F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 5
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 0
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「皇太子様のご容態は?」「峠は越えました。」黒髪の侍従が靴音を響かせながらルドルフの寝室へと向かうと、刺繍をしながら何かを話していた皇太子付きの女官達が慌てて姿勢を正した。「そうか。君達はもう下がりなさい。わたしはこれから皇太子様と大事なお話がある。」彼はそう言って皇太子の寝室をノックした。「ルドルフ様、失礼致します。」「入れ。」寝室のドアを開けて黒髪の侍従が中に入ると、寝台の上で上半身を起こしたルドルフが、蒼い瞳で彼を見つめていた。「いかがですか、お加減は? 峠は越えたようですが。」「ああ。お前がくれた“薬”が役に立ったようだ。」ルドルフはそう言うと自嘲的な笑みを口元に浮かべた。「そうですか。原料が良かったからでしょうね。それよりもルドルフ様、あなたにお話ししたいことがあります。」「話したいこと?」ルドルフの美しい眦が少しつり上がった。「近々ヴァチカンの使節団がこちらに来られます。」「そうか・・少し厄介な事になるな。」ルドルフはそう言うと、溜息を吐いた。 神聖ローマ帝国の御世から、ハプスブルク家はローマ=カトリックとともにあり、その関係は若干変化しているものの、親密な事には変わりない。ルドルフとアフロディーテが魔物として生を享けた事は、彼らを出産したエリザベート、今は亡き皇太后ゾフィー、出産に立ち会った医師と女官達、そして皇帝フランツ=カール=ヨーゼフと、今ルドルフの前に居る黒髪の侍従―アレクシスだけだ。カトリック国の皇子が魔物だったとヴァチカンに知られたら、大事になるのは解っていた。「アレクシス、上手くやれ。」「解りました。では失礼致します。ああ、ちゃんと“お薬”をお飲みになってくださいね?」「早く行け。」ルドルフは鬱陶しそうにアレクシスを手で追い払うと、彼はくすくすと笑いながら寝室から出て行った。彼と入れ違いに、漆黒のグレート・デンが寝室に入ってきた。「マクシミリアン、これから厄介な事になりそうだ。」ルドルフは愛犬の耳を撫でると、溜息を吐いた。「ルドルフ様、失礼致します。」皇太子付の女官が“薬”を載せた盆を持って寝室に入って来ると、それをサイドテーブルに置いた。「下がれ。」ルドルフがそう言って女官を見ると、彼女は微動だにせずじっとルドルフを見つめていた。「どうした、下がれと言ったのが聞こえないのか?」「ええ、聞こえましたが、わたくしが居なくなってお薬を捨てるのではないかと思いまして。」「僕がそんな事をする訳ないだろう。」ルドルフはさっさと“薬”を飲んでしまおうとワイングラスを掴もうとした時、それを女官が先に掴んで中の液体を飲んだ。「お前、何を・・」「黙って。」女官は妖しげな笑みを浮かべると、ルドルフの華奢な腰を引きよせて彼の唇を塞いだ。「うぅっ」“薬”をゆっくりと嚥下したルドルフは、息苦しさから呻くと、女官を突き飛ばした。だが彼女は動じることもなく、ヘーゼルの瞳に挑戦的な光を湛えながら、ルドルフを見つめた。「では、また参ります。」女官が寝室から出て行くと、ルドルフはシーツに顔を埋めた。目を閉じて思い浮かべるのは、イギリスに居る恋人の顔だった。(ユリウス・・会いたい・・) 夜になり、いつも添い寝をしてくれるユリウスが居らず、ルドルフは心細い思いで眠りに就いた。にほんブログ村
2011年05月24日
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「ルドルフ様、失礼致します。」「入れ。」ユリウス達がイギリスへと発ったその日の夜、ルドルフの寝室に紅い液体を入れたグラスを載せた盆を持った女官が滑るように入って来た。「さがれ。」「では、わたくしはこれで。」寝室の扉が静かに閉まるのと同時に、ルドルフはグラスに入った液体を一気に飲み干した。 口中に広がる鉄錆の味には、未だに慣れない。本当はこんなものを飲みたくはなかったが、飲まないと大変な事になると侍医に脅され、仕方なくルドルフはこの液体を飲んでいた。こんなもので自分が抱える病が完治するという見込みは全くないと、ルドルフは悟っていた。いや、正確に言えば病ではないかもしれない。ルドルフとアフロディーテは、人間ではないのだから。双子として生まれた彼らは、王家に決して産まれてはいけない魔物として生を享けた。一時期、彼らの周囲には奇妙な出来事ばかりが起こり、その所為で女官達が怖がってルドルフ達には近寄らなくなった事もあった。だがあの液体を飲むことによって奇妙な事が全く起きなくなり、人間と何ら変わらない生活をルドルフとアフロディーテは送っている。しかし、いつ暴発するかもしれぬ魔物の血と力を、ルドルフは密かに恐れていた。空に浮かぶ紅い月を窓の外から眺めながら、ルドルフは溜息を吐いた。その時、突然胸が苦しくなって彼は床に蹲った。荒い息を何度か吐きながら、ルドルフが必死に呼吸を整えていると、寝室の扉が荒々しくノックされた。「ルドルフ様、どうされました!」「何でもない・・放っておけ。」「わかりました。」そのまま侍従が立ち去るかと思ったルドルフだったが、扉が開き靴音を鳴らしながら長身の男が寝室に入ってきた。「放っておけと言っただろう・・」「そうは参りません。立てますか?」黒髪の男はそう言ってルドルフの手を握ろうとしたが、彼は邪険にその手を払い除けた。「余計な事をするな!」ルドルフが男を睨みつけようとした時、彼は激しく咳き込んで身体を折り曲げた。「誰か、誰か来てくれ!」(ユリウス・・)意識を失う前、ルドルフは最愛の人の名を呼んだ。 イギリスに着いたユリウスは、寮でルドルフに宛てた手紙を書いていた。“ルドルフ様、先ほどイギリスに着きました。ホーフブルクを出てからイギリスのイートン校の学生寮に着くまで、長い間船に揺られてしまってここが船上なのか、地上なのか解らないほどでした。夏が終わり、ウィーンに戻るまでまた離ればなれになりますが、ルドルフ様と約束なさった通り毎日手紙を書きますので、ルドルフ様もお返事をちゃんとお書きになってくださいね。 では、愛を込めて ユリウス”ユリウスは何度も手紙を見直すと、それを封筒に入れた。(ルドルフ様、喜んでくださるかな?)ユリウスはルドルフからプレゼントされた指輪を箱から取り出すと、それを左手薬指に嵌めた。「熱はまだ下がりませんか?」「ええ。かなり危険な状態です。」侍医はそう言うと、高熱でうなされているルドルフを見た。「ユリウス・・ユリウス・・」「ルドルフ様、大丈夫ですよ。」高熱でうなされ、ルドルフはうわ言のようにユリウスの名を呼び続けた。そんな彼を、黒髪の侍従は心配そうに見つめていた。にほんブログ村
2011年05月22日
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南イタリアで過ごした夏の休暇が終わり、ユリウス、アフロディーテ、カエサル達はイギリスへと戻ることになった。「ユリウス、手紙頂戴ね。」「わかったよ、クララ。元気で。」ユリウスがイギリスへと発つ前夜、クララにそう言って笑顔を浮かべた彼は、そのままルドルフの部屋へと向かった。「ルドルフ様、今よろしいですか?」「入れ。」「失礼致します。」ユリウスがルドルフの部屋に入ると、彼は読んでいた本を閉じた。「明日、イギリスに戻るそうだな?」「はい。次に会うのはクリスマス休暇になります。」「カエサルは? あれから何も言って来ないか?」「ええ。」ユリウスの脳裡に、カエサルから投げつけられた残酷な言葉が浮かんだ。「あいつには気をつけろよ。お前を嫌っているからな。そうだ、お前に渡したいものがあった。」「わたしに・・ですか?」「呼ぶ手間が省けてよかった。」ルドルフはそう言うと引き出しの中から正方形の箱を取り出すと、それをユリウスに手渡した。「それは、何ですか?」「開けてみろ。」ルドルフに言われるがままにリボンを解いて箱の蓋を開けたユリウスは、その中に入っているものを見て目を丸くした。「あの、これは・・」その中には、ルドルフの瞳と同じ色をしたサファイアの指輪が入っていた。「僕からのプレゼントだ。まぁ婚約指輪の代わりにでも受け取ってくれ。」「そんな・・こんな高価なもの、いただけません!」「お前は、僕の好意を無下にするのか!?」ユリウスに拒絶されたと思い込んだルドルフの美しい眦が上がった。「いえ、そんなつもりで言った訳ではありません。こんな高価なものを頂いたら、失くした時に困るので。」「ふん、そんな事か。鎖を通して首に提げればいいだけだ。手を出せ。」「は、はい・・」ルドルフの前にユリウスが手を出すと、彼はユリウスの左手薬指に指輪を嵌めた。「手紙は毎日書けよ。一日でも書かなかったら絶交だからな。」「はい・・」我が儘なルドルフの要求に、ユリウスは渋々と頷きながら苦笑した。「もう行っていいぞ。」「お休みなさいませ。」ユリウスがルドルフの額にキスすると、彼は照れ臭そうな笑みを浮かべながらユリウスを部屋から追い出した。 翌朝、ユリウスとカエサル、アフロディーテはホーフブルクを出発し、馬車でウィーン西駅へと向かった。「ユリウス、兄様とまた離ればなれになるわね。寂しい?」駅へと向かう馬車の中で、アフロディーテは突然ユリウスにそう聞いて口端を歪めて笑った。「ええ・・」「そうよねぇ、お前とルドルフ兄様は恋人同士だものね。また兄様、毎日手紙を書けだのとか言ってこなかった?」「言っておりました・・」「お前と会って、兄様は変わったわ。前は人嫌いだったんだもの。」「ルドルフ様が、ですか?」「ええ。ゾフィーお祖母様が生きてらした頃には、何かと自分の殻に閉じ籠ってばかりで、いつも怖い顔をしてばかりだったわね。でも今では笑顔を見せるようになって・・ジゼルお姉様もびっくりしてらしたわ。“あんなルドルフの表情、一度も見た事がないって。”」アフロディーテの言葉を聞き、自分と出逢う前のルドルフがどんな思いを抱えながらホーフブルクで暮らしてきたのかが、想像できた。ユリウス達を乗せた馬車はウィーン西駅に着いた。「これから、色々と忙しくなるわね。」「ええ。」カエサルはそう言うと、じろりとユリウスを睨みつけた。ユリウスも負けじと、カエサルを睨み返した。2人の間に、静かに火花が散った。にほんブログ村
2011年05月21日
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“伝説の島”で、ユリウスとルドルフは海賊が隠した宝を何のてがかりもなしに探していた。「もう諦めた方がいいんじゃないですか?そもそも、地図もコンパスも持っていないと浜辺に戻るのも無理ですし・・」生い茂る雑草をかき分けながらユリウスはただひたすら前進するルドルフを見て言った。「宝が見つからなくても、僕はそんなことどうでもいい。ただ、お前とこうして過ごしていられることが楽しいんだ。」「ルドルフ様・・」「こんな遊びは、ホーフブルクではできないからな。」そう言ったルドルフの顔に、屈託のない笑みが浮かんだ。(ルドルフ様のこんな顔、初めて見る・・)初めてバイエルンで出会った頃、ルドルフは終始厳しい表情を浮かべていた。その理由ははじめ解らなかったが、ホーフブルクで共に暮らすうちにその理由がだんだんと解ってきた。というよりも、解らなければならなかったのだ。絢爛豪華で煌びやかな世界である宮廷の裏側には、悪意を持った人間が空を覆い尽くす黒雲のように自分達の周りにいるのだということを。オーストリアの皇太子として、ルドルフは悪意の声を撥ねつける強さをいつも保っていなければならなかったから、子どもらしい表情を浮かべることができなかったのだろう。だがユリウスとウィーンを離れた地中海に浮かぶこの島で、ルドルフはオーストリア・ハンガリー帝国皇太子としてではなく、ただ1人の子どもとして、暮れゆく夏空の下束の間の自由を満喫しているのだ。今この時がもう2度と自分達の元に巡ってくることはないだろうと、ユリウスは確信していた。穏やかで幸せな時間は、あっという間に過ぎてしまう。その時間が過ぎ去ってしまうまで、ユリウスはルドルフとこの時間を楽しむことにした。宝探しなど、もうどうでもよくなってきた。ユリウスがルドルフの後について歩いていると、突然彼が足を止めた。「どうされましたか、ルドルフ様?」「ユリウス、宝を見つけたぞ。」ルドルフはそう言って指差した方向には、まるで舞い踊るかのように美しい翅をひらひらとさせながら飛んでいる蒼い蝶の群れだった。「綺麗ですね・・」ユリウスとルドルフはしばしその美しい群れに魅入った。「海賊たちがこの島で見た宝というのは、この蝶達だったかもしれないな。」「ええ、そうでしょうね、きっと・・」ユリウスはそう言ってルドルフに微笑んだ。その後2人は船に乗ろうとしたが、漁師はとっくに島を離れてしまい、2人は島で一夜を過ごす羽目になった。「お寒くないですか?」たまたま断崖の下にあった洞穴で夜を過ごすこととなったので、ユリウスはそう言ってルドルフを見た。「ああ。それにしても急に風が冷たくなったな。」「もう夏は終わりですからね。」ユリウスがそう言って洞穴の外を見ようとしたとき、突然ルドルフの手が伸びてきた。「ルドルフさ・・」ユリウスの唇に、柔らかいものが当たった。それがルドルフの唇と解るまで数秒かかった。「何を・・」「別に。キスしたいからしただけのことだ。」顔を真っ赤にしたユリウスの反応を楽しみながら、ルドルフはそう言って洞穴を出た。「お待ちください、ルドルフ様!」慌ててユリウスも洞穴を出ると、空には無数の星が煌めいていた。「今日は楽しかったな。」「ええ・・」翌朝2人が戻ると、待っていたのはジゼルとアフロディーテの叱責だった。南イタリアで過ごした休暇は、ルドルフとユリウスにとってとても大切な思い出となった。51話へにほんブログ村
2009年02月14日
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「あら、それは何?」 街を散策して疲れたというアフロディーテとともにカフェに入ったカエサルは、ミレーヌに出す手紙をポケットから出したところ、アフロディーテが目ざとくそれを見つけた。「ミレーヌに出す手紙ですよ、アフロディーテ様。彼女はまだイギリスにいるんです。」「あの子のお母様はイギリスの方だと聞いているわ。わたし達と一緒に南イタリアに来られなかったのは、たちの悪い風邪をひいたからだってメイド達が噂してたわ。」「たちの悪い風邪ですか・・こじれて肺炎になる前に早くよくなるよう、毎日祈っているんですよ。」「優しいのね、お前は。こんなに優しいフィアンセを持つミレーヌが羨ましいわ。」アフロディーテはそう言って笑うと、パニーニを頬張った。「向こうはここよりも寒いので、ミレーヌの病状を更に悪化させるだけだと思っているんですが、母親の傍で療養した方がいいと彼女が言いましてね。確かに、噂好きのメイドに囲まれてここで休暇を過ごすよりマシだと思いますね。」カエサルはコーヒーを飲みながら、暮れゆく夕日の眩しさに目を細めた。「うちのメイド達は噂好きなのよ。暇な人間はゴシップを好むものよね。わたしにとって運が良かったのは、煩い記者連中がここまで追いかけずにウィーンで大人しく仕事してるってことね。彼らの所為でせっかくの休暇を台無しにされることを想像したらゾッとしちゃうわ。」朱色に近い橙色の夕日が、アフロディーテのブロンドを明るく照らし、彼女の背後に後光を作った。カエサルはその美しさに見惚れながら、紺碧の海を窓の外から見下ろした。「明日からお前とわたしは離ればなれね。なんだかいつも一緒にいたから、寂しくなるわ。」「わたしもですよ、アフロディーテ様。」カエサルはそう言って主の手を優しく握った。「イギリスに帰ったら、ミレーヌに宜しくと伝えておいてね。病気が早く治ることを祈っていると、言っておいてね。」「わかりました。確かにお伝えいたします。」カエサルはそう言って椅子から立ち上がり、ミレーヌへの手紙を出す為にカフェを出た。(アフロディーテ様はまだご存知でいらっしゃらない・・ミレーヌが不治の病に罹っていることを・・) イギリスへ便りを何百通も書いた気がするが、その返事が来た事はこれまで一度もないようにカエサルは思えた。色々と考えた後、彼女が手紙を書ける状態ではないのではないかとカエサルは結論を出したのだ。きっとイギリスへ戻ってもミレーヌは自分の前に姿を現さないだろう。彼女は天に召されるその時まで、ユリウスに対する想いを封印して毎日を過ごしていることだろう。彼女のことを愛しているのかどうかは、あまり考えたことはない。所詮家同士で決められた許嫁で、幼い頃何度か遊んだ幼友達としてしか彼女を見ていないし、それ以上でもそれ以下でもない。死にかけている恋人がいるというのに、何て自分は冷淡なのだろうーそう思いながらカエサルは自嘲の笑みを浮かべた。そして、手元にあるミレーヌへの手紙を見た。これが彼女に出す最後の手紙となるだろう。彼女の命がもう長くはないことは、自分も、彼女自身も知っていることだろうから。「さようなら、ミレーヌ。」カエサルはそう呟き、手紙をポストに投函し、カフェへと戻った。過去に別れを告げ、未来への道を歩くために。「遅かったわね。」「ええ。もう日が暮れそうですよ。しばらくここにいますか?」「もういいわ。屋敷へ帰りましょ。」アフロディーテはそう言って椅子から立ち上がり、従者に手を差し出した。「ええ。」カエサルは彼女に笑顔を浮かべながら、皇女の手を取った。にほんブログ村
2009年02月14日
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「お加減はいかがですか、お嬢様?」「ええ、だいぶよくなったわ。」ルドルフ達が休暇を過ごしている南イタリアから遠く離れたイギリスで、カエサルの許嫁・ミレーヌはそう言って自分付きのメイド・マリアに微笑んだ。「英国は夏でも寒いですからね。ウィーンとは大違いですわ。」「ええ・・そうね・・」半ば消え入るような声でミレーヌはそう言った途端、激しく咳き込んだ。「お医者様をお呼びいたしましょうか?」ミレーヌが咳き込むのを見たマリアは、そう言いながら彼女の華奢な背中を擦った。「いいのよ。少し横になれば大丈夫だから。」「ですが・・」「もうお医者様に注射されるのは嫌なのよ。」「カエサル様には、おっしゃっておられないのですか?」ミレーヌは首を縦に振った。「あの方は・・カエサル様はわたくしには勿体ないわ。それに、彼には心配させたくないの。」ミレーヌは弱々しく微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。「お嬢様・・」部屋を出たマリアは、涙を堪えながら廊下を歩いていった。「あら、こんなところにいたのかい。旦那様と奥様がお呼びだよ。」メイド頭がそう言ってマリアを見た。「どうしたんだい、あんた?目もとが真っ赤じゃないか。」「何でも・・ないんです。」マリアは俯いて、廊下を走って行った。「どうしちまったんだろうね、あの子・・」メイド頭は首を傾げながら、仕事をさぼっている新入りのメイドを叱りつけた。「あんた、そんなところでくっちゃべってないで、玄関ホールの掃除をしな!全く、最近の若い子は隙を見てすぐにサボろうとするんだから・・」彼女はそう言ってミレーヌの朝食を準備するために、厨房へと向かった。そのミレーヌはゆっくりとベッドから起き上がり、ベッドのそばにある引出しから、1枚の封筒を取り出した。そこには南イタリアで皇帝一家と休暇を過ごしているカエサルの名前と、滞在先の住所が載っていた。ミレーヌは大事な宝物を扱うかのように、そっと封筒から便箋を取り出し、カエサルからの手紙を読み始めた。“愛しい僕の天使へ, 君と一緒に南イタリアで休暇を過ごせないのはとても残念に思う。今はゆっくりと休んで病気を治して、また僕の前に元気な君の姿を見せて欲しい。アフロディーテ様も君のことをとても心配していらっしゃるよ。”たった数行の、短い手紙だが、それでもミレーヌにとってそれは常に心の支えとなった。最近身体の調子はよくなるどころか、悪くなっていくばかりだ。もしかしたらアフロディーテとともに学校に戻るのは無理なのかもしれない。カエサルには自分の病気のことを、まだ話してはいない。彼に余計な心配をさせたくないし、自分がその病気だと認めるのは嫌だから。それに不治の病に罹った自分を、カエサルが見捨ててしまうのではないかという恐怖を常に持っているからだ。(あの方は、わたくしがこんな病気だと知っていても見捨てて下さらないかしら?)ミレーヌの脳裏に、美しく磨きあげられ、極上の輝きを放つエメラルドのような美しい翠の瞳を持つ少年の姿が浮かんだ。貴族の子弟が通うイートンの中で、平民として初めてそこの生徒となった彼は、身分の違いなど関係なく、舞踏会の時自分に礼儀正しく接してくれた。もし彼がカエサルと同じ階級で名家の出身ならば、彼と婚約できたのに。(神様はわたくしにいつも意地悪だわ・・)流麗な文字が綴られた羊皮紙の上に、ミレーヌの涙の粒が落ちた。窓の外は、ミレーヌの悲しみを表すかのように、雨が静かに降り始めていた。にほんブログ村
2009年02月14日
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船に揺られて小一時間かかるところに、ルドルフとユリウスは“伝説の島”に着いた。島は紺碧の海に囲まれた無人島で、手づかずの自然と野生動物が2人を歓迎した。「これが、“伝説の島”か・・なるほど、海賊がお宝を隠すにはうってつけの島だな。」ルドルフは双眼鏡で森林の向こうを見ながら言った。「わくわくしますね。ここに宝が埋まっているのかもしれないと思うと。」「ああ。休暇の最後をここで過ごすのはいい考えだと思わないか?」「ええ。それにしてもルドルフ様が海賊に興味をお持ちになっていたなんて、初耳です。」ユリウスはそう言ってルドルフを見た。今隣にいる彼の表情は、ホーフブルクにいる時よりもいきいきしているように見える。「病弱なこの身体ですることと言えば、ベッドの上で読書を楽しむことぐらいしかできなかったからな。ヴァイキングの伝説が書かれている本や、カリブ海賊の武勇伝が書かれている本を片っ端から読んでいた。」「そうなんですか・・」「お前は聖書以外は読まないようだから、海賊に興味がないだろうな。」ルドルフは少しユリウスを馬鹿にしたようにフッと笑った。「わたしをそんな風に思っていらっしゃったのなら、どうしてわたしをここにお誘いになったんですか?」「1人だとつまらないからだ。だが2人なら面白い。」「単純明快な理由ですね。」ユリウスはそう言ってクスリと笑った。「さてと、行こうか?」「ええ。」自分に差し出された手を、ユリウスはしっかりと握り、ルドルフとともに“伝説の島”への冒険に繰り出した。「宝の地図などはお持ちでしょうか?」「そんなもの持ってないに決まってるだろ。地図に頼るなんて、冒険じゃない。」「そんなぁ~」ユリウスは溜息を吐きながら、ルドルフの隣を歩いた。「どこから探しますか?」「適当に探して、なかったらさっさと帰るか。」ルドルフはそう言って森の中へと入って行った。「待って下さい、ルドルフ様~!」ユリウスが島でルドルフに振り回されている頃、カエサルとアフロディーテは街を散歩していた。「相変わらず暑いわね。でも潮風があるからいいわね。」パリから直輸入したレース付の日傘を持ちながら、アフロディーテはそう呟きながら街の様子を見た。「ねぇ、カエサル、ひとつ聞いていい?」「なんでしょうか?」「お前、わたしといて楽しい?」ルドルフと似た蒼い瞳が、じっとカエサルの顔を見つめる。「わたしは、アフロディーテ様と一緒に過ごしていると、楽しいですよ。」「本当に?」「ええ。」アフロディーテはカエサルに向って天使のような笑顔を浮かべた。「そんなこと言ってくれるのって、お前だけよ。」アフロディーテはカエサルの腕に、自らの腕を絡めた。「なんだか恥ずかしいですね、こういうの・・」「あら、いいじゃない。こうしてると、まるで恋人同士のようだわ。でもお前はわたしよりも兄様の方が好きなのよね?」「そんなことは・・」「隠さなくてもいいのよ。お前が兄様を見る顔はまるで憧れの異性を見る目つきのようだわ。」(アフロディーテ様に隠し事はできないか・・)夏の太陽の下、カエサルはそう思いながら苦笑した。にほんブログ村
2009年02月14日
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カエサルは中庭で呆然自失となり、芝生の上に蹲っているユリウスを見て笑みを浮かべた。(これであいつは僕に構う事はないだろう。あいつにダメージを与えた今、次は皇太子様とあいつの仲を引き裂く方法を見つければいいだけ・・)「あら、カエサル、ここにいたのね。」「アフロディーテ様、おはようございます。」カエサルはそう言ってアフロディーテに微笑んだ。「ユリウスは何処?休暇は今日が最後だから彼と一緒に遊ぼうと思って。」「ユリウスはまだ寝ておりますよ。もしわたくしでよろしければ、お付き合い致しますが?」アフロディーテの蒼い瞳が落胆で少し曇った。「そう・・ユリウスはまだ寝てるのね。でもお前といるのも悪くないわね。ついていらっしゃい。」「かしこまりました。」ルドルフと同じ顔をした皇女の後を、カエサルはゆっくりとついていった。(嘘だ・・カエサルがあんなこと思ってたなんて・・わたしは、彼のことを友人だと思ってたのに・・)中庭でカエサルの本性を垣間見たユリウスは、その衝撃に耐えられず芝生の上に蹲って涙を流した。カエサルの言葉が耳朶と脳裏に焼き付いて離れない。“いつも君は天使のような笑顔を浮かべながら、みんなを騙してる・・先生も、友達も、街の人みんな!いかにも自分は善人だって顔して、裏で他人を見下して!そんな姿の君を見てると、虫酸が走ったよ!”ショックだった。彼には好かれていたと思っていたから。イートンに入学したての頃、彼はいつも慣れない環境にいる自分に何かと気を遣ってくれた。それに、あの舞踏会でアフロディーテに口応えした時も、上手く取り成してくれた。その行動が自分への友情ゆえのものだと、ユリウスはいままで思っていた。だが、そう思っていたのはユリウスだけだったのだ。カエサルは最初から、ルドルフやアフロディーテに取り入る為に自分に近づき、利用したに過ぎないのだ。その理由は簡単だ。カエサルは貴族で、ユリウスは平民で、しかも孤児だからだ。貴族である彼は平民である自分を利用し、踏みつけても当然だと思っているのだ。(酷いよカエサル・・信じていたのに、君のことを信じていたのに・・)闇のように深い絶望が、ユリウスを襲う。しかしそれとは別に、新たな感情が彼の中で生まれつつあった。(君を絶対に許さないよ・・絶対に!)ユリウスはゆっくりと立ち上がった。美しい翡翠の瞳には、カエサルに対する激しい怒りが宿っていた。(誰も信じない・・カエサル、君のお陰で世間というものが少しわかるようになったよ、ありがとう。)「ユリウス、どうした?顔色が悪いぞ?」急に肩を叩かれて振り向くと、そこには心配そうな表情を浮かべたルドルフが立っていた。「ちょっと気分が悪くなりまして・・でももう大丈夫です。」ユリウスはそう言って笑顔を浮かべた。「そうか?」「ええ。ルドルフ様、今日はどこへ行きましょうか?」「海は飽きたから、今日は街を散策しようと思ってな。そういえば地元の者に、伝説の島があると聞いたんだが、そこへ行ってみないか?」「・・いいですね、行きましょう。」ルドルフとユリウスは港へと向かい、漁師に頼んで地元民が話す“伝説の島”へと向かった。「ここには難破した海賊船のお宝があるそうだ。」「あなた様がお宝に興味があるなんて、初耳です。」「まぁな。」(カエサル、君がわたしのことを嫌ってるなら、思う存分嫌えばいい。もうわたし達は友達じゃないんだから。一生憎しみ合って生きていかなきゃいけないんだから、当然のことだよね?)にほんブログ村
2009年02月14日
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「えーっとですね・・夕食が終わった後、カエサルがわたしに、あなた様のことをどう思ってるかと聞かれたから、友人と思ってると答えたんです、そしたら・・」「回りくどい説明はいい。簡潔に話せ。」「カエサルはわたしが司祭になってルドルフ様にお仕えすると彼に話したら、彼は“醜い本心を隠して皇太子様に近づいて、いずれは権力を握ろうと思っているんだろう”と言って、わたしを浴室に閉じ込めたんです。」「そうか・・あいつがそんなことをね・・」ルドルフはそう言って紅茶を飲んだ。「それにしても、カエサルは最近変だな。以前はお前にはそんなことを言うような奴じゃなかったんだろ?」「ええ・・イートンに入学して慣れない環境にいるわたしに、彼は優しく声を掛けてくれましたし、何かと助けてくれました。」イートンに入学したての頃、寮で同室だったカエサルは、何かとユリウスに親切にしてくれた。それなのに今の彼は、ユリウスに対して少しよそよそしくなり、ユリウスが話しかけても冷淡な態度を取ることが多くなってきた。「わたしが何か彼に悪いことでも言ったんでしょうか?」「それもあるかもしれないな。お前は知らぬ間に人を傷つけることがあるからな。親切心で言ったことでも、相手を傷つけることがあるからな。」ルドルフはそう言ってクッキーを摘まんだ。「カエサルが今、わたしのことをどう思っているのかはわかりませんが・・わたしは彼のことを大切な友人だと思っています。」ユリウスはカップを握り締めながら震える声で言った。「たとえ彼がわたしのことをどんなに憎んでいても、彼にどんなに嫌われても、わたしは彼のことを友人だと思っています。」「もう遅い、部屋に帰れ。」「わかりました。では、失礼いたします。」ユリウスはルドルフに頭を下げて彼の部屋を出て行った。「ユリウス、ランプを持っていけ。」「ありがとうございます。」ユリウスはランプを持ち、漆黒の闇が包む廊下を歩き出した。(カエサルは、わたしのことをどう思っているんだろう?もう彼はわたしのことを友達じゃないと思っているんだろうか?だからあんなことを・・)脳裏に、ユリウスの言葉が木霊する。“君はいつも嘘を吐くのが上手いね、ユリウス。君は聖職者なんかよりも間諜の方が向いているんじゃないかい?醜い本心を隠して皇太子様に近づいて、いずれは権力を握ろうと思っているんだろう、君は?”そんなこと、ちっとも思ってやしないのに、カエサルは何故あんなことを言ったのだろうか?(カエサル、君は何故、あんなことを言ったの・・?)ユリウスは溜息を吐き、窓の外を見た。空には美しい無数の星が輝いていた。ここで過ごす休暇はあと1日しかない。明日はカエサルと話をしよう。ちゃんと話し合えば、彼も自分のことをわかってくれるだろう。そう思ったユリウスは、ベッドに入ってゆっくりと眠りに就いた。翌朝、ユリウスは中庭へカエサルを呼び出した。「話って何だい?」カエサルはそう言って射るようにユリウスを見た。「ねぇ、昨日のことだけど・・君が何と思おうと僕は君のことを大切な友達だと思ってるよ。ただ知りたいんだ、どうして君があんなこと言ったのかって・・」ユリウスの言葉を黙って聞いていたカエサルは、口端を歪めて突然笑い始めた。「どうしてあんなこと言ったって?決まってるじゃないか、君が憎いからさ!」カエサルはキッとユリウスを睨みながら言った。「いつも君は天使のような笑顔を浮かべながら、みんなを騙してる・・先生も、友達も、街の人みんな!いかにも自分は善人だって顔して、裏で他人を見下して!そんな姿の君を見てると、虫酸が走ったよ!」「カエサル・・何言って・・」ユリウスはカエサルを呆然と見つめた。「君はさっき、僕のことを大切な友達だと言ったよね?僕はね、君のことをとても恐ろしい敵だと思ってるよ!あの日、イートンで出会った時からずっと!」「そんな・・嘘だ・・」カエサルは涙を流すユリウスを見て勝ち誇った笑みを浮かべて、中庭を去った。「嘘だ、そんなの・・」にほんブログ村
2009年02月14日
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「開けてくれ、カエサル!」カエサルに浴室に閉じ込められたユリウスは、ドアを叩きながら彼を呼んでいた。しかし待てど暮らせどカエサルは部屋に戻ってこない。(このままじゃルドルフ様と会えない・・一体どうすれば・・)ユリウスはそう思いながら、周囲を観察した。すると浴槽の横にカーテンが吊るされてあった。その上には小さい窓があった。ユリウスはカーテンを持ってそれで壁を登り、小さい窓から慎重に身を乗り出し、カーテンを握り締めながらゆっくりと芝生の上に着地した。(これでルドルフ様に会える!)約束の時間はとっくに過ぎていたが、ユリウスは中庭に向って走り出した。(ルドルフ様きっと怒っていらっしゃるだろうな・・)息を切らせながらユリウスが走っていると、彼は誰かにぶつかってしまった。「いたたた・・」「なんだ、お前!危ないだろう!」そう言ってユリウスをキッと睨みつけたのは、ルドルフだった。「ルドルフ様、すいません・・中庭に行こうとしていて・・」「中庭に?カエサルからお前は中庭に来られないと言ってたが?」ルドルフは怪訝そうな表情を浮かべながら言った。(カエサルがそんな事を・・一体どういうことなんだろう・・)「それはわたしにもわかりませんが・・実は、カエサルに閉じ込められていたんです。」「カエサルに?それは本当か?」「はい。ちょっと話したいことがあるからと言って・・気がついたら浴室に閉じ込められていました。なのでお約束の時間に遅れそうになってしまって・・」「そうか。このままこんなところで話すのも何だから、僕の部屋でその話、じっくりと聞かせて貰うぞ。」「はい。」ユリウスとルドルフは、邸の中へと入って行った。その頃中庭では、カエサルが溜息を吐いていた。(皇太子様はユリウスの本性を知らない・・このままでは皇太子様はユリウスの餌食となってしまう・・)ユリウスの本性を、ルドルフはまだ知らない。彼は権勢欲の塊だということを。(彼は皇太子様に相応しくない・・)一刻も早くルドルフとユリウスとの仲を引き裂かなければ。だが、ルドルフはユリウスのことを信頼しているし、ユリウスはルドルフのことを慕っている。そして何よりも、2人の間には主従を超えた絆が生まれつつある。一体どうすれば、そんな2人の仲を裂くことができるのだろうか?ユリウスに関して悪い噂を流してみようか。それともルドルフにユリウスの邪悪な本性を話そうか。だがルドルフは自分が言うことなど信じないだろう。彼は自分の考えを持ち、決して他人の意見に振り回されない。カエサルが悪い噂を流したところで、鼻で笑うだろう。(どうすればいいんだろう?)どのように2人の仲を引き裂こうかと考えながら部屋に入ると、浴室に人の気配がしないことに、カエサルは初めて気づいた。もしや、と思い浴室に入ると、小さな窓が開け放たれ、そこから秋を告げる風が入ってくる。それを見た瞬間、カエサルはユリウスへの激しい怒りを感じた。(やられた・・)「ユリウス、絶対に君をぶちのめしてやる・・絶対に・・」カエサルはそう言って、浴室を出た。「で、どうしてカエサルに閉じ込められたんだ?」所変わってルドルフの部屋では、ルドルフがソファに座りながら隣に座っているユリウスを見た。にほんブログ村
2009年02月14日
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「お待たせしてしまって申し訳ありません、皇太子様。」カエサルはそう言ってルドルフに微笑んだ。「お前が何故ここにいる?ユリウスはどうした?」「ユリウスはここへは来ません、皇太子様。」榛色の瞳は、ルドルフを一途に見つめている。「それは本当か?」「はい。」その1時間前―(急がないと、約束の時間に遅れてしまうな・・)部屋を出たユリウスは、そう思いながら廊下を走っていた。「どこへ行くんだい?」彼の前に、カエサルが突然現れてユリウスの行く手を遮った。「君には関係のないことだ。そこをどいて貰おう。」「ちょっと君と話がしたいんだ。」カエサルは有無を言わさず、ユリウスの手を掴んで自分の部屋に引き摺り込んだ。「いったい何を・・」「君と話がしたいと言っただろう?」カエサルはユリウスをソファに突き飛ばした。「君は皇太子様のことをどう思っているの?」「僕はルドルフ様のことをかけがえのないご友人として・・」「そんなのは嘘だね。」榛色の瞳が、射るようにユリウスを捉えた。「君はいつも嘘を吐くのが上手いね、ユリウス。君は聖職者なんかよりも間諜の方が向いているんじゃないかい?醜い本心を隠して皇太子様に近づいて、いずれは権力を握ろうと思っているんだろう、君は?」「僕は・・そんなことはちっとも・・」「思っていないとでも言うつもり?君はどこまでも狡猾な人なんだね。残念だけど、君に皇太子様と会わせることはできないよ。」カエサルはそう言ってユリウスを浴室に閉じ込め、ドアに鍵をかけて部屋を出て行った。「開けろ、カエサル、開けろ!」ユリウスの叫び声は虚しく浴室に響いた。中庭に行くと、ルドルフが驚いた表情を浮かべて自分を見ていた。「お待たせいたしました、皇太子様。」「何故お前がここにいる?ユリウスはどうした?」「ユリウスはここへは来ません、皇太子様。」カエサルはそう言って一歩、ルドルフに近づいた。「彼に近づいてはなりません、皇太子様。彼は虫も殺さぬような顔をして、腹の中では何を企んでいるのかわからない奴です。」榛色の瞳で愛おしそうにルドルフを見つめ、カエサルは彼の頬を撫でようとした。「彼よりもわたしの方があなたに相応しいです。だから、ユリウスのことはもう忘れてください。」ルドルフはだた黙って、カエサルの言葉を聞いている。「愛しています、皇太子様。」カエサルはルドルフの唇を塞ごうとした。「わたしに触れるな。」中庭に乾いた音が響き、蒼い瞳に怒りを宿したルドルフは冷たくルドルフを見下ろした。じわりと頬に鋭い痛みが走る。ルドルフは一度もカエサルの方を振り返りもせずに中庭を去った。「・・絶対にあなたのことを諦めませんよ、皇太子様。」ルドルフの姿が見えなくなるまで、カエサルはじっとその背中を見続けていた。その瞳には、何としてでもルドルフをユリウスから奪い取ってみせるという決意が宿っていた。にほんブログ村
2009年02月14日
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「ユリウス、何ボケーッとしている。岸まで泳ぐぞ。」「は、はいっ!」我に返ったユリウスはルドルフとともに岸まで泳いだ。「んもうっ、2人ったらわたしのこと忘れて・・」アフロディーテは頬を膨らませながら、2人の後について泳いだ。「アフロディーテ様、こちらですよ。」カエサルはそう言って主に手を振った。「カエサル、お前肌がピンク色になってるわよ。」「少しはしゃぎ過ぎたようです。アフロディーテ様もくれぐれもお気をつけくださいね。」「言われなくてもわかっているわよ。お前は卒業したらどうするつもりなの?」「まだ決めておりませんが、あなた様のお傍にお仕えしたいと思います。」カエサルは主に向かって微笑んだ。「お前、ユリウスと同じことを言うのね。ユリウスは卒業後、司祭様になって兄様にお仕えするんですってよ。ユリウスはホント、兄様のことが好きなのねぇ~、少し妬いてしまうわねv」アフロディーテは笑いながら海水に濡れた髪をタオルで拭き始めた。(ユリウスが・・皇太子様のお傍に・・)一介の孤児が名門寄宿学校へ進学できただけでも名誉だというのに、これ以上彼は何を望むのだろうか。宗教画に描かれる、無垢な天使のような顔をして、心の奥底ではきっと宮廷内で権力を握ろうと今から画策しているに違いない。(君は見かけによらず、腹黒い奴だとわかったよ、ユリウス。君の望みが権力を手にすることなら、僕も負けはしない。)ルドルフと波打ち際で戯れているユリウスを睨みつけながら、カエサルはある決意を固めた。「楽しかったですね。」日が暮れる前、邸へと向かって歩いていたユリウスはそう言って隣を歩いているルドルフを見た。「ああ。今まであんなに楽しいことはなかったな。」南イタリアでの休暇は、ルドルフにとってもユリウスにとっても楽しいものとなった。窮屈な宮廷での生活から解放されたルドルフとアフロディーテは、同じ年頃の子ども達と同じように夕暮れ時まで海で泳いだり、同年代の子ども達と一緒に遊んだりした。楽しい時はあっという間に過ぎ、南イタリアでの楽しい休暇は終わり、ルドルフとアフロディーテがウィーンへ、ユリウスとカエサルがイギリスへと戻る日が刻々と近づいてきた。「もうすぐお別れね。何だか寂しくなるわね。」南イタリアで過ごす最後の夜、夕食の席でアフロディーテはそう言って溜息を吐いた。「毎日お手紙を書きますから、そんなに寂しがらないでください。」「いくら手紙を貰っても、お前の顔を毎日見られないんじゃ寂しいわ。」「クリスマス休暇にはウィーンへ伺いますから、待っていて下さい。」カエサルはそう言ってアフロディーテを宥めた。「ユリウス、この後時間あるか?」「ええ、ありますけど・・」「10時に、中庭で待ってる。」「わかりました。」「待っているからな。」ルドルフはユリウスの耳元でそう囁くと、ダイニングを去っていった。その会話を密かに聞いていたカエサルは、あることを企んだ。約束の10時、中庭に先に来たのはルドルフだった。「ユリウス、遅いな・・」10分経ってもユリウスはなかなか現れない。諦めようとしたとき、後ろの茂みの中から音がした。「ユリウスか。遅いぞ、一体僕を待たせて何を・・」そう言ってルドルフが振り向くと、そこには自分に笑みを浮かべるカエサルが立っていた。「お待たせしてしまって申し訳ありません、皇太子様。」にほんブログ村
2009年02月14日
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「それにしても暑いわね~、カエサル、この暑さなんとかならない?」気だるそうにソファに横たわりながら、アフロディーテはそう言って従者を見た。「そう言われましても、わたしは魔法使いではありませんので。」「なんだぁ~、つまんない。」アフロディーテはそう言ってアイスティーを飲んだ。「ウィーンにいても、ここに居ても、暑さからは逃れられないのね。」「海に泳ぎに行かれてはどうですか?」「遠慮するわ。日焼けするの嫌だもの。行きたいなら行っておいで。」「では、行って参ります。」カエサルはそう言って部屋を出て行った。「あ~あ、つまんな~い!」アフロディーテはそう叫ぶとソファに横たわった。「どうしたの、アフロディーテ。そんなところでグッタリして。」部屋に入ってきたジゼルはそう言ってアフロディーテの隣に座った。「暑くて何かやる気が出ないのよね。姉様や兄様はどうしてこんな暑い中溌剌としていらっしゃるのかしら?」「家族水入らずで過ごす久しぶりの休暇なのよ。思う存分楽しまなくちゃ損よぉ。」「暑いから何もやる気がしないわ・・」「駄目よ、そんなこと言っちゃ!これから先、のんびり過ごすことなんてできやしないわよ。」この休暇が終わったら、アフロディーテはプロのオペラ歌手として正式にデビューすることになる。プロとなれば今過ごしているような、のんびりとした時間は2度と過ごせないだろう。「そうねぇ、もしかしたら一生に一度しかないわよね、こんな時間は。海にでも泳ぎに行こうかしら。」ゆっくりとソファから起き上がったアフロディーテは、ブロンドの巻き毛を揺らしながら海へと向かった。その頃海では、ルドルフとユリウスが夏の陽光を浴びながら泳いでいた。「気持ちいいですね。」「ああ。これからこんな時間は過ごせそうにないな。」「ええ。」この休暇が終わったら、ユリウスはウィーン大学への進学に向けて再びイギリスへ戻り、ルドルフはウィーンへ戻り、互いに多忙な日々を送ることになる。この時間は2人の為に神がお与えくださったものかもしれない・・ユリウスはそう思いながら、泳いでいた。「ユリウス~!」背後から声がして振り向こうとしたとき、アフロディーテがユリウスに突進してきた。「アフロディーテ様・・」「部屋でぐうたら過ごすよりも泳いだ方がいいから来ちゃったv兄様なんか放っておいて、わたしと遊びましょうよv」アフロディーテはそう言ってユリウスの手を掴んだ。「アフロディーテ、ユリウスは今僕と遊んでいるんだ。邪魔をするな。」「あら~、いいじゃないの。」「休暇中ユリウスは僕と一緒にいるんだ!」「いいえ、ユリウスはわたしと過ごすのよ!」(また始まった・・)ユリウスは内心溜息を吐きながら、目の前で自分を巡る争いを繰り広げている皇子と歌姫を見た。この2人が居る限り、自分はずっと彼らのわがままに振り回されることだろう。だが彼らが一介の孤児で、あのままバイエルンにいたら一生広い世界を見ることもなく死ぬことになっていたユリウスに、広い世界と希望ある未来を与えてくれたのだから、感謝しなければならない。特に、ルドルフには。彼と会っていなかったら、自分はこんなに広い世界を見ることはできなかっただろう。(わたしはずっとお傍におります・・ルドルフ様・・)夏の陽光を浴びたルドルフの癖のあるブロンドは、まるで天使の頭上に輝く輪のように美しい光を放った。にほんブログ村
2009年02月14日
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南イタリアでユリウスとルドルフは楽しく夏の休暇を過ごしていた。「久しぶりにお前と一緒にいると楽しいな。」ルドルフはそう言ってユリウスに微笑んだ。「僕もあなた様といられて嬉しいです。このまま時が止まってしまえばいいのに・・」「そうだな・・」ルドルフはユリウスを見た。「ユリウス、お前卒業したらどうするつもりなんだ?」「・・宮廷付司祭となって、あなたにお仕えします。」「そうか・・僕の傍にいてくれるんだな。」ルドルフはそう言って俯いた。「あなた様と約束しましたから。ずっとお傍にいると。」「そうだったな・・」この時まだ2人はずっと一緒にいられると思っていた。だが時代の波が徐々に2人の傍に近づいてこようとしていた。にほんブログ村
2008年06月04日
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1871年8月、南イタリア。イギリスから帰ってきたユリウスは、ルドルフと楽しい夏の休暇を過ごした。「イギリスではどうだ?友達は出来たのか?」ルドルフはそう言ってボートを沖の方へと漕ぎ進めた。「はい。でも彼は僕のことをなんだか憎んでいるようで・・」「憎んでる?」「なんだかわからないんですけれど・・」「気を付けた方がいいな、そいつには。」ルドルフは服を脱ぎながら言った。「あの、ルドルフ様、一体何なさるおつもりで。」「見ればわかるだろう?これから泳ぐんだ。」「でもお付きの方達にはボートでここを一周してから帰ると・・」「お前も泳げ。」ルドルフはユリウスの手を引っ張って海へと飛び込んだ。「ぎゃぁぁ~!」ユリウスはすっとんきょうな声をあげながら、頭から海へと落ちた。「あそこの岩まで競走だ。」ルドルフはそう言ってさっさとユリウスを置いて泳ぎ始めた。「お待ち下さい、ルドルフ様~!」ユリウスは慌ててルドルフの後を追った。潮の流れが少し速くなり、ユリウスはあっという間にルドルフから引き離された。ようやくユリウスが岩までたどり着くと、ルドルフが勝ち誇った笑みを浮かべていた。「僕の勝ちだな。お前は負けたんだから、僕の言うことを聞いてもらうぞ。」「そんな~、ルドルフ様ぁ~!」晴れ渡った南イタリアの空に、ユリウスの絶叫が響き渡った。にほんブログ村
2008年06月04日
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期末試験が始まり、イートン校内の空気はますますピリピリしていた。ユリウスはラテン語の試験で、スラスラと問題を解いていった。初日が終わり、ユリウスはホッとため息を付いてベッドに寝転がった。長いように思えた時間はあっという間に過ぎ、試験最終日を迎えた。その日の試験は幾何だった。ユリウスは順調に問題を解いていった。問題を解き終えて見直しをしていた時、床に何かが落ちていた。ユリウスは対して気に留めず、試験終了の鐘が鳴ると同時に、教室を出ようとした。「フェレックス君、ちょっと来たまえ。」そう言って幾何の教授・ヘンリー教授がユリウスの肩を叩いた。「なんでしょうか?」「さきほどの試験について、君と話したいことがあるんだが、いいかね?」「いいですけど・・」ユリウスは嫌な予感がした。カエサルと目が合うと、彼は勝ち誇ったような冷たい笑みを浮かべて、教室を去っていった。「掛けたまえ。」ヘンリーに勧められるまでに、ユリウスはチンツ張りの椅子に腰を下ろした。「お話とは、一体なんでしょうか?」「信じたくないのだが・・先ほどの試験で、君が不正行為をしたと私に報告したものがいてね・・」ヘンリーの言葉を聞き、ユリウスの脳裏にカエサルの勝ち誇った笑みが浮かんだ。「僕は不正行為などしてません。」「君は優秀な生徒だ。それに君が不正行為などしない子だと知っている。君が不正行為をしていないと言うのであれば、私は君を信じよう。」「ありがとうございます。」ユリウスはヘンリーに頭を下げて、彼の部屋から出た。期末試験の結果は、ユリウスが今回も首席だった。ユリウスが試験中に不正行為をしたという噂はしばらく流れたが、常日頃のユリウスの行いを知っている者達は、ユリウスがそんなことをする人間ではないと主張し、やがて噂はなくなった。試験が終わり、ユリウスはアフロディーテとともにウィーンへ戻ることとなった。(やっと戻れるんだ、ウィーンに・・)ユリウスは旅行鞄を持ち、部屋を出た。「遅かったわね、ユリウス。行きましょv」「はい。」ユリウスとアフロディーテを乗せた馬車は、ゆっくりとイートン校を離れた。にほんブログ村
2008年06月04日
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1871年5月下旬、イートン・カレッジ。後期試験を控え、カレッジ内の空気はピリピリしていた。というのも、試験の結果次第で今後の進路が確定するというのだから、イートン生の彼らにとってこの試験は命に賭けても上位の成績を収めなければならないほどのものであった。そのため学生達は寝る間も惜しんで試験勉強をし、根詰めすぎて高熱を出して倒れ、医務室に運ばれる生徒が日に日に増えていった。ユリウスも例外ではなくて、毎晩寝る間も惜しんで試験勉強に精を出した。その中で1人、カエサルだけは試験勉強をせずに気楽な日々を過ごしていた。「どうして君は勉強をしないんだい?」「君とここのレベルが同じだから、しなくてもいいのさ。」カエサルは頭を指しながら言った。「あまり根詰めると駄目だよ。ルドルフ様には手紙を出したのかい?」「まだ出してないよ・・でも、試験が終わったら・・」「なんでも優柔不断なんだね、君は。」カエサルはそう言って部屋を出ていった。試験勉強が一段落して、ユリウスは図書館でユリウスはルドルフへの手紙を書いた。“親愛なるルドルフ様,こちらでは試験が近くなり、みんなピリピリしています。僕も毎晩遅くまで勉強しています。でもこの試験が終わったら、ウィーンに帰ることが出来ます。学校が明けるまであなた様のお傍におります。あなた様に会えるのを励みに、試験を頑張ります。あなたの愛するユリウスより”(試験が終わったら、ルドルフ様に会える・・)夏になれば、ルドルフに会えるーその事を励みに、ユリウスは試験勉強に励んでいた。彼は気づかなかった、カエサルの恐ろしい企みを。にほんブログ村
2008年06月04日
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その頃ウィーンでは、ルドルフがユリウスからの手紙を待っていた。「ルドルフ様、お手紙です。」部屋に秘書官がそう言って入ってきた。「ありがとう。」ルドルフは手紙を受け取った。ドアが閉まると同時に、ルドルフはユリウスの手紙を探した。ユリウスの手紙を見つけるとルドルフは封を切った。“親愛なるルドルフ様,・・・”ルドルフはユリウスからの手紙を読み終わってため息をついた。「“空気を読む努力をしてます”か・・本人は努力してるようだが、周りでは浮いてるようだな・・」その夜ルドルフは何度もユリウスの手紙を読み返した。「ルドルフ、入るわよ?」ジゼルがそう言って弟の部屋に入ると、ソファに寝転がってユリウスの手紙を読んでいた。「また読んでるの?あなた本当にユリウスのこと好きなのねぇ~」「そ、そんなことはっ・・」顔を真っ赤にして反論するルドルフを見て、ジゼルは笑った。「あなたって本当照れ屋さんなのねぇ。ユリウスはいつ帰ってくるの?」「夏に帰ってくるってさ。」ルドルフはそう言ってユリウスの手紙をたたんだ。「あいつ、早く帰ってこないかな・・」ユリウスの手紙にキスをして、ルドルフはため息をついた。にほんブログ村
2008年06月04日
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ユリウスは部屋でルドルフの手紙の返事を書いていた。“親愛なるルドルフ様,お手紙ありがとうございました。イギリスでは上手くやってます。たまに空気読めなくてしらけてしまうことがありますが・・色々と空気を読む努力をしています。夏にはウィーンに戻ってきます。色々と話したいこともありますし。それでは、あなたの愛するユリウスより”手紙を丁寧に封筒に入れ、ユリウスは部屋を出て郵便局へと向かった。「ユリウス、おはよう。」手紙を出し終えたユリウスは、カエサルと会った。「カエサル、君は郵便局に何を?」「両親に手紙を出してたんだよ。久しぶりの休みだから、お茶でもしないかい?」「うん。」ユリウスとカエサルは、行きつけのカフェに落ち着いた。「舞踏会では、助けてくれてありがとう。」「僕は抗議をしただけさ。人をモノ扱いする皇女様にね。」カエサルは冷めた口調で言って紅茶を飲んだ。「君も大変だね、あんなわがままな皇女様に振り回されて。」「そうだけど・・でもイートンで学べる機会を設けてくださったのはアフロディーテ様だし・・」ユリウスはそう言ってスコーンを一口かじった。「君は確か、イギリスに来る前にメルク行きの話が出てたんだよね?どうしてイギリスに行こうと思ったの?」「それは・・」「君、ルドルフ様とアフロディーテ様、どっちが好きなの?」ユリウスが口ごもると、カエサルは畳みかけるように言って冷たい目でユリウスを見た。「僕はルドルフ様のことが好きだよ。」「・・優柔不断だね、君は。そんなことではいつかルドルフ様は君から離れてしまうよ?」鋭いナイフのような言葉が、ユリウスの胸に深々と突き刺さった。「それは一体・・どういう意味?」「言葉どおりさ。」カエサルはそう言ってフッと笑い、カフェを去っていった。呆然としているユリウスを残して。にほんブログ村
2008年06月04日
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「ユリウス、待ちなさいっ!」大広間を出て廊下を歩いていると、アフロディーテが大股でユリウスに向かって歩いてきた。「さっきお前、私を無視したわねっ!」「・・すいません、ちょっと気分が悪くて・・」「言い訳は聞きたくないわっ!」アフロディーテはそう言ってユリウスの頬を打った。ユリウスはよろめいて床に倒れた。「いいこと、お前は私の物!私を無視するなんて許さないから!」「・・僕はあなたの物ではありません。」ユリウスは翠の瞳に怒りを宿らせながら言った。「僕は誰の物でもありません!僕は僕自身の物です!」「まぁ、なんて生意気な!」アフロディーテが激高してユリウスの頬を打とうとした時―「そこまでになさいませ、皇女様。」カエサルはそう言って2人の間に割って入った。「お前は引っ込んでいて、これは私とユリウスの問題だから。」「いいえ、引っ込みません。あなたは勘違いをしておられますよ、皇女様。ユリウスはあなたの物でも、誰の物でもありません。彼を自分の所有物扱いしないで戴きたい。」「・・お前、気に入ったわ。」アフロディーテはカエサルを見た。「ユリウス、さっきはひどい事言ってごめんなさいね。私ったらついカッとなっちゃって・・」「・・いいえ、僕も、言い過ぎました。」ユリウスはそう言ってうつむいた。「戻りましょう、皇女様。あなたのアリアをお聴きになりたい方が大勢いらっしゃいます。」カエサルはアフロディーテの手を取りながら言った。「そうね、戻ろうかしらv」アフロディーテはスキップをしながら、カエサルと共に大広間へと戻っていった。ユリウスは2人の背中を見送ると、部屋に戻ってベッドに寝転がり、ルドルフからの手紙を読んだ。“親愛なるユリウスへ,イギリスでは上手くやっているか?まぁお前のことだから上手くやっててるだろうな。空気ちゃんと読めよ。それに夏一度ウィーンに帰ってこい。僕はいつでも待ってるぞ。―R―”素っ気ない文章。それでも、ルドルフから手紙が来て嬉しかった。ユリウスはその手紙を何度も読み返して、それを抱きながら眠った。にほんブログ村
2008年06月04日
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アフロディーテは、大広間でお気に入りのアリアを歌っていた。みな、自分を見ている。それは当然だ。オーストリア=ハンガリー帝国皇女である自分に、見とれぬ者などいない。人は権力に弱い。それはここでも、ホーフブルクでもそうだ。ヨーロッパ随一と謳われた母皇妃・エリザベートの溺愛を受けたアフロディーテは、幼い頃からたくさんのお付きの女官と皇妃達に媚を売る貴族達に囲まれていた。宮廷の足枷を嫌い、母はウィーンを留守にした。アフロディーテも正直、宮廷が嫌いだった。あそこは皆、愛想笑いばかり浮かべて気持ち悪い。誰も本当の顔を見せない。仮面を被った貴族達。能面のような表情を浮かべた女官達。イギリスに渡り、聖エステリア女学院に入学した時、アフロディーテはここもホーフブルクと変わらないのだと思った。皆権力に縋ろうとしている、愚かな者達ばかりだ。アリアを歌っている時だけ、アフロディーテはこの退屈な世界から抜け出せた。ユリウスがバルコニーから帰ってきた。アフロディーテは目でユリウスの姿を追った。彼がホーフブルクに来てから、アフロディーテの世界は変わった。いままで退屈で堪らなかった世界が、少し面白くなった。クララというとんでもないおまけが付いてきたが。アフロディーテはユリウスに微笑もうとしたが、ユリウスはアフロディーテのことを全然見ようとせず、大広間を去っていった。その時アフロディーテは怒りに震えた。「アフロディーテ様、さきほどのアリアは素晴らしかったですわ。」アリアを歌い終わると、取り巻きの1人がアフロディーテに近寄ってきた。「疲れたから帰るわ。」「そんな・・お待ちください、アフロディーテ様っ!」慌てふためく取り巻き達を残して、アフロディーテは大股で大広間を後にした。(ユリウスが私を無視するなんて・・絶対に許さない!)にほんブログ村
2008年06月04日
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(どこ行っちゃったのかしら、ユリウス・・)アフロディーテは会場内を見渡しながら、ユリウスの姿を探した。こうしている間にも、男達の視線が自分に突き刺さる。オーストリア=ハンガリー帝国皇女である以上、媚を売る貴族達の視線に幼い頃から耐えなければならなかった。それに幼いながらも優秀な兄・ルドルフと何かと比べられてアフロディーテは息苦しい思いをしていた。しかしユリウスと出会い、初めて息苦しさから解放された。ユリウスとルドルフが好き合っていることを知り、アフロディーテは2人を引き離した。(ユリウスは私のものだものv兄様になんか渡さないわv)アフロディーテは楽団の方へと向かった。「1曲歌いたいの、曲をお願いできる?」楽団はアフロディーテがいつも歌っている曲を奏で始めた。その頃会場の外では、カエサルがユリウスを睨みつけていた。「ルドルフ様のことをいつも考えているんだね、君は。」「僕は・・ルドルフ様のことをご友人として心配してるから・・」ユリウスはそう言ってうつむいた。「友人として?それよりももっと深いものがあるんじゃないかい、君とルドルフ様との間には。」カエサルはユリウスの顎を持ち上げた。「これだけは言っておく。僕はいつか君からルドルフ様を奪うつもりでいるから、覚悟しておきたまえ。」「そんな・・」ユリウスは呆然として立ち去っていくカエサルの背中を見送った。(カエサルがどうしてルドルフ様を・・彼は一体何を言っているんだ?)カエサルの言葉の真意がわからないまま、ユリウスは会場へと戻った。そこではアフロディーテがいつも歌っているアリアを歌っていた。その姿は天上から舞い降りた天使のように美しかった。だがそんなアフロディーテを見ても、ユリウスはルドルフのことばかり考えていた。にほんブログ村
2008年06月04日
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「カエサル様から聞きましたわ。あなたはルドルフ様のお気に入りなんですってね?」そう言ってミレーヌはユリウスを見た。「そんなこと、ありません。ルドルフ様は僕のことを必要としてませんから。それよりも、カエサルとは踊らないのですか?」「カエサル様はアフロディーテ様の相手で忙しいでしょうし、今夜はあなたと話をしたい気分なの。前からあなたのことは学校内で噂になっていたし。」ミレーヌはユリウスに微笑んだ。「僕のことが?」「ええ、ルドルフ様とアフロディーテ様のお気に入りの天使様って、どんな方なのだろうってみんな噂していたわ。」「僕は天使なんかじゃありません。ただの人間です。」ユリウスはそう言ってうつむいた。周りから天使と呼ばれるたびに、むなしい気持ちになる。自分はそんなにすごい人間ではないのに。「あなたはいつも、そんな顔をしてらっしゃるのね?いつも寂しそうなお顔をして・・」ミレーヌはユリウスの頬を撫でながら言った。「わたくしも、いつも学校で息苦しい思いをしているのよ・・だってわたくしは、あのカエサル様の婚約者だから。嫌なことを言われたりするわ。あなたの場合、何かと大変でしょうね。」「そうですね・・」やがて音楽が終わり、ユリウスはミレーヌの元から去った。「ユリウス、今度は私と踊ってくれない?」ブロンドの巻き毛を揺らしながら、アフロディーテがユリウスの手を取った。「ちょっと外の風に当たってきます・・」ユリウスはそう言って舞踏会場を去った。(ルドルフ様は今、何をしていらっしゃるんだろうか・・)ミレーヌと踊っているときも、ユリウスはルドルフのことばかり考えていた。今頃ルドルフは何をしているのだろうか?「どうしたんだい、勝手に抜け出して。」ユリウスが振り向くと、カエサルが冷たい目で彼を見ながら言った。「ちょっと気分が悪くて・・」「ルドルフ様のことを考えていたんだろう?」カエサルはそう言ってユリウスの手を引っ張った。にほんブログ村
2008年06月04日
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―ねぇ、どうして泣いているの?頭の中で、少女の声が聞こえる。ユリウスはその声で目を覚ました。目の前に広がるのは、バイエルンの村ではなく、どこか遠い異国の地。そして目の前に立っているのは、布を巻き付けた東洋の「キモノ」と呼ばれる民族衣装を纏っている。“僕は泣いてなんかいない。”―嘘。あなたは泣いてるわ。少女はそう言ってユリウスの頬に伝う涙を拭った。―何か嫌なことでもあったの?それとも・・“僕は・・人を殺してしまった・・1番愛する人を・・”―もう泣かないで。時が全てを癒してくれるわ。少女はそう言ってユリウスに微笑み、霧の向こうへと消えていった。“待って、君は・・”最後に覚えていたのは、高く結い上げられた少女の艶やかな黒髪だった。「夢か・・」ユリウスはベッドから降りて夜着から制服に着替えた。それにしても、あの夢は一体なんだったのだろう?あの少女は、一体何者なのだろう?「ウス・・ユリウス?」我に返ると、カエサルが心配そうにユリウスの顔を覗き込んでいた。「ごめん、ちょっとボーッとして・・」「君は、今夜の舞踏会には出席するの?」「舞踏会・・?」ユリウスがキョトンとした目でカエサルを見た。「今夜は聖エステリア女学院とイートンの親睦を深める舞踏会が行われるんだよ。僕のフィアンセも出席するし、君も出席しなよ。」「でも僕、燕尾服も何も持ってないし・・社交界には無縁だし・・」「大丈夫、僕がいるから。」カエサルはそう言ってユリウスに微笑んだ。その夜、イートン・カレッジにある食堂は舞踏会場と化し、聖エステリア女学院とイートンの親睦を深める舞踏会が華々しく開かれた。―カエサル様たちだわ・・―いつ見ても、素敵ね・・―カエサル様の隣におられる方は、どなたかしら・・?聖エステリア女学院の生徒達は、黒い燕尾服に身を包んでいるユリウスに熱い視線を送っている。「僕、変かな・・」「大丈夫だよ。僕がついてる。」カエサルはユリウスの肩を叩いた。「ユリウス、来たのね!」結い上げたブロンドの髪を揺らしながら、アフロディーテがユリウス達の方へと駆けてきた。彼女の後ろには、キャラメル色の髪をなびかせながら少女が駆けてくる。「アフロディーテ様もいらしてたのですか。」「当たり前でしょう。あら、あなたは・・」アフロディーテの視線がユリウスからカエサルへと移る。「お初にお目にかかります、皇女様。カエサル=フェネックと申します。以後お見知りおきを。」カエサルはそう言ってアフロディーテの手の甲に接吻した。「ユリウス、紹介するよ。僕の許嫁のミレーヌだ。ミレーヌ、こちらは僕の親友のユリウスだ。」「初めまして。」キャラメル色の髪をした少女はそう言ってユリウスに微笑んだ。「初めまして。」ユリウスはそう言って少女に微笑んだ。(素敵な方・・)ミレーヌは一目でユリウスに恋に落ちてしまった。楽団がワルツを奏で始めた。「踊ってくださらないこと、ユリウスさん?」「僕、こういうの初めてで・・」「大丈夫、わたくしがリードしますわ。」にほんブログ村
2008年06月04日
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「あなたは・・誰ですか?どうして僕の名前を?」「君に死の接吻をしに来たのだよ。」男はそう言ってユリウスのあごを持ち上げた。「お前のことはお前が生まれる前から知っていた。お前は私の花嫁となるのだ。」ユリウスは男から逃げようとしたが、恐怖のせいで体が動かない。「怖がることはない。」男がニヤリと笑ってユリウスの唇を塞ごうとしたその時―「ユリウス~!」路地の向こうからアフロディーテがブロンドの髪をなびかせながらユリウスのほうへと駆けてきた。アフロディーテの声でユリウスは我に返った。「どうしたの、ユリウス?」「さっき、この人が僕に・・」ユリウスがそう言って男を指そうとすると、彼はいなかった。「ユリウス、大丈夫?」アフロディーテが心配そうな顔をしてユリウスを見た。「大丈夫です。それよりも勝手に学校を抜け出してよろしいのですか?」「平気よ。お前とコーヒーを飲みたくて来たのよ。」アフロディーテはそう言ってユリウスを見た。「クリスマスは一緒にウィーンに帰るのよね?」「はい。」「そう・・兄様きっと喜ぶわね、ユリウスの顔見たら。」アフロディーテはフッと笑ってフレンチフライを摘んだ。「アフロディーテ様は学校はどうですか?お友達はできましたか?」「まぁね。ユリウスはどうなの?」「僕は寮の同室にいるカエサル=フェネックという人と仲良くなりました。そういえば彼が変なことを言っていて・・」「変なこと?」「はい・・『もし僕が女だったらルドルフ様と政略結婚させられる』と・・一体どういう意味で彼が言ったのか、わからなくて・・」アフロディーテはユリウスの言葉を聞いて大きな声で笑った。「それはね、お前から兄様を奪うっていう意味で言ったんじゃない?フェネック侯爵家は皇室とつながりがある名家だからね。」じゃあ私もういくわね、とアフロディーテは聖エステリア学院の方へと駆けていった。(カエサルが僕からルドルフ様を奪う?)アフロディーテの言葉を聞き、その夜ユリウスはなかなか眠れないでいた。彼は一体、何を考えているのだろうか?ユリウスはそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。その頃カエサルは、イーストエンドにあるパブで、“男”を待っていた。彼は黒魔術を使い、気に入らない相手を呪い殺すという。彼はいつも新月の夜にこのパブにやってくる。カエサルは懐中時計を取り出した。時計の針はもうじき0時を指そうとしている。帰ったほうがいいか―そう思いカエサルが椅子から立ち上がろうとしたとき、ドアベルが鳴り、1人の男がカエサルの隣に座った。彼は黒衣をまとい、黒いベールで顔を覆っている。「カエサル=フェネックだな?」「ああ。君に頼みたいことがある。」「金は?」カエサルは男にそっと金貨が入った袋を渡した。「ある人物を呪い殺してもらいたい。いや、正確に言うとそいつの心を崩壊させて欲しい。名前はユリウス=フェレックス、僕の親友だ。」にほんブログ村
2008年06月04日
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1870年10月、ロンドン。イギリスに来てからユリウスは勉学に励み、その結果彼はいつも試験で首席となった。 貴族の子弟が多く通うイートンで、平民の子がトップに立つというのは、異例のことだった。だがユリウスはただの平民ではない。ハプスブルク家と深い繋がりー詳しく言えば皇帝一家と親しいー間柄に彼はあるのだ。オーストリア皇室と繋がりがあるにも関わらず、ユリウスはそれを決して鼻にかけたりせず、謙虚に毎日の生活を送っていた。そんな彼の周りに、自然と人が集まってきた。ユリウスの謙虚さと、その優しさに惹かれた下級生達は、「ユリウス親衛隊」なるものを作り、ユリウスの美しさや人柄の良さなどをいつも熱く語り合った。ユリウスの人気は学内だけでなく、アフロディーテが通う聖エステリア女学院やイートン・カレッジ周辺にも広まり、彼はいつしか、「バイエルンの天使様」と呼ばれるようになった。だがユリウスは周囲の賞賛に流されることなく、今日も図書館で勉学に励んでいた。「・・やっと終わった。」ユリウスはそう言ってため息を付いて、文学のレポートを書き終えた。(このところ、ルドルフ様にお手紙を差し上げてないな・・)必ず毎日手紙を出すと言ったのに、イギリスに来てからバタバタしていてすっかり忘れてしまった。ユリウスはペンにインクを付けたし、白い便箋にルドルフへの手紙を書き始めた。“親愛なるルドルフ様,お手紙を差し上げることを忘れてしまった僕をお許し下さい。毎日必ずお手紙を差し上げるつもりだったのに、イギリスに来てから何かと忙しく、忘れてしまいました。お体のお加減はよろしいのですか?ジゼル様からあなた様が風邪をひかれたと聞きました。僕がいないとあなた様はすぐに無理されるから、僕はあなた様の身に何かあったら・・といつも心配に思いながら毎日を過ごしています。クリスマス休暇にはウィーンに帰ってきます。あなた様に会えるのを楽しみにしています。 あなた様の愛するユリウスより”「誰に書いてるんだい?」ユリウスが手紙を封筒に入れると、カエサルが彼の顔を覗き込みながら言った。「ルドルフ様に、お手紙を差し上げようと思って。忙しくて全然出せなかったから。」「そうか。君はどんなに人気者でも、心に決めた人がいるんだね。羨ましいよ。僕なんか誰もいりゃしない。」カエサルはそう言ってため息をついた。「君には許嫁がいるんじゃないのかい?」「それは親同士が勝手に決めたのさ。僕の家の財産目当てに娘を嫁がせる下級貴族の企みさ。」カエサルは口端を上げて笑った。「君にひとつ教えてあげよう。貴族の結婚というものはね、互いに好き合った相手とする、というのではなくて、相手の財産がどれだけたくさんあるか、相手の地位が社交界の頂点に立っているかいないかで決まるんだよ。僕の父は大臣だし、母は社交界の重鎮だ。つまり、君のルドルフ様が決してないがしろにできない家柄の貴族ということになるんだよ。」「どういう・・意味だい・・?」「言葉どおりさ。君は僕が男であることに感謝するといい。なぜなら僕がもし女だったら、ルドルフ様と政略結婚させられる身だからね。人身御供というべきかな?」なぞめいた言葉を残して、カエサルは図書館を去っていった。(一体どういう意味なんだろう・・カエサルは一体何を言おうとしていたんだろう?)ユリウスはルドルフは手紙を出した後、カフェでコーヒーを飲みながらカエサルの言葉について考えていた。“君は僕が男であることに感謝するといい。”あれは一体、どういう意味なのだろうか?考えれば考えるほどわからない。「お待ちどうさん、フィッシュ&チップスだよ。」店主がそう言ってユリウスの前にフィッシュ&チップスを置いた。「頼んでませんけど・・?」「俺からのサービスだよ。お前さんは俺達にとっては天使様のようなもんだし、それにお前さんはよく俺の店を手伝ってくれるし。感謝の印さ。」「ありがとうございます。」店主はニッコリとユリウスに笑って、店の奥へと消えていった。「天使様、か・・」自分は天使のように、純粋無垢な人間ではないのに・・。バイエルンの村から連れてこられた、ただの田舎者なのに。周りから天使様、天使様と言われると、何故かむなしく感じてしまう。「ここ、いいかな?」目の前に、水色の髪をなびかせ、黒衣を纏った男が滑るようにユリウスのテーブルに座った。「はい・・」男はじぃっと、紫の瞳でユリウスを見つめて微笑んだ。「やっと会えたな、ユリウス。」にほんブログ村
2008年06月04日
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ウィーンを出発して、長い船旅を終えてアフロディーテとユリウスはイギリスの地に降り立った。「これから毎日、お前と一緒ねvウィーンでは兄様に取られちゃったけど、ここではお前は私のものなんだから。」アフロディーテはそう言ってユリウスを見た。「ええ・・」「お兄様には、手紙は出したの?」「船の中で書きましたが・・まだ出していません。」アフロディーテの蒼い瞳がキラリと光った。「そう、じゃあ私が出してあげるわv」アフロディーテはユリウスが大事に持っていた封筒をひったくった。「・・では、お願いいたします。」2人を乗せた馬車は、イートン・カレッジが建つバークシャー州イートンに到着した。「またあとでね。」馬車を降りたユリウスにそう言ってアフロディーテは微笑んだ。「はい・・」ユリウスが兄宛に書いた手紙を、アフロディーテは読んだ。『親愛なるルドルフ様、もうすぐ僕はイギリスに着きます。これから新しい生活が待っているとおもうと、不安です。それに、あなた様をウィーンで独りにしてしまうこと・・言葉にできないほどの胸の苦しみに、僕は襲われています。僕はあなた様がくださったロザリオを、僕はあなた様と思って大切に・・』「ユリウスはいつもお兄様のことばかりなのね・・」アフロディーテはそう呟いて、細かく手紙を千切り始めた。紙吹雪と化した手紙を、アフロディーテは馬車の窓から投げ捨てた。「ユリウスは私のものv」ユリウスは学院長に連れられて、自分がこれから住む寮へと向かった。「君の部屋はここだ。」学院長はそう言って部屋の前にユリウスを案内した。「君には期待しているよ。頑張りたまえ。」「はっ、はいっ!」ユリウスは元気よく答えて、部屋の中に入った。そこには3人の少年達がいた。「あの・・僕の机とベッドは・・?」「君かい、ハプスブルク家の恩恵を受けてここへやって来た平民の子っていうのは?」癖のある黒髪をなびかせながら、1人の少年がそう言ってコバルトブルーの瞳でユリウスを見た。「君のベッドは向こうだよ。突っ立ってないでさっさと行きたまえ。」「はい・・」旅行鞄を持ち、奥にあるベッドの方へとユリウスが向かい、ベッドの上で荷物を解いていると、背後から強い視線を感じてユリウスは振り向いた。ユリウスの前には、薄茶の髪と、はしばみ色の瞳をした少年が彼を見ていた。「あの・・何か僕の顔についてますでしょうか?」「いいや、あまりにも君が綺麗だから見とれていただけさ。」少年はそう言ってユリウスに右手を差し出した。「初めまして。僕はカエサル=フェネック。よろしくね。」「ユリウスです。ユリウス=フェレックス。よろしくお願いします。」ユリウスは少年に微笑んで彼の手を握った。これが、ユリウスとカエサルの出会いだった。にほんブログ村
2008年06月04日
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「これからユリウスといつも一緒なのね、嬉しいわ。」ウィーン西駅へと向かう馬車の中で、アフロディーテはそう言って笑った。「ええ。」「兄様にはちゃんとお別れを言ってきたの?」「はい。誕生日プレゼントにオルゴールをお渡ししました。」「そう・・」アフロディーテはそう言ってうつむいた。(兄様は、ユリウスのことが好きなのね・・それに、ユリウスも。)イギリスに行きたいと言いだしたのは、ユリウスを独り占めにしたかったからだった。クリスマスの後、兄とユリウスが互いに好き合っていることをアフロディーテは確信した。ユリウスのことを独り占めしたいアフロディーテは、それが気にくわなかった。(ユリウスは私が先に見つけたのに・・兄様には絶対に渡さないんだから!)「ユリウスは、私のものよね?」「えっ」いままではしゃいでいたアフロディーテが、低い声で言ってユリウスを見た。「私が見つけたんだもの・・ユリウスは私のものよ。兄様になんか渡さないんだから。」「アフロディーテ様?」明らかに様子がおかしい。「ユリウス、約束して。ずっと私の傍にいるって。兄様のことは忘れて、これから私のことだけ見てよね。」アフロディーテはそう言ってユリウスに微笑んだ。その笑みは、どこか禍々しい雰囲気が漂っていた。イギリスへと向かう船の中で、ユリウスはルドルフへの手紙をしたためていた。『親愛なるルドルフ様,僕は今期待と不安に胸を弾ませながら、船の中で一夜を過ごしています。これから何が待ち受けているか判らないけれど、僕の心はいつもあなたのお傍におります・・』手紙を書き終え、ユリウスは封をしてベッドに入った。眠る前に、ルドルフから貰ったロザリオを握り締めた。「おやすみなさい、ルドルフ様。」ユリウスはロザリオにキスをして、眠りに就いた。にほんブログ村
2008年06月04日
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「ユリウス、入るわよ?」クララはそう言って幼馴染の部屋をノックした。「入って。」クララが部屋に入ると、ユリウスは旅行鞄を右手に抱え、左手にはオルゴールを持っていた。「そのオルゴール、何なの?」「これは、ルドルフ様に渡そうと思って・・もうすぐ、誕生日だから・・」ユリウスはそう言ってうつむいた。「ユリウス、ルドルフ様と会ってきたら?」「でももう、ルドルフ様のことを忘れないと・・これから僕はアフロディーテ様のお傍に・・」「何言ってるのよ!今すぐルドルフ様に会いに行きなさいよ!」クララはユリウスを睨んだ。「あたしはね、ルドルフ様のためにあんたを諦めたのよ!あんたルドルフ様のこと好きなんでしょう?だったら無理に忘れようとしないでそのオルゴールを渡して、ルドルフ様に気持ちをぶつけなさいよ!」「クララ・・」ユリウスの翠の瞳が、大きく揺らいだ。「行きなさいよ、早くっ!」「ありがとう、クララ。」「お礼なんて、いいわよ。」ユリウスが部屋を出て行った後、クララは涙を流した。「ルドルフ様、入りますよ?」ユリウスはそう言ってルドルフの部屋をノックした。「・・いまさら何の用だ。僕を捨ててイギリスに行くくせに。」部屋に入るとルドルフはそう言ってユリウスにそっぽを向いた。「僕はいつか、あなた様の元に帰ります。」ユリウスはルドルフにオルゴールを渡した。「これは・・」「誕生日がもうすぐ近いのでしょう?ですから、一足先に誕生日プレゼントにと思いまして。」「ありがとう。」ルドルフは頬を赤く染めながら、ユリウスからオルゴールを受け取った。「ルドルフ様、私はあなたのことが好きです。あなたと離れたくないんです・・けれど、僕はあなたを支えるためにイギリスに行きます。」「ユリウス・・」わかっていた。初めてイシュルでであったときから、彼のことが好きだったと。それなのに意地を張って、ユリウスを困らせることばかりしてしまった。本当は傍にいて欲しいのに、冷たく突き放した。「ユリウス、僕のことを忘れたら許さないからな。」ルドルフは泣きそうになるのを堪えて、ユリウスを睨んで言った。「あなた様のことを、忘れたりしませんよ。いつも私を困らせる我がままな皇子様のことを。」「お前っ・・」ユリウスは、ルドルフの頬にキスをした。「このオルゴールを僕だと思って大切にしてください。」「・・わかった。」ユリウスは静かに部屋を出て行った。「待ってるからな、ユリウス・・だから、早く帰って来い。」ルドルフはそう言ってオルゴールを抱きしめた。にほんブログ村
2008年06月04日
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目を開けると、ルドルフはどこかの街にいた。ウィーンとは違う、どこか歴史を感じさせる街。その細い路地を、ルドルフは走っていた。誰かに追われるように。“待て!”振り向くと、そこにはユリウスの姿があった。緑の瞳に、燃え上がるような怒りを宿らせながら、彼はルドルフに近づいた。逃げようとしたけれど、身体が動かない。ルドルフは、ユリウスの瞳の美しさに魅せられた。その瞳に魅せられていると、胸から鮮血が噴き出た。―ど・・し・・て・・“お前を・・殺したくなかった・・けど・・俺達は・・だから・・”ユリウス、いやユリウスと似た少年がそう言ってルドルフを抱き締めて涙を流した。そして少年は自分の喉元に刃を突き立てた。薔薇に似た赤い花が、2人の骸にハラリ、と落ちた。まるで儚い彼らの命を、悼むように。夢から覚めたとき、ルドルフは涙が止まらなかった。ただの夢なのに、どこか哀しくて。どこか、懐かしくて。(一体あれは・・あの街はどこだ?そしてあいつは・・)その日1日中、ルドルフはあの夢のことばかり考えてしまって勉強にも剣の稽古にも集中できなかった。「ルドルフ、今日のあなた、どこか変だったわね。何かあったの?」ジゼルはそう言って弟の頭を小突いた。「なんでもないさ。」ルドルフは姉にそっぽを向いた。廊下を曲がろうとしたとき、ユリウスにぶつかった。「気を付けろ、危ないだろっ!」「す、すいません・・」ユリウスはそう言って頭を下げた。「全く、鬱陶しいったらありゃしないよ。明日が楽しみだな、お前の顔をもう見ないで済むと思うとせいせいする。」ユリウスの傷ついた顔を見ながらルドルフは笑みを浮かべ、部屋へと入っていった。(お前が悪いんだぞ、ユリウス・・アフロディーテと一緒にイギリスに行くから・・)(ルドルフ様にはもう僕は必要ない・・僕はイギリスで新しい生活を送らないと・・)悶々とした気持ちを抱えながらも、ユリウスはイギリス出発の日を迎えた。にほんブログ村
2008年06月04日
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「あら、あなたはユリウス様の・・」自分を呼ぶ声に気づいてクララが振り向くと、ブロンドの天使がそこに立っていた。「あなたは、確かシュタイナー家の・・」「エリーゼですわ。あなたは確か、ユリウス様のお友達の、クララさんね?」天使―エリーゼはそう言ってクララに微笑んだ。「はい、そうですけれど・・」「少しあなたとお話したいんですけど、よろしいかしら?」「はい・・」エリーゼとクララは、春の陽光が射す王宮庭園へと向かった。「さっきジゼル様のお部屋から出てこられたけど・・何かジゼル様とお話なさったの?」「ええ、ユリウスのことで・・」クララはそう言って、また泣きそうになった。「ジゼル様に相談したんです。このごろユリウスの様子がおかしかったから・・ルドルフ様のご様子も・・ジゼル様は色々話してくださいました・・ルドルフ様がいままでどんな思いで生きてこられたかを・・そして・・ユリウスをルドルフ様を譲ってくれとおっしゃいました・・」クララは辛くなり、涙を流した。エリーゼはそっと、クララを抱き締めた。「お辛かったでしょうね・・あなたはユリウス様のことが好きだったから・・もしわたくしだったら耐えられないわ、たとえそれがルドルフ様の為でも・・」「私、ユリウスのことが好きだったんです・・大人になったら結婚したいと思ってたんです。でも、ジゼル様からルドルフ様のことを聞いて・・私には家族も友達もいるけれど、ルドルフ様はずっと1人だったんだなって思ったんです・・だから、ルドルフ様の為ならユリウスをっ・・」「そう・・辛い選択だったわね。でもあなたは偉いわ。」エリーゼはそう言ってクララの頭を撫でた。「わたくし、ルドルフ様にお会いしてわかったの。ルドルフ様のお傍にいられるのはユリウス様しかいらっしゃらないって・・ユリウス様とルドルフ様は出会うべくして出会った運命だったのでしょうね・・」「出会うべくして出会った・・運命・・?」「あなたは生まれ変わりというものを信じていて、クララさん?」エリーゼの蒼い瞳が、美しく光った。「ええ。おばあちゃんがよく言ってました・・おじいちゃんとは前世でも夫婦だったのよ、と・・」バイエルンにいた頃、クララの祖母が亡くなった祖父のことを話すとき、よく言っていた。“あたしと爺ちゃんはね、前世でも夫婦だったんだよ。もしもう一度生まれ変わっても、爺さんと一緒になりたいねぇ・・”その祖母も、ユリウスとともにウィーンへ行く前に死んでしまった。きっとあの2人は生まれ変わっても、夫婦になっているだろう。「そう・・多分ルドルフ様とユリウス様は、前世では夫婦だったんでしょうね、きっと・・」「そうかも・・しれませんね・・」クララとエリーゼが春の陽光を浴びている頃、ルドルフはベッドの中で夢を見ていた。にほんブログ村
2008年06月04日
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「ユリウスの様子が変?」「そうなんです、ジゼル様。ルドルフ様にも会わないし・・ルドルフ様があんなことをおっしゃったから・・」「ルドルフが何か言ったの、ユリウスに?」「はい、それが・・」クララはジゼルに王宮庭園で起きた事を話した。「そう、ルドルフがそんなことを・・」ジゼルはそう言って笑った。「ジゼル様?」「あの子ったら、天邪鬼なんだから。」「え?」首をかしげ、訝しげな表情を浮かべるクララ。「あの子はね、ユリウスのことが好きなんだけど・・それを本人の前ではなかなか言えないのよ。それとは逆にユリウスが困ることや嫌がることしたり、からかったりするのよ。」「そういえば、村にいたときユリウスをよくからかってた男の子がいたわ・・じゃあそれって・・」「よく言うでしょ?男の子は好きな子にちょっかい出すって。ルドルフもそれと同じなのよ。」ジゼルはそう言って紅茶を飲んだ。「あなたにはわからないと思うけど・・あの子はいつも、周りの空気を読み取ることに敏感になって、常にハプスブルクの皇太子であろうと頑張ってるところがあるのよ・・素直に自分の感情を出せないのは、そのせいなのよ。」ジゼルの言葉を聞いて、クララはハッとした。ユリウスとクララは、豊かな自然に囲まれたバイエルンの村で伸び伸びと育ったが、ルドルフはホーフブルクという黄金の牢獄で育ち、祖母である皇太后の厳しい教育を物心つく前に受け、いつも孤独にさいなまれる日々を送っていた。人の悪意や欲望といったものを見抜く術をルドルフは持っているーいや、持たざるおえなかったのかもしれない。何故ならルドルフの周りには、彼を陥れようと、心無い噂をばら撒く者や、彼に媚を売る者ばかりがいたからだ。両親の愛情に恵まれず、常に孤独だったルドルフが「素」の自分を出せるわけが無い。ユリウスのことが好きでも、本心とは逆のことを言ってしまうのだ。「・・私、思ったんですけれど、ルドルフ様は私たちよりも3つも年下なのに、いつもしっかりしていてすごいなって・・」「それは、そうしなくちゃならないからよ。一国の皇太子が泣いたりわめいたりするなんて、許されないのよ。たとえそれが、9歳の男の子でもあっても。」「そう・・なんですか・・?」「ええ、これは私の憶測に過ぎないけれど・・あの子を見ていてわかるわ・・」ジゼルはそう言ってため息をついた。「クララ、あなたはユリウスのことが好きなんでしょう?」「はい、好きです・・」「ユリウスを、ルドルフに譲ってあげて?あの子はいままで誰にも愛されずに育ってきたの。誰にも心配されず、孤独に必死に耐えてきたの・・でもユリウスと会ってあの子はいつも笑うようになったのよ。あの子の心からの笑顔を見るのは初めてなのよ。あの子が、いままで押し殺してきた感情を素直に出すようになったのは・・だからお願い、ユリウスをルドルフに譲って?」ジゼルの言葉に、クララはうつむいた。本当はあんな皇子様にユリウスを渡したくない。けれどユリウスが、いままで必死に孤独に耐えてきたルドルフを変えられるのなら、この恋は潔く諦めよう。「・・わかりました。ユリウスのことは諦めます。本当は嫌なんだけれど、私はルドルフ様みたいに孤独じゃないから。バイエルンには家族も友達もいるし、ここにもたくさんの友達がいます。いままで1人ぼっちで耐えてきたルドルフ様が変わるなら、ユリウスのことを諦めます。」「そう、ありがとう・・ごめんなさいね、あなたに辛い思いをさせて・・」「いいんです。ユリウスは私のこと、幼馴染としてしか見てませんから。」失礼します、といってクララはジゼルの部屋を出た。部屋を出た途端、堪えていた涙が一気に溢れ出した。(なんでよ、泣きたくなんてないのに・・)「あら、あなたは確かユリウス様の・・」にほんブログ村
2008年06月04日
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ユリウスのイギリス行きが決まってから数日間は、彼のことで女官達がしきりに騒いでいた。 何せ、貴族の子弟しか入れないイートン・カレッジに、バイエルンの村から連れてこられた庶民のユリウスが入学するというのだ。「皇妃様は一体何を考えていらっしゃるのかしら?あの子をイートンになんて・・」「ユリウスはメルクに行くものばかりだと思っていたのに・・」「一体どんなことをして皇妃様の寵愛を得たのかしら・・」彼女たちはユリウスに対して心ない噂をばらまき始めた。バイエルンからユリウスうを連れてきたのは実は皇妃で、可愛い年頃の男の子を手懐けたかったからだと。その噂はホーフブルクやシェーンブルンに広がり、ユリウスはその噂に傷つき、部屋に籠もりがちになった。自分で決めたことなのに。カレンダーを見ると、イギリス行きは数ヶ月後だ。それまで勉学に励もう。そしてイギリスでは、噂のことなど忘れるのだ。ルドルフのことも・・。“僕はお前なんか要らない”ルドルフが放ったナイフのような言葉。それはユリウスの胸を切り裂いた。あれ以来、ルドルフとは会っていない。もうルドルフの傍にはいられないのだから、少しずつルドルフから離れた方がいい。僕はこれから、アフロディーテ様のお傍に・・そう思っていると、ユリウスは自分が泣いているのに気づいた。(なんでだろう、自分で決めたことなのに・・後悔するなんて。)ルドルフから遠く離れて、新しい人生を始めようと思っているのに。本当はルドルフの元を離れたくない。だってあの日約束したのだから。“約束しろよ、ずっと僕の傍にいるって・・”“約束します。”あんな約束、しなければよかった。あんなことをしたから、イギリスへ行けない。(駄目だ、そんなこと思っちゃ・・早く忘れなきゃ・・)だがルドルフのことを忘れようと思うたびに、ルドルフのことやあの約束のことがいつまでたっても頭から離れない。(ルドルフ様・・)眠りに落ちる前、ユリウスはルドルフの名を呼んで目を閉じた。「・・ひどいこと言っちゃったな、あいつに・・」ルドルフはそう言ってため息を付いた。あんなこと、言うつもりじゃなかったのに。行かないでくれ、ずっと僕の傍にいてくれ。そう言いたかったのに、実際に口から出てきたのは刃のような鋭く冷たい言葉だった。後悔した時には、もう遅い。時計の針は、あの時に二度と戻ってくれない。どうしていつも素直じゃないのだろう。ユリウスのことが誰よりも愛おしくて好きなのに、それが言葉に出せない。「馬鹿だ、僕は・・大馬鹿だ・・」マクシミリアンが涙を流すルドルフに寄り添った。「ありがとう、マクシミリアン・・僕の傍にいてくれるのは、お前だけだ・・」ルドルフはマクシミリアンを抱き締めながら眠りに就いた。時は矢のように過ぎ去り、ユリウスのイギリス行きは明日へと迫っていた。「何だか寂しいわね、いつも一緒だったユリウスが明日からいなくなっちゃうなんて。」クララはそう言ってため息をついた。「毎日手紙を書くからね。」「わかったわ・・ルドルフ様にも手紙を書くのよね?」「それは・・どうかな・・」ユリウスの顔が一瞬哀しく歪んだのを、クララは見逃さなかった。(一体ルドルフ様との間に何があったの、ユリウス?)にほんブログ村
2008年06月04日
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「僕が・・イギリスへ?」「ええそうよ。アフロディーテは寄宿学校に行ってたくさんの人と付き合いたいと言ってるのよ。でも1人では不安だから、あなたと一緒に行きたいって言ってるのよ。」皇妃はそう言ってユリウスを見た。「ええ、あの子はイートン・カレッジに行くと言うのよ。正確に言うとイートンと並ぶほどの名門女子校に行くけれどーあそこなら最高の教育が受けられるし、あなたにとっては悪い話じゃないと思うけど?」イートン・カレッジといえば、各界に著名人を輩出している名門校だ。生徒は貴族の子弟しか入れないので、庶民の出でイートン・カレッジに入学するのは大変名誉なことである。だがそんな大変名誉な話を皇妃から持ちかけられても、ユリウスは素直に喜べなかった。それはシュタイナー公爵邸でのお茶会でのルドルフの言葉に何かひっかかっていたからだ。“お前も僕を1人にするんだな。”そう言って寂しそうな表情を浮かべたルドルフ。今彼の傍を離れてイギリスへ行ってしまったら、何か取り返しのつかないことになりそうな気がする。「時間を・・ください・・」「わかったわ。あなたにとっては今後の人生を左右する大事な問題ですもの。じっくりと考えて結論をお出しなさい。」失礼します、とユリウスは言って皇妃の部屋を後にした。自分の部屋のドアを後ろ手で閉めたとき、ユリウスは床に崩れ落ちるように座り込んだ。(僕はどうしたらいいんだろう?メルクへ行くべきなんだろうか・・それともアフロディーテ様とイギリスへ行くべきなんだろうか?)その夜、何度も頭の中で結論を出そうとすればするほど、出なかった。それよりもますます悩み、一睡も出来なかった。ルドルフはこのことを知っているのだろうか。いや、知らないだろう。皇妃の部屋で立ち聞きなどするはずがないし、ルドルフにそんな時間はない。ユリウスは枕を抱き締め、一晩中イギリスへ行くべきかどうか悩んだ。翌朝、眠い目をこすりながらユリウスは、皇妃の部屋をノックした。「お入りなさい。」「失礼いたします。」皇妃は旅支度をしていて、彼女の隣には荷物を持った女官が控えていた。「さがりなさい、この子と2人で話したいことがあります。」かしこまりました、と女官はそう言って皇妃の部屋を出ていった。「で、結論は出たの?」「はい。僕はイギリスへ行きます。」「・・そう。後悔しないわね?」「僕が決めたことですから。」「入学手続きはこちらで済ませておくわ。イギリスへ行くまではゆっくりしていなさい。何も心配することはないわ。」「ありがとうございます、皇妃様。」「イートンでお勉強に励みなさいな。私はあなたに期待しているのよ、ユリウス。」皇妃はそう言ってユリウスの額にキスをして、部屋を出ていった。「ユリウス、イギリスへ行っちゃうって本当なの?」雪に彩られた王宮庭園を歩きながら、クララはそう言ってユリウスを見た。「うん・・すぐに行くわけじゃないけど、アフロディーテ様と一緒に・・」「そう。どこに行くの?」「イートン・カレッジだよ。アフロディーテ様はその隣にある名門女子校に行くんだ。」「イートンですって!?貴族様が行く学校じゃないの、ユリウス凄いわ!」「そんなことないよ・・それに・・」「それに?」「ルドルフ様に寂しい思いをさせてしまうんじゃないかと思って・・いつも一緒だったから。」「誰が寂しい思いをするって?」怒気を孕んだ声が聞こえてクララとユリウスが振り向くと、そこには愛犬・マクシミリアンを従えたルドルフが立っていた。「イギリスでもメルクでもどこへでも行けばいい。僕はお前なんか要らない。」ルドルフは氷のような声で言って、庭園を去っていった。あとがきユリウス、アフロディーテと共にイギリスへ。本当は彼を行かせたくないのに、わざと彼に冷たい言葉を投げつけるルド様。これからちょっともめます。にほんブログ村
2008年06月04日
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「アフロディーテ皇女様にバイエルンからつれて来られたの?わがままなあの方だから、毎日振り回されてたまらないでしょう。」セリーヌはそう言って紅茶を飲んでユリウスに微笑んだ。「ええ・・でもアフロディーテ様はしょっちゅうウィーンを留守になさいますし・・それほど大変ではありません。」ユリウスはチーズケーキをフォークで刺しながら言った。「そう・・でも大変ね、今度は皇太子様に振り回されて。」ルドルフは少しムッとした表情を浮かべてチーズケーキをほおばった。「僕はルドルフ様のお傍にいて毎日が楽しいですから。」「エリーゼから聞いたのだけれど、あなた近々メルクへ行くんですってね?」「はい、皇妃様の推薦で・・メルクで勉学に励もうと思いまして・・」「そう。ゲオルグにもあなたの爪の垢を煎して飲ませてやりたいくらいだわ。あの子ったらしょっちゅう遊び回って・・」「誰が遊び回っているというのですか、母上?」ダイニングの入り口で声がして、ユリウス達は一斉に振り返った。そこには背の高い、背中まである黒髪を一括りにした少年―もうじき青年になろうとしている―が立っていた。「あらゲオルグ、帰ってたのね。紹介するわ、こちらはルドルフ皇太子様とそのお友達のユリウスよ。」ゲオルグは母親と同じ蒼い瞳でルドルフを見た。「初めまして、皇太子様。お目にかかれて光栄です。」そう言ってゲオルグは腰を折ってルドルフに挨拶した。「今あなたの話をしていたところよ、ゲオルグ。」「また俺の悪口を言っていたのですか?」「いいえ。」「ゲオルグ兄様もこちらにいらっしゃらないこと?お義母様が焼いたチーズケーキがあってよ。」エリーゼはそう言って異母兄を見た。「皇太子様とお茶をするなんて機会は滅多にないから、ご一緒させていただこう。」ゲオルグはエリーゼの隣に座り、紅茶を飲んだ。「お姉様はこのことをお知りになったら、地団駄を踏んでいらっしゃるわね、きっと。」「そうだな。あいつはいつも皇太子様の尻を追いかけて・・すいません、下品な物言いを。」ゲオルグはそう言ってうつむいた。「気にするな。ローザが僕の尻を追いかけ回すのは本当のことだからな。この前もユリウスとデメルでゆっくりしていこうと思ったときにあいつが邪魔をしていいムードがぶちこわしになった。」ルドルフはため息を付いて紅茶を飲んだ。「ユリウス、お前本当にメルクへ行くのか?」「ええ、もう決まったことですし・・」「・・お前も、僕を1人にするんだな。」ルドルフはそう言って寂しそうな表情を一瞬浮かべると、また元の顔に戻った。(ルドルフ様?)ユリウスは心配そうな顔でルドルフを見た。この時、ルドルフは密かにSOSの信号をユリウスに送っていた。だがユリウスは気がつかなかった。やがてそれが大きな事件に繋がるとも知らずに。「ユリウス様、バイエルンではどんな暮らしをしていたんですの?」エリーゼが目を輝かせながら言った。「そうですね、牛の乳搾りや家畜の世話なんかをしたりして、学校と家の往復がほとんどで、一度も村の外に出たことがありませんでした。それに村には僕の居場所はあんまりありませんでしたし。」「どうして?」「僕の両親は3年前に流行病で亡くなって、幼なじみのクララの家で暮らしてました。アフロディーテ様と一緒にウィーンへ行くとき、彼女もついてきたんです。」「そうなの・・ごめんなさいね、辛いことを思い出させてしまって。」「いえ、いいんです。もう過去のことですから。」ユリウスはそう言ってエリーゼに微笑んだ。彼女は姉とは違い、人を傷つけるような言葉を無神経に吐かない。思いやりがあって慎み深い、まさに本物の貴族の令嬢である。宮廷にいると己の爵位や財産、権力をちらつかせて威張ったり、高慢な態度をとったりする貴族を見かけたが、そんな者達はただの雑魚だ。本物の貴族というものは、エリーゼやセリーヌのように慎み深く、思いやりがあり、常に謙虚な者だ。でもそういった本物の貴族は消えつつある。彼女たちのような貴族がいてくれたら、みんなが生きやすくなるのに・・ユリウスはそう思いながら紅茶を飲んだ。シュタイナー公爵邸で優雅なティータイムを過ごしたユリウスとルドルフは、セリーヌとエリーゼに別れのキスをされて公爵邸を後にした。「いい人達でしたね。」「ああ。シュタイナー家の者はローザ以外思いやりがあって謙虚な者ばかりだ。あれこそが本物の貴族だ。」2人がホーフブルクに戻ると、クララがユリウスに駆け寄り、皇妃が呼んでいると言ってユリウスの手を引っ張った。「ユリウスを連れて参りました、皇妃様。」「ご苦労だったわね、クララ。」「では私はこれで。」クララが部屋を出ていくと、部屋には皇妃とユリウスの2人きりとなった。「ユリウス、あなたに話があるのよ、いいかしら?」「はい。お話とはなんでしょうか?」ユリウスの言葉を聞いて皇妃はため息を付いて、ソファに座った。「メルクのことなんだけど、アフロディーテがイギリスの寄宿学校(パブリック・スクール)にあなたと一緒に行きたいというのよ。もしあなたがよければ、の話だけれど・・」突然の話に、ユリウスはただ目を見開いて皇妃を見るしかなかった。(僕が・・イギリスへ・・)にほんブログ村
2008年06月04日
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「どうしたの、カール?気分でも悪いの?」そう言ってエリーゼは最愛の弟を見た。「大丈夫・・」カールはうつむいたまま、姉の後ろに隠れた。「ごめんなさいルドルフ様、弟は人見知りが激しくて・・」エリーゼは少しムッとした表情を浮かべるルドルフとそれを宥めるユリウスに詫びた。「私達の方こそすいません。突然押し掛けたりして。」「いいえ、ルドルフ様とあなた様はいつでも大歓迎ですわ。お茶の用意を致しますから、お待ちになって下さいませ。」エリーゼはそう言って厨房へと入っていった。「それにしても、豪華な調度品ですね・・私達が座っているこのソファ、いくらするんでしょうね?」「そんなこと気にするな。」赤いソファの両端には、金の植物文様が優美な曲線をベルベットの布地に沿って描かれており、座り心地は少し座ったら沈みそうなほどよかった。そしてリビングに置かれてある壁時計には、ところどころにダイヤやルビーが嵌め込まれており、文字盤はプラチナだ。ソファといい、壁時計といい、贅を尽くしたリビングを見渡して、これが貴族の家なのかと思った。シュタイナー家のリビングに置かれてある調度品は、ユリウス達が一生働いても買えない代物ばかりだ。エリーゼが着ていた薔薇色のドレスは、パリの一流の仕立屋がデザインしたドレスだと一目見てもわかる。流行の最先端に身を包んだ姉と、シルクのパジャマを着た弟。貴族は、ユリウス達庶民にとっては雲の上の人だ。ルドルフはシュタイナー家よりも贅を尽くした調度品や宝石に囲まれて育ってきた。だから豪華なソファに座っても、ユリウスみたいにもじもじしないのだろう。「ルドルフ様、ユリウス様、お茶の用意ができましたわ。ダイニングの方へどうぞ。」エリーゼはそう言ってルドルフとユリウスに微笑んだ。ダイニングは白を基調とした、落ち着いた雰囲気の場所だった。ダイニングには、深緑のドレスを着た黒髪の女性が蒼い瞳を細めてニッコリとルドルフとユリウスに微笑んだ。「ルドルフ様、ユリウス様、紹介いたしますわ。義母のセリーヌですわ。」「初めまして。我が家へようこそいらっしゃいました、皇太子様。」セリーヌはそう言って椅子から立ち上がり、ニッコリと2人に微笑んだ。「初めまして、マダム。お目にかかれて光栄です。」「私もお目にかかれて光栄ですわ、皇太子様。今日はチーズケーキを焼きましたのよ。」ルドルフとユリウス、そしてエリーゼとセリーヌの4人は、ダイニングで優雅なティータイム過ごした。にほんブログ村
2008年06月04日
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あれは2年前のクリスマスのことだった。 その日は、珍しく仕事で留守がちである父がウィーンに帰ってきて、家族5人でクリスマスを迎えた。みんなでクリスマスディナーを食べ、ツリーの下で賛美歌を歌って。まるで、絵に描いたような理想の家族だった。父の前に1人の少年が現れるまでは。『初めまして、お父様。』そう、少年は言って父に微笑んだ。少年はゲオルグと名乗った。父は結婚前の恋人を母と結婚した後愛人として囲い、ゲオルグを産ませた。突然明らかになった父の裏切りに、母は発狂した。その日から、母は偽りの世界で生きるようになった。心を壊し、ブツブツと毎日独り言を言うようになった。母が心を壊してから数ヶ月後の春のことだった。ゲオルグの母親が母の前に現れたのだ。彼女はもう父は母のことは愛しておらず、母と別れて自分と再婚すると言って勝ち誇った笑みを浮かべた。「嘘よ、そんなの嘘よっ!」目の前で偽りの世界がガラガラと崩れ落ち、衝撃を受けたクリスチーネは自分の頭を撃ち抜いた。母の自殺は表向きは病死とし、父は母の葬儀を上げた。エリーゼ達は母の死を悲しまなかった。クリスチーネは子ども達のことなど構わず、旅行や乗馬などで家を留守にしがちだった。継母であるゲオルグの母・セリーヌはエリーゼ達にたくさんの愛情を注いだ。エリーゼもカールも、セリーヌと異母兄・ゲオルグと仲良くなった。だがローザは母が死んだのはセリーヌとゲオルグの所為だと思い込み、2年経った今も2人と口を利こうとせず、カールを溺愛していつも自分の傍に置きたがった。そのせいでカールはストレスのせいで持病の喘息がひどくなった。エリーゼはそんな姉を哀れみの目で見るようになった。過去に縛られ、真実を見ようとしない姉。(お姉様はいつか壊れてしまうわ・・お母様のように。)「エリーゼお嬢様、起きてくださいまし。」「ん・・」そんなことを思っていると、乳母のネッティがエリーゼを揺り起こした。「どうしたの、ネッティ?」眠い目をこすりながら、エリーゼはネッティを見た。「皇太子様が、お嬢様にお会いしたいと。」「ネッティ、支度をして。」超特急でエリーゼはネッティに髪を巻いて貰い、薔薇色のドレスを着てリビングに降りると、そこにはルドルフとユリウスがソファに座っていた。「ようこそ、我が家へ。」エリーゼはそう言ってルドルフに微笑んだ。「ローザはどこだ?」「姉ならいませんわ。友人の集まりに行ってますわ。」「そうか。エリーゼ、紹介しよう。ユリウスだ。」「初めまして、エリーゼ様。お目にかかれて光栄です。」ユリウスはそう言ってエリーゼの手の甲にキスした。「こちらこそ初めまして、ユリウス。ジゼル様から色々と聞いていますわ。よろしくね。」「お姉様?」リビングにパジャマ姿のカールが入ってきた。右手にはお気に入りの縫いぐるみを抱いている。「ルドルフ様、ユリウス、弟のカールですわ。カール、ルドルフ様とそのお友達のユリウスよ。ご挨拶なさい。」「初めまして・・」カールはそう言ってユリウスを見た。「初めまして、カール様。」ユリウスの笑顔を見てカールは頬を赤く染めた。それが、ユリウスとカールの出会いだった。にほんブログ村
2008年06月04日
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「お姉様、一体どこに行ってらしたの?」「デメルにルドルフ様に会いに行ったのよ。」ローザはそう言ってエリーゼを見た。「ルドルフ様はあのバイエルンの子と親しいようね?」「ユリウスって言うのよ、彼。ジゼル様から聞いたわ。元はアフロディーテ様の遊び相手に連れてこられたんだけど、いつの間にかルドルフ様のものになってしまったんですって。」「随分詳しいのね。」「まぁね・・」エリーゼはそう言ってうつむいた。「悔しいけれど、とっても綺麗な、白百合のような清楚な雰囲気を持った子だったわ・・クリスマスの舞踏会でルドルフ様と踊っていた女とそっくりだったわ。」姉の言葉でエリーゼはギクリとした。クリスマスの舞踏会でルドルフと踊った少女はユリウスであったということを、エリーゼは知っていた。そして、ルドルフがユリウスに想いを寄せていることも。“ユリウスはね、ルドルフにとって初めて光を与えてくれた天使様なのよ”ジゼルがそう言って寝室のドアを見たとき、ルドルフ様にとって彼は特別な存在なんだなと思った。2人の隙間に誰も入ることが出来ないのだと。「わたくし、忠告しておいたわ。たとえ男であってもルドルフ様との恋路を邪魔する人には容赦しないってね。」それは脅迫ではないか、とエリーゼは思った。“もうやめて、お姉様。ルドルフ様はお姉様のことなんか好きじゃないのよ。だってあの方には素敵な人が・・”喉元まででかかった言葉をエリーゼは必死で呑み込んだ。「私ね、絶対にルドルフ様のことは諦めないつもり。」「そう・・」「だから、あなたもルドルフ様と私の恋を応援して頂戴ね。」ローザは知らない。エリーゼがルドルフに想いを寄せていることを。ローザは自分に都合のいいところしか見ない。それが嘘でも、真実だと思おうとする。(真実を見て、お姉様・・)ローザは気づかない。自分が真実だと思っているものは、実は偽物であることを。嘘で作られた世界は、あっという間に崩れる。エリーゼは嘘で作られた世界で生きた女性―母の哀れな末路を知っている。彼女たちの母・クリスチーネは、父のひどい裏切りにあい、嘘で作った世界に生きて、何一つ真実を見ようとしなかった。その結果、クリスチーネは父と自分達の前でピストル自殺した。“嘘よ、そんなの嘘よ~!”なにひとつ真実を見ようとしなかった彼女は、偽りの世界の中で死んでいった。ルドルフを振り向かせようと何かと躍起になっている姉を見ていると、死んだ母とダブって見えてしまう。自分だけが作り上げた偽りの世界に、姉は身を置いている。それが崩れたら彼女は自殺するだろう。でもそんなことは自分には関係ない。(可哀想なお姉様・・お母様と同じような人生を送ろうとしている・・)「エリーゼ、どうしたの?」「なんでもないわ、お姉様。私もう部屋で休むわね。」エリーゼはそう言ってリビングを出た。部屋に入り、メイドのリジーにブルーのワンピースを脱がせ、ネグリジェに着替えてエリーゼはベッドに寝ころんだ。―馬鹿なお姉様。知らないわよ、お母様と同じ末路を迎えても。エリーゼはそっと目を閉じ、この家で起こった悲劇を思い出していた。にほんブログ村
2008年06月04日
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クリスマスが過ぎるとホーフブルクでは毎晩のように舞踏会や晩餐会などが開かれ、ルドルフとアフロディーテは忙しい日々を送っていた。「あ~、疲れたぁ。」そう言ってアフロディーテはソファに寝そべった。「アフロディーテ様、ドレスが皺になってしまいますから、お脱ぎになってください。」長年アフロディーテの世話係をしているアディーがそう言ってアフロディーテの身体を揺すった。「ねぇ、お父様が結婚相手を早く見つけろというのよ。まだ早いのにね。」クスクスと笑いながらアフロディーテはドレスを脱いだ。「結婚なんてできるわけないのにねぇ、何をおっしゃってるのかしらね、お父様は。」「そうですわね、アフロディーテ様はまだ9歳であられますのに・・それに皇子様でいらっしゃいますのにね。」アフロディーテは飴細工のような美しいブロンドの髪を梳きながらアディーは言った。「それは言わない約束よ、アディー。」アフロディーテの蒼い瞳が、射るようにアディーを見た。「私が男だということは、お父様達とお前以外、誰も知らないのよ。それに、お前が私の秘密をバラしたら、どうなるか・・わかっているわよね?」「も、申し訳ございませんっ!」青ざめて詫びるアディーに向かってアフロディーテは微笑んだ。「いいのよ、アディー。わかればいいのよ。それよりも、ホットミルクを頂戴。寝る前に飲んでおきたいの。」「かしこまりました。」アディーはそう言ってアフロディーテの部屋を出た。「こうも舞踏会が続くと、身体が持たないな。」同じ頃ルドルフの寝室では、ベッドの上でルドルフがそう言いながら寝転がった。「燕尾服が皺になってしまいますから、お脱ぎになってからベッドに入ってください。」ユリウスはそう言ってルドルフを睨んだ。「・・うるさい奴だな。」ルドルフはため息を付きながら燕尾服を脱ぎ、ベッドに寝ころんだ。「そういえば、明日はシェーンブルンで舞踏会があるな。」「また女装させる気ですか?女装は二度と御免です。」クリスマスの皇帝主催の舞踏会でローザに絡まれたことを、ユリウスは未だに忘れていなかった。「・・わかった。その日は仮病でも使って休むとするか。」「ルドルフ様っ、そのような・・」「僕はもう疲れた、寝る。」ルドルフはそう言って頭からシーツを被った。翌朝、ユリウスはルドルフとウィーン市街を歩いていた。「一体どこへ連れて行くおつもりなんですか?」「黙って僕についてこい。」そう言ってルドルフは振り返りもせずに足早に歩いていった。ルドルフとユリウスが着いたところは、絢爛豪華な内装が施されたカフェだった。「いらっしゃいませ。」店員がそう言って2人を2階席へと案内した。「あの、ここは一体どこなのですか?」「デメルだ。ここのザッハトルテは美味いぞ。」その名前なら一度は聞いたことがある。皇室御用達の店として貴族に人気があるカフェで、その店が作るザッハトルテは絶品だという。いままで高級菓子とは無縁だったユリウスは、ザッハトルテがケーキの名前なんて知るはずもなく、一体どんな食べ物なのだろうと想像するばかりだった。そのザッハトルテが今、目の前に置かれている。フォークでひとつきして一口食べると、甘いチョコレートの味が口の中に溶け込んだ。「おいしいだろう?」「おいしい・・です。」「お前に、食べさせたかったんだ。」ルドルフはそう言ってユリウスに微笑んだ。「ありがとう・・ございます・・」ユリウスはうつむきながら言った。「ルドルフ様~!!」2人の午後の安らかなひとときは例のキンキン声によってぶちこわされた。「ルドルフ様、こちらにいらしていたのねっ!」ピンクの髪を揺らしながら、ローザはヴァイオレットの瞳を潤ませながら2人のー正確に言えばルドルフの方へとー駆けてきた。「・・これはこれは、あなたもこちらにいらっしゃったのですか、ローザ。」口元を怒りでピクピクと引きつらせながらルドルフはローザに微笑んだ。だが、目が笑っていない。「だってここならルドルフ様に絶対会えると思いましたから、来ましたのよ。・・あら、あなたは・・」ローザの視線がルドルフからユリウスへと移った。「あなたね?アフロディーテ様がバイエルンから連れてきたという方は?」「はい、それがどうか・・」「この際言っておきますけれど、ルドルフ様はわたくしのものですからね!たとえ男であろうと、わたくしの恋路を邪魔する者は許しませんことよ!」それではご機嫌よう、とローザは嵐のようにデメルを去っていった。「やっと行ったか・・」ルドルフはそう言って紅茶を飲んだ。「いつもあんな調子なのですか?」「ああ、そうだ。」それ以上ルドルフは何も言わず、2人は優雅なティータイムを過ごした。にほんブログ村
2008年06月04日
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アフロディーテはブロンドの巻き毛を揺らしながら、楽団の前に立った。そして、『アヴェ・マリア』を歌い始めた。―なんて美しい歌声だこと・・―今夜のアフロディーテ様はいつにも増してお美しいわ・・―まるで天使のようだわ・・貴族達の囁き声を聞きながら、アフロディーテは歌っていた。「アフロディーテ様、アフロディーテ様っ!」気持ちよく歌っているときに邪魔が入り、アフロディーテはチラリと自分を呼ぶピンクの髪の少女を見た。「だぁれ、私の邪魔をするのは?」アフロディーテは怒りに燃えた蒼い瞳で、ピンクの髪の少女を睨んだ。「お初にお目にかかりますわ、アフロディーテ様。わたくし、ロザリア=シュタイナーと申します。ローザと呼んでくださいませ。」「ローザ?ああ、いつも兄様の尻を追い掛け回してる女ね!」アフロディーテはそう言ってローザを見た。「私は今、あなたの相手なんかしてられないの。わかったらさっさとあっちへ行ってちょうだい。」「まぁ、そう邪険にならないでくださいませ、アフロディーテ様。あなた様は将来、私の義妹となられる方なのですから。」アフロディーテはその言葉を聞いて笑い出した。「お前、ルドルフ兄様と結婚できるとでも思っているの!?兄様はね、お前のことなんかなんとも思っちゃいないのよ!」「そんなはずありませんわ、ルドルフ様は・・」「しつこいわね、お前!ルドルフ兄様はユリウスのことが好きなのよ!お前なんかただのうるさい女としか思っていないわ!」「そんな・・」ローザはアフロディーテの言葉にショックを受け、大広間を去った。「やっと厄介払いができたわ・・」アフロディーテはそう言って再び歌い始めた。「そんな、ルドルフ様がわたくしのことをそんな風に思っていらっしゃるなんて・・」ローザは打ちひしがれながら、ホーフブルクの廊下を歩いていた。だが、彼女は落ち込むときも早ければ、立ち直るときも早い。(アフロディーテ様がおっしゃっていたユリウスって、一体どなたなのかしら?今夜ルドルフ様とワルツを踊った黒髪の女と関係があるのかしら?だとしたら、絶対にユリウスとやらを見つけだしてやるわ!ルドルフ様はわたくしのものよ!)ローザはまだ見ぬユリウスへの憎しみに燃えながら、ホーフブルクを後にした。にほんブログ村
2008年06月04日
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「ん・・」ルドルフはゆっくりと目を開け、ベッドから降りた。隣ではユリウスが安らかな寝息を立ててすやすやと眠っている。「ルドルフ、入るわよ?」ノックの音と同時に姉の声がした。「どうぞ。」ルドルフはそう言って続きの間である執務室へと入っていった。そこにはジゼルとブロンドの髪を垂らした少女が立っていた。「その子は?」「ルドルフ、紹介するわね。この子はエリーゼ=シュタイナーさん。ローザの妹さんよ。」「ローザの・・」「姉からよくあなたのことを聞いております。初めまして皇太子様、エリーゼと申します。」ブロンドの少女は頬を赤く染めながら自己紹介をした。「初めまして、エリーゼ。こちらは僕の愛犬のマクシミリアンだ。」「勇敢そうで、賢そうですわね。姉が飼っているヨークシャーテリアとは大違いですわ。」エリーゼはそう言ってマクシミリアンの頭を撫でた。「あいつも犬を飼っているのか?」「ええ、名前はハンナと言って誰彼構わず吠えるんです。姉みたいな性格ですわ。」「そうだろうな・・」ルドルフの脳裏に、リンク・シュトラーゼで自分に駆け寄りマシンガントークをしていたローザの姿が浮かんだ。「あら、ユリウスはどこ?」「あいつなら寝室で寝てる。ローザの毒気に触れて疲れたんだろな。」「あの・・ユリウスさんって、どなたですか?」「アフロディーテが連れてきたバイエルンの子よ。ルドルフが片思いしている相手でもあるのよv」「姉上、余計なことをおっしゃらないでくださいっ!」ルドルフはそう言って顔を真っ赤にした。「そう・・なんですか・・」エリーゼの綺麗な顔が少し曇った。「姉上の言うことは気にするな。あいつのことは何とも思ってないからなっ!」「否定すればするほど怪しいわねぇ~」「姉上~!」エリーゼはルドルフとジゼルのやり取りを見て、クスリと笑った。「お2人とも、仲がよろしいんですね・・私達とは大違い。」エリーゼは寂しそうに笑いながら言った。「あなたはローザのこと、嫌いなの?」「いいえ。姉はお2人がご存じの通りあんな性格ですし、私はいつもわがままな姉に振り回されてきました。それに2つ下の仲良しの弟がいるんですけれど、病弱な弟に姉は構ってばかりで・・私のことなんか見ようとしませんし・・なんだか私だけが置いてけぼりのような感じがして・・すいません、こんな話聞きたくないですよね・・」エリーゼはそう言ってうつむいた。「そんなに嘆くことはない、エリーゼ。君はローザなんかよりもいい性格してるし、それにお前は1人じゃないだろう?」「皇太子様・・」「そんなに暗くなるな。僕はいつも1人だった・・父上はお仕事で忙しいし、母上はあいつーアフロディーテを連れてウィーンをしょっちゅう留守にするし・・誰も僕のことなんか構ってくれなかった。」ルドルフはフッと笑いながら言った。「君はいいな、君を想ってくれる弟がいて。」「すいません、そんなつもりじゃ・・」「いいんだ、そんなことは。」ルドルフはそう言って窓から満月を見た。「昔の話だし、それに僕は今、1人じゃないし・・」「そうですか、ならよかったわ。」エリーゼはチラリと寝室のドアを見た。あの向こうでルドルフに安らぎと愛を与えてくれる人が眠っているのだ。それは姉でもなく、自分でもない。彼の心をいやしてくれる人は、一体どんな人なんだろうか?あとがき新キャラ・エリーゼちゃんを出してみました。あのローザの妹です。口やかましく厚かましいローザとは正反対で、物静かでおとなしい性格です。エリーゼはルド様のことが好きです。なのでユリウスの存在を知り、少し心が揺らぎます。切ない片思いですね・・エリーゼ。かしましい姉と病弱な弟に挟まれ、姉には冷たくされ、両親とその姉は弟ばかりを構う・・3人姉弟の中で一番辛いのは真ん中なんだよね・・そういえばルド様も真ん中よね・・。でもジゼル様が陽気な性格だから救われたのかな・・。次回、アフロディーテとローザが少しバトルをします。わがままな歌姫・アフロディーテと、かしましい女・ローザ。この2人が顔を合わせると、周りが迷惑しそうだな。にほんブログ村
2008年06月04日
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「・・で、結婚する方はルドルフ様しかいらっしゃらないと・・」「まぁ、そうなの~。」ジゼルはローザのマシンガントークにうんざりしていた。(ルドルフがこの子を嫌うのわかるわ・・一方的に自分のことばかり話すんだもの・・)早く終わらないだろうかージゼルはそう思っていた時、美しく澄んだ声が大広間を包んだ。「何かしら・・?」チラリとローザが楽団の方を見ると、そこには『アヴェ・マリア』を歌うアフロディーテの姿があった。「あの方は、どなたですの?」「あの子はアフロディーテ。ルドルフの双子の妹よ。」「なんですって!?」ローザの目がキラリと光った。「ジゼル様、それではご機嫌よう。」ローザはドレスの裾を翻し、ピンクの髪を揺らしながらアフロディーテの方へと駆けていった。「あ~、疲れた・・」ジゼルはため息を付いて大広間を出た。「あの・・」ためらいがちな声がして振り向くと、そこにはブロンドの髪を垂らした少女がいた。「どうしたの?」「私、ロザリアの妹のエリーゼと申します。姉がご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません・・」少女―エリーゼはそう言ってジゼルに頭を下げた。「いいわよ、別に、全然気にしてないし。それよりもどうしたの?」「あの・・ひとつお願いがあるんですけれど・・」「なぁに?」「皇太子様に、お会いできないでしょうか?」「ルドルフに?」「はい・・」そう言ってエリーゼは頬を赤く染めてうつむいた。9歳になる弟に恋い焦がれる貴族の令嬢やウィーンの娘達が星の数ほどいる。彼女たちにとってルドルフは王子様なのだ。「いいわよ、会わせてあげるわ。ルドルフもきっと喜ぶでしょうし。」「本当ですか!?」エリーゼの顔がパァッと輝いた。「姉には秘密にしてくださいね。」「わかったわ。」ジゼルに連れられて、エリーゼはルドルフに会いに大広間を出ていった。にほんブログ村
2008年06月04日
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「んもうっ、ユリウスったらどこに行っちゃったのかしら?もしかしたらまた兄様のところかしら?兄様ったらユリウスを独占してずるいわ。」アフロディーテはそう言って頬を膨らませた。「アフロディーテ、そんな顔しないで。今日はクリスマスなんだから。」少し不機嫌になっている妹をジゼルは宥めながら、大広間を見渡した。だがすでにそこにはルドルフの姿はなかった。(ルドルフったら、一体どこへ行ったのかしら?)「ジゼル様?ジゼル様じゃございませんこと?」誰かに肩を叩かれジゼルが振り向くと、そこにはロザリアが立っていた。「あら、あなたは確か、シュタイナー公爵家の・・」「ロザリアですわ。ローザと呼んでくださいませ。それよりも聞いてくださいませ、ジゼル様。ルドルフ様ったらこのわたくしを差し置いてどこかの貴族の女とワルツをお踊りになって、すぐに出て行ってしまわれたんですのよ!!」ローザはそう言って扇子を握りつぶした。「ルドルフ様と踊るのはこのわたくしなのに・・あの女、絶対に誰なのか突き止めて痛い目に遭わせてあげますわ!!」「どんな子なの、ルドルフと踊ってた子って?」「黒髪の、まるで教会に飾られている白百合のような、清楚で無垢な女でしたわ・・思い出すのも腹立だしいですけれど!」(黒髪の子ねぇ・・)黒髪といえばユリウスしかいない。(ルドルフ、私に厄介ごとを押し付けて逃げたわね~!)「ジゼル様、聞いていらっしゃるの!?」「ご、ごめんなさい、少しボーッとして・・」「ちゃんとわたくしの話を聞いてくださいませ!ルドルフ様はわたくしのものだと・・」ジゼルは自分に向かって想いの丈をぶちまけるローザに内心ため息をつきながら、自分にローザの相手を押し付けて逃げた弟を密かに呪った。「ハクションッ!」「風邪でも召されましたか?」「いや・・」(姉上は今頃お怒りだな・・僕がまんまとあの女から逃げて、あの女の相手を押し付けられたから)「ルドルフ様、ひとつご相談があるのですけれど・・」「なんだ?」「あの・・僕メルクに行きたいのですけれど、よろしいでしょうか?」「お前が行きたかったらいけばいい。メルクに行くも行かないもお前の意思だ。」「それともうひとつあるのですが・・」「なんだ?」「さっきから重いのですが・・」チラリとルドルフがベッドの上を見ると、そこには黒く大きなグレード・デンが乗っかってこちらを見ていた。「マクシミリアン、どけっ!」ルドルフの声で犬は悲しげに鳴いてベッドから降りた。「あの、この犬はどなたの?」「僕の犬に決まっている。こいつはマクシミリアン、僕の親友だ。」「そうなんですか・・それにしても大きいですね。」ユリウスはそう言ってマクシミリアンを見た。「そんなに珍しいか?」「はい・・僕がすんでいた村では、犬といえばクララの隣に住んでいるおばあさんが飼っているチワワぐらいでしたから。」「チワワ?あのやたらとうるさい犬か?」「可愛いですよ、チワワ。ルドルフ様はチワワは飼われないんですか?」「僕はチワワなんか飼いたくもない。僕が飼うのは、僕を守ってくれる奴だ。マクシミリアンがそうだ。」「さっきから彼、僕のことを睨んでいるのですが・・」「こいつは人見知りが激しいんだ。大抵の奴は怯えて逃げていく。」ユリウスはベッドから降りて、マクシミリアンに近づいた。マクシミリアンはユリウスを見るなり唸り始めた。「そんなに怒らないでよ、僕は君と仲良くなりたいんだ。」ユリウスはそう言ってマクシミリアンに自分の手の匂いを嗅がせた。するとマクシミリアンはユリウスの手を嗅いで唸るのをやめた。「仲良くなろうね。」ユリウスがマクシミリアンの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに唸った。「驚いたな・・僕以外の奴には絶対に懐かないのに・・」「ちょっとしたコツがあるんですよ。」やがてルドルフとユリウスは眠りに就いた。その頃、ジゼルはー「・・それでね、わたくしはルドルフ様が馬を颯爽と操るお姿を見て胸がキュンとなってしまって・・」「まぁ、そうなの~」ジゼルは相変わらず、ローザのマシンガントークにつき合わされていた・・あとがきルド様の愛犬・マクシミリアンを出してみました。ルド様が犬を飼うとしたらチワワやダックスフンドみたいな小型犬じゃなくて、ボルゾイとかドーベルマンとか、シベリアンハスキーやグレート・デンみたいな大型犬だよなぁ~と思いながら書きました。ちなみにあの厚かましくかしましいローザは本人と同じくらいうるさいヨークシャーテリアを飼っています。「犬の性格は飼い主の性格に似る」といいますが、飼い主が人の好き嫌い激しいと、犬もそうなるのかしら?昔私が飼っていたマルチーズは超ワガママでしたが・・私に似ていたのかな?グレート・デンはオスは体高76センチ、メスは71センチ以上もあるほどの大きな犬です。なので広大な庭と餌が必要なので、貴族しか飼えない犬でしょうね。とても一般市民が飼えるものではありませんよね。大型犬は餌代とか色々お金がかかるだろうしね・・。グレードデンのことは↓のページで調べました。http://www.dogfan.jp/zukan/Working/greatdane/index.htmlにほんブログ村
2008年06月04日
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「ルドルフ様?」ユリウスはそう言って寝室のドアを開けた。そこには、天使のような寝顔で寝息を立てているルドルフがいた。(綺麗だなぁ・・初めて見たときも綺麗だと思ったけど・・)ユリウスはルドルフの寝顔をじぃーっと見ていた。「おやすみなさい、僕の天使。」ユリウスはルドルフの額にキスをした。ルドルフは、夢を見ていた。冬のシュタルンベルク湖畔に佇む夢を。夢を見ているのに、凍えるような寒さが直に体に伝わってくる。まるで夢ではなく、本当に冬のシュタルンベルク湖に佇んでいるようだ。ルドルフは誰かを待っていた。自分を心から愛し、自分の孤独を癒してくれる人を。“ルドルフ様。”愛しい人の声がして、ルドルフは振り向いた。そこには、翠の瞳をした天使が立っていた。「ユリウス・・」ルドルフはユリウスを抱きしめようと、彼のほうへと駆け寄ろうとした。だが、あと少しというところで、ルドルフは誰かに押さえつけられた。振り向くと、銀髪をなびかせた男がルドルフに妖艶な笑みを浮かべていた。『お前は私のものだ。』周囲が突然暗くなり、闇の中にはルドルフと男以外、誰もいなかった。「ユリウス、ユリウス!」ルドルフは必死に闇の中で恋人を探した。だがユリウスはどこにもいない。『叫んでも無駄だよ、ここにいるのは私とお前だけだ。』男はそう言って笑った。「いやだっ!」ルドルフが飛び起きると、そこには自分の手を握り、心配そうに顔を覗き込むユリウスがベッドの傍に立っていた。「ルドルフ様?」「お前、いつからそこに?」「さっきです。あなたの様子を見たくて・・」ユリウスはそう言ってルドルフの額に滲んだ汗をハンカチで拭った。「悪い夢でも見たのですか?ひどくうなされていましたよ。」「ああ・・でもお前の顔を見たから安心した。」ルドルフはそう言ってユリウスに微笑んだ。「お前はずっと僕の傍にいてくれるよな?僕が死ぬまで、ずっと傍に・・」「ええ、ずっとあなた様のお傍におりますよ。」ユリウスはルドルフに微笑んで彼の唇を塞いだ。「そんなところに立ってたら寒いだろ。僕と一緒に寝ろよ。」「えっ、でも・・」「僕がいいって言ってるんだ。」ルドルフはユリウスの手を掴んで自分の隣に寝かせた。「ルドルフ様っ、僕は・・」「添い寝しろ。」ユリウスはため息をついた。「・・わかりました。」(わがままな皇子様だな、本当に・・)にほんブログ村
2008年06月04日
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「もう帰ってもよろしいでしょうか?」ルドルフとワルツを踊り終えた後、ユリウスはそう言ってルドルフから離れた。「なんだ、あっけないな。夜はまだ始まったばかりだぞ。」ルドルフはユリウスの腰を掴んで自分の元へと引き寄せながら言った。「僕は今夜、お前を離すつもりはないからな。覚悟しとけよ。」「ル、ルドルフ様っ!?」あまりにも過激で大胆な言葉をルドルフがサラリと言ってしまうのを聞いて、ユリウスは顔を赤くした。「そんなことで赤くなるなんて、うぶだな。」ルドルフはそう言って鼻で笑った。(この方はいつも僕をからかって楽しんで・・)「ルドルフ様、この方はどなた?一体どういうことですの、説明してくださいな!!」リンク・シュトラーセでルドルフに一方的に話しかけたピンクの髪の少女がそう言ってルドルフとユリウスを睨んだ。「あなた様とワルツを踊るのはわたくし!そしてあなたの唇を受けるのも当然わたくしだけですわ!それなのにあなた様はわたくしのことを差し置いてこんな子と・・」(まずいことになったな・・)ユリウスは心の中でため息をついた。「お嬢さん、もう1曲踊りましょうか?」ルドルフは少女を完全に無視して、ユリウスの手を引っ張った。「ルドルフ様、お待ちになって!まだお話は終わっていなくてよっ!」少女はそう叫んで、ルドルフとユリウスの行く手をさえぎった。「ロザリア嬢、あなたの好意はありがたく受け取りますが、僕はこの方と少しお話があります、外していただけないでしょうか?」「嫌ですわ、わたくしはあなた様と踊るまで、梃子でもここを動きませんことよっ!」少女―ロザリアはそう言って腰に手を当てた。「困りましたね、今夜は遅いので僕は長居したくないというのに・・それに、いつ発作が起こるかもしれな・・」突然、ルドルフが苦しそうに息をした。「ルドルフ様っ!?」「夜更かしを過ぎました、失礼を。」ルドルフはユリウスの手を引っ張り、大広間を出ていった。「・・上手く撒けたな。」そう言ってルドルフはフッと笑った。「あの・・大丈夫ですか?さっき苦しそうでしたけれども・・」「何を言う、あれはただの演技だ。」「それじゃあ・・」「部屋に戻るぞ。」ルドルフはそう言ってユリウスの手を引っ張って部屋へと戻った。「お前、僕のことどう思ってる?」「どう・・と申しますと?」「鈍い奴だな、お前。僕のことが好きかどうか聞いているんだ。」「ルドルフ様のことはお慕いしておりますよ、ご友人として。」「お前なぁ・・」ルドルフはユリウスの言葉を受けてガックリきた。「そうじゃなくて、僕を1人の男として好きかどうか聞いてるんだ。空気が読めないのか、お前は!?」「・・空気は読むものではなくて、吸うものでしょう?」「・・もういい。」ルドルフは寝室のドアを開け、ベッドに寝転んだ。(どうしてあいつはこうも鈍いんだ・・それに加えて空気が読めないとは・・胃が痛くなりそうだよ、全く。)にほんブログ村
2008年06月04日
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ホーフブルクの大広間で開かれている皇帝主催の舞踏会には、あのピンクの髪をした少女がいた。彼女の名は、ロザリア=シュタイナーという。中世から続く大貴族・シュタイナー公爵家の長女として彼女は舞踏会に出席している貴族の令嬢の誰よりも美しく着飾っていた。彼女は裾にサファイアが縫い付けられ、薔薇の刺繍を施された真珠色のドレスをまとっていた。―ロザリア様は、今日もお美しいわね・・―わたくしたちなんかよりも・・―本当に、かわいらしいお方・・自分のことを囁き合っているご婦人達の声を聞き、ロザリアは胸を張った。(この世で一番、わたくしが美しいのだわ。)そう思いながら彼女が悦に入っていたとき、入り口の方がざわめいた。チラリと見ると、ルドルフが黒髪の美少女を連れて大広間に入ってくるところだった。その少女は純白のドレスを上品にまとい、真珠のネックレスを付けていた。まるで教会に飾られているような、純粋無垢で、清楚な雰囲気を持った少女。―可愛い方・・―ロザリア様と比べると華がないけれど・・―清潔感があっていいわね・・ロザリアは黒髪の少女を見た。(わたくしがこの世で一番美しいのに・・)少女をエスコートしているルドルフは、始終彼女に微笑んでいる。やがてシュトラウスの曲を楽団が奏で、ルドルフと少女は優雅にワルツのステップを踏んだ。(ルドルフ様を踊るのはこのわたくしなのに・・許せないわ!)ロザリアは憎しみの籠もった目で、少女を睨んだ。「ルドルフ様、さっきから私たちをみんなが見ているのですが・・」「それはお前が綺麗だからだ。他の男と踊ったら承知しないからな。」「そんなことは・・」「綺麗だぞ、とっても。」ルドルフはそう言ってユリウスの唇を塞いだ。「ルドルフ様にキスされるのはわたくしなのに・・許さなくてよ、あの女!!」ロザリアは大股でルドルフと黒髪の美少女の方へと歩いていった。にほんブログ村
2008年06月04日
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「お待ち下さい、ルドルフ様っ!そんなに走っては・・」ユリウスは息を切らしながら町中を走るルドルフを追いかけていた。「ふん、捕まえられるものなら捕まえてみろ。」ルドルフはそう言って意地の悪い笑みを浮かべて走り出した。その時、彼の前に1台の馬車が走ってきた。「危ないっ!」御者がルドルフに気づいて彼を避け、街灯にぶつかった。「ルドルフ様、お怪我は?」ユリウスは顔を真っ青にしてルドルフの方へと駆け寄った。「大丈夫だ。それよりも少し厄介なことに・・」チラリと馬車を見て、ルドルフは舌打ちした。「え?」キョトンとするユリウスの手をルドルフは引っ張った。「行くぞ、ユリウス。目的は果たしたことだし。」「ですが・・」「早くっ!」「どうされたのですか、ルドルフ様?何かいつもと様子が・・」「僕は普通だ!」ルドルフがユリウスの手を引っ張って事故現場を後にしようとしたその時―「ルドルフ様!」街灯にぶつかった馬車の中から高い位置で結われたピンクの頭を揺らしながら、1人の少女がルドルフ達の方へと駆けてきた。「・・見つかったか・・」そう言ってルドルフはため息を付いた。「まぁルドルフ様、こんなところでお目にかかれるなんて嬉しいですわっ!てっきりゲデレにいらっしゃるかと思っていましたのにっ!」ピンクの髪の少女は興奮してルドルフに捲(まく)し立てながらヴァイオレットの瞳を潤ませがらルドルフを見た。その間にもルドルフは少女と目を合わせようとはせず、ユリウスの手を引っ張ってドンドン歩いていく。「ルドルフ様、お待ちになってぇ~!ルドルフ様ぁ~!!」少女のキンキン声が、クリスマスで賑わうリング・シュトラーセに響いた。「・・あれは一体どなたなのですか?前に王宮で見かけたことがありますが・・」「あいつはロザリア=シュタイナー。父上にいつも媚びてる大貴族・シュタイナー公爵家の令嬢さ。いつも僕のことを追いかけ回して、家鴨(あひる)みたいな声で一方的に捲し立てる。きっと今夜の舞踏会にも来るぞ、あいつ。」「そう・・なんですか・・」少女のマシンガントークに唖然としていたユリウスは、そう言っておとなしくルドルフの後をついてホーフブルクへと帰った。「兄様、ユリウス、こんな時間まで一体どこへ行ってたのよ!?私、ずぅーと待ってたんだからっ!」2人を待っていたものは、アフロディーテのふくれっ面であった。「すいません、ちょっと街へ出ていて・・」「そう・・でもユリウスが無事ならいいわ。それに今夜は舞踏会が開かれるしvユリウス、私と踊りなさいなv」「えっ・・でも僕はワルツなんか・・」「大丈夫よ、私が教えてあげるわv」「アフロディーテ、ユリウスは僕と踊るんだ。」ルドルフはそう言ってアフロディーテを睨んだ。「抜け駆けは駄目よ、兄様。ユリウスは私のものなんだからv」「僕のものは僕のもの、お前のものも僕のものだ。だからユリウスは僕のものでもある。」ルドルフはユリウスの手を引っ張ってアフロディーテの元を去った。「兄様ったら勝手だわ・・」アフロディーテはそう言って頬を膨らませた。「あのぉ~、どうして僕が女装をしなくてはいけないんでしょうか?」「何故って?お前あいつに顔見られたし、女装したらお前綺麗かなって思って。」ルドルフはユリウスのコルセットを締めながら言った。「でも僕は踊れませんし・・」「心配するな、僕がリードする。」こうしてユリウスにとって波乱の舞踏会が、幕を開けようとしていた。にほんブログ村
2008年06月04日
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1868年12月、ホーフブルク。ユリウスとクララがウィーンへ来てから4ヶ月が経った。「今年のクリスマスは楽しくなりそうねvだってお前がいるものv」そう言ってアフロディーテはユリウスに微笑んだ。「ああ~ら、私の存在を忘れてもらっちゃ困るわね。」「あら、忘れてたわ。ごめんなさぁ~い。」クララとアフロディーテは互いを睨み合いながら言った。「ぼ、僕はマイヤー司祭様のお手伝いをしてきます。」ユリウスはそう言って2人の元を逃げるように去っていった。「よく来たね、ユリウス。今からツリーの飾り付けをするから、手伝ってくれないかい?」「はい・・」マイヤー司祭とユリウスは、大広間に置いてある大きな樅(もみ)の木にリースなどを飾り始めた。ユリウスはいままでこんな大きな樅の木を見たことがなかった。「この木はどこから運んできたんでしょうか?」「さぁね・・ドナウ沿いにある森から運んできたと陛下から聞いているよ。」「そうですか・・大きい樅の木ですね。僕こんなに大きい樅の木見たの初めてで・・」「何をそんなに珍しがってる、ただの木だろう。」不機嫌な声がしてユリウスが振り返ると、そこにはブスッとした顔をしたルドルフがいた。「ルドルフ様、どうなさったのですか?まだお休みになられていた方が・・」「もう大丈夫だ。それに、あの女はあいつを連れてまたウィーンを留守にするしな。」「皇妃様が・・ですか?」「ああ。ゲデレに行くそうだ。」エリザベートはよくウィーンを留守にする。ウィーンに帰ってきたと思ったらまた留守にする、の繰り返しで、初めは戸惑っていたユリウスも、皇妃の不在にもう慣れっこになってしまっていた。だがアフロディーテがウィーンを留守にするのは、いつまでたっても慣れなかった。皇妃の秘蔵っ子である彼女がウィーンを留守にするのは当たり前なのに、何故だか彼女がいなくなるといつもは疎ましく思っているのに急に寂しくなる。「アフロディーテ様は、ウィーンをしょっちゅう留守にして平気なんでしょうか?」「あいつは脳天気だから、そんなこと気にしてないだろう。あいつはあの女のお気に入りなんだから。」吐き捨てるようにそう言ったルドルフの横顔は、どこか寂しそうだった。皇帝夫妻に溺愛されているアフロディーテと違って、ルドルフは厳格な皇太后に育てられ、母の愛情を知らないまま育ったとジゼルから聞いた。同じ顔なのに、母の愛情を一身に受けて育つ妹に、ルドルフは嫉妬しているのだろうか?それとも、妹と同じように母に愛されたいと願っているのだろうか。そんなことはユリウスはわからないし、ルドルフには聞けないーいや聞いてはいけないことだ。「ユリウス、今日1日僕に付き合え。」そう言うなりルドルフはユリウスの腕を引っ張った。「ユリウス、どこなのぉ~」アフロディーテはそう言ってホーフブルク中を探し回った。「どうされましたか、皇女様?」マイヤー司祭がホーフブルクを走り回っているアフロディーテに声を掛けた。「ねぇマイヤー、ユリウス知らない?ユリウスをゲデレに連れて行こうと思って。」「ユリウスなら、さきほど皇太子様と街へお出掛けになられましたよ。」「そう・・」アフロディーテは唇をかみしめながら言った。(許さなくてよ、兄様・・私からユリウスを取っちゃうなんて!)アフロディーテが怒りに震えている頃、ルドルフとユリウスはウィーン市街を歩いていた。「あの、おひとりでお出掛けになられてよろしいのですか?今頃みんな心配して・・」「僕のことを誰も心配しないさ、あいつとは違って。」ルドルフはそう言ってどんどん前を進んでいった。「一体どこへ行かれるのですか?」「お前、知ってるか?宿り木の下でキスをした恋人達は永遠に結ばれるって。」「ええ、知ってますが・・それが何か?」ルドルフはユリウスをある商店の軒下に連れて行った。そこのドアには宿り木のリースが掛けられてあった。「まさか・・キスをなさりたくて・・」ユリウスは嫌な予感がした。「お前とキスするためにわざわざ出てきたんだ。ありがたいと思え。」そう言ってルドルフはユリウスを見て、彼の唇を塞いだ。「んっ・・」そのキスは長いようでもあり、短いようでもあった。解放されたユリウスは、顔を真っ赤にしてルドルフを睨んだ。「な、何するんですかっ!イシュルの時だってあなた様はいつも・・」「だってお前の唇柔らかいからキスしたくなるんだ。仕方ないだろ?それに、男同士でキスをしてはいけないという法律があるのか?」「そ、それは・・」「僕が誰にキスしようと僕の自由だ。僕がお前にキスしたのはお前が好きだからだ。僕よりも3つも年上なのに、お前はそんなこともわからないのか?」「そんなことよりも・・僕にも心の準備ってものが・・」「恋は先手必勝だ。」ルドルフはそう言って再び歩き出した。(ああ言えばこう言う・・本当にこの方はわからない・・)イシュルに続いて、ユリウスは二度もルドルフに唇を奪われてしまった。生意気で、ませていて、ひねくれていて。それでも、ユリウスはどこかルドルフを憎めないでいた。にほんブログ村
2008年06月04日
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「あらルドルフ、どうしたの?」ルドルフの姉・ジゼルはそう言って窓際に腰掛ける弟に話しかけた。「別に、なんでもないさ。」「あ、わかった!一昨日ここへ来たあの子達を見てるのね?特に黒髪のあの子を。」そう言ってジゼルは窓の外を見下ろした。館の中庭では、ユリウスとアフロディーテ、そしてクララが元気に走り回っていた。「ユリウス、待ってぇ~!」「私のユリウスに手出さないでよ!」「誰か、助けてぇ~!」ユリウスは必死に自分を追いかけるアフロディーテとクララから逃げていた。「ルドルフ、あなた黒髪の子―ユリウスのことが好きなんでしょ?」「べ、べつにっ!」ルドルフは顔を赤くして、部屋に閉じ籠もった。(照れ屋さんねぇ・・そうだ、いいこと思いついたわ!)ジゼルはニヤリと笑って中庭へと向かった。「ユリウス、こっちにいらっしゃい。」「ジゼル様・・助かりました。」ユリウスは肩で息をしながら、ジゼルの部屋に逃げ込んだ。「ユリウス、どこぉ~?私から逃げられないわよぉ~」「ユリウス、どこよっ!どこにいるのっ!」クララとアフロディーテがジゼルの部屋の前を通り過ぎた。「ねぇユリウス、ルドルフのこと、どう思ってるの?」「え~と、初めてお会いしたときは綺麗な子だなぁ~って思いました。」「それ以外に、何かない?」ジゼルは目を輝かせながら言った。「ないですね・・」「そう・・あのね、こんなこと言うのもなんだけど、ルドルフはあなたのこと好きみたいよ。」「えっ」「絶対にそうに違いないわ!だってさっき、窓からあなたのことじーっと見てたもの。」ジゼルはユリウスに微笑んだ。「あなたにならルドルフのことお願いできるかもしれないわ。だってね、初めてなのよ、ルドルフが真っ赤な顔してムキになるの。あの子はいままで、素直になれなかったから・・」「ジゼル様・・」村からこの館に連れてこられた夜、ルドルフは熱を出した。「ユリウス、兄様にミルク持っていって頂戴。喉が渇いてると思うから。」そう言ってアフロディーテにミルクを渡されたユリウスが、ルドルフの部屋のドアをノックしようとした時―「ねぇ、あの噂ご存じ?」「ええ、知っているわ。ルドルフ様が皇帝陛下のお子さまじゃないって・・」「こうお熱を出されてはね・・」ドア越しにチラリと見るルドルフの顔は、少し寂しげに見えた。「すいません、ミルクを持って参りましたっ!」わざと大きな声を出して乱暴にノックすると、噂をしていた女官達はユリウスを睨んで部屋を出ていった。「・・うるさい奴だな、ちゃんときこえてるよ。」不機嫌そうに言いながら、ルドルフはユリウスからミルクを受け取った。「あの・・ご迷惑だったでしょうか?」「別に。あんな奴ら慣れてるさ。」「では僕はこれで・・」そう言ってユリウスが部屋を出ようとすると、ルドルフがその手を掴んだ。「お前にも飲ませてやるよ。」「あ、ありがとうございます。」ルドルフは思いがけない行動に出た。ミルクを口移しでユリウスに飲ませたのだ。「なっ、なにをっ・・」「柔らかいな、お前の唇。」ルドルフはそう言ってニヤリと笑った。「も、もう知りませんっ!」ユリウスはぷりぷりしながら部屋を出ていった。「・・ス、ユリウス?」ジゼルに肩を叩かれ、ユリウスは我に返った。「は、はいっ」「あのね、あなたにお願いがあるのよ。」「なんでしょうか?」「ルドルフの傍にいてあげてね。あなたしかいないのよ、あの子が心を許せるのは。」「わかりました。」ジゼルの思い詰めた表情を見たユリウスは、そう言ってジゼルの手を握った。「ルドルフ様、入ってもよろしいですか?」ユリウスはそう言ってルドルフの部屋のドアをノックした。「入れ。」部屋にはいると、ルドルフはベッドでふて寝していた。「ルドルフ様、ちょっとお話があるのですが・・」「なんだ?」「ずっとあなたのお傍にいてもいいですか?」ユリウスの言葉を聞いて、ルドルフは彼を抱き締めた。「ルドルフ様!?」「約束しろよ・・ずっと僕の傍にいるって・・」「約束します。」幼い日に結ばれた約束の重みが、まだこの時はわからなかった。にほんブログ村
2008年06月04日
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「あの・・僕どうしてもウィーンに行かなきゃいけませんか?」そう言ってユリウスは目の前に立っている少女―アフロディーテを見た。「何言ってるの、当たり前じゃない!お前は私と一緒にウィーンに行くのv私が決めたのv」アフロディーテはユリウスの腕を引っ張って、馬車の中に戻ろうとした。「でも僕学校が・・」「ホーフブルクで一緒にお勉強しましょうv」「待ちなさいよ!」鋭い声がして、アフロディーテが振り返るとそこには栗色の髪をした少女が腰に手を当ててこちらを睨んでいた。「あなただぁれ?私はユリウスに用があるのよ。あっち行って。」「ユリウスをウィーンなんかに行かせやしないから!ユリウスは私のものなんだから!」「あなたのもの?おかしなこと言うのね。」アフロディーテはそう言って笑い、ユリウスの腕を引っ張った。「ユリウスは私のもの。ユリウスは私と一緒にウィーンへ行くの。」「ユリウスはここで、私と暮らすのよ!いままでずっとそうしてきたんだからっ!」クララはそう言ってユリウスの片方の腕を引っ張った。「私に逆らうつもり?皇女の私に、下賤のお前が!」「皇女様だかなんだか知らないけど、ユリウスは連れていかせやしないんだから!」アフロディーテとクララはユリウスの腕を引っ張り、両者ともに譲らなかった。その光景をアウグスト達は窓から興味津々に見ているし、テレジア先生とアフロディーテお付の軍人はおろおろしながら見ていた。「痛いよ・・」ユリウスはそう言って顔を歪ませた。「ごめんねユリウス、痛かった?」先に手を放したのはクララのほうだった。「ウィーンに行かないで、ユリウス。ずっと私の傍にいてくれるって約束したでしょう?」「そうだけど・・」ユリウスはアフロディーテを見た。「ねぇ、お願いがあるんだけど。」「なぁに?」「この子も一緒にウィーンへ連れて行っていい?」「だぁめ!私はお前だけが欲しいの。こんなじゃじゃ馬、連れて行けないわ。」「じゃあ僕ウィーンには行かない。ずっとここで暮らす。」アフロディーテはため息をついた。「いいわ。とんでもないおまけがついたけど、お前がウィーンに行かないよりはいいわ。でも忘れないでね、お前は私のものよv」アフロディーテはそう言ってユリウスの頬にキスをした。「ユリウスに触らないでよっ!」「いいじゃないの、キスくらい。」「キスでもだめ!」「やっぱりあんた連れてくるんじゃなかったわ!」バート・イシュルへと向かう馬車の中、アフロディーテとクララはユリウスを挟んで口喧嘩をしていた。(どうなるんだろ、僕・・)2人のわめく声を聞きながら、ユリウスはため息をついた。「お帰りなさい、アフロディーテ。あら、その子達は?」エリザベートはそう言ってユリウスとクララを見た。「私のお友達よ、お母様。ユリウスとクララよ。」「は、はじめまして!皇后陛下にはご機嫌麗しく・・」「そう固くならないで。アフロディーテと仲良くして頂戴ね。」エリザベートはユリウスに微笑んだ。「ちょっと、いつの間にあたしがあんたの友達になったのよ!あたしはユリウスのガールフレンドなのよ!」「それはこっちの台詞だわ。お前がいつユリウスのガールフレンドになったの?ユリウスのガールフレンドは私なのよ。」「なんですってぇ~!」アフロディーとクララは再び恋の火花を散らした。「うるさい、一体何の騒ぎだ。」不機嫌な声がして、部屋に1人の少年が入ってきた。癖のあるブロンドの髪に、蒼い瞳で、アフロディーテと同じ顔をしている。「あ、ルドルフ兄様v私の友達を紹介するわね。ユリウスと、クララよ。」「は、はじめまして・・」ユリウスはそう言ってルドルフに挨拶をした。ルドルフはユリウスをただじっと見ていた。「あの・・僕の顔に何かついてますか?」「別に、ただ綺麗な奴だなと思って見てただけだ。」「だめよ兄様、抜け駆けなんてっ!ユリウスは私のものなのよっ!」「相変わらずうるさい奴だな、お前は。」ルドルフはそう言ってチラリとユリウスを見た。(これから楽しくなりそうだな・・)にほんブログ村
2008年06月04日
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