているナターリアを見た。彼女の笑い声が、不気味に広い邸内に響いた。 一方、王宮に着いたミハイルとレオナルドは謁見の間にいた。「お久しぶりね、ミハイル。隣にいらっしゃるのが、あなたの息子さんかしら?」リリア王妃はそう言ってミハイルの隣で緊張で固まっているレオナルドを優しく見つめた。「はい、王妃様。レオナルドといって、今年で7歳になります。レオナルド、王妃様にご挨拶なさい。」「お、お目にかかれて光栄です、王妃様。」レオナルドは緊張しながらリリアに挨拶を述べると、恥ずかしそうに俯いた。「まぁ、緊張しているのね。可愛らしい事。大丈夫よ、そんなに緊張せずともわたくし達はあなたを歓迎していてよ。だからもっと、その可愛い顔を見せて頂戴。」王妃の優しい言葉に、レオナルドは俯いていた顔をゆっくりと上げ、空色の澄んだ瞳で彼女を見つめた。(綺麗な方だ。)結いあげられたプラチナブロンドの髪はシャンデリアの光を受けて美しく輝き、自分を見つめるサファイアブルーの瞳は優しい光を帯びている。いつも自分の部屋に閉じ籠り、陰鬱な表情を浮かべている自分の母親とは大違いだ。(王妃様が、僕の母上だったらいいのに。)物心ついた時から乳母に育てられ、母親に蔑ろにされてきたレオナルドは、優しい王妃に育てられているルチア王女が少し羨ましいと思った。 「王妃様、ルチア様はお元気ですか?」ミハイルはそう言って長年の想い人を見た。「あの子なら、庭園で遊んでいるわ。あなたにとても会いたがっているわ。」リリアはミハイルに微笑みながらそう言って椅子から立ち上がったが、バランスを崩して躓(つまづ)きそうになった。その時、ミハイルはリリアを抱き留めて彼女の身体を支えた。「お怪我はありませんか?」「え、ええ。ありがとう、ミハイル。」そう言って父に礼を言う王妃の頬が紅く染まっていることに、レオナルドは気づいた。(父上と王妃様はどういう関係なんだろう?)レオナルドはそんな疑問を抱き始めたが、後で父に聞こうと思い、父と王妃の後に続いて庭園へと向かった。 王宮庭園には、王妃が好きな色とりどりの薔薇が咲き乱れており、王宮内とはまるで別世界のようだと、初めてそこに足を踏み入れたレオナルドは思った。「レオン、どうした?早くこちらへ来なさい。」「は、はいっ!」我に返り、慌てて父の後を追ったレオナルドが見たものは、咲き誇る薔薇の中で長い艶やかな黒髪をなびかせながら歌う少女の姿だった。「ルチア、こちらにいらっしゃい。あなたに紹介したい方がいるのよ。」「はい、お母様。」王妃の声に、少女はそう言って振り向いてレオナルド達の方へと走って来た。「ルチア、こちらはお母様の大切なご友人でいらっしゃるミハイル様よ。ミハイル、こちらがルチアですわ。」「初めまして、ルチア様。お目にかかれて光栄です。」そう言って父は優雅に少女の前で跪いた。「初めまして、ミハイルさん。」少女は微笑みながら、ミハイルの接吻を手の甲に受けた。「そちらの方は?」少女の視線が、ミハイルからレオナルドの方へと移った。美しい紫紺の双眸に見つめられ、レオナルドは魂を吸い取られそうだと思った。「わたしの息子の、レオナルドと申します。」「初めまして、レオナルドです。」レオナルドの挨拶に、少女はにっこりと彼に微笑んだ。「初めまして、ルチアです。これから仲良くして頂戴ね。」少女―ルチア王女はそう言ってレオナルドに手を差し出した。「ええ。」レオナルドはそっと、王女の手を優しく握った。それが、王女と騎士の運命の出逢いだった。互いが血を分けた兄弟とは知らず、ルチアとレオナルドは庭園の中で無邪気に駆け回った。「二人とも、楽しそうね。」リリアはそう言って目を細めながら、庭園を駆けまわる二人の姿を見ていた。「ええ。今までレオナルドには同じ年頃の友人が居なかったので、ルチア様と会って嬉しいのでしょう。」「そうね。ルチアは普段は少し大人しい子なのよ。色々と我慢させているんじゃないかと思うと、少し辛くて・・」リリアはそう言葉を切ると、レースのハンカチで目元を拭った。にほんブログ村
2012年04月23日
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ルチアとレオナルドが誕生してから数年の歳月が経った。 レオナルドの父・ミハイルは幼いレオナルドに剣の稽古をつけ、一人前の男になるようレオナルドを厳しく躾けた。「レオナルド、脇が甘いぞ!もっと力を込めて!」父の厳しい指導に、レオナルドは泣きべそをかきながら何度も父に向かって行った。「レオナルド、今日はよく頑張ったな。だがその剣の腕では一人前にはなれぬぞ。明日からもっと稽古に励むように。」「はい、ちちうえ!」ミハイルは幼いながらも少しずつ成長している息子の姿に目を細めながら、彼のアッシュブロンドの髪を優しく梳いて彼に微笑んだ。「ちちうえ、いつルチアさまにあえるのですか?」稽古が終わり、夕食の席でレオナルドはそう言ってミハイルを見た。「まだルチア様とは会えぬ。だがお前が己の身とルチア様の身を守れるようになった時に、ルチア様と会わせよう。」「ほんとうですか、ちちうえ?」「ああ、本当だ。いつかきっと、ルチア様に会わせてやる。その為には何をすれば良いかわかるな?」「はい、ちちうえ!」息子の元気な声に、ミハイルは頬を弛(ゆる)めた。一方、ローレル城では国王夫妻に挟まれるようにダイニングテーブルに座っているルチア王女は紫紺の瞳を輝かせながら今日起きた出来事を両親に話していた。「きょうはね、おうまにのせてもらったのよ。」「そう。怖くはなかった?」「いいえ、おかあさま。とてもたのしかったですわ。」「そう、よかったこと。でも1人で乗馬をしてはいけませんよ、ルチア。あなたに何かあったらわたくしは生きた心地がしませんからね。」「わかりました、おかあさま。」「良い子ね。」リリアはそう言ってルチアに微笑んだ。「リリア、少し話がある。」夕食が終わり、ユリシスは椅子から立ち上がりながら妻を見ながら言った。「ルチア、今日は疲れたでしょう?お父様とお母様は少しお話があるから、先にお休みなさい。」「おやすみなさい、おかあさま。」乳母とルチアがダイニングへと出て行くのを確認すると、リリアは夫に向き直った。「お話とは何かしら、あなた?」「ルチアの父親は、本当にわたしなんだろうな?」ルチアが産まれて以来、自分の中で抱き続けてきた疑問をユリシスは初めて妻にぶつけた。「何をおっしゃいますの、ルチアはあなたの子ですわ。あの子の艶やかな黒檀の髪はあなた譲りですもの。何故そんなことをお聞きになるの?」「わたしはどうかしていた。今のことは忘れてくれ。」ユリシスはそう言って妻に微笑んだが、妻の強張った表情が変わることはなかった。「あなた、ルチアのことをどう思ってますの?」「どう思っているのも何も、ルチアはわたしとお前の可愛い娘だ。あの子にもしものことがあったら、わたしは悪魔になるだろう。」「わたくしもあなたと同じ気持ちですわ。あの子はわたくし達が命を賭けて守らなければなりませんわ。」「ああ、そうだな。あの子が結婚するまでは、わたし達があの子を守ってやらねば。」ユリシスとリリアは、暫く互いの顔を見つめあった後、笑みを浮かべて仲良くダイニングから出て行った。「ねぇマリア、おとうさまとおかあさまはなんのおはなしをしていらしたの?」夕食の後、ベッドに入ったもののなかなか眠れずにいたルチアは、そう言って乳母を見た。「とても大切なお話ですよ、ルチア様。」乳母はルチアを誤魔化そうとしたが、好奇心旺盛なルチアはじっと彼女を見て更に質問を続けた。「たいせつなおはなしってなぁに?おとうさまとおかあさまはどういうおはなしをしていらっしゃるの?おしえて、マリア。」「それは教えられませんわ、ルチア様。けれどもこのことだけは覚えておいてくださいませ。あなたのお父様とお母様はルチア様のことを大切に思っていらっしゃるということを。」乳母はそう言って王女の艶やかな黒髪を優しく梳いた。王女はやがてすやすやと寝息を立てて、夢の世界の住人となった。乳母はその寝顔を愛おしそうに見つめた後、部屋を出て行った。その足で彼女は王妃の部屋へと向かった。「王妃様、失礼いたします。」「ルチアはもう眠ったかしら?」部屋に入ると、王妃は化粧台の前で髪を櫛で梳いていた。王妃の美しいプラチナブロンドの髪が波打つのを、乳母はしばし見入っていた。「どうかして?」「王妃様の御髪がお美しいなと思いまして。」「ありがとう。でもわたくしの髪よりも、ルチアの黒髪の方が美しいわ。わたくしね、幼い頃は黒髪に生まれたかったって思ったことがあったのよ。」王妃はそう言って乳母に微笑むと櫛を化粧台の上に置いた。「ルチア様はこれからますますお美しく成長されることでしょう。いずれは他国の王家に嫁ぐ日が来られるかもしれません。」「そうね。マリア、あの子が嫁ぐ日まで面倒を見てやって頂戴ね。わたくしは公務で忙しくてあの子の傍にいつも居てあげられない。けれど精一杯の愛情であの子を包んであげたいの。」「わかりました、王妃様。わたくしも陛下や王妃様と同じように、ルチア様に精一杯の愛情をこれからも注いでゆきます。」乳母の言葉に、王妃は天使のような微笑みで返した。ローレル王国王女ルチアは、両親と乳母の深い愛情に包まれ、美しく成長した。そしてマシミアン公爵家嫡子であるレオナルドも、父親の深い愛情に包まれ、いずれは一人前の男となって王国を守ろうという強い意志を抱きながら日々鍛錬を積みながら逞しく成長していった。2人が成長している間に、王国内の情勢も少しずつ変わっていった。1年中雪と氷、そして険しい山脈に囲まれ難攻不落とされていたローレル王国だったが、軍事国であり建国以来日に日に勢力を拡大しつつある東のエステア王国軍が、ローレル王国の国境地帯に進軍してきたのだ。「エステア軍がこの王都に攻め入るまで時間の問題です!陛下、ただちに軍を国境地帯に派遣してください!」国王は将軍の言葉に二度頷いた。国境地帯に進軍し、殺人、放火、掠奪など暴虐の限りを尽くしていたエステア王国軍はローレル王国軍によって壊滅状態となった。この出来事が端を発し、かつて和平同盟を結んでいたローレル王国とエステア王国は敵国となった。そんな中、ルチアとレオナルドは幸せな子ども時代を送っていた。レオナルドが7歳の誕生日を迎えようとしている日の朝、彼は父親に呼ばれて書斎へと向かった。「お呼びでしょうか、父上?」「レオナルド、ルチア様に会いたくはないか?」父親の言葉に、レオナルドは力強く頷いた。にほんブログ村
2012年04月23日
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王国中が“王女・ルチア”の誕生に歓喜で沸いている頃、アンナはただ自室の愛用の椅子に座り、空をじっと眺めていた。「奥様、レオナルド様が・・」レオナルドの乳母・ナターリアが部屋に入って来たが、アンナはその声に何も反応しない。「奥様?」「レオンがどうかしたの?また熱でも出したの?」「奥様、すぐにいらしてください。レオナルド様が先ほどから泣き止まないんです。きっと奥様が抱いてくだされば泣きやむかと。」「医者を呼べばいいでしょう。話はもう終わりよ。」ナターリアはアンナに何か言いたそうだったが、黙って部屋から出て行った。彼女はアンナの隣の部屋に入り、泣きじゃくるマシミアン公爵家の後継者を優しく抱きあげた。「レオナルド様、ナターリアが来たからには大丈夫ですよ。今からあなた様の好きな子守唄を歌いますからね。」ナターリアはレオナルドをあやしながら、幼い頃母親が歌ってくれた子守唄を歌い始めた。それまで火がついたように泣き叫んでいたレオナルドが、子守唄を聞いた途端泣き止んですやすやと寝息を立て始めた。(お可哀想なレオナルド様。旦那様はお仕事でお忙しくて、奥様はご自分の子だというのにレオナルド様に無関心。せめてお2人の代わりにわたしが愛してさしあげます。)ナターリアは乳児用ベッドで眠るレオナルドをじっと見つめた。彼を起こさぬようそっとドアを閉めて部屋を出て、廊下を歩き始めたナターリアは居間から言い争う声がした。「レオナルドの事をナターリアに任せきりだそうだな?自分の子なのに君は授乳もしないつもりか!」「わたくしはレオナルドを産みましたわ。けれどそれはマシミアン公爵家の為だけです。あなたの方こそいつも王妃様のお傍に侍っていらっしゃらないで、レオナルドのことを見てやってくださいな。」「わたしは今忙しいんだ!家の事は全て君に任せる!」「あなたはいつもそればかり!王妃様やルチア様のことばかり構うのは、ルチア様の実の父親だからですか!?」アンナの金切り声に続いて、鈍い音が居間に響いた。「ルチア様のことはわたしと王妃様、王妃様の数人の侍女と乳母しか知らない!この事を少しでも公にしたらわたしの首は処刑場に晒される!そうなったらマシミアン公爵家はわたしの代で終わりだ!いいかアンナ、お前はルチア様の出生については何も知らない。いいな、わかったな!」「わかりました。わたくしはルチア様の出生については何も存じません。」重苦しい沈黙が居間を包んだ後、アンナはそう言って咽び泣く声が聞こえた。居間の扉が開く気配がして、ナターリアは素早く廊下の角へと身を隠した。「ナターリア、お前も今の話は聞いただろうな?」先に居間から出てきたミハイルはちらりと廊下の角からナターリアを見た。「いいえ、旦那様。わたくしは何も聞いておりませんでした。」「それで良い。レオナルドを頼むぞ、ナターリア。」氷のような冷たい光を宿した紫紺の瞳で息子の乳母を射るように見た後、ミハイルは足早に靴音を響かせながら彼女の前を通り過ぎた。1人廊下に取り残されたナターリアは、恐怖で廊下に蹲った。(ルチア様が旦那様のお子だなんて。この秘密はわたくしがお墓まで持っていかなければ。)遠くからレオナルドの泣き声がして、我に返ったナターリアは覚束ない足取りで彼の部屋へと入り、泣きじゃくるレオナルドをそっと抱きあげた。(血は繋がってはいないけれど、わたくしはレオナルド様の母としてレオナルド様をお守りしよう。たとえルチア様の出生の秘密が公にされ、この公爵家に嵐が来ようとも、わたくしは全身全霊でレオナルド様をお守りする!)自分の腕の中で寝息を立てるレオナルドを愛おしそうに見つめながら、ナターリアは彼の母親になることを決意した。その頃宮廷に出仕したミハイルは、産後の肥立ちが悪く寝たきりの王妃に代わって子ども部屋で産まれたばかりのルチア王女の世話をしていた。王女は漆黒の髪に雪のような白い肌、紅をさしたような愛らしいぷっくりとした唇をしており、少し自分に似ているようで愛らしかった。そして何よりもつぶらな紫紺の瞳で時折自分をじっと見る姿は、いつまで見ても飽きない。(レオナルドのように自分の子として育てることができたら、どれだけ幸せだろうか?だがルチア様は王女としてお育てしなくてはならぬ。時が来れば、必ずやルチア様を我が家へお迎えしよう。)「悪いわね、ミハイル。男のあなたに子守などさせてしまって。」背後から声がしてミハイルが振り返ると、そこにはドレスを纏い髪を結いあげた王妃が立っていた。「王妃様、もう起き上がられてもよろしいのですか?」「ええ、もう大丈夫です。少し横になったら気分が良くなりました。それにあなたにルチアを任せきりでは何だか後ろめたくて。」「そんなことをおっしゃらないでください、王妃様。わたくしはルチア様を実の娘のように思っておりますから、お気になさらず。」“実の娘”という言葉を聞いた王妃の表情が一瞬強張ったが、それをミハイルに見せることもなく、彼に笑みを浮かべた。「ルチアの世話をしてくださるのは嬉しいんだけど、あなたは息子さんをもう少し構ってさしあげたらどう?アンナはいつもあなたの愚痴ばかりわたしにこぼしていてよ。」「申し訳ありません、妻があなたにつまらない事を言ってしまって。」「いいえ、いいのよ。子育ては大変ですからね。わたくしはもう大丈夫だから、アンナに優しくしてあげて頂戴な。」王妃は朗らかな笑い声と共に、ルチアを抱きながら子ども部屋から出て行った。「わたしはレオナルドを愛せないのですよ、王妃様。まだわたしはあなたのことを愛しているから。アンナとの結婚は間違いだった。」ミハイルは、そう低く呟くと深い溜息を吐いて子ども部屋を出た。「お帰りなさいませ、旦那様。」帰宅すると、レオナルドを抱いたナターリアが恐る恐るミハイルに声をかけて俯いた。「アンナは何処に居る?」「奥様はご気分が優れないとおっしゃって、お部屋で休まれております。」「そうか。レオナルドを抱いてもいいか?今日王妃様にレオナルドを構うよう言われてしまってな。」「勿論ですわ、旦那様。」ナターリアはレオナルドをそっとミハイルに渡した。赤ん坊を抱くのはルチアで慣れている筈だったが、我が子であるレオナルドを抱くことは初めてなので、ミハイルは彼を落とさぬように慎重にその小さな身体を抱いた。するとそれまですやすやと眠っていたレオナルドの目が開き、ミハイルをつぶらな瞳でじっと見上げた。「レオナルド、わたしの息子よ。これからお前は王妃様とルチア様をお守りする為に、立派な男にわたしが育てる。わたしのように強くなれ。」父の言葉に、レオナルドは笑みで答えた。マシミアン公爵家の嫡子、レオナルド。ローレル王国王女、ルチア。同じ父親を持つ2人の少年の数奇な運命は、この世に生を享けた瞬間から始まった。にほんブログ村
2012年04月23日
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